魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#12

 

 

 

 高位次元空間に悲鳴のような音が木霊する。

 度重なる破壊の嵐に耐え切れず、徐々に崩壊を始めた時の庭園。その深奥部。

 

「何をしに来たの」

「っ……」

 

 プレシア・テスタロッサが感情の欠落した冷たい眼差しを少女に向ける。

 少女――フェイトは、プレシアの凍えるような声に肩を揺らした。

 

「消えなさい、もうあなたに用はないわ」

 

 拒絶しか含まない冷た過ぎる言葉。

 フェイトはその時、“母”との間に横たわる隔たりを海溝のよりもずっと深い深いものだと感じた。

 きっと自分にはそれを越えることはできないのだと、聡い彼女の理性が訴える。

 それでも――――

 

「あなたに、伝えたいことがあってきました」

 

 フェイトは臆せずに答えた。

 彼女はそのためだけにここまでやって来たのだから。

 何もせずに諦めることはもうやめにしたのだから。

 

「私は…………私は、アリシア・テスタロッサじゃありません。あなたが造った、ただの人形なのかもしれません」

 

 切々と、フェイトは言葉を紡ぐ。

 彼女は自分の本当の想いを真っ直ぐに伝えたなら、“母”の凍てついた心を解かすことができると信じていた。信じたかった。

 

「だけど、私は――フェイト・テスタロッサはあなたに生み出してもらって、あなたに育ててもらった、あなたの“娘”です!!」

 

 クロノは片膝を突いた状態で、黙ってフェイトとプレシアのやりとりを聞いている。

 

「フフ……、アハハハハハハハッ!! ……だから、何? 今更あなたを、娘と思えとでも言うの?」

 

「あなたが……、それを望むなら――」

 

 フェイトの傍らでは、はらはらと落ち着きのないアルフが己の主を見つめていた。

 

「それを望むなら、私は世界中の誰からも、どんなできごとからも、あなたを守る」

 

 攸夜は腕を組み、瞳を閉じてじっとフェイトの紡いでいく言葉を、噛みしめるように聞き入っている。

 

「私があなたの娘だからじゃない、あなたが私の母さんだから! あなたのことを、愛しているから!!」

 

 真摯な瞳で見据え、ありったけの、万感の“想い”を詰め込んで。フェイトは、“母”へと手を差し伸べた。

 

「くだらないわ」

 

「えっ?」

 

 だがプレシアは、嫌悪に満ちた表情で冷たく吐き捨てて、杖の石突を床に打ちつけた。

 展開される紫の魔法陣。

 刹那、“母”の答えを理解できず茫然自失していたフェイトの横を一陣の黒い旋風(かぜ)が通り抜けた。

 

「っ!」

 

 プレシアに闇の槍を携えた漆黒の“獣”――、攸夜が純白の“羽根”を広げて襲いかかる。

 

「アンタの言いたいことだけ好き放題言わせて、そう簡単に逃がすと思うかよ!」

「く!?」

 

 紫色の障壁と闇色の刃が火花を散らしてぶつかり合い、プレシアが創り出した魔法陣は完成することができず、魔力の残滓を残してかき消えた。

 

「くだらない? くだらないだって!? あの娘に、あの娘が言ったことにそれを言うか、よりによってアンタが!!」

 

 烈火のごとく哮り狂う攸夜がプレシアを前に叫ぶ。

 彼の、冷たく燃える蒼い眼差しは突き刺すように、眼前の間違ってしまった“母親”だけを貫いていた。

 

「過去しか見ないで前に進まず、今を精一杯に生きないアンタのくだらない幻想より、あの娘の“想い”の方がずっと立派だよ!」

「人形ごときの“想い”とやらに、私の“理想”が劣る? 馬鹿を言わないで!」

 

 とうに限界は超え、残り少ない命のカケラすらも燃やし尽くさんと吼えるプレシア。魔力が注ぎ込まれ、力を増した障壁に弾かれ、宙に放り出される攸夜に向けて無数の魔力弾が放たれた。

 

「――ッ、望まず創られ、望まぬ力を持たされた人形はどうすればいい? どう生きればいい!? 空虚な心を抱えて、力に、運命に翻弄されるだけの人形は!!」

 

 空中で態勢を整え、魔力弾を槍を振るって斬り落とした攸夜は、自分の(うち)に秘めた“何か”に突き動かされて声を張り上げる。まるで悲鳴を上げる心を削り落とすように、痛々しく。

 彼の背中にある十三枚の羽根が噴き出す蒼白い粒子。しかしその色は暖かさを湛えた空色ではなく、哀しく冷ややかな雪色をしていた。

 

「君は、一体……?」

 

 目の前で繰り広げられる死闘を、ただただ眺めることしかできないクロノが、呆然と疑問を呟く。

 

「そんなもの、私の知ったことではないわ! 人形なら人形らしく、打ち捨てられたのなら朽ち果てればいい!!」

 

 プレシアの吐いた言葉に、ぴくりとフェイトが肩を揺らす。その面差しは抑えきれない悲しみで彩られていた。

 小さく小刻みに震え始めた彼女を心配するように、アルフが傍らに寄り添う。

 

「く、う……!」

 

 紫の魔弾が攸夜を追い立てる。彼は蒼銀の光跡を引く不規則な機動でそれを躱し、カウンターに〈ヴォーテックス・トライデント〉――一挙に黒球を三つ創り出す魔法を複数回ばらまいた。

 三つ一組で辺りに降り注ぐ闇の魔球。

 しかし、それはプレシア自身とアリシアを守るように展開された障壁に逸らされ、床に着弾する。炸裂した黒球は床を抉り取り、破壊の爪痕を残した。

 

「神にでもなったつもりか!? 命はアンタの玩具じゃないッ!!」

 

 紫の魔弾に追い立てられながらも攸夜は叫ぶことを止めない。

 その勇猛だが同時に悲痛な姿を複雑な気持ちで見つめるフェイトの瞳には、何故だか彼がプレシアに他の誰かの影を重ねているかのように映った。

 

「アリシアが蘇るのならば、神にだってなってやる! アリシアを再びこの手に抱くためならば、悪魔に魂を売り渡したってかまわない!!」

 

 回避しきれなかった数発の魔弾がついに攸夜を捉える。

 動きを止めた攸夜に、魔弾の大軍が群がって喰らいついた。

 

「!!」

 

 閃光。爆発。轟音。

 立ち上った噴煙の中から果敢に飛び出した攸夜は、諦めることなく執拗にプレシアに挑みかかる。

 ダメージを受けたのだろう、彼の口角からは一筋の紅い血が垂れ落ちた。

 

「グ……ッ! ――どうしてその(むすめ)への愛情を、もっと他のことにも使えなかった! ほんのわずかでいい、それができていれば、いまはもっと違っていたはずなのに!!」

 

 槍を取り落とした拳をそのまま振り下ろすが、またも障壁に阻まれ、弾かれる。

 床を滑るように吹き飛ばされた攸夜は、両手の爪を立てることでその勢いを殺す。爪と床が摩擦で不快な音を立て、オレンジ色の火花を散らした。

 フェイトのすぐ側まで後退すると、攸夜は苦痛と怒りと悲しみで歪んだ顔を上げ、プレシアを睨みつける。

 すでに限界など突破しているはずのプレシアが、ほぼ全開状態の攸夜を圧倒する――攸夜自身の精神的なコンディションもあるだろうが、見る者にとってそれはまさしく奇跡的な光景だった。

 

「アリシアの居ない今に意味などないわ! だからこそ、私は〈アルハザード〉へ至るの!!」

 

 攸夜とプレシア、お互いがお互いの主張を言葉に乗せて、魔力を交えてぶつけ合う。おそらくどこまで行っても平行線で、決して交わることなどあり得ない。

 そんな中、攸夜の冷静な部分が彼に囁く。

 自分とプレシアは所詮、同じ穴の狢なのだと。

 愛するひとを失えば、きっと自分も同じ修羅の道を選ぶだろうということを。

 それはある種の確信。

 

「――――だったらッ!! アンタのその幻想、僕が全て破壊する!!!!」

 

 七枚の“羽根”が攸夜の感情に応えて連結を始め、巨大な剣の姿を成し。

 蒼い結晶の柄を握りしめ、攸夜は身長を倍する剣を振り下ろす。

 大剣が蒼白い粒子を吹き出し、“羽根”を芯にする形で蒼銀の結晶体により形創られた切っ先を、プレシアへと振り向けた。

 

 攸夜には許せなかった。叫ばずには居られなかった。

 きっと、娘を失う前は慈愛に満ちた優しい女性だっただろうプレシアが、このように狂気に満ちた姿を堕ちていることが。

 ボタンがちょっと掛け違っていれば、母親からたくさんの愛情をもらえたはずのフェイトが、こんな悲しい思いをしていることが。

 そして何より、それらが気に食わないと駄々をこねてわめき散らすことしかできない、無力で矮小な自分が。

 

 許せないからこそ、彼は(ツルギ)を手に取る。自分には“破壊”することしかできないと信じて。

 

「はあああああああああああ――――ッッッ!!!!」

 

 喉を張り裂かんばかり吼え哮り、白亜の大太刀を抱えて攸夜が疾駆する。

 翼から舞い散る蒼銀の光。コートの裾が風に煽られて激しくはためく。

 暴風のような圧倒的速度で突撃する凶刃が障壁を破り、疲労の限界に達して立ち尽くしたプレシアの胸を貫かんとする瞬間――

 

「ダメっ!!」

 

 悲痛な叫び声が上がり、金色の影が攸夜の目の前に躍り出た。

 

「なっ!?」

 

 “破壊”の顕現の前に身を投げ出した金色の影――フェイトは大粒の瞳を目一杯に瞑り、懸命に襲い来る痛みに備える。

 彼女の華奢な体躯に切っ先が突き刺さる間際、白亜の大剣が間一髪のところで分離して七枚の盾の姿に戻った。

 勢い余り、フェイトに抱きつく格好になる攸夜。未だ彼女は目を閉じたままだが、包まれた予想外に暖かさに身を竦ませる。

 

「…………」

 

 プレシアは、身を挺して自分を守った“娘”に冷ややかな視線を送るとデバイスを振るった。

 雷鳴轟き、稲妻が走る。

 紫電の束がフェイトと攸夜に目掛けて襲いかかった。

 

「フェイト!!」

 

 アルフの叫び。

 

「チッ!」

 

 攸夜は、背後から迫る脅威に気づかない腕の中の少女と咄嗟に場所を入れ替える。雷撃が彼の背中を焼き、その衝撃でフェイト共々床へと投げ出されて(したた)かに身体を打ち据えた。

 攸夜は雷撃による火傷と打撲の激痛に小さく呻いたが、フェイトの頭をしっかりと抱えて守っていた。

 

「――ふん」

 

 倒れ伏し、自分に被さる少年の痛々しい火傷を目にして驚愕で表情を歪める“娘”を忌々しげに一瞥すると、プレシアは再度床を杖で突く。

 先ほどと同じく、床に紫色の魔法陣が描かれた。

 

「マズイ!!」

 

 魔法陣から強くまばゆい光が立ち上る。それに併せて、青い宝石――ジュエルシードから強大な魔力が解き放たれる。

 膨大な圧力に時の庭園は最後の堰は崩れ、本格的な決壊が始まった。

 頭上から降り注ぐ岩塊の雨あられが足場を砕いていく。猶予はもうない。

 

『艦長は撤退を始めたよ! クロノ君たちも脱出して! 崩壊まで、もう時間がないよ!!』

 

「了解した! 宝條攸夜、フェイト・テスタロッサ! ……フェイト!!」

 

 クロノの呼び声に反応し、攸夜がダメージの残る身体を無理矢理に立ち上がらせるが、フェイトはぺたりと座り込んだまま動かない。動けない。

 プレシアは熱なき娘の(むくろ)を背にして高らかに叫ぶ。

 

「私は向かう、アルハザードへ! そして、全てを取り戻す! 過去も、未来も、たったひとつの幸福も!!」

 

 その瞬間、床に蜘蛛の巣状の亀裂が深々と刻まれてついには崩落した。

 プレシア・テスタロッサと、その娘アリシアの亡骸は重力の腕に捕らわれ、灰色の虚数空間に落ちていく。

 

「母さん!!」

「くっ、駄目だ。君まで落ちる!」

 

 一心不乱に“母”の方へと飛び込もうと手を伸ばすフェイトを、攸夜が寸でのところで抱き留めて制止する。

「フェイトー!」アルフが二人の元に駆け寄っていく。

 

「かあ、さん……」

 

 傍らの少年に支えられながら、フェイトは離れていくプレシアの姿を呆然と見つめ続けていた。

 手酷いまでに拒絶されたのにも関わらず、少女はまだ諦めきれないでいた。

 愛して欲しかった。

 わかり合いかった。

 優しい笑顔が見たかった。

 なのにもう、その“想い”は一生、永遠に“母”に届かない。

 

「一緒に行きましょう、アリシア……今度はもう、離れないように…………」

 

 物言わぬ娘に穏やかな面差しを向けていたプレシアは、そのままの表情で、自分を見続けている“娘”を仰ぎ見た。

 それはフェイトが見たくてたまらなかったやさしい笑顔。母さんの笑顔。

 かさついた唇がかすかに動く。

 フェイトの表情がにわかに輝いた。

 

 

「――――せいぜい足掻くといいわ。出来損ないの人形らしく、無様にね」

 

 

 最期に言葉/呪いを(フェイト)に残して、狂乱の大魔導師は狂気と愛憎を抱えたまま虚数空間の深淵に消えていった。

 

 ――時の庭園が崩壊する。

 天井から巨大な岩塊が不安定な床に落下。その大質量と衝撃で床は傾き、砕け、隆起した。

 

「っ、フェイト!!」

 

 足場に亀裂が入り、主に駆け寄ろうとしたアルフは分断を余儀なくされる。

 そして異変は、“人形”のように表情を凍らせて虚数空間を見つめるフェイトと、苦悶の表情で膝を突く攸夜にも襲いかかった。

 

「っ……力が、出ない……!?」

 

 攸夜の翼は、弱々しく明滅するだけで本来の能力を発揮しない。

 プレシアとの二回の死闘、傀儡兵の駆逐を経て彼の体力は限界を迎えていた。主の不調で七枚の“羽根”も力なく漂うだけだ。

 今の攸夜には、“母”が消えていった場所から目を離そうとしない少女を支えることくらいしかできない。

 焼けただれた背中の痛みに耐え、自身の無力さに歯噛みする攸夜。その間にも崩落は続き、二人の命は刻一刻と終わりに近づいていく。

 

 ――――クライマックスを飾るのは、いつだって“ヒーロー”の役割だ。

 

「フェイトちゃん! 攸夜くん!」

 

 天井を突き破る桜色の閃光とともに、純白の衣を纏った少女が噴煙の中から飛び出す。

 時の庭園の動力源の制圧に成功したなねはが、“友だち”の名前を呼びながら舞い降りた。

 

「飛んで! こっちに!!」

 

 精一杯に差し伸べられた手と、不気味にたゆたう虚数空間へ交互に視線を向けて、フェイトは今なお逡巡する。

 瞑る紅い双眸。

 きっと、この時フェイトを突き動かしたものはただひとつ。虚数空間へと墜ちていった“母”が最期に発した言葉。

 

 

 ――――せいぜい足掻くといいわ。出来損ないの人形らしく、無様にね――――

 

 

 最後の最期に遺された“母”の言葉に従わないという選択肢は、フェイトの中に存在しない。

 それは正しくプレシアが残した、フェイトをこの先未来永劫縛り続ける“呪い”であった。

 

「……っ」

 

 瞼を開いたフェイトは躊躇を捨て去り、差し伸べられた手に向かって床を蹴る。

 フェイトの伸ばした手を、なのはがしかりと握りしめた。

 

「攸夜くんも、はやくっ!!」

 

 フェイトを支えながらなのはが声を張り上げて呼ぶ。しかし、攸夜は膝を突いたまま動けない。

 そうこうしている間にも、足場は支えを失って重力に逆らうことなく虚無の底へと転落し――

 

「攸夜くん!!」

 

 悲鳴を上げるなのはの背後から、光が走った。

 緑色の魔力で構成された鎖が、奈落へと落ちゆく攸夜の胴に巻きついていた。

 

「ふーっ……間一髪。間に合ってよかった」

「ユー、ノ?」

 

 額に薄く汗をにじませたユーノは、鎖を握った両手で唖然とする攸夜を力一杯に引き上げる。

 そしてぐったりした彼に肩を貸した。

 

「まったく君ってやつは……、危なっかしくて見てらんないよ。ぜんぜん反省してないじゃないか」

「うるせぇやい。…………助かった、ありがとな」

 

 皮肉めいた言い様に憮然として返す攸夜は、少し間を取ってから礼を口にする。若干、頬に赤みが差しているように見えるのはユーノの気のせいではないはずだ。

 彼の素直じゃない態度に、ユーノは苦笑を漏らし改めて「攸夜はやっぱりツンデレだ」という認識を強めた。

 と、攸夜の瞼を薄く落ちる。どこか眠たげで、覇気がない。

 

「あー……悪い、ユーノ。めちゃくちゃ疲れたから寝るわ、あとよろしく~」

「えっ、ユウヤ? わわっ、重っ、重たいってばっ。ちょっとー!?」

「すー……くぅー……」

 

 ユーノの抗議も虚しく、攸夜は気持ちよさそうに静かな寝息を立てて。二人分の体重を一身に受け、バランスを崩すユーノをなのはとフェイトが慌てて彼らを支えに入る。

 崩壊する中、身を寄せ合う四人。

 ふたりの少女はどちらからともなく顔を見合わせた。

 普段のふてぶてしい表情とはまた趣の違う穏やかで幼い寝顔に誘われて、少女たちは自然と優しい微笑みを浮かべる。

 一方、プレシアに対して見せた異常とも言える苛烈な激情を目にしたクロノとアルフは、複雑な視線を彼に向けていた。

 

 ――――こうして、深い哀しみと一抹の不安を残したまま、時の庭園での決戦は終幕を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯12 「なまえをおしえて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴市、臨海公園前。

 緩やかな潮風に艶やかな漆黒のくせっ毛を流し、広がる蒼海によく似た瞳を持つ少年が待ち人を待っていた。

 彼、攸夜が身に纏うのはお馴染みの黒い学ランもどきではなく、聖祥大附属の白いセーラー服風の制服。着られているとしか思えないほど似合っていない。

 本人も自覚しているのか、居心地が悪そうだった。

 

 ――結局あの後、攸夜は一時間ほどで目を覚ました。極度の空腹によって、である。

 背中の治療のために収容されていた医務室で起きた早々に「血が足りない」とのたまった彼は、アースラの食堂でステーキなど十人前ほどの食事を平らげた。曰わく、味は思ったよりもよかったらしい。

 その後、リンディとクロノに懇々と説教され、なのはとユーノからも改めてしっかりとお叱りを頂戴した。

 攸夜とアイン・ソフ・オウルは現状維持――つまりは要監視ということで話がついている。アースラで精密検査したものの、()()()()()()()()()からだ。クロノはやはりいい顔をしていなかったが、疑わしきは罰せずである。

 なお、帰宅した攸夜がとてもイイ笑顔をした“だいまおう”にこっぴどく叱られたことを追記しておく。

 

「おはよっ、攸夜くん」

「おはよう、ユウヤ」

 

 桜色のリボンで髪を束ねたなのはと、フェレットの姿で彼女の肩に乗ったユーノがやってきた。

 

「ん、おはようふたりとも」

 

 軽く挨拶を交わして、公園の中へ向かう。今日は大事な“お別れ”の日。

 私服姿のアルフとクロノに寄り添われた黒いシャツを着た金色の少女を見つけ、なのはがいてもたってもいられない様子で駆け出した。

 

「フェイトちゃん!」

「あっ……」

 

 攸夜たちは空気を読んで少女たちの側から離れた。

 ふたりっきり、フェイトとなのはが会話を交わす様子を、攸夜とユーノ、アルフにクロノが少し離れたところで眺める。抱き合った二人が涙を流し始めると、アルフがもらい泣きしていたが男性陣はスルーしていた。

 

「君も、一緒に話さなくてよかったのか?」

「女の子同士、友情を確かめ合ってるところに割り込むなんて無粋な真似、しませんよ」

 

 つっけんどんなクロノへ返答。変身魔法を解除しているユーノが変わらぬ攸夜の不敵な様子に苦笑する。

 

「ユーノはどうするんだ?」

「僕もいったん、ミッドに戻るつもりだよ。いろいろやらなきゃいけないこともあるしね」

「そうか……」

「残念?」

「まさか、清々するね」

 

 そう嘯く攸夜に、ニヤリと笑ったユーノが問う。

 

「ほんとに?」

「ほんとに」

「ほんとのほんと?」

「ほんとのほんと。というか、()()()()なんだろ?」

「バレたか」

 

 二人は楽しそうに他愛のない軽口を叩き合う。

 端で見ていたクロノは呆れたような顔をしていた。

 そうこうしてるうち、フェイトとなのはが手をつないで四人に――いや、攸夜に向かって近づいてくる。

 攸夜は、二人が互いのリボンを交換したらしいことに目聡く気がついた。プレゼントかな? となどと思い当たり先を越された気になるが、すぐ思い直す。今生の別れではないのだから、また今度用意すればいいのだ、と。

 

「話は終わった?」

「うんっ」

 

 トレードマークのツインテールを下ろしたセミロング姿のなのはが、晴れやかな顔をして元気よく答えた。

 有り余る喜びの感情のまま、矢継ぎ早に言葉を続ける。

 

「あのね攸夜くん、わたし、フェイトちゃんと友だちになったんだよ!」

「そっか。目標が叶って、よかったね」

「うんっ!」

 

 ぱあっと、輝くような満面の笑みを咲かせたなのはに攸夜もつられて笑みが浮かぶ。少し後ろで成り行きを見守っていたユーノが俄かに赤面している。

 念願叶って、なのはのうれしさは一入のようだった。

 

「あ、そうだっ!」何かを思い出したように言うなのは。自分の陰に隠れるようにしていたフェイトを前に押し出す。「ほらっ、フェイトちゃん」

 

「攸夜くんに大事なお話があるんでしょ?」

「ぅ、うん……」

 

 同じく長いツインテールを下ろしているフェイトは、なのはに促されて攸夜と向かい合う。

 真紅の瞳に若干の気後れを滲ませ、なにやらおずおずモジモジとしている。なのはが後ろで、自分のことのようにハラハラドキドキ見守っていた。

 

「あ、あの、その……」

「うん?」

 

 フェイトは明らかに緊張し、しどろもどろになっている。

 攸夜が不思議そうに見つめていることに気づき、彼女はついに覚悟を決めて口を開く。

 

「えと……な、なのはが「名前を呼べば友だちになれる」って、教えてくれて……」

「うん、いい言葉だね」

「それで、その……」

 

 言いづらそうにどもる彼女の後ろでは、なのはが「がんばれって!」とエールを送っている。

 その声に勇気づけられ、フェイトは小さく深呼吸して口を開いた。人見知りで恥ずかしがり屋な彼女の、一生一大の大勝負だ。

 

「…………あなたの名前を、教えてほしいんだ」

 

 小ぶりで形のいい桜唇が紡いだ言葉は静かに、しかしはっきりと届いた。

 一瞬呆気にとられた攸夜は、思い至ってふと軽く笑う。

 

「そっか……そういえば、今の今まで名乗り合ってなかったっけ、僕たちは」

「うん」

 

 緩んだ相好を少しだけ引き締めて、攸夜は和やかな声色で自らの名を言葉に紡ぐ。

 

「僕の名前は攸夜、宝條攸夜」

 

 紡がれた言葉とともに自然体で差し出された左手。ただ名前を名乗るだけなのにずいぶんと時間がかかったな、と漆黒の髪の少年は内心で苦笑する。

「ユーヤ……」金色の髪の少女は、少年の名前を噛みしめるように呟いた。イントネーションが少々おかしいのはご愛敬だ。

 

「私は、フェイト・テスタロッサ」

 

 フェイトは精一杯微笑んで、差し出された手をぎゅっと握る。ちょっぴり大胆な行動は、いつかの夜のお返し。

 ふたりの頬に、薄い薔薇色が差した。

 

「よろしくな、フェイト」

「よろしくね、ユーヤ」

 

 ようやく名前を呼び合って。

 奇しくもこの時、ふたりは同じことを考えていた。

 ――――最初の出逢いはほんの偶然で、もう会うこともないはずだった、今こうして“友だち”になってる。……なんて不思議な縁だろう、と。

 

「……それからもうひとつ、ユーヤにお願いがあるんだ」

 

 

   *  *  *

 

 

 海鳴市、近海。

 雲一つない晴れ晴れとした春天をバックに、同じ色のバリアジャケットを纏った魔導師と魔法使いが対峙していた。

 

「君も、真面目だね」

 

 蒼銀の翼を背負い、漆黒のコートを身に着け、純白の“羽根”――アイン・ソフ・オウルを従えた攸夜が、おどけた仕草で呆れたように言う。

 

「約束は、約束だから。……もう、ジュエルシードはないけど――」

 

 黄金の髪を海風に靡かせ、漆黒の外套を羽織り、金色の宝石を抱くデバイス――バルディッシュを携えたフェイトが、真剣な表情で真っ直ぐ言い返す。

 

「決着は、つけたい。あなたと、私の」

 

 フェイトの言葉と同時に変形したバルディッシュが、サイズフォームへ姿を変える。

 閃いた黄金の月牙は降り注ぐ陽光よりも光り輝く。

 

「それは同感だ」

 

 キザな笑みを浮かべた攸夜が闇から槍を生み出して、ひとしきり見得を切る。

 捻れた闇の刃が天空で燃ゆる太陽の光の全てを呑み込んだ。

 

《フェイトちゃん、ガンバってー!》

《フェイト! そんなヤツ、ぶっ飛ばしちゃいな!》

 

 遠くで観戦しているなのはとアルフから念話の声援が飛ぶ。

 

《早くフェイトたちを本局へ移送しなきゃならないっていうのに、どうしてこんなことを……》

《まあまあ、クロノ君。これくらいいいじゃない。それはともかく、フェイトちゃんがんばれー! 負けるなー!》

 

 ぶつくさとぼやくクロノを宥めるエイミィ。しれっと自分も応援に参加するあたりちゃっかりしている。

 四面楚歌な雰囲気をひしひしと感じた攸夜は、やれやれと肩をすくめる大げさなジェスチャーをした。

 

「……オイオイ、これじゃあこっちが悪役みたいじゃないか」

《なら、僕が応援しようか?》

「野郎の声援、ノーサンキュー」

《ヒドいなぁ》

 

 ピシャリと切り捨てる攸夜だったが、その表情はどこかうれしそうで。彼の気質を理解しているユーノの声色もまた愉快そうだった。

 

『ご主人様には私が居ますから安心してください』

「アイン、おまえは黙っとけ」

『そ、そんな言い方、あんまりですっ』

 

 周りに漂う白い“羽根”との漫才じみたやり取りをする少年の姿に、フェイトがくすりと小さく笑みをもらした。

 

《制限時間は三十分、私が作ってあげられる時間はこれが限界です。ちなみに、結界は展開済みだから遠慮はしなくても大丈夫よ》

 

 決闘の仕掛け人、リンディがレギュレーションの確認をする。この提督、ノリノリである。

 説明を聞きながら、フェイトは自分の無理のために骨を折ってくれたことに、感謝していた。

 

《さてふたりとも、準備はいいかしら?》

 

「はい」

「いつでも。……一応、断っておくけど、僕はあの時よりも強くなってるよ?」

 

 彼の不敵なセリフを肯定するように、周囲に展開していた七枚の白い“羽根”が戦闘隊形に移行、蒼白い粒子を生成し始める。

 

「わかってる。それでも、私が勝つから。なのはに負けて、ユーヤにも負けるのは、ちょっとイヤだ」

 

 金色の戦鎌を肩に担ぎ魔力と戦意を高めるフェイトの、控えめな彼女らしからぬ強気な発言に攸夜は獰猛な笑みを浮かべた。

 それでこそ、自分の好敵手(ライバル)であると。

 

「上等。手加減なしで行くぞ、フェイト!」

「うんっ!」

 

 開始の合図でふたりは正面から激突する。

 ――――晴れ渡る大空と煌めく大海の間を舞台に、黄金と蒼銀の光輝が舞い踊った。

 

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