魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#16

 

 

 

 時は進み、“魔法の杖”が生まれ変わる。

 

 新しい力を得て、私となのはは夜の闇を駆け抜ける。

 

 相対するのはイニシエの騎士たち。

 今度は、負けない。もう、負けられない――――

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯16 「再戦 ~夜の闇をまといて~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて間もない朝霧のかかる街、とあるビルの屋上。

 黄金の長髪を靡かせる少女と、漆黒の外套を翻す少年が、互いに木製の棍棒を携えて対峙する。

 両者が纏うのは、魔力で構成された強固なる衣。同色の

 少し離れたところで、鮮やかな赤毛の使い魔が彼らを見守っていた。

 くるくると無造作に棍棒を、手甲と鉤爪をオミットした手の中で弄ぶ少年はしかし、油断を感じさせない。手を止めると少女に猛禽のような鋭い視線を向け、ゆらりと身体を揺らす。

 瞬間、小さな蒼白い爆発を残して少年が疾走した。

 猛烈な速度を生かした鋭い刺突が少女に襲いかかる。

 

「ッ!」

 

 が、少女の掲げた棍棒にそれは逸らされ、空を突く。

 即座に少年は身体を沈め、少女の華奢な脚を刈り取ろうと蹴りを繰り出す。

 とんと床を蹴り、軽業師のように宙を舞って距離を取る少女。着地するや否や、少年と同等――いや、それ以上の速度で黒衣の少年へと肉薄した。

 

「――たああああッ!!」

「くっ!」

 

 今度はこちらの番だと言わんばかりに得物を振るい、猛攻を仕掛ける少女。

 袈裟斬り、逆袈裟、刺突、横薙ぎ――

 それはまさに電光石火、疾風迅雷。実直な攻めの数々は、彼女のひたむきな性格を如実に表していた。

 受ける少年も然しものもの。少女の攻め手を巧みに受け流し、あまつさえフェイントを織り交ぜた反撃すらも繰り出してみせる。

 虎視眈々とカウンターを狙うその姿は野生の肉食獣そのもの。槍術、体術を変幻自在千変万化に駆使する戦いぶりもまた、彼の曲者な性格通りであった。

 

「りゃあぁッ!」

「はあっ!」

 

 甲高い音を響かせて二本の棍棒が何度もかち合う。

 ギリギリと力を込めた押し合いが数瞬続き、突如として少年が力を抜いた。

 

「ええいっ!」

 

 息を吐き、少女が棍棒を思いっ切りに振り抜く。押し出されるように少年は後方へと大きく吹き飛んだ。

 床に手を突き、吹き飛ばされた勢いを殺す。

 少女の振り抜く力を利用して退いた少年は、冷たく燃え上がるような蒼い瞳を眼前に向ける。

 鮮烈な印象を与える双眸を前に、少女――フェイトは考える。

 目の前の少年――宝條攸夜は一種の天才だ。一流の教育を受けていると密かに自負している自分から見ても、彼の才能は凄まじく思える。

 もうひとりの友だちである高町なのはが「感性で魔法を自在に操る」天才なら、攸夜は「本能で魔法を用い戦う」天才。彼はスポンジが水を吸うように経験を重ね、強くなっていく。

 使用する術式が大きく違うとは言え、世界に満ちた〈魔力素(マナ)〉を使うという根本は同じ。それを操り、術を構築する繊細さはおそらく自分の方が上だ。瞬間的な魔力量ならなのはが圧倒的に一番である。

 だが、こと“戦闘”という分野に関しては攸夜が一歩も二歩も先を行っている。現に、足を地につけた形式の模擬戦では実力伯仲、追い抜かれるのも時間の問題だ。無論、本来の舞台である空戦で後れを取るつもりはフェイトには微塵もなかったが、それでも悔しくないといったら嘘になる。

 別段、攸夜が成長することを厭うわけでもなく、むしろ誰にも負けないくらい強くなって守ってもらえたらうれしい、と心の片隅で思っているフェイトだったが、彼が“戦闘”を得意とする根本的な原因は理解していない。

 

 ――フェイトの預かり知らぬことだが、彼女たちと攸夜の間には“倒す”か“壊す”かという、戦闘に対する意識の明確な差違が横たわっていた。

 元々がごく普通の少女であるなのはは言うに及ばず、一通りの戦闘訓練を受けているフェイトであっても、相手を殺傷することに拒否間を感じざるを得ない。

 他方、攸夜は可能不可能は置いておくとしても、ほぼ常に敵を殺す――もとい、“破壊する”ことを念頭に置いている。思想的にはシグナムとその仲間たちに近いものがあると言える。フェイトの場合は、第一印象の違いでそこまで敵意が育たなかった。

 これは彼の内に抱えた“モノ”の現れであるのだが、今はまだ関係のない話だ。

 ちなみに、フェイトは仮にも執務官であるクロノですらすぐに追い抜くのではないか、と考えていた。もっともこれは、彼女の攸夜に対する過剰な評価と多大な好意から来るもの。恋する乙女は盲目なのである。

 

 閑話休題。

 金色の少女と黒衣の少年の間に沈黙が広がる。

 短い静寂の後――

 攸夜がスタンスを後ろに大きく取り、身体を弓なりに反らす。

 

「――ぉおらぁ!!」

 

 瞬間、逆手に返した棍棒を投げ槍に見立て、攸夜は力の限りで振り投げた。

 全体重を乗せた一投が、フェイトを目掛けて一直線に飛来。

 手に持った得物でそれを叩き落とすフェイトに、床を滑るようにして駆ける攸夜が襲いかかる。思考の外からの襲撃に、彼女の反応が数瞬遅れた。

 

()ッ!」

「くっ!?」

 

 それでも反射的な動作で防御に入った棍棒はかち上げた右の掌底の衝撃を受け、幼い少女にしては節くれだったか細い手の平から取り落とされた。

 間髪入れず、攸夜は彼女の首に左の手刀を突きつける。

 

「チェックメイト。今回は僕の勝ちだね」

 

 手刀をほっそりとした首筋に押し当てる攸夜が、得意げな表情で言った。

 

「……次は、負けないもん」

 

 ぷくっと柔らかそうなほっぺを膨らませて、フェイトが小さく呟く。攸夜に強くなってもらいたいと思っていても、勝負に負けるのはやはり嫌いらしい。

 攸夜は膨れた頬をつつきたくなる衝動と、漏れ出しそうな笑みを噛み殺して首筋に当てた手刀を退けてる。そんなものを見せれば、目の前の“お姫様”が不機嫌になるのは目に見えていたからだ。

 最近、特に感情が豊かになった感のある目の前の少女の姿に攸夜はある種の満足を覚えていた。敵対していた際は当然としても、偶然街中で出逢ったときでさえ彼女は、悲壮感のようなものを漂わせていたから。

 そんな娘が、女の子らしい自然な表情をする。フェイトのことを憎からず思っている攸夜にしてみれば、うれしくないわけがない。

 ただ、感情を露わにするようなれば、必然的に自己主張をすることになるわけで。

 好意を持っている相手へ無意識的にひっつきたがる傾向を隠し持っていたフェイトである。同性同士のなのはなら特に問題はないだろうが、異性でなおかつ彼女を意識している攸夜にはなかなかキツいものがあった。フェイトから逃げ回っていたのはこれが原因だ。

 要するに、好意を向けられるのが気恥ずかしかったのだ。彼の中でどんな葛藤があったのか定かではないが、今は観念しているようだった。

 

「はいはい、次回に期待するよ。もっとも、何度やったって僕の勝ちに決まってるけどね」

「むうっ、言ったね。ぜったい次は私が勝つから!」

 

 とはいえ、素直とは言い難い少年は今日もまた、本心を隠した皮肉を口にしてしまうのだが。

 

「……ふーん」

「あっ! 今、“出来るものならやってみろ”って顔した! そうやっていつもユーヤは――」

「それを言うなら君だってそうだろ。だいたいフェイトは――」

 

 ぎゃーぎゃーと相手の欠点を上げ連ねて罵り始める。

 普段は仲睦まじい彼らであるが、こと勝負に関することとなると感情的になってしまう。二人は揃って、筋金入りの負けず嫌いだった。

 傍目から見れば、微笑ましいとしか言えないじゃれあいにしか見えないやりとりが、冬の澄んだ青空に響く。

 

「はぁ……“夫婦喧嘩は犬も食わない”って、ホント昔の人はよく言ったもんだねぇ」

 

 隠遁用結界の維持を担当していたアルフが、ため息混じりに独り言ちた。

 

 フェイトがこちらに越してきてから日課になった朝の鍛錬を終えて、登校するまでのわずかな休息時間。

 バリアジャケットを解き、楽な姿勢をしていた二人は心地のいい疲労感に浸っていた。

 

「あ、そう言えばさ」

 

 清潔な大きめのタオルで汗を拭う攸夜は思い出したように、自分の横に座るフェイトに話をかける。彼女は、スポーツ飲料水の入ったペットボトルを両手で掴み、勢いよくラッパ飲みしていた。

 こくこく、とかわいらしく喉を鳴らせる。

 

「んっく……なに、ユーヤ?」

「今日だったよな、バルディッシュとレイジングハートの修理が終わるのって」

 

 小首を傾げたフェイトはその言葉に、ぱあっと表情を明るくした。

 長らく離れていたパートナーとの再会がうれしいのだろう、と攸夜は分析する。自分だって今も左腕に納まっている“半身”が側にいなければ、調子を崩してしまうのだから。

 

「うん。放課後、なのはといっしょに本局へ迎えに行くんだ。ユーヤは、どうするの?」

「僕は居残り。いざってときの待機戦力が、クロノさんだけになっちゃうからね」

 

 なお、攸夜がクロノをさん付けで呼ぶのは、本人曰わく「いつか僕の前に立ちふさがるような予感がヒシヒシとするから、今から威嚇してる」。それを聞いたリンディとエイミィは、内心なるほどと納得したという。

 

「そうなんだ……」

 

 返答を聞いたフェイトは少し残念に思う。

 この数日間、四六時中と言っていいほどこの黒髪の少年と時間をともに過ごしていた。特殊な生い立ちで世間知らずな自分が学校や日々の生活で不自由しないよう、陰に日向に甲斐甲斐しく世話をされているのはよく知っている。

 それはうれしくもあり、同時に歯痒くもあった。自分ばっかりで彼には何もしてあげられてない、と。

 

「ねぇ、ユーヤ」

「ん?」

「私、迷惑とか、かけてないかな……」

「どうしてそう思うのさ?」

「だって、その、勉強教えてもらったり、夕食ごちそうになったり、それから――えっと、いっぱいいっぱいお世話になってるでしょ? だから――」

 

 怯える小動物のような瞳をして自分を見上げる少女に、攸夜は柔和な面立ちに一瞬だけ呆れを滲ませる。

 しかし少女が気がつく前にそれは消え去り、代わりに浮かぶのは彼女を気遣う微笑み。

 

「迷惑なんてしてないさ。僕も、それからなのはたちも、好きでフェイトの友だちをやってるんだから」

「でも、もらってばっかりで、私ユーヤやみんなになにもお返しできてない」

 

 なおもフェイトの表情にかかった暗雲は晴れない。

 強情だな、と内心で苦笑した攸夜は小さい子どもに言い聞かせるように言葉を紡ぐ。アリシア・テスタロッサの“レプリカ”であるフェイトは、実質四歳ほど。攸夜の対応もあながち間違いでもないのかもしれない。

 

「そう思うんならさ、いつか僕たちが本当に困っているときに返してくれればいいと思うよ」

 

 世界は等価交換で出来ているってね、と冗談めかしながら、サラサラとした美しい金髪をわしゃわしゃと荒っぽく撫で回す。

 

「んっ……」

 

 滅多にないスキンシップの機会がうれしいのだろう、気持ちよさそうに目を細めたフェイトは、自分が子ども扱いされていることに気づくと一転して憮然とする。それでも黙って撫でられているあたり、触れられるのがよほどうれしいらしい。

 少女の百面相ときめの細かい髪の感触をひとしきり楽しむと、攸夜は左腕を掲げた。

 

「さて、そろそろ帰ろうか。リンディさんの朝食作って待ってる頃だ」

「うん」

 

 おいでアルフ、と自らの使い魔に呼びかけるフェイト。待ってましたとばかりに走り寄ってきたアルフを抱き上げて、立ち上がる。

 同時に左腕に巻きついた腕輪が、ぱきんっと涼やかな音を立て分離。純白の羽根が連結して、巨大なボードを形成した。

 それにひょいと飛び乗った攸夜が、エスコートするように左手を差し出す。躊躇いがちにその手を握ったフェイトを、ボードの上に引き上げて支える。

 不意に、白い盾がぐらついた。

 

「きゃっ」

「おっと、大丈夫?」

「あ、ありがと……」

 

 不安定な足場に――あるいは紫の髪の少女がイタズラをして――バランスを崩しそうになるフェイトを、攸夜はスマートに抱き止める。

 鼻先が触れてしまうほどの近い距離に、ふたりは揃って真っ赤に赤面した。

 そのまま、見つめ合う。

 そして、どちらからともなく距離は狭まり――

 

「ちょっとー、アタシを挟んでイチャつかないどくれよぉ」

 

「「あっ」」

 

 間に挟まれたアルフが苦しそうに文句をもらすと、二人は正気に戻り慌てて離れる。ますます恥入り、熱を持った頬を朝の澄んだ空気が冷やかした。

 

「え、えーと、それじゃ帰ろうか」

「う、うん」

 

 混乱覚めやらない二人は、ちょっぴり余所余所しい。

 攸夜は目の前の少女の柔らかな感触と汗と体臭が混じった匂いを思い返しながら、己の相棒に号令をかけた。

 

「よし、アイン!」

『了解です。フェイトさん、ちゃんとご主人様に掴まっててくださいね。なんだったら、さっきみたいに抱きついちゃっていいんですよ?』

「……っ」

「アイン、お前な……」

 

 白い無機質に冷やかされたりしつつ。

 

「それにしても、腹減ったなぁ」

「そうだね。私もおなかペコペコだよ」

「今朝のメニューはなんだろうね?」

「私、ベーコンエッグが食べたいなぁ」

「なんにしたって、アルフはペットフードだろ。犬だし」

「あ、そうかも」

「……もう、犬でいいよ」

 

 二人と一匹を乗せた純白の舟が、朝霧の晴れた街並みに乗り出した。

 ――――戦いの夜は、すぐそこに。

 

 

   *  *  *

 

 

「スティンガーブレイドッ、エクスキューションシフトォッ!!」

 

 文明の光を灯す夜の摩天楼。その天空で、膨大な魔力が解放された。

 数え切れないほどの青い断罪の剣――〈スティンガーブレイド・エクスキューションシフト〉の切っ先が眼下の咎人を指し示し、

 

撃て()ーーッッ!!」

 

 剣の主――クロノの合図により、一斉に撃ち出される。

 降り注ぐ剣雨。飽和攻撃じみた広域殲滅魔法が発動した。

 

「チィッ!」

 

 真紅のドレスの少女――ヴィータを庇うように、青い衣を纏った浅黒い肌の男――ザフィーラが躍り出る。突き出された手から広がる青い魔力光の防御障壁。

 喰らいつく剣弾は、弾かれ爆発していく。

 そして、一際大きな魔力爆発を起こし、濃密な爆煙が辺りに立ちこめた。

 

「……少しは……、通ったか……?」

 

 息も絶え絶えなクロノが呟く。

 しかし――

 

「ザフィーラ、大丈夫か?」

「気するな。この程度でやられるほど、柔じゃない……!」

 

 腕に突き刺さった破片を砕きながら答えるザフィーラ。“盾の守護獣”の二つ名は伊達ではないと、ヴィータは満足そうに笑む。

 

「上等!」

「――へぇ、たいしたもんだ。なら、こいつも耐え切って見せるんだな」

 

 割り込まれた言葉とともに、再度激しい魔力の奔流が夜闇に迸った。

 空気が切り裂かれ、悲鳴を上げる。

 

「ヴィータ!!」

「なっ!?」

 

 いち早く“ソレ”に気が付いたザフィーラは、避けきれないと見るや側にいた少女を突き飛ばす。

 ほぼ同時に、槍の形をした漆黒の魔弾が蒼銀の光を撒き散らしながら、ソニックブームを伴って飛来した。

 

「ぬぅあッ!?」

 

 一直線に着弾した魔槍が防御フィールドごと青き守護獣の肩口に突き刺さり、その身を構成する深い暗黒を解き放って彼に食らいつく。ヴィータが呆気に取られる中、漆黒の顎門に囚われたザフィーラの全身を闇色の重力が蝕んだ。

 

「ザフィーラ!!」

 

 闇の檻が霧のよう消え去る。

 左肩に大穴を空け、体中に痛々しい傷を残す同胞を安否を悲痛な叫び。

 

「っ……! 無事……だ。問題、ない」

 

 ザフィーラのダメージは致命傷ではなかったものの、全身には闇の力による被害の爪痕を残る。

 特に左肩は重傷と言ってよく、とても問題がないようには見えない有様だった。

 

「――クソっ、誰がッ!!」

 

 怒り心頭のヴィータが振り返る。

 後方、やや離れた場所に建つ高層ビルの屋上。給水棟の上に陣取り、自らの身長の倍はあろうかという白亜の大弓を放ったままの体勢で静止した、黒髪の少年。トレードマークの漆黒のコートが夜風に(なび)く。

 その姿に、ヴィータは以前にシグナムが戦い、手傷を負わされた相手だと思い当たる。

 彼女にとっては初対面の人物だったが、自身が捕らわれたことでシグナムが倒し損ねたという経緯から、密かに騎士の矜持(プライド)が傷つけられたように感じていた少年だ。

 ――何より、こんな奴が“()()”の友だちであることが気にくわない。

 身勝手な敵意を込めたヴィータの青い視線と、彼の冷徹で無感情に見える蒼い視線が交差する。

 近い色をしていても、一方は激情を、もう一方は冷静をその瞳に映していた。

 

「あらら、術式をちょっとアレンジして強化してみたんだけど思いの外頑丈だ。やっぱり使い魔ってのはみんな丈夫なんだな、アルフ」

 

 視線は逸らさず、黒髪黒衣の少年――攸夜は転送魔法によりその場に現れた仲間に語りかける。

 

「……そりゃ、アタシに対する当てつけかい?」

 

 返事をした赤毛の女性――アルフは、少年に向かってジト目を送る。

 同様の魔法を受けた時のことを思い出しているのだろう、こめかみをヒクヒクとさせていた。

 

「まさか、そんなわけないじゃないですか。ねぇ、ユーノ君?」

「ここで僕に話を振られても困るんだけど」

「あー、そう言えば。ユーノにも借りがあるんだったっけねえ」

「ちょ、アルフ? そ、それは今言うべきことじゃないんじゃないかな」

「あとでたっぷりお返ししてやるから、覚悟しときな」

「えー」

 

 あまりに理不尽な展開にフードつきのマントを纏う少年――ユーノが頭を抱えた。

 

「あ、あのー、私たちセットアップしたんだけどー……みんな見てた?」

「見せ場だったのに……ひどい」

 

 新生したバリアジャケットを纏い、生まれ変わったデバイスを抱えた白黒の少女たちは、自分ちを差し置いてわいわいと騒ぐ仲間たちに恨めしそうな眼差しを送る。

 そんな様子を横目で見やり、狙い通りと言わんばかりの攸夜の悪い顔。前回、彼女たちに放置されていたときのことを未だに根に持っていたようだった。

 せっかくの御披露目を端折られ、気落ちしていたところから立ち直ったフェイトとなのはは、近くのビルの屋上に降り立つとヴィータたちに呼びかける。

 

「私たちはあなたたちと戦いにきたわけじゃない。まずは話を聞かせて」

「闇の書の完成を目指している理由を」

 

 腕を組み、ふたりの少女へ向けて白けた目線を注ぐ真紅の騎士。皮肉げな表情で口を開く。

 

「あのさ、ベルカのことわざにこういうのがあんだよ。――和平の使者なら槍は持たない」

 

 ヴィータの返答に、フェイトとなのはが顔を見合わせる。ふたりの顔は揃って訝しげだ。

 一方、大弓を解除して空いた両手を攸夜は、その言葉の意図に納得して鼻を鳴らした。

 

「話し合いをしようってのに、武器を持ってやってくるヤツがいるかバカってんだよ、バーカ!」

 

 言って、真紅の戦槌を少女たちへと突きつけた。

 当のなのはは肩を怒らせ反論する。

 

「なっ! いきなり有無をいわさず襲いかかってきた子が、それをいう!?」

「それにそれは諺ではなく、小咄のオチだ」

「うっせえ。いいんだよ、細かいことは」

 

「クク……」

 

 一連のコントのようなやり取りに堪えきれなかったのか、口元を押さえて笑みをこぼす攸夜。七枚の“羽根”が主に同調するように、チカチカと宝玉を光らせている。

 

「お前、なにがおかしい!」

「――いや、何。ちびっ子にしてはもっともなことを、と思ってさ」

「ちびっ子言うな!!」

 

 攸夜の口車にまんまと引っかかり、ペースに乗せられたヴィータが気炎を上げる。明らかに冷静さを欠いていた。

 ユーノとアルフが同情の視線を向け、なのはとクロノとザフィーラは呆れ顔。フェイトはひとりでぽやっとしていた。

 

「実際、アンタの言うとおりだよ。少なくとも、僕は事ここに至って和解なんてする気は毛頭ない。子細を聞き出すんなら、さっさと無力化して尋問なりをした方がずっと早いだろ?」

 

「攸夜くん……?」

「ユーヤ……」

 

 自分たちの行動を全否定するようなセリフに、表情を曇らすなのは。彼の言い分にも一理あると思ってしまったフェイトは内省する。

 そして、少し離れたところで事の成り行きを見守っていたクロノが苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

 

「だからアンタに、この世界の故事を贈ろう」

 

 故事? とフェイトを始めとした少女三人が首を傾げる。他の面々も少なからず興味があるようだ。

 

「“木に縁りて魚を求む”」

「ど、どういう意味だよ」

 

 勿体ぶった間を作り、攸夜はゆっくりと左手を上げ、紅い騎士を傲岸不遜にも指さした。

 

「方法を誤って、目的を達することができないこと――つまり、僕を敵に回したアンタらはここで終いだって言ってんだよ、ちびっ子」

「っっっ!! またちびって言いやがったな、テメエ!!」

 

 ヴィータが激昂して叫んだ刹那――

 紫色の閃光が、ドーム状の結界空間の天蓋を突き破る。

 轟雷とともに、端麗なる剣の騎士が現れた。

 

「っ、シグナム……!」

 

 現れた女剣士の姿にフェイトが呟く。フェイトに一瞬だけ見やったシグナムは、すぐに瞳を逸らし攸夜を鋭く睥睨した。

 警戒心と敵意、それから少しの躊躇いが混じった視線を柳のように受け流す攸夜。内心で、彼女の乱入によってヴィータの動揺を収められて舌打ちをしても、表情には決して出さない。

 

「ユーノくん、クロノくん、攸夜くん、手出さないでね! 私、あの子と一対一だから!」

「っ!」

 

 なのはに名指しされたヴィータが身構えた。

 

「マジか」

「マジだよ」

「……」

 

 ユーノとクロノが呆れたように言い合い、攸夜はやれやれと肩をすくめる。フェイトとアルフも一対一を希望すると、攸夜がいよいよ不愉快そうに顔をしかめた。

 振り返り、クロノに視線で是非を問う。

 返答はイエス。男三人は手分けして闇の書本体をするという。なお、攸夜の担当はクロノと同じく結界の外だ。

 

「はぁ……仕方ないな」

 

 嘆息し、攸夜が魔力で出来た光の翼を広げてふわりと給水棟から浮かび上がる。

 

「シグナム、アンタとのケリは次に持ち越しだ。借りはしっかりきっちりキャリーオーバーで返してやるから、覚えとけ」

「ああ、覚えておこう」

 

 そのやりとりを合図に、なのはとヴィータ、アルフとザフィーラ、ユーノとクロノがそれぞれに散開する。

 

「フェイト」

 

 他の面々が各々に散る中、少年はただ一人空中で静止して、眼下に残る少女へと気遣わしい面持ちを送る。

 

「うん。だいじょうぶ、シグナムの相手は私に任せて」

 

 言葉の中に込められた意味を汲み取って、フェイトは言葉を紡ぐ。

 過保護なやさしさに内心で苦笑するとともに、自分を心底心配してくれることがうれしかった。

 

「いや、でもやっぱりふたりで――」

「だいじょうぶだよ。心配しないで、ね?」

 

 なおもぐずぐずと迷う少年へと、自信たっぷりに少女は微笑んだ。その可憐な眼差しに返す言葉を失い、攸夜は瞠目して頬を赤らめる。

 数瞬、見つめ合う。

 その視線にどんな想いが込められていたのか、余人にはうかがい知れない。

 とうとう観念したのか、攸夜は左手でボサボサの髪をかき乱した。

 

「……わかった。負けるなよ、フェイト」

「うん」

 

 そう言い残して、背負った七枚の羽根から蒼銀の光を放射し、黒の魔法使いが暗い夜空に飛翔した。

 

「……」

 

 夜闇に瞬く蒼白い光を静かに見送るシグナムの胸には、ある予感があった。

 あの少年を自由にさせていたならば、確実に自分たちは多大な被害を被るだろう――、と。

 戦闘能力は少女二人にやや劣っているものの、シグナムが最も警戒しているのはその有り様。正体不明の魔法を操り、時には物理的な手段を打って出る多様性。ヒトを傷付けることに、何ら躊躇いを見せない胆力――それらは、未だ幼い見た目にはあまりにも不釣り合いで歪だと彼女は看破した。

 トリックスター、ワイルドカード……エースとは言い難いが、戦場を縦横無尽に駆け抜けて良くも悪くも無視できない影響をもたらす。あれはそういう類の人間だ。

 もっとも、本人が聞けば過大評価だと顔をしかめただろうが。

 ともかく、シグナムの冷徹な部分が、“兵器”としての部分が宝條攸夜を真っ先に排除すべき対象だと訴えている。

 しかし――

 

(出来る訳がない。例え、脅威になる敵であろうとも、“主”の友をこの手に掛けることなど、出来るはずもない)

 

 彼が“()()”――“(あるじ)”がよく話題に出す友人だと合致したとき、シグナムは全身から血の気が引くように思えた。

 何せ、知らずとはいえ殺しかけたのだから。

 幸いにも、攸夜は“主”に気づいていない。故に、シグナムは彼と戦うことを避けた。戦えば、確実に殺し合いになることは目に見えていたからだ。

 

 ――蒼銀の光が彼方に消える。

 光の行く末を最後まで見守っていたフェイトは、それが見えなくなると自分の心を確認するように瞼を伏せる。

 わずか沈黙の後に紅の瞳を開くと、彼女は床を蹴って戦うべき相手の目の前へ跳躍した。

 黒い外套が夜風に舞う。

 

「……待っててくれて、ありがとう」

「何、気にすることはない。今から私たちは刃を振るい、傷つけ合うのだからな」

 

 シニカルに笑み、愛剣レヴァンティンを構えるシグナム。桃色のポニーテールが夜風に揺れる。

 

「今度は、負けない。私もバルディッシュも、あのときよりも強くなったから」

 

 同じくバルディッシュ――いや、新しく生まれ変わった〈バルディッシュ・アサルト〉を構え、フェイトが強い口調で宣言した。

 ふっ、と赤紫の女剣士は喜悦で美貌を歪める。やはり自分は罪深いな、と自嘲する。

 対するフェイトは、真剣な眼差しをシグナムへと向ける。あの攸夜が自分の意見を曲げてわがままに付き合ってくれたのだ、負けるわけにはいかないと決意を固めた。

 

「…………」

「…………」

 

 高まる膨大な魔力の光が闇を焼き。深い深い夜闇を斬り裂く金と紫の閃光が、激突した。

 

 

   *  *  *

 

 

 結界空間によって一部を切り取られた街。

 その中を蒼白い結晶で出来た無数の小鳥が飛び交い、数え切れない蛇が地を這い回る。

 半透明な体内に不可思議な色合いの光彩を灯す彼らは統率する“指揮者”の手により、コンクリートジャングルを縦横無尽に駆け回った。

 海沿いの街を一望できる高層建築物の上、足元に七芒星の複雑な文様の魔法陣を敷いた攸夜は瞳を閉じ、放たれた“使い魔”たちの指揮にかかりきりになっていた。

 無防備な彼を守るように、七枚の“羽根”が周囲を滞空する。

 

「…………」

 

 〈サーチャー〉。名前こそミッドチルダの探知魔法と酷似しているが、その実体は雑霊――いわゆる霊魂や精霊など――を使役し、至極簡素な“使い魔”を造り出して情報を収集するという、ミッドチルダの人間からオカルト呼ばわりされるような魔法だった。

 

「――見つけた」

 

 攸夜の眼となっていた使い魔の一匹が、不審な人物の影を捉える。

 即座に、同じく周囲を探っていたクロノに念話を飛ばした。

 

《クロノさん、ここから一時の方角、だいたい1キロの位置にあるビルの上。黄緑色の服を着た女、紅いカバーの分厚い書物を持ってる》

《本当か? ――――よし、こちらでも確認した。君はそこで不慮の事態に備えていてくれ》

《了解》

 

 念話を切り上げると、攸夜は蒼い双眸を鋭く細め、ドーム状の結界空間を睨む。その表情は心なしか険しいものだった。

 

『心配なんですか、ご主人様』

「…………」

 

 そんな主を心配するようにアイン・ソフ・オウルが声をかけた。

 しかし、攸夜はむっつりと黙ったまま応えない。

 

『大丈夫ですよ、フェイトさんもなのはさんもアルフさんも。みなさんお強いですから。それに、いざとなれば内部に残っているユーノさんがフォローするはずです』

 

 さらに発せられた宥めるような声色の言葉。攸夜はようやくアイン・ソフ・オウルに返事をした。

 

「わかってる、わかってはいるけど……やっぱり、心配だよ。なのははなんか危なっかしいし、アルフの奴は沸点低いだろ? ユーノは……まあ、ほっといても大丈夫だろうけど、特にフェイトは不安定で脆いから心配なんだ」

『へー、ほー……フェイトさんがですかー、ふーん』

 

 ひどく含んだ言い方をするアイン。彼女に生身の肉体があったのなら、攸夜に生暖かい視線を送っていたことだろう。

 

「……何だよ、言いたいことがあるなら言えよ」

『べーつーにー。何でもありませんよー?』

「ぐっ、だからはっきり言えってば!」

 

 ぶすっとした顔でフワフワと浮かぶ七枚の盾に詰め寄る攸夜。アイン・ソフ・オウルは攸夜の追求をはぐらかし、真意を見せない。

 その光景は、端から見ればかなりシュールだった。

 

「ったく。アイン、お前本当は僕のことバカに――」

『ッ、ご主人様、敵です!』

「――何?」

 

 クロノが向かった方角、闇の書の“守護者”らしき女性を発見した場所に彼と守護者以外の魔力を感知する。

 どうやらクロノがその第三者に襲撃されているらしい。

 魔力の量と質から判断して、“第三者”はかなりの使い手であることが窺えた。

 

「連中を追いつめたこのタイミングでの介入? ……なんとまぁ、キナ臭いことこの上ないな」

 

 攸夜は、顔を盛大にしかめてぶつくさとぼやく。癖の強いボサボサの黒髪を左手で滅茶苦茶にかき乱す、理性を曲げ、感情にまかせて物事を決めるときの癖。

 ここ最近、特によくするようになったな、と攸夜は苦笑いを零した。

 

「ま、それでもやるしかないか。アイン!」

 

 掛け声に合わせて、一斉に飛翔した七枚の白き羽根が攸夜の背に収まる。

 硬質な魔力で出来た六枚の翼とともに攸夜を象徴する羽根たちが、目も眩むほどに大量な蒼白い魔力の燐光を放射して夜闇にその威光を誇った。

 

「さて、と。シグナムの代わりになるくらい歯ごたえがあってくれると、僕としてはうれしいんだけどね」

 

 不敵なコメントを漏らし。

 ふわりと、攸夜の少年らしい細身の身体が浮き上がり、ダークグレーのロングブーツが屋上の床から離れる。

 視線の先には、激しく瞬く戦いの光。攸夜は、獲物を前にした肉食獣のような獰猛な笑みで口元を歪めた。

 

 

   *  *  *

 

 

 海鳴市。

 とあるマンションの一室。

 

 室内は、黒髪の少年が発する不機嫌なオーラで若干ピリピリと張りつめた空気になっていた。

 その空気の発生源、忌々しそうに眉間に皺を寄せた攸夜はどっかりとソファに座って腕を組む。端で見ているフェイトやなのはが、おろおろと心配しだすほど彼の機嫌は絶不調である。

 

「……ちっ、あの変態仮面、次見つけたらただじゃ済まさない。ひねり潰してミンチにしてくれる」

「ゆ、攸夜くんっ、言ってることがすごく物騒だよっ!」

『そうそう。大人しく、どりーむとか言いながらぐるぐるしてればいいんです』

「アインさんも言ってることめちゃくちゃだよっ!?」

 

 介入した第三者――仮面の男に今一歩のところで容疑者の確保を邪魔された攸夜は不機嫌だった。クロノも口や態度には出さないが、内心は似たようなものだ。

 あの後、クロノと合流した攸夜だったが、仮面の男に二人掛かりだったにも関わらずいいようにあしらわれた。それは、彼らにとってかなりの屈辱だったのだ。

 結界空間内部にしても、フェイトたちはかなり優勢に戦況を運んだものの、結局守護者たちはまんまと逃げおおせた。最後の一人が使用した大規模魔力爆撃に紛れて、である。

 それを相殺することが可能な手段を攸夜は持っていたのだが、仮面の男を倒すことに躍起になっていて使うことが出来なかった。――得体の知れない相手に手札を晒さずにすんだ、とも言えるが。

 

「ふう……まあとりあえず、状況を整理しようか」

 

 ソファーに座り、攸夜の様子に吐息を漏らすクロノが闇の書の騎士たちについて考察を口にする。曰わく、自らの意志で闇の書の蒐集をしているように感じると。

 また、完成前も完成後も闇の書は破壊にしか使えず、少なくともそれ以外に使われた記録は一度もない。

 そして、闇の書の騎士たち。彼女たちは人間でも使い魔でもなく、闇の書に合わせて魔法技術で創られた擬似人格。主の命令によって行動するただそれだけのプログラムにすぎない、と。

 クロノの述べる言葉を不安そうに聞いていたフェイトが、おずおずと訪ねる。

 

「あの、使い魔でも人間でもない、擬似生命っていうとわたもごもご!」

 

 突然、フェイトの口が横合いから出た手で押さえられた。

 

「フェイト。君の言いたいことはだいたい想像つくけど、それ以上の発言は許さないよ」

 

 びっくりして、バタバタともがくフェイトなどお構いなしに押さえ込む攸夜。加虐心に火でも付いたのか、若干楽しそうに少女を抱き抱えている。どうやら、迫られるのは駄目でも自分から迫るのはわりと平気らしい。

 好意を寄せている少年に軽く抱きしめられる格好になったフェイトは、頬を薔薇色に染めて困ったような表情をしていた。

 

(わー、攸夜くん、すごく楽しそう)

(久しぶりにいじめっ子やってるね、ユウヤ)

(困ってる顔のフェイトもかわいいねえ)

 

(あらあら、先を越されちゃったわ)

 

 リンディは二人の様子に、自分が口を出すタイミングを逸したと感じた。

 もっともすぐに思考を切り替えて、事の推移を――おもしろおかしく――見守ると決めたのだが。

 

「ユーヤ……急にひどいよ」

 

 少し落ち着いたフェイト。攸夜から解放された彼女は、さすがに苦しかったのか目尻に涙を溜めて上目遣いで攸夜に抗議する。

 ごめんごめんと、大して悪びれていない風に笑う攸夜は、一転して真面目な顔つきをみせる。空気が変化したのを肌で感じ、フェイトもなのはたちの表情もつられて真剣なものに変わった。

 

「いいかい、フェイト――ヒトは誰しも、生まれる場所を選べない。それと同じで、生まれ方だって選べない。だからたとえ、フェイトが他のヒトと違う生まれ方をしたとしても、今の君が“フェイト・テスタロッサ”っていうひとりの女の子だってことに、変わりはないんだ」

 

 じっ、と不安を浮かべる鮮やかなルビーの瞳を見つめ、攸夜は言葉を続ける。

 

「ヒトが選べるのは生き方だけ。だから自分らしく、ありのままの君で生きていけばいいんだよ。そこに生まれ方がどうこうのなんて、関係ない」

「自分らしく、ありのままで……」

 

 その言葉を噛みしめるように繰り返しすフェイト。自分を覗き込む深いサファイアの眼差しを見つめ返し、続く言葉を待つ。

 

「それに、少なくともここにいる全員は、フェイトが何であろうと関係ないって思ってるよ。――そうだろ?」

 

 いたずらっぽく金色の少女に笑いかけ、攸夜が周囲の仲間たちを見回して問う。

 もっとも、攸夜も問いの返答など端からわかってる。彼の友人は揃いも揃ってお人好しばかりだからだ。それでも、言葉にして目の前の強くて儚い少女の心に届けたかった。

 

「うんっ! 攸夜くんのいうとおりだよ、フェイトちゃん」

 向日葵のような、屈託のない笑顔をフェイトに向けるなのは。

 

「当たり前じゃないか。アタシはフェイトの使い魔なんだからね」

 豊満な胸を張って、誇らしくアルフが応じる。

 

「そうだね。僕たちはそんなこと、気にしないよ」

 なのはの肩の上に乗っているユーノも他のふたりに賛同した。

 

「……ありがとう、みんな」

 

 そう言ってフェイトが、紅い瞳を潤ませて全員に泣き笑いしてみせて、ゴシゴシと服の袖で涙を拭った。

 言いたかったこと言われちゃったわ、とリンディが密かに苦笑を漏らした。

 

「ヒトは誰しも生まれる場所は選べない、か。攸夜君は面白い考え方をするのね。――ともかくフェイトさん、あなたは生まれ方が少し違っただけで、ちゃんと命を受けて、生み出された人間よ」

「君は検査の結果でも、そう出てただろう。変なこと言うものじゃない」

「はい……ごめんなさい……」

 

 リンディとクロノ、二人から口々に諭されてしゅんとしたフェイト。隣に居る攸夜が、苦笑しながら彼女の頭を撫でてた。彼なりに慰めているつもりなのだろう。

 撫でられて少し気分が浮上したのか、フェイトは控えめな笑顔を浮かべた。

 

「はい、じゃあ湿っぽい話しはこれくらいにして、モニターで説明しよっか」

 

 手を叩き、エイミィがことさら明るく切り出した。

 照明が落ち、宙に大きな半透明のモニターが展開。闇の書の外観と四人の騎士の姿が映り出され、クロノたちの解説が始まる。

 壁に背を預けて腕を組む攸夜は、クロノの説明に耳を傾けながら考える

 

(闇の書……、か――)

 

 モニターの中央に映る、如何にもなデザインの施された年代を感じさせる古びた書物。ただ破壊だけをもたらす危険極まりないロストロギア、〈闇の書〉。

 

(完成した闇の書は世界を滅ぼすって言うけど……)

 

 “世界の危機”を前にしても、攸夜の心は不思議なほどに平静で、落ち着いていた。

 現実感が乏しいのかも、と攸夜は自分を分析する。

 

(それとも、闇の書なんてどうにか出来ると思っているのか? ……いいや違うな、()()()(

)んだ、僕は)

 

 根拠も論拠もない、曖昧な感覚だったが、攸夜にはそれが核心に迫っていると思えた。

 何の気なしに横に目をやった攸夜と、ちょうど同じタイミングで彼の方を向いたフェイトの視線がかち合う。

 目が合ったフェイトは、ちいさく首を傾げてニコリと微笑む。ひどく愛らしい笑顔に射抜かれて、瞬く間に耳まで真っ赤になった攸夜は慌てて顔を逸らした。

 攸夜のリアクションの意味がわからず、ぽややんと瞬するフェイト。幸い部屋は薄暗く、少年の狂態は少女に感づかれることはなかった。

 

(っ、……何にせよ、僕は僕の大切なものを守るだけだ――この力で)

 

 左の掌を開き、攸夜はじっと何かを確かめるように見つめる。

 手首に巻き付いた純白の腕輪にあしらわれた漆黒の宝玉が、モニターの微かな光を反射して鈍く煌めいた。

 

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