魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#17

 

 

 

 私の想い。私の気持ち。

 

 持て余した感情が日に日に募って、心を縛る。

 

 ……私は、“彼”とどうなりたいのだろう。

 ……“彼”は、私をどう思っているのだろう。

 

 その答えは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯17 「あの月に誓う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 曇り空の放課後。

 塾があるというなのはたちと別れ、ユーヤとお夕飯の買い物につき合っていたときのこと。

 

「ん……雨だ」

「えっ、ほんとに? どうしよう……私、傘持ってないよ」

 

 お買い物を終えて、スーパーマーケットから出たとたんに、ぽつぽつと雨粒が降りはじめた。

 朝の天気予報、雨が降るなんて言ってなかったのに……。

 

「ふっ、安心しろフェイト。こんなこともあろうかと!」

 

 どこからともなく取り出した、大人用の青い大きな傘を掲げるユーヤ。じゃじゃーん、なんてちょっとまぬけな効果音が聞こえたような気がした。

 傘を掲げる彼の表情がどことなく得意げに見えるのは、私の見間違えじゃないはずだ。

 

「わ、ユーヤ、その傘どこから出したの?」

「何、予め結界の中に入れておいたのだよ、フェイトくん」

「あ、そっか。便利だね」

「だろ。よ、っと」

 

 ばさっと音を立てて傘が開いた。見た目通り、私とユーヤのふたりが入ってもたっぷりと余裕のある大きな傘だった。

 

「さ、フェイトも入りな」

「うんっ」

 

 ユーヤといっしょの帰り道。

 

「ちょっと調べてみたんだけどさ」

「うん」

「ウチの学校って、転入とか手続き結構手間がかかるみたいなんだよ」

「そうなの?」

「らしい。だから、もしかしたらリンディさんは今回の事件がなくても、フェイトを聖祥大附属に通わせる気だったんじゃないかなぁ」

「そっか……じゃあ、リンディ提督になおさら感謝しなくっちゃ」

「だな」

「うんっ」

 

 魔法のこととか、勉強のこととか、お菓子のこととか――それほど多くない共通の話題で、他愛のないおしゃべりをする。彼は、あまり会話の得意じゃない私の話を根気よく聞いてくれる。話し上手で、聞き上手だ。

 次第に強さを増す雨あし。

 さーっと静かに降り注ぐ雨の音が家路を彩った。

 今の時期の雨をこの国の言葉では、“シグレ”とか“シュウウ”とかって言うそうだ。ユーヤに借りた百科事典に載っていたから知ってる。

 

「…………」

 

 ところで、傘がゆらゆらと頼りなく揺れているのが気になった。

 大人用の傘を片手で持っているから、バランスが悪いのかもしれない。もう片方の手は買い物袋でふさがってちゃってるし。

 

「何だ、じーっと見て。僕の顔に変なものでもついてる?」

「そ、そうじゃないよ。ただ、傘が重くないのかなぁって」

 

 きょとんとした顔をして、左手に持った傘を見るユーヤ。ちょっとかわいい。

 

「……まあ、確かに片手で持つにはちょっと辛いかもな、バランス的に」

 

 やっぱり。

 ユーヤって、なんでもひとりでやってしまおうとするところがある。そして、たいていのことをひとりでやれてしまうひとだ。

 でも私、もっと頼ってほしいなって思うのに……。

 ともかく、私も入っているのにユーヤばかり持たせるのはよくない。

 

「じゃあ……」

「ん?」

 

 思い切って、傘の柄を持つユーヤの指に噛み合うように右手をはわせる。

 彼の指先はひんやりとしていた。外気にさらされて冷えちゃったのかな。

 隣を伺うと、ユーヤはびっくりした表情だ。

 

「……フェイトって、時々えらく大胆になることがあるよな」

「え、あ、その、えと……ごめんね?」

「いや、僕を気遣ってくれたんだろ? ありがとな」

 

 微笑んでくれるユーヤがうれしくて。

 傘を挟んで手を握り合い、並んで帰る雨の道。……私は、また雨が降ったらいいのにな、なんてこっそり思った。

 

 

   *  *  *

 

 

 すっかり定位置になったコタツの前。ユーヤの左隣に座って、私はテレビゲームのコントローラーと格闘していた。

 画面の中では、私の操作する黄色いネズミがユーヤの操る白い怪獣なキャラに雷を落としている。

 

「ぬ、また落とされた。やるじゃないかフェイト」

「うん。何度も負けるの、いやだし」

「……負けず嫌いだねえ」

「ユーヤだって」

 

 言って笑い合う。

 べつにゲームに興味があったってわけじゃない。ただ、なのはたちはここに来るとたいていゲームで遊びはじめる。すると当然、やり方のわからない私は後ろで見てるだけで。これではいけないと一念発起し、こうしてたまにユーヤと遊んでいるんだ。

 やってみればこれがけっこうおもしろくて。なのはたちが夢中になるのもわかる気がする。

 もっとも、一人遊び用のソフトをやっているユーヤを眺めているだけのときだってある。

 この前も、いろいろな傀儡兵みたいなのを戦わせるシミュレーションタイプのゲームをやっていた。

 あの、おおきなカタナを振り回す機体がかっこよかった。ユーヤは悪魔みたいなのとか、馬に変形するのが好きだとか言ってたっけ。

 ゲームを終えて、まったりティータイム――今日の紅茶はブラックローズティーだとか――をしていると、ちゃーちゃちゃー♪と軽快なメロディーが鳴り響く。……これ、前にやってた時代劇のテーマソングかな? 暴れん坊の。

 

「ん? 着信か。フェイト、ちょっとごめんな」

「うん」

 

 言いながら、ユーヤは立ち上がって離れる。シアンブルーのケータイをポケットから取り出して、左手だけで器用にぱたりと開く。

 

「おっす、はやて。久しぶり、元気にしてたか?」

 

 知らないひとの名前……なんだかやけに引っかかる。同時に携帯電話にくっついて、ゆらゆらと揺れている人形のストラップが目についた。

 

「あははっ、そりゃそうだよな。……ん、ああ、僕はそれなり。で、今日はどうしたのさ」

 

 それは黒い身体のペンギン。

 目つきが悪いサファイアの眼、頭がつんつん立っていて、ブルーの長いマフラーを巻いている。……なんていうか、とてもユーヤっぽい。むしろそのもの?

 あれ、ユーヤの手作りかな? 私の部屋にも彼からもらった〈ぽんこつくん人形〉が置いてある。どれも、お店で売ってるみたいによくできてて感心したものだ。

 

「ほー、へー、それで? うんうん。……ふぅん、なるほど、友だちがねぇ。つまり、はやてにもついに春が来たのですね。わかります」

 

 マフラー……マフラー、か。これはプレゼントにいいかもしれない。うん、名案だ。

 手編み、とかどうだろう。今まで編み物なんてやったことないけど、どうせなら心のこもった贈り物をしたいし……あとでエイミィに相談してみよう。

 

「女の子……だと……! なら、百合百合してればいいじゃないか。え、そんな趣味ないって? バカなっ!?」

 

 ――それにしても、

 

「おー、そういえば、ショウグンやっと狩れたよ。ガンランスだと辛かった…………む、悪かったな、ヘボで。えーえー、僕はへたくそですよーだ」

 

 ユーヤ、とても楽しそう。それも、私やなのはたちと話しているときよりもずっとだ。

 ……。…………。

 

「……そっか、んじゃまたな」

 

 ――なんだろう。すごく、すごーくむかむかしてきた。

 

「ごめんな、フェイト」

 

 謝りながら、ユーヤがぱちんとケータイを折りたたむ。今の私には、そのこなれた仕草がすらかんに障った。

 

「ううん、いいんだ、それは。……ところでユーヤ、いまのひと、誰?」

「ん? ああ、今のは友だちの八神はやて。こっちに来てすぐの頃に知り合った子でさ。たまに遊んだりしてるよ」

「ふーん……ハヤテ、か。……男の子?」

「いや、女子」

 

 女の子……。

 

「仲、良さそうだったね」

 

 胸の中がもやもやして、無意識に口調が固くなる。顔もきっと強ばってしまってるだろう。

 

「ん? まあね。はやてとは結構趣味とか話が合うから。語り口が軽快で、話してて楽しいし」

 

 そんなこと知ってか知らずか、ユーヤは表情を僅かにゆるめて“ハヤテ”のことを語る。

 ……ユーヤは普通に友だちの話をしているだけなのに、イライラして。私、どうしちゃったんだろう。変だよ、こんなの。

 

「……はぁ」

「フェイト、どうかしたか?」

「あ、ううん、なんでもないよ」

 

 思わず出てしまったため息をごまかして、軽く深呼吸。すこし無理やりに気分を切り替える。

 いつまでもこんな調子じゃ、ユーヤにあきれられてしまうから。

 

 

「……おじゃまします」

 

 真っ暗な部屋に私の声が響く。

 私の言葉に応えるものはない。当然だ、この部屋には最初から誰もいないんだから。

 私はいま、単身ユーヤの部屋に潜入している。もちろん、ちゃんと本人から許可をもらっているけど。

 この部屋の持ち主であるユーヤは現在お夕飯の準備中だ。今夜の献立はお鍋料理で、はじめて食べるので楽しみにしてる。

 

「スイッチ、は……っと、あった」

 

 すぐ側の壁をペタペタとさわって照明のスイッチを探る。スイッチは意外と簡単に見つかり、指先でパチッと入れた。

 ぱっと明かりがつく。

 予想どおり、ユーヤの部屋はすごく片づいていた。

 アンティーク調のリビングとはがらっとイメージが変わって、黒がメインで所々に白が入ったモザイク調というか、シックでモダンな印象の家具で揃えられている。私としては、どちらかといえばこういう雰囲気の方が落ち着くかな。

 

「男の子の部屋って、こんな感じなんだ……」

 

 きちんと整理整頓されたシンプルな勉強机。参考書やハードカバーの小説、それからマンガやペーパーバックが納められている本棚。

 壁際のメタルラックに飾ってあったのは、傀儡兵みたいな刺々しいプラスチック製の人形や、かわいらしいぬいぐるみがたくさん。生活感のない調度品にあまりにも似合ってないけど、そのギャップが逆にあたたかみになっているようにも思える。

 

「……あ、これ、なんだかユーヤに似てるかも?」

 

 その人形は暗いトリコロールで大きな赤い羽根を背中から生やしている。

 長い剣を腰溜めに構えていたいるところとか、手の甲の青いナックルガードがどこかユーヤににているように感じた。もしかしたら、これを参考にバリアジャケットを構築したのかな?

 ほかにも、バイクやボードに乗っている人形が飾ってある。どれもこれも、個性的でかっこいいデザインをしていた。

 うーん……でも、あまり触らないでおこう。下手にいじって壊したりでもしたら、きっとユーヤに嫌われてしまうから。

 ……想像してみたらいやな気持ちになった。

 気を取り直して、ぬいぐるみの方へ視線を移してみる。

 

「わぁ……、かわいいっ」

 

 ぬいぐるみだけを集めているであろうスペースには、一転してかわいい人形がたくさん置いてあった。

 クマさんにウサギさん、それからネコさん――あと、よくわからないけど、ふわふわでかわいいのがいっぱい。あ、黄色い電気ネズミがいる。

 私のイメージする“男の子の部屋”とかなり違うけど、これはこれで悪くないと思う。

 あ、これって――――

 

「わ、ぽんこつくんだ。……えっと、これ、いくつあるんだろう?」

 

 そこにあったのは、大量のファンシーにデフォルメされたハエのあみぐるみ。私もいくつか持っているユーヤの手づくりの品だ。

 ひとつひとつ、大きさや色が違っていてすごく手が込んでいる。

 手にとって、手触りを確かめてみる。……うん、すべすべのふかふかでもふもふだ。

 なでなで。なでなで。

 なんとなく、癖になる。

 それからしばらく、ぬいぐるみで遊んだ。

 

「ふぅ……楽しかった」

 

 とりあえず、デスクまわりは見て回ったし、本棚の本でも読ませてもらおうかな。クローゼットの中を見たりするのはちょっとアレだし。

 と、視線をさまよわせて、私は見つけてしまった。

 

「……あ」

 

 青い清潔なシーツのかかったふかふかそうな黒いベッド。私の部屋のよりもちょっと小さめ、かな。

 ……。

 …………ユーヤがいつも使ってるベッド……寝ころんだら…………。

 そんな想像の誘惑に負けて、ぼすっと音を立ててベッドに身体を預ける。

 

「……ユーヤの、においがする」

 

 何度か彼に抱きしめられたときの感触がよみがえる。

 どちらかといえば悪い思い出ばかりだけど、うれしかった。弱気なとき、つらいとき、痛いとき、彼に抱きとめられて私はどれだけ救われたことか。

 このまま……、このままユーヤのにおいに、包まれて――――

 

「――っっっっ!!」

 

 自分の恥ずかしすぎる妄想に激しく照れて、ベッドの上でもだえる。

 ゴロゴロ。ゴロゴロ。

 あ、これ楽しい。

 

「なにやってるんだい、フェイト?」

「なにって、ユーヤのベッドでゴロゴロして……」

 

 お布団から顔を上げると、床にちょこんとお座りした私の使い魔の姿があった。

 

「あ、アル、フ?」

「ずいぶんと愉快なことをやってるじゃないかい。アイツの布団の感触はどうだった、フェイト?」

「それはっ、えっと……」

 

 いっ、言えるワケないよっ!

 しどろもどろで返す言葉がない私に、アルフがニヤリと笑う。子犬形態だから表情はわかりづらいけど、そんな気がした。

 

「ふふふっ、まあいいさ。夕飯の準備できたってアイツが呼んでるよ。今晩はスキヤキだってさ」

「スキヤキ?」

「そうだよ。お肉、お肉~♪」

「あ、アルフ、待って、私も行くよ!」

 

 鼻歌まじりに部屋から出ていってしまうアルフを、私は慌てて追いかけた。

 ――私このあと、ユーヤの顔をまともに見れるのだろうか?

 

 

   *  *  *

 

 

「ありがとうございます、リンディ提督」

「はい、どういたしまして」

 

 繁華街、大きな電気屋さんの一階にある携帯電話コーナー。

 リンディ提督に買ってもらったブラックのケータイを片手に、入り口付近で待っていてくれたなのはたちの元へ向かう。

 

「フェイト、いい番号あった?」

「えっとね……」アリサに促され、真新しいケータイのボタンをカコカコと四苦八苦していじくる。「これだよ」

 ディスプレイに表示されたケータイの番号を見せたところ、「おー」と上々の反応。もっとも、ユーヤは興味なさそうだったけど。

 番号とかメールアドレスの交換をしようとみんながケータイを取り出したとき、私はあることに気がついた。

 

「あれ? そのストラップ……」

「あ、これ? これね、攸夜くんに作ってもらったものなんだよ」

 

 なのはが、ピンクのケータイについた白いワンピースを着た茶色いウサギさんを手のひらに乗せて持ち上げた。ビーズの瞳は紫だ。

 どうやらこれ、なのはをモデルにしてるみたい。レイジングハートのコアらしき赤いボールを両手で抱えている。

 

「フェイトにあみぐるみを贈るって聞いて、私たちも作ってもらったのよ」

「これ、本当によくできてるよねー。お店で売れちゃうかも?」

 

 アリサのは赤いツナギを着た山吹色のキツネさん。特になにも持ってないかわりに、元気そうに手を挙げている。すずかのは、薄紅色のワンピースのネコさん。茶色い本を抱えてて、身体の色は紫。どっちもふたりのイメージにピッタリだ。

 

「いいこと言うじゃない、すずか。攸夜、クラスの他の子にも作ってあげたら?」

「あっ、それいいと思うよ。ね、攸夜くんどうかな?」

「ちょっと待て。作るの結構大変なんだぞ、無茶ぶりすんな」

「なにケチくさいこと言ってんの。男ならつべこべ言わずに、黙ってうなづいてればいいのよ」

「わーい、なんて理不尽。男女差別はんたーい」

 

 ユーヤのケータイについてたペンギンの人形は、たぶんなのはたちのとおそろいなのだろう。デフォルメの仕方とかがなんとなく似てたし。

 …………あれ? ちょっとまって。

 

「……私のは?」

「えっ?」

「ユーヤ……、私のは、ないの?」

 

 ぽかんとするみんな。なのはたちはユーヤとお揃いなのに、私だけ仲間はずれなんて悲しすぎる。……ぐすっ、涙出てきた。

 

「いや、それは、その……あ、あははは……ごめん」

 

 頬をひきつらせて、心底困った顔してごまかすように笑うユーヤ。それで仕返しできた気がして、私の気分はわりと晴れていた。

 

「ひどい! フェイトちゃんだけ仲間はずれにするなんて!」

「そうね。本当に血も涙もないやつね」

「私、攸夜君のこと見損なっちゃったなー」

「ちょっ!? それは言い過ぎだろ、いくらなんでも!」

 

 じーっと三人からの非難めいた視線を受けて、さすがのユーヤもたじたじみたい。返す言葉を封じられ、たらりと冷や汗を浮かべて後ずさる」

 

「わかった、わかったから。フェイトの分は、そうだな……クリスマスまでに用意するよ」

「ほんと?」

「ああ、約束する」

「……うん、じゃあ約束だね」

 

 ちゃんと約束してくれたから、許してあげよう。ユーヤは約束を破らないって信じているから。

 ――クリスマス、すごくすごく楽しみだ。

 

 

   *  *  *

 

 

 ケータイを買ってもらったその日の夜。

 自分の部屋のベッドに寝ころんで、普段は大事にしまってある“たからもの”を眺める。

 傍らにはリンディ提督に買ってもらったケータイ。機能はだいたい把握したので、設定をいろいろいじってある。

 待ち受け画面はさっきみんなで撮った私となのは、アリサ、すずかが四人並んでて、ユーヤが居心地悪そうに後ろで斜に構えてる写真だ。どうもユーヤは写真が嫌いらしい。変なの

 ちなみにアルフは横で丸まってうつらうつらと舟をこいでいる。眠いなら寝てていいのに。

 

「えへへ……」

 

 “たからもの”――ユーヤからもらった手紙の文面を追っていると、ついついにやけてしまう。

 なのはのビデオレターと一緒に送られてきた数枚の手紙。私だけのためにミッドチルダ語を勉強してくれて、私だけを一生懸命気遣ってくれる――こんなにうれしいこと、ほかにない。

 何度も読み返して、何度も気持ちを感じ取る。

 と、そのとき。

 

 ――~~♪

 

 不意に、ユーヤのアドレスに設定した着信音。彼の勧めで登録した曲、「ELEMENTS」が鳴り響く。

 

「メール……なんだろう?」

 

 

 ユーヤの「月がきれいだから一緒に観ないか?」という呼び出しに従って、バリアジャケットを着た私は飛行魔法で飛翔する。

 マントが夜風にあおられて、乾いた衣擦れの音を立ててた。

 

 マンションの屋上。

 人影を捜してあたりを見回すと、床にあぐらをかいて座り込み、空を見上げている黒髪の男の子を見つけた。私にはまだ気がついていないみたい。

 

(……あ、いいこと考えた。ふふ)

 

 いつも驚かされてばかりのお返しに、こっそり近づいてびっくりさせようと思いつく。我ながらすごくいい考えだ。

 というわけで、足音を忍ばせて彼に近づく。

 

「だーれだっ? ――……えっ?」

 

 目をふさごうとした両手は、スカッと彼の頭をすり抜けてしまった。

 一瞬、思考が停止する。

 

「フェイト」

「ひゃあっ!? ――あ、あれ。ユー、ヤ? えっ、と、いまここにいたのは……あれ?」

 

 後ろから突然名前を呼ばれて、ビクッと飛び上がる。振り返るといたずらっぽい笑みを浮かべたユーヤの姿があった。

 

「それは幻術だよ、幻術。君が来る前に創っといたんだ。驚かせなくて残念だったね」

 

 くつくつ、と普段よりも幼く見える表情で楽しそうに笑う。

 

「僕を引っ掛けようなんて甘い甘い。ジャンボチョコレートサンデーくらい大甘だよ」

「うぅ~……魔法を使うなんてずるいよ、ユーヤ」

 

 まんまと引っかってしまい、すごくくやしい。でも、ユーヤの楽しそうな笑顔が見れたから、これはこれでいいかも、と思う。

 

「ま、立ち話もなんだし、座ろうか」

「うん」

 

 ユーヤが幻術の像と同じようにあぐらで座る。それにならって彼の左隣に女の子座りでぺたりと腰をつけた。

 

 ――黄金の三日月と、まばらに見える星々がきらきらと彩った紺色の夜空の下、私たちは身体を寄せ合う。

 なんだか普段よりもずっと、彼との距離が近くなっているのは気のせいだろうか。息をすると、肺いっぱいに冬の澄み切った空気が入りこんだ。でも、バリアジャケットを着ているからそれほど寒くない。

 だけど――――

 

「なんだか、寒いね」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 言葉とともに吐き出した空気は、真っ白に濁っていた。

 さすがに、吐く息までは魔法も守ってくれない。

 

「寒い、か……。ならフェイト、両手を出して」

「手? こう、かな?」

 

 言うとおりに差し出した私の両手を、ユーヤの手のひらがそっと包み込む。

 

「ぁ……」

「これで少しは寒くなくなった?」

「うん。……ユーヤの手、あったかいね」

 

 ぎゅっと控えめに握り返すと強く握ってくれて、思わず笑みがこぼれた。言うまでもないけど、私もユーヤもグローブやガントレットをカットしてる。

 それにしても、ユーヤと手をつなぐと、なんだかすごく安心するなぁ……。

 

「……屋上(ここ)には、よく来るの?」

「ん、そうだね。夜空……というか月を見にね」

 

 視線を上げるユーヤにつられて、私も夜空を見上げる。

 ミッドナイトブルーの澄んだ夜空に浮かぶきれいな弧を描く金色のお月様。彼女は、地上の私たちを見守るかのように夜闇を漂っていた。

 

「何でかしらないけどさ、こうして月を見上げていると気持ちが落ち着くんだよ」

「そうなんだ……不思議だね」

 

 月を見上げたまま数瞬、ユーヤが口をつぐむ。なにかを考えているのかな。

 私は黙って言葉の続きを待った。

 

「もしかしたら――、月がフェイトに似ているからかも」

「私に、似てる?」

「そう。一見冷たそうに見えて、本当は暖かくて心優しいところとか、綺麗なところとか。よく似てるよ」

「そ、そんな私……そんなこと、ないよ、買いかぶりだよ」

 

 不意打ちで言われて、顔が赤くなるのを感じた。

 近頃のユーヤは、どことなくおかしい。前は私と少し距離を取るようにしてたのに、自分から近くに寄ってきてるし……。でも、いやじゃない、すごくうれしいけど……胸の奥がキュッと締めつけられて、切なくなって、もやもやするんだ。

 

「あ、あのね。ユーヤに、聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと?」

「うん」

 

 この際だから、恐がらないで聞いてしまおう。

 この胸のもやもやがなんなのか、きっとわかるような気がするから。

 

「……えっと、あの、あのね。ユーヤは私のこと……どう思ってるのか、知りたくて」

「…………」

「あ、その、いやならムリに答えなくても……」

 

 黙ってしまったユーヤにおどおどして問いかけると、安心させるように柔らかく笑いかけてくれた。

 彼は、左手でわしゃわしゃと真っ黒な髪をかき乱す。ときどき見せる癖だ。

 

「ん、いや、いい機会だなと思ってさ。……図らずも、絶好のシチュエーションだしね」

「え?」

 

 言って、ユーヤは私の手をするりとほどくと、すくっと立ち上がる。

 冷たい空気を運んできた微風にあおられて、闇色のコートの裾がふわりとたなびいた。

 

「後先考えて、躊躇って立ち止まってるのはらしくないと思うんだ。不敵で傲慢なのが僕だから」

 

 独白して、もったいぶったようなゆったりとした足取りで歩く。

 

「君の質問に、答えるよ」

 

 そして、振り向いた。

 幻想的な金色の光が降り注ぐ中、静かな夜を照らす三日月を背負って。

 ひどく真剣な、普段はあまり見せない……だけど、私の大好きな真摯な眼差し。その面立ちに不思議と期待感を覚えて、胸の奥がトクンと高鳴った。

 

「好きだ」

 

「ふぇ?」

 

 なにを言われたのか、わからない。

 

「――君のことが好きだって言ってるんだよ、フェイト」

「え? ――あ……」

 

 じわじわと、理解する。

 だんだんとしていくうちに、頭の中がパニックに陥っていく。

 すき、好き……? ユーヤが……私を――――?

 

「夜道を歩く旅人が惑わないよう、静かに、だけど確かな輝きで行くべき道を照らしてくれる夜空の月――僕にとって君は、そんな女の子(ひと)なんだ」

 

 真剣な表情で私をまっすぐ見つめて、彼は言う。

 海のような、星のような――蒼い瞳はいつにも増して深い色をたたえている。

 

「健気なところも、儚いところも、凛々しいところも、控えめなところも。さらさらした髪も、かわいらしい表情も、柔らかくて華奢な身体も――全部好きだ。君のすべてが愛しくて、君のすべてが欲しい」

 

 言葉が、出ない。なんだかすごく恥ずかしい言葉でほめられてるのはわかる。けど頭がうまく働かないんだ。

 ぐるぐる、ぐるぐる。「君が好きだ」って言葉が渦を巻く。

 

「……ああ、返事は無理にしなくていいよ。ただうじうじしてるのが気持ち悪かったから告白しただけだし」

 

 場違いなくらいに爽やかな笑顔を浮かべて、こっちを見るユーヤ。私はといえば、耳まで真っ赤にゆだっているに決まっている。

 だって、頬が熱を持ってるの自分でわかるくらいだから。

 

「それにフェイトは、LikとLoveの違いってまだよくわかってないだろ?」

「う、うん……それは、そうかも……」

 

 ユーヤのことが“好き”なことはきっと、確信だと思う。

 だけど、それがなのはやアルフ、アースラのみんな、アリサとすずか――そして、“母さん”に向ける感情とどう違うのかは、わからない。

 

「だから、自分の気持ちが見つかるまで返事は保留いいよ。僕は、いつまでも君を待ってるからさ」

 

 彼はやさしく微笑むと、つま先で床をコツンとたたく。

 すると、足下に蒼白い光をぼんやりと発する七芒星の魔法陣が広がって。それが転送用の魔法陣だと私の妙に冷静な部分が分析した。

 

「えっ、ちょ、ちょっと待って、ユーヤ!」

「じゃ、いい夢見ろよー」

 

 そんな軽いセリフを残して、ユーヤの姿は蒼銀の光の中に消えていく。

 私は、消えていく彼を熱病に冒されたようにぼおっとした頭で見送った。

 

 ――そのあとどうやって自分の部屋に帰り着いたのか、いつ眠りについたのか、正直よく覚えてない。

 もしかしたら、あれは夢だったんじゃないかと不安に思う。

 でも、夢じゃない。現実だ。

 ……だって、あの黄金の月を背負う凛々しい男の子の姿が、私のまぶたの裏に、心の中にしっかりと刻みこまれているのだから――――

 

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