私の想い。私の気持ち。
持て余した感情が日に日に募って、心を縛る。
……私は、“彼”とどうなりたいのだろう。
……“彼”は、私をどう思っているのだろう。
その答えは――――
♯17 「あの月に誓う」
曇り空の放課後。
塾があるというなのはたちと別れ、ユーヤとお夕飯の買い物につき合っていたときのこと。
「ん……雨だ」
「えっ、ほんとに? どうしよう……私、傘持ってないよ」
お買い物を終えて、スーパーマーケットから出たとたんに、ぽつぽつと雨粒が降りはじめた。
朝の天気予報、雨が降るなんて言ってなかったのに……。
「ふっ、安心しろフェイト。こんなこともあろうかと!」
どこからともなく取り出した、大人用の青い大きな傘を掲げるユーヤ。じゃじゃーん、なんてちょっとまぬけな効果音が聞こえたような気がした。
傘を掲げる彼の表情がどことなく得意げに見えるのは、私の見間違えじゃないはずだ。
「わ、ユーヤ、その傘どこから出したの?」
「何、予め結界の中に入れておいたのだよ、フェイトくん」
「あ、そっか。便利だね」
「だろ。よ、っと」
ばさっと音を立てて傘が開いた。見た目通り、私とユーヤのふたりが入ってもたっぷりと余裕のある大きな傘だった。
「さ、フェイトも入りな」
「うんっ」
ユーヤといっしょの帰り道。
「ちょっと調べてみたんだけどさ」
「うん」
「ウチの学校って、転入とか手続き結構手間がかかるみたいなんだよ」
「そうなの?」
「らしい。だから、もしかしたらリンディさんは今回の事件がなくても、フェイトを聖祥大附属に通わせる気だったんじゃないかなぁ」
「そっか……じゃあ、リンディ提督になおさら感謝しなくっちゃ」
「だな」
「うんっ」
魔法のこととか、勉強のこととか、お菓子のこととか――それほど多くない共通の話題で、他愛のないおしゃべりをする。彼は、あまり会話の得意じゃない私の話を根気よく聞いてくれる。話し上手で、聞き上手だ。
次第に強さを増す雨あし。
さーっと静かに降り注ぐ雨の音が家路を彩った。
今の時期の雨をこの国の言葉では、“シグレ”とか“シュウウ”とかって言うそうだ。ユーヤに借りた百科事典に載っていたから知ってる。
「…………」
ところで、傘がゆらゆらと頼りなく揺れているのが気になった。
大人用の傘を片手で持っているから、バランスが悪いのかもしれない。もう片方の手は買い物袋でふさがってちゃってるし。
「何だ、じーっと見て。僕の顔に変なものでもついてる?」
「そ、そうじゃないよ。ただ、傘が重くないのかなぁって」
きょとんとした顔をして、左手に持った傘を見るユーヤ。ちょっとかわいい。
「……まあ、確かに片手で持つにはちょっと辛いかもな、バランス的に」
やっぱり。
ユーヤって、なんでもひとりでやってしまおうとするところがある。そして、たいていのことをひとりでやれてしまうひとだ。
でも私、もっと頼ってほしいなって思うのに……。
ともかく、私も入っているのにユーヤばかり持たせるのはよくない。
「じゃあ……」
「ん?」
思い切って、傘の柄を持つユーヤの指に噛み合うように右手をはわせる。
彼の指先はひんやりとしていた。外気にさらされて冷えちゃったのかな。
隣を伺うと、ユーヤはびっくりした表情だ。
「……フェイトって、時々えらく大胆になることがあるよな」
「え、あ、その、えと……ごめんね?」
「いや、僕を気遣ってくれたんだろ? ありがとな」
微笑んでくれるユーヤがうれしくて。
傘を挟んで手を握り合い、並んで帰る雨の道。……私は、また雨が降ったらいいのにな、なんてこっそり思った。
* * *
すっかり定位置になったコタツの前。ユーヤの左隣に座って、私はテレビゲームのコントローラーと格闘していた。
画面の中では、私の操作する黄色いネズミがユーヤの操る白い怪獣なキャラに雷を落としている。
「ぬ、また落とされた。やるじゃないかフェイト」
「うん。何度も負けるの、いやだし」
「……負けず嫌いだねえ」
「ユーヤだって」
言って笑い合う。
べつにゲームに興味があったってわけじゃない。ただ、なのはたちはここに来るとたいていゲームで遊びはじめる。すると当然、やり方のわからない私は後ろで見てるだけで。これではいけないと一念発起し、こうしてたまにユーヤと遊んでいるんだ。
やってみればこれがけっこうおもしろくて。なのはたちが夢中になるのもわかる気がする。
もっとも、一人遊び用のソフトをやっているユーヤを眺めているだけのときだってある。
この前も、いろいろな傀儡兵みたいなのを戦わせるシミュレーションタイプのゲームをやっていた。
あの、おおきなカタナを振り回す機体がかっこよかった。ユーヤは悪魔みたいなのとか、馬に変形するのが好きだとか言ってたっけ。
ゲームを終えて、まったりティータイム――今日の紅茶はブラックローズティーだとか――をしていると、ちゃーちゃちゃー♪と軽快なメロディーが鳴り響く。……これ、前にやってた時代劇のテーマソングかな? 暴れん坊の。
「ん? 着信か。フェイト、ちょっとごめんな」
「うん」
言いながら、ユーヤは立ち上がって離れる。シアンブルーのケータイをポケットから取り出して、左手だけで器用にぱたりと開く。
「おっす、はやて。久しぶり、元気にしてたか?」
知らないひとの名前……なんだかやけに引っかかる。同時に携帯電話にくっついて、ゆらゆらと揺れている人形のストラップが目についた。
「あははっ、そりゃそうだよな。……ん、ああ、僕はそれなり。で、今日はどうしたのさ」
それは黒い身体のペンギン。
目つきが悪いサファイアの眼、頭がつんつん立っていて、ブルーの長いマフラーを巻いている。……なんていうか、とてもユーヤっぽい。むしろそのもの?
あれ、ユーヤの手作りかな? 私の部屋にも彼からもらった〈ぽんこつくん人形〉が置いてある。どれも、お店で売ってるみたいによくできてて感心したものだ。
「ほー、へー、それで? うんうん。……ふぅん、なるほど、友だちがねぇ。つまり、はやてにもついに春が来たのですね。わかります」
マフラー……マフラー、か。これはプレゼントにいいかもしれない。うん、名案だ。
手編み、とかどうだろう。今まで編み物なんてやったことないけど、どうせなら心のこもった贈り物をしたいし……あとでエイミィに相談してみよう。
「女の子……だと……! なら、百合百合してればいいじゃないか。え、そんな趣味ないって? バカなっ!?」
――それにしても、
「おー、そういえば、ショウグンやっと狩れたよ。ガンランスだと辛かった…………む、悪かったな、ヘボで。えーえー、僕はへたくそですよーだ」
ユーヤ、とても楽しそう。それも、私やなのはたちと話しているときよりもずっとだ。
……。…………。
「……そっか、んじゃまたな」
――なんだろう。すごく、すごーくむかむかしてきた。
「ごめんな、フェイト」
謝りながら、ユーヤがぱちんとケータイを折りたたむ。今の私には、そのこなれた仕草がすらかんに障った。
「ううん、いいんだ、それは。……ところでユーヤ、いまのひと、誰?」
「ん? ああ、今のは友だちの八神はやて。こっちに来てすぐの頃に知り合った子でさ。たまに遊んだりしてるよ」
「ふーん……ハヤテ、か。……男の子?」
「いや、女子」
女の子……。
「仲、良さそうだったね」
胸の中がもやもやして、無意識に口調が固くなる。顔もきっと強ばってしまってるだろう。
「ん? まあね。はやてとは結構趣味とか話が合うから。語り口が軽快で、話してて楽しいし」
そんなこと知ってか知らずか、ユーヤは表情を僅かにゆるめて“ハヤテ”のことを語る。
……ユーヤは普通に友だちの話をしているだけなのに、イライラして。私、どうしちゃったんだろう。変だよ、こんなの。
「……はぁ」
「フェイト、どうかしたか?」
「あ、ううん、なんでもないよ」
思わず出てしまったため息をごまかして、軽く深呼吸。すこし無理やりに気分を切り替える。
いつまでもこんな調子じゃ、ユーヤにあきれられてしまうから。
「……おじゃまします」
真っ暗な部屋に私の声が響く。
私の言葉に応えるものはない。当然だ、この部屋には最初から誰もいないんだから。
私はいま、単身ユーヤの部屋に潜入している。もちろん、ちゃんと本人から許可をもらっているけど。
この部屋の持ち主であるユーヤは現在お夕飯の準備中だ。今夜の献立はお鍋料理で、はじめて食べるので楽しみにしてる。
「スイッチ、は……っと、あった」
すぐ側の壁をペタペタとさわって照明のスイッチを探る。スイッチは意外と簡単に見つかり、指先でパチッと入れた。
ぱっと明かりがつく。
予想どおり、ユーヤの部屋はすごく片づいていた。
アンティーク調のリビングとはがらっとイメージが変わって、黒がメインで所々に白が入ったモザイク調というか、シックでモダンな印象の家具で揃えられている。私としては、どちらかといえばこういう雰囲気の方が落ち着くかな。
「男の子の部屋って、こんな感じなんだ……」
きちんと整理整頓されたシンプルな勉強机。参考書やハードカバーの小説、それからマンガやペーパーバックが納められている本棚。
壁際のメタルラックに飾ってあったのは、傀儡兵みたいな刺々しいプラスチック製の人形や、かわいらしいぬいぐるみがたくさん。生活感のない調度品にあまりにも似合ってないけど、そのギャップが逆にあたたかみになっているようにも思える。
「……あ、これ、なんだかユーヤに似てるかも?」
その人形は暗いトリコロールで大きな赤い羽根を背中から生やしている。
長い剣を腰溜めに構えていたいるところとか、手の甲の青いナックルガードがどこかユーヤににているように感じた。もしかしたら、これを参考にバリアジャケットを構築したのかな?
ほかにも、バイクやボードに乗っている人形が飾ってある。どれもこれも、個性的でかっこいいデザインをしていた。
うーん……でも、あまり触らないでおこう。下手にいじって壊したりでもしたら、きっとユーヤに嫌われてしまうから。
……想像してみたらいやな気持ちになった。
気を取り直して、ぬいぐるみの方へ視線を移してみる。
「わぁ……、かわいいっ」
ぬいぐるみだけを集めているであろうスペースには、一転してかわいい人形がたくさん置いてあった。
クマさんにウサギさん、それからネコさん――あと、よくわからないけど、ふわふわでかわいいのがいっぱい。あ、黄色い電気ネズミがいる。
私のイメージする“男の子の部屋”とかなり違うけど、これはこれで悪くないと思う。
あ、これって――――
「わ、ぽんこつくんだ。……えっと、これ、いくつあるんだろう?」
そこにあったのは、大量のファンシーにデフォルメされたハエのあみぐるみ。私もいくつか持っているユーヤの手づくりの品だ。
ひとつひとつ、大きさや色が違っていてすごく手が込んでいる。
手にとって、手触りを確かめてみる。……うん、すべすべのふかふかでもふもふだ。
なでなで。なでなで。
なんとなく、癖になる。
それからしばらく、ぬいぐるみで遊んだ。
「ふぅ……楽しかった」
とりあえず、デスクまわりは見て回ったし、本棚の本でも読ませてもらおうかな。クローゼットの中を見たりするのはちょっとアレだし。
と、視線をさまよわせて、私は見つけてしまった。
「……あ」
青い清潔なシーツのかかったふかふかそうな黒いベッド。私の部屋のよりもちょっと小さめ、かな。
……。
…………ユーヤがいつも使ってるベッド……寝ころんだら…………。
そんな想像の誘惑に負けて、ぼすっと音を立ててベッドに身体を預ける。
「……ユーヤの、においがする」
何度か彼に抱きしめられたときの感触がよみがえる。
どちらかといえば悪い思い出ばかりだけど、うれしかった。弱気なとき、つらいとき、痛いとき、彼に抱きとめられて私はどれだけ救われたことか。
このまま……、このままユーヤのにおいに、包まれて――――
「――っっっっ!!」
自分の恥ずかしすぎる妄想に激しく照れて、ベッドの上でもだえる。
ゴロゴロ。ゴロゴロ。
あ、これ楽しい。
「なにやってるんだい、フェイト?」
「なにって、ユーヤのベッドでゴロゴロして……」
お布団から顔を上げると、床にちょこんとお座りした私の使い魔の姿があった。
「あ、アル、フ?」
「ずいぶんと愉快なことをやってるじゃないかい。アイツの布団の感触はどうだった、フェイト?」
「それはっ、えっと……」
いっ、言えるワケないよっ!
しどろもどろで返す言葉がない私に、アルフがニヤリと笑う。子犬形態だから表情はわかりづらいけど、そんな気がした。
「ふふふっ、まあいいさ。夕飯の準備できたってアイツが呼んでるよ。今晩はスキヤキだってさ」
「スキヤキ?」
「そうだよ。お肉、お肉~♪」
「あ、アルフ、待って、私も行くよ!」
鼻歌まじりに部屋から出ていってしまうアルフを、私は慌てて追いかけた。
――私このあと、ユーヤの顔をまともに見れるのだろうか?
* * *
「ありがとうございます、リンディ提督」
「はい、どういたしまして」
繁華街、大きな電気屋さんの一階にある携帯電話コーナー。
リンディ提督に買ってもらったブラックのケータイを片手に、入り口付近で待っていてくれたなのはたちの元へ向かう。
「フェイト、いい番号あった?」
「えっとね……」アリサに促され、真新しいケータイのボタンをカコカコと四苦八苦していじくる。「これだよ」
ディスプレイに表示されたケータイの番号を見せたところ、「おー」と上々の反応。もっとも、ユーヤは興味なさそうだったけど。
番号とかメールアドレスの交換をしようとみんながケータイを取り出したとき、私はあることに気がついた。
「あれ? そのストラップ……」
「あ、これ? これね、攸夜くんに作ってもらったものなんだよ」
なのはが、ピンクのケータイについた白いワンピースを着た茶色いウサギさんを手のひらに乗せて持ち上げた。ビーズの瞳は紫だ。
どうやらこれ、なのはをモデルにしてるみたい。レイジングハートのコアらしき赤いボールを両手で抱えている。
「フェイトにあみぐるみを贈るって聞いて、私たちも作ってもらったのよ」
「これ、本当によくできてるよねー。お店で売れちゃうかも?」
アリサのは赤いツナギを着た山吹色のキツネさん。特になにも持ってないかわりに、元気そうに手を挙げている。すずかのは、薄紅色のワンピースのネコさん。茶色い本を抱えてて、身体の色は紫。どっちもふたりのイメージにピッタリだ。
「いいこと言うじゃない、すずか。攸夜、クラスの他の子にも作ってあげたら?」
「あっ、それいいと思うよ。ね、攸夜くんどうかな?」
「ちょっと待て。作るの結構大変なんだぞ、無茶ぶりすんな」
「なにケチくさいこと言ってんの。男ならつべこべ言わずに、黙ってうなづいてればいいのよ」
「わーい、なんて理不尽。男女差別はんたーい」
ユーヤのケータイについてたペンギンの人形は、たぶんなのはたちのとおそろいなのだろう。デフォルメの仕方とかがなんとなく似てたし。
…………あれ? ちょっとまって。
「……私のは?」
「えっ?」
「ユーヤ……、私のは、ないの?」
ぽかんとするみんな。なのはたちはユーヤとお揃いなのに、私だけ仲間はずれなんて悲しすぎる。……ぐすっ、涙出てきた。
「いや、それは、その……あ、あははは……ごめん」
頬をひきつらせて、心底困った顔してごまかすように笑うユーヤ。それで仕返しできた気がして、私の気分はわりと晴れていた。
「ひどい! フェイトちゃんだけ仲間はずれにするなんて!」
「そうね。本当に血も涙もないやつね」
「私、攸夜君のこと見損なっちゃったなー」
「ちょっ!? それは言い過ぎだろ、いくらなんでも!」
じーっと三人からの非難めいた視線を受けて、さすがのユーヤもたじたじみたい。返す言葉を封じられ、たらりと冷や汗を浮かべて後ずさる」
「わかった、わかったから。フェイトの分は、そうだな……クリスマスまでに用意するよ」
「ほんと?」
「ああ、約束する」
「……うん、じゃあ約束だね」
ちゃんと約束してくれたから、許してあげよう。ユーヤは約束を破らないって信じているから。
――クリスマス、すごくすごく楽しみだ。
* * *
ケータイを買ってもらったその日の夜。
自分の部屋のベッドに寝ころんで、普段は大事にしまってある“たからもの”を眺める。
傍らにはリンディ提督に買ってもらったケータイ。機能はだいたい把握したので、設定をいろいろいじってある。
待ち受け画面はさっきみんなで撮った私となのは、アリサ、すずかが四人並んでて、ユーヤが居心地悪そうに後ろで斜に構えてる写真だ。どうもユーヤは写真が嫌いらしい。変なの
ちなみにアルフは横で丸まってうつらうつらと舟をこいでいる。眠いなら寝てていいのに。
「えへへ……」
“たからもの”――ユーヤからもらった手紙の文面を追っていると、ついついにやけてしまう。
なのはのビデオレターと一緒に送られてきた数枚の手紙。私だけのためにミッドチルダ語を勉強してくれて、私だけを一生懸命気遣ってくれる――こんなにうれしいこと、ほかにない。
何度も読み返して、何度も気持ちを感じ取る。
と、そのとき。
――~~♪
不意に、ユーヤのアドレスに設定した着信音。彼の勧めで登録した曲、「ELEMENTS」が鳴り響く。
「メール……なんだろう?」
ユーヤの「月がきれいだから一緒に観ないか?」という呼び出しに従って、バリアジャケットを着た私は飛行魔法で飛翔する。
マントが夜風にあおられて、乾いた衣擦れの音を立ててた。
マンションの屋上。
人影を捜してあたりを見回すと、床にあぐらをかいて座り込み、空を見上げている黒髪の男の子を見つけた。私にはまだ気がついていないみたい。
(……あ、いいこと考えた。ふふ)
いつも驚かされてばかりのお返しに、こっそり近づいてびっくりさせようと思いつく。我ながらすごくいい考えだ。
というわけで、足音を忍ばせて彼に近づく。
「だーれだっ? ――……えっ?」
目をふさごうとした両手は、スカッと彼の頭をすり抜けてしまった。
一瞬、思考が停止する。
「フェイト」
「ひゃあっ!? ――あ、あれ。ユー、ヤ? えっ、と、いまここにいたのは……あれ?」
後ろから突然名前を呼ばれて、ビクッと飛び上がる。振り返るといたずらっぽい笑みを浮かべたユーヤの姿があった。
「それは幻術だよ、幻術。君が来る前に創っといたんだ。驚かせなくて残念だったね」
くつくつ、と普段よりも幼く見える表情で楽しそうに笑う。
「僕を引っ掛けようなんて甘い甘い。ジャンボチョコレートサンデーくらい大甘だよ」
「うぅ~……魔法を使うなんてずるいよ、ユーヤ」
まんまと引っかってしまい、すごくくやしい。でも、ユーヤの楽しそうな笑顔が見れたから、これはこれでいいかも、と思う。
「ま、立ち話もなんだし、座ろうか」
「うん」
ユーヤが幻術の像と同じようにあぐらで座る。それにならって彼の左隣に女の子座りでぺたりと腰をつけた。
――黄金の三日月と、まばらに見える星々がきらきらと彩った紺色の夜空の下、私たちは身体を寄せ合う。
なんだか普段よりもずっと、彼との距離が近くなっているのは気のせいだろうか。息をすると、肺いっぱいに冬の澄み切った空気が入りこんだ。でも、バリアジャケットを着ているからそれほど寒くない。
だけど――――
「なんだか、寒いね」
「そうか?」
「そうだよ」
言葉とともに吐き出した空気は、真っ白に濁っていた。
さすがに、吐く息までは魔法も守ってくれない。
「寒い、か……。ならフェイト、両手を出して」
「手? こう、かな?」
言うとおりに差し出した私の両手を、ユーヤの手のひらがそっと包み込む。
「ぁ……」
「これで少しは寒くなくなった?」
「うん。……ユーヤの手、あったかいね」
ぎゅっと控えめに握り返すと強く握ってくれて、思わず笑みがこぼれた。言うまでもないけど、私もユーヤもグローブやガントレットをカットしてる。
それにしても、ユーヤと手をつなぐと、なんだかすごく安心するなぁ……。
「……
「ん、そうだね。夜空……というか月を見にね」
視線を上げるユーヤにつられて、私も夜空を見上げる。
ミッドナイトブルーの澄んだ夜空に浮かぶきれいな弧を描く金色のお月様。彼女は、地上の私たちを見守るかのように夜闇を漂っていた。
「何でかしらないけどさ、こうして月を見上げていると気持ちが落ち着くんだよ」
「そうなんだ……不思議だね」
月を見上げたまま数瞬、ユーヤが口をつぐむ。なにかを考えているのかな。
私は黙って言葉の続きを待った。
「もしかしたら――、月がフェイトに似ているからかも」
「私に、似てる?」
「そう。一見冷たそうに見えて、本当は暖かくて心優しいところとか、綺麗なところとか。よく似てるよ」
「そ、そんな私……そんなこと、ないよ、買いかぶりだよ」
不意打ちで言われて、顔が赤くなるのを感じた。
近頃のユーヤは、どことなくおかしい。前は私と少し距離を取るようにしてたのに、自分から近くに寄ってきてるし……。でも、いやじゃない、すごくうれしいけど……胸の奥がキュッと締めつけられて、切なくなって、もやもやするんだ。
「あ、あのね。ユーヤに、聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「うん」
この際だから、恐がらないで聞いてしまおう。
この胸のもやもやがなんなのか、きっとわかるような気がするから。
「……えっと、あの、あのね。ユーヤは私のこと……どう思ってるのか、知りたくて」
「…………」
「あ、その、いやならムリに答えなくても……」
黙ってしまったユーヤにおどおどして問いかけると、安心させるように柔らかく笑いかけてくれた。
彼は、左手でわしゃわしゃと真っ黒な髪をかき乱す。ときどき見せる癖だ。
「ん、いや、いい機会だなと思ってさ。……図らずも、絶好のシチュエーションだしね」
「え?」
言って、ユーヤは私の手をするりとほどくと、すくっと立ち上がる。
冷たい空気を運んできた微風にあおられて、闇色のコートの裾がふわりとたなびいた。
「後先考えて、躊躇って立ち止まってるのはらしくないと思うんだ。不敵で傲慢なのが僕だから」
独白して、もったいぶったようなゆったりとした足取りで歩く。
「君の質問に、答えるよ」
そして、振り向いた。
幻想的な金色の光が降り注ぐ中、静かな夜を照らす三日月を背負って。
ひどく真剣な、普段はあまり見せない……だけど、私の大好きな真摯な眼差し。その面立ちに不思議と期待感を覚えて、胸の奥がトクンと高鳴った。
「好きだ」
「ふぇ?」
なにを言われたのか、わからない。
「――君のことが好きだって言ってるんだよ、フェイト」
「え? ――あ……」
じわじわと、理解する。
だんだんとしていくうちに、頭の中がパニックに陥っていく。
すき、好き……? ユーヤが……私を――――?
「夜道を歩く旅人が惑わないよう、静かに、だけど確かな輝きで行くべき道を照らしてくれる夜空の月――僕にとって君は、そんな
真剣な表情で私をまっすぐ見つめて、彼は言う。
海のような、星のような――蒼い瞳はいつにも増して深い色をたたえている。
「健気なところも、儚いところも、凛々しいところも、控えめなところも。さらさらした髪も、かわいらしい表情も、柔らかくて華奢な身体も――全部好きだ。君のすべてが愛しくて、君のすべてが欲しい」
言葉が、出ない。なんだかすごく恥ずかしい言葉でほめられてるのはわかる。けど頭がうまく働かないんだ。
ぐるぐる、ぐるぐる。「君が好きだ」って言葉が渦を巻く。
「……ああ、返事は無理にしなくていいよ。ただうじうじしてるのが気持ち悪かったから告白しただけだし」
場違いなくらいに爽やかな笑顔を浮かべて、こっちを見るユーヤ。私はといえば、耳まで真っ赤にゆだっているに決まっている。
だって、頬が熱を持ってるの自分でわかるくらいだから。
「それにフェイトは、LikとLoveの違いってまだよくわかってないだろ?」
「う、うん……それは、そうかも……」
ユーヤのことが“好き”なことはきっと、確信だと思う。
だけど、それがなのはやアルフ、アースラのみんな、アリサとすずか――そして、“母さん”に向ける感情とどう違うのかは、わからない。
「だから、自分の気持ちが見つかるまで返事は保留いいよ。僕は、いつまでも君を待ってるからさ」
彼はやさしく微笑むと、つま先で床をコツンとたたく。
すると、足下に蒼白い光をぼんやりと発する七芒星の魔法陣が広がって。それが転送用の魔法陣だと私の妙に冷静な部分が分析した。
「えっ、ちょ、ちょっと待って、ユーヤ!」
「じゃ、いい夢見ろよー」
そんな軽いセリフを残して、ユーヤの姿は蒼銀の光の中に消えていく。
私は、消えていく彼を熱病に冒されたようにぼおっとした頭で見送った。
――そのあとどうやって自分の部屋に帰り着いたのか、いつ眠りについたのか、正直よく覚えてない。
もしかしたら、あれは夢だったんじゃないかと不安に思う。
でも、夢じゃない。現実だ。
……だって、あの黄金の月を背負う凛々しい男の子の姿が、私のまぶたの裏に、心の中にしっかりと刻みこまれているのだから――――