魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#22

 

 

 

 金色と深紅。二色の光明が、紅い摩天楼を縫うように鬩ぎ合う。

 希望と絶望。心に秘めた、溢れる想いの全てをさらけ出すように。

 

「はああああッ!」

「オオオオオッ!」

 

 黒衣の少女が右手を突き出し、黒衣の少年が左手を押し出す。

 膨らむ魔力、構築される術式。

 少女――フェイトの突き出した右手の先に現れる金色の雷球。同色の環状魔法陣がそれを取り囲んだ。

 少年――攸夜の押し出した左手の中に生まれる紅黒い光球。同色の環状魔法陣が腕をのたくるように這い回る。

 二色の光が臨界を超え――

 

「スマッシャーーッ!!」「リブレイドォォォッ!!」

 

 光芒一閃。

 プラズマスマッシャーとリブレイドが同じタイミングで発射され、両者の中心で激突。大量の雷撃と、眩い閃光を撒き散らして相殺する。

 膨れ上がる爆炎から、〈アサルトフォーム〉のバルディッシュを携えたフェイトが飛び出した。

 振り上がる戦斧。それに呼応して、攸夜の右腕を紅黒い光の魔剣が覆う。

 

「――あの夜の答え、いまここで言うよ」

 

 済んだ太刀音。激しく火花を散らして、二人は鍔迫(つばぜ)り合う。

 吹きかける息が触れるほどの距離。けれど、心の距離は悲しくなるくらいとても遠い。

 

「あのとき、あなたは私のことをお月さまみたいだって、好きだって、言ってくれたよね」

 

 深紅の刃を弾き、フェイトは黒の戦斧を横薙ぎに振るう。それを攸夜は左の鉤爪でだけで受け止める。掴んだバルディッシュを引き込みながら放たれた蹴撃が、無防備な横腹に突き刺さった。

 小さな悲鳴を上げ、少女の華奢な身体が大きく吹き飛ぶ。

 肺に溜まった空気を吐き出し、体勢を崩したフェイトへ容赦ない魔剣の刺突が迫る。

 炸裂する弾丸。戦斧(アサルト)から大鎌(ハーケン)へと変じたバルディッシュが、首を狙うオリハルコンブレードの刃先を辛くも防ぐ。

 痛みと圧力に表情を歪めるにも関わらず、。

 

「――あなたはね、私にとって、羽根なんだ。ちいさな私を空に連れて行ってくれる、おっきな羽根」

 

 攸夜の左腕に濁った光が集まり、もう一振りの魔法剣が形成された。

 

「私は、弱いから……ひとりじゃ立っていられない。なのはやアルフ、アリサとすずか――それに、ユーノ、アースラのみんな」

 

 閃く剣戟。甲高い音を立て、金色と深紅の刃が数十合打ち合う。

 舞い狂う刃の嵐。縦横に走る双刃を受け流し、斬撃を繰り出しながらもフェイトは言葉を紡ぐことを止めない。

 目の前の、へそ曲がりな少年に、伝えなければならないことがまだ沢山あるから。

 

「たくさんの人たちに支えられて、やっと立ち上がれる」

 

 斬り抜けるようにして一気に距離を離したフェイトが、魔力を急速に練り上げる。

 りんと透明な音が鳴り、金色の魔法陣が発生。八つのスフィアが雷撃の槍、〈プラズマランサー〉となって掃射。

 だがそれらは、天から降る十字剣の軍勢によって易々と撃墜された。

 

「だけど、私はあなたがいなきゃだめだから。前に進めないから」

 

 間髪入れず放つ金色の月牙――〈ハーケンセイバー〉。回転し、弧を描くように飛翔する三日月の刃はしかし、魔剣の一振りで生み出された深紅の光波で真っ二つに切断される。

 

「あなたといっしょなら、なにもかもがキラキラしてて、見るものすべてが新鮮で。夢みたいで」

 

 少女は構わず、技後硬直の隙に最速で背後を奪う。

 袈裟斬りに下ろされる大鎌。完全に虚を突いた一撃はしかし、背負われた“羽根”に防がれた。

 

「きっと――、きっと明るい未来へ羽ばたけるって、信じられる。私の“希望”を、信じていける」

 

 白き七枚の“羽根”が三対の紅黒い翼を残して展開、深紅の光跡を残しながらフェイトに襲いかかる。

 バルディッシュを忙しなく操り、アイン・ソフ・オウルの猛攻を耐え凌ぐ。

 

「苦しみも、悲しみも、痛みも、寂しさも……ぜんぶ、全部受け止めてみせるから――」

 

 闇の魔弾がばら撒かれ、光の奔流が道を塞ぎ、深紅の斬撃が後の先を取り、純白の羽根が退路を断つ。

 詰め将棋のように、一手一手追いつめられるフェイトの瞳には、一分の怯えもなかった。

 あるのはただ一つ。希望という名の輝きだけ。

 

「私が、あなたの――――

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯22 「大好きな、あなたの笑顔を守るから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だから、いまは!」

 

 ありったけの想いを吐露し、大きく後退しら少女の全身を金の雷光が包む。

 彼女の纏うバリアジャケットが、漆黒のマントとドレスを象った〈ライトニンクフォーム〉からレオタードとスパッツのおよそ防御には向かない姿――〈ソニックフォーム〉へと状態を変える。

 金色の小さな羽根、〈ソニックセイル〉を腕と脚に生やし、自らの持ち味である速力にのみを磨き上げたフェイトの切り札。

 

『Zamber form』

 

 漆黒の戦斧に内蔵されたリボルバーが、魔力の弾丸を爆発させる。

 長い柄が縮み、刃に当たる部分が150°回転、二つに分離して鍔として展開。その間から、黒いが芯が突き出す。そしてそれを覆うように、雷光迸る黄金の魔力刃が創り出された。

 ――〈ザンバーフォーム〉。バルディッシュ・アサルトのフルドライブモードにして、奥の手。

 

「あなたの絶望、私が断ち斬る!!!!」

 

 金色(こんじき)に輝く光の剣を両手で掴み、肩に担いだフェイトの宝石のような紅い瞳は、真っ直ぐ前だけを――十三枚の“羽根”を広げる攸夜だけを見つめていた。

 

 

   *  *  *

 

 

 紅黒い光の柱が岬に突き刺さる。

 超特大の魔力爆発、やや遅れて響く轟音。

 消し飛ばされた岬の場所には、紫電を散らした大きなキノコ雲が濛々と立ち上り、海水が渦を巻いていた。

 

「な……なんつー威力や……」

 

 地形が変わるほどの光を放った後、完全に沈黙した巨大な白い“繭”を、見下ろす位置まで退避していたはやてが放心したようにこぼす。

 

「エイミィさん! あ、あのっ、わたし、これからどうすれば?」

 

 隣にいるなのはが、取り乱し気味にアースラに指示を仰ぐ。

 

《ちょ、ちょっと待って、こっちもてんやわんやなんだよっ! ここ、宇宙空間のはずなのに真っ赤な月が……!》

 

 不可解な現象に心底慌てたようなエイミィ。涙混じりで取り乱している。

 

《落ち着いて、エイミィ。私たちは“アレ”の結界空間に惑星ごと――いいえ、次元ごと取りまれた、そういう訳ね?》

《は、はい、たぶんそうだと思います。第97管理外世界に隣接する複数の次元世界でも、同様の現象が確認されている模様です》

 

 リンディの言葉に少しは落ち着いたのか、どもりながら何とか答えるエイミィ。

 

《はじめまして、八神はやてさん。時空管理局のリンディ・ハラオウンです。闇の書の――いいえ、夜天の魔導書のマスターであるあなたに聞きたいことがあるの。いいかしら?》

「あっ、は、はい、はじめまして。私にわかることなら、なんでも……」

《今までのやり取りで、あなたが夜天の魔導書を完全に制御下へ置いているのはわかるわ。でも、ちゃんと確認しなければならないわ……闇の書がいったいどうなったのかを》

 

 探るように言うリンディ。はやては少し考えた後、素直にリインフォースに問いかける。

 

「どうなん、リインフォース?」

『現在、闇の書としての基幹システムの大部分が、あの“繭”の中に閉じこめられている状態です。少なくとも、現状で夜天の魔導書が暴走する可能性は万に一つもありえません』

 

 淀みなく回答するリインフォース。その答えに「ありがとう」と短く応じるとリンディは何やら考え始める。

 

《……はやてさんをこちらへ切り離したのも、防衛プログラムを封じているのも、こんな非常識な結界空間を創り出しているのも、全ては“彼”の意志……?》

 

 リンディは自らの思考を纏めようと独り言ちる。

 

《艦長!》

 

 彼女を思考の海から引きずり出すエイミィの声。

 動きを止めていた“繭”が、深紅に染まった海の上を悠然と滑り始めた。向かうその先には、紅く塗りたくられた海沿いの街並み。

 

《っ! いけない、街に残った局員の撤退を――!》

 

 “繭”の巨体に散りばめられた七つの宝玉に紅黒い光が収束。無数の光条が迸り、海岸線一帯を灼き尽くした。

 その中には、なのはたちが“名前”を交わしたあの公園も含まれている。

 

「わたしたちの、街が……」

『この世界は、我々の使う封鎖領域などと近い概念の空間ですから、現実世界には影響ないかと』

「せやけど、あんまいい気持ちやないな……」

 

 絞り出すように言うはやて。

 

「なのは!」

「ユーノくん……」

 

 橙の使い魔を伴って合流する緑の少年を、力ない視線を向けたなのは。ユーノは憔悴しきった少女の様子に唇を噛む。

 自分の主のことが心配なのだろう、血相を変えたアルフがはやてに詰め寄る。

 

「フェイトは、フェイトはどうなってるんだい!?」

 

 襟首を捕まれてぐらぐらされるはやては「あ、あうあう~」と呻きを上げる。

 

「アルフ、落ち着いて! その子、苦しがってるよ」

「う、そうだね。ごめんよ」

 

 その間にも“繭”の侵攻は尚も進む。

 

《はやてさん、見ての通り状況は最悪よ。素人のあなたにこんなことを頼むのは心苦しいのだけれど“アレ”を止めるために、あなたの力を、夜天の魔導書の力を貸して欲しいの》

 

 リンディの心からの懇願。はやては無言で魔導書を手に取る。

 

「リインフォース、騎士たちを」

『守護騎士プログラム、再起動します』

「私の騎士たち――私の友だちを助けるために、力を貸して!」

 

 リインフォースの声を合図に、夜天の魔導書が銀に輝く。

 開いた頁から、四色の光が飛び出した。

 赤、紫、青、緑――鮮やかに煌めく光が、剣十字の魔法陣の上で形を成す。

 光の中から凛とした声が鳴り響く。

 

「ヴォルケンリッター全騎、主の命により参上しました」

「待たせたな、はやて!」

 

 シグナムが、ヴィータが、愛する“家族”に笑いかける。シャマルとザフィーラも同様だ。

 なのはに「ヴィータちゃん!」とうれしそうな声で呼ばれて、ヴィータはふんと鼻を鳴らす。照れ隠しなのだろう、頬が少し赤らんでいた。

 

「みんな、わかっとるな」

「はい、全て“見て”居ましたから」

「アイツを助けるってのは気に入らねーけどな」

「ヴィータちゃん、そんなこといっちゃダメよ」

「俺たちの役目は主の盾となり剣となることだ、ヴィータ」

「わ、わかってるよ! ちょっと言ってみただけじゃんか」

 

 家族たちの微笑ましいやり取りを横目に、はやては消耗した様子のなのはに声をかける。

 

「なのはちゃんは、そこで休んどって」

「わ、わたしはだいじょうぶだよ!」

「そんなボロボロの身体で言っても説得力ないて」

「っ、でもっ!」

 

 無理を押して主張するなのはの姿にはやては苦笑する。どうしてこう、自分の周りには意地っ張りが多いのかと。

 なおも食い下がる白い少女を華麗にスルーして、夜天の王が独白する。

 

()()()()はヴィータたちがこうして戻ってこられるって、最初から知っとったんかもな……」

 

 神妙な雰囲気で沈黙する騎士たち。

 彼女らも漠然とだが感じていた。“彼”がその気なら、自分たちを完全消滅させるなど容易いはずだろうに、それをしなかったのは――

 

「自分から悪役して、悪いことはひとりでかぶって…………変なとこで不器用なヒトや」

 

 クスリと小さく笑みをこぼす。その回りくどいやり方が、あまりにもへそ曲がりなあの少年らしく思えたから。

 

「なにはともあれ、あっこから引っ張りださんとお話にならんな」

 

 眼下に無軌道に破壊を続ける“繭”を置き、はやては不敵な表情を向けた。

 

「シャマルはなのはちゃんの治療!」

「はいっ」

 

 湖の騎士がおっとりと応じ、

 

「ザフィーラはみんなの援護!」

「応!」

 

 盾の守護獣が雄叫び、

 

「ヴィータとシグナム、前衛頼むで!」

「我が剣は主のために」

「やられたカリはきっちり返してやらねーとな!」

 

 鉄槌の騎士と烈火の将がそれぞれの武器を掲げて応える。

 はやては微笑みを浮かべて“家族”をゆっくりと見回す。

 

「攸夜君、か、な、り、手荒くやるから覚悟しいや! 行くでリインフォース!!」

『私の心と力は、常にあなたと共に』

 

 左手に浮かぶ夜天の魔導書が開かれ、銀色の光を放つ。黒い六枚の翼を広げたはやての足下で、白銀の魔法陣が強く輝いた。

 

 

 遠雷のような音が響く。

 海鳴市のメインストリートに巨大な影を落とす純白の“繭”。

 ビルすれすれを悠々と滑り、紅黒い光の束を吐き出して建造物を手当たり次第に破壊し尽くす。

 それはまさしく“破壊神”――恐怖と破滅を無限に振りまく白き偶像の周囲を、色とりどりの輝きが翔る。

 紫の光が“繭”の装甲を斬りかかる。

 赤の光が“繭”の巨体を強打する。

 青の光が“繭”の光条を受け止める。

 銀の光が“繭”に大魔法を叩き込む。

 その一つ一つが驚くほどの威力を秘めていた。

 されど、“繭”は微塵も揺るがず。橙色に輝く半透明な光の壁を張り巡らし、掠り傷の一つすら許さない鉄壁の防御を見せつけていた。

 “繭”の躯にはめ込まれた巨大な宝玉が禍々しく明滅する。創り出されるのは、数数え切れないほどの紅黒い光球――〈サンライトバースター〉。“繭”の主が使用したことのあるその魔法はしかし、それとは比較にならないほど桁違いの量の光球を生み出す。

 非常識なまでの大魔力が込められた紅黒い光の球が、一斉に炸裂した。

 絨毯爆撃など生易しい、空間爆砕の領域にまで達する大爆発。

 地獄の底で燃えたぎる灼熱の劫火。あまりの衝撃に大地が悲鳴を上げ、鳴動した。

 後に残るのは、無惨にも抉られた大きなクレーター。蟠る炎が“繭”の白き躯を朱紅く染めていた。

 “繭”と果敢に戦っていた光たちは炸裂の瞬間に退避していたのか、健在だ。

 自らの主を心配し、飛来したオレンジ色の光が参戦する。

 ――再開された攻撃。

 無意味だとわかっていても、止めることなど出来はしない。もし仮に、この紅い領域が消え去り、通常空間に“繭”が現れたとしたら、どれだけ甚大な被害が出るのだろうか。

 そして何より、“繭”の中に閉じこめられたままの金色の少女と、“繭”を操っているであろう黒髪の少年を救い出さなければならないのだから。

 

 巨山のような“繭”は、自らに集る小さな“羽虫”などお構いなしに、好き勝手に暴れ、破壊の限りを続けた。

 それはまるで、駄々をこねる小さな子どものように。あるいは、我が子を護らんとする優しき母のように――――

 

 

「っ!」

 

 戦場から少し離れた海上。

 緑の淡い光に包まれながら滞空する白き少女――なのはは、視線の先で繰り広げられる激しい戦いの光を悔しそうに見つめていた。

 人好きのする柔和な顔立ちには暗い影が差し、普段は澄んだ輝きを湛えているアメジストの瞳は、力なく弱々しい。自らの無力さに打ちひしがれいるのが端から見てもよくわかる。

 誰かに必要とされることに固執する少女には、見ているだけしかできないことが何よりも苦痛で、身を、心をズタズタに引き裂かれるように感じていた。

 

「……」

 

 そんな危うい様子の彼女を治療しながら、ユーノは思惟の海に漂う。

 ――不思議な少年だった。

 なのはにレイジングハートを渡したあの夜……ユーノは、ジュエルシードの暴走体に生身で挑む無鉄砲な“魔法使い”と出会った。

 同性の、しかも見たこともない魔法を使う“彼”が力を貸してくれたならとても心強いとユーノは考え、協力を願い出た。まあ、その懇願は一刀の下に切り捨てられて、印象は最悪になったわけだが。握り潰されかけたし。

 しかし、何だかんだ文句を言いながら、結局は自分となのはに協力してくれたことを今では心から感謝している。当時、内心で不安を抱えていたユーノは“彼”の飄々とした、どこか軽薄な振る舞いに救われていた部分があったから。

 

 ――君と僕の関係は、なのはとフェイトのと同じかな?

 

 場違いな想像を巡らせている自分に、ユーノが苦笑を漏らした。

 こういう場面でも比較的落ち着いていられるのは、きっとあの天の邪鬼の影響だろう。そうでもなければ、大胆不敵で何をしでかすかわからない“彼”の行動にはついていけない。

 フェイトなどはその辺を本能的に感じているのか、天然でストッパー役になってたりしていたが。

 

「……」

 

 ユーノが、じっと街の方から視線を外さない白いドレスの少女を見やる。

 ならば、自分に……自分たちにできることは何なのだろうか。

 悔しさを嫌と言うほど噛みしめ、震えているこの小さな女の子に、自分はどんな道を示すことが出来るのだろう――――

 

「みんな無事か!?」

 

 降り注いだやや高めの声に、ユーノは思考の海から引き戻された。

 上空からバリアジャケットを纏ったクロノが降下してくる。なのはの治療をしているシャマルに複雑な視線を向けるも、すぐさまそれを押し殺す。さすがに彼も執務官、感情を制御する方法は心得ているようだ。

 

「酷いな……ここまでとは……」

 

 遠方で断続的に続く破壊の嵐を睨み、クロノが呟く。

 今まで“彼”にしてきた中途半端な対応のツケが一気に吹き出したことを思い、悔しさを滲ませる。

 

「クロノ、グレアム提督は?」

 

 グレアムの使い魔であるリーゼ姉妹とは、闇の書の調査のために赴いた〈無限書庫〉の件で、浅からぬ縁を持つユーノが尋ねる。

 もっとも、この場で彼女たちについて言及しようとする人物など彼以外にはいないのだが。

 

「……この世界に潜伏していたところを確保したよ。闇の書の行方がよほど気がかりだったらしい」

 

 一拍置いて、失望と苦渋、そして少しの後悔で満ち満ちた表情でクロノが吐き捨てる。

 そして、懐から白いカードのような待機状態のデバイスを取り出した。

 

「このデュランダルで、主ごと――八神はやてごと闇の書を永久凍結するつもりだったそうだ」

「そんな!」

 

 事の真相を聞き、血相を変えるシャマル。無理もない、一歩間違えば愛する家族が無惨な目に遭っていたかもしれないのだから。

 

「安心してくれ。少なくとも、僕たちはそんなことをするつもりはない。それに……こんな状況じゃあ、ね」

 

 大地を薙ぎ払うように破壊の奔流が照射され、一瞬の間の後、爆轟と火柱が高々と立ち上がる。

 

「――わたし、やっぱり行かなきゃ!」

 

 赤々とした炎をその瞳に写し、なのはがらしくない強い口調で言う。放って置いたら、今この瞬間にも飛び出してしまいそうだ。

 

「だ、ダメよ、なのはちゃん。まだ治療が終わってないわ」

「そうだ、なのは。今は八神はやてたちに任せて、傷を癒すことに専念するんだ」

 

 意気だけが空回りするなのはは、シャマルとクロノに正論で制止される、悔しさのあまり俯き、唇を強く噛んだ。

 

「……なのは。フェイトとユウヤを助けたい?」

「えっ……ユーノくん?」

 

 ぽつりとユーノが言葉を漏らす。

 

「あの“繭”のところにまで行きたいんだよね、なのはは」

 

 ユーノのひどく真剣な眼差しを見返すなのは。彼の、翠緑の双眸に映った意気消沈している自らの姿に気づく。

 

「僕はさ……あっちはどう思ってるか知らないけど、ユウヤのこと、友だちだって、親友だって思ってる」

「わたしも、フェイトちゃんと攸夜くんのこと、大切な親友だって思ってるよ」

 

 ユーノの独白に、なのはが自分の気持ちを確認するように答える。

 

「きっとフェイトだって、あのナカでがんばってるはずだ」

「うん、きっとそうだね。だってフェイトちゃん、攸夜くんのことが大好きだって見ててわかるもん」

 

 どこか楽しそうに親友を語る。若干の嫉妬心が混じっているのもある意味かわいらしかった。

 なのはと同じで、思いこんだら一直線なところのあるあの少女のことだ。もしかしたら今頃、“繭”の中で彼を締め上げているかもしれない。

 

「だから、僕たちは僕たちに出来ることをしよう」

「わたしたちに、できること?」

 

 ユーノを見返し、不思議そうに小首を傾げたなのは。続く言葉を聞き、「さっすが、ユーノくん! いい考えだよ、それっ」とはしゃぐ。

 白い少女は花が咲いたような、いつもの笑顔を取り戻した。

 

「……そんな状態のなのはを行かせるつもりか」

「ごめん、クロノ。でも……」

 

 懇願する視線を自分に向けるユーノの姿に、呆れたように額に手を当て、クロノが小さく嘆息する。

 

「仕方ない――」

 

 白いカードが青く輝く。

 闇を氷結させることを望まれた絶対零度の杖――〈デュランダル〉が展開された。

 しかし、それを扱う少年はその力で犠牲を出さず、全てを救うことを望んでいた。

 

「――僕も、付き合おう」

「クロノくん!」

「君たちが無茶をやるのは、今に始まったことじゃないからね」

 

 うれしそうに笑って顔を見合わせるなのはとユーノに、クロノは苦笑い。

 側で事の推移をハラハラと見守っていたシャマルは、彼らの友情に思わず流した涙をハンカチで拭っていた。

 

 

「っ……! こら、ちょっとあかんかもしれへん……」

 

 紅い空をバックにその偉容をまざまざと見せつける“繭”を見上げ、はやてが弱気を吐く。彼女の騎士甲冑はひどく損傷している。

 街は瓦礫の山と化し、火炎がくすぶるさまはまさしく戦場のよう。夜天の騎士たちも激しい戦闘の痕に相応しく、主と同じくボロボロ。アルフの参戦も焼け石に水でしかない。

 “繭”が発光し、周囲に無数の小さな紅黒の魔法陣が展開した。

 魔法陣から顕れたのは、深紅の結晶で形作られた歪な六角形――アイン・ソフ・オウルのデッドコピー。

 

 ――――その数、666。

 

「ちょっ……そらないわぁ。反則や、反則! 責任者出てこーい!」

『主はやて、ふざけてる場合ではありませんよ』

 

 圧倒的なまでの数の暴力に、やけっぱちになって文句を言う主を、リインフォースが冷静にツッコむ。

 666の結晶体はその尖端に紅黒い光を収束させる。

 

「っ、全員散開!!」

 

 慌てて発したはやてのセリフとほぼ同時に、全ての結晶体から光の奔流――リブレイド――が、降り注ぐようにして発射された。

 地面に突き刺さる破壊の豪雨。辛くも光の雨から抜け出したはやてを、100基近い数の結晶体が、時には突撃、時には砲撃と執拗に追い立てる。

 

「くっ、しつっこい!」

 

 悪態を吐きながらはやては錫杖を振り、朱色の短剣を創り出す。

 飛翔した鮮血の短剣がいくつかを撃墜するが、結晶体は次から次に現れる。数があまりにも多すぎるのだ。

 

「はやて! っ、この、ジャマすんな!」

 

 家族の危機に駆けつけようとするヴィータは、飛来した複数の結晶体に阻まれて動けない。シグナム、ザフィーラ、アルフも同様だった。

 はやての進路を塞ぐように結晶体が躍り出る。収束する光。

 

「リインっ!」

『障壁展開!!』

 

 銀色に輝く三角剣十字の魔法陣の“盾”が形成された。

 数十条――いや、百を越える光のが“盾”に突き刺さる。膨大な熱量と衝撃に耐えきれず、障壁はひび割れ、崩壊を始める。

 

「はやて!!」

 

 ついに砕けた障壁。紅黒い光がはやての視界を焼く。

 

(あかん、やられる……っ!)

 

 彼女を光が貫く刹那、遠方から照射された桜色の光条が、百基の結晶体を纏めて消し飛ばした。

 

「はやてちゃん!」

 

 靴から生やした桜色の翼――〈フライヤーフィン〉を羽撃かせ、白い少女がはやての前に降り立つ。

 ユーノ、クロノ、シャマルも合流し――これで、戦場に“全員”が揃った。

 

「なのは、ちゃん? ケガ、もうだいじょうぶなん?」

「まだちょっとイタいけど、だいじょうぶ。わたしはまだやれるよっ!」

 

 心配するはやてに、なのはは腕をぶんぶんと回して見せて自らの元気をアピールする。

 

「――はやてちゃん、声をかけよう」

「声?」

 

 無数の羽根を侍らせる巨大な“繭”を見上げ、なのはが言う。

 

「届くかわからないけど、でも、届けなきゃ。あのなかでがんばってるはずのフェイトちゃんに……それから、かなしいよって、さびしいよって、くるしいよって泣いてるあの子に。わたしたちの、“友だち”に」

 

 真摯な想いを言葉に紡いで――――

 

「届けよう、私たちの想いを」

 

 綺麗な笑顔を浮かべるなのはへ、はやてがニヤリと笑む。

 

「そらグッドアイディアやな」

「でしょ?」

 

 少女たちが爽やかに笑い合う。

 上方で滞空するマントの少年を仰ぎ、軽く見つめ合うなのはのただならぬ様子に、はやては「ふ~ん」とおもしろいものを見たと目を細めた。

 “繭”と結晶体が動き出す。

 

「来るよっ、はやてちゃんっ!」「なのはちゃん、後ろはまかせてや!」

 

 弾かれたように二人の少女が背中合わせで互いを庇い、自らの“杖”を周囲を取り囲む無数の結晶体へと突きつけた。

 

 

   *  *  *

 

 

 金色の稲妻と深紅の烈風が、影も追わせない神速で幾度もぶつかり合う。二筋の光が激突を繰り返す。

 慣性を半ば無視したような不規則な軌道は、常人の限界を疾うに超えていた。

 

 ――稲妻纏うは可憐な少女。軋む身体を叱咤して気炎を上げる。

 ――疾風纏うは冷酷な少年。凍てついた表情のまま腕を振るう。

 

 ソニックフォームの速力で、大振りなザンバーを無理矢理に操るフェイト。

 両腕に纏わせたオリハルコンブレードを、正確無比に繰り出す攸夜。

 大剣と双刃。二色二種類の魔力刃が衝突するたびに、魔力の粒子と爆光が周囲に飛び散る。

 

「居場所がないなんて、そんなのうそだよ! 私も、なのはも、ユーノも、みんないる! みんないるのに!!」

 

 斬撃一閃。カートリッジを消費した重い一撃で、防御の上から攸夜を弾き飛ばしたフェイトは、間髪入れず尖端を突きつける。

 

「私は、みんなと出逢って前に進むことができた。あなたにだってできるはずなんだ! 私に、ありのままで生きることを、希望を信じて諦めないことを教えてくれた、あなたなら!!」

 

 電光が集い――金色の雷槍(プラズマランサー)が体勢を崩した少年を狙い撃つ。

 狙い過たず着弾。爆発。

 爆風の中から黒い影が飛び出す。

 

「はぁあああああッ!!」

 

 逃がしはしないと肉薄するフェイト。裂帛の気合いとともにザンバーが振り下ろされた。

 

「え……っ!?」

 

 完全に捉えたかと思われた金色の刃はしかし、少年の身体をすり抜ける。何時の間に入れ替わったのか、幻影は虚空に消えて。

 思慮外のことに思考の糸が途切れた少女の死角から、“獣”が強襲する。

 

「――らあッ!」

 

 回し蹴り気味の鋭利な左上段から、

 

「せっ、はあッ!」

 

 速射砲のような右、左のワンツーから繋ぐサマーソルト。右の爪先で顎を蹴り上げられ、伸びきった隙だらけの身体。

 引き絞られた左の足先に、膨大な魔力が集中した。

 

「っるぅおおおおあああ――――ッ!!」

 

 獣のような砲哮とともに放たれた強烈極まる蹴撃――〈エンシェントストライク〉が、フェイトの鳩尾に深々と突き刺さった。

 

「か――、は……っ」

 

 幻術、奇襲からの見事な連携。フェイトは血の混じった息を吐き、虚空に蹴り飛ばされた。

 ただでさえ脆弱な装甲だ。肋骨はおろか、内臓が破裂しているかもしれない。

 黒髪の少年が苦痛に表情を歪めた少女を一気に追い越し、七枚の“羽根”と三対の翼を広げて上空で停止する。放出される深紅の燐光――

 

「もともと僕はイレギュラー……運命って名前の台本で定められた、書き割りのこの世界に! 居場所なんて初めから、無いんだよ!!」

 

 虚栄の仮面を脱ぎ捨て、攸夜は血を吐くように叫ぶ。

 十二枚の翼をはためかせ、紅黒い凶光を輝かす左の魔手を翳して無防備なフェイトに迫る。その速度は残像すら残すほどだ。

 

「……くっ!」

 

 朦朧とした意識の中、半ば反射的に大剣の側面を盾にして光り輝く鉤爪を受け止める。苦し紛れの防御。

 ミシリ、と嫌な音を立てて鉤爪が魔力刃に食い込む。罅の入った刃が握り込まれ、同時に解放された灼光の魔法。

 

「きゃああああっ!」

 

 〈フラッシュエンド〉の荒れ狂う灼熱を零距離で受け、砕け散った刀身。衝撃と熱波を浴びたフェイトは、無人のビルの外壁へと盛大に突っ込んだ。

 

「ぅ、ぁ……」

 

 パラパラと、塵が天井から落ちる暗い室内に荒い吐息が響く。

 壁に開いた大穴から差し込む紅い光が、血まみれ傷だらけの少女を照らし出す。初雪のような白皙の肌や見事な金糸の髪は血や埃で薄汚れ、今や見る影もない。ツインテールに結っていた黒のリボンが片方解けてしまっている。

 瓦礫の上で、仰向けで倒れたフェイトは歯噛みした。

 

(ソニックフォームにザンバー……これでもまだ、届かないの……?)

 

 打つ手打つ手のことごとくを読まれ、罠に陥り。自分は誘導されているのではないか、という馬鹿げた妄想さえフェイトの思考に浮かび始めた。

 それはある意味で正しい。

 宝條攸夜の戦闘者としての原点は月村邸での一戦、フェイト・テスタロッサとの遭遇戦。完膚無きまでに敗北を喫した彼は、彼女に追いつこうと魔法を磨き、勝利を目指した。

 故に、その“目標”の戦法を熟知していないはずがない。

 速力以外では遥か上を行かれ、手の内は見透かされた。フェイトにとって攸夜は、最悪最凶の相手と言えるだろう。

 

(もう、だめ……なのかな……)

 

 無茶な機動を続けた全身には激痛が這い回り、魔力もそろそろ限界に近い。

 強大な力の前に、晴れない絶望に挫けてしまいそうな心。

 ――――その時だ。

 

『――――――――』

 

 遠くから、声が聞こえる。

 自分を闇の底からすくいあげてくれた女の子の声が。

 辛い時、いつも側にいてくれた使い魔の声が。

 新しく友だちになった女の子の声が。

 何度も刃を交わした強敵の声が。

 ――たくさんの声が、フェイトに届いた。確かに届いたのだ。

 

(っ、わたし、は――――)

 

 心に再び光が灯る。

 立ち上がる勇気が蘇る。

 少女は諦めない。その身がどれだけ傷つけられようとも。その心がどれだけ砕かれようとも。

 深い絶望の中でも決して色褪せることのない、心の中にだけ咲き誇る“希望”という名のちいさな花。

 (プレシア)の言葉を胸に刻み込み、(なのは)の言葉に勇気をもらい、(攸夜)の言葉が真理と信じて。フェイトの内で知らず息づいていたどこか歪な、それ故に美しいフェイトだけの“戦う意味”。

 永遠の炎が燃え続ける限りは、少女は戦い続けるのだ。

 絶望と悲しみと――“運命”に克つために。

 

「まだ、だ。まだ私はっ、戦える……!」

 

 彼がフェイトのことをよく知るように、フェイトも彼のことをよく知っている。

 短い間だったが、寄り添うように日常を過ごしていたから。心から、彼のことを知ろうと見てきたから。

 宝條攸夜のパートナーたろうとしてきのだから。

 

「バル、ディッシュ……ッ」

『Cartridge load』

 

 機構に残された最後のカートリッジを爆発させ、刀身を再構成。震える身体を奮い立たせ、突き立てた大剣を支えに立ち上がる。その拍子に残っていたリボンが解け、砂金の髪が肩を流れた。

 空薬莢を抜き、クイックローダーでカートリッジを交換する。

 

「……もう、諦めろ。君じゃ僕には勝てない」

 

 フェイトの目線の高さまで降下した攸夜は、肩で息をする彼女を冷たい眼光で見下ろし、言い放つ。

 

「諦めろだなんて、そんな言葉――、あなたの口から聞きたくない!!」

 

 濁った黄金の双眸を見返して、フェイトは声を嗄らすほど強く叫ぶ。ほどけた長髪を振り乱し、宝石のような瞳に大粒の涙を溜めて。

 輝く雷光の翼、防御を捨てた突撃。悲痛な想いを乗せた刃が少年へと走った。

 

「くッ!」

「私は、諦めないっ!」

 

 澄んだ太刀音を鳴らして金と紅が打ち合う。

 一息に上昇し、邪魔するもののない天空へと駆け上がる。

 始まるのは剣の舞。いつかの再現(リプレイ)――

 金色に輝く雷の光剣を振るい、猛攻を仕掛ける金髪紅眼の少女。袈裟斬り、逆袈裟、刺突、横薙ぎ。絶え間ない連携はまさに疾風迅雷にして電光石火。真摯で真っ直ぐに攻めるその姿は、どこか尊く美しい。

 深紅の双刃を操り、受けるのは黒髪金眼の少年。少女の攻め手を巧みに受け流し、往なし、時にはフェイントを織り交ぜた反撃を繰り出す。虎視眈々と強烈なカウンターを狙うその戦いぶりは変幻自在、千変万化。幾つもの姿を併せ持つ地獄を統べる悪魔王に相応しい。

 フェイトの振るった刃先が、身を引いて避けようとした攸夜の胸元のマフラーを掠め、斬り裂く。

 黒いハイネックのインナースーツの上に、黄金色の宝石が覗いた。

 

「ッ、無駄だと言っている!」

 

 僅かに動揺する攸夜。溢れんばかりの魔力を注ぎ込み、オリハルコンブレードが妖しく輝く。

 えぐり込むような交差斬撃を紙一重で躱し、フェイトは大きく後退。

 それを契機に、このままでは千日手と悟った二人は魔力を一気に解放し、練り上げる。――次の一撃が、決着を左右すると直感したのだ。

 

「この、分からず屋っ!! ――雷光一閃!!」

 

 高速の儀式魔法により、紅の月を覆い隠すほどの雷雲を発生。

 轟く雷鳴。掲げた金色の刀身に、暗雲立ちこめる天空から一筋の稲妻が落ちる。

 

「リミットブレイク……!!」

 

 全身から黄金の光を噴出し、背負った三対の紅黒い翼が二倍強まで延長。

 天に捧げた左手に、薄紫の光を纏うアイン・ソフ・オウルが弓形態で集結する。

 

「プラズマザンバーーーッッ!!!!」

 

 カートリッジ、全弾ロード。

 自らの魔力と、カートリッジに封じ込められた魔力を重ね合わせ、金色の刃を雷光の極大砲撃と変える。

 

「全てを滅ぼす“私”の光――――!!!!」

 

 身長の数十倍はあろうかという巨大な張りの弓を眼前に下ろす。左掌の中に極少サイズまで圧縮された天壌の劫火が生成。

 それを弦ごと引き絞るように右手で引くと、白熱する劫火は極大の“矢”と化した。

 

「ブレイカァァァァァァァッッ!!!!」

「ディヴァインコロナ・ザ・ランス……!!!!」

 

 振り下ろされるは、全てを斬り裂く雷霆の剣。撃ち放たれるは、全てを突き貫く滅光の槍。

 光り輝く金色の大斬撃と燃え盛る白色の破滅の矢が紅の空で激突する。

 

 瞬間――――、ありとあらゆるものが、目も眩むような閃光に包まれた。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

 

 華奢な身体に秘めた魔力の限りを絞りきり、フェイトが精魂尽き果てた様子で息を吐く。

 顔色を青ざめさせた彼女は、未だ発光を続ける巨大な魔力溜まりに深紅の星が煌めくのを見た。

 息を整える間もなく、結晶でできた深紅の刃を纏った白亜の大剣が――攸夜が最大戦速で接近。フェイトは、魔力刃が消えかけたバルディッシュ本体を犠牲にして、刃を逸らす。

 必殺の突撃を回避された攸夜は、咄嗟に両手を柄から放して右の貫手を繰り出した。

 それは闘争本能と破壊衝動から来た何の工夫もないただの手刀。彼の持ち味である老獪さもない、無様な攻撃。

 だが――――

 

「……っ」

 

 何かが何かを貫いたような、鈍い音がした。

 

「どうして――!」

 

 あり得ないことに当惑し、攸夜が叫ぶ。

 

「どうして避けなかった、フェイト……!!」

 

 自らの悪手を――避けることなど容易かったであろうただの貫手を、そのか細い身体で受け止めた愛らしい少女に。

 

「ぁ、っく……」

 

 腹を貫かれ、全身を夥しい鮮血で染めたフェイト。その顔はしかし、とっておきのイタズラが成功した子どものように晴れ晴れとしていた。

 

「こう、したら……あなたを、捕まえられるって、思ったんだ」

 

 少女が途切れ途切れに発する言葉に、少年の()()()が大きく見開く。

 

「えへへ……いつもの、あなたに戻った……ね」

 

 自らを見つめる蒼海の瞳を見て、フェイトは無邪気に微笑み、攸夜の頭を強く胸に抱きしめる。必然、彼女のしなやかな肉体に突き刺さった右腕がずぶずぶと沈んでいく。

 攸夜の腕に、柔らかい肉を割り裂く嫌な感触が伝わる。どろりとこぼれた生暖かい液体が、二人の黒い装束を紅く穢した。

 

「ば、馬鹿野郎……っ! 手を退けろ! このままじゃ本当に死ぬぞ!!」

「あなたの、ためなら……私の命なんて、惜しくない、から……」

 

 悲壮な決意、毅然とした言葉。

 それはただの自己犠牲なのかもしれない。けれど、少年への深愛が成せる尊い意志の証だった。

 次第に力を失っていく少女を攸夜は抱きしめ、支える。白魚のような彼女の両手が涙に濡れた少年の頬に弱々しく振れる。

 

「あなたが、なんだって……関係、ない――、あなたはここに……いていいん、だよ……?」

「もういい! わかったから、もう喋るな……!」

「……居場所、なら、わた、しがなって……あげる、から」

 

 二人を包む蒼白い癒やしの光も、こぼれていく命を繋ぎ止めることができない。

 最愛の人に抱きしめられて安堵しているのだろうか、自らの死が目前に迫っているというのに少女の相好はひどく穏やかだった。

 終わりの時は近い。

 ならばせめて、伝えなければ。積み重ねた想いを、ただひとつの言葉に乗せて――――

 

 

「だいすきだよ、ユーヤ」

 

 

 ありったけの愛を詰め込んだひどく綺麗な笑顔を贈り、少女の瞳はゆっくりと閉じる。

 ――少年に残されたのは、どこまでも墜ちていく浮遊感だけだった。

 

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