魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#23

 

 

 

 そこはただただ純白の、何もない物悲しい世界だった。

 上か下か、右か左か――真白(まっしろ)すぎてわからない。

 そこにいるのは三人。

 僕と、女の子と……“彼女”。

 膝を突く僕の前に、仰向けで横たわる女の子。バリアジャケットが解けた白いミニのワンピース姿。マントは処置に邪魔だから取り払った。

 女の子の右手側にいる僕の眼下で、扇のように広がる綺麗な金色の髪。冷たくなった女の子の胸の上に両手をかざし、ありったけの魔力を治癒の光に変えて両手に灯す。馴染み深い蒼銀の光が何度目にぼんやりと輝く。

 傷は全部塞いだ。外傷はもうない。

 なのに――

 

「まだ、つづけるの?」

 

 女の子の左手側にいた“彼女”が、虚無の表情で僕に問う。幼い見た目には釣り合わない、空寒い表情だ。

 僕は、悔しさとやるせなさに唇を噛んだ。

 ――わかってる。いくらやっても無駄な足掻きだってことくらい。

 ()()は“繭”の中の心象領域――精神と魂魄の世界だ。

 故に、傷つくのは肉体ではなく精神。すり減らすのは魂。

 

「そのコのナカミは、もうこわれちゃったんだよ?」

 

 砕いてしまったのは精神。

 破壊してしまったのは魂。

 ただ単に命が失われたのならば、“慈愛”の力で蘇生させることも容易いだろう。壊れた魂を治す術もあるにはあるが、それでは届かない――彼女に残った“破壊”の痕があまりにも酷すぎるから。

 穏やか表情で眠ったように伏せる少女の肉体は魂以外、十全の状態で残っている。

 現に、深紅の結晶で創られたスクリーンの中では、彼女の使い魔が今もなお奮闘している。これは、魔力供給が滞りなく行われている証拠だった。

 ……だけど、それだけだ。

 魂という()()のない虚ろな器を、“ヒト”と呼べるのだろうか。この娘が“アリシア・テスタロッサ”に成り得なかったのと同じように、魂魄のない(カラダ)はただの骸と一緒なのだから。

 

「ムダなことは、さいしょからしないんじゃなかったの?」

「っ、だったら……」

 

 意地の悪い。それは以前、僕自身が“彼女”に言った言葉だ。

 だけど、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。

 僕は、ただ――――

 

「だったら、どうしろって言うんだよ!!」

 

 けれどその言葉が正論だと感じてしまう自分もいて。僕は、“彼女”に八つ当たりの癇癪をぶつけるしかできない。

 

「狂ったふりして、バケモノらしく振る舞って……」

 

 ヴォルケンリッターを殺さなかったのは躊躇いとか弱さとか、そんなんじゃない。姉さんは確かに消えてしまったけれど、()()()()()()()()って知ってるから。

 

「友だちに刃を向けたとき、心が軋んだ。身近な人を傷つけるのは、心をバラバラに引き裂かれるみたいに嫌だった」

 

 はやてのことだってそう。あの娘がただの被害者だってことくらい、始めからわかってる。

 精神的に追い詰めたのは、闇の書を意図的に暴走させて〈欠片〉の活性化を促し、取り出しやすくするためだった。あわよくば、彼女を救ってやりたいともどこかで思ってた。

 

「でも、中途半端に壊れてみても……それじゃぜんぜん足りなくて……」

 

 世界を壊してしまおうと思ったのは本当。ただの子どもじみた八つ当たりだけど、全部、無茶苦茶にしてやろうと思った。

 だけど……、

 

「だけど、大切なひとを手に掛けるのがこんなに辛いなら、いっそ独りで消えてしまえばよかった!!」

 

 爪が食い込むほどに拳を握りしめる。溢れた涙で目の前が歪む。

 姉さんが消えたあの日に、悲しみなんて全部使い果たしてしまったつもりだったのに。

 

「そのコのこと、すきなの?」

「ああそうさ! 好きだよ、大好きだ! この()は……フェイトは、僕なんかのために命まで懸けて、救おうとしてくれたんだ……」

 

 偶然街中で出逢って、あの黄金の閃光に見惚れて――、僕はたぶん、ずっと彼女を追いかけていたんだ。

 彼女に強く惹かれた理由が今ならわかる。あのとき、絢爛豪華な金色の輝きの中に“希望”を視たから。

 きっと彼女となら、僕の居場所を――“未来”を見つけられる。この手が届くと心から思えた。

 

「それなのに、僕には何もできない……!」

「なら、たすけようよ」

 

「えっ?」意味がわからず顔を上げた僕に、“彼女”はとても暖かい笑顔を浮かべた。

 

「あきらめなければできないことなんて、ほとんどないんだから……ね?」

 

 それは――、捏造された記憶にある母さんのそれとそっくりだった。

 

 

 “彼女”に指示で、姉さんからもらったペンダントをフェイトにかける。

 理由を問うと「コレをわたしたちの力を増幅器にして、このコの魂を喚び戻す」とのこと。

 

「じゅんびいい、ゆうや?」

「うん」

 

 フェイトの胸元にある黄金の宝石の上へとかざした僕の両手に、対面にひざまづく“彼女”の小さな手がそっと添えられる。

 瞬間、“彼女”の身体から噴き出す紅黒い光。僕の蒼白い光と対を成す、ほぼ相似の力が魔法陣を紡ぎ出した。

 蒼銀の七芒星と紅黒の七芒星が倒れ伏した少女の上で重なり合う。

 

(――君に話したいことが、言わなくちゃいけないことが沢山、たくさんあるんだ……だからッ!)

 

 イメージする。

 夜空の月、金色に輝く静かな光――そして、控えめだけど美しい笑顔を。

 僕の、彼女への想い。そのすべてをかけて――

 

「還ってこい! フェイト!!」

 

 魔法が、起動した。

 広がる二色の魔力光――〈リザレクションソウル〉。その名の通り、条件次第だが反魂すらも可能とする最上級の蘇生魔法だ。

 フェイトの(からだ)に残る破壊神の影響――呪いが強すぎて、僕一人では足りず、“彼女”だけでも届かない……“宝石”を介してやっと掴めた祓える小さな可能性。自分の仕出かしたこととはいえ、忌々しいにもほどがある。

 

「く、う……っ」

 

 全身から急激に魔力が抜けていく不快感。だが、これしきのことに耐えずしてどうするか。この()は、あんな痛い思いをしてまで懸命に、必死になって僕を救おうとしてくれた。

 その献身に応えられなきゃ、生きてる意味がないだろう――!!

 自分を叱咤して、歯を食いしばる。

 そんなとき、“彼女”がぽつりと呟いた。

 

「わたしは“あの子”のなかからヒトの世界をみてた。……どんな絶望にもまけず、くじけず、さいごにはかみさまにだって勝っちゃった、よわくてちいさなただのヒト……」

 

 それは、知ってる。

 “魔法使い(ウィザード)”たちと“すべてを見つめる者(ザ・ゲイザー)”の世界の未来を賭けた戦い。

 最終決戦――破壊神の力の顕在たる全てを貫く“無限の光”は、あらゆる攻撃を無力化する“神の盾”と対消滅して砕け散った。

 

「かれらをみてるうちに、わたしはきょうみをもったの。どうしてヒトは、そんなにも毅くいられるんだろうって、フシギでしょうがなかった。だからほんものの“七徳の宝玉”がくだけて消えてしまうとき、わたしは“宝玉”におねがいしたんだ。「ヒトになってみたい。かみさまじゃなく、ただのヒトとして生きてみたい」って」

 

 それは……知らない。

 

「それが、ゆうや。わたしと“七徳の宝玉”ののこりかすをあつめてつくった、100%ありえない可能性。ありえなさすぎて、“世《・》界《・》”の《・》外《・》にはじき出されてしまったわたしの並行存在。七つの罪じゃなく、七つの徳を力にする“七徳”のシャイマール」

 

「ルーは知らなかったみたいだけどね」“彼女”は結尾をばつが悪そうに切った。

 ならなぜもっと早く教えてくれなかったのか、とは言わない。言ってやらない。……たぶん、この一連の出来事は、僕にとって必要なことだったと思うから。

 

「知ってる、ゆうや? ヒトはね、かみさまのコピーなんだよ」

「っ! それじゃ、僕は――」

 

 “彼女”は答えず。柔らかい微笑みを浮かべて、

 

「――かえってきたよ、あなたのたいせつなコが」

 

 唐突に、そう言った。

 

「ん……んん……」

 

 目の前の女の子の瞼がうっすらと開き、ルビーのような大粒の瞳が覗く。首飾りがゆっくりと上下し始めた。

 

「……あ、れ、私……? ユーヤ……?」

「フェイトっ!」

 

 愛らしい小鳥のような声に名前を呼ばれた途端、僕は感極まって彼女を抱きよせた。

 どつき合いながら盛大に告白されたわけだけど、ぜんぜん気恥ずかしいって感じがしない。むしろ、「この娘は僕んだ!」という気持ちがずっと強い。我ながら、激しく身勝手だ。

 けれど溢れるこの想いを留めることはできず――留める気もない――、フェイトをなおさら強く抱きしめ、あったかい体温とか女の子特有の柔らかさとかミルクみたいな甘い香りを全身で感じていたら、彼女は「ちょっと、苦しいよ……」とむずがるように身をよじった。

 

「ああ、ごめん。その、いろいろ、ごめん」

 

 

 多分に暗喩をこめて謝罪しつつ、解放。女の子座りのフェイトは頬を薄く染めてはにかんだ。

 こういう反応がいちいちかわいいんだよな、と調子を取り戻した思考が主張する。ちなみに僕の方は胡座だ。

 そうしたら、フェイトがじっと探るような、心配するような眼差しを送ってくる。何を聞きたいのかはわかるから、先に答えてしまおう。

 

「大丈夫だよ、フェイト。僕はもう大丈夫。――ありがとう」

 

 余計な言葉は要らない。

 

「うんっ!」

 

 花が咲いたように笑ってくれたフェイトに抱きつかれ、すりすりと顔を押しつけてじゃれついてくる。サラサラとした髪を撫でてやると、フェイトは僕の胸に顔を押しつけて咽び泣く。

 ……きっと。僕がフェイトと戦うことで心臓をえぐり出すくらいに辛かったのと同じで、彼女も苦しかったんだろう。僕はそれを想い、フェイトとしばしの間、涙を流した。

 

 

 

 少し落ち着き、そのままの体勢で見つめ合っていると――

 

「そろそろいいかなー?」

「おおう、いたのか。素で忘れてた」

「……誰?」

 

 タイミングを見計らっていたのか、“彼女”が明るめの口調で声を発する。

 見慣れない幼女を警戒しているフェイトに「アインの中身だ」と教えてやると、目を白黒させて驚いていた。かわいい。

 

「外のみんなは、だいじょうぶかな?」

 

 “彼女”の言葉に合わせて、結晶のスクリーンに激戦を繰り広げる友人たちの姿が映し出される。

 

「なのは、はやて……!」

 

 防衛本能全開で暴走する〈シャイマール形態〉のアイン・ソフ・オウル相手にまだ粘っていたのか、と軽く感心してしまった。フェイトの手前、口には出さなかったけど。

 

「ユーヤっ!」

「わかってる」

 

 血相を変えたフェイトと顔を見合わせ、立ち上がる。

 

「立てる?」

「うん」

 

 それから彼女の左手を引いてエスコート。強張ってしていたのだろう、足をもつれさせたので胸を貸してやる。

「あ、ありがと」上目づかいで楚々と微笑むフェイトは立ち直ると、右手で金色三角の装飾品を取り出して、真剣な眼差しで見つめた。

 

「……バルディッシュ、行けるよね」

『当然です、お嬢様』

「ふふっ、いい子だ」

 

 三角形の宝石が輝き、金色の光がフェイトを包む。

 黒いマントとドレスのバリアジャケット。お馴染みのツインテールも健在だ。

 

「行こう、ユーヤ。なのはが……みんなが待ってる」

 

 凛々しく言うフェイトに無言で頷き、向き直る。“彼女”は慈母のような表情で、僕が言葉を発するのを待っていた。

 確かめたいのだろう、僕の意志の程を。ならば答えよう、この胸にある決意を。

 

「大丈夫。どんな力に飲み込まれようと――――、僕はもう二度と大切なモノを見失わない。僕は僕らしく、僕として生きていく」

 

 後ろで控えていたフェイトが僕の右手をとる。わずかに不安がる彼女を見返し、安心させるように指を強く絡ませた。

 握り返される手、ひたむきな眼差しが僕を見つめる。

 

「うん。それでこそ、わたしのゆうやだ」

 

 満足そうに微笑む“彼女”。

 ――いつの間に現れていたのか、七枚の“羽根”が円陣を組んで僕たちの周りを漂っていた。

 僕と“彼女”の間――足元の白い闇が波打って、漆黒にベタ塗りにされた球体がゆっくりと浮かび上がる。

 

「これがなんなのか、いまのゆうやになら説明しなくてもわかるよね」

「ああ」

 

 そんなもの、聞くまでもない。あれは“七徳”の最後の一、いままでの僕に欠けていたものだ。

 繋いだままの右手を握り、漆黒の宝玉に左手を差し向ける。

 そして、僕は(はばか)ることなく“世界”に宣言した。

 

「“僕”の光――」

 

 漆黒が徐々に剥げ落ち、その下から強くまばゆい光が風とともに溢れ出した。

 その輝きは黄金――心に燃える見えない炎。光指す明日へ灯火。

 ヒトに与えられた、最も尊い祈り。

 そして、すべての命が持つチカラそのもの。

 

 その名は――――

 

「――僕に、果てない“希望”を! 未来を創る無限の力をッ!!」

 

 刹那、視界が光に包まれた。

 姿は見えないけど、繋いだ手から伝わる温もりがフェイトの存在を確かに感じさせてくれる。

 

「掴んだ“希望”は離さない! 絶対にだ!!」

 

 この温もりがある限り、心が繋がっている限り、もう二度と迷いはしない。

 君のために。僕のために。

 

「いってらっしゃい。……あなたたちの人生は、まだまだはじまったばっかりなんだから、ねっ?」

 

 絢爛豪華な黄金(おうごん)の光の中……そんなエールで僕らを送り出してくれた“彼女”に、万感の想いを込めた言葉を贈った。

 

 「行ってきます、母さん」、と――――

 

 

 

 

 

 ――突如として沈黙した“繭”の直下に、ぽつりと蒼銀の光が生まれる。

 そこから大量の蒼い水が静かに溢れ出して、まるで穢れを洗い流し潤すかのように、激戦で焦土と化した紅い大地を覆い始めた。

 

「こ、今度はなんや?」

 

 その流麗な様子を呆然と眺めていたはやてが呟く。

 “繭”の巨体にあしらわれた七つの宝玉が輝き、七色の光線が次々に放射された。

 橙、青、紫、緑、赤、藍――そして黄金。

 虹色に光り輝く“繭”の結晶部分と停止していた無数のクリスタルが、鮮やかな蒼銀に染まる。

 刹那、清冽なる虹が終息し、あれほど堅牢だった“繭”は――母が子を護ろうとする母性本能が創り出した、絶対不可侵の“鎧”は粉々に砕け、蒼銀の破片が今や大地を、海原すらも満々と覆い広がった波一つない水面に崩れ落ちた。

 幾つもの大きな水柱が上がる。

 空中で停止していた羽根も次々に墜落し水面に突き立つ。まるで最初からそこにあったかのように、鎮座した。

 

「きれー……」

 

 水しぶきが月光を受けて、きらきらと、きらきらと煌めき。なのはが陶然として呟く。

 清冽で清廉、澄み切った水が一面に広がり、蒼銀の結晶が淡く発光するその光景はひどく神秘的で、幻想的で、厳かだった。

 いつの間にか空は蒼く澄み渡っていた。蒼い真円の月がたゆたっていた。

 

 ――世界が、蒼に変わっていた。

 

 夜でもなく昼でもない。

 光でもなく闇でもない。

 それは薄明、終わりにして始まり。

 曖昧で中途半端だが、だからこそ、あらゆる未来へ繋がる無限の可能性を秘めた無垢なる光。

 

「――あっ!」

 

 未だ、呆然と浮遊していたなのはが何かを見つけて表情を明るくする。

 ちょうど“繭”の落ちた辺り――大きな蒼銀の結晶が花弁のように折り重なっている中心、蒼い水面(みなも)の上に仲良く寄り添うようにする二つの影。

 脇目もふらずになのはが飛ぶ。彼女流に言うならば全力全開で、黎明の空を駆け抜ける。

 

「フェイトちゃんっ! 攸夜くんっ!」

 

 嬉しそうに、親友たちの名前を呼んで。

 

「ただいま、なのは」

 

 見上げる少女が花のように微笑み、

 

「ただいま、なのは――ありがとう」

 

 同じく見上げた少年が、穏やかな表情で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯23 「涙は虹に変わって」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん! ほんとに、ほんとーに心配したんだよ、ふたりとも」

「ごめんね、なのは」

「悪い。でも、もう心配いらないよ」

 

 手を繋いで寄り添う二人に迎えられ、泣き笑したなのはが蒼い水面(みなも)に降り立った。

 水の上に波紋が広がる。

 ふと気づく。攸夜のバリアジャケットは、様変わりしていた。

 シルエットこそ以前とほぼ同じだったが、上下ともに深いネイビーブルーで染められており、膝下のロングブーツはダークブラック。ダブルブレストのボタンや鳩尾周りのベルトの金具はゴールド、コートの裏地はシアンブルーであり、背中に中心が塗りつぶされた金色の三重円が家紋のように描かれている。

 細かい意匠や縁取り、爪の白と手甲の蒼はそのままに、一番の差異は肩と襟と首もと。肩がやや張り出し、その角張った突起の先端は蒼。長くなった襟を大きく折り返し、首もとのマフラーもボタンダウンのワイシャツと無地の鮮やかな蒼

いネクタイ――学生服の延長から、背広とコートを合わせたデザインに変わった様はまるで、彼の精神的な脱却を現すかのようで。

 

「……?」

 

 なのはは、二人の雰囲気がいつもと違うと感じた。

 フェイトの、どこか陰りのあった表情はなく、今は色気みたいなものを漂わせている。攸夜の場合服装の違いもあるが、それ以上に醸し出される堅実さというか、安心感というか――ありていに言えば、二人ともどこか大人びていたのだ。

 あと、やけにくっついている。握った手は指まで絡めてたり、時折アイコンタクトしてたり。それはそれで、そこはかとなく“オトナ”だった。

 二人のただならぬ様子に、言い知れない寂しさを感じるなのはの隣に降り立ったユーノが、複雑な視線を攸夜に注ぐ。その横では、泣きながら降りてきたアルフの相手をフェイトがしている。

 金髪の親友の言いたいことを察した攸夜は、苦笑して「もう大丈夫だ」と彼にしては珍しいシンプルな言葉を発する。それだけで、ユーノには黒髪の親友の気持ちが汲み取れてしまう。

 

「……もう。しかたないなあ、君は」

 

 微苦笑するユーノに続いてやってきたのははやて。思い詰めた表情で恐る恐る降りてくる。

 水面に立ててることに若干驚きつつ、攸夜におずおずと見やった。

 

「あ、あんな、えっと……」

 

 守護騎士たちが心配そうに見守っている。

 本来ならば自分たちがすべきことだろうに、主から「来ちゃあかん、ぜったい」と釘を差されてそれはできない。

 

「ごめんなさい。ウチのコらが悪いことしてしもうたみたいで。ほんま、ごめんなさい!」

 

 帽子を取り、深々と頭を下げるはやて。なのはがハラハラと攸夜の反応を見守っている。

 

「……ユーヤ……」

 

 心配そうに彼の名を呟くフェイトに笑いかけ、攸夜は未だ頭を下げたままの少女に向き直った。

 

「顔を上げて、はやて。僕の方こそ、やりすぎてごめん。姉さんのことも、許すわけじゃないけど水に流す……それに、遅かれ早かれいつかはこうなってたんだし」

 

 攸夜がシニカルに笑む。

 少女たちは――とりわけフェイトは胸を痛める。言葉の真意まではわからないが、そこには達観と寂寥の感情がたくさん詰まっていたから。

 

「そんな辛気くさい顔するなよ。こっちまで気が滅入るじゃないか」

 

 一転して軽薄な物言いで呆れ顔を作る攸夜。それは彼なりの気遣いで、そのことを一番よく知っているフェイトは、両手で包み込むように彼の手を握った。

 

「じゃあ、私……まだ攸夜君と友だちでいてもいいん?」

 

 捨てられた子猫のような眼差しを送ってくるはやてに、攸夜がそっと笑いかけた。

 

「もちろん。改めてよろしく、はやて」

 

 進み出て左手を差し出す攸夜。腕輪ある利き手を出すのは彼の癖、親愛の証だ。

 

「うん、よろしくな!」

 

 笑顔を弾けさせ、はやてはその手を取った。

 

「しかしはやて、色が変わってて驚いたぞ? 2Pカラーか?」

「ちゃうわっ!」

 

 攸夜とはやての軽妙なやりとりにフェイトと、なのはが顔を見合わして思わず破顔し、ユーノとアルフがやり取りに呆れ――一同の胸に、この短くも長い夜の終わりが近いと確信が過ぎる。

 

「……和んでいるところ悪いんだが」

 

 言いながら、クロノが降りてくる。

 攸夜は内心、「相変わらず、空気読めてませんね」と当て擦った。口には出さないが。

 

「攸夜。君のことはとりあえず横に置いておくとして、闇の書の防衛プログラムは今どうなっている?」

 

「あ、忘れてた……」

「私もだよ……」

「せやった……どないしよ」

 

 もっともな指摘に少女たちは肩を落とす。あまりにも神秘的で感動的な再会を目の当たりにして、すっかり忘れていたのだ。

 ほとんど何も解決してないことに頭を抱える彼女たちとは打って変わり、攸夜は冷静にクロノの問いに答える。

 

「防衛プログラム――“闇の書の闇”は、この“世界”の底に封じてます。出そうと思えばいつでも出てくるし、その気になればいつまでだって封じてられますよ」

 

 まあ、その場合僕はここから出られませんけど。言わなくてもいい余計な一言も添えて。

 

「それはだめ!!」

 

 即座に否定したのはフェイト。そんなことは認められないと身体全部を使って主張する。

 

「ならどうする? アースラのアルカンシェルで消し飛ばすという手もあるにはあるが、この星にも被害が出るぞ」

 

 押し黙る一同。

 すると、攸夜がお馴染みの不敵な笑みで口を開いた。

 

「私にいい考えがある」

「あかん、そら失敗フラグやで総司令」

 

 芝居がかったセリフへ即座にツッコミを入れるはやて。まるでツーカーだ。

 

「わかるか?」

「わかるて」

 

 ふふふ、と悪い笑みをする二人に、クロノとアルフとシグナム、ザフィーラは呆れ、なぜかヴィータは憤慨し、シャマルが宥め。なのはとユーノは揃って苦笑い。

 

「むーっ」

 

 やけに息の合った掛け合いにフェイトが眉を寄せ、やにわに攸夜の腕に飛びつく。ふーっ!と威嚇する金色わんこへ、茶色のこだぬきが「とらへんよ」と微笑んで。

 何かもうグダグダだなと、この事態を引き起こした自分のことは棚に上げて呆れる攸夜。これはこれで自分たちらしいかな、と納得するのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 薄明の空、蒼茫の海。

 蒼銀の結晶が立ち並ぶ蒼き〈月匣(げっこう)〉の水面に、紅い蛇を模した光がうっすらと浮かぶ。

 そこから這いだしてきたのは合成獣(キメラ)――“闇の書の闇”。様々な生き物の要素を無秩序に取り込んだ不気味な姿が純一な蒼い月光の下に晒された。

 

 その悍ましい姿に顔をしかめる少女たちの傍らで攸夜が回想する。

 作戦は三段構え。

 第一段階。“闇の書の闇”の魔力と物理の複合四層の障壁の突破。

 第二段階。フェイト、なのは、はやての一斉砲撃によるコアの露出。

 第三段階。魔術的、霊的領域まで癒着した“病巣”を、攸夜の“とっておき”により剥離し、夜天の魔導書を本来の形に戻す。

 仮に、第三段階が失敗しても、宇宙空間に転送の後、アースラによる〈アルカンシェル〉の砲撃が待ち受けているという完璧な布陣だ。

 クロノ曰く「実に個人の能力頼りでギャンブル性の高いプラン」だが、リインフォースの『成功すれば少なくとも暴走はなくなる』とのお墨つきである。

 アルカンシェルではリインフォースを救えないと攸夜に告げられたはやては、二の句もなくこのプランに賛同。失敗の可能性も組み込んだ作戦にリンディのゴーサインもすんなりと出た。なお、皆の傷は、シャマルによって治療済みだ。

 もっとも、決めるまでに攸夜とヴィータが喧嘩して――主に、ちびっ子うんぬんで――フェイトとはやてに揃って叱られたりと一悶着あったのだが。

 

「ユーヤ、バリアを破るのは私たちに任せて、集中して」

「わかってるよ、フェイト」

 

 深い信愛の念がこもった眼差しをお互いに注ぐ二人。その微笑ましいやり取りを見て、なのはがくすりと笑みをこぼした。

 

「どうしたの、なのは?」

「うん、いつもの反対だなって思って」

「たしかに、そうかも」

 

 フェイトとなのはが頬を綻ばせる。

 攸夜が道を切り開き、二人がそこを駆け抜けるのが自分たちのやり方だったから。

 

「……なんか、私だけカヤの外やなぁ」

「私たちがいるじゃんか、はやて」

 

 少し寂しがるはやてに、ヴィータがいたわる。他の三人も同意するように頷いて。

 

「ありがとな、みんな」

 

 はやては家族へ柔らかに微笑んだ。

 そんな友人の様子を横目で見やり、安心したふうに小さく笑みをこぼした攸夜は恋人に声をかける。

 

「あぁそうだ、フェイト」

「うん?」

「全部終わったら、デートしよう」

「――え? ふぇええぇぇぇっ!?」

 

 場違いな提案の意味を理解して、真っ赤に茹だって混乱し、叫ぶフェイト。さっきまでのシリアスな雰囲気が台無しだ。

 端で見ていた面々は「そこまで進んでたんだね」とか「大胆やなあ」だの「こんな時に何を」などと、思い思いに反応している。

 

「嫌?」

「い、いやじゃ、ないです……」

 

 尻つぼみな返事。

 頬を薔薇色に染め、もじもじとして、けれど嬉しそうなフェイトのいじらしい姿に攸夜は快活に笑った。

 

「よし、これで俄然やる気が出た。目一杯楽しませてやるから覚悟しとけよ、フェイト」

「――うん!」

 

 気障なセリフを嘯き、少年がコートをひるがえす。

 蠢く“闇の書の闇”を眼下に収め、白い腕輪に語りかけた。

 

「これが最後だ。……ついてきてくれるな、アイン」

『もちろんです、ご主人様』

 

 自らの半身に微笑みかけ、攸夜は蒼い双眸を閉じる。その胸中に去来する感情は伺い知れない。

 彼の左腕がゆっくりと天を指し示した。

 

「アイン・ソフ・オウルッ」

 

 蒼い瞳が開かれる。

 手首を起点に放射状に配された七枚の“羽根”が、そのままの位置で戦闘形態に移行。蒼白い旋風のベールが、攸夜の姿を覆い隠して。

 

「――“希望”の光を!!」

『“希望の宝玉”、解放っっ!!』

 

 朗々とした声が響く。

 刹那、蒼銀の風は光り輝く黄金に染まり――――

 

「『真リミットブレイク!!!!』」

 

 絢爛豪華に輝く十三枚の“羽根”が夜闇を斬り裂き、大きく羽撃(はばた)いた。

 

「行くぞみんな! これでフィナーレだッ!!」

 

 力強い号令が響く。

 十三枚の大きな翼がまるで孔雀のそれのように、薄明の空を覆い隠すほど広がり続けて――

 舞い散る純白の羽。大罪と美徳の業を背負う少年は両腕を水平に広げると、瞳を閉じて静かに魔力を高める。

 彼の装束は、爪や手甲などの一部の部位を除き純白――否、白金に染め抜かれ、残りの全てが金色(こんじき)に変わっている。三対の翼は黄金の魔力で形作られ、背に揃った七枚の白き“羽根”もまた同じ色の長大な光翼を放出していた。

 全身から迸る清らかな黄金の光環の名は“プラーナ”――全ての存在が持つ根源の力である。

 

「……テトラクテュス・グラマトン……!」

 

 ――光麗しく、天地(あめつち)のうちに照り徹らせり。

 それは、劣化した人の身を超え、破壊神の力を完全覚醒させた真なる意味での限界突破(リミットブレイク)

 観るものの心に絶えること無い希望を灯す、太陽と見紛うばかりに鮮烈な生命の煌めきを背に、終幕のカーテンが上がる。

 

「チェーンバインド!」

「ストラグルバインド!」

 

 赤い使い魔と緑の魔導師が魔法を繰り出す。

 オレンジのグリーンの拘束魔法が触手を絡め取り、断ち切っていく。

 

「縛れ、鋼の軛! ておやあああああッ!!」

 

 青き守護獣の咆哮を引き金に隆起した鋼の柱が次々に触手を薙ぎ払い、“闇の書の闇”が悲鳴を上げた。

 

「ちゃんと合わせろよ、高町なのは!」

「ヴィータちゃんもね!」

 

 紅衣の騎士が自分の名前をちゃんと言えたことに白衣の少女が笑みをこぼし、構えを取る。

 

「鉄槌の騎士ヴィータと! 鉄の伯爵、グラーフアイゼンッ!」

『Gigant form』

 

 紅い光に包まれた鉄槌が空薬莢を吐き出し、巨大化。“巨人”の名に相応しい姿に変わる。

 

「轟天爆砕! ギガント! シュラァァァァクッ!!」

 

 大質量と大魔力の一撃が“闇の書の闇”を強かに打ちつけた。

 第一層を打ち砕く。

 

「高町なのはとレイジングハート・エクセリオン、行きます!」

 

 描かれる桜色の魔法陣。

 カートリッジロード、四発。三対の翼が生まれる。

 

「エクセリオンバスターーーっ!!」

『Barrel shot』

 

 蠢く触手を不可視のバインドが縛りつけ――

 

「ブレイク! シュート!!」

 

 尖端に集う魔力が四つの矢となり障壁に直撃。かけ声と共に、桜色の光条が矢を飲み込み、激しい砲撃となって“闇の書の書”を襲う。

 第二層を撃ち貫く。

 

「次! シグナムとテスタロッサちゃん!」

 

 湖の騎士の合図に剣の騎士と黒衣の少女が無言で頷く。

 少女が一瞬だけ、光輝を纏う少年に視線を向ける。その眼差しには、確かな信頼とひたむきな愛が詰まっていた。

 

「剣の騎士、シグナムが魂――炎の魔剣レヴァンティン」

 

 鞘を払い、愛剣を天に掲げる。

 

「刃と連結刃に続く、もう一つの姿……」

『Bogen form』

 

 紫の魔力を纏う剣の柄に鞘を連結、カートリッジの消費により姿を変えるのは翼を模した大弓。

 弦を引き絞り、矢の切っ先は魔獣を捉える。

 

「翔けよ、隼!」

『Sturm Falken』

 

 魔法陣の上から放たれた音速の隼が空気を斬り裂き――“闇の書の闇”に突き刺さる。

 第三層を余さず射抜く。

 

「フェイト・テスタロッサ、バルディッシュ・ザンバー、行きます!」

 

 金色の魔法陣が展開、大剣が振りかぶられる。カートリッジロード、三発。

 斬撃一閃。衝撃波が触手を斬り飛ばし、そのまま掲げられた刃に天から稲妻が落ちる。

 

「撃ち抜け、雷神!!」

『Jet Zamber』

 

 伸びた魔力刃が振り下ろされる。迸る電光に“闇の書の闇”が悶え苦しむ。

 第四層は断ち斬られ、“闇の書の闇”を守っていた障壁は全て破られた。

 その間に、蒼空で輝きを強める黄金の光華。四連続の強烈な魔法を受けてもなお“闇の書の闇”は衰えず、超速再生した触手に魔力を集める。

 

「盾の守護獣ザフィーラ! 砲撃なんぞ撃たせんッ!!」

 

 水面から突き出た拘束条が触手を貫き、反撃を阻止。少なくない打撃を与えた。

 

「はやてちゃん!」

 

 自らの騎士の声を受け、夜天の王が祝詞を上げる。夜天の魔導書の(ページ)がまばゆい銀の光を放った。

 

「彼方より来たれ、宿り木の枝。銀月の槍となりて撃ち貫け――」

 

 錫杖が横一文字を描き、白銀の魔法陣が生まれる。

 薄明に、銀の魔力が創り出した七つの月が輝く。

 

「石化の槍、ミストルティン!!」

 

 振り下ろされる錫杖を引き金に、銀月の槍が“闇の書の闇”に降り注ぐ。

 醜い合成獣(キメラ)の巨体が石と化し崩壊していくものの、再生は止まらず、ますます悍ましい姿に変化していく。

 それはまるで、長い時を経て、降り積もっていった深い澱みを象徴しているかのようだった。

 

《やっぱり並の攻撃じゃ通じない。ダメージを入れたそばから再生されちゃう!》

「だが、攻撃は通ってる。プランの変更は無しだ!」

 

 アースラから分析の結果が伝えられる。

 黒衣の少年は続行を宣言し、氷結の杖を構えた。

 

「行くぞ、デュランダル! 悠久なる凍土、凍て付く棺の内にて、永遠の眠りを与えよ」

 

 輝く青い魔法陣。

 青白い絶対零度の魔力が、広域に漂い、水面ごと魔獣を氷結させる。

 

「凍てつけ!」

『Eternal Coffin』

 

 振り下ろされた白き杖が輝き、“闇の書の闇”は完全に凍結したかに見えた。

 しかし、氷は破られ。蠢きもがく闇の化身を、三人の少女が三方から取り囲む。

 

「行くよ、なのは! はやて!」

 

 漆黒の外套をなびかせる少女が、親友たちに勇ましく呼びかけた。

 

「うんっ!」

「こっちはいつでも!」

 

 純白のドレスを纏う少女が溌剌に、魔導書を携えた少女がしっかりと答える。

 三人は頷き合い、まったく同時に小さな身体に秘めた不釣り合いに膨大な魔力を発露した。

 

「全身全霊ッ!! プラズマザンバーーーッッ!!!」

 

 金色の魔法陣の上、担いだ黄金の大剣の刀身に眩いばかりの雷光が落ちた。

 ――それは、定めを断ち斬る月の光。

 

「全力全開っ!! スターライトーーーっっ!!!」

 

 桜色の魔法陣が展開し、翳した黄金の突撃槍の尖端に星の輝きが急速に集った。

 ――それは、祈りを貫き通す星の光。

 

「響け、終末の笛!! ラグナロク!!!」

 

 掲げた黄金の錫杖に闇が収束、剣十字の魔法陣の頂点に白銀三つの煌めきが生まれた。

 ――それは、全てを包み込む天の光。

 

「「「ブレイカァァァァァァァァーーーーッッッッ!!!!」」」

 

 重なり合う少女たちの声。放たれるのは凄烈にして清らかなる魔法の光輝――力強く羽撃く勇気の不死鳥が、夜の闇を翔け抜ける。

 唸りを上げる黄金、桜花、白銀――三条の極大な奔流が“闇の書の闇”に降り注ぐ。

 激しく波打つ水面。一点に集束した破壊エネルギーが大規模な魔力爆発を起こして霧散し、その余波で月匣内に点在していた結晶体が一斉に砕け散る。

 三人の最大魔法により完膚なきまでに粉砕された“闇の主の闇”。その病巣たる本体コアは全ての守りを喪失し、ついには物質境界まで浮上した。

 奥深くに沈む禍々しい漆黒の闇に紅い七匹の“蛇”が絡みつき、今にも再生を開始しようと胎動する。

 

「ユーヤ、いまだよ!」

 

 透き通る少女の声が黎明の蒼空(ソラ)に響き、少年は涼やかな蒼の瞳を見開いた。

 

「長い……長い間続いた悪夢も、これでもう終わりだ。あとは安らかに、眠ってくれ」

 

 限界まで蓄積した魔力、その全てを解放する少年の眼前に描かれた三つの巨大な七芒星の魔法陣が、黄金の燐光を燦然と放つ。

 中心で重なり合う三つの魔法陣を取り囲むように、七枚の白き“羽根”が放射線状に展開。七つの宝玉が強く明滅し、自らの力が解き放たれる時を静かに待っていた。

 開いた両の掌に、魔力が集う。

 

「無垢なる力を――」

 

 右手に、負を司る闇黒球が生まれた。

 

「――限り無い光にッ!」

 

 左手に、正を司る白光球が収束した。

 

「オオオオッッ!!!」

 

 両手を頭上で組み合わせ、正負の魔力を合一、黄金の環状魔法陣が制御する蒼銀の輝きに変えて。

 頭上で合わさった両手を、少年は眼前に振り下ろした。

 

「此処に開け、異界の扉!!」

 

 受け継いだ“記憶”と“知識”を総動員して、目の前の魔法陣を遙か因果地平の彼方にたゆたう“異世界”へと繋げる。

 ゲートから溢れ出す天文学的な総量のエネルギー。三重魔法陣の中心に、力が集まっていく。

 

「『全てを貫く無限の光――!!」』

 

 ふたつの声が重なる。

 三対の翼が放出する黄金色の魔力の残滓が蒼白い薄明の空を灼く。

 まるで夜明けの日の光のように。新しい命が大地から芽吹くように。

 三重の魔法陣が今、一つに重なり合った。

 

「『――――ラグナロックライト・ジ・アンリミテッドッッッ!!!!」』

 

 解き放たれる“力”。

 刹那よりも迅く、蒼白い光の奔流が世界門(ワールドゲイト)を通り抜け、一筋の光芒として空を斬り拓く。

 一拍遅れ、七色の煌めきから放たれた七本の光条が光芒に追いついた。

 

  ――遍く人々を癒し慈しむ“慈愛”の橙色が、

 

  ――虚飾を払い真実を見抜く“賢明”の青色が、

 

  ――あらゆる困難に屈しない“剛毅”の紫色が、

 

  ――他者と自身を信じ続ける“信頼”の緑色が、

 

  ――心に巣くう暗黒を律する“節制”の赤色が、

 

  ――胸に抱いた想いを貫き通す“正義”の藍色が、

 

  ――そして、尊く儚く尽きることのない“希望”の黄金色が。

 

 蒼銀の光と混じり合い、“七徳”の虹となって蒼い水面(みなも)を貫く。

 異界の力を宿した無限の光――七つの色が鮮やかに、美しく入り混じったマーブル状の極光が“闇の書の闇”を包み込んだ。

 

「“闇の書の闇”よ……」

「ごめんな、おやすみな」

 

 ドーム状に広がった虹色の光を眺めながら、少女が切なさを押し隠して呟く。“アレ”がたとえ破壊しか招かない存在だとしても、家族の一部だったのだから。

 

「無限の光に抱かれて眠れ――」

 

 蒼き薄明の“世界”が莫大な力に耐えきれず崩壊する。薄氷が砕けるような音を、確かに皆が聞いた。

 ――それは、新たな夜明けを告げる凱歌だった。

 

「永久に!!!」

 

 左手を払う少年の動作を合図に虹色の光が天へと還り、“世界”が閉じる。

 

 ――――奇蹟は、果たされた。

 

 

 

 

 雪がちらつき始めた海上。

 長かった戦いの終わりを喜ぶ少女たちを横目に、攸夜は紅い“痣”が刻まれた左手を物憂げに見つめていた。

「……?」皆の和に入らない攸夜に怪訝な顔をするフェイト。小首を傾げて思案する。

 ややあって……、

 

「えいっ」

「おわっ!」

 

 無邪気に顔を綻ばせ、“恋人”の胸に思いっきり飛びついた。

 攸夜が慌てて華奢な身体を抱き留める。彼女らしからぬ大胆な行動に一同は目が点だ。

 

「これでぜんぶ終わり、だよね?」

「そう、だな」

 

 胸の中、上目遣いで見つめる澄んだ紅い瞳に攸夜はやや言葉を濁し、微笑む。

 

「攸夜君、リインフォースは消えずにすむんよね?」

 

 髪と瞳が普段の色に戻ったはやてが、心配そうに尋ねる。表情からは色濃い疲労が見て取れた。

 

「ああ。暴走の原因は除いたから大丈夫だよ。ただ力業で切り取ったから、夜天の魔導書にはダメージが残っていると思う」

 

 言外に、無事では済まないかもしれないとの回答。けれどそれは、彼なりの気遣いでもあった。

 

「そっか、ありがとな」

 

 はやては弱々しく笑う。それでもいいと、消えないのならいいと。

 

「別に。目醒めが悪いからやっただけだし」

 

 言い捨て、攸夜はぷいっと気恥ずかしそうに視線を逸らした。

 はやては素直じゃない友人に苦笑をこぼすと、一転して「えいっ」と攸夜の右腕に飛びつく。

 グラリ、とバランスが崩れる。

 

「ちょ、お前までくっつくなっての! 重たっ!?」

「疲れてしもたんやからええやん。てか、女の子に重いは禁句やで?」

 

 言葉通り、とろんと眠たげに眉を落とすはやて。一瞬だけ眉をしかめたフェイトだったが「今夜くらいはいいか」と思い直し、攸夜に目一杯擦りつくという目先の欲望を優先した。

 

「えっと……」

 

 揉みくちゃになっている三人を遠巻きに眺めるなのは。彼らにちらちら視線を向けては、うずうずと落ち着かない。

「なのはも混ざったら?」そんな心境を察したユーノに促されると、彼女はぱあっとひまわりのような笑顔を浮かべて突撃した。

 

「うん! ――えいっ」

「うわっ!? ユーノ、てめっ」

「あはは。いつかのお返しだよ、ユウヤ」

 

 三人分の重さが掛かり、完全に崩したバランスを立て直そうと焦る攸夜を、くすくすとおかしそうに見やるユーノ。

 そんな子どもたちのほのぼのとしたやり取りを見守り、祝福するように、白雪がしんしんと降り続いていた。

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