魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#24

 

 

 

 第97管理外世界“地球”、衛星軌道上。

 次元航行艦アースラの一室――以前、ジュエルシードの件の頃に通された茶室で攸夜は、リンディ、クロノ、エイミィの三人と対峙していた。

 

「いただきます」

「どうぞ」

 

 濃い緑茶を一口。口の中に広がる苦みの利いた深い味に、攸夜は長い戦いを経て溜まった疲れが吹き飛ぶような感覚を覚えた。

 フェイトたち三人は現在、疲労困憊で深い眠りに落ちている。

 “闇の書の意志”、“繭”との連戦を演じたなのは、魔導師として覚醒してすぐに大魔法を連発したはやてはもちろん、フェイトも精神的、肉体的に疲労は色濃く。アースラに着いた途端、彼女らは揃って気絶するように寝入ってしまった。

 三人が楽しい夢を見ていればいいな、と攸夜は思っている。

 

「攸夜君。私たちが訊きたいこと、わかっているわね?」

 

 ひどく真剣な表情でそう尋ねるリンディ。彼女の両隣に座ったクロノとエイミィも概ね同じような表情だ。

 

「あの、最後の“魔法”――あれ、爆心地のごく小範囲にだけど、時間逆行を引き起こしてたんだよ。次元震も発生させず、そんなものを完全制御するなんて……ちょっと、異常だよ」

 

 目の前の、柔和な表情をした少年が成した現象を、エイミィはどこか躊躇いがちに説明した。

 言葉の端々に滲むのは、ヒト一人が引き起こした荒唐無稽、出鱈目、理不尽、アリエナイことに対する恐怖。理解不能な出来事を認められないという拒絶反応――そんなある意味、人として当然な感情を見咎め、リンディが顔をしかめてやんわりと窘める。

 

「エイミィ、それは言い過ぎね」

「は、はい。ごめんね、攸夜君」

「いえ、気にしてません。本当のことですし」

 

 自分の失言に気がづき、心痛な面持ちで謝罪するエイミィへ攸夜はシニカルな笑みを送った。

 そもそも自分はこの世界にとって“異端”だ。ヒトであろうがバケモノであろうがそれは変わらない。そんな、自虐的な考えが脳裏に過ぎる。

 

「それで、どうなんだ。話すのか話さないのか」

 

 答えを促すクロノ。ネガティブな思考をいったん脇に置き、攸夜が口を開く。

 

「もちろん、お話します。ですけど……きっと、話せばリンディさんは僕を()()()()しなくちゃいけなくなると思うんです」

 

 拘束、封印――そんな最悪の事態を想起させる物騒な発言が飛び出し、クロノとエイミィが目を見開く。

 可能性としては頭の片隅にあっても、面と向かって張本人から伝えられると堪えるものがあるのだろう。八神はやての件から言っても、時空管理局がそういった手段に出てもおかしくはないのだ。

 リンディは目を細め、考え込むように頬に手を当てる仕草で、目の前の少年を観察する。曖昧なセリフとは裏腹に、彼の表情には確信が満ちていた。

 

「ですから、明日一日……いえ、明日の夜まで待ってもらえませんか」

「それは、フェイトさんのため?」

「はい」

 

 試すようなリンディの視線を真っ直ぐ見返す、澄んだ蒼い眼差し。そこには嘘や偽りはなく、ましてや恐怖などあろうはずもない。

 あるのはただただ、ひとりの少女に捧げた深く純粋な愛情だけ。まだ十年と生きていない子どもが、このような眼をできうるのだろうか。

 

「そう……わかったわ」

 

 軽く吐息をこぼし、リンディは柔らかく微笑んだ。

 あまり幸せとは言えない人生を歩んできた自分の娘になるかもしれない少女が、たくさんの愛を――本来、健やかな成長に必要であるはずの、無条件で無限大の愛を得ていたことを喜んでいたのだ。

 いつもならここで茶々を入れるだろうはずのクロノも、この時ばかりは黙ってことの成り行きを見守る。エイミィも同様だ。

 

「すみません。ありがとうございます」

 

 それは、きっと攸夜の面差しがあまりにも悲痛で大人びていたから。清濁を容認し、自らが傷つくことも汚れることも厭わない、全てを飲み込む大海のような風格に圧倒されていたからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯24 「Innocent Starter」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱたぱたと足音をたてて金髪の少女――フェイトが自室をせわしなく歩き回っている。

 その格好は陶器のように白い肌をあられもなくさらした下着姿で、某黒髪の少年が目にしたならば盛大に赤面し、切々と説教したことだろう。「女の子は慎みを持たなきゃ駄目だ」とか何とか。

 

「フェイト~、いい加減に決めないと遅刻しちゃうよ?」

 

 幸いというか当然というか、この部屋に彼の姿はなく。赤毛の子犬――アルフが呆れ混じりに優柔不断な主を急かす。

 約束の時間まで四〇分を切っていた。

 

「で、でもぉ……」

 

 アルフの言葉に、情けない返事を返したフェイト。ベッドの上に広げられた様々な洋服の方へ、目尻を下げたしまりのない視線をやった。

 

「えへへ……」

 

 甘酸っぱい想いに、表情が自然と崩れる。

 フェイトは現在、大いに悩んでいた。

 辛く苦しい困難はあったものの、ついに“恋人同士”になった少年と行く初めてのデート。それに着ていく服を決めあぐねているのだった。

 昨夜の決戦後、アースラで仮眠を取ったフェイトは翌朝――つまり今朝、なのはを自宅まで送って自宅に帰ってきた。

 後ほど、なのはの両親にリンディが魔法のことや、時空管理局の説明をするんだとか。アリサとすずかも交えるそうだが、フェイトは申し訳ないと思いつつもパスした。

 はやてはといえば、深いダメージの残った基幹システム修復のため、休眠状態に入るリインフォースとのひとときの別れに忙しいはずである。

 総じて、仲間たちは新しい日々(みらい)への第一歩を踏み出そうとしている。

 もちろん、フェイトもそれは同様であり――

 

「んー……」

 

 こちらに越してきて買い与えてもらった、それほど多くない衣服の全てを衣装ダンスから引っ張り出してにらめっこ。

 普段、着ているイエローのボーダーにブラックのシャツ、ホワイトのプリーツスカートの組み合わせか。それとも真っ白なシャツにチェック柄のスカートか。はたまた――

 かわいらしい悩みといえばそれまでだが、今や自らの半身とも言える愛しい少年とのデートは、彼女にとって失敗できない一大イベントなのである。入る気合いもひとしおというものだ。

 

(ユーヤのことだから、青とか黒とか……そういう色のを着てくると思うから、これとこれはなしで……)

 

 相手の姿や趣向に思いを馳せつつ、フェイトは衣服を選別する。ちなみに、ブルー系の服は彼女も割と好きな方だ。

 

「あ、これって……」

 

 そうしている時、ふとある服に目が奪われた。

 それは黒に紅が意匠の上品な仕立てのワンピース。袖と胸にあしらわれた紅いリボンがかわいらしい。

 そう、それはジュエルシードを探索していた頃に普段着にしていたもの。正確には、よく似たデザインの別物だったのだが。

 

「……うん」

 

 攸夜と出逢った時のことを思い返したフェイトは、穏やかに微笑むと、いそいそ着替え始めた。

 

 

 姿見の前でおかしいところがないか慎重に確認したフェイトは、最後に黒いリボンでツーサイドテールに結び終える。

 

「よし、できた」

 

 鏡に写るワンピース姿の自分を見て、「ユーヤは気に入ってくれるかな?」と、一瞬だけ弱気の虫が首をもたげる。

 しかし、もう“彼女”の姿は重ならなかった。

 気を取り直したフェイトは、椅子の背もたれにひっかけておいた真っ白なふかふかのロングコートを手に取り、着込む。袖や裾にはふかふかのファーがついているそれは、一目見て気に入ったとっておきだった。

 

「あっ、そうだ」

 

 勉強机の上に、ぽつんと置かれたシルバーチェーンのネックレスを手に取る。

 金色の水晶が美しいそれは、いつの間にか自分の首に掛かっていたもので、おそらく攸夜の持ち物。心象領域での戦いの際に見た覚えがあった。

 返さなきゃ、とそれをコートのポケットにつっこむ。

 

「いってきます、アルフ」

「ああ、行ってらっしゃい。しっかり、あのへそ曲がりを捕まえとくんだよ」

「うん!」

 

 アルフの皮肉めいたエールを背に、フェイトは部屋を飛び出した。

 まず、リビングでのんびりとお茶をしているリンディとエイミィに出会した。

 慌ただしい金色の少女の様子に気が付くと、二人は揃ってにこりと笑みをこぼす。

 

「今から出かけるのね?」

「はい」

「今の時期は、すぐに暗くなってしまうからあまり遅くならないようにね。……まあ、少しくらいならかまわないけれど」

「あ、はい、ありがとうございます」

「ゆっくり楽しんできてね、フェイトちゃん」

 

 二人の気遣いをありがたく思いつつ、ぺこりと軽くお辞儀。顔を上げたフェイトは、元気いっぱいに挨拶する。

 

「いってきます!」

 

「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃーい」

 

 フェイトは晴れやかな笑顔を弾けさせ、“恋人”のもとに向かうのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 白い雪が静かに降る冬の街。

 吐息は白く濁り、凍てつく寒さに歩く人々は身を強ばらせる。

 道や家屋に降り積もった白雪がクリスマスを美しく彩っていた。

 マンションの前、街灯に背を預け、時間つぶしにペーパーバックを読む黒髪の少年。ボサボサモジャモジャの頭や肩に少しだけ雪が積もっている。

 彼は待ち人の到着を察知して、視線を上げた。

 

「ご、ごめん、ユーヤ。待たせちゃったよね」

「いいや、今来たところだ。……これ、一度言ってみたかったんだよね」

 

 息を切らせつつ謝る少女に、微笑みながらふてぶてしいセリフを投げかける。

 化粧とか始めたらもっと待たされるんだし、これくらいどうってことないよな。少年は内心で苦笑した。

 

「んー……」

 

 そして、じっと少女を興味深そうに眺める。

 

「どうしたの?」

「いや、よく似合ってるなと思ってさ、その白いコート。清楚っていうか、普段と印象違ってて驚いた。すごくかわいいよ」

 

 臆面もなく投げかけられた賛美の言葉に、少女の頬に紅が差した。

 

「あ、ありがと……。えと、その、ユーヤもかっこいいよ」

「ありがとう、フェイト」

 

 少年の格好は、いつもの青いパーカーの上から黒いセミロングのトレンチコートを羽織り、茶色いコールテンのパンツとそれに合わせたブラウンの革靴を履いている。

 両肩に垂らすように巻いたあの蒼いマフラーと、首もとに覗く白いカッターシャツ、紺に水玉模様のニットタイ。完全に勝負服のそれらは、彼の本気具合を如実に表していた。

 自分の贈ったマフラーを使ってくれていることを嬉しく思いながら、少女はポケットから何かを取り出す。

 

「これ、返さなきゃって思って」

「ああ、なるほど……」

 

 少しだけ硬そうな手の平の中のネックレスに、少年は一瞬だけ顔をしかめる。少女を()()()()()()()()のことを思い出したのだろう。

 苦い表情を押し隠し、攸夜は努めて穏やかな笑みを浮かべて。

 

「それは君がつけてるといいよ」

「えっ、でも……」

「いいからいいから」

 

 戸惑う少女を半ば無視して、少年は銀の鎖を彼女のか細い首に巻きつけてやる。コートをはだけさせたとき、露わになった鎖骨の白さを見てうろたえたのは彼だけの秘密だ。

 

「うん、やっぱり似合うな」

「や、やっぱり悪いよ。これ、高そうだし……」

「フェイトみたいに綺麗な娘に身につけてもらっている方が、それだって喜ぶと思うよ。気にするな、僕は気にしない」

 

 またもやの賛美。それがお世辞などではなく、彼が本気で思っていると少女は表情から敏感に察した。

 

「ありがとう……」

 

 だから彼女はネックレスを手の平に乗せ、嬉しそうに微笑む。

 その愛らしい笑顔を見て、少年が満足そうに頷いた。

 

「どういたしまして。さ、とりあえず、お昼食べに行こう。ろくなもの食べてないから腹減ったよ」

「そうだね、私もおなか空いちゃった」

 

 同意を示す少女へ、少年が右の肘を突き出す。

「うん?」意図がわからず不思議そうにクエスチョンマークを飛ばした少女に、少年はしたり顔で説明した。

 

「腕、組んでみる? ああ、フェイトは手を繋ぐ方がいいかな」

 

 ストレートに恋人同士的な話題を出されて、ぼんっと音を立てて赤面した少女は「う、腕、組みたい……」と控えめに言う。

 存外、自分の欲求には忠実らしい。

 

「ん、どうぞ」

 

 促され、おずおずと腕に組みつく。ぎゅっと強く抱き抱えたのは、きっと無意識の内の行動だろう。

 そのままどちらからともなく、指を絡めて繋ぐ。

 慈しむような眼差しを注いでくれる自分の“恋人”を見返すと、少女はまるで白百合のように愛らしく、はにかんだ。

 

 

   *  *  *

 

 

 昼時。

 どこにでもあるような、ごく普通のファミリーレストラン。暖かみのある木目を基調とした小綺麗な店内は親子連れやカップルで賑わっている。

 今日は日曜日で、クリスマスなのだから当然といえば当然だ。

 その一角。メニューを前にしてうんうんと唸りながら何を食べるかに頭を悩ませているフェイトを、攸夜が微笑ましく眺めている。その様子はまるで手の掛かる妹を見守る兄か父のようだったが、フェイトがそんな評価を耳にしたらへそを曲げたことだろう。

 なお、この店を選んだ理由は攸夜曰わく「小学生が気取っても仕方ない」から。小学生じゃなかったらおしゃれなお店に入ったのかな、とフェイトは思った。

 

「――で、悩んだあげくオムライスか」

「だ、だって好きなんだもん」

 

 鯖味噌定食をつついている攸夜の言葉に、それなりな出来のオムライスをスプーンでざっくりと崩していたフェイトがむくれる。好みが子どもっぽいことは自覚しているのか、やや赤面していた。

 

「まあ、いいんだけどさ。でもフェイトってほんと好きだよなぁ、オムライス」

「うん、好きだよ」

 

 にこにこと笑みを咲かせ、フェイトは幸せそうに卵とケチャップライスを口に運ぶ。

 もぐもぐよく噛み――この辺り、攸夜のしつけが行き届いているようだ――、こくりとそれを飲み込むと少しだけ表情を曇らせる。

 

「でも……」

「でも?」

 

 言い出しにくいのか、言葉尻を濁すフェイト。オウム返しに問われると、柔らかく微笑み続きを口にした。

 

「ユーヤが作ってくれたのが一番、かな」

 

 穏やかな口調の言葉には、深い愛情がこもっていて。

 

「……うれしいこと、言ってくれるね。――ああ、グリンピースは残しちゃ駄目だからね?」

「あうっ、うぅー……」

 

 見つからないとでも思ったのだろうか、皿の端にちょこんと積まれた緑の物体に視線をやりながら、“あくま”が笑う。そう簡単に、はぐらかされてはやらないのだった。

 ぴしゃりと逃げ道を塞がれてしまった哀れな子羊は軽く涙目で、グリンピースを嫌そうに食べ始めた。

 

 何とか食べきったフェイトに、攸夜はご褒美として食後のデザートを注文してやる。フォローも大事なのである。

 フェイトがレアチーズケーキ、攸夜がガトーショコラ。攸夜は主にチョコレート系を好むのだが、フェイトはどうやら乳製品全般がお好きなようだ。

 

「ん、翠屋のほどじゃないけどなかなかうまいな」

「そうだね。……」

 

 チーズケーキに手をつけつつ、時折、ちらちらと攸夜の方――正確に言うと、ガトーショコラを物欲しそうに注視している。

 その様子に目を細める攸夜は、愉快なイタズラを思いついた子どものように口角をつり上げた。

 

「これ、食べたいの?」

「ぅ、うん……」

 

 しょうがないなあ。攸夜はそう笑みをこぼして、ガトーショコラをフォークで半分こに切り取る。

 切り取った半分を刺して――紳士な彼は、自分がまだ手を着けていない方を――、フェイトの目の前に差し出した。

 

「ほれ、あーん」

「ふぇえっ!? えっと、その……」

「食べたいんだろ? 僕が手ずから食べさせてあげるよ」

「う、ううぅ~……」

 

 激しく戸惑うフェイトを、ニヤニヤと嗜虐心全開で急かす攸夜。完全に遊ばれているのだが、理性と本能の狭間で葛藤しているフェイトは気付いていない。

 

 そそそそ、それってつまり間接キスって――~~ッ!!!

 

 などと混乱のあまり自滅している。

 かつての偏った教育を受けていた頃ならば、気にも留めなかったようなことを恥ずかしがるのはきっと成長の証。周り――主にエイミィ――に余計な入れ知恵をされているとも言えるが。

 

「あ、あーん」

 

 長い葛藤の後、ついに本能――あるいは愛情が理性に勝利を収め、フェイトは控えめに口を開いた。

 そこにガトーショコラが投入され、小ぶりな形のいい唇がぱくりとフォークにかぶりつく。気持ち、余計にむしゃぶりついているのは気のせいではないだろう。

 

「ん、よくできました。おいしい?」

 

 もぐもぐと味わいつつ、どこか壊れた機械のようにこくこくと頷くフェイト。羞恥心で頬を紅く染め、ルビーの瞳は僅かに潤む。

 その破壊力抜群な可憐な姿に攸夜は内心で悶えつつ、「ごちそうさま」と呟いた。

 

 

   *  *  *

 

 

 半ば思いつきのような逢い引き(デート)であるが、攸夜にはそれなりにプランがあるらしく。

 迷いなく、地元で一番大きな百貨店(デパート)に足を運んだ。――致命的な方向音痴である攸夜にしては珍しくすんなりと辿り着けたのは、もはや奇跡と言っても過言ではないだろう。

 

「デパートでお買い物?」

「ま、無難にね」

 

 苦笑する攸夜だが、その言動とは裏腹に自信満々な様子である。まあ、彼が自信過剰なのは平常運転なのだが。

 

 腕を組み、手を繋いで仲良く歩く小さな恋人たち。

 雑貨店で小物やアクセサリーを物色してみたり。大人用の服を見て、「いつか着てみたい」「こんなのが似合うんじゃないか」と言い合ってみたり。

 とはいえ、フェイトも攸夜も物欲に乏しい――攸夜の場合は一部に偏っている――タイプなので、基本的にはウィンドウショッピングだ。

 冷やかしたお店の店員や、道行く買い物客から微笑ましい視線をいただいていたことは余談である。

 

 ぶらりと立ち寄ったCDショップ。

 しばし店内を散策するフェイトと攸夜は肩を寄せ合い、試聴用の大きいヘッドホンを二人でつけて音楽を楽しむ。体格の小さい子ども同士だからできる芸当だった。

 

「フェイト、退屈じゃない?」

 

 一通り聴き終え、ヘッドホンを外した攸夜はやや不安そうに。

 割と独りよがりな彼はここに来てやっと、フェイトが退屈しているかもしれないという可能性に思い至る。特殊な生まれで女性的な感性を持ち合わせていると言っても、基本は男の子である。

 また、大好きなフェイト(カノジョ)とのデートで舞い上がっていたこともあるのだろう。

 

「ううん、そんなことないよ。楽しいよ」

 

 しかしフェイトはニコニコと本当に楽しそうにしていて。その笑顔は、攸夜に安心をもたらした。

 

 ぶらぶら陳列棚の間を通る。

 色とりどりのCDに囲まれて、フェイトは興味深そうにキョロキョロして落ち着かない。

 ふと棚に見つけたクラシックのアルバムの新譜を手に取る攸夜。見知った指揮者の名前でもあったのか、まじまじと見やり、「ドボルザークの“From the New World”……新世界より、か。ラスボスっぽくていいよな、最後に逆ギレする的な」などといささか洒落にならないことを呟いている。ある意味、未来予知である。

 フェイトが横から彼の手元をのぞき込んだ。

 

「ユーヤって、こういう難しそうな音楽を聴くの?」

「うん。ていうかわりと節操ないよ、僕」

 

 CDを棚に戻しながら、攸夜はフェイトに向き直る。

 

「流行りのポップスとか洋楽とかは当然として。ニッチなアニソンも嫌いじゃないし、定番の歌唱曲や演歌なんかも悪くないよね。硬派なロックや熱い特撮ソングなんか最高だよ」

「へぇー」

 

 感心した声を上げるフェイト。それは確かに、節操がないと言えるだろう。

 

「あれだ、「歌はいいね。歌は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ」ってやつだ」

「なぁに、それ?」

「まあ、テンプレだな」

「てん……? ああ! おいしいよね、天ぷら。私、お芋とかカボチャのが好きだよ」

「いやいや、違うから」

 

 かわいらしい天然ボケをかましたフェイトに、攸夜は思わず吹き出した。

 一つ、フェイトには言っていないことがある。概ね攸夜の好みの話だったのだが、クラシックに関してだけはその限りではない。そちらは“姉”の趣味であり、彼女の影響で多少詳しいだけに過ぎなかった。

 ただ、フェイトの性格を考えれば本当のことを知らせるとどん底に落ち込みそうだったので、あえて今ここで言うことでもないと黙っていたのだった。

 と、攸夜が何かに思い至った。

 

「そういえばさ、僕の誕生日会んときに歌ってた曲、あれっていったいどういうチョイスなのさ?」

「あ、あれね。アースラにいたとき、リンディ提督の私物の音楽プレイヤーを借りて聞いてたらいつの間にか覚えちゃって」

「あー、なるほどね。リンディさん、日本びいきだもんな。それくらい押さえてたっておかしくないか」

 

 理由に納得した攸夜は呆れたようにもらした。何せ彼女は、(フネ)の一室をやや間違った感のある和室に変えてしまうくらいなのだから。

 演歌など、まさしく「ザ・日本」である。

 

(……リンディさんの好みはともかく、フェイトの着物姿……ゴクリ)

 

 フェイトの振り袖姿を妄想して、攸夜はちょっとイケナイ気分になった。が、すぐに着物の脱がし方がわからないことに気がついて、妄想にも関わらず無性に悔しがっていた。エロガキである。

 そんな内心を露とも感じさせない攸夜と、ある意味無防備なフェイトの会話は続く。

 

「他にはどんなレパートリーがあるんだ?」

「えーと、「1986年のマリリン」とか「DESIRE-情熱-」は歌えるよ」

「マジでどういうチョイスだよ、それ……」

 

 渋いというか、可憐なフェイトにはいささか以上に似合わない選曲に攸夜はげんなりした。

 おそらく単純にリンディの趣味なのだろうが、そういったオトナな類の曲を熱唱するフェイトは想像しがたい。

 

「てか、フェイトってもしかして歌ったりするの好き?」

「うん、私好きみたい。音楽の授業とか、楽しいよね」

 

 恋人の素朴な疑問に満面の笑みで答えるフェイトにとって何事も初挑戦、初体験の連続であり、時には自分の新しい一面を見つけることもある。そんなとき、彼女は目の前の少年と親友の少女に感謝するのだ。

 ――人生は、発見と驚きで満ち溢れている。

 

「じゃあ、予定をちょっと変更して、ゲーセンで音ゲーやりに行こうか」

「おとげー?」

「音楽ゲームのこと。ちょっとしたリズム感があればできるから、原曲知らなくても楽しめるはずだよ」

「わあ、なんだか楽しそうだねっ」

 

 事情に疎いフェイトにもわかるように簡潔に説明すると、ぱあっと表情を輝かせた。

 気持ちのいいリアクションに笑む攸夜は、スタールビーの瞳がきらりと輝いた様を幻視した。

 

「ねぇね、ユーヤ、はやくいこうよっ」

「フェイト、そんなに慌てなくてもゲーセンは逃げないぞ?」

「いーから、はやくはやくっ」

 

 無邪気にハイテンションで自分の手を引く少女に、少年は苦笑混じりに微笑んだ。

 

 

   *  *  *

 

 

 冬の日没は早い。

 すっかり暗くなった街にはイルミネーションが点灯し、しんしんと降り続ける真っ白な雪と相まって幻想的な雰囲気を作り出す。

 そんな喧噪から取り残されて閑散とした、こじんまりとした公園のベンチにフェイトと攸夜が肩を寄せ合い座っていた。

 寒さに堪えるように、お互いの温度を感じられるように、隙間なく寄り添って。

 そんなふたりの手には、白い湯気を上げるホカホカのたい焼き。ここでたい焼きを食べるのは彼らにとって、特別で大切なことだった。

 

「今日はありがとね、ユーヤ」

「楽しんでもらえたようで何よりだ」

 

 あどけない笑顔をこぼすフェイトを見返して、攸夜が軽く微笑む。

 

 あのあと二人はゲームセンターで二時間ほどを費やして思いっきり遊んだ。

 幸い、軍資金には糸目をつける必要がなかったので二人で一通り遊び倒したのだ。攸夜はどちらかというと、プライズ関係の収集に躍起になっていたが。

 物珍しかったのか、それともけたたましい喧噪のただ中にいるのが楽しいのか、フェイトは終始ハイテンションでゲームを楽しんでいた。音ゲー以外では特にレースゲームが気に入ったらしく、攸夜は「ハンドル握ると性格変わるタイプなのか……!」と軽く戦慄していた。

 

 それから、あてもなくのんびりぶらぶらと散歩した。雪の降る街はどこか静かで、深傷を抱えた二人の心を癒してくれた。

 今までそういったことに縁のなかったフェイトは、珍しくはしゃいでいた。大好きな恋人(ユーヤ)と一緒だったことも、もちろん無関係ではない。

 

「……」

「ユーヤ?」

 

 ふと、どこかに飛んでいってしまいそうな危うい表情をした攸夜に、フェイトが心配そうに声をかける。

 

「なのはの家は今頃、家族会議中かな?」

「? う、うん、そうかも」

 

 なのはは管理局に入局を目指すだろう、というのが二人の共通見解だ。

 魔法と空を飛ぶことへの過度のこだわりに、攸夜は密かに憂慮していたが。

 

「はやてはフェイトと同じに管理局で“お勤め”だろうけど……、リインフォースを直すためにがんばるんだろうな」

 

 別れる間際、はやてはリインフォースを起こすためにたくさん勉強するんだと息巻いていた。

 その道のりは平坦ではないだろうが、それでも彼女はやり遂げるだろう。大切な家族との再会を願って。

 

「ユーノは、無限書庫の司書をするんだっけか。あいつらしいと言えばらしいけど」

「……ユーヤ、どうかしたの? なにか変だよ?」

 

 脈絡もなく、友人たちの話題を出す攸夜。まるで身辺の整理をするかのようにな印象をフェイトは受けていた。

 彼は答えず、微笑むだけ。

 

「フェイトは、どうするんだ?」

「私……?」

「リンディさんとの養子縁組みの話、受けるつもりなんだろ」

「……うん」

 

 あの“夢”の中で、フェイトは自らの幻想と決別した。失った過去ではなく、今に――未来に生きると決めることができた。

 それも全ては彼女の隣に座るこの黒髪の少年のおかげだ。

 だというのに――

 

「それを聞いて、安心したよ」

 

 儚く微笑した彼がベンチから立ち上がり、数歩歩み出る。

 それから振り向くと、らしくない真面目な顔をして口を開いた。

 

「大事な、大事な話しがあるんだ」

 

 フェイトの直感が警鐘を鳴らす。彼に“その言葉”の続きを言わせてはいけないと。

 

「――フェイト。僕たちはもうすぐ、お別れだ」

「……え?」

 

 しかし、言葉は紡がれて。

 ぴしりと何かが音を立てて砕けた。

 フェイトの身体が凍り付く。心にじわりと闇が這い寄る。

 

「えっ、と……う、うそ、だよね? 変な冗談やめてよ、ユーヤ」

「冗談じゃないよ。僕はここから消えて、遠くに行っちゃうんだ」

 

 攸夜はひどく真剣で、とても悲痛な面差しを、混乱収まらないフェイトに向ける。

 

「ああ、死んでしまうわけじゃないよ。ただ、あるべき“場所”に還るだけだから」

 

 取り繕うように言って、左の手の平にぼんやりと光る〈獣の欠片〉を見やる。

 これを本来の持ち主に返さなければならないし、何より“異端”である攸夜がこの“世界”に残っていたら、きっとフェイトのためにならない。少なくとも、今のままでは必ず不幸にしてしまう。

 黙って封印されるなど“母”に申し訳が立たない上、攸夜の矜持が許さない。シャイマールの“息子”が支配されるなど無様もいいところだ。

 フェイトの手を取って駆け落ちするのも悪くはないが、それは攸夜が望む“フェイトの幸せ”のかたちではない。彼女は親友たちと穏やかに過ごすべきだと、それが単なるエゴだとわかっていても彼は思うから。

 

「う、そ……うそだ、そんなの、うそだ! 信じない、信じたくない……!」

「……ごめん」

 

 瞳を潤ませ、必死に否定する少女に、少年は謝ることしかできない。

 

「きっとフェイトは、僕のこと、全部忘れてしまうと思う。思い出も、感情も、何もかも――姉さんのことを忘れてしまったみたいに、ね」

 

 心苦しさを必死に押し殺した声。伝えず、黙っていることはできなかった。

 

「……っ!」

 

 あの“繭”の中で失われた記憶の一端を見せられたフェイトは、それがどんなに残酷なことだとしても本当だと理解してしまう。

 もともと彼女は賢く聡い。それが、誰よりも愛しい少年のことならなおさらで。

 

「やだ……いやだよ……そんなの、忘れちゃうなんて……ぜんぶ、なくなっちゃうなんて……」

 

 ついに、真紅の瞳から涙をあふれる。

 いったん堰を切ったそれは、止めどなく少女の頬を濡らしていく。

 

「…………やだぁ、ぅっ、ひっく、ユーヤの、こと、忘れるなんて、やだよぉ……ぇぐっ」

 

 涙も拭わず、ただ弱々しく泣きじゃくる少女に、攸夜は胸が張り裂けるような切なさを感じた。

 女の子の涙は苦手だ。それが、大好きな子の涙なら尚更で……彼女のために消えることしかできない自らの無力さを、噛みしめていた。

 強大な“力”を持っていても、好きな女の子の笑顔も守れやしないのか、と――――

 

 

 帰り道。

 嗚咽するフェイトの手を引いて、攸夜は歩く。

 ふたりの間に言葉はない。

 九ヶ月間を過ごした故郷とも言える海鳴の街を瞳に焼き付けるように、繋いだ“恋人”の手の温もりを忘れぬようにゆっくりと歩く。

 

「フェイト、着いたよ。…………そろそろ、時間だ」

 

 辿り着いたマンションの前、この物語の終点。

 ぱきんと澄んだ音を立て、七枚の“羽根”が展開した。ほのかな虹色の光がふたりを包む。

 白き“羽根”は一枚一枚、光を取り戻した順番に薄れて夜闇に溶けていく。

 ――別れの時は、近い。

 

「うっ、ひぐ……ぐずっ……」

 

 まだべそをかいているフェイトの顔は、道中に流した涙と鼻水でひどい有様だった。

 攸夜は彼女の顔をハンカチで拭ってやってから、優しく抱きしめる。

 

「フェイト。僕だって、君と離れるのは嫌だよ。僕の居場所は君の隣だって決めたばかりなのに、その君の傍に居られないのは死ぬよりもずっと辛いことだ。だから――――」

 

 抱擁した少女の(おとがい)をそっと触れ、唇を重ねる。

 

「んっ……!」

 

 突然のことに驚き、フェイトが目を見開く。

 けれど彼女はすぐに抵抗することをやめて目を瞑り、すがりつくように攸夜を求めた。

 

「……んん……っ」

 

 それは、唇を押しつけるだけの拙い口付け。あの雨の日の夜のように、お互いの愛情を確かめ、刻み合う。

 刹那か、数分か。どれだけの時間がたったのだろうか、攸夜が顔を上げる。

 

「ぁ……」

「だから、必ず帰ってくる。君を守れるだけ“毅く”なって。それで、今の続きをしよう」

 

 どこか陶酔したように熱い吐息を漏らしたフェイトへ、攸夜はいたずらっ子のような笑みを向けた。

 

「…………ほんと? ほんとに、ユーヤ、帰ってくるの?」

 

 唇に残る感触に惚けるフェイトが、いくぶん幼児化した口調で聞き返す。

 涙で潤む紅と、真摯な蒼の視線が交わった。

 

「本当だ、約束する。――例え、“世界”に引き裂かれても、記憶をなくしてしまっても、絆は……“想い”は決してなくなったりしない。きっと、取り戻せる」

 

 少女のほっそりとした手に小さな“何か”を握らせて、少年がそっと離れる。

 彼の身体はゆっくりと黄金色の粒子と変わり始めていた。

 

「――だって、諦めなければ出来ないことなんてほとんどないんだから」

「う、ん……うんっ、待ってる……! ぜんぶ、忘れちゃっても……ずっとずっと……ユーヤのこと、いつまでも待ってるからっ……!!」

 

 ポロポロとまた涙をこぼし、少女は精一杯に笑った。

 その笑顔はぎこちなかったけれど、とても――、とても綺麗で。フェイトは受け取った“何か”を大事そうに胸に抱く。

 

「これで最後じゃないから、さよならは言わないよ。――またね、フェイト」

 

 ついに黄金の宝玉を抱く”羽根”が夜に消え、穏やかに微笑む少年の姿が薄れる。

 

「また……ね、ユーヤ」

 

 絞り出した別れの言葉。一日だけの恋人に向けた再会の約束。

 表情をそのままに、消えていく少年の唇が言葉を紡ぐ。

 黄金色の燐光として夜闇に溶けた音にならない言霊はしかし、少女の心にはっきりと届いていた。

 

 

 ――――愛してる、と。

 

 

 

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