魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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エピローグ

 

 

 

 季節は春。

 花芽吹き、爛漫と香る始まりの季節。

 

 赤茶色の外壁の高級そうなマンションから、ブラウンのブレザーを身に着けた一四、五歳くらいの少女が慌ただしく駆け出した。

 この国ではたいへん珍しいブロンドの先端を、黒いリボンで蝶結びに纏めた見目麗しい黄金の乙女だ。

 左手に持った革の鞄がが激しく躍り、腰まで届くほど長く美しい金糸の髪がしっぽのようにゆらゆらと流れる。

 同世代の中ではわりかし長身な彼女の、西洋人形のように整った容姿はどこか憂いを帯びて真紅に透き通った双眸もどこか力ない。しかし、その憂いさえも類い希なる麗容を損なうことはなく、逆に可憐さと気品を与えていた。

 マンションの全景が見える位置で少女はいったん足を止め、右手でシャツの中に忍ばせた銀の鎖のネックレスを引っ張り出す。ヘッドにあしらわれているのは、荒くカットされた黄金色の宝石――

 

「…………」

 

 少女は、手の平に乗った半透明な石をじっと見つめる。

 太陽の光を受けて、きらきらと輝くプリズムのようなそれは、彼女の不安定な心の(うち)を写し取っているかのようだった。

 しばしの間、黄金色の石を見つめていた少女はそれを元に戻すと、襟を軽く直して再び走り出す。鞄の中から古ぼけた、しかし、丁寧に扱われていることがわかるマスコットが二つ、はみ出している。

 一つは黒いワンピースを着た、たれ耳の黄色い犬。一つは蒼いマフラーを巻いた目つきの悪いペンギン。

 年季の入ったかわいらしいそれらは、仲良く寄り添っていた。

 

 ――――まるで、かけがえのない恋人同士のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

  エピローグ 「“はじまり”のアリアを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 次元と次元の狭間。

 神秘的な蒼い湖面に生えるようにして聳え立つ、荘厳な雰囲気を漂わせる白亜の巨城――アンゼロット城。碧く輝く水の惑星、我々が住む地球によく似た世界――“ファー・ジ・アース”を望むティーラウンジ。

 噴水の流れる流麗な音が響く。

 ティーカップが四つ置かれたテーブルとチェアにつく、四人の人影。その誰もが女性で、皆一様に美女、美少女である。

 

「エリスちゃん、誕生日おめでとー!」

 

 典型的な巫女装束を着た、艶やかな黒髪長髪の女性――赤羽(あかばね)くれはが明るく元気にお祝いの言葉を言う。

 経験豊富な〈ウィザード〉――魔法使いであり、現在は“守護者代行”なる仰々しい任についている。今日はその煩わしい職務から解放されて、伸び伸びとしているようだ。

 

「おめでとう、エリス」

 

 無表情に言うのは、紫で統一された特徴的なセーラー服――私立輝明学園高等部制服を着た、流れるような長髪と無機質な瞳が印象的な緋色の少女――緋室(ひむろ)(あかり)

 若年ながら彼女は、一流の傭兵にして名うてのウィザード。無表情なのは、戦闘用に肉体を強化改造された〈強化人間〉だから。見るものが見れば、親友の記念日を心から祝っていることがわかるだろう。

 

「ありがとうございます、くれはさん、灯ちゃん」

 

 柔らかくはにかんで受け応えるのは、薄紫のショートヘアに黄色のリボンをカチューシャのようした少女――志宝(しほう)エリス。灯と同じ、紫の制服を身に着けている。

 とある事件によりウィザードの力を失ってしまった彼女は、今は“世界の本当”を知るただの少女として生活していた。

 何かと厄介な運命に弄ばれていた彼女にとって、それは幸せなことだろう。

 

 ――――今日の日付は3月14日、エリスの()()()の誕生日。

 彼女にはあまりいい思い出のないこの日を盛り上げようと、ファー・ジ・アースを離れていた人々も特別に帰還していた。

 

「エリスさんのお誕生日にちなんで、本日の紅茶はフラワーブーケです。英国でも最高級のブランド、ザ・ストランドの物を用意致しました」

 

 “本日の紅茶”と題されたフリップを見せびらかし、上品なデザインの黒いドレスを完璧に着こなす白銀の髪の美少女――アンゼロットが微笑した。

 こう見えて、彼女は齢ウン万歳という、ババ――もとい、神の(しもべ)にして代行者、人類を正しく導く“守護者”と呼ばれる人外の存在だ。

 

「フラワーブーケ……アニメ最終回のアフレコ現場で振る舞われたものね」

「はわわっ!? あかりん、メタな発言禁止っ!」

 

 灯の危険な発言へ、即座にツッコミを入れるくれは。いつものノリの、いつものやり取りである。

 

「あ、あははは……。あ、そうだ、お菓子を作ってきたので食べてみてください」

 

 テーブルの上に乗せられたバスケットには、エリス特製のお菓子がぎっしり詰まっていた。

 もちろん、彼女の代名詞であるマドレーヌも入っているのは言うまでもない。

 

「では、お一ついただきます…………やはり美味です。エリスさんのお菓子を口にするのも久方ぶりですね」

「そういえば、アンゼロットさんは故郷に帰ってらしたんですよね。様子はどうでした?」

 

 そう尋ねられると、明るかったアンゼロットの表情が一転して曇り、ずーんと目に見えて消沈した。

 

「………………確かに、わたくしは以前とは違っていろいろとちんまいですが、それがなんだというのですか……っ。昨今の流行りはロリだというのに……っ! それがわかっていないのです、あの下僕どもはっっ!!」

「あ、あの、アンゼロットさん?」

「はわ~、よくわかんないけど、アンゼロットも苦労してるんだねぇ」

 

 ドンドンと、悔しそうにテーブルに拳を打ちつけるアンゼロットの奇行に、くれはが紅茶を含みつつしみじみと感想を漏らす。

 ちなみに、灯は自分のペットであるフェレットのどんぺりに、クッキーを与えていた。

 

「はっ!? わたくしとしたことがこれしきのことで取り乱すとは――ゲフンゲフン、えー、それはともかく、エリスさん、灯さん、もうすぐお二人は卒業ですね。進路の方はお決まりですか?」

 

 再起動したアンゼロットはわざとらしく咳払いして、エリスと灯を見回しつつ問いかけた。

 

「私は、今と変わらない。傭兵を続けるだけ。……(みこと)もいるし」

「まー、あかりんは命くんとらぶらぶだもんねぇ」

「……ぽっ」

 

 わずかに頬を染め、口で効果音をつける灯。最近、どこぞで覚えてきた持ちネタらしい。

 

「このあともデートの予定よ。お弁当もちゃんと用意したわ」

 

 言いつつ自らが纏う“プラーナ”の衣――〈月衣(かぐや)〉からアルミ製、否、純銀製の弁当箱らしき物体を取り出す。

 蓋の間から奇怪な緑色の液体を垂れ流し、紫色の不気味な煙をまき散らしている。おどろおどろしく鳴動している様は、およそ“お弁当”などという生易しい存在ではなかった。

 

「あ、灯ちゃん……」

「そ、そうなんだ……(命くん、ご愁傷様)」

 

 

 ――ファー・ジ・アース某所。

 

「うっ!?」

「どうしたんですか、命さん?」

「いや、何か急に怖気が……」

「風邪、でしょうか。そんなときはネギ入りのおむすびですよ! ネギは風邪によく効くと聞きました!」

「待てマユリ、それは微妙に間違っていると思うぞどりーむ」

 

 

 場面は戻ってアンゼロット城。

 

「私も、今まで通りくれはさんのお手伝いをするつもりです」

 

 キリリと凛々しい表情で、自らの進路についての考えを述べるエリス。“力”を失った自分でも、出来ることがあるのだと薄い胸を張る。

 

「そうでした。エリスさんは、くれはさんの守護者代行業務の補佐をなさっていたんでしたね」

「そうなんだよ~。エリスちゃんのおかげで、どれだけ助かっていることやら……」

 

 よよよ、と大げさに涙を流すくれは。「毎日8,000枚の書類にはんこ押すなんて、ろーどーきじゅんほー違反だよっ!!」と強く抗議する。ちなみに、毎日処理しきれずに残業+翌日に持ち越しでどつぼである。

 すると、アンゼロットがその整った面立ちをサディスティックに歪めた。

 

「あら、わたくしは毎日12,000枚の書類を裁いていましたのに。……()()()にもう一度お送りしましょうか?」

「いやー、虎の穴はいやー。はんこ押し3,000回はいやー」

「ちょ、くれはさん、落ちついて――」

 

 虎の穴だけにトラウマを抉られて取り乱したくれはを、エリスが慌てて宥める。よほど悲惨な経験をしたのだろう。

 しかし灯とアンゼロットは我関せずと、マドレーヌをぱくついていた。

 

 

 

「それにしても……遅いね~」

 

 宴もたけなわ。

 チーズレモンカスタードシフォンケーキ(パイではない)のかけらをフォークに刺して、くるくると弄んでいたくれはがため息混じりにポツリと呟く。

 

「そうですね……」

 

 温くなってしまった紅茶のカップを両手で包み込むようにするエリスが、くれはの呟きにしゅんとした様子で応じた。

 二人は現在絶賛遅刻中である、最後の出席者に思いを馳せる。

 そんな彼女たちの様子は里帰りする以前のままで、アンゼロットは密かに微笑をこぼした。

 

「まあ、彼が遅刻するのはある意味お約束というか、様式美のようなものですし――と、噂をすれば何とやら、ですよ? ほら……」

「「えっ?」」

 

 意味深な言葉を吐きつつ視線を上げたアンゼロットに釣られて、エリスとくれはが空を見上げる。灯も、一拍遅れて追従。

 

「――――ぁぁぁぁぁぁあああああ~~っ!!?」

 

 何かが、叫び声を上げながら落ちてくる。

 それは、人のような何かだった。

 

「――ぐえっ!」

 

 カエルが潰れたような呻き声を出した何か――ボロ切れのような格好の青年、柊蓮司。通称“下がる男”。

 かなり間抜けな登場だが、こう見えて業界では名の通ったフリーランスのウィザードであり、エリスたちが待ちわびていた最後の一人だった。

 

「柊先輩!」

「はわ~、さっすが柊。ここでもしっかりと下がるんだね」

「柊蓮司、とてもすごく遅刻」

「女性を待たせるなんてマナーがなっていませんね、柊さん。……はて、何故かこのやり取り、以前どこかでしたようなデジャヴが」

 

 慌てて駆け寄るエリス。心配そうにしているが、同時に嬉しいそうでもあった。

 くれは、灯がいけぞんざいにコメントし、アンゼロットは妙な既視感に小首を傾げている。

 

「エリス、以外の、おまっ、えら……! 人が、やっとの思いで帰ってきて、早々のセリフがそれかぁ……っ!」

 

 エリスの補助を受け、片刃の青い大剣型“箒”――〈ウィッチブレード〉を支えにして、柊がヨロヨロと立ち上がる。

 女性陣からの相変わらずの扱いに、たいそうご立腹のようだ。

 

「大丈夫ですか、柊先輩?」

「ああ、何とかな。心配してくれてありがとな、エリス」

「い、いえ……」

 

 あこがれの先輩に屈託のない表情で感謝されたエリスは、顔をやや赤らめる。

 一方、眉間に皺を寄せてテーブルの方につかつかと歩き寄ろうとしていた柊がはたと立ち止まり、背後のエリスに向き直る。

 

「っと、すっかり忘れるところだったぜ。エリス、誕生日おめでとう」

「はいっ、ありがとうこざいます!」

 

 エリスが、ぱあっと花のような笑顔を咲かせた。

 憎からず思っている先輩からの感謝の言葉が、よほどうれしかったのだろう。

柊蓮司、罪作りな男である。

 

「ひーらぎー、あんたもこっちに来て食べなよー。久々にエリスちゃんの手料理が味わえるよ?」

「おう、そうだな。――ってエリス、どうした!?」

 

 幼なじみ(くれは)の誘いに応じ、テーブルの方へ向かおうとした柊が物音に振り返る。突然、エリスが崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。

 

「エリスちゃん!?」「……っ!」

 

 くれはと灯が血相を変えて立ち上がる。椅子が倒れてガタンと音を立てた。

 

「おい、エリス、大丈夫か!?」

「……っ! なに、この感じ……私、知ってる……? ウソ、どうしてまた……!?」

 

 柊の声も聞こえないのか、混乱したように独白するエリスは左手で自分の顔半分を覆い隠す。

 ――指の間から覗く彼女の左眼が、ぼんやりと“碧く”輝いていた。

 

《アンゼロット様!》

「何事ですか、騒々しい」

 

 一人、思案顔をして冷静さを保っていたアンゼロットの元に、彼女直属の部下である〈ロンギヌス〉のオペレーターからの通信が届く。

 その声色からは、慌てふためいていることがよくわかる。

 

《アンゼロット城に、魔王級〈エミュレイター〉と思われる巨大な魔力反応が急速接近! その数四! その内二体を、ベール=ゼファー、リオン=グンタと確認!!》

「何ですって!?」

 

 その悲鳴のような報告に驚愕したアンゼロットが思わず声を荒げた瞬間、宮殿を大きな振動と耳をつんざく爆音が襲った。

 

 

   *  *  *

 

 

 次元の狭間にたゆたう宮殿が大きく鳴動し、喧噪と怒号に包まれていた。

 剣戟の澄んだ音と、魔法の爆音が鋭く響き渡る。

 

《第十七防空大隊通信途絶!》

「第八親衛隊と第二十二箒騎兵中隊を前面に押し出しなさい! それから、第三十七魔導護衛団に緊急召集を!」

《エミュレイター、第七防衛ラインを突破! 結界を力付くで粉砕し、城内に侵入します!》

「っち、何と情けない! わたくしが居ない間に何も成長していないのですかっ!」

 

 司令室に上がるヒマも勿体ないと、そのままテラスで指揮を執るアンゼロット。

 彼女の視線の先、空間に投影されたスクリーンには、トレードマークのポンチョと銀髪をはためかせる魔王(しょうじょ)の姿。彼女は圧倒的な力を遺憾なく揮い、有象無象のウィザードたちを蹂躙する。

 

「さすがアンゼロット。ブランクがあっても、指揮は完璧」

「灯、お前がアンゼロットの奴を褒めると妙なことになるから止めとけ」

 

 今も苦しむエリスを介抱しつつ、アンゼロットの指揮の様子を見ていた灯と柊。緊急事態だというのに彼らがこうも落ち着いていられるのは、修羅場に心底慣れている証拠だ。この程度、彼らが経験してきた数々の戦いに比べれば、危機にもならない。

 

《ロンギヌスOO、突破されました!》《水樹天竜、ダグラス・チェンバレン、共に戦闘不能!》《神田和泉、リオン=グンタと世間話を始めています!》

「ガッデム! 雁首そろえて何をやっているのです、あのボンクラどもはぁっ!!」

 

 不甲斐ない部下たちの有様に憤り、地団太を踏むアンゼロット。普段の優雅な所作はどこかに置き忘れてしまったらしい。

 

《うわー、もうだめだー》《衛生兵ーッ! 衛生兵ーッ!!》《俺、この戦いに生き残れたら故郷に帰って結婚するんだ……》《ここは、俺に任せて行けっ!》《やっぱ俺って、不可能を可能に――》《仮面がなければ死んでいたところだった》

 

 崩壊寸前の前線は大混乱。

 そして、ついに――

 

《駄目です、最終防衛ラインが破られました!!》

 

 直後、直径五十メートルはあろうかという巨大な光球が城壁を内部から破って炸裂。まばゆい黄金の光を碧い空にまき散らす。

 テラスに降り注ぐ瓦礫の雨あられ。

 

「――きゃ!」

「エリス!」「エリスちゃん!」

 

 小さく悲鳴を上げるエリスを柊とくれはがすかさず庇う。“力を”失った彼女では、小さな欠片でさえも当たればひとたまりもない。

 尊敬する先輩方に護られたエリスは見た。

 青々とした空を舞う魔王の姿を。

 

「あれは――」

 

 光球が突き崩した外壁から飛び出したのは可憐な美少女。分厚い書物を抱えた青いドレスの女性を引き連れ、満を持して一同の前に軽やかなる身のこなしで降り立つ。

 ウェーブのかかった銀色のショートヘアを、紅いリボンで両サイドを三つ編みにし。エリスや灯と同じ紫のセーラー服を纏い、その上に薄茶のポンチョを羽織(はお)った彼女こそ、このアンゼロット城を襲撃せしめた魔王(エミュレイター)――“蠅の女王”ベール=ゼファー。寡黙に付き添う女性は、同じく“秘密侯爵”リオン=グンタである。

 

「わお、懐かしい顔ぶれが全員集合じゃなぁい」

 

 金色の視線を柊とアンゼロットに向け、ひどく愉しげにベルが言う。

 その鼻にかかった甘ったるい喋り方が、怒りを煽る。主にこの城の主の。

 

「随分と素敵なご登場ですのね、“蠅の女王”ベール=ゼファー。少し見ない間にまた頭のネジが緩んでしまったのでしょうか。これだからエミュレイターは粗野で、粗暴で、品性のかけらもないからいけませんわ。野蛮な臭いが移るので、離れていただける?」

「人様に会うときは礼儀正しく、があたしのポリシーなのよ、“真昼の月”アンゼロット。久しぶりね、あんたも相変わらず性悪そうで何よりだわ。最近、そのいい子ちゃんぶったブッ厚い面の皮が見れないから、ちょっぴり寂しかったの。でもやっぱもういいわ、見ているだけで胸くそが悪くなるし。目が腐るもの」

 

 皮肉の応酬。激しい毒舌戦。

 こめかみをひくつかせたアンゼロットの黒い視線と、でこに青筋を立たせたベルの金の視線がぶつかり合う。

 二人の発する覇気に思わず身を退かせた他の面々は、空中で激突する激しい火花を幻視した。

 

「それで、本日はどう言ったご用件なのでしょう。さっさと済ませて、裏界(ファーサイド)へゴーホーム!していただきたいんですけれどっ!」

「そうだぜ、魔王はとっとと裏界に帰りやがれ!」

「エリスちゃんには指一本振れさせないんだからね!」

 

 エリスを守るように進み出た柊がウィッチブレードを正眼に構え、くれはが左手の指に護符を数枚挟み、右手に装着した籠手と一体化した小さな弓――〈破魔弓〉を突き出す。

 灯も、自らの〈月衣〉から取り出した黒い大砲型“箒”――〈ガンナーズブルーム〉の砲口を静かに突きつけていた。

 

「ふふん、威勢がいいじゃない柊蓮司。あんたも変わってないわね」

 

 一斉に武器を向けられたというのに、ベルは泰然な様子を崩さない。魔王の余裕健在である。

 

「でも、そんなに警戒しなくていいのよ? あたしはあんたらと戦いに来たわけじゃないんだし」

「どういう意味だ!?」

「今日はエリスちゃんのお誕生日でしょう? そのお祝いよ、お・い・わ・い」

 

 飛び出したお気楽な発言に、はあ?と呆気にとられた一同。緊迫した空気が一気に弛緩していく。

 

「え、ええと……ありがとうございます?」

「エリスちゃん、礼儀正しいのはとってもいいことだけど、TPOは弁えようね。ね?」

 

 腑に落ちない様子で、怪訝に小首を傾げるも一応お礼は言うエリス。どこか天然気味な彼女をくれはが困ったように諭している。

 

「この惨状のどこが、お・い・わ・い、なのですかっ!」

「あらー、いい余興になったとは思わない? あたしの打ち上げた“花火”はキレイだったでしょう」

 

 肩を怒らせるアンゼロットの言葉を軽く受け流し、クスクスと妖艶に嘲うベル。今日のところは魔王《ぽんこつ》の方が優勢なようだ。

 

「ならばさっさとお帰りなさい! わたくしの宮殿を二度ならず三度までも滅茶苦茶にしてくれやがりまして!」

「んー……まあ、そうしてやりたいのは山々なんだけどさぁ……」

「……今日の我々は、道案内も兼ねているのです」

 

 ベルが何故か忌々しそうに言葉を濁すと、今まで沈黙を保っていたリオンがそれを引き継ぐ。

 

「道案内だって? そりゃ、いったいどういう――」

「“我ら”の道案内だよ、柊蓮司」

 

 どこか聞き覚えのある幼い、だが不思議と威厳を感じさせる声。

 光球が開けた大穴から、齢にして六歳くらいの稚い少女が上品な白いワンピースの裾を揺らし、ふわりと降りてくる。ちなみに()()も白かった。

 

「っ!?」

 

 因縁深い“彼女”の姿を見て、くれはが身を強ばらせた。

 

「あなたは、ルー=サイファー!」

「てめえ、復活してたってのは本当だったのかよ!」

 

 見事な黄金の髪を縦にカールさせ、その瞳は銀。華奢な躯に莫大な力と絶大なカリスマを秘めた小さき女帝――あまた存在する裏界魔王の中で最強の一柱にも数えられる存在、“金色(こんじき)の魔王”ルー=サイファー。

 彼女は以前、柊とその仲間たちによって倒されたのだが、最近とあるウィザードの身体を乗っ取って復活を果たしたのだった。

 ちらりと因縁浅からぬくれはに視線を送ったルーは、柊を浮遊しながら見下す。くれはは自分に視線を向けた際、一瞬だけ表も情が曇ったように見えて切なくなった。

 

「ふむ、久しいな柊蓮司。そちに(魔剣で)貫かれた痛み、忘れてはおらぬぞ。……わたしのはじめて(倒した)、責任取ってね?」

「な……っ!? おまっ、誤解を生むような紛らわしい言い方するんじゃねーよ!?」

 

 雰囲気を見た目相応に幼くしてのたまう魔王。一部セリフに別人格の要素が出てたりなんだり。

 

「ひっ、ひひひひ、ひーらぎっ! あんた、あんなちいさな子になんてことを……」壮絶な表情で、わなわなと震えるくれは。

「柊蓮司……鬼畜」無表情のまま、ぼそりと呟く灯。

「何というロリペドっ。わたくし、身の危険を感じてしまいますわっ」アンゼロットはざーとらしく自分の肩を抱き、いやいやと大げさに身振りする。

 

「ちょ、待て待て待てえっ! どう見たって嘘っぱちだろうがっ!? 特に灯っ、お前、あの場に居たじゃねえかよ! ……なあエリス、お前からも何か言ってやってくれ」

 

 頼みの綱のエリスに、縋るような眼差しを向ける柊。とても死線を潜り抜けてきた戦士とは思えない情けなさだった。

 だがその選択は大失敗(ファンブル)である。

 

「柊先輩、不潔です!」

「ぐはっ!?」

 

 とどめの一言は大成功《クリティカル》。柊はがっくりと膝を突き、さめざめと涙を流す。

 ルーはしてやったりとイイ笑みを浮かべ。ツボに入ったのか、ベルは壁に手を突き、腹を抱えて爆笑し。リオンは口元を書物で隠して傍観している。

 

「まあ、柊さんいじりはさておき。ルー=サイファー、以前倒されたことへのお礼参りのつもりですか?」

「いや、何。我も志宝エリスの誕生日を祝いに来ただけだ。曲がりなりにも、それは我が()()であるのだからな」

 

 身内の記念日を祝うのは当然であろう? と愉快げなルー。眷属という表現に、エリスはびくりと肩を揺らした。

 

「またそれですか……」

「はわ~、エリスちゃん人気者だねえ」

「まさに、千客万来」

 

 頭を抱えるアンゼロットのぼやきに便乗して、撃沈中の柊を慰めていたくれはと灯が賑やかす。

 

「くっ、ここで会ったが百年目! ルー=サイファー、俺がもう一度引導を渡してやるぜ!!」

 

 復活した柊が――まだ若干涙目だったが――、ウィッチブレードを振りかざしていささかやけっぱち気味にルーを強襲する。

 あることないこと貶められた意趣返しの意味も込めているのだろうが、その踏み込みは鋭く速い。さすがは一流のウィザード(下がる男)、精神攻撃もなんのそのか。

 

「おおおおらァ!!」

「――ッ!?」

 

 飛び上がり様の唐竹割り、縦一閃。ルーは驚愕したように銀色の瞳を瞠目する。

 が、次の瞬間には唇を妖艶に歪め、勝ち誇ったように嘲笑を浮かべた。

 

 

 ――アイン・ソフ・オウル――

 

 

「ぐッ!?」

 

 ルーの背後から響く、よく通る静かな声。次いで、青い光を纏った白い七つの“何か”が柊に襲い掛かった。

 

「うわあっ!」

「柊先輩!」

 

 “何か”に叩き落とされた柊に駆け寄ったエリスが、ふと視線を上げる。

 そこに浮かぶのは、よく知っている七枚の白い盾――否、エリスが失った力。失った“羽根”。

 

「どうして――」「な、何でっ!?」エリスとくれはが理解外の事態に混乱し、血相を変える。

「アイン・ソフ・オウル……」「くっ、何の冗談だよ、そりゃ……」灯が僅かに動揺を見せ、柊は痛みに表情を歪める。

 

「何故……何故、“七徳の宝玉”がここにあるのです!? それは砕けて消滅したはずっ!!」

 

 皆の疑問を引き継いで、アンゼロットが強い口調で問いただす。下々の動揺を見やり、大魔王(ルー)は至極満足そうにほくそ笑む。

 

「“守護者”アンゼロット、そしてウィザードたちよ。紹介しよう、我らが新しき眷属、新しき魔王を――」

 

 その言葉に応えて歩み出たのは中学生くらいの少年だった。

 日焼けした浅黒い肌に、癖の強い漆黒の髪。精悍さと僅かな幼さが介在した年相応の容姿は自由闊達な風を思わせる。そのどこか飄然とした佇まいは、光とも闇とも知れない不思議な雰囲気を醸し出していた。

 身に纏うのはごく一般的な首詰めの黒い学生服。首もとに、やや使い古した群青のマフラーをゆるく巻いていた。

 闇よりも暗い漆黒の(たてがみ)を風に靡かせ、彼が口を開く。

 

「我が名は“シャイマール”……」

 

 その蒼茫たる大海原にも似たシアンの双眸が眼下の面々、特に、エリスへと注がれる。

 

「新たな七徳の継承者にして、“裏界帝国”の後継。光と闇を統べるもの」

 

 “弟”の晴れ舞台を誇らしげに見守るルーの横では、ベルがいつものポーズで「ふんっ」と鼻を鳴らして不快感を隠そうとしない。無表情のままのリオンは、内心で面白くなりそうだとワクワクしていた。

 愕然とするウィザードたちを見下ろす少年は、威風堂々、どこか芝居めいて高らかに宣言する。

 

「さあ始めよう、ウィザード――“世界”の命運を賭けた終わり無き闘争の時代を」

 

 

 ――――僕は忘れない。

 

 友だちと呼んでくれた君の“勇気”を。

 傷つけても信じてくれた君の“愛情”を。

 居場所になると言ってくれた君の“希望”を。

 そして――、君たちが起こしたあの夜の“奇蹟”を。

 

 ……握りしめた手の温もりと、夜明けよりも輝いた笑顔と――すべての記憶を、未来(あした)への道しるべにして。

 僕は、振り向かずに進んでいく。光の指す方へと。

 いつか、いつの日か。

 君の、君たちのもとに還るその日まで――

 

 

 還るところを失った一匹の獣と心優しき少女たちの物語は、ここに終わりを迎えた。

 ――果たして、運命の少女と七徳の少年の歩む途が、再び交わる時は訪れるのだろうか。

 その行方は、全能の神ですら知り得ることは出来ないだろう。

 何故なら、ヒトは自らの力で未来を斬り開き、暁に煌めく“希望”を掴み取るものだから――――

 

 

 

 

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