魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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「“裏界皇子”」編 ~The Return of the Satan~
#1


 

 

 

 斯くて彼らは将来の神秘を知らず、

 太古のことどもを解することもなし。

 おのれに何が起こりたるかを知らず、

 将来の神秘よりおのれの魂を救うことなし。

 

    『死海写本』より抜粋。 

 

 

 

 

 

 

 

 神々が住まい、光と闇の勢力に分かれて闘争を続ける世界――“主八界”。

 八つとも、十四とも言われる世界の内の一つ、第八世界“ファー・ジ・アース”。我々が住む地球によく似た、しかしまったく異なったその世界の“下”には、“裏界(ファーサイド)”という名のもう一つの世界が存在する。

 エミュレイター、侵魔と呼ばれるいわゆる悪魔の(たぐい)が住む闇の領域――その一画に、無限に広がる蒼い海原があった。

 元来、裏界とは、あらゆる物理法則が通用せず、極度に歪曲された混沌の空間だ。

 故に、空間の様相は、そこに()るエミュレイターの意志によって決定される。

 この蒼海にたゆたう蒼銀の宮殿は、近頃この裏界に新しく名を連ねた若き魔王の治める領域だった。

 “母”より受け継ぎし力と自らの不断の努力によって、裏界の住人たちに自らの存在を認めさせ、知らしめた人にして人ならざるモノ。

 その出自に由来して、()の者はこう呼ばれる。

 

 ――――“裏界皇子”と。

 

 

 

「ふぅん……」

 

 縦長の豪奢なテーブルの端、椅子に腰掛けるのは銀髪金眼の可憐な少女。細い足を優雅に組み、おなじみのポージングで紅茶を嗜んでいた。

 

「で、ホントに“そこ”へ行けばプラーナが手に入るわけ?」

 

 かちりとカップをソーサーに戻し、訝しげに瞳を細める。

 

「まったく疑い深いな、君は。言ったろう? 一世界あたりのプラーナの純度は低いけど、世界の総数はこちらよりも遙かに上。全体で見れば大したものだ。邪魔なウィザードや管理神連中もいないから、好き放題の入れ食いウハウハ。君にも悪い話じゃないと思うけど」

 

 テーブルの対岸で相対するのはこの蒼い宮殿の主――黒髪蒼眼の少年。少々うんざりした様子で嘆息する。

 その面立ちは未だ幼さは抜けきっていないものの、じきに立派な美丈夫へと成長することは間違いない。

 

「…………そもそも、あたしはあんたたちと組むのが嫌なのよ」

 

 正論を前にして、少女は憮然として面倒くさそうに頬杖を突く。

 マナーのなっていない仕草に少年は一瞬、不快感を覚える。彼はそれを言葉に乗せ、挑発を試みた。

 

「大事の前の小事。いつもそんなだから、ウィザードに返り討ちにされるんじゃないか」

「……っ。あんただって他人のこと言えないじゃない!」

「否定はしないよ。君ほどじゃないけどね」

「ぐ……っ」

「この間は、真行寺命に叩っ斬られたんだろ? あれ、それとも緋室灯に撃ち抜かれたんだっけ」

「うぐ、ぐぐっ……」

「で、どうするのさ。手伝うの? 手伝わないの?」

 

 射殺すような銀色の視線を柳のように受け流し、少年が決断を迫る。

 もっとも、内心はいつ目の前の魔王(ぽんこつ)が暴発しないか冷や汗ダラダラだったりするのだが。いくら少年が強くとも、相手は“大公級”魔王、仮に全力でぶつかり合えばただではすまない。

 

「いっ、いーわよ、やったやろうじゃないのっ!?」

 

 やけっぱち気味に言い切ると、少女は立ち上がり、背もたれにかけてあったポンチョを乱暴に羽織る。

 

「この“蠅の女王”を味方に引き入れたことっ、たっぷり後悔させてやるから覚えてなさいっ!」

 

 どこか焦点のズレた捨てセリフを残し、少女はしゅんと姿を消した。

 

「…………。そこは後悔させちゃ駄目だろ、おい……」

 

 そんな虚しいツッコミは虚空に消えて。

 まあいいか、と前向きに思考を切り替えた――あるいは、問題をうっちゃった少年は、蒼いグラデーションを自らの領域に視線を向ける。

 “力”は得た。準備もまあ、万端。生じた()()()()()()は気にかかるものの、それもまた一興。

 人生とは、何が待ち受けているかわからないからこそ楽しいのだから。

 

「……例え神であろうとねじ伏せて貫き進むのみ、ってね」

 

 愉しそうに小さく笑みを漏らし、少年は思考の海に落ちる。

 彼の胸中に浮かぶのはただ一つ。

 ()()に残した自らの半身、自分の居場所。愛しい少女の記憶――――

 

「“君”が、どれだけ綺麗になっているのか……本当に楽しみだよ」

 

 

 

 

 

    ――――これは、“運命”の名を持つ少女と“七徳”を継ぐ少年が綴る、愛と勇気と希望のものがたり――――

 

 

 

 

 

   魔法大戦リリカルなのはWizardS

     ~Magical war fair of the Satan and Pluto~

 

 

  ♯1 「夜、来る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月の中ごろ。

 場所は日本、某県、海鳴市。

 

 とある日、とある放課後。

 桜の香りがわずかに残るすっかり見なれた住宅街を、私はとぼとぼと歩く。

 晴れ渡った空からは憎らしいくらいにさんさんと太陽の光が降り注いでくるけれど、私ことフェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウンの気持ちは、反比例するかのように曇りに曇っていた。

 

「はぁ……」

 

 春は、キライだ。

 冬……というか、十二月と同じくらいに憂鬱になる。

 五年前、今ではかけがえのない親友たちと出逢った思い出の詰まった季節だというのに、私は毎年、密かに陰鬱な気持ちを持て余して、原因不明のせつなさとやるせなさにため息をつく。

 

 春はキライ。冬もキライ。

 いつもは目を背けていられる私のナカの、欠けたナニカをまざまざと見せつけられているようで……。

 “あのひと”に捨てられて、拒絶されたことを思い出すからかもしれないし、もっとほかに理由があるかもしれない。

 ともかく、私は春がキライなんだ。

 

「……はぁ」

 

 もう一つ、ため息。

 今日は特に最悪だった。

 せっかくオフの日だというのに――といっても、“お仕事”のない日にすることなんて私はほとんど知らないけど――、これはない。なにかのいじめだろうか、とくだらない想像をしてしまうのもしかたないと思う。

 

「たい焼き、売り切れだなんて……ひどいよ。そんなのないよ……」

 

 私の大好物、とらやのたい焼きが誰かに買い占められてて一個も残ってなかったのだ。

 たかがたい焼きと侮るなかれ。情緒不安定だと自分で自覚しているほどの私の精神安定剤代わり……といえば、どれくらい大事なものかわかってもらえるはず。

 たしかにあそこのたい焼きは、ほっぺが落ちるほどとってもおいしくて、余所のとは比べものにならないけど、材料がなくなるくらい買い占めるなんて非常識すぎる。どこのアラブの石油王の来日かっていう話だよ。

 

「――はぁ……」

 

 カスタードのたい焼き、食べたかったなぁ……。

 

 

 あてもなくぶらぶらしているうちに、いつの間にかいつもの公園に来てしまった。

 ごく普通のブランコに小さな砂場、サビが目立つ遊具……広さはそれなりにあるけれど、どこかもの悲しいこじんまりとした印象の公園。

 たい焼きを食べるとき、私はここでひとりと決めている。親友にも教えていない、私だけのヒミツの場所。

 唐突に、ざあっと春一番には遅すぎる強い風が吹き荒れた。

 

「っ」

 

 反射的にまぶたをつむる。

 びゅうびゅうと吹く風の音が遠ざかっていく。

 ややあって、ゆっくりと開いた私の視界に飛び込んできたのは、夜のように真っ黒なくせっ毛の男の子の後ろ姿。

 インディゴブルーのパーカーの上に、シンプルな黒革のライダースジャケットを羽織っていて、クリーム色のカーゴパンツと無骨なデザインの黒いワークブーツをはいていた。とても、男の子らしい服装だ。

 背丈は私よりも拳二つ分くらい高くて、すらりとした体型は無駄なく引き締まっている感じ。同い年か、ちょっと年上くらい、かな。

 

「あ……」

 

 ――なぜだか私は、“彼”から目を離すことができなくて。

 まじまじと観察されていることに気がついたのか、その男の子が振り向く。

 

「――っ!?」

 

 びっくりしたように見開かれたのは、蒼い海みたいな深いプラネットブルーの瞳。いつか見たような、はじめて見たような、ほっとするような、とても懐かしい感じのする色……。

 浅黒く日焼けした精悍な顔立ちと合わさって、どこか頼もしい雰囲気を漂わせている。

 数瞬、あるいはもっとだろうか。私は“彼”と見つめ合う。息をすることも忘れて、鮮やかなブルーに囚われていた。

 磁石の両極が引かれ合うみたいに、視線が離せない。――離したくない。

 引き込まれるような蒼い瞳と、ボサボサの黒い髪がミスマッチで、なんだかちょっとかわいらしいかった。

 

「こんにちは」

 

 よく通る声。穏やかな響き。男の子は、にこりと社交辞令的に微笑む。

 とくんと高鳴る胸。……なんだか負けたような気がしてくやしい。

 

「こ、こんにちは」

 

 軽くどもりながらなんとか返事を返した。

 ふと、その男の子が腕で抱えている紙袋に気がつく。

 そ、それは……、まさか……っ!?

 私が違う意味で視線を奪われていると、男の子は何食わぬ顔で紙袋から予想どおりもの――ほかほかのたい焼きを取り出して、頭の方からぱくりとかぶりつく。

 ……ああぁ……すごく、おいしそう……。

 

「ん?」

 

 男の子が手を止めて、思わずじっと見ていた私のことを見返してきた。

 慌てて視線を外すけど、どうにも“彼”とたい焼きが気になってしかたがなくて、つい、ちらちらと見てしまう。

 すると、男の子はさっきの微笑と違う……こう、“あくま”的な笑みを浮かべた。

 

「たい焼き、欲しいの?」

 

 うっ……。

 し、知らない人から物をもらうなんて、子どもみたいにみっともないマネ、中学三年生にもなってできるわけない。

 できる、わけ……。

 できる……。

 …………。

 

「……っ」

 

 ふらふらと揺れる、おいしそうなたい焼き。

 視線は釣られてゆらゆら、ゆらゆら。

 私の大好物。今日はもう、食べられない――――

 

「…………」

 

 とつとう誘惑に屈して、私はこくりと(かぶり)を振る。

 

「ふふっ、そっか。じゃあ、どうぞ」

 

 おっとりと近づいてきた男の子はたい焼きを差し出しながら、してやったりといたずらっ子な笑顔をこぼして。

 ――私はにそれが、とても“彼”らしい笑顔だと思えた。

 

 ベンチに男の子と並んで座って――なぜかいつも私が座るところだった――、もらったたい焼きをかじる。

 当然、私はしっぽから。頭から食べちゃうなんて、なんかかわいそうだから。

 もぐもぐ。もぐもぐ。

 やっぱり、たい焼きはおいしい。でもどうしてだろう、今日は普段よりもずっとおいしく感じる。

 

「……」

 

 夢中になっていて気がつかなかったけど、隣に座っている男の子は私を観察しているみたいだ。

 普通、見ず知らずの人にそんなふうに見られたらいやなものだけど、“彼”からの視線に不快感はない。

 むしろ、胸がぽかぽかして安心する。なんだか不思議。

 

「あ、あの……」

「うん?」

 

 とりあえず、疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「どうして、私にたい焼きわけてくれたの?」

「そりゃあ……すごく物欲しそうにこっちを見てたから、かな」

 

 苦笑混じりに言われて、かああっと頬が熱くなる。

 ……もしかして食い意地が張ってる、とか思われちゃったかな。

 

「まあ、それは冗談……でもないけど、俺の分はまだたくさんあるからね」

 

 俺、っていう一人称に少しの違和感。なんだかちょっと、似合わない。

 

「それに、君みたいに綺麗な女の子と一緒に食べられるならこっちからお願いしたいくらいだよ」

「っ!? き、きれいだなんて、そんなこと……」

 

 ストレートな言葉、さっきとは違う意味で顔が熱くなる。

 うれしいとか、はずかしいとか、くやしいとか……私の感情は、瞬く間にぐちゃぐちゃで。自分でもコントロールできない。

 そんな私の様子を楽しそうに見ていた男の子は、不意に席を立つ。

 

「っと、そろそろ行かないと。あまり待たせると短気な連れが怒るんだよね。残りは、君にあげるよ」

「えっ、いいの?」

「いいよ。いいものを見せてもらったお礼だから」

「あ、ありがとう」

「ん、じゃあ……()()()

 

 そんな意味深なセリフを残して、黒髪の男の子は気まぐれな風みたいに唐突に去ってしまう。

 私は“彼”の背中を少し寂しく感じながら見送り、不思議とぽかぽかした気持ちであったかなたい焼きを存分に味わた。

 

「あっ、名前、聞きそびれちゃった……」

 

 はじめて逢った、もう逢えないはずのひとなのに――それがひどく残念に思えて。

 ……またね、か。

 “彼”が残した言葉を、心の中でつぶやく。

 

「また、逢えたらいいな……」

 

 カスタード味のたい焼きをはみながら、暮れ始めた茜色の空を仰いで、私はそう願った。

 

 

   *  *  *

 

 

 新暦71年 4月29日

 

 ミッドチルダ臨海第8空港。

 普段、ビジネスマンや家族連れなどの旅行者でごった返している空の玄関は、今や真っ赤な炎に包まれている。

 休暇中、幼なじみで親友、八神はやての元に訪れていた私ともうひとりの親友、高町なのはは突如起こった大規模火災に遭遇した。

 時空管理局の局員としても、ひとりの人間としても指をくわえて見ているわけにはいかない。私たちは現場に直行して、取り残された民間人の保護に奔走していた。

 

「!」

 

 だいたい、二メートルくらいの高さの廊下。前方に、床に伏せ、苦しそうに息をしている藍色のロングヘアーの女の子を発見した。

 駆けよって、抱き上げる。

 

「だいじょうぶ? ごめんね、遅くなって」

「ぁ、あの、妹が、スバルがっ……!」

「妹さん? ん……だいじょうぶ、その子も保護されたみたいだ」

「よかった……」

 

 家族の無事を聞いて安心したのだろう、ぽろりと涙をこぼした女の子。

 突然、前方の壁が爆発し、私たちのいる通路へ勢いよく這い出してくる赤々とした炎。咄嗟に障壁を展開、熱を遮断して保護した女の子を守る。

 ガス管かなにかが、火災の熱で破裂したのかもしれない。ここも、長くは保たないみたいだ。

 早く要救助者であるこの子を連れて、退避を――

 

「っ!?」

 

 ぞくりと、背中に冷たいモノを差し込まれたような寒気――ううん、怖気を感じた。

 反射的に振り向く。そこは、さっき爆発で開いた大穴がある。

 奥に、よくないモノがいる――戦いに関してだけなら、鋭いと自負している直感が訴えた。

 炎の中で揺れる影。人の形にも見える“ナニカ”。

 

「う……っ」

 

 炎の中から這い出た“ソレ”は、半透明の()()()()だった。

 だけどそれは決して人間ではない。

 無機質で構成された歪な形をしているけれど、人間でいうところの頭部に当たる場所はスライム状の原形質の塊で。うねうねと不気味にうごめいて、キモチワルイ。

 今まで感じたことのない異質な魔力と、この世のものとも思えない不気味な姿。混沌が形をなしたような物体に生理的嫌悪がこみ上げて、身体が一瞬硬直した。

 “ソレ”は、そんなことはお構いなしと、ゆらりと機械的な動作で接近してくる。

 見かけによらず、その動きは速く鋭い。

 

「くっ!」

 

 この子を守らなきゃ、と後の先で一気に距離を詰める。

 刃物のようになっている左腕が振り上がり、下ろされる。

 ――だけど、遅いっ!

 刃をバルディッシュの穂先で受け止め、逸らす。体勢を入れ替えて、腰をひねる。

 バルディッシュを〈ハーケンフォーム〉にセット。スタンモードで――

 

「やあああっ!」

 

 一気に薙ぎ払う!

 胴を魔力刃で引き裂かれた“ソレ”が、糸が切れた操り人形みたいにガクガクと小刻みに身体を振動させながら、数歩後ずさる。

 ヘドロに手を突っ込んだみたいな、すごくいやな手応えに思わず顔をしかめてしまう。

 残心を忘れたツケ。“ソレ”は、何事もなかったかのように動き始める。

 再度繰り出された刃。刺突。

 

「っく!?」

 

 なんとか魔力刃の腹で受けるけど、内心では混乱。

 さっきの一撃、完璧に決まったはずなのに。人間なら昏倒してもおかしく……――もしかして、“生き物”じゃないから……!?

 

「キャアアァァッ!」

 

 まとまりかけた思考を吹き飛ばす悲鳴。鍔迫り合ながら視線を動かせば、保護した女の子を襲う異形の姿が。

 もう一体!? っ助けなきゃ!

 でも、目の前の“ソレ”に邪魔されて、近づけない。

 そうこうしているうちに、奇妙な刃が彼女に迫る。

 ――瞬間、一陣の蒼い風が私の横を通り過ぎた。

 

「えっ?」

 

 私を押さえ込んでいた“ソレ”を、瞬く間もなく真っ二つに断ち斬って。女の子を襲っていた“ソレ”が、まばゆい蒼銀の光に焼き尽くされていた。

 燃え盛る紅蓮の炎に映し出される人影。

 すっ、と人影がかがむ。

 

「怪我はないか?」

「は、はい……」

「うん、それは重畳」

「あ、あのっ、ありがとうございますっ」

 

 ぺたりと座り込んでいた女の子と目線を合わせ、安心させるようなやさしい声色で声をかけ、人影がゆっくりと立ち上がる。

 ぱさり。衣擦れの音。

 

「……非殺傷設定、か。それじゃあ“コレ”は倒しきれない。次からは気をつけろ」

 

 よく通る、凛々しい声。

 左腕に蒼白い光で形作られた刃を纏わせ、右手には同じ色の光がちらつく。

 人影は、黒い髪の男の人だった。

 

「……っ!?」

 

 クセの強い前髪から覗く冷たい蒼の瞳が私を射抜いた。

 明ける前の夜空に似たネイビーブルー……濃紺のバリアジャケットは、スーツとコートを合わせたよう。ダブルのボタンや、ベルトのバックルは絢爛なゴールド、手甲など一部の意匠は鮮やかなブルー。背中には金字の三重の輪。白いシャツの首もとには蒼い色のおしゃれなネクタイ――その姿はまるで“悪魔”だと、私は思った。

 

「あなたは……?」

 

 訊くまでもない。“彼”は、あのときの男の子だ。

 なぜだろう。冷たい雰囲気も、服装だって全然違うのに、私は確信を持って断言できた。

 

「通りすがりの“魔法使い”だ。覚えておけ、()()()

「……っ!?」

 

 けれど、返ってきたのは冷たい言葉。

 魔導師――、それが私を指し示す言葉だと理解した途端、ずきりと胸の奥に痛みが走った。

 あの子にはやさしい感じなのになんで? なんて思ってない。……思ってないもん!

 もやもやする自分の気持ちに困惑する。

「――む」“彼”が小さく唸る。その途端、床の亀裂から黒い蒸気のようなモノが吹き出した。

 奇妙な蒸気から、さっきの“ヒトガタ”が現れる。その数、25体。

 警戒してバルディッシュを構えると、女の子を小脇に抱えて一息に近寄ってきた“彼”が言う。

 

「お前はこの子を守っていているといい。“アレ”を滅ぼすには邪魔だからな」

「えっ……でも――」

 

 ぽかんとした表情をしている女の子をそっと床に下ろした“彼”は、私の言葉を無視して向き直る。

 ゆらり、と揺れる肩。次の瞬間、“彼”は野生の獣のようにしなやかなストライドで廊下を疾走した。

 両腕に纏わせた蒼白い刃が閃く。

 踊るように、舞うように、淀みなく繰り出される斬撃。接近戦タイプの魔導師である私から見ても、少し嫉妬してしまうくらい見事な攻防一体の剣舞により、次々に“ヒトガタ”が黒い砂へと変わっていく。

 

「いちいち斬り刻むのも面倒だな……」

 

 半分ほど減らしたところで、“彼”は飄々とした風につぶやく。

 すると“彼”からとても強い魔力が解き放たれた。

 

「な……っ!?」

 

 感じ取れる魔力は、いろいろ規格外な親友たちのそれを易々越えてしまうほど膨大で。

 こんなの……、ありえない……!

 

神威(かむい)の洗礼、その魂で受けろ」

 

 ゆっくりと掲げられた左手の光刃が、魔力を吸って大きく延びる。

 一気に振り下ろされた光。風を断つ音すら聞こえない。

 次の瞬間、数え切れないほどの蒼い光が縦横無尽に走り、ズタズタの細切れにされた“ソレ”の中心で“彼”は悠然とたたずんでいた。

 

「――光に抱かれて眠れ」

 

 紡がれた言葉。露を払うように振る左手と、魔力刃が解けたことで弾ける魔力光。それを引き金に、過剰すぎるダメージを受けた“ヒトガタ”の残骸が消し飛んだ。

 

 ――そして、見つめ合う私と“彼”。沈黙が広がる。

 

「……」

「……っ」

 

 ややあって、“彼”はいたずらっ子のようにちいさく微笑んで、空間に溶け込むように姿をにじませた。

 転移魔法!?

 

「っ待って!」

 

 伸ばした手は届かず、“彼”の姿は闇に消えて。

 「またね」の意味がわかったような、わからないような――そんな中途半端な気持ちは宙ぶらりん。

 せつなさをごまかすように、私の右手は、無意識のうちに胸元のネックレスをバリアジャケットの上から強く握りしめていた。

 

 

   *  *  *

 

 

 第97管理外世界“地球”、海鳴市のとあるスーパーマーケット。

 夕食時の前とあって、店内は買い物客でごった返している。

 聖祥大附属中学の制服(ブレザー)を身につけた茶髪の少女が、若奥様風の金髪女性と連れ立って買い物をしていた。

 トマトを手にとって選ぶ茶髪の少女――八神はやての表情は冴えない。

 ぼーっと考え事をしているのだろうか、あまり新鮮ではなさそうなトマトをぼんやりと眺めている。

 

「はやてちゃん、どうしたの? 何か心配事?」

 

 その様子を心配に思った連れの女性――シャマルが問いかける。

 

「ん~? あー、心配事いうかなぁ……」

 

 返ってくるのは気のない生返事。

 はやては表情を曇らせ、今彼女の思考を占めていた懸念を口にする。

 

「フェイトちゃん、最近さらに目に見えて元気なくてな……」

「フェイトちゃん? ああ……もうそんな時期だっけ」

 

 納得したように頷いて、シャマルが頬に手を当てた。「4月と12月のフェイトは危うい」というのは仲間内の間ではある意味、暗黙の了解だった。

 もともとどこか陰りのある少女なのだがこの時期は特に酷く、笑顔など愛想笑いくらいしか見せない。以前はそれを心配してみんなで――特になのはが――、何とかしようとあの手この手を試したのだが、彼女は一向に持ち直さず、今では腫れ物に触るような扱いになってしまっていた。

 

「せやねん。この前、ミッドで大きな火災があったやろ? あのあとな、「夢は自分の部隊を持つことや!」って話をしたんやけど、上の空で「そうなんだ、がんばって」て……反応淡泊すぎて、少しヘコんでしもたわ」

 

 はやてがずーんと暗い雰囲気を漂わせる。

 密かに暖めていた自分の夢を大の親友にスルーされたのは、さすがのはやても少々堪えた。

 

「うーん、でも、そこまで沈んでるのは近年稀に見るんじゃないかしら? なのはちゃんが大けがしたときもそれなりに冷静だったし」

 

 きゅうりを手に取りながらシャマルが言うと、はやては腕を組んで難しい表情をした。

 

「せやね。元気になったんのも落ち込んどんのも、なんか理由があるんやと私はにらんどるんやけど……まさか、男かっ!?」

「まっさかぁ。フェイトちゃんに限ってそれはないわよ」

「あはは、やっぱそうかぁ」

 

 自分のバカな予想をシャマルと一緒に笑い飛ばして、はやては夕飯の買い物に意識を切り替えた。

 二人のリアクションから、(くだん)の少女が周りからどう思われているかわかると言うものだ。

 

 

 買い物の帰り道。

 他愛のない雑談を交わしている時、ふとシャマルが真剣な表情で周りを見回した。

 はやてが怪訝な顔をする。

 

「シャマル、どうしたん?」

「はやてちゃん、魔力反応。結構、近いかも」

「! ――ほんまや。ん~……、でもなんや変な感じやな、これ。まあ、ええわ。見逃すわけにもいかんし、行ってみよか」

 

 シャマルの指摘でようやく異常を感知したはやて。何か起こってはことだと、連れ立って不可思議な魔力の発信地へ向かう。

 そこは土管が積まれただけの殺風景な空き地だった。某国民的青狸のマンガで、よく舞台になる空き地をイメージするとわかりやすいだろう。

 

 警戒しつつ、空き地の真ん中あたりまで進む二人。不自然な質の魔力を微弱に感じる以外、特に変わった様子はない。

 

「しっかし、なんも変なとこないなあ」

「……あっ」

 

 シャマルが上を見上げ、「ん?」とはやての視線が釣られる。

 そこには、複雑なルーン文字と三角形が中心に描かれた、円状の青い光を放つ魔法陣。はやてが見たことのない様式だ。

 不意に弾ける魔法陣から、何かが落ちてくる。はやては呆気にとられて反応できず。

 

「ぷぎゃっ!」「きゃ!」

 

 何か――白い帽子をかぶった白い服の少女にはやては押しつぶされ、奇妙な声を上げた。

 

「ああっ、ごごごご、ごめんなさいっっ!?」

 

 他人を押しつぶしていることに気づいた少女は、大いに慌ててはやての上から降りる。

 

「だ、大丈夫? はやてちゃん?」

「うー……いたた……っ、シャマル! なんでこういうことがあるて言うてくれへんの! お嫁にいけへんようになったらどないするん!?」

「だ、だって聞かれなかったから~」

 

 涙目でシャマルに文句を垂れるはやて。シャマルも別な意味で涙目だ。

 すると、あわあわと二人の様子を眺めていた白い帽子の女の子がとても驚いた顔をして声を荒げた。

 

「っ、リオン=グンタ! アゼル=イブリスっ! ……じゃあ、ないですよね、あれ?」

 

 これが、“夜天の女王”八神はやてと“元魔法使い”志宝エリスの、初めての邂逅。

 ――――そして、次元にたゆたう世界の全てを巻き込む、大事件の始まりだった。

 

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