魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#3

 

 

 

 本局ステーションに停泊中のアースラ、艦長室。

 私の目の前、大きなデスクを挟んで革張りの高級そうなイスに深く腰掛けているのはこの部屋の主、クロノ・ハラオウン。

 私の義理のお兄ちゃんで、直属の上司だ。……昔と比べて背が伸びて、ちゃんと年上に見えるようになったな、と密かに思っているのはここだけのヒミツ。

 

「兄さん、話ってなに?」

「まずはこれを見てくれ」

 

 クロノが差し出したのは一冊のファイル。厚さはだいたい30センチくらいの、資料とかをまとめたりするやつだ。

 “特秘”とだけ題されたそれを手にとり、何気なく開いてみる。

 そこには――

 

「っ……!」

 

 私は息を飲んだ。

 そこに記されていたのは、なにかに食いちぎられたような惨殺死体の写真と、検視についての報告文。路地一面に広がった血液とか、バラバラに散らばった()()()の写った凄惨な写真のあまり惨さたらしさに、一瞬吐き気を覚えてしまった。

 執務官をやっていれば、人殺しの現場に出くわすことだってある。管理世界・管理外世界を問わず、魔法やロストロギアを悪用する人は後を絶たないし、それを取り締まるのが管理局の仕事の一つだから。

 当然、その中には快楽殺人を犯すような重犯罪者なども含まれていて、実際に私も何人か逮捕したこともある。すでに人を手に掛けていたからだろうか、いろいろな意味で手強かった。

 管理局の花形として華やかに思われがちな執務官という役職だけど、実際はすごくハードな仕事――というか、世間の“キタナイ”面を見ることが多い。

 もちろん、ロストロギアの探索だとかの“キレイ”な仕事だけをやり続けることもできるのだろう。でも、私はそれを良しとはしなかった。

 だって私は、「無様でも足掻き続けなきゃいけない」んだから、そんな弱気なことできっこないんだ。

 

 昔、初めてヒトの遺体を見たときには盛大に戻しちゃって、母さんたちに心配されたものだ。

 「無理はしなくていいのよ」とか「やっぱり他の事件を回そうか」とか。私は、それじゃ管理局にいる意味がないって反発して、変にえり好みせずいろいろな案件を担当させてもらっている。

 おかげでけっこう危ない目にもあったけど、どうにかこうして無事でいられてるから結果オーライだ。

 

 閑話休題。

 私の情けない過去はとりあえず置いといて、そんなわけで私はこういったものに慣れてるつもりだった。

 ――でも、これは、ちょっと……

 

「クロノ、この資料っていったいなんなの?」

 

 問いかけると、クロノは渋顔を作る。

 

「半年ほど前から次元世界全域に渡って頻発している、無差別連続殺傷事件……その捜査資料の一部だ」

「……そっか。それで最近、本局とか地上本部が騒がしいんだね。私に見せたってことはこの事件、アースラが担当?」

「いや、そうじゃない。ただ、この件に以前、フェイトが遭遇したと言っていた濃紺色のバリアジャケットの男が関わっている可能性が出てきたんだ」

 

 どきり――、心臓が高鳴る。

 ここ数日、頭の片隅でずっと考え続けていた、どうしても気になってしかたがない、名前も知らない蒼い男の子。

 あの大火災のあと、“彼”と“ヒトガタ”のことは報告書にまとめて提出していた。

 黙っているわけにもいかないし、二重の意味でなにかわかるかもしれないとわずかに期待していた思ったからだ。

 幸い、バルディッシュのレコーダーに交戦記録が残っていたからよかったけど、普通だったらあんなもの信じられるわけがないと思う。

 

「現場で何度かその男の姿が目撃されていてね。局員とも交戦したらしいが、かなりの使い手だって話だ。もっとも、どこの誰かはまだわかっていないが」

「…………」

 

 私は、不意に出た“彼”の話題に起きた内心の動揺を押し隠して、手元の資料に視線を落とす。

 

「えっと、場所は……第22管理世界? ここ、治安かなりいいところだよね。こういう事件って起きなさそうなところなのに」

「そうだな。そこ以外にもいくつかの管理世界、管理外世界で似たような事例が報告されてる。……上の方も本腰を入れて捜査するつもりらしいな」

 

 ようやくだな、と不満そうな表情で皮肉混じりに言葉を切る。

 兄さんは、常々管理局の動きの()()に不満を感じているみたい。たまの家族揃った団欒の時間にまでグチグチ言い出して、お母さんにすごい笑顔で叱られてたな。

 時空管理局ぐらいの巨大な組織になれば、その巨体に見合って動きはとても鈍い。――正直、管理局の体制は限界にきているんじゃないかと思う。

 慢性的な人材不足、なくならない次元犯罪、本局と地上部隊との軋轢――現場で働いていてひしひしと感じる閉塞感……破綻の足音。だけど、いまさら立ち止まることはできない――私は戦う以外に、生きる方法を知らないから。

 

「……フェイト。そんなにまじまじと見るくらいなるなら、その資料持って行ってもいいぞ」

 

 いろいろなことを考えながら報告文を読んでいると、兄さんが呆れたような言葉をもらした。

 私、そんなにまじまじと見てたのだろうか?

 

「いいの?」

「かまわないよ。どうせそのつもりで用意したコピーだからね。ああでも、あまり人には見せないように」

「うん、わかってる。内容が内容だしね」

 

 特になのはとかには見せられないかな。……こういうスプラッターなのって、見慣れてないだろうし。

 そういえば、今日はなのは、お休みだって言ってたっけ。いくつか残ってた書類を仕上げたかったから、お買い物のお誘いは断っちゃったんだけど。

 

《クロノくん、フェイトちゃん!》

 

 突然アースラのメインオペレーター、エイミィのひどくあわてた声が艦長室に響いた。

 ……このパターン、なんだかすごくいやな感じだ。

 

《なのはちゃんとユーノ君が大変なのっ! 急いでブリッジに上がって来て!》

 

 ああやっぱり……。そう、どこか冷静な私がつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯3 「FLY INTO THE NIGHT」

 

 

 

 

 

 

 

 

 首都クラナガン。

 管理局傘下の市内最大級の規模を誇る総合病院にて。

 報告を聞いて本局から文字通りに飛んできた私は、手術中のランプが点灯した集中治療室(ICU)の前のベンチで、力なくうなだれる無二の親友の姿に言葉を失った。

 

「な、なのは……?」

 

 近づいて、おそるおそる声をかける。

 

「フェイト、ちゃん……」

 

 ゆっくりと顔を上げたなのはの面もちに、さらに絶句する。

 つぶらで黒目がちなアメジストの瞳を真っ赤に泣きはらし、瞳孔は濁ったように焦点が合ってない。そして表情は曇りきっていて、いつものひまわりのような笑顔の面影はどこにもなかった。

 

「ユーノくんが……、ユーノくんが……」

 

 そう譫言のようにつぶやくなのは。私はなにもできない自分に対する悔しさを感じて唇を噛んだ。

 経緯は大まかだけどここに来る途中で聞いてるから、なにも言わない。なにも聞かない。

 ――そんな傷口を抉るようなマネ、できっこない。

 

「わたし、私が――」

「……なのは」

「違う、違うの。そんなつもりじゃなくて……私はただ、負けたくなくてっ! だけど……だけど……っ!!」

 

 震える自分の肩をぎゅっと抱きしめ、なのはは誰に言うわけでもなく独白する。うつむき加減で垂れ下がった前髪が濁った瞳を隠していた。

 

「なのはっ!」

 

 完全に錯乱して、放っておいたらどうにかなってしまいそうな親友を強く抱きしめる。腕の中で震える身体が小さく思えて――なのはって、こんなに弱々しかったんだ。

 ……でも、当然か。なのははほんとは魔法なんて無縁の、女の子だったんだから。

 戦いとはなんの関わりもない、どこにでもいるような普通の女の子だったのに、いつの間にか戦うことしかできなくなって。そして、身も心もボロボロになるまで戦って――

 

「ぅ……、うう、ぁ――、ああ、あぁぁぁ……」

 

 声を張り上げ、子どもみたいに泣きじゃくるなのはに、私はただ無言で胸を貸してあげることしかできなかった。

 

 

 ちょうど本局に用事があって来ていたというはやてが合流して、二人で廊下のベンチに並んで座る。……ひどく錯乱してたなのはは、鎮静剤を打ってもらってすぐそばの空き病室で眠ってる。

 ユーノが命がけで守った女の子が無事にお母さんのもとに帰れたのが、唯一の幸いかもしれない。

 

「……なのはさんも、ユーノさんも、心配ですぅ……」

「せやね……」

 

 膝の上で不安そうに見上げているエルフィの髪を、はやては優しく撫でる。その表情は、どんよりと曇っていた。

 でもきっと、私だってはやてと同じような顔をしているに違いない。

 

「ユーノの容体、どうなの?」

「意識不明の重体やて。シャマルと主治医さんの見立てやと、今夜あたりが峠やそうや」

 

 手術は少し前に終わってるけど、まだ面会謝絶で予断を許さない。

 はやての護衛で付き添っていたシャマルは、ユーノの治療に当たってくれていた。

 

「はあ……。これで私ら、三人揃って仲よう()()()やな」

「はやて、そんな言い方不謹慎だよ。冗談でもそんなこと言わないで」

「ごめんな。あんななのはちゃん見とったら、なんや私まで調子が狂ってしもて」

「それは、そうだね……」

 

 あんな壊れてしまいそうななのはの姿を見たのは初めてだ。

 三年前、すごい大けがしたときだって、あれほどひどくはなかった。当時、執務官資格取得の試験を控えていた私は、あんまりなのはが冷静に見えて逆に動揺してしまったくらいだったのに。

 ふと、思う。

 “あのひと”の事件のときの私も、今のなのはみたいだったのかな、って。

 

「なのは、どうなるんだろう……処分、ただじゃすまないよね」

「まあ、変に甘いとこのある管理局やし、正当防衛の上での事故ってことでお茶濁して、降格と謹慎……悪ければ、教導隊からの不名誉除隊もありえるやろな」

 

 はやてがため息混じりに考察を披露する。

 たしかに、実際の戦闘の様子は見てない――レイジングハートは検分のために回収されてる――から詳しいことはわからない。だけど、()()なのはが殺傷設定を使わされるまで追い込まれたっていうのは、情状酌量の材料になるだろう。

 でも、それって……、

 

「ちょっと、軽すぎない?」

 

 思ったことを素直に口に出すと、はやてはぽかんとした顔で私を見返した。

 

「なに?」

「いやぁ、フェイトちゃんの口からそんなセリフが出るとは思わへんかったから。フェイトちゃんて、なのはちゃんのこと、全肯定やないん?」

 

 それはすごく心外だ。はやては私のこと、なんだと思ってるんだろう。

 親友だからこそ、いさめなきゃいけないことだってある。なのはが大けがしたとき、自分のことにいっぱいいっぱいで彼女の無茶に気づいてあげられなかったのは苦い記憶だ。

 

「……私だってこんなこと言いたくないよ。だけど、罪には罰――、それって、私たちが一番よく知ってることじゃない?」

 

 時には間違いだと面と向かって言ってあげるのも、やさしさだと思うから。

 大好きな人に嫌われるのはいやだけど、大好きな人が間違うのはもっといやだから。

 もう誰も、失いたくないから――

 

「たしかに。まったくもって否定できけへんわ」

 

 私の意見に同意するはやては、自嘲気味に笑った。

 私は知ってる。はやてが今も闇の書の被害者の人たちのところへ、頭を下げて回っているってことを。

 門前払いを受けても、酷い罵倒を受けても、へこたれないでがんばってるはやて。彼女はむしろ被害者側なのに、「家族のやったことやから。私が責任とらなな」と気にした素振りも見せない。

 昔から、出逢った頃から、はやては強い。芯がしっかりしているというか、したたかというか。しなやかで、決して折れない毅さがある。

 彼女のそういうところ、見習いたいなと思う。

 ――私は、どうなのだろう。

 “あのひと”の遺した技術――人造魔導師、クローンの違法製造については気にかけているけど、不思議とそれほど強いこだわりを感じない。というか、目の前のことにいっぱいいっぱいでそんな余裕、今の私にはないっていうのが本音のところだ。

 ……ああ、そうだ。前に、違法な研究施設を調査したときに保護したあの子は元気にしてるだろうか。最近は忙しくて顔を出していないから、ちょっと心配だ。

 時間に余裕ができたら、会いに行ってみようかな――って、それがないんだった。

 

「はあ……」

「ため息つくと幸せが逃げるよ、フェイトちゃん」

 

 なのはのこと。

 なのはと戦った誰かのこと。

 兄さんから聞いた事件のこと。

 ……そして、名前も知らない蒼い瞳の“彼”のこと。

 わからないことだらけで、濃い霧が立ちこめたように見えない真実に、私は思わずため息をもらした。

 

 

   *  *  *

 

 

 青い間接照明で照らされた、薄暗いアースラのミーティングルーム。

 長いテーブルにつくのは私や兄さん、エイミィなどのアースラの主要人員。それから、はやてもいる。本来は別部署に所属してる彼女がいるのは、今回の議題の関係者というだけじゃなく、なんでも私と兄さんに相談したいことがあるんだとか。

 ……ところで。

 前々から思っていたんだけど、どうしてここってこんなに薄暗いんだろう? 目が悪くなっちゃうんじゃないかな。

 

「みんなもう聞いてると思うが……なのはの処分が決まったそうだ」

 

 私を始めとして、みんな一様に沈痛な面もちになる。

 結局、なのはの処分はおおむねはやての予想通りだった。違うのは、除隊じゃないのと無期限謹慎なだけ。

 除隊処分じゃなかったのは、きっと管理局の慢性的な人員不足のせいだろう。その本音を隠すための無期限謹慎、なのかな。

 もっとも、渦中のなのははまだ取り乱してて、それどころじゃない様子だったけれど。

 

「それで、その時の交戦記録が回ってきた。なのははアースラの関係者みたいなものだから、上も気を使ってくれたんだろうな。――エイミィ」

「うん。ちょっと待ってね」

 

 兄さんの指示を受けたエイミィが目の前のコンソールを叩くと、テーブルの中心に備え付けられたプロジェクターが作動して、半透明なスクリーンが展開。

 

「…………」

 

 レイジングハートのAIから抽出された戦闘記録がスクリーンに映り出される。

 なのはと激闘を繰り広げているのは、見た目、私たちと同い年か少し年下くらいの女の子。

 ウェーブのかかったきれいな銀髪で人形のように整った面立ち、そして、らんらんと光る小悪魔的な金色の瞳はとてもかわいらしいけど、同時にどこか作り物めいててなんだか怖い。着ているのは紫の……制服、だろうか。

 ……。

 この子と戦って、私は勝つことができるだろうか。機動力はたぶん上、魔法の火力では負けてそう。近接戦は……だめだ、映像だけじゃ判断できない。

 

「この魔法、なんや見たことある気がするな」

 

 はやてがぽつりともらす。

 なのはのディバインバスター――このときはまだ非殺傷設定だったみたいだ――を、いとも簡単に押し返した小さな太陽は、ミッドのともベルカのとも違う未確認の術式で構成された未知の魔法だ。

 その金色の輝きに、私ははやてと同じく強い既視感を覚えた。すごく懐かしいような、でもぜんぜん違うような、不思議な感覚。

 このカンジ、どこかで……。

 

「――だな」

「そうだね。フェイトちゃんはどう思う?」

「えっ?」

 

 既視感に戸惑い、もやもやしてはっきりしない記憶の底をさまよっていた私の意識は、名前を呼ばれたことで現実に引き戻される。

 顔を上げると、私を呼んだエイミィをはじめ、この場にいたみんなの視線を一斉に集めてしまっていた。

 ……ど、どうしよう。考えるのに夢中でなんにも聞いてないや。

 たらりと額に汗が流れる。

 

「えっ、と……ごめん、聞いてなかった。もう一度おねがい」

 

 とりあえず、素直にあやまった。

 しょうがないなぁ、と苦笑いするエイミィに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「アースラのエースに、この映像を見た感想を聞かせてほしいなーと。で、どうなの?」

「うーん……魔法についてはたぶんみんなと同じ見解。この子の口振りからなのはのこと、あらかじめ知ってた感じかな。遭遇したのは偶然みたいだけど。――あと、これはただのカンなんだけど……シグナムたちみたいに、見た目通りの年齢じゃないかもしれない」

 

 まとっている独特な雰囲気とか、コケティッシュな仕草とか、やけに洗練されてる戦い方とかはどう見ても私たちと同世代には思えない。まだヴォルケンリッターのようなプログラム体だって方が納得できる。

 

「なるほど。確かに、この少女――ベール=ゼファーからは、戦闘能力にしてもそうだが、何というか……言葉にしがたい異質な印象を受けるな」

「連れの黒い髪の子は「大魔王ベル」って呼んでたよね。通り名にしてはかなり仰々しいけど、なんかそれっぽい感じするかも」

 

 私の考えに賛同して、兄さんとエイミィがそれぞれ意見を出し合うけど、それはあくまで推論で。彼女たちの目的や、素性をはっきりとさせるような決め手にはならない。

 情報が、圧倒的に足りなすぎるんだ。

 

「未確認の術式を用い、Sランクの空戦魔導師を空で圧倒する戦力の“魔王”、か。……現時点ではこれ以上は判断がつかないな。とはいえ、実際に破壊活動を行っている以上、放置している訳にもいかない」

 

 少しくたびれたような声色で言葉を切る兄さん。今回の件で、いろいろと奔走してるから疲れてるのな。

 でも、兄さんの言うとおり、わからないからと言ってこのまま手をこまねいているなんてこと、できない。

 冷静に見えるかもしれないけど、私だってなのはがひどい目に遭わされて、かなり頭に来てるから。

 心は熱く、頭はクールに、だ。

 

「……ちょっと、ええかな?」

 

 ひじを突き、組んだ手で口元を隠すという、ちょっと悪役チックなポーズ――なんだかそれがすごく似合ってる――で、じっと沈黙していたはやてが、口を挟む。

 私たちの視線を引きつけたあと、もったいぶったようにはやては続きの言葉を紡ぎ出した。

 

「私――、ちょっと心当たりがあんねん」

 

 

   *  *  *

 

 

「ごめんなさい、お買い物につきあわせちゃって」

 

 地球。

 水平線に沈みゆく太陽に照らされた商店街。オレンジ色の光を受けて延びる三人と一匹の影。

 食材の詰まった買い物かごを小脇に下げたエリスは傍らを歩く、桃色の髪をポニーテールにした長身の女性と、赤い髪をおさげにした十代前後に見える少女に恐縮した様子で言葉をかけた。

 

「いや、いい。我らは主はやてからお前の護衛を任されているのだしな」

 

 長身の女性――シグナムが、以前よりもいくらか柔らかくなった面差しを客分の少女に注ぐ。

 

「そーそー、細かいことは気にすんなって。エリスの作った料理、けっこううめーし。まあ、はやてほどじゃねーけどな」

 

 早速、餌付け……もとい、お手製のお菓子を振る舞って仲良くなったおさげの少女――ヴィータがシグナムに同意する。はやてと比較した評価は、彼女なりの照れ隠しだ。

 エリスの持ち込んだ話をフェイトやクロノに相談するため、本局へ向かったはやてと入れ違いで帰宅した二人。当初は不振人物であるエリスに警戒していたものの、今では彼女の人柄と持ち前の明るさにすっかり打ち解けたようだった。

 なお、現在のエリスの服装は、若草色のエプロンドレス――いわゆるメイド服(本場英国式)である。無論、お揃いのヘッドドレスも完全装備だ。

 この服は、特殊部隊グリーンティーの制服であり、一流のウィザードが一本一本に魔力を編み込んだ糸を丹念に編み込んで作り上げられたオーダーメイドの特注品である。

 その高い対魔力たるや凄まじく、魔法的な加護を失ったエリスにはお誂え向きな一品と言えるだろう。

 とはいえ、どう見ても普通の商店街にはそぐわない格好なのだが、そこはファー・ジ・アースの秋葉原に並ぶ人外魔境海鳴市、驚くほどメイド服が風景に馴染んでいた。

 

「そうだな。志宝のおかげで正直助かっている。私もヴィータも食事は作れないのでな」

「……お二人は、お料理できないんですか?」

 

 苦笑混じりに言うシグナムに、エリスが不思議そうに首を傾げた。

 

「そうだが?」

「いえ。ヴィータちゃんはともかく、シグナムさんは家事とか得意そうな感じがして」

「……? なんでそう思うんだよ?」

「こう、「夢は新妻っ」というか。エプロン姿が似合いそうです」

「はあ?」

 

 いささかズレたエリスの発言に呆れ顔をしたヴィータが、ふと隣を歩く話題の人物を窺う。

 

「そ、そうか……」

 

 そこには、クールな表情を装っているものの、わずかに頬を染めて口元をゆるませた――端的に言えば喜色を隠し切れていない同胞の姿。どうやら、「エプロンが似合いそう」と言われたのが余程うれしかったらしい。

 シグナムの見せた痴態に、ヴィータは頬をひきつらせた。

「あー……そ、そうだ! 今日の夕飯てなんだっけ?」妙な空気を変えようと、ヴィータが無理やり話題を変える。

 

「あ、今夜はハンバーグです」

「ほう、それは楽しみだな」

 

 三人の前をとてとてと歩いていた子犬モードのザフィーラが、言いながら振り返った。

 

「ザフィーラさん、喋れたんですね」

「む……」

 

 抗議するように唸ったザフィーラのリアクションに、三人はクスリと声を合わせて笑い合う。

 とその時、ぞくりと肌が粟立つのを感じエリスが視線を上げる。

 

「……!」

 

 いつの間に現れたのだろうか、四人の行く手を塞ぐように年の頃4、5歳の可憐な白いワンピースを着た少女が佇んでいた。

 金色の見事な巻き髪を揺らし、その幼い姿には似合わないほど妖艶な――ぞっとするほど美しい微笑を浮かべている。

 

「これは、月匣(げっこう)……――あなたは、」

 

 微笑する少女が背負うのは、真っ紅に輝く真円の月。異界と現世を繋ぎ合わせ、常識と非常識の境界を崩す月門(ムーンゲート)の象徴である。

 そして、真紅の月が妖しく輝くとき、“彼女たち”は顕れる。

 

「ルー=サイファー! どうしてここにっ!?」

 

 戸惑いと驚愕を含んだエリスの叫びが紅い世界に木霊した。

 金色の少女が傲慢に微笑んだ。

 

「これは異なことを訊く。そちは()()を追って、わざわざこのような場所(せかい)までやって来たのではないのか、志宝エリス」

「それは……」

 

 何を今更と呆れ混じりにうそぶく少女――ルー=サイファーは、その銀色の瞳を薄く細めた。

 

「エリス、下がってろ!」

 

 瞬時に展開した騎士服を纏い、戦槌グラーフアイゼンを構えるヴィータが最大級の警戒心を露わにして前に出る。

 シグナム、ザフィーラも同様に――ザフィーラは人型に――エリスを庇うようにして、神の造形とも呼べる愛らしい容姿と強烈なプレッシャーを振りまく少女に相対した。

 

「コイツ……敵か?」

「はい。彼女はルー=サイファー、裏界魔王の中でも最強最悪のエミュレイター――“金色(こんじき)の魔王”です」

 

 簡潔にエリスを見て、まるで「説明ご苦労」とでも言うかのように満足げな表情の少女(魔王)へ、シグナムが愛剣レヴァンティンの切っ先を突きつける。

 

「異界の魔王よ。何が目的で我らの前に現れた? 事と次第によっては――」

「何が目的、か。ククッ」

 

 白刃を前にして、ルーはくつくつと不気味に笑みを漏らす。

 

「何がおかしいんだよ!」

 

 そのはっきりしない態度に、元々沸点の低いヴィータが激した。

 

「いや。そなたらの故郷には、“平和の使者は槍を持たない”という諺があるのであろう? ……おっと、これは小話の落ちだったか」

 

 いつか、自分がなのはに放った言葉をかけられて鼻白むヴィータ。当時、その場にいたザフィーラも不可解なルーの言動に眉をひそめる。

 

「フッ。何、そちには少々借りがある故、我自ら出向いたまで。ただの戯れ、魔王の気まぐれぞ」

「借り、だと?」

 

 身に覚えのないシグナムの当然の疑問には答えず、ルーは瞳を閉じて言葉を発した。

 

「エイミー」

「ここに」

 

 彼女の左隣の空間がヴンッと歪み、その中から、現れたのは褐色の肌を漆黒のエプロンドレスで隠した二十代の女性。短めの三つ編みにした赤い髪をヘッドドレスで止め、柔和な面立ちをフレームのない丸眼鏡が彩っている。

 彼女――“誘惑者”エイミーは、面識あるエリスに向けて丁寧に会釈をした。

 

「アゼル」

「……いるよ、ルー」

 

 続いて右側に発生した歪みから、病的なまでに白い豊満な肢体を漆黒の帯……ではなく、フリルのついた白と青のドレスで包んだ灰色のショートヘアの少女――“荒廃の魔王”アゼル=イブリスが、物憂い表情で現出する。

 帯を巻いた左の手首にはめた真っ黒な腕輪には、手の平サイズのデフォルメされたファンシーな蠅のマスコットが揺れていた。

 

「エイミーは青い狗を、アゼルは紅い小娘を抑えろ。我はそこな女をくびり殺してくれようぞ」

「かしこまりましたわ、ご主人様」

「うん……この“躯”のお礼は、ちゃんとするよ」

 

 指示を受け、テキパキとした所作で歩み出るエイミーと、陰鬱な表情のまま腕輪をショートスピアに変じるアゼル。

 魔王たちが戦闘態勢に入ったことでザフィーラとヴィータが構え、攻撃に備えた。

 

「さあ、我が光にて滅びよ」

「――!!」

 

 眼前に差し向けられたルーの左腕、そこに装着された白き腕輪がパキンと甲高い音を立てて、深紅に輝く七枚の“羽根”がその偉容を紅き月の下に晒した。

 

 

   *  *  *

 

 

 海鳴の、平々凡々な街並みは今や深紅に染め上げられ、天に届くほど高い粉塵の柱が幾つも立ち昇っていた。

 それを引き起こした純白の“羽根”たちを操るのは、“金色の魔王”の異名を取る大魔王ルー=サイファー。可憐な相貌を王者のごとく鋭利に変え、容易く手折れそうな指先を指揮者のように情緒的に振り乱す。

 その白魚のような指の動きに併せて、5メートルを超えるまで大型化した七枚の“羽根”が、紅い光跡を残して大地に落下する。

 目標は、護衛対象(エリス)を小脇に抱えて建物の屋根の上を走る烈火の騎士シグナムだ。

 圧倒的な質量と莫大な魔力が込められたそれらは、次々に紅月の浮かぶ天空から降り注ぎ、建造物を無慈悲に叩き潰していく。

 この月匣内に、彼女たち以外の人間が誰一人囚われていないことは幸いだったと言えるだろう。

 

「シグナムさん! ヴィータちゃんとザフィーラさんは――」

「喋るな、舌を噛む!」

 

 個々に引き離され、それぞれ強大な魔王と今も交戦しているであろう二人を心配して声を上げたエリスを、蛇腹剣〈シュランゲフォルム〉のレヴァンティンを巧みに操るシグナルが咎める。

 紫色の魔力を帯びた連結刃が唸りをあげ、頭上から迫り来る巨大な“羽根”にぶち当たり、その軌道を変えた。

 その様子を上空で浮遊しながらルーは、侮蔑の眼差しで見下ろしている。

 

「……ふん」

 

 奮戦するシグナムの姿を見やり、ルーは不愉快そうに鼻を鳴らした。

 小手調べとしてけしかけたアイン・ソフ・オウルのことごとくが避けられたことで、彼女の大きすぎるプライドに火が着く。

 ――そも、今回の来襲とて彼女の私情が多分に含まれた()()()()である。

 彼女の眷属――弟にして息子が“こちら側”に来てしまったのは、彼女がシグナムに敗北したことが遠因だ。それは、天よりも高いプライドを持つルーにとって許容出来ない事象であった。

 故の、報復。

 もっとも、現し身とシグナムの力量差を見誤った自身の慢心による敗北だったという事実は、思考に上ることすらなかったが。

 

「……()くケリを付けるか」

 

 気まぐれに呟いて、ルーは空間を歪めて転移した。

 

 

 一方、先制攻撃で分断されたヴィータもまた、苦境に立たされていた。

 遠雷のような耳をつんざく轟音を聞き入れて、シグナムとエリスに合流しようと試みる。

 

「――ッ」

「くっ!」

 

 しかし、無音の気合いとともに漆黒の刃が横合いから走る。横薙ぎ一閃。

 穂先の根本に付いた場違いなマスコットが、身を反らすことで辛くも避けたヴィータの目の前を過ぎていく。

 

「ダメ、行かせないよ。あなたの相手はわたし」

 

 振り抜いたショートスピアを軽く回し、アゼルはその切っ先をたまらず距離を取ったヴィータに突きつけた。

 薄幸の美少女といった風情を醸し出す陰鬱な印象を与えるアゼルの面立ちは、普段とは打って変わり、ほんの僅かだが勇ましさを漂わせている。

 限定的とはいえ、自らの忌まわしい“力”が抑制され、自由を手に入れたことがよほどうれしいらしい。

 

「くそっ! おまえの声、なんかやりずれーな!」

 

 ヴィータが困惑顔で悪態を吐く。

 どこかの誰かにとてもよく似た声色に、調子に狂わされているようだった。

 

「そんなこと言われても……。生まれたときからこの声だったんだけど……」

 

 消え入るような声で言い返すアゼル。彼女の“能力”を抑制する特殊な魔導具――〈魔殺の帯〉が巻きついた脹ら脛が盛り上がり、体内に内蔵された機械的な噴射口――〈ロケットブースター〉が露出。一拍置いて、青白いアフターバーナーを盛大に噴き出した。

 

「ええぇぇいっ!」

 

 瞬く間に速度を上げ、吶喊する。

 突き出された穂先と展開された紅いシールドが正面から衝突し、激しい火花を散らした。

 

「くっ! ――このっ!」

「っきゃっ」

 

 突撃を真っ正面から受け止め、その矛先を巧みに往なして弾き返したヴィータが、お返しとばかりにグラーフアイゼンを振り上げる。

 体勢を崩したアゼルには反応できない。

 

「お返しだ! アイゼン!」

 

 カートリッジロード。薬莢が飛び、グラーフアイゼンの穂先が変形した。

 

「ラテーケン――、ハンマーッ!!」

 

 ハンマーヘッドに付いた推進機構が噴射剤を吐き出し、重力と振り下ろしによって加速したスパイクの一撃がアゼルに迫る。

 

「……っ!」

 

 スパイクの切っ先が何とか身を引いたアゼルの胸元をかすめ、彼女の纏うドレスを大きく切り裂いた。

 

「あ……っ」

 

 レースの施された上質そうなドレスは身体の中心線に沿ってバッサリと断ち切られ、その切り口からは黒い帯に押し込められて窮屈そうな乳房が露わになっている。

 

「ちっ、ハズしたか!」

「……っ!」

「……ん?」

 

 悔しげに歯ぎしりするヴィータは、相手のただならぬ様子に首を傾げた。

 

「……これ、アルに作ってもらったお気に入りなのに……」

 

 服が損傷したことがショックだったのか、灰色の少女はうるりと瞳を潤ませてしょんぼりする。

 空中だというのに体育座りで座り込み、「どうせ、あたしは孤独……」などと呟いて、器用に指で地面――あくまでも空中だが――にのの字を書き始めた。

 

「え、あ、あれ?」

 

 その周囲の生気まで盛り下がりそうな落ち込みように、言いようのない罪悪感に襲われるヴィータ。声がどこかの誰かさんに似ている上、アゼル自身どこか庇護欲を掻き立てる雰囲気を持っているのだから無理もないだろう。

 

「えっと、その、わりい。ワザとじゃねぇんだ」

「うぅ……っ……許さない!」

「なっ、ちゃんと謝ったじゃんか!」

 

 キッと視線を上げたアゼルは、ヴィータの抗議などお構いなし――彼女も一端の魔王であるからには当然だ――で、ロケットブースターを再度展開、突撃体勢に入る。

 

「エネルギー――」

「ちっ」

 

 気を取り直したヴィータは舌打ちし、鋼鉄製の弾丸を数発生成、戦槌で叩いて打ち出す。

 〈シュワルベフリーゲン〉。ベルカ式では珍しい誘導弾系の中距離射撃魔法である。

 

「――――全、開……ッ!」

 

 再び突撃するアゼルに殺到した魔弾はしかし、槍に内蔵された加速フィールド発生機構が生み出すエネルギーの膜に阻まれた。

 

「はあああっ、貫いて!!」

「――くぅううっ!?」

 

 一筋の流星となったアゼルが、ヴィータの展開した真紅の魔力障壁に突き刺さり、大爆発を起こした。

 

 

「やあっ!」

「おおおおおッ!!」

 

 エイミーの伸縮自在の伸びる手脚を駆使した格闘が、ザフィーラの繰り出す大砲のごとき鉄拳とぶつかり合う。

 剛と柔。二種類の拳撃が幾度となく交差した。

 ザフィーラが鉄をも砕く右のストレートを打ち放てば、エイミーがしなやかな両手から四連続の突きを繰り出す。

 一進一退の攻防。どちらも主に仕える身である矜持に賭けて、負けわけにはいかないと、互いに一歩も譲らない。

 

「オオオッ!」

「っ!」

 

 顔面を狙う強烈な正拳突きを、首を傾げることで避けるエイミー。だが、完全に避けきることが出来ず、鉄拳が三つ編みをかすめて数本の髪を消し飛ばした。

 僅かに切れた頬には紅い血が一筋流れ落ちる。エイミーの眼鏡に隠れた青い瞳が、にわかに剣呑な光を帯びる。

 

「――はあああッ!」

 

 とんっと空を蹴って、バックステップで間合いを取り――刹那、裂帛の気合いとともに、鋭く踏み込まれる震脚。腰溜めに構え、放たれた両の掌底が、技を放って硬直していたザフィーラのがら空きの胴へと突き刺さる。

 ズドンッ、と鈍い音が辺りに響く。

 魔王の大魔力を笠に着た超重量の一撃に、さすがのザフィーラも一瞬悶絶した。

 

「……ッ、見かけに寄らず……っ!」

「一流のメイドたるもの、ご主人様を護るためならば時には牙を剥くことも厭わないのです」

 

 笑顔を浮かべ攻勢を強めるエイミー。身体を大きく沈め、刈り取るように鋭い下段の蹴りを放つ。エプロンドレスの裾が翻り、黒いストッキングが露わになるのもお構いなしだ。

 

「ぐ、ぬ……! くっ、どこのゴム人間だ!」

 

 文字通り鞭のようにしなる脚払いをくぐり抜け、高度を上げたザフィーラが吐き捨てた。

 

「あら、私はともかく、とある万病を癒す霊薬を飲めばこれくらいのことは出来るんですよ?」

「嘘を吐けっ」

「まあ、本当ですのに」

 

 ザフィーラが踏み込み、距離を詰めようと突進する。

 拳に迸る青い魔力。狙うは渾身の一撃。

 迫る盾の守護獣の巨体にもエイミーは笑顔を崩さず、冷静に腕を振り上げ、指先が紅く輝くルーンを空中に描き出す。

 

「スフィア!」

「ぬっ!」

 

 眼前に巻き起こる凄まじいまでの風。その圧力に阻まれ、ザフィーラは近寄れずにその場でたたらを踏む。その隙を逃すエイミーではない。

 空間が波打つ。「水よ!」月衣から掌の中に、テニスボール大の水球が現れた。

 

「――貫け! アクレイルッ!」

 

 月衣から取り出した水球を圧縮、硬質の水弾――〈アクレイル〉が射出された。

 数トンに達する衝突エネルギーが込められた水の柱がザフィーラに襲いかかる。

 

「ぬっ――、ぐおおおおッ!?」

 

 大量の水に押し流され、眼下の街並みへと墜落していくザフィーラを視界の隅に入れたエイミーは「うん、イケるイケるっ! ……なーんて」などとのたまい、クスクスと笑顔をこぼしてスカートの裾を直した。

 

 

   *  *  *

 

 

 心配そうな表情で空を見上げるエリス。彼女の瞳に映るのは、空を覆い尽くして燃え盛る二色の火炎。

 紫色の烈火を飲み込み、黄金の天炎が全てを焼き尽くした。

 

「があ……ッ」

「シグナムさん!」

 

 響き渡るエリスの悲鳴。

 全身火達磨で、エリスの側の民家にシグナムが叩き落とされた。その衝撃で、二階建ての建物が半壊した。

 周囲を衛星のように回る三つの火球と紅い燐光を放出する七枚の白き“羽根”を引き連れて、悠然と黄金の魔王が光臨する。

 

「……志宝エリス、そちは其処で黙って見ておれ。“光”を失ったそちには最早、出来ることなどありはしないのだからな」

 

 鋭い視線と辛辣な言葉が、シグナムに駆け寄ろうとしていたエリスを制す。

 ピクリと肩を揺らしたエリスは、しかし、歩みを止めず、倒れ伏したシグナムをルーから庇うように立ちふさがる。

 

「……何のつもりだ」

「戦う力はなくても、盾になることくらいならできます!」

「――退()け。そちとて死ぬのは怖かろう」

「死んでしまうのは嫌です。でも、“仲間”が傷つくのはもっと嫌だから」

 

 決然として、迷いも躊躇いもない真っ直ぐな翠緑の眼差しと、絶対的なカリスマを漂わせる白銀の眼差しが交わる。

 

「そうか……。ならば望み通り、共に滅びよ」

 

 ルーの人差し指がエリスへとおもむろに突きつけられる。

 収束する魔力と強烈な光子。爆炎の球体が停止し、発射態勢に入る。

 まばゆい光が指先で輝き、ジジジ……と空気を焼く音を響かせた。

 

「……っ!」

 

 自らを破壊し尽くして余りある閃光を前にしても、エリスは一歩も退かない。

 エリス自身、この行為が無謀な蛮勇だと理解している。だが、“仲間”に救われ、“仲間”と共に歩んで培ってきた信念に賭けて、この場を譲ることはできなかったのだ。

 光輝と爆炎がいっそう瞬き、放たれる刹那――、瓦礫と化した天井の残骸から埃がパラパラとルーの頭上に降り注いだ。

 

「む……?」

 

 ルーが眉をひそめる。

 彼女自慢の見事な黄金の髪が降ってきた埃でわずかに汚れていた。

 唐突に、全ての魔法が霧散する。

 残されたのは困惑する少女と剣士、そして紅の光を放つ“羽根”と魔王だった。

 

「興が醒めたな。エイミー、アゼル、退()くぞ」

《……殺さなくていいの?》

 

 どこかでヴィータと戦っていたアゼルからの返答。「構わぬ、捨て置け」と短く告げたルーは、エリスと倒れたままのシグナムに背を向けた。

 事の推移についていけず、ぽかんと当惑するエリスを肩口から見やり、口を開く。

 

「志宝エリス。事の“真実”が知りたいのならば、次元の海を渡れ」

「どういう意味ですか?」

「フン。それくらい自分の頭で考えるのだな」

「あっ、待って――!」

 

 投げかけられた言葉に困惑を強めるエリスを置いて、天災のように気まぐれな大魔王は、最後まで気まぐれに紅い闇の中へと溶けていった。

 

 

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