魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#4

 

 

 

 暮れなずむ斜陽の病室。

 規則的な機械音が清潔に保たれた室内に響く。

 鼓動を示した機器や酸素を送り込むパイプ、栄養剤の詰まった点滴――有り体に言えば、生命維持装置に繋がれたユーノが穏やかな表情で真新しいシーツにくるまれている。

 何とか峠を脱して通常の病室に移ったものの、彼の意識は未だ戻らず、予断を許す状況にはなかった。

 

 空気の入れ換えのために開け放たれていたのだろう、薄く開いた窓から柔らかな恵風が部屋に入り込み、悪戯なそれに煽られて白いレースのカーテンがふわりとはためいた。

 気まぐれな闖入者が過ぎ去る。

 

「…………」

 

 どこから現れたのだろう、黒と青を基調としたありきたりな服で身を包む癖の強い黒髪の少年がベッドサイドに佇んで、眠ったままのユーノを見下ろしていた。

 無音のまま過ぎる時間。

 鮮やかなブルーの瞳に宿した鋭い光がふと緩む。代わりに浮かぶのは柔弱な闇。

 

「――ままならないな、本当に」

 

 誰ともなくぽつりと呟く。

 その表情は、誰が見てもわかるくらいに後悔を滲ませ、沈んでいた。

 彼のことを少しでも知る者がこの光景を目にしたのなら、自分の目を疑ったに違いない。泰然自若にして、飄々とした愉快犯……それが少年が世間一般から受けている評価だ。

 彼自身、“世界”に対してある種の悪意を持って接していることもその原因の一つだろうが、もともと本心を隠してなかなか表に出さない質である。この生粋のウソツキの気持ちを理解してやれる人間は、今のところ“この世界”には居なかった。

 

()()()()()()も始めから織り込み済みのつもりだったけど、いざ現実になると……やっぱ、辛いよな」

 

 今更ながらに自らの選択を悔やむように、少年は唇を噛んだ。

 “家族”にも見せない――いや、意地でも見せまいとしている弱音がこぼれ落ちる。

 

「だけど一度決めたことだ、投げ出すつもりはないさ。中途半端で諦めるのは御免だ」

 

 例え、大切なひとたちから恨まれたとしても。例え、世界の全てを敵に回すとしても。

 罪なら被ろう。咎なら受けよう。汚れ役には慣れている。

 一度やると決めたら、最後まで諦めずに貫き通す――少年の根幹を成すたったひとつの信念。それは“責任”という言葉で言い換えることができるかもしれない。

 少年は、自らの内側に溜まった淀みを吐き出すように軽く嘆息すると、ボサボサな黒い髪を乱雑にかき乱した。

 

「苦情や文句は、後で好きなだけ聞いてやるよ。お前と俺は……親友、だからな」

 

 少し頬を赤らめ、言いづらそうに視線を泳がす。その仕草には、なかなか素直になれない彼の性根がよく現れていた。

 

「俺は、必ず――」

 

 傷つき、眠り続ける友を前にして――

 決意を言葉に。意志を祈りに。

 黙祷するように瞳を閉じていた少年が、ふと顔を上げて部屋の入り口の方に振り向く。

 近づく人の気配。おそらくこれは“彼女”だろう――こちらはこちらで何とかフォローしなきゃなと、心に決め――と当たりをつけた少年は、陰りを帯びた弱気な本音を虚勢の仮面で覆い隠し、不敵に唇を歪めた。

 そう、うじうじと悩むのは自分らしくない。少年は、自分の好きな“自分”で居るために、華美に着飾って前を向く。何よりも大切なひとに、愛するひとに、無様な姿は見せたくないから。

 どんな時でも格好付けて。見栄を張って。飄然と振る舞って。

 彼のそれは、すでに習性と呼べるまでに昇華していた。

 

「――じゃあな、相棒(ユーノ)。ゆっくり養生してろよ」

 

 せめてもにと、親しみといたわりを込めた言葉を投げかけて。少年の姿が蜃気楼のように揺らめき、夕闇に溶け込んでいく。

 

 それからややあって、控えめな音を立てて病室の引き戸が開かれる。

 消失した少年と入れ替わるようにして入室したのは、サイドテールの少女――なのはだった。

 目元には薄い隈が浮かび、あまり眠れていないことが容易に窺える。

 

「……あれ?」

 

 わずかに濁った紫石英の瞳が、捉えた部屋の景色に違和感が残る。

 違和感の正体――それは、ベッドサイドに置かれた陶器製のシンプルな無地の花瓶に生けられた見慣れない数本の白いバラだった。

 たしか、あれには自分が買ってきた他の花が生けていたはずなのに。なのはが不思議そうに首を傾げる。

 

「――誰か、お見舞いにきてくれたの……かな」

 

 実際に見舞い客がいたことなど当然知る由もない彼女は、とりあえずそう自分を納得させ、ここ数日で定位置になってしまったベッドの横の丸イスに腰掛ける。

 ふぅ、とこぼれた息。

 

「…………っ」

 

 彼女はこれで何度目になるかかわからない、自分の失策に対する強い自責の念に苛まれる。

 どうしてあのとき、戦ってしまったのか。どうしてあのとき、不用意に非殺傷設定を切ってしまったのか。どうしてあのとき、周囲への注意を怠ってしまったのか。どうしてあのとき、スターライトブレイカーを選んでしまったのか。

 どうして、どうして。どうしてどうしてどうしてどうして――――

 

 ――――どうして私は、魔導師(たたかい)を続けている、の?

 

 自問の先に答えはない。あるのは深い後悔だけ。

 ザリ……となのはの脳裏に嫌なノイズが走る。

 フラッシュバックする紅い記憶。

 真っ紅な空。

 真っ紅な月。

 真っ紅な街並み。

 そして、真っ紅に染まった■■■■■――――

 

「――ッ!!」

 

 少女らしい、年相応の瑞々しい身体がカタカタと音を立てて震え出す。噛み合わない歯を無理矢理に押しつけて、震える肩を両手で強く抱きしめて。

 溢れ出したどす黒い衝動を無理矢理に抑えると、厭な記憶を振り払うようにかぶりを振る。そして、未だ目覚めない幼なじみの穏やかな横顔を辛そうに見つめた。

 

「――――…………ねえ、ユーノくん。私、どうしたらいいのかな……?」

 

 依然、意識の戻らないユーノに――そして、とても近くに居た、だけど今は居ない“誰か”に助けを求めるような呟きは、辿り着く場所を失い彷徨う。

 陽光は、建ち並ぶ高層ビルの間に沈み――――

 街に、夜の帳が落ちる。

 開け放たれたままの窓から、まだ少し肌寒い風が、夜闇と一緒にそっと静かに忍び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯4 「Dance of a white wing」

 

 

 

 

 

 

 

 

『……足掻いているのね。出来損ないの人形らしく、無様に』

 

   ――――かあさん。

 

『それで、私が喜ぶとでも? あなたに、あの子との思い出を(けが)されたこの私が』

 

   ――――かあさん、母さん。そんな顔しないで。笑いかけて。

 

『本当に、あなたは馬鹿。大馬鹿者ね。私の言葉を唯々繰り返すだけの哀れなお人形。……今更死人の記憶にすがりついて、戯れに遺した言葉に拘って、一体、何の意味があるのかしら』

 

   ――――母さん、母さん。違う、違うよ。あの“言葉”は私に残った、最後の絆だから。

 

『…………。あなたのそういうところ――大っ嫌い』

 

 

「――――母さんっ、待って!」

 

 ――自分の叫び声で、目が覚めた。

 見慣れない天井。起きたばかりで鈍りきった頭は軽く混乱する。

 まとまらない思考と感情が、ぐるぐる、ぐるぐると際限なく私のなかで駆け回る。終わりの見えない追いかけっこで頭の中は支離滅裂、めまいがする。

 目の前がくらくらして、まともなことをなにひとつ考えられない。

 

「はぁ、はぁ……はぁ……はーっ」

 

 息が切れる。のどが渇いていがらっぽい。

 鈍い身体にムチを打ち、ベッドサイドの水差しの水をコップに注いで一気に飲み干した。

 

「んぐ……ぷはっ」

 

 ……少し、気分が落ち着いた。

 脂汗をたっぷり吸った黒のタンクトップが、肌にべったり張りついていてすごく不快だ。

 再び、ベッドに身体を投げ出す。自分の荒い息づかいも今は耳障りだった。

 

「……。またあの夢……見ちゃったな」

 

 いつからか見始めたおなじみの夢。未だに引きずってる“母さん”の夢。

 アリシアのことや、私自身の生まれのこととかは吹っ切った……つもりだ。誰の言葉かは忘れちゃったけど、「自分らしくありのままで生きていけばいい」と思うから。

 だけど、それとこれとは別の問題。

 あの慌ただしくも忘れられない日々から、ハラオウンの家に引き取られてから6年。まだ6年だ。

 ――6年間という歳月は、長いようで短い。少なくても、私にとっては悲しい記憶と折り合いをつけるのにも、愛情を整理するのにもぜんぜん足りなくて。

 私はまだ、“母さん”のことを愛してる。忘れられるわけなかった。

 

「……」

 

 悪夢にかき乱された感情の濁流が、徐々に収まっていく。

 汗が浮んで、前髪が張り付いた額に手の甲当てた。少しだけひんやりとしてて、気持ちいい。

 このまままどろみを楽しむには夢見がよくなくて。……まだちょっとぼんやりとした頭で、ここがどこか思い返してみる。

 

(――ああ……そっか……私、いまアースラから離れてるんだったっけ)

 

 はやてが偶然保護したという女性から事情を聞くために、地球へと迎えに行くことになったアースラ。私は、それには同行せず――迎えに行くだけなのだから必要ないだろうと判断した――、単身、みんなと別れて「連続殺傷事件」が頻発しているという第22管理世界へと向かっていた。

 そしてここは、定期便の次元航行艦――もちろん、管理局の職員向けのものだ――の中で、この部屋は私に割り当てられた船室だ。

 今回みたいに単独捜査することもたまにあるから、ひとりでフネに乗るのもなれっこなのである。えっへん。

 ……別に、この件は私が担当しなきゃいけない案件というわけじゃない。だけど、この事件がなのはのことに繋がっているような、そんな予感がしたから――

 ……ううん、違う。それは言い訳だ。傷ついた親友をダシにした、身勝手で汚い言い訳。

 私はただ、他人に任せているのがいやなだけ。ただ、あの蒼い眼の男の子を追いかけたい、もっとお話したい、もっともっと彼のことが知りたい――そんな自分本位の望み。利己的な自己満足。幼稚な執着心。

 これじゃまるで“恋する乙女”みたいだ。

 

「……あれ?」

 

 恋?

 あれ? これって恋なの?

 私、あのひとに恋してるの? あのひとのことが好き――

 

「っっっ!!」

 

 こ、こんな恥ずかしい思考はカットっ!

 熱くなった顔を枕にぼふっと押しつけて、そんなことないと取り繕う。なんだか胸がすごくドキドキしてるけど、そんなんじゃないもんっ! 違うったら違うもんっ!!

 ――……というか、私はいったい誰に向かって取り繕ってるんだろう。よくわからない。

 まったく、なんなんだろう。あの火災の現場……じゃなくて、公園でたい焼きをもらってから、私の調子は狂いっぱなしだ。

 でもそれが、心地いいと思っている自分もいて――

 ずるい。理不尽だ。

 むーっ……なんか、無償にむかむかしてきた。

 

「あーっ、もうっ! 止め止めっ、さっさと起きよっと」

 

 ぐるぐる考えてても仕方ない。ぐんっと気持ちいつもより勢いよく上体を起こした。

 寝返って乱れた髪を手櫛で適当に撫でつけ、振り返る。ベッドの宮に置いてある簡素な置き時計で時間を確認。

 ……。到着予定時間まで、まだかなり間があるかな。

 なにげなく視線を胸元に落とす。

 パジャマ代わりのタンクトップが汗をたっぷり吸って、すっかり大きくなって自己主張している胸の谷間にべったりと張りついている。……この胸、重たいから肩凝るし、腕が振りづらくてちょっとジャマなんだけどな……。

 まあ、それはともかく、

 

「シャワー、浴びてこよう……」

 

 のそりとベッドから出て、立ち上がる。「んーっ」と軽く伸びをしてこわばった筋肉をほぐした。

 さて、と。熱いシャワーを浴びて汗を流して、混乱しっぱなしの頭をリセットすることにしよう。

 ――現地に着いたら、調査をがんばらなくちゃなんだから。

 

 

   *  *  *

 

 

 第97管理世界“地球”、衛星軌道上。

 隠遁用の光学迷彩を展開して停泊中のアースラ、その談話室。ベンチに座り、くてっとテーブルに突っ伏す藤色の髪の女の子、志宝エリス。服装はこちらに来た時と同じ、白いジャケットと青のプリーツスカートだ。

 エリスの話し相手は、彼女の案内役を仰せつかった青いバッテンちびっこ、リインフォースⅡである。

 

「はあ、緊張した……。うまく私の話が伝わってればいいけど……」

「エルフィはちゃんと説明できてたと思うです、エリスさん」

「ありがとう、エルフィちゃん」

 

 まさしく人形みたいなリインフォースⅡが、落ち込み気味のエリスを励まそうとテーブルの上でぴょんぴょんと飛び跳ねている。その愛らしいさまにエリスは思わず頬を緩ませた。

 

 ――アースラが地球に到着したのはルー=サイファー以下、裏界魔王たちが姿をくらました少し後のことだった。

 そのままアースラに保護されたエリスは、クロノらの前ではやてにもした自らの素性やこちらの世界を訪れた経緯などを説明。さらに、フェイトがシャイマールと遭遇した際の記録や、なのはとベルの交戦映像――エリスは“蠅の女王(ベル)”までこちらに来ていたことにひどく驚いていた――を確認照合、それから会議室を追い出され――いったん席を外すように言われただけだが――、今に至る。

 

「それにしても……シグナムさんやヴィータちゃん、それにザフィーラさんが無事でよかった」

「とーぜんですっ。ヴォルケンリッターは夜天の書があるかぎりふめつなんですからっ!」

 

 あれだけ痛めつけられたというのに、さすがというべきかシグナムたちは特に命の別状はなく、現在は雪辱に燃えつつ療養中だ。

 仮に消滅級の大ダメージを負ったとしても、夜天の魔導書が健在な限りは問題にならない。“家族”を傷つけられたはやての心情は別にするとしても。

 

「夜天の書……。エルフィちゃんの“お姉さん”だっけ。いいね、姉妹って」

 

 今もはわはわ頑張っているであろう、くれはの姿を脳裏に浮かべながらエリスが微笑む。

 

「はい、エルフィのお姉ちゃんです。……まだ、会ったこともお話したこともないですけど」

 

 夜天の魔導書の修繕はすでにごく一部を除いて完了している。

 ほぼ全ての機能は回復し、闇の書として次元世界に災厄と破滅を振り撒いていた面影はもうどこにもない。

 しかし、肝心の管制人格リインフォースは目醒めず、その原因は未だ不明。夜天の魔導書本体を再生させる際に作ったはやてのコネに名を連ねる()()()の専門家たちもお手上げだった。

 

「でも、きっと……いつかきっとお姉ちゃんに会えるって、エルフィは思うです」

 

 未だ見ぬ姉の姿を夢に見て、小さな妖精は小さな胸を力強く張って見せる。

 

「だから、お姉ちゃんが起きるまで、エルフィがはやてちゃんやみんなを守るんですっ!」

「……そっか。会えるといいね」

「はいですっ」

 

 それ以上は何も言わず、とても優しく、とても柔らかい笑顔を浮かべたエリスは、私も負けてられないと決意を新たにした。

 そんな時、ぷしっと空気を抜く音を鳴らして談話室の自動ドアが開く。

 

「ちわー、三河屋でーっす」

「あ、はやてちゃん」

「会議、終わったんですか?」

「……うん、まあ、そうやけど。で、個人的にもう一度、シャイマールとやらの映像見せてもらわへんかなと思て」

 

 ボケをあっさり流されて恥ずかしくなったのか、軽く赤面したはやてが苦し紛れに用事を口にする。

 若干口調が砕けてるのは、はやてがエリスを仲間として認識したからだろう。エリスの方は依然として敬語だが、それは彼女の性分だから仕方がない。

 

「もちろんいいですよ。ちょっと待っててくださいね……」

 

 はやての希望を受けて、エリスはテーブルの上に置いてあったナップザックに手を突っ込み、ごぞごそと手探る。

 ややあって、中から取り出されたのは縦20センチ、横30センチほどの白い長方形な物体――ウィザード向けの高性能携帯情報端末〈ピグマリオン〉、その最新モデルだ。

 パタリとそれを開いたエリスは、収録されている映像データを呼び出すべく鮮やかなタッチでキーボードを叩く。ちなみに、デスクトップは土鍋に入った子猫の画像であった。

 

「ほほーぅ、手慣れたもんや」

「お仕事の関係で、こういうことはよくやってるんです。一日数百件の事務処理に追われてたら自然と……」

「それは……ご愁傷様としか言われへん」

「壮絶ですぅ」

「五時前のオフィスは毎日戦場と化すんですよ。みんな定時に帰りたがるので」

「わかるっ、わかるわ~。管理局もそうやもん。お役所仕事はこれやからあかんね」

「残業代も出ないんですよ? それに最近、お肌も荒れぎみで……ぐすん」

「夜更かし疲労はお肌の大敵、乙女の天敵やな。……あれ? なんや前にこんなフレーズ聞いた気がするわ~」

 

 年頃の少女がするには世知辛すぎる世間話をはやてと交わしながらも、エリスの指先は一向に澱まない。どう見てもマルチタスク的な技能を獲得してるあたり、言葉通りに相当な修羅場を潜ってきたことが窺える。

 ご近所トラブルから国家の存亡、果ては世界の危機まで、世界の各地で多種多様な事件が日常茶飯事的に頻発するファー・ジ・アース。当然、それを統括する立場にもなれば舞い込む仕事量は目も眩むほどに膨大だ。

 くれはの秘書を始めた当初、各ウィザード組織との折衝、事件の後始末、会議向けの草案の作成、お茶汲みなどなど――次々に舞い込む仕事にてんてこ舞いで目が回る思いをしたのはいい思い出だ、とエリスは密かに回想して苦笑する。

 カリカリとハードディスクが駆動音を鳴らし、収録されたムービーの再生が開始した。

 

「出ました――ってあれ?」

 

 間の抜けたエリスの声。液晶ディスプレイには、バラの意匠が施されたゴシックロリータ調の黒い衣装を着た二十代前半の女性が、アップテンポな歌を大観衆の前で熱唱している姿が映り出されていた。

 

「……なんともかわいらしいひとやね」

「はやてちゃんはやてちゃん、エルフィもこんなゴスロリドレスが着てみたいですぅ」

「ええよ。あとで作ったるな。……それにしても、すごい歌唱力や」

 

 艶やかな黒髪と、金と紫のオッドアイがひどく神秘的。激しい曲調の歌を歌い上げる声はさながら天使のようで。

 一同は、しばしその歌声に耳を傾ける。

 

「――きゃ!? ま、間違えちゃったっ」

 

 思わず歌声に聴き入っていたエリスはようやく精神の再構成に成功し、慌ててキーを操作、ムービーを停止させた。

 同じく聴き入ってしまっていたはやてが、怪訝そうな顔をして問いかける。

 

「で、今んは?」

「えーっと、ファー・ジ・アースの日本で活躍中のアイドル、露木椎華さんの武道館ライブの映像ですね」

 

 私、大ファンなんです。自分のうっかりを誤魔化すように、エリスは舌をちょろっと出す。その仕草にはやてが萌えていたのは些細なことだ。

 

「それはともかく、こっちが正解です」

 

 改めて、ムービーが起動。

 ごく一般的な黒い学ラン姿の黒髪の少年が、軽薄な笑みを浮かべて何かを告げている様子が映り出される。

 

「大魔王シャイマール。二つ名は“裏界皇子”。公爵級エミュレイター相当として登録されてます。同じ名前の魔王と区別するために、アルもしくはアル=シャイマールと呼ぶ裏界魔王もいるみたいですね」

 

 映像の横に、簡単な情報をまとめて記したテキストが流れる。

 

「ふーむ……着てる服はちゃうけどやっぱり同じヒトや。――これが“魔王”、なあ……私と同い年くらいの、ちょっとカッコいい男の子にしか見えへんけど」

 

 考え込むように、顎に手を当てるはやて。目を細め、じっと映像の中の少年を観察する。

 ほんのわずかな、既視感に苛まれながら。

 

「魔王の見た目に騙されちゃだめですよ、はやてさん。たまに9歳くらいの姿で現れるので、一部では“ショタ魔王”なんて呼ばれてるくらいですから」

 

 苦言を呈したタイミングで映像が切り替わる。

 エリスの言葉通り、小学生くらいの腕白そうな男の子が七枚からなる白い盾状の浮遊物体を巧みに操り、ウィザードたちを圧倒している。両手をポケットに突っ込んだ余裕綽々の態度が小憎たらしい。

 

「たしかに、ショタやね」

「私、そういうのどこがいいのかよくわからないんですよね。男の人はもっと頼りがいがあるっていうか、渋い感じじゃなきゃ」

「おお、気が合いますなあ。こう、大人の魅力あふれたダンディーなおじさまって、ええよね」

「お髭なんか生やしたりして」

「そーそー。白いぱりっとしたタキシードと……」

「シルクハットにステッキ?」

 

 数瞬、顔を見合わせる二人。

 そして、ガシッと無言で手を固く握り合う。自らの趣味を周囲の友人たちに理解してもらえず、肩身の狭い思いをしていた彼女たちはようやく見つけた同志に心の中で感涙した。

 

「ふたりそろってオジン趣味ですねー」

「なにか」「言ったんか、エルフィ?」

「な、なんでもないですぅ」

 

 天然腹黒と真っ黒子だぬきの凄みの効いたコンビネーションにたじろいだちっこいの。小動物みたいな素早さでピグマリオンの影に隠れた。戦略的転進である。

 

「そうや、エリスさんから見たあの火災現場の映像の感想とか聞かせてくれへん?」

「そう、ですね……。あんなに簡単に表に出てきたことが驚きです」

「そうなん?」

「はい。一番最近の事例では、彼は某国のテロリストに最新の細菌兵器と偽った偽物を渡して、それを盾に占拠されたイージス艦の叛乱を影から幇助していたとか。鎮圧のために投下される寸前だったっていう強力な特殊爆弾で、首都圏の破壊と混乱をもくろんでいたらしいですね」

「それなんて亡国」

「基本的に、人間をそそのかして起きた物事を離れたところから傍観するのを好むみたいです。敵対する両方の勢力に荷担して、紛争を起こさせてみたりとか。武器や資金の横流しとかもしてるかもしれませんね。それから、姿を表に現しても、意味深な言葉を言ってウィザードの皆さんをおちょくるだけですぐに逃げちゃうんですよ。……私、そういうずるいやり方って、男らしくないと思うんです」

 

 溢れる不快感を隠そうともせずエリスは眉をひそめ、件の魔王のことを語る。

 温厚な彼女らしからぬ険悪ぶりに、はやては何かしら因縁でもあるのだろうかと首を傾げた。

 

「うーん、人となりはなんとなくわかったけど、なにが目的なんか決め手になりそうな情報はないなあ」

「すみません、お役に立てなくて」

「ええて。エリスさんがおらんかったら私ら、今以上になんもわからへんかったんやもん。感謝しとるよ」

 

 はやてから贈られる気遣いの言葉。エリスは彼女の真心を感じ、最初に出会ったのがはやてでよかったと思う。

 感謝の念で胸がいっぱいになったエリスは、ふと、まだムービーが映り続けている液晶の方に視線を向ける。その映像に違和感を覚え――違和感が一つの“仮定”をエリスにもたらした。

 

「あと、もうひとつだけ……」

「もうひとつ?」

 

 はっきりしない様子に、はやては続きを促すようにオウム返しする。

 少し間をおいて、自分の考えをまとめるエリス。確信にはほど遠い、だが、不思議と腑に落ちる――そんな、口に出すにはまだ早い推理の一端を言葉に変えた。

 

「――あの映像を見て、彼がなぜこの世界にやってきたのか、仲が悪いはずのベール=ゼファーがどうして協力的な姿勢を見せているのか……それから、ルー=サイファーが残した言葉の真意が少しだけ――ほんの少しだけ、わかったような気がします」

「……?」

 

 液晶画面の中では、黒髪の魔王がウィザードたちと協力するようにして、巨大でグロテスクな竜を思わせる“ナニカ”と激戦を繰り広げていた。

 

 

   *  *  *

 

 

 第22管理世界“ハイダ”。

 本星の赤道半径は6355.819キロメートル、月に相当する衛星イオス――先住の言葉で侍女の意――を持ち、全体の体積のうち72.7%が海という水の惑星だ。

 私の故郷、地球と比較すると少しだけ重力が弱く、一日の長さもそれに比例して短い。

 気候は温かく穏やかで、地球、日本でいうと初夏に近いかな。海が多いのに、湿度は不思議と低くて一年を通して過ごしやすい。

 政府もそのことを理解しているらしく、世界をあげて観光業の発展に力を入れているみたいだ。

 そういうわけもあって、このハイダは、管理世界中からたくさんの観光客が訪れて賑わう管理世界有数のリゾート地だった。ハワイやグアムなどの保養地を想像するとわかりやすいかな。

 ……まあ、お仕事で訪れている私には関係のない話だけれども。

 ――――でもいつか、“みんな”でこういう場所に遊びに来れたらいいな。

 

 午後。地平線に帰る準備をはじめた太陽の暖かな光が、空から降り注ぐ。

 たくさんの人がひっきりなしに行き交う大通りに面したおしゃれなカフェテラス。目の前の、木製のテーブルには甘くておいしそうな苺のミルフィーユと、薄い湯気を上げるミルクティーが置かれている。

 午前中、ずっと歩き回って疲労のたまった身体にはぴったりな糖分補給タイムだった。

 ハイダにやってきてはや二日目。

 初日は、管理局の支部に顔を出したりしなきゃだったから、今日が調査の本格スタートだ。

 とりあえず、午前中は事件現場――惑星全体じゃなく、都市部、特にリゾート地を中心に集中していた――を直に見て回ってみた。「現場百遍」っていうし。

 そういえば、挨拶をしに行ったとき、こちらの捜査責任者の人にとても歓迎されたのには驚いたな。どうも捜査に進展がなくて、あちらも困っていたらしい。

 観光地で連続殺人事件なんてイメージダウンもいいところだから、ここの政府から早くなんとかしろとせっつかれてるみたい。とはいえ、私みたいな一介の執務官にあまり過度な期待をかけるのもどうなのかな、と思う。

 

「……」

 

 さくりとフォークでミルフィーユをひとかけら切り取って。

 それをそのまま口に運ぶ。

 もぐもぐ。もぐもぐ。

 

「うん、おいし♪」

 

 甘酸っぱい、苺とクリームの味が口いっぱいに広がって、ほっぺがゆるむ。きっと今の私の表情は、見るに耐えないほどにゆるゆるだと思う。

 

 おいしいものは好きだ。

 おいしいものを食べてると、私はちゃんと生きているんだなって実感できるから。……キライな食べ物も、もちろんあるけれど。

 そう思う理由は、自分でもよくわからない。

 産まれたばかりのころ、正直私の食事環境はあまりよくなかった。リニスがいなくなってからはそれが顕著で、ジュエルシードの探索をしていた当時は心身ともに追いつめられてて、それどころじゃなかった。

 だから、おいしい食べ物を食べたエピソードの記憶が強く残っているんだろうなって、自己分析している。まあ、思い当たる節はないんだけど。

 

「……」

 

 ミルフィーユに舌鼓を打ちつつ、横目で何気なく道行く人たちを観察する。これは、執務官の仕事をするようになってからの癖だった。

 どうやら私はその……他の人よりもヒトを見る目が鈍いらしい。

 昔、クロノに注意を受けたことがある。「フェイトは人を信じすぎるところがあるな。もう少し、他人を疑うことを覚えた方がいい」と。

 当時は誰か疑うなんてことイヤだって思ったんだけど、こうして管理局の仕事をしているうちにそれじゃだめなんだと気がついた。執務官資格試験を二度落としたのも半分はそのあたりが遠因――もう半分は、なのはの事故で動揺をしてたから――だ。

 捜査官としては致命的な欠点。それを補うために、こうして普段から人間観察に勤しんでいるというわけ。……役に立ってるかどうかは、自分でもちょっと疑問だったりする。

 

「あむ。…………」

 

 最後のひとかけらを口に放り込み、ゆっくりと味わいながら視線を踊らせる。

 人気の行楽地とあって、道行く人たちはさまざまだ。

 ――やさしそうなお父さんと美人なお母さんに囲まれて、屈託のない笑顔を浮かべた女の子。幸せそうな家族連れ。

 ――背の高い、頼りがいのありそうな男の人と、彼に甘えてひどくきれいな表情をする女の人。お似合いなカップル。

 

「……っ」

 

 ――ズキリ。

 胸の奥の方にうずきのような痛みが走った。

 原因は、わからない。

 

「……はあ」

 

 なんだか私、近ごろ感傷的すぎてる気がする。

 もともと、極端なマイナス思考なのは自分でもよーく理解してるけど、これは少し……異常だ。

 いけないいけない、と気分を切り替えるべくティーカップの縁に口をつけ、ミルクティーを流し込む。

 ……んっ!?

 

「甘……っ!?」

 

 しまったっ。シロップ、入れすぎた……。

 これじゃまるで、リンディ母さんの入れたお茶みたいだ。

 いくら私が甘いもの好きだからって、そこまで落ちぶれてないよ。人間、止めたくないもん。

 

「……あう」

 

 なんだか幸先のよくない出だしに、一抹の不安を感じざるを得ない私だった。

 

 

   *  *  *

 

 

「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか」

「うん。どうもありがとう」

 

 ぺこりと頭を下げて、バックヤードに帰っていくかわいいネコミミ――使い魔とかじゃなく、フェアプールという種族のヒトだ――のウェイトレスさんの後ろ姿を見送りながら、私はうまくいかない不甲斐なさにため息をついた。

 

 なんだかんだで今日はハイダに滞在できる最終日。

 こちらに来て数日、現地の人への聞き込みとかサーチャーの広域散布などといろいろと手を尽くしてはみたものの、行楽地とあってか人の入れ替わりが激しくてこれといった手がかりは得られなかった。

 そこで私は悪足掻きの前の腹ごなしに、レストランで早めの夕食をとることにしたのだった。

 明日朝一番の便で本局に戻らなきゃならない。そろそろアースラも地球から帰ってきてるころだろうし、そもそも今回の単独行動は私の個人的なわがままなのだから、あまり長い時間は居られない。今夜が最後のチャンスだ。

 ……やっぱり、一人で全部こなすの、無理があるのかなあ。クロノとエイミィみたいに、誰か補佐官をつけてもらったほうがいいのかもしれない。あとでお兄ちゃんに相談してみよう。

 あっと、早く夕飯を食べてしまおう。冷めちゃったらもったいないもんね。

 

「ん~……いい香り。おいしそう」

 

 頼んだメニューは、デミグラスソースのかかったオムライス。ライスをオムレツで包み込むタイプのものだ。

 私にとっての縁起ものを食べて、今夜の捜査で手がかりが掴めるようにとこれを選んでみた。

 ちなみに、お仕事で訪れた先々でオムライスのおいしいお店を探すのが私の密かな楽しみのひとつだったりする。いわゆる食べ歩き、というやつで、ほかにもおいしいお菓子のお店もチェック対象だ。

 ――く、食いしんぼうじゃないもんっ!

 

「いただきます」

 

 まず手を合わせて、作ってくれた人に感謝する。食事の作法の基本だ。

 そして、黄色い山をスプーンで崩し、たくさんの具材の味がとけ込んだソースと一緒にすくって、ぱくり。

 ん~……味はまずまず、かな。とりあえず、本局の食堂のよりおいしいのはたしかだ。

 って、あれ? なんか私食べてばっかり? ……まあいいか、おいしいし。

 

「……(もぐもぐ)」

 

 オムライスを味わいつつ、窓の外を見上げる。

 雲一つない夜空は黒に近い紺色。距離の関係だろうか、地球のよりも大きく見える上弦の月。薄く散らばった星と、金色の月が宝石箱のように、きらきらきらきらと輝いていた。

 ふと、やさしく穏やかな蒼と、抜き身の刃みたいな鋭い蒼と――二種類の瞳が三日月にだぶる。

 

 ――――この月を、“彼”も見てるのかな?

 

「!!」

 

 私のもらした心のつぶやきに呼応するかのように、突如として配置していた半自立型のサーチャーが反応を示した。

 魔力反応……それもかなり強い。この波形は――――

 ゴン!

 

「ッ、イタっっ」

 

 勢いよく立ったから、ひざをテーブルにぶつけちゃった。

 痛い……。

 食べかけのオムライスが目について罪悪感。心の中でごめんなさいと謝って、伝票をひっつかむと一目散にレジへと向かった。

 これを逃したら、きっと後悔する。そんな予感に突き動かされながら。

 

 

   *  *  *

 

 

 サーチャーの反応を頼りに私がたどり着いたのは、薄暗い路地裏だった。

 目の前に続く夜闇は月の明かりを拒絶するかのように深く、終わりのない底なし沼みたいだ。

 

「……ッ」

 

 奥から漂う強烈な異臭に、足が止まる。

 鼻を突くような鉄臭い臭気。

 これは――血液だ。それも大量の。

 ついに訪れたアタリに歓喜し、逸る気持ちを押し殺して、警戒心を意識的に高める。安易な油断は隙を生み、隙は即、死につながるのだから。

 

「すーっ、はー……よしっ」

 

 深呼吸して覚悟を決めて。

 白いマントと軍服をイメージしたデザインのバリアジャケット〈インパルスフォーム〉を展開し、長年付き添ってくれている私の無二のパートナー――“閃光の戦斧”バルディッシュを右手に掴むと、無明の闇の中へと進み出た。

 ――そこは別世界だった。

 

「う……っ」

 

 口元を空いた手のひらで押さえながら歩を進める。

 むせかえるような悪臭。壁一面にはおびただしいほどの血痕。

 澱みきった空気は異質で、ここが未知の異界かなにかと錯覚してしまうほどだ。

 足を踏み出すたびに、柔らかい()()()を踏みつぶす粘着質な感触が伝わる。肉片らしきものが辺りにたくさん散乱していて、地面は真っ赤に染め上げてられていた。

 資料の写真と同じ……ううん、それ以上に壮絶で、ショッキングな光景。

 惨劇の現場。そんな言葉がよく似合う死の気配が充満した場所の中心に――“彼”は、居た。

 

「――――」

 

 ビルの谷間から差し込む月光のスポットライトを一身に浴びて、まるで夜の世界を我が物顔で闊歩する王様のように、悠然と佇む黒に近い濃紺色の衣を纏った“彼”。

 相対するのは、うずくまるようにしている――人影? 暗くてよくわからないけど、人型であることは把握できた。

 突然、声が響く。

 

「灰は灰に」

 

 歌うように。

 

「塵は塵に」

 

 祈るように。

 

「――俺がアンタにしてやれることは、“これ”だけだ」

 

 よく通る、凛然とした声が耳に届き、私は息をのむ。

 “彼”の右手に携えたなにか――(つば)の中心部分に不気味な瞳の意匠が施してあって、波打つような刀身に見慣れない文字を刻んだ1メートルほどの奇妙な長剣の切っ先が、天に差し向けられた。

 軽く柄に添えられる左手。蒼銀色の魔力が燐光を散らして刀身を覆う。

 

「だから、――――」

 

 ささやくように発せられた最後の言葉はうまく聞き取れない。

 

「グゥるおおオオォォォオオッ!!」

 

 身の危険を感じたのだろうか、人影が立ち上がり、地の底から響くようなおぞましい雄叫びをあげて“彼”に襲いかかる。

 だけど、“彼”は動じない。

 

「ただ安らかに、眠ってくれ」

 

 振り下ろされる白刃。稲妻のように鋭い一閃。

 闇に咲く紅い華。苦痛に唸り、身も凍る断末魔の声とともに人影は崩れ落ちた。

 私は、“彼”が人影を断ち斬ろうとしていることに気づいていたけど、動けなかった。止めることも、できたはずなのに。

 それはきっと、鮮烈なまでに光り輝くどこか懐かしい蒼銀の煌めきに魅せられていたから。まるで戯曲の一ページみたいなこの場面に、割って入りたくないって思ってしまったからだ。

 

 しゃんっ。指先についた爪で刀身を撫でて露を拭い、“彼”が振り向く。

 夜の闇よりも色濃い、艶やかな漆黒の髪と顔にかかった淡い月の光が、一見粗野な、それでいてどことなく品のある顔つきと相まって“彼”の容貌を高貴な悪魔のように見せている。

 そして、ひどく真剣な――もの悲しい色をたたえた鮮やかな蒼い瞳がまっすぐ、私だけを見据えていた。

 

 ――――金色の三日月が見守る下、私は、名前も知らない“彼”と()()()の再会を果たした。

 

 

「……っ」「……」

 

 やさしい月の光が、紺色の空から静かに落ちてくる。

 私は息をするのも忘れて、黙りこくったままの“彼”と睨み合いを続けていた。

 すぎた時間は、一分? それとも十分? ……時間の感覚がバカになっちゃいそうだ。

 バルディッシュを握る手のひらがじとりと汗ばむ。

 

「……で、こんな夜更けに何のご用かな、魔導師のお嬢さん?」

 

 ようやく“彼”の口から紡がれた言葉は、あまりにもおどけたように飄々としていて。子ども扱いされてるみたいでちょっとかんに障る。

 いろいろな意味でぽかんとしてしまった私は、動揺を押し隠して平静を装い、言わなきゃいけないことを口にした。

 

「時空管理局です。この現場について事情をうかがいたい。武装を解いて、投降して」

「俺が()()に関与していると、どうして思う?」

「これだけの状況証拠があれば十分だ」

「さて、それはどうだろうな。関係してるもしれないし、違うかもしれない」

 

 要領を得ない人を食ったような物言い。表情もどこか軽薄だ。

 ……論点をズラされてる。その手には乗らないよ。

 

「そんなの関係ない。あなたを拘束して、それから話を聞けば済むことだ」

「ほう……」

 

 今の返答のなにがそんなに愉快なのか、“彼”は唇を薄くゆがめる。

 クツクツともらす軽薄な笑みに、私は期待を裏切られたような――そんな苛立ちを感じ始めた。

 

「道理だな。事実は数多あれども真実って奴はいつでも一つだ。だがな、お嬢さん。質問して、何でもすんなり答えが返ってくるなんて思わないことだ。人間ってのは誰しもが何かを偽って生きてるんだから。俺しかり、君しかり、ね」

「なにを……」

 

 煙に巻くような意味深なセリフに鼻白んでしまう。私のなにが偽っているっていうんだろうか。

 返す言葉を脳裏で懸命に探していた私に、“彼”はにやりと人の悪い笑みを見せて、バックステップで数歩後ろに下がる。

 それから、ばさりとミッドナイトブルーのコートがひるがえして背を向けた。

 

「え」

 

 大げさに裾を振り回した“彼”は、そのまま脱兎のごとく暗闇の中に走り去る。

 見事としか言いようのないその鮮やかな逃げっぷりに、私は呆気にとられてしまって。

 

「あっ! ま、待って!」

 

 すぐに意識の糸を紡ぎ直し、あわてて彼の後を追う。

 視界の隅に、“彼”が斬り倒した人影――きれいに真っ二つにされた二十代後半の男性の遺体が映った。

 身なり自体は悪くないから旅行客? でも、服の端々が切れてたり解れたりしてて、浮浪者みたいだ。

 そして、一番の異常は――

 

(――ううん、今は考えないでおこう。あのひとを追いかけるのが先決だ)

 

 余計な思考をカットして、追跡に専念する。というか“彼”、足が思いのほか早いからそんな余裕ない。

 最近、さらに身体能力が上がってきた感のある親友のひとり、すずかと同じかそれ以上かも。

 

 5メートルくらい先をひた走る“彼”。袋小路になってる行き止まりに差し掛かると、なにを思ったのか勢いを保ったままビルの側面に足をかける。

 するとそのまま壁を足場にトントントン、と軽快な足取りで駆け登っていってしまった。

 

「……なに、あれ」

 

 あまりの暴挙にあ然とする。言葉が出ない。

 なんて技量と体力の無駄づかいだろう。伊達や酔狂にも程度があるんじゃないかな?

 そこで、はたと思いついた。どうして私は、「“彼”が飛べない可能性」を真っ先にあげなかったんだろう。“彼”が陸戦魔導師だってこともあるかもしれないのに。

 自分の不可解な思考を不思議に思いつつ、魔力を練り上げて飛行魔法を発動。バルディッシュのサポートの下、慣れ親しんだ術式が私の身体を重力から解放し、金属質のソラレットがアスファルトを離れた。

 ふわり。マントがはためく。

 体勢が安定したのを確認してから速度を一気に上げて、壁面と平行に飛行。ずいぶん先まで行ってしまった“彼”の追跡を続行する。

 ――とと、捜査本部に報告しなきゃ。ホウ・レン・ソウは社会人の基本の“き”だ。

 

《こちら、テスタロッサ・ハラオウン執務官。本部、応答願います》

《――はい、どうされましたか?》

 

 急上昇しながらオペレーターを呼び出す。私が捜査中なのは伝えてあるから、わりかしすぐに返答が返ってきた。

 

《事件の重要参考人と遭遇、現在追跡中。交戦が予想されるため、周辺区域に強装結界を展開して隔離を。それから、被害者と思われる遺体の回収もあわせてお願いします》

 

 簡潔に事態を報告して位置データを送り、結界の構成を依頼する。

 このまま“彼”を追いかけていけば、戦闘になることは明らか。市街地での戦いがどれほど危険なことかは、なのはの姿を見て痛いほどわかってるつもりだ。

 

《位置を確認しました。武装隊の派遣は必要でしょうか?》

《いいえ。私一人で十分です》

《了解しました。御武運を》

《ありがとう》

 

 オペレーターの了承からややあって、結界空間が広がった。仕事が速くて助かる。

 向こうも確実に閉じこめられたことに気がついているだろう。だけど、それに対するアクションがあるとは思えない。

 もしもそのつもりなら、最初、私に遭遇した時点であのときのように転移なりなんなりで逃げてしまってもいいはずだから。

 

「……やっぱり」

 

 そして予想どおり、“彼”はビルの屋上に悠然と立ち、私を待ちかまえていた。風にあおられて、コートの裾がはためいている。

 左手をボトムのポケットに突っ込んで、右手に持った長剣を気だるそうに担ぐ。なんだか不良っぽい。

 

「……フッ」

 

 私の姿を確認した“彼”は妖しく微笑すると、きびすを返して遁走を再開。獣のようにしなやかな走りでビルからビルへと次々に飛び移っていく。

 誘ってる。あからさまだ。

 ――いいよ。この追いかけっこ、つき合ってあげる。

 

「絶対に、あなたを捕まえるから!!」

 

 叫び声が届いたのだろうか、少し先を疾走する“彼”が、笑みをこぼしたような気配をわずかに感じた。

 

 

   *  *  *

 

 

 夜の街を駆けめぐるふたつの人影。

 逃げるは、黒髪蒼眼の少年。

 追うは、金髪紅眼の少女。

 

『Plasma Bullet』

 

 黒き戦斧が発した合成音声とともに生成された魔力スフィア。

 

「全弾――、行け!」

「……!」

 

 逃げる少年の頭上から進路を塞ぐようにして、多数の帯電した金色の魔弾が雨霰のように降り注ぐ。

 フェイトの放った誘導射撃魔法〈プラズマバレット〉が着弾し、その内に溜め込んだ高圧電流を炸裂、放電させて少年の行く手を遮った。

 

「――荒御霊」

 

 少年は何食わぬ顔で言霊を紡ぎ、迫る電撃から軽やかなステップで逃れる。そのままの勢いで、前方を取ろうと飛来したフェイトに向け、長剣を逆手に握った右の拳を突き出した。

 拳の先に生まれる闇黒の塊。

 発露する莫大な魔力。彼が受け継ぎし破壊の力――その一端が、魔法を変質させる。

 

「ヴォーテックス!」

 

 発動した魔法――〈ヴォーテックス〉は、その像をぶらせて無数の弾丸に変ずる。

 神の力の片鱗を揮う〈荒御霊〉により拡大された〈ヴォーテックス・ファランクスシフト〉とでも呼ぶべき夥しい数の黒球が一斉に斉射され、金の少女に襲いかかる。

 前面にばら撒かれた魔弾の大群。顔色を一瞬だけ変えたフェイトは、即座に突撃。臆することなく魔弾の中に飛び込んだ。

 

「くっ! ――こ、のっ!!」

 

 弾幕にできた密度の薄いわずかな隙間。フェイトはそこを、舞うように、踊るように、微細かつ丁寧な制動と卓越した体勢制御を駆使してほぼ速度を落とさずにすり抜け、少年に迫った。

 さすがにいくつかの魔弾は避けきれずにかすり、彼女のバリアジャケットに傷を残す。

 

「……無茶するなァ、オイ」

 

 然しもの彼も、少女のあまりの無茶っぷりに瞠目し、同時に彼女が何も変わっていないことに密かな笑みをこぼした。

 

「はあああっ!」

 

 そんなこととはつゆ知らず。弾幕を抜けきったフェイトは、円心運動の流れる動作でバルディッシュを横薙ぎに払う。

 それに合わせ、少年の携えた異形の長剣――デモニックブルームが跳ね上がった。

 甲高い太刀音が鳴り響き、結界空間の静寂を破る。

 

「おっと、危ない危ない」

「く、ぅううっ!」

 

 火花を散らして鬩ぎ合うバルディッシュとデモニックブルーム。顔をつき合わせるようにして、困惑と戸惑いの色を映した紅と、好奇と獰猛な光を宿した蒼――ふたつの視線が交わった。

 

「事情を聞かせて!」

「“話してもきっとわからないから”」

「っ!?」

 

 芝居がかったセリフに、強い既視感を覚えたフェイトの意識に生まれた隙間――それを見逃す少年ではない。

 

「シッ!」

 

 半身の状態から、腰の捻りで放たれた左の手刀。顔面を狙った遠慮も加減もない一撃を首を傾げることで何とか躱したフェイトは、体勢を立て直そうと後退して距離を取る。

 

「まだだ! ――走れッ!」

 

 休む暇は与えないとばかりに少年は追撃は続く。

 光子の刃〈オリハルコンブレード〉を纏わせた長剣を、左手に持ち替えながら横薙ぎに一閃。蒼白い魔力が鋭利な光波となって低空を滑る。

 

「っ、と。――って、わっ!?」

 

 それを飛び越えることで回避したフェイトの眼に映った光波の群。袈裟斬り、斬り上げ、唐竹割り――連続して放たれた斬撃が、猛スピードで飛来した。

 フェイトは、光波の嵐を前に雷速の集中で魔力を練る。

 

『Sonic Move』

 

 彼女の十八番(おはこ)、〈ソニックムーブ〉が発動。剣を振りきったポーズの少年の目の前で、金の少女が残像を残して消え去った。

 

(――取った!)

 

 一瞬にして少年の背後に回り込んだフェイトは、バルディッシュを気持ち手加減気味に振り下ろす。

 明確な敵対者相手だというのに、大けがをさせないように手加減してしまうのは彼女の溢れる優しさ故だろう。

 ごめんなさい。小さく呟いたフェイトの思惑はしかし、大きく外れた。

 

「うそ、なんで!?」

「如何に速く、眼で追えなくとも、そこに来るのがわかっていれば合わせるなんて容易いのさ。背後に回りたがるのは君の悪い癖だな、修正しておけ」

 

 背後から強襲する戦斧にピタリと白刃を合わせて弾き返した少年は、したり顔を浮かべて驚愕に動揺している少女へと斬りかかる。

 少年は簡単に言うが、速度を最大の武器とするフェイトの神速を予測し、あまつさえ防いで見せた人間などまず居ない。少なくとも、()()では。

 

「ッ、知ったような口を!」

「知ったような口、か。なかなか上手いことを言うね」

「さっきからごちゃごちゃと! なにが言いたいの!? あなたはいったい――私の、なんなの!?」

 

 刃を数え切れないほど合わせ、言葉を投げかけ、交わし――フェイトはわだかまっていた感情や疑問を、強い衝動に突き動かされるまま吐き出した。

 自分自身でも、その正体を理解できないままに。

 

「フッ、それを解き明かすために俺と戦っているんだろう? ならば横着せず、俺を討ち倒して見せろ、魔導師ッ!!」

 

 返答は、暴風のごとき斬撃。

 

「違う! 私の名前は……そんなじゃないっ!」

 

 剣圧に弾かれ、吹き飛ばされながら、フェイトが砲哮する。

 主の叫びに呼応して、バルディッシュの柄の先に組み込まれた機構が可動。内蔵されたリボルバー式のカートリッジシステムが、魔力の弾丸を炸裂させる。

 突き出された左手。発生するミッドチルダ式の円状魔法陣とまばゆく輝く雷光球。それを取り囲むのは、加速・増幅用の環状魔法陣だ。

 

「私の名前は――フェイト・テスタロッサだ!!」

『Plasma Smasher』

 

 膨れ上がる金色の雷光と魔力が臨界点に達し、解放された。

 フェイト愛用の砲撃魔法〈プラズマスマッシャー〉が、一条の光芒となって闇を斬り裂く。

 着弾。爆発。轟音。

 

「はーっ、はぁ……っ」

 

 巻き上がった粉塵が、夜風に吹かれて散っていく。

 

「――ククッ、やるじゃないか。こんなに早く“羽根”を使わされるとは、君を侮っていたようだね」

「……っ!」

 

 愉悦と余裕を隠そうともしない声に、フェイトは悔しさと動揺を滲ませる。

 雷光の一撃を遮ったのは、全てを包み込む“慈愛”の橙色を纏った白亜の大盾だった。

 ぱきんと音を立てて、大盾が七枚の白き“羽根”へと分離する。

 

「……さあ、第二ラウンドの開始だ。せいぜい愉しませてくれよ?」

 

 七枚の“羽根”を侍らせた闇色の髪の魔王が、その大海を思わせる蒼い瞳を妖艶に光らせた。

 

 

 都市の中心を流れる大きな運河を滑るように飛翔する少年の前方に、二房の美しい金砂の髪を靡かせたフェイトが躍り出る。

 同時に動いた二色の光。

 魔力刃が干渉し、金と蒼の爆光がスパークを起こして巻き起こる。

 余波で瀑布のような水柱が立ち上がる。大量の水が、豪雨のように二人へと降り注いだ。

 

「ハハッ、愉しいなァ!」

「くっ!」

 

 速度はフェイトが優勢。少年が背負った白い“羽根”を全力で噴かせても、閃光の如き速さを誇る少女を引き離せない。

 だが――――

 

「おっと、残念無念。攻撃ってのはもっと創意工夫しなきゃね。あまり素直すぎるのも考え物だな」

 

 繰り出された斬撃をひらりとあしらい、“羽根”の一枚を足場にして急制動をかけた少年は、フェイトをあざ笑うようにからかい、煽る。

 

「っ、このっ!」

 

 逆上ぎみに振るわれた大鎌を、少年は軽く解放した“プラーナ”で強化した運動性で難なく回避する。

 幾度となく繰り返すフェイトの攻めはしかし、そのことごとくが躱され、防がれる。少年が天性の勘と()()()で予測し、的確な――的確すぎるタイミングで往なしているのだ。

 この不自然な攻防に苛立つフェイトはしかし、心の片隅でそれは当然だとも感じていた。

 そして何度目かの交錯。

 

「しかししつこいね、君も!」

「あなたを捕まえるって、言ったはずだ!」

 

 魔力刃を弾き返し、作り出した刹那――バルディッシュがカートリッジシステムを作動させ、変形を開始する。

 完成するのは、金色の両刃を輝かせた身の丈ほどはあろうかというバスタードソード〈ザンバーフォーム〉。バルディッシュ・アサルトの限定解除フォームだ。

 

「本気で俺を墜せると思ってるのか? 力の差くらいわかってるだろうに」

「できるできないじゃない! やるんだ!」

「っ!」

 

 裂帛の砲哮から放たれた斬撃。

 気迫と言霊が込められた強烈な一閃に、受けたデモニックブルームが少年の手中から弾かれる。

 主の手を離れた長剣は、回転しながら綺麗な放物線を描いて遠方のビル群へ飛んでいった。

 

「――ああ、そうかいッ!」

 

 どこか愉快そうに軽く笑みを浮かべる少年は、得物がなくなったことなどお構いなしに――むしろ「俺は素手の方が強い」と言わんばかりの様子で、蒼白い魔力を纏った中段蹴りを繰り出す。

 

「うっ!」

 

 咄嗟に展開された魔法障壁はしかし、10トントラックも斯くやという衝撃エネルギーの込められた蹴撃により、ベニヤ板のようにいともあっさりと粉砕された。

 障壁を貫き、フェイトの腹部に突き刺さるロングブーツの踵。

 

「く、あ――っ」

 

 自ら後ろに飛ぶことでダメージを軽減したフェイトは、極めて整った西洋人形が如き面立ちを苦悶に歪めながら宙返る。すぐさま魔力を瞬時に高め、紫電迸る金色の球体を七つ生成した。

 

「プラズマ――、ランサー!」

 

 〈プラズマランサー〉。フェイトが多用する射撃魔法により発生した、電撃帯びる七本の槍が一斉に撃ち出された。

 

「賢明の刃」

 

 全てを見透かしたような冷たい声色が夜に響く。

 少年の背から離れた七枚の“羽根”が青い光の刃を纏い、同数の槍を一撃の下に破壊する。

 次々に起こる魔力爆発。結界により滲んだ夜空に炎の華が咲く。

 わだかまる噴煙。

 突如、爆炎を割り裂いて人影が猛スピードで飛び出した。

 

「はああああ――――ッ!!」

 

 最大戦速のフェイトが大剣を下段後方に流した構えで、少年の懐へ飛び込もうと一気に迫る。

 

(ランサーは目眩ましか!)

 

 彼女の狙いを看破した少年は刹那よりも早い思考で最適な魔法を選択、雷速の集中で術式が構築する。

 フリーになっていた右手の中に、夜闇よりもなお暗い闇の渦が創り出された。

 

「暗黒の雲よ、拡がり呑み込め!」

 

 短めの詠唱を合図に掌の中の闇が一瞬だけ収縮、直後に爆発・拡大した。

 少年とフェイトの間を分かつように、黒い雲の塊が急速に発生する。

 

「なっ――!?」

 

 突然目の前に現れたそれに回避する間もなく、抗うこともできず、フェイトは闇に飲み込まれた。

 

「これ……?」

 

 フェイトの視界全てを覆い尽くすのは無明の“闇”――ヴォーテックスのバリエーションの一つ、〈ヴォーテックスクラウド〉。雲状に変質させた闇の重圧により、飲み込んだ対象を圧し潰す範囲魔法である。

 また、福次的効果として視界遮断効果も併せ持つなかなかテクニカルな魔法だ。

 

「っ、バリアジャケットが……!?」

 

 彼女の全身に纏わりついた闇の重力が、その脆弱な装甲を無慈悲にも削り取る。

 周囲に漂った漆黒の雲がジリジリと浸食し、僅かずつ、だが確実にバリアジャケットを侵していた。

 

(このままじゃ……)

 

 状況を打開しようと思索するフェイトの耳に、風切り音が届く。

 本能により咄嗟に掲げた大剣、闇の中でも輝きを失わない金色の刃に高速の何かが接触する。続けざまに後方、上下左右と襲い来る何か。

 

「な――、きゃあっ!」

 

 それは白い“羽根”だった。

 完全にめくらな状態で、フェイトは半ば当てずっぽうで対応し、なんとか猛攻に耐えていた。

 相手の視界を煙幕で奪い、装甲を削り、さらに遠隔攻撃で攻め立てる――実に姑息で“彼”らしい小細工を弄した戦方と言えるだろう。

 このままでは嬲り殺しだと判断したフェイトは、意を決して闇の雲からの脱出を計る。

 向かうは対戦者――黒髪の少年。居場所の方向は、気配から概ね当たりをつけていた。

 外部からの攻撃を置き去りに、“金色の閃光”が闇黒の回廊を斬り裂く。

 開けた視界に映ったのはさりげに造りのいい面差しを驚愕で染めた少年。

 

(今度こそ!)

 

 そのままの勢いで特攻、一息に距離を詰め――横薙ぎ一閃。

 ザンバーの刃が半月の軌道を描き、少年を()()()()()

 そのあまりに軽い手応えに戸惑うフェイトは、見た。

 バルディッシュ・ザンバーに斬り裂かれた少年の像が、不自然にゆらりと霞むのを。その口元に浮かんだものが、痛みに歪む苦悶ではなく愚か者を嘲笑う歪んだ三日月であることを。

 

「――残念、ハズレだ」

「幻術……!?」

 

 少年の防御魔装、〈イリュージョナルスキン〉によって創り出されていた虚像が滲むようにして夜闇に消え失せる。

 入れ替わりに〈不可視の神宝〉――光学迷彩で姿を隠していた少年が、幻術に気を取られた少女の死角、やや後ろに現れた。

 

「そんなっ!?」

「これで、(しま)いだッ!」

 

 慌てて振り返るフェイト。しかし、もう遅い。

 七枚の“羽根”が蒼白い燐光を噴出、三つの光の輪を作り出して少女に照準を合わせる。少年は、右足を大きく引き、左足を突き出す体勢で吶喊した。

 

「はああああッ! でやあああああ――――ッッ!!!!」

 

 莫大な推進力と光の輪のエネルギーを乗せた強力無比な跳び蹴りが、無防備な少女に直撃する。

 全てを粉砕する古の一撃を一身に受け、金色の魔導師は悲鳴もあげられない。

 小規模な魔力爆発と衝撃波を残して、後方の建造物に激突した。

 

「か、は……っ」

 

 衝撃で全身を強打し、フェイトの小ぶりな唇から吐息がわずかな血液とともに吐き出された。

 〈エンシェントストライク〉の直撃を受け、ビルの外壁に(はりつけ)にされたフェイトの前に十三枚の翼を広げた魔王が光臨する。

 

「んっ! 抜けなっ、くっ」

 

 見事に両手両足がコンクリートに埋まったフェイトは、抜け出すことができずにもがく。

 厚い装束に隠れてはいるものの、“女”の匂いを漂わせ始めた豊満な肢体が締めつけられて、ひどく背徳的な雰囲気を醸し出している。

 そんな少女の姿を、悪魔のように柔らかな微笑を浮かべて眺め/愛でていた少年は、気取った風に口を開いた。

 

「君を()()()()()()()から、思ってたことだけど――」

 

 ぐいっと、少年に顔を近づけられて、フェイトがやにわに頬を赤らめる。

 

「君って、かわいいね」

「っっっ!?!?」

「金色の髪も、大きな紅い瞳もすごく綺麗だ」

 

 続けて放たれたストレートな賛美の言葉に、フェイトはかああっと音を立てて赤くなる。もはや耳まで真っ赤っかだ。

 混乱を極める少女の様子に満足げな少年は、鉤爪のついた左手を薄紅色に染まった白皙の肌にゆっくりと伸ばした。

 

「ぅえ、えっ、と、ぁ、その……あ、あの……」

 

 まるでガラス細工に触れるかのように頬を優しく撫でられ、フェイトは茹で上がって混乱し、盛大に吃る。

「そういう純情な反応もいいな。ますます好みだ」とのたまう少年の指先が、彼女の唇に残っていた血を拭い取った。

 

「な、なにを言って……」

「うん? 何って、君がとてもキュートで好ましいって話だけど?」

「あぅ……はううっ」

 

 金糸のような見事なブロンドを指先でさらさらと弄ばれ始めると、遂にフェイトの羞恥心はオーバーフローした。

 破裂しそうな心臓の鼓動と、湯気が出そうなくらい沸騰した頭で何が何だかわからなくなる。紅い瞳はマンガみたいにくるぐるしていた。

 

「さあ、もっと君のかわいらしい姿を見せてくれ」

「ぁ……んっ」

 

 髪をいじっていた指がススッと下がり、頬を、首筋を、そしてバリアジャケットの表面を撫でていく。

 愛撫のような接触を受ける度に悩ましい吐息を零すフェイトは、彼の不躾極まりない行為に対して嫌悪感や拒絶感を覚えていなかった。むしろ、スキンシップを心待ちにしているようにも見えた。

 まるで熱に浮かされたように茫洋とした瞳で、未知の快楽にぞくぞくと肢体(からだ)を震わせて。

 それはまさしく、魔王の魔力(チャーム)に囚われた結果と言えるだろう。

 

「……駄目だな。俺も存外、堪え性がないらしい」

 

 そう呟いた少年はどこか悪ふざけしたような雰囲気から一転し、“魔王”としての本性(ヨクボウ)を露わにする。

 紅の瞳を見つめる蒼の瞳が妖しく光り、淫靡な色を浮かべていた。

 

「君の輝くような魂を穢すつもりはなかったんだけど――、このまま“落として”しまうのもアリかもな」

「……!?」

「フッ、さあ悦べ。君を魔王(オレ)所有物(モノ)にしてやる――永遠にな」

 

 ぞわり、と異質な魔力が溢れ出す。

 ゆっくりと白い腕輪を填めた左腕が持ち上がる。左手を包んだ蒼白い邪焔が、正気に戻ってもがくフェイトの(しんぞう)へと押し当てられて――

 

「うっ……、ん……っ!」

 

 とそのとき、壁に埋もれていた左手が偶然すっぽ抜けた。

 そのまま、反射的に――本能的に身の危険を悟ったのかもしれない――放たれた神速の張り手が、少年の右の頬を打った。

 まさに雷神と言うべき一撃である。殴られた方は紅い閃光を見たとかなんとか。

 

「あっ! ご、ごめんさい」

「っ……。ふふっ、からかいすぎてお姫さまはご立腹かな? ……まったく、君は本当に愉しませてくれるね」

 

 口の中を切ったのだろう、少年の唇の端から流れ落ちる紅い筋。しかし彼は飄々とした態度を崩さず、不敵に笑むと掌を街並みに向けてかざす。

 瞬間、見えない手にでも操られたかのように音もなく飛来したデモニックブルームを掴み取ると、未だ混乱収まらないフェイトに背を向ける。

 

「え、あ――、ま、待って! 私、まだなにも聞いてない!」

「残念だが、そっちは次の機会にしてくれ。じゃあ、“またね”」

 

 言いたいことだけ、やりたいことだけやって。自分勝手極まりないな黒髪の魔王は、お得意の空間転移で闇に溶けていく。

 

「……あなた、は――――」

 

 ひとり、その場に取り残された少女は、“彼”に触れられた頬を無意識の内に何度も何度も……撫で続けていた。

 

 

   *  *  *

 

 

 ファー・ジ・アース、アンゼロット城内の特設転送室。

 青い光を放つ巨大な魔法陣の前に五人の男女が集まっていた。

 

「と、いうわけで、みんなには異世界に行ってもらおうと思います!」

 

 おなじみ巫女服姿の赤羽くれはが薄い胸を張って言う。

 

「くれは……アンゼロットに似てきたわね」緋色の長い髪が美しい少女が、ぼそりと呟いた。

「くれはさん、エリスちゃんが先に向かってるって本当ですか!」続くのは碧い髪に碧い瞳の自称清純派。無駄にハイテンションである。

 

「うん、そうだよ。先に行ってみんなのことを待ってるよ……たぶん」

「ひさびさの出番ですからねー。あたし、がんばっちゃいますよっ!」

「うん。まあ、がんばって」

「あれれ? くれはさん、なんだか言葉にキレがないんですけど、なぜに?」

「いやー、じつは翠ちゃんじゃなくて別の人に頼む予定だったんだよねー。でも、治療とか支援が得意な人はみんな出払っちゃっててさ。つまり、ぶっちゃけ数合わせ?」

 

 ちなみに、自称清純派の相方は任務で不在だそうな。

 

「がーん! ひどい、よりにもよって数合わせだったなんてっ。あんまりですっ! 横暴だーっ、あたしにも出番をプリーズっ!」

「翠、うるさい」

「は、すみませぬ」

 

 緋色の少女の一言で碧色の少女は、即座に自慢のよく動く口を閉じた。このやりとり、二人の力関係を如実に表していると言えよう。

 ちなみにこの二人、不在のエリスとあわせて親友同士の間柄である、一応。

 

 一方、姦しい女子三人を置いて、男子二人はシリアスで重い空気を纏っていた。

「相手はシャイマール、か……」灰色に近い黒髪の少年が、柔和な表情を僅かに曇らせた。かの魔王に何か思うところでもあるのだろう。

 彼の様子に、傍らの緋色の少女は心配そうな視線を送る。

「……」背の高い、茶髪の青年は拳を握りしめ寡黙に決意を固める。シャイマールの側に自分が追うべき“彼女”も居るはずだから、と。

 彼と“彼女”をよく知るくれはが、ちらりと気遣いの視線を向けた。

 

「まあ、そゆことで。じゃあさっそく転送を――」

 

 男子二人の重たい空気を払うべく、努めて明るく号令を発しかけたくれは。その時、部屋の外から怒号が聞こえた。

 

「赤羽守護者代行はどこだ!?」「またいつもの発作か!」「まだ遠くには行ってないはずだ!」「探せ探せ!」

 

「はわっ、もう見つかっちゃった!? はわわっ! じゃ、じゃああたし、今から逃げ隠れするから、みんながんばって~」

 

 言うが否や、駆け足で突風のように逃げ去っていくくれは。四人は顔を見合わせ、苦笑する。

 未知の異界に渡る直前だというのに何とも締まらない出発だ、と。

 

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