突然現れた理解外の怪物。
圧倒的な暴力。
絶体絶命の時、七枚の白い“羽根”がその力を示す。
そして、発現する桜色の“魔法”――――
これが「秘めたる力」ってやつ?
はぁ……ほんと、厄介なことになりそうだよ……。
まあ、とりあえず、
魔法少女リリカルなのは、始まります。
♯3 「魔法使いと魔砲少女」なの?
ジリリリ……と、目覚まし時計の小うるさい音で僕は目を覚ました。
薄目で時計を伺うと五時半を示している。なんだか無性に不愉快だったので、時計にはチョップをくれてやっといた。
「むぅ……」
半覚醒の頭で昨日のことを思い返してみる。
学校に初登校して、お昼に高町さんとバニングスさんと月村さんと仲良くなって……。
夕食の後、デザートを買いに出かけたら高町さんに会って、不気味なバケモノに遭遇して……。
死にかけそうになって“腕輪”が弾け飛び、喋り出して……。
そしていつの間にか高町さんが変身?してバケモノを退治した。
……うん、後半がおかしい。
まったく持ってファンタジー、出来の悪い三流小説にも劣るシナリオだ。
「……ふっ、夢だな」
『夢じゃないですよ、ご主人様』
現実逃避をかました僕を引き戻す、ほんわかとした声。
発信源である左手首に目をやると、自称我が相棒――“アイン・ソフ・オウル”、愛称アイン――今決めた――が黒といつの間にか染まっていた橙色の玉をチカチカ光らせている。
「お前さぁ、ちょっとは空気読もうよ」
『空気を読んでの発言ですよ? ほらほら、さっさと起きましょう。あた~らしい朝がきた~♪』
「…………」
僕はがっくりと力なく肩を落として、アインの憎たらしいほど上手ずな歌声をBGMに、粛々と身支度をし始めるのであった。
結局、あのバケモノは高町さんが退治した。どうやらあの小動物――ユーノ・スクライアというらしい――が何かやったようだ。ビームっぽい光で一蹴である。
命まで張った僕の立場がなくて泣きたくなったのはここだけの秘密だ。
本当はその場で小動物を問い詰めたかったのだが、僕も高町さんも疲れ果てていたのでまた翌日ということに。
ちなみに折れた肋は、アインの記憶していた魔法で治した。はじめての魔法が自分の怪我を治すとか……情けなさすぎる。
あれれ? なんだか視界が歪むなぁ。
で、高町さんと別れ、マンションの前まできたとき、はたと思い出した。
デザートを買いに行ったはずなのに何時間も留守にして、あまつさえパーカーに血なんぞつけてきてしまった僕。これがルー姉さんに見つかったらどうなるのか、と。
なのでパーカーの袖口の血を誤魔化すために腰に巻いて、ビクビクしながら帰宅したわけなんだけど……結論から言えばやっぱ怒られた。
「交通事故に巻き込まれたんじゃないかと心配した」とか「攸くんに何かあったらお姉様に合わせる顔がない」とか、泣かれながらものすんごく怒られた。
だから女の人の涙は苦手なんだってばーっ!
ちなみに、“お姉様”というのは、僕の母のことである。
土下座してなんとか許してもらったけど、引っ越し早々ルー姉さんに心配をかけてしまって自己嫌悪で死にたくなった。
このやり場のない感情は、学校にて小動物にぶつけてやろうと思う。
* * *
「おはよー」
「おはよう」
スクールバスの停留所。
聖祥大附属小の生徒たちが朝の挨拶を交わしている。
それをぼーっと眺めていた僕は、遠くに知り合いを見つけて手を振った。
「おはよう、高町さん」
「あ、う、うん、おはよう……」
高町さんの態度がちょっとぎこちないというかよそよそしいのは、昨日あんなことがあったからかな?
安心させる意味で軽く微笑む。高町さんも僕の意図を理解したのか笑みを返してくれた。なかなか芯の強い女の子のようである。
と、肩からぴょこんと顔を出した小動物と目が合う。するとびくりと震えた後、ランドセルに逃げられたてしまった。
「攸夜くん、なんだか怖い顔してるの」
「え、ほんと?」
む、恨みの感情が顔に出てたか。反省反省。
「…………」
なおもじーっとこっちを見つめる高町さんを不思議に思い、問いかける。
「ん、まだ変なとこある?」
「……え、あの、もしかして聞こえてないの?」
「聞こえてないって、何がさ」
どうも会話がかみ合ってない。首を傾げると、高町さんも小動物と不思議そうに顔を見合わせている。
何となく魔法のことについてだろうと見当をつけ、やってきたバスに目線を向けながら言葉を発した。
「何だかよくわからないけど、そこらへんの話は後ででいいかな? お昼休みにでも、さ」
「あ、そうだね、そうしよ」
僕の提案に、高町さんは笑顔を浮かべてどういしてくれた。
この後、合流したバニングスさんと月村さんから昨夜起きた動物病院の事故――どうやら昨日のバケモノの仕業のようだ――の話を振られて、高町さんがキョドっていたのは余談である。
* * *
昼休み。
急いで食事を終え、バニングスさんたちの詮索をのらりくらりと躱しつつ、高町さんと屋上の片隅へ。
そこで小動物の話を聞くことになった。
その話によると、この小動物――ユーノは〈ミッドチルダ〉という魔法の発達した異世界――ほかの次元とか言ってるけど、要するに他星系とか他銀河みたいなものだろう?と解釈した――からやってきた〈魔導師〉であり、あのバケモノを創り出した“ジュエルシード”いう大変危険な〈ロストロギア〉を発掘した張本人なんだそうな。
そしてそれを本国に輸送する途中で船が事故に遭い、偶然この┃地球《ほし》にばらまかれてしまった、と。
「なるほどなー。つまり要約すると余計なものを発掘した君が悪い、と」
「そ、そうだけど……って、ちょ、潰れる! やめっ、に、握っちゃらめええぇぇぇぇ!!」
「ちょっと攸夜くん! 確かにユーノくんが元凶だけど、そんなにいじめちゃかわいそうだよっ!」
「チ……命拾いしたな、小動物」
ぺっと高町さんに小動物を投げ返す。しかし高町さんもなにげにヒドくない? ほら、小動物も泣いてるし。
いや、別に事故にあったのが彼のせいだとか思ってないけど。僕はただやり場のない怒りをぶつけたかっただけだ。単なる言いがかりの八つ当たりである。
「でも、驚いたな。この世界に二人も魔導師になれる人がいたなんて」
『ユーノさん、それは違います。ご主人様は〈
不満そうなアインのセリフに僕たちは一様に首を傾げる。
高町さんが代表して疑問を口にした。
「それっておなじじゃないの?」
『ぜんぜん別物です、一緒にしないでください。先ほどなのはさんは、ご主人様に何やら念のようなものを飛ばしていたみたいですが、ご主人様は受信できていなかったでしょう?』
「そんなことしてたのか」
「うん。攸夜くん、ぜんぜん気づいてくれなかったよね」
『そもそも、ご主人様の魔法的才能はお二人のものとは全く別系統のものなのです。ですから、反応しなくて当然です。もっとも、訓練すればお二人と同じ系統の“魔法”を使えるようになるはずですから、全く聞こえていないわけでありませんが』
「ええっと、つまりVHSとベータの違いってことかな? 規格があわないんだね」
僕が「ぶいえいちえす? べーた?」と頭にクエスチョンマークを飛ばしていると、アインが控えめに玉を光らせた。
『……なのはさん、申し訳ありませんがご主人様は軽度の機械音痴ですので、別の表現でお願いします』
機械音痴で悪かったな。未だにひとりでビデオデッキの録画とかできないよ、ふん。
アインは長い間腕に着いていただけあって、余計なことまで知っているので質が悪い。ちなみに携帯電話とかテレビゲームとかは問題なく使える。不思議だ。
「じゃあ、珍獣?」
ち、珍獣……ま、まあ、その表現で間違ってないと思うけどさ、なんだかなー。
「あはは……ともかく、なのはとユウヤが手伝ってくれるなら、きっとジュエルシードも早く集まるよ」
「そうだね。がんばろうね、攸夜くん」
……うん? いつの間に僕も協力することになったんだ? なぜそんな面倒で厄介なことを手伝わなきゃならない。
ここは、一言ビシッと言っておこうか。
「だが断る」
「にゃ!?」
「僕の好きなことはッ――、っとこれは蛇足か。ともかく勘違いしてるみたいだから言っておくけど、僕はジュエルシードとやらを探すつもりはないよ」
「で、でも、ジュエルシードが暴走したら……」
「知ったことじゃない。高町さんが手伝うなら僕は要らないよね」
それから、僕は「陰ながら応援くらいはしてるよ。じゃあね」と捨てゼリフを吐いて屋上から立ち去る。
視界の片隅に茫然としている高町さんが映って良心が少しだけ痛んだ。
* * *
放課後。ビミョーな空気を纏った僕と高町さん。何があったのか、と気遣ってくれたバニングスさんと月村さんには悪いことした思うけど、譲れないものは譲れないのだ。
そして僕は、とてとてと通学路をひとり歩く。
『よかったんですか、お二人を手伝わなくっても』
「さも当然って顔されて、いいように使われるのはまっぴら御免だ。想像しただけで虫唾が走るよ」
『ふぅ……ご主人様。その、協調性の無さと我の強さは直した方がいいと思いますよ』
「ほっとけ」
昨日の今日と言うことで寄り道せずにさっさと家に帰ろう。
幸い食材はたくさん買ってあることだし、道草するほどこのあたりの地理に精通しているわけでもなし。まあ、だからこそ逆にぶらついてみるのもアリかなとは思うけど、生憎僕は真面目で勤勉な小学生なので直帰して勉強なのだ。
『――! ご主人様!』
アインが強い“力”――、魔力の波動に警告の声を上げる。十中八九、ジュエルシードが発動したのだろう。
どうやらかなり近場で発動したらしい。僕の感覚にも手応えがあった。
「……行かないよ」
『ご主人様?』
「行かないってば」
『ご主人様ぁ~?』
「そんな甘い声出したってダメなんだから」
『といいつつ、ジュエルシードの方角に向かっているのは何故ですか?』
「うぐっ」
別に高町さんとユーノが心配というわけじゃないんだ。ただこっちに行きたいってだけ。ホントダヨ? と心の中で苦しい自己弁護。
「……ッ!」
僕は逡巡した後、ボサボサのくせっ毛をさらにかき乱し、やけくそ気味に叫んだ。
「あーーっ、もう! 行くぞ、アイン!!」
『はい! ふふっ……やっぱりご主人様は優しいんですね』
アインの暢気なセリフを耳にしつつ、僕は全力で駆け出す。
内心、絶対面倒くさいことになるんだろうなー、と自分の選択に早速後悔しはじめていた。
* * *
魔力の発信元は、神社の境内だった。
どうやら先客も既にいるようだ。
時間が惜しいので、全身を流れる魔力とやらを練り上げ、脚に通して爆発的に加速。一気に石段を駆け上る。
鳥居をくぐり、そのまま何故か棒立ちだった高町さんの横をすり抜けて、四足獣タイプのバケモノの鼻面にドロップキックをぶち込んでやった。
「ダイナミックエントリーッ! ――っと、初めてにしては結構上手くいったかな」
昨夜とは違い、跳び蹴りを受けたバケモノはものの見事にバケモノがもんどり打って盛大に吹っ飛んでいく。
いやはや、自分でやっといてびっくりである。
「えっ、攸夜くん? ……どうして?」
「別に、協力するつもりはないよ。……女の子が傷つくのをみすみす見逃せなかっただけだ」
僕の言葉に高町さんはユーノと顔を見合わせた後、何やら生暖かい視線をふたりして向けてくる。こっち見んな!
「ほらほら、アレを封印するんでしょ? 僕にはそんな真似できないんだから、君がやらないと」
「うんっ!」
結果、自分の意志で桃色の〈デバイス〉――“レイジングハート”をふたたび起動した高町さんの一撃により、呆気なくジュエルシードは封印された。鎧袖一触とはこのことか。
「助けに来てくれて、ありがとう」
「どう見ても僕は要らない子ですね、本当にどうもありがとうございました」
「もう、そんなこと言わないの! わたし、来てくれてうれしかったんだよ?」
「…………」
「ユウヤはツンデレだね。……って、ちょ! だから握っちゃ、な、中身出ちゃううぅぅぅぅぅ!!」
とりあえず憂さ晴らしにユーノをいじめつつ、僕は高町さんと改めて握手を交わした。
――これから待ち受けるであろう困難を、ともに立ち向かう“仲間”として。