魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#5

 

 

 

 ミッドチルダ上空。

 近未来的な都市群から数千キロの位置に悠然と浮かぶ巨大な結界――〈月匣〉。

 その内部に、薫り高いお香の香りが漂うサロンがあった。

 一見派手さはないものの、その実どれもが一流の品でしつらえた家具や調度品。趣味のいいそれらは、この空間を創造した人物の趣向がよく反映されている。

 そんな室内に、可憐な少女のドスが利いた声が響き渡る。

 

「――はあ? なんですって? もう一度言ってみなさいよ」

 

 声の主、ゆったりとした造りのいいソファーに寝そべり、不愉快そうに形のいい眉を吊り上げる銀髪金眼の美少女、ベール=ゼファーである。

 

「ああ、何度でも言ってやる。お前は遊びすぎだと言ってるんだ、ベル」

 

 対するのは、こちらも不機嫌そうに細めた瞳で寝そべる少女を見下ろす黒髪蒼眼の少年。今日は学ラン風の黒い制服を身に着けていた。

 

「あんた、あたしに喧嘩売ってるわけ?」

 

 金色の瞳がギラリと光る。

 ベルの感情の高ぶりに呼応して漏れ出した魔力が、黒い陽炎のように揺らめく。

 二人の間に流れる剣呑な空気に、ドレスを新調したアゼル=イブリスがはらはらと見守っていた。大好きなベルと、それなりに友情を感じている友人が喧嘩をしていて不安なのだろう。

 

「俺は事実を言ったまでだ。余計なことばかりして、本筋を疎かにするその癖を何とかしろ。今のままのペースだと“ヤツ”が覚醒するのは時間の問題……だよな、リオン?」

「……ええ。小物は順調に排除出来ていますが、肝心の“本体”は未だ未確認です。今までの傾向から推察するに、この次元宇宙(ミッドチルダ)に巣くって居るのは確かなようですが……」

 

 二人から少し離れた位置のイスに座り、何を考えているかわからない微笑を浮かべて事の推移を静観していたリオン=グンタが、簡潔に答える。

 そのやり取りを見やり、ベルは身体を起こして鼻を鳴らす。

 

「ふん。そんな建前じゃなく、本音を吐き出したらどうなのよ? ……「オトモダチを傷つけられてボクは怒ってます」、ってね」

 

 ピシ、と空気が凍りついた。

 アゼルは後に、ぷちっと何かが切れる音が聞こえたと語ったとかなんとか。

 

「ベル……お前」

 

 図星――それも、一番触れられたくない部分を突かれた少年は、一瞬にして殺気立ち、蒼白い殺意の炎を瞳に宿してベルを睨みつける。

 

「ふんっ、やるってんなら相手になったげるわよ? この(からだ)が“現し身”だからってなめてんじゃないわよ()()

 

 ソファーから立ち上がり、いつもの腕を組むポーズで睨み返したベル。極北の視線を向けられてなお、好戦的な嘲笑を浮かべて退かない。大魔王の誇りに賭けて、若造なんぞに負けてたまるか、と言いたげだ。

 二柱の大魔王が垂れ流す人外の魔力の渦に床が悲鳴を上げ、調度品が恐怖に震えるようにガタガタと揺れ出す。

 室内の大気が帯電し始め、月匣全体が大きく振動し、常人なら卒倒して余りある殺気に満ちた異常空間が形成される。

 もっとも、この場にただのヒトなど元とより居はしないが。

「ふ、ふたりとも、ちょっと落ち着いて。ケンカはよくないよ」アゼルが我慢しきれず、間に割って入った。

 

「アゼル、あんたは黙ってなさい。このクソガキに、力の差ってのを叩き込んでやるんだから」

「はっ、ごちゃごちゃと偉そうに。餓鬼はお前だろうが、このペチャパイ」

「ぺちゃっ!? なぁんですってぇっ!」

「あん? 言葉が難しすぎてわからなかったか? なら他の言い方をしてやるよ。ナイムネ、虚乳、幼児体型、抉れ胸!」

 

 普段はわりと紳士的な彼の、らしくない暴言。よほどベルに本心を暴かれたのが腹に据えかねたのだろう。

 

「なな、な――!?!?」

 

 ぷちっ。ベルの中で何か大切なもの――矜持とか、体面とか――が切れた。というか、自らブチ切った。

 

「ここ、コロスっ、コロスわっ! あんたはここでブッコロスっ!!」

「やってみろよ、洗濯板!」

「むきぃ~~っっっ!!」

 

「だめだよベル!」とアゼルに羽交い締めにされながら、じたばたともがいて「ちちか! やっぱりデカいちちがいいのかっ!」とベルは涙を流しながら、血を吐くように叫ぶ。

 アゼルの豊満な胸が後頭部に当たっているのも、彼女の怒りに油を注ぐ一因かもしれない。

 

 一触即発。

 まるっきり子どもの喧嘩のようなやり取りだが、彼らは曲がりなりにも裏界魔王。なりふり構わず全力全開で殺し合えば、惑星など瞬く間に消し飛ぶだろう。

 トサカにキて退くつもりなど端からない二人に、涙目なアゼル。リオンは収拾を図る気などさらさらなく――ルーによく似た6歳くらいの少女を伴ってサロンにやってきたばかりのエイミーは、「あらあら」と楽しそうに困惑するばかり。

 

「死ぃぃねえええっ!!」

「お前がな!!」

 

 怒りが頂点に達したベルと少年が、同時に大規模魔法を発動しようとしたその時――

 しゃらんっ、と澄んだ鈴の音が鳴り響いた。

 

「じゃじゃーん! みんなのアイドル、“超公”パールちゃんのお帰りよーっ!」

 

 天真爛漫な声と共に現れたのは、黒目がちな黒い瞳の小柄な美少女。小さな肢体を白い小袖に緋袴の巫女装束で包み――袴は膝上で裁ち切られ、ミニスカートのようになっていたが――、長いブロンドの髪を鈴の付いた紐で纏め、肩に届くほどの長さに垂らされている。

 彼女の名は“東方王国の王女”パール=クール。この次元世界に現在来訪している裏界魔王の一柱であり、“蠅の女王”ベール=ゼファー、“金色の魔王”ルー=サイファーと並び称される裏界帝国四強の一角だ。

 ちなみに、四強最後の一柱は少年とあまり仲がよろしくなく、今回の集いには参加していない。

 

「はー……パールちゃん、がんばっちゃってもうクタクタ。エイミーぃ、おなかすいちゃったからなんかちょーだい。今すぐちょーだい。こう、おいしくて温かいものがいいなー」

 

 部屋に流れる殺伐とした空気など知ったことかと我が物顔のパール。ドカッとイスに座って、さっそくわがままを言い始めた。

 保有する魔力や単純な戦闘力だけなら裏界第二位たるベルをも凌ぎ、現在の統治者にして最強のルーにすら匹敵するとの声さえ挙がるほどの彼女だが、その性格にはいささか以上に難がある。

 一言で言うなら天上天下唯我独尊。

 独善的で気性が荒く、子どものように幼く、わがままで残虐。ベルやルーと同じ爵位は自分には相応しくないというアレな理由で“超公(ちょうこう)”を自称するような――つまり、アホの子なのだ。

 

「はい、ただいま。少々お待ちくださいね、パール様」

「はやくねー」

 

 軽食を用意するためにいったん部屋を辞したエイミーに興味をなくしたのか、巫女服の暴君は長テーブルの上にお茶請けとして置かれていたせんべいをバリバリとかじり始めた。

 一枚食べきり、指先についた醤油をペロペロと舐め。

 

「……あれえ? ベルとアルってば、バカみたいなカッコでなにしてんの?」

 

 灼熱の大光球を抱え、睨み合ったままの格好で停止していた二人にかけられたのは、無情な言葉。

 

「……」「……」

 

 そのマイペースぶりに、魔力が霧散し、強烈な殺気が急速に萎えていく。

 

「あーあ、バッカらしい。やめよ、やめやめっ」

 

 言葉通り、白けた様子のベルがもと居たソファーに戻る。安心したように僅かに笑みを浮かべたアゼルが彼女について隣に座る。ついでにベタベタしはじめた。

 一見うっとうしそうなベルだが、本気では邪険にしていないあたり満更でもないらしい。

 “無差別プラーナ吸収”という災害級の能力を持つアゼルだが、こちらに来る際、とある魔導具の欠片を組み込んだ〈ホムンクルス〉の躯を仮の器にすることで、その能力をある程度抑制――代償に、戦闘力も格段に下がっているが――していた。

 さすがに直接肌に触れれば吸収されてしまうものの、相手は無限のスタミナを誇るベルだ。蚊に刺された程度にしか感じていないだろう。

 余談だが、裏界に居るアゼルの本体は一面の荒野の真ん中で全長1メートルのビックサイズ“ぽんこつくん三百二十六号”――アゼルのドレスと同じく、全て〈魔殺の帯〉と同質の素材で作られた特別製だ――に乗っかって、もふもふふかふかしてたりする。

 

「ふぅ……ん?」

 

 正気に戻り、ばつが悪そうにばりばりと天然パーマ気味の髪をかき乱していた少年の服の裾を、何者かがちょんちょんと遠慮がちに引っ張った。

 視線を落とせば、物欲しそうな瞳で見上げている紺色の髪の幼女――もとい少女。

 少年は表情を和らげるとその場で屈み、少女と目線を合わせた。

 

「テスラか。どうした?」

「わたしもおなかすいた」

 

 彼女の名はテスラ=陽炎=フラメル。ルー・サイファー復活の媒体とされたウィザードの少女だ。

 身体を乗っ取られてしまったものの、未だその心は残っており、ルーの精神が不在の時などにこうして表に出てきてはその茶色の瞳を寂しさに染めている。

 なお、両者の見分け方は髪や瞳の色、そしてドリルになっていないヘアスタイルだ。

 

「そっか。いつも通りチョココロネでいいかい?」

「うん、それでいいよ」

 

 儚く笑むテスラに微笑み返すと、少年は自らの月衣に常備してあるチョココロネを一つ取り出して、手渡す。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 お礼を言い、はむはむと幸せそうに大好物をほうばるいろいろな意味で幸の薄い少女の頭を、少年がぽんぽんと軽く撫でる。ルーが彼の姉なら、テスラは妹のようなものだ。

 テスラの方はといえば、まだまだ警戒心を感じてはいるものの、それなりに打ち解けてきている。だが少年には、他に“一番”のいる彼女の心の裡に必要以上に深入りするつもりはない。せいぜい大事に扱って、「お姫様をさらった悪い魔王」という役割を楽しむだけだ。

 

「あーっ、あたしもそれ食べたーい」

「パールあんた、今からなんか食べるんじゃなかったの?」

「それとこれとは別の問題っ。というわけでちょーだい」

「はいはい。――ほれ、こいつはおまけだ」

 

 「お前のものは俺のもの。俺のものも俺のもの」を地でいくパールらしい要求。彼も彼女の性質を重々理解しているようで、おまけにメロンパンもつけて機嫌を取る。

 これは単に、培ったヒト誑しスキルによる条件反射かもしれないが。

 

「おおー、あいかわらず気が利くねぇ。アルのそういうとこ、あたし好きよ?」

「そりゃどうも」

 

 冗談半分なパールの好意に、こちらも本気にしていない少年は肩をすくめる。

 気が利くのは子どもの扱いに慣れてるからだよ、などとは口が裂けても言えない。口にしたら最後、消し炭にされること請け合いである。

 

「……私も一つ、いただいて宜しいですか?」

「いいよ、何がいい?」

「では……メロンパンを」

 

 同調して請うリオン。彼女にしては珍しい行動だ。

 渡されたのは、輝明学園秋葉原校の名物ふわふわメロンパン。もちろん、もっちりぎゅうぎゅうな“仕込む”方ではなく、ふわふわサクサクな“食べる”方である。

 

「アゼルは?」

「じゃあ……、わたしもリオンと一緒で」

「ほいきた。どうぞ」

「ありがとう、アル」

 

 カリカリ。もふもふ。

 夢中になってパンをほうばる多種多様な美少女たち。世界を滅ぼして余りある戦力が揃っているとは到底思えない光景である。

 

「……っ」

 

 何やら魔王に似合わない和やかな雰囲気が流れる中、ひとり仲間外れとなってしまったベルが歯噛みした。

 少年がそれに気が付き、意地の悪い笑みを向ける。

 

「ん? どうしたベル? 君もほしいの?」

「べ、べっつにい~」

 

 意地の悪い少年の問いに、ベルは盛大に目を泳がせて興味がない風を装う。

 しかし、視線は横で焼きたてメロンパンもふもふ味わっているアゼルの手元に釘付けで。存外わかりやすい魔王(ぽんこつ)である。

 

「ベル、メロンパンおいしいよ? 一緒に食べようよ」

「……サクサクした皮とふわふわとした中身のアンバランスさ……美味です」

「ベルがいらないっていうなら、代わりにパールちゃんがもらっちゃおうかなー?」

 

 以上、カリもふを楽しんでいた三名からのコメント。

 

「うっ……ま、まあ、くれるって言うならもらってあげなくもないわよ?」

「最初からほしいって言えばいいのに。はいよ」

「……むー。なんか釈然としないわー」

「気にするな、俺は気にしない。……ってこれ、久しぶりに言ったな」

「メタ的な意味で?」

「両方」

 

 プライドは目先の欲望にたやすく陥落し、不承不承な様子で焼きたてほかほかのパンにかじりつく。

 何だかんだ言いながら、結構おいしそうに食べるベルを見て、一同は何となく和やかな気分になる。

 

 ――――そんな、近く始まる“パーティー”の前の一幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯5 「夜闇の(ナイト)魔法使い(ウィザード)

 

 

 

 

 

 

 

 

 第22管理世界での後始末を終え、予定よりもずっと遅れて本局ステーションに帰ってきた私。

 重い足取りでタラップを降り、発着場を通り抜け、おみやげ屋さんなどのエキナカのお店が立ち並ぶターミナルビルまでやってきた。

 たくさんの人で混みあった空港サロンのベンチに座って、ひと息。

 

「うう、疲れた……」

 

 疲労困憊。ガクリとうなだれる。

 “彼”との遭遇戦のあと、現地の捜査担当者と一緒に現場の見聞や、()()の処置を協議をしてるうちになんだかんだと時間をとられ……帰りの艦に乗ってる間は、報告書の作成とかしてたからけっきょくほとんど寝れてない。カンテツだ。

 ――それに、“あんなこと”面と向かって言われたら、落ち着いて寝てなんていられないよ……。

 

「ぁ、う……」

 

 わ、思い出したらふれられてた頬がまた熱くなってきちゃった。胸がどきどきしてるし。

 冷まさなきゃ。手のひらでパタパタと顔をあおぐ。

 それにしても戦闘中に、か、かわいいだとか、きれいだとか、その……すっ、好き、だとか(注:それは言われてません。幻想(もうそう)です)――いったいなんのつもりだったのだろう。冗談にしてはたちが悪い。本気だったらなおさらだ、どうかしてる。

 でも……“彼”の言葉が、すごくうれしいって思っちゃってる私のほうが、もっとどうかしてるけど。

 と、ともかくっ! 強行軍はけっこうなれてるんだけど、あれだけの戦闘のあとだとかなり辛い。正直眠たい。今すぐベッドに飛び込んで、惰眠をむさぼりたい。

 とはいっても、これから事の次第を報告しなきゃいけないから、おちおち休んでもいられなくて――――

 

「はぁ……」

 

 思わず、ため息。

 しなった気分を盛り上げようと、シャツの下に潜り込ませていたシルバーチェーンを引っぱり出して、きらきらときれいな光をこぼす金色の宝石を手のひらに乗せる。

 そして、ギュッと握りしめ、胸に当ててまぶたを閉じた。

 

「……」

 

 誰からもらったものなのか、いつから持っていたのかすらわからない。

 ……だけど、見ているだけでとてもあたたかな気持ちになって、どんなに辛いときでも、どんなに不安なときでも、挫けそうなときにだって、諦めないでがんばろうって思える――そんな不思議な力をくれる大事なネックレス。

 

「――ちゃん」

 

 今まで何度、勇気をもらってきただろう。

 だからかもしれないけど、なくしちゃいけない、手放したら絶対に後悔するって感じてるたいせつなおまもり。私の宝物だ。

 

「――トちゃん」

 

 ……それはそうと、これからどうしよう。いったんアースラに顔を出しておこうかな? ああ、でも、()()を大至急ラボに持って行かなくちゃいけないし――

 

「フェイトちゃん!」

「ひゃいっ!?」

 

 思案中に突然、大声で名前を呼ばれてビクッと身体がひきつる。

 反射的に、後ろに振り向く。

 

「あ、あれ、はやて。こんなところでなにしてるの?」

 

 そこにいたのはブラウンの制服――ミッドチルダ地上本部の制服だ――姿のはやてだった。

 両手を腰に当てて、あきれたような顔をしてる。

 び、びっくりした~。心臓がバクバク言ってるよ。

 

「「こんなところでなにしてるの?」ちゃうわ、まったく。艦の着いた時間はとっくに過ぎとるのに、フェイトちゃんがいつになっても戻って来ぉへんから迎えにきたんや」

「あ、そうなんだ。ごめんね、ありがとう、わざわざ迎えにきてくれて」

「ま、フェイトちゃんがぼーーーーっとしとるんは、今にはじまったことちゃうしな」

 

 いつものことや、と言葉を切ってころころ笑うはやて。

 むうっ、なにげにひどいこと言われてない?

 

「あ、その人……」

 

 ふと気づく。はやての少し後ろに控えて、白い帽子を薄紫色のショートヘアに乗せたとてもかわいらしい女の子が、私たちのやりとりを柔らかな微笑を浮かべて見守っていたことに。

 

「うん? ああ、このヒトが例の“協力者”さんや」

「はじめまして、志宝エリスです。よろしくお願いします」

 

 帽子をとって、ぺこりと軽くお辞儀した彼女――エリス。異世界からの来訪者。

 このひとを見ていると、なんだか懐かしい雰囲気がする。……そうか、“彼”に似てるんだ。顔だちとか体格とか、そもそも性別だって違うのにどうしても面影を重ねてしまう。

 どこか神秘的な存在感、やさしげで人懐っこい表情、物怖じしない物腰、意志の強そうな眼差し――うん、やっぱり似てる。

 

「フェイト・T・ハラオウンです。よろしくね、エリス」

 

 席を立ち、彼女にならって挨拶する。表情は笑顔で、言葉ははっきりハキハキと――執務官をしてて培った初対面のときのコツ。人見知りな私のせいいっぱいの愛想で。

 と、はやてが妙な顔をした。なんか私、変なこと言った?

 

「……フェイトちゃん。いちおう言っとくと、このヒト、私らより年上やで」

「えっ、そうなの?」

 

 ちんまりしててかわいらしいから、てっきり年下だと思ったのに。いきなり呼び捨ては失礼だったよね。

 

「ごめんなさい、呼び捨てにしちゃって。年下だと思ったから、つい、その……」

「いいですよ、好きなように呼んでいただいて。それに、幼く見られるの慣れてますから」

 

 諦めをただよわせて苦笑するエリス――許可が出たので名前で呼ぶことにしよう――。なんだか、どよんとした空気を流してる。

 ……私、悪いこと言っちゃったのかな?

 

「まあ、そう思うてもしゃあないな。なんせフェイトちゃんは――」

 

 むっ、殺気!

 いつの間にか、はやてに背後をとられてたみたいだ。気配、感じなかったのに。

 

「こーんな、立派なモン持ってるんやから」

 

 胸元へとやにわに伸びてきた両手を、がっちりと掴んでガードする。

 

「って、ありゃ、阻止されてしもた。これで通算15勝22敗かぁ。やるなあ、フェイトちゃん」

「……はやて、こういうのだめだっていつも言ってるよね?」

「ええやん、ケチケチせんと揉ませてや~。減るもんやないし~」

「減るよっ! なんかいろいろと減るよっ、きっと!」

 

 主に私の正気とか!

 こんな人通りの多いところであれをやられたら、恥ずかしくて死んじゃうよっ!

 

「あはは……。いいですよね~みなさん、年のわりに発育よくて……」

「え、と、エリスさんどうしたん?」

「その点、私なんて……私なんて……うふふっ」

 

 うつむいて、表情のわからないエリスが乾いた笑いをこぼす。

 幽霊みたいなかすれた声で、「あのロリコン、もう死んでるけど殺してやりたいです」とかつぶいてた。

 な、なんかこわいよ。

 

 ところ変わって本局ステーションの一角、大きめの会議室を借り切っての捜査会議――というか、私の報告会みたいなものだけど。

 揃ったのはクロノにエイミィ、はやて以下ヴォルケンリッターのみんな――私がいない間に新たな魔王と交戦したそうだ――、それからエリス。

 報告書を兄さんに渡して、軽く情報交換したり、持ち帰ったモノをラボに届けたあと、やっとひと眠りできたから体調は万全だ。

 でも、ちょっとおなかすいちゃったから、お茶請けのマドレーヌ――エリスの手作りらしい――をぱくつく。

 もぐもぐ……。わあっ、これすごくおいしい。あとでもっともらおう。

 

「シャイマールとまた遭遇したんだな、フェイト?」

「うん、それから少しだけ交戦したよ。……負けちゃったけど」

「そうか、テスタロッサを下すほどの実力者か……」

「シグナム、すぐにでも戦いたいとかって思っただろ」

 

 好戦的な瞳をギラリと光らせたシグナムへ、ヴィータがジト目を送る。

 

「い、いや、そんなことは無いぞ? ああ、無いとも!」

「……うそくせえ」「嘘だな」「ウソですね」「ですぅ」

「うぐっ」

 

 あわてて取り繕うシグナムだったけど、ヴィータ、ザフィーラ、シャマル、エルフィと矢継ぎ早に畳みかけられたツッコミの前に沈黙してる。

 まあ、シグナムだから仕方ないよね。

 

「おバカさんなバトルマニアはほっといて。フェイトちゃん、報告よろしく」

「あ、うん」

 

 はやてに促されたので、バルディッシュをプロジェクターにリンク。メモリに記録した映像を開始させる。ちなみにサウンドはミュート設定だ。あんなの、みんなには聞かせられないよ……。

 あ、シグナムが「主まで……」とかうめいて撃沈してる。

 

「まず、コレがラボに持って行ったモノの本体だよ」

 

 写り出されたのは“彼”が断ち斬った“モノ”。人間の左半分に、不気味な正体不明の結晶体が寄生した……そんな物体。あまりのグロテスクさにみんなだ。

 

「うげ、グロいなあ」「うわ、これはきっついね……」「……っ」

 

 映像に対して、みんなが口々に感想をもらす。

 遺体は現地で検死中だけど、結晶体の一部を切り離してサンプルとして持ち帰ってきてる。その組織片は現在本局のラボで解析中だ。

 

「これ、冥魔――“闇の落とし子”です。やっぱり、そうなんだ……」

「エリスさん、その“冥魔”って?」

 

 映像を食い入るように見ていたエリスが、なにかに気づいたようにつぶやく。彼女の口から出た知らない単語にはやてが疑問の声を上げた。

 私も知りたい。どうやら事件解決に関わる重要な事柄のようだから。

 

「あ、はい、それはもちろん説明します。と、その前に……エイミィさん、これつないでもらえますか?」

「はいはい、おまかせ~。互換できるプロジェクター、ちゃんと用意してあるよ」

 

 エリスは、かわいらしいナップザックから取り出した小さめのノートPCっぽい情報端末に、渡されたケーブルを接続する。

 

「では、あらためて」

 

 カタカタとキーボードを叩く軽快な音。

 ヴンと機械音が鳴り、プロジェクターが再度映像を映しをはじめた。

 

「“冥魔”、というのはファー・ジ・アース……いえ、主八界全体を滅ぼそうとしている勢力のことです」

 

 映像には、奇妙な姿の生物と、その詳細を示したテキストが流れる。その姿形の禍々しさに私たちは揃って顔をしかめた。

 ……あっ! これ、火災の時に戦ったのだ。えーと名前は……“闇の騎士”、か。

 

「複雑な背後関係や成り立ちについてはこの際割愛しちゃいますが、侵魔(エミュレイター)と大元を同じとした、似て非なるものと考えてもらえればいいと思います」

 

 あとで詳しい情報を冊子にしてお配りしますね、と続けるエリス。意外とちゃっかりしてるみたい。

 

「今回の件で一番重要なのは、冥魔が侵魔以上にやっかいだということです」

「厄介……どういうことだ?」

 

 すごく険しい表情をしてる兄さんの問い。たぶん、頭の中では今後の方針とか、上層部への上申の方法とか、いろいろと考えてるんだろう。クロノは責任感が強い人だから。

 

「侵魔とは、個体によりけりですけどある程度コミュニケーションがとれるんです。利害関係が成立すれば、力を貸してくれることだってありえます。……エミュレイターとの戦いは、“外国との侵略戦争”に例えることができますね。ですけど、冥魔相手にそんな余地はありません。ただ全てを破壊し尽くし、全ての生きとし生けるものを闇に落とすだけ。彼ら冥魔と私たち人間は、完全に相容れない存在なんです」

 

 実際に危機に直面してる世界の住人だからだろうか、エリスの言葉はどこか重い。

 彼女の雰囲気から、冥魔がどれだけ危険なのものなのか察するのは簡単だった。

 

「あの映像にあった方は、おそらく冥魔によってヒトが変質した存在、“闇の落とし子”です。完全に墜ちたら最後、肉体的にも精神的にも変わり果てて、破壊衝動のまま命を刈り取り続ける……」

「そうなった場合、元に戻す手段は?」

「ありません。魂と精神が汚染されきる前に浄化するか、さもなければ……」

 

 エリスが言葉を濁す。その続きは、わかる。わかってしまった。ほかのみんなも同様で、押し黙ってしまう。

 私はふと思う。もしかして“彼”はあのとき……。

 

「そんなものがこの世界に……。なら、次元世界で多発している無差別連続殺傷事件も、その冥魔とやらが?」

「その可能性はかなり高いと思います。それから、これは私の推測なんですけど――」

 

 そう前置きして、藤色の髪の女の子はとても真剣な声色で自分の考えを説明しはじめた。

 

 

   *  *  *

 

 

 カツカツカツ……。清潔に保たれたリノリウムの床をパンプスの短めなヒールが打つ。

 会議が終わってすぐ、私は資料の入ったケース片手にミッドチルダへ訪れていた。

 目的はユーノのおみまい。それから、なのはの様子がどうにも気になったから。慰める……っていうと言い方が悪いけど、ひどく落ち込んでいるなのはを元気づけたかった。

 リズミカルに響く自分の足音を耳に入れながら、会議でのことを思い浮かべて私は思案の海に没頭する。

 

(……彼らの目的は冥魔の討伐かもしれない、か)

 

 エリスの推理を要約するとこうだ。

 シグナムたちの前に現れたルー=サイファー。そして、なのはと戦ったベール=ゼファー。この二人はとても仲が悪く、普段は絶対に力を合わせたりしない。むしろ仲違いして、互いに足を引っ張り合うくらい――そう聞くと、ちょっと人間っぽいかも――らしい。そんな彼女たちが唯一、協力しあうのが冥魔の相手をするとき。

 どちらも冥魔を目障りに思っていて、時にはヒト――ウィザードたちとも共同するのだとか。

 といっても、それ以上のことはわからずじまい。冥魔の排除は単なるついでで、なにか危険なロストロギアを狙っていたり……もしかしたら単純に、この次元世界を武力制圧しようとしてる可能性だってある。

 そもそも、どうして冥魔なんて存在がこの世界に現れたのかさえわかっていない。エリスもわからないそうだ。

 だから、クロノは上の方に掛け合って魔王と冥魔に対するなんらかの対策を早急にとるよう、働きかけてみると言っていた。

 ――でも、たぶん結果は芳しくないと思う。

 アースラを離れる前、兄さんがぽつりともらしてた。「この件に関して管理局の動きが鈍すぎる。まるで見えない“誰か”の意志に邪魔されてるみたいだ」と。

 私も、その意見に賛成だ。

 ハイダでのことだってそう。現場レベルでの捜査はそれなりに進んでたのに、時空管理局全体としては押っ取り刀でやっと腰を上げた段階。仮にも執務官の私が、兄さんに資料を見せてもらうまで知らなかったし、報道も未だにされてない。これはかなりおかしい。

 普通、管理世界広域で殺人事件が多発しているなんて管理局の威信に関わる大きな事態なのに、動きは不自然ほど緩慢で。兄さんの言うように、何者かの妨害や圧力を受けているとしか思えない。――それも、かなり“上”のほうから。

 もっとも、いち執務官でしかない私にどうこうできる問題でもなさそうなんだけど。

 それに――、

 

(……みんなには悪いけど、私は)

 

 私は“彼”が、ほんとは敵じゃないのかもしれない。争わなくてすむかもしれない。

 それがうれしかった。ほっとしてる。

 そして、くやしくて、情けなかった。

 

 

 ユーノの病室の前。

 ちょっとためらったあと、意を決して軽くノックする。少し間をおいて「どうぞ」と聞きなれた……でも、いつもよりずっと力ない返事が返ってきた。

 ゆっくりと戸を引く。

 

 広々とした、真っ白な病室。

 まず目に入ったのは、ベッドに横たわり、生命維持装置につながれたユーノの痛々しい姿。

 そして――

 

「――あ……、フェイトちゃん……」

 

 ベッドサイドの丸イスに座り、ゆらりと振り向く私の親友――かけがえのない友だち。満開のひまわりのような、春のひだまりのような笑顔がかわいらしい女の子。

 けれど、今は見る影もない。

 赤みがかった茶色の髪はつやを失い、輝き透き通っていた青紫の瞳も今やくず石同然……私の記憶にある彼女の姿は、まるでまぼろしか蜃気楼だったかのよう。

 

「えっと、なのは……」

 

 少しこけた頬に目の下の濃いくま。無理やりに笑ってるのがわかってしまう。

 やつれて焦燥しきったなのはの姿に、半ば予想していたのに思わずたじろいでしまった。

 

「……ユーノくんのおみまいに、きてくれたんだよね」

「あ、う、うん」

 

 慌てて取り繕う。

 声色は明るく、表情は柔らかに。なのはを元気づけにきたのだから、もっと朗らかに応対しなきゃ。

 

「ありがとね、フェイトちゃん」

「ううん、いいんだよ。そうだ、これ、その……捜査してわかったこととかをまとめた資料だから、気が向いたら読んでみて」

 

 持っていたから小冊子を取り出して、紙製の花束――折り紙だろうか――の乗ったサイドボードの上に置く。あ、レイジングハート、返ってきたんだ。

 なのはの返事は「うん」とだけ。あまり興味はなさそうだ。

 なのはと向かい合うように、パイプイスを置いて座った。

 

「それで、ユーノの様態……どう?」

 

 ふるふると、なのはは力なく首を横に振る。やっぱり、意識はまだ戻ってないらしい。

 

「そう……。ねえ、なのは」

「なに? フェイトちゃん」

 

 懸念だったことを思い切って尋ねてみることにする。

 

「なのは、ちゃんと家には帰ってる? なのはのご家族、みんなきっと心配してるよ?」

 

 ここ半月、地球に帰ってない私が言えたことじゃないけど、なのはの様子はあんまりだ。ひどすぎる。

 

「あ、一度戻ったよ? 着がえとか取りに行かなきゃだから」

 

 とんぼ返りだったけどね、と世間話をするような調子でなのはが言う。つまり、それ以外は戻ってないってこと?

 私は、頭がカッと沸騰するのを感じた。

 

「そんな……! だめだよ、なのは。ちゃんと休んでないんでしょ? このままじゃ、なのはが身体壊しちゃうよ!」

 

 親友の無茶に声を荒げる。

 すると、なのはは困ったふうにぎこちない苦笑いを浮かべた。

 

「私は……だいじょうぶだよ」

「だいじょうぶって――」

 

 イスから立ち上がったなのは。私の言葉を背に、サイドボードに近づく。

 

「この折り紙ね、ユーノが助けた女の子からの贈り物なんだよ」

 

 紙でできたピンクの花に指先で触れながら、噛みしめるような声色で独白する。

 

「「おにいちゃんが、はやく元気になりますように」、だって。あんなに怖い目にあったのに、あわせちゃったのに……、そんなこと関係ないって笑ってて――」

「な、なのは……」

 

 なのはの言葉には、痛いくらいにあふれる後悔が詰まってて。

 拒絶されてる、そう思った。慰めなんていらないと。

 自分を責めて、責めて、責め続けてるなのはの背中は小さくて頼りない。

 

「だから、私、休んでなんていられないよ……ユーノくんが、目覚めてくれるまで」

「……」

 

 悲壮なことを悲痛な笑顔で言う親友に、私はかける言葉をなくして口をつぐんだ。

 

 

   *  *  *

 

 

 ミッドチルダ北部、廃棄都市区画。

 数週間前に起きた海第8空港の大火災に伴い、放棄および閉鎖された市街地である。

 用済みとなって打ち捨てられ、今はひっそりと静寂に包まれたビル群の中心――交差点跡のアスファルトに、突如として青い陽炎と燐光を放つ大きな魔法陣が描かれた。

 円陣の中に三角と三つの円を抱き、無数のルーン文字が書き込まれた複雑な魔法陣は、このミッドチルダ発祥の魔法やベルカ式と呼ばれる魔法で用いられるものとは全く別種の術式・術理によって生み出されたもの。遠く因果の果て、世界線を異なる世界ファー・ジ・アースを発祥とする“夢見る神”の祝福を受けた神秘と幻想を操る魔法だ。

 収まっていく光。魔法陣のあった場所に、四人の男女が立っていた。

 

「…………。ここに、エリスがいるのね」

 

 艶のある緋色の髪を乾いた風になびかせて、緋室(ひむろ)(あかり)が抑揚のない声で言う。

 彼女が纏うのは豊満な肢体のラインを強調する黒いノースリーブのワンピース、同じ色のニーソックスとコンバットブーツ。銀のクロスを飾ったベレー帽に(あか)いマフラー、(あか)いベルト、ダガーを模した銀の首飾りがアクセントだ。

 一見、普通の服に見えるそれらは、〈強化人間〉である彼女の肉体に備わる人外の身体能力を阻害しないよう特別に用意された品々だった。

 

「それにしてもずいぶんと寂れてますねー。誰かいないんでしょうか?」

 

 碧いポニーテールをゆらゆらと揺らして、真壁(まかべ)(みどり)がおのぼりさんのようにふらふらと周囲を見回す。

 いろいろと軽そうな雰囲気を振りまく彼女だが、伊那冠命神(いささかのみことのかみ)という歴とした古き神の力を継ぐ〈大いなる者〉である。……とてもそうは見えないが。

 服装は灯とは対照的に、何気に豊かな胸元に水色のリボンを配するゆったりとした清楚なデザインの白いロングワンピース。清純派を自称する彼女らしいチョイスだった。

 

「周囲に生体反応無し……どうやらただの廃墟ですね。ですが、ファー・ジ・アースと同等か、それ以上の文明を持っている世界だと見て間違い無いようです」

 

 〈人造人間〉――“ホムンクルス”特有の感知能力を駆使し、油断なく状況を把握、分析するのは紅い軍服に身を包んだ茶髪に青い瞳を持つ二十歳ほどの青年、大泉(おおいずみ)スルガ。

 ファー・ジ・アースを守護するエリート集団“ロンギヌス”に所属するウィザードで、上司であるくれはからくせ者ぞろいのメンバーのお目付役を仰せつかっていたりする。

 

「それで、これからどうするの、命?」

 

 灯が振り向き、表情の乏しい面差しに隠しきれない親愛を浮かべ、最後の一人に問いかける。

 

「そうだね……とりあえず、エリスに連絡を入れてみよう。こっちに渡ったから繋がるはずだ」

 

 黒髪黒眼、日本人らしい特徴の少年、真行寺(しんぎょうじ)命が(みこと)が答える。

 見た目、頼りなさそうな彼もほかの三人と同じく一流のウィザードだ。

 服装は、シンプルなシャツの上におしゃれなジャケット、ジーンズというラフな格好。灯とお揃いの。

 なお、つい最近まで昏睡していたのに高校を無事に卒業できたのは某下がる男並みの過密スケジュールをこなしたからだとか。

 

「わかったわ。さっそく0-Phonで連絡を――」

「その必要はないよ」

 

 灯のセリフを遮って、よく通る少年の声が響き渡る。

 そして、塗り変わる“世界”。

 

「月匣――!?」

 

 イヤと言うほど見知った現象に、命は声を上げた。

 彼らの前方、開けた道路の中心に、学ラン風の黒い制服を纏った少年が紅い満月をバックに立っていた。

 

「ミッドチルダへようこそ、ウィザードの皆さん」

 

「君は、シャイマール!」

 命が自らの“通り名”を呼ぶと、彼は飄々と底知れない笑みを浮かべた。

 

「ふっ、生憎だが。俺だけじゃないのさ。ほら――」

 

 少年が蠱惑的な笑みを浮かべ、後ろを振り返る。

 

「っルー=サイファー!」

 因縁浅からぬスルガが、その名を強い口調で呼ぶ。

 

 ひときわ高い位置から冷たい白銀の瞳で一同を見下ろすのは、幻術で本来の姿を取り、真紅の豪華絢爛なドレスを身に纏った貴婦人――“金色の魔王”。鮮やかな紅が、裏界随一の美貌を彩る。

 “誘惑者”が目立たぬよう主の陰に付き従っていた。

 

「ベール=ゼファー……」

 幾度となく交戦した灯が、最大級の警戒心を露わにする。

 

 “荒廃の魔王”と“秘密侯爵”を引き連れた“蠅の女王”が瓦礫に腰掛け、妖しく艶やかな笑顔を零す。

 本日の御召し物は、かわいらしい漆黒のパーティードレスといつものポンチョ。首もとの、紫のバラをあしらったチョーカーがチャームポイントだ。

 

「ぱ、パール=クールさんまでいるんですか~!?」

 理不尽な光景を前に、翠がとても情けない声を上げた。

 

 しゃらんと鈴の音を鳴る。白と緋色の巫女服を身に着けた“東方王国の王女”が柱の上に仁王立ちし、尊大かつ傲慢に、その威厳を見せつける。

 ――裏界魔王、七柱揃い踏み。

 まともなウィザードなら瞬時に死を覚悟し、この世を儚む強大な存在。命たちも例に漏れず、身を強ばらせる。

 彼らの様子に、“皇帝”の息子を自称する少年は愉快そうに目を細め、口を三日月に歪めた。

 

「熱烈大歓迎だ。受け取ってくれ」

 

 

 ――――空に浮かぶのは、血のように紅い月。

 

 満ちる深き闇の象徴(しるし)。太陽は熱を失い、鈍色の地平へ沈み、月門(とびら)が開く。

 耳を澄ませば、聞こえてくるだろう。あえかなる少女たちの囁きが。

 それは甘い破滅に彩られた語らい。いずれ、“世界”に悪徳の華を咲かせる。

 

 少女たちの名は、魔王――

 

 そのしなやかな腕は命を摘み取るために。

 その可憐な唇は死の接吻のために。

 その美しい微笑は散りゆく愚者のために。

 かくも、破壊と殺戮を愛するものたち。“世界”の裏側で、いつも機会を狙っている。

 今宵もまた、紅い月が昇る。

 そして、告げるのだ。

 

 昏き祝宴の始まりと、死の舞踏の始まりを――――

 

 

   *  *  *

 

 

「俺たちに待ち伏せされていたことが不思議で仕方ない――、って顔をしてるな、アンタら」

 

 予期せぬ襲来に戸惑い、狼狽を隠せないウィザードたちを嘲笑うのは黒髪の魔王。彼らを見やる瞳の冷たい蒼を変えないまま、ふと目の前の虚空を右手で掴み、握る。

 

「タネは簡単さ」

 

 そこを起点として、徐々に姿を顕していく一振りの剣。

 禍々しく波打った刃、魔の祝福と尽きない威光を意味するルーン文字の刻み込まれた刀身、鍔の中心にあしらわれた魔眼の意匠――そして、()()()()としての内部構造を露わにしつつ、魔王の名を持つ“箒”――〈デモニックブルーム〉が顕現する。

 

「“こちら”と“あちら”を繋ぐ(みち)を始めに創ったのは()()()()だと思っている? そこに誰が通るかなんて、把握しているに決まってるじゃないか」

「!!」

「通行料代わりと言っちゃなんだけど、創った路の入り口がどこに開くか決めるのも制作者の特権でね。……この言葉の意味、わかるな?」

 

 意味深に結尾を切り、少年はデモニックブルームを軽く素振りすると気だるそうに肩に担ぐ。

 さらに、空いた左手をズボンのポケットに突っ込む態度はとても柄が悪そうに見える。有り体に言うと不良っぽい。

 

「じゃあ、私たちは……いえ、エリスは――」

「飛んで火にいる夏の虫、ってね。志宝エリスは……今頃何処か、見知らぬ土地で野垂れ死んでるのかもな」

「ッ!」

 

 血相を変え、珍しく激情を露わにした灯が月衣から身の丈ほどの黒い大砲、〈ガンナーズブルーム改〉――今では旧式となり〈オールドブルーム〉と呼ばれる機種の改良型で、彼女の愛用品だ――を抜き出し、その砲門をくつくつと愉快そうに笑う少年(まおう)へ突きつける。

 真実を知り、直接エリスと(まみ)えてもいるルーは意地の悪すぎる煽り文句に呆れ、密かにため息を吐いた。

 

「あかりん、落ち着いて。まだそうと決まったわけじゃない。エリスを、仲間を信じよう」

 

 我を忘れている灯の肩に手を置き、命は言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 彼の眼差しは、緋色の瞳を真っ直ぐ貫いていた。

 

「……そうね、命の言うとおり。ここを切り抜けたら私が作ったお弁当をあげるわ」

「うぐっ。そ、それはうれしいけど。あかりん、そのセリフはいろいろ死亡フラグだから」

「……ぽっ」

「いや、今の会話のどこに顔を赤らめる要素があったの?」

 

 軽く夫婦漫才をしたあと、お互いの手を握り――ガンナーズブルームはどうした――、見つめあう。

 ふたりの妙な雰囲気に触発されて、周囲には桃色の“げっこう”が形成されていた。

 それはそれは強力な“げっこう”である。

 

(わわわっ、二人とも大胆ですっ)(ところかまかずイチャイチャと。目障りだわ~)

 

 翠とベルが甘ったるさに砂糖を吐いたり、

 

(次はどうなるのかしら? ワクワクワクワク)(いいなあ。あたしも、ベルと……)

 

 パールとアゼルが興味津々だったり、

 

(なるほど……これは興味深い)(仲がよろしいですね~)

 

 リオンとエイミーがあらあらうふふと見ていたり、

 

「……」「……まったく」

 

 スルガとルーが僅かに苦笑していたりするのは些細なこと。

 

「っち、バカップルが……」

 

 それから、黒髪の少年が吐き捨てつつもとても羨ましそうにしてたのも些末事である。

 

「あー、こほん。……お二人さん、そろそろいいかな? 質問がないなら始めたいんだけど」

 

 再起動を果たした少年が、ゆるーくなった空気を変えるように咳払いして促す。口調や声色が素に戻りかけているのは、命と灯ののろけにあてられたからだろう。

 

「はじめるって、なにをですか?」

「そりゃあ勿論……、魔王とウィザードが遭遇してやることなんて、一つしかないさ」

 

「「「「――っ!?」」」」

 

 首を傾げつつ発せられた翠の疑問に、何となしに気安かった少年の雰囲気が霧散し、代わりに濃密な殺気がウィザードたちに叩きつけられた。

 刹那、瞬時に練り上げられた魔力が彼の足裏で爆発、耳をつんざく炸裂音を響かせて突進する。

 鈍く光る白刃が閃いた。

 

「ッ、あかりん!」

 

 危機を察知し、命が咄嗟に灯を突き飛ばす。間一髪、入れ替わるように繰り出された袈裟懸けの斬撃と気休めに発動した防御魔装と衝突し、殺しきれなかった衝撃で命は大きく吹き飛んだ。

 

「――殺し合いだよ」

 

 距離にして10メートルはあるだろうか、わだかまる噴煙に視線を送りながら少年が酷薄な言葉を吐き出した。

 

「命! ――くっ!」

 

 自分の目の前に降り立った黒衣の少年に、半ば反射的に魔砲を突きつける灯。引き金が引き絞られ、巨大な弾丸が吐き出される間際、もう一つの黒い影が躍り出る。

 コツッと軽快に着地し、ポンチョをはためかせる黒衣の少女。集中もなしに、左手から放たれる虚無の魔法。

 灯は咄嗟に射撃体制をキャンセル、地面を蹴って大きく飛び上がり漆黒の矢を回避。くるりと宙返りして、三メートルほど後方に着地して、ガンナーズブルームを再び構え直した。

 

「今回は君らの歓迎会だからね、少しだけ趣向を凝らしてみたんだ。古人曰く、郷に入っては、とも言うし――こちらの流儀とお約束に則って、一対一のサシで()ろうじゃないか」

「あんたって、ほんと性悪よね」

「ほっとけ」

 

 ベルの憎まれ口に、わずかに顔をしかめた少年の像がゆらりと歪み、そして消える。

 〈空間転移〉。大いなる者の十八番(おはこ)、空間操作能力の応用だ。

 ややあって、命が吹き飛ばされたと思われる辺りから激しく鋭い剣戟音が鳴り響く。

 どうやら彼は命にターゲットを絞ったようだった。

 

「ま、そういうワケだから。――ダンスのパートナーをお願いできるかしら、ミス?」

 

 ひどく芝居がかった仕草とセリフ。ベルが小首を傾げ、右手を灯へと差し出す。

 彼女が滅多には見せない優雅で気品ある所作は、身に纏った典雅なドレスと相まって言葉の通りにまるで舞踏会の一幕のよう。

 

「……」

 

 だが、緋色の魔女からの返答は砲撃。言葉の代わりに、青い魔法陣から魔術処理が施された特殊合金製の砲弾が吐き出される。

 

「あらま、手荒いお返事ね」

 

 半身になって軽々と避けるベル。狙いを外して着弾した大質量の塊が地面を砕き、高々と噴煙を打ち上げた。

 その隙に、灯がちらりと視線の端で仲間の様子を窺うと、スルガ、翠も自分と同様に魔王と一対一に持ち込まれてしまっていた。

 分断された、と灯は内心で歯噛みする。これでは撤退どころか、体勢を立て直すこともままならない。

 

「やっぱりお仲間が心配かしら?」

「心配だけど、信頼してる。……それに、私があなたを倒して助けにいけばいいだけよ」

 

 余裕を隠そうともしないベルに、灯は気後れも誇張もなく、心の内をただ淡々と告げる。

 〈強化人間〉特有の合理的な思考と、さまざまなウィザードと共に戦ってきた経験を背負う彼女だからこその発言。以前、昏睡状態だった命を守るためとはいえ、親友と仲間に砲口を向けたのは苦い記憶だ。

 故に、灯は仲間を信じ、目の前の魔王を討ち倒すことで報いようと考える。

 

「あっそ。ま、あんたなら()()()()よりは楽しませてくれるかもね」

「……?」

 

 発言の意図が分からず、疑問符を浮かべる灯を余所に、漆黒の炎に変じた魔力が渦を成して巻き上がる。

 好敵手の一人たる緋色の魔女を前にして、銀髪の女王がゆっくりと、悪魔のように美しく微笑んだ。

 

 

「一対一……なるほど、僕の相手はあなたという訳ですか、ルー=サイファー」

 

 パニエで膨らんだ宮廷ドレスを摘み、裾を軽く引き上げたルーがスルガの前に悠然と降り立った。

 同時に、彼の右腕を包むように現出する巨大な盾と鉄甲が一体となったガントレット〈アイゼンブルグ〉。このような形をしているが、これでも立派な“箒”だ。

 感情を表に出さない冷徹な銀の瞳にその様子を写したルーは、ついっと視線をいずこかへとやる。

 

「……まったく、あれも無駄な気を利かせよる。“シャイマール”の後継の一人とはとても思えぬな」

 

 眼差しの先で戦闘中の、最近めっきり奔放で破天荒になってしまった弟にぼやくものの、その表情は穏やかで母性のようなものすら漂わせていた。

 それに気づいたルーは苦笑する。“本体”からあまりにも離れすぎているこちらでは、自らの(さが)――神としての本能が些か薄くなるらしい、と。

 

(まあ、あの子たちは特に気にしてないみたいだけど)

 

 なんだかんだで自由をエンジョイている同胞《はらから》たちを思い、ルーは嘆息する。自分も他人のことは言えないということには気付かずに。

 

「テスラの身体を返してもらいます」

 

 思い憂う大魔王の内心など知る由もない鋼の守護者は、無機質な青い瞳に信念の炎を燃やす。

 魔王の仮面(ペルソナ)で本心を隠し切り、“金色の魔王”が尊大に言う。

 

「この躯が、ただの現し身だということくらいは理解しておろう?」

「ええ。ですが、あなたの現し身を倒し、力を削ぎ続ければ、いつの日かテスラを救うことが出来るかもしれない。――いえ、必ず救い出す……!!」

 

 彼を造った錬金術師の孫であり、彼が救うと誓った少女の名を胸に刻み。仮初めの命を持つ魔法使い(ウィザード)は、鋼の魂に静かな闘志と決然たる意志を宿して。

 ルーが侮りを露わにして鼻を鳴らした。

 

「ふん。随分と気の長い話よな。……我が力、早々に削り切れると思うてか」

 

 ゴッとスルガを威圧するかのごとく吹き出す黄金色の魔力。間欠泉のようなそれは、酩酊するほどに濃密な死の気配を漂わせる。

 だがそれすらも、裏界最強と謳われる彼女の力のひとかけらにしか過ぎない。

 

「……!」

 

 魔王が垂れ流す圧倒的かつ暴力的なプレッシャーに、戦うため護るために生み出された〈人造人間〉であるはずのスルガの肌が、にわかに粟立つ。

 

「――アイン・ソフ・オウル」

 

 ルーの足元に紅黒い七芒星の魔法陣が描かれる。

 彼女を囲むように、内部の結晶に紅い光を明滅させた七枚の白き“羽根”が――破壊神たる力の象徴が、ずるりと抜け出した。

 

「その力がどれだけ強大だとしても、どれだけの時間がかかるとしても――、押し通すだけです。あなたとて、一度は討ち滅ぼされているのですから」

 

 左腕の細胞を蠢かせ、音速の生体弾丸を発射する機構〈ブラッドブレッド〉が展開される。

 その砲口の行く先は最強の魔王。何よりも大切な少女を奪い去った宿敵に突きつけた。

 ピクリ。ルーの端正な眉が揺れた。

 

「口が過ぎるぞ下郎。己の分を弁えろ」

「……ッ!」

 

 自らの汚点を突かれたルーの美麗な容貌が怒りで染まり、覇気の籠もる言葉に空気がざわめく。

 それを合図として、アイン・ソフ・オウルが一斉にスルガへと撃ち出された。

 

 

「うんと……命さんがシャイマールさんで、灯さんがベルさんで……」

 

 一人残された翠が、指折り数えて状況を整理していた。

 

「スルガさんとルーさん……アゼルさんとリオンさんとエイミーさんは、観戦中、と」

 

 彼女が挙げた魔王三人はやや上空に滞空してお菓子を片手に歓談中であり、文字通り高みの見物と洒落込んでいる。魔王の余裕という奴だ。

 全員を相手にすればそれだけで詰み、ゲームオーバーだった翠たちにしてみれば僥倖だろうが。

 

「…………。あれ? じゃあ、あたしの相手って――」

 

 しゃらん。不意に、澄んだ鈴の音が背後で鳴った。

 ギギギ……、と油の切れたブリキの人形のように振り向く(さんした)

 

「それはもっちろん。このパールちゃんに決まってるじゃない」

 

 そこに居たのは、それなりな胸を尊大に張る巫女服の魔王(あほのこ)

 無邪気にして残虐な彼女の恐ろしさをよく知る翠は目を泳がせ、ダラダラと滝のような汗を流して狼狽した。

 そして、恐る恐る口を開く。

 

「え、えーと、あたし、役割でいうと後衛なんですよね」

「うんうん」

「いわゆるひとつの“キャスター”というやつでして」

「うんうん」

「灯さんたちみたく、一人では戦えないというか……」

「うんうん、それでそれで?」

 

 翠が矢継ぎ早に繰り出す言に、パールは楽しそうに何度も頷いて。

 一拍、間。

 

「逃げても、いいですか?」

 

 真壁翠、一世一代の懇願。

 極貧生活を支えるためのアルバイトで鍛えたとびきりかわいい笑顔で、だ。

 

「うーん……」

 

 人差し指を小振りな唇に当てて、パールは考える。

 ゴクリ。緊張した面もちの翠がのどを鳴らす。

 ――月匣に、痛いほどの沈黙が訪れた。

 たっぷり時間をとって、パールは翠に負けじととびきりかわいい笑顔で口を開き、

 

「だーめっ☆」

 

 無慈悲な一言を言い放つ。

 

「や、やっぱりぃぃーーっ!?」

 

 涙目な翠の、悲痛な叫びが木霊した。

 

 

   *  *  *

 

 

 ヒトが造りし石塔の密林。打ち捨てられ、後は風化するのを待つだけの寂寥たる石碑群。

 その谷間を舞台に、()()の魔法使いが己の力と信念を賭けて雌雄を決する。

 “エミュレイターの勇者”という宿命を背負わされ、それを否定しウィザードとして侵魔と戦う真行寺命と。“シャイマール”の並行存在として生み出され、それを肯定し魔王として振る舞う■■■■。

 ある意味で表裏一体、コインの表と裏とも言える彼らの激突は必然だったのかもしれない。

 

「はぁああああッ!!」

 

 国造りの神に捨てられた忌み子の名を冠する両刃の魔剣〈ヒルコ〉。ふたつに分かたれた一振り、光の貌を象徴する白い輝きが紅い闇を斬り裂く。

 

「ぐッ……、さすがに一流のウィザードは格が違うか――!!」

 

 対するは長剣型“箒”デモニックブルーム。蒼白い光刃(オリハルコンブレード)を刀身に付与させて、白き両刃剣を迎え撃つ。

 甲高い太刀音を響かせて、二振りの長大な剣がその刃を合わせた。

 疾風怒濤の剣戟。

 魔力が爆ぜ、刃が走り、剣が翔て――

 数合、数十合と剣が打ち合ってオレンジ色の火花を咲かせる。

 膂力の差か、はたまた得物の差か――デモニックブルームはヒルコに幾度となく弾かれていた。

 

「チ……」

 

 たまらずバックステップで距離を取る黒髪の魔王は、接近戦での不利と見るや小さく舌打ちを漏らした。

 しかしその表情はお気に入りの玩具を前にした子どものように愉しげで、剣呑な光を灯した蒼い瞳は獲物を狙う猛禽にも似ている。

 視線の先には長大な剣を振りかぶるウィザードの姿――

 

「まだだッ!」

 

 命の“プラーナ”を喰ったヒルコが繰り出された斬撃を延ばす。振り抜いた魔剣から延びた白い突風が、ビルの間を一瞬にして駆け抜ける。

 

「ぬ、ぐ……っ」

 

 少年は長剣を振るって何とか迎撃するが、強烈な衝撃に身体が硬直、体勢が開く。

 その隙を突き、命が一気に勝負を決めようと地面を蹴り、疾駆した。

 

「ヒルコォオオオオオッッ!!」

 

 裂帛の気合い。主の雄叫びに応え、白き“遺産”がその内に宿した古の力を解放した。

 

「ッ!」

 

 一際まばゆい白の閃光を放つ魔剣が、居合いの要領で左下から右上への軌道で斬り上がる。

 咄嗟に放たれた斬撃――真逆の軌道、右上から左下へと袈裟斬りで落ちる蒼銀の光剣。

 

「はぁあああッ!!」

「オオオオ――ッ!!」

 

 二本の剣が紫電の如き疾さで交錯した。

 爆発じみた轟音が鳴り響き、真っ紅な飛沫が飛び散る。

 ヒルコで斬り上げたままの格好で停止したウィザードと、よろよろと数歩下がって紅く染まった胸を押さえる魔王。

 しゅんしゅんと風切り音を鳴らして“箒”が宙を舞う。

 命渾身の斬撃で、少年の手より弾かれたデモニックブルームが道端の瓦礫に突き立った。

 そして――一転の静寂。

 無音。透明。何も無い。その真っ白な音を、遠方で起こる散発的な爆音が汚していく。

 間合いは一足一刀。

 彼らの実力なら一息とかけずに詰められる程度の間だ。

 故に、どちらも動かない。動けない。

 

「……」

 

 命はヒルコを青眼に構えなおしながら、だらりと両腕を垂らして一見すると隙だらけな――その実、体勢は下がりスタンスはやや広い……誘っているようにしか思えない自分よりも年下らしい少年の思惑に、考えを巡らせる。

 この目の前にいる魔王が、ひときわ酔狂な変わり者だということを命は知っている。直接戦うのは今回が初めてだが、噂くらいは耳にしていた。

 曰わく――

 

 「力と知識を求めるものを好み、その望みに答える」

 「自らは表に出ず裏で策動し、策の正否は問わず起こる混乱を楽しむ」

 「時には自らの奸計を、人間に協力することで台無しにすることも多々ある」

 

 などなど……。

 まさしく悪魔の典型。気まぐれなトリックスターそのものだ。

 遥か昔、神の楽園に住まうヒトを誘惑し、知恵の果実を与えたとされる“漆黒の蛇”らしいとも言える。

 しかし、今回のように自らの姿を曝して正面から戦うようなタイプの魔王ではないはずだ。

 ――そして、命は目の前の少年に、以前から名証しがたい違和感を覚えていた。それこそ濃霧のように漠然としたものだったが、実際に対峙して、刃を交わしているうちに違和感は次第に強まっていく。

 

「……裏界の勇者の証たる魔剣、ヒルコか……」

「!」

 

 ぽつりとこぼれた独白。

 自らの宿業を揶揄されて命が僅かに動揺する。

 

「その剣で、緋室灯を突き貫いたんだったよな、アンタは」

「それは……!」

「アスモデートのヤツに躯を乗っ取られてたからだろ? 知ってるよ」

 

 命の剣幕に少年は苦笑する。

 やれやれといった調子で肩をすくめ、宥めるような口調で二の句を告げた。

 

「どちらにせよ、恋人を殺しかけたっていう事実に違いはないさ。……まったく罪作りな男だね、お互い」

 

 ため息混じりの軽口に込められていたのは、からかいではなく自嘲。自らの不徳を嘲うシニカルな笑み。

 そのあまりに人間くさい表情を見て、命の違和感は確信に変わった。

 

「君は――」

「……?」

 

 不意に発せられた呼びかけ。少年が訝しげに眉をひそめる。

 

「君は、本当は人間(ヒト)なんじゃないのか?」

 

 睨み合いの中で投げかけられた疑問に少年の眉がぴくりと反応し、海原のような蒼い双眸がわずかに揺れる。

 

「エミュレイター側の存在だったことがある僕だからかもしれないけど、なんとなくわかる……君はただの侵魔じゃないって」

「……何故、そう思う?」

「気配、かな」

「気配?」

「気配があまりにも濁りすぎてるんだ。光でもなく闇でもない――どっちつかずの中途半端、まるで昔の僕みたいに」

 

 核心を突いた考察に、数瞬きょとんとして、黒髪の魔王はふと、少年と青年の間らしい――“魔王”の仮面を取り払った、柔和で優しげな素の表情を浮かべる。

 獣じみた構えをゆっくりと解かれ、白い腕輪の巻きついた左手をポケットに突っ込み、空いた右手でボサボサの髪を軽く掻き上げた。

 

「そうだな、アンタの言う通り、確かに俺はヒトだよ。エミュレイター――裏界帝国の末席に身を置いているだけの、アンタらとは立ち位置が違うだけの、人間だ。……少なくとも、俺自身はそう思ってる」

「そうか……」

 

 納得して、神妙な面持ちをして見せた命を、少年は興味深そうに目を細め観察している。

 

「何故裏界(ファーサイド)に与してる?、とは聞かないんだな」

「今更だよ、そんなこと。今までだって闇に、力に溺れた人間をたくさん見てきたし、倒してきた。……どうやら君は、彼らとは少し毛色が違うみたいだけど」

 

 そりゃどうも。どうでもよさそうに応える黒髪の少年は、右手を軽く地面にかざした。

 するとそれに呼応して、彼の右脇に豪奢な装飾が施された長剣が独りでに飛来して突き刺さる。

 

「せっかくの機会だ、俺もアンタに一つ問いたい」

「なんだい?」

「アンタは……、()()?」

 

 手元に戻ったデモニックブルームを逆手で引き抜きながら、黒髪の魔王が黒髪のウィザードに問う。

 答えなど、端からわかりきっていた。

 故にこれは戯れ言。死闘の前の無意味で無価値な問答だ。

 

「僕は()()、真行寺命だ」

 

 試すかのように自分を見据える蒼い瞳を、真っ直ぐ見返した命はまっさらな本心を言葉に乗せる。はっきりと迷いなく、それでいて決然と。

 ただ飾りっけのない事実だけを口にして、命は燦然と白く輝くヒルコを正眼に構えた。

 満足のいく返答に、少年がいたずらっ子のようにニヤリと口元を歪める。そして、赫耀たる蒼銀を纏う右手のデモニックブルームを逆手から順手に握り直し、そのまま何気なく下げた。

 自然体でいならがら、それでいて一分の隙もない独特の構え。

 

「結局、アイン・ソフ・オウルや大魔法は使わないのかい?」

「男と男の真剣勝負に、()()()なんて無粋だろ?」

 

 ふてぶてしく笑う奇妙な少年の妙なこだわりに苦笑を隠しきれない命は、気を取り直し表情を引き締める。

 それは夜闇を纏い、夜闇を駆ける“魔法使い”の顔。眼前に立ちふさがる“魔王”を討ち倒す、戦士の姿だった。

 

 

   *  *  *

 

 

「このっ、逃げるなーっ!」

「逃げるなっていわれても逃げます~っ!」

 

 全長一メートルほどの魔法戦闘用杖型“箒”ウィザーズワンド――今回の任務にあたり支給された品である――に跨った翠は、火炎弾を乱舞させて追走するパールから必死な形相で逃げ惑っていた。

 何気に遁走しながらも、きっちり〈ディストーションブラスト〉で応戦するあたり、翠もなかなかに食えない。

 

「いいからちゃんとあたしと戦いなさいっ! 痛くしないから~っ」

「戦ったら痛いじゃないですかっ!?」

「うーっ! つべこべうるさーい、あんたはさっさとあたしに()られてればいいのよっ!」

 

 横暴なセリフと共にパールがぶんっと腕を振るう。三つの火球〈ファイアボール〉が逃げる翠に目掛けて撃ち出された。

 

「なうぐぅおぉっ、ひゅわぁああああっ!?」

 

 愉快な悲鳴を上げた翠は“箒”を急加速、路地に逃げ込むことでそれらを回避。目標を見失った炎の塊が、ビルや瓦礫を粉砕して灼熱の海を生み出す。

 

「ちぃっ、三下のくせしてすばしっこい! いい加減に――うん?」

 

 悪態を吐きつつ、何の気なしに視線を踊らせたパール。つぶらな瞳が、ウィザードたちと小競り合いを続けるベルやルーの姿を捉えた。

 どちらも裏界第一位を自負するパールにとっては忌々しく思う目の上のたんこぶ、おじゃま虫だ。

 “外の世界”なんてすごく面白そうだし、ひとりだけ仲間外れにされるのは癪にさわるので黙って協力していたが、内心では寝首を掻いてやろうと虎視眈々と狙っていた。

 ――そう、パール=クールはベール=ゼファーとルー=サイファーが、目障りで目障りで仕方がないのだ。

 

「……ちゃーんすっ」

 

 ぞっとするほどかわいらしい小悪魔的な笑顔を浮かべ、慣性や物理法則を嘲笑うかのように急停止、振り袖をくるりと翻して方向転換。

 明後日の方向へ飛び上がる。

 

「ひゃああああ――って、えっ、あれっ?」

 

 急に向きを変えた追跡者の意図が読めず、ぽやっとしている翠をほっといてパールはぐんぐんと上昇していく。

 停止したのは遙か上空。戦場を一望する位置で、巫女服の魔王は右手を力強く突き出した。

 ごっ、と噴き上がる莫大な魔力と“プラーナ”が空を深紅に染め上げる。

 

「――――漆黒の空を穿たれよ、永久(とわ)の深紅!!」

 

 詠唱の声は鈴を転がしたように愛らしく。それは死の呼び声。

 直径200――否、2,000メートル級の広大な魔法陣が廃棄都市一帯に広がった。

 以前、コレがベルに回避されたことを根に持っていたパールは、現し身に宿した魔力と“プラーナ”をこれでもかとつぎ込み、()()()()に引き伸ばした無茶苦茶で非常識な超広域無差別殲滅魔法を紡ぎ出した。

 

 灯と対峙していたベルが魔法の発動を察知して、「なあっ!?」とあんぐり口を開き愕然とする。その間に灯はちゃっかり退避。

 スルガと激闘を繰り広げていたルーは「まったく……」と最近癖になってきた感のあるため息をこぼして、呆然とする対戦相手を余所にそそくさとその場を離脱した。

 命と鍔競り合いを演じていた少年は、目を白黒させてパールらしい暴挙に心底呆れる。それから、唖然としていた命に「“プラーナ”使って防御しないと、死ぬぞ」と警告した後、これまたその場を脱した。

 ――――巨大な魔法陣が、月匣に捕らわれた薄弱な精霊たちが、にわかにざわめく。

 

「エターナルブレイズ・ザ・デストラクションっっっ!!!!」

 

 パールの砲哮を引き金にして、紅の魔法陣が烈火の如く燃えさかった。

 

「あはははははははっ! みいーんなまとめて……爆ぜ消えろっ!!」

 

 ぱちん。指が鳴る。

 瞬間――――世界が真っ白に染まった。

 空間が悲鳴を上げ、猛烈な熱波が全てを焼き尽くす。ただ破壊のためだけに解放された魔力が、摩天楼を薙ぎ倒す。

 あまりに巨大な魔力の奔流に、空間すら焼き尽くす極大の爆発に強靱無比なはずの月匣がその構成を維持できず、粉々に砕け散った。

 

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