魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#6

 

 

 

「強靱! 無敵! 最強っ!」

 

 月匣が解除された廃棄都市。

 その中心にほど近い位置、荒れ狂う余波で、木っ端微塵になったビルの残骸が山積する巨大なクレーターが広がっていた。

 5メートルほどの柱らしき残骸に立つ、小さな人影。勝利の味に酔いしれて、喜色満面の大魔王パール=クールが仁王立ちで片手を腰に当ててどこぞにビシッと指を指す。

 背後に、ドンッとトゥーンな書き文字が見えたとかなんとか。

 

「粉砕! 玉砕っ! 大喝采っ!! ふふふっ……ふっ、は、あはっ、あははははっ! ふぁーっ、ははははははははははっ!!」

 

 パールのバカ笑い――もとい、高笑いが閑散とした瓦礫の海に響き渡る。

 幾星霜、積もりに積もったベルとルーに対するライバル心を晴らせたパールの機嫌は、うなぎ登りに絶好調。それは過去例を見ないほどだった。

 気まぐれで消し飛ばされた哀れな部下たちも草葉の陰で涙していることだろう。……主に無念的な意味で。

 

 その上空。よく晴れた青空。

 観戦していた三魔王が眼下の事態に騒ぎ立つ。

 

「ああ、ベルがっ……」

「あら、これは大変。あれだけの大魔法ですから……みんな、死でたりして」

 

 涙目でベルのことを心配するアゼル。おたおたおろおろ、どうしていいのやらと狼狽しきり。

 そんなアゼルを煽るようなリオンのセリフ。他人ごとですと言いたげに、いつもの澄ました微笑を湛えたままだ。

 

「!! たたた、助けにいかなきゃっ!」

「まあまあ、落ち着いて。あのベルのことですから、きっと大丈夫ですよ……たぶん」

「そ、そうかな?」

「そうですとも……たぶん」

 

 泡を食い、今にも飛び出してしまいそうなアゼルを白々しく宥めるリオン。どちらもベルの部下、というか協力者のはずなのだが、その思惑は見事に対照的なようだ。

 

「お二人ともなにやら下で動きがあったようですよ、ほら」

 

 主の無事を信じているのだろう、特に慌てることもなく、ニコニコ営業スマイルを浮かべて静観していたエイミーが何かに気がついたように促した。

 

「やっぱりこの“東方王国の王女”たる超公(ちょーこー)パールちゃんが世界で一番賢くて、いっちばんかわいくて、超☆最強なんだからっ! ――って、あれ?」

 

 上機嫌に口上を述べていたパールがふと視線を落とす。

 彼女のすぐ側、コンクリートの破片が折り重なった場所がもぞもぞと蠢いた。

 

「――なーにが「超☆最強なんだからっ」、よっ! げほげほ……」

 

 瓦礫を押しのけて、真っ黒に煤けてくすんだ銀髪がひょっこり飛び出した。

 

「あ、ベル」

 

 そう、灼滅の大魔法をどうにか凌ぎきったベール=ゼファーだ。

 無事ではあったが黒のパーティードレスはボロボロ、見るに耐えない無残な姿をさらしている。ぶっちゃけ、顔まで真っ黒である。

 ゴシゴシと、袖で顔の汚れを乱暴に拭うベル。金色の瞳がキッとつり上げ、間の抜けた表情で「私はがっかりしてますよー」と主張してはばからない金色ツインテールを睨みつけた。

 

「パール……っ、あんたねえっ、なにしてくれてんのよっ!? 一歩間違えたら死ぬところだったじゃないのっ!」

 

 回避されぬよう無理矢理に拡大したしわ寄せで、パールの魔法は一面あたりの破壊力を大きく減退させていた。

 その証拠に、命たちウィザードの面々も、ベル以上に被害を受けながらも何とか生存していた。

 一番防御に秀でているスルガは、わりかし平気な顔で墜落して頭から瓦礫に埋まっている翠を引き抜いているし、持ち前の強運――悪運とも言えるが――でうまくやり過ごした灯も命を助け起こしている。

 ともかく、詰めの甘いパールらしい結果だと言えよう。

 

「ええー、今度こそ殺ったと思ったのにぃ。パールちゃんつまんなーい。あ、そうだ、今から死んで見せなさいよ、ベル」

 

 パールのあんまりなセリフに、ベルのあまり長くない――むしろ極端に短い堪忍袋の緒がぷちっと切れた。

 

「このっ、バカパールっ!」

「ばっ!? なんだとお! バカって最初に言った方がバカなんだからねっ!」

「ふんっ! ならあんたはアホよ、アホの子よ、アホの子パールちゃんよっ!」

「ぬぅうう~っ、言うに事欠いて! バーカバーカ、ベルのかーちゃんでーべそっ!」

「あんたもあたしも、同じやつが創ったんでしょーがっ!」

「あ、そっか」

 

 実に頭の悪そうな口論を繰り広げる二人の見た目少女、中身年齢不詳の元カミサマ。

 そんな彼女らを少し離れた場所で見やるのは紅と蒼、二色の結晶を輝かせた計十四枚の白い“羽根”に護られている姉弟。背中合わせの格好でアイン・ソフ・オウルを球体状に展開、破壊の奔流をものともしていない。

 姉――ルーは、頭痛を感じたようにこめかみに指を当て「まったく、あの子たちは……」と、ベルたちの醜態にため息をついている。弟の方はと言えば、ニヤニヤにやけるだけで止めるつもりはないようだ。

 

「うぅ~っ、うるさいうるさいうるさい! ここであったが百年目っ、あんたとの因縁、決着つけてくれようぞっ!」

「……いいわ、あたしもあんたのことはつねづね目障りに思ってたのよ。覚悟なさい、パール=クール!」

 

 威嚇のつもりなのか、大量の魔力を噴出し戦闘体勢に入る大魔王二柱。どちらも額に青筋を立て、ひくひくと表情筋を引きつらせている。

 

「うわ、やば。――ほら二人とも、ちょっと待てって」

 

 これはさすがに洒落にならんと、黒髪の少年がようやく仲裁に入る。後ろにいた金髪の魔王は、止めるなら早く行けばよかったのにと思ったとか思わなかったとか。

 大幅に戦力を落とした現し身とは言え、仮にも裏界魔王。潰し合えば……まあ、結果は言うまでもないだろう。

 

「「うるさい! あんたはすっこんでろ!」」

 

 今にも爆発寸前にヒートアップした二人が同時に吼える。強烈なプレッシャーに、少年が思わずたらりと額に汗を流した。

 息が合ってるじゃないか、と益体のないことを頭の端に置きつつ、暴走中の魔王二柱をなだめすかすために無駄に高速な思考で言葉を選び、紡ぎ出す。

 

「……ったく、みっともないったらないぞ、お前ら。それでも誇り高い裏界魔王か?」

 

 言いながら、スッと視線を逸らし、肩を貸しあい何とか立ち上がり自分たちを見上げていた命と灯へと送る。

 

「ぐ……っ」「むー」

 

 「みっともない」「誇り高い」という単語に釣られて鼻白む二人。他人の目など気にしない天衣無縫唯我独尊な彼女らでも、こう言われるとやはり少々堪えるらしい。

 魔王とは、総じてプライドが服を着て高笑いしているようなものだから。

 

「でもでもっ、ベルがあたしの悪口言うんだよっ?」

「あんたが先に手ぇ出してきたんでしょうがっ!」

 

 懲りずに口論を始める美少女二人。フーッ!と猫のように毛を逆立てて威嚇し合う。

 こいつらは……、と内心で呆れる少年は最後の手段にポケットから何かを取り出した。

 

「あー、わかったわかった。ほれ、飴玉やるから今は黙っとけ。――お客さんのお持て成しをしなくちゃならないんだからな」

 

「お客さんって」「誰よ?」

 

 差し出された大粒の飴玉――レモンとハッカだった――を手に取りながら、ベルとパールが揃って首を傾げる。

 と同時に上空に、鮮やかな空の色とよく似た青が輝いた。

 光の出所は、虚空に描かれた変則的な六芒星の複雑な魔法陣。膨大な魔力と存在の力(プラーナ)を内封した神秘そのものである魔王たちは、それが空間を疑似的に繋げるゲートであると即座に見抜く。

 同じく、転送魔法だと判断したウィザードたちは、主八界のものではない様式の魔法陣に新たな敵がやって来たのかと身構えた。

 

 ――それは半分正解で、半分不正解だった。

 ひときわ眩く輝いた転送魔法から、二つの人影が現れる。

 

「時空管理局提督、クロノ・ハラオウンだ。大人しく――とはいかないだろうが、事情を聞かせてもらおうか」

 

 白き魔導の杖を携え、厳めしい漆黒のローブを纏う青年――クロノが、険しさと厳格さを感じさせる表情で不敵に微笑する黒髪の魔王を睨む。

 そして、彼の傍らには純白の外套を羽織る黄金の少女――フェイト。漆きの戦斧を手に、じっと黒髪の少年を見つめていた。

 

「…………」

 

 彼女は、見目麗しい美少女たちに囲まれている少年の様子を見て、ひどく不愉快そうに眉をひそめている。

 ある種の敵意のような視線を二人――特に、親友たちを傷つけた原因であるベル――へ向けるフェイトの態度に、その感情の意味をそれなりに理解していた少年は内心で苦笑した。

 

「アレがお客さん? ふぅん、こっちの“魔法使い”、か。……ねぇアル、あたしが()()、壊してもいい?」

 

 自分に突き刺さる心地いい敵意――、パールの小ぶりな唇が吊り上がる。無邪気に残虐な声を合図に、戦意の昂揚によって漏れ出した魔力が、ジジジ……、と黒い雷となって空気を焼く。

 フェイトを見やり、新しい玩具を見つけた子どものみたいなリアクションをするパールの横で「パール、あんたって子は……」と呆れたように感想を漏らすベル。彼女は、フェイトの敵意を歯牙にもかけていないようだ。

 

「駄目だ。()()は俺のでね――いくらパールでも、それは譲れない」

 

 黄金色の少女を見上げ、少年が傲然と言う。

 かなり大胆で傲慢極まりないセリフを聞いたフェイトの肩がぴくりと揺れ、陶器のような白く透き通った肌がやにわに紅潮する。

 大事に思っている義妹を“アレ”呼ばわりされ、本人も何故か満更ではないことにクロノが顔をしかめた。

 

「それってぇ、あたしが他人(ひと)のモノを奪うのが好きって知ってて言ってるのかなあ?」

「ああ、勿論」

 

 即答されたパールは一瞬きょとんとし、次いで「……ま、いっか」とらしくなく素直に矛を収めた。

 ただの思いつきだったのか、それとも少年の本気を感じ取り、刃を交えることを避けたのかは定かではない。

 

「相談は終わったか? なら、こちらに投降して――」

「ベル、パール、お前たちは上の三人と一緒に退け。こちらのお相手は“俺たち”がするんでね」

「――……話は最後までちゃんと聞いてほしいんだが」

 

 しかめた顔を崩せないクロノが眉間に皺を寄せ、ぽつりと呟いた。

 

「そう。ま、あたしもこんなナリじゃやる気にならないし、とっとと帰って寝るるわ」

「じゃあパールちゃん、レンタルしてきた怪獣王のDVD見ーよおっと。今日は平成シリーズのフルマラソンだからねっ!」

 

 思い思いのセリフを残し、ベルとパールが空間を歪めて消え去る。上空で成り行きを見守っていた三人も用は終わりと、後を追って転移していった。

 残されたのは、二組の“きょうだい”。

 

「だから、人の話は最後まで聞けと……!」

「に、兄さん……」

 

 ことごとく自分のセリフを無視されて憤りを隠せないクロノを、フェイトがおたおたとなだめる。

 そんな微笑ましい兄妹を目をやる少年は、。

 

「ハイそうですかと簡単に捕まってやるわけにはいかないんですよ、提督殿?」

 

 ふてぶてしくおどけてみせて、蒼白く燃える焔風のベールを創り出した。

 翻って戦意を見せた魔王に、フェイトとクロノはそれぞれの愛杖を構える。

 もとよりこの場に乱入した時点で、戦いは避けられないとわかっていたのだ、覚悟はしていた。

 

「――さあ、ショータイムだ」

 

 余裕の口上とともに突き出し、振り抜かれた鉤爪に断ち切られ、焔が四散する。

 ヒルコによって斬り裂かれた――肉体の傷はすでに癒やされ、塞がっている――黒い制服は、濃紺群青のロングコートへと再構成されていた。

 

「で、“姉さん”、どっちとやる?」

 

 不敵に口角をつり上げ、右手で蒼のネクタイを軽くいじって締め直し、傍らに上昇してきた“姉”に問いかける。

 

「まったく、しょうのない子ね」

 

 「姉さん」と呼びかけられてそれ相応の表情と口調に変えたルーが、自由奔放な“弟”の有り様に本日何度目かのため息をこぼす。

 では「育て方、間違ったかしら?」とぼやいていた。

 

「……なら、私はあの子を相手にしましょう。あなたが見初めた()がどれ程のものなのか、()()()興味があったの」

「さいですか」

 

「――!」

「来るか……!」

 

 黄金の貴婦人の挑戦的な瞳が金色の少女を射抜き、漆黒の少年と青年の視線が交わる。

 ミッドチルダ廃棄都市群を舞台とした闘争の第二幕――、その火蓋が唐突に切って落とされた。

 

 

   *  *  *

 

 

「灯ちゃん、翠ちゃん!」

「エリス……!?」

 

 パールの置き土産のダメージで軽く流血した命の頭に包帯を巻いていた灯が、聞き慣れた親友の声に顔を上げた。

 木の柄に藁の穂という一見ただの掃除用具に見える“箒”――実際には、航空力学などの最先端技術が詰め込まれた高機動を誇る名機である――〈テンペスト〉に跨ったエリスが一足遅れて現場に降り立つ。

 やや足をもつれさせながら、仲間たちの下に一目散に駆け寄っていった。

 

「よかった……みんな無事で。魔王と戦ってるって聞いて、飛んできたんだよ」

 

 懐かしい――といっても、こちらに来てから半月ほどしか経っていなかったが――仲間たちに会えたことで、緊張の糸が切れたエリスの翠緑の瞳がにわかに揺れる。

 責任感の特別強い彼女だが、やはり異世界に独りきりというのは心細かったようで感極まって、自然と涙を浮かべてしまう。

 

「えっ、と、エリスちゃん? シャイマールさんが……あれ?」

 

 まさかこんなにも早くエリスと再会できるなど露とも思っていなかった翠は、親友の無事な姿に目を白黒させて驚いている。

 どうやら魔王の戯言を真に受けていたようだ。脳天気な翠らしいと言えばらしいが。

 

「エリスも、無事でよかった。遅くなってごめんなさい……ひとりで頑張ったのね」

「うん……っ」

 

 相変わらずの無表情で――だが、親しいものならわかるくらいほんのわずかに微笑んだ灯が、親友の苦労を思って労う。

 エリスのつぶらな瞳からぽつりと小さな滴が落ちた。

 

「ご無事で何よりです、エリスさん。――それはともかく灯さん、命さんが苦しんでいます。早急に救出したほうがいいかと」

「……え?」

 

 スルガの指摘に包帯片手の灯がきょとんと首を傾げ、視線を追って手元を見る。

 

「あ、命」

「モゴモゴ、モゴっ!」

 

 包帯でミイラのようにぐるぐる巻きになった命の姿があった。

 息が苦しいのだろう、包帯を外そうと必死にもがいているが、いっこうに外れない。強化人間の並外れたパワーできつく絞められているのだから当然だ。

 エリスとの再会に気もそぞろだったにもかかわらず、灯の手は器用に命の治療を続けていたようだ。違う意味で悪化させて、命にトドメを指す寸前だったりするが。

 一息ついて。

 

「……エリス、あの人たちは、何?」

 

 上空――二柱の魔王と激闘を繰り広げるこの世界の“魔法使い”たちを見上げながら、灯が事情に通じているであろう友に問う。

 エリスは軽く微笑み、少しだけ胸を張ると、誇らしげに口を開いた。

 

「私たちの心強い味方だよ、灯ちゃん」

 

 

 光速の砲撃が迸り、誘導弾が乱舞する。そのどちらも濃淡こそ違うものの、同じく“あお”――鮮やかな蒼空(そら)と同じ色だ。

 三日月に似た鋭い光刃と、燃えたぎる灼熱の炎弾が交差。操る者の髪の色と同様に輝く黄金が炸裂し、美麗な華のように“あお”を彩る。

 色合いの違う二種類四色の光は時折相手を変えて、激しく激突していた。

 

「――あかん、ふたりとも押されとる。あーもうっ、クロノ君、男なんやからもっとガツンといったれっ! ほんま焦れったいわ。……私らからも援護できればいいんやけど」

「乱戦すぎてムリっぽいな。私たちベルカ騎士は、一対一には強いけどああいう乱戦には向かねえんだ」

「ううー、たしかに私も細かいコントロールは苦手や……」

「マイスターはやての場合、それ以前の問題だと思うですぅ」

 

 美しくも儚い闘争の光を、やや離れた場所で騎士たちと共に見守っていたはやて。ヴィータの意見に同意を示し、彼女の帽子の上のリインフォースⅡに睨みを利かせた。

 本局上層部直々の通達により、正体不明の魔力反応が確認されたというミッドチルダ廃棄都市区に急行したはやてたち一行。許可の出た転送魔法で一足早く到着したクロノと付近にいたフェイトに遅れること数分、エリスと共にやって来たはやてたちだったが時すでに遅く、乱戦模様に手が出せないでいた。

 

「……」

 

 ふと、はやての思考に何かが引っかかる。

 まるで喉に残った魚の小骨のような、どうにもちぐはぐですっきりとしない違和感。難しい顔で顎に手を当て、薄曇った違和感を晴らすべく思惟を巡らした。

 

「――なあシグナム、どう思う?」

「どう、とは?」

 

 主から投げかけられた主語のない問いかけに、シグナムが怪訝に首をひねる。

 

「質問に質問で返したらあかんで……というお約束はさておき。ヴォルケンリッターの将として、お偉いさんの思惑をどう見る?」

「“上”の思惑、ですか」

「せや。なんでか知らんけど、地上本部はこの騒動に関与しようとせんで静観してる。そのくせ周辺区域の封鎖だけはやけに早い……てかはやすぎる。その上、私ら――というか、アースラを呼び寄せたんも“りく”から要請を本局が受けたかららしいし。これっておかしない?」

「……そうですね、それは私も不自然に思っていました。利害の一致、というだけにしてはあまりにも正直すぎる。不可解です」

「だよなぁ。あの“オッサン”が、わざわざ本局に助けを求めるなんてありえねーし」

 

 自らの考えをまとめるかのようなはやての言に、シグナムとヴィータが賛同した。

 様々な要素が絡み合った結果、本局(うみ)地上本部(りく)が仲が悪いなどという表現では生易しいほど犬猿な関係であることは管理局員にとっては暗黙の了解だ。改めて説明するまでもない。

 その原因は様々あるだろうが、とにかく縄張り争いをうっちゃって手を取り合うような生温い関係ではないことは確かだった。

 

「あの“うみ”嫌いの中将さんが本局に手柄譲って……、あまつさえ同調してるような動きを見せるなんてシャマルの料理が百発百中で成功するくらいあり得へんわ」

「むっ。それはちょっと言い過ぎなんじゃないかしら、はやてちゃん」

 

 タカ派で有名なミッドチルダ地上本部の某中将と、うっかりで失敗する某軍師を引き合いに出して事態の不自然さを語るはやて。自分を比喩の材料にされた件の軍師(シャマル)は、心外そうに頬を膨らませて抗議した。 

 

「だってシャマル、打率三割きってるやん」

「それくらいならじゅうぶんレギュラー取れると思うわっ!」

「肝心なところで凡退では使い物にならないがな」

「むしろゲッツーじゃねえの? 失敗のレベル的に」

 

 はやてたちからの容赦のない評価に涙目のシャマル。しゅんと肩を落として「私だって、お料理できるもん」と呻いている。

 

「エルフィこの前、お砂糖じゃなくてお塩のクッキー食べさせられたですっ」

「いや、それはわりと普通やで」

「ええっ、そうなんですか?」

 

 ヴィータの帽子の上に乗ったリインフォースⅡが、きょとんと小首を傾げた。

 

「談笑しているところ悪いが――」

 

 脱線に脱線を重ねた会話を咎めるように燻し銀な渋い声が響く。

 腕を組み、巌のように口を閉ざして戦況を睨んでいたザフィーラが、視線で家族を促した。

 

「戦闘が終わりそうだぞ」

 

 

   *  *  *

 

 

 無数にばら撒かれた爆炎の弾幕を潜り抜け、金色の閃光が魔王に肉薄する。

 

「あなたの疾さ、たいしたものね。誇っていいわよ」

 

 斜めに大きく振り抜かれた雷撃のごとき斬撃。

 

「だけど――」

「鉄扇!?」

 

 しかしそれは、閉じたままの扇によって易々と阻まれた。

 キンッ、とさながら鉄と鉄が打ち合ったような甲高い金属音が鳴り響く。

 

「動きが些か素直すぎるわね。あの子と並び立つにはそれも悪くはないけれど、もう少し虚動と残心を意識なさい」

「……っ」

 

 まるで諭すような言葉。魔力刃が弾き返され、金色の扇が優雅に開かれる。

 開いた面に豪奢な装飾の施され、先には純白のファーがあしらわれた扇――裏界最強にして最上の美貌を持つ彼女に相応しい格調高い逸品が、舞い踊るように空を斬った。

 迸る金色の輝きが、体勢を崩して身体が開いたままのフェイトを襲う。

 

「う……っ!」

 

 バルディッシュに張られた魔力障壁を犠牲に斬撃を相殺。濃さの違う、二色の金色が弾けて霧散した。

 優美な仕草で扇で口元を隠したルーが瞳を細め、体勢をどうにか立て直す淡いストレートのブロンドが愛らしい少女を見やる。

 

「まあでも、変にスレてないお嬢さんっぽいところは可愛らしくて好印象かしら?」

「え……、えと、ありがとうございます?」

「ふふっ、礼儀正しいのね。そういう()、お姉さん好きよ?」

 

 にこりと微笑むルー。妖艶で、しかしどこかやさしげな眼差しを向けられ、大いに照れたフェイトはタジタジで。「あう……」と顔を真っ赤にした。

 母性愛を見え隠れさせる艶やかな麗しいブロンドの美女に、“母”の面影を重ねたのかもしれない。

 

「なに和んでんのさ、姉さん」

 

 そんな声を空から落としつつ、黒髪の少年が音もなくルーの背後へと降り立つ。

 ネイビーブルーのバリアジャケットが一部損傷している。どうやらクロノに手酷くしっぺ返しを食らったらしい。

 

「あら、普通にお話してただけよ?」

「俺にはコナかけてるようにしか見えないんだけど」

「あらまあ。男の子の嫉妬は見苦しいわ」

「うぐっ……。それはともかく、充分遊んだしそろそろお暇しない?」

「劣勢だからって撤退? ちょっと情けないわね」

「姉さん……」

 

 さんざん茶化された弟はとうとう拗ねてしまい、姉はクスクスと楽しそうに笑う。姉弟のじゃれ合いというだけでなく、いろいろと振り回されていることへの幾ばくかの意趣返しも含まれていた。

 端で姉弟のやり取りを見ていたフェイトは、彼の子どもっぽいリアクションに「……かわいい、かも」と密かに感想をこぼした。

 

「そうじゃないよ、あまり時間をかけ過ぎると“抑え”が効かなくなるって話。一通り鼻薬は嗅がせといたけど、まだ完全に掌握しきったわけじゃないからね」

「それもそうね。片手間じゃ、()の方を唆すので手一杯だったし」

 

 手勢を使えれば楽なんだけど。やや徒労感を滲ませて言葉を切る。

 

「と、いうわけで、また――」

「――逃がす訳にはいかない。フェイト、そこから離れてくれ!」

 

 空間に開いた幾つもの亀裂を通って撃ち出される、蒼白い砲撃の嵐を巧みに回避し切ったクロノが叫ぶ。

 次いで真白に輝くデュランダルの魔力により、周囲の空気に含まれた水分が急速に熱を失っていく。

 

「兄さん? わかったっ」

 

 クロノの意図を汲み取ったフェイトが全速力で回避距離を取る。これから来る“魔法”の範囲の広大さを知っていたから。

 

「氷結魔法――、俺たちを拘束するつもりか」

「なら、ここは私の出番ね」

 

 りんっ、と涼やかな音を立てて黄金の七芒星が閃く。

 眩いばかりの金色に囲まれて、金色の魔王がその威容を誇る。発露する力はわずかに一端。しかし、“世界”を揺るがすには十二分の力だ。

 

「悠久なる凍土、凍て付く棺の内にて、永遠の眠りを与えよ!」

「遙か空に響け、久遠たる奇跡の祈り、その胸に灯せ永遠の炎!」

 

 空に巨大な氷河が――デュランダルの真骨頂、“闇”すらも封じる完全凍結魔法が生まれ出でる。

 空に巨大な魔法陣が――パールの力任せとは違う、完全無欠に制御された空間爆砕魔法が広がる。

 

「「エターナル!」」

 

 同音同意の祝詞。

 氷河が蠢き、法陣が輝く。

 

「コフィン!!」「ブレイズ!!」

 

 あらゆるものを凍てつかせる絶対零度の青と、あらゆるものを焼き尽くす煉獄灼熱の金が同時に炸裂した。

 天地を揺るがす巨大な魔法の激突。凍てつく大地を一瞬にして炎が融解させ、再び氷結する。

 そして――――

 

 凍結魔法と爆砕魔法がぶつかり合って発生した大量の水蒸気が晴れていく。

 そこに、黒髪と金髪の魔王の姿はない。

 

「……逃げられちゃったね、兄さん」

 

 悔しさをにじませた兄の横に、金砂の髪をなびかせた少女が浮遊する。

 魔王たちを逃がしてしまったというのに、その表情はどこかにこやかで、鈴を転がしたような声には彼女の胸の内側――魂に刻まれた“何か”が、ほのかな喜色となって込められていた。

 

「ああ……。だが、手掛かりがなくなった訳じゃない」

 

 妹の言葉を受け、眼下の来訪者たちに視線を送ったクロノは、さざ波立った感情を抑えるべく厳格さと強い責任感の帯びた瞳をゆっくりと閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯6 「“リコリス”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上本部関連の医療施設――ユーノの入院先とは別だ――の一角、休憩室。

 エリスの仲間だという四人は、みんなケガをしていたのでこちらに移送した。今は治療も終わり、エリスを囲んで再会を喜んでいる。

 つもる話もあるだろうからと、私とはやては離れたところでその様子を見守っていた。

 折を見て、兄さんから任された事情聴取について切り出そうと思う。

 

 ちなみに、みんなとはもう自己紹介をすませてる。

 緋色の髪がきれいで不思議な感じがする人が灯で、碧いポニーがよく似合ってる元気な人が翠。それから、柔和なんだけどなんだか頼りなさそうな人が命、背が高くてちょっと近寄りがたい感じがする人がスルガだ。

 女性二人はそれぞれ違った美人だし、男性二人もかっこいい。

 

「……な、なんや、めっちゃけしからんもんが四つも並んどるっ。まさにパラダイスやっ」

 

 はやてがわなわなと震えながらそんな女の子らしくないことを言った。なんか両手をわきわきさせてるし。

 ……まあ、たしかに灯も翠もかなり大きい――シグナムよりあるかも?――とは思うけど。

 放っておくとそのまま突撃してしまいそうなので、たしなめよう。

 

「だめだよはやて、ちょっと空気読もう」

「のぅあっ!? フェイトちゃんにそんなこと言われる日が来るとは、夢にも思わんかったわ」

「……それってどういう意味?」

 

 なんかバカにされた気がするんだけど。

 ジト目で睨んでみると、はやてがあははと快活に笑った。

 

「フェイトちゃんはおぼこでかわいらしなぁ、って意味やで~」

「そ、そうかなあ」

「そうやそうや」

 

 にっこり笑うはやてにつられて私の表情も緩む。

 かわいいって言われて、うれしくならない女の子なんていないよね。……そういえば、あのブロンドのすごく美人な女性(ひと)――ルー=サイファーだっけ――もかわいらしいって言ってくれたけど、どうしてそんなに私に好感を持ってるんだろう? もうあんまり違和感を感じなくなってきた私自身の気持ちも不思議だけど。

 ……うん? って、あれ、なんか私ごまかされた?

 

「はやて、今――」

 

 ごまかしたでしょ? と追求しかけたとき、ゾクッと得体の知れない悪寒が背筋に走る。肌がぞわりと粟立った。

 はやてもなにかを感じたのだろうか、バッとほとんど同時に振り向いた。

 

「な、なんやあれ……」

 

 エリスの座っている方から毒々しい紫色の煙が、もわもわと立ち上っている。

 うっ、すごい異臭……。

 

「あわわわっ、今回のはいつもよりパワーアップしてますよっ!?」

「――命さん、申し訳ありません。僕は撤退させてもらいます」

「ちょっ、裏切り者っ!」

「すみません。僕はまだ、死ぬわけにはいきませんから……」

「シリアスな顔で洒落にならないセリフ言わないでくれるかな!?」

 

 あっちはとっても慌ただしい。

 興味をひかれたっぽいはやてがてててっと近寄ったので、私もおっかなびっくりついていく。

 

「なんや楽しそやなあ。なに騒いでるん?」

「あ、はやてさん、えーと……」

 

 困ったように苦笑うエリス。

 若干及び腰になっているみんなの顔は、灯以外、一様に引きつっていた。とくに命なんか青ざめて脂汗をだらだらと流してたりして。

 その中心には、テーブルにでんと置かれた強烈な存在感を醸し出す異様な物体。

 

「私の手作り弁当よ」

「……お弁、当?」

 

 これ、が? ……なんていえばいいんだろう、銀色の容器に紫だか緑だか赤だかのよくわからないものがいっぱいに詰まっている。

 ポコポコ不気味に泡立って、うごめいてるようにも見えるし……これってほんとに食べ物?

 

「あ、灯ちゃんは料理がちょっとニガテというか……。し、失敗しちゃったんだよね? ね?」

「そんなことない。これが私の全力全壊」

 

 抑揚の欠けた声。

 私のちょっとトラウマなセリフに、思わずびくりと身構えてしまった。……ごめん、なのは。

 

「漢字が違いますよっ!?」

「それはメタやで~」

「意味合い的にはむしろ正解のような気もしますが」

 

 軽快なかけあい――というか、会話に何気なく混じって違和感のないはやてはいったいなんなんだろう。数年来の親友だけど、近ごろのテンションにはついていけない。

 

「というわけだから約束通り、あーん」

「うぐっ」

 

 灯が食べ物にはけして見えないナニカをスプーンでよそって、命の口元に差し出す。

 彼女の瞳はどこか艶やかに潤んでいて、同性の私でもドキッとしてしまうほどだった。こんな状況じゃなかったら、だけど。

 

「ぐ、ぐぐっ……あ、あーん」

 

 うわぁ……、ほんとに食べちゃった。

 

「おいしい?」

「おっ、おおお、おい、しい……よ、あかりん」

 

 青ざめてぷるぷる震えながら、命はぎこちない笑顔を浮かべた。

 すごい。こういったら失礼かもだけど、あんなものを食べて笑えるなんてちょっと尊敬。

 横ではやてが「世の中にはあんな恐ろしいもんがあってんなぁ……シャマルイジるのやめとこ」なんて言ってる。

 

「よかった。もっとあるから食べて」

「くぅっ……いっ、いただきますっ!!」

 

 わ、まだ行くんだ。

 すごいね。すごくガッツがあると思うよ。

 

「灯ちゃんと命君は、恋人同士なんですよ」

「この間、やっと一緒にいれるようになったんですよ。長かったんです……、ほんとうに」

「人に歴史あり、愛の力やねえ」

 

 青……じゃなく、土気色の顔でガツガツとやけくそ気味に、お弁当――らしき物体をかき込む命を見ながら、はやてがしみじみと感想をこぼした。

 

「恋人……、か」

 

 ひとり、呟く。とても甘くて、きれいなコトバ。

 それがゆっくり胸に染み渡ると、奥の方にずきり鈍い痛みが走った気がした。悲しくて、苦しくて、辛くって、寂しくて、切なくて……そんな痛みだ。

 心の奥の奥――すごく深いところがざわざわとざわめいて、私になにかをしきりに訴えかける。

 忘れてしまって、けれど、忘れちゃいけなかったはずのたいせつな――――

 

「フェイトちゃん、ぼけーっとしちゃってどうしたん?」

「えっ? あ……、ううん、なんでもないよ」

 

 心配そうなはやての顔が視界いっぱいにあってびっくり。慌てて取り繕う。

 はやては「ふぅん……」と目を細めてワルそうににやりと笑い、

 

「私はてっきり、自分も彼氏ほしいなあ、とか思ってたんかと」

 

 なんて言ってのけた。

 どうしてだかわからないけど、なんだかすごく恥ずかしくて。かああっと頭に血が上る。

 こんなところでそんなこと言わないでよっ。ああほら、みんな生暖かい目で私を見てるしっ!

 

「ちがっ、違うよっ! はやてなに言ってるのっ!?」

「ふふん、せやろなあ。フェイトちゃん、私らん中でそーいうことに一番興味なさそうなタイプやし。……いや、興味ないふりして避けとるんかな?」

「……そ、そんなこと――」

 

 返す言葉が見つからなくて、口をつぐむ。

 ケラケラと楽しそうに笑うはやてを恨めしく見つめてみても柳に風で。このままじゃいいようにイジられるだけだ。

 どうしよう、なんとかしなきゃ……。

 まごまごと悩んでいると、ぷしっと空気の抜ける音を立てて談話室の自動ドアが開いた。

 

「あ、お兄ちゃんとエイミィ」

「……ああ、フェイト」

 

 入ってきたのはクロノとエイミィだった。

 なんてナイスタイミング、これは天の助けだ。……って、あれ? クロノなんだか眉間にしわを寄せちゃって難しい顔してる。エイミィも、どこか挙動不審な感じだ。

 

「どうしたの、ふたりとも」

「少し、いいだろうか。一つ聞きたいことがあるんだが」

 

 私の問いには答えず、兄さんはエリスに声をかける。その声色は深刻そのものだった。

 

「はい、なんでしょう?」

 

 愛想のいい面差しでエリスが続きを促す。

 言いづらそうに一拍間をおいて、兄さんが口を開いた。

 

「君たちは本当に()()か?」

「!!」

「クロノ、なにを――!」

 

 灯とスルガを見ながら発せられた不可解な言葉。私は目の前が真っ赤に沸騰するのを感じた。

 

「フェイトちゃん、そんなに興奮しないで。クロノ君も、理由なしに言ってるわけじゃないんだよ」

「でも……っ」

 

 エイミィになだめられても、とうに私の手を放れ、暴走する感情はどうにもできない。

 だって、あんな言い方――

 

「すまない。君たちを簡易的にだが検査させてもらった」

「担当官からの報告なんだけど、二人とも人間には思えないって。灯ちゃんはヒトの身体にはない化学物質がたくさんで、スルガ君に至っては構造自体が生き物とは別物だって……」

「検査って……」

 

 エリスが不快そうに表情をゆがめた。

 翠と、それからいつの間にか復活した命が二人をかばうように前に出る。

 

「本当にすまないと思ってる。立場上、簡単に流すわけには訳にはいかなかったんだ」

「ごめんなさい」

 

 兄さんとエイミィが揃って深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。

 

「いえ、そう言ったことも配慮しておく必要がありましたし、予めお伝えしなかったこちらの手落ちですから。……その通り、僕は所謂(いわゆる)人造人間――生体兵器です」

「私は、薬物やインプラントで強化された人間よ。“キリングマシーン”と呼ぶ人もいるわ」

 

 腕を銃器みたいに変えて見せるスルガと、どこか機械的に抑揚なく答える灯。どちらも、ただの事実と言うように包み隠さず自分の生まれを淡々と語っていた。

 

 ――――人造、人間……。

 

 ふと視線を落とすと、両手が小刻みに震えていた。

 ……私、動揺、してる?

 

「人造人間……。君たちの“世界”では一般的なのことなのか?」

「ええ。少なくても、ウィザードとしては珍しくないわ」

「僕のように、自分の意志で武装組織の一員として平和のために戦う者もいれば、学生に混じって普通に生活している人もいます。もちろん、そうでない人もいますが……それはごく一部です」

 

 一度自覚すると、どす黒い濁った感情が底からドロドロと止めどなくあふれてきて。

 

「あの……」

 

 理性は押し流され、代わりに首をもたげる疑問。それを胸に秘めていることができなくて、口をついて出た。

 

「ふたりは、自分の生まれのこととか、どう思ってるの?」

 

 私の出生の秘密(じじょう)を知る兄さんやエイミィ、はやてが息をのむ気配を感じる。

 自分でも、とても不躾な質問だったと思う。だけど、訊かずにはいられなかった。

 

「僕は、この造られた命に誇りを持っています。誰かを守り、誰かを救う――そう造られたからじゃない、僕が僕自身に科した生きる意味です」

「この力のおかけで、命やエリスに出逢えた。これは私の一部、感謝することならあっても疎むことはないわ」

 

 答えは真っ直ぐで、淀みない。迷いもない。

 なんて、強い――

 

「……っ」

 

 私には、なぜかふたりがとてもまぶしく見えて。直視していられないほどまぶしくて――

 

「あかりんもスルガも、僕らの大切な仲間です。もしも、危害を加えるつもりでしたら……」

 

 じり……、と後退しながら命は警戒感を露わにして兄さんを軽く睨む。

 高まる緊張。今にも戦いがはじまってしまいそうな危うい雰囲気だ。

 強い眼光をじっと見返して、それから兄さんが静かにため息をもらした。

 

「……そう身構えないでくれ。心配しなくていい、管理局はそれほど傲慢な組織じゃないんだ。この件は僕の胸にだけ仕舞っておく」

 

 部屋いっぱいに充満していた痛いほどピリピリした空気が、ゆっくりと拡散する。

 兄さんと命の睨み合いを見守っていた私たちは、みんなほっと胸をなで下ろした。

 

「クロノ君、成長したねー。えらいえらい」

「エイミィ、いい加減子ども扱いするのはやめてくれないか」

 

 おどけたようになでなでとなでるエイミィと、なでられてぶすっとしてるクロノ。最近はあんまり見なくなった光景だ。……なんでかは知らないけど。

 

「こほん。……それで君たちは、こちらの味方――、助っ人と思っていいんだな?」

「はい、もちろん」

 

 命が爽やかに微笑んでで手を差し出す。兄さんは一瞬ためらって、それから「よろしく頼む」と握り返した。

 

「……」

 

 そうして話し合いはたぶん、丸く収まった。

 でも――――

 

 私の心は暗く曇って晴れない。

 それはまるで鈍色の雲が覆い隠した冷たい冬の雨空のように、陰鬱なままだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 どこからともなくやってきたぶ厚い灰色の雲の壁が青かった空を覆い隠している。雨は降らないと天気予報では言ってたけど、実際のところはどうなるかわからない。

 一抱えはある花束を二つ抱えて、私はきちんと掃除の行き届いた真っ白な石畳を一歩一歩確かめるように歩く。

 服装は執務官用の黒い上下。“この場所”には、これが一番ふさわしいと思うから。

 ――前触れもなく訪れた強い風。

 私は立ち止まり、あおられる前髪を右手で押さえつけ、手に持った花束を抱え込む。

 その間にも気まぐれな風は好き勝手に吹き荒れて、ざざあ……っ、と匂い立つくらいに青々とした芝生のカーペットを手荒に撫でていく。

 遠くで、針葉樹の防風林が幹と枝をしならせて大きく揺らいでいた。

 いたずらな風が過ぎ去る。

 手元の花束がどうにもなってないことを確認して、ほっと安堵した。

 白いセロファンで束ねられた花束には、華やかな色のものがほとんどない。あまり派手な色合いのものはふさわしくないと思ったから、選ばなかった。

 どの花も質素で、慎ましやかで、奥ゆかしくて……でも、それでいて誘うような甘い蜜の香りを忘れない。ひとつのことでいっぱいいっぱいの、不器用な私にはマネのできない――そんな花たち。

 歩みを再開する。

 視線の先に、上の部分が緩いカーブを描く白い石碑が、規則正しく並んだ光景が見えはじめた。

 芝生の青と、木々の緑と、石の白と――一見、きれいに整ったコントラストはどこかもの悲しくて。どうしても、寂寞としたものを感じとってしまって。

 ――きっとそう感じるのは、私自身の心境が影響しているんだと思う。

 

 場所はクラナガン近郊、小さな……ほんとうに小さな墓地。

 ここは“母さん”と、“私”が眠る場所だ。

 

 あのあと、私は兄さんたちに断りもせず、逃げるようにして施設を抜け出した。

 逃げ出したのは、灯とスルガを見ているのが辛かったから。

 自分とは違うんだって――、弱くて、情けなくて、甘ったれで、いくじなしだってまざまざと突きつけられているようで、いたたまれなくなったからだ。

 そうして、私はプレシア母さんとアリシアの眠る場所にやってきた。

 悲しいこと、悔しいこと、辛いこと、苦しいことがあったとき――心が折れてしまいそうなとき、私は決まってここを訪れる。

 時の庭園が虚数空間へと崩落するとき、プレシア母さんが遺していった言葉を思い出すために。諦めかけてしまう気持ちを叱咤して、無様でもあがき続けるために。諦めないために。

 そして、ひとりでもがんばれるって、自分自身に証明するために。

 ……ほんとは生まれ故郷――と言えるかどうかは定かじゃないけど――のアルトセイムに二人のお墓を置きたかったのだけれど、あそこはミッドチルダの辺境でこうして訪れるにはちょっと不便だったからここにしてもらった。

 いつか、いろいろと落ち着いたときに移すつもりだった。

 …………でも、その日が来るのはいつのことになるのだろうか。だって、こうして今日も女々しく縋りに来てしまうんだから。

 

「……」

 

 墓地の奥まったところにひっそりと立つ、母さんとアリシアの……中身のない空っぽなお墓が見えてきた。

 

「あれ……?」

 

 進む先、ふたつ寄り添うように立ち並んだ小さな石碑の前に、先客の姿がある。

 あれは背が高い――、男の人?

 黒革のジャケットの襟から覗くコバルトブルーのフードに、クリーム色のカーゴパンツというラフな格好。ややうつむき加減の後ろ姿から想像すると、黙祷しているの、かな。

 

「私以外の人がお参りなんて、誰だろう……?」

 

 そういぶかしむ私の胸が、不意に高鳴った。

 近づく私の気配に気がついたのだろう、“彼”がゆっくりと振り向く。

 

「――やあ、魔導師のお嬢さん。()()だね」

 

 強烈なデジャヴ。深い夜闇のように黒く、艶やかなくせ毛の髪を緩やかな風に流し、真っ蒼な海原を思わせる凛とした瞳は濁りなく澄んでいて。

 男性と男の子の境目をたゆたう面差しはふてぶてしく、それでいて繊細に見えた。

 

「ぁ……」

 

 自分でもびっくりするくらいに色っぽい声が口をつく。

 う……、顔がほてってる。

 頭の中は混乱してるのに、私の視線はきれいなプラネットブルーの眼差しから離せない。

 

「ッ!」

 

 “彼”とは敵対している関係なんだと我に返って、待機状態のバルディッシュをスーツの内ポケットから取り出す。

 魔力を一気に練り上げて、セットアップ――――

 

「ここで戦うつもりか? この墓には、君の大切な人たちが眠っているんだろう?」

「――っ」

 

 そうだ、そうだった。

 母さんとアリシアが眠るところで、戦えるわけがない。戦意が急速にしおれていくのを感じる。

 けど、こちらが戦えなくても“彼”の方はそうじゃない。

 そうじゃないんだけど……――

 

「心配するな。眠れる死者の魂を――命を冒涜するような真似、嫌いなんだ。今更な綺麗事、だけどな」

 

 心の懸念を読まれたみたいに――顔に出ていただけかもしれない――“彼”が言う。付け足されたシニカルな言葉は自嘲、なのだろうか。

 

「どうして、ここに?」

「俺は神出鬼没が信条でね」

 

 捕らえどころのない笑み。でも、はぐらかされたようには感じなかった。

 だって、神出鬼没って言葉の響きが“彼”のイメージにピッタリだったから。「ああ……、そうなんだ」って納得してしまう説得力があった。

 

「まあ、あれだ。君を待っていたのかもしれないし、ただ墓参りに来ただけかも知れないね」

 

 相変わらずの要領を得ないあやふやな物言いに、知らず知らずのうちに眉間に力が入ってしまう。

 今度ははぐらかしてる。何度か接触して、会話しているうちになんとなくコツがわかってきた。

 

「それ、答えになってないよ」

「俺のことはいいじゃないか。それより、ここへ何をしに来たのか思い出してみるといい」

「……あっ」

 

 はたと気づいて、足元のお墓に視線を向ける。

 母さんとアリシアの名前が刻まれた白い石碑に手向けられた、放射状になったスカーレットとピュアホワイトの花弁を咲かせる小さな花々があった。

 

「これって……?」

 

 リコリス――彼岸花。この品種としては珍しい、白い色ものまであった。

 花言葉はたしか……“悲しい思い出”、“また会う日を楽しみに”。それから――“想うのはあなた一人”。

 

「……手向けの花、これくらいしか思いつかなくてね。不作法だとは思うけど、許してほしい」

「そんなこと……」

 

 ないよって否定すると、“彼”がほのかに苦笑した。

 やっぱり男の子だから、お花とかのことにはあまり詳しくないのかもしれない。

 それがなんだかおかしくて。

 

「……?」

 

 自然と頬をほころばせる私を見て不思議そうに首を傾げた“彼”は、何気ない動作でお墓の前から数歩下がった。

 場所を空けてくれたのだとわかったので、ちょっとあわて気味に開いたスペースに進み出る。

 膝を屈めて、抱えていた花束をリコリスの隣りにそっと手向けた。

 

「……母さん、アリシア……私、また来ちゃった」

 

 届くはずのない言葉で呼びかけて、黙祷する。

 ――――私は、私が考えている以上に生まれのことを引きずっていたみたいだ。だから、あんな失礼なことを聞いてしまった。

 〈人造人間〉、〈強化人間〉――人造魔導師として生を受けた“フェイト・テスタロッサ”に近しい存在。けれど、彼らは“望まれて”生まれた。

 私とは、違う。

 ……正確に言えば私も“望まれた”のだろう。でも私は、母さんの期待には添えなかった。

 私が出来損ないの欠陥品だから。アリシアとの思い出を、踏みにじる存在だったから。

 ……振り切ったつもりだったのに、割り切ったつもりだったのに――私が“彼女”になれるわけないのに。

 自分と似た生い立ちの、()みたいに思っている“あの子”を気にかけて、後先考えずに保護責任者を買って出でてみたり。身よりのない子たちを何くれとなく世話を焼いてみたりしたのも今ではただの代替行為にしか思えない。

 “代替物”にすらなりきれずに捨てられた人形が、生みの親の“代替物”を求めてるなんてどんな皮肉だろう。出来の悪い喜劇(コメディ)だ。

 私、ばかだ。誰も“母さん”の代わりになるわけないのに。

 もちろんリンディ母さんのこともたいせつだって、家族だって想ってる。想ってるけど――――

 

「ぅう……っ」

 

 嗚咽がもれる。

 全身から力が抜けて、ぺたりとへたり込む。

 

「う、ぁ……」

 

 堰を切ったみたいに涙があふれてくる。

 両手で顔を覆って抑えようとしてみても、それはぜんぜんできなくて。

 

「ふぇ、ぇっ、ひっぐ……」

 

 あとから、あとから、途切れることなく涙がこぼれる。

 ――寒い。

 ココロが寒い。カラダが震える。

 奥のほうから音を立てて凍っていくみたいだ。

 

 ――――寒い、よ……。

 

 目の前が、真っ暗になる。負の感情が広がって、暗くて黒い暗闇闇を作っていく。光なんて、どこにもない。

 だれか……、たすけて……。

 

「ぁ……」

 

 不意に、大きな手のひらの感触を頭上に感じた。

 まぶたを開いて、顔を上げる。

 目の前には片膝をつけて、私と目線の高さを同じにした黒髪の……敵対しているはずなのに、敵だとは思えない不思議な男の子がいた。

 そのひとがやさしく、すごくやさしく笑ってた。

 

「――がんばったんだな」

 

 ただ一言。たったそれだけで、私のココロを長い間覆っていた暗雲は吹き飛んで、寒々として震えていたカラダの芯からぽかぽかとあったかくなる。

 それはまるで春の雪解けみたいに、私の気持ちを穏やかにしていく。

 

「――っ!」

 

 私は、胸の奥からわき上がる強い衝動に任せて“彼”の胸に飛び込んだ。

 

「っと……ったく、しょうがないな」

 

 呆れたような、でもどこか嬉しそうな声。少しだけためらうようして、背中に両手がかけられた。

 そして、ぎゅっと強く――、大胆に“彼”の胸の中に抱き寄せられて。

 見た目よりもずっと厚い“彼”の胸板と、私の身体に挟まれたネックレスの宝石がとくんと脈打って熱を帯びる。

 その瞬間――――、私の中のなにかがカチリと組み変わった。

 ……ううん、違う。

 ()()戻|()っ《・》()んだ。

 

「ぁ、ああ……っ」

 

 欠落していた記憶に刻まれたたくさんの想いがこみ上げる。あふれ出して止まらない。

 あったかくて心地いい。せつなくて、もどかしい。言葉にできない想いで胸がいっぱいになる。

 切なくて、苦しくて、うれしくて、恋しくて――

 失くしていた間の時間、そのすべてに価値なんてないって思えてしまうくらい、愛しい。

 愛しくて、愛しくて、どうしようもなく愛しくて――――

 

 ――――あぁ……そっか、そうなんだ。

 

 子どもの頃からちっとも変わらない、ボサボサの黒い髪も。冷たいように見えて、ほんとはとっても暖かい蒼い瞳も。

 成長して、ちょっとだけ男らしくなった――でも、いたずらっこみたいな子どもっぽさも残した面立ちも。

 ぜんぶが全部、懐かしい。

 一目見て、何度も出逢ううちに惹かれていったのも当然だ。名前を呼んでもらえなくてイライラしたことも、どうしてか理解できた。

 第22管理世界で出逢ったとき、“フェイト・テスタロッサ”と名乗ってしまった理由も、今ならわかる。私は“彼”を――、「愛してる」って言い残して消えてしまった“彼”を、無意識のうちに求めてたんだ。ずっと、ずっと。

 でも、もうそれも終わり。もうなにもかも、ぜんぶ思い出した。なによりも大切な“絆”を取り戻した。

 

 

 ああ、そうだ……、このひとは、私の――――

 

 

「ぇ……、ふぇ……」

「うん?」

「ふぇえ……、ええええん、ぅえええええん」

「ちょっ!? ほ、ほら、もう大丈夫だから。泣かないで」

「ぐすっ……ぅ、うぇええええん」

「……まいったな」

「ふええぇぇえええん、うわあぁぁあん」

 

 愛しい温もりと懐かしい匂いに包まれて、私は六年間、溜めに溜めていた気持ちを吐き出すように、心ゆくまでめいっぱい、子どものように泣きじゃくった。

 ――だけど、この涙は悲しいから流してるんじゃない。

 うれしくて、泣いてるんだ。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いた?」

「……うん、ごめんね。その……、ありがと」

 

 分厚い曇天の下、金色の少女と黒色の少年が向かい合っている。

 時空管理局に籍を置く魔導師と、異界より来訪した魔王――今は敵対する間柄であるというのに、二人の間に流れる空気は驚くほど穏やかだ。

 先ほどの醜態を思い返し、少女が頬を赤らめて恥ずかしそうにもじもじと身を縮めれば。あの雨の夜のように、感情に身を任せてしまったことを悔いる少年が、ばつが悪そうに頬を掻いて目を泳がせる。

 

「……」「……」

 

 緩やかな沈黙。対照的な二色の双眸が絡み合う。

 少年は、自らに送られる紅玉の眼差しに込められた感情の質が今までとひどく違っていることに気がついていた。

 戸惑いではなく理解。警戒ではなく恋慕。――神話の女神にも見劣りしないほど美しく成長した容貌は、純粋でひたむきな愛情で満ち溢れている。

 やっと、やっと思い出してくれたのか――そう、密かに胸を熱くした少年だったが、当初の予定通りこれ以上自ら歩み寄る気はない。今までも、意味深な言葉を吐いてちょっかいを出す程度で自制していたのだ。

 豪放磊落に見える彼だが、公私をきっちりわける分別だって持ち合わせている。それを一時的に曲げて涙する少女を慰めたのは、それだけ彼女のことを心から大切に想う故だった。

 

 ――居心地のいい静寂。

 崩してしまうのはもったいないけれど。少女は胸中で決心し、意識して硬い表情を作り口を開く。

 

「あなたたちは、冥魔を倒すために動いているかもしれないって、エリスが言ってた。それは、本当?」

 

 長い間引きずっていた暗鬱とした雰囲気を拭い去り、内に秘めた凛とした美しさを開花させた少女は管理局の執務官として、治安維持の公僕として、不敵に微笑む少年へ疑問を投げかけた。

 彼女にも、少なからず意地がある。言いたいことぜんぶ言うまで甘えてあげないんだもん、とつんつん澄まして健気に振る舞っている。

 本心は、今すぐ首根っこに飛びついて思い切り甘えたい。だが、それを我慢して毅然と振る舞うくらいには少女も成長していた。

 向き合う二人の気持ちは同じ――まだ全て終わったわけじゃない、と。

 

「ああ、その通りだ。……志宝エリスを君たちに引き合わせたのは正解だったな。うまく踊ってくれているようで安心したよ」

 

 人心を弄ぶ魔王の片鱗を見せつけ、少年は不敵に肯定する。

 戦わずに済む未来を見つけ、ぱあっと少女の表情が明るくなった。

 

「なら、みんなで一緒に力を合わせて――」

 

 だがそれも、長くは続かない。

 

「無理だな」

「ど、どうして?」

「大層なものじゃあないが、俺たちにも譲れないものがある。君なら、わかるだろう?」

「っでも……」

「君はこの“世界”を守る管理局に所属する執務官。そして、俺はこの“世界”を侵略しようとしている悪い大魔王――お互い、闘争以外に道はないのさ」

 

 持って回った、それでいて茶化したような言い回しに隠された確固たる意志をくみ取り、少女は説得は無理だと悟る。形のいい眉目が悲しみにしゅんと落ちた。

 極めて冷たく――あくまでも彼女の主観では、だが――振る舞っていても、やはり少年と敵対するのは辛い。自分の半身を切り分けるように。

 

「それに――……ち」

 

 何かを言い掛けた少年が一転、厳しい顔をして小さく舌打ちした。

 

「え……?」

 

 突然、二人の周囲を取り囲むようにどす黒い瘴気の柱が大地を割って吹き出す。

 

「!!」

「俺の話はまだ終わってないってのに、無粋だな。場所を弁えろよ、阿呆共が――と言っても無駄か。だからお前らは嫌いなんだ」

 

 そんなぼやきを合図に、瘴気の中からずるりと異形の軍勢が姿を現した。

 原形質の頭部を持つヒトガタの結晶体に、複数の頭を持つ無機質の蛇。無数の触手を生やす無機質の身体で構成された魚のようなバケモノ。うねうねと粘着質の身体を粘つかせるスライム状の物体。

 巨大な粘性の身体を蠢かせ、人の手足にも似た腕を持つ怪物。瞳のない、黒い煙を吹き出す四足獣。結晶質の体内に、脳髄のようなモノを持つ巨大なヒトガタ。

 多種多様、いずれも常人なら吐き気を催し卒倒しかねないほどに醜悪な姿の存在。生きとし生けるものを怨み、憎み、嫉み、滅ぼさんとする破滅の尖兵。

 

「こ、これって……」

 

 数え切れないほどに溢れ出したバケモノのあまりの醜さに、少女が身体をわずかに強ばらせる。

 

「冥魔だよ。雑多な雑魚の群れに、よどみの沼、無明の獣魔と闇黒晶魔――大物まで揃えて俺を潰しに来たみたいだな。まったくご苦労なことだ」

 

 言うやいなや、キンッと音を立てて(あか)の結界が広がり、二人と冥魔を現実空間から隔離する。

 蒼銀に光る風を巻き起こし、少年が紺青の戦装束を身に纏う。ばさりとコートの裾をはためかせ、彼は身を翻した。

 

「君は下がって見ているといい。この程度、俺一人で充分だ」

 

 左手でネクタイを軽く弄り、右手で側の空間に広がった小さな波紋――月衣から“箒”を引き抜いた少年は肩口から背後を窺う。

 そこには金色の雷光を迸らせ、漆黒の軍服と純白の外套を纏う少女の姿があった。

 

「……何のつもりだ。まさか、一緒に戦うだなんて言わないだろうな」

「そうだよ」

「俺と君は敵対しているというのに?」

「うん」

「確実に、俺たちは争うことになるんだぞ?」

「それでも、だよ。あなたが敵だとしても――、いっしょに戦うって決めたんだ」

 

 金色の戦鎌を油断なく肩に担いだ少女は、少年に背を向けたまま、はっきりとした口調で言葉を紡ぐ。

 それはいつか彼が“母”と交わした問答。会話の細部は違うものの、少女の出した答えは彼と同じだったのだ。

 

「――私自身が、あなたを護りたいと思った。理由は、それだけで十分だ」

 

 背中合わせの背中越し、少女は笑みの気配を感じた。

 待ちきれないと異形のバケモノどもが怖気をふるような唸り声を上げる。

 

 ――“目障りな魔王め、その五臓六腑を抉り出し、八つ裂きにしやろう!”

 

 ――“小娘、お前の柔らかな血肉を蹂躙し、陵辱し、喰い尽くしてくれる!”

 

 ――――あるいは、ヒトには理解できぬ言葉で、冥魔が盛んに吼え猛った。

 

「フッ……足手纏いにはなってくれるなよ」

「あなたこそ、遅れないでね」

 

 互いを煽るように軽口を叩き合い、二人は同時に踏み切る。

 ――――別かたれていた翼が今、再び大空を舞う。

 

 

「やあああっ!」

(あまね)く光よ!」

 

 魚類に似た冥魔――闇魚が、稲妻の如き斬撃に寸断され、細斬れになって霧散する。

 無数の頭かしらをうねらせる蛇の冥魔――闇蛇が、蒼銀の光芒に巻き込まれ、ダース単位で消し飛ぶ。

 魔力を込められて長大化した金色の大剣が、奇形の四足獣――無明の獣魔を一刀の下に斬り裂いた。

 銀色の雨を降らせて対抗するスライム状の巨大な冥魔――よどみの沼とお供のスライムは、天から降り注ぐ裁きの光によって瞬く間に浄化された。

 

「少し見ない間に、強くなったな!」

「ふふ、ありがとう。あなたも、すっごく強いよ!」

「当然だ。俺は魔王だからな!」

 

 互いの実力を笑顔を交えて讃え合う金色の魔導師と蒼黒の魔法使いは、お互いがお互いを庇い合い、フォローし合い、時には息を合わせた絶妙なコンビネーションを魅せる。

 獅子奮迅。冥魔の軍勢は急速にその数を減らしていく。

 蘇る愛の力を武器に縦横無尽に天翔る一対の比翼を滅ぼさんと、冥魔たちが各々が備える魔法を撃ちかける。

 しかし、七枚の“羽根”が組み合わさって完成した白亜の大楯が赤い光を纏い、邪悪な魔法全てを完全に遮断した。

 

「トライデント!」

 

 楯の奥から、何かが稼働する機械音と可憐な美声が飛ぶ。弾かれるように、少年が分離した“羽根”を連れて離脱していく。

 大楯に隠れていた少女の突き出す左手を基点として、金の魔法陣が広がる。

 

「スマッシャーッ!!」

 

 円状魔法陣の中心から一本、続いて上下に枝分かれして三叉槍状に発射された光芒が、ひときわ大きな結晶体のヒトガタ――闇黒晶魔の胴体を突き穿つ。三叉槍が結合、反応し、猛烈な雷撃を伴う大爆発を引き起こした。

 わだかまる爆炎の中から進み出た闇黒晶魔が大きく損傷した透明な躯を激しく明滅させ、お返しとばかりに閃光の魔弾を少女に撃ちかけようと腕を掲げる。

 少女は技後硬直で咄嗟に動けない。だが、その表情に恐怖はなかった。

 なぜなら彼女はひとり戦っているわけではないから。“彼”とともに在る自分が、負けるはずなどないのだから。

 その期待通り、横合いから紺青の影が遮るように躍り出る。たったそれだけで、冥魔の動きが止まった。

 

「邪魔だ」

 

 無慈悲な一言。蒼白い光が走ったと思うと、まもなく闇黒晶魔の体躯が斜めにズレていく。

 太刀筋すら見えない魔技とも呼べるまで昇華された恐るべき早業で、闇黒晶魔の巨体は真っ二つに両断され、上半身と下半身は見事泣き別れとなった。

 黒い砂と化して消滅する冥魔には目もくれず、少年はとんっと軽い足取りで大地を蹴って飛び上がり、空中で大立ち回りを繰り広げる少女と背中合わせになる位置で停止する。

 周囲と眼下には、未だ勢いの衰えない無数の冥魔が蠢いていた。

 

「一気に蹴散らす! 行くぞ、合わせろ!」

「うんっ!」

 

 少年のいささか強引な指示に応え、少女が楽しそうに破顔した。

 ほぼ同時に、二人の魔力が練り上げられる。黄金に輝く光の剣が天空に掲げられ、蒼銀のルーンが煌めく刀身が大地を指し示す。

 りんっ、と涼やかな音が鳴り、二色の魔法陣が彼らの足下に描き出された。

 

 闇よりなお暗き漆黒の塊が刃先に発生。混沌を司るマイナスエネルギーを広げ、圧倒的な重圧で敵を圧殺する闇黒魔法が――

 灰色の雲が俄かにざわめく。雷鳴轟き、多数の稲光が迸る。元となった儀礼術式を簡略化、範囲を限定した召雷魔法が――

 

「ダーク!!」「サンダー!!」

 

 その力を、解き放った。

 暗闇の塊が爆発的に拡大し、幾条もの雷光が空から落下していく。

 着弾の時を待つだけの冥魔たちに逃げる術などない。

 

「「フォーーールッッ!!!!」」

 

 少年と少女の叫びが一つに重なり、重力と雷撃の嵐が落ちてくる。

 超重力の闇黒が大地を覆い隠して冥魔の全てを押し潰し、高電圧の稲妻が天空から降り注ぎ冥魔の全てを撃ち貫く。

 断末魔の悲鳴を上げ、混沌の軍勢は数分も経たぬ間に塵芥へと還っていった。

 

「やったねっ」

「ああ」

 

 月の匣は解かれ、墓地は再び静寂に包まれる。

 少年の左手が長剣の刃に残った露を払う。少女が漆黒の戦斧を軽く抱きしめた。

 そっと吹いた微風が、沈黙し、向かい合ったふたりの頬を優しく撫でる。

 

「やっぱり、協力しよう? その……なのはとユーノのこととか、あるけど……あなたと私ならできるよ、ね?」

 

 やや上目遣いで、少女は少年に懇願する。

 

「残念だけど、手遅れだ」

「え……?」

 

 遠くに見える超高層ビルを見やり、少年が心から残念そうに瞳を閉じた。

 刹那、遠雷のような地響きが大地を揺るがす。

 

「……!」

「ベルの奴、始めたか」

「はじめた、って……?」

 

 意図がわからず、少女がぽやっと首を傾げる。

 

「この“世界”の中心――あらゆる感情が集まる場所であるこの次元宇宙(ミッドチルダ)を、根付いてしまった冥魔の親玉ごと破壊する。それで連中もしばらくは大人しくなるだろう」

「っそ、そんなっ!!」

 

 それを肯定するように、彼女を呼び出す念話が届く。

 正体不明の光の柱がクラナガンに現れた、と。

 

「ちまちま病巣を切り取る対処療法じゃ埒が明かない。それに、俺の連れは気が短い連中ばかりでね」

 

 血相を変える少女へ、少年はポーカーフェイスでさもどうでもいいと言い放った。

 

「ッ――」

 

 形のいい薄紅の唇が強く噛みしめ、少女はその紅の瞳をキッと鋭くさせる。

 彼女の内心では、理性と愛情が複雑に入り乱れている。だが、激しく渦巻く寂寞の想いをねじ伏せて、少女は酷薄に笑む“魔王”と真っ直ぐ向き合った。

 大切な人が間違えたなら、正さなきゃいけない――そう、少女は思う。

 たとえどれだけ辛くとも、間違いは間違いだと言える毅さを彼女は持っているのだから。

 

「場所を変えよう。君だって、いろいろ言いたいこともあるだろう? ()()()()()()やり方で――決着、着けようじゃないか」

 

 清々しいほどに一直線なピジョン・ブラッドの瞳を一身で受け止めて。魔王(しょうねん)は飄々と、気品ある悪魔のように微笑んだ。

 

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