魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#8

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯8 「輝く星、天より堕ち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の夜を切り裂いて紅い光が迸る。

 翼の形をした光を大きく羽撃たかせ、真紅の流星が桜色の砲撃を連射しながら愚直なまでに真っ直ぐ、ただ一直線に漆黒の魔王へ向けて吶喊した。

 

「はああああ――ッ!!」

「ちいッ……!」

 

 撃ち掛けられる虚無の矢の直撃を受けながらも、なのはの速度は落ちない。むしろ、ダメージを受ける度に速度を増しているようにさえ見えた。

 〈A.C.Sドライバー〉。Accelerate(加速)Charge(突撃) System(機構)を応用した攻防一体の突撃機動。三対の翼と、半実体化した紅の魔力刃“ストライクフレーム”を展開し、攻性フィールドを纏った自らを砲弾に見立てて突貫する捨て身の特攻――それが、なのはがベルに勝つために考え出した策だった。

 

「――――!!」

 

 巻き起こる衝撃波で周囲の建造物を薙ぎ倒しながら、なのはが猛進する。

 最低限、バリアジャケットの防御だけを残して、余剰の魔力全てを推進力だけに傾けた小回りなど端から捨てた機動は、ベルに容易く往なされてはビルの残骸に激突する。しかしなのはは、すぐさま飛翔して飽きることなく突撃を仕掛け続ける。

 鬼気迫る突撃に内心で泡を食い、ベルは気持ち引き気味に回避機動を取る。その消極的にも見える動きはまるで、緒戦の時のなのはのようだった。

 

「ったく、馬鹿の一つ覚えみたいに!」

 

 下方から猪突猛進に接近する白い流星に向けて、〈ディストーションブラスト〉を連続して撃ち放つ。

 回避運動すら取ろうとしないなのはに虚無の矢が真正面から直撃した。

 

「くっ……う、あああああああっ!!」

 

 魔法に接触し、解放された虚無の力で甚大なダメージを受けるものの、そんなことはお構いなしに彼女は突き進む。

 愚直に、ただ真っ直ぐ。それはさながらなのはの信念そのもの――自らの身を省みず、命まで削って勇往邁進する勇壮な愚者の生き方だった。

 

「そこっ!」

「ちぃ!」

 

 一気に高度を上げてベルの背後を取ると、中距離誘導砲〈エクセリオンバスター〉を抜き撃ち気味に発射。生き物のように射線をくねらせた砲火が魔王を捉えた。

 爆発。炎上。

 なのはは、ここぞとばかりに未だ残る噴煙へと砲撃の嵐を叩き込む。排出された大量の空薬莢が霰のように地上へ降り注いだ。

 

「グ……、なめるなァァァッ!!」

 

 裂帛の砲哮が噴煙と魔力砲弾を吹き飛ばし、魔王がその強大なる力を発露する。

 頭上に掲げた両手の中に黒い光が集束。漆黒の球体と、それを取り巻く複数の帯状の魔法陣が形成された。

 虚空に閃く破滅の力が凶兆を呼び起こす。

 

「ヴァニティワールド・ジ・アンリミテッドッッ!!」

 

 かけ声と共に解き放たれる無秩序に荒れ狂う力の奔流。

 極大消滅魔法〈ヴァニティワールド〉を改造した彼女オリジナルの大魔法〈ヴァニティワールド・ジ・アンリミテッド〉――無限と名付けられた漆黒に輝く混沌の光条が、なのはを一息に飲み込んだ。

 

「く、うあぁッ!」

 

 360度、全方位から襲い来る圧倒的な圧力を受け、なのはの華奢な身体が軋みを上げる。

 彼女は歯を砕かんばかりに食いしばり、堪え忍ぶ。純白のバリアジャケットが漆黒の力に侵されて、ボロボロと損傷していく。

 

「まだ、まだ……っ! レイジングハート、ブラスターモード……!!」

『Blaster1st、2nd』

 

 レイジングハートの合成音声とともにリミッターが段階を一気に飛ばしてカットされ、注ぎ込んだ魔力を増幅、人の身には過剰すぎる力が生み出される。

 ずきりと鈍い痛みを押さえ込むように、なのはは左腕を右腕で強く掴んだ。

 なのはとレイジングハートの“リミットブレイク”である〈ブラスターモード〉によって得た限界を超えるほどの自己ブーストは、“楔”の維持と現し身という制限があってなお莫大な魔力を誇るベルに匹敵する力を、なのはに与える。

 外からの圧力とは別のベクトルの、身体の内から沸き上がる圧迫感と身を切り裂かれるような痛みに耐えながら、白の少女は紅の翼を大きく広げた。

 それはまるで、彼女の心から止め処なく流れる鮮血のような色だった。

 

「はぁあああああああァァァァ――――ッッ!!!」

「く、うぅっ!」

 

 速力と魔力を乗せたレイジングハートを薙ぎ払うように、力任せに叩きつける。即座に張られた正四角形の障壁にぶち当たり、鈍い打撃音が鳴り響く。

 半透明な障壁を挟んで、なのはとベルが睨み合った。

 

「ホント、見上げた根性だわ。忌々しいくらい。……何があんたをそこまで突き動かすわけ? 別にあたしを倒さなくても、この“世界”が消えでも、あんたは何も困らないでしょうに」

 

 わざとらしく考えるような仕草をして一拍間を置いた後、ベルは口を開いた。

 

「……ああ、やっぱり復讐?」

 

 禍々しい金色の眼光がなのはを捉え、嘲るように問いを投げかけられる。

 

「っ、違う、そんなじゃない! ――私はっ、理不尽な暴力からみんなを守りたいから、世界の平和を守りたいから、戦ってるんだよ!」

 

 ピクリとベルの眉宇が小さく揺れる。眉間に深い皺が刻まれた。

 

「だから私は、あなたを――」

「ハッ、笑わせんじゃないわよ!!」

 

 なのはの叫びを鼻で笑い、ベルは反発力を持ったエネルギーを拳に纏わせる。

 〈斥力場〉とも言われる力が帯びた拳を自らの障壁の上から叩きつけ、強烈な衝撃を生み出してなのはを大きく後方へと弾き飛ばした。

 

「……っ!」

「理不尽な暴力? 世界の平和? そんな、他人(ひと)から借りた耳障りのいいキレイゴトに価値なんてないわ! 信念を語りたいなら、自分自身の言葉だけで語りなさい!!」

 

 大気を振るわせる一喝。

 烈火のごとく憤るベルは、不愉快さを隠さない眼差しでなのはを射抜く。

 金色の瞳は、一見するとまっさらで純粋に見える少女の心の奥深くに巣くう闇黒を貫いていた。

 ベルを中心にして、漆黒の炎が、莫大な魔力が渦を巻く。

 

「“オトモダチ”を自分の手で傷つけて、少しは懲りたと思ったのに……あんたは何にも変わってないのね」

「あれはっ、ユーノくんはあなたのせいで!」

「違うわ、あれはあんたの罪。力を持つこと――、そしてそれを(ふる)うことの意味と責任を知らない、無知の罪が招いたことよ」

 

 冷酷な言葉が見えない刃となって少女の心に突き刺さり、その奥深くに抱えた“弱さ”を深々と抉り出す。

 

「だってそうでしょう? あんたのしているその生き方は、自ら“敵”を作る生き方よ。あんた自身にその気がなくても、力を篩う度に必ず誰かを傷つけ、痛めつける。それは転じて恨み辛み、怨念に変わるわ。この世に善人なんてのはいないの、性善説なんてものは幻想よ。ヒトっていう生き物は皆総じて愚かしく、残酷で、欲深くって、自分勝手なエゴイストばっかりなんだからさ」

 

 ヒトの自尊心を煽り、犯罪を教唆する悪しき存在。人心を闇で縛る“蠅の女王”だからこその言葉。遙か太古から社会の暗闇に紛れ、ヒトの心の負の側面を見つめ続けてきた彼女はそれが真理だと未熟で幼い少女に突きつける。

 この世は無慈悲で、無感動で、無意味だと――魔王の説く世の(ことわり)は一面でしかないけれど、しかし真理の一端を突いたものだった。

 

「あたしがやらなくても、いつかあんたの大切なナニカを奪われて、犠牲にされる時が来たでしょうよ。大切なものと世界とやらの平和と……そのどちらかしか守れないと知ったとき、あんたはいったいどちらを選ぶのかしらね? そういうこと、一度でも考えたこと、ある?」

「そ、それは……っ」

 

 瞬く間に血相を変えるなのは。背を預け合い、共に戦う親友たちや故郷に残した家族、幼なじみたちの姿が次々と脳裏に過ぎっては消えていく。

 ――そして最後に、未だ眠ったまま、起きようともしない少年の幻影が見えた。

 少年のイメージは、軽く微笑むと、そのままの表情で静かに闇の中に溶けていく。

 不吉すぎる想像を振り払うように、なのはは(かぶり)を振る。狼狽し切ったその様は、あまりにも弱々しく、あまりにも惨めだった。

 ……自分が傷つけてしまった少年がもし本当に消えてしまうようなことになってしまえば、彼女はもう二度と立ち上がることができないだろう。“高町なのは”の()()を真に構成するのは、名前も顔も知らない誰かなどではなく、自分を必要としてくれる――そばにいてくれるひとたちなのだから。

 

「私なら大丈夫。私にはそんなことは起きない。私なら何とかできる。――そうやって、物事の本質から目を逸らして、都合のいいものだけを見て聞いて。傲慢で、浅薄で、闘争の本当の意味も知らない半人前のくせして驕り高ぶり、上っ面だけ“キレイ”に糊塗する惰弱な小娘……それがあんた」

 

 普段ならば撥ね除けられたであろう言葉の刃。容赦のない棘のような言霊の数々。

 しかし度重なる心労の果て、弱り切った心は抗うことができない。老獪な話術に、人外の威圧感に容易く絡め捕られて、なのはの心はズタズタに切り裂かれていく。

 

「挙げ句にこの有様。……ふふっ、無様ね」

「あなたに――! あなたに、私のなにがわかるって言うの!? 私の気持ちも知らないで!!」

「わからないわよ、そんなモノ。あんたの気持ちなんてあたしの知ったことじゃないし」

「っ私は、正しいことのために――悪いことをする人を止めるために戦ってるのに!!」

「それで? だから? やめなさい、正義だ悪だのと口にするのは。程度が知れるわ。――そんなもの、この世のどこにもないんだからさ。くだらない」

「くだらなくなんかないっ!!」

 

 二人の主張はどこまで行っても平行線。交わる気配は微塵もなかった。

 だが、これは当然の結果だ。

 本来、良くも悪くもただの少女でしかないなのはと“世界”を震撼せしめる大魔王であるベルでは、主義主張はおろか精神の構造からして全くの別物。フェイトやヴィータと衝突し、その果てに和解した過去の事例とは次元が違う。違いすぎる。

 決着は、どちらかの滅び――それ以外に道はない。

 

「いい加減、自分に素直になったらどう? あたしが憎いって、あたしが憎くて憎くてしかたないから復讐しに来たんだって、吐き出してしまえば楽になれるわ。本当の気持ちを誤魔化しているのは辛いでしょう?」

「!! ちがっ、ちがう、ちがうちがうちがうちがうちがうぅぅぅううっ!! 違うのっ、私はあなたを止めたくて! みんなの平和を守りたくて……!」

 

 胸の奥に秘めていた澱んだ望みを強かに指摘され、なのはは動揺を極める。髪を大きく振り乱し、頭かぶりを横に振って否定を繰り返した。

 かさつき、ひび割れた唇が紡ぎ出す言葉の羅列は、どこか空々しく闇に響く。

 

「ハァ……まだ言う。それがキレイゴトだって言ってんのよ。そんな無価値なものにしか戦う理由を求められないのなら――」

 

 吐き出す言葉の端々に憤りを滲ませて、ベルが掲げた両手の中に閃光が集う。

 漏れ出した金色のコロナが天を焼く。

 

「――そんな中途半端な力なんて、捨ててしまいなさい!!」

 

 振り下ろされた両手とともに、小さな太陽がその内に孕んだ破壊の息吹を解き放った。

 

 

   *  *  *

 

 

 クラナガン中央区。

 夜も浅いこの時間、普段ならばまだ人通りのあるはずのその場所に生き物の気配はない。

 あるのは闘争のざわめき。剣戟の音が彩る恋人同士の語らい。

 落雷ような衝撃音が響く。

 

「つっ!」

 

 金色の月牙を閃かせる戦斧を強かに弾かれ、黒衣を纏う金髪の少女――フェイトは体勢を崩された。

 辺りに人気がなさすぎることを不審に思い、気を取られて生まれたわずかな隙。それを見逃してくれるほど、彼女が対峙する相手は甘くはない。

 

「おいおい、今の君に余所見している余裕なんてないだろう? もっと俺を愉しませてくれ――君の力で!」

 

 足下で魔力を爆裂させた蒼い“獣”が驀進する。

 漆黒の刃が闇に走った。

 

「っ!」

「オオオオラあァッ!!」

 

 薙払いからの怒涛の連続突き。

 一瞬で放たれた数十発の刺突は、槍特有のしなりによる不規則な軌道を伴って少女を襲う。

 ギリギリで黒いバリアジャケットが削り取られていく。

 闇黒を凝縮した大振りな槍を巧みに操り、体勢の崩れたフェイトへと追撃を掛ける濃紺のコートの少年。その精悍な面差しに獰猛な笑みを張りつけて、次々に攻撃を繰り出す。

 刺突、袈裟斬り、斬り返し、薙ぎ払い。大蛇のようにしなやかで、閃光のように鋭く速い刃の舞が唸りを上げる。

 もはや遠慮を微塵もなくした――無論、殺さないように加減はしているが――嵐の如き舞踏に、フェイトは焦りを帯びた表情と精彩を欠いた動きで受け手に甘んじることしかできない。

 

(っ、一撃一撃が、重い……! だけど、軌道はもう読める。対応もなんとか――でも……)

 

 それ以前に、彼女が本気で彼を討つことが出来るだろうか。

 ――答えは否だ。

 やっと出逢えた、誰よりも、何よりも大切な人を討つことなどフェイトにはできなかった。

 だからといって、戦いを止めるわけにもいかない。彼を放っておけば、ミッドチルダは次元震に飲み込まれてしまう。

 彼は一度これと決めたことを翻すようなタイプではないし、先ほど彼自身から聞いた話では止められたとしても次元震は防げないだろう。

 だが、少なくとも、彼だけは自分の手で止めてみせる。フェイトは自らの立場と心情を鑑みて思う。

 それにフェイト個人としても憤りを感じていることがたくさんあるのだ。

 六年間放置されて記憶はなくとも辛かったこととか、せっかく帰ってきたのにあんまりな扱いをされたこととか――、いろいろと。

 失った過去を、何ものにも代え難い“絆”を取り戻したはずなのに、少年の名前を頑なに呼ぼうとしていないのもその気持ちの現れだった。――単に意地を張っているだけ、とも言えるのだが。

 

()ッ」

「っ!」

 

 複雑極まりない感情を持て余す心を見透かしたような鋭い一突き。フェイトはバックステップでいったん距離を取ると、乱れ切った息を整えた。

 思った以上に動揺していることを自覚して、肺に溜まった澱んだ空気を大きく吐き出す。

 

「どうした? 太刀筋に迷いが見えるぞ」

 

 くるくると槍を右の鉤爪で弄び、肩に担いで気だるく構えた少年は、薄ら笑いを浮かべて惑う少女の内心を覗く。

 こうした軽薄な話術や態度で相手の気を逆撫で、自分のペースに持ち込むのが彼の常套手段だと痛いほど知っているフェイトは、冷静を保とうと努めて意識する。

 昔は私の方が強かったのに。内心で不満を感じつつ口を開いた。

 

「……私が、ほんとはあなたと戦いたくないって知ってるくせに」

 

 無意識に、声色に険が表れてしまうのも仕方ない。

 

「そうだな、そして俺にも君は壊せない。だけど、こっちは時間を稼ぐだけでいいんだ。あの“楔”が臨界点を超え、次元震を引き起こすその時までね。つまり君は、最初から時間というハンデを背負ってるってわけさ」

「! そんなの卑怯だ、ずるいよ」

 

 ぷくーっと頬を膨らましてフェイトが抗議する。

 鉄火場には似合わない小動物のような愛らしい仕草に、少年は薄ら笑いとは違った趣の笑みを漏らす。それでこそいじめがいがある、とでも思っているのだろう。

 

「卑怯卑劣で結構、要は勝てばよかろうなのさ。世の中に、平等なんて都合のいいものはないって覚えておくといいよ」

「……性格、悪いね」

「よく言われる」

 

 くつくつと愉快そうに咽を鳴らし、少年が苦笑する。暖簾に腕押し、糠に釘とはこのことだ。

 柳のように飄々と佇む分からず屋を前にフェイトは瞼を伏せて、ふっ、と小さく息を吐く。ゆっくりと開かれた真紅の双眸は真っ直ぐに澄み渡り、迷いという曇りが残らず消え去っていた。

 凛々しさと可憐さが同居した、光り輝くような顔付き。

 それに少年は、ほう、と感心したような――いや、むしろ見惚れたようなため息を漏らす。

 彼は、フェイトのこの表情が好きだった。凛々しく真摯で、一点の曇りもないこの表情が。

 彼女の一途な――悪く言えば、思いこみの激しい――在り様を、この世の何よりも美しいとさえ思っている。

 だが、今この場に立つのは一人のヒトではなく、“七徳”を背負って“七罪”を為す裏界魔王アル=シャイマール。故に、色恋にかまけて自ら退くなど魔王の矜持と信条に差し障る。

 フェイトと同じくらいに愛している二人――敬愛する母と、尊敬する姉の名に泥を塗るような真似はできないから。

 

「あなたは、この星と次元宇宙を犠牲にして、ほかの次元を護ろうとしてるんだよね」

「…………」

 

 真摯な眼差しを逸らすことなく受け止めて、少年は紅い瞳を無言で見返す。

 フェイトは沈黙を肯定と受け取って、請うように言葉を続けた。

 

「でも、このミッドチルダにだって、たくさんの人が住んでるんだよ?」

 

 どんな言葉をどれだけ尽くしても、きっとこのへそ曲がりな少年は自分の意見を曲げたりしないだろう。それでもフェイトは、無駄だとしても言葉を交わすことを止めたくはなかった。

 彼との会話はどんな内容でも、彼女にとっては何物にも代え難い“宝物”になるのだから。

 

「次元を壊すなんて――、そんなことをしたらその人たちがみんな死んでしまう。だから私はあなたのやり方を、認めない」

 

 はっきりと拒絶の意志を示して見せるフェイト。そんな彼女の姿に、少年が目を細める。

 

「……その犠牲でもっと大勢の命が救えるのなら、それほど悪い選択でもないだろう?」

「っそんなの間違ってる!」

 

 少女らしい潔癖さを露わにして、フェイトが叫ぶ。

「そうかもな」彼女の真っ直ぐな心根を好ましく思い、微笑を浮かべた少年は一転してシリアスな表情を取り繕う。

 魑魅魍魎を束ねる魔王の王たるカリスマを前面に押し出し、対峙する英雄(ヒーロー)に世の道理を説いた。

 

「だがな、小を切り捨て、大を護らなきゃけない時だってあるんだよ。“独り”で全てを救うだなんてのは身の程を知らない愚か者(メシア)の戯言だ。ヒトは皆、全知全能にはなれない。だからどこかで折り合いをつけて、最善じゃなく次善だとしても選び取って進んでいかなくちゃならないんだ」

「それは……そうかもしれないけど、でも、それでもっ! あなたなら、すべてのひとを救うことだってできるはずだよ!」

「そりゃあ買い被りすぎだよ。俺はそんなに大層なものじゃないさ」

 

 少年はシニカルな自嘲で唇を歪めると、スタンスを広げて体勢を沈めた。槍の柄が両手で強く握り込まれる。

 捻れくれた槍の穂先が金色の少女にぴたりと合わせられた。びくりと肩を揺らし、フェイトは半ば反射的にバルディッシュを眼前に構える。

 すらりとした、しかし鋼のように練り上げられた総身にぐっ、と力が込められ――

 

「俺()り《・》に出来るのただ一つ……、全てを破壊することだけ――今も昔も、変わらずな!」

 

 耳をつんざく爆轟が、深い夜闇に響き渡った。

 

 

   *  *  *

 

 

 桜の魔力光と黒の虚無が迸る。

 なのはとベルの戦闘は、熾烈なドッグファイトへと移り変わっていた。

 幾度となく交錯し、炸裂する光――

 

「そうだよ、その通りだよ! 私はあなたが憎い! ユーノくんを傷つけて、悪いことして……勝手なことばかり言うあなたが! 憎くて憎くてたまらない!!」

 

 砲撃を斉射しながら、なのはは喉を枯らさんばかりに声を張り上げ、自らの昏い望みを吐露する。憎悪を剥き出しにした彼女の表情に普段の優しい面影はない。

 度重なるダメージに、彼女の白いバリアジャケットは無惨にも半壊。骨でも折れているのだろうか、だらりと力ない右腕は辛うじて柄に添えているだけだった。

 

「ふんっ、やっと自分の本性を認めたのね! それで、憎いあたしをどうしてくれるわけ!?」

 

 短めのマントを翻すベルが、強い愉悦で端麗な表情を歪める。多少のダメージはあるものの、まだまだ余裕の様子で嘲笑う。

 強烈な火線と罵声をぶつけ合いながら、二人はぐんぐんと高度を上げていった。

 

「私はっ! あなたを倒す!!」

 

 魔力を逆噴射させたなのはが大きく後退、一気に距離を空ける。

 突然の機動にベルの反応がほんの僅か、一瞬だけ遅れた。その隙を突くように、レイジングハートの切っ先に桜色の光が収束。まばゆい極光を放つ。

 

「ディバイイィィィィイン! バスタァァァアアア――――ッ!!」

 

 収束した魔力が解き放たれ、一条の光の柱となった。

 光芒一閃。輝きがベルに迫る。

 

「そんな単調な攻撃が――」

 

 ひらりと身を翻し、砲撃を難なく躱したベルの目に飛び込んできたのは、光の奔流から飛び出した白い少女の姿。

 もはや右手は使い物にならぬと判断したのだろう、左手と脇で挟むこと構えた金色の突撃槍の先から赤い刃を発生させて、一直線に突進する。

 

「馬鹿なっ、自分の砲撃の中に隠れて!?」

「うあああァァアアアアッ!!」

 

 獣のような叫び声。咄嗟に展開された障壁。

 鈍い激突音。障壁に突き刺ささり、真紅の刃が貫通する。

 

「エクセリオンバスター!!」

 

 刃の先に、眩いばかりの魔力光が収束する。目の前で膨れ上がる莫大な力に、ベルは余裕の表情を凍らせた。

 

「ブレイク!!」

 

 尖端下部に搭載されたカートリッジシステムが何度もロードを繰り返し、空薬莢を空中にばら撒く。

 マガジンに残ったカートリッジの魔力全てを一身に受け止めるレイジングハートに刻まれる無数の亀裂。だが、なのははお構いなしに全身全霊の魔力を注ぎ込み続ける。

 ――この一撃に全てを賭けて。戦いに、決着をつけるために。

 

「シューーーートッッ!!!」

 

 桜色の閃光が、全てを覆い尽くした。

 

 ――――そして、倒壊しかけた高層ビルの中腹。

 

「あーあ、負けちゃったか」

 

 決死のゼロ距離砲撃により、左腕と胸から上以外を消し飛ばされたベルは瓦礫に背を預け、至極残念そうに唇を尖らせる。

 

「あたしをひとりで殺した人間は、あんたで二人目よ。誇っていいわ」

 

 満身創痍のなのはが、覚束ない足取りでベルの前に降り立った。

 額や腕から流した血によって紅黒く染まったバリアジャケットは、すでにドレスの体を為していない。胸元から左肩にかけて大きく破けて柔肌が覗き、スカートは無残に千切れ真っ白な太股を露わにしている。リボンの切れた髪は、力なく宙を舞っていた。

 過剰なまでの大魔力で放たれた砲撃の反動と、三段階目まで使わされたブラスターシステムの影響は深刻だ。確実に少なくない後遺症をなのはの身体に残すだろう。

 

「それにしても――、理不尽な暴力からみんなを守りたい、だっけ?」

 

 精魂尽き果てた様子で呆然とする少女に、死にかけの魔王は唇を紅い三日月に変え、

 

「あんたがその、“理不尽な暴力”とやらになったら世話ないじゃない」

 

 強烈な皮肉を吐き捨てた。

 

「!!」

「実力行使で邪魔者を排除するなんて、魔王(あたしたち)とおんなじね」

「それ、は……」

 

 アメジストの瞳を揺らして動揺する少女。魔王は、クスクスと彼女の矛盾を嘲笑う。

 妖艶に、酷薄にただ嗤う魔王の像が薄れ始めた。

 

「ま、あたしには関係ないこと、か。あんたとの殺し合い、それなりに愉しかったわ」

 

 ぼんやりと薄れる“蠅の女王”の見事な銀髪が、端正な容姿が――躯が、数え切れないほどの黒い蠅に変わっていく。

 

「――じゃあね」

 

 そんな、死に際にしてはあまりにも軽々しい言葉を残して、黒い蠅の群れは四散。深い闇の中へと消え去っていく。

 

 ――そして、星の光なき夜空の下に静寂が訪れる。

 主の手を離れたレイジングハートが、がらんと大きな音を立てて床に転がり落ちる。それとほぼ同時に、なのはは膝から弱々しく崩れ落てぺたりと床にへたり込んだ。

 

「ぅ……っ、ううっ……」

 

 両手で覆い隠された顔。押し殺したような嗚咽が漏れ出す。

 穢れなき純白にして無垢だった少女の啜り泣く声が、途切れることもなく深い闇に響いた。

 

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