魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#9

 

 

 

 神速の斬撃が夜闇を裂く。

 闇に溶け込む黒き魔槍の鋭利な尖端が、激しい戦いの傷痕が刻まれた黒き戦装束を纏う少女へと襲い掛かった。

 

「そらそらそらそらァッ!!」

「つぅ……っ!」

 

 砲哮とともに放たれる、引きの動作が見えない無数の突き。速射砲のようなそれを紙一重で掻い潜ったフェイトは、地面スレスレに走る大鎌を上弦の月を描く軌道で振り上げる。

 黒髪の少年の首筋を目指して閃く金月。通れば一撃で意識を刈り取るであろう斬撃を前にしても、彼の顔色は僅かも変わらない。引き戻された鋭鋒がそのままの勢いで捻り上げられ、真黒な柄が金色の魔力刃と噛み合う。

 ギン、と鋭い金属音が鳴り響き、紅い火花が咲いた。

 至近、クロスレンジ。紅と蒼の眼差しが交差する。

 バルディッシュを握るフェイトの左手が柄から離れ、ガントレットに高圧電流が迸った。

「このっ!」電気を帯びた拳を少年の顔面目掛けて繰り出す。

「……ッ」小さく舌打ちし、首を傾げてそれをやり過ごした少年は闇の槍を消滅破棄。上半身を沈ませつつ踏み出した左足を軸に半回転して、少女の懐に身体をねじ込む。

 

「あっ!」

 

 背を向ける形で電気を纏っていない二の腕を取り、身体全体を使った変則的な片手一本背負いの格好でフェイトを乱暴に投げ飛ばした。

 

「きゃっ」

 

 小さく悲鳴を上げたフェイトは、地面に激突する前に受け身を取ると片腕で素早く跳ね起き、その場を離脱。

 そこへ、入れ替わるように蒼白い光の束が突き刺さった。

 爆炎を背に、爆発的に魔力を高めるフェイト。自らの武器である迅さでもって勝負を決めようと、イメージの中の引き金を引く。

 瞬間、金色の稲妻を残してフェイトの像が欠き消えた。

 歩法、体捌き、そして魔法――研鑽された技量は結実し、フェイトに肉眼では追えないほどの速度を与える。

 彼女は、予備動作から非常識なスピードで動く。それも一歩目の初速から。

 〈ブリッツアクション〉。身体全体の動作を高速化する彼女の十八番(おはこ)。十全に経験を積んだ者でも対応を見誤る、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの戦闘能力の基本にして奥義。

 だが――――

 

(これで、決めるっ!)

 

 金色の髪を靡かせ、瞬時に視界の外へと消える少女を、少年はただそれを見送る。否、全身から黄金の闘気――“プラーナ”と呼ばれる力を噴出させた。

 生命の根源、存在の力により強化された知覚と反応は、雷と同等の速さで縦横無尽に駆け巡る少女の動きを完璧に捉える。

 

「やあああッ!」

 

 フェイントを織り交ぜた高速機動の終わり際。少年のやや右後方――左利き気味の両利きである彼の死角を突く位置に躍り出たフェイト。その方向に突き出された人差し指の尖端、白い鉤爪に仄かな閃光が灯る。

 

「コンティニュアルライト」

「あぅっ!?」

 

 爆発的に明度を上げた烈光が、フェイトの視界を覆う。

 真白になった目の前。強烈なフラッシュが脳を焼き、鈍器で頭を殴られたような衝撃がフェイトの思考力を強かに刈り取る。

 本来は、ただ暗所を照らし出すだけの魔法〈コンティニュアルライト〉。だが、夜というこの環境下、ごく近い距離で唐突に発光させればそれだけで強力な目眩ましとなりえる。

 小手先の虚仮威しではあるものの、圧倒的な高速機動を処理するために魔法で知覚能力などを拡大していたフェイトには、痛烈なカウンターとなったのだ。

 

「っめ、目が……!?」

 

 本能に任せてその場を離れたフェイトは、フラフラと覚束ない足取りでふらつく。視界を焼かれ、一時的に盲目状態に陥ってた。

 トントントン、と軽快なバックステップで致命的な隙を曝け出した彼女との距離を測り、魔王は濃藍のコートを翻して夜闇を疾走する。

 放射状に取り巻く白い腕輪の嵌った左掌の中に、清冽な蒼白い輝きが集う。

 

「少し眠ってろ。その間に全て終わる」

「……っ!」

 

 閃光弾じみた輝きによる奇襲により、ほとんど茫然自失状態の少女へと灼光の爪甲が迫る。

 悪魔の腕が彼女の身体に真っ直ぐ伸び――

 

「――魔力爆裂弾」

 

 抑揚のない声とともに、突如上空から鋼鉄の塊が落下した。

 少年の頭上から飛来した弾丸は、咄嗟に退いた彼の足下に着弾すると、内部に溜め込んだ魔力を放出して炸裂。小規模な――だが、強烈極まりない魔力爆発の内に黒髪の魔王の姿が飲み込まれた。

 

「あ、あなたたちは……」

 

 半ば本能に任せて飛び退き、自失からようやく立ち直ったフェイトを庇うように、二人の男女が戦場に降り立つ。

 

「……真行寺命、緋室灯」

 

 噴煙を切り裂いて大きく跳び退いた少年が、忌々しそうに表情を歪めて乱入者たちの名前を呼んだ。

 

「何とか間に合ったみたいだね」

「……独りでは危険よ。一緒に戦いましょう」

 

 魔剣の勇者と緋色の魔女が、黄金の少女に共闘を呼びかける。

 魔王を討ち、“世界”を救うのが彼らウィザードの役目、存在意義だ。それは異世界であろうと変わることはない。

 

「で、でも……」

 

 肩口から振り返った二人を順に見返して戸惑いの声を出したフェイトは、表情を曇らせる。あるいは助太刀を受けることに負い目を感じているのだろうか、悠然と佇む少年の顔色を窺うように視線を向けた。

 その不安そうな表情に内心で苦笑した彼は、いつもの不敵な笑みを作り口を開く。

 

「三対一ってのが気になるのなら、そいつは大きなお世話だ」

 

 おもむろに左手を目の高さまで上げられ、蒼いアームガードに覆われた手の甲を外に向ける形で翳し、強く握り込まれた。

 それを合図に手首に嵌った純白の腕輪が回転。手の甲側に回ってきた緑の宝玉が輝き、その威光をまざまざと見せつける。

 

「そんなもの、俺にとっては何のハンデにもならない。――“信頼の魔力”」

「!!」

 

 彼の背後、深遠の闇から“信頼”の証たる緑の光を纏い、実体を持つ二体の幻影が顕現した。

 闇を凝り固めた(ヴォーテックスランス改)と、月衣から引き抜いた“箒”の魔剣(デモニックブルーム)。それぞれの幻影がそれぞれの武器を持ち出す。

 刹那――――、りんっ、と涼やかな音が鳴り、少年の足下、アスファルトの地面に七芒星を抱いた複雑な紋様の魔法陣が描かれる。

 あまりの唐突さに、誰一人として彼を止められない。

 白き腕輪に、全てを打ち砕く“正義”の象徴たる紫の輝きが灯る。いつの間にか左手の中に発生していた蒼白い光球が、天に向かって撃ち上がった。

 

「ジャッジメントレイ」

 

 上空に達した光球は弾け飛び、辺り一帯に強烈な閃光の驟雨となって降り注ぐ。フェイトたちは皆弾かれたように分散、回避運動に入る。

 ひとつひとつが強力な砲撃魔法と同等のそれらはビルや街灯、植木などを爆発でもって無慈悲に薙ぎ倒した。

 夢幻のような蒼銀の光を見やり、破壊を巻き起こした張本人は半身になって左手を前方に突き出す。腕に巻き付いた七枚の“羽根”が肥大化して、巨大な弓の形に組み上がった。

 

「さぁて、この“世界”の命運を掛けた勝負の第二幕――、始めるとしようか」

 

 

 ――天まで聳え立つ紅い“楔”を背景に、魔法使いと魔導師が強大なる魔王に挑む。

 鋼鉄の砲弾と閃光の矢が街中を飛び交い、四種の斬撃が火花を散した。

 少年が、幻影に足止めされた前衛二人を射抜かんと白き大弓の弦を引けば、そうはさせじと灯が黒き魔砲の引き金を引く。

 一進一退の攻防は、後衛同士の読み合い、そして駆け引きの様相を呈していた。

 

「――当たって」

 

 軽やかな足裁きで戦場を駆ける灯の抑揚のない機械的な声。魔弾の射手が、反動抑制の模様が描かれたガンナーズブルームの砲塔を魔王に突き付け、撃ち放つ。

 幾多の魔王を葬り去ってきた正確無比の魔弾を、少年はサイドステップで躱しながら弦を引き絞る。右腕に帯同したピンポン球大の小さな十個の光球〈マジックブレッド〉、その全てを一挙に矢として形成してやや上方へ撃ち放った。

 山形の軌跡で落下する魔法の矢。降り注ぐ驟雨にいったん交戦を中断、回避運動を取るフェイトと命。幻影は矢の落下地点を見切っているのだろう、回避に専念する二人に襲い掛かる。

 そんな混戦の状態でも、灯は至極冷静に砲撃を放ち続けた。

 アイン・ソフ・オウル弓形態による正確な射撃と、強力な魔法を湯水のように放つ“本体”を放置していれば自分たちが不利になるばかりだと、聡明な彼女はわかっていたからだ。

 

「さすがだな、緋室灯。だが!」

 

 度重なる執拗な射撃にじれた黒髪の魔王は、一気に決着を付けようと地面を強く蹴る。

 透明な音を立てて弓から分離した“羽根”が灯に向けて突撃する。それに反応したフェイトだったが、彼女の相手をする槍の幻影に阻まれ、振り切れない。

 青い光の尾を引いて突撃する七枚のアイン・ソフ・オウルを、わずかな体重移動だけで避けた灯に最接近を果たした少年は、右腕から魔法の刃を発生させた。

 

「あかりん!」

 

 幻影と鍔迫り合いを演じる命が切羽詰まったような声を上げる。

 迫る凶刃を避けきれないと悟った灯は、躊躇なく“切り札”を切った。

「幻想――」彼女の姿がぶれ、幻想的な虹色の光に包まれる。

 が、しかし。

 

「やらせんよ!」

 

 魔王が吼え、アイン・ソフ・オウルの一基が抱く青の宝玉が煌めく。

 七枚の白き“羽根”が宝玉と同じ色に発光した。

 

「う……っ!」

 

 真実を見通す“賢明”の輝きが、灯の纏う幻想の光をいとも容易く破砕する。

 “力”を無理矢理に拡散させられた反動で、蹈鞴を踏んだ魔法使いの息の根を止めようと蒼銀の剣が閃いた。

 剣光一閃。

 蒼い光が闇を斬り裂く。

 重い金属が落下したような鈍い音が辺りに響き渡る。

 

「チィ……、しぶとい!!」

 

 ガンナーズブルームを盾にして辛くも斬撃から逃れた灯に、少年が毒づく。

 そして、真っ二つになって地面に転がる“箒”の残骸を乗り越え、後退する灯を追撃。灯は無手の状態、次の一撃は防げない。

 

「これでチェックだ、“紅き月の巫女”!!」

「……ッ!」

 

 シルバーのクロスが揺れる豊満な胸元――その奥にある鼓動の源を目掛け、魔力の刃を纏った手刀が繰り出される。

 その時だ。

 

「うおおおおおお――ッ!!」

「はあああああ――っ!!」

 

 幻影をヒルコの錆にした命と、同じくザンバーフォームで幻影を斬り倒し、突破したフェイトがそれぞれ左右から挟み込むようにして突貫する。

 裂帛の気合いとともに叩き込まれた、彗星のごとき斬撃。主を庇うように機動した“羽根”と、魔力刃が軌道を変えて振り抜かれる。

 ヒルコを阻んだ白亜の大盾と、黄金の大剣と噛み合う蒼銀の魔法剣。両側から二人に押し込まれ、身動きの取れない少年はしかし、魔王らしい尊大かつ高慢な表情で目の前のウィザードを睨めつけた。

 

「ッ、これで動きを止めたつもりか? 武器を失ったアンタじゃ何も出来ないぜ」

「いいえ、武器ならあるわ」

 

 灯は、いつもの無表情で――いや、わずかだが決然とした自信を漂わせる面差しで、鋭すぎる剃刀のような蒼い眼光を受け止める。

 そして、無手となった両手で()()()()()

 

「――エンジェルシード」

 

 虚空から現出したのは、曇りの一つもない純白の“箒”。

 

「何、だとッ……!?」

 

 およそ二メートルほどの丸みを帯びた近未来的なデザインのそれは、天使の名を冠した魔砲の“箒”。かつて“金色の魔王”すらも撃ち抜いた、今回の遠征任務に際して用意された灯の真の切り札である。

 30センチはあろうかという水晶で構成された四角柱の弾丸――水晶魔力弾を装填し、緋色の魔女は白き魔砲を腰溜めに構えた。

 

「これで――――、終わり……!!」

 

 透明な砲哮と共に白き“箒”砲口から解き放たれた魔力の輝きが、白き“羽根”の魔王を余すことなく撃ち貫いた。

 

 

「グ……」

 

 小さく呻き声を漏らし、片膝を突く黒髪の魔王。紅い鮮血が滝のように流れ落ち、地面を紅く染め上げる。

 純白の“箒”エンジェルシードから放たれた水晶魔力弾は、彼の左脇腹を貫通して肉を大きく抉り取っていた。

 その力の象徴たる七つの宝玉を抱いた白き“羽根”が、何者も通さない意志を秘めた蒼銀の光を発して深い傷を負った主を護るように周囲を漂う。

 魔法式を管理していた者が倒れたことに呼応して、禍々しい輝きを放っていた巨大な“楔”が安定を失い、紅い粒子となって天に還っていく。

 

「命、見て」

「ああ。これで一安心、かな?」

 

 魔王から少し離れた場所で油断なく構えていた二人の魔法使いは顔を見合わせ、不気味な波動を発していた“楔”が消滅したことに安堵のため息を漏らした。

 

「あとは、彼だけだね」

「ええ」

 

 少年の脇腹には魔獣の顎門に喰い千切られたかのような傷跡が広がっている。暗がりのお陰で判別しづらいが、内蔵が傷口から零れ出しているかもしれない。

 少年のダメージは甚大だ。

 首を斬り飛ばされようが肉体を丸ごと消し炭にされようが、そう簡単には()()()()存在に成り果てた彼である。これしきのことでは致命傷に成り得ない。

 だが、“楔”の維持に傾けていた魔力をカットして肉体の治療に充てなければならないほどの損害を受けたのは、確かな事実だった。

 

「やって、くれたな……!!」

 

 身を引き裂く激痛と気が狂いそうな怒りに半ば我を忘れ、壮絶な形相で顔を上げた少年は、自分から数歩離れた場所で立ち竦み、血の気の引き切った真っ青な顔で自らを見つめる金色の髪の少女に気がついた。

 まるでこの世の終わりでも目の当たりにしたかのような、深い絶望感の帯びた表情。紅玉の虹彩は狼狽の色を浮かび上がらせ、潤み、揺れている。

 一瞬、何をそんなに恐れ慄いているのかがわからなかった彼は、自らの醜態に思い当たると自嘲混じりの微苦笑を漏らした。

 冷や水を頭からかけられたように治まっていく憤怒の感情。冷静さを取り戻した思考が自らの不甲斐なさを罵倒する。

 

 ――まったく情けない。馬鹿か、俺は。

 

 彼はおもむろに立ち上がると、脇腹の穴を左手で軽く撫でる。深々とした穴は、見る見るうちに塞がっていく。

 傷口を“楔”の維持に使っていた魔力と“プラーナ”で取り繕うと、喪失の恐怖に震える女の子へと余裕を漂わせたふてぶてしい笑みを見せてやる。

 その笑顔の意味するところを汲み取れた少女の表情から、ネガティブな感情がゆっくりと引いていく。

 まだどこかぎこちないが、しっかりと微笑み返してきたことに満足すると、少年は面差しを凛々しく鋭利に変化させた。

 

「…………」

 

 そして、蒼白い魔力で構成された菱形三対の翼を創り出した彼は、少女と魔法使いたちに背を向ける。

 

「この()()は俺たちの負けでおしまい、か。だが――」

 

 言葉に含みを持たせ、意味深に結尾を切る。

 ふわり、と夜空のように深い紺青の外套の長い裾が翻った。

 

「あっ、待ってっ!」

 

 制止の声を無言で振り切り双翼を広げた魔王は、純白の“羽根”を引き連れて夜闇の彼方に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯9 「Destiny」

 

 

 

 

 

 

 

 

 天に昇っていく蒼銀の光を食い入るように瞳に焼き付ける少女(フェイト)。焦がれるのように、じっと飽きることなく、一途に見つめ続ける。

 その姿が視界の片隅に入り込み、思考の端で不審に思う灯はそれをいったん切り捨てると、命に向き直った。

 

「これからどうするの、命」

「そうだね……。今なら彼を、シャイマールを倒せるかもしれない。なんとか後を追って決着を着けよう」

「そうね。このエンジェルシードなら追い付けるはずよ」

 

「――あ、あのっ!」

 

 相談を終え、頷き合う命と灯に、フェイトは焦ったようにどもりながら声を出す。

 不思議そうに振り向いた二人の視線を一身に集めてしまい、一瞬身を竦める。

 

「その……、助けてくれて、一緒に戦ってくれたことは感謝してます。ありがとう」

 

 フェイトはバルディッシュ・アサルトを両手で抱き抱え、おずおずと言葉を紡ぐ。

 やや引っ込み思案で人見知りのきらいがある彼女だ。友人や家族、気を許した相手ならまだしも、ほとんど初対面に近い相手に“わがまま”を言うのは気が引けていた。

「でも……」緊張した様子で言いづらそうに言葉尻を濁す。

 言わなきゃ私っ、と内心で自分と叱咤して次の句を唇に乗せた。

 

「――あのひととの決着は、私ひとりでつけなきゃいけないんだ。だから、ひとりで行かせてほしい」

 

「!?」「……」

 

 その言葉に驚く命。彼の隣にいた灯は、ただ無言でフェイトを観察していた。

 魔王と独りで戦う――それは、“魔王”の脅威を身を持って知るウィザードにしてみれば正気の沙汰ではない。

 こちらに来てすぐの交戦の際、命たちは皆、内心では死を覚悟したほどだった。それだけ魔王とはヒトから隔絶した超然的な存在なのだ。

 

「独りでって、そんな無茶だよ。ここは全員で――」

「わかったわ」

「あ、あかりん?」

 

 咎めようとした命の言葉を遮った灯。怪訝な顔をした命の問い掛けを半ば無視し、フェイトの悲痛にも見えるひどく真剣な表情を見つめ続ける。

 ――色合いの違うアカの瞳が交差した。

 灯は、自分を見返すルビーを思わせる真紅の瞳に浮かんだ感情に見覚えがあった。

 血みどろで膝を突く少年を前にして、身を震わせていた姿を見た際にも感じた既視感。その意味するところに、灯は強い共感を覚えた。

 それは、彼女の心の湖面に広がる鮮やかで暖かな色と同じ色、同じ感情だったから。

 一目見たときから、フェイトにどこか自分と似た印象を感じていた。

 彼女の素性など灯が知る由もないことだが、それはきっと“似たような存在”だからではなく“ひとりの男性(ひと)を強く想う”もの同士だからなのだろう。

 

「ありがとう」

 

 フェイトは、控えめに咲き誇る白百合のように破顔する。

 そんな年頃の女の子らしい表情をする彼女を微笑ましく思いに、灯が少しだけ目を細めて柔らかく微笑した。

 

「……がんばって」

 

 灯らしい、飾りっけのないシンプルな言葉。

 やさしく暖かな――そう、さながら子どもを送り出す母親のような声色に、フェイトがハッとつぶらな瞳を見開く。

 フェイトと灯、ふたりの心を繋ぐ不思議な共鳴。シンパシーとでも言うのだろうか、彼女たちの間に連帯感のようなものが生まれていた。

 

「うん!」

 

 灯に最大級の笑顔を返したフェイト。黒の装束に包まれた華奢な身体が、ふわりと地面から離れる。次の瞬間、彼女は重力の(くびき)から解き放たれ、大空に飛び出した。

 金色の閃光が、蒼銀の光輝の軌跡を追いかけるように勢いよく夜空を駆け上がっていく。

 ――――もう失ってしまわないように。しっかり捕まえて、もう消えてしまわないように。

 

「……本当に、これでよかったのかな」

 

 夜闇に消えてゆく輝きを見上げながら、命がぽつりと零す。

 この場に残った唯一の男性だった彼は、結局最後まで蚊帳の外だった。

 

「いいのよ、これ以上の邪魔は野暮だもの。……馬に蹴られて死んでしまうわ」

 

 同じく、空を見上げてしみじみと言う灯は目をわずかに細めた。

 フェイトのひたむきな姿に、少し前までの――そして、これからの自分をだぶらせていたのかも知れない。

 

「あの子の気持ち、なんとなくわかる気がするから」

「そっか……。僕にはなんだかよくわからないけど」

「命には、きっとわからないわ」

「……こんな時、どんな顔をしたらいいかわからないよ」

「笑えばいいと思うわ」

 

 恋人のきっぱりとした言葉に、命は肩を竦めるのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 広々と晴れ渡った紺青の夜空に双子の月が浮かぶ。キラキラと満天に瞬く星々はまるで宝石箱から零れ落ちた貴石のよう。

 そして、その下には灰色に濁った雲海が遙か地平線の果てまで、延々と広がっていた。

 

「――――」

 

 一面、絨毯のような雲海の上に佇むようにして浮かぶ、闇色の髪の魔王――今は“ただの少年”と表現するべきかも知れないが――は、両手をポケットに突っ込み、瞼を閉じてまんじりともせずにじっと待ち人を待ち続ける。

 

「――来たか」

 

 海色の瞳がゆっくりと開かれる。

 彼の背後、三メートルほど離れた位置の雲が盛り上がり、まばゆいばかりに煌めく金色の光が溢れ出した。

 

「…………」

 

 厚い雲海を割って現れたのは、黄金の髪を靡かせた紅玉の瞳の麗しい少女。少年にとっては宝石にも等しい、何よりも大切に想う強くて儚い女の子。

 彼女が纏うのは軍服を思わせる黒き衣と白のマントではなく、漆黒のレオタード。二の腕や腰に巻かれた紅のベルトがアクセントになっている。

 〈真ソニックフォーム〉。魔力の全てを速さに費やした超高機動・高運動性特化形態。それに残る、幼き頃に身に着けていたバリアジャケットの面影を見て取り、少年の表情が僅かに綻んだ。

 

「それが君の“リミットブレイク”か」

「うん」

 

 その右手には、黄金に光り輝く方刃の長剣が収まっていた。

 旧バルディッシュの〈シーリングモード〉の尖端に似た印象の鍔飾りに、取り回しやすさを優先して柄頭に移動した回転(リボルバー)式のカートリッジシステム。高電圧を帯びた魔力刃は、ザンバーフォームのそれを超えるほど莫大な魔力が圧縮されている。

 〈ライオットブレード〉。バルディッシュ・アサルトのフルドライブモードだ。

 

「あー……しかしその、なんだな……」

 

 らしくない歯切れの悪い物言い。何故か盛大に目を泳がしては、ちらちらと少女を見やる。

 主に、黒い生地に押し込められて窮屈そうな胸部(おっぱい)や、やたらと強調されてしまっている上にほとんど丸見えな臀部(おしり)の辺りとか。あるいは、見事な曲線を描くむちむちと柔らかそうな太股などを。

 

「その格好……、少し、というか、かなり目の毒だな」

 

 気まずそうに頬を指先で掻きながら発せられた言葉。その真意が読みとれず、少女がなんのことかときょとんとして小首を傾げる。

 疑問符を浮かべたまま、幾らかの沈黙を挟み、「~~っっっっ!!」絶句した。

 耳まで真っ赤に茹で上がり、反射的に胸やら腰やらを両腕で隠してしまうのも仕方のないことだろう。

 

「も、もうっ! マジメにやってよっ」

「あはは。悪い、つい、な」

 

 精神の再構成を果たし、恥ずかしさとかで頬を朱に染めて憤慨する少女に、少年は悪びれた様子でどこか稚気の帯びたいたずらっぽい笑みを零す。

 再会してからこっち、やけに澄ました態度が目立っていた少年にあの頃の面影を見出して、少女は胸の奥がほんわかと暖かくなるのを感じた。

 やっぱり彼はどこも変わってない、とうれしく思う。

 

「あ、そうだ。その……えと、おなかの傷は?」

「心配するな。もう塞いだ」

「でも……」

「俺は死なないよ」

 

 心配そうにする食い下がる少女を制すシンプルな一言。その言の葉に込められた絶対の自信と強固な信念に、彼女は息を飲んだ。

 数瞬の見つめ合い。

 優しく暖かな紅と、清冽に澄み渡る蒼。対照的で、それでいてどこか似通った印象を秘めた瞳に、お互いの姿が映り込む。

 少女の瞳に浮かんだ少年の像が唇を歪め、獰猛な笑みを形作った。

 

「それじゃあ、やるか」いつの間に回収したのだろうか、少年はデモニックブルームを月衣から抜き出して気怠げに肩に担ぐ。

「……うん」凛と表情を引き締めた少女が、光の剣の形をしたバルディッシュを青眼に構えた。

 

「私も覚悟を――、あなたを倒すって、乗り越えるって決めたから……覚悟して」

「ほう、覚悟……ね。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。じゃあ返り討ちにしてくれる、とでも言っておくか」

「今度こそ、負けないよ」

「君の負けず嫌いは相変わらずだな」

「それ、あなたにだけは言われたくないよ」

「ふっ、違いない」

 

 軽口を叩き合い、二人はその身に秘めた魔力を発露する。

 漆黒の魔導師が黄金の雷光を全身に纏えば、群青の魔法使いの背負う純白の“羽根”が蒼銀の粒子を噴き出す。

 

「「全力全開――!!!!」」

 

 空に浮かぶ双月――その輝きを同じくする二色の光が、紺青の夜闇を照らし出した。

 

「行くよ!!!」「行くぞ!!!」

 

 ふたりの想い、ふたりの願い、ふたりの行く末。

 ――その全ての答えは、静やかに、しんしんと降り注ぐ蒼き月光の向こうに。

 

 

「やああああッ!」

「オオオオオッ!」

 

 雄叫びとともに、魔力の干渉波が周囲に飛び散る。

 バルディッシュ・ライオットブレードが発振する黄金の刃と、デモニックブルームの刀身を覆う蒼銀の刃が幾度となくぶつかり合い、燃え盛る気迫の炎が天を焼いた。

 夜空を切り裂く二筋の光芒。

 鳴神を思わせる金色の閃光と、鋭き名刀にも似た蒼き烈光――二色の光輝は、慣性を無視した不規則な軌道で幾度となく、もつれ合うように激突を繰り返しては斬り結ぶ。戦士としての器量を遺憾なく発揮して鎬を削る一対の光の攻防はしかし、拮抗しているとは言い難い。

 黄金の輝き――フェイトの最大戦速は蒼銀のそれを遙かに上回り、加速し続けている。

 その迅さ、もはや視野に収めることも叶わない。

 

「ッ、また迅くなったな! リミットブレイクは伊達じゃないか……!!」

 

 圧倒的な速度の乗った斬撃を、魔力の刃で辛くも受け流した少年がその衝撃に苦悶の表情を見せる。柄を握る手に痺れが残るほどの重い一撃に、彼は内心で舌を巻く。

 迅い。迅すぎる。

 繰り出される斬撃に対応するのが精一杯の防戦一方、千変万化の魔王たる少年が攻め倦ねていた。

 彼とて近接戦が苦手なわけでもなければ愚鈍なわけでもない。むしろ神業と言ってもいいほどの実力を備えているのだが、それを遙かに凌ぐほどフェイトの発揮する速力が尋常ならざるものだったということだろう。

 なおも続く猛攻。鋭い太刀音が何度も鳴り響く。

 

(――っ、防御が堅い……!)

 

 一方的に攻勢を掛けるフェイトだったが、彼女もまた内心で焦りを感じ始めていた。

 少年の柳のようにしなやかで老獪な守勢に、決め手を欠いていたのだ。

 しかし、ひとたび距離を離そうものなら猛火のような魔法の嵐が襲っていることは疑いようのない事実。少年の戦闘能力の真髄が、豊富すぎる多種多彩な術による魔法戦だということを誰よりもよく知っているフェイトは、故に攻めることを止められない。

 

「く……! ――まだだッ!!」

 

 このままでは消耗するばかりだと悟ったフェイトは、一気に決着をつけるため、ギアをさらに上げた。

 

「えぇぇえいッ!!」

「――っづ……!」

 

 瞬時に加速、すり抜けざまの横一閃からの急制動、そして反転。斜めに斬り上げ、斬り降ろし、薙ぎ払う。留まることのない疾風迅雷の剣撃。

 月光を受け、煌びやかに輝く見事な金糸の髪をなびかせ、雷光の戦乙女が優雅にして苛烈な剣舞を演じる。

 演舞の相手を務めるのは黒髪の魔法使い。辛うじて対応する彼が纏う濃紺のコートに、次々と大小さまざまな傷跡が刻まれていく。

 

「はあああッ!」

 

 連撃の締めくくり、渾身の斬撃が縦一閃で放たれた。

 

「これで――!」

「なめるなッ!!」

 

 恐るべき速度で走る金色の光剣を無理矢理に割り込ませた刃で弾き、少年が砲哮する。

 彼の全身から爆発的に噴き出した蒼銀の燐光、その中に混じる黄金色の煌めき。魔力とは違う、純粋無垢なる生命の光輝を纏った少年の姿がフェイトの視界から刹那よりも速く欠き消える。

 

「またこの“光”……!? っきゃああっ!」

 

 突然のことに虚を作ったフェイトを横合いから襲う衝撃。大きく吹き飛ぶ彼女の視界に、回し蹴りを振り切る格好の少年の姿がよぎった。

 有り余る“プラーナ”の一部を解放することによって引き上げられた速力は、全力を発揮したフェイトのそれに及ぶ。

 同じ魔力――魔力素、あるいはマナというチカラを操る魔導師と魔法使い。だが両者には、存在の力、根源の力たる“プラーナ”の操作という絶対的に超えがたい隔絶した壁が立ちはだかっていた。

 ――均衡が、破られる。

 

「オオオオ――ッ、ストラッシュ!!」

 

 逆手に返し、腰の捻りによって右から左へ横一文字に斬り払われる長剣。刃から放たれた蒼白い光の帯が飛翔し、弾き飛ばされて崩した体勢を立て直すフェイトを襲う。

 光波を魔力刃で受けた少女に、背負った“羽根”から魔力の粒子を噴射して追迫。空いた左手が、順手に戻した長剣の柄を握り込む。

 

「クロスッ!!!」

「うぐッ!?」

 

 間髪入れずに再度加速。爆発的なソニックブームが後方に巻き起こる。

 金色の刃と噛み合い、阻まれていた光波の上から膨大な魔力を注ぎ込まれた蒼銀の光刃が、雲燿の速さで叩き込まれた。

 蒼き陽光の輝きを映した十字の斬撃が、フェイトの華奢な全身にのし掛かる。

 受け止めた魔力刃に亀裂が入り、次の瞬間、ライオットブレードの刀身が無残にも砕け散った。

 

「くぁ……っ!?」

「そうら、沈め!!」

 

 大斬撃の衝撃に身体が浮いた少女の頭部を刈り取るように、蹴りによる痛烈な追撃が放たれる。

 流れるような動作で放たれた上段回し蹴りが打ち込まれ、フェイトは灰色の雲海へと蹴り落とされていった。

 濁った雲が、まるで水しぶきのごとく吹き上がる。

 

「……」

 

 “箒”を逆手に構え直し、ゆらりと泰然として、それでいて油断なく少年は佇む。

 数瞬の静寂。真白な音が、紺色の空を包み込んだ。

 静かな湖面のように澄んだ心で、彼は辺りを窺った。

 その時、雲を割り裂いて少女が勢いよく飛び出て、逃げるような軌道を描いて退いていく。

 

(ここで退く……? らしくないな、何の真似だ?)

 

 疑問を感じながらもすぐさま追いつき、“箒”を振りかぶる蒼黒の魔法使い。しかしフェイトは、振り向くが避けようとしない。表情は平時のまま、否、酷く無表情だった。

 そのあまりの不自然な有り様に彼の脳裏に強い違和感の警鐘が鳴る。だが魔法剣は停止することはなく、彼女のか細い身体を易々と断ち斬った。

 

「ッ幻影だと!?」

 

 分断された虚像がやにわに揺らぎ、霧散する。

 刹那、黄金に輝く一振りの剣が背後の雲を斬り裂いて現出した。

 

「私だって、幻術くらい使える!!」

 

 ザンバーフォームの面影を残しつつ、尖端が二股となった長大な剣――バルディッシュのリミットブレイクフォーム〈ライオットザンバー・カラミティ〉を両手で握り、肩に担いだフェイトが全身全霊を賭けた特攻を仕掛けた。

 

「――ッ!!」

 

 “災厄”の名を関した雷霆の光剣が輝き、意識外のことに動揺した少年に肉迫。間一髪、防御に入ったデモニックブルームの白刃を超々高密度の魔力刃がバターの如く切断した。

 重攻撃専用形態の名に恥じない万物斬断の一撃に、少年が一瞬だけたじろぐ。

 

「チィッ!」

 

 怯んだ精神を切り替えるように舌打ちし、使い物にならなくなった“箒”を破棄。両腕に蒼銀の魔法剣――〈オリハルコンブレード〉を発振させた。

 

「ならばこれで――たたっ斬るッ!!」

「バルディッシュっ!!」

 

 彼の行動に合わせるかのように、フェイトは大剣を瞬時に幾千幾万のパーツに分解・再構成。柄頭を金色の魔力ワイヤーで連結したライオットブレード二刀流――〈ライオットザンバー・スティンガー〉に変形させ、迎え撃った。

 

「はあぁああっ!!」

「オオオアアッ!!」

 

 彼らの心を映すように、澄んだ剣戟の響きが月下に木霊する。

 速度をさらに上げた二色の輝きが、光の尾を膨張させて激突した。

 

「あなたは――、いつも! いつもいつも!!」

 

 秘めたる思いの丈を吐き出すように二刀を振るい、フェイトが叫ぶ。寂寞の想い、その全てを言の葉に乗せて。

 

「勝手にあらわれて、勝手なことばかり言って……、勝手に好きだなんて言って! それで、最後は勝手に居なくなっちゃって!!」

「……ッ!」

 

 声涙ともに下り、言葉とともに走る右の剣。ほぼ同等の運動エネルギーが込められた迎撃の左と激突し、両者弾かれる。

 

「管理局がどうとか、世界がどうとかなんて、関係ないっ! 私は……私はっ、あなたがいっしょにいてくれるだけで――、どんなときでもそばにいてくれるだけで、それでよかったのに!!」

 

 いつしか真紅の瞳からは大粒の涙が溢れ、白皙の頬を伝い流れて宙を舞う。

 透明な雫が月の光を反射して煌めいた。

 

「いろんなこと、たくさん話して……、いっしょに学校に通って、それからみんなと遊んだりして――、ふたりでいろんなところに行って……!」

 

 溢れ出す感情を飽和させたフェイトはとめどなく紅涙を絞る。

 袈裟斬りに振り抜かれた黄金の魔力刃が防御の蒼銀の魔法剣と接触し、夥しい量の爆光と衝撃波を撒き散らした。

 

「ときどきケンカして……、こんな風じゃなくて、普通に――それから仲直りして、一緒に笑いあって!」

 

 失った時間、忘れていた想い、魂の奥底に封じ込められていた数多(あまた)の願い――それをフェイトは、叫ぶように声に出して伝える。

 いくら想っていても届かないと。声に出して、動き出さなければ伝わらないのだと彼女は知っているから。

 

「もっと――、もっともっといっしょにいたかった! ずっとずっといっしょにいて欲しかった! なのに――、どうして!?」

「ッ俺だって――!」

 

 沈黙し、フェイトの剣撃(ことば)を受け続けていた少年が左手の刃を薙ぎ払うように振るい、叫ぶ。

 それを受けたフェイトは、声にならない小さな悲鳴を上げながら弾き飛ばされた。

 

「この六年、君のことを想わない日はなかった!!」

 

 常日頃から押し殺してきた昏い情念の渦が、理性という枷を弾けさせて爆発する。

 

「遠く離れた“世界”で、大切な君と離ればなれに、傍に居られなくて……、それで君が誰かに気を移したりはしないか、何か酷い目に遭ってるんじゃないかって! こうして帰ってきても、思い出してくれるか、“僕”はもう必要ないんじゃないかって不安だった! 不安だったんだ!!」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で血を吐くように自らの思いを吐露し、少年は蒼銀の刃を閃めかす。

 それは澱み。深層意識の海原に澱んだ冥闇――あの雪の夜、別れの時に刻まれた挫折と焦燥の傷痕だった。

 

「だけど仕方ないじゃないか! あの時の俺には、そうすることでしか君を幸せには出来なかったんだから!!」

「そんなの言い訳だ! どんなときでも、どんなことでも、投げ出さないで諦めないのがあなたじゃないのっ!?」

 

 二人の戦いはすでに、ただただ剣を振り回すだけの無様な打ち合いとなり果てていた。

 不器用な気持ちを刃に込めて、相手の(想い)に自らの(想い)を打ちつける。

 絶えることのない剣戟は語らいの音。途切れた絆を再び繋ぐ音。

 

「私は……、そんなあなただから好きになったんだよ!? 大好きで大好きで、しょうがないんだから!!」

 

 腕をクロスして放たれた峻烈な斬撃を正面から受けて大きく後退したフェイトは、喉が張り裂けんばかりに声を張り上げる。

 そして慣性操作で体勢を無理矢理に立て直すと、()()()()()()黄金の光を纏って突撃した。

 ――それは高まった感情が引き起こした無意識の発動。

 フェイトの魂に、偶然遺された“奇跡”のかけらが引き起こす()()の前兆だった。

 

「魔力じゃない……!? 馬鹿な、この“光”は――」

 

 腕いっぱいに広げられた雷閃迸る双剣と、向かい風に煽られた艶やかな金砂の髪はまるで大空に羽撃く不死鳥の翼。

 彼女の在り方を示すかのように。

 彼女が至る未来を示すかのように。

 ――黄金の“力”が、絢爛豪華に光り輝いた。

 

「ああああ――ッッ!!」

 

 雷速を超越した――極超音速にまで到達した黄金色の光翼が、蒼い夜闇を一筋に斬り裂いた。

 

 そして――、

 

 金の少女と蒼の少年が抱き合うような形で夜空に浮かぶ。

 引き裂かれた紺青のコートには、焼き切ったような×字の痕が刻まれていた。

 結局彼女は彼を討つことは出来ず、非殺傷設定で放たれた渾身の斬撃は、ミミズ腫れのような痕を少年の身体に残しただけ。

 光の剣を収納し、少女は空いた両手で少年の胸の辺りの服をぎゅっと掴む。

 

「……もう、どこにも行かないで」

 

 夜空色の生地がこぼれた涙の滴で滲む。

 強烈無比な斬撃を受けたというのに、少年は巌のごとく揺るがない。その様はまるで、刃に込められた想いを甘んじて受け止めるかのようで。

 

「ひとりにしないでよ、ユーヤぁ……」

 

 広く逞しい胸に額を押しつけ、フェイトはついに絞り出すように愛しいひとの“なまえ”を呼ぶ。

 少年は――攸夜は、自分にすがりついてすすり泣く、容易く手折れてしまいそうな小さな女の子を強く抱きしめる。

 そして、誰よりも大切に感じる自らの“居場所”と決めたただひとりの少女の“なまえ”を紡いだ。寂寞と万感の想いを込めて。

 

「――……ごめんな、フェイト。だけど、もう離さないから……。ずっと、いつまでも、君の隣に居るから」

 

「うん、うんっ……! ずっと、ずーっといっしょだよ……?」

 

 

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