魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#11

 

 

 

 深い暗闇の中、鎮座する溶液の詰まった三基のシリンダーが仄かな光を放つ。

 ――“闇”が蠢いた。

 それらの前方には幾つものスクリーンが虚空に展開している。映り込むのはクラナガンで続いている戦闘の様子や全景、沢山の数字と文字の羅列。

 映像内、都市の中心にほど近い場所に紅いドーム状の結界空間が広がっていた。

 

『ふむ、地上部隊はクラナガン外周に展開済みか。これで討ち漏らした冥魔についても問題は出んな。レジアスめ、避難の手際といいよくやる』

『あれはあれで、無骨者だが無能ではない。しかし――、結界……月匣と言ったか? このタイミングで“災厄を撒き散らすもの”を隔離するか』

『大方、冥魔の危険性を映像なりに残すことで、世論操作や議会工作への布石とする腹積もりなのだろう。こちらには“力”の神髄を隠した上でな。……姑息なことだ』

 

 溶液の中で、気泡が一定の間隔で浮上する。

 シリンダーに収められているのは、不気味なヒトの脳髄――妄執に駆られた過去の遺物だ。

 

『アル=シャイマール……あの魔王が齎した異界の“魔法”は、ミッドチルダの魔導と文明を大きく前進させることに繋がるだろう』

 

 遺物たちの蠢動は続く。

 響く機械で合成された音声からは、凝り固まり切った驕慢なエゴしか感じられない。

 

『既にそれを用いた幾つかの草案が提出されているのだったな。“時空管理局抜本的改革要綱”――我々に当て擦るような題名だ』

『そう、斜に構えて捉えることでもあるまい。草案にしてはなかなかよく出来ていたではないか。もっとも奴は、「ほとんど自分では考えていない」と吐いていたがな』

『相応のブレーンが居ると見て間違いなかろう、あの黒髪の女のように。魔王と名乗る人外だけはある、奴らの力は強大かつ理不尽だ』

 

 紅蓮の大剣を振り回し、触れるもの全てを薙ぎ倒す“東方王国の王女”の姿がスクリーンの中で暴れ回る。

 大火の一振りは軌道上にあるものを焼き斬り、灰燼に変えていた。

 

『しかし、それをコントロールせねばならぬ。今回の件だけで冥魔の根絶は難しいという予測を奴は述べていたが、だからと言って無軌道に暴れられてはそれどころではない』

『そう、我々が奴ら魔王の上位に立つのだ。我らが理想、我らが悲願――、遍く次元世界に恒久的な平和を実現するのだ』

 

 エコーのかかった声が闇に響く。それは三種類の声色が重なった不可思議なものだった。

 

『――この、最高評議会がな』

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯11 「KURENAI」

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅き月が見下ろす中、七徳と七罪、蒼と紅の“羽根”を担うふたりの“シャイマール”が対峙する。

 

「あなたは――」

 

 ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべる大魔王(エミュレイター)に、魔法使い(ウィザード)が憎悪にも似た複雑な感情を露わにした。

 

「シャイマール!」

「そのパターン、何度目だ?」

 

 やれやれと肩をすくめる攸夜を置いて、さらに緊迫した空気が立ちこめる。

 魔導師二人は顔を見合わせ、険悪極まりない雰囲気に困惑顔だ。

 特にはやてなど、親友が魔王と行動を共にしている理由が理解できず混乱していた。

 

「どうして……ここに現れて、なんのつもりです!?」

 

 不倶戴天の宿敵が見せる不可解な行動の理由を問いつめるエリス。今は亡き()を思わせる気障で気取った態度が気に障るのだろう、

「なんのつもりか、ね」問われた攸夜は余裕の表情を変えず、肩をすくめて小馬鹿にしたように鼻で笑う。

 

「退がって、エリス」

 

 親友と魔王の間に割って入るようにエンジェルシードを構える灯。もちろん、その銃口は攸夜にピタリと合わさっている。

 灯と同じく命がゆっくりと進み出るが、何故か無手だ。

 警戒する三人のウィザードを前にしても攸夜はポケットに手を突っ込んだまま、余裕綽々の態度を崩さない。

 瞬く間に広がるピリピリとした一触即発の空気。

 

「ま、待って! ユーヤは敵じゃないよっ!」

 

 それを破るように、フェイトは銃口と敵意の前へその身を晒した。躊躇いの欠片もなく、心通わせる恋人を守るために。

 発せられた“ユーヤ”という名称に、不可解な表情をする一同。そうでないのは言った少女とその名を背負う少年だけだ。

 

「フェイトさん、どいてください! そのヒトは危険です!」

「違うよ! ユーヤは悪いひとじゃないっていうか、その、えっと……」

 

 消えゆくように萎む言葉。反論に詰まり、まとまらない思考を必死に働かす。

 彼女自身、攸夜の所業に擁護しきれない部分が多々あることを重々承知している。しかし、正しくはないけれど必要なことだったと信じていたから。

 その葛藤の大きさは計り知れない。

 

「いいんだ、フェイト」

「でも……」

 

 大いに悩み、だが必死になって自分を弁護してくれる少女の頭をポンポンと軽く叩くように撫でた攸夜。「……ありがとな」と耳元で告げると、ずいっと進み出た。

 

「どうして、と理由を訊いたな、志宝エリス」

 

 攸夜は蒼き眼光を鋭利に光らせ、疑念の浮かぶ碧い視線を逸らすことなく受け止める。

 

「……俺は正直、主八界やファー・ジ・アースがどうなろうと知ったことじゃない。冥魔どもに蹂躙されようがエミュレイターに奪われようが、な」

 

 心底どうでもいい様子で語る黒髪の魔王。無責任な物言いに、ピクリとエリスの眉が揺れる。

 

「だが、()()は違う」

 

 漂よっていたいい加減そうな雰囲気が霧散する。代わりに纏うのは不退転の決意。その飄々と捕らえ所のない佇まいはまさしく、変幻自在を旨とする彼らしいものだった。

 

「ここは……この“世界”は、俺の生まれた場所、俺の故郷だ。大切な人たちが居て、大切な思い出がたくさんある。俺はそれを護りたい――どんな“大罪”を犯してでも」

「――!?」

 

 彼の返答に、エリスがハッとして表情を変えた。

 チラリと傍らの大切な人に目を向けてから、攸夜が不敵に口角を吊り上げる。

 そして、ポケットに突っ込んだままだった左の掌を目の前におもむろに翳した。

 

「それにな、生まれ落ちては消えていく、矛盾に満ちた幾億もの“光”が溢れるこの醜くも美しい世界を――、冥魔なんぞにくれてやるのはもったいない」

 

 気障な言葉をはっきりとした語気で言い切って、“何か”を手中に収めるように強く握りしめる。

 そのひどく気取った仕草は漂わせる浮き世離れした独特の雰囲気と相まって、とても様になっていた。

 

「……そうは思わないか? 魔法使い(ウィザード)

 

 真摯な顔つきを消し去り、魔王はおどけて見せる。

 人を小馬鹿にしたような言いぐさや道化の仮面に隠した心情がわずかに滲む。紛れもない、本心からの述懐に嘘偽りはどこにもない。

 

「……っ」

 

 誰かの息を呑む気配。

 エリスを軽い既視感が襲う。“金色の魔王”の前で自らが語った信念と似通った――それでいて、決定的に違う言葉に魔法使いは動揺する。

 紅い月の光が静かに降り注ぐ。

 異界に由来する輝きは、あらゆるものを包み込むように優しく神々しい。それは“世界”に豊饒をもたらす大地母神の祝福――破壊の光が持つもう一つの(かお)、無限に輝く創世の光だった。

 

「あなたは、いったい……誰なんですか?」

「俺か? 俺は――」

 

 当惑するエリスの口から漏れた無意識の問い掛け。攸夜は待ってましたとほくそ笑み、思わせぶりに間を取る。

 続いて、現在お気に入りの口上を決めるべく口を開き――、

 

「通りすがりの魔法使い、だよね?」

 

 小脇から、ちょこん顔を出したフェイトが掣肘して華麗に奪い去っていった。

 

「……フェイト、決めゼリフを取らないでくれないか」

「ごめんね、ちょっと言ってみたくって」

 

 えへへ、と小さく舌を出してイタズラっぽくはにかむフェイト。とっておきの決めゼリフを奪われた攸夜は、額に手を当ててしょうがないなと困ったように苦笑い。

 いろいろ理解できない周囲を放置して、二人の間には妙な空気が流れる。具体的にはこう、ピンク色したあまーい感じの。

 

「あ、あのぉ……?」

「あ、あああぁぁーーーっ!!!」

 

 居たたまれなくなったエリスがおずおずと声を掛けた時、今まで黙っていたはやてが唐突に奇声を上げた。

 

「攸夜! 宝條攸夜!」

 

 カッと目を見開くはやての口をついて出たのは旧友の名前。映像資料で“シャイマール”の姿を観てからどこか霞がかっていた記憶の蓋が、ついに開かれた。

 

「フルネームで呼ぶなよ、チビだぬき。運気が()()()だろ」

「ちびでもたぬきちゃうわっ! あー、このトゲトゲしくもかわいげのない憎まれ口。やっぱり攸夜君や」

「かわいげのないとは言ってくれますねぇ、八神さん。君も相変わらずのブラックストマックで安心したよ」

「うぬっ……、そちらさんこそ、さっそくフェイトちゃんをタラシこんだようで。うらやましい限りですなあ」

 

 ムッとしかめる攸夜が皮肉を言ってみせれば、はやても負けじと憎まれ口で切り返す。二人の関係は、からかうのに格好のネタだ。

 鋭い指摘が飛び火して、フェイトは真っ赤になって俯く。

 

「このやろう……」「なんや、やるんか?」

 

 ふふふふ……、と両者の口から乾いた笑いが漏れ出した。どちらも頬の表情筋を引きつらせ、目が笑っていない。

 そんな様子に、エリスたちは置いてきぼりを食らってぽかんと呆気に取られている。

 無理もない。事情を把握しているフェイトでさえ矢継ぎ早な掛け合いについて行けず、目をぐるぐると回しているのだから。

 六年間のブランクを感じさせない軽快な掛け合いは、彼らが変わらず“悪友”の間柄である証だった。

 

「あ、あの、はやてさん……?」

「うん? あー、このひととは幼なじみというか、腐れ縁というか、まあ、ともかく悪いヒトやない……んかな? うん、たぶんそうや。――って、あれ? なんで私、今まで攸夜君のこと忘れてたんやろ。リインを助けてくれた恩人なんに」

 

 この歳でボケなんてややわあ、などと惚けるはやて。だがやはり自身の記憶の欠落について不可解に思っているらしく、眉間にしわを寄せた表情は訝しげだ。

 歯切れの悪い評価に攸夜が密かにムッとしたり、フェイトが大変嬉しそうにしていたりしているのは些末なことである。

 

()()()()()……」

 

 そう小さく呟く灯は、相変わらずの無表情でじゃれ合う年少の三人組――特に、晴れ晴れとした笑顔を浮かべたフェイトを見つめる。そこにいつかの自分の姿が重なって、彼女の不審な振る舞いがストンと腑に落ち、目を細めた。

 全くの第三者であるというのに、黒の魔王と金の少女のただならぬ関係をいち早く察知していた“女の勘”は伊達ではなかった。

 

「そう……、そういうことなのね」

「……ま、そういうことだ」

 

 灯の呟きに攸夜はおざなりに同意して見せた。

 納得顔――近しい人物にしかわからない程度だが――をした灯は口を噤む。必要以上の詮索は野暮というものだ。

 

「でだ、どうする? どうやらウダウダやってる時間はもうないみたいだぜ」

 

 弛んだ空気を塗り替えるように発した攸夜の言葉を合図に、遠方で幾つもの轟音が響く。互いの顔を見合わせる魔法使いたち。

 確かに、有余はあまり残されてはいない。

 

「僕は信じてもいいと思うよ、今の彼なら。でも、最後に決めるのはエリスだ。なんたって、この世界で頑張ってきたのは君なんだからね」

 

 穏やかに述べられる命の意見に灯が無言で首肯し、視線を親友に送って決断を促す。

 仲間たちの眼差しを受け、エリスは魔王に、攸夜に向き直る。碧の瞳に不退転の意志を灯して。

 

「私……あなたのこと、やっぱり信じられません。――だけど、はやてさんのことなら、仲間のことなら信じられます」

 

 朗々と紡ぐ言葉は淀みなく。翠緑の双眸に惑いはない。

 

「だから一緒に戦いましょう、大魔王シャイマール」

「間違っているな、志宝エリス。そうじゃない」

「え?」

 

 譲歩して見せたにも関わらず肩透かしを食らって目を丸くするエリスに、人を食ったような装いを消し去った攸夜が快活に破顔する。

 

「“宝條攸夜”、それが俺の()()だ。……まぁ、シャイマールってのも嫌いじゃないけどね」

「ユーヤ……」

 

 わずかに自嘲の込められた言葉。だが、普段よりも幾分幼く見えるイタズラっ子のような表情は、六年前――あの聖なる夜にフェイトが護る誓った、彼の素直な笑顔だった。

 少年魔王は金髪の恋人に視線を向け、稚気を帯びた表情のまま高らかに宣言する。

 

「さあ行こうぜ、この世界を救いに!」

 

 それに応じる魔法使いたちの勇ましい返答を合図に、クライマックスの火蓋が切って落とされた。

 

 

   *  *  *

 

 

 瘴気漂う大都会を駆け抜ける幾つもの光芒。その先陣を切るのは清冽なる蒼銀――“裏界皇子”アル=シャイマールこと攸夜だ。

 彼の数歩分後ろにつかず離れずピタリとつけるのがフェイト。少し遅れて、灯と命の搭乗するエンジェルシードと“羽根”を翼として飛ぶエリス。最後尾がはやてとなっている。

 アイン・ソフ・オウルを放射状の翼のように――身体に接着しているのではなく、数センチ離れた空間に接続させて――背負い、推進器とする独特の運用方法。全てを連結し、一対の翼とする優等生らしい素直な形で用いているエリスは「こんな使い方があるんだ」と感心しきりだ。

 もっとも、彼が“足場”にしたことさえあると知れば微妙な顔をしただろうが。

 一同の目の前に、高層ビルと同等かそれ以上に巨大な、尋常ならざる躯を持った漆黒の魔竜アジ・ダハーカが姿を表す。闇黒神が産み出した、有害な生物を統べる“最強の邪悪のもの”。

 この異常な空間を創り出す元凶はお供の冥魔を引き連れて、手当たり次第に暴虐を振り撒いていた。

 近づく外敵を関知したのだろう、アジ・ダハーカの上部から生える竜頭の触手が顎門(あぎと)を開く。

 咥内に収束する黒い光――

 

『魔力反応増大……!』

「全員散開っ、お出迎えが来るで!」

 

 はやての号令と入れ替わりに、無数の触手がレーザー状の黒い熱線を吐き出す。

 ハリネズミのように四方八方に放射された黒い光の筋。だが、そのような盲撃ちに当たるものはいない。各々が回避運動を取り、対象を失った熱線がビルを焼き切った。

 ズズン、と鈍い地鳴りを起こし倒壊する建築物をすり抜け、魔法使いたちが“災厄を撒き散らすもの”に接近する。

 それを遮らんと、摩天楼の谷間や向こう側から飛来した無数の魔鳥が集まって群れを成す。

 びっしりとひしめき合う様はまるで真っ黒な城壁だ。

 ヒルコから放たれた白い斬撃や氷結の短刀、金色の雷槍が次々と放たれて城壁を削るが、どれも決定打にならない。密度があまりにも厚すぎるのだ。

 

「突破口を開く! 続け、フェイト!」

「うんっ!」

 

 急制動をかけて停止する攸夜を、フェイトが一息で追い抜く。擦れ違いざま、一瞬のアイコンタクトで二人は互いの意志を受け取る。心が通い合う。

 アイン・ソフ・オウルが縮小して、攸夜の左手首に放射状の腕輪として収まった。

 

「薙ぎ払え、天壌の劫火!」

 

 雷速の集中。突き出された左手の先に展開する三重魔法陣。そこから放たれた蒼白く輝く〈ディヴァインコロナ〉が冥魔の壁を抉り取り、こじ開けた。

 地に落ちた太陽の輝きは、行きがけの駄賃とばかりに灼熱の奔流を撒き散らし、闇を呑み込む。

 大きく開けた空間に、申し合わせたかのような絶妙のタイミングで、金色の閃光が飛び込んだ。

 待ち受ける冥魔の輪の中心に降り立つフェイト。敵陣の真っ直中だというのに、彼女の表情に恐れはない。

 何も恐れることはないのだ。

 絶対の“信頼”を置く、蒼空(そら)羽撃(はばた)くための“翼”がすぐそばにいるから。

 

「信頼の解放!!」

 

 間髪入れず突き出される攸夜の左手。最愛の恋人の“信頼”を受けた純白の腕輪が、強い緑色の光を解き放った。

 包み込むような緑の輝きに照らされたフェイトの像が、二重三重と次々にぶれていく――否、増えていく。

 その数、七体――

 

「「「「「「「烈風、一陣ッッ!!!」」」」」」」

 

 二振りの光剣を携えた“七人”のフェイトが声を合わせて口上を叫ぶ。

 刹那、金色の稲妻を残して欠き消えた。

 幾重にも折り重なった数え切れない無数の剣閃が、優雅に、熾烈に踊り猛る。金色の雷迅に触れたものは皆例外なく寸断、十六分割に斬り刻まれて塵に還っていく。

 電光石火の斬撃はしかし、冥魔全てを断ち切るには至らない。

 もと居た位置に戻り、幻像が消えて独りになったフェイトに向け、討ち漏らした異形や防壁を作っていた怪鳥が殺到する。

 少女に迫る冥魔の大群、それを遮るように蒼銀の陽光が躍り出た。

 

「闇黒の力を――、終焉の光に!!」

 

 胸の前で両手を上下から球体を掴むような形に固定。手の中に白と黒の魔力が融合を果たし、生まれ出でる蒼銀の煌めきが邪悪を駆逐する“希望”を夜闇の中から照らし出す。

 蒼白い輝きを最大級の脅威と感じた冥魔たちは、少女から少年へとその矛先を変えた。

 ――だが遅い。

 

「その力を此処に示す!! ――ラグナロックライトォオオオッッ!!!」

 

 勢いよく開かれた両腕と共に蒼銀の光――攸夜の代名詞、天冥融合魔法(ラグナロックライト)の光が球体状に拡大し、凄烈なる奔流を生み出した。

 七乗の斬撃を逃れた冥魔が蒼白い閃光の餌食となり、消滅していく。

 光が晴れ、攸夜がフェイトの背後に背を合わせるように着地。そこに、閃光の範囲から逃れた冥魔が濁流のごとく押し寄せる。

「まだまだァ!」吼える攸夜とフェイトの周りに、それぞれの色の魔力スフィアが複数個生成される。

「せーのっ!」フェイトの合図で二人は場所を入れ替える。

 円を描く軌道で二人の腕が振るわれ、魔法の弾丸が弾けた。

 

「「爆ぜろッ!!」」

 

 蒼銀の〈サンライトバースター〉と黄金の〈プラズマバレット〉に込められた魔力が解き放たれる。

 強烈な爆炎と雷撃を幾つもの巻き起こし、今度こそ冥魔を完全無欠に消し飛ばした。

 

「これが私たちのっ」

「切り札だ! ……なんてな」

 

 自分たちを囮として敵集団をキルゾーンに引き込んだ(のち)、広範囲魔法の連発で一気に壊滅させる対軍戦闘のコンビネーション。

 六年前、一緒にいたころに何気なく決めた連携――驚くほど綺麗に決まったそれに、フェイトの胸の奥が熱くなる。どんなに離れていても心は通い合っていたのだとうれしくなり、彼女は感極まって恋人の大きな背中にひしっとすがりついた。

 

「相変わらずというか、なんというか……見てて背中がカユなったわ」

「す、すごいです……」

「まるで鎧袖一触ね。シャイマールの名は伊達ではないということ?」

「敵としては厄介極まりないけど、味方にすると確かに心強いね」

 

 一足遅れて到着したほかの面々が呆然とした様子で漏らす。

 上から順に、はやて、エリス、灯、命のコメントだ。

 

「おらお前ら、感心してないでさっさと続け。雑魚は一掃しても直ぐに湧き出してくるんだぞ」

 

 ぼやぼやしているはやてたちを攸夜がブスッとした顔で急き立てる。しかし、フェイトを好きに背中に張り付いかせているせいか、説得力が決定的に欠けていた。

 だがすでに、一行は漆黒の山の裾野には辿り着いたのだ。

 一刻も早く、この巨山のような冥魔を討たなければ、被害は広がるばかり。月匣で隔離していると言っても、それもいつまで保つかわからない。

 月の匣に囚われた邪竜が苛立ったように身悶えた。

 

「グゥるぅぅオオオオォォオオオオオオオ――――ッッ!!」

 

 二つの竜顔が重なったような貌が狂暴な牙の並んだ顎門を開き、怖気を呼び起こすような悍ましい雄叫びを上げる。

 血のように朱い六つの瞳は、ギラギラあらゆる生命への殺意で輝いていた。

 

 

   *  *  *

 

 

 クラナガン中央区画。展開した月匣から数100メートル離れた地点。

 ここでも冥魔との交戦は続いていた。

 

「ハッ!」

 

 勢いよく繰り出された鉄拳が魔法攻撃を反射する紫水晶の塊――水晶の魔を打ち砕く。

 不愉快な金切り声を上げてパラパラと落ちていく破片から視線を外したスルガは、ふと直ぐ側で(くつわ)を並べて戦う魔王に視線を向けた。

 

「せいっ、やあっ!」

 

 愛らしいかけ声。金色に輝く光焔を刀身に纏わせた“箒”をルーは切り上げるように振り払い、スライムのぶよぶよとした身体を軽々と焼き斬った。

 小さい身体を懸命に使って、身の丈以上の長剣を振り回す姿はいっそ微笑ましいものがある。

 自身も冥魔と戦いながら、かつての(テスラ)を思わせる様子に目を細めるスルガ。彼の視線に気がついたのか、ルーがのっそりと振り向く。

 

「……何だ、その生暖かい目つきは」

「いえ、何も」

 

 含みのあるスルガの態度が不愉快らしく、ふんっ、と鼻を鳴らした幼女(ルー)は苛立ち紛れにデモニックブルームを無造作に振り抜く。

 剣先から放たれた火炎弾。そこらに居た哀れな冥魔が、魔王の癇癪に巻き込まれて消し飛んだ。

 

「行きますよぉっ!」

 

 それからやや後方、スルガとルーに守られるような位置に立つ翠が――後衛(キャスター)なのだから当たり前だが――息巻いて、ウィザーズワンドの石突きで地面を打つ。瞬間、地面に青いファー・ジ・アースの魔法陣が広がっていく。

 高まる魔力。震える大気。周囲の薄弱な精霊たちが、〈大いなる者〉の威光に恐れ慄いている。

 

「彼方より来たれ、星屑の鉄槌!!」

 

 翠が祝詞を上げると、灰色の天空に三角を抱く巨大な魔法陣が描かれた。

 水の惑星のごとき青に輝きがにわかにざわめく。

 

「スタァァァ、フォールダウン!!!」

 

 ひときわ強く輝いた魔法陣から無数の岩塊――否、隕石が招来された。

 〈スターフォールダウン〉。幾つもの隕石を宇宙の彼方から呼び寄せ、敵を打ち砕く〈冥〉属性の極大召星魔法だ。

 魔法的ゲートを潜り抜け、広範囲に降り注いだ流星群が次々に地面に墜ちて炸裂する。魔力の込められた隕石の大質量は惑星の引力により増幅され、絶大な破壊と爆轟をもたらした。

 衝撃波が異界の怪物を飲み込んでいく。

 跡に残るのは、瓦礫の山だけ。

 

「これでぜんぶやっつけた……?」

「いえ、まだです!」

 

 スルガの鋭い警告。

 風切り音と共に、巨大な物体が落下する。

 それはエリスたちを襲った同種の冥魔。ダークサウルスが数体、地響きを起こして乱入した。

 

「ダークサウルス……、物理無効特性が厄介ですね」

「も、もう大技は品切れですよ~!?」

 

 相性の悪さにスルガが表情を曇らせ、ガス欠気味の翠が涙目で頼りない声を上げた。

 

「ふむ……然らば“アレ”を喚ぶとするか」

 

 迫る巨竜の群れを前に、ルーが何事かを呟き、その小さな全身を使って宿主(テスラ)の愛剣を大きく振り回す。

 デモニックブルームの剣尖がアスファルトを円状に廻り、オレンジ色の火花を散らした。

 

「遙か深遠より来たれ、我が鉄騎よ」

 

 地の底から響くような重苦しい声色で祝詞を詠むルー。“箒”を両手でしかと握り、切っ先を天に向けてさながら某かの神に仕える巫女のように祈りを捧げる。

 大地に刻まれた円から数十メートルはあろうかという裏界の魔法陣が広がった。

 吹き出す紅い燐光。七芒星の魔法陣から巨大な円柱――いや、左腕のようなモノがずるりと這い出して、大地を掴んだ。

 

「立ち上がれ! ゼプツェン!!」

 

 ルーの小さな身体を乗せたまま、“ソレ”が夜の摩天楼に姿を現した。

 紅い意匠を施された蒼を基調とする分厚い丸みを帯びた装甲で身を纏い、大木のごとき両脚で大地に立つ鋼の巨人。ツインアイに鉄兜を被ったような形の頭部の横で、仁王立ちする金髪の幼女が高圧的で妖艶な微笑を浮かべる。

 野太い腕や肩、背中に背負った灰色のタンクなど全体的にマッシブな印象を持つ全長20メートルの巨体が、ダークサウルスの群れの前に立ちふさがった。

 脚を踏み出した衝撃が、ズンッと響いてビルの窓ガラスが砕く。

 その圧倒的な威圧感に恐れを成したのか、魔竜たちは後込みして踏鞴を踏む。

 

真理の箒(エメスブルーム)……というには、いささか大きすぎませんか?」

 

 あまりにも巨大すぎる“箒”をスルガは呆れた表情で見上げる。

 〈真理の箒(エメスブルーム)〉とは、本来3メートルほどの操縦式ゴーレム型“箒”である。間違っても幼女が肩に乗って暴れ回るようなものではない。

 

「うむ、“女公爵”モーリィ・グレイの宝物庫に眠っていたものでな。死蔵しておくには少々惜しい代物であるから、我が直々に召し上げて使っている」

 

 巨人の肩に乗るルーは黄金の美髪を掻き上げると、事も無げに答える。彼女はおもむろに月衣から丸いゴーグルを取り出すと、額につけた。

 

「さあ、痴れ者共をその力で打ち砕いてみせろ、ゼプツェン」

『――――!!』

 

 主の命を受け、ツインアイが紅く光る。

 独語で17と名付けられた蒼き鉄人が、光の祝福(フォトンコート)を受けた拳を振り上げて冥魔を強襲した。

 

 

   *  *  *

 

 

「えぇえいっ!」

「はああッ!」

 

 二刀のライオット・スティンガーを交差させて繰り出すフェイトと、光のヒルコをすくい上げるように放つ命。

 金色と純白の刃が、漆黒の塊に打ち込まれる。

 稲妻が如き斬撃はしかし、アジ・ダハーカの強固な鱗に弾かれて、僅かに傷を刻むだけ。科学と神秘、力の方向性は違うもののどちらも強力な魔剣である。その二振りを容易く弾き返す堅牢な装甲は、まさしく伝承の通りだと言えるだろう。

 

「くっ!」

「これでも通らないか!」

 

 大きく後退りながら、フェイトと命は手応えのなさに悔しさを滲ませる。どちらも、少なくない力を込めた斬撃が防がれたことにショックを受けていた。

 三本の竜頭が蠢いて、突出した二人に向けて鎌首をもたげて顎門を開く。紅い舌がちらちらと覗く咥内に、黒炎が燃え滾る。

 ゴウッ、と勢いよく吐き出された炎の塊となって降り注いだ。

 

「……!」

 

 二人を援護するべく、灯がエンジェルシードの引き金を矢継ぎ早に引く。

 砲口の先に展開した魔法陣を通って加速された魔術処理の施された砲弾が、黒い火炎弾を撃ち落とした。

 空薬莢が三つ、ガランと大きな音を立てて地面に転がる。

 

「まだ……!」

 

 灯の手の中に、波打つ空間から今し方放ったのとは別種の砲弾が収まると、空になった“箒”の弾倉に手早く装填。そのままトリガーを引き絞った。

 白亜の魔砲から撃ち放たれた砲弾が、アジ・ダハーカの大樹のような前脚に着弾。砲弾の中に詰まっていた魔力が爆発四散して、悪しき竜の脚を奪い取る。

 片足を失った黒い巨体はバランスを崩し、腹に響くような轟音を立てて倒れ落ちた。

 

「効いた……?」

「それならっ、アイン・ソフ・オウル!」

 

 最後尾に控えていたエリスが、爆撃で揺らいだことを好機と見て“羽根”の突撃を敢行する。

 透き通るような声を合図に、紅い魔力光を刃とする七枚の白き“遺産”がアジ・ダハーカの上部に生えた竜頭の触手の数本を刈り取った。

 

「やっぱり! みんなっ、魔法攻撃なら通るよ!」

 

 その声を受け、それぞれが一斉に攻勢をかけた。

 命が純白の光をコーティングしたヒルコで大きく斬り裂けば、上空を取ったフェイトが怒濤のような金色の弾幕――〈フォトンランサー・ファランクスシフト〉を斉射。灯も、手持ち最後の魔力爆裂弾を惜しげもなくプレゼントする。

 連続して発生する大小の魔力爆発が、苦悶の砲哮を上げるアジ・ダハーカを飲み込んだ。

 

「やった……?」

 

 煙幕が晴れる。

 そこには、幾つもの裂傷を負っているものの、未だ健在な魔竜の黒い巨体があった。

 一斉攻撃により大きく抉り取られた痕がジュクジュクとうねり、やにわに泡立つと音を立て修復されていく。

 

「再生能力……」

「厄介だね」

 

 灯と命の表情が曇る。再生の速度自体はおよそ速いとは言い難いものだったが、“災厄を撒き散らすもの”の特性――負の感情を取り込んで冥魔を生産することを考えれば、持久戦は圧倒的に不利である。

 予想外の堅牢さに困却するフェイトは、助けを求めるような視線を上げた。紅い夜空では、際限なく飛来する黒い鳥を格闘する蒼銀と白銀の光が輝く。

 

(……ダメ、こんなんじゃダメだ。ユーヤにばっかり、頼ってたら……!)

 

 頭を振って依存したくなる気持ちを意識から追放すると、バルディッシュの柄を強く握った。

 ルビーにも似た真紅の眼差しは、真っ直ぐぶれることなく“絶望”の象徴を射抜く。

 むくりと起き上がったアジ・ダハーカが、絶叫にも似た身の毛もよだつ遠吠えを上げる。一帯に強烈な突風が吹き荒れた。

 

「きゃ!」「うッ……!?」

 

 耳をつんざく大音量にエリスとフェイトは驚いて耳を塞ぐ。

 漆黒の竜が、その巨体に似合った大きな二つの顎門を開く。深淵の闇黒のような口腔に、悍ましいまでの魔力が集い始めた。

 

 

 上空。

 飛行能力持つ闇鳥が月匣全域から集結し、その数を生かして地上を強襲せんと降下する。

 黒い襲撃者に割って入る小柄な影――はやてだ。

 横薙ぎに振るわれるシュベルトクロイツの動きに合わせて、鋭い空気の刃が発生。名刀の切れ味に勝るとも劣らない風圧の刃が、鉤爪を開いて襲いかかる闇鳥を一度に寸断した。

 錫杖を振り回した勢いで後退するはやては、同じく冥魔を薙ぎ払った幼なじみと背中を合わせる。

 連戦の疲れを滲ませた彼女の息は荒い。ふぅ、と一息吐くと軽く後ろに振り向き、攸夜に声を掛けた。

 

「なあ、攸夜君。こうバーッと一気にまとめてやっつけたりとかでけへんの? まおーパワーかなんかで」

「アホ言うな。こっちだってギリギリ切り詰めて戦ってんだよ」

 

 空間を切り裂いて創り出したワームホールに〈リブレイド〉を何度も叩き込みながら、攸夜が荒っぽく答える。

 蒼白い砲撃が黒い穴から次々に突き出ては光の条網を創り出し、闇鳥の群れを寄せつけない。そこにアイン・ソフ・オウルが飛び込んで、不規則な軌道を描いて魂無き虚ろな者共を打ち砕いていく。

 今日一日で命、クロノ、灯、フェイトの四人と交戦し、その全員からもれなく手酷いしっぺ返しを食らっている攸夜。その上、“楔”の維持に大量の魔力を放出したあととあってはいささか以上に重いハンディキャップである。

 幼少の時分から頑丈さが取り柄だったとはいえ、辛いものは辛いのだ。

 

「むぅ……、じゃあ闇の書の闇んときみたいにはでけへんの? ()()()()なら一撃必殺やろ」

「そりゃあ、あの“力”が使えれば一捻りだけどさ。今の俺じゃあ制御し切れないんだよ……情けないことに、な」

「ふーん……難儀なもんやな」

 

 正論に若干鼻白み、それでも退かないはやての物言いは無責任気味ではあったが、痛いところを突いており、攸夜はわずかに肩を落として事情を説明した。

 そのどこか頼りなさげな彼の様子をフェイトが目にしたなら、きっとキュンキュンときめくこと間違いなしである。

 

 あのクリスマスイブの戦い以来、攸夜は真なる意味でのシャイマールの力を解放することが出来ないでいた。

 通常のリミットブレイクならば問題はない。だが、あの土壇場で発揮された常識を――運命を凌駕する力を御することが出来たのは、ひとえに“母”――シャイマールの魂がともにあったからこそ。アイン・ソフ・オウルに込められていた残り滓と同化したとはいえ、運命すらもねじ伏せて“奇蹟”を成し得る力はあまりにも絶大で。――未だ未熟な少年の小さな手には余りあるものだったのだ。

 

 自分の不甲斐なさに内省する攸夜を、現実へと無理やり引き戻すむせかえるような魔力の波動。

 視線を眼下に向ければアジ・ダハーカが巨大な二つの口を開き、莫大な魔力を収束させているではないか。

 そのあまりにも禍々しい漆黒の輝きに、さすがの攸夜も背筋が凍り付くのを禁じ得なかった。

 

「ッはやて、ちょっと来い!」

「あんっ」

「変な声出すな!」

 

 はやてを横抱きにした攸夜は、人聞きの悪いリアクションをする悪友にツッコミを入れつつ、蒼白い燐光を噴かせて一気に降下していった。

 

 

「■■■■■■■■■――――ッッ!!!!」

 

 “災厄を撒き散らすもの”が耳障りな咆哮とともに、二つの口腔から気の遠くなるほど莫大なエネルギーを解き放つ。収束・解放された魔力は、闇よりもなお冥い漆黒のブレスとなって一直線に放射された。

 触れるもの全て、次元すらも滅ぼしかねない暴虐の奔流はしかし、唐突にニ岐へと分かれる。蒼銀と深紅――アイン・ソフ・オウルを展開した攸夜とエリスによって阻まれたのだ。

 左手を眼前に翳し、一行の前に立ち塞がる“七徳の継承者”たち。二色の光を放つ十四枚の“羽根”が組み合わさり、鉄壁の城壁となって災厄を防ぐ。

 進路を阻まれた破壊の息吹は、建造物を消滅させながら半球体状に突き進む。

 

「く、ううぅ……っ!」

 

 筆舌にし難い圧力にエリスの柔和な顔立ちが苦悶に歪んだ。

 その間にもブレスは迸り、月匣の壁に打ち当たる。

 照射を受け、広範囲に渡って罅が刻まれる紅の結界。自らの一部とも言える月匣の損傷がフィードバックされ、攸夜の身を激痛が灼く。

 しかし、結界空間の崩壊を許すわけにはいかない。この月匣は、これ以上、冥魔が外へ溢れ出さぬように張り巡らした“檻”なのだから。

 

「ッ……!」

「うっ、うう、くう――っ!」

 

 濁流のような重圧に押し込まれて膝を屈しかけるエリスと、額に玉のような脂汗を浮かべる攸夜。押し寄せる絶望が、左手を突き出して堪え忍ぶ二人の心の隙間にじわりと這い寄る。

 

(ッ、耐えきれない……!)

 

 圧され始めた攸夜の左手に、銀色の籠手で包まれた繊細な指先がそっと寄り添う。

 瞠目した蒼い瞳に、凛々しくも美しい少女の横顔が飛び込んだ。

 

「……いっしょだから。どんなときでも、いつまでだって、私があなたのとなりにいるから。――だから、負けないで」

 

 フェイトは前を向いたまま、清明な声で静かに語りかける。

 普段と変わらない調子で紡がれた言の葉から、彼女の想いを感じ取れない攸夜ではない。

 傍らでは、フラついて体勢を崩しそうなエリスに灯が肩を貸して支えている。空気を読んだはやてと命は後ろで控えているようだ。

 

「はっ」

 

 小さな吐気。潰えかけていた闘志に蘇る。心に炎が再び灯る。漆黒の濁流をせき止めていた“羽根”がにわかにざわめき、その輝きを増していく。

 攸夜の唇が僅かに歪む。苦痛にではなく笑みに、だ。

 

「ここまで想われて! 冥魔なんぞに、負けてられるかよッッ!!」

「負けないっ! 負ける、もんかああああッッ!!」

 

 大切な誰かの心に、“絆”に触れて、二人の“継承者”が哮り立つ。

 二組のアイン・ソフ・オウルが感情の爆発に歓喜し、打ち震える。蒼銀の“羽根”と共振を起こした深紅の“羽根”の宝玉が七色に染まっていく。

 勢揃いした十四枚のアイン・ソフ・オウルが、ついに災厄の渦を撥ね除けた。

 様々なものを一緒くたに焼き尽くしたような、焦げ臭い悪臭が辺りに漂う。

 漆黒の奔流に呑まれた建造物は、その恐るべき破壊力に例外なく消失していた。

 

「エリス、大丈夫?」

「うん、なんとか……」

 

 気が抜けて、ぺたりとへたり込んだ親友をいたわる灯。彼女の手を借りて立ち上がると、「ありがとう」とエリスが小さく微笑む。

 フェイトに支えられた攸夜も何とか立ち直る。次元破壊のブレスを防ぎきったことによるダメージは、予想以上に大きい。

 

「でも、今のをもう一度撃たれたら……」

「みんななかよくジ・エンド、やな」

 

 フェイトとはやてが深刻そうな声を出す。事実、次に漆黒のブレスを吐かれれば全滅は必至だ。

 このまま物量で押し潰すつもりなのか、アジ・ダハーカはその巨体から漆黒の瘴気を噴き出した。闇の騎士や闇魚、闇蛇にスライム――“災厄を撒き散らすもの”が次々に冥魔を産み落とす。

 

「くっ、また!」

 

 疲弊した仲間を守るように進み出た命が、ヒルコを青眼に構えた。

 その間にもアジ・ダハーカの躯は再生を続けている。このペースなら、数分も起たないうちに修復は完了するだろう。

 

「このままじゃ埒が明かない。最大火力で一気に倒し切るしかないね」

「でも命君、そんな簡単にはいかないと思うよ?」

「せやね……。みんな、大なり小なり疲れとるし、一か八かの賭になってまう」

 

 冥魔を産み出す隙や再生する間も与えず、波状攻撃を掛けるしか討つ手段はない。

 一瞬、考えるような仕草をした攸夜がおもむろに左手を突き出す。

 

「ユーヤ? なにを――」

「“希望”の光よ」

 

 冷厳なる言霊が世界に響き、“七徳”のアイン・ソフ・オウルが黄金色の輝きに包まれた。

 解放された宝玉の力。“希望”の力が世界の理を歪め、運命の定めを覆す。

 それは小さな奇跡。

 絶望を駆逐する心の光そのもの。

 “プラーナ”の輝きにも似た煌めく粒子が事態に着いていけず、固まった命の元に集まる。光の粒は次々に収束すると、一つの形を成していく。

 

「これは……」

 

 そして彼の目の前に突き立っていたのは、真っ直ぐな刀身が漆黒の帯に包まれた一振りの(つるぎ)だった。

 刃と鍔が一体となった両刃の大剣。直線で構成されたデザインは切れ味を象徴するかのようで。

 

「“影のヒルコ”……!?」

 

 漆黒の闇を纏う魔剣は、かつての主が再び手に取るのを静かに待ちわびていた。

 真円の紅い月が焦土と化した大地を静やかに見下ろす。

 因縁の鎖から解放された勇者は、遠く離れた異界の地で再び自らの宿命と対峙した。

 

「そう、ソイツはヒルコ本来の(かお)――“情欲”の大魔王アスモデート、その力の片鱗たる闇の魔剣だ。……もっとも、ここにあるのは“希望の宝玉”ででっち上げたレプリカだけどな」

 

 ああ、もちろん切れ味の方は遜色ないと保証するよ。攸夜は、世間話をするかのような口調の言葉を切ると、汗で額に張り付いていた髪を不愉快そうに掻き上げる。

 竜馬の(たてがみ)にも似た漆黒の癖毛がふわりと靡いた。

 

「取れよ、真行寺命。今のアンタなら、闇のヒルコの力だって制することが出来るはずだぜ」

「…………」

 

 墓標のように突き立ち、物言わぬ黒き剣を命は食い入るように見つめる。

 

「命……」

 

 彼の因縁を痛いほど知っている灯が、ひどく心配そうな視線を送っていた。

 期待感溢れる瞳で好敵手の動向を眺める魔王を、エリスがらしくないほど鋭く睨みつけている。

 その古傷に塩を塗り込むようなやり口が気に入らないのだろう。攸夜もそれには気がついているが、気にした素振りも見せない。

 今は、少しでも強い力が必要なのだ。“災厄を撒き散らすもの”を討つための力が。

 

「……やるよ」

「命……!?」「命君?」

 

 困惑の声を上げる二人を置いて、命は黒い魔剣の柄に左手をかける。

 ざんっ、とアスファルトから引き抜かれた剣の刀身を覆い隠す帯が独りでに解かれていく。

 露わになる白刃から漆黒の闇が迸った。

 それをきっかけに右手に携える白き剣が脈動し、淡い光を放つ。まるで分かたれた半身の帰還を喜び、祝福するかのように。

 

「闇も光も、どちらも含めて僕の一部、自分自身なんだ。それを否定していたら前には進めない――ましてや……未来(あす)なんて、掴めっこない」

 

 闇のヒルコの磨き抜かれた刀身に自らの顔を映し、命は決然と宣言する。期待通りの答えに攸夜は愉悦を隠さない。

 

「それでこそだよ、真行寺命」

「……試したんだね?」

「さて、なんのことだかわからないな」

 

 にやりと不敵な笑みを交わす男たち。

 まるで気の置けない友人同士のようなやり取りに、何故かエリスがムッとした。灯は相変わらずの無表情だが。

 

「まったく、意地が悪いね。あ、ところで君のこと、なんて呼べばいいかな」

「何を急に……アンタの好きにしたらいいじゃないか」

「そうか。じゃあ、()()……さっさと片付けてしまおうか」

「はいよ、()()()()

 

 どこか息のあった、楽しそうな会話。この二人、ずいぶんとウマが合うようだ。

 

「……?」

「男の友情っちゅうやつやなあ」

 

 不思議そうに小首を傾げるフェイトの隣で、はやてがうんうんとしきりに頷いている。

 そんな外野をほっといて、攸夜が当然の如く場を仕切り始めた。

 

「フェイト、はやて! 俺たちが先陣を切って活路を拓く。お前たちは心置きなく、全力全開でぶちかませ!!」

 

 蒼ざめた飛翔翼(インビジブルウィング)を展開させた攸夜は、指示を飛ばしながら左手を天に捧げる。

 それに合わせ、七枚のアイン・ソフ・オウルが飛び上がり、純白の大太刀へと連結を開始した。

 

「あ、うん!」

「りょーかいや。……なんやこう、メンバーはちゃうけど6年前のクリスマスイブを思い出すなあ」

「ほんとだ。でも私たち、いつもこんな感じだったよ?」

 

 少女たちは顔を見合わせ、くすりと笑い合う。こうして()()()()()を語り合えるのも六年ぶりだ。

 奇しくも二人はこのとき同じことを考えていた。あとで攸夜を徹底的に問いつめてやろう、と。

 背筋に嫌な悪寒が走り、件の少年がビクッと肩を揺らした。

 

「……なのは、どうしてるんだろう? だいじょうぶかなぁ、心配だなぁ……」

 

 二刀の光剣を一振りの大剣に組み替えながら、フェイトはふとここにはいない親友のことを思い、表情を曇らせる。

 改めて周りを見回してみても、彼女(なのは)の姿はない。

 彼女ともう一人、今は眠っているはずの(ユーノ)が揃ったら。きっとできないことなんて何もないのに――

 ともかく、フェイトは幼なじみが戦場に揃わないことを心から残念に思いつつも、のっぴきならない現状に気を引き締めた。

 

「二人も、それでいいね」

「うん!」

「ええ」

 

 命がエリスと灯に問い掛けた。頷く仲間に微笑みを返し、彼は蠢く冥魔へと向き直る。

 七枚のアイン・ソフ・オウルが連結し、完成した白亜の大太刀。攸夜は蒼白い結晶で構成されたその長柄を――、さながら長巻のようになった自らの半身を左手で掴み取る。

 そして出し抜けに、攸夜と命の周囲を黄金の粒子が飛び交った。

 急速に明度を増す燐光がまるで間欠泉のように噴き出し、溢れていく。

 魂に封印された真なる力を解き放つ究極技法(アルテマ・アーツ)――、〈転生者〉と呼ばれるものたちの持つ奥の手だ。

 

「命……、“それ”は――」

 

 その生命を燃やし尽くすかのような鮮烈な輝きに胸騒ぎを感じ、灯は恋人の名を弱々しく呼ぶ。

 魔王アスモデートとの決戦の記憶が脳裏に蘇る。喪失の恐怖は、想い人を失うことは、いかに気丈な彼女と言えども何度も耐えられるものではない。

 

「……大丈夫」

 

 そんな恋人を安心させるように、青年はとても真摯な表情で微笑んだ。優しい口調が灯の沈んだ意識を引き戻す。

 

「――灯は僕が護るから」

 

 灯は息を呑む。

 いつか聞いた、けれど決定的に違う想いが込められた言葉。普段“あかりん”と愛称で呼んでいる彼が、ここぞとばかりに放った決めゼリフは効果絶大で、灯はすっかり機嫌を直したようだ。しなを作って、脳内フォルダに今の映像を焼き付けている。

 睦言のようなやり取りにあてられたフェイトとエリスが少し頬を赤らめ、攸夜とはやてがイイモノを見たとニヤけていたのはまったくの余談だ。

 

「そろそろ、いいか?」

「あ、ごめんごめん。いつでもいいよ」

 

 気を取り直し、“災厄を撒き散らすもの”が率いる混沌の軍勢を見据えた二人の魔法使い。その背中に愛する女性(ひと)を背負う限り、彼らに敗北の二文字はない。

 空気がピンと張りつめる。

 

「さあ、フィナーレだ!」

 

 攸夜の高らかな宣言で、決戦はまさに最高潮(クライマックス)を迎える。

 

「「オオオオ――ッ!!!」」

 

 ここに解き放たれるのは、比類なき力の顕現――――

 

「「リミット……ブレイクッ!!!!」」

 

 純粋なる生命の輝きが、金色(こんじき)の光の柱となって爆発的に噴き上がった。

 絢爛たる黄金色(こがねいろ)の光輝を纏った魔剣の勇者が光闇二刀を振り下ろせば、同じ色の輝きを迸らせる蒼銀の翼を長大化させた宝玉の魔王が大太刀の石突きで地を砕く。

 

「行くぞ!」

「ああ!」

 

 威風堂々。限界を超えて赫耀と煌めく極光が充満した黒い瘴気を祓い、澄み切った聖風を戦場に呼び込む。

 黄金に光り輝く闘気を纏う攸夜の戦装束はいつの間にか、夜闇のような濃紺と蒼から神々しい純白と金へと染め上げられていた。

 限界を超え、オーバーロードした“プラーナ”と魔力の粒子を散らし、蒼光の魔法使いが残像を残すほどの速度で低空を疾駆する。

 ――戦場を先駆け、後に続く者の道を斬り拓く。毎回この役目は変わらないな、と攸夜は追懐し、愉快そうに笑みをもらした。

 

「テトラグラマトン――!!」

 

 聖句を唱え、柄を握る手に力を込める。アイン・ソフ・オウルが形作る大剣の刀身部分を覆うように、蒼銀の刃が産み出された。

 魔力と半透明な結晶体で形成されたそれはあまりにも長大。成長した少年の身長すらも遥か越え、その刃渡りは優に五倍は届くだろうか。

 大きすぎる刃の剣尖が地面に触れ、火花を上げて傷を刻み込む。

 

「全てを断ち斬る無限の光!!」

 

 軌道上の冥魔を結晶の刃で斬って捨て、攸夜は猛火のような覇気を身に纏いアジ・ダハーカに突撃する。

 竜頭の触手が接近を防ごうと幾つもの火炎弾を吐き出すが、そうはさせじと後方から飛来した雷撃や氷結の魔弾が相殺した。

 

「オオオオオオオオ――――ッ!!!」

 

 魔王が、吼える。

 そうしてついに、蒼銀の“獣”が漆黒の魔竜に肉迫した。

 滑り込むように着地した両足が大地を砕く。

 

「アイン・ソフ・オウル――、一刀、両断ッッ!!!!」

 

 裂帛の気迫。疾風が如き速力を乗せた白亜の大剣を全身の膂力を用いて薙ぎ払う。小山のような魔竜の足下で巻き起こる光る風に、断てぬものなどない。

 刃の軌道と暴風のような剣圧に巻き込まれた冥魔諸共、アイン・ソフ・オウルがアジ・ダハーカを真一文字に断ち斬った。

 

「はああああああッッ!!」

 

 そのままの勢いで半回転した攸夜に向かって、雄叫びを上げた命が勇猛果敢に冥魔を蹴散らして突き進む。

 純白の大剣の腹に脚を掛けると、躊躇うことなく駆け上る。

「おおォラアッ!」持ち替えた両手で柄を握り込んだ攸夜が吼え哮り、命ごと大剣を跳ね上げた。

 

「ヒルコオォォォオオオッッ!!!」

 

 上空に投げ出され、アジ・ダハーカの頭上を取った命。大きく振りかぶり、自らの半身の名を叫ぶ。

 主の“プラーナ”を喰らった二振りのヒルコ、その刀身に刻まれたルーン文字か光り輝く。絶え間なく吹き出す閃光によって刃が延びたように見えた。

 解放される古の力。

 振り抜かれる一対の魔剣。

 ――日子(ヒルコ)の白き光と蛭子(ヒルコ)の黒き闇が巻き起こした太刀風が、巨大な魔竜の躯に×字の斬撃を刻み込んだ。

 自由落下する命は、分離したアイン・ソフ・オウルの上に危なげなく着地した。

 

「フェイト!」「灯!」

 

 油断ない足取りで射線から離脱する攸夜と命は、それぞれがそれぞれの想い人の名前を呼んだ。

 返答など要らない。

 心が、絆が繋がっているから。

 天雷が高く掲げられた黄金の光剣に落ち、白亜の巨砲がその偉容を月光の下に曝していた。

 

「全、身、全、霊!!! プラズマザンバーーーッ!!!」

 

 展開した魔法陣の上に立つ金色の戦乙女が肩に担いだライオットザンバー・カラミティの刀身が、万雷のごとき紫電を撒き散らし、爆光を輝かせる。

 唸り声にも似た凄まじい爆音と鼻に突くオゾン臭が満ちていく。

 弾倉に残る全てのカートリッジを炸裂させ、さらになけなしの魔力の全てを注ぎ込んだまさしく全力全開全身全霊のラストアタック。

 その鋭き尖端が向けられしは絶望の化身、山岳よりも巨大な恐ろしき魔竜。

 

「ロングレンジバレル……展開!! ターゲットロック……!!!」

 

 片膝を突いた緋色の魔女が、エンジェルシードの追加パーツ――超ロングレンジライフルの照準器を機械的に覗き込む。

 長い砲塔を支える支柱のすぐ側に展開した魔法陣を起点に、幾重もの光のリングが純白のバレルを取り巻き、甲高い音を立てて光が灯る。

 巨大な冥魔を捉え、弱点を射抜く照準の先にあるのは悪しき存在、黒き“世界”。

 

「ブレイカァァァァァァッッ!!!!」

「……必ず、当てる……!!!!」

 

 振り下ろされる大剣、引き絞られたトリガー。

 裂帛の気合いと共に繰り出された金色の大斬撃が、雷霆迸る極大砲撃となって大地に降り注ぐ。

 純白の砲口から放たれた儚い幻想の如き光条が、紅い夜闇を真っ直ぐ一直線に斬り裂く。

 二条の光が闇黒の巨竜に吸い込まれる。

 一瞬の静寂。

 ややあって、莫大な魔力が膨れ上がり、大爆発を引き起こす。一拍遅れて炸裂音と衝撃波が駆け抜け、天を突くほどの巨大な火柱が高く噴き上がった。

 漆黒の魔剣と純白の魔砲が、最大稼働の可負荷を癒やすように大量の蒸気を排気する。

 

「■■■■■■■――――!!!!」

 

 だが、恐るべき威力を秘めた三重の斬撃と二乗の砲撃に撃ち砕かれたというのに、“災厄を撒き散らすもの”の非常識な生命力は未だ尽きる気配はなく。グロテスクな紅黒い腐肉を盛んに蠢かせていた。

 

「はやて!」「エリス!」

 

 疲れを滲ませた、しかし気丈さを損なっていない表情で振り向く二人のさらに後方――

 七枚の白き“遺産”を眼前に展開させた魔法使いと、豪奢な“魔導書”の頁を開いた魔導師がいた。

 目も眩むほどの魔力を惜しげもなく披露して、出番を待つ姿は如才ない。

 無限光(アイン・ソフ・オウル)の共鳴により転化し、“七罪”から“七徳”と一時的に変じた七色の宝玉が煌々(きらきら)と瞬いた。

 りんっ、と涼やかな音が夜空に響き渡る。粉雪のように透明な白銀色の燐光が、剣十字の魔法陣から深々(しんしん)と舞い降りて。

 “夜天の女王”――はやては瞳を閉じ、極大規模の儀礼魔法を放たんと一心不乱に最後の魔力を絞り出す。黒い三対六枚の翼を広げ、黄金の錫杖を掲げる姿は夜空を統べるに相応しい。

 左手側に浮遊する紅い表紙の書物、夜天の魔導書がひときわ輝く。

 

「大地を司る十六の精霊よ、我が呼び声に答えよ」『宵闇に煌めく明星の主、春風と美と愛の化身よ、ここに集え』

 

 祈り、詠唱し、ささやく。

 一心に念じるはやてとリインフォースの祝詞(のりと)が合わさって、一つのメロディーを紡ぎ出す。

 甘い旋律に誘われて、黄色い光――大地を駆け巡る“精霊”がざわめき、集結を開始する。

 やや上空、斜めに傾いた形で展開した二つの中規模な魔法陣が、度重なる大打撃に凄惨な有様を晒したアジ・ダハーカを取り囲んだ。

 

「其れは小さきもの、自由なもの、力強きもの」『其れは生命と、創造と、根源とを現すもの』

 

 ぽつぽつぽつ……、ピンポン球大の黄色い光の球が順々にはやての周りに生まれては、不規則にゆらゆらと波打って。くるくると円を描く姿は愉快にポルカを踊るよう。

 その数、16。

 遙か空高く、月匣の影響で赤く染められた暗雲のキャンバスに、白銀の光線がおもむろに走る。

 そして、完成したのは巨大な剣十字の魔法陣。

 

『汝ら、今こそ古の賢者の軛を解き放ち――』

 

 16の“精霊”が、次々に天へ、魔法陣へ向けて昇っていく。

 全ての光の球が魔法陣に吸い込まれたのを確認すると、はやてはシュベルトクロイツを両手でしかと握り込み、天に突き出す。

 

「――至れ至高の秘法、大いなる神秘、黄金の太陽!!」

 

 アジ・ダハーカの両側に広がっていた魔法陣から、サーベル状の白銀の光が放たれ、黒い巨体を串刺しにして拘束。

 天蓋にも似た魔法陣が臨界を迎え、強く発光した。

 

「私も行きます! ――アイン・ソフ・オウル!!」

 

 七光を輝かす七枚の“羽根”が、継承者――エリスの声と捧げられた左手に呼応して、次々と天に昇る。

 藤色の宝玉を抱いた“羽根”を頂点に、青と紫が並列、その下に金と緑が直列、橙と赤が末広がりに連結。完成したそれは、Y字を逆さにしたような形の巨大な剣。攸夜が振るった大太刀と基本理念を同じとする、アイン・ソフ・オウルの形態の一。

 雲の合間から降り注ぐ天使の梯子の蜃気楼と、ふわふわと舞い落ちる無数の白い羽の幻影。そして、瞳を閉じたまま、光と羽の祝福を受ける少女。そのあまりにも神々しい光景が、殺風景な廃墟に神秘的な雰囲気をもたらしていた。

 眼前に下ろされた左手に合わせて振り落ちる白亜の巨大剣。

 瞼が悠然と開かれて。つぶらな碧と紅の瞳が、邪悪の化身を映し取る。

 

「――――全てを貫く私の光」

 

 咎を裁き、断罪する天使のように。厳粛な声が紅き闇に響き渡る。

 白亜の巨大剣の尖端から形成される藤色に光り輝く魔法の刃。光刃に宿るのは無慈悲にして苛烈、極大にして無上の力。防ぐことすら許されない、必殺必滅の一撃――

 蒼銀の燐光を散らし、あらゆるモノを貫く“正義”の光が“災厄を撒き散らすもの”を捉えた。

 それと時を同じくして、上空の魔法陣から莫大な魔力が放出され、剣十字の錫杖が振り下ろされる。

 

「砕け、母なる大地の(つるぎ)!! オデッセイッッ!!!」

 

 天空に鎮座する魔法陣から、数百メートルはあろうかという両刃の剣が落下、アジ・ダハーカの巨体に突き刺さる。

 大地の力を凝縮させた巨大すぎる剣から熱く燃え滾るマグマのようなエネルギーが噴出し、アイン・ソフ・オウルから赫耀する“正義”の力を解き放たれ、悪しき竜を貫く。

 常識の枠を遙かに超えた二つの“魔法”がほとんど同時に炸裂。それぞれが別々で放つのとは桁違いの威力を秘めた、完璧な連携魔法だった。

 爆発と閃光が終息していく。

 爆心地では、大量の粉塵が未だにもうもうと立ち上っていた。

 

「やった、のかな……?」

 

 フェイトが色濃い疲労を滲ませた顔でぽつりともらす。病的なまでに蒼白な顔色は、限界まで魔力を使い切った故の弊害だ。

 

「……」

 

 彼女の少し後ろで腕を組み、沈黙する攸夜。普段ならば労をねぎらう一言でも掛けたいところだが、その表情は抜き身の刃にも似て。冷徹な蒼い眼光を大破壊の跡から離さない。

 煙が夜風に流れ、徐々に晴れ渡っていく。

 分厚いベールから暴かれたのは、ブスブスと蠢き続ける醜い腐ったように真っ黒な肉塊。

 グロテスクな肉塊がうねり、泡立つ様は、アジ・ダハーカの衰えることを知らない生命力――“世界”の隅々にまで溢れ、決して消えることのない負の感情を象徴しているかのようだった。

 

「ッ、なんてデタラメっ。あれだけやってまだ動くんか!?」

 

 驚愕するはやて。彼女もフェイト同様、疲労は色濃い。気力、体力、魔力……、どれもこれも軒並み揃って品切れだ。

 その間にも、“災厄を撒き散らすもの”は再生を続ける。

 月匣全域に漂っていた毒々しい瘴気が急速に集まり始めていた。

 

「冥魔の生産能力を、再生能力に変換している……?」

 

 呆然とした様子で灯が言葉を漏らす。苦虫を噛み潰したような表情の命が、再度ヒルコを構える。しかし彼の体力もすでに限界も近く、これ以上の戦闘は無謀だろう。

 闇よりも黒い多量の瘴気が溢れ、意志を持つが如く肉塊に群がる光景は酷く禍々しい。

 場の空気を再び絶望が支配する。

 その時だ。

 

「まだだッ!」

「私たちが終わらせますっ!」

 

 黒い(絶望)を焼き尽くす鬨の声――白い(希望)、生命の煌めき。二対のアイン・ソフ・オウルが黄金の光輝を纏い、継承者(サクセサー)たちの前に展開する。

 奇しくも同じ白い衣装を纏うふたりの魔法使い《ウィザード》。

 放射状に配置された二組の白き“羽根”は、まるで天壌に座し、尽きることなく燃えさかる太陽の光冠(コロナ)。その中心に、幾何学的な三角と七芒星の蒼白い魔法陣が描き出された。

 

「私の光――、もう一度だけ私に力を貸して!!」両手の人差し指と親指で作った三角でアジ・ダハーカを捉えるエリス。双眸が碧紅に染まり、三角の中央に純粋無垢な光が溢れる。

「無垢なる力を――、限り無い光に!!」胸の前に突き出した両手を組み合わせる攸夜。白と黒、正と負の相反する魔力が融合を開始する。

 攸夜の所有する月衣――ウィザードたちが〈EX月衣〉と呼ぶ進化した異能が、その〈真の力〉を解き放った。

 

「闇よりもなお暗き存在(もの)」「光よりもなお眩き存在(もの)

「夜よりもなお深き存在(もの)」「黎明よりもなお貴き存在(もの)

 

 エリスと攸夜が心に浮かぶ言霊を唱える度、アイン・ソフ・オウルの輝きは増していく。解き放たれていく。

 

「「混沌の海よ、たゆたいし存在、金色(こんじき)なりし闇/光の王!」」

 

 絢爛豪華なる黄金の“プラーナ”が迸り、辺り一面をまばゆく染め上げる。

 

「我ここに汝に願うっ」

「我ここに汝に誓うッ」

「我らの前に立ちふさがりし、すべての邪悪なるものにッ!」

「我と汝の力を(もっ)て、等しく救いを与えんことを!!」

 

 紅い夜闇に、黄金の闘気が爆発した。

 

 

 ミッドチルダ、市街地。

 真理の箒(エメス・ブルーム)ゼプツェンの圧倒的なパワーにより、冥魔が跳梁跋扈する戦場を思うままに蹂躙していた“金色の魔王”ルー=サイファーはふと動きを止めた。

 その視線は明後日の方向を――いや、この月匣の中心に向いていた。

 

「ほう……なかなか愉快なことをしているな」

 

 月匣の中心を見つめ、誰ともなく呟く。

 口元を愉悦で小さく歪め、“無限光”との繋がり(ライン)から流れ込んでくる心地よい力と意識に身を任せる。

 二つの毅い希望(ヒカリ)は、彼女に力を貸せと、共に絶望(ハメツ)と戦おうと訴える。――破壊神(シャイマール)の意志たる彼女に。

 

「――いいでしょう、私も力を貸してあげるわ」

 

 言葉遣いを変化させ、ルーはさながら慈母のように微笑む。

 スッ、と天を仰ぎ見る。

 

「さあ――、この戦いの幕を引きなさい!!」

 

 紅き月に吼える美しき魔王。

 その白銀の双眸はまるで(ドラゴン)のように縦に割れ、()()に輝いていた。

 

 

「足を引っ張るなよ、志宝エリス!」

「命令しないでください!」

 

 こんなときでもいがみ合う二人だが、その一方で二人が紡ぐ“魔法”は寸分のズレもなく響き合っていた。

 

「七つの大罪を背負い!」「七つの美徳を成し遂げる!」

 

「「紅き(しるし)は、ヒトの心の善と悪を識る!!」」

 

 朗々と、自身の業を象徴する聖句を唱える二人。合わさる声を契機にして、二組七つの宝玉に時計回りで光が灯っていく。

 

「「ここに顕現せしは――」」

 

 その時、エリスと攸夜、二人の背後に蜷局を巻く巨大極まりない黒い“蛇”の幻影が姿を現した。

 

「「邪悪なる/偉大なる神の御技ッ!!」」

 

 橙、青、紫、緑、赤、藍、金――ヒトの心に燦然と輝く、七つの美徳を象徴する光華が瞬いて。あるいは、ヒトの心の奥底に巣くう七つの大罪をその暗影に秘めて。

 光と闇、聖と邪、善と悪、正と負――

 相反し、決して相容れることのないが故に、移ろいたゆたう表裏一体の概念がここに結実する。

 

「「その黄金の瞳は、この世の真理を射抜く!! ――“七徳”と“七罪”の力を今、ここにッ!!!」」

 

 魔力と喉を振り絞り、シャイマールの後継者は吠え哮る。

 気炎万丈――命の炎を燃やし、心の光を輝かせる二人に呼応して、破滅をもたらす黒き“蛇”が高らかに咆哮した。

 

「「全てを貫く無限の光!!! アイン・ソフ・オウルッッッ!!!!」」

 

 まるで“蛇”がブレスが放ったかのように、臨界点を突破したチカラがついに解き放たれた。

 世界門(ワールド・ゲイト)と化した魔法陣を潜り抜け、異世界の力を取り込んだ蒼銀の奔流に追従し、純白の“羽根”に抱かれた七つの宝玉から七色の光線が溢れ出す。

 ――シャイマールの“力”と“意志”と“魂”が一つとなって、完全なる(アイン・)0《ソフ・》0《オウル》を形作る。

 極大の輝きと七つの煌めきが混じり合い、生じるは虹色の無限なる光。“七徳”と“七罪”――矛盾し、対立するふたつの力が完璧に混じり合い、止揚を遂げたこのヒカリに貫けぬものなどありはしない。

 

「「貫けぇぇェェエエエッッッ!!!」」

 

 紅い世界を絶世に光り輝く七光が駆け抜けたその瞬間――、極彩の極光を放つ“蛇”の鱗が純白に染め抜かれ、(たてがみ)が黄金に変わる。

 絢爛豪華に輝く神聖なる白き“(ドラゴン)”――あるいはそれは、破壊神に堕ちる以前の“シャイマール”本来の姿だったのかもしれない。

 あらゆるものを貫き、あらゆるものを包み込む無限の光が漆黒の冥魔を撃ち抜いた。

 

「“災厄を撒き散らすもの”よ、混沌の闇に還りなさい!! この無限光の中で――――!!!!」

 

 エリスの言葉とともに威力を増した虹色の大規模な爆光の奥から、魔竜の悍ましい断末魔が響く。

 エリスと攸夜、そして“金色の魔王(ルー=サイファー)”によって紡がれた無限光(アイン・ソフ・オウル)のエネルギーは、闇の書の闇を討ち滅ぼした究極の光にも迫る。いや、それを遙かに上回っていた。

 いかな強大な冥魔とは言え、王を名乗れない程度の、その上虫の息なアジ・ダハーカに耐えられるものではない。否、このシャイマールの“光”を凌ぎきれる存在など、主八界全土を見渡しても数えるほどしかいないだろう。

 極大の爆発。置き去りにされた轟音が、僅かに遅れて響き渡る。

 漂う瘴気を巻き込み、漆黒の魔竜を飲み込んだ無限大の虹が光の柱となって天に帰ってゆく。

 強烈な突風に純白の外套を煽られながら、攸夜はゆっくりと左手を眼前に掲げ――――

 

「光に抱かれて、永久に眠れ」

 

 掌が強く握り込まれ、全てが光芒の果てに消えていった。

 

 

   *  *  *

 

 

 月匣が解除され、本来の色を取り戻したセカイ。

 分厚い鼠色の雲はいつの間にか晴れ渡り、紺青の夜空に瞬く星々。そして、静かに寄り添う双月が優しく微笑むように見下ろしていた。

 

「ふぅ……」

 

 大きく息を吐き出して、エリスは女の子座りでぺたんとへたり込んだ。隣に立つ攸夜も滲む疲労の色を隠せない。

 皆、精魂尽き果て限界だった。

 近くには、地面に突き立てた錫杖に寄りかかり座り込むはやてや、“プラーナ”の使いすぎでふらつく命と彼を支える灯の姿が見受けられた。

 

「これでほんとうに終わった……んだよね、ユーヤ?」

 

 振り返り、おずおずと控えめな声色でフェイトは問いかけた。

 遠方では未だ戦闘の音が聞こえるものの、冥魔を産み出す大元が断たれたことで直に沈静化することだろう。

 

「ああ、終わりだよ」

 

 攸夜は笑みを返す。とりあえずはな――そんな、不吉な蛇足はぐっと飲み込まれて。疲れ切っているフェイトを不安にさせたくはなかった。

 事実、返答に安堵の笑みを漏らしたフェイトは、ふらふらと覚束ない足取りで攸夜の胸にぽすっと身体を預ける。

 

「フェイト、疲れたか?」

「……うん、ちょっと」

 

 柔らかなブロンドを指先でやさしく梳かれながら、少女は上目遣いに頷く。

 攸夜に負けず劣らず、フェイトも強敵との激戦に次ぐ激戦を潜り抜け疲労困憊を極めている。

 誰よりも大好きなひとに抱き留められ、彼の匂いに包まれている安心感も合わさって意識は薄れていく。

 

「なら、少し眠るといいよ。……俺が傍にいてやるから」

「ん……」

 

 ふと穏やかな微笑みを見せて、フェイトは瞼をゆっくり落とす。疲労による眠気に抗いもせず、そのまままどろみの底に沈んでいく。

 僅かも立たないうちに彼女は眠りに落ちた。

 

「おーおー、さっそく見せつけてくれちゃてまあ」

 

 茶化しつつ、はやてが苦笑する。だが、その言葉に悪意は感じられない。

 乳飲み子のように安心しきった表情ですぅすぅと寝息をたてる幼なじみを、微笑ましく見守っていた。

 

「……でもま、こんだけ戦ったんは6年ぶりやしな、私もフェイトちゃんも」

 

 一瞬、きょとんとした攸夜。すぐさま復帰すると、呆れ混じりにため息をこぼした。

 

「なんだお前ら、怠けすぎだぞ? 第八世界(ファー・ジ・アース)じゃこんなの日常茶飯事だってのに、なあ?」

 

 同意を求めるように、周囲の同郷人たちを見回す。

 

「そ、そんなことない……よね?」

「そうね、このレベルの事件ならだいたい月に一度くらいよ。それが普通だわ」

「元一般人から言わせてもらうと、ぜんぜん普通じゃないから勘違いしないようにね?」

 

 困った顔で助けを求めるエリス、淡々と事実だけを述べる灯、常識的なフォローを入れて締める命。

 三者三様、それぞれらしいリアクションだった。

 

「はぁ~、よーわからんけど、難儀なとこやなぁ」

 

 はやての気の抜けたセリフは投げやりで。錫杖にもたれかかり、だらけきった姿はどこか笑いを誘う。

 

「う、ウィザードは常識に捕らわれちゃいけませんっ」

「いや私、魔導師やし」

 

 エリスの天然っぽい発言に空気がついに弛緩して。

 ややあって、誰かが吹き出す。それを合図に穏やかな笑い声が弾け、響き渡っていく。

 

 ――――月と星が煌めく満天に透き通った夜闇は、どこまでも、どこまでも続いていた。

 

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