魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

39 / 62
しゃーぷ4

 

 

 

 ――夏。

 夏と言えば、海。そう海である。

 白い砂浜、青い海原、天空から燦々と降り注ぐ太陽光線……そして何より水着。女の子の水着である。

 もはやお約束を通り越して、古典芸能の域に達しているイベントだといえよう。

 故に、スルーなどあり得ないだろう、常識的に考えて。

 

「あ”ーー、空が青くて綺麗だなぁ……」

 

 澄み渡った青い空が視界いっぱいに広がっている。ギラギラと照りつける太陽は忌々しいほど。

 熱くて頭が溶けそうだ。このまま放置されれば日射病になりかねまい。

 しかし、我が身は動かない。

 何故なら首から下が砂の中に埋まっているから。

 寝そべってるんじゃなく、文字通り埋まっている。これではさすがに抜け出せない。いや、力づくならよゆーだけどさ。

 

「あちー……」

 

 ジリジリと天頂で痛いほどの日差しが不意に遮られた。

 影を作り出した主は、羞花閉月の女神。垂れ下がる金砂の髪を耳元で掻き上げる仕草がひどく艶やかだった。

 

「だいじょうぶ、ユーヤ?」

 

 黒い紐で吊った白いセパレートのビキニが、シミ一つない白く透き通る肌を慎ましやかに隠している。だが、決して生地の面積が少なすぎるわけじゃないし、彼女の美しさを損なっていない。

 すらりとした長身、美しいラインを描く豊かな胸、絶妙にくびれた腰、引き締まった太股、キュッと細い足首――芸術品とも言えるプロポーションを誇る肢体が、あまりにも肉感に溢れているだけ。薄く汗ばんだ玉の肌と相まって、破壊的に艶めかしい。

 露出は少ない方が好み――そんな些末事など、一瞬にして彼方に吹き飛ぶほど彼女は綺麗だった。

 

「ああ――、フェイトの方がもっと綺麗だ」

「~~っっ!? あ、あり、ありがと……」

 

 きらきらと光るような――事実、ブロンドが日の光を反射して黄金に輝いている――美少女がたおやかにはにかむ。

 この、まるで淑やかな白百合の笑顔が見れただけで、今までの苦労が報われた気がした。

 まさに男子の本懐っっ――とまあ、感無量な気持ちはさておき、だ。

 

「とりあえず、ここから引っ張り出してくれない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

  しゃーぷ4 「とある魔法使いと魔導師の休日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は7月下旬。

 処は日本某所のとあるビーチ。ほど近いいくつかのロッジを貸し切っての夏合宿――もとい、バカンスである。

 7月下旬と言えば世間様は夏休み真っ最中。全国の学生たちが待ちに待った夏の長期休暇、現役女子中学生であるフェイトたちも当然、休暇の真っ只中。

 で、どうするのかと予定を聞いてみたらどうだ、今まで管理局の仕事で潰れてしまうことがほとんどだったと言うじゃないか。学生にはあるまじき非常識な回答に、表情筋が引きつったのを覚えている。

 いくら時空管理局が人手不足で忙しいからって、十代の若い青春をそんなことに費やすとは何事かと軽く説教を垂れてやり、あらゆる手段――主に裏工作と袖の下――を尽くして身内全員のスケジュールを確保し。計画立案折衝その他諸々を整えて、この小旅行をセッティングしたというわけだ。……まあ、俺自身に邪な思惑があったことも否定しないがな。

 ユーノやクロノさんから「仕事が忙しい」という抗議の声が上がったが、「気になる()の水着姿を見れるまたとないチャンスだけど?」と一言言ってやったら主張を転じた。まったく、男どもときたらわかりやすくて助かります。

 女性陣は初めからみんな概ね賛同してくれて、特にフェイトはかなり乗り気だった。どうも前々からこういうことをしたかったらしい。

 

「天気、晴れてよかったね」

「ああ、海に来たのに曇り空なんて最悪だもんな」

 

 砂まみれの青いアロハシャツを羽織直し、浜辺に敷いたレジャーシートにだらりと足を伸ばして腰を落ち着ける。

 すっかり慣れた様子で、俺の隣に女の子座りするフェイトにオレンジジュースのプルタップを開け、手渡した。

 クーラーボックスから持ち出したそれ は、しっかり冷えてキンキンだ。

 

「ありがとう」

 

 微笑むフェイトに笑いかけ、自分のコーラも同様に開ける。

 プシッ、と炭酸の抜けた音が夏らしく爽やかで。

 

「海、きれいだね。海鳴で見るのとはぜんぜん違う……」

「一応、南国だからな。さすがに向こうとは違うさ」

「うん。……連れてきてくれて、ありがとね」

「どう致しまして」

 

 この何とも言えない雰囲気を助長するべく、フェイトの腰に手を回して引き寄せる。彼女は頬を薄く紅潮させるが、嫌がる素振りもなく俺の肩に頭を預けた。

 はぁ……顔、ちっちゃいなぁ。

 さざめく潮騒、遊びに興じる黄色い声――と、不意にフェイトは眉をわずかにひそめた。

 

「ユーヤの身体、傷がたくさん……」

「ん、あぁこれ? これは戦傷だよ、戦傷。大きいものならともかく、この程度じゃあな」

 

 破壊するのは得意だけど、治癒とか創造は苦手だ。リソースを無駄に食うから、致命傷以外は放置して自然治癒任せ。ま、何せ俺は“魔王”で、なおかつ生き汚いからな。

 そんな意味も込めて、心配するなと笑ってみせたのだが、紅玉の瞳には曇りが浮かぶ。

 この感情は――悲しみ?

 困惑を余所に、フェイトの白魚の指先が塞がって色の変わった傷跡を愛おしそうになぞる。触れるか触れないか、微妙な優しい手つき。だが、しっとりすべらかなの肌の感触を確かに感じて、体温はやにわにボルテージする。

 ちょっ、まっ……!? 背筋がゾクゾクするからやめてっ!?

 

「あ、あー……、ふぇ、フェイトは海で遊ばないのか?」

「うん、遊ぶよ。……でも今は、ユーヤといっしょがいいな」

 

 静かにはにかむ我が麗しの姫君。頬を薔薇色に染めた表情は愛しくも愛らしい。

 

「そ、そうか」

「そうだよ、ふふっ」

 

 ……っ! 無邪気な微笑みに、鋼を誓った理性が悲鳴を上げる。やっべー、何この娘天然で魔王(おれ)にニコポしてくるんですけどっ!?

 これはマジで洒落にならないと即断即決、傷を触れていた彼女の手を強引に取り、指を絡ませた。

 一瞬、びっくりしたように目を見開いたフェイトは、すぐにギュッと握り返してくれた。

 さすがにここひと月半の間イチャつきっぱなしだったからか、この程度ではドギマギしないらしい。けれどもそうなると、この筆舌にしがたい美しさに直撃されるわけで。

 水着姿の彼女はとても扇情的で、魅力的だ。こんなの他の奴には見せられない――いや、見せたくない。……最近、自分の独占欲や所有欲が人並み以上に強いことを確認した次第だ。

 俺が“シャイマール”だからだろうか? まぁそれを矯正する気など毛頭ないが。

 

 再び混雑し始めた思考を紛らわせようと、視線を漂わせる。

 波打ち際で、なのは、アリサ、すずか、はやてとちびっこ――ヴィータがバレーボールに興じていた。あとなんか、ユーノのヤツもナチュラルに混じっているが。

 ちなみに、なのはの水着は桃色のシンプルなセパレートビキニ、アリサは、オレンジのビキニトップとショートパンツタイプのボトム。すずかが紺のワンピースタイプで、はやてが黄緑色のパレオスタイル――まぁ悪くないが、フェイトのかわいさに比べれば塵芥(ごみあくた)だな。……ちびっこの格好? 見た目相応、フリル付きの赤い女児用水着だよ。

 ちなみに、ユーノは短パンタイプの白い水着とライトグリーンのパーカーで、俺の方は七分丈の青い水着に前述のアロハシャツという出で立ちである。

 つーか、肌白いなぁユーノのヤツ。そんなもやしっ子だから女の子みたいだ、ってからかわれるんだぞ? あとで少し扱いてやるか。

 遠泳しているアルフとザフィーラ、シグナム。ビーチパラソルの影で休んでいるクロノさん、エイミィさん、リンディさん。砂の城を建設中のリインフォース姉妹とシャマル――その他の面々もそれぞれ、思い思いの方法で羽を伸ばしている。

 まったくの余談だが、クロノさんとエイミィさん、来年結婚するそうだ。クロノさんにプロポーズについて相談されたから知っている。フェイトにはまだ内緒、だとか。

 とまぁ、夏を満喫する連れの姿に、企画した甲斐があるってもんだと目を細める。じっと見過ぎて、視姦してると勘違いしたフェイトに頬をつねられたが。鼻の下なんか伸ばしてないって!

 

「――しっかし、わりと酷い目に遭った。生き埋めに遭うのは二度と御免だな」

「あれはユーヤが悪いんだよ。自業自得だよ」

「あんなのただのイタズラじゃないか」

「ふぅん……ただのイタズラ、ねぇ?」

 

 冷ややかな声をに背を向けば、いつもの腕組みポーズで“ゴゴゴゴゴ……”と効果音とエフェクトを背負った銀髪の魔王がいた。

 とりあえず、こうリアクションしておこう。

 

「げぇっ、ベルっ!?」

「ふん、ご挨拶じゃないの」

 

 俺を生き埋めにした張本人、紺の競泳用水着を着たベール・ゼファーだった。

 

 生き埋めにされた、というかそれ以前に彼女がここにいる経緯を説明しよう。

 姉さんとエイミーは元々来る予定だったのだが、どこから聞きつけたのかベル一味とパールまで参加をねじ込んできたからさあ大変。ルー姉さんだけでも守護騎士連中(ヴォルケンリッター)と折り合いが悪い――これは俺もだが――って言うのに、ベルたちまで揃ったら収拾がつくわけがない。姉さんたちは現地集合にして、移動中にフェイトたちと顔を突き合わせないように配慮したわけだ。

 んで、無駄に手間をかけさせられた意趣返しに、ちょっとしたイタズラでベルに黒スク――胸の名札に「べる・ふらい」と手書きしてやった――を用意したら、ブチギレた。いや、正確を期すなら文句を言いつつも着てきたので「幼児体型だからよく似合ってるな」と感想を述べたらキレられたのだ。

 そりゃあもう、久々に命の危険を感じたさ。今着ている水着は、どうやら自分の魔力で編み直したものらしい。

 生き埋めにされる間際、「死にさらせええええええっ!!」というドスの利いた声が耳に焼き付いている。…………あれ? なんかドデカい金ぴかハンマーで殴られたような記憶が……。

 

光となれ(マルティーク)でも懲りないだなんて、雷神王結界(ライジンオー)をお望み?」

 

 やっぱりお前の仕業か! ――って、おいっ!

 

「ちょっと待て、それどっちも第一世界(ラース=フェリア)の魔法じゃねぇか! お前、〈空〉属性ついてないだろっ!?」

「一回こっきりのギャグ時空だからいーのよ」

「いいわけあるかっ! 大体、何でお前らまで来てるんだよ」

「それは……っ、あ、アゼルが、海で遊びたいってうるさいからさ。連れてきてやったのよ」

 

 気まずそうに視線を逸らすベル。その先には、砂の城造り組に参加したアゼルの姿が。例のいろんな意味でアウトな“普段着”で。

 というか無駄に上手いな。すごく精巧かつ精密な天守閣が見えるんですけど。

 

「はぁ……さいで」

 

 それからリオンは木陰で読書。エイミーを伴った幼女モードの姉さんは、デッキチェアに寝そべってカクテルを含んでいる。お、テスラが表に出てきて砂遊び組に合流した。さらなる大作は確定だな、こりゃ。

 ……うん? 一番の要注意人物(トラブルメーカー)が見あたらないな。

 

「なぁベル、パールは?」

「あそこ」

 

 呆れ顔でベルが顎をやって示すのは、サーフボード型“箒”〈ライダーブルー〉に乗って、無邪気にはしゃぐ金色ツインテール。水のマナが豊富なこの海辺ではさぞや飛びやすいことだろう。

 おお、なんとも見事なキックバックドロップターン。パールめ、なかなかやるじゃないか。

 

「なんだか楽しそうだね~」

「何ならフェイトもやってみる? I can't fly、ってね」

「えっ? “私は飛ぶことができません”……? えっ?」

 

 きょとんとするフェイト。ニヤリと不敵に笑み、俺は立ち上がると月衣の中からお目当てのものを引き出す。

 ズズズ……、と空間を割り裂いて現出した白と青のツートンカラーで染められたサーフボード型“箒”の先端が、ザクッと白い砂に刺さった。

 

「あんたも持ってんのね、ソレ」

「市販の“箒”ならだいたい全種類持ってるのさ」

「あっそ」

 

 興味なさそうにつんと澄ましたベルを一瞥し、座ったままのフェイトに向き直る。

 

「……?」

 

 俺はまるで騎士のように大仰に膝を突き、永遠の愛を誓った姫君に左手を差し出した。

 純潔のお姫様はすぐに意図を呼んでくれ、微笑んで俺の手を取る。

 視線が数瞬交差して――

 

「それじゃ、さっそく行こうか? せっかく海に来たんだから思いっきり遊ぼうな」

「うんっ!」

 

 溌剌な、大輪の笑顔を咲かせたフェイトを伴って、俺は真っ青な海へと歩を進めた。

 

 

   *  *  *

 

 

 疲れ果てるまで遊んだあとは、浜辺で夕食のバーベキュー大会。

 準備から調理まで、ほぼ俺ひとりで――主催(ホスト)客人(ゲスト)をもてなす立場なのだから当然だ――用意した肉や野菜の焼き加減を見たり、鉄板で焼きそばを作ったり、予め作っといたカレーをよそってやったりと大忙し。大所帯の上、食い意地の張っている連中(まおーさま)が傍若無人に振る舞い、夕食の場はまるで戦場だ。

 人数の三倍強は用意していたはずの食料は、遊び疲れた腹ぺこ怪獣の群れに襲われて、その胃袋の中へと瞬く間に消えていく。

 原因は知らないが、フェイトとベルとパールが張り合って大食い対決してしたな。

 ちなみに大差を付けてベルの勝ち。さすが“暴食”の魔王である。悔しがるフェイトはとてもかわいかった。

 

 さておき、日も落ちきって夜。

 男子用に借りた少し小さめのログハウス風ロッジ、そのラウンジにて。

 

「ところでユウヤ、よくみんなの都合を合わせられたね。いったいどんな手を使ったのさ?」

 

 俺の持つ四枚のトランプを真剣な眼差しで窺うユーノが言う。

 彼の手札は二、対してこちらは四。その上、一枚には自転車に跨った道化師――つまりジョーカーが入っていた。いささか不利な戦況と言える。まあ、だからこそ燃えるんだが。

 

「管理局のお偉いさんとは()()にしてるからね。それでちょっと交渉して“願い”したんだよ」

 

 ジョーカー持ちだということなど露とも見せず返答。表情はポーカーフェイス、視線だけはあからさますぎるくらいババに向けて。

 さんざん悩んだあげく、ユーノは“見せ餌”にまんまと引っかかってくれた。頬がひくつく。

 裏を読み過ぎたのが敗因だね、ユーノ君?

 

「交渉、か」

 

 さも胡散臭いとクロノさんが呟く。一瞬だけ俺に向けた目線は、ユーノのカードに移った。

 先ほどの様子からユーノの手にジョーカーが移動したのを理解したのだろう、警戒心が見え隠れしている。

 

「……む」

 

 トランプに興じる最後の一人、ザフィーラも固唾を飲んで動向を観察している。仮にババが引かれた場合、次はザフィーラの番だものな。

 

「そういった行為を職権乱用、越権行為と言うんだが。……しかし、君の動向は本当に読めないな。そもそも、そこまでコネクションを築いて何を企んでいる?」

「企んでいるなんて人聞きの悪い」

 

 扇状になったユーノの持ち札の上を行ったり来たりする指先。クロノさんの手持ちは四枚、目下最下位だ。

 俺が管理局の上層部と繋がっていることは、仲間内では公然の秘密と化している。最高評議会については漏れてないし、もともと隠しちゃいないがな。

 

「仮にも提督のクロノさんですから、近い内に耳に入るとは思いますけどね。まあ、一言で説明するなら……管理局が患う慢性的な人手不足の解消、かな?」

「人手不足の解消? ……そういえば、近頃開発局がデスマーチを敢行していると噂で聞いたが」

 

 言いながら、クロノさんがカードを引く。すると、呆れ顔がやにわに固まった。文字通り、面白いくらいに表情がフリーズしている。……ふむ、ババを引いたか。

 

「次は俺か」

 

 空気を察したザフィーラが、渋い声を発する。眉間に皺を寄せ、厳つい顔を歪めた。こう、マッシブで男らしい感じは憧れるよな。

 武人肌で硬派なザフィーラは、。曰わく「」。質実剛健である。

 まあ、それを言ったら人斬り(シグナム)とは仲良く斬り合う(模擬戦する)関係でそれなりに良好だから、。

 

 閑話休題。

 ふと外に人気を感じて、視線を送る。紺色の夜闇の奥に茶色のサイドテールが踊るのが見えた。あれは……なのはか?

 なのはらしき人影は、そのまま海の方に歩いていく。アイツはフェイトたちと一緒に女子用の大きいロッジ――レンガ造りの豪華なもの――に宿泊しているはずだ。ちなみに、姉さんたちはそれぞれ自分の月匣に引っ込んでもらっている。混ぜるな危険が多すぎるための苦肉の策だ。

 しかし、夜更けというにはまだ浅い時間だが、年頃の少女がひとりで出歩くというのはいささか具合が悪い。

 それに――

 

「ユウヤ、君の番だよ?」

「悪い、俺ちょっと抜けるわ」

 

 返答を待たず、俺は席を立つ。足早に外へと繋がる両開きのドアに近寄り、ドアノブを捻る。

「え、ちょっ、ユウヤ!?」ユーノの戸惑いの声が背後で聞こえた。

 

 

 砂浜。頭上では、邪魔をする人工の光源がない澄み切った濃紺色の空に散りばめられた無数の星々が、存分に輝きを誇っている。

 満天の星空は、いつかサバンナで見上げたそれにどこか似通っていた。

 白い砂に足跡を残し、俺は体育座りをしているらしいサイドテールの少女に近寄る。気配は消して、足取りは自然に。

 

「なのは」

「ふにゃあっ!? ――って、攸夜くん?」

「おう。隣、いいか?」

「あ、うん」

 

 お許しが出たので隣に腰を落とす。片足を軽く投げ出した緩い格好でだ。

 

「どうして、ここに?」

「なのはが出て行くのを偶然見かけたんだ。こんな時間に、女の子の一人歩きは感心しないな」

「そう、だね……」

 

 生返事からの沈黙。

 あまり気持ちのいい性質のものじゃないが、黙って聞き手に回ることを選ぶ。きっと、ここが“彼女”のターニングポイントになると思ったから。

 煌めく星を見上げ、気まずい間を潰す。

「あっ」なのはが突然、声を上げた。

 

「ねえ、攸夜くん。こうやってふたりだけでお話するの、はじめてじゃない?」

「そうだっけ?」

「そうだよ。だってあのころは、いつも誰かといっしょだったもん。……学校だとアリサちゃんとすずかちゃん、ジュエルシードを探しているときはユーノくん」

 

 彼女は当時のことを思い返したように、クスクスと楽しげに語る。あの無邪気でいられた頃を思い出しているのかもしれない。

 

「それに、フェイトちゃんが来たあとなんて、攸夜くんずーっとフェイトちゃんにつきっきりだったし?」

「……悪いかよ」

「ううん、悪くないよ。……あのころからフェイトちゃんのこと、好きだったの?」

「まあ、な。たぶん一目惚れだった」

「そっか、やっばりそうなんだ。昔から美人さんだったもんね、フェイトちゃん」

 

 図星を突かれて顔が僅かに熱を持つ。暗がりのおかげでなのはには気づかれないだろうが。

 にこりと小さな、包み込むような笑み。なのはのこういうところは本当に変わってない。昔のままだ。

 ……。一拍置いて、俺は秘書官代わりを務める“知恵者”から受けたとある報告について切り出す。

 

「教導隊、除隊したんだってな」

「……うん」

 

 途端に、なのはの表情に陰りが差した。まるで仰ぐべき太陽を失った向日葵のように。

 なのはが受けたのは、正確には不名誉除隊――有り体に言えば処分だ。

 謹慎中の無断出撃、および戦闘行為、それは確かに処分されて然るべき行いだった。組織の規律に例外はない。時空管理局という巨大すぎる機構を運営する上でならば尚更である。

 なのはの友人として思うところがないではないが、俺が上層部と同じ立場でも同様の沙汰を下しただろうな。

 

「あのね……私、管理局のお仕事、しばらく……、高校を卒業するまでお休みしようと思うんだ」

 

 絞り出すような声。その内容は、意外なものではなかった。

 

「休職?」

「……うん。リンディさんとクロノくんと、それからレイジングハートに相談して、決めたの」

「どうしてか、理由を聞いてもいいか?」

 

 こくん、と肯定の頷き。無言で続きを促す。

 

「きっかけはベル……さんにね、言われたこと。私が、殺す覚悟も死ぬ覚悟もない、分不相応な力を手に入れて粋がってる小娘だって」

「職務理念的に警官に準ずる管理局員に、殺す覚悟なんて的外れな指摘だろ? そんなもの、ベルの戯言じゃないか」

「そうだね。そうなんだけど……でも、私個人として、魔導師として――“魔法”を使うひととして、“誰かの命を奪ってしまうかもしれない”って考えることは、たぶん必要だよ」

 

 言葉の意図が読めず、思わず怪訝な表情をしてしまった。

 だがなのはは俺の態度に嫌な顔一つせず、言葉を続ける。

 

「ヒトって、簡単に死んじゃうんだよね。それが魔法だったらなおさらで……知ってた? 非殺傷魔法だって、当たりどころが悪かったら命を奪っちゃうことだってあるんだよ?」

 

 それは実体験か、それとも教導官としての知識か――たぶん後者だろうな。でなければ、こんなに無垢ではいられない。

 

「知ってるつもりだった。頭ではわかってるつもりだった。自分がしてることは、命のやりとりなんだって」

 

 悲痛な独白が訥々と続く。

 

「……管理局のお仕事をお休みする、ってお母さんとお父さん……家族に打ち明けたときね……、泣かれちゃった。私が決めたことだから今までなにも言わなかったけど、ほんとうはすごく心配だったんだ、って。そんな心配かけてたなんて、私知らなかった……。バカだよね。一度大けがしたのに、ぜんぜんわかってなかった。ユーノくんを傷つけるまで、わかってなかった……ほんと、バカだよ」

 

 膝をギュッと抱えたなのはの姿は、普段よりもずっと小さく見えた。

 

「だからね、少しの間“魔法”から離れてみて、自分とかいろんなことを見つめ直してみようって思うんだ。……いまでも、空を飛ぶことも、帰ってくる場所のことも好きだけど――そんな独りよがりな理由じゃなくって、もっとちゃんとした“戦う理由”、見つけたいから」

 

 戦う理由、か――なのはには、ちゃんと初めからあると思うんだけどな。いや、見失ってしまったのかもしれない。

 しかし、コイツは――

 

「なのは」

「えっ?」

 

 まるでこの世の終わりを見たような顔をする幼なじみに、デコピンを食らわせてやった。魔力強化したキツーい奴を、だ。

 

「い、いきなりなにするの~っ!?」

 

 涙目を白黒させるなのは。真っ赤になったおでこをさすっている。俺から庇っているだけかもしれないが。

 微笑ましい仕草だとも思いつつ、呆れた風を装ってため息を吐く。

 

「なのは、お前はいちいち生き急ぎ過ぎなんだよ」

「生き急ぎ、すぎ?」

「俺たちは今いくつだ? 十五歳だ。まだ二十年と生きてない半人前のガキだよ」

「それは……そうだけど」

 

 俺の言に不服そうな顔をするなのは。子ども、半人前と評されて気に食わないのかもしれない。

 

「そういうリアクションするところが子どもだって言ってるんだ。――いいか、なのは。お前が今までずっと突っ走ってきたこと、それはたいしたもんだと思う。尊敬するよ」

 

 投げ出していた脚に力を込めて、立ち上がる。

 パンパンとついた砂を払い、ポケットに両手を突っ込む。それから、満天の星を仰ぎ見た。

 

「だけど、だからこそ、今は休むべきじゃないのか? 時々立ち止まって、振り返って、何かに躓いて、たまには道草食ったりして……それが、人生ってもんだろ? 生きることに答えなんてないし、近道なんて以ての外さ。一歩一歩、確実に堅実に進むしかないんだよ、きっと」

 

 星空から視線を外し、なのはを見やる。

 膝の間に顔を埋めた彼女は、俺を見上げると困ったように作り笑いを浮かべた。俺の話にピンと来ていないのだろう。

 

「むずかしい、ね……」

「難しいよ。けどな、無理に正解を求めようとするから間違うんだ。だから、気負ったりしないでゆっくり考えろ。時間は無限じゃないけど、少なくとも俺たちにはたくさんあるんだから」

 

 なんか説教みたいで決まりが悪いな……言いたいことが伝わっていればいいんだけど。

 ふと遠くから声が聞こえる。「なのはー! どこー!? 返事してー!」わずかに焦りを帯びた声の主は――フェイト。きっと、姿の見えない親友を心配して飛び出してきたのだろう。

 

「……我らがお姫様のお呼びだ。そろそろ戻ろうか」

「そうだね。……フェイトちゃんがお姫さまなら、私はなにになるの?」

「なのはなんてお節介な妖精で十分だ。あるいは喋るオウムな」

「ちょっと、それってどういう意味なのかお話聞きたいなー。――って、あっ、待ってよー」

 

 むくれるなのはをほっといて、足を踏み出す。有り体に言えばとんずらである。

 ぷんすか怒れるイノシシ娘に構っていたら大けがをしてしまう。ま、結果的には明るくなったみたいでよかったのかもな。

 なのはなら、きっと大丈夫。

 今は迷っているかもしれない。けれど、いつか必ず“答え”を掴む日が来るはずだ。

 ――――何せなのはには、どんなことにも挫けない“不屈の心”が宿っているのだから。

 

 

   *  *  *

 

 

 祭り囃子の太鼓の音。ドンドンカラカラドンカララ、小気味いいリズムが提灯の光に照らされた夜闇に響く。

 いくつもの露天が軒を連ね、店主が活気のいい文句でお客を呼び込む。小遣い片手に目当ての出店へと走る子どもたちの姿が微笑ましい。

 ここ、臨海公園で開催された夏祭りには、海鳴市で最大級の規模とあって市内各地から集まった人々で溢れかえっていた。

 “袖”の中に左腕を仕舞い込み、にぎやかな喧噪を眺める。残った右手は顎をさすってみたりして気分は雅な浪人風だ。

 やはり祭りはいいなー、ワクワクする。この独特な高揚感、他のことではなかなか味わえない。思わず高笑いしたくなる――っとと、いかんな、日本人の血が滾りすぎて変なスイッチが入りそうだ。

 

「遅いね、なのはたち」

「何を言うのかねユーノ君。古今、女の子の準備は時間がかかるんだよ。男は黙って待つもんだ」

「そうなの?」

「そうとも」

 

 ユーノが漏らしたぼやきをピシャリと切り捨て、オレ流のダンディズムを布教してやる。コイツ、イマイチ自覚が足りてないからな。

 かれこれ四半時ほど立ちっぱなしで疲れてるのか、あるいは想い人の晴れ姿を目にするのが待ち遠しいのか。まあ、その気持ちもわからなくもないけどさ。

 

「それにしても、賑やかだね」

「だな」

「こうしてると前に、ユウヤと来たときのことを思い出すなぁ」

「お前さん、よく覚えてるね」

「大事な親友との大切な思い出だからね、当たり前だよ」

「…………こっぱずかしいことを真顔で言うんじゃねーよ」

「あはは、照れてる照れてる」

 

 っち、このラブコメ体質め。俺のフラグは、そう簡単には立たせてやらないんだからねっ!

 

 ――そんな感じでじゃれ合う俺たちは、どちらも夏祭りの場に相応しく浴衣姿だ。

 俺は濃紺無地の着物に枯れ草色の帯、ユーノは端に唐草模様の入った若草色の着物と白い帯の組み合わせ。自分のは言うまでもないが、ユーノの着物を着付けたのも俺だ。浴衣は男女問わず、羽織袴や振り袖の着付けも一通りこなせる自信がある。……女性物の着付け方を覚えた理由が「脱がした着物を直せるように」、というのはここだけの秘密だ。

 

「んっ、来たみたいだな」

「あ、ほんとだ」

 

 少し遠く、公園の入り口辺りでぶんぶん元気よく手を振る浴衣美少女一号。

 ほとんど白に近い薄紅色の生地に、桜の花びらを模した柄が散りばめられた女の子らしい浴衣。帯に鼻緒、小物入れの鮮やかな(くれない)が彼女――なのはの溌剌としたかわいらしさを現しているかのようだ。

 彼女の艶姿に当てられたらしいユーノが、表情をデレんデレんに崩壊させて手を振り返している。

 

「鼻の下が伸びてるぞ、ユーノ君」

「ええっ!?」

「手で隠すなよ。――しかしいいよなぁ、着物って。色っぽいし、何より()()()()()んだぜ、あれ」

「うん、は《・》()()()()んだよね、あれって。……僕、実はあんなに肌を隠しちゃうのはどうかなってバカにしてたんだけど、案外そうじゃないことを思い知ったよ」

「ユーノは即物的だなぁ。露出が少ないからこそそそるんだろ」

「それは同意できかねるかな。健康的に肌が見えるからいいんじゃない」

 

 眼鏡をクイッと上げ、あまつさえレンズを光らせてまで力説するユーノ。ぬ、この件については後ほど討論を重ねるべきか。

 俺らの性癖についての(わいだん)はさておき。俺の目当ては当然のごとくなのはの後ろに隠れるようして控えるお嬢さんだ。……隠れる? 何でさ?

 カランカランと下駄の音を響かせて、浴衣美少女たちが近づいてきた。

 

「ごめんね、久しぶりにお着物の着付けしたから手間取っちゃって。……待たせちゃったよね?」

「うん、30ぷモッ!?」

「いやいや、俺らも今来たところさ」

 

 すまなそうな表情で手を合わせるなのはの謝罪。素直すぎる返答をしかけたユーノの口を手で塞ぎ、代わりに爽やかな笑顔で返す。

 不心得者には念話で《余計なこと言うんじゃねーよ》と釘を刺しておいた。

 なのはが不思議そうに小首を傾げ、「そうだっ」と振り返った。

 

「ほらフェイトちゃん」

「ぅ、うん……」

 

 ニコニコ笑顔のなのはに促され、彼女の影からおずおずと進み出る浴衣美少女二号。白い花火の模様が入った藍染の和服に、帯は青というよりは蒼。小物入れと鼻緒が山吹色という出で立ちは、彼女――フェイトの落ち着いた、それでいて可憐な雰囲気によく合っている。胸が大きいと着物が似合わないというのは定説だけど、この愛らしい娘には当てはまらないらしい。

 その中でももっとも目を惹くのは髪型だろう。普段はリボンで先を結っている黄金色の長髪を、今は後頭部でシニョン風に纏めている。着物の襟元から白いうなじが露わになっててすごく色っぽいぞ、うん。

 後に聞いた話だが、この髪型はルー姉さんの入れ知恵だとか。さすがは姉さん、俺の好みを把握してらっしゃる。

 

「フェイト、どうして隠れてたんだい?」

「だ、だって……! こういうの、久しぶりだから……」

 

 ユーノの至極真っ当な問いに、フェイトはもじもじと突き合わせた指先をいじり、どもる。軽く紅潮してどこか恥ずかしげだ。

 なのはに「そうなのか?」と疑問を投げかけると、彼女から「うん」と苦笑気味に答えが帰ってきた。

 

「フェイトちゃんがこっちに越してきてはじめての夏以来、かな? そのあとは、いろいろあったから……」

「……毎度イベントがある度に思うが。お前たちは一体どういう学生生活を送ってきたんだ?」

 

 頭痛が痛いので、眉間を親指と人差し指で押さえてみた。「自覚はしてるよー」となのはがさらに苦笑いを深める。

 

「ゆ、ユーヤ……?」

「うん? どうした」

 

 瞳を潤ませ、惚けたような表情で上目遣いに見上げてくるフェイトが、おずおずと俺の名前を呼ぶ。いつものごとく、間延びしたイントネーションで。

 

「えと……、あのね、私、変じゃない?」

「変? 何がさ」

「私の、格好……」

 

 消え入るようなフェイトの声。格好……つまり、浴衣が似合ってるかどうか聞きたいのか。

 しょうがないな、と内心で独り言ち、俯きがちな彼女の頤おとがいにそっと手を添えて顔を上げさせる。そのまま怯えの浮かぶ紅玉の鈴を割ったような瞳を、出来る限り真剣な顔でじっと覗き込む。サッと白い頬が薔薇色に染まった。

 

「変なところなんてあるもんか。よく似合ってる。浴衣姿の君もすごく綺麗だよ、フェイト」

 

 我ながら歯が浮くようなセリフだけど、そこに込めた気持ちに嘘はなんてない。

 それはちゃんとフェイトにも届いたようで、すっかり機嫌を持ち直した彼女はふんわりと嬉しそうに微笑んでくれた。

 キスの一つも落としてやりたいところだけど、場所が場所だ。今夜は自重しよう。

 しかし、海に行ったときはこんな風じゃなかったのに。……慣れない格好やシチュエーションが不安だったのか? やはりというか、まだまだ精神的に不安定なところが目立つ。真っ直ぐぶれない芯は通っているのに、簡単に折れて潰れてしまう――そんな彼女を支え続けようと、改めて誓う。

 かれこれ何度目かの意思表明を終えた俺の目に、ぬぼーっとしている親友の姿が留まった。

 

《ユーノ、お前もなのはに何か言ってやれ》

《ええっ!?》

《ええっ!? じゃねーよ。ポイント稼ぐ絶好のチャンスだろ》

 

 傍らの浴衣美少女一号にちらりと視線を送る。何でか知らないけど、赤面してるね。

 ハッとしたようにユーノが俺の視線を追いかけると、なのはは慌てたように顔をそっぽに向けた。おうおう、青春してるねェ。ニヤニヤ。

 

《そ、そうか……ユウヤの言うとおりかも》

《シンプルに、思ったことだけを伝えればいいんだ。お前さんに気障なセリフは似合わないしさ》

《うん、ありがとう!》

《おう、がんばれよ相棒》

 

 ゴクリと唾を飲み、ユーノはまるで死刑台に上がる間際のような顔をする。つーか、女の子を褒めることがそんなに覚悟の要ることか? 男なら、息をするように褒めろよ。

 

「あ、えっと……な、なのはもかわいいひょ」

 

 あーあ、噛んじゃった。ここぞとばかりに噛んじゃったよ。

 

「あ、あいがと」

 

 なのは、お前もか。

 嬉しさとか羞恥とか戸惑いとか――いろいろな感情があべこべで混乱した様子の二人は、耳まで真っ赤にして恥じ入って俯いた。

 二人の間には極めて甘酸っぱい、有り体に言えば青春的な空気が漂っていた。

 な、なんだこの居たたまれない雰囲気は……っ!? ああなるほど。これが普段、俺とフェイトの周りにいる奴が味わう気分なのか……。はやてたちがげんなりしていた理由が理解できた気がする。

 

「初々しいねえ」

「……ああいうのも、いいかも」

「ふぅん……フェイトは俺たちのつき合いに不満があるんだ?」

「ち、違うよっ! ユーヤに不満なんてないもん!」

「はいはい。ほら、ユーノもなのはも固まってないでそろそろ行こうぜ。祭りが俺たちを待っているッ!」

「ギュッとてしてもらうのも、撫でてもらうのも大好きなんだもん!」

 

 おいおいフェイト、そんな恥ずかしいこと口走っていいのかよ? ――ああ、言わんこっちゃない。周囲の視線を集めちゃって真っ赤になってるじゃないか。

 そんなところも、愛しいわけだが。

 俺も大概だな。

 

 

 自爆気味にオーバードライヴした三人も、しばらくしたら落ち着いて。俺たちは出店を回ることになった。

 道すがら、射的や金魚すくい、型ぬきなどに興じるはやてと愉快な家族たちに遭遇したり、アリサとすずかに出会してあからさまな状況に茶々を入れられたりと些細なハプニングはあったものの、俺たちは夏祭りを大いに楽しんだ。

 

 ――今回、いつもの面子にはご遠慮いただいた。

 端からはダブルデートに見えるだろうし、俺とフェイトはそのつもりだったから。まあ、ユーノとなのはは変に素直じゃないから、デートじゃないと頑なに否定するだろうけどな。

 その証拠に、二人の様子はぎこちなさがありありと残るものだった。

 ちなみに俺は、フェイトとたこ焼きの食べさせっこなんかをしてたりしてデートを満喫である。

 そんな中、どこか吹っ切れた様子で無邪気に笑うなのはの姿が印象に残った。本格的に管理局から――“魔法”から距離を置いて、アイツなりにいろいろと心の整理を付け始めたのかもしれない。

 

 

「花火、まだかな?」

「もうすぐだから、少し落ち着け」

 

 ベンチに座って夜空を見上げたフェイトが、待ちきれないと瞳をキラキラさせていた。傍らに立つ俺は、苦笑しつつ軽くたしなめる。

 まるで親にいたずらを咎められた子どもみたいに、しゅんと眉を伏せるフェイト。頭にちょこんと乗せた狐のお面も心なしか元気がない。

 なんだか最近、ますますフェイトが子どもっぽくなってきている気がする。

 今まで気を張って、張り続けて……抑制してきた幼児性、言い換えるなら依存性とでもいうべきものが行動に滲み出しているのかもしれない。

 だが、俺はそれを否定しない。

 依存したければすればいい。甘えたいなら甘えればいい。――少なくとも、俺がフェイトの前からいなくなることなんて金輪際あり得ないんだから。

 俺の魔王としての()()もあるが、それだけじゃない。

 邪魔するもの全てをねじ伏せ、フェイトが望む限り添い遂げる。そして、この胸に抱いたささやかな野望を実現してみせる。

 相手が何だろうが関係ない。俺の、俺たちの行く手を阻むものは何であろうが全て破壊して――思考がやや剣呑な方向に流れかけた時、

 ――ドーンッ!

 

「わぁ……」

 

 大きな炸裂音と感嘆のため息が俺を現実に引き戻した。

 晴れ渡った夏の夜空に咲き乱れる大輪の花々。大きなもの。小さなもの。高く打ち上がった“玉”が破裂して、様々な形に“星”が飛散する。そして生まれる火と光の芸術。

 七色の光が創り出す幻想的な光景を、フェイトは目に焼き付けるかのようにじっと見つめている。すぐ隣、微妙な距離を保って座るユーノとなのはも同じように、空を見上げていた。

 そんな三人を見ていたら、何だか和やかな気持ちになってきて。俺も夜空を見上げる。

 これを機に、アイツらの関係がもっと進んでくれるといいのだが……俺とフェイトは、“そういう”機微を一足飛びにすっ飛ばしたからあまり参考にはならないし――

 

(ま、なるようになるか)

 

 お節介極まりない思考をカット。おめでたい自分の頭の出来に苦笑して、夜空に咲く華に注視する。

 金色のしだれた花火を、まるでフェイトの髪みたいだなと俺は思った。

 

 

   *  *  *

 

 

 季節は巡る。夏から秋に。

 青々としていた木々の葉が次第に色を変えて鮮やかに染まっていく。深まる紅葉はまるで、一つところに留まらず、移り変わり続ける時の流れを象徴しているかのようで。

 季節が巡るように。時が流れるように。

 不変でいられるものなど、この世のどこにありはしないのだ。少なくとも、“生き続ける”限りは。

 俺も、そして俺の大切な人たちも例外ではない。緩やかに、だが、確実に変わっていく。移ろっていく。

 善きところなのか、それとも悪しきところなのか……その行き着く先を、全知全能でないこの身で窺い知ることは出来ないけれど――

 

 

 清秋の空は高く、絶好の行楽日より。場所は何の変哲もないとある遊園地……とりあえず、ネズミの王国ではないとだけ言っておく。

 さて、何故こんなところに来ているのか? 説明するまでもないと思うがでぇとである。

 遊園地はフェイトと一緒に来たかった場所の一つ、ベタと言われようがこれは外せない。彼女も楽しみにしていてくれたらしく、その喜びようは何日も前から手に取るようにわかるほどだった。楽しみすぎて、行きの電車で居眠りしてたけどなっ。

 ついでにユーノとなのはも誘ってやって、二人の仲を深める後押しをしてやろうというお節介を試みたのだが……。

 

「はぁ……」

 

 おどろおどろしい建物――お化け屋敷の前で、茶色のこだぬきが遠い目をしてため息を吐く。

 背中に哀愁を背負っているような気がしないでもない。

 

「なあ……なんで私、ここにおるんかな?」

 

 知るか。

 

「なあなあ、なんでー?」

 

 絡むな、うぜえ。

 

「なあなあー」

「あー、鬱陶しいっ!」

 

 チビだぬき(はやて)の執拗な追求に耐えきれず怒鳴り声が口をつく。傍らのフェイトがビクリと肩を揺らした。

 しかし、今日のフェイトもかわいいなぁ。

 黄色と白の毛糸で編まれたボーダー柄のワンピースと、丈のやや短めなすらりとしたシルエットのジーンズというコーディネートはスタイルのいい彼女にマッチしている。足元は、白いヒールスニーカーだ。

 

「そんな大声出さんと、周りに迷惑やで攸夜君?」

 

 周囲の行楽客が向ける怪訝な視線に、俺は肩をすくめた。誰の所為だ、誰の。

 と、このように、何を血迷ったかはやてまでついて来ている。結果は見ての通り、あまり楽しめてはいないようだが。

 ジェットコースターではどこぞのお人と相乗り、ゴーカートでは一人寂しく――実際にはお着きが“二人”居るが――ドライブ、そしてここお化け屋敷でも一人で回る予定と散々なのだからさもありなん、である。

 空気の読めるはやてのことだ、自分の場違いっぷりに辟易していることだろう。

 

「大体、フェイトとなのはに誘われてノコノコやってきたのはお前だろうが」

 

 事の発端は、フェイトとなのはの親切心だったらしい。

 教室で、休み時間の度に「ヒマー、ヒマやー、どっか行きたいぃ~」などとのたまっていたはやてに気を使って持ちかけたというわけだ。……ああ、なんだ。ただの自業自得じゃないか。

 

「だってー、デートやって聞いてへんかったやもん。知っとったらノコノコ来たりせぇへんわ」

 

 膨れっ面で腕を組むはやてが尤もなことを言う。

「そうですっ!」籠状のトートバッグからリインフォース妹が顔を出し、同調を示した。

 

「カップルに囲まれて、独りモノのはやてちゃんは肩身の狭い思いをしてるんですよっ!」

 

 ふと目が合う。「ぴっ!」瞬間、奇妙な悲鳴が上がり、水色の妖精は身を震わせてすぐさま引っ込んだ。

 ……ふむ、思いっきり怖がられてるようだな。まあ、守護騎士連中とはほとんど交流がないし――シグナムとは六年越しのケリをつけておいたが――、無理もないか。

 俺自身、連中とはそれほど友好を深めたいと思えないでいる。かつてのわだかまりが残っているというか、なんというか――、どうやら俺は執念深いらしいから。これもまた、自己矛盾だな。

 

「……なあ、エルフィ?」

「はい?」

 

 はやてが地獄の底から響く声を発した。壮絶な笑顔を顔に張り付けて。

 

「だぁれが、独り身で寂しい行き遅れ確定の悲しいオンナやって……?」

「そこまでは言ってないですぅぅ!?」

『余計なこと言うからですよ、エルフィ。おとなしく、おしおきを受けておきなさい』

「お姉ちゃんのはくじょーものーっ!」

 

 同じく、トートバッグに夜天の書の状態で入っていたのだろう、リインフォース姉から無情な通告。彼女の言うところの“おしおき”が始まった。まあ、具体的にはほっぺをつねられてるだけなんだが。

 茶番じみた主従コントに送る白けた視線を、金色の少女が遮った。その表情に浮かぶ、わずかな心の揺れを俺は見逃さない。それが何なのかまではわからなかったけれども。

 

「ユーヤ、エルフィをいじめちゃだめだよ? まだちっちゃいんだから」

「どっちかっていうとイジメてんのははやての方だろ」

「そう、かな?」

 

 悪い顔をして鞄に手を突っ込んでいるはやてを見やり、こてんと小首を傾げるフェイト。どこかズレた彼女を微笑ましく観察していた俺の耳朶に、何処から悲鳴のような声が飛び込む。

 ――それはごく微かだったが、確かに凶兆を孕んでいた。

 

「――ぃぃぃいいやあああああああぁぁぁぁぁああっ!!」

 

 恐ろしいまでのスピードで、パステルカラーのナニカが突っ込んでくる。ドップラー効果を伴った悲鳴を残し、その手はボロ布と化したグリーンのナニカの袖口をがっしりと掴んで。

 突然のことに、スイッチが入っていなかった俺は反応できず、至極当然の結果として――

 

「ぬぐぉっ!?」

 

 牽かれた。ガツンッ、と。

 そのまま走り去るナニカ――というか、なのははご丁寧にも引きずっていたユーノを俺の背中に置いていった。重、くはないが痛い……。

 

「ご、ごめんよ、ユウヤ」

 

 背中にユーノを乗せたまま、無様に俯せる俺。目の前では、ぺたりと地面にへたり込み、泣きべそかいているなのはをフェイトがあたふた慰めている。

 状況は概ね掴めたけど、とりあえず上の奴に訪ねてみるか。

 

「何が、あった」

「な、なのはが思いの外怖がっちゃってね……」

「うん、もういい。あらましは把握した……ガンバレ、ユーノ」

「ありが、と……う」

 

 言ったきり、ユーノはガクリと脱力。意識を彼方に飛ばしたようだ。

 イノシシ娘に果敢にも挑戦した勇者を振り落とすわけにもいかず、俺はそのままの体勢でくすぶる恐怖に涙するなのはと、彼女を必死で慰め続けるフェイトを眺める。……我関せずとケラケラ笑っているはやてにムカッ腹を立てながら。

 なお、お化け屋敷に挑んだフェイトさんは、怖がる素振りなど欠片も見せず、興味深そうに仕掛けや役者を次から次に見抜いていたそうな。

 なのはほどとは言わないが、もう少しくらい驚いてくれたっていいんじゃないか?

 

 

 昼時、休憩所の一角。

 各自――主に俺となのはとはやてが――持ち寄った弁当を広げた備品のテーブルをみんなで囲む。

 漆塗りの重箱いっぱいのおかずは栄養バランス完璧で、自慢じゃないが目にも美味しい。中くらいのバスケットには、やや地味だが堅実で温もり溢れるお袋の味。それから、たこさんウインナーに顔つきおむすびなど、女の子らしい気配りの行き届く料理の詰まった黄色いお弁当箱。

 俺とはやてはまあ当たり前として、なのはの弁当もなかなかの出来映えで。ユーノの奴など感涙しておむすびを食べていた。

 気になってる娘に、上目遣いで「どう……かな?」なんて聞かれたら、嬉し泣きしてもおかしくはないわな。

 

「なんだか遠足みたいだね~」

「そうだねぇ」

 

 ほこほこ笑顔のなのは、ふにゃりと微笑むフェイト。二人の日だまりのような――悪く言えば、のーてんきな雰囲気に触発されて、俺もなんだか和やかな気分になってきた。

 ふと目をやったテーブルの上では、リインフォース妹が小さい身体でおかずと格闘していた。親睦を深めるために餌付けでもしてみるか?

 

「芸術の秋、スポーツの秋、行楽の秋、読書の秋……秋にもいろいろあるけれど」

「はやてちゃん?」

 

 唐突に、はやてが何か悟ったような顔をして語り出す。その空色の瞳は、幸せそうにおかずをつまむフェイトに向けられていた。

 たぬきの戯れ言は聞き飽きているので、まるっと無視してなのはお手製のたこさんウインナーをパクつく。……んむ、火加減バッチリでうまいな。

 

「フェイトちゃんの秋は、食欲の秋みたいやね」

「むぐ……」

 

 芋の煮っ転がしを頬ばっていたフェイトが、気まずそうに視線をついと逸らす。

 ふふん、と鼻を鳴らすはやて。「フェイトちゃん――」そのわかりやすい反応に気をよくしたのか、悪そうな笑顔を浮かべて畳み掛ける。

 コイツ何かやらかすな。そう見抜いたが、おもしろくなりそうなので静観を決め込む。

 

「最近、太ったんちゃう?」

「!!!!」

 

 絶句。

 ショックのあまり凍り付いたフェイトの手から箸が滑り落ち、プラスチック製のテーブルの上でカランカランと甲高い音を奏でる。なるほど、図星か。

 しかし、太った、ねえ……。

 茫然自失でプルプルと肩を振るわせるフェイトの全身を、一通り眺めてみる。

 ジロジロ、ジロジロ。あ、赤くなった。

 ふむ。何度見返してもかわいくて綺麗だけど――

 

「確かに、輪郭がふっくらしてきたような気もするね」

 

 主に胸とか腰回りとか。一段と女の子らしくなってちゃってまあ。包み隠さず言うとエロい、とてもエロい。俺、いろいろ辛抱堪らんけど我慢するよっ!

 と、下品な話はさておき、彼氏の俺としてはうれしい限りなのだが、女の子的にはいささかアレだろう。

 

「!!」

 

 俺の感想がトドメを刺したらしく、さらにフェイトが絶句している。

 真っ白に燃え尽きたように力なくうなだれた彼女は、滂沱の涙をそのルビーの瞳から零しだした。――って、ちょっ、涙流すほどのことかっ!?

 

「うっわ、エグいわ。まさかそこまではっきり言うてまうとは。血も涙もないとはこのことか」

「攸夜くんひどい、ひどいよ! 女の子にそれは禁句だよ! オニっ、アクマっ、極悪非道の」

 

 罪悪感広がる俺の胸に、はやてとなのはの糾弾が突き刺さる。――てか、悪魔はお前だろ、なのは。

 唐突に、フェイトがガタンとイスを倒しつつ立ち上がった。

 

「ダイエットする……、今からダイエットするっ!!」

 

 どどーんっ。

 仁王立ちして、拳を握るフェイトの背後に打ち寄せる高波を幻視した。

 

「フェイトちゃん、ちょっと脈絡ないよ?」

「そうだね。フェイト、少し落ちつきなよ」

 

 なのはとユーノが口々にたしなめるも、フェイトは狼狽激しく聞き入れない。

 しかし、ダイエット、か……。

 後にはやてから聞いた話だけど、この時の俺はとてもやらしい顔をしていたらしい。てか、やらしい顔って何さ。

 

「ふぅん……じゃあ、このデザートは要らないんだね」

 

 言いながら、三十センチ四方ほどの厚紙で出来た箱を月衣の中から引き寄せた。

 

「いつかなのはと約束した、翠屋の味を俺なりに再現した自信作なんだが……」

 

 箱を開けると甘い香りがふわりと広がった。その場にいた全員から感嘆のため息が零れる。

 ショートケーキに、チーズケーキ。苺のミルフィーユとモンブラン、ガトーショコラ――中に詰まった各種ケーキはどれも会心の出来だ。無論、目玉のシュークリーム完備だぞ。

 美味しそうなケーキを前に、フェイトはあうあうと意味にならないうめき声を上げて深刻極まりない表情で悩む。

 数瞬唸ったあと、薄く頬を紅潮させておどおどと口を開いた。

 

「だ、だってユーヤ……、太った女の子はいやでしょう?」

「まさか。そんなことで君を嫌いになるわけないじゃないか」

 

 というか、ぽちゃぽちゃしてるくらいが好みです。

 ……出会ったあの頃のフェイトは華奢というよりも痩せぎすで、痛々しくて見てられなかったものな。たぶんそれがあって俺の好みが肉感的な女性になったんだろうな。

 ――ふかふかなおっぱいとかムチムチとしたおしり、最高だよなっ!

 

「ほんとに?」

「ほんとに」

「ほんとにほんと?」

「ほんとにほんと。むしろ、作った料理を、おいしいおいしいってたくさん食べてくれるフェイトが俺は好きだな」

 

 言って、微笑む。

 途端、お先真っ暗としか言いようのなかったフェイトの表情がぱあっと晴れ渡る。。

 

「じゃあ、もっといっぱい食べるねっ!」

「おう、たんと食べてくれ」

 

 我が愛しの君はこの世の春のような笑顔で意気込み勇み、取りこぼした箸を取っておかずをはむはむもぐもぐと消費し出した。

 うん、気持ちいい食べっぷりだ。フェイトはこうでなくっちゃな。

 

「あ、悪魔や……! 天パの悪魔がおる……っ!」

「にゃはは……、これじゃあ幸せ太りしちゃうわけだね」

 

 はやての失礼な言い種と、なのはのどこか納得した風な苦笑い。それから、フェイトの無邪気な笑顔が残ったのだった。

 

 この日以来、今までにもましてフェイトさんが食いしん坊になったこと。そして、いくら食べても一部を除いて――主に胸とか尻とかが――ほとんど太らない体質に、周りの乙女たちが激しく凹んでいたことを追記しておく。

 

 

   *  *  *

 

 

 11月初旬。

 天気は快晴、冬の到来はすぐそこだということを感じさせない春めいた陽気。今日は聖祥大、そしてその附属校全体で開催される学園祭――その最終日である。

 

 この合同学園祭は、金土日三日間の日程で取り行われる。一日目二日目を各校単独の出し物に割り振り、最終日を大がかりなイベントに当てるという大々的なものだ。

 一、二日目は主にフェイトたちのクラス――メイド喫茶だった。はやての発案らしい――にお邪魔したり、フェイトと一緒に他の学部や部活の模擬店を見て回った。

 メイド喫茶はなのはが居るだけあってかそれなりに様になっていたし、男女各高校の演劇部が合同で演じた「ロミオとジュリエット」も学生にしては堂に入った演技で見応えがあった。

 フェイトなど、劇に感情移入してマジ泣きしてたっけ。

 ――こうして概ね楽しんだ俺だが、一つ、気になったことがある。

 それは衣装。レースふりふりのエプロンドレスはかわいかったけれども、スカート丈が膝上だったのが気に食わない。何とか二日目だけは都合を合わせてきたユーノのヤツは満足していたようだが、俺は本場英国式の膝下丈じゃなきゃ認めないのだ。

 この件についても、ヤツとは決着をつけなければなるまいな。

 …………断じて、断じてフェイトの美脚を他の野郎共に見られるのが腹立たしかったからじゃない。ないったらないっ!

 

 さておき、時は戻って今。

 大学部主催で行われたミスコンの熱気冷めやらぬメインステージ前には、たくさんの人だかり。次のイベントを待ちわびる見物人で溢れかえっていた。

 俺はその人波から少し離れた片隅でぼんやりと佇み、両手をポケットに突っ込んで準備中のステージをなんとなしに眺めている。

 ぱっと見だけど、2000人はくだらない人が集まっている。中には見知った顔もちらほらといるが、まあそれはいい。目的は俺と同じ、今から始まるメインイベントにして今年の目玉――総合音楽コンクールだろう。

 合唱・吹奏楽・バンドなど種類を問わず、一般参加もOKという意欲溢れるイベントで、地域の商店の協力を取り付け、優勝賞品十万円分の商品券と副賞の温泉旅行を用意するという念の入れよう。この話を耳にして、このご時世によくやるものだと感心した。

 

「――うん?」

 

 不意に、観衆がざわつく。

 舞台袖から、ミスコンに続いて司会を務める大学生の男女がステージ上に現れた。

 開催の前口上は淀みない。

 打ち上がった小さな花火の音は、群衆の怒号にも似た歓声にかき消され。メインイベントの幕が賑やかに上がる。

 トップバッターは初等部のちびっ子合唱隊。低学年くらいだろうか、十数人がちょこちょこ並んで行進する様はひどく愛らしい。

 途端に「かわいい~」という黄色い悲鳴が上がり、「萌え~」という野太い声が聞こえた。……後者は聞かなかったことにしよう、うん。精神衛生上よくない。

 さておき。このイベントに、なんとフェイトたちもガールズバンドとして参加しているのだ。「今更軽音か」、と内心でメタ的にツッコんだのは内緒である。

 今回の挑戦、言い出しっぺはなんと意外なことになのはだった。

 本人曰わく「フェイトちゃんとはやてちゃんが引っ越しちゃう前に、みんなで思い出づくりがしたいんだ」とか。

 ちなみに、当初渋っていたフェイトを参加するように焚き付けたのは他でもない、この俺だ。「ステージでフェイトが歌ってるところ、見てみたいな」ってね。すぐにやる気になってくれたんだが、あまりのチョロさに心配になったよ。

 

 フェイトとはやては、卒業と同時にミッドチルダに移り住むことが決まっている。だからだろう、なのはの張り切りぶりは目を見張るものだった。幼なじみと道を違えることに、何かしら感じるものがあると想像するに容易い。

 アイツの心境の変化は、日々の行動にも如実に現れている。

 高校進学に向けて猛勉強をしていることもその一つだろう。エスカレーター式で進学出来るからと妥協する気はないらしい。俺も、文系科目の家庭教師に駆り出されたしな。

 ……そういえば、教育系の学科に入りたいとかって言ってたっけ。

 ともかく。熱心なことはいいと思う。だが、同時にどこか危うさというか、不安定さも感じた。

 今はまだ、“魔法”に打ち込んでいた情熱をすり替えて誤魔化しているだけなのかもしれない。けれども、いつかきっとその気持ちに折り合いを付ける日が来るはずだ。それまではいろいろと試してみればいいと思う。

 今は臆せず、何事にも挑戦すことが一番大事なのだから。

 

「……ん?」

 

 ――万雷の拍手が響く。

 どうやら考え事をしているうちに、ちびっ子合唱隊の演目が終わったようだ。小学生たちはややバラバラに一礼すると舞台袖にはけて行き、次の参加者がスタンバイを始める。

 フェイトたちの順番は中盤くらい、まだまだ先だ。

 今頃は、舞台裏で出番前の緊張感をたっぷりと噛みしめていることだろう。……フェイト、変にプレッシャーを感じて倒れたりしてなきゃいいんだけど。

 恥ずかしがり屋さんな恋人に気を揉んでいると、背後の空間が歪むのを感知した。

 

(この魔力――)

 

 見知った波動。振り向かず、その人物の名を呼ぶ。

 

「アニーか」

「はい」

 

 静かな返答とともに、物陰の暗闇から怜悧な容貌を持つ長身の女性が音もなく進み出る。

 パリッとノリの利いた黒いスーツを着込み、杓子定規な赤金のストレートヘアと理知的な眼鏡の奥に隠れた瞳は緑。彼女の名はアニー=ハポリュー。“知恵者”の二つ名で呼ばれる裏界の公爵である。

 その異名通り、天地開闢の時より蓄積された情報と森羅万象あらゆる知識に通ずる大賢者だ。

 俺にとっては師の一人であり、今は協力者にして俺の政策を助けるシンクタンクを統括する筆頭秘書官と言ったところか。

 

「どうした? ヒト嫌いのお前が俗世に姿を現すなんて、槍でも降るかな」

 

 からかいの言葉はしかし、アニーのポーカーフェイスを崩すには至らない。見た目通りお堅いヤツだが、これでなかなかかわいいところもあるのだ。

 

「早急にお伝えしたいご報告がいくつかありましたので」

「ほう……、言ってみろ」

 

 なかなか興味を引かれる話題に目を細め、本格的に振り向く。

 人間を、ふしだらでだらしのない存在だと毛嫌いするアニーがわざわざ出向いたのだ、よほどのニュースだということくらい馬鹿でもわかる。

 

「先ず最初に、マシンサーヴァントの量産試作モデルが開発局にてロールアウトしました。これらの稼働データを元に、制式量産タイプの開発に取りかかるとのことです」

「存外に早いな」

「オリジナルから機能を大幅にオミットした簡易型ですので、当然の結果かと。評議会が秘密裏に方々へ流していた資金と資材、研究施設の一部を確保、流用した量産体制も整えています」

「さすが“知恵者”、如才ない手配りだな」

「あ、い、いえ……」

 

 俺のあからさまなおべっかに紅潮し、動揺するアニー。相変わらず扱いやすいヤツだ。

 

「ご、ゴホン! それから、“箒”の試作品も一応ですが形になったようです」

「ウィザーズワンドのデッドコピー、だったか」

「はい。ですが、未だ要求スペックには程遠い粗悪品でしかありません。どうやら魔導炉の小型化が難航しているようです。本来の“プラーナ”転換式魔導炉では、こちらの人間は使えませんから」

「わかった。その件については姉さんに――いや、テスラに相談しておく。ファー・ジ・アースの魔法技術を再現するには、俺たちが手を貸さなきゃならないからな」

 

 「人員の確保」と「現状戦力の増強」――初期条件のクリアすらまだ先、か。

 冥魔との()()を乗り越えるためには、どちらも達成せねばならない最低限の条件ではある。

 だが、この程度のことでヒト嫌いの“知恵者”が俗世に姿を現すとは思えない。そう視線で問うと、アニーは首肯する。

 

「正式発表はまだですが、第17管理世界にて冥魔が確認されました」

「……! “魔王女”の予言通りとはいえ、半年も保たないとはね。で、ソイツはどうなった?」

「数人の負傷者を出しつつも現地の管理局魔導師によって討伐、その後の出現は未確認です」

 

 顔色一つ変えず、アニーが要点だけを簡潔に答えた。

 俺は顎に左手を当て黙考する。シナリオを修正する必要がありそうだ。

 冥魔の再来が予測よりもずっと早い。この“世界”は、俺の思っている以上に穢れていたとでも言うのだろうか。当初の予定から大きくズレたわけではないが、このままでは後手に回り兼ねない。いや、業腹だがすでに後手後手であると認めねばならないだろう。

 

 見通せない先行きに苦慮していた俺の背後、ひときわ大きい歓声が轟いた。

 ハッ、と我に返る。いささか話し込みすぎたらしい。

 舞台上に並ぶ五人の少女。彼女らが纏うステージ衣装は、それぞれ細部に違いはあるものの、黒を基調に紅を差し色にしたゴスロリ調の――微妙にパンク風味も感じる――ドレス。デザインはやて、製作俺のオーダーメイド品だ。

 ユニット名は、なのは命名「りりかる☆まじかる」――ま、まあ、これについてはノーコメントにしておこうか。

 

(うわ、フェイトってばガッチガチじゃないか)

 

 ステージ中央のマイクスタンドの前、フェイトはまるで油の切れたブリキの人形のようにしゃちこばっている。瞳をギュッと瞑り、首もとの何かを強く握って。――あれは例のペンダント、か?

 メインボーカルを務める彼女の両脇に勢ぞろいしたいつもの面々――ギターとベースをなのはとはやて。キーボードをアリサ、すずかがドラムを担当している――は、それなりに緊張感漂う面持ちをしているものの、フェイトのあまりの動揺っぷりに頭が冷えたらしい。心配そうな視線を送っている。

 仕方ないな……。

 

「フェイトーッ、がんばれーっ!!」

 

 “いつでも見てるよ”――そんな気持ちを込めて送った声援に、フェイトがハッと顔を上げた。

 視線が交差する。ニッ、と不敵に口角を吊り上げれば、帰ってくるのは控えめなはにかみ。

 ふぅ、と小さく息を吐くと、彼女の相好から怯えが消えて。たおやかでしなやかで、けれども自信すら感じる凛とした表情が浮かぶ。それは俺の好きな、凛々しい表情だ。

 フェイトが軽く振り返り、なのはたちと頷き合う。

 そうして、演奏が始まった。

 軽快な前奏を経て、伸びやかで、透き通るような歌声が秋空に響く。“思い出づくり”に相応しい、前向きな詩と力強い旋律。自然と身体がメロディーに合わせてリズムを刻む――そんな歌だった。

 仕事に学業に。間を縫って必死に練習した努力の成果が今ここに、結実していた。

 

「シャイマール。一つ、聞かせていただきたいことがあります」

「なんだ」

 

 視線と意識をステージに向けたまま、むっつりと答える。

 正直邪魔くさいんだが、臣下にして協力者が不信を露わにしているのだ、答えてやらねばなるまい。

 

「何故回りくどい真似をするのです。ヒトに力を与え、我らの尖兵にするおつもりであることは理解出来ます。ですが、世界結界のないこの“世界”ならばアモルファスで制圧し、戦力化も容易なはずでは?」

 

 アニーらしい、実に現実的で合理的な意見だ。確かに、備えのないこの場所ならば赤子の手を捻るように容易いだろうな。

 だが、

 

「魔王級ならいざ知らず、そこらの侵魔ごときじゃ冥魔には勝てないよ。それは歴史が証明している。“知恵者”ともあろう者が、人間蔑視で本質を見失ったか?」

「しかし……っ」

 

 鼻白むアニー。なまじ理路整然と物事を捉える性質が災いして、反論を紡げないようだ。

 

「俺たちは、確かに運命をねじ曲げることが出来るかもしれない。けれど、それに立ち向かい、乗り越えることが出来るのはヒトだけなんだ」

「……ウィザードたちのように、ですか?」

「そうだ。健全に育まれたヒトの“心”は、全能の神にも計り知れない無限の可能性を秘めているのさ。……それに、簡単に攻略できるゲームに価値なんてないだろう?」

「……」

 

 最後にベルを真似しておどけてみたが、反応はいまいちだったか。

 それっきり、会話は途切れる。――ふむ、あるいは“知恵者”の離反や叛乱も考慮に入れる必要があるか……?

 

「承知しました。――失礼します」

 

 ややあって、“知恵者”が姿を消す。

 俺は空間の歪みが終息していくのを感知しながら、懸命にのどを張り上げ、演奏する幼なじみたちを微笑ましく眺める。こう、初めての学芸会で頑張る我が子を見守る父親の気分だろうか。

 フェイトたちの、元気いっぱいな歌声を俺は心行くまで堪能した。

 

 ちなみに、結果は三位。優勝は惜しくも逃してしまった。

 というか、優勝したのはいつの間にか参加していたルー姉さん。どこぞの天文部二代目部長のコスプレで彼女の持ち歌を披露する気合いの入りっぷり。

 そりゃあ、魔王が本気出したら人間なんて簡単に魅了されるんだろうけどさ……合いの手のためにサクラまで仕込んで何やってるのさ、てか何やってるのさ。はぁ……。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。