魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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しゃーぷ8

 

 

 

 新暦72年

 地球、海鳴市。

 

「エイミィ、思ったより元気そうでよかった」

「むしろ元気すぎたような気もしたな。エイミィさんらしいけど」

「ユーヤ、それ、姉さんの前で言っちゃだめだよ?」

「ハハハ、心得てるよ」

 

 夕焼け子焼けで日が沈む。

 オレンジ色に染まった繁華街を私服姿のフェイトと攸夜が、仲睦まじく歩いていた。

 ひどく幸せそうな雰囲気を発散するフェイトは持ち前の美貌と相まって、道行く人々が思わず振り返るほど魅力を振りまいている。

 その隣を何気なく寄り添う攸夜もさしものもので、どこか浮き世離れした雰囲気を纏わせる彼女に相応しく威風堂々、ますます男ぶりを上げ、偉丈夫然としてエスコートしていた。

 

「それにしても赤ちゃんたち、ころころしててかわいかったね~」

「見てるだけで、なんか和むよな」

「うん、おさるさんみたいで。ふふっ」

 

 話題に上がるのは、先ほど出会った新しい“家族”のこと。

 忙しい仕事の合間を縫って帰郷した彼らの目的は、つい先日、元気な双子の赤ん坊を生んだばかりのエイミィのお見舞い。面会許可が出たと聞き、すぐさま飛んできた二人は、出産からこっちずっと付き添っていた彼女の夫とは入れ替わりだった。

 市内のとある総合病院の病室で面会したエイミィは、少しやつれていたふうではあったものの、産後の肥立ちは悪くなく母子ともに健康そのもの。見舞いにやってきたフェイトたちを暖かく迎えてくれて、初出産の苦労話などをおおらかにぶっちゃけていた。

 瞳をキラキラさせて夢中でその話を聞くフェイトに見惚れて、攸夜はほとんど内容を聞き逃していたが。

 

 ちなみに、出産日から十月十日で逆算すると結婚式の当日から完全にはみ出ているのだが、そんなことは些末事だ。それが原因でフェイトの兄に対する評価が絶賛暴落中なのは余談である。

 

「あ、でも、抱っこするのはちょっと怖かったかも」

「それは俺も思った。赤ん坊を抱くのってかなり気を使うんだよな。ただでさえ首が据わってないのに、体温高くて抱いてるうちに汗かくし、思った以上に重いから」

「そうだね、命の重さ……っていうのかな? そういうの、すごく感じた」

 

 ほんわかした笑顔から一転、フェイトはその整った顔立ちを少しだけ凛々しげに変える。

 夕日が射し込み、わずかに茜色に染まった横顔はとても綺麗で、攸夜は見惚れたように感嘆のため息をもらした。

 

「私、落としちゃわないかって、すごく緊張しちゃった」

 

 攸夜の方に視線を上げたフェイトはふたたび相好を崩し、柔らかい笑顔に変えた。

 

「緊張しすぎで、ぴーぴー泣かせてたけどな」

「むー……ユーヤだって泣かせちゃってたんだから、お互い様だよ」

「それもそうか」

「そうだよ」

 

 くすくす。ふたりは顔を見合わせて静かに笑う。笑顔が茜色の空の下に咲き誇った。

 ひとしきり、笑ったあと。

 

「……」

 

 フェイトが唐突にその場に立ち止まる。数瞬遅れて歩みを止めた攸夜が振り向いた。

 

「ねえ、ユーヤ……」

 

 沈んだように俯くフェイトの表情は、前髪が陰になって窺い知れない。

 あからさまに思い詰めた様子を訝しむ攸夜は、努めて優しい声で「どうした、フェイト?」と問い返した。

 立ち止まった二人を、行き交う人々がお構いなしに追い越していく。

 

「私、ちゃんと“お母さん”になれるのかな……」

 

 向かい合う攸夜の服の裾をギュッと握り、顔を上げたフェイトの瞳は潤み、複雑な感情を映してゆらゆらと光彩が乱れる。

 “お母さん”――自分の口にした言葉に、彼女の胸の奥がずきりと痛む。

 それは鈍く、重たい痛みだった。

 

「……エイミィがね、赤ちゃんにおっぱいあげてるの見て、なんだかすごいなって。こういうのが母親になることなんだなって、ぼんやりとだけどそう思ったんだ。……大切なひとといろんな気持ちを育んで、新しい命を育んで――私も、あんなふうになりたい、なれたらいいなって……」

「――フェイト」

「でも、ね……こわいんだ」

 

 今にも泣き出しそうなほど顔をくしゃくしゃに歪めて、ぐちゃぐちゃになった感情を吐露する。

 まるで助けを求めるように、攸夜を見つめたままで。

 

「普通じゃない私が、ちゃんと生まれてない私が、まともなカラダじゃない私が……」

 

 普段は胸の奥底に封じ込め、抱え続けていた屈折した想いが、鼻声混じりの自虐的な独白となって溢れ出していく。

 歯を食いしばり、苦虫を噛み潰したような表情で攸夜は黙って聞いている。歯の砕けるような鈍い音が喧騒に紛れて溶けていった。

 

「“母さん”に捨てられた、いらないって捨てられた人形に母親になる資格なんて――」

「フェイト」

 

 ついにたまりかねた攸夜は名前を呼び、強く抱き寄せた。抱き締められた小さな肩がびくりと揺れる。

 そのままフェイトが落ち着くのをしばしの間待つ。

 落ち着いたことを確認すると、彼女の耳に唇を寄せて静かにささやく。息が敏感なところに触れて、フェイトの背筋がぞくりと粟立った。

 

「そんなこと言うもんじゃない。負い目に感じる必要もないよ」

「でも――!」

「君がまともじゃないんなら、俺はどうなる? 生物学的にはほとんど人間辞めてるんだぞ」

 

 冗談めかした軽口。フェイトの両肩に手を置いたまま、攸夜はいったん身体を離した。

「あ……」呆然と、小さく呻いたフェイトは自分の失言の意味に気がつき、見る見るうちにその血相を変えた。

 自嘲と冗談を混じえた言葉に込められた意味を感じ取ったフェイトの胸に、先ほどとは違う意味の痛みを走らせる。

 彼女はヒトの感情の機微に鈍いわけではない、“感受性が強すぎて”わからないだけなのだから。

 

「ご、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ――」

「いいよ、わかってるから。謝らないで」

 

 世界の終わりのような顔で狼狽するフェイトへと、攸夜は自然体で微笑みかける。

 今にも溢れそうなほど涙を湛えたルビーの瞳を覗き込み、真摯な口調で語りかけた。

 

「君の悩みも理解出来るけど、今は難しく考えなくていいよ。時間が解決する、なんて陳腐なことは言わない。――けど大丈夫、フェイトならきっと立派なお母さんになれるって、俺が保証する」

「うん……、ありがとう……」

 

 今度は自分から攸夜の胸に飛び込んで、フェイトは静かにむせび泣く。

 どこまでも自分の理解者で――味方でいてくれる攸夜に、今も優しく髪を撫でる最愛の恋人に感謝しながら。

 

「フェイト……」

「ユーヤ……」

 

 公共の往来など関係ないと言わんばかりに、いちゃつくふたりであった。

 

 

 ファミリーレストラン「リンデンバウム」。

 たまには外食でも、と少々早めの夕食にやってきたフェイトと攸夜。暖かみのある木目調の、割と広々とした店内はそれなりに混み合っている。

 自分の後輩らしき女子中学生の姿を見つけ、フェイトの頬がほころんだ。

 ここは初めてのデートの時にお昼を食べた思い出の店なのだが、今回の話にはあまり関係がない。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 入店した彼女らに一人のウエイトレスが近づく。この店の店員だろう彼女の服は、かなり特徴的なデザインだ。

 はきはきした快活な声。赤みがかった明るい茶色のサイドポニーがふわりと揺れた。

 

「って、あれ、フェイトちゃんに攸夜くん?」

「なのは……? こんなところでなにしてるの?」

 

 営業スマイル全開から一転、きょとんととぼけた顔のウエイトレスさん――もとい、なのは。親友との思いもよらぬ遭遇に、びっくり仰天して目をまんまるに見開いたフェイトが尋ねる。

 

「なにって、ただのアルバイトだよ? 見てのとおり」

 

 時空管理局を休職して――現状、ほとんど退職状態だが――高校に無事進学した彼女。学業は順調そのもので、その合間に始めたアルバイトもウエイトレスを初めとして、新聞配達やスーパーのレジ打ちなどかなりの数に膨らんでいた。

 当然、なのはは苦学生というわけではない。「なんかじっとしてらんなくて」とは本人の弁で、いくつものアルバイトを掛け持ちする理由はそれ以上でもそれ以下でもないのだろう。

 汗水かいて働いているうちに、真っ当な方法な誰かの役に立っている実感に楽しくなってきたという理由もあるかもしれない。

 いつでもどこでも全力全開、思いこんだら一途に一直線。攸夜曰わく“イノシシ娘”のなのはらしい動機だ。

 その辺りの話はアリサやすずかから聞いていたものの、二人とも実際に彼女が働いている姿を目にするのは初めてである。

 

「ファミレスで働いてるとは聞いてたけど、ここだったのか」

「うん、このお店の制服ってかわいいでしょ? だから、ね」

 

 先ほどとは質の違う笑顔で、なのはがスカートの裾をちょんとつまみ上げてみせる。

 彼女の言うとおり、肩の膨らんだフリルのついた白いシャツと、フレアスカート風なオレンジ色のジャンパースカートがかわいらしいひどく凝ったデザインの制服だ。

 

「なのは、すごく似合ってるよ。うん、かわいいっ」

「えへへ、ありがと、フェイトちゃん」

 

 諸手を上げて賞賛するフェイトになのはが頬を染めてはにかむ。ミーハーな動機に呆れた攸夜が半眼で「おいコラ」とツッコんだ。

 

「じょ、冗談だよ~、にゃ、にゃははは……。……。お、お二人様ですねー、こちらへどーぞー」

 

 一転して旗色が悪くなり、なのはがたらりと額に汗を浮かべて白々しく接客モードに戻る。どうも冗談というわけではなかったらしい。

 白い目から逃げるようにしてツカツカと歩いていくなのはに、顔を見合わせたフェイトと攸夜は揃って小さく吹き出した。

 

 そうして、窓際の席に案内された二人。テキパキと、なのはがお冷やのグラスやスプーンなどの小さな食器が入った籠を次々にテーブルへ並べていく。

 その堂に入った手際のよい仕事っぷりに攸夜が感心したように目を細める。フェイトも目を見張って親友の働く姿を興味深そうに眺めていた。

 

「接客、やけに手慣れてるな」

「うん、びっくりだよ。かっこいいね、なのは」

「えへへ、まーね。ここけっこう長いし、ウチでお手伝いとかしたこともあるから。あ、当店のおすすめはこちらのハンバーグステーキになってます。お得なセットメニューなどいかがでしょう?」

 

 ふてぶてしく、メニューを示して営業トークを始める。

 

((ちゃっかりしてるなぁ……))

 

 フェイトと攸夜がまったく同時に同じことを思い浮かべた。まったく驚異のシンクロニシティである。

 

「そうだな……なら、俺はそのおすすめとやらをもらおうか。Bセットのライスとスープをつけてくれ」

「あ、じゃあ私もいっしょで。セットはサラダとパンかな」

「ついでにマルゲリータピザと温玉ドリア、海の幸のスープパスタとサイドメニューからフライドポテトの盛り合わせも追加しといて」

「あとね、このカレーライスもお願い。それから食後のデザートは、えと、うーんと……」

 

 サクサク注文する相方とは正反対に、優柔不断なフェイトはうんうん唸って大いに悩む。

 フェイトちゃん相変わらずだね、となのはが苦笑し、攸夜はそんなカノジョを楽しそうに愛でている。

 

「うん、白玉あんみつとハニートーストとチーズケーキにしよっと。ユーヤはこの、スペシャルジャンボチョコレートバナナサンデーでいいよね?」

「おうとも。ドンとこいだ」

「か、かしこまりました~」

 

 計十二品、大量の注文にかなり引き気味のなのはは、わずかにどもって返答した。

 食いしんぼさんだなぁ。食欲旺盛な親友たちに内心で呆れつつ、端末のタッチキーに注文を入力していく。

 

「じゃあ、お願いしてくるからちょっと待っててね。お飲み物はあちらのドリンクバーでどうぞ」

 

 非の打ち所のない笑顔と九十度のお辞儀を残してバックヤードに帰っていった。

 

「……炎のアルバイターなのはさんだな」

 

 仕事もきっちり忘れずに颯爽と去っていった幼なじみの後ろ姿を眺め、微苦笑した攸夜がぽつりと呟く。

 

「なぁに、それ。くすっ」

 

 くすくすころころ。おかしそうに笑い声をこぼすフェイトは、密かに心配していた大親友の生き生きとした姿にホッと胸をなで下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  しゃーぷ8 「私とあなたと君と僕と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼白い光を放つ魔力の塊がぼんやりと辺りの光景を映し出す。そこは薄暗い、ひどく古びた石造りの通路だった。

 高さ四メートル、横幅三メートルほどのやや下り坂になっている通路には、開放感など微塵もなく。あるのは一抹の不安と多大な閉塞感――不透明で一寸先も見えない視界に似た暗い不安を孕む。

 ここは遺跡――

 打ち捨てられ、忘れ去られた過去の残滓だ。

 

「……」

 

 魔力の光源を頼りに、探検家風の格好をした青年が進んでいく。

 頑丈そうなブーツの靴底が石の床を打つ度に、コツ、コツ、と堅い音が通路に響き渡る。

 時が経つうちに堆積したのだろう、床に降り積もった埃が巻き上がる。特徴的なボサボサの黒い頭髪の中から、薄黄色い体毛のフェレットがひょっこり顔を出した。

 フェレットはきょろきょろと、興味深そうに周囲を観察している。すると、青年――攸夜がしかめっ面で、数十本ほどの髪の毛を束ねて握る小動物に一言注意。

 

「おいユーノ、髪を引っ張るのはやめろ。禿げるだろ」

「あ、ごめん。なんか居心地がよくて、つい」

 

 慌てて手を離したフェレット――ユーノは取り繕うように笑いつつ、謝罪する。

 攸夜は今までにも何度か、親友であるユーノの趣味と実益を兼ねたフィールドワークにつき合っており、本日もここ、第118無人世界でつい最近発見されたばかりの遺跡、通称“銀の腕輪”の調査にやってきた。

 友達づき合いという意味もあるだろうが、さりげに好奇心が強く旅行や探検が好きな攸夜にとってはこれも娯楽の一つなのかもしれない。オトコノコは皆、冒険と浪漫を追い求める生き物なのである。

 ちなみに、フェイトは今日も今日とて執務官のお仕事だった。

 

「でもユウヤ、禿げるってどういう意味?」

 

 不思議そうにユーノが尋ねる。攸夜は顔をしかめた。

 

「そのままの意味だよ。見ての通り俺の髪は癖が強いから、今からちゃんと手入れしないとな」

「そうかなぁ、気にしすぎだと思うけど」

「ばっか、お前……! 禿げ上がったら悲惨だろうが、いろいろ」

 

 やけに力の入った様子で力説する攸夜に、ユーノが若干引きつり気味で「そ、そうなんだ……」と曖昧に同意する。

 ドキドキすると女の子になってしまう因果な体質の某先輩に「なんかウチの爺ちゃんの若い頃に似てるな、お前の髪型」と言われて以来、そんな予兆など微塵もないにも関わらず過敏になっている攸夜だった。

 

「それはそうとユウヤ、あんまり気を抜かないでよね。今、僕らがいるのは、スクライアの調査隊が何度も足を踏み入れては撃退されてるエリアなんだから」

 

 気おとりなおしたユーノは、声のトーンを落とし、軽く言い咎める。今はフェレットの姿であるから余人にはわからないが、きっと彼は真剣な表情をしているのだろう。

 ユーノの古巣、ファミリーネームにもなっているスクライア一族は、遺跡発掘を生業として次元世界を渡り歩くさすらいの部族だ。

 その彼らが発見したこの遺跡は、最新の器機を用いて行われた事前の調査の結果、地下に大きく延びる三層構造であることが判明している。

 

 最上部、地表に出ている朽ち果てたモニュメント群と礼拝堂らしき跡地。

 中層部、迷宮のように入り組んだ遺跡らしい、古びた石造りのエリア。

 そして最深部、他の二層とはまったく違う材質で造られた、全容を見せない遺跡の中枢。

 

 ――現在、攸夜たちが居る中層部は、各所に仕掛けられたトラップが未だ生きており、先んじて潜った調査団の侵入を幾度となく阻んでいた。

 発掘のエキスパートであるスクライアの調査団もお手上げで、“無限書庫”司書長にして名の知れた考古学者であるユーノにお鉢が回ってきたわけなのだが、つまりそれだけこの遺跡の攻略が難物だということだ。

 その辺りの事情を鑑みれば、ユーノの心配も無理からぬことだろう。

 しかし、攸夜は彼の気持ちを知ってか知らずか、余裕綽々で鼻を鳴らして冗談めかす。

 

「安心したまえよ、ユーノ君。こう見えて俺はダンジョンアタックの達人ッ! 君らとは年期が違うというところを見せてあげよう」

「なにバカなこと言ってるのさ、いつものことだけど」

 

 当てつけのような物言いはどこか楽しげで。攸夜はぶすっとした顔で「一言多いんだよ」と呟き、足を踏み出す。

 すると踏み出した足がガクンと()()()

 

「え?」

「あ」

 

 ガコン。

 乾いた音が通路に鳴り響く。

 足元を見れば、攸夜の左足が石畳の一部を踏み抜いている。――有り体に言えば、スイッチを押していた。

 

 ――――ゴゴゴゴゴゴ…………

 

 ややあって、遠くの方から何やら腹の底に響くような重低音が、だんだんと大きく、大きくなって耳朶を打つ。

 それはそれは、テンプレートに不吉な音だった。

「これ、は……」表情筋をひくひくと引きつらせる攸夜。

「やばい、かも」ユーノが乾いた声で、言葉を引き継ぐ。

 背後から、ぬうっと通路を埋め尽くすほど巨大な鉄球がゴロゴロ、ゴロゴロと二人に向かって転がってくる。

 

「なんて古典っ、気分はジョーンズ博士だなっ!」

「興奮してる場合っ!?」

 

 ユーノのツッコミと同時に攸夜は踵を返し、その健脚を持って鉄球から一目散に逃げ去る。まるで見事な三十六計だった。

 その後も、ちょっと歩けば落とし穴、壁に手を突けば槍が出て。石弓、毒針、火砲に地雷、水責めのオマケ付き。行き止まりに迷い込むことなんてざらで、入った部屋が吊り天井で押しつぶされそうになったのは一度や二度ではない。

 あたかも狙いすましたかのようにトラップへ引っかかっていく親友の無意味に漢らしい有様に、ちゃっかり自分だけはガードしていたユーノは「どこがダンジョンアタックの達人なのさ……」と虚しい感想をこぼした。

 

 

 罠に嵌り続けてボロボロの攸夜は、デモニックブルーム――フェイトに刀身を断ち斬られたものとは別に、新しく買い直した――を杖に代わりにして、大きく開けた広場に辿り着いた。

 不思議な淡い光が降り注ぐそこはまるで憩いの場所のようだ。

 ドシャッ、と盛大に倒れ伏した攸夜の頭の上からフェレットがぴょんと飛び降りて、てててっと少しばかり離れていく。

 翠緑の魔力光が溢れ、光の中から現れるのは紅顔の美少年。変身魔法を解いたユーノは、呆れたような表情で攸夜を見下ろした。

 

「ユウヤ、遊んでないでお昼にしない? ちょうどいい頃合いだし」

 

 決して力尽きた親友にかけるようなセリフではない。

 が、その親友は、腕の力だけで身体を起こして立ち上がると「だな。俺も運動して腹減ったよ」と何事もなかったかのようにうそぶいた。

 はぁ、とユーノが諦観して嘆息してもしかないだろう。彼の親友は世にもはばかる破天荒である。

 

「……相変わらず、理不尽なまでにタフさだね」

「そんなに誉めるなよ、照れるじゃないか」

「誉めてないってば」

 

 大理石に似た材質の床にレジャーシートを敷き、休憩と腹ごなし。食料は当然の例によって例のごとく、攸夜の手作りである。

 美味しそうに食事するユーノに目を細めた攸夜は、ふとあることを思い出す。それは人づてに聞いたユーノに関する噂で、割と気になっていたので真偽を本人に尋ねてみることにした。

 

「なあユーノ……、なのはと喧嘩したって本当か?」

「う、うん……」

 

 サンドイッチをはんでいたユーノが、食べる手を止めて俯き加減で首肯する。

 

「原因は?」

「他の女の子とメールしてたのを見つかって――」

「なん……だと……!? ユーノ君に二股をする甲斐性があったなんて、お兄さんびっくりだぁ」

「ち、違うってば! ただの文通相手だよっ。大体、別になのはとつき合ってるわけじゃないんだから」

 

 慌てて訂正するユーノ。余計な照れ隠しに眉をしかめた攸夜には気付かず、子細の説明を始めた。

 

「ユウヤも知ってると思うけど、前に女の子を庇って入院したことがあるじゃない? その子に懐かれちゃってね。退院した後もちょくちょくメールのやりとりをしてたんだ」

 

 古傷がずきりと疼いたが、攸夜は何食わぬ顔で親友の話に耳を傾ける。

 彼の面の皮は思いの外分厚い。

 

「「ユーノさんみたいに誰かを助けられるヒトになりたいんです」って、管理局入りを希望してるらしいんだよね。何かちょっとズレてるような気もするけど」

「ほう、なるほどね。リンカーコア持ちなのか、その娘は」

「いや、そうでもないみたい。ほら今、魔導師以外の武装隊員をリクルートしてるでしょ? それに応募するつもりだって本人から聞いたんだよ。――で、いろいろと相談を受けてたんだけど、そのことを知ったなのはに何だかものすごい剣幕で問い詰められてさ。僕も頭にきちゃって、後は売り言葉に買い言葉……ってわけだよ」

 

 詰問された理由がわからず、しきりに首を傾げるユーノ。そりゃどう見ても嫉妬だろう……、と攸夜は友人の鈍さに呆れ果てた。

 

 時空管理局では兼ねてから、リンカーコアのない人間に“箒”など各種装備を持たせて戦力化する計画を推進していた。無論、裏で糸を引いているのは攸夜である。

 ガンナーズブルーム――オリジナルとは違い、魔力炉から魔力を取り出して砲撃する――と専用の防具を装備した非魔導師は、一般的なAランク程度の魔導師を単独で制圧することも不可能ではない。

 とはいえ、その領域に到達するには相応の訓練時間とコストがかかる上、同等の装備で身を固めた魔導師には歯が立たないので、現状、魔導師の優位は揺るいでいない――というか、管理局は慢性的な人員不足に悩まされているため、そんなことを気にする暇がないというのが実情だ。

 

「事情は把握した。俺から言えることはただ一つ、さっさとなのはに頭下げとけ。自分が悪かった、ってな」

「ええっ!? 僕が悪いわけじゃないのに……」

 

 ユーノが不服そうに口を尖らせる。優男に見えて、意外と亭主関白傾向なのかも知れない。

 他方、攸夜は親友の日和見な反応にやれやれと肩をすくめた。

 

「いいかユーノ。男ってのはな、自分にまったく否がなくても、やましくなくても折れなきゃならない時もあるんだよ。それが男女関係を長続きさせるコツだ」

 

 知った風な口で諭すものの、ユーノは納得できないと不満そうな顔を崩さない。

 ったく、このボンクラめ。口の中だけで呟き、攸夜は目の前の朴念仁にトドメを刺すべく、頭の中で会話を組み立てる。

 

「なのはがいろいろバイトしてるのは知ってるよな?」

「もちろん。でもそれと今の話と何の関係が――」

「いいから聞けって。アイツは知っての通り、文句なしに飛びっきりの美人だ、俺のフェイトほどじゃないけどな。そんな娘を、世の男共が黙って放っておくと思うかよ」

「ッッ!!」

 

 挑戦的な言葉の意味するところを理解して、ユーノが目に見えて取り乱す。

 打てば響くようなリアクションに加虐心を煽られて、攸夜は畳み掛ける。

 

「男は新規、女は上書きって言うしな。バイト先で知り合ったイケメンになびくってこともなきにしもあらずだ。で、「ねえ……ユーノくん。おとなになるってかなしいことなの……」となるわけだ。――まぁ、俺なら間男なんぞあらゆる意味で抹殺、だがな」

「どどど、どうしようユウヤっ!?」

 

 物騒な最後の部分をスルーして、思い切り狼狽えるユーノの姿に、攸夜がわずかに苦笑する。

 やりすぎたかと反省したかどうかは定かではない。

 

「だから、そんな目に遭う前にしっかり捕まえとけってこと。ただでさえ遠距離なんだからさ。……なのはのこと、好きなんだろ?」

「……たぶん」

「たぶんってのは気に食わないが……、なら話は早い、簡単だ。意地だのなんだの下らないことは捨てて、素直になれよ」

 

 軽薄な装いから一転、真剣な色が蒼海の瞳に浮かぶ。そこにあるのは、深淵のように深い後悔と焦燥と挫折の記憶だった。

 

「いつまでも、“今”が続くと思うなよ。惨めだぜ、好きな娘を遠くから眺めてなきゃいけない男はさ。……情けなくて自分を殺したくなるんだ」

「……実感、こもってるね」

 

 まあな、と自嘲気味に口元を歪め、攸夜は誤魔化すように30センチ級の巨大なおむすびを豪快にかぶりついた。

 

 

 休憩は終了。探索が再開された。

 中層とはまったく違う、磨き抜かれた黒い大理石のような材質の通路。外部からの調査で確認された最下層と思われるエリアは、静寂と闇黒に包まれていた。

 遺跡の最奥へと歩を進める探検者二人連れ。深い闇を照らし出す蒼白い魔法の輝きだけを道標に、まだ見ぬ神秘へと邁進する。

 

「ちょっとした疑問なんだけどさ」

「あん?」

 

 壁に開いた穴から一定の間隔で突き出す鉄の柱――直径一メートル近くある巨大なものだ――をスルスルと器用に避けていく攸夜の頭上、フェレットモードのユーノが世間話をするのようなトーンで尋ねる。

 

「ユウヤたちって、ケンカしたりするの?」

「俺とフェイト? するよ、普通に」

 

 ひょいひょいと、鉄の柱の下を難なく掻い潜りつつ、攸夜が答える。上層でこれでもかと罠に引っかかっていた無様な姿はどこへやら、執拗な妨害をまるで意に介していない。

 

「へぇ……何だか意外だ」

「意外ってなにがさ」

「あぁうん、君たちっていつも仲がいいから、ケンカなんかしなさそうだなって思って」

「そりゃ喧嘩の一つ二つだってしますよ、俺たち聖人君子じゃないもの。つい最近も目玉焼きに何をかけるかで論争になったしな」

 

「は……?」ユーノの思考が一時停止した。

 不自然な間に攸夜は足を止めて訝しむ。その隙を突いて左側の壁から、侵入者を粉砕しようと野太い鉄の柱が突き出た。

 しかし、仕掛けは哀れ、攸夜の左手が軽々と受け止められて停止する。受け止めた掌は引っ込もうとする柱の頭をがっしり掴んだ。

 堅いものが軋みを上げる音が壁の裏から聞こえる。仕掛けを駆動させている歯車が、行くも戻るもできずに悲鳴を上げているのだろう。

 

「ご、ゴメン、意味がわからなかったからもう一回言ってくれるかな」

 

 柱を掴んだままの体勢で、攸夜はため息をこぼす。察しの悪い親友に呆れ顔だ。

 柱を引き抜くように力を込める。ミシミシ、と嫌な音を立てて鋼鉄の塊が根元からへし折れ、無惨にもひしゃげて投げ捨てられた。

 まるで飴細工のような有様だが、この鉄の塊だけで数トンはある代物だ。

 魔力で肉体活性されているとはいえ、常軌を逸した理不尽な怪力である。

 

「だから、目玉焼きにかけるのは醤油かケチャップかで喧嘩したんだって。つーかフェイトのヤツ、何でもかんでもケチャップかけるんだよ。ご飯だろうがカレーだろうがお構いなしにドバドバと。エレガントさの欠片もないっての」

「へ、へぇ……」

 

 病み気味にベタ惚れな攸夜には珍しく、パートナーに対する不満を吐露する。

 

「いやさ、アイツがトマト嫌いのくせにケチャップ党なのはよく知ってるし、マナーがなってないとか、俺の味付けが気に入らないのか、なんて器の小さいことは言わないよ?」

 

 けどさ、一拍の間。

 床から飛び出た回転ノコギリの歯を蹴り砕く。

 

「目玉焼きにまでかけることないだろ、常識的に考えて」

「そ、そうなんだ……」

「目玉焼きには醤油一択! 半熟トロトロの黄身と醤油をご飯にかけるのがうまいってのに。わかってないんだから」

 

 らしくなく熱意を込めて同意を求める親友に、微妙な相づちを返したフェレット。それはそれで器が小さいんじゃ……、という彼の呟きは、忙しなく動く仕掛けの音に紛れて消えた。

 

「あれ?」

「ああ、なんか生のトマトがダメらしい。てか、アイツ生野菜全般を食わないんだよ。俺もいろいろ手を変え品を変えて工夫してるんだけどなー」

 

 のんびりと雑談なんぞをしつつ、二人は進行を再開した。

 避けるのが面倒になったのか、攸夜は邪魔するトラップを手当たり次第に粉砕していく。どうやらダンジョン攻略ごっこに飽きてきたらしい。

 

「それで、どうやってフェイトと仲直りしたの?」

「模擬戦でケリつけた」

「どうしてこの流れで、そんな物騒な単語が出てくるのさっ!?」

 

 長い渡り廊下に叫びが響く。

 眼下には、底が見えない真っ暗な奈落が広がっている。落ちたらただではすまないだろうが、生憎二人は浮遊できるので関係ない。

 そして、行く手を遮るように刃渡り10メートル近くある巨大なギロチンが数基、振り子のようにぶらぶらと揺れている。

 

「そりゃお前さん、俺たちにとっては“戦い”が一番のコミュニケーション手段だからだよ。出会った頃からずーっとな」

 

 喋りながら、攸夜は腕に纏わせた魔法剣でギロチンを易々と斬り伏せていく。

 断ち切られた巨大な振り子が次々に奈落へと落ちていった。

 

「目玉焼きの件も気が済むまで殴り合った後、お互いの食生活を尊重しようねってことになったんだ」

「……僕、君たちのことがますますわからなくなってきたよ……」

「男女関係は十人十色。ユーノ君、勉強になったね」

「何かいいこと言った気になってるし」

 

 ユーノは力なく諦観して、がっくりと肩を落とした。

 

 

 遺跡最深部。

 ドーム状になった広間に5メートルを越えるほどの大きな扉があった。

 扉を中心にした壁の中、ずんぐりむっくりとした銅製の巨人像が六体埋め込まれている。

 あからさまに怪しいげなレリーフに警戒しつつ、攸夜たちは扉に近づく。

 やはりと言うべきか、想像通り六体の巨人像が動き出す。機械仕掛けなのだろう、歯車の音が分厚い装甲の隙間から漏れ聞こえた。

 

「番人、かな」

「だろうな、まったくご丁寧なことで。とりあえず、ブロンズゴーレムとでも呼べばいいか」

「ユーヤ、独りで倒せる?」

「余裕だね、俺を誰だと思っている? ……まあ一応、サポートよろしく」

「了解。素直じゃないなぁ」

 

 軽口の応酬は気心の知れた証。当然だ、彼らは“心友”なのだから。

 

「そんじゃあ、サクッと片づけますか」

 

 左腕に〈オリハルコンブレード〉の蒼い刀刃を纏わせた攸夜は、一息に戦闘速度まで加速。銅の巨人の一体に、蒼い“獣”が疾風の速さで肉薄する。

 頭にしがみついたままのフェレットを気遣って、速度を抑えてはいるものの、愚鈍な巨人ごときに捉えられるものではない。

 ゴーレムは迎え撃つつもりなのか丸太のような腕を振り上げるが、遅い。遅すぎる。

 

「ハァッ!」

 

 蒼い閃光が走る。

 分厚い銅で形作られた頑丈なゴーレムはバターのように断ち切られて、上半身と下半身は泣き別れ。轟音を立てて崩れ落ちた。

 ドームに音が反響する中、黒髪の魔王は番人を次々に駆逐していく。その様子は、まさに大人と子ども――いや、恐竜とアリと言うべきだろうか。まるで戦いになっていない。

 巨人は残り一体。

 

「ッ!」

 

 最後のゴーレムが目暗撃ちで繰り出した拳が背後から、一瞬だけ硬直した攸夜に迫る。蒼い眼光が肩口から紛れ当たりする間際の拳を捉え――

 

「はっ!」

 

 刹那、翠緑の魔法陣が輝き、銅の剛拳を受け止めた。ボサボサ頭に陣取ったユーノの仕業だ。

 障壁に拳を弾かれ、体勢が泳ぐブロンズゴーレム。攸夜はすぐさま跳躍し、絶妙のタイミングで鋭い回し蹴りをその胴体へと叩き込む。

 明らかにオーバーキルな一撃が狙い余さず突き刺さり、銅の巨体はひしゃげつつ大きく吹っ飛んだ。

 

「――俺たちを止めたいなら、ミスリルゴーレムでも連れてくるんだな」

 

 着地した攸夜は手拍子を二回打ち、嘯く。その背後で、銅の塊が爆発四散した。

 ぴょんと、攸夜の頭上から飛び降り、爆散し炎上している残骸を残念そうに眺めているユーノ。古代の機械――すでにスクラップだが――に知的好奇心を刺激されているのだろう。

 

「さんきゅ、助かった。しっかしユーノお前、障壁魔法の腕、また上げたんじゃないか?」

「どういたしまして。みんなには……特にユウヤには負けてられないからね。僕なりに試行錯誤してるんだ、いろいろと」

 

 男の子らしい対抗心を覗かせる言葉の後に、数瞬の間が広がる。

 ヒトの心の機微に敏感な攸夜は、空気が変わったことを悟った。

 

「僕、ちゃんと役に立てたのかな……」

 

 沈痛な響きのする声。親友に対する問いかけに聞こえる言葉はしかし、その実、自分自身に向けた強い疑問だ。

 ユーノは常々、自分の力不足を痛感していた。力が足りなかったから、弱かったからなのはに悲しい思いをさせてしまったのだと自分を責めて。

 デスクワークが専門だからとか、結界魔導師は直接戦闘に向かないからとか。そんなことは関係ない、言い訳だ。

 ただ、大切に想っているひとを悲しませてしまったことが何よりも悔しい――生来責任感の強いユーノの葛藤は強くて深いものだった。

 

「……はぁ」

 

 ため息のあと、攸夜の口元が笑みの形に変わる。まるでしょうがない奴だなとでも言いたげに。

 

「何言ってんだ。頼りにしてるよ、相棒」

 

 飾りっけのない真摯な言葉が紡がれた。

 ユーノは息を飲む。

 ほんの短い言葉――彼はそれだけで、救われたような気がした。偽悪家を気取る、本当は情にもろい天の邪鬼な親友の不器用だけど真っ直ぐな気遣いに。

 

「……ほら、先行くぞ」

「あっ、ちょ、僕も行くよ!」

 

 しんみりシリアスになりかけた雰囲気を嫌ってか、攸夜がずかずか歩き出す。後から慌てて追うユーノは目敏く見逃さなかった。

 ボサボサの髪に隠れた耳が少し赤みを帯びていたのを。そっけない態度が単なる照れ隠しだということを。

 

 

 巨大な扉が開かれる。

 最深部、最も奥の部屋は神殿か祭壇のようになっており、材質不明の石像が七体、まるで佇むように鎮座していた。

 祭壇の中央、両刃の剣を地面に突き立てた、巌のように精悍な顔立ちの男神像。太陽の苛烈さを思わせる戦士の像だ。

 彼のやや左後ろに、両手に杯を持つ薄着のを着た若い女性の像。月のように静かな微笑が美しい。

 その後ろに、花冠をティアラにした若い女性。ハンマーを持ち、髭を蓄えた壮年の男性。角と翼と牙を備え、稲妻を模した槍を持った若い男性の像がそれぞれ続き、そして、竪琴を抱えた恰幅のよい初老の男性と、植物のような髪を持つ壮年の女性を象った像が一番奥に並んでいる。

 神像――そうとしか呼びようのない造形が、そこにあった。

 

「アーケ、ラ……駄目だ、文字がかすれちゃって読めないや」

 

 変身魔法を解いた状態で跪き、中央の男性像を調べていたユーノがやや落胆した様子で立ち上がった。

 

「読めるのか、ユーノ」

 

 攸夜が手に持ってイジっていた何かを投げ捨てて振り向く。

 彼が投げ捨てたのは、ボロボロに朽ち果てた一本のクレイモア。護りの加護をかすかに残したそれは、遙か昔にはさぞや立派なマジックアイテムだったことが窺えたものの、朽ちてしまってはその価値もない。

 おもしろいもの――金目のものではない――がないかと漁ってはみたものの、どれもこれもガラクタばかりで、攸夜のお眼鏡に適うようなものは何一つなかった。

 

「うん、一応ね。これでも学者の端くれだから。このタイプの古代文字の使われた遺跡は、今までにもいくつかの無人世界で発見されてるんだ」

 

 だた、ここまで綺麗に残っている遺跡は初めてかもしれない。やや興奮気味にユーノは言葉を切る。学者の血が騒いでいるようだ。

 

「じゃあ、新発見ってわけだ。スクライア教授の名が歴史に残るかもな」

「そんな大層なことにはならないと思うよ」

 

 大げさな言い様に呆れたような笑顔がこぼして、ユーノは部屋をゆっくり見回した。

 在りし日を偲ばせる七体の像はただ、静かにそこに在るだけ。

 

「きっと、ここにも僕らの知らない魔法文明があったんだろうね……」

 

 遠く、この遺跡が作られたであろう頃に思いを馳せる。歴史学を修めるものの性なのだろうか、ユーノの瞳はどこか寂しげだ。

 同じように石像を眺める攸夜が皮肉の笑みで口元を歪めた。

 

「生者必滅。命あるもの、形あるものはいつか滅びる、か……。哀しいな」

「……ユウヤ?」

 

 いつになく感傷的なセリフを不思議がる声に、「いや、何でもない」と攸夜は首を横に振って曖昧にごまかす。

 

「転送ポート、さっさと設置しようぜ。上の人ら、首を長くして待ってるだろうからな」

「あ、うん、そうだね」

 

 いつもの調子に戻った親友に促され、ユーノは外部と行き来できる転送用の魔法陣を設置する作業に取りかかった。一抹の、違和感を抱えながら。

 

 ――なお、ユーノとなのはは無事に仲直りができたそうだ。

 もっとも謝罪と仲直りに赴く前に、なのはの方から「ヘンなことで怒っちゃってごめんね」と先んじられてしまったけれども。

 その顛末を聞き、攸夜が「……ヘタレめ」とつぶやいたのは割とどうでもいい話である。

 

 

   *  *  *

 

 

 とある日。

 私服姿のフェイトは、同じく普段着のなのはと海鳴市の繁華街に来ていた。

 

「えへへ、四人で遊ぶのってひさしぶりだよね、フェイトちゃん」

「うん♪」

 

 満面の笑みで言うなのはに、フェイトは同じく笑みを浮かべて楽しげに同意する。

 フェイトの衣装は、レモンイエローとホワイトのボーダー柄のTシャツに白いショートパンツ。上着と同じ、黄色と白のバッグとヒールスニーカーを合わせ、夏らしい爽やかな印象だ。

 一方なのはは、こじんまりとレースの施されたベージュ系のチュニックに淡い紅色のスカート、オレンジ色のミュール。同じくオレンジ色のトート。こちらも夏らしくパステルカラーを用いたかわいらしい装いだ。

 

「まだかなぁ、ユーノくんたち」

「本局の寮までユーノを迎えに行くから、ちょっとだけ遅れるって言ってたよ?」

 

 二人は今、駅前の時計台の前で待ち合わせをしていた。

 なのはは恥ずかしがって頑なに認めようとしないが、これはれっきとしたダブルデートである。フェイト的には楽しみで、ウキウキして仕方がなかった。

 通常、時間の都合が取れないのはフェイトとユーノで、今回は珍しく二人のスケジュールが同時に空いた。さらにその日が地球上の暦で日曜日と重なったため、これ幸いと四人で出かけることになったわけだ。

 ちなみにフェイトと攸夜は前日はハラオウンの家に泊まった。それぞれなのは、ユーノと合流するために朝から精力的に活動している。

 リーダーシップを取ったのは例によって攸夜でわりと強引に予定を決められてしまったが、フェイトしても大好きな恋人と親友たちと一緒に遊ぶのは大歓迎だった。

 

「よお、遅れて悪いな」

「やあ、こんにちは」

 

 しばらくして、男性陣が現れた。

 攸夜は、白いワイシャツに黒いベストとスラックス、革製のドレスブーツ、青いネクタイがアクセント。頭に被った黒いブレードハットがハードボイルドだ。

 ユーノは、レディースっぽい黄緑と黄色のボーダーシャツにクリーム色のカーゴパンツ、袖のない緑色のコート、赤いショートブーツ。線の細い彼にはお似合いで、片手に白紙の本でも持っていそうだ。

 

「わぁ、ユーノくん、おしゃれー」

「うん。なんかユーノらしくないけど、似合ってるよね」

「あはは、ありがとう。実はこの服はね、ユウヤが選んでくれたんだよ」

「ユーノは着た切りだからな、前に二人で遊んだときに見繕ってやったわけさ」

 

「テーマは二人で1人、だな」などと得意げにのたまう攸夜。一見無頓着なようで、彼はかなりの衣装持ちだったりする。

 美的感覚にも優れた(ルー)の教育の賜か、かつてはオシャレにほとんど関心がなかった攸夜も今では人並みに興味があるようだった。ただ、ブルーに対する偏執的なこだわりは直っていなかったが。

 

「あ、ユーヤもカッコいいよ?」

「ま、当然だな。フェイトもかわいいぞ」

「えへへ、ありがとう」

 

 お決まりのやりとりをしつつ、いつものようにイチャつくフェイトと攸夜(バカップル)

 何かを期待してジッとユーノを見つめるなのはだったが、視線が合った彼に首を傾げられて肩を落とした。

 そんな二人の様子を見て、フェイトと攸夜は苦笑する。

 

「で、ユーヤ、今日はどうするの?」

「んー、そうだな。無難にカラオケなんてどうだ?」

「いいね。さんせー!」

「カラオケかぁ……、なのはと行くの何年ぶりかな?」

「二年ぶりくらいじゃない? 中学生以来だから」

「……実は僕、カラオケ行くの初めてかも」

「ほぇ? そうなの?」

「うん。なかなか機会がなくてね」

「コイツ、仕事一辺倒のワーカーホリックだからな。部下との親睦会すらほとんど顔出さないんだぜ?」

「そんなのダメだよ、ユーノくんっ! ちゃんとお休みしないと、身体壊しちゃうよ」

「それ、なのはにだけは言われたくないんじゃない?」

「! ううー、フェイトちゃんがイジワル言うよぅ」

「嘘泣きすんなし」

 

 待ち合わせ場所を出発した四人は、和気藹々と会話しながら人混みに紛れていった。

 

 

   *  *  *

 

 

 薄暗い中、ビビッドな色合いの間接照明に照らされた二十畳ほどの広い個室。

 ボーイソプラノが響く。

 

「~~♪ ――……ふぅ」

 

 流行りの流行歌(ポップス)を情感たっぷりに歌い上げたユーノは、軽い疲労と達成感を帯びた息を吐く。ほとんど声変わりしていないからだろう、女性アーティストの高いキーも難なく発声できていた。

 歌声の聴き入っていたなのはが、感嘆のため息をこぼす。余韻に浸っているのか、その頬はわずかに紅潮していた。

 

「ふわぁ、ユーノくん歌上手だね」

「ありがとう、なのは」

「でも、よく地球(こっち)の歌知ってたね。これ、最近リリースされた新曲なのに」

「うん。ユウヤからオススメだってCDを借りてね。こっちの情報はマメに仕入れてるらしいよ?」

「そっかぁ、なかよしなんだねぇ」

「そうだね。僕らは親友だからね」

「うん。親友だもんね、うんうん♪」

 

 曇りのないユーノの笑みに笑い返し、感心したようになのはが何度も頷いた。

 フェイトに説明されながら端末をいじり倒していた攸夜(相変わらず機械類は苦手)が、「……お前ら、恥ずかしいこと話してんなよ」と呟く。

 気恥ずかしそうにしていた攸夜は一転して、ニヤリとあくどい笑みを浮かべる。フェイトは「あ、ユーヤがなんかイジワルなことしそうだ」などと直感したが、自分のことではないのでとりあえず傍観することにした。

 

「ところでなのは、ユーノの歌声に惚れ直したか?」

「ほれっ!?」

 

 横合いからの茶々に、なのはが絶句した。

 ボンッ!と音が聞こえるくらいに真っ赤に茹で上がった。

 

「にゃ、にゃにゃにゃにゃにいうの攸夜くん!? わわわわたひがゆゆゆゆーのくんのことすすすすきなわけなななないじゃん!?」

「どもりすぎて何言ってんのかわかんねーよ」

 

 真っ赤になって必死に否定するなのはに、攸夜は冷静にツッコミを入れる。照れと混乱から発せられたのだろう心にもない一言で、ユーノが密かに肩を落としていた。

 あーあ、自滅しちゃったよ。みたいな生暖かい視線を向けるフェイトと攸夜。これでも二人は、親友たちの不器用な恋を真剣に応援しているのだ。くっついたらますます四人お揃いで楽しいとか、そんな自分本位な事も考えているが。

 

「まあ、お馬鹿さんはほっとくとして。フェイト、一曲歌ってくれよ」

「え、私? でも、恥ずかしいし……」

 

 恋人からの唐突な要求に、フェイトはもじもじと人差し指同士をコスり合わせて照れている。

 そんないじましい――あるいはあざとい――行為は、魔王の嗜虐心に火を着けるだけである。

 攸夜は意識的に真面目な表情を作り、紅い瞳をジッと見つめた。フェイトの白い頬に朱が差す。

 

「俺は君の歌を聴きたいんだ。……ダメか?」

「! ユーヤが言うなら、やるよっ」

「よーし。曲はほしな歌唄(うたう)の迷宮バタフライな」

「あなたのためなら、何でも歌うよ?」

 

 途端にやる気を発揮したフェイトはテーブルの上のマイクをとって立ち上がる。計画通り、とばかりに攸夜が忍び笑いを浮かべた。

 ちょろいなぁ。なのはとユーノが単純な金髪の親友の将来を危ぶむ中、備え付けのスピーカーから前奏が流れ始めた。

 

「~♪」

 

 ノワールな雰囲気の歌を熱唱する金髪の美少女。相変わらず、その歌声は素晴らしかった。

 

 

「ふぅ……どうだった、ユーヤ?」

「ああ、最高だったぞフェイト。それはそうと、マイク渡してくれるか?」

「え? あ、うん」

 

 歌いきったフェイトに賞賛と微笑みを返し、攸夜はマイクを受け取る。どうやら、彼女が歌っていた間に選曲を済ませていたらしい。

 ちょうどそのタイミングで、アップテンポな前奏が部屋に響き渡る。

 

「次は俺のターンだ。さぁて、オレサマ厳選の燃えるアニソン&特撮ソング二十七連発と行くかァ」

「えっ、ちょっ、まっ!? いくらなんでも多すぎだよっ」

「知らんなぁ。端末を俺に渡したお前等が悪い。『だから俺は悪くない』」

 

 括弧、もとい格好付けて攸夜はのたまう。やりたい放題、魔王の言い分絶好調である。

 

「傍若無人だなぁ」

「ユーヤって、いったんマイク持ったらしばらく離さないんだよね……」

 

 マイクを奪還しようとするイノシシ娘をひらりと躱し、気持ちよく歌い始めたまおーさまにフェイトとユーノが呆れたように言う。

 

「もうっ、そーいう勝手はダメなんだよっ!」

「ハイハイ。黙って俺の歌を聴けー!ってな」

 

 ムキになってつっかるなのはを片手間であしらいつつ、攸夜はさも気持ちよく熱唱するのだった。

 

 四人はあのあとその足でここ、レストランカラオケのチェーン店にやってきた。

 昼食代わりに頼んだ大量のサイドメニュー――電話口で、注文を受けた店員の声が引きつっていた――を消費しつつ、適当に四方山話をしたり、持ち寄った携帯ゲーム機――だいたい攸夜とはやての影響――で協力プレイしたり、たまの休日を年相応にめいっぱい堪能している。

 金に糸目はつけない太っ腹な魔王(ゆうや)の意向で、ほとんど一日貸し切り状態だから時間はたっぷりあった。

 

 

「――むぅ……」

 

 ついにマイクを取り返すのを断念したなのはは、フェイトの隣にドサッと座った。ぷんぷんと擬音が聞こえそうなくらい怒り心頭の様子である。

 

「もお、攸夜くんってばあいっかわらず自分勝手なんだから。フェイトちゃん、よくあんなのとつき合ってられるよね」

「あんなのって……そうだね。ユーヤってイジワルで強引で、私もたまに性格悪いなぁ、って思うときもあるけど、かわいいところだってあるんだよ?」

「うわ、ノロケられちゃった。フェイトちゃんですらそう思うんだもん、私には絶対ムリだよ――って、なんでそんなにうれしそうなの?」

「えへへ、ヒミツっ!」

 

 ニコニコと妙に機嫌がよくなったフェイトを見て、なのはが首を傾げる。

 今でも親友たちに対して、攸夜が盗られないかと地味に警戒しているフェイトだったりする。

 

 その後、奇跡の力的な歌にユーノが、宇宙の絆的な歌をフェイトがそれぞれデュエット相手に駆り出された。

 ひとりだけハブられたなのはが何故だか不満そうな顔をしていたので、攸夜は四人で歌えそうな――アニメや特撮のテーマを多数排出する歌手ユニットの――曲をいくつかチョイス。結局、そのままの流れで五曲が追加され、一同は楽しい一時を過ごした。

 ちなみに、攸夜は女性ボーカルに合わせて女装――というか変身魔法を使うことは、さすがに自重したようだった。

 

 

 化粧室。

 フェイトはなのはと連れだって、洗面台の前で身だしなみを整えていた。

 とはいえ、別に化粧直しをしに来たわけではない。いわゆる“花を摘みに来た”のだ。

 

「はふぅ……、いっぱい歌歌って疲れちゃった」

「だねぇ。私ものどがヒリヒリするよ」

 

 息を吐くフェイトに、なのはが苦笑して同意する。

 だが、この集まりを二人が楽しんでいるのも事実。現役高校生のなのははともかく、管理局の執務官として日々ハードな仕事をこなすフェイトは久々と言っていい友だちと遊ぶ機会だった。

 部下や同僚と飲み会に誘われたりもするがあくまでもそれは仕事上のつきあいであり、生来の内気な性格の所為か、交友関係の狭い彼女は恋人や家族との時間を優先してしまい、ますます私的な人付き合いの機会が減っていたりする。本人は、気にも止めていないが。

 

「それにしても、ユーノの歌、上手でびっくりしちゃった。ちょっと意外だったけど、声とか昔とほとんど変わってないし、考えてみれば当然かもね」

「うん。そだね……」

「……なのは? なにか悩み事?」

 

 気のない生返事に、フェイトが怪訝がる。わずかにためらう素振りを見せたあと、なのははぽつりとつぶやく。「フェイトちゃんに、聞いてもらおうかな」

 

「私ね、ユーノくんのことなんにも知らないなーって反省してたの」

「なのは……」

「ユーノくんは私の大事な、その……友だちなのに、好きな食べ物とか、お休みの日はなにしてるのかとか、そういう当たり前のことぜんぜん知らないんだよ? おかしいよね」

 

 似合わない自嘲を浮かべるなのは。

 聞かされた悩みを理解する思考の隅で、フェイトは「まだ好きなこと認めないんだ」と頑固な親友にかすかな呆れと苛立ちを覚えた。

 身近すぎて自分の気持ちに気づいていなかった頃よりは成長したとも言えるが、それ自体は外的要因によるものだし、致命的な負い目を負ってしまって結果的には後退したようにも思える。これでは一歩進んで二歩下がる、である。

 フェイトは大事な親友のため、仮にも恋愛の先輩としてアドバイスすることにした。

 

「でも、そんなの気にすることないよ」

「え?」

「私だって、ユーヤの知らないところ、たくさんあったし」

「昔から、ほとんどいっしょに住んでたのに?」

「う……それは、その、あのころの私は目の前のことでいっぱいいっぱいだったから、気づけなかったんだよ」

 

 思わぬ切り返しにやや詰まりながら、フェイトは過去を振り返る。

 かつての幼い彼女には見えていないモノもあったし、かつての頑なな彼が隠していた部分もあった。

 きっとあの頃のフェイトは、彼の邪悪な部分を受け入れることができなかっただろうし、きっとあの頃の攸夜も、彼女の潔癖な部分を認めることはなかっただろう。思いの丈をぶつけ合う壮絶な戦いの果て、剥き出しの心をさらけ出した初めて、二人は真の意味でお互いに向き合ったのだ。

 けれど、今こうしていい関係を築けている理由はそれだけではない。

 雪の日の離別から数年の時が過ぎて少しだけオトナになった二人が、相手を思いやり慮る余裕を持てるようになったからこそ、決定的な破綻を迎えずに済んでいるのである。

 

「私たちはヒトだから、やっぱりどうしても合わないことってあると思うんだ。私だってユーヤのイヤなところはあるし、きっとなのはだって、ユーノのいやだなって思うところを見つけちゃうんじゃないかな」

「うん……」

「あ、えと、なんか脱線しちゃったけど、私にもユーヤの知らないところがあったんだから、なのはがユーノのことを知らなくてもそんなにおかしくないと思うんだ」

「そう、かなぁ」

「そうだよ。でね、私はユーヤの新しいところを見つけると、それがどんなことでもうれしいんだ」

 

 フェイトは胸を張るように堂々と、なのはに告げる。

 彼と、攸夜と一緒に暮らしてみて、初めてわかったことは数え切れないほどで。驚くこともあったし、眉をひそめるようなことだってたくさんあったが、それでもフェイトは、攸夜の新しい一面を見つける度に幸せな気持ちになるのだ。

 また一つ、彼の“ほんとう”に近づけたんだ、と。

 

「えっと、だからね。なのはも今からいろいろ知っていけばいいんだよ、ユーノのこと。それで、向こうにもなのはのことをいっぱいいっぱい知ってもらったら、なんだかステキだと思わない?」

「そうかも。……そうだね、うんっ」

 

 拙いながら、フェイトなりの真摯な心の篭もったアドバイスに納得し共感し、なのはは花のような満面の笑顔を咲かせた。

 

「ありがと。なんかお話し聞いてもらったら、すっきりしちゃった」

「私、恋愛の先輩だから」

「おおー、フェイトちゃんがなんかかっこいい」

「えへへ」

 

 二人はそうやってじゃれあいながら、最愛の男の子たちの元へと戻っていくのだった。 

 

 

   *  *  *

 

 

「ただいま~」

「ただいま帰りました」

「お帰りなさいね、フェイト、攸夜君」

 

 時刻は夜八時。

 夕食に焼き肉の食べ放題を楽しんだ後、四人が向かったのはフェイトの実家、ハラオウン家。その玄関先で彼らを出迎えたのは水色のエプロンを掛けたリンディだった。

「「おじゃまします」」妙に礼儀正しい攸夜に苦笑を漏らしつつ、なのはとユーノが続く。

 

「いらっしゃい、なのはさん、ユーノ君。……ふふ、みんな揃ってるのを見ると、なんだか懐かしい感じがするわ」

「確かに」

「僕がこちらにお邪魔するのは、いつかのクリスマスパーティー以来ですからね」

 

 リンディがしみじみと言うと、ユーノはばつが悪そうに苦笑を浮かべる。自分の不義理に気が付いて、身の置き場がないのだろう。

 その横では、フェイトが何やら顔を真っ赤にして俯いている。攸夜と結ばれた夜のことを思い出しているらしい。

 

「さあさ、立ち話もなんだし、お上がりなさい。みんなはもうご飯食べてきたのよね?」

「うん、そうなんだ。お夕飯食べられなくてごめんね、お母さん」

「いいのよ、気にしなくて。久しぶりにお友達同士で集まったのだもの、気兼ねなく過ごせた方がいいに決まってるわ」

 

 四人を順に見て、ホッとするような笑顔を浮かべるリンディ。小さい頃から見守ってきた子どもたち、それがこうして立派に成長した姿を見せてくれる――子ども好きな彼女には何よりの孝行と言えるだろう。

 依然ニコニコと上機嫌なリンディが、娘に問う。

 

「ところでフェイト、どこでごはんを食べてきたの?」

「失楽園、ていう焼き肉屋さんだよ」

「タン塩、おいしかったねー」

「僕はちょっと食べ過ぎちゃいましたよ」

「ユーノ、お前は線が細いんだから、もう少し食った方がいいって」

「あらあら、有名な高級店じゃない。……攸夜君、お金は大丈夫だった?」

「はい、ご心配なく。実はそこ、ウチの姉が経営してる店の一つでして。特別優待券を貰ってるんで、金は掛かってないんですよ」

「ほぇ、そうだったの? どおりで攸夜くんにしては気前がいいと思った」

「……ヒトをドケチみたいに言うのはやめてもらえませんかねェ」

 

 二人の砕けたやりとりに、周囲から笑顔がこぼれる。

 なのはがこうして気兼ねなく憎まれ口を叩く相手は攸夜だけであり、彼女にとって彼がユーノとは別の意味で特別な相手という証拠だった。

 

 

 リビングに場所を移した四人。

 とりあえず、入浴を済ませてしまおうかと話していたところに、一歳になった息子と娘をおんぶに抱っこしたエイミィがやってきた。

 

「みんな、いらっしゃーい」

「あ、姉さんただいま」

「フェイト、おかえりー」

「うん。アルフもただいま」

 

 どうやら子どもたちを入浴させていたらしく、足下には省エネ(幼女)モードのアルフも一緒だ。

 ユーノがエイミィに声をかける。

 

「久しぶり、エイミィ」

「あはは、ホント久しぶりだねぇユーノ君とは。この子たちが生まれて以来だっけ?」

「ご、ごめん」

「いいっていいって。無限書庫のお仕事が忙しいんでしょ? こっちこそごめんねー、ウチの旦那がこき使っちゃってさ」

「ううん、クロノにはいろいろ便宜を図ってもらってるし、お得意様だからね」

 

 二人の会話はそこはかとなく“オトナ”だった。

 その横で、「クロノくんを、ダンナって呼んでるんだぁ……なんだかいいなぁ……」などとなのはがうっとりしている。妄想の相手は、まあ言うまでもないだろう。

 

「コイツ、一種の引きこもりですからねー。休みの日だって部屋に籠もってまともに出やしない」

「えー、それは不健康だよ」

「ちょっとユウヤ、人聞きの悪いこと言わないでよ」

「本当のことだろう?」

「本当だけど、僕にも体面があるんだ」

「ぶっちゃけたな、オイ」

 

 攸夜とユーノの軽妙な会話に、再び笑顔があふれる。フェイトとなのはが顔を見合わせて、心底嬉しそうに笑い合った。

 そして四人は、子どもたちを寝かしつけるために夫婦の自室に退(さが)るエイミィと別れを告げた。

 

 さておき。

 ようやく入浴することになったのだが――

 

「どどどどどうしようフェイトちゃんっ!?」

「なのは、ちょっと落ち着こうよ」

 

 かつてはフェイトの部屋であり、今は客間として使用されている一室。激しく動揺するなのはを、フェイトがうんざりしたように宥めている。

 

 なのはがこうもひどく混乱している原因は、いっそ下らないと言って差し支えないことだ。

 いくら広くて大きなこの部屋とはいえ風呂場は一つきりであり、つまり気になる男の子と同じお湯を使わなければならないことに、遅まきながら気がついてしまい泡を食っているというわけである。

 かつては一緒に混浴した仲――ユーノはフェレットモードだったが――とはいえ、身体的には充分大人と言っていいくらいに成長した今では、そんな恥ずかしげもないことはできない。恥ずかしいから。

 新しく湯を張り直せばいいとなのはは強く主張したものの、「人様の家にお邪魔しておいてそれはないんじゃないか」と攸夜に指摘されて意気を失った。リンディからはそれでもかまわないと言っていたが、やはりそんな不作法はできないと謹んで辞した。

 もっとも。「ユーノと同じお湯に入るわけだな、なのは」――攸夜が余計なことを口走らなければ、こんなややこしいことにはならなかったのだが。

 

「そ、そうだね。…………フェイトちゃんは、どっちがいい?」

「私は、先の方がいいかなぁ」

 

 ややふてくされたなのはの問いに、フェイトは他人事のようにのんびりと答える。いくらユーノが大事な友だちだとはいえ、攸夜以外の男性が入ったお湯には浸かりたくないというのがフェイトの本音だ。

 彼女は本来そこまで神経質ではないが、攸夜の発言の所為で多少気になってしまっている。乙女心というものは複雑なのである。

 

「ううー、でもぉ……ユーノくんが私のあとに使うって考えたら、恥ずかしいよぉ~!」

「どうでもいいけど。私たちってお風呂長いんだし、はやくしないユーヤたちに悪いよ」

「フェイトちゃんがイジメる……」

 

 正論を用いて催促するフェイト。いじめているわけではい。

 とはいえ、フェイトとてなのはの気持ちもわからなくもなかった。彼女も昔は攸夜の後に入浴するのは緊張したり変な気持ちになったりもしたし、初めて混浴したときなどはいろいろな意味で湯あたりしてしまったものだ。

 

「どっちにするか、はやく決めてよ、なのは」

「ううー、ううー!」

 

 天然で非情な言葉にうなり声をあげるなのはは結局、無難に先に入浴することに決めたのだった。

 

 

「アイツら、たかが風呂入るのに何揉めてんだか」

「まあまあ」

 

 入りもしないでグダグダと揉めていた女子二人を引き合いに、攸夜は憮然とする。ユーノからなだめられると少し気分を持ち直したのか、話題を軌道修正した。

 

「そういうお前さんも、何気に緊張してんたりするんだろ?」

「実はちょっと」

「あれか、なのは汁の染み込んだ風呂にドキワクなんだな」

「それじゃまるで、僕が変態みたいじゃないか」

「え、違うの?」

「違うよっ!」

「俺は楽しみだぞ、フェイト汁」

「変態だっ!?」

「余計な不純物が混ざってるのが残念だけどな」

「ほんとブレないよね、君って」

「褒めるなよ、照れるだろ」

「褒めてないよ……」

 

 お下劣な猥談で時間を潰す二人。

 本人たちはもとより、リンディやエイミィが聞いていないのをいいことに言いたい放題である。

 ――と、そのとき。

 

『フェイトちゃん、洗いっこしよ』

『うん』

 

 風呂場から、くぐもった声が漏れ聞こえてくる。

 ユーノと攸夜はピタリと動きを止め、揃って浴室の方に顔を向けた。さすがに、近づいてまで聞こうとはしなかったが。

 

「これは……なんというか……」

「うむ、背徳的な感じがするな」

 

 いささか興奮した様子で耳をそばだてる二人。お気に入りのクッションに伏せていた子犬モードのアルフが、ジトッとした目を彼らに向けた。

 

『わあ、フェイトちゃん、またおっぱいおっきくなったんだねぇ。攸夜くんにたくさん揉まれちゃったのかな?』

『んっ……ちょっ、やっ、なのはっ! はやてみたいなことしないで』

『うふふー、よいではないかよいではないか』

『なにそれ、って、んんっ、もうっ! お返しだよ!』

『きゃんっ、やったなー』

 

 美少女がじゃれあう艶やかな黄色い嬌声。男子(バカ)二人は、どちらともなくゴクッと生唾を飲み込んだ。脳裏には、泡まみれのあられもない姿をした

 オープンな攸夜とむっつりなユーノで違いはあるが、彼らはわりと“欲望に忠実”である。

 

「くっ、羨まけしからんな。まあ、俺はもっと過激なことやってるけど」

「し、刺激が強すぎるよ……」

「ユーノ、鼻血」

「えっ、嘘っ!?」

「うん、嘘です」

 

「……バカだねぇ、どっちも」

 アルフが呆れたような半眼で、小さく呟いた。

 

 それからしばらく。

 入浴を終えたフェイトとなのはがリビングにやってくる。

 黒い無地のタンクトップに白いショートパンツを寝間着代わりにしたフェイトと、ピンクをベースに白い水玉の入ったパジャマを着たなのは。どちらもそれぞれの個性が表れたチョイスであり、風呂上がりの上気した肌がひどくコケティッシュだった。

 

「ふーっ、さっぱりした」

「ユーヤ、ユーノ、お風呂あがったよ」

「う、うん」

「じゃ、じゃあ俺たち風呂入ってくっから」

 

「「??」」どこかよそよそしい男子二人に女子二人が首を傾げる。

 彼らは会話もそこそこに、そそくさと逃げるように浴室に行ってしまう。

 

「今の、なんだったのかな?」

「さあ? あ、フェイトちゃん、髪乾かすの手伝うよ」

「うん、ありがとう。終わったら、なのはの拭いてあげるね」

 

 スツールに座ったなのははドライヤーと乾いたバスタオルを手に、同じく目の前に座ったフェイトの髪を丁寧に拭う。

 シルクのような手触りの見事なブロンドは枝毛切れ毛の一本もなく、しっかりと手入れされていることがよくわかる。同性として嫉妬を感じてしまうほどだ。

 

「やっばりフェイトちゃんの髪、サラサラしててキレイだね。毎日のお手入れ、大変じゃない?」

「うん。でもユーヤが手伝ってくれるから、だいじょうぶだよ」

「へぇー、そんなこともしてくれるんだ。ずいぶんマメなんだねぇ」

「意外でしょ? ユーヤってあれでけっこう尽くしたがりみたいで、いつも私のお世話してくれるんだ」

「あーあ、またノロケられちゃった」

「ノロケたつもりないんだけど……」

「にゃはは、いいじゃん。攸夜くんとなかよしで」

 

 若干憮然として後ろを振り返るフェイトになのはが笑いかけた。

 

 さすがというか、ささっと手際よく乾かし終えた終わらせたなのはが今度はフェイトに髪を委ねる。彼女の赤みがかった明るい茶髪もきちんと手入れがなされており、二人はどんなシャンプー、リンスを使っているかで盛り上がった。

 ――と、そのとき。

 

『おっ、ユーノ腹筋割れてるじゃん』

『仕事の合間に訓練してたから、そのせいかな』

『ほぉ、訓練というと?』

『ストライクアーツ、時空管理局の正式格闘技の一つだね。本局でなら簡単に習えるし、僕に出来そうなのがこれくらいしかなかったから』

『ま、結界魔導師のお前にゃ格闘技ってのは合ってるかもな』

『うん。今は新しい僕なりの戦い方(スタイル)を模索してるところ、かな』

 

「……」

「へー、ユーノがんばってるんだ」

 

 例の如く風呂場から聞こえる声に何やら無言で固まるなのはと、のん気に感想を述べるフェイト。やはり伏せていたアルフが、胡乱な目で二人を見ている。

 ちなみに、〈ストライクアーツ〉はなのはもそこそこ使えたりする。武装隊時代に取った杵柄というわけだ。

 

『まあ、ユウヤに比べたら大したことないよ』

『鍛えてますから。――格闘技か……良ければ今度、稽古の相手してやろうか?』

『いいの? うれしいな』

『……お前な、そういう恥ずかしい笑顔やめろって言ってるだろ』

『あはは、ユウヤが照れてる』

『照れてねーって』

 

「……」

「……」

 

 今度はフェイトが動きを停止させた。

 照れてる恋人の姿を想像(もうそう)して、フェイトはニヤニヤしている。いわゆるメシウマ状態であった。

 

「照れてるユーヤ、かわいいなぁ」

「……腹筋、割れてる……」

「なのは、鼻血」

「えっ、ウソっ!?」

「うん、ウソだよ」

 

「……バカばっか、だねぇ」

 ついさっき見たばかりのやりとりが焼き増しされて、アルフはため息を吐いたのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 時刻は夜九時。

 四人は客間である旧フェイトの自室――ではなく、十六畳ほどある和室に布団を敷いてその上に座り、雑談などをしていた。

 ちなみに、攸夜の寝間着は青いプリントTシャツとグレーに青いラインの入ったスエット、ユーノはライトグリーンのパジャマである。

 

「こうしてみんなでお布団並べてるの、なんか修学旅行みたいだねー」

「そうだな」

 

 お気に入りのキャラクター入り黄色いクッションを抱えたフェイトがニコニコ脳天気に言うと、だらりと姿勢を崩した攸夜が鷹揚に応じる。

 

「そういや、附属小の修学旅行ってどこだったんだ?」

「普通にハワイだったよ? ……ユーヤも一緒に行けたらよかったのに」

「……悪い。反省してる」

「うん、許してあげる。それで、そういうあなたはどこに行ったの?」

「京都だった。日本有数のオカルトスポットだからな、百鬼夜行の討伐が予定に組まれててわりとしんどかったぞ」

「それのどこが修学旅行なの……?」

 

 攸夜とフェイトの会話を隣で聞いていたなのはが、怪訝な顔でもっともな疑問をこぼした。

 輝明学園秋葉原校の学校行事とは、いつも何でも危険と隣合わせの命がけなのである。

 

「そんなことより、やっぱ部屋変えない? フェイトちゃんたちはともかく、私とユーノくんが一緒の部屋だなんてなんか変だよ。ハレンチだよ」

「まだ言うか。諦めろ、話し合って決まったことだろ」

「いや、話し合いも何も、ほとんどキミの独断専行じゃないか」

「そうだよっ、ユーノくんの言うとおりだよっ! それにほら、「男女7歳にして同衾せず」って言うじゃん!」

「おっ、なのはからそんな難しい言葉が出るとは甚だ意外だな」

 

 ニヤニヤ悪意のある笑みを浮かべた攸夜がからかうように混ぜっ返すと、気分を害したなのはがプクッと膨れっ面をした。

 

「むーっ、攸夜くん私のことバカにしてるでしょ?」

「してるぞ。国語系教科がてんでダメダメな高町さんのことをね」

「わ、私もうコーコーセーなんだからねっ! お勉強だって、がんばってるんだもんっ」

「はいはい。スゴイデスネー」

 

 主張するなのはを攸夜は白々しい態度であしらう。例によって、バカにしているようだ。

 なお、出会った当時九歳、なのはとユーノは同じ部屋で寝泊まりをしていたわけで、なのはの言葉を借りれば微妙にアウトである。

 

「フェイトちゃん! 攸夜くんがヒドいと思わない!?」

「思うけど、なのはが語学系が苦手なのもほんとのことだよね」

「!? うわぁあん、バカップルが二人してイジメるぅーっ」

「バカップル言うなし」

 

 口々に責め立てられて、なのはがついに泣き出した。

 だが、端から見ればハシャいでいるようにしか見えないし、実際彼女はかなりハシャいでいる。布団を並べて同じ部屋で寝るという特殊なシチュエーションに、いささか興奮しているようだ。

 

「ユーノくーんっ!」さんざん攻められてとうとう涙目ななのはが、助けを求めてユーノにすがりつく。

 それは無駄に浮ついたハイテンションに任せた、衝動的な行動だった。要するに、脳みそがお花畑になったためにおきた考えなしの結果は――

 

「わわっ、な、なのは!?」

「あっ! ご、ごめん、ユーノくん」

 

 突然、大きなおっぱいを押し付けられたユーノは狼狽して慌てふためき、そのリアクションで我に返ったなのはが真っ赤になって飛び退く。ラブコメである。

 それを見ていたバカップルは、呆れつつもほのぼのとするのだった。

 

 なお、なのはとユーノは隣で寝ることだけは固辞することに成功した。

 

 

「バフ切れたな。ユーノ、かけ直してくれ」

「了解だよ」

「いい加減長期戦だねー。あっ、そろそろチェインが50越えそうだよ」

「じゃあ、チャージでフィニッシュするね」

 

 四人は並べた布団の上で、携帯ゲーム機で遊んでいた。カラオケ店での続きであり、ソフトは宇宙が舞台の大作アクションRPGだ。

 ちなみにそれぞれの本体カラーは、攸夜がバイブランド・ブルー、フェイトがピアノ・ブラック、なのはがブロッサム・ピンク、ユーノがスピリティッド・グリーンである。

 なのはの本体とソフトは彼女が自分のお小遣い、というかバイトで稼いだお金で買ったもの――プライベートはインドア派な彼女は、昔からテレビゲームが好きだった――だが、フェイトとユーノのそれは攸夜がそれぞれ理由を付けて買い与えたものだった。

 フェイト自身正直言ってそれほど興味はないのだが、相変わらずゲーム好きな恋人――というか、彼は愉しいなら何でもチャレンジする雑食性享楽家である――と遊ぶために一通り揃えており、ユーノの方はといえば誕生日プレゼントとして攸夜から一式丸ごとが送りつけられた。

 「コイツで一緒に遊ぼうぜ!」とスゴくいい笑顔で告げられたユーノは、苦笑を禁じ得なかったという。プレゼントのわりに、目的がほとんど自分本位だということは親友の面目のために気づかない振りをした。

 

「よっし、エルディシオン出た」

「わあ、おめでとうユーヤっ」

「すごー、超レアじゃん」

「ふっ、やはり俺のリアルラックは最強だな」

「なんかはやてちゃんみたいなこと言ってるよ、この人」

 

 お目当てのレアアイテムを入手できて喜ぶ攸夜をフェイトが祝福し、なのはが驚きつつも呆れている。

 

「そういえばストーリーモードのヒロインの声、フェイトちゃんに似てるよね」

「え? そうかな」

「確かにそっくりだな。つーかフェイト、自キャラに同じ中の人のボイスパターン使ってんじゃん」

「なんというか、メタだよね」

 

 いろいろ危険な会話をする友人たちにユーノがツッコんだ。

 それから彼らは、明日の学校や仕事に響かない程度に遊戯に熱中したのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 豆電球のみが点灯した薄暗い部屋。

 目覚まし時計の短針が刻む規則正しい音が響く。

 

「今日はたっくさん遊んだね」

「そうだね。なのはと久しぶりに遊べて、嬉しかった」

「にゃはは、私もだよ」

 

 布団に仰向けになりながら、なのはとフェイトが静かに語らう。

 約二名の必死の抵抗により、布団の並びは頭を中心に向けた放射状となっている。順番は時計回りに、フェイト、攸夜、ユーノ、なのはだ。

 

「お前ら、こんな当たり前のことでいちいちしんみりすんなよ。また集まればいいだろ?」

「私もユーノも、お仕事忙しいよ?」

「それぐらい、俺が何とかしてやる」

「うわ、攸夜くん自信満々だ」

「あはは、ユウヤらしいや」

 

 尊大で自信家なまおーさまは、今夜も大胆不敵であらせられる。

 

「まっ、お前ら程度の面倒を見れないようじゃ、“世界”なんて背負えないしな」

「急にスケール大きくなっちゃった」

「というか、僕たちユウヤに面倒見られてたんだ」

 

 なのはがびっくり仰天し、くすくすユーノが笑みをこぼす。そんな友人たちをフェイトは優しい眼差しで。

 和やかな雰囲気に乗って、なのはが口を開く。

 

「もうすぐ夏だし、どっか行きたいね」

「海は前行ったし、プールなんてどうかな」

「いいねー。ウォータースライダーとか、楽しそう♪」

「山でバーベキューとかキャンプもいいかもね」

「ユーノはフィールドワークでそういうアウトドアが得意だもんな。……その時は、はやてたちも呼んでやるか」

 

 口々に展望を語る四人。

 そこに。

 

「とりあえず、また遊ぼうぜ。この四人でさ」

 

 言って、攸夜は左手を頭上に伸ばした。

 

「うんっ」

「いっしょに、だね」

「楽しみにしてるよ」

 

 フェイトが、なのはが、ユーノが、彼に応じて手を伸ばした。

 ギュッと繋がれた四つの手。お互いの温もりを直に感じあい、掛け替えのない繋がりを確かめる。

 生まれや育ちはおろか、出身する世界も、次元すら違う四人。それがこうして出逢い、紆余曲折ありながらも友だちになり、そして絆を紡ぎ、想いを育んだ。

 それはとても奇跡的なことで。

 

「俺たち四人が揃えば、何でもできる。なんだって叶えられる――そんな気がしてこないか?」

「私も、そう思うよ。なのはと、ユーヤと……」

「フェイトちゃんと、ユーノくんと。みんなで力を合わせたら、きっとスゴいことができちゃうかもね」

「概ね同意だけど。はやてのことはいいの?」

「途中参加者はお味噌で十分だ。つーかアイツは強かなヤツだし、心強い家族だっているんだから別にいいだろ」

「それ、ちょっとひどいよユーノ。ふふっ」

「あはは、だねぇ。はやてちゃん、かわいそう」

 

 攸夜の容赦ない言い様に、思わずフェイトとなのはがツッコミつつも吹き出した。ユーノがその様子を見てまた微笑んで。

 静かな笑みが部屋にあふれる。

 ――こうして、彼らの休日の夜は更けていくのだった。

 

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