魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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しゃーぷ9

 

 

 

 主八界 第八世界ファー・ジ・アース

 

 無数のコードが床を走り、用途のわからない機械が散乱した薄暗い室内。

 巨大な強化アクリル製シリンダーの内部、妖しく発光する溶液に浸かった機械の骨格が不気味に浮かぶ。

 米国に本社を置き、ガンナーズブルームを初めとするウィザード向けの商品を開発、および販売を行う一大企業〈アンブラ〉。ここは、その極東支部に属するとあるラボである。

 

 姿を九歳の頃のものに変え、懐かしの黒い学ラン風の制服を纏った攸夜が、デスクチェアに深く腰掛ける妙齢の女と向き合っていた。

 

「亜門女史、それが?」

 

 対する女性の服装は奇妙だ。

 大胆に胸元の開いた赤い袴の巫女装束の上に、丈の長い白衣を羽織っている。不揃いな前髪がかかったツーポイントフレームの眼鏡と合わせて、どこか放蕩とした印象を醸し出していた。

 化粧っ気はまったくないがとても美しい女性で、「ちゃんとしたらモデルみたいになるんじゃないかと思える美貌」とは某女性が苦手な純朴忍者の感想。実の妹曰わく「いわゆる変態さんやもん」とのことだが。

 

「そのとおりや。君からの依頼通り仕上がっとると保証する」

 

 女が顎を軽くしゃくり「なんなら確認してみたらええ」と、すぐ側に鎮座する白い洋風の棺を示した。

 真っ白の塗料で塗装された約二メートルほどの厳めしい外観のそれは、薄暗い室内の雰囲気と相まってどこか妖しい。攸夜は片膝を突くと重々しい蓋を開き、その中身を睥睨する。

 数瞬の後、立ち上がった攸夜の表情は満足げだった。

 

「確かに。どうもありがとう」

「……」

 

 ぽかんとあっけにとられた様子の女に、攸夜は「何か?」と怪訝な顔で問う。「いやな」苦笑気味に前置きが一つ。

 

「まさか魔王から礼を言われる日が来るとはなぁ、と感心してしもて」

「誰にでも礼儀正しく、が僕のモットーなんですよ」

 

 心にもないことを吐きつつ、軽薄に笑う攸夜。女がニヤニヤとシニカルな笑みで応えた。

 今回、攸夜――正確には現し身のうちの一体――がここを訪れたのは、このラボを取り仕切る主にして一流の“陰陽師”、そしてその筋では名の知れた天才“箒”デザイナーでもあるこの女性にかねてから依頼していた()()を引き取るためだった。

 こちらでは裏界陣営に属する攸夜。ウィザードである彼女がその依頼を受ける道理など本来はないのだが、所属母体であるアンブラそのものに裏取引を持ちかけることで目的を達した。どちらかといえば搦め手や謀略を得意とする攸夜らしい策だ。

 その取引の内容は単純明快。裏界とミッドチルダの魔法技術の一部を移譲すること。

 “箒”のシェアではトップをひた走るアンブラも異界系の技術には体質上やや弱い。競合他社である〈トリニティ〉や〈オクタヘドロン〉にはその分野で先んじられている。そんな事情に加えて、ラボ自体にも少なくない資金援助が入れるともなれば受けざるを得ないだろう。実際、移譲された技術で開発された“箒”が、次期主力機トライアルに出展されたという話だ。

 もっとも、相手はマッドサイエンティストの気がある天才科学者だ。筋が通れば喜んで引き受けたかも知れないが。

 なお、引き渡されるモノには、メンテナンス等の理由から移譲された技術――特に、ミッドチルダ系の魔法科学がふんだんに応用されている。

 そんな無茶な要望に、小難しい専門用語のオンパレードな講釈――と言う名の小言を受け、攸夜がげんなりしたのは完全な余談だ。

 比較的明るい呪術的、あるいは魔術的な分野ならばともかく、機械音痴の彼にはさっぱりチンプンカンプンで、異星人の言語にしか聞こえなかったという。

 

「しかし、なんやな――」

 

 白衣の胸ポケットから紙巻き煙草と今時珍しいネジ式の百円ライターを取り出す女。煙草をくわえ、火を点けた。

 

「相っ変わらずきれーなカオしとるなぁ、君。……なあ、お姉さんとええことせぇへん?」

 

 ぷかり、と紫煙が言葉と一緒に吐き出された。

 一見、冗談めかしてはいるが、目だけはさりげにマジだ。

 ガキ相手にナニ盛ってるんだこの人は。内心呆れ果てる攸夜だったが、そんなことはおくびにも出さない。

 

「あなたのように綺麗な女性(ひと)からのお誘いはうれしいですけど、残念ながら間に合ってるんで」

 

 天使のような作り笑いで、息を吐くようにおべっかを紡ぎ出す。

 弁舌と詭弁の芸術家“詐術長官”ほどではないにしろ、口先から生まれてきたような男である。

 

「ツレへん子やな。間に合っとるって、コレでもおるんか?」

 

 小指を立てる下品な仕草に対し、攸夜はほとんど脊髄反射で首肯した。

 例え冗談に対してであっても、曖昧な態度でお茶を濁すのは恋人への侮辱だ。優しさと優柔不断は別物である。

「ほぉ、なるほどなぁ」女がニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。まるで、いい玩具を見つけたかのように。

 

「んで、ヤったんか?」

「ええ、ヤりましたけど何か?」

 

 即答で言い放たれた衝撃発言。さしものセクハラ天才陰陽師もこれにはたまらず、希少な間抜け顔を晒す。

 ぽかんと口が開き、くわえていた煙草が床にぽとりと落ちた。

 ややあって再起動した彼女は、床の煙草を拾って月衣にポイッと放り込み、ため息を吐く。

 

「あかん、あかんわ。そないな受け答えされたら、イジリがいがあらへん。そういう子、うちは嫌いや」

「そう言われましても、本当のことですし。何でしたら、僕らの夜の生活、事細かに説明して差し上げましょうか?」

「……もうええ、からかったうちが悪かった。その話、個人的には興味あるんやけど、年齢制限的にアウトや」

「それは結構」

 

 いちいち面白いリアクションを返してくれた某忍者の少年と、目の前の小憎たらしいショタ魔王を脳裏で比べつつ、女は新たに取り出した煙草に火を点ける。

 ぽかりと煙が輪になって消えた。

 精神の均衡を計っているのだろうと、攸夜は黙して一服が終わるのを待つ。彼はその間、「はやてが歳食ったらこんな感じになるんだろうな~」と大変失礼な想像を巡らせていたりする。

 

「ま、ええわ。HTBX01AⅡと仕様書にその他諸々、確かに引き渡したで。機械とは言えうちの大切な娘なんや、大事にせえへんかったらしばいたる、覚えとき」

「ええ、肝に銘じます。謝礼の残り半分は後ほど口座に」

「はいはい、よろしゅう」

 

 早速とばかりに、攸夜は数十キロはあるだろう棺をふわりと浮遊させる。

 魔法で浮かした棺を引き連れて部屋から辞す寸前、「あ、ところで」攸夜がはたと立ち止まり、振り返った。

 

「何や、まだあるんか」

 

 若干煩わしそうな声色で、女が応じる。「さっさと去ね」と言わんばかりだ。

 

「この娘、言語機能はまともなんでしょうね? 01Aとか01Dみたいに前衛的な喋り方されるの嫌ですよ、僕」

 

 ひどく嫌そうに顔をしかめる攸夜。脳裏には、「デス」だの「ざマス」だのが口癖な、キチガイでヘンタイなぽんこつどもの姿が過ぎった。

 

「それは大丈夫や。たぶん、きっと」

「…………」

 

 白々しいセリフがほの暗い室内に響く。少しハスキーな声は、どこか虚しく聞こえた。

 

 

   *  *  *

 

 

 狭界、アンゼロット城。

 おなじみ、ファー・ジ・アースを一望するバルコニーにて。

 

「久しぶりに、顔を出してみれば――」

 

 この城の本来の主、“真昼の月”アンゼロットは、その華奢な肩を溢れんばかりの怒気で震るわせていた。

 

「ど、う、し、て! あなたがここにいるのですかっ、シャイマールっっ!!」

「どうしてって、見ての通りお茶を頂いているんだけど?」

 

 下級侵魔なら裸足で裏界に逃げ帰るほどの砲哮。それを柳のように受け流し、泰然と返答するのはもちろんシャイマールこと宝條攸夜だ。

 イスに腰掛け、我が物顔で紅茶を嗜むその態度がアンゼロットの神経を一層逆撫でる。

 

「あ、アンゼロットさん、落ち着いてくださいっ」

「そうそう、おいしーよー、このシュークリーム。アンゼロットも食べてみなよ~」

 

 同席していたエリスが慌てたように青筋を額に立てる彼女をなだめ、頭の上に黒猫らしき何かを乗せたくれはがややズレた感想を述べた。

 なお、“災厄を撒き散らすもの”の一件からエリスらが成長していないように見えるのは、こちらとあちらの時間の流れが違うためである。

 

「そうだね、彼女らの言うとおりだ。あんまり怒ってばかりだと、ますます小皺が増えるよ?」

 

 絶妙のタイミングで攸夜がにこやかに、これでもかと混ぜっ返した。

 

「ここここ、小皺っ!? 失敬なっ、そんなものありませんっ! わたくしは永遠のじゅうよんさいですわっ!!」

 

 肩を怒らせて声高に主張する年齢不詳の銀髪美少女。その叫びにピタッと時間が止まったように場がしんと静まり返る。

 

「は、はわ……と、ともかくさ、いったん座ったら?」

「そ、そうですわね」

 

 促され、なぜだかちょっとよそよそしく席に着くアンゼロット。タイミングを見計らったかのように、エリスが「本日のお茶はセイロンティーです」と笑顔でフリップを出す。どうやら予め打ち合わせしていたらしい。

 形容しがたい表情を浮かべて、アンゼロットがこめかみを押さえた。

 

「――で、なぜあなたがここにいるのです? 嘘偽りなく、さっさとおっしゃいなさい」

「いや、ちょっと世間話を」

「そんなはずあるわけっ……えっ、本当に?」

 

 こくこくと首肯するエリス。くれはが「わりとよく来てるよ~」と補足した。

 アンゼロットは絶望を浮かべ、天を仰いだ。

 

「わたくしが留守の間に、この宮殿はどうなってしまったのでしょう……」

「大袈裟だね。裏界の魔王と守護者代行が会議を持つ時代に、何を言っているんだか」

「最近、エミュレイターがらみの事件が多くってね。彼の情報で助かったこともあるんだよ」

 

 くれはのフォローに、彼女の式神“こねこまた”が「みゅう~」と鳴き声を上げた。

 訝しげにアンゼロットが攸夜を睨めつける。本人は、どこ吹く風と薫り高い紅の液体を楽しんでいた。

 こうしてたびたび現れては、世間話と称してルー以外の魔王が企む策動の情報や、未知の魔道具――その実体は、報償として魔王たちに贈られた次元世界のロストロギアだ――についての詳細を流している攸夜。余計な手出しをしなくてもウィザードたちは自力で世界の危機を切り抜けるだろうが、タダ同然で恩を売れる機会を逃す彼ではない。

 だが、裏界勢力の攻勢が強くなったのは、次元世界にて管理局が捕らえた犯罪者から死なない程度に搾取した“プラーナ”で裏界が潤い始めたからであり、自分がそもそもの原因である。

 壮大なマッチポンプの真実を知るものは少ない。

 

「で、ですが、エミュレイターとの馴れ合いには感心しませんわっ」

「器が小さいねぇ、手に手を取り合うのはいいことじゃないか。人類みな兄弟、ってね」

「あなたは人類ではないでしょうっ!」

「ははは、ひどいな」

 

 飄々と、苦笑混じりに肩をすくめる攸夜。ヒトとしてのアイデンティティを確立している彼には、罵倒に近い言葉も「ひどいな」程度にしか感じない。

 他方、密かに眉をしかめたエリスが場を取り繕うように言葉を紡ぐ。

 

「まあまあ、アンゼロットさん。このシュークリームをみんなで分けて食べましょう、ね?」

 

 テーブルの中心、ドンと山のように積まれたお菓子の山を示しつつ、エリスが言う。

 

「……実はわたくし、先ほどから気になっていました。くれはさんのおっしゃるとおり、確かにおいしそうですけれど……」

「攸夜くんの地元で有名なお店のなんだって。おいしいよ~」

「……守護者代行、いい加減本名で呼ぶのはやめてほしいんだけど」

「ええ~っ、かわいい名前じゃん。ならあたしのこと、“おねーさん”って呼んだらやめてあげる」

「全力で拒否するっ」

 

 じゃれる外野を後目に、アンゼロットは恐る恐るシュークリームを手に取りかぶりつく。

 

「こ、これは……!」

 

 次の瞬間、つぶらな目をカッと見開いてガツガツ、割と下品にむしゃぶりついた。相当にストレスを溜めこんでいたようだ。

 その様子に、エリスとくれはは顔を見合わせて苦笑する。攸夜が“守護者”の餌付けに成功して、ほくそ笑んだかどうかは定かではない。

 

「ま、僕としては“真昼の月”よりも赤羽くれはの方が与し易いからね。立場が許す限り、サポートするつもりさ」

「本人の前で、どうしてそーいうこというかなぁ」

 

 かわいげないんだから。呆れ顔のくれはが、優雅に茶をしばく小憎たらしいショタ魔王にジト目を向ける。もっとも、当人は全く相手にしていなかったが。

 頭痛を覚えたアンゼロットは眉間にしわを寄せ、額に指を添えて言う。

 

「これは、早急に帰還した方がよいのでしょうか」

「おやおや、墓穴を掘ったかな?」

「……今のも“サポート”ですか?」

「さぁてね」

 

 エリスの探るような視線を攸夜は飄々と受け流す。が、その態度は同意したの同じだ。

 内心、くれはの限界が近いとエリスは考えている。内外からもそういった声は噴出し始めているし、実際慣れない仕事にくれはが疲労しているのは側近の目から見ても明らかだ。

 故に、アンゼロットの帰還は急務であるが、主八界全体の状況を考えればそれも難しく。あちらを立てればこちらが立たない、である。

 

「といいますか、ここに出入りをしていてルー=サイファーは何も言わないのですか?」

「姉さん? まあ、ちくちく小言は言われるけど、邪魔してるわけじゃないし。最近は方針転換したみたいだからね」

「方針転換というと?」

 

 訝しげに問うアンゼロットに、攸夜は訳知り顔で説明する。

 

「裏界帝国が栄華を極めれば表界はもはやどうでもいいって話。こっちに攻め入ってた理由の大部分が“プラーナ”を奪うことだからね。まあ、“夢幻神”に頭を抑えつけられているのが我慢できないって一面もあるんだろうけど、そこは譲歩するのも吝かじゃないってとこかな」

「はあ」

「そうだ“真昼の月”、ひとつ裏界と休戦してはみないかい? 向こうの方は僕が調整しておくからさ」

「はあ?」

 

 ショタ魔王の唐突な発言に、美少女守護者が素っ頓狂な声を上げた。

 サラッと言うような提案ではない、と端で聞いているくれはとエリスは揃って思った。

 

「この主八界の切迫した状況を考えれば、内輪揉めしてる暇なんてないだろう?」

「そ、それはそうですが……」

「とこぞのテロリスト(ノア)じゃあないが、ウィザードもエミュレイターも大して差はないしさ。最大多数の最大幸福を実現するために、手に手を取り合う時代が来たっていいんじゃないかな?」

「で、ですが、それでは裏界側にメリットがないのではっ!?」

「いやいや、此方としても表界が健在な方がいろいろ都合がいいんだよね。ああもちろん、いわゆる非人道的なことを企んでいるわけではないから安心しなよ」

「ぐ、ぐぐ……」

「ついでに、世界が平和になれば魔法使い(ウィザード)一般人(イノセント)の軋轢が噴出するかもしれない。でも、裏界という仮想敵が身近に居ればそんなことは起きないと思うんだけど、どうかな?」

「むむむ……確かに一理ありますね」

 

「はわわ、なんか話の流れがすごいことに……」

「ど、どうなっちゃうんでしょう」

 

 喧々囂々と議論を交わすお偉方を見守る二人は、じっとりとしたイヤな汗をかいていた。

 実現すれば、それはそれは革命的な出来事であり、歴史に残る偉業と言えるだろう。あるいは本当に、ファー・ジ・アースが平和になってしまうかもしれない。

 だが――

 

「ま、仮に休戦したとしても、僕らの言うことを聞かない奴は出てくるだろうけどね。ベルとかマイとかパールとかさ」

「それでは意味がないではありませんかっ!」

「あはは、確かにね」

 

 うっすら「いっそそれもアリかもしれません」などと考え始めていたアンゼロットは、無遠慮に梯子を外されて激怒する。結局、裏界魔王におちょくられただけだったことを悟り、苛立ち紛れにシュークリームをバカ食いし始めた。

 そんな様子を横目で見やり、くれはが口を開く。

 

「攸夜くーん、今のはちょっとイジワルすぎだよ?」

「いいんじゃない? 彼女、普段は弄る側なんだしさ。たまには下々の気持ちを学んでもらわないと。柊蓮司も草葉の陰で泣いて喜んでるよ、きっとね」

「はわっ! ひーらぎはまだ生きてるからねっ!?」

「言葉の綾って奴さ」

「あーもー、ああいえばこういう子だよまったく」

 

 くれはが苦笑を浮かべる。

 「まだ生きてる」というのもいささか酷な表現だが、指摘するものはいなかった。

 

「私、あなたのそういうたちの悪いところ、好きじゃありません」

「僕も君のそういう優等生ぶったところ、好きじゃないかな」

 

 むっつりと毒を吐くエリスに、攸夜はにっこり満面の笑みで言い返す。相も変わらず彼らの反りは合わないらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  しゃーぷ9 「そして、嵐の前の……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 新暦74年 9月

 

 音楽隊の演奏が高らかに青空へと響く。

 クラナガン近郊の演習場に特設された会場を舞台にして、管理局創設以来最大級となる観艦式が執り行われていた。

 “伝説の三提督”を初めとした管理局の主要な幹部や聖王教会と管理世界各政府の要人や政治家、財界の重鎮など次元世界を代表する人々が一堂に会した会場の片隅、警備任務中のフェイトとそれに付き添う攸夜の姿があった。

 

「……」

 

 表情を強ばらせたフェイトが、どこか気負った様子で会場に目を光らせている。

 彼女がこうまで気負うのも無理はない。今回、世界各国から公人私人を問わず多数の要人を招くに至り、管理局は前代未聞なまでの警備体制を敷いていた。

 ひと月も前から出入国を厳しく制限し、テロを警戒して配置された選りすぐりの武装隊員数百人――魔導師だけではなく、“箒”を装備した非魔導師の戦闘員も相当数――が周囲を固めた厳戒態勢。その凄まじさは、執務官であるフェイトが警備に駆り出さていることからもわかるだろう。地上本部勤めのはやても、おそらく会場のどこかに居るはずだ。

 とはいえ、石を投げれば高ランク魔導師に当たるこの虎穴に、自ら飛び込む命知らずは早々居ないだろうが。

 

「――っ!?」

 

 不意に、空気を切り裂く風切り音と地響きにも似た爆音がフェイトの耳に突き刺さる。それは遙か彼方から、物凄い速さで接近していた。

 すわ襲撃か、と身構えるフェイトだったが、頭に叩き込んでおいた式典のスケジュールを思い出して警戒を解く。

 彼女の傍らで壁に背を預けていた攸夜がくすりと苦笑する。両手をポケットに突っ込む姿がひどく様になっていた。

 

「わぁ、飛行機だ」

 

 空を見上げたフェイトの感嘆とともに、白い胴体と可変翼に青い主翼の付け根が鮮やかなAに似たシルエットの航空機が七機、見事なV字編隊を組んで青空を切り裂いていく。

 船尾から噴き出した七色のスモークが、空のキャンバスに虹の橋を描いた。

 

「なのはのバリアジャケットみたいで、カッコいいね」

「あれはスカイマスター、だな。教導隊カラーなんだろう、多分」

 

 釣られて空を見上げた攸夜のセリフを合図に、航空機は散開。複雑な曲芸飛行を演じ始める。

 大空を舞う“空の支配者”が描き出す軌道は、接触するギリギリで幾重にも重なり合い、離れていく。まるで種子を弾け飛ばす鳳仙花のように。

 数多の訓練を重ねたことが一目でわかる非の打ち所のない演技。会場内から、どよめきと感嘆の声があがった。

 質量兵器を廃絶し、魔導技術に文明の全てを賄う管理世界人には、こういった前時代的な航空ショーは物珍しいのかもしれない。

 

「スカイマスター?」

「戦闘機型“箒”。あれを運用する実験部隊を新設したって話だから、示威行動にお披露目も兼ねてるんだろうさ」

 

 訳知り顔の攸夜が、事情を掻い摘んで疑問に答えた。

 〈スカイマスター〉、〈錬金術師〉が用いる“錬金兵装”の一種で、地球ファー・ジ・アースの軍用機を参考に作られた戦闘機型“箒”である。

 固定武装に連射と収束、二種類の魔力砲。魔力ジェット推進の圧倒的な速度によるドッグファイトもさることながら、大型の兵装用ペイロードに積み込んだ熱量(カロリック)ミサイルや爆弾・爆雷を用いた対地攻撃も可能という優れものだ。

 犯罪者相手には明らかな過剰装備だと管理局内外から配備を疑問視する声が上がったものの、いつの間にか沈静化していた。不可解な形で立ち消えたその真相は闇の中である。

 

「へー、そうなんだ……って、あれも“箒”?」

「そう“箒”。ファー・ジ・アースでは、空飛ぶ乗り物を全部ひっくるめて“箒”って呼ぶんだよ」

 

 かなり語弊のある説明をフェイトは疑いもせず素直に受け止めて、感心しきりに機械の鳥たちが繰り広げる舞を眺めている。こうしてまた一つ、彼女の知識に偏った認識が刻まれたわけだ。

 ちなみに、ミッドチルダでは“箒”のことを「ブルームデバイス」と呼称している。こちらで生産されたほとんどの“箒”は、各種デバイスの代わりにもなるよう設計されているので間違ってはいない。間違ってはいないが、戦闘機までひとまとめにするのはどうなのだろうか。

 ――ミッドチルダの街を、空飛ぶリムジンが走る日もそう遠くではないかもしれない。

 

「……」

 

 勝つ自信はあるけど、あんなのに追いかけ回されるのはちょっとカンベンかな。演目を終えて離れていく“箒”を見送って、フェイトは思った。

 

 騒がしかった会場がにわかに静まりかえる。

 この一種異様な空気を作り出しているのは、壇上に立つ、ブラウンをメインカラーにした式典用の礼服を纏う偉丈夫。

 

『――我々は、この次元世界は今、未曾有の危機に晒されている。それはここに集まった各々方もご存じの事だろう』

 

 重低音の声がマイクからスピーカーを通して会場に響く。

 壇上から弁舌を奮る、恰幅のよい壮年の男性――レジアス・ゲイズ。身振り手振りを交えた口調は冷静だが、同時に力強い。

 彼の背後、巨大なスクリーンに映るのは、多数のXN級次元航行艦やアースラの同型艦を引き連れたこの式典の主役たる一隻の巨大な“フネ”。どこまでも闇黒な宇宙に純白の悠然とした船体が栄える。

 

『三年前の“冥王の災厄”に始まり、昨年の第19管理世界〈ラグオル〉喪失事件――そして、先日の本局ステーション半壊事件。これらは全て、冥魔と呼ばれる存在が起こした惨劇である。数多の血が流れ、幾つもの嘆きが――』

 

 黙って聞いていた攸夜が、ふん、と鼻を鳴らす。険しい顔の眉間に深い皺が刻まれていた。

 フェイトはそれに気付き、表情を曇らせる。そして、いたわるように、切ないように、言葉を紡ぐ。

 

「……あれは、ラグオルが消えちゃったのはユーヤのせいじゃないよ」

 

 今から約一年前、第19管理世界にて“災害級”――アジ・ダハーカほどではないが、特殊な能力を持った文字通り災害レベルの強大な個体だ――冥魔“ダーク・ファルス”が突如出現、多数の冥魔を引き連れて侵攻を開始した。

 当初、在中の戦力での制圧が可能と判断した管理局とラグオル政府の見通しは大きく外れ、溢れる異形の大群と“災害級”の力の前になす術なく蹂躙、現地は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 事件発生から約35時間後、ようやく事態の深刻さに気づいた管理局が押っ取り刀で戦力を差し向けるも時すでに遅し。戦力の逐次投入などでは数千万という、尋常ならざる数に物を言わせた冥魔には対抗しきれない。

 結果、第19管理世界は混沌に沈み、手に余った管理局――最高評議会は処置無しと判断。あまりの愚鈍さに焦れ、単身現地に乗り込んで鎮圧活動に当たっていた攸夜に依頼し、やむを得ずラグオルが存在する次元は冥魔ごと破壊された。

 当時の管理局は“冥王の災厄”以来、大規模な冥魔の発生を経験していなかった所為もあって、自らに迫っている脅威をどこかで侮っていたのだろう。それまで出現していた冥魔を例外なく駆逐できていたことが拍車をかけていた。

 結論から言えば、冥魔は力を蓄えていたのだ。

 この“世界”に溢れる不の情念を糧に増殖し、十分な戦力が整うまで。尚早に覚醒、討伐された“災厄を撒き散らすもの”と同じ轍を踏まぬように、と。

 ――管理世界消滅。

 その報に、全ての管理世界が受けた衝撃は計り知れない。明日は我が身――どこか対岸の火事だと思っていた彼らに、残酷な現実が無慈悲に突きつけられたのだ。

 もっとも、ラグオルの喪失と本局ステーション半壊事件――本局にて保存・研究中だった冥魔の肉片が突如暴走、周囲のモノを無差別に取り込み、暴れ回った事件だ。鎮圧したのは名もなき一人の魔導師だったという――が、この式典の“主役”を表舞台に押し上げる後押しをしたことは皮肉な結果だと言えるだろう。

 

「……そんなこと、思っちゃいないさ」

「うそ、思ってないならそんな悔しそうな顔しないよ。ユーヤ、やさしすぎる……」

 

 紅の瞳を悲しげに潤ませたフェイトは、ポケットの中に入ったままだった攸夜の左手を無理やり引っぱり出し、両手で包むように握り締めた。

 ――握りなれた手は、ゴツゴツと節ばって傷だらけだった。

 

「…………」

 

 幸いにも死傷者を最小限に抑えることはできたが、それも完全ではない。取りこぼした命もたくさんあった。

 家族を、住む場所を、故郷を失い難民となってしまった人々の苦しみと悲しみは、いかばかりか――

 

「一人で抱え込んじゃ、だめだよ?」

「わかってる、わかってるよ。ふたりで、みんなで……力を合わせなきゃだもんな」

「うん」

 

 満足のいく返事にフェイトはふわりと微笑んだ。

 その間にもスピーチは続く。

 

『もう一度言おう、我々は未曾有の危機に晒されている。――しかし、時空管理局はただ手を拱いていただけではない。それがこの〈セフィロト〉――、人類をあらゆる災厄から救う方舟である!』

 

 “次元封鎖特装艦”〈セフィロト〉。管理世界防衛計画“世界樹計画(プロジェクト・ユグドラシル)”の要として建造された最新鋭の次元航行艦だ。

 全長70,740キロメートル、全幅18,30キロメートル、最大高9,400キロメートル。現行の次元航行艦を遙かに越える非常識な巨体を誇り、艦内部は都市圏がまるまる一つ収まるほど広大。非常時の脱出船としての性格も持ち合わせており、最大収容人数の約百五十万人が問題なく暮らせる設備が揃っている。

 特殊な術式によって無から生み出された超光速量子を動力とする永久機関〈魔力波導エンジン〉と、空間を構成する情報を書き換えることで航行する〈クライン・ドライブ〉により、物理的に進入不可能な惑星の重力圏以外でほぼ無制限の活動が可能。通常時の運用の全てをマシンサーヴァントが担当し、有事には次元航行艦隊総旗艦としても活用される予定だ。

 公式的には武装を何一つ持たず、艦載艦――機ではなく艦である――のみが戦力であるものの、魔法的な処理が施された人工単一素粒子製の優美な船殻と、空間を幾何学的に幾重にも歪曲させて励起する歪曲防壁は堅牢無比。魔導砲アルカンシェルですら破壊は理論上不可能とされている。

 そして、最大の特徴は“次元封鎖特装艦”の名を与えられた由来、〈世界樹システム〉だろう。

 これは心臓部に存在する巨大な魔法陣とそれに付随する機関により、この艦の存在する次元を外界の干渉から隔離し、入出を完全な制御下に置くシステムだ。

 これらを併せてセフィロトは「単艦で次元世界を制圧できる戦力」とまで言われている。

 

「次元を封鎖するって……オーバーテクノロジー、だよね? いくらなんでも」

「まあ、ファー・ジ・アース名物“世界結界”の解析情報を基に創った特別な術式だからな。ヒトの手じゃ再現は不可能だよ」

 

 その実体は、裏界魔王が用いる“要塞”の一種であり、これそのものが巨大な侵魔(エミュレイター)だ。

 外殻、フレーム、中心機関および各種生産プラントをあらかじめ裏界で建造し、ミッドチルダ周辺宙域にて秘密裏に組み立てられた。内部の都市や戦艦としての設備は管理局が構築したのだが、それだけでもXN級十数隻と同等のコストがかかり、全てを造ったと仮定した場合、管理局五十年分の予算が飛ぶとの試算が出ている。

 なお、持ち込んだ張本人は巨大な建造物の転送に精魂尽き果て、三ヶ月近く真っ白な廃人状態に陥り「もう絶対にやらないぞっ!!」と泣き言を言ったそうな。

 

『このセフィロトがミッドチルダを、そして全ての次元世界を護る大樹となる事を私は切に願う! そして――』

「……中将閣下は、セフィロトを外敵から身を守る()だと言ってるが――」

 

 皮肉げな視線を壇上に向け、攸夜がぽつりとこぼす。

 

「あれは()だよ」

「……どういう、意味?」

「三年前のように、このミッドチルダに冥魔の軍勢が現れた時、奴らを閉じ込め、決戦の場にする。用途が逆なんだ、そもそも」

「…………」

 

 何気ない調子で紡がれた説明に、フェイトは表情を引き締めた。冥魔との決戦と自らが背負う無辜の命を思い、凛々しく、毅然と。

 

「――私、がんばるから。みんなのためにも、攸夜のためにも」

「……ああ、頼りにしてるよ、フェイト」

「うんっ!」

 

 決然としたフェイトの想いに応えるように、攸夜は晴れやかに相好を崩した。

 

 

   *  *  *

 

 

 時刻は午後七時頃。

 ところは変わって地上本部近くの一流ホテル〈アグスタ・sis〉。

 貸し切られた建物内、絢爛豪華なホールに身なりのいい紳士淑女が集まり、ワイン片手に静かな闘争を繰り広げていた。

 四時間に渡ったセレモニーはつつがなく完遂されたが、実質的にはこのレセプションパーティーが本命となる。その証拠に、各国の政治たちはパイプを作るなり、何かを企てるなりと精力的に蠢いている。こうして立食会などを呑気にしていられるのも、事前の根回しや警備に奔走した数多の管理局職員の尽力あってのことだろう。

 ――そんな楽団の奏でる静かな音楽が流れる会場の一角、ミッドチルダを拠点にデバイスやその部品の開発・販売を行う巨大企業、〈サジッタ社〉の代表と談笑する攸夜の姿があった。

 

「――では、セフィロトの模型を?」

 

 今夜の装束は、やや丈の長くスマートなシルエットの蒼いタキシードと黒いタイ。真白のマフラーを肩から垂らしている。

 攸夜はラメの散りばめられた上下をドレスコード通り着こなして、海千山千の狸や狐の群れに見事溶け込んでみせていた。高級嗜好な姉からのお仕着せは、流石というか不自然なくらい似合っている。夜のお仕事的な意味で。

 国賓を招いた晩餐会の礼服ならダークスーツが正しいところだが、公的な色の薄い会合であるから問題はなかろう。

 

「うむ、来年の初頭に発表する方向でスケジュールを組んでいるよ。……ウチの設計陣が張り切ってしまってね、1/10000スケールで限定発売することになってしまったんだが」

 

 デバイス関連のシェアの約40%を握るサジッタ社は、玩具の販売に関しても次元世界有数の企業である。

 メインスポンサーを勤めたテレビアニメ「異界戦記カオスフレア」は大好評のうちに終了し、現在も様々なメディアで展開中。さらに近々第二シーズンが始まることが決定しており、むしろ玩具販売がメインでは? との声が上がるほどの業績を上げていた。

 ちなみに、最近のイチオシは「ヴァイスシュバルツ」というカードゲームなんだそうな。

 

「それ、7メーターもあるじゃないですか。――ああでも。ちょっとほしいな、作り甲斐がありそうだ」

「ほう……そんな趣味があるとは意外だね。君には世話になっていることだし、一つ贈ろうか?」

「いえ、それくらい自分で購入しますよ。こちらこそお世話になってますからね、業績に貢献しないと」

「おや、これは一本とられたかな」

 

 他愛のない会話を交わしているようにも見えるが、腹の中では何を企んでいるか知れたものではない。

 それから二言三言、世間話を交わした後、サジッタ代表は去っていった。

 この機会に乗じて、各世界の要人との関係強化に努めるつもりなのだろう。数多存在する管理世界でも屈指の大企業の経営者ともなれば、こういう場も忙しく働かねばならないのである。

 

「……。遅いな……」

 

 懐から懐中時計を取り出し、攸夜は。手持ち無沙汰な様子で会場の入り口付近に目を向ける彼へ、次元航行艦隊の紺色の礼服を着た男性と白いスーツの男性が近づいてくる。

 

「やあ、宝條君。暇そうだけど、一人かい?」

「ん? ――ああ、クロノさん、お疲れ様です。宇宙(うえ)から戻ってらしたんですね」

「ついさっきな。上の意向でね、部下に後のことを任せてとんぼ返りだよ」

 

 にこやかに挨拶した長髪の男には目もくれず、攸夜は未来の義兄を社交辞令的にいたわる。

 観艦式に馳せ参じた艦船の一つを指揮していたクロノは、式典が終了すると地上に呼び戻された。慌ただしいことだが彼も立場ある人間であるから仕方ない。

 会場を見渡せば、同様に“うみ”の人間らしき人物が十数人見受けられた。

 

「それは……本当にお疲れさまですね」

「これでも提督として艦を預かる身だからね、こういう場にも顔を出さなきゃならない。……正直、柄じゃないんだが」

 

 肩を揉むジェスチャーで疲労感をアピールするクロノ。上流階級独特の、甘く腐敗した空気を好き好めるほど彼の性根は腐っていない。公務でなければ御免被りたいところだと辟易していた。

 

「君たち、僕のことは無視かい……」

 

 会話から閉め出されていたロン毛のハンサムがつぶやくと、今初めて気がついたかのように攸夜が瞠目した。

 

「おや、ヴェロッサさんも居たんですか」

「すまない。ついノリでな」

「ワザとらしくて泣けてくるね。……毎回、会う度に思うんだけど、僕に何か恨みでもあるのかな」

 

 白スーツの色男――時空管理局本局査察部査察官、ヴェロッサ・アコースが冗談めかして肩をすくめると、攸夜はあからさまに眉をしかめた。不快感を示すポーズだ。

 

「足下でウロチョロ嗅ぎ回られて目障りなんですよ。査察部の仕事だと理解はしてますが、ご自分の分くらい弁えていただきたい」

「しかしね、次元封鎖特装艦のまるで嘘のような建造スケジュールやマシンサーヴァントの性急な普及、そしてブルームデバイスの配備とそれに伴う非魔導師の戦力化などなど……君にまつわる黒い噂は後を絶えないんだよ、魔王殿?」

「何のことだか自分にはわかりませんが、ヴェロッサ・アコース査察官」

 

 軽薄な微笑を浮かべたヴェロッサの探るような視線は、無表情にも見えるポーカーフェイスに遮られた。

 仮面を身に着け、本音を隠すことは攸夜の数ある習性の一つ。“心”を明かすのは、大切なヒトにだけでいい。

 しかし、対するヴェロッサも無言のプレッシャーに怖じ気づくことなく追求を重ねる。

 

「包み隠さずに言えば、君が管理局の私物化を目論見んでいるのではないか、と警戒する向きもあるの訳さ」

「滅相もない、大袈裟ですよ。たかが一個人に、そんな大それたこと出来るわけがありません」

「いや、その話は僕も耳にしている。マシンサーヴァントは実際優秀であるし、“箒”――ブルームデバイスの普及で管理局全体の戦力が安定しつつあるのは確かだが、同時に、ごく一部の高官への権力集中を危惧する声があるのも事実だ。君が懇意にしている人物達への、な」

 

 クロノは目の端で、某国外相と親しげに歓談するレジアス・ゲイズの様子を窺う。それを当てつけと感じた攸夜がむっつりとした表情で返答する。

 

「……俺の身分は最高評議会のエージェントです。この言葉の意味、お二人なら()理《・》()()()()()()と思いますが」

 

 最高評議会という言葉にクロノとヴェロッサは鼻白み、口を噤んだ。

 開局以来、秘密裏に時空管理局を牛耳ってきた最高評議会だが、つい最近、一般職員に向けて概要が公表されていた。あくまで管理局に上位機関が存在することを公開しただけなのだが、それまでの経緯を鑑みると大きな進歩と言えた。

 この処置は、腐敗しつつある管理局の綱紀粛正の一環である。

 権限を強化し、なおかつ非合法な手段を自ら制限して規律を正す。無論、それらを主導しているのは評議会自身だが、その影に裏界魔王の暗躍があることは間違いなかった。

 

「最高評議会……君以上に黒い噂の絶えない組織だな。先のラグオル破棄は彼らの意向だと聞いている。どれだけの命が犠牲なったのか、考えただけで目眩がするな」

「……お言葉ですけどクロノさん。少数を切り捨て、最大多数を救う決断を負うのは為政者の責任でしょう?」

「世界のためという建て前を掲げれば、何をしても構わないというのは独裁者の傲慢だと思うが」

「ッ、傲慢でも何でも、誰かが泥を被らなきゃ綺麗事は真実(ほんとう)にならない! “曇りのない平和”なんて、この世のどこにもないんですよ!」

「そんなもの、君に言われなくともわかっている!」

 

 色合いの違う蒼/青い瞳の間に、静かな火花が散る。

 公衆の目などお構いなしに気炎を上げる義兄弟に挟まれて、ヴェロッサはやれやれと頭を振った。

 もともと馬の合わない彼らだが、政治的な話題になると特に仲違いが酷かった。侃々諤々避難囂々、水掛け論に次ぐ水掛け論で収拾がつかず、毎回仲裁に入らないと戦闘に発展しかねないまでにヒートアップする。

 つまるところ、宝條攸夜とクロノ・ハラオウンは相容れないのだ。

 根本的な立ち位置や観点、思想――イデオロギーというものがまるで違うために、意見が平行線にならざるを得ないのだろう。

 その点は公人としてのはやても同じで、たびたび攸夜と顔を突き合わせては激論を重ねている。

 

(言い出したのは僕だけど、これ以上はさすがにマズいかな? 藪をつついて大蛇を呼んでもつまらないからね)

 

 さすがにこの場で戦いを始めはしないだろうが、言い争いをしているだけでもよろしくない。

「あー……君たち、ちょっと冷静になりなよ」周囲の嫌なざわめきを感じ取り、ヴェロッサが睨み合いを続ける二人の間に割って入る。

 ジロリ、と二組の眼光に射抜かれて、さすがのヴェロッサの額にもたらりと冷や汗が流れた。

 

「と、ところで妹君はどこにいるんだろうね、クロノ」

「ンッ……言われてみれば姿が見当たらないな。攸夜、フェイトはどこだ? 一緒じゃないのか」

「フェイトですか? 彼女なら控え室ですよ。女性の支度には時間がかかりますからね」

 

 それまでの険悪な空気が嘘のようなトーンで掛け合う攸夜とクロノ。フェイトのことになると途端に団結する馬鹿どもに、ヴェロッサは頭を抱えた。

 攸夜が懐から銀製の懐中時計を取り出して時間を確認する。

 

「そろそろ来る頃かな――っと、ほら、噂をすれば」

 

 ざわ……ざわ……。会場全体がにわかにざわめいた。

 入り口付近で、格調高い鮮やかな真紅のイブニングドレスと、同じ色の長手袋を纏った見事な美女――いや美少女が、キョロキョロと居心地が悪い様子で辺りを見回している。

 少女と表現するにはいささか艶やか過ぎるが、如何せん挙動不審な立ち振る舞いが子どもっぽくて台無しだった。

 ――だが、美少女だ。それも極上の。

 透き通るほど色白な肩と背中を大胆に露出したマーメードスカートのドレスは、ベルベット生地のオーダーメイド。大胆に切り込まれたスリットから黒のストッキングとガーターベルトが覗き、無駄なく引き締まり、それでいてまろやかなスタイルを強調する。全体に緩やかなウェーブのかかったブロンドを、後頭部でまとめたヘアスタイルが大人びていてセクシーだ。

 黒いエナメルのハンドバッグを持ち、身に着けた装飾品はいつものネックレスと、シンプルなプラチナの腕輪にクロスのイヤリングだけ。しかし、質素なアクセサリーが返って淑やかな美しさを引き立てていた。

 

「ほう、これはこれは……」

 

 軟派なヴェロッサのニヤつきにクロノが眉をひそめ、攸夜の表情筋がひくつく。彼以外にも、何名かが同様に感嘆のため息を零した。

 会場――主に男性――の視線を一身に集めてしまった少女は、真っ赤になって恥じらい、身を縮める。

 涙目で会場を見渡す様子はまさに親とはぐれた子犬のよう。

 ようやく自分を見つめる蒼海の瞳を発見すると、薄化粧が施された美貌を満開の笑顔で輝かせた。その可憐な表情でさらに数人がオチたのは余談だ。

 慣れないピンヒールとドレスの裾に戸惑いつつ会場を横断し、三人の元に駆け寄ってくる。

 

「ユーヤっ!」

 

 まるで突進のように少女――フェイトは恋人の首根っこに抱きつく。

 強烈なタックルをこともなげに受け止めて、攸夜は彼女の柔肌をそっと抱きしめた。

 

「よかった……、見つかって」

「大袈裟だな、フェイトは」

「だって……」

 

 少しむくれるフェイト。だが、その表情は安堵で満ちていて。馴染みのない場所でひとりぼっちが心細かったのだろう。

 “スイッチ”が入っている時ならばともかく、普段のフェイトは甘えん坊の寂しがり屋。愛が足りないとしおれてしまう、脆くて儚いちょっぴり重めな女の子だ。

 その傾向が日に日にひどくなっている原因は偏に、病的なほど溺愛して甘やかす攸夜にあったのだが。

 

「ワインレッドのドレスか……それ、やっぱ姉さんが?」

「うん……。なんか私には派手じゃないかな、これ」

 

 フェイトは身体を回してお仕着せのドレスの裏表を見せつつ、困ったように眉毛をハの字にする。不安げなのは、さきほど会場の視線を集めまくったことも無関係ではないだろう。

 どうもルーはフェイトに紅い服を着せたいらしく、ことあるごとに送りつけてくる。そしてそれが文句なく似合っているから始末に負えない。

 その理由がかわいい弟がブルーに偏執する代わりか、あるいは裏界(じぶん)のテーマカラーだからかは定かではないが、フェイト自身、レッド系は嫌いではないものの、どちらかと言えば青や黄色、モノクロカラーを好んでいたりする。

 

 不安そうに身を捩るフェイトに、攸夜は微笑みかけた。

 

「そんなことない。すごく似合ってる。綺麗だよ、フェイト」

「うれしい……その、ユーヤも、王子さまみたいで、とってもステキだよ」

 

 さっそくイチャつく二人である。

 

「……ヴェロッサ」

「なんだい、クロノ」

「無視された君の気持ちがわかったような気がするよ」

「そうか……、うれしくて泣けてくるね」

 

 ふたりの世界へと爆走するバカップルを見やりつつ、単身赴任中の若旦那と文字通りの独身貴族は遠い目で現実逃避した。

 

 

 蒼穹と真紅。まるで対極的でお似合いな若いカップルは、古狸や化け狐が権謀術数を繰り返す魑魅魍魎の中にして際立つ。それが人智を越えて理不尽な存在“魔王”と、そのウィークポイントとされるただ一人の少女ならなおさらである。

 

「――それほどのものなのかね? その新世代防壁とやらは」

「ええ、我々の開発した呪術防壁は――」

 

 管理世界連盟安全保障理事会、常任理事世界の防衛大臣と攸夜が“仕事”――ネットワークセキュリティーに関しての密談を交わしている。

 その傍ら、ドレスのお嬢さんは引きつった笑顔まま凍りついていた。

 

(あううぅ~、さっきの人は聖王教会の司教さまで、今度もニュースで見たことある人で――あああ、みんなこっち見てるよ~~~っっ!?)

 

 頭の中はパンク寸前。ただいま元気にテンパり中だった。

 現在フェイトは、用談でお偉方と顔合わせしなければならない攸夜について、接待の真似事をしている。

 初めは百戦錬磨の政客と渡り合う攸夜の仕事っぷりを新鮮な驚きとともにキュンキュンきていた彼女も、腹芸を交えた小難しい話にちょっぴりウンザリフォーム。事前に「黙って愛想笑いを振りまいてればいいよ」と言い含められていたものの、ニュースや新聞で日ごろ目にする人物に緊張し、気疲れしてしまうのも無理からぬことだ。

 こういった堅苦しい場での経験が乏しい――リンディとクロノが意図的に遠ざけ、庇護していたためだ――箱入り娘にしては、むしろ健闘していると褒めるべきだろう。ヒクヒクと頬を引きつらせても、笑顔は絶やしていないのだから。

 なお、クロノたちとはずいぶん前に別れている。

 迂闊にも、フェイトを冗談混じりに口説こうとしたヴェロッサが義兄弟タッグの逆鱗に触れたのは余談である。

 ひどく愉快そうな笑顔で憤怒する魔王のプレッシャーを味わった色男は、十年は寿命が縮んだとか。「俺の女を口説こうなんて、いい度胸じゃないか色男。コンクリに積めて湾に沈めんゾ?」とは攸夜の言葉。

 女の子同士のじゃれ合いでさえ嫌がる焼き餅焼きな攸夜と、お兄ちゃん道免許皆伝のクロノを相手に命があるだけまだマシだろう。

 

 それはさておき。

 用談もあらかた終った二人は、ホールの隅っこで料理に舌鼓を打っていた。

 

「……フェイト、もう少しゆっくり食べたらどうだ?」

「らっへ……こほおいもほへんふらおいひいんらもん」

「何? 「だって……このお芋の天ぷらおいしいんだもん」? 芋類好きだもんなぁ、フェイトって」

 

 訂正。フェイトは貪っていた。

 ビュッフェ形式で用意された料理の数々をパクパクもぐもぐお口に運ぶ。食べられない量ではない、念のため。

 ストレス解消なのかもしれないが、正直かなりはしたない。攸夜は「きっと後で、風呂上がりの体重計にヘコむんだろうなあ……」とあくどい顔で微笑ましく思った。

 

「うーはほいっほひはべほ?」

「「ユーヤもいっしょに食べよ?」――まあ、食べるけど。こういう料理を食べる機会ってあんまりないしさ」

 

 「何事もプロフェッショナルの仕事が一番」が持論の攸夜なので、こういった集まりで提供される料理を期待していたりする。どこぞの“志宝エリス”よろしく、さりげに食道楽であった。

 

 TPOに合わせ、優雅な箸使いでサーモンの寿司をつまむ攸夜と、見ているだけで胸やけしそうな量の食物を消費していくフェイト。そんな独特の空気漂うテーブルに、ブラウンの礼服を身に着けた威厳漂う初老の男性が、秘書らしき長髪の女性と跳ねっ毛の女性を引き連れて近づく。

 長髪の方はどこか鋭利で感情に乏しく、跳ねっ毛の方は目つきが悪くて眼鏡をかけている。どちらも金髪紅眼の少女を認めると金色の瞳をわずかに瞠目させた。

 

「楽しんでいるようだな、宝條」

「これこれは中将閣下、ご無沙汰してます。さすが地上本部の祝賀会ですね、僭越ながら満喫させていただいていますよ」

「相変わらずペラペラと口の回る男だ」

 

 男性――レジアスの姿を見てとり、攸夜はすぐさま居住まいを正して挨拶と社交辞令とを紡ぎ出す。仮痴不癲、道化の擬態には慣れたものだ。

 他方、ハムスターのようにほっぺを膨らませていたフェイトは、とても偉い人の来襲に驚いて言葉にならない叫びを発する。そして、頬ばった食べ物を飲み下そうとするが――

 

「フェイト、そんなに慌てると喉に詰まらせるぞ」

「んぐっ!? ――っっ!?」

「ああ、言わんこっちゃない。ほら、こっちおいで」

「――っっっ、ーっっ!!」

 

 涙目で、苦しそうに咽せるフェイトの背中を苦笑混じりにさする攸夜。水を飲ませ、口元の食べかすまで拭ってやる献身――というか過保護ぶりに、レジアスは娘の小さかった頃のことを思い出した。

 

(オーリスにも可愛らしい頃があったな。オムツを代えたり、風呂に入れたり……)

 

 案外、子煩悩だったらしい。

 その娘の耳に入ったら、冷たい目で見られること間違いなしである。

 

「し、失礼しましたっ」死地から帰還し、しゃちこばって敬礼しようとする少女をレジアスの手が制す。「今は祝いの席だ、楽にしていい」と告げられても、フェイトは恐縮しきりだった。

 なぜか満足そうにうんうん肯いていた攸夜が、微妙な表情をしていた秘書二人組へと視線を向ける。蒼い眼光に射抜かれ、眼鏡の方が肩を震わせた。

 

「お前たち、ちゃんと真面目に働いてるみたいじゃないか。お兄さんは感心したよ――なあ、四番?」

 

 当てこすりの言葉とは裏腹の無邪気すぎる笑み。

 “あおいあくま”がひさびさに光臨した……! とフェイトさんが他人事ながら震え上がる。

 

「はひっ! わわわ、ワタクシのような最低下劣のゴミクズでウジ虫以下な社会不適合者が息を吸えるのもみんな全て貴方様のお陰でございますですはいっ!」

 

 冷や汗を額に浮かべ、目をグルグルさせて激しく動揺する眼鏡の秘書 (仮)が、異常に遜ったセリフを一息で言い切る。

 おどおどビクビク、明らかに怯え竦んでいる彼女を庇って、もう一方が前に出た。

 

「妹を虐めるのは、止めていただけませんか」

「虐めてるつもりはないんだがなー。お前らが真人間になったことを心から感心してるんだぜ、俺は」

「……我々が働かなければ、ドクターは明日の食にも困りますので」

「毎月仕送りしてるんだっけ? 五番から聞いたよ。親思いで泣かせるねえ、浪花節って奴だ」

「そう仰るのでしたら資金援助を早急にしてください。困窮してるんです、割と切実に」

「支流のプロジェクトには余るくらいの予算をつけてるはずなんだが。どうせまた、あのマッドが趣味に使い込んだんだろ?」

「うっ」

「図星か」

 

 仲良し、には見えないが、自分の知らない恋人の知人……それも妙齢の女性の出現に、フェイトの眉尻が自然とつり上がる。

「だれ?」と冷たい声の問いが飛ぶと、「ん? 戦闘機人だよ」と世間話をするようなトーンの答えが返った。

 

「は……? えっ、せ、戦闘機人っ!?」

「そ、スカリエッティ印の戦闘機人。今は社会奉仕として、中将閣下の護衛兼秘書をやってる二番と四番だ」

「ドゥーエです」

「く、クアットロと申します」

 

 おざなりな紹介を自ら修正する彼女らは、“ナンバーズ”とも呼ばれる〈戦闘機人〉――いわゆるサイボーグである。

 元々は管理局の人手不足を解消するべく最高評議会と、それに協力したレジアスの暗躍により産み出された戦闘機人たちは、今や時代遅れとされても差し支えない存在だった。

 製造に、クローンニングや外科的処置が必須という倫理的な問題はもちろん、費用対効果から考えて低ランクの魔導師に“箒”を装備させる方が明らかに安上がりで堅実であろう。

 そんな彼女らは、法を犯し、図らずも“親友”を謀殺してしまったレジアスの罪咎の象徴だ。用済みとなった今も手元に置くのは彼なりの贖罪、代償行為だったのかもしれない。

 

 閑話休題。

 威丈夫の咳払でコントは終了。皆、居住まいを正す。

 

「重ね重ね失礼しました。それで、自分に何かご用でしょうか」

 

 襟を正した攸夜が改まって用向きを問い合わせると、レジアスは首肯した。

 

「いくつか問いたいことがあってな。“評議会ユニット”の移送と()()()についてだ」

「評議会ユニットでしたら、無事にセフィロトへ到着したと部下から報告を受けています。今頃は接続作業の真っ最中でしょう。“ナイト”、“プリンセス”の足取りについては何も。個人的にも手勢を使って追わせてはいますが……」

「――そうか」

 

 どこか残念そうに瞼を伏せ、年月の刻まれた顔を感傷で染めたレジアスだったが、開眼した時には管理局中将らしい鋼のような面構えを取り戻していた。

 

「貴様が陳情していた“特務部隊”、来年度には発足出来るよう手配しておく。やるべき根回しは済ませておけ」

「了解です」

「邪魔をしたな」

「あ、はい」

 

 それぞれに一声かけると、用事は終わったとばかりに踵を返す。ドゥーエとクアットロが一礼してそそくさと後を追う。

 質実剛健。それがレジアス・ゲイズという男だった。

 

「ふぅ……ねえ、ユーヤ」

 

 全身の緊張を解いたフェイトが傍らの青年を見上げ、呼びかけた。

 

「あのクアットロってひと、なにかおかしくなかった?」

「ん、戦闘機人(ヤツら)のことが気になるのか」

「そうじゃなくて……ううん、それもあるけど。ただ、あなたのこと、ひどく怖がってたみたいだから」

 

 ああ、と得心の声。

 

「小悪党の癖に態度が生意気だったんでね。ちょっとばかり調教(おしおき)をして、性根を叩き直してやったんだよ」

 

 くつくつ愉しげに喉を鳴らす魔王の口元がサディスティックに歪む。その表情は非常に見覚えのあるもので、フェイトは何だか気の毒になってしまった。

 

「――ところでさ、フェイト」

「うん、なに?」

「実は上に部屋を取ってるんだ。さすがにスイートルームとはいかないけどね」

「それって……?」

 

 柔らかな頬を両手で挟み、攸夜は紅い瞳をのぞき込む。

 ひたすら見つめる。

 ひたすらに。まっすぐに。

 混じりっけのない澄みきった蒼い瞳で。

 そこに凝縮された昏い何かが“母”を思わせて。フェイトの芯をぞくぞくと震わせる。

 

「や……、だめだよ……。ひとに見られるよぉ……」

「見たい奴には見せつけてやればいいんだ。気にするな、俺は気にしない」

 

 いたずらっぼい笑みが寄せられて、フェイトの震えが大きくなる。今からするの? と危ぶんで。してくれるの? と期待して。

 

「そういう問題じゃな、んんっ!?」

 

 気持ちとは裏腹な言葉を遮り、唇が押しつけられる。強くて熱い密着感が、フェイトの思考を沸き立たせる。

 露出した背中やキュッと締まった腰、ふっくらとした臀部を優しく丁寧に愛撫され、もうクラクラの腰砕け。女の悦びを徹底的に仕込まれた無垢な少女のカラダは、これだけで完全に出来上がってしまう。

 

「ぷぁ……、ゆーやぁ……」

 

 永遠のように長い間、好きなように蹂躙され、とろとろに惚けきった口元からは吐息が零れ落ちた。

 

「で、何が問題だって?」

「……もう、いじわる」

 

 瞳を潤ませて、少女は恨みがましい視線をいじめっこな恋人に送る。その両手は、彼の胸元をしかと握りしめていた。

 

「今夜のあなた(ユーヤ)、なんだかえっちだ」

「今夜の(フェイト)があまりにも綺麗なもんだから、大人気なく昴ぶってるのさ」

 

 フェイトは、蒼海の瞳に常見られない情欲が揺れるのを見た。――というか、おへそ辺りに熱くて堅いモノが以下略。

 

「今夜は加減が出来そうにないんだ。嫌だと言っても攫っていくよ、お姫様?」

「わ、強引、だね」

「そうとも。俺は悪の大魔王サマだから、たまにはケダモノにもなります、よっ」

「きゃっ♪」

 

 新雪の肌を薔薇色に染めたお姫様を、自称悪い大魔王が文字通りお姫様だっこで抱き上げた。そしてそのままホールの真ん中を見せつけるように悠然と突っ切り、二人は会場を後にする。

 その間、観衆の視線を一身に浴びたフェイトはますます真っ赤っかでしかしどこかうれしそう。そんな恋人の姿を見て、攸夜もひどくご機嫌で。

 どうやら、今宵の宴はまだまだ終わりそうにないようだ。

 

 こうして、“戦争”が激化する前の夜は更けていった

 

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