魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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「“機動六課”」編 ~The future Messiah~
#13


 

 

 

 凍り付くような北風が肌を刺す、ぐんと冷え込む秋の暮れ。旧暦では霜月とも呼ばれる頃。

 様々な物事の終わりを暗示させる、季節の変わり目――

 雲一つない、真っ青な大空から降り注ぐ比較的暖かな日差しを浴びて、少女は家族と旅立ちの挨拶を交わしていた。

 

「なのは、本当に大丈夫なの?」

 

 姉が心底心配そうな表情で、気遣うような声を出す。

 

「心配ないよ、お姉ちゃん。高校生の間、ずっとお休みしたんだもん。充電完了、元気百倍だよ」

 

 身体を酷使していた頃の古傷や“魔王”と孤立無援で戦った代償は深い。だが、健やかに過ごした日々は確かに少女の傷を癒していた。

 さすがに完治とはいかない――右腕の感覚は、未だに少し鈍い――が、それでも、同じ時間だけ無茶を重ねたのとでは比べようもない。

 

「……身体には気をつけるんだぞ、特に生水は危ないからな。夜道の一人歩きは絶対駄目だ。それから――」

「だいじょーぶ。なのははだいじょうぶです、お父さん。フェイトちゃんとユーノくん。クロノくんにはやてちゃん、ヴィータちゃん、シグナムさん、シャマル先生――あとは、えっと……あ、そうそう、攸夜くんもついててくれるから」

 

 そうか、と父が言う。

 その声色には複雑な心境が滲んでいた。きっと、愛娘が死地に向かおうとしていることを察しているのだろう。

 けれども。決して止めようとしないのは、彼女が自らの意志で決めたことだから。もう彼女は子どもではないのだ。

 この無鉄砲な娘が、天下無敵の頑固者なのは父親である彼が一番よく知っていた。

 

「やっぱり、なのはが行くことないよ! 他の人に任せたって――」

「美由希、よしなさい」

「でも、お母さんっ」

 

 食い下がる姉を母が諫める。

 とんとん、と肩を叩いて宥めると、笑顔のまま少女に向き直った。

 

「なのはが自分で考えて、考え抜いて決心したことだもの。私たちは応援してあげなきゃ――そうよね? なのは」

「うん。誰かに言われたとか、状況に流されたとかじゃなくて。自分でちゃんと決めたことだから……また、空を飛ぼうって」

 

 押し寄せる漠然とした不安に抗おうと、少女は首から下げた紅い宝石を握りしめる。

 不屈と呼ばれた少女の心は、粉々に砕け散った。

 失したのは“勇気”――、困難に立ち向かう自分を信じる力だった。

 

 ――彼女は、自分の力が、魔法の力が怖かった。

 

 力を振るえば、必ずまたどこかの誰かを傷つけてしまう。誰かのナニカを奪ってしまう。

 あの“真っ紅な光景”は、今でも心に絡み付いて離れない。両手が真っ紅な血濡れに見えて、震えが止まらない。

 どうしようもなく、自分が穢れてしまっているように感じて。

 翼はあるのに、飛ぶのが怖くて――――、

 

「――あっ……」

 

 昏い深みに嵌っていく思考を引き上げてくれたのは、暖かな温もりだった。

 

「でも……、辛くなったらいつでも帰って来ていいのよ。なんたって、ここはあなたの家なんですからね」

 

 少女を包み込みながら、母が言う。

 やさしい響きが乾いた大地に降る雨のように、じんわりと心の亀裂に染み込んでいく。

 

「……うん」

 

 ふわり。どこか懐かしいにおいが鼻腔をくすぐる。

 ああ、自分はこんなにも。こんなにもあったかい場所にいたんだ──家族のやさしさを改めて思い知り、少女は目頭が熱くなる。

 なくもんか! と瞼に力を入れたら余計に涙が零れて。母の胸は少女の涙で濡てしまった。――クスリと微笑ましく思われたような気がする。

 

 ――“魔法”に出会ったあの頃は。自分だけ、家族の中で浮いてるって思ってた。

 自分にできることはなんにもないって思ってた。魔法だけしかないって思いこんでた。

 けど、それは大きな間違い。

 ほんとはみんな、私のことを思ってくれてて。

 ほんとはいっぱい、私にできることがあった。魔法なんかじゃなくても、誰かのためになにかをできるんだって。

 お母さん、お父さん、お姉ちゃんと、いまは留守だけど、お兄ちゃん……みんな、ありがとう。

 わがままで、ごめんなさい。

 

(たしかに私……子どもだったよ、攸夜くん。勝手に期待して、勝手に失望して、ひとりでぐるぐる空回りして――まわりのこと、ぜんぜん見えてなかった。……そんな私の、私だけの戦う理由、戦う意味……、それがなんなのか、まだよくわかんないけど――)

 

 でも。だから。今度こそ……

 

「今度こそ、決着つけなきゃ。いままでと、これからに」

 

 呪文のように小さく呟いて。

 ふう、と深く息を吐き、少女は顔を上げた。

 これは永遠の別れなんかじゃない。

 きっと。必ず。絶対に、ここに帰ってくる。そんな思いを込めて、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「それじゃ――、いってきまーすっ!」

 

 日溜まりのように朗らかな笑顔を咲かせて、少女――高町なのはは旅立ちの一歩を力強く、踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯13 「禍福は糾える縄の如く 運命の天秤は表裏の狭間で揺れて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 新暦75年 一月某日

 

 週に一二度の割合で冥魔や違法魔導師と管理局魔導師の市街地戦が勃発するものの、それ以外は至って平穏なクラナガンの休日。

 よく晴れた空の下、自宅マンション近くの公道に停めた蒼と黒のオートバイの側に攸夜はいた。

 

「~♪」

 

 鼻歌を混じりでメタリックブルーの愛車《オラシオン》を磨く攸夜。ワックスの乗った布切れ片手にひどくご機嫌なのには理由(わけ)がある。

 今日は久しぶりに、自分の全てよりもずっと大事な愛しい女の子とデートに行く予定なのだ。

 毎日毎晩年中無休でイチャついてるじゃないか、という至極真っ当な指摘は意味を成さない。「愛し合ってる二人が一緒にいることの何がおかしいか」と真面目に反論されるのがオチである。

 

 同棲を始めてはや三年。

 たまに喧嘩をしたりもするが、彼と彼女の仲は未だにつき合い始めた頃のままで。その病的なまでのおしどりっぷりは、親しい友人たちが「さっさと籍入れろ」と口を揃えるほど。

 お互いがお互いを不可欠とする――、それはまさに比翼連理の契りと呼ぶに相応しい絆の在り方。しかし同時に、どこか危うい結びつきのカタチだった。

 

「……んむ、我ながら見事な仕上がりだな。こう完璧だと、思わず世界を破壊する旅に出たくなるね」

 

 ピカピカなった愛車を眺めて、攸夜が満足げに頷く。独り言ちたセリフはわりと洒落にならない。

 余談だが、この〈オラシオン〉は武器マニアにして“箒”コレクターである攸夜お気に入りの一品で、“箒”にも分類される自らの分身(アイン・ソフ・オウル)の次に大事にしている。

 形ある確かなものへの執着傾向が強い攸夜は、こういったことでも拘りを遺憾なく発揮し、ファー・ジ・アースのメーカーに直接赴いてデザインを事細かく指定した一品物だ。

 「自分の属すると決めた共同体のルールは最大限尊重する」がモットーの彼なので、もちろん車検や免許など、ミッドチルダの法律を遵守していることは言うまでもない。権力を使っていろいろ優遇を受けているのは秘密だが。

 なお、彼の機械音痴は相変わらずで、“箒”の整備やオプションパーツの増設などはほとんど人任せだったりする。こればっかりは相性が悪すぎるので妥協する他ない。

 

「――ユーヤっ」

 

 とその時、マンションのエントランスから少女――もうそう呼ぶには大人びてい過ぎる――が慌てて飛び出した。

 息を弾ませる彼女――フェイトが、ボロ切れで汚れた手を拭う攸夜の前に駆け寄った。

 

「いつも、ごめんね。待たせてばっかりで」

「ん、いいよ別に。俺は俺でコイツを磨いてたんだし。……それに、女の子の支度を待つのも男の甲斐性だからね」

 

「そうなんだ?」大きな瞳をまんまるに見開いてフェイトが関心する。そしてちょっと考えた後、「なんだかカッコいいねっ」とピントのズレたコメントを炸裂させた。

 一方の攸夜も内側では「実際、二時間も待たされることになったよ」と、バッチリ的中した数年前の自分の予想に苦笑していたりする。

 

「ふむふむ……」

 

 過去に思いを馳せることを切り上げた攸夜は、フェイトの柔らかくもすらりとした総身をじっくりと眺めた。――やらしい意味ではない、たぶん。

 彼女の今朝のお召し物は、赤いタータンチェックのスカートを主体にした活発な印象の装い。普段の大人しめな、ある意味清楚な服装ではないのはバイクで出かけることを考慮した結果だろう。黒のサイハイソックスを履いてくるあたり、攸夜の嗜好はしっかり把握していた。

 ジーッと見つめられて恥ずかしいのか、所在なさげにもじもじするフェイトを観察――というか愛でていた攸夜が、ふとあることに気づいて口を開く。

 

「……もしかして、メイクのイメージ少し変えた?」

「あ、う、うん。ユーヤ、あんまり派手なのは好きじゃないって前に言ってたから……ダメ、かな」

 

 金色わんこは、不安げな上目遣いでアースブルーの双眸を覗き込んだ。

 最近、身だしなみ程度の化粧を覚えたフェイト。密かに義母や義姉、それからメイド魔王や金ぴか魔王からおしゃれのイロハを学んでおり、生来の生真面目さと努力家な面を発揮してそれなりに上達したようだ。

 その努力の根底には「大好きなひとにすこしでも喜んでもらいたい」という、けなげな想いがあることは間違いない。

 テスタロッサさん的世界観でいうところの「世界そのもの」である“ユーヤ”のためなら、彼女は命だって擲てられることは十年前に実証されているのだから。

 

「駄目じゃないよ。まあでも、どんな君でも好きだけど、一番好きなのはありのままの君かな」

 

 フェイトがはっと息を呑む。

 ストレートな愛情表現に、白皙の肌がほんのり朱に染まうのも無理からぬことだろう。

 小さい変化にも目敏く気づき、歯の浮くような言葉を素面で吐けるところがタラシと呼ばれる所以である。

 何を思って、彼の“母”がこういう性質を彼に持たせたのかは定かではない。某フラグクラッシャーの鈍感さに耐えかねたのだろうか。

 

「よかった、ありがとう。ユーヤにそう言ってもらえると、すごく、うれしい……」

 

 安堵したフェイトは、ふんわりあどけなくはにかんだ。

 羽毛のようにやわらかで、どこか面映ゆい表情がすごくかわいくて、攸夜はほんの微かに紅潮する。

 ポーカーフェイスをまるで維持できず、赤らんだ顔を左手が押さえる。動揺を隠しているつもりで全く隠せておらず、無様だ。

 惚れた弱みという奴だろうか、こうしてフェイトが時折見せる可憐さに、不意打ちされることもしばしばで。

 つまるところ、“フェイト・テスタロッサ”はあらゆる意味において宝條攸夜の天敵なのだ。

 

「ユーヤ……?」

「い、いや、何でもない。それより、そろそろ行こうか」

 

 動揺を取り繕い、無理矢理気味の話題転換。一瞬気遣うような様子を見せたフェイトだったが、それ以上の追求はしない。

 彼女の妙なところで鋭い勘が、問題なしと告げていた。

 

「うん、そうだね。そうしよ」

 

 故に、彼女は相好を笑顔に崩して提案を受け入れた。

 

 白に黄色いラインの入ったヘルメットを被ったフェイトを背後の座席に背負い、攸夜は白い羽根を模した飾りの付いたキーを捻った。

 途端、狭角V型2気筒680ccの魔導エンジンに火が点き、鋼の心臓が唸りを上げる。

 17インチのタイヤにゆったりとした低めのシート、スクーター風のスポーティーな外装はしかし、ニーグリップが可能な本格派。後輪を、左右から挟むように取り付けられた金色の翼のような大きなスタビライザーが、“箒”であることを強く主張している。

 近く、これの運用思想を発展させたオフロードタイプ――人型サポートメカへの変形機構つき――が、陸戦魔術師向けに実戦配備される予定だ。

 

「ちゃんと掴まったな?」

「うん」

 

 指定席に収まったフェイトは、準備万端をアピールするように大きな背中にぎゅーっと抱きつく。

 そんないじらしい仕草に頬を綻ばせつつ、攸夜はメットのバイザーを下ろしてアクセルを入れた。

 

「よし、それじゃあ――」

「しゅっぱつしんこー、だねっ♪」

 

 急速回転したホイールが道路に焼け付くような跡を刻み、鋼鉄の騎馬が朝の摩天楼を駆け抜けていった。

 

 

   *  *  *

 

 

 時空管理局のお膝元、ミッドチルダ首都クラナガンの中央に聳え立つ地上本部ビル。次元航行艦隊――“うみ”が次元世界、多元宇宙という領域を守る矛ならば、ここ地上本部が統括する地上部隊――“りく”は、管理世界の大地とそこに住まう人々の時間を守る盾である。

 世界の安定には協力が不可欠と理解しつつも、凝り固まったセクショナリズムを振りかざして反目しあっていた両者は今、かつて例を見ないほど堅く結びついていた。

 しかし、そうなった原因が文字通りの意味で()()からの干渉だということを知るものは少ない――――

 

 妙に悪人面な眼鏡の女性秘書官に案内され、はやては地上本部の支配者とも揶揄される男、レジアス・ゲイズ中将の執務室前へとやってきた。

 彼女の表情は冴えない。目に見えるほど暗鬱な雰囲気を漂わせている。

 

「はあ……いやや、帰りたい。お家でごろごろしたいぃ……」

 

 はやてはため息と情けない弱音をこぼす。こんな気持ちになるのは中学の頃、バカ騒ぎしすぎて職員室に呼び出されたとき以来だ。

 その後ろで、眼鏡の秘書がさっさと入れよと視線でせっついていた。

 

「……」

 

 まるで堅牢な城壁のように見える両開きのドアを軽くノックし、呼びかける。

 

「八神はやて三佐、出頭いたしました」

「入れ」

 

 いぶし銀の声が扉の向こう側から聞こえ、はやては丹田の辺りに力を込めた。じわじわと高まる緊張に押し潰されないように。

「失礼します」ドアを開き、レジアス・ゲイズ中将の執務室へと足を踏み入れた。

 初めて訪れたそこは簡素で機能的な印象の部屋で、一面のガラス窓からクラナガンの街並みが一望できる。

 立派な顎髭を蓄えたこの場所の主は独り、デスクに着いて何かの資料を眺めている。副官にして実の娘、オーリス・ゲイズは不在のようだ。

 

(私、この人苦手なんやけどな~……)

 

 近づくつれ強まる異様なプレッシャーに、はやては反射的に身震いする。

 ガチガチの急進主義者であるレジアスの先天技能(レアスキル)嫌いは有名な話だ。どちらかと言えば漸進的な変化なしを望み、夜天の魔導書といういい意味でも悪い意味でも伝説級ロストロギアの持ち主であるはやては、自分が確実にマークされているだろうという確信があるのだ。

 つい、と冊子から目を離したの老練な眼光がデスクを挟んで立つ若き士官を捉える。

 なんやー、やるんかーっ、と心の中だけで精一杯の護身を発動させ、身構えるはやてを見透かすかのように目を細めたレジアスがおもむろに口を開く。

 

「こちらも時間が惜しいのでな、単刀直入に用件を言わせてもらう。貴官には、近々新設される試験部隊の指揮官を任せたい」

 

 ドクンッ――

 不意打ちの一言を契機に、はやての心臓が強く脈打った。

 

「私が、試験部隊の指揮官……部隊長を、ですか?」

 

 詰まり気味に言いながら、はやては自分が混乱し、同時に興奮していくのを感じていた。

 自分の部隊を持つ――数年前からゆっくりと暖めていた彼女の“夢”、それが思いも寄らぬところから降って湧いたのだ。困惑するのも無理はない。

 

「そうだ。これはすでに決定事項だが、拒否権も特別に認めよう。よく精査して決めたまえ」

 

 興奮覚めやらないはやてを一瞥して、レジアスは先ほどまで眺めていた資料をデスクに放る。

 

「……拝見しても?」

 

 無言の肯定を受け、恐る恐る書類を手に取るはやて。そこには、新設部隊――名称未定――の詳細な情報が記されていた。

 

「この試験部隊はカウンターテロを目的とした特務部隊だ。頻発する次元犯罪や、冥魔の襲来に伴う管理世界全体の治安悪化を押しとどめるべく計画されたテストケースの一つとして、クラナガンを中心に一年間活動する事となる。指揮系統の関係上、地上本部直轄……つまり私の下に就いてもらうが、実質的にはベルカ自治区を始めとした各管理世界政府と、時空管理局の総力を結集した一大プロジェクトの一環である。その全てが上司だと考えろ」

 

 こりゃまた大仰なことになったわぁ~……。はやては天を仰ぎたくなった。

 社会的な意味での危機回避本能が、エマージェンシー警報を高らかに鳴らしている。コンディションレッド、第一種戦闘態勢発令である。

 

(えー、なになに……部隊長補佐にグリフィス・ロウラン、前線部隊長兼主任法務官にフェイト・T・ハラオウン、副隊長兼教導官にナノハ・タカマチ……なのはちゃん、実戦のカンを取り戻すとかでしごかれとるて聞いたけど、ついに教導官に復帰するんや……。うげっ、ウチのコらも全員集合かいな。それからフォワードは、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ……みんな名札つきの新人さんばっかや――てかこのランスターってコ以外、みんな知ってるコやないの)

 

 嫌な予感をビシビシと感じつつ、資料に目を通していく。

 ふと、過ぎる異物感に手を取め、そのページに注視する。

 

(――んん、特別補佐官ツキノ・ウサギ一尉? 誰やこの人、えらくファンシーな名前や。……ぷふっ、似合わん! 絶望的に顔と名前が合っとらんっ! ていうか、どこの美少女戦士? ……あー、なるほど、漢字で書くと“宇佐木 月乃”になるんか。名前は日系やけど、顔立ちは中華系っぽいなぁ。前髪ぱっつんの正統派黒髪美人……私らん中にはおらんかったタイプや。――中っくらいやけど揉みがいのありそうなおっぱいをお持ちで、うひひ)

 

 脳内でボケる程度の余裕はまだあるらしい。

 唯一空欄になっている「技術開発顧問」について若干引っかかったが、はやての思索はもっと別のところに向かっていた。

 

(――つーか、首脳陣からサポートスタッフまで、ほとんど私の見知った顔だけで固められとるんやけど! なんなんこの八神はやてシフトっ!?)

 

 拒否権を認めると言いつつ、どう見ても自分に隊長をやらせる気満々な人事に悪態が漏れる。

 はやては過保護なまでにお膳立てされた計画の影に、某かの強い意志を感じた。――具体的に言うと、ドライなように見えて超がつくほどウェットな天パの親友だとかの。

 

「……ヒドい身内人事ですね。いったいどんな裏ワザを使われたので?」

「フッ、さてな。貴官が指揮を執るに最適の人材と最高の環境を整えたと上層部(われわれ)は考えているが……これでは不足か、八神三佐」

 

 牽制のジャブを鼻で笑い、痛烈な皮肉で返すレジアス。これにノーと返事をしたら自分は無能だと宣言したも同然である。

 

「い、いえ、そんなことは」

 

(くっ、このオッサン……言うに事欠いて! これは本当に本局のお偉いさんも噛んでると見て間違いないな)

 

 明晰な頭脳で裏事情を察すると、

 

(あぁん、いやや~、こないなうさん臭いモンには関わりたないぃ~。私は、もっとマトモな方法で隊長になりたいんやぁぁーっ!!)

 

「……この件について、いくつか質問してもよろしいでしょうか」

 

 心の中で泣きを入れても、表層には出さずに切り込む。

 はやてとて、それなりに権力闘争という奴を知っているのだ。弱みは見せない。背中は嫌な汗でベットリだが。

 

「機密に抵触しない限りは答えよう」

「ありがとうございます」

 

 レジアスの説明が確かなら、この話を断れば上層部からの覚えは悪くなり、冷や飯食いに一直線なのは明らか。出世など絶望的だ。

 ならば、懐に飛び込むしか道はあるまい。毒を食らわば皿まで、である。

 

「まず最初に、なぜ私なんでしょうか。こういった重要な案件は、もっと経験豊富な指揮官に任せるべきと考えます」

「貴官が、冥魔及び魔王との直接戦闘を経験している事を評価した結果だ。他の人員についても、基本的にこれを基準として選出している。現在管理局と裏界魔王は合従連衡、互いに不可侵の間柄だ。だが、奴らがいつ手の平を返すかわからんからな」

 

 なるほど、正論だ。湯水のように涌いてくる冥魔ならともかく、悪辣非道な魔王と直接戦闘した魔導師などはやての身内にしか存在しない。

 彼女らがいつまでも大人しくしているはずがないのだから、そういった備えも必要だろう。

 もっとも、あの幼なじみならきっちり抑えるとはやてはある種の確信を感じていたが。

 “彼”には、そう思わせる何かがある。

 

「つ、次に部隊保有ランクが規定を明らかに超過している件についてですが」

「問題ない。近く議会にて、保有ランク制限に関連する特別措置法が()()()()で採択される。安心しろ、仮にも実戦部隊にリミッターを掛けて戦力を低下させるような本末転倒はせんよ」

 

 これも正論。強力な戦力を集めたというのにわざわざ力を制限するなどナンセンス、愚の骨頂である。それならば別の場所に分散させた方が、リスク管理の観点から見ても上策だ。

 ……不可解な四文字熟語が混じっていたような気もするが、全力でスルーである。

 このあとも、いくつか質問――主に、この件の“背景”について――をしたものの、それらは「機密だ」の一言で切り捨てられた。

 

「さ、最後に、難度の高い任務に赴くこととなる部隊に、任官してさほど間もない新人を配属する意図をお伺いしたいです」

 

 いろいろな意味でグロッキーになりつつ、はやては一番訊きたかったことを問う。

「ふむ」レジアスが芝居がかった仕草で顎髭をしごいた。「時に八神三佐」

 

「はっ」

「一騎当千の魔導師一人で、平和を守り切る事は可能か?」

 

 答えになってへんやないかいっ! と思うものの、抽象的な問いを試されていると感じたはやては慎重に答えを選ぶ。

 

「……いえ。たとえそれがSランクオーバーの魔導師であっても、万能ではありません。個人でできることの範囲には、必ず限界が存在します」

「その通り。ごく一握りのエースが戦域を支配する時代はもう終わる。これからは画一的な装備と、確固たる組織力がこの次元世界の平和を担ってゆくのだ。故に、私個人は貴官らに直接的な戦果を期待していない」

 

 軽く演説をぶち上げたレジアスは、聞き捨てならない言葉でそれを締めくくった。

「は……?」と思わず不敬な言い方をしてしまうはやて。思考が停止しかけている。

 

「何、進んでスポイルしろと言っている訳ではない。しかしな、時空管理局の次代を担う若く見目麗しいエリート魔導師と、血気盛んな新人たちが切磋琢磨する……これほど見栄えのいいものはないと思わんか?」

 

 言い様は下世話だが、レジアスの鉄面皮はわずかも揺るがず。はやてはその意を汲み、眉をひそめた。

 

「……つまり、私にお仕着せの部隊で客寄せパンダの音頭を取れと」

「端的に言えばそうだ。広報活動、プロパガンダの大切さは貴官も理解しているだろう。任せるのはそういった性格を持つ部隊だと把握しろ。そしてその上で結果を出せ、八神()()

「――ッ!! 一佐、ですか」

「その若さで部隊長ともなれば風当たりも強くなろう。これは、現場レベルでのいざこざを回避するための措置だ。無論、そのような些末事で煩わせるつもり毛頭ないがな」

 

 試験部隊などと聞こえはいいが、要するに捨て駒上等の鉄砲玉だ。何か不祥事を起こせば、確実に責任者――この場合、はやてのクビが跳ね飛ぶ。

 昇進はその前の“アメ”、といったところか。

 

「さて一佐……どうだ、この話を受けてくれるか?」

 

 含むような催促。こうまで外堀を埋められてしまっては進退窮まるどころの騒ぎではない。

 

(うらむで、攸夜君……)

 

 はやては、この件を黒幕と思われる魔王(しんゆう)の勝ち誇った邪笑を幻視した。

 以前、ギル・グレアムのやり様を「手緩い」と切って捨てたことのある彼だ。悪辣非道な手段を用いて徹底的に暗躍したのは間違いない。

 ちなみに彼曰く「自分ならはやてに全てを話した上で協力を真摯に願い、自分から犠牲になるよう仕向ける」とのこと。そんなことされたら、かつての自分なら――あるいは今の自分も――喜んで自己犠牲を発揮しただろう。グレアム提督が手緩くて本当によかった。

 

(しゃーない、か)

 

 ――腹は、くくった。

 ようは結果を出せばいいのだ。

 身内ばかりが集まって馴れ合い部隊になってしまいそうだが、そこは自分がしっかり規律を締めてやれば問題ない……たぶん。

 

「八神はやて一佐、その任、謹んで拝命いたします」

 

 非の打ち所のない敬礼。

 はやての堂々とした振る舞いにレジアスの巌のような表情が一瞬、興味深そうに綻んだ。

 

(今に見とれ古狸っ。今回はやられっぱなしやったけど、いつかぎゃふんと言わせたるっ! ――あー……あかん、私、はやまったかもしれへん)

 

 けれども。

 はやての内情は、情けなくもいい具合にカオスだった。

 

 

   *  *  *

 

 

「ごゆっくりどうぞ~」

 

「どうもありがとう。じゃあ行こうか、フェイト」

「うんっ」

 

 どこにでもあるような、それこそ海鳴市にだってありそうなほどごく普通のバーガーショップ。

 午前中、いろいろなお店を回った私たちは窓際のカウンター席に並んで、すこし遅めのお昼を楽しんでいた。

 

「あむ……」

 

 できたてホカホカのチーズバーガーをがぶりっ。とろとろに溶けたチーズがお肉の汁とからんでとってもおいしい。

 ユーヤの愛情たっぷりな手料理もいいけれど、こういうジャンクフードのほうが私の舌には合ってるのかも?

 そのユーヤは、隣でちょっとしんなりしたフライドポテトをつまんでた。ハンバーガーに手をつけてないのは、彼が好きなものは最後まで取っておくタイプだからだ。

 ちなみに移動に使ったオートバイは、例によってユーヤのカグヤの中。お買い物の戦利品はともかく、あんなに大きなものまで入っちゃうなんてほんと便利だ。

 

「しっかし意外だったよ、フェイトに下着の収集癖があるなんてさ」

「癖って……、大げさだよ。私、大きいから、かわいいデザインのあんまり売ってなくて、だから、その……」

「はいはい、わかってますとも。スタイルのいい彼女を持って、俺は果報者だな」

 

 っ、またそうやって恥ずかしいことをっ。かああっ、と顔が火照る。

 帰ってきてからこっち、ユーヤはずーっとこの調子。もちろんほめてくれるのはすごくうれしいんだけど、時と場合くらい考えてほしい。

 

「まあ、さすがにあの黒いのに面食らったけどね」

「あ、うん、あれね。かわいくて、思わず買っちゃった」

 

 彼が言っているのは、さっき寄ったランジェリーショップで購入した黒いシルクのネグリジェのこと。フリルがひらひらで透けてるところにひとめぼれしちゃって、思わず衝動買いしてしまった。けっこうお高くて今月のおこづかいは正直ピンチだけど、いい買い物だったと思う。

 今夜さっそく着てみようかなって、ちょっとワクワク♪

 

「かわいい、ね……」

 

 ユーヤが微妙な表情でコーラのストローをすする。――あれ? 私、なにかおかしなこと言っちゃった?

 

「じゃあ、あの虎柄のドロワーズ(かぼちゃぱんつ)もかわいいと?」

「あ、あれはっ! ただの冗談っていうか、その……たしかに気に入ってるけど」

「……。……いやぁ、ふぇいとさんのすっとぼけたところ、ぼくはすきですよ?」

 

 ひどい棒読み。ユーヤの視線が痛い。

 ……。

 うん、話題を変えよう。

 

「と、ところでユーヤ、あそこ、女の人のお店なのにけっこう楽しんでたよね? 気まずかったり、気後れしたりとかしないの?」

「ん? いんや、別に。一人では入ることなんてないから物珍しくってさ、なかなか興味深いよ」

「そうなんだ。……男の人って、ああいうお店が苦手だって聞いてたけど。お兄ちゃんもそうらしいよ?」

「まあ、普通はそうなんだろうな。だがしかし、アニマとアニムスを併せ持つ攸夜さんに死角はなかった」

 

 ふふん、とユーヤは得意げに鼻を鳴らした。……意味がよくわからない。変なの。

 彼のこういうノリにはちょっとついていけないところがある。うまく波長の合わせられるはやてがうらやましいよ。

 

「はむ……。んむ、たまにはこういうチープな味もいいよなぁ」

 

 大きなBLTバーガーに、ユーヤが大きな口を開いてかぶりつく。

 私のこと、「食のブラックホール」とか「はらぺこかいじゅう」だってからかうけど、自分だってけっこう食いしんぼさんだよね。

 

「……」

「どうした?」

「う、ううん、なんでもないよ?」

「そうか」

 

 もしゃもしゃ、ってよく噛んで食べる横顔は男らしくて頼もしい。男の子だからなのかな、ときどき野性味?みたいなものを感じてときめいてしまう。

 そういうことをみんなに話すと、特にはやてやアリサなんかには「それは幻想、気の迷い」だって言われる。なのはまで同意するし……納得できない。

 ユーヤの魅力をわかってないんだ、みんなは。――あっ、でも、ほかのひとが知ったらアプローチとか始めちゃうのかな……? だ、ダメっ、ダメダメ! 今のナシっ!

 

「ごっそさん。さて、お次は何にしようかな、と」

 

 私が悩んでいるあいだに、ぜんぶ平らげてしまったらしいユーヤの口の端には、ケチャップが残っていた。

 ――そんなちょっと子どもみたいな彼が、どうしようもなく愛しくて……。

 

「ユーヤ、こっち向いて?」

「ん?」

 

 私はその衝動のまま、振り向いたユーヤの頬に不意打ちで――

 ちゅっ。キスするみたいにケチャップをなめとる。

 

「っ!?」

「えへへ、ユーヤの味がして、おいしい」

 

 唇が触れたところを押さえて、目を白黒させるユーヤ。顔を赤くしちゃって、かわいい。この微かな変化、私以外にはわからないと思う。

 でもたぶん。私の顔だって、ゆでダコみたいに真っ赤っかだ。

 

 

 昼食のあとは、お店を出て街中をお散歩。恋人繋ぎでぶらぶら歩く。

 ユーヤのことだから、きっとまた迷子になってしまうに違いない。でも、それが楽しい。

 行くあてなんて、目的なんてなくったって、私は彼がそばにいてくれるだけで幸せだった。……ユーヤも同じ気持ちなら、うれしいな。

 

「……平和だなぁ」

「ふふっ、そうだねぇ」

 

 そうして歩きながら交わすのは取り留めのないお喋り。いつも、いつでも、どんなときでもいっしょな私たちだけど、会話の話題が尽きてしまうことはない。

 他愛のない、明日になったら忘れてしまいそうな……だからこそ、大事にしなきゃいけない時間が、愛おしい。

 

「そういえばさ、なのはが管理局の仕事に復帰したって話、聞いたか?」

「うん、このまえ一緒に遊んだときに言ってたよ。……でもだいじょうぶかな、なのは。ブランクも長いんだし、またいつもみたいに無茶しなきゃいいけど」

 

 うー、考えてたら余計不安になってきた。あとで連絡してみようかな。

 

「心配するほどのことでもないだろ。アイツは、レイジングハートを手に入れて半月ほどで君を下した天才中の天才だぞ? 無茶については反論出来ないが」

「それは、そうかもしれないけど……。ユーヤ、冷たい」

 

 うまく言葉にできないけど、なにか違う。もっと、こう……あー、もやもやする!

 

「冷たいよ、俺はアリサ曰わく薄情者からね――というのは冗談にしても、時には突き放して見守るのも優しさだよ。たぶんな」

「……そういうの、よくわからない」

 

 困ってるなら助けてあげたい。

 寂しいならそばにいてあげたい。

 泣いているなら支えてあげたい。

 そう思う気持ちは間違いなんかじゃないはずだ、ぜったいに。

 少なくても、私はそうやってユーヤとなのはに救ってもらったんだから。

 

「ま、フェイトにはまだ難しいかな」

 

 くす、小さな笑い。くしゃりとちょっと乱暴に頭を撫でてくる。

 バカにするようで、それでいてどこか暖かな……いろいろ鈍い私だけど、子ども扱いされてることくらいわかる。またそうやって、わかったような顔して大人ぶるんだから。

 キッ、と非難がましく睨んでみた。……ダメだ。ユーヤ、涼しい顔してどこ吹く風を決め込んでる。

 

「もう……」

 

 ふてくされたふうを装って、視線を泳がせる。

 まわりには、同じように道を行く人たちの姿。小さい子、若いひと、大人のひと、お年寄り。男のひと、女のひと――みんな、穏やかで活気に溢れてる。

 ほとんど毎週のように、ユーヤがいうところの「世界の危機」が訪れてるのに、悲壮感なんてぜんぜんない。ミッドのみんなは案外図太いのかも。

 こうやって平穏な街を眺めているのは好きだ。あったかな、ぽかぼかとした気持ちになれるから。私の執務官としての働きが、この平和にすこしでも貢献できてるって実感できて。

 

「……ッ」

 

 でもときどき。切なくて、胸の奥のほうが苦しくもなる。

 とくに、幸せそうな家族連れを見たときには。

 私は、両親の愛の結晶なんて比喩を受けられるような、そんなまとも生まれじゃない。自分は冷たい試験管の中で生まれた紛い物の命――その思いもまだ、胸の中でくすぶってる。

 彼と肌を重ねたあの夜から日増しに強くなっていくこの感情を、たぶん私は生涯ずっと、死ぬまで――ううん、朽ち果てるまで抱え続けるだろう。

 不安が消せない。今が幸せだからこそ、その幸せを失ってしまうのがこわくて。独りになるのがつらくて、こわくて……。

 思い返せば、彼のいない時間はひどく虚しくて色褪せているように思える。がむしゃらに、意味も見いだせずに……ただ前だけを見て突き進む日々。それはたしかに、私に自分の背負った重荷を忘れさせてくれたのかもしれない。

 けれど、そんなものはまやかしだ。

 “プロジェクトF”の影に、今さら執着を感じているのがいい証拠。すべてはもう歴史の闇に葬り去られてしまったというのに。

 役目を果たせず、必要とされなくなった人形に価値なんてあるのだろうか。容姿も命もすべて借り物、作り物のレプリカに意味なんてあるのだろうか。

 こんなマガイモノに、こんなにも想ってもらえる資格なんてあるのだろうか。

 私に……、新しい命を育むことなんてできるのだろうか。

 “母さん”の言葉どおりにあがいて、ユーヤみたいに諦めないで、ありのままの私になろうって生きてみたけれど。いくら考えても、答えは出ない。

 「F.A.T.E.」――運命と名付けられた私の“運命”は……やっぱり、打ち捨てられた人形は腐り果ててしまうだけ? この命に意味なんてないの?

 母さんを救えずに、犠牲にしてまで幸せになってもいいの?

 ……私はほんとうに、生きててもいいのかな――

 

「フェイト」

「ほぇ?」

 

 不意に、名前を呼ばれて足を止める。ユーヤは数歩進んだあと、振り向いた。

 

「顔、強ばってるぞ」

 

 言いながら、ユーヤは私の両頬を引っ張る。ふに、と引っ張られても痛みはほとんど感じない。

 びっくりした私の目に飛び込んできたのは、透き徹ったサファイア。捕らえ所のない刻一刻と色を変える瞳は、私の心を掴まえて離さない。

 

「また、しょうもないことで悩んでるだろ?」

「しょうもなっ!? わ、私だって、私なりにいろいろ考えて……!」

 

 けっこう真剣な悩みだったのに、そんな言い方失礼しちゃうよ。

 ぷりぷりお冠な私の心なんてお見通しのユーヤは、やれやれと肩をすくめて大げさにため息をついた。

 

「悩むのは大いに結構だし、内容も何となくわかるけどな。フェイトの場合、悩み過ぎて余計に惑ってるじゃないか。回し車で遊ぶハムスターじゃないんだからさ」

 

 ……確かに私、考えすぎの袋小路に迷いこんでぐるぐる回ってた。でも、ハムスターはないと思う。

「いいか、フェイト」彼の声が私の名前を真っ直ぐに呼ぶ。

 

「辛い時、悲しい時だからこそ笑うんだ。媚びず甘えず挫けず――、自分を信じて艱難に打ち勝つために、な」

 

 いつもの不敵な笑みと彼らしい傲岸な言葉が胸のモヤモヤを貫くいていく。

 こうやって、ユーヤは迷ってばかりの私を導いてくれるんだ。

 

「うん……、そうする。ありがとう」

 

 星空みたいな蒼い瞳を見上げて、私は精一杯の笑顔を浮かべた。

 “ありがとう”は、いつの間にか元気な気分になれたことに気づいたから。……きっとあなたは、落ち込んだ私を元気づけようとしてくれたんだね。

 

「やればできるじゃないか。その方が、さっきの辛気くさい顔よりずっと綺麗でかわいいよ」

「ん……」

 

 そう言って、ユーヤは満足そうに私の頭をぐりぐりと力強く撫でてくれる。すこし痛いくらいの荒っぽさが今は心地よかった。

 

 ――こうしてまた、私は漠然とした不安を隅に追いやって、蜜のように甘いやさしさに溺れていく。

 見たくないものから目をそらし続けている私は、いつか手酷い報いを受けるかもしれない。

 でもきっと、だいじょうぶ。

 どんなに悲しい過去も、どんなにつらい“運命”だって、この絆があれば乗り越えられる。

 彼からもらったたくさんの“希望”は――色褪せた私のセカイに意味をくれたこの光は、強くてやさしい心のチカラだ。

 そうして、今度はその光を世界中に広げていきたい。私にできることなんてたかが知れてるけど、でも、それでも……諦めない。投げ出さない。

 

 ――――だってこれが私の夢、生きる意味と戦う理由だから。

 

 

   *  *  *

 

 

 午後。

 ふらふらと街中をさまよい歩いた私たちは、クラナガンの中央区画にあるセントラルパークにやってきた。

 緑に溢れ、まるで自然のなかにいると錯覚してしまうこの公園の広さは、南北に4キロ、東西に800メートルくらい。クラナガンに住む人々の憩いの場で、普段からよく訪れてる。

 今回の目的は、ここでお店を開いている移動式のクレープ屋さん。近ごろミッドチルダの女の子の間でおいしいと評判の隠れた名店で、テレビや雑誌の特集を見た遠くの次元世界の人がわざわざ食べにやってくるくらいそれはもうおいしいんだ。

 入り口からすこし入ったところ、ピンクのかわいらしい改造トラックが停車していた。

 幸い、並んでいる人がいないので早く食べられそう、だ……?

 

「「あ」」

「げっ」

 

 お店の前で、私たちは灰色の髪の女の子を連れた銀色の髪の女の子に出会した。

 むむっ。思わず眉間に力が入り、ユーヤの服の裾を引っ張ってしまう。

 

「あー、アルだ。こんにちわ」

「おう、こんにちは。久しぶりだなアゼル、擬体の調子はどうだ?」

「うん、ばっちりだよ。でも、やっぱり少し動きづらいかな」

 

 そこはかとなくはかない感じのする灰色の髪の子、アゼル=イブリスが人懐っこい笑顔でユーヤと挨拶を交わしている。

 ……私、ナチュラルに無視されてるけど、気にしない。気にしないったら気にしない。

 

「我慢しろ。それはお前の力を封じる拘束具なんだからな」

「うん、わかってる。……そういえば、このまえ温泉に入るとき、うっかり脱ぎすぎて星を滅ぼしちゃった」

「おいそれ幾つ目だよ? せめてヒトの居ない世界でやってくれよな。次元世界中の温泉地がうっかりで壊滅したらかなわん」

「はーい」

 

 ――ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど?

 それはそれとして。ユーヤの話だと、彼女は次元世界すべての秘湯名湯を制覇するために各地を放浪してるそうだ。スケールが大きい、いろんな意味で。

 ていうかこの子、私とキャラがかぶってるんだよね。妙にユーヤに馴れ馴れしいし、気にいらないな……。

 

「んで、ベル。君は何やってんのさ?」

「その言葉、あんたにそっくり返してやるわよ」

 

 高慢ちきな言いぐさをするのは銀髪の子、ベール=ゼファー。彼女の目にも私の姿は入ってないみたいで、ユーヤにだけ切れ長な金色の瞳を向けていた。

 

「ったく、なんで意味もなくあんたの馬鹿面を拝まなきゃなんないのよ」

(バカ、面……?)

 

 失敬な暴言を吐き捨てた彼女は腕を組んでイヤそうな顔をしている。

 コメカミのあたりが自然反射でひくひく痙攣した。がまん、我慢だ私……っ!

 

「相変わらず辛辣だな。てか見ればわかるじゃない、デートですよでぇと。古風に言えば逢い引きだな」

 

 言いながら、ユーヤは私の肩を抱き寄せる。こうして強めに抱かれると、いまでもドキドキしてしまう。まあ、それが心地いいんだれど。

 はふぅ……。かぎなれたユーヤのにおいに、ささくれ立った神経が治まって――

 

「へぇ……。フン」

 

 鼻で笑われて、高揚した気持ちが一気に醒めた。頭から冷や水をぶちまけられたみたいに。

 ベル――ううん、もうムシケラでいいよね、ハエだし――の私を見る眼は、道端の小石に向けたみたいにまるで興味がないらしい。

 ……私、この子がキライだ。

 なのはを散々にいたぶって泣かせたこと、忘れてない。それにユーヤをいちいち見下す態度にも腹が立つ。彼がそんな態度を許容していることが気に入らない……、気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない――――

 ユーヤの手前、大人しくしてるけど、そうじゃなかったらいますぐにでもザンバーでバラしてやりたいと思ってる。どうせ殺したって死なないんでしょ?

 

「フェイト、なんかすずか並みに真っ黒なオーラが……」

「えっ、なんのこと?」

「イエ、ナンデモアリマセンデスハイ」

 

 ……? 変なの。

 

 どうやら彼女たちもクレープを買いにきたらしく。なぜだかいっしょに食べることになってしまった。ユーヤのおごりで。

 せっかくふたりっきりだったのに。納得、いかないなぁ……。

 胸の中のもやもやはどうにも晴れないし、そんな気分で食べるクレープはぜんぜんおいしくない。これじゃ、せっかくのお休みが台無しだよ……。

 

「これおいしいね」

「まあ、そうね。悪くはないわ」

 

 急転直下な私のテンションを余所に、クレープにかぶりつく二人の魔王。こうしている彼女たちの姿はどこからどう見ても普通の女の子そのものだけど、これで次元航行艦を単独で墜とせる戦力だっていうんだから信じられない。

 同じことを魔導師がするとなると、かなり高位――それこそ“母さん”クラスにでもならないとムリだろう。

 ……よく勝てたよね、私たち。

 

「――なあ、フェイト。いい加減機嫌直してくれよ」

「……私、機嫌悪くないもん」

 

 私の隣、ベンチに座ったユーヤがボサボサの髪を困ったようにかいている。ちょっと心苦しいけど、もっと困ればいいと思う。

 

「ほら、俺のチョコバナナクレープやるから、な?」

「……」

 

 食べかけのチョコレートたっぷりなクレープを差し出すユーヤ。食べ物で釣ろうったってそうはいかないよ。……まあ、くれるんならもらうけど。

 

「あは、女の尻に敷かれてやんの。なっさけなーい」

「ほっとけ」

 

 一糸乱れぬ整列をしたハトの群れにパンくずをあげているムシケ――もとい、ベルが高飛車に言う。ちょっとむかっときた。

 どうも彼女は鳥に好かれるタイプらしく、さっきなんて公園中のハトにたかられてた。かなりホラーだ。

 そういえば、前にユーヤと見た映画で似たようなのがあったっけ。

 

「ところでベル」

「あによ。クレープならあげないわよ、いやしいわね」

「いらねーよ。……聞いてるぞ、ラジオ。何気にノリノリだよな、お前」

 

 ……ラジオ? なんのこと?

 会話についていけない私を置き去りに、コントが始まる。

 

「え、ちょ、ち、違うわよ。あれはリオンが勝手に始めたことで――てか、聞いてるって現在進行系!?」

「だって俺、ハガキ職人だし。先週も「さげすんで、ベル様」で読まれたな。夜ノ森ユウ、あれって俺だから」

「最初期からのリスナーじゃないっ!? 毎週お便りありがとう! あんたの送ってくる罰ゲームのお題はいちいち絶妙すぎるのよ、死ねっ!!」

「やだよ、死ぬの痛いし。ちなみにBLF団ミッドチルダ支部会員ナンバー000、名誉会長も俺なんだぜ」

「そこまで徹底してると逆に気持ち悪いわ。ストーカーね」

「ストーカー言うな。歴としたファン活動の一環ですぅ」

「ぶりっこするな、キモいわっ。だいたいあんた、何でもかんでも粘着質なのよ」

「まあ仮にも“蛇”だし? 昔から言うだろ、蛇は執念深いって」

「あんたの場合、末代まで祟りそうよね……」

 

 息をつかせぬ軽妙な掛け合い。アゼルが感心したようにパチパチと拍手してる。

 こういう息の合ったところを見せつけられると、カノジョとしてはすごくおもしろくない。私じゃできないからなおさらだ。

 

「……ねえ、ユーヤ。ラジオってなに?」

 

 暗い感情を無理やり押し込めて質問する。声が冷たくなってしまうのは仕方ないと思う。

 

「ん、ベルがリオンと一緒にパーソナリティーをやってるWebラジオ「ふぁーさいど通信」のことだよ。略称、ふぁーつぅな。これ語感悪くて言いづらいよな」

「仕方ないわ。伝統だもの」

 

 むー、また私のわからないこと言って意気投合してる……やっぱり解体しようかな……。

 ――あ、ファンクラブうんぬんについてはあとでキッチリ説明してもらうから覚悟してねっ?

 

「……さて、と。あたしたち、そろそろ帰るわ」

 

 ばさっと大げさにポンチョを翻すベル。威風堂々、颯爽とした振る舞い――こういうところ、ユーヤに通じる感じがする。気に入らないけど。

 

「何だ、もっと遊んでいけばいいのに。一緒に野山を駆け回ろうぜ! 近くに山なんかないけど」

「イ、ヤ、よ。……なんかこのあたりがムズムズすんのよね、さっきから」

 

 彼女はそうつぶやき、首の裏をさすりながら眉をしかめた。

 悪寒を感じたみたいに両腕で自分をかき抱く。顔色もよくない。

 

「……予知か? リオンやイコじゃあるまいに」

「うるさい、あたしだって伊達に古代神やってないのよ。行くわよ、アゼル」

「あ、うん。じゃあね、アル」

 

 しゅん、小柄な銀髪の女の子の姿がかき消えた。ついで、灰色の髪の女の子も空間転移でその場を去る。転移する直前、無垢な笑顔でふるふる手を振るアゼルの姿が私の印象に残った。

 ……やっぱりかぶってるよ、なんとなく。

 

 

   *  *  *

 

 

 夕暮れ、逢魔が時。

 クラナガン郊外のとある墓地。空は不気味なほど鮮やかに朱く焼け、人気のない墓地には厳かな雰囲気で満ちている。

 強く吹いた冷たい風に煽られて、芝生が一斉に細波立った。

 

 墓石の並んだ小道を、恋人たちがぴたりと寄り添い歩いていた。

 穏やかな表情で攸夜の肩に頭を預けるフェイトが抱えるのは、色鮮やかな花束。数年前、この場所で再会した時よりも明るい色合いの花々は、今の彼女の心を象徴しているかのようだ。

 クラナガンに越して以来、彼らは幾度となくここを訪れていた。――フェイトは未だ、“母”への郷愁を捨て切れていない。

 

「ん……悪い、電話だ。フェイト、先に行っててくれるか?」

「うん、わかったよ」

 

 てくてく、素直に離れていくフェイトの後ろ姿をしばし眺めた後、攸夜は懐から蒼いARMS-Phonを取り出した。

 ぼんやりと光る液晶画面には「宇佐木(うさぎ)月乃(つきの)」の文字。彼が与えた名前だ。

 

「俺だ」

《お休みのところ申し訳ありません、主上。火急の報告があり、ご連絡差し上げました》

 

 電話口の向こうからアルト気味の美しい声が響く。その声の持ち主は主八界から呼び寄せた腹心のひとりだ。

 元々“シャイマール”の熱狂的な信奉者だった彼女は、〈魔王墓場〉から蘇らせた攸夜に絶対の忠誠を誓っている。

 

「前置きはいい、話せ」

《はっ。地球のアリサ・バニングス嬢が何者かに拉致されました》

 

 攸夜の眉が一瞬だけ揺れた。

 

「ほう、それで?」

《しかし現地の工作部隊により対象は即座に救出、怪我ひとつありません。犯人グループは無力化の上、拘束しております。いかがなされますか?》

「そうか、ご苦労。背後関係を徹底的に洗った後、まとめて()()しろ。見せしめだ、手心は要らない」

《御意に》

 

 冷酷に指示を下すと、攸夜は携帯を片手で器用に畳んだ。

 今の言葉で少なくない“命”の命運が決まり、呆気なく潰えることになるだろう。フェイトが知れば確実に嫌悪して然るべき所業だというのに、攸夜の感情は凍てついて揺るがない。法と秩序の枠より自らの意志で外れた落伍者に与えるだけの慈悲を、彼は持ち合わせていなかった。

 パサ……、何かが落ちる軽い音が静かな墓地に響く。

 

「……? どうしたフェイ、ト――」

 

 花束を取り落とし、呆然と立ち竦む少女のすぐそばまで来て、攸夜は同様に言葉を失った。

 

 ――跡形もなく粉々に砕かれた二つ並びの墓碑。

 

 ――灼熱の業火に焼かれかのように消し炭の芝。

 

 ――あたり構わず暴れた何かが抉った痛々しい地面。

 

 ――引きずり出された空っぽの棺は、巨大な刃物か何かで両断されている。

 

 そして……――

 

「人間……いや、動物の血液か?」

 

 得体の知れない鮮血と肉片が、辺り一面にぶち撒けられていた。

 酷い悪臭を漂わせる夥しい血の海はさながら苦悶と呪詛に満ち満ちた煉獄、苦痛にのたうつ怨霊の呪いの言葉まで聞こえてくるようだ。

 

「ひど、い……どうして、こんな……」

 

 “家族”の眠る場所の惨状に口元を押さえたフェイトの声は、恐怖に震えて意味にならない。攸夜が茫然自失する彼女の肩を堅く抱き寄せる。

 

「この魔力……」

 

 僅かに残った魔力の残滓は邪悪な瘴気にも似て――

 この凄惨極まりない光景から、腕の中で震える少女に向かう憎悪と殺意と敵愾心とが綯い交ぜとなった強烈な悪意を感じ取り、攸夜は得体の知れない胸騒ぎに顔をしかめた。

 

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