魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#14

 

 

 

 新暦75年 四月上旬

 

 クラナガン湾岸地区。

 首都にほど近い南駐屯地A73区画に、“世界樹計画”の一環で設立された地上本部直属特務機動隊「機動六課」――他のテストケースを含め、六つ目であることからこう名付けられた。別に遺失物管理部と関係があるわけではない――の隊舎があった。

 やや年季の入った建物の玄関前に、十代前半の少年少女が横一列に整列して並んでいる。

 その中の一人、オレンジの髪をツインテールに結った少女――ティアナ・ランスターのつり目がちな瞳は、いつにも増して吊り上がっている。

 彼女の漂わせるピリピリとした緊迫感を敏感に感じ取り、赤毛の少年と桃毛の少女が身を竦めた。

 いや、二人も同じように緊張しているのかもしれない。これから行われる上官たちとの顔合わせと――、この先に待ち受けるであろう幾多の困難を思って。

 ティアナが緊張を感じるのも当然だ。

 〈機動六課〉という機関は、凶悪な次元犯罪者や強大な冥魔と正面切って戦うことが決定づけられた、極めて即応性の高い実戦部隊である。

 部隊長の――報道陣も集まった発足式のスピーチでは、どこかダウナーでアンニュイな雰囲気を発していた――八神はやて曰く「お役所のすぐやる課、なんでもやる課みたいなもんや」。言い得て妙だが、時空管理局自体がお役所なあたりどうなのだろうか。

 そんな部隊になぜ自分が選ばれたのかは定かではないが、あらゆる意味において今まで彼女が行っていた災害救助とはまるで違うのだ。

 

「……」

 

 だが、訓練校以来の相棒――スバル・ナカジマはそんな同僚たちの空気などお構いなしに、普段の数百倍近い脳味噌お天気な雰囲気を発散させていた。

 彼女の髪の色と同じ、まさに青天の晴れ空ともいうべき幸せっぷりが正直めちゃくちゃ鬱陶しい。

 憧れの人と同じ職場で働けてうれしいのはよーくわかるが、少し自重しろ。

 

 ――彼女らがここに転属になった理由は至極単純、上層部からの正式な辞令である。駆け出しの職員であるティアナたちに拒否権などあろうはずがない。

 部隊長との面談の後、直接打診を受けたとかそういう類のことは全くなく。ただ前の部隊の隊長から「転属だ」と言い渡されただけだった。無論、隊員総出の送別会をしてもらったのは言うまでもないが。

 その際、わんわん大泣きしたスバルからもらい泣きしてしまったのはティアナだけの秘密だ。

 短い間とはいえ苦楽を共にした同僚たちと離れがたいと思うことは、ヒトとして当然の感情。しかし、組織とは得てして理不尽な存在だ。そのような個人的感情など関知しない。

 もっとも、執務官になるという明確な大望を持つティアナにとってこれは千載一遇の大チャンス。彼女は是が非でも――、それこそ汚泥を啜り、石にかじり付いてでも結果を残すと頑なに誓っている。

 

(それにしても、この子たち……何者?)

 

 ちらりとスバルを挟んで反対側に並んでいる同僚――エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエを見やり、ティアナは密かにため息をついた。

 先ほど簡潔に自己紹介を交わした際に知った年少二人の実力は、ティアナの才能に対する劣等感を大いに刺激してくれた。「十歳児がAランクとかなんの冗談よっ!?」ってなもんである。

 けれども。訓練校の同期で、現在十五歳のスバルのひとつ年下――本年14歳になるはずの学友を思えば、あまり驚くようなことではないのかもしれない。

 なぜなら、彼女は落ちこぼれどころか“魔導師”ですらなかったのだから。

 リンカーコアを持たず、座学も壊滅的なドベ一直線。それでもめげず挫けず、持ち前の努力と根性と――それから“箒”を操って、仕舞いには自分たちと首席の座を争うまでに成長したあの少女は元気にしてるだろうか。

 

(……ま、大丈夫か。あの子、スバルに輪をかけた筋金入りのバカだし。むしろ、相方の心労の方が心配よね)

 

 自分と同じ、常識人で委員長タイプなもうひとりの学友の苦労を慮って、ティアナは思わず苦笑をこぼしてしまう。

 

「――みんな揃ってるみたいだね」

 

 物思いに耽っていたティアナを、ひどく印象に残る透明な声が現実に引き戻した。

 声の主は黒い執務官制服をバッチリ着こなすすらりとした印象の美女。腰まで届く長くて美しいブロンドは、傍目で見てもシルクのようにサラサラしているのがわかる。

 白を基調にした教導官制服のかわいらしい女性と、ブラウン系の地上部隊用制服を着た少女……幼女?と、それから、同じ制服の眼鏡をかけた柔和な感じの女性が後に続く。

 皆、ティアナたちの上官だ。女子率が異様に高いのは気のせいである。たぶん。

 

「はじめましての子もいるから、いちおう自己紹介するね。私の名前はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン、普段は本局の方で執務官をやってます。六課の現場ではみんなの隊長を務めることになるよ。これから一年、よろしくね」

 

 口上を終えた彼女は、同性すらも見惚れてしまう可憐さ満点な笑顔を咲かせる。太陽の光を受けた髪が黄金色に煌めく様はいっそ神々しい。

 

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

 同僚たちと合わせたティアナの声はやや上擦った。女神のような微笑に当てられたからかもしれない。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。四年前、クラナガンを襲った“冥王の災厄”にて活躍した若き執務官。魔導師、捜査官としての実力実績はもちろんのこと、その類い希なる容姿は管理局の広報誌などでたびたび特集記事が組まれるほど。

 まさしく、絵に描いたような才色兼備の女性である。あまつさえ、彼女の公式ファンクラブなんてものも管理局内に存在するらしい。なんの公式だ。

 執務官を目指すティアナにとって彼女は、遙か雲の上の頂と言える存在だろう。

 しかし、どこかほんわかした雰囲気は、とても“閃光”などという苛烈な二つ名で呼ばれるような敏腕執務官には思えない。もっとクールで超然とした、悪く言えば鼻持ちならないエリート的なイメージを持っていたティアナだったが、それは修正せねばならないようだ。

 ちなみに、ティアナは彼女について「イケニエ」だとか「魔王の情婦」だなどと陰で言われているのを耳にしたことがある。どういった意味なのかは知らないが、決して気持ちのいい質のものではないのは確かだろう。

 

「うん、いい返事だ。じゃあ、次ね」

 

 満足そうににこりと微笑み、金髪の執務官は軽く身を引いて教導官制服の女性を促す。

 高町なのは二等空尉。つい先日、ティアナとスバルが受けた魔導師ランク昇格試験の試験官を勤めた女性だ。

 “エース・オブ・エース”の称号を背負う天才空戦魔導師であり、スバルの命の恩人にして憧れの人。活躍の批判を聞かなくなってから久しかったがどうやら一身上の都合で休職していたらしく、ティアナたちの試験が教導官に復帰して最初の仕事だったそうだ。

 スバルはそれにいたく感激して、「私となのはさんは運命の赤い糸で結ばれてるんですね!」とかなんとかのたまっていた。バカである。

 

「えーと……」

 

 歯切れの悪い口振りから、どこか堅さが見て取れる。前述のように職務に復帰して間もないそうなので、まだ本調子ではないのかもしれない。

 すぅーっと深呼吸した彼女は、意を決したように口を開いた。

 

「高町なのは、じゅうななさいですっ☆」

 

 キラッ、と効果音が聞こえそうなまでにイイ笑顔。目の辺りでピースをキラッとキメたポーズは、どこぞのアイドルのよう。

 

「「「…………」」」

 

 絶句する一同。白々しい空気が場に蔓延する。

 ちびっ子二人が訳もわからずおろおろするし、スバルはぽかんと馬鹿面を晒している。頭痛が痛くてティアナが頭を抱えた。

 

「なのは……、ほんとにやらなくても……」

「だ、だって! こういうのはつかみが大事だしっ。はやてちゃんがこれならバッチリだって」

「……け、結構ユニークなんですね、なのはさん。意外です、いろいろな意味で」

「シャーリーもそんな目で見ないでよ~」

 

 真っ赤な髪をおさげにした幼、もとい少女が今にも吹き出しそうな口を押さえている。

 肩をプルプルと震わせ、今にも爆発しそうだ。

 

「……あれ? なのささんって、今年で19だったはずじゃ……?」

 

 不思議そうに首を傾げ、スバルが真顔で問いかける、

 悪気のない、だがタイミングは最悪の疑問にサイドテールの教導官が、ぼんっ、と音が聞こえる勢いで赤面。あうあうと言い訳らしき何かを言う。

 さすがはスバル。空気を読めないことにかけては他の追随を許さない。

 

「――ぶふっ、あはっ、あはははははっ!」

「ちょ、ヴィータちゃん! 笑わないでよ~」

「で、でもよ、「じゅうななさい」とか……ぐふっ、あはははははっ、ば、バカみてー!」

 

 ヴィータと呼ばれた少女は、身体をくの字に折って抱腹絶倒を極めている。今のやり取りがよほどツボに入ったらしい。

 ほぼ全員――白けているティアナと笑けている少女、それからこの状況を作り出した張本人以外――がどうしたらいいのかわからず途方に暮れて。

 もうなんかグダグダだが、とりあえずティアナとしてはこれだけは言っておかねばなるまい。

 

「17話にはまだ早いですよ、碧ちゃ――もとい、なのはさん」

 

 お約束である。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯14 「歩くような速さで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 涙を浮かべるくらい爆笑するヴィータをいさめたり、顔が真っ赤で恥いるなのはをなだめたりして、私はなんとか場を取り繕った。だからはやての口車には乗らないほうがいいって言ったのに……。

 

「改めまして、高町なのはです。見てのとおり、教導官としてみんなの教導を担当します。現場だと前線チームの副隊長で、主に作戦指揮とオペレーターをやるよ。みんな、よろしくね」

 

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

 まだ赤みの残る顔だけど、毅然とした態度はさすがなのはって感じだ。

 

「あ、でもオペレーターって……なのはさんは一緒に戦ってくれないんですか?」

「うん、いい質問だねスバル。基本的に、私は現地と本部を繋ぐパイプ役なんだ。まあ……いざというときの予備戦力みたいなもの、かな? 何事も臨機応変に対応しないとだし、みんなはまだまだ危なっかしいからフォローしないと、ね?」

 

 すこし冗談めかした言い様に場が和む。だけど、ほんとはそれだけじゃないことを私は知ってる。

 今のなのはは魔法を使()()()()()()()。誘導弾や射撃魔法はともかく、砲撃魔法だけは復帰して以来一度も撃っていないらしい。……たぶん、なのはは悩んで、模索しているんだと思う。自分と魔法の、これからについてを。

 ちなみに、執務官の私もここ機動六課ではフォワードチームの隊長でしかない。まあ、はやてに次いで身分が高いから、書類仕事だとか偉い人へのプレゼンだとか、いろいろやらなきゃだけど。

 ……捜査官としてはいらない、って言われてるみたいで不満はある。でも、せっかくみんなとお仕事ができるんだもん、割り切らないと。

 

「八神ヴィータだ。私は別働隊所属だから現場じゃかち合わねーだろうけど、教導に関してはなのはの補佐をすることになってる。ガンガン鍛えてやっから、覚悟しとけっ」

「シャリオ・フィニーニです。技術士官としてみんなをいろいろサポートします。気軽にシャーリーって呼んでね」

 

 続いてヴィータとシャーリー――シャリオ・フィニーニ。普段は私の補佐官をしてくれている子で、今回の異動でもついてきてくれた――がそれぞれらしい自己紹介する。

 技官で、みんなとはたびたび顔を合わすことになるはずのシャーリーはもちろんとして、シグナム率いる別働隊でとある()()()()の追跡に当たる予定になっているヴィータも、その合間に行う教導の補佐に先駆けて今回の顔合わせに参加してもらった。

 

「私となのは、それにあなたたち四人を加えた六人が機動六課の前線メンバー。空を抑える私と四人一組のみんなに分かれて、なのはの指示を受けつつ活動するのが基本形だよ。コールサインは“ナイトウィザード”、一年間使う言葉だからよく覚えておいてね」

 

 四人が私の言葉に頷く。うん、素直でいいね。

 夜闇の(ナイト)魔法使い(ウィザード)――名づけ親ははやてで、縁起を担いでいるんだそうだ。たしかに冥魔と戦うには、これ以上ないってくらい打ってつけのネーミングだ。

 

「さて、と。じゃあ、細かい打ち合わせはあとにして、まずは軽くオリエンテーションでもしよっか?」

 

「「「「オリエンテーション?」」」」

 

 不思議がる四人に、なのはが意味深な笑顔を見せた。

 

 

   *  *  *

 

 

 機動六課訓練施設、陸戦用空間シミュレータ。

 つい数分前まで、海上に張り出した広い空き地だったこの場所は今、崩れかけたコンクリートのビルや打ち捨てられた残骸が散乱する廃棄都市にがらりと様相を変えていた。

 このシミュレータは、市街地からから森林まで、様々な環境を再現できる六課とっておきの最新鋭設備だ。

 内容監修をなのは、製作総指揮をシャーリーが担当して、あと六課の技術開発顧問の“ドクター”って人も基礎設計に協力したらしい。……よくわからないけど、この通称っぽい名前に不快感を覚えるのはなんでだろう……?

 

 閑話休題。

 今回ここで行われているのは、なのはの言うオリエンテーション。四人の実力を計るための模擬戦だ。

 ルールは簡単。このフィールド内に放たれたターゲット全機の撃破。手段は問わない。

 私たちは、それなりに高さのある廃ビルの屋上からその様子を観戦していた。

 

「うおおおおおーっ!!」

 

 眼下に広がった廃墟では、スバルが足元のローラーブーツで砂ぼこりを巻き上げながら、ものすごい勢いで駆け抜けている。――この引きつけるような動き、ティアナの指示かな?

 そんなスバルと追いかけっこを演じているのは、白いタマゴみたいな形の機動兵器〈ガジェットドローンⅠ型〉――正確にはその改良型。そして、私たちにとって因縁浅からぬ存在と言えるだろう。

 もともとはジェイル・スカリエッティという悪い意味で著名な大物次元犯罪者が、愉快犯的にばらまいていたもの――私がその真相を知ったのは、彼が逮捕されたあとだった――で、なのはが大けがを負った一件の原因。

 けれど、それも今では管理局の施設警備や訓練用の標的などに広く活用されていた。どうも、押収した製造プラントを転用しているらしい。思いついたのが誰だかは知らないけど、ちょっとセコいよ。

 ガジェットドローンの機能の中で、もっとも特筆すべきなのがAMF(アンチ・マギリング・フィールド)だろう。

 とてもざっくりと説明すると、魔力素子の結合を阻害する働きのある一種の結界魔法で、さっきもスバルの〈ウィングロード〉――空中に足場を創る先天魔法だ――や、ティアナの射撃魔法を霞のようにかき消していた。

 このAMFが違法魔導師の制圧にかなり有効な上、冥魔にも多少なりとも効果があるということで相当数のⅠ型が首都防空隊などに配備されている。そして、六課の活動中に領域下での作戦もあり得るから標的にガジェットが選ばれた、というわけ。

 もちろん、AMFを展開している空間ではこちらも効力を受けてしまうけれども、魔導炉からの供給がある“箒”なら魔力砲弾の威力や射程が下がる程度でほぼ問題はないそうだ。

 というか、ディバインバスタークラスの魔力砲撃をほとんどリスクなしに連発するのは反則なんじゃないだろうか。

 

「はああああ――!!」

 

 スバルの右手――リボルバーナックルが水色に輝き、バイパスの土台を砕く。倒壊した瓦礫が彼女を追いかけていた数機のガジェットを押し潰した。

 

「よっし! ティアの言うとおり!」

 

 たしかにこれならAMF領域下でも関係ないね。――だけどスバル、油断は大敵だよ?

 気を緩めたスバルに三機のガジェットが接近して、出力を抑えた模擬戦用のレーザー光線を照射する。

 

「わわっ!?」

「スバル!」「スバルさん!」

 

 トーンの違う、ティアナとエリオの声。

 物陰から飛び出したエリオがカートリッジを吐き出すブルーの槍――〈ストラーダ〉を地面に突き立てる。サンライトイエローの魔法陣から発生した幾条もの青い雷撃と、その間を縫う狙撃が見事にガジェットを捉えて撃破した。

 伏兵に不意打ちされたスバルは、ティアナの援護射撃とエリオの〈サンダーレイジ〉でなんとか危機を脱する。即席にしては悪くないコンビネーションだ。

 キャロ、は……ティアナの横で、ブースト魔法を使ってサポートしてるね。ブースト系は苦手だって前に言ってたけど、そうは見えない。

 家族みたいな間柄のエリオとキャロはいいとして、資料でしか知らなかったスバルとティアナの実力も私の満足がいくものものだった。

 とくにティアナの幻術は私のよりずっと上手だ。

 使い方自体がまるで違うから比較するのは間違いだけど、少なくとも一度に創り出せる幻像の数じゃかなわない。まあ、術式の洗練さとかなら私が勝ってるけどっ!

 ……と、ともかくっ、見てる限りでは四人とも優秀で即戦力に思えるけど、これはあくまで私の主観的な印象。客観的な見方のできるプロの意見を仰いでみよう。

 

「なのは、教導官としてみんなはどう見える?」

「うん、悪くないね。みんな任官して間もないのに、それぞれ光るところがあるよ。ただ……」

 

 質問に、目線を戦域に向けたままで曖昧に答えるなのは。視線が変わらないのは、みんなの動向を見逃さないようにしているからだ。

 そして、さっきからずっと忙しそうな手元は、チェックシートにみんなの評価や気づいたことを書き込んでいるからだ。

 

「それ以上にアラが目立っちゃってるなぁ……。たとえば、スバルは突出しすぎで注意散漫、ティアナはティアナでちょっと視野が狭いね。ふたりとも、もうすこし余裕を持って行動できるようになったらもっと伸びるんじゃないかな」

 

 なるほど、言われてみたらそうかもしれない。

 さすが教導官、ブランクを感じさせない鋭い意見だ。……あ、でもそれってなんとなくなのはにも通じるのは気のせい?

 

「エリオもせっかちっていうか、安定感に欠ける感じ。結果を出そうとして焦ってる……のかな? ただ、キャロだけはよくわかんないんだよね。つかみ所がないっていうか……、たぶんまだなにか隠してるんだと思うけど」

「隠す、ですか?」

 

 不思議そうにシャーリーが聞き返す。うんそう、と答えたなのはも確信はないみたい。

 ヴィータがなのはの意見に反論する。

 

「訓練つーか、試験みたいなこの場で擬態なんてするか? ヒヨッコっつっても、プライドとか意地くらいあんだろ」

「そうだよね。キャロは召喚魔導師だって聞いてるし、さっきもきっちり鉄の鎖を喚んで援護してたけど……でも、なんか違和感があるんだよ」

「違和感、ねぇ……」

 

 思案顔で頭を悩ませる三人。でも私は、おそらくその真相を知っている。

 

「それはほら、キャロの魔法の先生ってユーヤだから……」

 

 途端に「ああ……」と三人揃って微妙な表情で納得された。

 自分で言っといてナンだけど、この一言で理解されても困るよ。

 

「あ、キャロがなにかやるみたいですよ」

 

 シャーリーの言葉にみんながキャロを注視する。

 オープンフィンガーグローブ型のブーストデバイス〈ケリュケイオン〉を輝かせ、キャロは魔力を解放させた。

 桃色の光を伴って広がったミッドチルダ式の魔法陣が、徐々に違う形に――複雑な七芒星の魔法陣へと塗り替えられていく。

 

「来たれ“風雷神”! 顕現せよ、古き世界を統べる静かなる支配者ッ! ――フール=ムール!!」

 

 荘厳な詠唱を引き金に魔法陣がより強く輝いて――

 ゴッ、と突風が巻き起こったあと、キャロの背後には白いワンピースをまとった二十代くらいの女性が姿を現していた。

 長い緑色の髪。眠たげな紫と茶色のオッドアイ。肌色は透き通るように真っ白で……ふわふわと浮遊するその姿はまるで天女のよう。

 突然のことに隣のティアナがすごい形相で驚いている。まあ、初めて“彼女”を見たらびっくりするよね、誰でも。

 

皇帝(カイザー)の眷属との盟約により参上した。……願いは何時もの通りか、小さきものよ」

「はいっ! よろしくお願いします、フールさん」

「フゥ……、我は子守ではないのだがな。――炎よ逆巻け」

 

 気だるげな、だけど威厳を感じる声に導かれて不可思議な一陣の風が吹き、空気が、世界の“ルール”が塗り変わる。

 その現象が、魔法的な効果を秘めていることは誰の目から見ても明らかだった。

 

「フリード、全力砲撃!」

「きゅるーーっ!!」

 

 小さな仔竜がかわいらしく吠えて、大きく口を開く。

 周囲の空間がにわかにざわめき、フリードの口内から体長の三十倍近い火の玉が撃ち出されて、ガジェットの一陣に着弾。10メートル近い高さの火柱をあげて、それらをまとめて焼き尽くした。

 この一撃で、ターゲットの全てが撃破されたことになる。

 

「「「…………」」」

 

 その破壊力にキャロ以外の三人はもちろん、なのはたちも度肝を抜かれて目が点だ。

 

「フェイトちゃん、あれって……?」

「侵魔召喚。レアスキルみたいなもの、かな?」

 

 “彼”のもう一つの故郷、ファー・ジ・アースに数ある魔法体系のうちのひとつで、侵魔(エミュレイター)――つまり魔王を召喚してその絶大な力を限定的に使役する呪術的(オカルティック)な魔法だ。

 あちらの魔法はオカルトじみてて、私には原理とか詳しいことはよくわからないんだけど、召喚魔導師のキャロとは相性がいいみたいで今のところ四体の魔王を呼び出せるのだという。

 もっとも、“彼”のキャロをテストケースにこの魔法を普及させるという試みは、召喚魔導師自体が希少で上手くいってないらしいけど。

 

「でも、キャロの実力はあれだけじゃないんだよ。ちょっといいかな、なのは」

 

 ごにょごにょ、ごしょごしょ。ちょっとした悪巧みを耳打ちする。

 

「……えっ、それ、危なくない? みんな完全に油断してるし……」

「たぶんだいじょうぶ。やってみて」

「う、うん」

 

 イマイチ浮かない顔でなのははパネルを出すと、施設のコントロールシステムにアクセス。キャロたちのすぐ背後に追加のターゲットが現れるように設定する。

 すぐさま光とともに、二機のガジェットが出現した。

 

「なっ!?」

 

 倒しきったと安心していたティアナが増援に驚く。不意のことに身体が硬直して動けない。

 スバルやエリオも気づくものの、間に合わない。

 けど――

 

「――ッ!」

 

 無音の気合い。素早く反応したキャロは、振り向きざまに右手を乱入者に向けて強く突き出した。

 刹那、桃色の魔力光が弾けて、厚さ30センチ、高さ2メートルほどの分厚い鋼鉄の壁、アルケミックバリケードが地面から立ち上がり、レーザーを遮断する。

 さらにキャロは素早く走り込むと、壁を足場にして空高く舞い上がる。

 くるりと大げさに見得を切って宙返りする彼女の両手には、短めのダガーが二本ずつ。

 

「やあッ、たあッ!!」

 

 小さな身体を大胆に振り回した勢いで投擲。自己ブーストで水増しした身体能力から繰り出した四本の短剣が、装甲の脆弱な部分に突き刺さって、ガジェットを無力化した。

 ふわり、華麗に着地する桃色の女の子。二本づつ打ち込んで、キッチリとどめを刺しておくあたり抜け目がない。

 

「ナイフ……? キャロ、あんなもの持ってましたっけ」

「あれはアポート、いわゆる引き寄せの魔法だね。決まった場所から物品を引き寄せる召喚、っていうか転送魔法の一種だよ。召喚魔導師なら使えてもおかしくないけど……」

「よくもそんなマイナーな魔法を……。あいつ、マジで即戦力だな」

「うん。私の教導、意味あるのかなぁ……」

「まあまあ」

 

 私以外のみんなは今度こそキャロの秘めた力に言葉もないようだ。……あれ? ティアナ、キャロのこと睨んでる……?

 それはともかく。何事もなかったかのような澄まし顔で、落ちた帽子をかぶり直している妹分が頼もしくて、誇らしい気分になった。

 

 キャロはすこし前まで、自分の持つ力を疎ましく思っていた。

 当然だと思う。そのせいで故郷を追われたんだから。

 それを解消すべく、“彼”は一計を案じた。まず、キャロが里を追い出された原因の竜――〈ヴォルテール〉、だっけ?――と、気が済むまで対話させた。胸に抱えた淀みを全て吐き出させるために。

 その上で、自分の力に飲み込まれずにちゃんとコントロールできるように、心身を徹底的に鍛えたんだ。

 そんなこんなで、今ではキャロもすっかり心身ともにたくましくなり、自分に自信が持てるようになった。“彼”との半年におよぶ“修行”について「この世の地獄を味わいました……」とシニカルな笑みで語るくらいに。

 ……純粋だったキャロがあんなにスレた子になっちゃって、私は悲しいよ……。

 

 

   *  *  *

 

 

 それは機動六課が発足してから約一週間が過ぎたある日のこと。

 隊舎内、部隊長執務室。機能的な間取りの室内には苦悶の呻き声が満ちていた。

 

「はぁ~……」

 

 ぐてーっとデスクに突っ伏した八神はやてが盛大にため息を吐く。彼女の周りにはたくさんの書類が散乱している。そのどれもが六課の運営に関わる大事なものだ。

 科学技術が大きく発達したミッドチルダを中心地とする時空管理局だが、こういった重要な公文書の類は紙の書面であることがほとんどだった。

 人間頼れるものはやはり、手に取れる確かなものなのである。

 

「手ぇ痛いぃ~、ハンコ押すん飽きたー。おなかすいたー、おんもで遊ぶぅぅ~」

「はやてちゃん、ガンバですよ! あと39枚じゃないですか!」

「もう、駄目や。疲れたよパトラッシュ……」

「せめてそこはザフィーラにしてあげてくださいですぅ」

 

 机の上でリインフォースⅡが声援を贈っても、ヘタレたぬきは起きあがらない。

 もともと部隊長就任に乗り気でなかったはやては、やる気も意欲も何かとすぐ切れる。組織の長としての職責を担えるだけの自覚が生まれるのはまだ当分先のようだ。

 

「今日もなのはちゃんたちは訓練やろな……。ええなぁ~、それに引き替え私なんて来る日も来る日も部屋に缶詰……、いい加減干からびてまうわ」

『彼らは彼らで自らの役目を果たしているだけでしょう。主も部隊長としての職務をさっさと全うなさってください。さあ早く、ハリー、ハリー、ハリー』

「リイン、なにげにスパルタやね……」

『甘やかすのは教育上によくないと学びました。我が主の場合は特に』

 

 デスクの本立てに挟まっている夜天の魔導書の中身、リインフォースがぴしゃりと言う。口調はいつもの通り平坦で穏やかだが、中身はいささか辛辣だ。

 無理もない。この主、放っておくと各種コンピューターゲームをやり始める根っからの廃人。目を光らせておかねば、だらけるのは明白なのだから。

 ちなみに、リインフォースは空曹長である妹と違い管理局の階級を持っていない。彼女はあくまで夜天の魔導書の管制人格、たとえ可能でもスタンドアローンで活動する必要はないのだ。

 不意に、ドアがノックされた。

 

「はーい、あいてますよー」

「お仕事中、失礼します」

「失礼します」

 

 リインフォースⅡの声に従い、知的な印象の青年――グリフィス・ロウランと、艶やかな黒髪の美女――宇佐木月乃が恭しく入室した。どちらも紙束を抱えている。

 上官がぐんにょりたれているのに気づくと、グリフィスは毎度のことに呆れ混じりの苦笑を見せたが、月乃の方はツンと澄ました表情のままだった。

 彼らははやての補佐官で、ここ数日はずっと顔を突き合わせている人物だ。知り合いのグリフィスはともかく、はやては未だに「宇佐木月乃」の人となりを見切れていないでいる。

 人物観察は彼女の得意とするところなのだが、なかなか本音を覗かせてくれない。

 

「おお、つきのんとグリフィス君やん」

「私の名前は月乃です。その妙なあだ名、やめていただけませんか」

「ならふわふわうさこちゃんや。ウサギだけに」

「ミッフィーの方がまだマシです。そんなことより部隊長、こちらの書類に判を。上層部に提出する各部署の査定をまとめたレポートです」

 

 上司の妄言を軽くあしらい、月乃はドンと紙の束を机に置く。

「うげ……」その重量感に、はやての頬がひくついた。

 

「あ~ん、そんな殺生なぁ。グリフィス君、後生やから助けて~!」

「それはさすがに……。あ、こちらの案件の決済もお願いします」

「ええー!?」

 

 唯一の味方かと思われたグリフィスの裏切りに、はやては絶望の表情を浮かべてうなだれた。

 だがしかし。

 

「お疲れのところ申し訳ありませんが、部隊長……」

「30分後に聖王教会のグラシア少将とテレビ会談を予定していますので、そのおつもりで」

『いい加減に観念すべきです、主はやて』

「はやてちゃん、オウジョウギワがわるいですぅ」

「う、うぐぅー……」

 

 まさに四面楚歌、孤立無援。

 涙目のはやては渋々、手を動かし始めるのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 ちょっとした用事で、今日は一日中外回り。六課の隊舎に帰り着いたころにはすっかり日が落ちていた。

 今回はたまたま余所でお仕事だったけど、普段はなのはのお手伝いで仮想敵(アグレッサー)をしたりする以外はデスクワークが中心で、“うみ”のときよりいくらか楽をさせてもらってる。正直、物足りなくてちょっと手持ちぶさたなくらいだ。

 政治的な調整や、言い方は悪いけど裏工作的なことは“彼”と六課の活動を支援してくれる人たちがしてくれて。そのおかげで、私たちは煩わしいゴタゴタに巻き込まれることもなく、のびのびと仕事ができている。汚れずに、キレイなままでいられる。

 ――けれど、ここはきっと箱庭。安心できて居心地のいい、けれど狭い狭い小さな鳥かご……いくら居心地がよくても、いつか旅立たなきゃいけない場所なんだと、私は思う。

 

 

「あいよ、オムライス。今日も大盛りにしといたからね、フェイトちゃん」

「ありがとう、おばさん」

 

 穏和そうなパートのおばさんからトレイを受け取り、列から離れる。

 開放感のある広い食堂は、お夕飯を食べにきた職員で賑わっている。いいにおいがいっぱいで、おなかすいてきちゃった。

 各種定食を筆頭にラーメン、カレーの定番どころはもちろん、各次元世界の郷土料理などなど、ここのメニューはどれも安いのにハズレもなくて、みんなも楽しみにしているみたい。

 ――でもほんとうは……“彼”の作ったごはんが、食べたいなぁ……。

 

「んー、みんなはどこだろ?」

 

 特盛りのオムライス――ソースは当然トマトケチャップだ――と野菜たっぷりのスープが乗ったトレイを持って、私は目当ての集まりを探していた。

 

(……あ、いたいた)

 

 テーブルを囲んで夕食をとっている四人を見つけた。レッド、ピンク、ブルー、オレンジ――色鮮やかな後頭部がかわいらしい。

 気配を消して、そっと近寄る。忍び寄るのはちょっとしたいたずら。

 

「ここ、いいかな?」

「あっ!」「フェイトさん」

 

 私の登場に驚き、席を立ちかけた四人を手で制して、もう一度尋ねるように首を傾げる。上官だからって無理強いするのはよくないと思ったからだ。

 で、同意がもらえたので空いてる席に座る。

 そこでテーブルに乗った山ほど――比喩ではなく本当に山のような料理に目を疑った。

 

「わっ、エリオがたくさん食べるのは知ってたけど、スバルもなんだね」

「「うっ……」」

 

 スバルとエリオの頬が赤らむ。

 別に恥ずかしがるようなことじゃないのに。たくさん食べる元気な子、私は好きだよ?

 

「あ、あはは……ここのご飯おいしくって、つい」

「そ、それを言ったら、フェイトさんだってたくさん食べてますよっ」

「私? 私は普通だよ~」

 

 エリオったら、なに言ってるのかな。二人みたいに非常識な量を食べられるわけないじゃない。

 苦笑気味のキャロがなにか言いたげに口を開くけど、それより早くティアナがスバルをどやしつける。

 

「てかスバル。あんたの場合は燃費が悪すぎるだけじゃない。見てるこっちが胸焼けするわよ」

 

「だって~」猫なで声でスバルがティアナにしなだれかかった。「だあーっ、もう! ひっつくなあっ!」

 じゃれ合う二人。ちょっと乱暴な振る舞いの端々に、強い信頼がにじみ出ている。私となのはのとは違う――けどこれも、きっと絆のかたちなんだね。

 食事をしながら、四人とおしゃべり。

 部下とのコミュニケーションはとても大事なことだ。……まあ、これははやてからの受け売りなのだけれども。

 ということで、まず今日の訓練のこと――いつものように、なのはの指導は厳しかったらしい――と、六課での生活について感想を求めてみた。

 

「毎日の訓練はつらいけど、がんばります! ――ご飯、おいしいし♪」

「……まあまあ、ってところですかね」

「ええと、まだちょっと戸惑ってます。初めてのことばかりで……」

「みなさん親切にしてくれて楽しいですよ。訓練も思ったより楽だったし」

 

 上からスバル、ティアナ、エリオ、キャロの言葉。

 不安になるくらい天真爛漫なスバルと、どこか私たちと距離を置いてるティアナ。危うくも感じるけど、二人とも訓練校を卒業した社会人なんだし、心配ないよね。

 なにげに図太いキャロはいいとして、気になるのはエリオだ。

 施設で育ったからかな、エリオは利発な子なのに人付き合いがあまり得意じゃないみたい。そういうところ、私によく似ている。……よくない影響を与えてしまうなんて、本当に至らない。

 

「フェイトさん、このちびっ子二人の後見人をなさってるって聞きましたけど」

「あ、うん、そうだよ。エリオはかれこれ五年、キャロは三年くらい前から面倒みてるんだ。二人とも、いろいろあって……」

 

 いまでこそ明るく笑ってる二人だけど、あのころは本当に酷かった。

 抜き身の刃物みたいだったエリオや、真っ暗な眼をしたキャロの姿を思い返すと胸が痛む。

 

「あっと、フェイトさんにはお世話になってるんです。育ての親って言うかなんというか……」

「そうそう、テーマパークにつれてってもらったり。エリオ君もだよね?」

 

 暗くなった雰囲気と話題を、エリオとキャロが息を合わせて変えてくれた。

 それにしても“育ての親”、というのは私には過ぎた肩書きで馴染まない。

 

「うん、孤児院のみんなと一緒に」

「孤児院?」

「ユーヤが援助してるところでね、たまに小さい子を預かっているんだ。ころころしててかわいいんだけど、みんなわんぱくで、これがけっこう重労働でね」

 

 “彼”の趣味だという慈善活動について、私は詳しい経緯を知らない。

 せいぜい「アル・モルゲンシュテルン」の名義で福祉目的の基金を設立したとか、身寄りのない子どもたちの住む孤児院を支援してるとか、そういう話を聞いてるだけ。

 ……一見平和に見える管理世界だけど、児童虐待や人身売買といった犯罪は後を絶たない。

 執務官の仕事やニュースで子どもが虐げられる現場を目にするたび、自分の無力さを痛感する。時空管理局の一職員でしかない私にできることはそれほど多くない。――子どもが自由にユメを見られない世界なんて間違ってる、絶対に。

 

「あの、“ユーヤ”って……?」

「あ、そっか。スバルたちは知らなかったっけ」

 

 訝しげな顔をする二人の素性に思い当たり、反省。急に知らないひとの話をされても困るよね。

 

「ユーヤは私の幼なじみで、おつき合いしてるひとなんだ。そういう関係になって四年――ううん、十年になるかな」

 

「ええっ! フェイトさん、つき合ってる人がいるんですかっ!?」「ウソっ!? ……ちょっと、意外です」

 

 目を見張るスバルにティアナ。そのリアクション、いくらなんでも大げさすぎない?

 

「それ、どういう意味?」

「いえ、なのはさんとすごく仲がいいように見えて。そういうご趣味なのかなと」

「やだなぁ、ティアナ。なのはと私はただの親友だよ? ――あ、彼の画像あるから、見る?」

 

 懐からペンギンつきのケータイを取り出して、パチンと開く。

 待ち受け画面に、ちょっと困った顔の“彼”と笑顔でその腕を抱き寄せる私が映った。

 これは前に、アルトセイムの方へ小旅行したときに撮影したもの。“彼”の写真嫌いは相変わらずで、なかなか一緒に写ってくれないのでわりと貴重な一枚だったりする。

 

「この人が? へぇー……なんかワカメみたい、髪型が」

 

 キャロとエリオが盛大に噴き出した。――スバル、あとで隊舎裏にごー、ね?

 

「こらバカスバル! えと、け、けっこうハンサムな方なんですね」

「でしょ?」

 

 フォローでも社交辞令でも、恋人をほめられて悪い気はしない。ついつい頬が緩んでしまう。

 

「ユーヤはね……、世界一強くて、世界一やさしくて、世界一頼りになって、世界一かっこいい私のヒーローなんだよ」

 

 笑った姿、気取った姿、おどけた姿、勇ましい姿――胸に焼きついたいろんな場面を手繰り寄せる。「それでね――」

「ストップです、フェイトさん」“彼”についてもっと教えてあげようとしたら、キャロがどこか慌てたふうに止められた。

 

「いつもみたいに続けられたら明日の訓練に影響が出ちゃうので、またの機会に」

「……そう?」

 

 残念だなぁ。“彼”のことなら、一日中と言わず一週間だって語ってられるのに。

 

 四人との会話はそれなりに盛り上がった。

 ただ、スバルとティアナはかしこまった感じが残ってて、込み入った話ができなかったことがすこし心残りだ。二人と打ち解けるのには、まだ時間がかかるかな?

 そして私は残業中のなのはを手伝うべく、みんなと別れて食堂を出た。

 

「あのっ、フェイトさん」

「うん? エリオ、どうかした?」

 

 出てすぐ、エリオに呼び止められた。改まった様子で、どこか表情も硬い。

 

「ええと……あの人は、六課に来てないんですか?」

「あの人……? ユーヤのことなら、今はいないよ。でも、来月の初めくらいには合流できるそうだから、安心して」

 

 私自身にも言い聞かせるように答える。“彼”と離れている寂しさをにじませないために。

 そうですか……、とエリオはわずかに眼を伏せた。どこか残念そうだ。――残念?

 そういえば、さっき“彼”の話題になったとき、急に黙りこくって静かだった。

 

(やっぱり、エリオ――)

 

 ひざを折って、目線の高さを合わせる。

 まじまじとエリオの目を見て、問い掛けた。

 

「ユーヤのこと、嫌い?」

 

 ハッ、と顔を上げたエリオ。一瞬だけ戸惑いを浮かべて、気まずそうに視線をそらす。

 どこかすねたような仕草はかわいいけれど、手加減はしてあげない。それじゃ、エリオのためにならないもん。

 

「嫌いってわけじゃ、ないです。ただ……」

「ただ?」

 

 濁した言葉を、私はあえて聞き返した。掘り返すようなことをするのは、この確執を放置していたらよくないと感じたから。

 一瞬見せたエリオの表情はまるで、出会ったころの……見るもの全てに憎しみを向けていたあのころのようで。

 

「胡散臭いじゃないですか、あの人。なんか軽薄で、なに考えてるのかわからなくて信用ならないですよ。あんな人、フェイトさんにふさわしくないです」

 

 どこかふてくされたような素振りに、カチンときた。

 子どもの言葉だ、取るに足らないと理性は訴える。けど、大好きなひとを悪し様に言われて黙ってられるほど私は軟弱じゃない。

「エリオ、今の態度は――」叱りつけようと、強めの口調で口を開き――

 

「――あんまり、ししょーの悪口は言わないでほしいなぁ……」

 

 背後から、地の底から響くみたいな冷え冷えとした声が投げかけられた。

 

「キャロ……?」「る、ルシエ、さん……?」

 

 ゾッとして、同時に振り返る私とエリオ。声の主――壮絶な笑みを浮かべるキャロの周りには、局地的なブリザードが猛烈に吹き荒れていた。

 頭に乗っかるフリードも、あまりの寒さに身体を震わせている。

 

「キャロって呼んでっていったよね、エリオ君?」

 

 コクコク。エリオが冷や汗を浮かべて、壊れた機械みたいに首を縦に振る。

 

「じゃあ、ちょっとあっちでお話しよっか。ふたりっきりで、ね?」

「はいっ! え、ええっ!?」

「フェイトさん、エリオ君を借りてきますね」

「あ、うん」

 

 怒るタイミングを逃して唖然とした私を余所に、桃色の鬼が赤毛の男の子の襟首をむんずと掴む。

 そのまま、ズルズルと廊下を引きずられて小さくなるエリオの姿を見ていたら、ドナドナの歌詞が脳裏によぎった。

 ――……あっ、しまった。エリオの本心、聞きそびれちゃった。

 しょうがない、追求はまたの機会にしよう。

 二人が見えなくなるまで見送って、私はその場をあとにした。

 

 

   *  *  *

 

 

「ここまで来ればもうだいじょうぶかな」

 

 呟いて、桃色の少女が握っていた小さな手を開く。ドサ、と引きずっていたモノがぞんざいに投げ捨てられた。

 赤髪の少年は背中と後頭部を床に打ち付けて悶絶。涙目で、凶行に及んだ同僚を恨みがましく睨んだ。

 

「いたい……痛いよ、キャロさん!」

「フェイトさんのお説教から逃がしてあげたんだから、それくらい我慢して。男の子でしょ?」

「お説教……? どうして?」

 

 これだから男の子は、と言わんばかりにやれやれと首を振るキャロ。頭の上の仔竜が、主を真似て肩をすくませたようなジェスチャーして見せる。

 まだ意味がわかっていないエリオに、キャロは両腰に手を当ててずいと顔を近づける。リンゴのように赤面するエリオのウブな反応に内心で苦笑しつつ、行動を注意するに相応しい表情を装う。

 

「ししょー……ユウヤさんがフェイトさんにとってどんな人か、エリオ君は知ってる?」

「ま、まあ、それなりに……」

 

 エリオ的には聞きたくないが、フェイトの話す話題の約四割が“彼”との惚気だ。年中無休、ところかまわずノロケられれば嫌でも詳しくなる。

 

「ならわかるでしょ? 大好きな人を悪く言われたら、気分を害すのは当たり前のことだ、って。エリオ君の言うことは一部もっともだと私も思うけど」

「! で、でもっ、フェイトさんはそんな人じゃ――」

「フェイトさんは普通の人間だよ」

 

 零れかけた歪みを押しのけて、キャロは颯爽と言い放つ。エリオの耳朶に届いたその声は、ひどく澄み渡っていた。

 

「怒りもするし、泣きもする。間違えだってする、完全無欠の女神さまじゃないんだよ。……尊敬するのはいいけど、崇拝になっちゃうのはよくないと思うな」

 

 図星を突かれて、エリオが押し黙る。彼の、フェイトに向ける感情には盲信に近い崇敬が含まれていた。

 

「そういうの、きっとフェイトさんの重荷になっちゃうから」

「……重荷?」

「うん、重荷。あの人はなんでもかんでもひとりで背負って、それでもがんばれちゃう人。裏切られても、傷だらけになっても、自分以外の誰かのために戦える強い人だよ。――でもね。だからってその気持ちに、強さに甘えて、負担になるのは間違ってる……誰かに甘えてもいいのはコドモだけなんだと、私は思うんだ」

 

 どこか大人びた物言い。エリオは知らず、その語り口と雰囲気に引き込まれていた。

 

「一人前になろうと、フェイトさんの力になろうとして。自分の意志でここにいる私たちはオトナ? それともコドモ?

 立場を使い分けて言い訳にする……、そんな情けない男の子にはならないでね、エリオ君」

 

 謎かけのような言葉を紡いで、桃色の“魔法使い”があどけない笑顔を浮かべる。

 返答も、反論も思いつかず。エリオはただぼやっとバカみたいな顔をして、少女を見上げていた。

 この子は本当に、自分の知っているキャロ・ル・ルシエなのだろうか?

 

「ふふ、おやすみなさい。また明日、ね?」

「きゅーるる~」

 

 頭の上で、挨拶らしき砲哮を上げる愛竜にくすりと笑みをこぼして、キャロは唐突に踵を返す。

 何が楽しいのか、鼻歌混じりにふてぶてしく引き揚げていった。

 

「……なんだよ、それ」

 

 ぽつんと取り残された少年が、唇を尖らせて憮然する。

 言いたいことを言いたい放題に言い放ち、飄々と歩き去った小さな少女に“あの人”の――一目見て「勝てない」と悟った、母とも姉とも思うひとを奪っていった男の影が重なって。

 何故だかエリオは言い知れない悔しさを覚えて、奥歯を噛みしめた。

 

 ――――この時の言葉の真意に、エリオは長らく思い悩むことになる。

 

 

   *  *  *

 

 

 深夜。静まり返った宿舎の廊下をてくてく、てくてく、と歩く。

 隣には、私と同じく仕事を終えて帰路に就くなのは。日誌のまとめと報告書の作成に思ったよりも手間取って、こんな遅い時間になってしまった。

 昼間の疲れも相まって、眼がしばしばする……。

 

「じゃあ、やっぱり?」

「うん、まだ個人プログラムには早いと思う。フォーメーションの確認、させてあげたいし。……とくにキャロには」

「あの子、チームワークなんて知ったことかー、って感じだもんね」

「問題児だよぉ~、ホントに。誰に似たんだろうね、親の顔がみてみたいよ」

「あ、あはは……ごめん」

 

 道すがら、なのはとおしゃべり。

 どちらかというと事務的な話題に終始してしまうのが残念だけど、私たちは責任ある立場だから仕方ない。稼働して間もない六課にとって今はとても大事な時期だ。

 

「……エリオとキャロのこと、気になる?」

「うん。私には、あの子たちを見ててあげなきゃいけない責任があるから」

 

 エリオとキャロが管理局員になりたいと言い出したとき、私の心境は複雑だった。

 私の力になりたい――そう言ってくれるのはうれしい。けれど、時空管理局の仕事は命の危険のある大変な仕事だし、本音ではそんなことには関わってほしくない。でも、私に二人の人生を決める権利なんてないから、せめて目の届くところで一人前になれるようにしてあげたいんだ。

 リンディ母さんやクロノも、私のことでこんな気持ちになったのかな……?

 

「あんまり思い詰めるの、よくないよ。ただでさえフェイトちゃん、背負い込み癖があるんだから」

「……それ、なのはにだけは言われたくないかな」

「おおっ、言うね~?」

 

 軽口を交わして、声を潜めてくすくす笑い合う。

 ちょうど上級士官向けの部屋があるエリアに辿り着いた。私たちの部屋はお隣同士だ。

 

「それじゃあおやすみ、なのは。ちゃんと休まなきゃだめだよ?」

「フェイトちゃんは私のお母さんか! と、はやてちゃんなら言うところだね。わかってます、身体は資本だもん。――おやすみ、また明日ね」

「うん、また明日」

 

 なのはが自室に入ったのを確認して、私もそれに習う。

 ぴ、電子音が鳴り、自動ドアが開くと、目の前には不安になるような暗闇が広がっている。

 真っ暗で、冷たくて、寂しくて――それがすごくいやで、私はすぐに電気をつけた。

 

「きゅううっ」

 

 明るくなった部屋。

 私の足元で、小さな白い生き物が小さな鳴き声をあげる。まるでおかえりと言ってくれるみたい。

 

「ただいま、せいろん」

 

 私が屈むと、ブルーのハンカチをスカーフ代わりに巻いた蒼い眼のオコジョ――せいろんが後ろ足二本で立ち上がり、差し出した指先をぺろぺろと舐めた。かわいい。

 

「遅くなってごめんね?」

「きゅきゅきゅう」

 

 ……気にするな、とかって言っているのだろうか? うん、たぶんそうに違いない。

 この子は、私が執務官の仕事のときなんかのときに“彼”が置いていくお目付役。名前の由来はセイロンティーからで、「ドンペリに対抗した」らしい。

 なんでも、この子を通して私の行動をいつでもどこでも知覚できるそうで「〈悪魔の蠅〉の真似っこだな」と“彼”は語っていた。よくわからないけど、使い魔みたいなものだと私は勝手に納得している。

 それから、この子以外にあともう一匹?一人?護衛がいるらしい。見たことはないけれど。

 

「……よし、と」

 

 脱いだジャケットをハンガーにかけ、去年のクリスマスにもらった黄色い文字盤のペアウォッチを、思い出のネックレスとドレッサー上のジュエリーボックスへしまう。

 ……シャワーはさっき浴びたし、明日の朝も早い。もう寝てしまおう。

 

 せいろんにおやつのクッキーをあげたり軽く遊んだりしたあと、使い古しの白いワイシャツ――“彼”がお洗濯に出したものをちょろまか……じゃなかった、ちょっと拝借した――を寝間着に、ウチから持ってきた大きなベッドに潜り込む。

 薄暗い、間接照明の中、もう季節は春だというのに、シーツは雪のように冷たくて。一人には大きすぎるベッドの中で、私はぎゅっと身体を縮こまらせた。

 

 ひとりで寝るのになかなか慣れないし、慣れたくもない。

 なのはやほかの誰かの部屋で厄介になればいいとか言われそうなんだけど、それには強い拒否感がある。なんかこう……“彼”に対する裏切りのような気がして。

 その“彼”は今、六課関係の“裏方”として活動している。

「フェイトが六課のことに集中するには俺は邪魔だろうし、たまには距離を置いてみるのもいいかもな」――別れ際にそんな言葉を残して。

 半月ものあいだ、大好きなあのひとのいない時間を過ごして再確認したことがある。……それは、“彼”がそばにいてくれないと私はダメダメだということ。

 毎日電話をくれたって、メールの返事をすぐくれたって。そんなこと、初めからわかりきったことだった。

 ……私だって、“彼”の仕事がどれだけ重要で大変なことかくらい知っている。今は私にかまってるリソースも惜しいことぐらい、わからないほど子どもじゃないもん。

 ――――でも、それでも、

 

「さびしいよ……、ユーヤ……」

 

 冷たい寝床で呟いた不安は、薄闇の中に溶けていった。

 

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