使い道のよくわからない機械がごちゃごちゃ散乱する薄暗い室内に、私を含めたいつものメンバーが揃っている。みんな神妙なやけに面もちだ。……私? 私はなんだか埃っぽくて、ムズムズする鼻が気になって上の空。油断したらくしゃみが出ちゃいそうで、内心はらはらしてた。
私たちは今、六課の技術部にいる。
ここをみんなして訪れることになった発端は、つい先日まで遡る。
いつものとおりの過酷な訓練の帰りがけ、スバルのローラーブーツとティアナのアンカーガンが度重なる酷使に耐えきれず、壊れてしまったんだ。
訓練校時代からの相棒パートナーを突然失い、二人はけっこうショックを受けていた。私も、バルディッシュがもう使い物にならなくなったらすっごくショックだし、その気持ちはよくわかる。
でもデバイスもないんじゃ訓練にならないし、もしもこのタイミングで初出動なんてことになってしまっては一大事。これもいい機会だと、かねてから開発が進められていた「実戦用次世代型デバイス」のお披露目会に相成った、というわけだ。
「技術開発顧問“ドクター”設計のもと、機動六課の技術部が総力を結集して開発した“第五世代デバイス”――マッハキャリバーとクロスミラージュです!」
ぱんぱかぱーん。この研究室のヌシ、シャーリーが妙なファンファーレをBGMに、得意満面で“彼ら”を紹介する。
作業台の上には待機状態のデバイスが四機。青いクリスタルのネックレスタイプのものとカードタイプのもの、それからデジタル腕時計型のものと翼の意匠が施されたアクセサリー型のもの。後者の二つは、予めメンテナンスと改装をかねて預かっていたエリオとキャロのデバイスだ。
「第五世代デバイス?」四人が聞き慣れない単語に揃って首を傾げる。すかさずなのはが、ぴっと左の人差し指を立てて解説をはじめた。
「第五世代デバイスっていうのはね、カートリッジシステムを廃止したかわりに小型魔導炉を搭載したインテリジェントデバイスとアームドデバイスのことを指すんだよ」
ちなみに“箒”、つまりブルームデバイスが第四世代相当ね。と補足するなのは。
「改良されたと言っても、カートリッジシステムの過剰使用はいまでもとっても危険なのはみんなも知ってのとおり。で、そんなデメリットを解消して、ついでに強力なAMFテリトリーでも楽に活動できるようにしちゃおう!っていうのがこの第五世代デバイスの趣旨なの。瞬間的な爆発力はカートリッジに劣るけど、かわりに継戦能力とか安定性、信頼性は既存のシステムと比べて抜群なんだよ」
流暢で丁寧な説明に、四人はいちおう納得したみたい。……なのは、解説役が板についてきた感があるは気のせいだろうか。
「このコたちは、なのはさんのレイジングハートを参考に設計された最新鋭のデバイスでね」
なのはの説明をシャーリーが引き継ぐ。
「それぞれの仕様についてだけど、スバルのマッハキャリバーにはリボルバーナックルとの同調機能と、虎の子のフルドライブモードを。ティアナのクロスミラージュには中・遠距離の射撃戦モード二種と、今は制限されてるけど近接戦モードを搭載してて、さ・ら・に! 二人に合わせてバッチリ手厚くセッティングしてあるから、きっと満足してもらえると技術部が太鼓判を押す自信作だよ。それと、ストラーダとケリュケイオンも機能制限の一部解除とカートリッジシステムの交換で、次世代化してあるから安心してね」
エンジニアらしい視点の補足をして、四機のデバイスをみんなに手渡していく。
この子たちの開発には、私となのはもアドバイザーとして参加してる。だからじゃないけど、四人に気に入ってもらえるとうれしいな。
「わあ~、ありがとうございますっ! よろしく、マッハキャリバー!」
『こちらこそ』
まるで誕生日プレゼントをもらったみたいな笑顔を弾けさせ、マッハキャリバーを受け取るスバル。エリオとキャロもそれなりに好感触の様子。反応がいまいちなのは見た目が変わってないからかな?
でもきっと、実際に使えば使用感の違いにびっくりするはずだ。
以前、新型魔導炉内臓型ストレージのテスターをしたことがあるからわかる。ワンオフ品のバルディッシュと比べるほどじゃなかったけど、それでも魔力炉に外部からリンカーコアをサポートされる独特の感覚には驚いた。
なんと言えばいいのだろう……こう、胸の奥がぽかぽかして力がわいてきて、あったかいなにかに包まれてるような、そんな感じ。このときの感想を聞いたバルディッシュが、おへそを曲げてしまったのはちょっとした余談。
「……」
そんな中、ティアナだけは浮かない表情でジッとクロスミラージュを見つめている。
表情からヒトの心境を窺うことはあまり得意じゃないから、なにを考えてるのかまではわからなかった。
「ティアナ、その子じゃ不満かな?」
「あっ、いえ、そういうわけじゃないですけど……」
なのはの単刀直入な問いを受けて、言いにくそうに言葉尻を濁すティアナ。あまり言いたくないみたい。
ここ数週間のつき合いでわかったことだけど、この子もこの子でけっこう強情というか素直じゃないところがあるから、口を割らせるにはなかなか骨が折れそう。
「ちゃんと使ってもらわないとこっちも困っちゃうよ」気を利かせたのだろうか、シャーリーが茶化したように言う。「なにせみんなの戦闘データは、さらなる次世代機を開発する礎になるんだから」
ちょっとアブナい目――いわゆるマッドサイエンティスト、というのだ――で技術革新を語る彼女の口調は、とても熱が入っていた。技術者というのはみんなこうなのだろうか、とちょっと心配になってしまう。
「す、すみませんでした。ありがたく使わせてもらいます」
ティアナが軽く頭を振る。
引きつったような笑いがおかしくて、場が和む。
「……でも、それってつまり、僕らはモルモットってことですよね」
不意に発せられた温度の低い声。隠しきれない不快感を伴って、どこか浮ついていた空気を一瞬にして凍りつかせた。
その場の全員からぎょっとした視線を集めた男の子は、気まずそうに肩をすくめている。
……けどたぶん、エリオのナイーブさや過敏さはよくない性質のもの。それを修正するのは後見人で、年上で、お姉さんの私のつとめだという自負がある。
「エリオ、そういうふうに物事を悲観的な方向に捉えちゃうのはよくないな」
「ですけど、フェイトさん」
「たしかに実験台にされている一面もあるかもしれない。だけど、大きな組織っていうのはどうしても後ろ暗い一面を持つものだし、たとえそうであっても私たちがすべきことはなにも変わらないよ。世界と、そこに住む人たちの平和な時間を守る。それが私たち、時空管理局の役割なんだから」
「……」
難しい顔をして、エリオは俯いてしまった。
納得できないのはわかるけど、割り切れなければいつかきっと現実と自分の心の深刻な齟齬に押しつぶされてしまう。……でも、この真っ直ぐさそのものは悪いものではないから、難しい問題だ。
……シビアを気取った私は、もう穢れてしまったのだろうか? そんなことを思って、赤毛の頭を撫でる。エリオは、くすぐったそうに目を細めた。
これで、機嫌を直してくれたらいいけど。
――そんなとき、赤い非常灯が点灯した。
《地上本部より緊急入電。北部ベルカ領自治区へと向かう輸送列車が、何者かに襲撃を受けているとの通報が入りました。魔力反応の波形からアンノウンを冥魔と断定、本部は機動六課の出動を要請しています――》
繰り返します――、アナウンスが続く。
鳴り止まないアラート。私はけたたましいサイレンの意味が理解できず、呆然としてしまう。
「フェイトちゃん!」
いち早く自失から立ち直ったなのはに名前を呼ばれて、我に返る。やっぱりなのはがそばにいると心強い。“彼”がいないからなおさらそれを実感して、ありがたかった。
うん、と無二の親友に肯き、まだ動揺を隠せない――キャロだけは変わらないけど――四人に向き直る。
表情は、意識して引き締めて――
「みんな、」
ここで口にする言葉は、みんなの士気を高める上でとても重要だ。アジテーションは好きじゃないけど、こういう場面は指揮官として相応しい、毅然とした振る舞いをしないと。
「聞いてのとおり突然のことだけど、私たち機動六課フォワードチームの初任務だよ。――ぶっつけ本番、行けるね?」
一人一人と目を合わせながら、声色に精一杯の威厳を込める。
うまく、いったかな……?
「「「「はい!」」」」
歯切れのいい返事が思いの外頼もしくて、頬がほころんでしまう。
いけないいけない、まだはじまってもいないんだから、気を緩めちゃだめだ。
「それじゃあ、っ、くちゅん! あ……」
思わずもらした情けないくしゃみに、シリアスな空気はあえなく霧散して。殺到する生温かい視線に顔がかああっと火照る。
もう、なにもこのタイミングで出てこなくたっていいのに。こっちの都合なんてお構いなしの冥魔へ、私は苦し紛れの悪態を呟いた。
♯15 「ファースト・コンタクト」
『……始まったか』
薄暗い室内に、重々しい合成音声が響く。
『ああ、“魔王女”の黙示録の通りにな。忌々しいことだが』
『これを契機に
双月を抱く惑星、ミッドチルダの衛星軌道上に座す白亜の超々弩級艦〈セフィロト〉――その最奥。
激化すると予想される冥魔との戦いに先駆け、地上からセフィロト内に居を移した最高評議会が蠢動する。
『レジアスはやはり、機動六課を当てるつもりのようだが。あのような小娘の集団に果たして“世界樹計画”――その真の姿、“プロジェクト・メサイア”の中核が務まるものか』
『機動六課を戦争の矢面に立たせるのは既定路線、今更変えようもない。それにあの部隊は“奴”の肝入り、問題あるまい』
『然り。莫大な予算を掛けているのだ、相応に働いてもらわねばな』
彼ら最高評議会はすでに肉体を捨て、脳髄だけの存在に成り果てている存在だ。
肉体という枷を持たないが故に、彼らは互いの思考領域を繋いだ魔法的な電子回路を介して意志疎通を計ることができた。
〈評議会システム〉――現在では、このセフィロトの統合管理システムとなった生体コンピュータの名称である。
本人たちが生前持ち合わせた能力と、錬金術を初めとした主八界のテクノロジーを結集させた演算能力は地上本部及び本局ステーションのメインサーバーを同時に、それもほんの数分で掌握できるほど。これもまた、セフィロトが「単艦で次元世界を制圧できる」と言われる所以の一つだ。
電子回路になり果てたにもかかわらず、こうしてわざわざ合議を開くのは彼らの感傷の現れ。肉体を捨て、機器の一部となって生き長らえている歪みの発露だった。
『あの娘たちの持つ運命とやらが、この世界の“
『しかし、年端もいかない小娘に頼らざるを得ないとは、いささか情けないものだ。“奴”流に言えば、我々は「悪の首領」であるというのに』
『フ、自らを“悪の大魔王”と嘯く彼奴らしい物言いだな。……悪の首領、いいではないか。どんな誹りも喜んで受けよう』
『そう。我々の宿願はただ一つ、この次元世界の安定と安寧だけなのだから』
彼らはある意味、他利他欲の塊である。
でなければ、「全次元世界の安定」という馬鹿げた夢想のために自らを機器の一部に捧げ、時間を止めて不死になることなど出来まい。その覚悟とエゴは、狂気にも似ていた。
無論、今まで彼らが成してき所行の数々は決して誉められたようなものではないだろう。むしろ批判を受けて然るべき所業だ。
――――しかし、原初にあったその理想だけは、きっと間違いではいなかった。
* * *
ミッドチルダ北部、ベルカ領自治区外苑。
切り立った崖の上、駐留した大型輸送ヘリ〈ブラックスター〉の黒い巨体が太陽の光を鈍く照り返している。
「じゃあもう一度、作戦の内容を確認するよ」
きりりと凛々しい感じで言うのは、ブラウンの制服を着たなのは。それを黙って聞く私たち――今回の作戦のために、途中で合流したエルフィも一緒だ――は、揃ってバリアジャケットを纏っていた。
エリオとキャロは変わらずの〈ライトニングスタイル〉。そして、スバルとティアナは新作の〈スターズスタイル〉――なのはのバリアジャケットから一部を受け継いだデザインと、ホワイトを基調とした配色が爽やかな感じだ。
ちなみにこれらの名称はフォワードチームが分隊形式だったころの名残で、「てか少数精鋭の隊を分ける意味なくね?」という“彼”の鶴の一声で今の形になった裏話がある。
「いまから約五分後、すぐ下の線路に貨物列車〈ギャラクシアンライナー〉594号ホワイトスワローが通過します。 現在列車は多数の冥魔に占拠されていて内部の状況は不明。最後の通信によると死者は出ていないものの、負傷者が多数出ており状況は予断を許しません」
どこか強張った表情と口調で、いつもとぜんぜん印象が違う……なのは、緊張してるんだ。責任重大だから当然かな。
エリオたちもみんな険しい感じだし……うあ、意識したら私まで緊張してきたよ……手のひらに人を書いて飲んどこう。……観客の顔をカボチャに見ろ、ってなんだっけ?
「まず、フェイト隊長が先行して威力偵察および制空権の奪取。できる限り、外の冥魔を引きつけてください」
「あ、うん、やってみる」
「エリオ・キャロはフリードに騎乗して接近。難しいとは思うけど、なんとか突入口を開いて」
「はい!」「わかりました」
「ウイングロードを使用して接近したスバル・ティアナと合流したあと、エルフィの先導で内部に突入。激しい抵抗が予想されるから気をつけてね」
「は、はいっ!」「了解です」「エルフィにおまかせですぅ」
「侵入後は、普段のツーマンセルで二手にわかれて
一様に頷く私たち。竜魂召喚で巨大化したフリードが背後で雄々しい雄叫びをあげた。
なのはが私のことを「隊長」と呼んだのは、公私をきちんと区別するためなんだそうだ。最近、はやてが「馴れ合いはあかんよ、馴れ合いは。規律はしっかり守らなな」と口癖のように言ってるので、それに影響されたのかもしれないけど……そういうの、ちょっと馴染めない。
職務遂行のためだとしても、親友と他人行儀に接するのは抵抗感がある。……ダメだなぁ、私。これじゃあエリオたちに示しがつかないよ。
「内部での行動は臨機応変に。列車の運行システムの掌握と生存者の救出――、それからみんなの命が最優先事項だよ、いいね?」
「「「「はい!」」」」
いたわりの込められた訓示に、はきはきとした気持ちのいい返事が飛ぶ。
なのはが満足そうな笑顔を浮かべてひとつ頷いた。
「訓練どおりにやればだいじょうぶ。みんななら、きっとできるよ」
ひとりひとりと視線を合わせて。その笑顔がまぶしくて、私はしばし見とれてしまった。さりげなく部下を気遣うやさしさも忘れないところ、なのはらしいな。
――このあと、「私も隊長としてなにか言わなきゃだったのかな?」と気づき、ダメダメな自分がふがいなくて密かに自己嫌悪した。
降下時間予定まであと数分。
私たちは思い思いのことをして、出撃に備える。
エリオとスバルは準備運動に余念がない。それぞれの方法で、ぐいぐい全身の筋肉をほぐしてる。……ていうかスバル、「土」の字で地面とべたぁーっとくっつけるなんて、身体柔らかいね。
ティアナは難しい顔でクロスミラージュと打ち合わせ中。今日会ったばっかりなんだし、インテリジェントデバイスとのコミュニケーションは魔導師として基本中の基本だ。
キャロはフリードの首のあたりを撫でて、ごろごろさせている。うーん……あいかわらず肝が据わってるっていうか、これから任務なのに自然体のままで余裕綽々って感じかな。
そんなふうにみんなの様子を観察しつつ、私も軽くストレッチ。両手で握ったバルディッシュを頭上に掲げ、んん~と大きく仰け反る。こきこきっ、と背骨が伸びてきもちいい。
「フェイトちゃん」後ろから声をかけられた。
「っと……なに、なのは?」
上体を戻す。目の前には、どこか思い悩んだ雰囲気の親友がいた。
「……フェイトちゃんには、一番危険なポジションを任せちゃうことになるんだけど……」
「うん、そうだね。でもなんとかなるよ、たぶん」
「……。やっぱり、私も――」
「だいじょうぶ」
心配顔で眉を下げるなのはの両手を取って、私は微笑む。
「私を信じて任せて、ね?」
そのまま、アメジストの瞳を見つめて言い聞かせるように小首を傾げる。
戦力的な不安はたしかにある。だけど、
訓練でのアグレッサーならいざ知らず、実戦でいつもの思いっきりに欠けたままじゃ、きっと命取りになる。そんなの絶対ダメだ、認められない。
「でも……」
まだ浮かない顔で食い下がるこのかわいい親友をどうやって納得させようか。なのは、昔っから頑固一徹だからなぁ……。
すると、
――ならば、我々が力を貸しましょう。
声なき声があたりに響き渡り、ヴンと空間が歪んだ。
日の光あふれる晴れた空には似つかわしくない黒い闇が揺らめいて、青いドレスと茶色のポンチョの特徴的な姿をした二人の女の子が――まあ……ありのままに言ってしまうと、裏界魔王が私たちの前に姿を現した。
「!!」
ザッ、とその場の全員が身構える。エリオたちはとくに驚いたようで、泡を食ったように戦闘態勢に入っていた。
そりゃあ、こんな異常なプレッシャーと魔力を放つ正体不明の二人組が突然目の前に現れたら、誰だって警戒するよ。もっとも私となのはの場合、それとは別の理由だけれども。
「……ベール=ゼファーにリオン=グンタ、だね。いったいなんの用?」
「えっ!?」「これが、魔王……」「ッ!」「……」
代表して問いただすと、四人から息を飲んだような気配が伝わってくる。彼女たちのこと、座学のときにきちんと説明しておいてよかった。
「何、大した事ではありません」
真意の読めない笑みを浮かべ、もったいつけて言葉を切る“秘密侯爵”。うう……、この値踏みするような視線、苦手だよ……。
バルディッシュを握る手に否が応でも力がこもる。場合によっては交戦もあり得るかもしれない、いつでも飛びかかれるようにしないと。
「……どうやらお困りのようでしたので、是非ともご助力を参上した次第」
開いた口から飛び出した予想外の目的。「え?」間抜けな反応をしてしまう。
助力……? じょりょく、ジョリョク。力をそえて手伝うこと。加勢すること。
……えー、と?
「嘘おっしゃい、あんたのごくごく個人的な事情で首を突っ込んでるだけじゃないの。あたしまで巻き込むんじゃないわよ、この
「何を仰います、大魔王ベル。鉄道とはヒトが作り出した唯一にして無二の芸術品、至高の存在です。それを下賤なる冥魔から守ると言うことは、殉教にも似た崇高なる行為ではありませんか」
「装飾語がゴテゴテしいわ!」
「……ダイヤグラムの複雑怪奇に絡まりつつも規則性を失わない美しさ、大自然や街中を王者のように縦断する列車の優美な姿……あぁ、すばらしきこの世界……!!」
「一人でトリップしてんじゃないの、気色悪いっ!」
……要領を得ない、
というか、この忙しいときにコントなんてしないでもらいたいんだけど?
「えと……」頬を引きつらせて、なのはが三文芝居を繰り広げる二人に声を掛ける。
「つまりベルさんとリオンさんは、私たちに協力してくれるんですか?」
「ええ、その通り。……魔王シャイマールより、その旨が伝わっている筈ですが」
たしかに、“彼”から事前に彼女たちと協力――そのために、かなり足元を見られた条件を飲んだらしい――を取りつけたという話は聞いていた。「裏界魔王は一度交わした契約を遵守するものだ。自分のプライドに賭けてな」とは“彼”の言葉だ。
昨日の敵は今日の友、じゃないけれど、彼女たちの力を借りれたら心強い……かもしれない。信頼できない相手に背中を任せるのは正直すごく不安だけど、“彼”のことなら信じてるから信用して一緒に戦おうとは思っていた。
……でも、でもまさか、初任務からなんて想定してないよぉぉーっ!?
「魔王が二人、今ならとてもお買い得です。ほら、早くしないと列車が来てしまいますよ?」
「ちょ、ちょっと待っててくださいっ! いま確認しますから」
「どっちでもいいからさっさとなさい、高町なのは。愚図は嫌いよ」
なのはが身振り手振りでせっつく二人をなだめつつ、なにやらインカムを通して通信をはじめた。あれはたぶん、
……うん? 私たちから少し離れたあたりがにわかに騒がしい。「そんなことやめなさいって」とか「近づいたら危ないんじゃ……」とか「やめなよ、噛まれちゃうよ!」とか――エリオたちがなんか揉めている。
どうやら、こっちに来ようとするキャロを押しとどめようとしてるみたい。
だけどキャロは、みんなの制止を振り切ってずんずんと出てきてしまう。そして立ち止まったのは回答を待つ魔王二人の前。
「ご無礼いたします。“蠅の女王”さまに“秘密侯爵”さまとお見受けしますが」
「んっ、何よあんた」
恐ろしいほど冷たい、絶対零度の視線を浴びているというのに、キャロはスカートの裾を摘んでスッときれいなお辞儀をする。ふてぶてしい……、大胆不敵だ……!
「私、“裏界皇子”の契約者、キャロ・ル・ルシエと申します」
「へぇ、〈侵魔召喚師〉?」
「はい。非才の身ながらみなさまのお力をお貸しいただいています。ぜひ一度、裏界に名高い偉大な大公さまの偉大なるお姿を拝見したいと思っていまして。聞きしに勝る偉大なお美しさに感服いたしました」
きらきらと眼を輝かせ、憧れのスターを見るような視線をベルに向け、キャロが言う。その口上は過剰装飾が過ぎていた。
……ねえ、今のなんかおかしくない? わざと?
「あら、
「はい、ありがとうございます。その折はどうぞよろしく」
なぜか気分をよくして尊大に胸を張る銀髪の女の子に、キャロが深々と礼をする。……なにかよくわからないけど、話がまとまった、のかな……?
意気揚々とみんなのところに戻るキャロの横顔が、「ふっ、ちょろいもんです」と言っているように見えたのはきっと私の気のせいだ。……こういうの、慇懃無礼って言うんだよね。
「――ええと、お二人と協力して事件解決に当たれとのことです。それで、作戦についてですけど――」
「それは結構」
作戦を伝えようとするなのはを完全にスルーするリオン。非常に読みにくい薄笑いを浮かべたまま、相方の方に向き直る。
「……では早速参りましょう、大魔王ベル。一刻も早く、私の鉄道を救うのです」
「はいはい。行けばいいんでしょ、行けば。ったく、何であたしがこんなことを……」
しゅんっ。そんな音を残して。ここに現れたときとそっくり同じで身勝手に、気まぐれな魔王たちは姿を消した。
「――指示を聞いてくれたらうれしいな~。……なんて」
「…………」
なのはの虚しい懇願は、当て所なく空をさまよい。私の額にはたらりと汗が一筋流れる。
「が、がんばろっ! なのは!!」
「そ、そうだよね、フェイトちゃん。ガンバんなきゃだよね、あは、あはははは……はぁ」
なのはの乾いた笑いがあたりに木霊した。
先が思いやられるとはこのことだよ、はぁ……。
* * *
やや煙った空に幾条もの魔法が交錯する。
炸裂した魔力がたくさんの火花となって輝き、耳障りな爆音が轟いた。
「こ、のぉっ!」
気合を込め、振りかぶったハーケンフォームのバルディッシュを袈裟懸けに一閃。私は斬り捨てたキモチワルイ姿の魚型冥魔に目もくれず、グンッと飛行速度を上げる。
眼下、深い森林と切り立った崖に挟まれた線路の上を八両編成の真っ白な列車――〈ギャラクシアンライナー〉が、纏わりつく怪物の群れから逃れるように疾走していた。流線型の車体には冥魔がつけた損傷が見受けられ、所々からもくもくと黒い噴煙が上がる姿は痛々しい。
――制空権の確保と外部の敵を引きつけるおとり役を任された私は、列車からつかず離れずの距離を保ったまま、大量の冥魔とのドッグファイトに挑んでいた。
「――ッ!」
背後から追走する何者かの気配を感じて、慣性制御と体捌きを駆使しし、その場で逆さまに半回転。鳥型の冥魔、闇鳥の群れと後方に進みながら相対する。
私はあらかじめ準備していた魔法を解き放つ!
『Get set,Plasma Lancer』
「ファイア!」
合成音声を合図に、斉射された雷撃の槍が数体の鳥のバケモノを貫く。その瞬間、槍型の誘導弾に付与した魔力が解き放たれて高電圧を帯びた爆炎が巻き起こる。
鼻につくイオン臭に顔をしかめつつ、くるりと元の体勢に戻って視線を躍らせる。防衛目標である白い車両はずいぶん先に進んでしまっていて、私は慌てて後を追った。
“箒”としてもカテゴライズされるだけのことはあって、ギャラクシアンライナーの速度はかなりのものだ。
激しい損傷がたたって機能が落ちているにしても、戦闘機動を維持したままついて行くのは一苦労。ぼやぼや冥魔の相手をしてたら、すぐにも置いてかれてしまうだろう。気をつけなけないと。
すでに、スバルたちは列車の内部に突入している。初めての実戦ですごく心配だけど、ここは任せるしかない。
空戦魔導師より、建物内など閉鎖空間での戦闘を得意とする陸戦魔導師の方が今回の任務に適していることは、子どもでもわかる簡単な図式。……それに、相手を信頼して託すこともチームワークを形成する上で大切なことだ。
私は、私に与えられた役割を全うするだけ。
外から見ててヒヤリとする場面が何度あっても、その度に駆けつけて手を差し伸べたくなる自分をグッと抑えた。だって、そうしなければ困るのは私以外の誰かだってことを知っているから。
……たとえ、心の底から気に入らない僚友と空を飛ぶことになろうとも。それは、かわらない。
「く、数ばかり揃えたって!」
『Photon Lancer』
目の前を阻むように浮遊する巨大な水晶の集団に、私は八つの誘導弾をけしかけた。
光の尾を引いて、フォトンランサーが四方から水晶体に殺到する。
取った――!
そう思ったのもつかの間。水晶体の内部が不気味に発光し、金色の魔法弾は突然操られるかのように、くんっ、と軌道を変えてこちらに跳ね返ってくる。
「なっ!?」
そんな、反射された……!?
不可解な現象の意味がまるでわからず、愕然とした思考に幾ばくかの空白が生まれた。会心の一撃をいともたやすく、それも非常識な方法で無力化された衝撃は大きくて。
オートプロテクション。バルディッシュが展開した障壁と反射された〈フォトンランサー〉か相殺して、強い衝撃を生み出す。
「ぐ、うあ……っ!」
大きく弾き飛ばされた私は、体勢を無様に崩した。
ぐるぐると回る視界に、身体を構成する結晶を今にも撃ち出そうとする敵の姿が映る。
(しまっ――)
無情にも、水晶柱は一斉に撃ち出された。
――避けられない……!
その時だ。
ばさっ。なにかがはためく音がして、上空から猛スピードで落ちてきた黒い影が、水晶を打ち砕く。次いで、巻き起こった嵐のような黒い炎の渦が冥魔を飲み込んだ。
次々に粉砕された結晶が黒い砂に還るのと同時に、水晶の弾丸も同じように霧散した。……私に接触する寸でのところで、だ。
「馬鹿ね、水晶の魔に魔力攻撃が通るわけないでしょうに。そんなことも知らないワケ?」
「……っ」
私の窮地を救ってくれた銀髪の女の子――ベルは、こちらにゆっくりと振り向くと呆れたようにため息をこぼした。
右の足先にくすぶる黒炎、風になびくポンチョ。私を見下す金色の瞳には、ハッキリとした失望の色が浮かんでいた。
し、知らなかったわけじゃないもんっ、ちょっとど忘れしただけだもん!
ちらりと視線を落とすと、ギャラクシアンライナーの速度が緩んでいるように見る。みんながうまくやったの、かな?
《こちらCP。ウィザード01、応答してください》
念話を介して、聞き慣れた親友の声が届く。
「こちらウィザード01、CPどうぞ」
《エルフィからの報告だけど、車両管制システムの掌握が完了したそうだから、フェイトちゃんはそのまま外部での戦闘を続けてくれる?》
やっぱり突入班がミッションを達成したみたいだ。残った慣性がなくなれば、直に停止することは間違いない。
あとはまわりの冥魔を一掃するだけだ。
「了解したよ。予定どおり、残った冥魔の掃討に入るね」
《うん、お願い》
念話を切り上げたとき、突然ぶあっと突風が吹き荒れて周りにいた冥魔たちが爆発四散した。
突風の発生源、ベルは右腕を振り抜いた体勢で留まっていた。
あれはただ腕を振ったんじゃない、純粋な……だけど強烈な魔力の塊をぶつけたんだ。
「しっかし、やけに数が多いわね。鬱陶しいったらないわ」
横柄に腕を組んだポーズになって、さっきとはまた違うトーンのため息をつくベル。表情もうんざりした感じだ。
そのぼやきを受けて、私たちよりもやや上空、分厚い本を抱えた青いドレスの女性が口を開く。
「……記録によれば、これほどの冥魔がこの惑星に出現したのは、こちらの時間で四年前の一件以来のようですね」
「ふぅん、あれ以来、ねぇ……」
リオンの簡潔な説明に、金の瞳が妖しく光る。鋭く切れ長な瞳はまるで気まぐれな猫のようだ。
「嫌がらせかしら? 奴らのやりそうなことだけど」
「……大方、“全次元銀河鉄道化計画”の妨害をしているのでしょう。……私の崇高なる計画を邪魔立てするとは大変不届きなことです。速やかに粛正せねば……」
「断言してもいいわ、リオン。それだけは絶ッ対にないっ」
白けた顔でベルが言うけど、意見を否定されたリオンはすました感じで易々と受け流している。よく目にする光景だ。
それにしても、相変わらず好き勝手にして……。
「…………」
まだくだらない雑談をしている二人から視線を外し、私は目の前の“敵”――この単語は好きじゃないけど、今回は別だ――に向き直る。
深く息を吐き、バルディッシュの握りをもう一度確認する。
そして、エリオたちみんなの晴れの舞台――それを汚されたという幼稚な苛立ちをぶつけるために、私は最大戦速で冥魔の集団へ突撃した。
* * *
戦域より数百メートルほど離れた地点。ホバリングするツインローター式輸送ヘリ型“箒”ブラックスターが、集団からはぐれた数体の冥魔を備え付けの三十ミリ近接防御機関砲で撃ち落としていた。
特殊部隊向けに開発・改良された性能を遺憾なく発揮し、二機の回転翼を忙しなく回転させて生み出した円運動で揚力で飛来するを難なく回避していく。
《ウィザード03、四号車制あ――スバルッ!》
《わっ、わわっ》
《ったく、頭下げて! ――クロスファイヤー、シュートッ!》
《……ご、ゴメン、ティア。油断してた》
《ぼさっとしないの、あんた時々ウカツなんだから。初任務で殉職とか冗談じゃないわよ?》
《ゴメンっ、ホントゴメン! この埋め合わせは必ずするから》
《ほぉ、言うじゃない。じゃあ、帰ったらスバルのおごりでケーキ食べ放題ね。それで許したげる》
《!! そんなぁ~、お給料日前なのに! ティアのオニ、アクマーっ!!》
《ふふん、なんとでも言いなさい。痛くも痒くもないわ》
《フリード、そんなザコ蹴散らして!!》
《キャロさん、僕は?》
《――え? エリオ君? エリオ君は、うーんと……てきとーに突っ込んでて》
《ええー》
《ええー、じゃないよ。だってエリオ君、それくらいしかできないじゃない》
《……ねえ、僕怒ってもいいよね? いいよね?》
《よーし、フリードっ! いっくよーっ!》
《無視されたっ!?》
開きっぱなしの回線から、突入班の動向が伝わってくる。……危なっかしいことこの上ない、いろいろな意味で。
後ろからその様子を監視している新米先生は、生まれ持ったお節介を発揮して気が気ではなく。
「ッ、陸曹、もっと寄って!」
《無茶言わないでください!》
ヘリの内部では、状況開始から幾度となく交わされたやり取りが再燃していた。
興奮気味に声を荒げるのは我らが教導官、高町なのは。そして言い返すのがこの機のパイロット、ヴァイス・グランセニックだ。
《これ以上近づけば“ヤツら”の本隊にも感づかれますよ!? 今でもギリギリなんスか、らッ!》
「っ……!」
冥魔の攻撃を躱した振動で激しく揺れる機内。至極真っ当な言い分に、反論できないなのはは言葉にできない悔しさを滲ませて歯噛みした。
本来彼女は、戦場において直情径行・独断専行な人物であり、決して辛抱強いとは言える質ではない。以前であれば「もういい! 私がやるっ!」とでも叫び、愛機片手にさっさと飛び出していっただろう。
しかし――
(ダメ……、こんなんじゃダメだなんだよ、私はっ……!)
過去、戦闘に熱くなるあまり犯した判断ミスが原因で、彼女は幼なじみの命を奪いかけた。「理不尽な暴力からみんなを守りたい」と考えていたなのはにとってそれは、絶対にあってはならなかったこと。
――あんたがその、“理不尽な暴力”とやらになったら世話ないじゃない。
――実力行使で邪魔者を排除するなんて、あたしたち“魔王”と一緒ね。
銀髪の魔王が言い放った皮肉の
完膚なきまでに打ちのめされた“蠅の女王”との戦いは、なのはが初めて経験した完全なる挫折の記憶だった。
「……っ」
なのははシートに座ったまま、目の前に展開したモニターに映る部下たちの姿を真剣な眼差しで見つめ続ける。一瞬でも見逃すまいと、瞬きさえも忘れて。
決めたのだ。たとえ至らなくても、指揮官として部下たちを見守るのだと。
――強く握りしめた手の平からは、紅い鮮血がじわりと染み出していた。
* * *
同時刻、ミッドチルダ某所。
岩石をくり抜き、作られたと思わしき人工的な空間にぼんやりと淡い光が溢れている。
光を生み出しているのは、巨大なディスプレイや様々な情報を映し出すモニターだ。
「フ、フフ、ハハハ、アッハハハハッ!!」
白衣を身に纏う、紫の髪の男が呵々大笑と咽を張り上げる。一見若く見えるが、年の頃はわからない。
彼の爛々と光る金色の瞳に浮かぶ狂気――、常人の理解を越えた領域に存在する精神を今捉えていたのは、大型ディスプレイに映った映像だ。
大空を縦横無尽に翔る黄金の魔導師。列車内で鉄拳を繰り出す空色の少女。屋根の上にて大立ち回りを演じる赤毛の少年――それらは全て、なのはが見ていたものそのままだった。
「ハッ、“F”の残滓に“タイプゼロ・セカンド”――素晴らしい!!」
興奮した様子で男は叫ぶ。
その背後では、同じく白衣を着た女性が淡々とコンソールを操作している。
「是非サンプルとして解剖したいなぁ。あぁ……、改造してレリックを埋め込むのも悪くない……!」
――随分と愉しそうじゃないか、スカリエッティ。
ナイフのように鋭く、よく通る声が洞穴内に響く。
夢想の愉悦に浸っていた男――ジェイル・スカリエッティがゆっくりと、狂喜の表情を消して振り返った。
「やあ、シャイマール」
明かりの当たらない漆黒の闇。
不遜な笑みを湛えた背の高い青年が壁に背を預け、佇んでいた。