高級そうな絨毯の敷き詰められた会場に、身なりのいい人たちが溢れかえっている。
喧噪に包まれた場内、目立たないように小さくなる私の格好は、パープルの大人っぽいドレス。薄いネイビーのストールを肩に掛けて大人っぽい感じ。
隣のはやては髪をアップにして、ライトグリーンが基調のかわいらしいドレスでおめかししていた。
ただ一人、地上本部の制服を着ているなのはがひどく浮いてるのは気のせいじゃないはずだ。
――ここ、〈ホテル・アグスタ〉はクラナガン南東に位置する老舗の高級ホテルだ。深い森にひっそりと建つ白い建物はどこか厳かで格調高い。以前、観艦式の後夜会で訪れた〈アグスタ・sis〉の本店で、あちらは支店――つまり妹さんなんだとか。
さて、どうして私たち機動六課がそんなところに来ているのかというと、当然お仕事だ。
今回の任務は、ここで行われる管理局主催のオークションの警備と来客の警護。仮にも実戦部隊である私たちに、こういった類の任務が回ってくるのはお門違いも甚だしいのだけど地上本部直々のお達しだから従うほかない。私はともかく、なのはやエリオたち四人の能力は問題ないと思うし。
それはさておき、オークション開始までまだ猶予がある。
好奇の視線に堪えられなくなった私たちは、打ち合わせという名目の雑談で時間をつぶしていた。
「ごめんねなのは。私たちだけ、こんな格好で……」
「いいよ、べつに。外のみんなは誰かが見てあげなきゃなんだし、気にしないでフェイトちゃん」
そう言われても、仕事中にこんな姿してたら遊んでるみたいで居心地が悪い。
外で、警備チームの指揮を担当するなのはには本当に申し訳なく思う。
立場上、お偉方の応接とかもしなきゃならない私とはやては、緊急時の防衛戦力となるのが今回のプランだ。……あと、私はとある密命を受けているのだけど、今は置いておく。
「まあ、適材適所っちゅうヤツやな。……それはともかくフェイトちゃん、またおっぱい大きくなったんやない?」
「え? ああ、うん、実はそうなんだ」
若干場違いなはやての指摘を受け、ついと視線を落とす。
露出が多い服装だからバレちゃったのかな、と両手で挟んでふにふに確かめてみたりして。
最近、バストサイズがまた上がっちゃって少し難儀してる。主にブラ選びとかで。
どうせ成長するなら、もっと身長が伸びてくれればいいのに。シグナムくらい背丈があったらリーチも伸びて戦いやすくなるし、格好もつくのになぁ……。
「あんまり大きくなっても鬱陶しいだけなんだけどね。デバイス振るのに邪魔だし、肩も凝るし」
でも、まぁ、その……、ユーヤとおつき合いする上では、いろんな意味で役立ってるからムダじゃないというかなんというか――
うん? なんか今、ぶちって音が聞こえたような……?
「あっははー、さっすがカレシのおるひとは余裕ですなー。こないなけしからんもんをぶら下げてからに、いやはや……」
「ちょ、や、はやて、なにしてっ!? んっ、そんなに、あんっ、強く揉まないでよーっ!」
「おっぱいマイスターもびっくりですなー。ザコムネの私にイヤミですかーそうですかー」
なぜか額に青筋を立てたはやてに、むんずと胸を鷲掴みされた。ぐわしぐわし、と遠慮なしで揉まれるのは痛い。
というかはやて、言うほどちっちゃくないじゃん! むしろアンダーの差で私はともかくなのはよりサイズおっきいくらいじゃん!
「なのはー、助けてー」
「いいんじゃない? はやてちゃんに揉まれたらもっとおっきくなるよぉ~、きっと」
「そ、そんなぁ!?」
ニコニコ言い放つなのは。変なオーラが出てるのは気のせい?
親友に裏切られ、進退窮まった私の視界に鮮やかなブルーが過ぎった。
「セクハラするんじゃない、エロボケだぬき」
「あだっ!?」
ぱかんっ、と高速で飛来した物体が後頭部にヒットしたはやて、膝から崩れてうずくまる。
私は逃げるように、オールバックと蒼いタキシードでビシッと決めた救い主――ユーヤのところへ駆け寄った。
「ぬぐぅぅ、ついに黒幕のご登場やな……!」
ゆらりと立ち上がるはやてを大きな背中に隠れて眺める。
あ、私の選んだコロンの香り。使ってくれてるんだ。うれしい。
「誰が黒幕だ、誰が。フェイト、そのドレス、よく似合ってるね。今日もかわいいよ」
「あ、ありがと……」
「私らは無視かい! てかたぬきちゃうわ!」
「まあ、いつものことだよね」
恥ずかしくなってうつむくと、床に転がる金の鳥が描かれた金枠の赤いメダルが目に入る。どうやら飛んできたのはこれらしい。痛そうだ。
「いたた……、女の子同士のスキンシップの邪魔なんて無粋やで?」
「どこがスキンシップだ、どこが。お前のはいちいち過剰なんだよ、不愉快だ」
「はっはーん、攸夜君、嫉妬やな? 男の子のヤキモチはみっともないなぁ~」
「嫉妬じゃない。俺の許可なくフェイトの身体に触れるなと言っているだけだ」
「うわ、なにその傲慢」
そっかぁ、私ってユーヤの許可なしに誰かに触れられちゃいけないんだ。うん。これは大事なことだ、覚えておこう。
「ところで攸夜くんはなんでここにいるの?」
「お仕事やろ。フェイトちゃんから聞いてへんの? 私は本人から聞いたんやけどな」
「あれ、ユーヤも来てるって言わなかったっけ?」
「……私、ぜんぜん聞いてないんだけどな~……」
ゴゴゴゴゴ……、なのはからそんな音が聞こえた。
ひうっ!?
全身が恐怖で強ばる。全力全開ヤメテコワイゴメンナサイ。
「まあ、落ち着け。はやての言う通り仕事でね、貴婦人のお守りをやっているのさ」
持って回った言い回しで答えるユーヤ。彼がここにいるということはつまり、
「お守りだなんて失敬ね、攸くん。それからあなたたちも、こういった場ではしゃぐのはあまり感心しませんよ?」
甘い蜜のような声が私たちをやんわりと咎めて。イヤな予感を感じつつ振り返る。
パニエで広がった宮廷ドレスは血のように紅く、豪華絢爛な黄金の髪は縦カール。白銀の瞳がまるで彫刻みたいな端正な美貌を彩る――絶世の美女が、そこにいた。
「やあ、姉さん」
「「「うう……」」」
異口同音。共通の
♯17 「騎士と姫、魔女と獣 前編」
「こんにちは、フェイトさん、なのはさん、はやてさん」
「「こんにちは、ルーさん」」「――にちは……」
なんとか挨拶を返す――遅れたのははやてだ――と、ルーさんがはんなりと微笑み、影のように付き従う褐色のメイドさんが一礼した。幸いうめき声は聞こえなかったようだ。
今の私たち三人に共通しているのは、怯んでガチガチになっているということ。
ルーさんに対して、私は美人すぎて気後れするという印象が拭えないし、“おしゅうとめさん”だから頭が上がらない。なのはにとっては恥ずかしいおてんばな頃を知られてる近所のお姉さんで、はやては単純に命を賭けて戦った間柄。シグナムたちとの折り合いも最悪だから苦手らしい。
――要するにこの
「えと、ルーさんもこのオークションに?」
「ええ、そうよ。出品される美術品に興味があったから。それに、ユーノ君の晴れ舞台も見てみたいし」
ユーノの話題が出た途端、なのはの頬が薄く紅潮した。なんてわかりやすいんだろう。
今回のオークション、無限書庫の司書長にして著名な考古学博士でもあるユーノがプレゼンテーターを務めるのだ。
道すがら、ヘリの中でそのことを誇らしそうに語っていたなのはが印象的だった。……“恋する女の子”というものを、初めて間近で見た気がする。
「それにしても、どうやってこないなとこに紛れ込んだんですか? まさか、なんぞ非合法な手段でも……」
「失敬ね。お言葉ですけど、これでも管理局のスポンサーの一人よ。お呼ばれくらいします」
はやてが疑惑を向けると、ピッ、と人差し指と中指で挟んだ招待状を示しつつ、ルーさんは心外そうに口を尖らせる。
高級そうな黒い下地に、金色の字が書かれた手紙はたしかに管理局から発行された正式の招待状だった。
「はぁ、さすが金ぴか。羽振りのいいこって」
「賞賛として受け取っておくわ。手慰みに始めた事業だけれど、会社の経営というのもなかなか楽しいものよね」
“あちら”でもやってみようかしら? ルーさんは「商売繁盛」と筆で書かれた扇で口元を隠し、くすくす不吉に笑っていた。
昔、ユーヤと海鳴に住んでいたころは、株式売買や資産運用で生計を立てていたらしい。コツは「適当に選んでほっとけばいいのよ。黙っていてもお金は増えるわ」だそうだ。
同じようにミッドチルダでも僅か数年で巨万の富を築き、いくつかの大企業のオーナーを勤める次元世界有数の資産家になってしまっている。「ルーチェ・モルゲンシュテルン」といえば、経済界で知らない人はいないんだとか。
……なんというか、「魔王」というものは例外なくスケールが大きい。ユーヤにしたって、いつの間にか時空管理局の重要なポスト――方法の是非についてはこの際置いておく――に納まってしまっているし。
彼らには様々なものを引きつけて巻き込んで、ぐんぐんと引っ張ってしまう力がある。良くも悪くも“世界”に強い影響を与える不思議な誘引力――こういうのをカリスマ、というのだろうか。
(……ユーヤ……)
微笑を浮かべた横顔を見上げる。
こういうとき、私はちょっとだけ不安に思う。「私は彼にふさわしいのか」と――
どれだけ努力を積み重ねても、彼のとなりに立つのに足りているとはとても思えなくて……。
だけど、私は諦めない。
始める前に投げ出しちゃダメだって、彼から学んだことだった。
「――そろそろ入場の時間だな」
その声にはたと正気に返る。
周りを見渡せば、たしかにさっきより人の流れが慌ただしくなっているみたいだ。
ぱちん、扇を畳む音。
「……そうみたいね。じゃあ私はもう行くから、攸くんもお仕事、頑張りなさいな」
「ああ、わかってる。姉さんは安心してオークションを楽しんでいて」
「ふふ、頼もしい言葉……、それでこそ私の“弟”ね」
ルーさんがうれしそうに微笑む。姉弟の間には、立ち入れない独特の空気があった。
……上手く言葉にはできないけど、二人の姿はとてもサマになっている。まるで最初から、そうしているのが自然なことのようで――
(……っ)
ズキッ、胸の奥の方に鈍い痛みが走った。
「エイミー、後の事は頼む」
「お任せくださいませ、若様」
すらすらとよどみなく会話は進んでいく。相手がなにを話すのか、なにを求めているのか、それがわかっているみたいだ。
じくじくと、胸の痛みは消えてくれない。理由はわかってる。だから無視する。
「あなたたちも、しっかりやりなさいね」
「「「はい」」」
母性を感じるやさしげな微笑みを残して。優雅にスカートの裾を翻したルーさんは、しずしずと続くエイミーを伴い肩で風を切るように私たちの前から離れていく。
私は、彼女たちの姿が見えなくなるまでずっと、ユーヤの服の裾を強く握りしめていた。
いろいろ雑談してたけど、開場時間も迫ってる。そろそろ気分、切り替えなくっちゃ。
「じゃあ私も行くね」
「いや、待てなのは」
自分の持ち場に戻ろうとしたなのはをユーヤが呼び止めた。
私はなんのつもりだろうと若干ドキドキしつつ、その様子を黙って見守ることにした。はやても口を出す気はないみたい。
「外は半人前たちとシャマル、ザフィーラで抑えるんだったよな?」
「うん、そうだけど」
質問に、「疑問を感じてますよ」という感じで答えるなのは。マジメだ。
今回は警備任務ということで、索敵要員のシャマルと防衛戦のエキスパートであるザフィーラが特別に作戦に参加している。
それにしたって、半人前って……。
「それがどうかしたの?」
「俺も一緒に行こう。そのメンツじゃ心配だ」
はやてが眉間を指で抑えてため息一つ。「え?」疑問符を頭の上に浮かべた私となのはに、ユーヤはいつもの不敵な笑みを見せて、
「手を貸してやると言っている。
ふてぶてしく、言い放った。
* * *
ホテル・アグスタ屋上。
ここを
すでにスバルたち四人はそれぞれ所定の位置についているのだが、退屈な任務に暇を持て余しているようだ。広域監視を担当するシャマルが、欠伸を噛み殺す様子を見て苦笑した。
あとで気がゆるんでたことを注意しとかなくっちゃ。なのはは頭の中で部下の査定にペケをつけ、パネルを目の前の空間に展開。敷地の見取り図を用いて配置を確認し始めた。
「うーん……、それじゃあ攸夜くんは北東に回ってくれる? ちょっと手薄になってるから」
「了解。仮に敵性存在が現れた場合の行動は?」
投げかけられた問いになのはは考えるそぶりをする。
この時攸夜は彼女の指揮官としての資質を試していた。
「そうだね、攸夜くんは機動力と打撃力があるから遊撃かな。できるだけハデに暴れてくれると、スバルたちが楽になると思う」
朗々と迷いなく紡がれる答え。悪くない作戦だと頷く攸夜は、ふむ、と芝居がかった仕草で顎を撫でる。
「――しかし防衛と言うが、全て壊滅させてもかまわんのだろう?」
格好をつけて攸夜が言い放つ。何やら背中で語りだしてしまいそうな勢いだ。
きょとんとしたなのは。
「え、そこまでやらなくても――」と遠慮の言葉を言い掛けて、思い直す。
「ううん、攸夜くんならやれちゃいそだね」
「おうとも。何せ俺は、天下無敵の大魔王様だからな」
攸夜らしい根拠のない自信に、なのはがほわっと破顔する。まるで日差しに向けて咲き誇る向日葵のような笑顔だった。
この頼りになる親友が敗北に塗れるところを、なのはは想像することが出来なかった。滲み出るよくわからない風格というか雰囲気に飲まれて、思わず信じてしまいそうになるのだ。
もっとも、実際は割と負けっぱなしなことは言わないお約束である。
「でもほんとに来るのかな、冥魔……」
不意に笑顔はなりを潜め、不安が零れた。
無理もない。冥魔の行動には規則性がなく、予測することが困難とされているのだから。
これまで冥魔は、強力な魔力構成体に引き寄せられているのではないか、と考えられていた。
しかし前回の列車襲撃事件の際、輸送中のロストロギア〈レリック〉が無事であったことからその推測も破棄され、今も研究が続けられている。
「来るさ。まあ、五分五分といったところだけどな」
「どうして言い切れるの?」
幾つか理由はあるが、と前置きして、攸夜は真剣な顔で自分の考察を明かす。
「奴らは“負”の感情を喰らって増殖する。であるなら、この場所は奴らにとって格好の餌場だと言えるだろう」
「たしかに、そうかも」
今ここは、人間の欲望が渦巻く坩堝と化している。攸夜の言葉を信じるなら、ホテル・アグスタに集まった人々の感情は極上の“エサ”となるだろう。基本的に争いを好まないなのはとしては、心苦しい事実だが。
「まあ、一番の理由は――」不意に攸夜が真面目な雰囲気を霧散させ、軽薄な表情で二の句を告げる。
「ここに、最強である俺が居ることなんだけどな。モテる男はツラいね」
「ぷっ……攸夜くん、自意識過剰だよ、それ」
冗談めかした付け足しに、なのはが思わず吹き出すと攸夜は満足げにくつくつと笑う。
友人同士らしい和やかな光景。彼女の親友であり、彼の恋人である女性がこの様子を目にしたら嫉妬の炎を燃やすこと請け合いである。
「まあいっか。――それで、コールサインはどうするの?」
コールサイン? と胡乱げにオウム返しする攸夜に、なのはが教師然として説明する。
「部隊間の識別信号、符号のこと。私たちでいうと“ナイトウィザード”、だね」
ああ……、微妙な表情をして攸夜がうめく。
「……別に要らなくないか?」そして、ひどく面倒くさそうに表情を歪めた。
「むっ、ダメだよ、ちゃんと決めてくれなきゃ! 勝手されたら指揮が混乱しちゃうでしょ。戦場で大事なのは、指揮・統制・通信・情報の四つなんだよ?」
「あー、はいはい。わかった、わかりましたよ、お嬢さん」
サイドポニーを揺らす友人の剣幕に、降参だと攸夜が手を上げて肩を竦めた。なのはの頑固っぷりは彼もよく知るところだ。
「そうだな……」しばし黙考した後、脳裏に浮かんだ単語を彼は言葉に乗せた。
「――ライアー、なんてどうだ」
「“うそつき”? もうちょっとカッコいい言葉にしようとか思わないの?」
「いいんだよ、別に。今回だけなんだからな」
「むぅ~……」
自虐的なネーミングに呆れるなのはを適当にあしらう攸夜が不意に、明後日の方角に広がる虚空を睨む。
――世界が、揺らいでいた。
「来るか」
「えっ?」
《なのはちゃん気をつけて! 周囲に強力な空間異常よ、冥魔が出るわ》
シャマルの焦りを帯びた声。
展開したままの広域マップに、アンノウンを示す光点が急速に増え始めていた。
「ほぇぇっ!? ウソっ、ほんとに来たあ!?」
不測の事態に泡を食うなのは。ぶっつけ本番には強いはずの彼女だが、この慌てぶりは攸夜の予測を話半分で聞いていた証拠か。
「――バトルモード、“フォトンチェンジ”」
わたわたとパニクるなのはを無視して、攸夜は言霊を紡ぎ、軽く掲げた左手を握り込んだ。
ぱきん、涼やかな音が響き渡り、七色の宝玉を抱いた純白の腕輪が七枚の板に分離、蒼白い光のベールが噴き上がった。
「ハッ!」
鋭い爪甲が光の渦を断ち割り、勢いよく斬り払う。
光焔が舞い、光風が踊る。
きっちりとセットされていた闇色の髪は解かれ、ボサボサの癖毛が雄々しく靡く。夜空のごとき濃紺色の衣装を身に纏う魔王の姿がそこにあった。
「さて、と」
蒼いネクタイの根元を指先で軽くいじる仕草。
鋭利な金属の装飾が所々に施され、ネイビーブルーに染め抜かれたダブルスーツ風のコート。それが攸夜のバリアジャケット〈ファーサイドフォーム〉――正確には、魔王が魔力で織る
「攸夜くん!」
「任せろ」
我に返った親友に応えて、攸夜は蒼銀に輝く三対の翼を発生させる。なのははこの時、菱形の魔力翼が普段の半分ほどのサイズであることに気付く。
グレーのブーツが音もなく床を離れると、主に侍っていた七枚の“羽根”も活動を開始する。
三枚一組が連結して二対の盾となり両脇の空間に固定。残った一枚――“希望の宝玉”を抱いたものだ――が、一メートル程度まで大型化して魔力翼の間に納まった。
「いつもと、違う……?」
なのはの独白を聞き入れ、悠久の夜を統べる王は稚気に満ちた悪童のような笑みを浮かべた。
迸る蒼銀の燐光。その姿は、さながら白い甲冑に身を固めた中世の騎士のようだ。
「じゃあな、なのは」
「あ、うん。攸夜くん、気をつけてね」
* * *
「はぁ……」
私のファンだというおじさん――けっこうえらい人らしい――の相手からやっと解放されて、思わずため息。肩をぐるぐると回してこわばりをほぐす。
まったく、なれないことをすると肩が凝る。ユーヤのパートナーとしてこういう催しには何度か出たことがあるけど、どうにも堅苦しくて息が詰まってしまう。
はやても今頃、会場のどこかで接待をしているんじゃないだろうか。もちろん、いかがわしいことはされてないけど。そんなこと、彼が許すはずないもん。
なんとなしに、オークション会場の方に視線を向けてみた。
『さて、次の品はクリスタルスカル。第108無人世界の遺跡より出土したロストロギア、解析不能の透明な物質で構成された特異な形状の頭蓋骨です。現在は厳重な封印処理を施していますが、これは尋常ならざる磁力場を発生させており――』
壇上、声変わりがほとんどしてない声で競売の品の説明をしているのは幼なじみの一人、ユーノ・スクライア。
女の子に見間違えるほど柔和な面差し、ほっそりと華奢な中背、長く伸ばして根本で結ったクリーム色の髪、若草色のすっきりとしたスーツ、ノンフレームの知的なメガネ。どこかナヨナヨしてて頼りなく見えるけど、やるときはやる人だ。実際ああに見えて、ユーヤと拳でコミュニケーションしてのける超一流の結界魔導師でもある。
ちなみに、ユーノはなのはの好きな男の子で、ユーヤの大親友。なのは本人は隠せてるつもりみたいだけど、みんなにはバレバレだ。
そんな彼に、私はなんとなくシンパシーを感じている。おもに危なっかしい同性の親友に振り回される的な意味で。あと、理論派同士だし。
「ユーノ、がんばってるなぁ……」
今のユーノはなんというか、常日頃にはない威厳があふれている。なのははきっと、こういう時折見せるギャップみたいなものに惹かれたのだと思う。
私とユーノが建物の中にいて、ユーヤとなのはが外で戦ってる。組み合わせのあべこべなシチュエーションが不思議に思えて、ちょっとおかしい。
ふ、と唇が自然と笑みの形を作った。
(それにしても外のみんな、だいじょうぶかな……?)
このホテルを中心とした半径1キロメートル圏内に冥魔の一団が出現、六課のフォワードチームと交戦が始まっている。
ユーヤの活躍もあって戦況は今のところはこちらが優勢だ。
ただ、ホテル周辺を強装結界を用いた防御壁で覆っているとはいえ、ここが危険であることには変わりない。にもかかわらずオークションの中止をしないのは、集まった身分の高井戸人たちに管理局の威信を見せつけるためなのだという。
――時空管理局は冥魔などには屈しない、という強い意志を。
なるほど、どうりで私たち機動六課に警備なんかを任せたわけだ。冥魔出現のアナウンスのあと、会場で発生した軽いパニックを抑えるのにちょっと苦労したのは余談。
しかしこの手際のよさ、あまりにも不自然すぎる。上層部はあらかじめ、冥魔の出現を予期していたとでもいうのだろうか。
「はぁ……」
うだうだ考えても意味がない。結局、私程度の権限では真実に辿り着くことができないのだから。
そう割り切って、今抱えている「もうひとつの厄介ごと」について考えることにした。
――フェイト、うまくやれよ。執務官としてのお前の力、期待している。
これは、なのはと外へ出るときにユーヤが残した言葉だ。
彼は颯爽と私の横を通り抜ける際、まるで世間話をするみたいなトーンで言ってのけた。
詳しい事情は割愛するけど、管理局のとある高官が、ロストロギアの横流しで巨額な不正資金を得ているらしい。その人物、なかなか頭が働くようで管理局内部で吹き荒れた大粛正の嵐もくぐり抜け、今のいまでのうのうと私腹を肥やしていたのだという。
で、このオークションを隠れ蓑にした違法ロストロギア密売の現場を押さえて、芋ずる式に検挙する足掛かりにしてしまおうというわけ。さっき会場で査察部のヴェロッサを見かけたし、上層部は本気のようだ。
それにしても、ユーヤも簡単に言ってくれるよ。たしかに私は司法を預かる執務官で、そういうことをするのがお仕事で。ついでに不正を摘発したことなんて数えるのもばからしいくらいあるけれど。
……あれ? 私ってこの上なく適任?
と、ともかく! 準備期間だとか内偵だとか、必要な段取りをぜんぶ無視していきなり「犯人を捕まえろ」だなんて、いくらなんでも無茶ぶりすぎる。
だいたいユーヤは、いつもいつも自分勝手なんだから。私が断れないって知ってて、いじわるばかり……でも、そういう強引にリードしてくれるところが好きっていうか――
…………。
ま、まあ、他ならぬユーヤのお願いだ。私の中に拒否するって選択肢は最初からないし、せいいっぱいの全力以上でやり遂げるつもりだけど。
……冷静に考えてみると、私はユーヤに依存しすぎなのかもしれない。だけど決めたんだ、どこまでもついて行くって。
「はぁ……やめやめっ、さっさと犯人捕まえてこよう」
私は三回目のため息をついて、非生産的な思考を破棄する。こんな格好をしてるけど、今は仕事の最中だ。
頭を“執務官としての私”に切り替えて、解説を続けるユーノの声を背に会場をあとにする。
まずは、手伝ってくれるという「ユーヤの部下」と合流するとしよう――
* * *
冥魔がホテル・アグスタ周辺に現れ出してから数分、蒼き魔王が君臨する領域は殺戮舞踏の一人舞台と化していた。
「……」
悠然とボトムのポケットに両手を突っ込み、上空百メートルほどの位置に浮遊する攸夜。その足下には緑が広がり、無惨な死骸を晒した冥魔が次々に黒い砂となって消えていく。
敵は多種多様、近年次元世界でも見られるようになった種類ばかり。それを蒼く、底冷えのする瞳で見下ろす攸夜の姿は、以前といささか異なったものになっていた。
“慈愛”、“賢明”、“剛毅”の三枚が連結し、完成した一枚の盾が左肩近くに。“信頼”、“節制”、“正義”の三枚一組が同様に左肩の空間にそれぞれ固定。そして最後に余った“希望”が長大化して、通常の半分ほどの長さの魔力翼の間に配置されている。――さながら、
これが無限光の新たなカタチ、アイン・ソフ・オウル
度重なるフェイトとの模擬戦で露呈したアイン・ソフ・オウルの弱点――「一度に複数の機能を発揮することが出来ない」ことを解消すべく編み出された形態である。
七枚全てを背後に配し、推進力を集めた
なお、ハイマットだのライザーだのの大仰な名称に意味はない。ただ単に「その方がかっこいいから」という理由で本人が呼んでいるだけだ。ネーミングの由来はお察しである。
「――」
スッと攸夜の左手が斜め前方の空に向けられた。その先に閃く蒼銀の魔法陣。
青いキャンバスにぽつんと零れた黒いシミに向けて、蒼白い
刹那、鋭い爆光が天に轟き、膨れ上がる爆炎に巻き込まれた十数体の闇鳥があえなく消し飛んだ。
続けるようにして、攸夜は突き出した右手の中にバレーボール大の黒い球体を生み出す。〈ヴォーテックス〉、彼が牽制によく用いる〈冥〉属性の基本的な攻撃魔法である。
が、今回はいささか趣が違うようだ。
「――“裂弾”」
パアン、と破裂して、ピンポン球サイズとなった無数の闇球が辺り一面の冥魔を無差別に襲う。
本来なら対象を包み込んで圧殺するヴォーテックスだが、これらは対象の躯を易々と貫通して致命傷を与えた。
〈ヴォーテックス・スプレッド〉、攸夜のオリジナルスペルの一つだ。
ヒトとして望まれた攸夜は、永久普遍であるはずの“古代神”では特例的に「成長」という概念を与えられている。故に彼は、より高みに辿り着くための努力を惜しまず、自らの魔法の改良にも余念がなかった。
とはいえ何百年もの間、第八世界の賢者たちが“世界”の陰で研鑽を重ねて今に至る“魔法”であるから、一朝一夕でどうこう出来るものではなく。一部の例外を除き、せいぜい構造的にシンプルですでにいくつかの類型が存在した〈ヴォーテックス〉の術式を改竄した程度ではあったが。
幼少のみぎり、近接戦で力を発揮した〈ヴォーテックス・ランス改〉や、小さな闇の弾丸を無数に乱射する〈ヴォーテックス・ガトリング〉など、破壊力よりも使いやすさを重視した魔法が目立つ。
これはミッドチルダ式や近代・古代ベルカ式の魔法の応用力に、彼がインスピレーションを受けた結果だろう。
ちなみに誘導弾系統が見られないのは、自らの“箒”があれば事足りるから。そんな便利な魔法、主八界には最初からないという説もあるが。
補足として、かつてフェイトとの「追いかけっこ」で見せたファランクスシフトは異能で効果を拡大させたものであり、これらの範疇には入らない。
「――フ、まさに雑魚だな」
蒼い眼光が新たな獲物を捉えた。
空中を泳ぐ鮫のような化け物、ダークシャークが数体、バラバラに、しかし攸夜を挟み撃ちにしようという意志を顕わにして突進する。
腰の辺りに近づけられた徒手の両手に、投擲用のダガーが標的と同数が月衣から現出。握りを指先で挟むように保持した。
一瞬、蒼白い魔力光が小刀を包み込む。
「――ッ」
無音の気合い。抜き放つモーションで小刀は両側面に振り抜かれた。
ひゅん、風切り音が鳴る。
指先を離れたダガーは、ただ投擲されただけとは到底思えない速度で的に命中。例外なく内蔵をぶち撒けた。
〈ディスチャージ〉と呼ばれるこの魔法は、純粋な魔力によって物体の運動エネルギーを加速、投擲して攻撃する一風変わった魔法だ。
おもに刀剣類を媒体に用いて使用し、放つ物体の性質によっては〈ディヴァインコロナ・ザ・ランス〉をも凌ぐ破壊力を発揮するとされる。さきほどはやてへのツッコミに用いたのもこれだ。
“こちら”でも同様の魔法が存在しており、例えばなのはの〈スターダストフォール〉や、ヴィータの〈シュワルベフリーゲン〉、はやての〈ブラッディダガー〉などがそれに当たる。だが、純粋魔力攻撃が全盛である現状ではあまりポピュラーな系統とは言えないだろう。
なお、愛弟子であるキャロの投擲術は、彼が刀剣類の扱いとともに護身用として教え込んだものだ。
血の滲むような特訓の後、「ダガー投げ準一級」の賞状――攸夜の手書き――を手渡したキャロがわんわん泣いていたのを攸夜はよく覚えている。訓練が終わったことがうれしかったという可能性について、あえて考慮に入れていない。性悪である。
「ふぅ……、いい加減鬱陶しいな」
その場から動かず、攸夜は射程圏内に存在する冥魔の殲滅を続ける。ぞろぞろと列を成す団体に、さしもの彼でもいささか辟易する。
この一帯に存在する数多の生命体の中で、彼ほど絶大な魔力と圧倒的な“プラーナ”を誇るものはいない。冥魔たちにしてみればそれは、新月の夜に焚かれた篝火のようなものだ。格好の標的と言える。
しかし、ラグオル喪失事件の時に比べれば物の数ではない。脱出する住民三千万人の殿を務め、ボロボロになりながらも数百万の冥魔をほぼ単騎で殲滅したのだから。
「しかし、妙だな」
襲い来る冥魔をあらゆる方法で機械的に処理しながら、ぼつりと疑問を漏らした。
瘴気が噴いていない。混沌から生まれた害毒の大気が。
次元断層から漏れ出す漆黒の噴煙は、冥魔には付き物の現象だ。しかし、索敵要員であるシャマルからは瘴気を観測したとの報告は入っていなかった。
必ず発生する、というものでもないからさほど重要視する情報ではない、が――
つらつらと思惟を巡らせる間にも、破壊の洗礼は止まることを知らない。
〈ヴォーテックス・スフィア〉四角形に張り巡らされた結界内に超重力の闇が発生し、捕らわれた闇の騎士などを一挙に押し潰す。巨大な振動が森の木々を揺らし、遙か遠方では鳥たちが空に逃げ去った。
その後も攸夜は滞空したまま弓から放つ魔弾、あるいは降り注ぐ光剣など小・中規模の魔法だけで排除を続けていく。
あまり効率的な方法ではないが致し方ない。彼の“光”はまぶしすぎる。
この森の中、ディヴァインコロナやジャッジメントレイなどの巨大な熱量を生む大魔法で薙ぎ払えば、たちまち大火事になるのは自明の理だ。いくら植物とはいえ、彼らもこの世界に息づく立派な生命。破壊しか出来ないからこそ、攸夜は無意味な殺生を出来うる限り忌避していた。
「む……」
小さく唸る。視界の隅に、ひときわ禍々しい存在感を放つ異形――闇黒晶魔。水晶のような物質で構成された人型の中で、その意志を映すかのごとく気味の悪い光が乱反射する。
大型種――放置するには危険な相手だ。近くで戦っているであろう半人前たちがという意味で。
ここで初めて、攸夜が動いた。
やにわに二枚の盾から蒼銀の粒子が放射され、濃紺の姿が弾かれるように地上へと落下する。わずかに重なった、無限の記号にも見える光のリング。物理法則を明らかに無視した急加速だった。
光が――、蒼い光が奔る。
冷たく蒼白い光は、恐ろしいほどの猛スピードで木々の間をすり抜けていく。
目にも留まらぬ光芒が通り過ぎた後には、事切れた冥魔の残骸が残るだけ。
斬殺、圧殺、撲殺あるいは轢殺――共通するのは完膚なきまでに破壊されたという事実のみ。
背後、急速に肉薄する存在に辛くも反応した闇黒晶魔が、振り向きざまに腕を振る。腕部から飛び出した凶刃がギラギラと光った。
亜音速で接近する物体を迎え撃った反応は褒められたものだろう。
しかし、相手が悪かった。
不気味な結晶体の巨人の腕を易々と掻い潜り、蒼銀の猛禽が喉元に食らいつく。
「悪いな――、」
鋭い爪牙がおぞましく光る胸板に食い込むと、掌の中で、きゅんっ、と光が収束した。
それはまるで天で瞬く星々の輝き――
「強者と鎬を削るも愉しいが……」
飄然とした表情が悦楽に歪む。攸夜は生粋の戦闘狂である。
〈スターライト〉。貫通力の高いレーザーを発射する〈天〉の攻撃魔法だ。比較的火力の低いこれならば、火災の心配はない。
「弱者をいたぶるのも嫌いじゃないんでね」
嗜虐的な文句を吐いて、すでに死に体の冥魔を持ち上げる。自身よりも遙かに巨大なそれを軽々と掲げた左手に、さらなる魔力が集まった。
握り込むと同時に解放された灼光が結晶の塊を無慈悲に焼き尽くし、爆炎が“羽根”の白き装甲に映り紅く燃ゆる。
異形のヒトガタは、跡形もなく砕け散った。
一流のウィザードでも苦戦は免れない闇黒晶魔も、古代神の力の前では呆気ないものだ。――例えそれが、なり損ないの
そのはレプリカ、大地に足を着けて腕を組んでいた。
「……これは召喚、か?」
呟きは半信半疑。しかし状況からみて、転送、あるいは召喚魔法といった手段で冥魔を呼び寄せていると考えるのが自然だ。
もっとも攸夜は、“冥魔召喚”などという芸当を終ぞお目にかかったことがなかったが。
「こういう時は元から断つのが定石だよな。ま、いっちょ確かめに行くとするか」
意識的に広げた感知の網に違和感を捉えて、攸夜は独り言ちる。
敵の補給路を断つのは兵法の基本であるし、何より姑息な感じが好みだった。
「なのは、今から持ち場を離れて遊撃を開始する。少し気になることがあるので調査したい」
《――こちらCP、調査というのは?》
返答の声は努めて事務的。その主は当然、指揮を執るなのはだ。
「冥魔の出方が妙だ。奴らを呼び込む協力者がいるのかもしれない」
《……了解しました。こちらでも調べてみます》
「よろしく」
軽薄な響きのする声色。通信の向こうからは、呆れ混じりのため息が聞こえてくるかのよう。
《ていうか――》
なのはの声色が素に戻る。ああ、これは怒ってるな、と攸夜は苦笑を浮かべて内心身構えた。
《攸夜くん、ちゃんと決めたとおりにしてくれなきゃだめじゃない。コールサインはライアー、でしょう?》
「ああ、そうだったな。悪い悪い、忘れてた」
《うそだぁ、わざとだよっ!》
おざなりな返事でぷんすか怒れる親友の追及をあしらう攸夜の背筋に、戦慄が走った。
――誰かが自分を視ている。
明確な憎悪を込めて。強烈な殺意を向けて。
とはいえ、悪徳を極めた裏界魔王たる彼にしてみればそれは、かわいらしい子どもの癇癪めいたものであったが。
知らず、攸夜は薄く笑った。
ぞっとするほど綺麗な、アルカイックスマイル。
《――攸夜くん、話聞いてる?》
「……なのは、今の無し。お客さんの相手をしなくちゃならなくなったみたいだ。調査は余所に任せてくれ」
《え? ちょ、ちょっと待って、それってどういう――》
念話を一方的に切って、攸夜はゆっくりと背後を仰ぎ見た。
ひときわ高い樹木の頂上。蒼い瞳に映り込むのは、黒に紅い縁取りのゆったりとしたローブを纏う正体不明の人物。目深にかぶったフードの奥、わずかに覗く双眸の色は燃えたぎるカーマイン。
深紅。紅い血の色。――いつか森で出逢った“彼女”の瞳と同じ色。
「何か用かい、お嬢さん?」
深き森の中、魔女と獣が
――どこかの誰かに定められた“運命”の輪がそっと、音もなく廻り始めた。