魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#18

 

 

 

 ホテル・アグスタ、地下駐車場。

 停車している自動車はみな立派なものばかりだ。

 

「では、後のことはこちらで処理しておきますので」

「はい。よろしくお願いします」

 

 サングラスに黒いスーツといういかにもな格好の男性と挨拶をして、私はオークション会場への道を引き返す。

 逮捕した密売人の一味はさっきの人たちに任せておけばだいじょうぶ。冥魔との交戦が終われば、きちんと然るべきところに連行してくれるだろう。

 彼らはユーヤの部下……というか、最高評議会直属のエージェントだ。おもに潜入捜査や内偵などといった、いわゆる裏方の仕事を次元世界各地で秘密裏にしているらしい。評議会が表沙汰になるずっと以前から活動しているというからその実力は推して知るべし、なのである。

 

「――はふぅ……」

 

 ホコリひとつない、きれいに掃除された廊下をひとりで歩く。

 カツンカツン、パンプスのヒールが床を打つ音が響きわたる。

 通路は不気味なほど人気がなくて。物思いに耽るには格好のシチュエーションだった。

 それはたとえば、外のみんなの安否だったり、今着ているドレスのことだったり、三時のおやつはなににしようかとかだったり――まあそんな感じで、内容はわりと他愛ない。

 つらつらと益体のないことを考えていているうちに、憂鬱な気持ちが首をもたげはじめた。……今回、私の出る幕はなかったんじゃないかっていう疑念を。

 なにからなにまでお膳立てされてて――それ自体は、ユーヤらしいひねくれたやさしさを感じてくすぐったいけれど――、結局やったのは犯人一味を捕縛しただけ。護衛らしき魔導師も、それほど強くなくて呆気なかった。スタンモードのハーケンでポカンと一撃だもん、張り合いがない。

 要するに今回の件は、「捜査権を持っている法務官」なら誰でもよかったんだ。

 建前上、黒服の人たちは()()()()()になっている。だから書類では、私が一から捜査したことになるはず。

 ……きっと彼にはそんな意図はないんだろうけど。根暗な私の、勝手な思いこみだけど――まるで代用品みたいに扱われて……不愉快にならないわけがない。私にだってプライドの一つや二つくらい、あるんだ。

 でも――

 強い憤りは感じているのに、彼のことを嫌いにはなれない。

 選んでくれてうれしい。

 任せてくれてうれしい。

 必要としてくれてうれしい。

 そう感じている私が、たしかにいる。

 “代替物”で……、誰かの身代わりでいるのはもうイヤだったはずなのに。これが「惚れた弱み」というものなんだろうか。わからない。

 ……こんなとき、感情表現の下手な自分がうらめしい。自分の心を理解できないのは、とてもこわいことだから。

 

「――はぁ……」

 

 ――納得、いかないなぁ……。

 

 

   *  *  *

 

 

「あ、はやて」

 

 会場に入ってすぐ、壁の花になっている翠のドレスの親友に遭遇した。

 どうやら、私を待っていてくれたらしい。

 

「おーす、フェイトちゃん。お勤めご苦労さん」

 

 人なつっこい笑顔で手を振り、はやてが近寄ってくる。私も、知らず知らずのうちに頬がほころぶ。

 彼女の持つ雰囲気というか、人徳がそうさせるのだと思う。“夜天の王”の異名は伊達じゃないかな?

 

「さっすが、フェイトちゃんは仕事が早いわ。管理局期待のホープいわれてるだけあるわな」

「もうやめてよ。私、そんなんじゃないってば」

「過剰な謙遜は時に嫌みに聞こえるんやで。タダでくれる評価や、大人しく甘んじときぃな」

 

 他人事だからって、簡単に言ってくれるよ。正直、目立ったり祭り上げられたりするのはあまり好きじゃない。むしろイヤだ、積極的に拒否したい。

 まあユーヤなら、「イメージ戦略の一環だ、我慢しろ」とかうそぶくのだろうけれど。

 

「それはそうと、はやてこそずいぶん時間がかかってたみたいだね」

「せやねん。有象無象のオッサンらは軽くあしらったんやけど、ヴェロッサ君にしつこく口説かれてしもてな。いやあ、モテる女はツラいわ」

 

 たはは、と冗談めかして肩をすくめるはやて。何となくシニカルで、女の子のするにしては感心できない仕草だ。クセになったらよくないと思うよ。

 

「せっかくアプローチしてくれてるんだし、おつき合いしてみたら? ヴェロッサ、けっこういい人じゃない、軟派だけど」

「ま、エエ男なんは認めるけどな。私の好みはダンディーでロマンスグレーなオジサマや。まだまだ、渋みと深みが圧倒的に足りてへんわ。十年早いっちゅう話やよ、軟派やし」

 

 どうやらはやて、ヴェロッサのことは歯牙にもかけてないみたいだ。私はお似合いだと思うんだけど、本人にその気がないなら仕方ないかな。

 ……でも、そんなに選り好みしてるといつかほんとに嫁き遅れちゃうよ? なんたって年齢=彼氏いない歴なんだし。

 

「……なぁフェイトちゃん。なんやえらく失礼なこと考えてへん?」

「え? ぜんぜんそんなことないけど?」

 

 ヒクヒクと表情筋をひきつらせてはやてが眉間にしわを寄せる。

 いったいなにが気に障ったんだろう、よくわからない。

 

「まぁそれはええわ、いやあんまよくないけど――、外の方はどうなっとんのかな」

「ああ、うん。けっこう激戦みたいだね。みんな手こずってるみたい」

「二回目のオペレーションにして難しい防衛戦やしねぇ。……なんやけったいなアクシデントでも起きんとええけど」

 

 一転、はやては冴えない表情でため息をこぼした。心配なんだ、みんなのことが。

 無理もない。表面的には無関心を装って、でも実は裏でしっかり部下を大切にするのがはやてなのだ。

 けれどそんな心配、今回に限っては必要ない。

 

「……私は別に、心配してないよ」

「ほぉ、過保護なフェイトちゃんらしないお言葉やな。その心は?」

 

 興味津々な様子で聞き返す親友に、私は心からの笑顔を向けた。

 たぶん、今から口に出す言葉はもう予測されているのだろう。お互いつきあい、長いから。

 

「だいじょうぶだよ、ユーヤがついてるんだもん」

「でたーっ、フェイトちゃんの真骨頂その1! なんでも攸夜君理論ッ!!」

 

 なにそれ。

 

「……よくわからないけど。ユーヤがいればだいじょうぶなのは、ホントのことだし」

「ハイハイ。こんなとこまで来てノロケんでええよ」

 

 むっ、別にのろけてないもん。

 ユーヤは誰よりも強くて、気高くて、どんなものにも屈しない孤高のひと。それは絶対のぜったいで、なにがあっても覆らない宇宙の真理なんだ。――私以外、って条件がつくけど。

 なのはやはやて、シグナムたちにだって負けちゃダメなんだからねっ!

 

「――っ!?」

 

 とか、我ながら支離滅裂なことを考えているとき、不意にざらりとした感触が全身を貫いた。

 

「フェイトちゃん?」

 

 身体が硬直する。まるで“母さん”に叱られたときみたいに。

 わけがわからない。

 どうかしたん? と、はやては気遣わしげに顔をのぞき込んでくると、私は反射的に言葉をこぼした。

 

「ん……なんか変な感じがする」

「変なカンジ?」

 

 オウム返しして首を捻るはやてを意識の外に追い出すように、私は自己に埋没する。

 背筋がぞわぞわするような、胸がもやもやするような、言い知れない不快感……――私はこの感情の正体を知っている。ある意味私にとってはおなじみで、いつまでも慣れない心の隙間。

 これは――

 

「不安……、私は不安を感じている……?」

 

 胸元のネックレスを両手で強く握る。

 嫌な胸騒ぎは、墨汁を真っ白な紙を汚すようにじわじわと、だけど確実に、私の心に広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯18 「騎士と姫、魔女と獣 後編」

 

 

 

 

 

 

 

 

 青雷一閃。

 無機質で構成された狼を真っ二つに斬り裂いて、赤毛の少年が額に浮かんだ汗を拭う。

 彼、エリオとそのバディは指揮官の指示を受け、「不審な生体反応」が検出された地点を調査していた。

 彼らがこの偵察に選ばれたのは偏に、その機動力と柔軟性の高さを評価されたため。チームワークは今一つだが、フリードリヒと裏界魔王という強力な追加ユニットのお陰で、ちょっとやそっとのことでは崩れない。

 なお、拠点防衛をザフィーラに任せる際、「「ザフィーラってしゃべれたんだ」」「ム……」というお約束なやり取りがあったことを追記しておく。

 

「……ッ」

 

 愛槍を握っていた手には絶命した冥魔の感触が残り、エリオは思わず顔をしかめた。

 未だエリオは、「冥魔を殺す」という行為を割り切れないでいる。

 冥魔とは超古代、超高位生命体――いわゆる“神”と呼ばれる存在によって産み出された戦闘兵器であることをエリオは知っている。座学でさんざ学んだことだし、その程度の情報なら一般職員でも入手可能な機密レベルだ。無論、某かのバイアスがかかっていることは否定できないが。

 にもかかわらず、葛藤や嫌悪感を裡に抱えてしまうのは彼の優しさの発露に他ならなかった。

 さておき、そんな悩める若人のすぐ側では、彼の同僚である少女が舞うように飛び跳ね、両手に携えた両刃の小刀で冥魔を次々に斬り殺していた。

 その装束は普段と異なる。

 魔力を帯びた闇色の外套、動きやすいように普段よりも短くなったスカート。その裾から、ほっそりとした白い太股がまろび出る。

 果敢に地面を蹴って、軽快にステップを踏んで。逆手に携えたダガー――小柄な彼女が持つと、ショートソードのようにも見える――が縦横無尽に乱れ舞う。

 よく見ればわかるが、その剣捌きは一方を攻めに、もう一方を防御に用いたごく一般的な二刀流の型だ。攻守を巧みにスイッチし、時には両方を攻撃に使う洗練されたフェイトのそれに比べれば、児戯に等しい。

 しかし――――

 ああまた一匹。芋虫のような“冥魔”が三枚に下ろされた。今度は別の――

 エリオは食い入るようにその光景を見入っている。いや、見惚れていた言うべきか。

 決して迅いわけではない。決して巧みであるわけでもない。

 一瞬の躊躇もなく、一分の無駄もなく、一切の容赦もないだけの効率的な殺戮の剣舞。天賦の才は感じられない真っ直ぐな太刀筋は、ある種の美しさを帯びていた。

 

「キャロ……、きれいだ……」

 

 だから思わず、そんな本音が口をついて出てしまう。

 トンッ、と軽やかに着地し、桃色の剣姫がくるりと少年の方に振り向いた。

 

「エリオ君、なにか言った?」

 

 こてんと小首を傾げるキャロ。先補とまでの狂乱はいずこか、このくりくりした愛らしいまなこに見つめられて動じない男がいるだろうか。いやいない。

 

「うぇっ!? あ、いや、そのっ、えと……!」

 

 案の定、かあああっと盛大に赤面したエリオはしどろもどろで言葉にならず。「変なエリオ君」と呆れ混じりに微笑まれて、さらに恥入る。彼にとって幸いなのは、彼女が失言を聞き逃したことだろうか。

 嫉妬やそれに類する昏い感情を覚える以前に、エリオはキャロの剣舞を心から美しいと思った。同い年の少女が繰り広げるひどくアンバランスな光景に、すっかり魅了されていたのだ。

 ――それは、手に届かないものへの憧れだったのかもしれない。

 

「そんなことより、このすぐ近くに召喚魔導師がいるはずなんだよ。そうだよね、ケリュケイオン」

 

 ちかちか。召喚の共鳴を探知したケリュケイオンが、主の問いに甲の水晶(コア)部分を光らせる。肯定の意味らしい。「そういうことだから、ちょっと探してみようよ」

「あ、うん、わかった」何とか再起動を果たしたエリオは、まだ赤い顔を僚友には見せないように取り繕う。「じゃあ僕はあっちの方に――」

 踊らせた視線の端、木々の間を逃げるように走り去る人影が過ぎる。

 

「……女の子?」

 

 それがまるで、長い紫の髪を靡かせた自分たちと同世代くらいの少女に見えて。エリオは数瞬の間、呆然と自らの目の精度を疑い、次いで隣のチームメイトに向き直る。

 

「キャロ、今の見た?」

「うん見た。女の子だった」

 

 返答は同意。彼女も紫紺の影を目撃したようだ。

 二人は顔を見合わせて頷き、確かな形を得た“真相”の後を追うべく、弾かれるようにして駆け出した。

 

 

   *  *  *

 

 

「何か用かい、お嬢さん?」

「……!」

 

 大木の先に佇む人影が息を飲んだ。

 染み出た動揺を敏感に嗅ぎ取って、蒼の魔王が嗜虐的に口元を歪める。予想外に大物が釣れたものだな、と。

 くすりと攸夜は冷たく嘲って、魔王らしい尊大な態度を演じ始めた。

 

「何故女だと決めつけているのか、不思議に思っているのだろう?」

「……」

 

 紅の魔女の返答は無言。しかし無視されているにも関わらず、攸夜は気にした様子もない。

 魔王というイキモノは往々にしてお喋りである。

 自分の強さを過剰に誇示し、ひけらかし、如何に偉大なのかを遍く知らしめることは彼ら共通の習性だ。

 もちろん個人差は存在するが、うっかり自らの弱点や世界滅亡計画を漏らし、墓穴を掘ってハマるのはもはやお馴染みの光景と言っても過言ではないだろう。

 

「クク……、偉大なる魔王の威光の前には、何人たりとも隠し立てする事は許されない。そういうことさ」

 

 実際のところ、ゆったりとしたローブから垣間見える丸みを帯びたシルエットや顎のライン、そしてよくわからない嗅覚――見た目三、嗅覚七の信頼度――から女性と判断しただけなのだが。

 こうして、ありとあらゆる手段で自らのペースに乗せ、主導権を奪うのが攸夜お決まりの手なのである。

 

「……」

 

 観客のリアクションはなく。「連れないね」と攸夜が気障ったらしく嘆息して肩を竦め、腕を組んだ。

 言葉もなく、睨み合う魔王と魔女。方々で鳴り響く戦闘の音も、この場には届かず。ただピン、と緊張の糸が張りつめるだけ。

 涼しげな蒼い視線と、憎しみを隠そうともしない紅い眼差し。二組の双眸は、好奇心と敵愾心という正反対の感情を映し出していた。

 

「――ッ」

 

 先に動いたのは深紅の魔女。

 状況に焦れたのか、歯噛みした気配とともに“左手”の袖口から紅色のナニカを引きずり出す。

 物理法則を嘲笑い、アカイ狂気が姿を現した。

 

「……鎌?」

 

 それは巨大としか言いようのない、長柄の処刑鎌――、攸夜が嫌というほどよく知っている長大な武器だった。

 ぐるん、と左手を軸に回転して円を描き、禍々しい大鎌はまるで上弦の月のように、逆さの状態でぴたりと停止した。

 刃渡り一メートル近い深紅の刃の表面に、大小さまざまな半球状のデコボコが不規則に存在し、同じ色の柄の長さは彼女の身長を軽く超えるだろうか。

 決して長身とは言えぬ身体に、不釣り合いな大鎌を担う姿が、最愛の女性と重なって。

 攸夜の仮面に亀裂が走る。

 余裕に満ちた不敵な表情はいつの間にか消え失せていた。

 

 ――“コレ”は、誰だ?

 

 彼の愛する“彼女”を一言で例えるならば「乙女」。

 金色の魂魄をその身に秘め、黄金の意志を胸に抱く金糸の髪の穢れなき戦姫。無限光を継ぐ夜闇の王者と想いを交わし、ただひとり連れ添う運命の花嫁。同時に、悪しき幻想と絶望を討つ希望の剣である。

 だというのに――、目の前で死神の鎌を担ぐ、“彼女”によく似た、酷似していると言ってもいいこの女はいったいなんだ?

 不愉快だ、我慢ならない。

 濁りきった醜い魔力も、瘴気が澱む歪んだ気配も。魂に絡みついた冥闇(くらやみ)も。絶望に染まった心も。

 ――――そして、何よりそんなものに“彼女”を重ね見てしまった自分自身に一番、我慢ならない。

 ああ、そうだ。今すぐ壊そう。目障りな“コレ”を跡形もなく破壊してしまおう。そうだ、それがいい。

 ガキンッ、どこかでなにかの撃鉄が落ちた。

 彼の精神(こころ)が切り替わる。ヒトからヒトならざる者へと。

 

「――!?」

 

 空気が変わった。否、空間が変容したというべきか。

 攸夜を中心とする領域が彼の意志の許に下り、漏れ出した魔力が蒼い雷光を形作る。空間を統べる〈大いなる者(グレートワン)〉の異能。

 肥大化する負の激情を察知したのだろうか、半回転して肩に担がれた刺々しいディープレッドのデスサイズ、その刃の腹にあるいくつもの突起が次々に開いていく。

 それら全ては紅い縦の瞳孔を持つ、不気味で悍ましいイキモノの眼球だった。

 

(〈カースドウェポン〉。やはり〈落とし子〉……それも“冥魔王”の系譜か。……だが、魂は完璧に墜ちていない。チ……、厄介な)

 

 瞠目して蠢く幾つもの視線に晒されながら、攸夜は静かに、揺らぐことなく相対する者の裡を観察していた。

 冷静に。冷徹に。冷厳に。

 アースブルーと称される瞳の奥に、蒼白い焔を滾らせて。

 

「――ッ」

 

 魂まで見透かされる悪寒。ローブの女は反射的に担いだ得物を振りかぶり、大鎌の刃と同じ鮮血色の光輪を撃ち放つ。

 魔力の円刃は真っ直ぐに、棒立ちの男へと飛翔した。

 

「フン」

 

 つまらなそうに鼻を鳴らす攸夜の目の前で、血濡れの刃は粉々に砕け散った。

 彼を包み込むように揺らめく橙色の薄い幕。放たれた斬撃は、アイン・ソフ・オウルが張り巡らせた陽炎のごとき防御幕に阻まれたのだ。

 本来のカタチである〈慈愛の盾〉の絶対強度に比べれば取るに足らない障壁だが、たかだが冥魔の眷属ごときに斬り崩せるような代物ではない。

 しかし、相対する魔女もその程度は想定していたのだろう。次の一手を繰り出すべく樹木を蹴り、斜め後方へと大きく飛び上がる。大鎌を軸に、くるくると軽業師のごとく宙返りを打った。

 彼我の空隙は約二百メートル。その気になれば一息で詰められる間だというのに、魔王は動かない。まるで見極めるように、ただ見上げるだけ。

 りんっ――、涼やかな音が鳴り、流麗な響きに似つかわしくない不浄なる呪詛が解き放たれた。

 ローブの裾や袖から噴出した黒い毒素が、周囲の薄弱な生命体の命を奪っていく。

 漆黒の瘴気を纏う女の足下に描かれたミッドチルダ式の幾何学模様は、携えた武具と同様に紅く輝いていた。

 大鎌を左に抱え、突き出した右腕に環状魔法陣が仮想砲身を形成。渦巻く魔力、高まる力。瘴気が収束し、紅い魔力を侵す。

 刹那――、深紅(あか)い雷鳴が轟いた。

 強烈なプラズマを帯びた光条が、大気を斬り裂いて。鮮やかな魔力光の筋が地面に落ちていく。

 (なにがし)かとの契約によって得た混沌の力――〈落とし子〉の魔力が込められたこの砲撃ならば、アイン・ソフ・オウルの防御膜を貫くことも可能だろう。

 しかしその力は、自らの身を削る諸刃の力である。

 瘴気というものは、人体に有害極まりない一級の呪詛だ。そのようなものを体内に抱えていれば、魂が穢れ、心が磨耗し、命の火が刻一刻と弱まっていく。強大な神秘を顕す代わりに受ける代償は、非情なまでに大きい。

 

「……」

 

 接近する破壊の光を泰然と眺める攸夜が組んでいた腕を解いた。強く握り込んだ拳に蒼白い魔力が覆う。

 そして、目の前まで迫った光の塊へ払うように鉄拳を叩きつけた。

 

「――!?」

 

 驚愕、いや絶句か。彼女にとっては必殺だったであろう魔法は、()()()()()()()呆気なく進路を変えた。

 数瞬の後、明後日の方向の地面に着弾。爆風と雷撃が木々を薙ぎ倒されていく。

 

「……」

 

 立ち尽くすロープの女。

 魔力が込められていたとは言え、拳で殴るなどという埒外な方法で会心の一撃を無力化されたショックは計り知れない。

 

「ふむ、まあまあだな。しかし魔力の練り込みが甘い。術式の編み方もなっちゃいないし、使い方なんて最悪だ。俺に当てたければもっと創意工夫を重ねろ」

 

 白煙煙る左手と右手を軽く二度打ち合わせ、攸夜は砲撃について酷評を下す。まるで教師か何かだ。

 数秒間、呆然としていた魔女は思考の糸を繋ぎ直すと魔力を発露、姿を消した――いや、雷速で動き出したのだ。

 

「おっ、今度は白兵戦か? その思い切りのよさは嫌いじゃないな」

 

 未来予知じみた戦略眼が、これまた“彼女”と同等かそれ以上の高速移動、その軌道を読む。

 もっとも、これまでの行動パターンを踏まえれば予測など簡単だ。赤子をあやすよりなお容易い。何故なら攸夜は誰よりも“彼女”を想い、見つめ続けていたのだから。

 

「――だが、」

 

 狙いは背後。振り向きざま、攸夜の右手が左脇の虚空を掴む。

 それより一瞬後、宿敵の首を刈り取るべく背後に現れた魔女。深紅に血塗れた断頭台が落ち、現出していく“刃”の上を左手の爪が滑って火花と蒼銀の魔光を生んだ。

 交錯する蒼と紅――

 

「――ここは俺の距離だ!」

 

 蒼刃閃き、魔王の名を冠す魔剣がさながら居合いのように奔った。絶妙のタイミング。

 衝突した蒼と紅の魔刃が噛み合って耳障りな音を響かせる。

 攸夜は振り返る勢いのまま、右足を軸にして左の脚が振り上がる。流れるように上段回し蹴りが放たれた。

 

「ッ、きゃあああっ!?」

 

 強烈な追撃をもろに受け、吹き飛んだ魔女はついに悲鳴を上げる。その声はとても可憐で、そしてひどく聞き覚のあるものだった。

 

(やはり女か。しかしこの声はまるで……)

 

 妙な既視感に攸夜が眉をひそめる。

「く……っ」女は何とか着地するとすぐさま地面を蹴り、食らいつくように突撃を再度敢行。攸夜が大地にしっかと両足を突け、立ち向かう。

 真っ向勝。空間を縦横無尽に使った三次元戦闘。数十合に及ぶ剣戟、火花が飛び散る。

 二振りの得物が奏でる刃金のシンフォニーが鳴り止まぬ中、ふたつの異形が深い緑を舞台に鬩ぎ合った。

 

「オオオオ!!」

「――ッッ!!」

 

 剣戟の暴風雨の中で、攸夜の口元は自然に吊り上がってた。

 先ほどまでの不快感はもうすでにほとんど残っていない。

 先に立つのは好奇心と身を焦がすような闘争本能のざわめき――、彼は愉しいのだ。血で血を洗う殺し合いがどうしようもなく。

 理由などもはやどうでもいい。ただ「破壊」を愉しめればどうでもよかった。

 ヒルコの担い手、先代無限光の継承者、あるいは白き〈箒騎士〉の少女――好敵手と定めたウィザードたちとの死闘のように。

 

 ――宝條攸夜は破壊者だ。

 破壊神(シャイマール)の劣化コピーであるが故に彼は、何かを生み出すことができない。破壊者はどこまで行っても破壊者であり、それ以上でもそれ以外でもあり得ない。

 だのに“彼女”は――フェイトは何の迷いもなくこう言うのだ。「あなたはやさしい」、と。一点の曇りもない、とびききれいな笑顔で。

 そして攸夜は、そんな笑顔すらも壊してしまいたいと思っている。滅茶苦茶にしてやりたいという欲望が止められない。狂おしいほどに愛したい。

 昏い衝動は雄と雌の交わりにも現れている。月明かりの中、白雪のごとき滑らかな女神の肢体を浅黒い(ケダモノ)が荒々しく蹂躙する――彼らの情事を誰もがこう表現するだろう。

 甘美な快楽に溺れさせ、心の壊れた肉塊にしてみたいと試みて。「こわい」という呟きに、我に返ったことは一度や二度ではなかった。

 その度に自己嫌悪が深まる。――これではいつかの夜の繰り返しじゃないかと。

 

 

 一際大きな太刀音を響かせて、両者が大きく弾かれた。

 魔王のコートには傷一つなく、対照的に魔女のローブはボロボロ。致命傷となるダメージは未だないが、レベルの――いや、ステージの差は歴然だった。

 

「……ッ」

 

 獣のような前傾姿勢から体勢を戻した攸夜は軽く息を吐き出す。昴ぶった本能が潮を引くように収まっていった。

 精神の再建は得意だった。

 彼は昔から、不安定な“人間”だったから。

 

「アイツによく似た戦型、よく似た魔法、よく似た声……正直言ってお前は不愉快だ」

「……」

「しかし同時に興味深くもある。……いろいろと教えてくれると嬉しいんだけどな、お嬢さん?」

 

 冗談めかした投げかけにも、やはり返答はない。黙りか、と攸夜はいささか残念に思う。

 だが、冥魔と繋がりがあるであろうこの人物を捕らえれば、奴らの狙いが見えるかもしれない。フェイトに似ていると感じる理由がわかるかもしれない。

 浅黒く彫りの深い多国籍風の面差しは今や、いつもの不敵で飄然とした笑みを湛えていた。

 

「ふん、まあいい。――さあ始めよう、お勉強の時間だ」

 

 嘯いた芝居臭い文句。紅い魔女は何故か脅えたように、びくりと肩を揺らした。

 

 

   *  *  *

 

 

 攸夜が紅い大鎌の魔女と死闘――というにはいささか一方的な戦いを繰り広げていたその頃。

 物語の主役たる機動六課フォワードチームにも転機が訪れようとしていた。

 

《ウィザード5よりCPへ、現在重要参考人を追跡中。なのはさん、指示をください!》

 

 屋上。戦いの様子を真剣な表情でモニターしていたなのはに、偵察チームからの報告が飛び込んだ。

 白魚のような指先が操作パネルの上で軽やかに踊り、逃げ惑う“参考人”を地図上で捕捉する。

 

「こちらCP――うん、こっちでも捉えたよ。女の子……、ずいぶん保有魔力が多いみたいだね。Sランクくらいあるかな? ともかく見失わないように誘導するから、追いかけて拘束して。遭遇する冥魔は無視してもかまわないよ」

《了解です!》

 

 すらすらと行動の方針を伝えている間に、新たな通信ウィンドウが表示された。

 映し出されたのは、管理局が保有する軍事衛星〈エンジェルハイロゥ〉から送られた俯瞰映像と、連絡用サーチャーが撮影するエリオの姿。木々の間を駆け抜ける赤毛の少年の肩口から、スピード自慢の相棒に遅れぬよう懸命に併走するキャロが見え隠していた。

 他にも、情報を映すモニターがいくつか展開しており、指揮に必要な周囲の状況を流し続けている。それらを収集しているのは、地上本部の制服の上に白衣を羽織ったシャマルと八面体の水晶が先に付いた振り子〈クラールヴィント〉。情報・電子戦では六課最強を誇るコンビである。

 

「あと、くれぐれも深追いと無茶は禁物だよ、エリオ」

《わかってます!》

 

 あんまりな返答を最後にプツン、と音声が途切れた。

 血気盛んな部下に釘を差したなのはだったが、逆に藪蛇になってしまったようだ。

 

「うーん、ほんとにわかってるのかなぁ……」

 

 こめかみに手を当てて不安そうにぼやくなのは。心配性の虫が騒ぎ出し、思わずため息がこぼれてしまうのも仕方あるまい。

 スバルは無鉄砲な突撃癖がなかなか直らないし、エリオは足下をおろそかにしがちだ。キャロなどはなまじ実力が伴っているから手に負えない。まったく手の焼ける問題児ばかり。

 しかしそんな中で唯一、ティアナだけは当初から、冷静に戦況の流れを見極める戦術眼を持っていた。

 天性のものであろうそれは本人のたゆまぬ努力の甲斐もあり、実戦でも一応通用するレベルまで達している。感性で物事を判断する自分よりよほど理路整然としていて指揮官らしいではないか、と思い至って密かに落ち込んだのはなのはだけの秘密だ。

 そんなわけで、なのはは四人の新人の中でティアナが一番()()()と常々考えている。

 今は戦闘技能の向上を目的に射撃の基礎を反復練習させているが、それが一段落したら本格的な戦術指導――特に指揮官向けの――を訓練カリキュラムに組み込むつもりだ。ティアナは執務官希望なので、そういった方面の知識は必要不可欠だろう。

 つまるところ、なのははティアナの才能と将来にとてもすごく期待しているのだ。教導官に復帰してすぐ、こんなとびきりの素材に巡り会えたなんて、と。

 まあこの評価こそ「師匠の欲目」なのかもしれないが。

 

「なのはちゃん、冥魔の増援が緩慢になってきているわ。たぶん追い回されて召喚できないのね。宝條くんの予想は正しかったみたい」

「そうですね。この調子ならなんとか守りきれると思います」

 

 二人の推測は概ね同じだ。

 攸夜は未だアンノウンに拘束されているが、他の戦域は順調そのもの。ザフィーラはさすがの安定感で防衛を続けているし、スバル・ティアナ組も定位置よりやや前に出すぎだが許容範囲内だろう。フォローしなくてもティアナなら上手くやるはずだ。

 ――なのはの預かり知らぬことだが、今回の任務は悪目立ちする六課を試金石にした「囮作戦」である。

 ()()の豊富な場所に宿敵を配置することで挑発し、敵の出方を探る――この動乱を裏で糸引いている存在が自己顕示欲の強い古代神であるなら、何かしらのアクションを起こすのは間違いない。事実その通りだった。

 監督脚本主演、すべて同一の陳腐な茶番劇。その事実を六課内部で承知しているのは、部隊長である八神はやてと“黒幕”の下僕たる宇佐木月乃のみ。地上本部と本局の上層部のごく一部、そして最高評議会も当然この企みを把握した上で承認している。

 管理世界の守護という大戦略から見れば、機動六課とは捨て駒程度の価値しかないのだ。

 そういった経緯も踏まえて、エリオとキャロが追跡中の参考人を捕縛できればパーフェクトで任務達成と言えるだろう。

 

「あ、捕まえた」

「さすがキャロね、危なげなく制圧しちゃったわ」

 

 まったりモードの観測者たち。

 じゃらじゃらと乾いた音を立て、無数の鎖が召喚師らしき少女を絡め捕った。

 全身を縛られているのにも関わらず何ら表情を変えない少女を見て、「あれ? この子、誰かに似てる……?」となのはが首を傾げる。

 ともあれ、どうやら不意の遭遇戦――という建前――のミッションは大成功に終わりそうだった。

 

「……よかった。今回もみんな、無事に帰れるね」

 

 ほっと一安心するなのは。戦場で気を抜くなど指揮官としてあるまじき行為だが、仕方あるまい。

 これだけ思い通りに物事が進めば、たとえ常在戦場油断大敵を心掛けている彼女と言えども都合のいい期待を抱いてしまうものだ。

 ――斯くしてほのかな“願い”は、手酷く裏切られることとなる。

 

「あら? なにかしらこの反応。データベースに該当者あり……?」

「シャマル先生?」

 

 なのはが不審そうに顔を上げる。

 

「これ、シグナムたちの追跡対象……? 嘘っ、保有魔力量測定不能!?」

 

 焦りを帯びたシャマルの声は要領を得ず、悲鳴にも似て。

 突然のことに目を見張ったなのはが同様のウィンドウを開くと、見る見るうちに顔色を蒼白へと変えた。

 

「二人とも気をつけて! そっちに強い魔力を持った敵が近づいて――」

 

 慌てて発した警告は一足遅く。サーチャーの映像には、草むらを突き破って現れた薄汚れたフード付きコードの纏う正体不明の人物が映り込んだ。

 紫の少女を拘束していた鎖を瞬く間に砕き、彼女を庇うがごとくエリオたちの前に立ちはだかる大きな身体――その様はさながら、か弱き姫を守る寡黙な騎士か。

 シルエットは筋骨隆々。深くかぶったフードで目元は判別できないが、骨格から少なくとも男性であることが窺える。

 携えるのは無骨な大槍。エリオのストラーダよりも太く、長大な得物は幅広な刃の長刀。

 そして纏う気配は堅牢無比。武人然とした佇まいが相対する者に強烈なプレッシャーを与える。

 

《――ベルカ騎士っ!?》《エリオ君、下がってっ!》

 

 異様な威圧感に硬直し、戸惑いの声を上げた少年を一息に追い抜き、少女が双剣を以て斬りかかる。上空から音もなく滑空した白銀の仔竜が、援護とばかりに火球を放った。

 先手必勝、見敵必殺。あどけない容姿には似合わぬ容赦のなさは師匠譲り。()られる前に()るのが彼女の流儀だ。

 それがたとえ、到底適う相手ではないとしても。

 

《ぇえいやああああっ!!》

 

 裂帛の気合いが迸り、白刃が閃く。その迅さ、鋭さは、キャロの自己ベストを越えていた。

 しかし、

 

《え――》

 

 ぽかんと開いたエリオの口から零れた間抜けな声。カートリッジを吐き出した大槍が炎を纏ったと思えば、次の瞬間にはキャロの小さな身体が高々と吹き飛んでいた。

 飛び散る血飛沫。地面に落ちて、まるでボールのように地面を何度も跳ねた桃色の少女は、大木の幹に衝突して停止した。

 

「「キャロ!!」」

 

 二重の悲鳴は観測者から。

 ズル――、紅い鮮血の跡を引いてキャロが崩れ落ちる。ぐちゃりと響く湿った音。

 空白が辺りを包む。

 未だ状況を把握できず、混乱の淵で立ち竦んだエリオに槍を携えた大男が向き直る。

 ゆらり。鍛え抜かれた刃の如き眼光が、フードの奥からわずかに覗いた。

 

《う、うわあああああああ!!》

 

 それを引き金に、意味にならない砲哮をあげて青き雷鳴が炸裂する。

 反射的に受けに入った大槍とストラーダが激突し、激しい火花と魔力の爆光が飛び散った。

 

《ぬ――!》

 

 恐慌。錯乱。そうとしか言いようのない恐慌状態に陥ったエリオの猛烈なラッシュ。迸る魔力が青い稲妻に変わり、出鱈目に落雷して大地を暴れまわる。

 火事場の馬鹿力でも発揮しているのか、その鬼気迫る気迫が槍の大男との隔絶した技量差を埋めていた。

 パワーとスピード、大小二人の騎士の戦いは拮抗を見せる。

 だがそれも、長くは続かない。徐々にエリオの挙動が精彩を欠いたものになっていく。

 

「っ――、シャマル先生、あとをお願いします!」

 

 教え子の危機に際し、一瞬にして純白のバリアジャケットを生成して飛び出そうとするなのは。白い靴の踝に三対六枚の翼が輝いた時、紫水晶の瞳が不吉な予兆を映し出した。

 彼女は気付いてしまった。

 展開したままの画面の一つ、その奥にある光景を。

 オレンジの髪の少女が、自らの周囲に数多くの――制御不能なほど大量の魔法弾を生み出している様に。

 なのはの脳裏に、真っ紅な血の海に横たわるダレカの姿がフラッシュバックした。

 

「ティアナ、だめっ!!」

 

 制止の叫びは届かない。

 非情にも解き放たれた誘導弾が雑多な怪物の群れに降り注ぎ、一挙に掃討する。しかしその中でただ一つ、ティアナのコントロールを離れた一発が見当違いの方向に流れていく。

 その行く先には、拳撃を浴びせて中身ががらんどうのリビングメイル――絶望の鎧を粉砕したスバルの後頭部。

 人体の急所。致命的な部位。

 硬直したスバルに、避ける術はなかった。

 

 

   *  *  *

 

 

「ぁ――」

 

 引き延ばされた時間の中、ティアナは自分の放った魔法の行方を呆然と眺めていた。

 研ぎ澄まされた思考回路が独りでに回り出し、状況を解明する。

 自分はスバルと、冥魔の掃討をしていたはずだ。

 特に追い込まれて劣勢だったわけでもない。むしろこれで最後になるはずだった。

 倒すだけなら、あんな大量にスフィアを生み出す必要なんてなかった。ただやり場のない焦燥感を何かにぶつけたかっただけだ。

 その結果がこれ。

 明らかな同士討ち、フレンドリーファイア。自らの技量を過信したスタンドプレイのあげくミスショット――なんて、無様。

 

 ――ああ、ごめんスバル……アタシ、アンタを殺したわ。

 

 ティアナは諦めた。

 “冥魔”を確実に討つため、非殺傷設定を切った魔力弾は親友の容易く命を奪うだろう。魔力による身体能力強化と、さらにとある事情から非常識なまでに頑丈なスバルでも、当たりどころが悪ければ致死に至る。

 少なくともあの角度なら脊髄損傷は確実、仮に命を取り留めても半身不随は目に見えている。しかし、止める手立ては自分にはない。

 だからティアナは、諦めた。

 一秒よりも短い時間。

 不思議とティアナは冷静でいられた。むしろ無感動だったと言えるだろう。

 無二の親友だというのに。苦楽をともにした相棒だというのに。最高だと思えるパートナーだというのに。

 刹那、鮮烈な真紅がティアナとスバルの間を駆け抜けた。

 甲高い音が響きわたり、橙色の球体が弾き飛んでいく。

 

「――バカ野郎ッ、どこに目ェつけてんだてめぇは!? 仲間殺しでもしてェのか、このノーコンッ!!」

 

 魔弾を鉄槌にて弾き飛ばした真紅の影は、やにわに振り返るとティアナに辛辣な罵倒を浴びせる。

 ゴシック調の紅いドレスに“のろいうさぎ”の付いた紅い帽子――別働隊で活動中のはずのヴィータであった。

 

「ヴィータ、さん……?」

 

 状況がわからず、スバルは戸惑う。

 安堵からだろうか、ティアナがへなへなとその場にへたり込んだ。怒りに燃える青い眼光に射竦められて、自己弁護も紡げない。

 

「オイなのは、お前がついてながらこの有り様はいったいどーいうことだ?

 

 桜色のサーチャーに向かってつ紅の少女の眼光は鋭く。危険行為を止められなかった失態を責める糾弾が容赦なく飛ぶ。

 その怒声も、力なく座り込んだティアナには届かない。「スバルを躊躇いなく見捨てようとした自分」に、愕然としていたのだから。

 

 

   *  *  *

 

 

 ティアナのミスショットが戦鎚に弾かれる光景は、モニターするなのはの元にも届いていた。

 だが、傍観者でしかない彼女はただ血の気の引いた顔で、画面の前で成り行きを見ていることしかできない。

 

《――バカ野郎ッ、どこに目ェつけてんだてめぇは!? 仲間殺しでもしてぇのか、このノーコンッ!!》

 

 へたり込んだティアナをひとしきり罵倒し、ヴィータは近くで浮遊するサーチャーを仰ぎ見る。

 

「ヴィータちゃん……? どうして、ここに……」

 

 モニター越しに目線が混じり合う。ヴィータの青い瞳は怒りに染まりきっていた。

 

《オイなのは、お前がついてながらこの有り様はいったいどーいうこった?》

 

 責任を問う声はまるで吹き荒ぶブリザード。出会った頃よりもずっと冷静でクレバーになったヴィータが激怒している――改めて、なのはは自分の失態のほどを思い知った。

 部下の独断専行を許してしまったのは明らかな失点だ。

 もっとも実戦に参加して間もない新人とはいえ、信頼した結果がこれでは浮かばれないが。

 

《黙ってないでなんとか言えよ》

 

 そう強く睨まれたなのはだったが、茫然自失で言葉が返せない。

 三年前の“罪”を責めるように、じくじくと疼き始めた右腕を強くかき抱く。

 

《ったく……》

 

 嘆息して頭を振ったヴィータが、未だに状況を把握できずオロオロとするだけのハチマキ娘を一瞥する。

 ヴィータの怒りの矛先はとりあえずのところ納められた。これ以上の問答は無意味であるし、なのはを公的に叱責する権限は彼女にない。

 

《このバカ二人は私がそっちに連れてくから、ちょっと待ってろ。私らが追いかけてた奴がエリオたちんとこで暴れてるからな、急いで援護に行ってやんねぇと》

「あっ!」

 

 完全に失念していたなのはが声を上げた。口元を手で隠しているシャマルも同様らしい。

 動転しつつ、もう一組の教え子たちを実況するモニターに目をやった。

 

「エリオ……!」

 

 拮抗していたはずの戦いは今や一方的なものとなっていた。取り柄の速度で何とか取り繕ってはいるが、それも時間の問題だろう。

 いくら一時的にポテンシャル以上の力を発揮出来たとしても、地力の差はどうにもしがたい。無茶な機動が疲労となって体力を徒に消耗させていく。

 

《うわっ!?》

 

 案の定、ソニックムーブの“抜き”をしくじり、足がもつれて尻餅をついた。

 繰り出される刺突。赤毛の少年は反射的に目を瞑る。

 取り返しのつかないミスを穿つ鉾先――しかし、それがエリオを貫くことはなかった。

 

《ム》

《……え?》

 

 悲鳴のような金属音の残響。

 恐る恐る瞼を開いたエリオの目に映ったのは、大きく後方に飛び退いた男と自分を背に立つ長身の女の姿だった。

 

《無事か、エリオ》

 

 燃え立つような薄紅色の髪を後頭部で結わえ、紫色の甲冑で身を包む麗人。担う魔剣の刀身が陽の光を受けてギラリと輝く。

 ヴォルケンリッター“烈火の将”シグナム。機動六課別働隊チーム、暗号名“シーカーズ”を率いる歴戦の騎士である。

 

《……し、師匠? どうしてここに……》

《任務だ。お前はそこで休んでいるといい》

 

 短いやり取りの後、シグナムは雑草を踏みしめ、ここ数ヶ月幾度か刃を交えた相手に鋭利な双眸を向けた。

 

《ゼスト・グランガイツ……、今度こそ私たちとともに来ていただく。貴方のご友人が首を長くしてお待ちだ》

《性懲りもないな、貴様は。俺は始めに言ったはずだ。断る》

《何を今更。私も始めに言ったはずです。我々の任務は貴方とその少女を保護することだ》

 

 まさか貴方が、“奴ら”と通じているとは思わなかったが。魔剣の切先を眼前の男に突きつけ、烈火の剣士が厳かに言い放つ。

 ゼストと呼ばれた男は、逃走が不可能と悟ると重心をわずかに下げ、大槍を腰だめに備える。その構えに付け入る隙は微塵もない。

 愛剣を八双に構え、シグナムもまた一分の隙も見せない。

 武芸を極めた兵つわものの放つ気迫は木々をざわめかせ、大地を揺るがす。

 他方、シグナムより一足遅れてこの場に到着したメガーヌもまた、召喚師の少女と対峙していた。

 白と紫をベースにした丈の長いローブ状のバリアジャケットを纏う彼女が引き連れるのは、十代前半の少女。銀髪緑眼、装飾過多なゴシック調の黒いワンピースとヘッドドレスを身につけ、縦笛らしき何かを携えている。

 

《ルーテシア……》

《……!》

 

 自らの名を万感の思いを込めて呼ぶ女性の姿に、紫の少女は無表情の仮面が揺れた。

 不安。困惑。動揺。そして、憧憬。

 自分によく似たこの女性が誰なのか、少女はすでに知っている。できるなら、今すぐにでも駆け寄りたい。思いっきり甘えたい。

 狂おしいほど求めたものはすぐそこに。手を伸ばせば届くところにあるというのに。

 ――……けれども、彼女の置かれた状況はそれを許さなかった。

 

《ゃ、ヤダ! こないでっ!!》

 

 目前の安らぎを拒絶するかのように、紫紺の魔力光が光り輝く。

 どろどろの原形質に覆われた全長一メートルの巨大な芋虫が四匹、影からずるりと這い出す。凶暴な牙を剥き出しにして、不気味な魔蟲が耳障りな奇声を上げた。

 

《ッ、闇妖虫……? いえ、冥魔に侵されてしまったのね、可哀相に……》

 

 混沌に汚染された命に同情し、メガーヌはわずかに睫毛を伏せる。

 

《……ルーテシア、待っててね。いま助けてあげるわ》

 

 ブーストデバイス〈カドゥケウス〉が仄かな輝きを灯す。

 ケリュケイオンの兄弟機であるこのデバイスは、メガーヌが以前使用し、現在はルーテシアと呼ばれた少女の元にある〈アスクレピオス〉とほぼ同等の性能を備えていた。

 

《シアースちゃん、お願いね》

 

 背後に控えていたドレスの少女がコクンと首肯して進み出る。

 彼女、“音の魔”シアース=キアースが縦笛――有り体に言えばソプラノリコーダー――を小さな口でくわえ、息を吹き込むと伸びやかな音律が森に響く。

 見事な演奏に合わせ、周囲の植物たちが蠢き出した。

 根を足に見立てて立ち上がり、あるいは枝葉を触手のように伸ばす。樹木を支配下に納め、自在に操る“音の魔”の魔力。

 緊迫する戦場、高まる戦意――

 

《――うふふっ……》

 

 乾いた哄笑が水を差した。

 その場の全員がギョッと声のする方に目を向ける。

 見る影もなく血みどろキャロが、音もなく立ち上がった。

 ぽたり、ぽたり。前髪を伝って滴り落ちた生暖かい雫が地面に染み込んでいく。

 流血でしとどに濡れた前髪が垂れ、表情は窺えない。薄く笑みを描いた口元がひどく不気味だ。

 

《ふふ、ふふふふ……痛い、いたい、イタイ、です。いまわたし、すごく……すごーく、イタイんです。うふふふふふ――》

 

 感情の欠如した呟きはどこかおどろおどろしく。年端もいかない少女が纏うにはあるまじき異様な存在感が辺りを満たす。

 ドドドド、とか、ゴゴゴゴ、とか、そんな不穏な効果音まで聞こえてくるかのよう。

 

《許せません……。この憤り、どこにぶつけたらいいんでしょう……? くすっ、わたし、じつはけっこう気が短いほうなんですよ?》

 

 虚空をさまよう独言。

 溢れ出す主の力にケリュケイオンが驚き、チカチカと光る。ゆっくりと胸の前でクロスした両手、その甲に煌めく桃色の宝玉から展開した四対の翼――制限中であるはずのサードモードが何故か起動していた。

 濃縮され、物理現象を伴った魔力がスパークし、桃色に光る七芒星の魔法陣を大地に描き映す。ケリュケイオンに内蔵された〈超小型八卦炉〉が増幅する魔力は限界を知らない。ちなみに銀の仔竜はしっぽを丸めて逃走済みだったりする。

 カッ、とキャロがつぶらな目を見開いた。

 

《――我が(もと)に来たれ、八界の嵐よッッ!!》

 

 画面が桃色の閃光に埋め尽くされ、大規模な魔力爆発が森の一角で炸裂した――――

 

 

   *  *  *

 

 

「――とまあ、これが今回のミッションの顛末さ」

 

 オークション終了後。

 地上部隊の制服に着替えた私はユーヤと合流、任務の首尾を説明してもらった。

 

「……なんていうか、試合に勝って勝負に負けたって感じだね」

 

 思わず、ため息。

 ホテル内の警備や密売の取り締まりがうまくいったから、余計にそう感じる。

 ちなみに、最後に一矢報いたキャロは病院へ直行。幸いなことにそれほど重傷ではなく、二日くらいで退院できるとのこと。エリオが病院に付き添っていて、スバルとティアナは危険行為のペナルティも兼ねた警戒任務中。

 あと、件の二人組は爆発に紛れてまんまと逃走、行方は不明――監視衛星で姿を追えないなんてどうかしてる。で、シグナムたちは彼らの追跡のためにここを立っていた。

 

「事実上の完敗だろ」

 

 むっつりと腕を組んだユーヤが吐き捨てた。私のオブラートに包んだ意見はお気に召さないみたい。

 自称リアリストなユーヤらしい意見だけど、交戦した正体不明の魔導師をどさくさに紛れて取り逃がして不機嫌な部分もあると思う。“闇の書”事件のとき、グレアム元提督の使い魔にいいようにあしらわれて、クロノと二人で憤っていたのを思い出した。

 それにしてはイライラしすぎな気もするけど。私と顔を合わせたとき、一瞬だけど動揺してたし。

 ……もしかして、浮気?

 だめだ、私まで不安定になってる。話題を変えよう。

 

「――なのは、だいじょうぶかな。だいぶ落ち込んでるみたいだけど」

 

 ホテルの従業員の人と話をしている親友が、私は心配でならなかった。

 表面上は気丈に振る舞っているけどかなり参ってる。信頼してた部下があんな危険なことをしでかしたんだもん、当然だ。

 ……すっごく辛そうな顔してティアナを叱ってるなのはを見たら、いますぐ抱きしめてあげたくてうずうずしちゃうよ。

 

「反省してるんだからそっとして置いてやれ。それに、慰めるのは俺たちの仕事じゃない」

「むー……」

 

 そんな彼の皮肉げな言いぐさに、思わず膨れてしまう。

「じゃあ誰の仕事?」と問いかけると、ユーヤは訳知り顔で顎をしゃくる。「そりゃあもちろん、アイツの役目だろ」

 すると若草色のスーツを着た男の子が、朗らかな笑顔を浮かべて私たちに近づいてきた。

 

「やあ二人とも、お疲れ様。いろいろと大変だったみたいだね、はやてから聞いたよ」

「あっ、ユーノ。おつかれさま」

「お疲れさん。プレゼンテーター、しっかり勤め上げたそうじゃないか。大したもんだって姉さんが褒めてたぞ」

「いや、僕なんてまだまだだよ」

 

 労いの言葉を交わす私たち。そこはかとなく、オトナな感じがするね。

 確かに、お目当ての品を落札してホクホク顔のルーさんが、帰り際にユーノのことをご機嫌で語ってた。小さい頃から利発な子だった、とかなんとか。

 

「……なのは、元気ないみたいだね」

 

 ふと、真剣な表情でなのはの方を見たユーノ。心配そうな横顔だ。

 むむ、めざとい。愛されてるね、なのは。

 

「ああ、今ちょうど俺たちもそのことを話していたところだ」

「ちょっと任務でしくじっちゃって……」

 

 うん、聞いてる、と苦笑ぎみに言うユーノ。でもすぐに、人当たりのいい笑顔を浮かべた。

 

「で、相談なんだけど、時間があるならこの後四人で食事にでも行かない? なのはを元気づける会、ってことで」

「なるほど、いい考えだな。フェイト、この後の予定は?」

「えと……ちょっと待ってね」

 

 スケジューラーを呼び出して予定を確認、っと。

 

「ここを撤収して、みんなでキャロのお見舞い。隊舎に戻って検討会と報告書の作成があるから、そのあとならフリーだよ」

「じゃあ決まりだな。店は俺が決めてもいいのか?」

「うん、任せるよ」

「りょーかい。任された」

 

 ユーヤはこういう段取りや仕切りが得意なのだ。

 

「四人でごはん食べるのって、久しぶりだね~」

「だな。おいユーノ、なのはが弱ってる今が口説くチャンスだぞ」

「し、しないよそんなことっ!」

「はぁ……。だからお前は意気地無しだというのだ、この馬鹿弟子がぁ!」

「弟子って誰がさ!?」

 

 明るく陽気に振る舞うユーヤに、ガシッと強引に肩を組まれたユーノはちょっぴり困り顔。けれど、とっても楽しそう。ふたりはいっつもなかよしだ。

 ん~っ、なんか私もわくわくしてきた。

 やっぱり、大好きなひとたちと気兼ねなく遊べるってうれしいよね。……なのはが元気になってくれたらいいけどな。

 

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