魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#18.5

 

 

 

 首都クラナガン、中央ターミナル前。

 帰宅ラッシュの時間帯を迎えた駅前は、帰宅を急ぐ人々や夜の街へと繰り出す若者たちでひどく混雑している。

 

 人混みから少し外れた車道の側、手持ち無沙汰ぎみに佇む二人組がいた。

 一方は、ライトグリーンのスーツを身につけた線の細い温和で理知的そうな金髪の青年。もう一方は、濃いネイビーブルーの背広を着た体格のいい夜のお仕事風な黒髪の青年。どちらも十代後半に見える。

 容姿の系統から身に纏う雰囲気、性格までまったく正反対の二人だが、彼らはお互いを親友と呼び合う十年来の幼なじみだった。

 

「第28管理世界の不況、なかなか終わらないね」

「あそこの政治家連中、次元世界有数の無能だからな。まだ続くぜ、多分な」

「不吉なこと言わないでよ、妙に説得力あるんだから」

「事実じゃないか。民の命と財産を背負い込む気概が足りないし、言動不一致も甚だしい奴らばかりさ。脳味噌が間抜けか、ってんだ」

「手厳しいね……。まあでも、ミッドチルダの経済圏も結構影響受けているみたいだし、あの世界に住んでる人たちのためにも早く収まればいいよね。ただでさえ冥魔のことで全体的に下降気味なんだし」

「だな。ったく、くだらない人気取りしてる暇なんてないはずなんだが……面倒だからちょっと行って消してこようかな?」

「やめなよ、洒落になってないから……」

 

 などなど。現在の話題は主に管理世界の政治経済について。

 遊び盛りの若者にしてはえらくお堅い内容だが、こう見えても時空管理局の要職に就く責任ある立場の人間たち。世情には敏感でなくてはならない。

 ――まあ、本人たちはただの世間話のつもりなのかもしれないが。

 

「ところで、どこに行くかもう決めてあるの?」

「もちろん。最近偶然に見つけたところでさ、いろいろな意味で気に入ってるんだ」

「へぇ、それは楽しみだなぁ」

「料理も一見素朴なんだけど、これがまた美味いんだよ」

「君が言うんだからよっぽどなんだね。ますます楽しみになってきたよ」

 

 一転して和やかな内容の会話。今度は年齢に似合った。

 すると狙い澄ましたかのようなタイミングで、黒塗りのスポーツカーが彼らの前に停止した。

 両サイドのドアを開いて、二人の女性が降車する。

 助手席側、赤みがかったサイドテールがかわいい童顔気味の女性はどこかばつが悪そうに。運転席側、黄金色のストレートヘアが美しい眉目秀麗な女性はとてもうれしそうに。

 どちらの服装も地味な地上部隊用の茶色い制服で、残務を片づけたその足でやってきたのだろう。

 

「ふたりとも、待たせちゃってごめんね」

 

 開口一番、謝罪の言葉を口にしたのはサイドテールの女の子。申し訳なさそうな面持ちで、いつもの陽射しのような溌剌さが見られないのは、ついさっき仕事で酷いミスをしたばかりだから。

 そんな彼女を慰撫して元気づけよう!というのが今回の集まりの趣旨であるのに、さらにヘコませてしまっては意味がない。

 金髪の女の子がわたわたフォローを試みる。

 

「え、えっと、なのは、はやく来ようってお仕事すっごくがんばってたんだよっ! だからその……」

「わかってるよ、フェイト。僕もユウヤも怒ってないから、ね?」

「ああ気にするな、俺は気にしない」

 

 お決まりのフレーズに場が和む。

 穏やかな空気を作り出した蒼い眼の青年は、ひどく見覚えのある高級車に目を向けて呆れたようなため息を漏らした。

 

「しかし、車で来たのか……どうせ後で酒が入るだろうに、どうするんだ?」

 

 車を見やり、嘆息混じりで注意する青年。いい加減なようで、ルールにうるさい彼だった。

 

「ご、ごめんなさーい」

「し、仕事押してて急いでたんだよっ。それにほら、攸夜くんにはカグヤっていうのがあるじゃない? だから問題なしっ、てことで」

「はぁ……まあ、そうなるんだろうな」

 

 少女二人がそれぞれ弁明する。約一名、悪びれないで調子のいいことを宣っていたが。

 海上の埋め立て地である南駐屯地A73区画には、首都への移動手段がほとんどない。申し訳程度にモノレールが通っているが、六課職員は基本的に自動車等を用いて外部に移動している。

 近場にはコンビニもなく、寮住いの面々はいささか難儀しているそうだ。

 

「まあまあ、落ち着いて。まずはこれをどこかの駐車場に置いてからだね」

「……だな。二人もそれでいいか」

 

 はーい、とおどけた返事をする女子二人は如才なくリードしてくれる男性陣が頼もしくて、頬をほころばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯18.5 「友だちの絆 ~変わるもの、変わらないもの~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「居酒屋ろんぎぬす?」

 

 立ち止まり、紅いのれんに黒い筆字で書かれた店名を読み上げるフェイト。和風っぽいけど珍妙なネーミングが気になっている様子。

 ちなみに、某がめついロリバ――もとい守護者の私兵組織とは何の縁もゆかりもない。ないったらない。

 

「フェイトちゃーん、置いてっちゃうよー」

「あ、今行くー!」

 

 取り残されていたフェイトが慌てて皆の後を追う。

 てちてちとのれんを潜ると、店内では攸夜が女性の店員相手に受け答えしていた。

 

「いらっしゃいませー、何名様ですかー?」

「四人です。奥の個室は空いてますか?」

「はい、ございますよー」

「じゃ、そこで」

「かしこまりましたー」

 

 さくさく話が付いた。

 取っ付きにくそうに見えて、攸夜は意外と人当たりがいい。「敵じゃなければとりあえず仲良くしてみる」のが彼の処世術だ。

 なお、けっこう美人な店員さんとにこやかに会話している様子が不愉快で、フェイトさんはちょっぴりムカムカきてたりする。

 まあ当たり散らしたり、意味もなく攻撃的にならないだけマシだろう。

 

 四人は、畳の敷かれた八畳ほどのこじんまりとした座敷風の個室に通された。

 間接照明が暖かな、落ち着いた雰囲気の部屋だった。

 なお、座席は以下の通り。

 入り口の近くに陣取った攸夜を起点として、右隣にフェイト、卓を挟んだ反対側になのは、その隣にユーノ。オーダーや配膳をする関係上、攸夜が入り口付近に座るのはお馴染みのことで、なのはがデキる女の子をアピールしたがって真似をするのも同様だ。対抗心でも燃やしているのだろうか。

 フェイトは言わずもがな、ユーノもしれっとお目当ての場所に着くので、この席順が崩れることはまずない。

 四人の関係性がよくわかる構図だった。

 

 さておき、飲み物の注文である。

 

「じゃあ僕はウーロン茶」

「あ、私も同じので」

 

 ユーノとなのはは無難なところをチョイス。気になる男の子と同じ物を選ぼうとするのは、いじましい乙女心の現れか。

 

「とりあえずアイスティー」

「えと……、私オレンジジュース」

 

 フェイトと攸夜の注文はおよそ居酒屋で頼むような代物ではない。

 親友たちのマイペースっぷりに、常識人を自認する二人が顔を見合わせて苦笑した。

 ミッドチルダの法律上、四人は飲酒が可能な年齢だが、諸々の事情もあり今のところは自粛中である。まあ、攸夜の言葉どおり時間が経てば入るだろうが。

 

「うーんっ、それにしても」

 

 リラックスしてのびをするなのははいたくご機嫌な様子。彼女も日本生まれ日本育ちの日本人、藺草(いぐさ)の香りには格別の思い入れがある。

 

「お店の中、思ったより感じがいいねっ」

「うん♪」

 

 フェイトも同じく上機嫌で同意した。彼女の場合は、久々に四人で集まれたのが楽しくて仕方ないのだろう。

 なのはの言うとおり、古めかしいというか、ステレオタイプ的な外観とは打って変わって、モダンでおしゃれな内装は女性も安心できる雰囲気を創り出していた。実は内心、「居酒屋」というあまり馴染みのない場所に不安いっぱいだったなのはにとっては嬉しい誤算だ。

 

「攸夜くん、よくこんなところ見つけたねー。隠れ家系ってやつ?」

「フハハハ、凄かろう偉かろう。好きなだけ崇めることを許すぞ」

「キャラが崩壊してるね、ユウヤ」

「我と書いてオレと読ませればいいのか」

「むしろ「計画通り!」って顔する人だよね、黒いノート持ってる感じの」

「そんな“最弱”と一緒にしないでくれ」

「ネタが錯綜してるよ……」

 

 彼氏の妄言には慣れっこなフェイトは、三文芝居を華麗にスルーしてメニューと熱心に閲覧中(にらめっこ)。鶏肉の唐揚げとじゃが芋のうま煮が気になるようで、じぃぃぃぃぃぃっと穴が空くほど見つめている。

 まあ、それも毎度のことなので、他の三人は気にも止めていなかったが。

 

「冗談はさておき、クラナガンの飲食店はだいたい押さえてるな。接待とか合コンに使うからさ」

「合コン……?」

 

 ぴくりとなのはの眉が吊り上がる。

 しかし、最初に食ってかかるはずの美人さんは我関せずでメニューを見ている。妙に余裕があった。

 変な憶測が生まれぬよう、先んじて攸夜が二の句を告げる。

 

「幹事役をやって、独り身の連中に出会いを斡旋してるだけだって。人身掌握の延長でさ。……フェイトには許可を取ってるぞ」

 

 な? と話題を振られた当の本人はメニューから視線を外し、コクンと首を振って肯定する。

 それから、ついと横目で隣のお調子者を見やった。鮮やかな紅い瞳はことさら冷たい。

 

「浮気したら、許さないけど」

「は、はは……。まあそういうことだ」

 

 ピシャリと釘を刺されてひきつった笑いを浮かべる攸夜。額にはじわりと冷や汗がちらほら。

「ほぇー、さすがフェイトちゃん。年期が違うね」締めるべきところはキッチリと締める親友の見事な手管に、なのはがうんうんと感心していた。

 

 しばらくして、注文の第一陣が到着し、宴の準備は万端整った。

 

「それじゃあ、乾杯」

「「「かんぱーい!」」」

 

 攸夜の音頭に合わせ、一同はコップを触れ合わせた。そのまま軽く飲み下すと、テーブルに並んだたくさんの料理に手をつけ始める。

 普段は人の十倍働いている彼らだが、こうして年相応に遊んでいる姿はまさしく平凡な学生のよう。

 ――果たして。類い希な天分に恵まれることは、本当に幸せに繋がるのだろうか。

 

「……あ、はやても呼べばよかったかな?」

「ほっとけ。アイツはそういう役回りなんだよ、この話ではな」

「ユウヤ、メタな発言は厳禁だよ」

 

 何はともあれ。

 楽しい夜は、まだまだ始まったばかりだ。

 

 

   *  *  *

 

 

「ぶぇっくしょい!」

 

 しんとした室内に響き渡る盛大なくしゃみ。実体化し、任務の事後処理の手伝いをしていたリインフォース――何故か黒縁の伊達眼鏡を着用――が、何事かと顔を上げた。

 

「風邪ですか」

「いや……、これはちゃうな。攸夜君あたりが私の悪口を言ってんねや」

 

 ちーんとちり紙で鼻をかみ、はやてはデスクに行儀悪く肘を突く。何気に鋭い。

 長い間死の淵を彷徨っていた影響だろうか、彼女の勘はよくよく働く。おかしなところにばかりなのが玉にキズだが。

 

「……はあ、そうですか」

 

 生返事して仕事を再開するリインフォース。書類に「八神はやて」とミッドチルダ語でサインを(したた)める。それは見事に本人のものと寸分違わぬ筆跡だった。

 八神さんちの皆さんは例外なく、家長直筆のサインを完璧に模写できるのだ。よからぬことにしか使えないムダ特技だが。

 泥のようなインスタントコーヒーに口を付け、はやてがいかにも苦そうに顔をしかめる。

 体重を預けた背もたれが、ぎぃと悲鳴を上げた。

 

「はぁーあ、部隊長の私がこーんなマッズいコーヒーすすってるってときに、なのはちゃんたちときたら――」

 

 コーヒーが不味いのは経費削減の結果である。

 

「ダンナ連れてノンキに飲み会なんて、まったくいいご身分や。なあリイン、世の中って不公平やと思わへん?」

 

 くるくると軽快に指先を駆使してペンを回すはやて。自身のお寒いプライベートを愚痴っている。

 なお、就業時間などとうの昔に過ぎている。サービス残業真っ盛りだった。

 

「いえ、特には。彼女たちは自分のやるべきことを成していると考えます」

「リインはお堅いなぁ。ここは臣下として同意するところやないの?」

「……お言葉ですが」

 

 キラリ、伊達眼鏡が光る。

 

「そも、「まとまった休みが欲しい」と仰る我が主のために、こうして私が手伝っているのでは? 陸士108部隊との合同演習も近いのですし、文句を言わずに仕事をしてください」

「いやな、私は六課の風紀について真剣に――」

「仕事をしてください」

 

 無機質な紅い眼が、ぶーすか不満を垂れるたぬきを見定めた。

 無音の時間が二分ほど続く。

 じわりとはやての額に汗が浮かぶ。

「……はやてちゃんがますぅ……うにゅ~」ドールハウスのベッドで夢心地のリインフォースⅡが、むにゃむにゃ寝言をもらした。

 

「はい……」

「理解してくださって幸いです」

 

 観念してうなだれたはやては、もう一度泥のようなコーヒーを飲み干すと、粛々とサインを書類に書き込むのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 四人分の上着が壁に掛けられた純和風の個室。

 

「――だいたいさぁ!」

 

 グラスをテーブルに叩きつけ、らしくもなくなのはが声を荒げた。半分ほど注がれたウーロン茶がとぷんと踊る。

 

「今更フレンドリー・ファイアとか、ありえないよっ!? 新人ったって任官からそこそこ時間経ってるのに、そんなド素人みたいなミスしちゃってさ!」

「ま、まあまあ……」

「ユーノくんもそう思うでしょ! 」

「え、えーと……あはは……」

 

 。

 

《なのはのヤツ、随分荒れてるが、アルコールでも入ってんのか?》

《いや、まだのはずだけど……》

《あれでか?》

《……》

 

 目が据わった彼女の剣幕に攸夜が軽く身を引き、取りなすユーノは苦笑は禁じ得ない。ぽけぽけマイペースに食事しているフェイトだけが、普段通りだった。

 

 現在絶賛反省会の真っ最中。

 お互いの近況報告や他愛のない四方山話をしている間は朗らかな雰囲気が流れていたのだが、先ほどの任務の話になった途端にこうなった。

 さすがのなのはも、部下の無様な不始末の責任をとって何らかの懲罰が確定している身では、管を巻かねばやってられないのだろう。

 

「ティアナってば、自己評価低くすぎなんだよね。実力も才能もじゅうぶんあるのに、ことあるごとに凡人凡人って口癖みたいに言っちゃって。あれ、ちょっとイヤミだよ」

「あ、私もそれ聞いたことあるよ。幻術の使い方をほめたら「そんなことないです、私なんて凡人ですから」って謙遜されちゃった」

「そうそう! そりゃあ、たしかにスバルたちと比べたら華やかさは欠けるかもしれないけどぉ」

 

 黒いのの賛同を得て、ますます語気を強める白いの。部下であり教え子のことを熱弁し、ボルテージはぐんぐんと上昇中。

 

「ひとつひとつ、確実に目標を叶えていける力があるはずなんだよ、ぜったい!!」

 

 どどーん。

 演説をぶちまけたその顔はまだ未熟だが、同時に指導者然としていて。攸夜が感心したように目を細めた。

 あらかた愚痴を吐き出して満足したのか、なのはは皿に残った鶏軟骨の唐揚げを摘んで口に放り込んだ。

「ああっ、私の唐揚げっ!」フェイトが血相を変えて卓の上に身を乗り出す。

 

「最後の、一個だったのに……」

「あ、ごめんごめん」

 

 口では謝るなのはだが、いささかも悪びれていない。むしろ面白がっているようで、これ見よがしに咀嚼している。

 もっきゅもっきゅ。少し冷えてしまっているものの、口いっぱいに広がるコラーゲンの味はささくれ立った神経を慰めるのに十分で。

 目の前で美味そうに味わう様子を見せつけられて、へなへなと力なく座布団に座り込んだフェイトはわりとマジ泣きだ。

 やれやれと攸夜が肩をすくめた。

 

「ほらフェイト、これやるから機嫌直せ」

 

 皮付きのフライドポテトを素手で摘んで差し出せば、「あーん」と催促するお馴染みの光景がごく自然に繰り返される。

 

「あーん……あむ」

 

 もぐもぐ。

 まるで躊躇せずそれを口の中に含んだフェイトは、途端に頬を赤らめて喜びを全身で表現する。上機嫌なのは、芋料理が卵料理に次ぐ彼女の好物であることも関係しているだろう。

 攸夜が与えるフライドポテトを、次々に平らげていくフェイト。「おいも♪おいも♪」と、しっぽとたれ耳をぱたぱたするイメージつきで。

 

「あ、セロリの野菜スティックもちゃんと食べような」

「ええっ!? で、でもにおいが……」

「好き嫌いは駄目だっていつも言ってるだろ」

「う、うぐぅ~」

 

 彼らの辞書に「倦怠期」という言葉はないのだろうか。見てる方が恥ずかしくなるくらいにイチャイチャしてある。

 ああまたやってるよ。仲の良すぎるバカップルを、なのはとユーノは微笑ましくも生暖かく見守っていた。

 若干鬱陶しく感じるものの、フェイトがニコニコしていればなのはも同時にうれしくなるし、攸夜が穏やかな表情をしていればユーノはやさしい気持ちになれる――最近はそんな風に思えてきた二人だ。達観ではない、断じて。

 親友に対するスタンスが似通った彼らだが、ぴったりとくっついて座っているフェイトと攸夜に比べ、なのはとユーノの間には拳一つ分くらいの隙間が残っている。奥手な二人の心の距離はまだ縮まらないようだ。

 

「……ともかくさ、」

 

 なのはが横道に逸れた話の流れを戻すべく声を上げた。

 餌付けの手を止めて、攸夜が向き直ると、フェイトがあからさまに残念そうな顔をする。

 

「ティアナは自分のダメな部分とかを、真正面から認められないんだよね。完璧主義っていうのかな、そういうの」

「完璧を目指そうとするのは、いいことじゃないの?」

 

 言葉に込められた否定的なニュアンスを感じ取り、フェイトが小首を傾げた。

 

「べつに悪いとは言わないけど。それにこだわりすぎて、自分勝手に思い上がるのはいただけないよ。妥協って言ったらあれだけど、。できないことはできないんだから」

「おっと、高町教導官殿から金言が飛び出したな。ありがたやありがたや」

「ユウヤ、茶化さない」

 

 手を合わせて拝む攸夜をユーノがやんわりと注意する。シリアスな空気にならないように道化を買って出てるにしても、悪ふざけが過ぎるだろう。

 続けて、とユーノに促されたなのはは数瞬思い淀んだ後、考えを打ち明け始めた。

 

「ティアナが自分を卑下するのは、完璧でないことを認めたくない気持ちの裏返し、護身なんだよ。そうしていれば、自分で自分を傷つけなくてすむから」

「……囚われてるんだね」

 

 囚われてる? と不思議がるなのはにフェイトは微苦笑を送る。

 

「私も同じだから、なんとなくわかるんだ。囚われて、絡まって、抜け出せなくて……どうにも身動きができなくなっちゃうんだよ、そういうときって」

 

 意味深い独白。彼女の事情をよく知る一同はかける言葉もなく押し黙る。

 ――こんな空気のとき、いつも一番にアクションを起こすのは攸夜だった。

 

「ランスターのことは資料でしか知らないが、話を聞く限りだと肥大化した自尊心、あるいは何かしらの強迫観念が根底にあるように思えるな。……そういう(たぐい)の鬱積を解消するのは、なかなか骨が折れるぞ」

 

 他人事のような言い種。けれど、本人以外の誰もが知っている。無関心を装っていても、いざトラブルが起きれば、彼は真っ先になのはたちの力となるということを。

 何だかんだで情に篤く、困っている人を放っておけない天の邪鬼は今も健在だった。

 

「それで、なのははどうするつもり?」

「うーん……いまのところは手の出しようがないかなぁ。ああいうタイプって、一度完全に折れなきゃまわりを省みないから」

「なのはみたいに?」

「こらこら」

 

 金髪の親友のさりげない天然(ハラグロ)発言にユーノが苦笑混じりに注意する。最近、毒舌気味になってきた感のあるフェイトだ。

 特に気にしていないのだろう、なのはは真面目な顔つきを崩さない。

 

「それに信じてるから、ティアナのこと。きっと間違ったりしないって」

「……信頼を裏切られるかもしれないぞ。いや、もうすでに一度裏切られているな」

「うん、そうかも。……だけど、信じる。自分から信じなきゃ、信じてもらえないよ」

 

 意地の悪い攸夜の質問にも揺らぐことなく、迷うこともなく、なのはは毅然として答えた。

 まぶしいな――、一点の曇りもない晴れ晴れとした笑顔を見返して、攸夜は心からそう思う。彼女の毅さの本質は、魔法によるものではない。その心の深いところにある何かだ。

 

「さーてっと、いっぱい話したらおなかへっちゃった。焼きそば頼もっかなぁー。すいませーん!」

 

 にぱっと相好を崩して、なのはが大声で店員を呼び寄せる。

 必要以上には思い悩まず、サバサバと気分の切り替えが早くなったのはきっと成長の証。とはいえ、わりと根がネガティブなことはあまり変わっていないけれど。

 

「また焼きそばか……、飽きないねぇ」

「お生憎様。焼きそばは魔法少女の主食なんですーっ」

「おいおい。もう少女って歳でもな――」

 

 言葉が言い終わるよりも先に、レイジングハートの尖端が攸夜に突き付けられていた。

 

「ちょっおまっ、んな物騒なもん向けんな! フェイトもバルディッシュを振りかぶるんじゃありません!」

「あはは、今のはユウヤが悪いよ」

 

 三人のドタバタの傍らでユーノが楽しそうに笑う。

 変わらない日常の一ページが、大切な思い出がまたひとつ、紡がれた。

 

 

   *  *  *

 

 

 自動式モノレールの最終便が駅を離れていく。

 無人のプラットホームにぽつねんと残された攸夜とユーノ。背中に疲れ切って眠ってしまったそれぞれのパートナーを背負う。

 愛らしい寝顔を惜しげもなく披露する美女二人は、モノレールに揺られているうちに夢の世界へと旅立ってしまった。

 盛り上がったのはいいが、羽目を外して飲みすぎたのも原因の一つか。なんだかんだで結局最後にはアルコールが入ってしまったが、たまにはこういう日があっていいだろう。

 ちなみに、例の自動車はやはり月衣の中だった。

 

「んじゃ、行くか」

「そうだね」

 

 二人は顔を見合わせ、歩き始める。

 フェイトたちと同じく、彼らもかなりの量のアルコールを接種しているはずなのだが、両者とも何食わぬ顔で平然としていた。

 女顔のユーノだが、自他共に認める()()()()の攸夜と付き合う程度にいける口だったりする。

 

 AIが管理する無人の改札を潜り抜け、閑散として人気のない夜道に出る。

 紺青の空、満点に煌めく星々、そして蒼白い双子の月。時折揺れる凪いだ海が暗色の鏡となって静謐な月明かりを映す、それはひどく幻想的な光景だった。

 静かな海に面した道を攸夜とユーノは特に会話を交わすこともなく、ぶらぶら進む。

 駅から六課の宿舎までは徒歩で約十分。ゆっくり歩いたとしても三十分とかからないだろう。

 

「ところでユーノ君」

「うん、なに?」

 

 夜道をいくらか進んだところで、攸夜が唐突に口を開いた。

 

「今晩の寝床はどうするおつもりで? こんな時間じゃ帰るわけにもいかないだろ」

「うーん……、男子寮の空き部屋を借りようかなと思って」

「なんだ、なのはの部屋に泊まるんじゃないのか」

「っな!?」

 

 ユーノが絶句した。思考が停止して、あんぐり開いた大きな口をぱくぱくさせる。

 攸夜は意地の悪い笑みの下で、そんな親友のリアクションに対し「鯉みたいだな。恋だけに」などとくだらないオヤジギャグを飛ばしていた。

 

「ななななっ、何言ってるのさっ!? そんなことできるわけないじゃないかっ」

「声を潜めて大声を出すとか器用だな、オイ」

 

 盛大に動揺する相棒を愉しげに眺める“あおいあくま”。もっと混ぜっ返してやろうと追撃をかける。

 

「フェイトから聞いたんだけどさ。なのは、お前さんが居候してた時に使ってた籠とかハンカチを後生大事に持ってるらしいぜ。まるで宝物みたいだ、って」

「え……?」

 

 ぴたり。ユーノの足が完全に止まった。

 意識しないように努めていた女の子特有のいい香りとか、耳にかかる微かな吐息とか、背中に当たる柔らかい二つのモノとか、太ももを直に触れた感触とか――護りたいと想う女性(ひと)の温もりを再認識してしまい、ユーノはかあっと顔を赤らめた。

 足を止めて振り返る攸夜。じっと、真っ直ぐな眼差しを親友へと向ける。

 

「……もうわかってるんだろ、なのはの気持ち」

「!」

 

 長い沈黙。

 逡巡を重ねたユーノがようやく、複雑なその心の裡を零し始めた。

 

「わかってる、と思う。応えたいとも思る。……でも、怖いんだ、今の居心地のいい関係が変わってしまうことが」

 

 悔しそうに表情を歪め、俯いたユーノの背中でぴくりと何かが動く。けれど思い悩む彼は気付かない。

 

「変わらないものなんてないよ、どこにも。だからよりよい方向に変えようと全力を尽くすんだろう? ――フェイトやなのはのように、さ」

「そうだね……」

 

 二人は揃って、自分の想い人の姿を脳裏に浮かべ、想いを馳せた。

 頑張り屋で、どこか危なっかしくて、笑顔が愛らしくって。一皮剥ければ、どこにでもいる普通の女の子――彼らは、だからこそ彼女たちに惹かれているのだ。

 

「もう食べられないよぉ、ゆーやぁ~……ふみゅうぅ……、むにゃむにゃ……」

 

 シリアスな空気を台無しにするお約束も甚だしいフェイトの寝言に、2人は顔を見合わせる。とりあえず、幸せそうに緩んだ顔でよだれを垂らす姿は見なかったことにした。

 ごほん。咳払いを一つ。

「まあ、なんだ――」飄々とした笑みに稚気が帯びる。

 

「我が親愛なる心の友が、テンプレートな鈍感朴念仁じゃなくて安心した。お前ら二人はお似合いだよ、俺が保証する」

「ユウヤ……」

 

 少々オーバーにおどけた言葉に不器用な思いやりを乗せて。

 性根はひねくれているが、本当の気持ちを伝える手段はとてもストレートな彼だから、ユーノもありのままの好意を形にする。包み隠さずに。

 

「君のそういうとこ、僕は好きだな」

「んなっ!?」

 

 今度は攸夜が絶句した。

 

「くす、そんなに照れなくてもいいのに」

「っ……無闇に好意を向けられるの、苦手なんだ」

 

 捨て台詞を残してプイッとそっぽを向く仕草はなんだか子どもっぽい。

 両手が塞がっていて照れ隠しに頭も掻けず、攸夜は憮然として歩き出した。

「やっぱりユウヤはツンデレだ」くすくすと忍び笑い、ユーノはどこか子どもっぽくて、けれど憎めない“相棒”の後を追う。

 背負った女の子の耳が、先まで真っ赤に染まっていることに気づかずに。

 

 なお、結局ユーノはフェレットモードでなのはのところにお世話になった。

 そして、起き抜けで寝ぼけた部屋の主とドタバタラブコメ劇を繰り広げたのだが――、それはまた、別のお話である。

#18.5

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