機動六課敷地内、女子寮。
古い建物を改築して誂えた隊舎とは打って変わって新築したばかりのこの寄宿舎は、埋め立て地という立地条件もあって日当たりがよく、どの部屋も比較的広くて職員たちからも好評。「そこらのアパートを借りるよりずっといい」とのこと。
スバル・ナカジマとティアナ・ランスターに割り当てられた一室も例に漏れず、それなりの広さもあり午後になれば暖かな西日が射し込む。
もっとも今は夜の帳が降り、照明も最低限しか点いていない部屋の中は薄暗かった。
「……」
二段ベッドの下段、ティアナはだらりと寝転がり、頭上のスタンドライトの明かりを頼りにしてファッション誌をぺらぺらと流し見ていた。暗記できるくらい何度も読み返した雑誌では、暇つぶしにもならないが。
ライトの横に置かれた型落ちのポータブルミュージックプレイヤーが、同居人の迷惑にならない程度の音量で流行りの音楽を流している。数年前に買った一品で微妙にガタがきているものの、未だ収入の少ないティアナには買い換える余裕もない。
生まれも育ちもブルジョアなぽややん執務官とは違うのだ――とは彼女のやっかみにも似た偏見だが、その認識は概ね間違っていない。
「…………」
ゴソゴソ、ゴソゴソ。
と、上の方が騒がしい。件の同居人は久々の夜更かしに目が冴えてしまっているのだろう。
何とかと煙は高いところを好むというが、スバルは訓練校の寮でも二段ベッドの上を選んでいる。今よりもずっと大人しく控え目だった彼女に気遣って、好きな場所を選ばせたのはティアナだった。柄にもなく、年上の余裕をというやつを見せて。
上段に上がり、おずおずしつつもはしゃいでいたスバルの姿がおかしかったのをティアナはよく覚えている。後から聞いたところによると、二段ベッドを使うのは初めてだったらしい。道理ではしゃぐわけだ。
さておき、ティアナは読んでいた雑誌を乱雑に放り投げた。
現在の時刻は十一時を回ってすぐ。消灯時間は過ぎ、本来ならばもう眠っている時間だ。
ティアナもさっさと眠りたいところだが、相方はまだ目が冴えているご様子。しかし、翌朝の訓練は特別な事情があり免除されているとはいえ、この現状はやや目に余る。少し釘を差してやろうと彼女は思い立った。
「ちょっとスバル、アンタいい加減寝なさいよね。明日は余所で演習なんだから、寝坊なんかしたら大恥よ?」
トントン、ベッドの背板を軽く小突く。
明日は、新たに配備されることとなる“
“うみ”と“りく”の幹部はもちろん、各次元世界の主要なプレスにも公開されるそうだ。
上層部からはもっぱら「女子どものお飾り宣伝部隊」と見られている機動六課が参加するのは必然と言えよう。――首都近郊に駐留する部隊の中では最強の一角であるし、一応。
ティアナとしては、未だ海のものとも山のものとも知れない“新装備”とやらの前座扱いはいささか不愉快で気に入らない。だが、つい先日自身が起こしたありえないミスを帳消しするにはまたとないチャンス。ここで活躍したならば、集まったお偉方の覚えがよくなること請け合いだ。
――と、皮算用はともかく。
さすがにスバルが寝過ごすということは考えにくいが、夜更かしして寝不足になるというのはいただけない。
機動六課フォワードチームの一員としても、そしてティアナの心境的にも、明日の戦いで無様な姿を上官たちに見せるわけにはいかないのだ。
「わかってる~、あと五分~」
猫なで声で子供みたいな事を言うスバル。アタシはアンタのオカンか!とティアナは心の中だけでツッコんだ。
携帯端末をいじって何やらやっているのは知っているので、ちょっかいを出してみる。
「……スバル、アリカとメールしてんの?」
「んー、そうだよー。――あ、むこうもニナにもはやく寝ろって怒られたって」
ベッドから大胆に身を乗り出して、逆さまになりつつスバルが応じる。その手にはやはり、携帯端末を握っていた。
「ほら見なさい。あの子たちも忙しいんだし、あんま迷惑かけちゃダメよ?」
「そっか……二人の今の部署って防空隊だから、きっと
うんうん、と同意するスバル。手慣れた手つきで端末をいじって相手へ断りのメールを送った。
話題に上った訓練校時代の友人たちとの親交は、それぞれの進路に進んだ後も続いている。
スバルは特に例のホウキ娘と仲がよく、その相方と何だかんだで気が合うのがティアナだった。
手の掛かる相方を持った委員長タイプ同士だからだろうか、たまに仕事の愚痴なんかをぶちまけたりもする。真面目キャラは真面目キャラで、いろいろ大変なのだ。
「うん、あっちももう寝るって。じゃあティア、おやすみー」
「ん、素直でよろしい。おやすみ、スバル」
引っ込む青頭。
それからすぐ動く気配がして、すぅすぅと静かな寝息が聞こえてくる。
スバルは驚くほど寝付きがいい、枕が変わるとなかなか眠れなくなるティアナが羨ましく感じる程度には。
「さっ、てと……アタシも寝るか」
布団をかぶり、明日に備えなければ。もう失敗は出来ない。自分は――「“ランスター”は無能なんかじゃない」と、もはや習慣となった“呪文”を自らに強く言い聞かせ。
パチン、スタンドライトが消える。
部屋の中を照らす明かりは、わずかばかりの間接照明を残すのみとなった。
♯19 「
キレイに掃除の行き渡った廊下、私の目の前には飾りっ気のないドアが立ちふさがっている。
ここはクラナガン第三演習場。機動六課の敷地と同じ、首都の近海にぽつんと浮かぶ広大な埋め立て地を使った総合訓練施設だ。
首都周辺にいくつかある演習場の中では、最大級の敷地面積に都市を再現した施設で、六課の空間シミュレータほどの柔軟性はないけど、こと市街地戦におけるシチュエーションの再現度では他の追随を許さない。元々は首都防空隊向けに作られた場所だから、特に違法魔導師とのゲリラ戦なんかを想定されているみたいだ。
ちなみにクラナガンに駐留する各部隊は言うまでもなく、たまーに訓練校の生徒たちも授業で使用することがあるとのこと。
そんなこんなで今回の任務――地上本部主導の新装備評価演習および合同陸戦演習には、まさに打ってつけの場所というわけである。
「……ふぅ」
思わず一息。
別段緊張するようなことでもないけれど、部屋の中には初対面の子もいるから、普段みたいにやって侮られたりしないように気を引き締めなくっちゃ。
意を決し、扉をくぐる。
管制施設内で一番大きい控え室には一足先に到着していたなのはといつもの四人組、それから見慣れない五人の女の子が揃っていた。
あ、みんなの制服は地上部隊のもので、私ひとりだけが着慣れた黒の執務官制服だ。演習に参加しない私は、一番上等な格好をするようにと言われている。
「遅れてごめん、なのは」
「ううん、ちょうどいいタイミングだったよ」
なのはと軽く会話を交わし、向き直る。
ここで私は、とても懐かしい子に再会した。
「久しぶりだね、ギンガ。4年ぶりかな、元気にしてた?」
「はい、フェイトさん。その節はお世話になりました」
腰まで届く豊かな藍色のストレートヘアを揺らして、彼女は軽く腰を折った。
ギンガ・ナカジマ。4年前、空港の大火災のときに助けた女の子だ。
名前のとおりスバルの実のお姉さんで、階級は陸曹。17歳にして捜査官を任されている才女である。
陸戦魔導師としてはもちろん、指揮官・捜査官としてもたいへん優秀、というのが彼女のプロフィールを読んだ感想。助けた頃には障壁を張るだけで精一杯って感じだったのに……まさに光陰矢の如し?
それはともかく、彼女が所属する陸士108部隊では一小隊を任されているそうで、今回の合同演習では模擬戦の相手チームの監督役をつとめることになっている。
「私たちはもう自己紹介すましちゃったから、フェイトちゃんもお願いね」
「あ、うん、そうなんだ」
むむ、さすがなのは。抜かりはないみたいだ。
というわけで名乗る。
「じゃあえっと、フェイト・T・ハラオウンです。演習には参加しないけど、みんなの統括役を言いつかってます。よろしくね」
ぺこりと一礼。
どうやら私はそれなりに有名人らしいので、わざわざ詳しく説明するまでもないだろう。……自分のことを話すのって、なんだかちょっと恥ずかしいし。
「私のことはご存じでしょうから省略して、この子たちに自己紹介させますね」
「ではまず、姉もとい私から」
ギンガに促されて、背がひじょーに小柄(十歳くらい?)な長い銀髪の女の子が口を開く。右目を眼帯で覆っているのはファッションかなにかかな?
「名はチンク。ハラオウン執務官もすでに知っていると思うが、戦闘機人をやっている。部隊では妹たちのまとめ役だ」
“戦闘機人”の単語に、私は無意識に頬の表情筋がひきつるのを感じた。いや、事前に資料見てるから彼女たちの素性とかは知ってるよ、もちろん。
と、私の動揺を見抜かれてしまったのだろうか、チンクと名乗った少女はシニカルな苦笑でかわいらしい顔を歪めた。
むぅ……、また年下に気を使われてしまった。つくづくだめだなぁ、私って。
「んじゃ次は私っスね。名前はウェンディ、ナンバーズのムードメーカーっス!」
「くすっ、元気だね」
「それが私の取り柄っス」
鮮やかな長めの赤い髪を後頭部でツンツンのアップにした女の子が、陽気なテンションでニシシと笑う。
思ったよりも人なつっこい雰囲気で、いろいろな軽そうな子だ。こういう感じ、嫌いじゃない。
「……ディエチ。よろしく」
「うん、こちらこそよろしくね」
茶色の髪を大きなリボンで後ろに結わえた、どこかエイミィ姉さんに似た髪型の女の子。こちらは一転、無表情で抑揚のあまり感じられない口調だ。
なんとなく、印象が灯っぽい。なんとなく。
「……」
四人目。赤いショートヘアの女の子に目を向けると、彼女は不機嫌そうな仏頂面でそっぽを向いてしまった。
なのはとギンガが苦笑してるところをみると、私が来る前もこんな感じだったのかもしれない。……視界の隅でスバルがおろおろしてるし。そういえばこの子、なんかスバルに似てる……?
「ノーヴェ」とチンクにやんわりと注意されてもなしのつぶてで。……私、本格的に嫌われてるみたいだ。
「まったくお前は……。無礼ですまない、ハラオウン執務官。このノーヴェは人見知りするというかその、少々無愛想で気難しくて」
「いいよ。私、べつに気にしてないから」
どうやらまとめ役のチンクはいろいろ苦労してるみたいだ。……昔の私みたいに、社会経験が極端に偏ってると苦労するよね、うん。
彼女たち四人は、ジェイル・スカリエッティが
私の預かり知らないところでいろいろあって保護観察となった彼女たちは、ギンガの所属する陸士108部隊でお世話になっているのだという。この部隊が選ばれた背景には「高度な政治的判断」があるらしい。……なんだかさっきから「だという」とか「らしい」とか曖昧な表現ばかりだけど、蚊帳の外にされてるんだから仕方ないと思う。
正直、ちょっとくやしい。
「…………。あ」
まだちょっと割り切れていない葛藤に思いを馳せていたそのとき、控え室の自動ドアが開いた。
私の、とあることだけに適応した第六感が反応する。
今入室したのは誰? ……そんなもの、いまさらいちいち確認するまでもない。この胸の奥がぽかぽかする気配の持ち主を、私が間違うわけないのだから。
こみ上げる愛しさを唇に乗せて、彼の名を紡ぐ。
「ユーヤっ」「ユウヤさん!」
……え? あれ?
すらりとしたシルエットのスーツを着こなした彼は、なんとも微妙な顔で声を発した私とギンガを見比べる。その背後には見慣れない金髪碧眼の女の子がいて……。
私の決して鋭いとは言えない勘が、高らかに警鐘を鳴らしていた。
「え、えーと……?」
部屋の入り口に立ち止まり、曖昧に苦笑するユーヤ。そんな彼とギンガを何度も見比べる私は、なにがなんだかよくわからなくて、ぽかんと口を開けてしまう。ていうか、みんなも似たような顔してるし。
ピアノ線のように、ぴんっと張り詰めた空気は室内にすごく気まずい。最初に動いたら負けかな、とか思ってないよ?
と、ギンガがユーヤに駆け寄った。
「ユウヤさん! ユウヤさんも、こちらにいらしてたんですね」
「ギンガか。演習に参加するわけじゃないが、よろしく頼む」
「ハイっ!」
……どうやら二人は顔見知りらしい。
「ところで、“ギムレット”の調子はどうだ?」
「あ、はい、問題ないです。まだちょっと扱いづらいですけど、必ず使いこなしてみせます!」
「ん、まあ頑張ってくれ」
和気あいあい、そんな表現がぴったりの会話。ギンガなんてわずかに頬を染めて、まるで恋する女の子みたいな表情をしていた。――ムム、恋する?
その様子をたとえるなら、親犬にまとわりつく無邪気な子犬のような……。
「……っ」
なんだろう、これ……すごく、ムカムカする……。
私を差し置いてユーヤとおしゃべりだなんて冗談じゃない。そのポジションにいていいのは私だけなのに――
噴き出す黒々とした感情をうまくコントロールできなくて、目の前が真っ赤に染まる。
フリーズしたみたいに固まったなのはに、あわあわとうろたえるスバル。エリオとティアナが茫然自失で――、キャロは静観を決め込んでフリードと戯れ、半歩立ち位置を退がった戦闘機人の四人はひどく警戒感を滲ませて、威嚇するみたいに身構えていた。
「なるほどなー。これが世に言う修羅場、あるいはトライアングラーというやつでありますか。たいへん興味深いので、記憶領域に専用のアルバムを作成するであります」
「人聞きの悪いことを言うんじゃない、空気読め」
「では空気を読んでわたしも、「わたしの一番の大切は、あなたの傍にいることであります!」と叫んでマスターに抱きつくべきでありましょうか?」
「……アイギス、いい加減にしろ」
「は、失言でありました。訂正してお詫びするであります」
渦中のユーヤはのんきに金髪の子とコントしてるし。……今の発言、ちょっと聞き捨てならない、かも。
ともかく。ギンガとの関係や、彼を「マスター」呼ばわりするこの女の子ことなどなど、謎は尽きない。
「えっと……攸夜くん?」
「ん、悪い。初っ端からグダグダだな。とりあえずみんな、どこでもいいから座ってくれ」
再起動したなのはに困惑顔で呼びかけられて、すまなそうに苦笑したユーヤはエリを正し、そう告げた。
指示のとおり、何本か部屋に設置されているベンチへそれぞれが座るのだけれど、私はユーヤの左側に寄るだけにしておく。
「フェイトは座らなくていいのか?」
「……ここでいい」
「そ、そうか」
今ユーヤから離れるのは、不安だ。……うまく言葉にはできないけど。
右側を金髪の子に取られたギンガが渋々とベンチに座った。ふふん、いい気味。
――あ、目があった。
私負けませんから!とか主張しているような気がする。むーっ、ユーヤは私のだからねっ!
と、ギンガを威嚇をしていたら、大きな手のひらが私の肩に添えられた。
びっくりして、となりを見上げる。
「フェイト」
私を呼ぶ穏やかな声。
わずかに微笑んで、軽く見つめ返してくれる蒼い瞳は「心配するな」って告げているようで。心に渦巻いていた不安とか不快感は、キレイさっぱりなくなっていた。
本当に、こういうさり気ないフォローの上手なひとだと思う。……ずるいなぁ。
「初対面はランスターとナカジマ妹だけだが、一応名乗っておく。この演習の責任者を務める宝條攸夜だ。最高評議会直属ということになっているが、正式な階級は持っていないから自由に呼んでくれ」
はい、と声を揃えるスバルとティアナ。……ふーん、あの子たちとも知り合いなんだ。ギンガの部下四人に目を向ける。
まあ、ユーヤの立場を思えば当然かな。スカリエッティを捕縛したのはほかならぬ彼なので、そのときに交戦したのかもしれない。――なるほど、だからユーヤが部屋に入ってきてからずっと脅えた感じがするんだ。ご愁傷さま、だね。
「アイギス、挨拶しろ」
「はっ、了解であります!」
ビシッと完璧な最敬礼をして、金髪碧眼の少女が進み出る。
私よりも小柄な彼女の肌は真っ白で、整った目鼻立ちはまるで美しさを計算し尽くされた彫刻のよう。白と赤と金の、ヘッドフォンみたいなカチューシャがさらさらショートヘアをいっそう引き立てていて、思わず抱きつきたくなるくらい愛らしい。
そんな私から見ても美少女だって思う女の子が纏うのは、金色の縁取りや飾り紐が施された純白の軍服風ロングコート。シンプルだけど、ぴったり身体のラインを強調するシルエットで、ボトムは白のスラックス、かな?
白いシャツの襟元を彩るふわふわの赤いリボン、たくさん縫いつけられた金色のボタンには七枚の花弁の細工が刻まれていて、同じ色の飾り紐が左肩を飾っている。――あまりにも装飾過剰な服に感じる、ちょっとした既視感。
……あ、どうりで見たことあると思ったらこれ、セフィロトの制服だ。実物を目にするのは初めてなんだけど、リミットブレイクしたユーヤのバリアジャケットと同じ配色だから印象に残ってた。……でも、白すぎて汚れが目立ちそう、と心配してしまう私の感覚はずれているのかな。
「初めまして、アイギスです。冥魔掃討を目的に活動中であります」
「このHTBX01AⅡアイギスは、今回の新装備評価演習、その主役となる汎用人型決戦“箒”のプロダクトモデルだ。陳腐な表現だが、いわゆる機械の乙女だな。ちなみにコイツが俺をマスターと呼ぶのは仕様だ、気にするな」
「……“箒”? この子が?」
表情とか言動が人間ぽくて、とても機械には見えない。
「その通り。まあ“箒”の癖に空も飛べないポンコツだけど」
「シャラップ、でありますマスター。わたしアイギス七式は、アニスお姉さまの直系後継機にしてウィザードタイプ“強化人間”の戦闘データを基に開発された最新式陸戦砲撃型
えっへんと胸を張る他称機械の乙女。……言われてみればたしかに、首周りは白革張りだしヘッドフォンっぽいのは排気口かな?
つまりこの子は、完全戦闘用のマシンサーヴァントってことらしい。いわゆるアンドロイドであるマシンサーヴァントも、最近ではそれほど珍しい存在じゃなくなってきている。六課のような末端の施設ならともかく、本局ステーションとか地上本部ビル、それと行政府の施設でたくさん働いている姿を見かけるからだ。
オートメーション化が進んでいるXN級次元航行艦では、艦の運用をほとんどを任せられているくらいだし、民間にも参入するのは時間の問題だと思う。
いつか市民権を獲得する日が来るかもな、なんてユーヤが笑い話にしてたり。
――“人型箒”……機械の乙女、か。
心のなかで呟くと、ちくり、胸に鈍い痛みを感じた。
「しかし、これが戦闘機人でありますか……」
まさしく人形じみた顔を飾る瞳は侮るようで。
アイギスはナンバーズの四人をゆっくりと睥睨する。……ヒトのことを「これ」っていうのはよくないと思うよ?
「聞きしに勝る低脳ぶりでありますな。まさに帯に短したすきに流し、無用の長物とはこのことであります」
「なんだとっ!?」「その言い様、さすがに姉も聞き捨てならない」「私らに喧嘩売ってるんっスか!?」「……ムカ」
一触即発。こんなわかりやすい挑発、聞き流す方が難しい。
――あっ、今鼻で笑った。あきらかに鼻で笑ったよね?
「AMF領域下でなければAランク魔導師にも劣る半端者が粋がるなであります。製造にかかるコストから見ても工業製品として失格、いえ欠陥でありましょう」
だめ押しの暴言。今にもケンカが始まりそうな空気に、当事者たち以外はおろおろしてしまう。
私は、密かにムカムカしてる。理由はわからないけど。
と、そんな中、唯一冷静だったユーヤが口を開く。
「お前たち、場所を弁えろ」
冷たい一喝。
でも興奮したノーヴェは犬歯を剥いて、「指図すんじゃねー!」と反抗することをやめない。
「ちょっとノーヴェ、ユウヤさんにそんな口利いちゃダメよ?」
「九番。その反骨心と度胸は大したものだと思うが、実力が伴わなければ負け犬の遠吠えと変わらんぞ」
「っち……」
口々に咎められ、赤毛の怒りんぼうはようやく矛を収めた。
怒りっぽいなぁ……ちゃんとカルシウムを採らなきゃダメだよ?
「ったく……アイギスお前もだ。その毒舌、どうにかならないのか?」
「お言葉ですがマスター、お姉さま方のお茶目な言語回路に比べれば上等かとアイギスは愚考するであります」
「反論できないのが悔しいな……」
呆れたようにこめかみを押さえるユーヤ。よくわからないけど、彼が言い返せないってことはその“お姉さま”ってよっぽどお茶目なんだろうな。
彼は、憤懣やるかたない様子の四人組に視線で釘を差し「さて、自己紹介も粗方終わったところで君らの今日のスケジュールを伝える」と、手品みたいに取り出した端末を片手にすらすら要点を述べる。
なのはたちに関するスケジュールは、わりとシンプルだ。
30分後、機動六課の四人と陸士108部隊の四人がそれぞれなのはとギンガの指示の下、演習場を使った本格的な模擬戦をする。その勝敗に関わらず、休憩を挟んでアイギスのデモンストレーションが同じ場所で行われる、というのが主な流れ。説明はとてもわかりやすく、簡潔にまとめてあって感心した。
ちなみに私はユーヤと観覧室で観戦の予定。はやてもそっちだそうだ。
「――以上だ。何か質問は?」
ふたたび端末をどこかにしまい、人当たりのいいやさしげな表情をつくったユーヤはゆっくりと室内を見渡した。
「あの、聞きたいことがあるんですけど……」スバルがおずおず手を挙げた。
「許可する。言ってみろ」
「えっと、ユウヤさんとギン姉ぇはいったいどういう関係なんですか?」
「「「「!!!!」」」」
な……っ!?
た、たしかに気にはなるけど、今聞くことじゃないでしょ、常識的に考えて。
スバルの発言で収まりかけた空気がふたたび騒然とする。私も絶句しておおいに動揺中。
でも、私の大事なひとは一味違う。ふむ、とふてぶてしく芝居ぶって唸ってみせるだけ。
「昔、ギンガの命を救ったことがあってね。フェイトと一緒に、と言えば君も思い当たる事件があるだろう? そう、四年前のあの大火災の時にな。それと、そこの数の子連中の監察役をしてる関係で、割と顔見知りではある」
その説明でスバルは納得したみたい。
ナンバーズだから、数の子? かわいい愛称だね、ふふっ。
「4人も攸夜くんと知り合いなんだね」
「三年前、姉たちの住んでいたアジトに監察官殿が来襲したのだ」「けちょんけちょんのボッコボコにされたっス」「……呆気なかった」「……フン!」
やっぱり、戦ってひどい目にあったんだ。キャロが同類を哀れむような目で見てるよ。
えーと、二度目になるけどご愁傷さま。
「む、そろそろ時間か。じゃあなのは、フェイトは借りていくぞ」
「あっ……」
返事を待たず、私の手を取るユーヤ。今日も変わらず強引だ。
「仲良くやれよ、お前ら」
「誰がこんなヤツと!」「命令でしたら善処するであります」
あーあ。アイギスとノーヴェ、完全に仲違いしちゃってるよ。ほかの三人も同じような目をしてるし。まさに水と油って感じだ。
苦笑いをかみ殺すユーヤをなのはが非難する。
「ちょっと攸夜くん、こんな空気を放置して逃げる気っ!?」
「悪いが不満は聞けない。後は任せるから適当に頑張ってくれ」
わりとひどい逃げ口上を残したユーヤに手を引かれ、その場をあとにする私はかろうじてなのはたちに「演習がんばって、応援してるから」とだけ告げることができた。
――控え室を出る間際に聞こえてきた「責任とれー、このやろーっ!!」というなのはのやけっぱちな叫びは、スルーされてしまったのでした。
……この演習、始まる前から前途多難だよぉ……。
* * *
「……」「……」
音もなく閉まるエレベーターのドア。すぐに箱は動き出して、魔法で飛ぶのとは違う不快な浮遊感を感じて顔を密かにしかめる。
重力に逆らい上昇を続ける三畳も満たない密室の中は、なんともいえない沈黙で満たされていた。
控え室があったのは最下層、そして私たちの目的地である観覧室があるのは施設の最上階。つまり、わりと長い時間ふたりっきりになるということで……。
普段ならいい、普段なら。
でも今は――
(うう、沈黙が重い……)
聞きたい。
ギンガのこと、どうしてあんなに馴れ馴れしくさせてるのか。その辺のことを詳しく、とことん、徹底的に、根掘り葉掘りまるっと聞き出したい。
……たしかにスバルにした説明は理に適ってたし、いちおう納得もしたけど、それじゃどうにも安心できなくて。心の中のもやもやが晴れてくれない。
こういう気持ちは理屈じゃないんだと、最近やっとわかるようになってきた。その……、恋とか愛とかといっしょなんだ、たぶん。
(いや、そうじゃなくてっ!)
ふるふる。頭を大きく振る。
エレベーターはもうすぐ目的の階にたどりつきそうだ。
ふたりっきりの時間はもうすぐ終わり……聞くなら、今しかない。
私の突飛な行動に怪訝な顔をした恋人の横顔をちらりと盗み見て、小さく息を吐く。
(私、がんばれっ!)
苦悩や不安を無理やりに押し込めて、口をつぐんでしまいたくなる自分を奮い立たせる。
イヤなことから目を背け、耳をふさぎ、心にウソをついて、自分をごまかす昔からの私の悪癖。
立ち止まり、膝を抱えてうずくまってしまえば楽になれるから。傷つかなくてすむから。
たとえそれが、逃避でしかなくても――
けれど、本当に知ってほしい気持ちは、言葉にして伝えなきゃだめなんだ。そう、言い聞かせる。
「あの、あのね、ユーヤ――」
「フェイト」
なんとか絞り出した言葉を遮るよく通る声。慣れ親しんだ、私の名前。好きじゃない、名前。
ガクン、エレベーターが目的の階に停止した。
「君の言いたいことは、大凡わかっているつもりだよ」
――ああ……、そっか。
その一言で。ひどく真摯に私を見つめてくれる表情で、あらためて理解した。
彼は私のこと、なんでもお見通しなんだ、って。
どこまでも、いつまでも。
“
「ギンガのことだろ? ……俺たち、こういうことは初めてだから混乱するのも仕方ないよな」
うんそう、それだ。私の引っかかってたことは。
今まで、恋敵というか……あんなふうに、私たちの関係に強引に割り込んできた子はいなかった。
なのはとかはやてなんかはこっちが勝手に警戒しているだけだし、彼の周りにいる女性もみんな、ちゃんと一線を引いていたように見えたし。……改めて考えるとユーヤって案外モテないのかな?
まあ――、二号さんとか三号さんとか、そういう
「四年前の火災の時、助けてやった所為なんだろうな。ま、憧れの先輩とか近所のお兄さんとか、そういうレベルの好意だよ、あれは。妹の方がなのはを慕ってるのと一緒の理屈さ」
「そう、かなぁ……。あの眼は本気だったよ?」
「へぇ、女の勘ってヤツか」
ユーヤが興味深そうにスッと目を細めた。
きっと、ギンガはギンガなりに本気だ。なんとなくわかる……誰かを好きになるってことは、すごくたいへんなことだから。
「女の子は、恋愛も戦いも常に全力全開なの」とはなのはの受け売り。そのパワーをユーノ相手にも発揮したらいいのに。
「……うん、そうだと思う。ユーヤは女の子に好きって想われて、うれしくないの?」
「いんや、別に」
うわ、ひどい。一言で切って捨てたよ。
「ギンガには悪いが、眼中にないな。好かれるよりも嫌われる方が楽だしさ」
「……じゃあ、私の気持ちは迷惑なの?」
「まさか、そんなことはない! フェイトは特別だ」
とくべつ……うれしい。
ユーヤに共感してもらって、いくらかもやもやが薄れた気がする。
でも――、
(やっぱり、不安だよ……)
昔からマイナス思考に陥りがちな私だ、一度悪い想像が始まれば自分じゃ止めることができない。
たとえば、ほかの女の子に目移りしちゃうだとか――そんなネガティブなことばかり、思い浮かべてしまって。
「……浮気、してないよね?」
だからついつい、心にもないことを聞いてしまう。
いくらかっこよくて、誰でも分け隔てなくやさしいからって、ユーヤはそんなこと絶対しない。……た、たぶん、きっと。
――期待を込めて、彼の顔を窺う。
「してる、と言ったらどうする?」
「――え?」
ぞわり、背筋に寒気が走る。キュッと心臓が縮まるような気がした。目の前が真っ暗になるような気がした。
いつもの冗談だって理性はわかってるのに、心が受けつけない。……どうせまた、私をからかうつもりなんだ。そ、そう簡単にはいかないもん!
「なら……、あなたを殺して私も死ぬ」
反射的に言ってしまった口を両手で隠した。吐き出した言葉は、もう飲み込めない。
……我ながら不穏すぎる発言の半分は、本気だった。ほかの誰かにこの幸せな日々を奪われるくらいなら、いっそ――――
「くくっ」
バッドトリップから正気に返った視界に飛び込んできたのは、ひどく愉快そうに崩れたユーヤの笑み。ぽかんと間の抜けな顔が写る蒼い瞳は薄く細められ、危険な色を帯びさせていて。
どう見てもこれは、悪いことを考えている顔だ。
「ぁ……や、やだ、うそだよ、今のナシっ! 冗談だから本気にしないで」
思わず、そう叫ぶ。
いくらなんでも、病んだ子だって思われるのはいやだ。……もう手遅れかもしれないけど。
ふ、と微笑するユーヤ。冗談だ、と混乱する私を慰めるようにやさしく髪を梳いてくれる。それから手を引かれて、エレベーターの外に連れ出された。
ドアが閉まる。
廊下には人気がなかった。演習の前だからかな?
「まあ、フェイトに滅ぼされるってんなら本望というか本懐だけど、そんなことは絶対にさせないって約束する」
「……ほんとに?」
「ああ本当だ。今まで一度でも、俺がお前との約束を破ったことがあったか?」
「……ううん、ない」
有言実行、誠実なのもユーヤの魅力のひとつだ。……なにか物騒なことを言ってたような気もしたけど、考えたら負けだよね、うん。
真摯な微笑から一転、いつもの飄々とした態度に転じたユーヤが軽薄にうそぶく。
「それに俺って、恋の狩人だからさ。欲しいものは、自分の力で勝ち取らなきゃ気が済まないんだ。恋愛でも何でも、誰かに主導権を握られるのは嫌なんだよ」
「そ、そうなんだ。あ、あはは……」
なんて、横暴。でも、思い返せば、昔からユーヤってそんな感じだったかも。
なにかと私の無意識のアプローチからは逃げ腰で、彼がいろいろな意味で積極的になったのは忘れもしない、あの月の夜以来だった。
深い紺色の夜空。
きらきらときらめく星々。
やさしくほほえむ金色の月。
そして、静かに佇む大好きな男の子――、今でもその光景が瞼の裏にはっきりと焼きついてる。私の心の原風景。
は、はうぅ……思い出したら顔が火照ってきちゃったよぅ……。
「しかし、フェイトに焼き餅を焼かせたのは俺の手落ちだな。……と、いうわけで、そのお詫びじゃあないが――」
「ぁ……」
いたずらっ子な顔で、覆い被さるように近づいてくる。
背後には壁。逃げられない、というか逃げるつもりもないというか……。
さすがに、この状況の意味がわからないほど子どもじゃない。だけど、場所くらいわきまえてほし――
「んんっ!」
有無を言うタイミングもなく、強引に唇を奪われた。いつものことだ。
全身の産毛が泡立つ。強い快感が体中を駆けめぐる。思考が漂白されていく。
……キスは、すき。
してる間は、とろとろにとろけて、いやなことを考えなくてすむから。
「ん……、んふ、ふぁ……」
彼の背中に回した手で、大きな背中をギュッと掴む。
あったかい……舌。あまくて、きもちよくて。私ごと、からめ、とられ――
「――主上」
スキンシップに夢中だったそのとき、横合いからアルトの声が響く。
すぐそばから呼びかけられて、私たちは少しだけ間を離す――抱き合ったままで。
沸騰するように顔に熱が集まってきた。ど、どこまで見られてたのかなっ!?
私ほど真っ赤じゃないけれど、ユーヤも耳を赤くしてる。彼もさりげに純情なのだ。
「む、月乃か」
声の主は、非常に気まずそうな表情をしている宇佐木さん。今日は普段のブラウンの制服ではなく、アイギスと同じ白い制服を着ている。
彼女は六課司令部の人で、もともと最高評議会の方で仕事してたらしいからその関係だろうか。
――じゃ、なくて!
じたばた、じたばた。恥ずかしくて逃げようともがいても、がっちりハグされて身動きが取れない。
ううー、うううーっ!
「……月乃、見ての通り取り込み中なんだが?」
「はい、申し訳ございません。しかし何分皆様が観覧室にてお待ちになっておりますので……」
「おっと、そいつは拙いな」
!! 大事なことをすっかり忘れていた自分をなじりたくなる。彼女はたぶん、いつまでたってもやってこない私たちを迎えにきたんだろう。お手数かけてごめんなさい。
ユーヤもちょっとばつが悪そうに頭をかいて、
「仕方ない。些か名残惜しいが、お仕事だしな」
と言い、自分と私の乱れた衣服をいそいそと直しはじめる。
私? なされるがままだけどなにか?
「よしできた。……じゃあフェイト、続きはまた後でな」
ささやくように意味深な言葉を残して、ユーヤは歩き出す。
どうしてこう、いちいち恥ずかしい表現するのかな? 顔が熱いよ……。
はぁ……なんか、一人で悶々としてた私がバカみたいだ。
「もう、ばか……」
かと言って、ぼそぼそ抗議することしかできないからなおさらくやしい。
だいたい、私が悩んでいたのはぜんぶあなたのせいで――とかなんとか、文句を心の中でつぶやいて、ユーヤの後ろについて行く。
……このリンゴみたいに赤くなった顔、部屋につくまでに落ち着けばいいけれど。
「ところでユーヤ。ひとつ、いいかな」
「ん、なんだ」
「あの戦闘機人の子たちに、いったいどんなことしたの? ずいぶん怯えてみたいだけど」
「両手両足の腱を斬り落として死なない程度に痛めつけた」
「…………。え?」
「だから無力化して半殺しにしたんだって。高濃度のAMF領域下だからって調子乗っててムカついたからさ、ちょっと格の違いを身体に刻みつけてやったんだよ。ちなみに一番ボッコにしたのは四番な」
「あ、相変わらず理不尽だね、ユーヤって」
「んむ、賞賛として受け取っておく」
いや、そういう意味じゃないから。
* * *
首都クラナガンより約十キロの沖合い、青く澄み渡った広大な海原の深くに“ソレ”はいた。
母なる海に住まう数多の命を奪い、刈り尽くす“ソレ”は、彼らが持つわずかな存在の力を糧に、少しずつ力を蓄えていた。
静かに。
慎重に。
用心深く。
気取られないように。
当然だ――この場所は、全てを滅ぼす破壊の光を担う魔王が居座る世界なのだから。
彼の者の逆鱗に触れれば、力を蓄える前の“ソレ”など瞬く間に蒸発していただろう。
“ソレ”を生み出した存在は誰よりもその力を知っていた。
故の、消極策。
だが、雌伏の時はもう終わりだ。
鮮やかな紅い巨躯が莫大な圧力をものともせず、悠然と海水を切り裂いた。
ゴツゴツとした海底を、十階建てのビルの高さを有に越える脚が突き砕いた。
その背後に続く紅い軍勢。
魚群が驚き、一目散に逃げていった。
“ソレ”に確固たる意志や目的はない。
“ソレ”はただ、命を破壊するためだけに生み出された。
“ソレ”に与えられた使命は一つきり――、生きし生けるものすべての破滅。
凪いだ海面に、
* * *
観覧室に入った途端、歓談をやめてこっちを向く人たち。うう、好奇の視線が痛い……。
そんな最中、物怖じしないで堂々と振る舞えるユーヤはほんとに図太いって感心すると同時に、その揺るぎないあり方がとてもまぶしく思えた。
開放的で広々とした部屋には、派閥を問わず主要な高官が一堂に会している。まあさすがに“伝説の三提督”のみなさんはいないみたいだけど。
……あ、顔なじみの記者さんたちだ。取材、ご苦労様です。
開始予定時刻までまだ猶予があるうちに、ユーヤは招かれた人たちと軽く挨拶を交わす。
私はいつもどおり、彼のとなりで愛想笑い。執務官の職務の傍ら、たまに大きなレセプションパーティーなんかに出席して秘書まがいのことをしてて、こういうことにも慣れてしまった。
ユーヤに釣り合う女の子でいるのはとってもたいへんなのです。
閑話休題。それはさておき。
まず最初に接触したのは、地上本部のレジアス・ゲイズ中将。娘で副官のオーリスさんを連れている。
二人の会話は……どこか、というかかなり不穏だ。
一見、お堅い話を何気なくしているように見えて、その実牽制と挑発とが言葉の中に巧みに織り交ぜられている。たぶん、ユーヤの慇懃無礼な態度がいけないんだ。「中将閣下」って呼び方、ぜったいケンカ売ってるし。
ハラハラ冷や汗ものだった私に比べ、平然としていたオーリスさんが印象に残った。……この大人気ないやりとり、いつもやってるんだろうか。
次に声をかけたのは、はやてと歓談していたカリム・グラシア少将。ブロンドがきれいな聖王教会――古代ベルカ文明を発祥とし、“聖王”と呼ばれる過去の聖人を崇める宗教組織だ――のシスターさんで、ヴェロッサの義理のお姉さん。私も知らない仲じゃない。
彼女は人型“箒”の視察にやってきたらしい。あと、聖王教会預かりになってるナンバーズの子たちの報告も兼ねてるのだとか。
一緒にいたことからもわかるように、はやてとカリムは友人同士だ。古代ベルカの遺産である夜天の魔導書の縁で知り合い、リインフォースの復活にも協力してくれたカリムははやての大切な友だちというわけ。
ちなみに、聖王教会から距離をとってるらしいユーヤとカリムの会話はぎこちなくて、あまり和やかものにはならなかった。
まあ、教義が甘々なことで有名な聖王教会としても「リアル神さまっぽくて魔王」なんて存在、許容できないよね。
そのあと、“うみ”と“りく”のえらいひとに挨拶して回って、最後にゲンヤ・ナカジマ三佐と接触した。
この壮年の男性は今回、機動六課の演習相手となる陸士108部隊の責任者で、ファミリーネームのとおりスバルとギンガのお父さん。はやてが師匠――捜査官としてとか、管理職のノウハウ的な意味で――と仰ぐ人だ。
実際に会うのは初めてで、はやてから聞いてたイメージどおり彼女好みのいぶし銀なおじさま、という感じだった。
なんかユーヤと、「また今度飲みに行きましょう」みたいなことを話していたのがちょっと気になる。――ユーヤって、家事とか仕事とかですごく忙しいはずなのに、いつそんなヒマがあるのか不思議でならない。
余談だけど、今回挨拶した人たちみんなにユーヤはお土産を渡していた。もちろん、それぞれの好みに合わせて、お酒とかお菓子とかを用意して。
ユーヤ曰わく「御中元みたいなもんだ」。こうやって人脈を築いていくんだなぁ……。ほんと、マメなひとだ。
「――で、どうして君がここにいるんだ? ベル」
あらかた挨拶まわりも終わったところで、ユーヤが頭痛を堪えた表情で
特徴的なポンチョ、ふわふわなショートボブの銀髪に可憐で小悪魔的な笑み――一度目にしたら忘れられない強烈な個性の持ち主が、さも当然といった顔で紛れ込んでいた。誰もそれを指摘していないほど自然だからなおさらタチが悪い。
あ、ポンチョの下に地上部隊の制服着てる。なるほどだから誰も不自然に思わないんだ……って、そんなわけないよっ!
「リオンから、なんかおもしろそうなことやるって聞いたからさぁ~、まぁヒマだったし? ちょっと興味あったから来てやったってワケ。あたし自ら出向いてやったんだから、光栄に思いなさいよね」
つんっ、と腕を組んだ尊大な態度。やっぱり気に入らない。
いつものごとく、大きな本を抱えた青いドレスの女性を連れている。アゼルは……今日はいないみたいだ。
「リオン……、お前の愉快犯的な行動は本当に迷惑だな。悪党の鏡だぞ?」
「……いえ、今回に限って言うと、主に来たがったのはベルの方なのです」
わずかに心外そうな様子のリオン。といっても、顔は内心の読めない微笑のままだけど。
「人型“箒”のデモンストレーションと告げた途端、目の色を変えまして……」
「ああ、そういえば、ベルはアイツらとも縁があったか。……知り合いの妹が心配だったとか?」
「へ、変な勘ぐりするんじゃないわよっ。だいたい、あんな木偶人形になんか興味ないんだからねっ!」
「ツンデレ乙。さっそく発言が矛盾してるのな」
……とりあえず、私としては演習を邪魔さえしなければもうどうでもいいや、うん。
ちょっと投げやり?
とまあ、そんなこんなでついに始まった模擬戦だけれど――
「これはひどい」
……うん、あのねユーヤ。この状況をとても的確に表現してるのはいいけど、そんな端的な言い方はないと思うんだよ。もうちょっと包み隠してっていうか……。
と、ユーヤの発言にツッコむ私は現在現実逃避中。
だって、うちの子たちが完全に手も足も出てないんだもん。
すでにキャロが脱落し、今も残りの三人でなんとか戦線を押し返そうとしてるものの、勝負がつくのも時間の問題だ。
どうも、キャロがチーム最強だと見抜かれたようで、開始そうそうに単独行動で孤立したところを四人がかりで強襲。一分ほど耐えたキャロも、最終的には重傷判定を受けてあえなくリタイアしてしまった。
まさに速攻、侵魔召喚する暇もなかったのだからその苛烈さがわかってもらえると思う。
「あの四人、ずいぶん洗練されたチームプレーするんだね。なんていうか、
「そうだな。よく訓練しているのがわかる部隊運用だ」
熾烈なインファイトを繰り広げるスバルとノーヴェをモニター越しに眺めながら、ユーヤと感心し合う。あ、ティアナがやられた。
相手方の陣容は、スバルと似たスタイルのノーヴェがフロントアタッカー、浮遊するボードを操るウェンディがガードウイング、大砲を抱えたディエチがフルバック。そして、スローイングダガー使いのチンクがセンターガードというセオリーどおりの布陣だ。
セオリー、定石というのは戦いにおいても大切な要素の一つ。頑なにこだわるのはよくないけれど、闇雲に奇をてらっても効果は上がらない。
「まあ当初はまさに
「へぇ、そうなんだ」
資料によると、彼女たちは仲間の交戦記録を読み込むことで機能――じゃなく、経験や能力をアップデートできるらしい。
でも一番大事なのは、実際に体験して得た経験だ。彼女たちも、そうやって強くなったんだと思う。
「それにしても……すごくきわどい格好だね、あの子たちのコスチューム。全身タイツみたいで見てるこっちが恥ずかしいよ」
「概ね同意だが、恥ずかしさでは真ソニックとどっこいだろ」
「そ、そんなことないもんっ!」
「いやいや」
「むーっ!!」
――エリオが最後まで粘ったものの、結局六課チームはナンバーズの四人に一矢報いることもできないまま負けてしまった。まさにワンサイドゲーム……、もちろん悪い方向で。
ともかく。あらためて、チームプレーというか、チームワークの大切さを確認させられた一戦だったと思う。
それぞれの戦闘力は特筆するほどのものじゃない。けれど、短所を長所で補い合い、お互いの力を何倍にも高めていくその戦いぶりは、私やなのは、ユーヤのような“一騎当千”のそれとはまた違った質の強さだった。
反面、こちらの四人の実力も彼女たちに引けを取るようなものじゃない。むしろ、得意分野では勝っていた部分だってあったはずだ。
それなのに負けてしまったのはひとえに、チグハグな連携のお粗末さとスタンドプレーの横行が原因であると私は考えている。このあたり、要改善、かな。
「ったく、恥をかかせよってからに。帰ったらお説教やな、まったく」
ぶつぶつつぶやくはやては額に青筋を浮かべ、かなりお冠の様子。その気持ち、よくわかる。
用事があって地上本部に顔を出すと、「お遊び部隊」だとか「なかよしクラブ」だとか、六課の陰口をよく耳にするから。
そういうやっかみとか後ろ暗い感情の矢面に立つはやてとしては、今回の模擬戦の結果はとうてい納得できないものだったのだろう。
はぁ……。なのは、また荒れそう……。
模擬戦の後始末を兼ねた休憩のあと、
ついにアイギスの――〈汎用人型決戦箒〉の評価演習、デモンストレーションが始まった。
司会進行は、いつの間にか姿が見えなくなっていた宇佐木さんが務めるそうで、ここからユーヤが指示を行う。
大型モニターに映るフィールドで出番を今か今かと待つ鋼の乙女。先ほどの制服を脱ぎ、白い革張りの、女の子特有の丸みを帯びた機体を外気にさらしている。肩のあたりや腰回り金色の飾り、関節部分のボールジョイントが露わになっていて――こうして見ると、たしかに彼女の身体は機械のかたまりだった。
「アイギス、ミッションは配置された標的の全撃破だ。民間人に相当する標的への攻撃は許可しない。まずは通常兵装でアタック、いいな?」
《任務了解。ハンドマシンガン、ロードであります》
両腕側面の空間が歪んで、ドラム状のカートリッジが装着された。彼女の持つ疑似カグヤによる現象だ。
コンソールの上に軽く乗り出して、ユーヤが発破をかける。
「晴れの舞台だ、加減は要らない。存分に暴れろ」
《突撃、であります!》
吠えるように応じたアイギスは、ぐんっと脚をたわめて走り出した。
両腕を後ろにのばす独特のストライドで、市街地を模した演習場を駆け抜ける。
起動するターゲット。一斉にレーザーを発射するけど――
《スカルメール1、エンゲージであります!》
アイギスはそれを巧みに回避し、反撃を試みる。
手首を高速回転させて、指先から青い魔力の弾丸を火花とともに発射。猛烈な勢い、文字通りの機関砲。
けして集弾率の高い武器ではないはずなのに、無駄な弾が一つもない。恐ろしいくらい的確な狙いでターゲットを撃ち抜いていく。もちろん、民間人として設定されたターゲットには一発も当てていないのは当然だ。
《兵装選択、グレネードランチャー。――ファイア!》
右腕部分、肘より先の空間が揺らめいて、一瞬のうちにモスグリーンで口径の大きい大砲のような兵器に換装されていた。
耳をつんざく破裂音。
一抱えはある魔力の塊が放たれて、ターゲットの集団を一緒くたに爆砕した。
《兵装選択、アンチマテリアルライフル。ターゲットロック》
グレネードランチャーがかき消え、また違う火器が展開される。
大きなターゲットを捉える真っ白な長銃身のライフル――というか、砲塔を腰だめに構えた。
《砕け散るんだ、であります!》
本来は備え付けの対戦車砲らしいそれは、ありえない発砲音を響かせて大型ターゲットを破壊した。
続いて空高く飛び跳ね、両手から牽制の弾丸を掃射。ターゲットの中心に危なげなく着地したアイギス。――あんなふうに飛び込んだりして、いったいどうするつもりだろう?
ユーヤが指示を飛ばした。
「よし、オプションパーツの使用を許可する。派手にブチ撒けろ!」
《AAマジックミサイルおよびコンテナミサイル展開、ターゲットマルチロック》
両足と背中、計4つの箱みたいな鉄の塊が疑似カグヤから現れる。
《ミサイルパーティー! 総攻撃であります!》
機械の少女の砲哮を引き金に、破壊の嵐が解き放たれた。
* * *
演習施設内、控え室。
つい数分前まで行われていた演習で、文句なしの大敗を喫した機動六課の新人四人とその指導教官は、もれなくどんよりマイナスの空気を発生させていた。
あまりの湿っぽさは、実際に室内の温度と湿度が数パーセント落ちていると錯覚するほどだ。
そんな中、とりわけ症状が酷かったのはティアナである。
ずーん、とめっきり落ち込んだ様子で「……。ごめんおにいちゃん……アタシ、もうダメかもしんない……」などとぶつぶつ呟いている。
「てぃ、ティアぁ~」
「……ちょっとほっといて」
いつものごとくスバルがまとわりついても、のれんに腕押しで覇気が全く見られない。
“夢”の進退を賭けて挑んだ演習が散々な結果に終わってしまい、ティアナは情けなさと悔しさに打ちのめされていたのだ。
部屋の片隅でうずくまっているエリオも同様に鬱々として鬱ぎ込んでいるし、ベンチに座ったキャロなどは仏頂面でさっきから一言も喋っていない。内面はどうあれ、普段通りに振る舞っているのはスバルただ一人。
情けないにもほどがあろうが、試合後に「思ってたより手応えなかったっスね~」とか「あんなんがギンガ姉ぇの妹かよ」など、ひどく軽い感じであんまりなセリフを吐かれてしまっては無理もないのかもしれない。
なお、ギンガたちとは別室に分けられている。さすがに模擬戦のすぐ後では気まずかろう、という上層部側の配慮だった。
「うう……」
控え室に蔓延する灰色に曇った嫌な雰囲気に、なのはが思わず眉毛をハの字に下げる。
傍目には順風満帆に見える彼女とて、完全な敗北を――自らの無力さと情けなさを味わった経験など嫌と言うほどあるので、教え子たちの気持ちは理解できた。まあ、だからと言ってメンタルのケアに適している人材かどうかについては甚だ疑問が残るが。
ぶんぶん。なのはが気を取り直すように頭を振る。こんなときこそ年上の私がしっかりしなきゃ、自らを鼓舞し、奮い立たせた。
「ほ、ほらみんな元気だして! いまのうちにさっきの模擬戦の検討会しよ? 料理は熱いうちに食べなきゃ!」
自分も少なからずショックを受けているだろうに、なけなしの負けん気を振り絞り宣言する。発言にややズレている感があるのは、彼女も敗戦から立ち直りきっていない証拠だろう。
重い腰をようやく上げ、押っ取り刀で集まってくる教え子たちに「ちょっとなめられちゃってるかも?」となのはが密かに落ち込む。あながち、普段――訓練時を除く――の若干頼りない言動が原因と言えてしまうところが悲しいところだ。
こう見えて、高町なのはは十九歳の女の子。至らないところもあるのです。
「じゃあまずはさっきの映像を見て、どこが悪かったか意見を出し合ってみよっか」
部屋に備え付けの端末から施設の機能にアクセスし、模擬戦の映像をスクリーンに映し出すよう設定すると、なのははマルチタスクを全開で働かせて訓辞の内容を脳内シミュレートするのだった。
そろそろ今回の共同演習のメインイベント、〈汎用人型決戦箒〉のデモンストレーションが始まる時間だ。
なのはたちも検討会をいったん切り上げて視聴する体勢に入る。
皆一様にして、不安と期待とが綯い交ぜになった表情で固唾を呑む。不安が特に強く見えるのは、主役であるアイギスの能力に疑問を感じていたから。
――フェイトと攸夜が去った後、控え室は本当に悲惨だった。
お互いのレーゾンデートルを賭けていがみ合うガイノイドとサイボーグ。なまじ在り方が近かしいが故に、その近親憎悪は凄まじいの一言。まあ、ほぼ原因は暴言を撒き散らして挑発するアイギスの方にあるのだが。
どうも彼女は本格的にナンバーズの存在が気に食わないらしく、なんとか宥めようとした外野たちの辛労たるや涙なくては語ることができないほどで、「普段はもっと聞き分けのいい子たちなんですけど……」とはギンガの言葉。
そんなゴタゴタを引き起こした機械の乙女は、クラナガンの街並みを再現したフィールドの直中で無言のまま佇んでいた。
しかし彼女は何も、無為に時間を持て余しているのではない。
思考を司る精密極まりない電子回路に、余人では計り知れない速度と量の情報を走らせ、来る戦闘に備えているのだ。
《アイギス、ミッションは配置された標的の全撃破だ。民間人に相当する標的への攻撃は許可しない。まずは通常兵装でアタック、いいな?》
《任務了解。ハンドマシンガン、ロードであります》
「あ、ししょーの声だ」
「ししょー?」
「ユウヤさんのことです。私の魔法と戦い方のお師匠さまなので」
「へぇー、そうなんだ」
「そうなんです」
キャロとスバルは完全にくつろいでの観戦モード。どうやら二人は気持ちを持ち直したようだ。唯我独尊と天真爛漫の勝利、と言ったところか。
一方、ティアナはまだ若干落ち込んでいるようで、エリオの方はといえばこの話題には混ざりたくないと黙りを決め込んでいる。彼と攸夜の確執を知らないなのはは、怪訝そうに首を傾げていた。
《スカルメール1、エンゲージであります!》
そうこうしている間に、白金の少女は自らのコールサインを合図とばかりに走り出す。
迎え撃つターゲット。訓練などではポピュラーな浮遊する機動砲台や、三脚状の脚を持つ小型トーチカなど、多種多様の兵器。実戦仕様のガジェットには劣るが、充分に手強い相手だ。
この評価試験の難易度は、「敵の殲滅」というシンプルな目標に反して推定陸戦AAAランクに相当する。現状のスバルやティアナたちから見れば逆立ちしても攻略できない難攻不落の要塞であり、同時に潜り抜けることが出来たなら、同等の魔導師に比肩する力があるということ。
慢性的な人手不足に喘ぐ管理局には心強い見方となるだろう。
襲い来る無数の光条。
しかしアイギスはそれらを冷静に交わし、捌いていく。
小気味いい音を立てて手首が回り始め、白魚のごとき指先から青く光る弾丸が絶え間なく放たれる。決して精度の高いとは言えない機関銃を放っているというのに、あまりに精密過ぎるその射撃スキルは機械ならではだ。
《兵装選択、グレネードランチャー。――ファイア!》
右腕に装着された大口径の重火器が火を噴く。
発射された魔力の塊が炎熱を伴った魔力爆発を引き起こし、ターゲットの集団を余すことなく粉砕した。
次々に破裂していく窓ガラス。爆発の余波で様々なものが薙ぎ倒される中、アイギスは冷静に侵攻を続ける。
《兵装選択、アンチマテリアルライフル。ターゲットロック》
再度換装。右腕に接続された純白の長銃身を持つライフルを腰だめに構え、砲撃体勢。すらりとした両足がアスファルトの地面を突く。
照準が捉えたのはおよそ三百メートル先に配置された、大型トレーラーほどはある巨大なターゲット。魔導師ランク昇格試験などでも使用される、いわゆるボスキャラだ。
その強固かつ堅牢な装甲は、ちょっとやそっとの攻撃では破れない。
しかし、
《砕け散るんだ、であります!》
腹に響く重い発砲音が響き渡り、大型ターゲットはさながら紙細工のように、前面からいとも容易くひしゃげて爆散した。
「すご……」
「ほんと、すごいね。……陸戦限定だったら、いまの私じゃ勝てないかも」
思わず零れたスバルの感嘆に、真剣な眼差しで応じるなのは。その青紫の瞳はまるで――腐っても魔導師、幾多の戦いを越えて育まれた戦闘者としての血が騒ぐ。
獅子奮迅、鎧袖一触。
事前の大言壮語は嘘ではなかった。アイギスの戦いぶりはそう思わせるに足るものだった。
主八界、第八世界ファー・ジ・アースの代名詞〈強化人間〉の機能をほぼ忠実に再現した七番目の機械の乙女の弾丸は、強大なる裏界魔王にすらも届きうる。
遙か混沌より来る邪悪なる意志、それに抗う術を持たない多くの人々の盾となる――それが“盾の乙女”たる彼女の使命。与えられたのではない、自ら選んだのだとアイギスは言うだろう。
まるで軽業師のごとく軽々と飛び跳ね、空中に躍り出たアイギスは弾丸を一斉にバラ撒く。
魔力弾のシャワーを惜しみなくプレゼントして足場を確保した後、彼女はターゲットがひしめく真っ只中へと着地した。
《よし、オプションパーツの使用を許可する。派手にブチ撒けろ》
《了解。AAマジックミサイルおよびコンテナミサイル展開、ターゲットマルチロック》
箱状の鉄の塊が大小四つ、疑似月衣の内から現出し、両足と背中のハードポイントに装着する。
最新型の面目躍如、一般的な“箒”とのオプションパーツ互換機能である。
《ミサイルパーティー! 総攻撃であります!》
コンテナの蓋が展開し、中に納められた弾頭が露出する。
ランダムに発射された多数のミサイル――炎熱属性を付加された魔力が実体を持たない熱量の塊となって、雨あられと降り注ぐ。
アイギスを囲んでいたターゲットの群れは、もれなく莫大な熱波に焼き尽くされて屑鉄に変わった。
黒煙くすぶる戦場。
背負い物を分離、月衣に収納して軽装に戻るアイギス。彼女の知覚範囲――設定されたフィールド上に敵性ターゲットは存在しない。民間人の負傷も皆無、ミッションコンプリートだ。
《敵殲滅、であります》
両手の手首をメカっぽくくるくる回し、勝ち名乗りを上げるのだった。
* * *
デモンストレーション終了後。
「続きまして、戦略兵装ポジトロンランチャーの試射を行います。武装についての詳細はお手元の資料、31ページをご覧に――」
宇佐木さんがマイクを片手に説明している。
ていうか、ポジトロンって陽電子のことだよね? ……仮にも管理局がそんな物騒なの使ってもいいのかなぁ……。
まあ、それはともかく。ターゲットを圧倒的な火力で壊滅させたアイギスの評価試験は、大成功だと言えるだろう。
その性能にはここに居並ぶ管理局のえらいひとたちもおおむね好感触のようで、ロールアウトを待つ彼女の妹たちもおそらく直に実戦配備が始まるはずだ。
でも……私は……。
――「ヒトの手によって生み出されたヒトによく似た存在」、そのありようには多分に思うところはある。けれど、それは私自身の身勝手な葛藤であって、アイギスたちにはなんの関係もないこと。
要するに私はまだ、いろいろなわだかまりを捨て切れていないんだ。
ほんと、情けない。
「へぇ……案外やるじゃない、あの子」
「だろう? 高い対価を払って亜門女史に依頼しただけのことはあったよ」
次の試験の準備をしているアイギスを見やりながら、テンポよく掛け合う二人。
「まぁお人形さんにしては、だけど。まだまだあたしの眼鏡に適うようなものじゃないわ」
「素直じゃないねぇ、このツンデレさんめ」
「とりあえずあんたにだけは言われたくないわぁ」
いつも思うけどこの二人、相性がいいのか悪いのかよくわからない。
反発しあっているようにも見えるし、気があっているようにも見える……不思議だ。
まあ、やきもきしてもしかたないのはわかりきっているので、黙ってニコニコ笑顔でいることにする。私はユーヤに、「私らしい私」を好きでいてもらいたいから。
と、こんな感じで機嫌のいいユーヤを――ベルのことは断じて見てないと強く主張しておく――、微笑ましく眺めていたときのことだ。
唐突に、けたたましい騒音が施設に響き渡る。
「っ、け、警報!?」
これ、第一種警戒警報……、冥魔!?
ざわり。みんな私と同じ結論に達したのだろう、室内が言い知れない危機感に包まれる。
けれど取り乱したり混乱する人は誰もいなくて、さすが時空管理局の局員だって妙に感心してしまった。
「……なんか、嫌な予感がするわ」
「奇遇だな、俺もだ」
――そんな中、ふたりの魔王がぼつりともらした。