魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#20

 

 

 

 鳴り止まないアラート。

 肩で風を切るようにしてユーヤが観覧室の中心を突っ切る。威風堂々、王者の風格をまとって完全にこの場の空気を支配していた。

 慌ててついていく私の視線は、その凛々しい横顔にくぎづけで。――まあようはまた惚れ直しちゃった、ってことだ。

 

「月乃、状況は?」

「はい主上、こちらを」

 

 宇佐木さんの操作で、さっきまで演習場の様子を映していた大型モニターが切り替わる。

 クラナガンの全景。ビルが建ち並ぶ近未来的な街並みに非常識な物体がうごめいていた。

 建造物の高さから比較するに、全長100メートル以上はあるだろうか。

 それは紅くて、とても堅そうで、トゲトゲしてて、脚が長くて、両腕にハサミがついてて――というかこれって……、

 

「カニ、だね」

「カニだな」

 

 悪い冗談としか思えない光景に、私とユーヤは顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯20 「Preserved Roses」

 

 

 

 

 

 

 

 

「首都近海より突如現れた超弩級冥魔は現在、同系統と思わしき小型冥魔多数を引き連れ、進路の建造物を破壊しながらクラナガンを縦断中。首都周辺に配置された部隊が各個に出撃して防衛に当たっていますが――」

 

《《《うわー、もうだめだー》》》

 

「――と、このようにそれぞれの連携はとれておらず、戦況は芳しくない模様です」

「奇襲を許した原因は?」

「近海で秘密裏に力を蓄えていたものと推測されます」

「“冥王の災厄”の再来か!!」

 

 宇佐木さんの説明に名前も知らないえらい人が声を荒げるけど、私の思考には届かなかった。

 どう見てもあれはカニ、カニさんだ。脚がクモみたいに長いし……タカアシガニ、とかかな?

 蟹、かに、カニ――、主に海や川などに生息している甲殻類の節足動物で、堅い甲殻に包まれた手脚の身はもちろん、おミソもとってもおいしい。ちなみにお鍋とか汁物の具にしてもらうのが私の好み。カニクリームコロッケなんかもいいなぁ。じゅるり。

 ……でもなんかビームっぽいの出してるし、めちゃくちゃおっきいんだけど。できれば見なかったことにしたいなぁ、だめかなぁ。

 混乱中な私の横で、ユーヤが眉間にしわを寄せたすごく難しい顔で唸る。それから後ろに振り返り、口を開くけど――

 

「おいベル、ちょっと協力――」「帰らせてもらうわっ!」

 

 ベルの叫びが食い気味に遮った。

 言葉のとおり姿を消そうとする魔王と、一瞬で距離をつめてぐわしと肩を掴む魔王。今の動き、見えなかった……!

 

「離しなさいっ! 主八界産の海産物が厄介なのは、あんただって知ってるでしょう!?」

「だから力を貸せっての」

「イ、ヤ、よっ!」

 

 くわっ、と目をむくベルは手を振りほどこうと強くもがく。

 彼女はらしくなくひどく動揺していて、すっごくいやそうな顔だ。それにしても、海産物がやっかい……? どういうこと?

 むむむ、にらみ合いが続く。

「チッ、ポンコツ魔王め、臆したか」業を煮やしたユーヤがぼそっと暴言を呟いた。

 

「ぽんこつ言うなっ! だいたい、あんたなんか格下にしか勝てないようなへっぽこじゃないっ! このへっぽこ魔王!!」

「へっぽ……!? んだと、もう一遍言ってみろ!!」

「お望みなら何度だって言ってやるわよ! このっ、へっぽこへっぽこへっぽこーっ!!」

 

 があああーっ、と二人はひどく低レベルな言い争いを始めた。止めなきゃいけないことはわかるけど、すぐそばでおろおろするしかできなくて。

 

(ああ……、さっきのすっごくカッコいい雰囲気が思いっきり台無しだ)

 

 とか思ってた。

 ……あれ、私、案外余裕?

 

「よし……いい度胸だポンコツ。表へ出ろや、ブチ壊してやる」

「返り討ちにしてやるわよ、へっぽこ」

 

 バチィッ! お約束的に二人の間で火花が散る。

 って、冷静に実況してる場合じゃないよっ、いろんな意味で!

 

「ふ、二人とも落ちついてっ!」

 

 間に割って入ることもできず、とりあえずありきたりな制止の言葉をかけてみる。……うん、ダメそう。

 ああっ、本気のぶつかり合いを始めそうな雰囲気っ!? どどどど、どうしようっ!?

 ――そんなときだ。

 

「……これぞまさしくどんぐりの背比べ」

 

 ピキッ、激しく口論していた二人が一瞬にして凍りつく。

 たった一言で殺気を瞬間凍結させた張本人は、口元を大きな本で隠している。きっとあの影でニヤニヤしてるんだ、そうに違いない。

 

「……なにか?」

 

 若干殺気混じりの視線を一身に集めたリオンは、澄まし顔でそんなことを言い放った。ほんと、いい性格してるよ。

 一連の流れで、ユーヤもベルもだいぶクールダウンしたみたい。まさに頭から冷や水をかけられた感じだろう。

 はぁ、と疲れたようにため息をこぼしたユーヤは部屋の上座、腕を組んで席に座っているレジアス中将に目を向けた。

 

「閣下、自分が指揮を執っても?」

「いいだろう。全権を任す」

 

 レジアス中将は、彼の言葉の意味を正確に読みとって返答する。緊急事態にもまったく動じていない。さすがだ。

 この場には中将よりも階級の高い人もいるけれど、ここはミッドチルダ首都クラナガン、本部を預かる事実上の最高責任者に認可を仰ぐのは道理的に正しい。ほかの人たちも意見はなさそうだ。

 軽く一礼をしたユーヤはコンソールに向き直り、備え付けのマイクを掴む。

 

「なのは、ギンガ、聞こえているな」

《え、攸夜くん?》《は、はいっ》

 

 戸惑いのわかる返事がスピーカーから帰ってきた。

 控え室のみんなにも、少なくても警報は聞こえてるはずだ。

 

「既にお前たちも状況は理解していると思うが、冥魔の軍団に襲われたクラナガンは現在戦場と化している。当然、民間人の避難など始まっていないし、統率を欠いた指揮系統は混迷を極めているようだ。……まあ俺が見立てたところ、あのデカブツが“災害級”ではなさそうなのが唯一の幸いだがな」

 

 あのでっかいカニが“災害級”じゃなくて、ほんとによかった。〈死滅の光〉だとか〈消失の刻限〉だとか、そんな文字通り即死する反則じみた特殊能力を持ち出されたらどうしようもないもん。

 ちなみに、〈死滅の光〉は魔法的な抵抗力のない人たちの命を例外なく奪う力で、〈消失の刻限〉は対象にした人物を決まった時間に消滅させる、というもの。“災害級”の能力には、ほかにもいろいろ厄介な力が揃っているのだけれど、詳しい説明は割愛する。

 

「そこでお前たち二人には、部下を率いて現場へ向かってもらいたい。互いに協力し合って事態の鎮圧に尽力してくれ。――なに、さっきの演習の続きだと思えば楽なものだろう?」

 

 さも簡単そうに言い放つユーヤ。「そんなわけないよ!」とツッコめないのが宮仕えのつらいところだ。

 階級という明確な地位こそ持ってないけれど、最高評議会に強い影響力を持つ彼の発言力は無視できないほど大きい。実権だってその気になれば力ずくなり、絡め手なりで握れてしまうだろう。

 そうしないのは彼曰わく「暗躍してる方が楽しいから」。

 快楽主義者を自称するユーヤらしい建て前だ。――建て前だと断定するのは、もっとちゃんとした理由もあると思うから……ある、よね?

 

《うん、了解だよ》《わかりました》

「おそらくこの戦いは、クラナガンに駐留する部隊の力を結集した総力戦になる。……半人前共々、気合いを入れてかかれよ」

 

 強い意識を含んだ低い声色が、じわりとおへそのあたりに染み込んでくる。

 総力戦……。そうだ、こういうときのためにユーヤは――、私たちはこの四年のあいだ、力を蓄えてきたんだ。

 知らず知らずのうちに、身が引き締まる。戦意と闘志が高まっていくのが自分でもわかる。……バトルマニアとか、言わないで欲しい。

 

「それからはやて」

「はいな」

「お前はここで、皆さんの護衛をしていてくれ」

「まぁええけど。私これでも佐官で部隊長なんやで?」

 

 そんな地味な仕事やりたくない、とはやては言いたげ。ユーヤがふんっと鼻を鳴らす。

 

「なら訊くが、条件次第で魔王級ともやりあえるお前以上の適任が、他にいるのか?」

「……いらんな。うん、任された」

 

 早々と言いくるめられて意見を翻したはやてだけど、あれでわりと合理的でサバけた考え方の持ち主だから正論には弱い。……普段はナマケモノさんなのに。

 

「グラシア少将、騎士団に支援要請を出していただけませんか?」

「ええ、もちろん。これはミッドチルダの危機です、聖王教会も協力を惜しみません」

「お願いします。それからオーリスさん、オーリスさんにはここを対策本部に指揮系統を立て直しをしてほしい。烏合の衆では冥魔の軍勢に太刀打ち出来ませんからね」

「お任せを」

「“うみ”の方にも連絡を入れておきましょう。最悪、事の後始末には艦隊の艦砲射撃が必要になる」

「そちらも併せて手配します」

 

 ユーヤは、テキパキと慣れた様子で指示を出していく。

 怖めず臆せず――動揺も不安も、ましてや恐れるなんて考えられないパートナーの姿がとても心強い。頼もしい。

 今この場に、こうしてたくさんのえらい人が集まっていたのは、むしろ幸運だったのかもしれない。戦いのイニシアチブこそ逃したけれど、一致団結してことに当たれるから。

 “後の先”、という言葉もあるわけだし、まだ手遅れじゃないはずだ。

 

「フェイト、君には俺と直接前線に出てあのデカブツを潰すのを手伝ってほしい。いいか?」

「もちろん。任せてよ」

 

 唐突なお願いにも、私は満点の笑顔で応えることができた。シンキングタイムはゼロコンマ一秒以下だ。

 

「頼りにしてる」

「ん……」

 

 なでなで。満足そうな笑みを浮かべ、ユーヤが頭を撫でてくれる。

 くすぐったくて、きもちよくて、しあわせで――私は目を細めた。

 七つの音にこめられたたくさんの想いを感じて、表情が崩れてしまうのがわかる。もう、ゆるゆるだ。

 彼が私を必要としてくれた……その甘くて切ない喜びが、胸一杯に満ちていく。私の力が必要だと言うのなら、この身すべてを燃やし尽くして捧げます。……あなたのためなら、この生命(いのち)だって惜しくない。

 

 ――――だって、あなたは私の世界そのもので、私のすべてはあなたのものなんだから。

 

「それと月乃、お前はアイギスと組んで冥魔狩りだ」

「あのガラクタ人形と、ですか……」

 

 冷静というか、感情を出さない印象の宇佐木さんが眉をひそめる。アイギスと仲よくないのかな。

 

「仕事に好悪を挟む無能は要らん。あまり俺を失望させるなよ」

「は、申し訳ありません主上」

 

 ズバッと言い捨てるユーヤに、宇佐木さんはタジタジで。心なしかシュンとしてる。

 なんとなく、さっき見たアイギスとのやりとりと似ているのは気のせい?

 そうして指示を出し終えたユーヤは、研ぎ澄まされた刃物のような表情をしてベルを見る。腕を組んだ彼女がわずかにふくれっ面なのは、半ば放置されていたからなんだろうか。

 もう、わがままだなぁ。

 

「……見ていろベル。俺をへっぽこと呼んだ事、土下座で訂正させてやる」

「はんっ、青二才が粋がってんじゃないわよ」

 

 バチバチッ! ふたたび火花が散る。あ、まだ引っ張るんだね、それ。

 

「さて、と。バトルモード、フォトンチェンジ」

 

 言うなり、ユーヤは莫大な魔力を何食わぬ顔で惜しげもなく発露する。

 相変わらずの規格外、理不尽なまでの魔力は現状でも普通の魔導師の数百倍はあるというのに、まだまだ本気じゃないらしい。……もう一度言う、理不尽だ。

 

 清く澄んだ蒼白い光の粒。きらきらときらめく蒼銀色の風が部屋に満ちる。

 夜の闇をそのまま形にしたようなロングコートを翻し、瞳と同じ色のネクタイをいじる悪魔の指先。いつもの仕草だ。

 しん――、と静まり返る室内。

 

「いい機会だ」

 

 白い七枚の“羽根”が取り巻く左手を握り込む。それはさながら“世界”を手中に収めるかのようで――

 夜闇の魔王が力強く、不敵に、そして厳かに宣言する。

 

「結集したヒトの力、冥魔共に見せ付けてやろうじゃないか」

 

 惑星(ほし)の色をそのまま写し取った蒼い瞳は、どこか楽しそうに輝いていて。まるで仲のいい友だちと、遊びに行く子どもを思わせる無邪気な光彩がきらめく。

 ――――そう。みんなで力を合わせて乗り越えるんだ、この「世界の危機」を。

 

 

   *  *  *

 

 

 白い雲の浮かぶ青空を二筋の鋭い閃光が切り裂いていく。

 競い合うでもなく離れるでもなく、まるで寄り添うように瞬く二色の赫耀。美しく光り輝く黄金と、青褪めるような蒼銀。

 一対(ふたり)の魔法使いが、比翼の如く天を翔る。

 

 ――真紅の冥魔が跳梁跋扈するコンクリートの密林を熱心に観察する人影がいた。

 しゃらん――、強風に混じって鈴の音が鳴る。

 

「ふぅん。今回の冥魔、なかなか粋なカタチしてるじゃん」

 

 クラナガンでもっとも高い建造物、時空管理局地上部隊本部ビルの屋上に彼女はいた。

 砂金のように滑らかなブロンドを鈴のついた髪留めで束ね、身に纏うのは紅い襟袖の目立つ和装とやけに丈の短い切り袴。皆さんご存知、“東方王国の王女”ことパール=クールその人である。

 

「エビじゃないのが残念だけど、名付けるなら“南海の大決戦”ってとこねっ☆」

 

 ひどく楽しげに、街を練り歩く巨大なカニの群を見下ろすパール。わくわくわくわく、と黒目がちな瞳を大きく輝かせ、戦況を観戦している。

 バカデカいカニの大群のみかと思われていた冥魔は今や、風船のごとく浮かぶタコや、流線型だからと低空を滑るように飛ぶイカ――どちらも規格外のジャンボサイズだ――らしきものまで加わって、さながら港の朝市じみた様相を呈していた。

 これら海産物は、主八界的価値観ではある意味、古代神よりも厄介で恐れられている存在である。

 プライドの高いベルがしゃにむに嫌がるのも無理はない。

 

「でも惜っしいなぁ。怪獣王か光の巨人でもいたら、シチュエーション的にもっとカンペキだったのにぃ~」

 

 両腕を振り、悔しさを全身で表すオーバーアクション。口にしたぼやきは現実になったら洒落にならないにもほどがある。

 そんなけったいな存在まで街中で暴れ始めたら、クラナガンの人々はそれこそ涙目だろう。

 

「んんっ! でもでも、無力な人間が無様に抵抗する、って意味ならこれはこれでありかもっ。よーし、もっとやれーっ☆」

 

 あーでもないこーでもない、と危険な妄想を好き勝手に垂れ流すパールは典型的アホの子である。

 故に、彼女はでっかくておっきいものが大好きなのだ。

 

「ふふ。この戦い、サイッコーの見せ物になりそうね」

 

 くすくすご機嫌な巫女魔王。

 どうやら殲滅の手助けをする気が微塵もないのは、彼女の宿命のライバルと同様だった。

 

 

   *  *  *

 

 

 さて、私は現在暴れている冥魔を討伐するため、ユーヤと一緒にクラナガン中央区に向けて急行中だ。

 目の前に広がる見慣れた街並みは見るも無惨な廃墟ばかりで、否が応にも四年前の戦いを思い浮かべてしまう。あのときと違って、市民の避難なんてできてないから状況はずっと切迫してると言えるだろう。

 超巨大カニ型冥魔は、時速1キロほどの速度で本部ビルにゆっくりと接近中。組織だった動きもせず、破壊活動をしている小型種もどうにかしなきゃいけないし、さらにいつの間にかタコやイカまで増えちゃって、冗談抜きに手に負えなくなってきている。早く殲滅しないと首都が平らになっちゃうよ!

 巡航速度の差でユーヤの背中を追うように飛びながら、進路上の小型冥魔を適当な魔法で蹴散らしていく。

 

「展開中の陸士部隊は民間人の避難を最優先に、不用意な戦闘は厳禁だ。首都防空隊を主軸に本部ビル前の防衛戦を維持しつつ、特科車両二課5121部隊と第118戦術航空隊の到着まで持ちこたえろ。こちらも直に接敵する」

《りょ、了解っ。――あ、南西部より360独立陸戦隊が戦域に侵入しましたっ》

「“フォーリナー・キラー”のストーム1か……よし、横合いから強襲の後、そのまま好きに暴れさせろ。彼の真価は遊撃にあるからな」

 

 ここでもさりげに指揮官ぶりを発揮するユーヤ。相手をするオペレーターの子はまだ新任なのか、返答の声は焦燥感と動揺でうわずっていた。

 今の会話の中で固有名詞が上がった部隊はすべて“世界樹”計画に沿って設立された特殊部隊で、言わば機動六課のお兄さんお姉さん。彼らは次元世界各地から管理世界、管理外世界を問わず集められた選りすぐりの人材を擁する超一流の戦闘(エリート)集団であり、その実力は推して知るべし、なのだ。

 

「っ……」

「好き放題やってくれたな」

 

 私たちは高度をゆっくりと落とし、グランドケンプファークラブの侵攻(進行?)で半壊した大通りを飛ぶ。

 ああっ、行きつけのカフェがつぶされてるっ!? ううー、あそこのチーズズコットがおいしくておきにいりだったのにっ!

 

 ちなみに、「グランドケンプファークラブ」っていうのは、管理局がつけたおっきいカニさんの呼称だ。ちっちゃい方が「ケンプファークラブ」ね。

 正直、ミッドチルダ語とベルカ語が混ざった実にひどいネーミングだと失笑を禁じ得ない。……演習施設に残ったお偉方が話し合って決めたらしいけど、ヒマなんだろうか。

 

「大丈夫か、フェイト」

「うん」

 

 高濃度のAMF領域下特有の息苦しさに

、ちょっとうんざりしながらの飛行。ユーヤと一緒じゃなきゃ、投げ出したくもなる――

 

「はわっ!?」

 

 今、とても重大な事実に思い至ってしまった。

 AMFの影響などまるで感じていない様子のユーヤが、速度をゆるめて顔だけ振り向く。

 

「ん、どうしたフェイト。どこぞの守護者代行みたいな鳴き声をあげたりして」

「え……あ、うん! なんでもないよ、なんでもっ!」

「……そうか?」

 

 慌てて取り繕うと、ユーヤは少しだけ不審げな顔をしたけど、それ以上は追求されなかった。やっぱり、ユーヤはやさしい。

 ……こうしてふたりっきりで同じ空を飛ぶのは、ほんとうに久々で。よくよく考えれば、タッグで戦うのは墓地での一件以来、二度目だ。

 もちろん、模擬戦とか一騎打ちならあきれるくらい何度もやった。でも、味方として共闘したのはほんの数回ほど。そもそもジュエルシードの一件のときは敵対関係だったし、“闇の書”事件のときだって最後の最後までバラバラだったわけで。

 そのあとは長い、ほんとうに長いあいだ離ればなれになっていて、帰ってきたら例のごとく敵同士。紆余曲折あってようやく添い遂げても、ラストバトルは当然みんなで後始末だった。

 ――出逢いは偶然、再会は闘争。

 それは、どんなときでも変わらなかった。

 それから四年、世界はそこそこ平穏無事で。本格化した執務官の任務が忙しく、私はプライベートな時間もなかなか取れないありさま。いち捜査官・いち司法官でしかない私と、時空管理局と管理世界共同体の大戦略において重要な場面で活躍する彼の立ち位置は、空と陸よりもずっと遠い。

 これでどうやってふたりっきりになれるっていうんだろう。

 力を合わせることに不満はないけど、釈然としないものもたしかに感じる。

 まあともかく、そんなこんなで、私たちがいっしょに戦うのはすっごく稀なことなのだった。

 

(これは、チャンスかもしれない……!)

 

 そう思うと、なんだか気分まで高揚してくる。

 ここでいっぱい活躍して、いっぱいほめてもらうんだ。――誰よりも愛しいひとに。

 

「えへへ……」

「何幸せそうにニヤけてるんだ――ッ、フェイト!」

 

 え?

 らしくなく動揺した声で妄想から我に返る。目の前に広がっていたのは、スターライトブレイカーにも迫るほどの極太ビーム。

 

 ――っ、避けられな……!?

 

 視界を埋め尽くす真っ白な光。圧倒的な熱量に、肉も骨も焼き尽くされる自分の姿がありありとイメージできた。

 けれど、予想した衝撃はやってこない。

 

「……あまり冷や冷やさせないでくれ、心臓に悪い」

「ぁ……」

 

 押し寄せる光の奔流をせき止めるアイン・ソフ・オウルの盾。

 目の前で、左手を突き出したユーヤが肩口から振り返る。気の毒になるくらい心配そうな表情に、ちょっときゅんとしてしまった。

 

「ご、ごめんなさい……」

「敵前で気を抜くなんて、君らしくないな」

 

 ユーヤはごく自然体でいるのに、なんだか責められているような気がして。

 うう、情けない。こんなザマでなにが「活躍してほめてもらう」だ。ああーもうっ、私のばかばかばかばかーっ!!

 

「それにしてもマジで〈蟹光線(イブセスマジー)〉まで撃ってくるのか。厄介だな、本当に……」

「いぶ……?」

「イブセスマジー、またの名を蟹光線。本来はカニアーマーっていう魔導具に備わった機能で、装着者の生命エネルギーを転換して撃ち出すものなんだが――、闇界に堕ちた品が混沌に汚染されて冥魔に化けたようだな」

 

 腕を組み、左手をあごに当てて考え込むユーヤは私に対する説明で、自分の考えをまとめているみたい。

 蒼い瞳が冷たく光る。

 

「見たところ、小型種もヤツが産み落としているらしい。“災厄を撒き散らすもの”の下位互換、といったところか」

 

(はぅ……ユーヤの真剣な顔、かっこいいよぅ……)

 

 紅潮していく顔面を抑えつつ、脳内フォルダに保存保存、っと。

 

「だが、単純な戦闘力では不完全体だったアジ・ダハーカを上回っていそうだ」

「……完全じゃなかったの?」

 

 あんなに手強かったのに。

 

「ああ。伝承によると、アジ・ダハーカは本来三つ首の竜なんだ。無理矢理に覚醒して弱体化させたからこそ、“最強の邪悪のもの”を滅ぼせたわけだな。――まあそれはいい、まずは牽制だ」

 

 言うなり、ユーヤがスッと右手を掲げる。その動作に合わせて、倒壊したビルの瓦礫の中から比較的形を保ったままの鉄材が、周囲のコンクリートとかと一緒にゆっくり浮かび上がった。

 念動力(テレキネシス)……じゃなくて、以前にジュエルシードを横取りされた〈マジックハンド〉という魔法の応用だそうだ。もうすでに、ハンドってレベルを越えてるような気もするけど。

 

「……ユーヤ、最近ますます悪役っぽくなってきたね」

「ふ、仮にも魔王だからね、俺は。こういう演出効果も必要なのさ」

 

 これ演出なんだ……。

 

「んじゃま、あのご立派な甲殻がどれだけ堅いか試すとしますか」

 

 ぎゅるんっ、と鉄の塊を一回転させたユーヤは、槍投げ選手のように半身の体勢で頭上に掲げる。左手を弓を引くようにして右腕を鉄骨の腹に添えて、肩に担ぎ上げるようなイメージだろうか。

 彼我の距離は約500メートル。

 鉄筋が蒼白い魔力光に包まれ、同時にいくつものリング状の魔法陣が取り巻いていく。

 バリアジャケットに隠れた分厚い背筋が、ググッと盛り上がるさまからはすごい気迫が伝わってくる。

 

「オオオオ――、らァああッ!!」

 

 ケモノが、吠えた。

 全身の膂力を込めて投擲された巨大な質量が、蒼白い光の筋を引いてまっすぐ飛んでいく。

 この角度と軌道、ヒットするのは間違いない。私は半ば油断して、その行方を傍観していた。

 ――結論から言う。油断するのはやっぱりよくない。

 

「うそ……」

「オイオイ、冗談キツいぜ」

 

 見事に貫くかと思われた鉄の槍は、なんと紅い甲羅に当たったところからひしゃげてしまった。こう、グシャっと押しつぶすような感じで。

 唖然とした私とユーヤは、万有引力の法則に従って地面に落ちる鉄塊を呆然と眺める。もう二人してぽかーん、だ。

 

「〈インスタントヘヴィアームズ〉に〈ディスチャージ〉諸々乗っけて、期待値100点は余裕で越えてるってのに……ノーダメとかどんな装甲してんだよ、アレ」

 

 心底呆れかえった声。……とりあえず言葉の意味は考えないことにする。深く考えたら負けだ。

 頭を抱えて「まさかまたファンブった? 馬鹿なっ!」とかうなってるけど、気にしない。ツッコミもしないっ!

 すると、カニさんが右のハサミをのっそりと振り上げた。

 

「チッ……!」「きゃっ」

 

 ユーヤにその場から突き飛ばされた私のすぐ前を、高々と巻き上がった粉塵――というか砂埃の柱と、ものすごい衝撃波が通り過ぎていく。

 私たちの間を抜けてった衝撃波の傷跡はすさまじく、アスファルトが完全にえぐり取られて地肌が露出してしまっていた。

 

「「……」」

 

 地面を見て、顔を見合わせる私とユーヤ。たらり、と額にいやな汗が流れる。頬がひきつる。

 

「ちょ、ちょっと……」「――手こずるかも、な」

 

 ふたりの気持ちがユニゾンした瞬間だった。

 

 

   *  *  *

 

 

 フェイトと攸夜に一足遅れ、輸送ヘリにて現場に到着した機動六課フォワードチームと陸士108部隊の面々は、急ぎ戦支度を整えていた。

 この緊急事態にさすがになのはも参戦を決意し、お馴染みの白と青のバリアジャケット〈アグレッサーモード〉を纏っている。

 ストラーダの点検していたエリオが、あることに気がついた。

 

「あの、ギンガさん。その左手にくっついているのって……」

 

 ああコレ? とギンガは左腕に装着した紫色のリボルバーナックルを見やる。

 スバルと色違いのそれには、明らかに後付けと思わしき青いパーツがタービンを挟み込むように取り付けられており、長さ20センチ程度の白く鋭利な円錐状のパーツが手首付近から背後に向けて突き出していた。

 

「〈モノケロスギムレット〉、リボルバーナックルの強化ユニットよ。突き刺すのはもちろん、切り払いだってできる優れモノなんだから」

 

 ガシャンと音を立てて突起が二倍の長さに伸びたと思えば、鋭く尖った猛獣の角が拳に被さるように展開。拳先から突き出すが如き形状だ。

 ちゅいーん、と高速回転するタービンに連動して回り始める円錐形の衝角を高々と掲げてみせるギンガ。自身の魔力光、青みがかった紫の光が螺旋を描いて包む一角獣の名を冠したドリルをどこか誇らしげに眺めていた。

 

「あらゆる防御を問答無用で貫通する恐ろしい装備だ。……正直姉は、アレを着けた隊長とは戦いたくないな」

「ぶ厚い鉄の壁を軽くぶち抜いてたのを見たことあるっス」

「てか生身で受けたら冗談抜きでミンチだよな、アレ」

「……ドリル、ぎゅるぎゅる」

 

 以上、部下たちからの証言。

「ギン姉ぇかっこいい~!」皆が一様に言葉を失っている中、実の妹だけは瞳をきらきらと輝かせており、ギンガも「ふふ、あとで使わせてあげるわね」と満更でもないようだ。

 

「なるほどなー。ロマン溢れるステキ装備でありますね。帰ったらアテンザ技師あたりに開発を申請しておくであります」

 

 訂正。

 ホウキっぽいものも賛同していた。

 

「――では高町副隊長、我々はそろそろ」

「はい、宇佐木さんお気をつけて。……あ、でも防護服とか着なくていいんですか?」

 

 いざ戦場へ向かうという月乃の服装は先ほどと同じ、およそ戦闘には適さない白に金の装飾が施された礼装のまま。なのはが疑問に思うのももっともだ。

 しかし問われた黒髪の美女は、冷たい印象のエキゾチックな顔立ちを些かも変えず言い放つ。

 

「無用です。我が愛剣、ただ一振りあれば充分」

 

 鈍く光る片刃の中華刀〈月光の太刀〉の抜き身の刃は、夜闇に輝く三日月。柄の部分に、拳大の無色透明な玉が嵌ったそれを携える姿は様になっていた。初めからそうであることが当然と主張するかのように。

 何を隠そう彼女、宇佐木月乃の正体は“月宮の蟇蛙”ジョー=ガ。宝玉を巡る戦いの際にウィザードたちに討ち取られ、魔王墓場送りになっていたところを攸夜に拾われた正真正銘の魔王である。

 現在は人の身に転生しているため大幅に減じさせているものの、“蠅の女王”をして一目置かざるを得ないその力は未だ強く、有象無象の冥魔ごときに遅れを取りはしない。

 なお、セフィロトの白い制服は例外なく強靭な特殊繊維に呪術的処理が施された“呪練制服”。下手な魔導師のバリアジャケットよりもずっと軽くて強固なので、本当に無用の心配だったりする。

 

「さて。では行きますよ、アイギス」

 

 アルトの美声を響かせ、コートが颯爽と翻る。

 その芝居がかった振る舞いが気に入らないのか、アイギスは器用にも眉をしかめた。

 

「……なぜあなたに命令されているのかアイギスは納得できないであります」

「これは異なことを。前代からの譜代たる私が主導権を握るのは道理でしょう?」

「その前代の転生体を殺しかけておいてよく言う、と言わざるを得ないであります」

「っ、貴様……」

 

 痛いところを突かれた月乃は、苦虫を噛み潰したように相好を歪める。

 件の転生体の正体に気づけなかったのは第八世界名物〈世界結界〉から記憶の修正を受けていたからであり、彼女自身には何ら落ち度がないのだが、密かに気にしていたらしい。

 膨れ上がる殺気。アイギスが、半ば待ちかまえていたかのように月衣から弾倉を取り出して武装した。

 ――がしかし、月乃はグッと怒りを堪えて深く息を吐き出すだけに留めた。

 

「……やらないのでありますか?」

 

 どこか不満げに口を尖らせ、アイギスが疑問を投げかける。

 

「下らぬ小競り合いをしている暇などない、それだけです。主上はあれで組織の秩序に拘るお方、無能な真似をお見せするわけにはいきません」

「同意であります。自分はルール無用な混沌の権化のクセして、理不尽であると言わざるを得ないであります」

「それが主上という御方です、諦めなさい」

 

 ギスギスした雰囲気から一転、何やら意気投合したかのようにしみじみと頷き合う二人。上司の無茶ぶりに振り回される者同士、共感を得たのかもしれない。

 

((((切り替えはやっ!?))))

 

 この時ばかりは、皆の心が一つにまとまった。

 

「では改めて。高町副隊長、どうかご自愛を。……あなたの身に何かあれば主上が悲しまれますので」

「数の子もせいぜい足を引っ張らないようにガンバレであります」

「「数の子言うなっ!」」

 

 そんな捨てゼリフを残し、その場から足早に去っていく元魔王とホウキっぽいの。即座に吠えたのはノーヴェとウェンディである、言うまでもなく。

 

「あのふたり、仲がいいのか悪いのか、どっちなんだろうねぇ?」

「えっと、なのはさん、私に聞かれても困まるんですけど……」

 

 顎に指を当て、無駄にかわいらしい仕草で首をひねるなのはに問いかけられたギンガは、返答に窮して曖昧な表情を浮かべるしかなかった。

 

「うん。じゃあ簡単なブリーフィングをしておくね」

 

 気を取り直すようになのはが声を発する。もはやお馴染みとなった先生モードで、キリリと表情を引き締めて。

 

「今回の任務は単純明快、クラナガンの防衛だよ。私たちは小型の冥魔とあのタコみたいな冥魔、クラウドクラーケンって名づけられたそうなんだけど、それの相手を任されてます」

 

 ヘリで移動中、クラナガンの空を我が物顔で浮遊する馬鹿デカい軟体動物をその目で見たエリオ以外の女性陣は、それを思い出して個人差はあれど生理的嫌悪を露わにする。妙齢の女性なら、なおさら気色が悪かろう。

 なお、イカの方――スカイスクイッドは、すでにいくつかの部隊――特に空戦を得意とするもの――と熾烈な攻防を繰り広げていた。

 例に漏れず、センスを欠いたネーミングである。

 

「まだ避難がすんでいない住民の捜索と誘導も平行しなくちゃだから、ちょっと大変かな」

 

 神妙な面持ちで説明を聞き入るルーキーたちの様子に、なのはが朗らかに微笑んだ。

 

「幸い、いまこの街には私たち以外にもたくさんの部隊が展開しているから、そんなに気負わなくてもいいよ。失敗しても、みんなで助け合えばいいんだから」

 

 ね? と、言い含めるように小首を傾げると場の緊張感が薄まり、和やかな空気が流れる。温厚篤実な人徳の成せることだった。

 「失敗しても、みんなで助け合えばいい」――以前の、自分の力を過信し、何でも抱え込もうとしていた頃のなのはならばこの場で口にはしなかっただろう言葉。足りないからこそ、支え合ってもっとずっと強くなれる――無二の親友たちの生き様から学んだことの一つだった。

 なお、もう一つは「愛する力は絶対無敵」、である。

 

「あ、そうそう、ひとつ注意点だけど。防衛のために強度の強いAMFが展開されていること、ここにはじゅうぶん気をつけてね」

 

「「「「はい!」」」」

 

 ピッと人差し指を立て、付け足した補足はスバルたちへのもの。

 訓練で経験しているとはいえ、普段と勝手の違う戦場ではいつぞやのようなミスは命取り。取り分けメンタル面に不安のあるティアナなどに念を押したい、という思惑の現れでもあった。

 打ち合わせも終わり、その場を後にする一同。

 

「スバル?」

 

 ふと独り立ち止まり、空を仰ぎ見ていた相棒を心配してティアナが声をかけた。大規模なミッションを前に緊張しているのだろうか、と。

 

「――うん、ちょっとね」

 

 スバルはすぐに向き直ると、少し恥ずかしげにはにかんだ。

 

「……アリカたちとかさ、訓練校を一緒に卒業したみんなもこの近くにいるのかなぁ、って」

「……そうね。あの子たちも戦ってるのよね、ここで」

 

 一拍の間。ティアナの思惟は大切な思い出を巡る。

 共に学び、切磋琢磨した同窓生たちが選んだ道は皆それぞれに違う。それは当然のことで、故郷に戻って家族や親しい人々のために戦うものがいれば、栄達を求めてこの地で命を懸けることを選んだものもいた。

 自分は、彼らに胸を張って会えるような人物になれたのだろうか? それはまだ、わからない。

 けれど……、

 

「あたしたちも、負けてらんないわね」

「うん!」

 

「おーい、スバルー、ティアナー! 置いてっちゃうよー!?」

 

 上司にして師の呼ぶ声。

 二人は顔を見合わせると、晴れ晴れとした笑顔を弾けさせて駆け出した。

 ――自らのすべきことを、精一杯為すために。

 

 

 首都防空隊に所属するとある分隊が戦う区域にて、遠雷のような轟音と地響きが何度も響いていた。

 それは砲撃音。圧縮され、物理現象を伴った魔力素が物体を粉砕する音だ。

 命中した砲弾がコンクリートで固められた地面を惨たらしく抉り取り、土煙と瓦礫と、そして冥魔をバラバラに吹き飛ばす。

 破壊の傷跡に真剣な鳶色の眼差しを送る一人の少女。比較的低めなビルの屋上に陣取り、流れる風に三つ編みした長い二本の赤毛を任せていた。

 身に纏う桃色のレオタード風の近未来的な強化戦闘服〈スターイーグル〉は、リンカーコアを持たない――「魔導師ではない」ことの証。

 その小柄な身体に不釣り合いな蒼い長方形の鉄塊――複合型“箒”〈フォールンエンパイア〉と併せれば、彼女が“魔法”を持たない身であることがわかるだろう。

 

「ルン、次はあのおっきなのをやるよっ! 水晶弾、ロードッ!」

『ラジャー』

 

 しかし少女は戦う。

 命をかけて自分を救ってくれたあの人のように、誰かの笑顔を護れる立派な人になりたい。

 それが彼女の願い――、“夢”だから。

 

『〈魔力水晶弾〉、装填完了。いつでも行けます』

 

 小さな主の求めに応じ、“箒”に搭載された人工知能〈Iris(アイリス)〉が圧縮空間より呼び出した弾丸を自らの“カラダ”に組み込む。

 標的はカニ型冥魔。

 小型種――とは言い難い、全長十メートル程度にまで成長した中型サイズのもの。やはり十本の脚が異様に長く、その甲殻は鋼鉄よりも強堅だ。

 だが――

 

「あったれぇぇぇぇッ!!」

『魔力、解放(オープン)

 

 砲口の先、展開した青い魔法陣からレーザー状の莫大なエネルギーが解き放たれ、紅の異形を貫く。

 引き起こされた魔力爆発が晴れ、大柄な冥魔の姿は跡形もなく消滅していた。

 

「よっし、あたしはやっぱりやればできる子っ!」

『そういうことを自分で言うのはどうかと思います、アリカ』

「ええーっ?」

 

 ぶーたれて口を尖らす少女。いささか幼い仕草も、元気印な彼女のチャームポイントだ。

 

『アリカ、状況は?』

「あ、ニナちゃん」

 

 不意の通信、訓練校以来コンビを組む親友の声。

 

「バッチリ! ぜんぶやっつけたよ」

『じゃあこっちに合流して。エルスも向かってるから』

「りょーかい! 急行するねっ」

 

 少女は言うなり、長方形の“箒”の後部を引き出すと、内部に納められていた飛行用のシングルシートが飛び出す。同時にスタビライザーが房状に広がり、フォールンエンパイアの空戦形態(ストライクモード)が完成する。

 訓練校時代から愛用していた中古のガンナーズブルームが故障した時、恩人の友人を名乗る人物――少女は「アシナガさん」と呼んでいる――から送られた最新型“箒”だ。

 

「じゃ、行こっ、ルン!」

『巡航モード、テイクオフ』

 

 無二のパートナーに跨ると、少女は戦場の蒼穹へと羽ばたいた。

 

 

   *  *  *

 

 

 仮説対策本部となった第七演習場管制室はさながら修羅場と化していた。

 各部隊から情報が集い、怒号のような指示が飛ぶ。

 一級線の部隊が到着するまでは現有戦力で防衛線を保たねばならず、そのため文官たちはおろか普段は奥で偉ぶることが仕事のお偉方まで右往左往と奔走する。

 その一角。銀髪の美少女ベール=ゼファーは、下々の者たちの動乱などお構いなしと高飛車な態度で椅子に腰掛け、いつものように足を組んでいた。

 稚気が残る金色の双眸が捉えていたのは大型モニター。そこに映る戦争の映像に、ひどく愉快げな色を帯びさせる。

 激化する戦闘。

 交錯する数々の意志。

 地上部隊の正式装備を身につけた名も無き魔導師たちがいた。応援に駆けつけた聖王教会傘下の騎士たちがいた。

 いくつもの重火器を使い分け、戦場を蹂躙する孤高の兵士がいた。ヘッドがクマの頭の形をした、トンチキなインテリジェントデバイスから魔法を乱射する少女がいた。

 もちろん、戦っているのは魔導師たちだけではない。

 サイドカータイプの〈オラシオン〉が変形した逆関節二脚の機動兵器が、複数で戦線を構築し、頭から爪先までを覆う生物的なデザインの強化外骨格〈ブルームテクター零式〉を身に纏った人物が、赤いマフラーを靡かせる。

 彼らはの中には、“魔法”を扱う才を持たない無力であったはずの人々もいた。

 そうしてまた、混迷した戦場に新たに馳せ参じる部隊がある。

 専用に改造された大型輸送機〈ブロンズスター改〉から、全長九メートルの人型機動“箒”〈BーK(ブルームナイト)〉が三機落下。サイズアップされた大太刀やアサルトライフル、熱量(カロリック)ミサイルなどで大型冥魔を駆逐する。

 

 ――それはまさしく総力戦。

 完全に不意を打たれたというのに士気を総崩れさせず、ミッドチルダに住まうヒトは性別や人種の垣根を越え、手を取り合って「世界の危機」に立ち向かっている。

 天空にて、裏で糸を引く仕掛け人たちはまずまずの()()()()だと満足していることだろう。

 

「……ちっ」

 

 あるものが映った途端、嬉々とした色を消失させ、忌々しく舌打ちするベル。混沌を愛でる“蠅の女王”にとって、この状況はまさしく最高の娯楽であろうにもかかわらず。

 彼女が不機嫌になった原因は一つ。

 その声からして気に食わない高町なのは(小娘)が、性懲りもなく戦場に出ていることだ。

 

 部下たちを守るように浮遊した彼女は、桜色の魔法弾を大量に操って冥魔を封殺している。

 だがベルには、お得意の砲撃魔法を封じ、中途半端に誘導弾や射撃魔法で戦うどっちつかずなその性根が我慢ならなかったのだ。「眼をかけていたのに幻滅した」とは絶対に認めないだろうけれども。

 つと、視線をずらす。

 冥魔の親玉に接近を試みる攸夜とフェイトは、大量の小型種からの妨害もあってかなり手こずっているようだった。

 

「ったく、あいつも律儀によくやるわぁ。チマチマやってないでさっさと薙ぎ払えばいいものをさあ。リオン、あんたもそう思わない?」

「……恐らく」

 

 傍で静かに付き従う女性、リオン・グンタは内心の読めない澄ました表情のままで、その問いに答える。

 

「ご自分の領域を穢したくないのでしょう。……破滅の光を現世で振るえば、惑星など容易く滅びてしまいますから」

「ふん」

 

 リオンの解説に、ベルは頬杖を突いてつまらなそうに鼻を鳴らす。その仕草はあくまでも妖艶で、どこまでも尊大だった。

 

「ま、ここはあいつの()()()だし? 無闇に荒らしたくないって気持ちはわからないでもないわね」

 

 彼女は別段領土などに固執する質ではないが、裏界には治める領域を持つ歴とした()。為政者の機微くらい把握している。それに誰だって、自分の“居場所”を好き好んで荒らしたいとは思わないだろう。

 もっとも、攸夜が極力「人間たちを傷つけないようにしている」ことについては完全に理解の範疇外だが。仮にも裏界魔王の末席にあろう者がなんと軟弱な、というのが彼女の率直な意見である。

 

「……ん、仕掛けるのかしら」

 

 モニター内、バルディッシュ・ザンバーを携えたフェイトが、攸夜の援護を受けて果敢に巨大冥魔の背へと降り立つ。構造上、死角となっている小山ほどの広大な甲殻の上から一方的に攻撃するつもりなのだろう。

 振り下ろされる雷光の剣。

 ――がしかし、あらゆる敵を斬断してきた金色の刃は堅牢な装甲に跳ね返され、衝撃で体勢を崩したフェイトは踏鞴を踏む。

 致命的な間隙だ。

 

「あらあら」

 

 猫のように目を細める可憐な魔王が皮肉げに笑う。

 金色の魔導師の周囲にえていた突起状の棘から伸びた細長いモノ――身も蓋もない言い方をするといわゆる触手が、青ざめるフェイトに殺到した。

 ひゅんっ、と泳いだ脚が引っかけるように巻き取られ、右足一本にて逆さ吊り。さらに四方から伸びた何十本もの触手に全身を縛られて、迂闊な魔導師は哀れにも捕らわれの身に。

 きつく拘束されたことで豊満なスタイルが強調され、なんだかとっても形容し難い卑猥な姿に成り下がったフェイトの有り様に、頬を引き吊らせたベルから呆れ混じりの嘆息がこぼれた。

 

「ほんと、つくづく行かなくてよかったと思うわぁ」

「触手……、それは魔法少女モノに付き物のギミック……」

 

 全身を拘束され、逃れようと必死にもがくフェイト。その彫刻のごとく整った美しい相好が嫌悪感をまざまざと表す。

 まあ、見ている方は至って呑気なものだが。

 

「……しかし、ヌメリ分が足りません。あれではただのゴムホースではありませんか」

「リオン、あんたね……」

「無様なデザインした絵師は、全国三千万人のしょくしゃーに謝罪すべきです」

「時々あんたのことがわからなくなるわ、長いつきあいだけど」

 

 二人が主従漫才を繰り広げている間にも、状況は刻一刻と変わりゆく。

 沸点を超え、凍り付くような表情を見せた攸夜が腕を胸の前でクロスさせ、上空から飛び降りるようにして落下した。

 目標は一つ――、捕らわれの恋人の下へ。

 着地する寸前に抜刀、手刀を包み込む蒼き魔法剣(オリハルコンブレード)の二振りが閃く。

 刹那、フェイトを拘束していた触手は粉微塵に切断されていた。明らかにオーバーキルなのは、最愛の人を害されて腹を立てているからだろうか。

 

 拘束が解けたフェイトを両腕でしかと抱き止めた攸夜は、三対六枚の翼をはためかせてその場から即座に離脱する。

 鮮やかな一連の流れは驚嘆に値するものだった。

 

「ええー、もう助けちゃったの? つまんなーい」

 

 その様子を半眼で見やり、ぼやくベル。攸夜の腕の中で恥ずかしげに縮こまっている金髪の娘をまるで値踏みするかのように、睨め付ける。

 

「……それにしても。あんな執着するようなモノなのかしらね、()()

 

 攸夜にとっては目に入れても痛くないほど溺愛しているフェイトも、彼女の眼にはお花畑な頭が残念な小娘としか映っていない。

 まだなのはの方が、二重三重の意味で興味を惹いているくらいである。

 

「……彼女、フェイト・テスタロッサの“プラーナ”はこの世界にあって有り得ない異常です。……先天か後天か、それは不明ですが、その保有量と質は第一世界(ラース=フェリア)人に勝るとも劣らない程」

「たったそれだけじゃない」

「……。こちらでの常人の数百倍を、()()()()と断じる方は、貴女を置いて他には居ないでしょうね……」

「ふふん、もっとほめていいのよ?」

 

 無尽蔵のスタミナを誇る裏界屈指の策謀家――後ろに(笑)が付く――が、得意げにない胸を張った。

 

「……或いは、自らを滅ぼす存在だと無意識に感じているのかも知れませんね。……ベルにも、身に覚えがおありでしょう?」

「む」

 

 マジカル・ウォーフェア最初期、洋上で出会した“お兄ちゃん”を思い出し、ベルが小さく唸る。

 言いくるめられたようでムッとしたベルは、不心得者の従者に問う。

 

「それは予言かしら?」

「……さぁ? ――フフ……、全ては我が書物にある通りに……」

 

 返答はお決まりのセリフと、意味深な微笑みのみだった。

 

 

   *  *  *

 

 

「――ったく、世話の焼けるお姫様だな」

「ぅぅ……」

 

 心配とか呆れとか、気苦労とかがない交ぜになった声が頭の上から降りてくる。

 申し訳なく思いつつも、あったかなぬくもりと日だまりのような匂いに、ほっぺがふにゃりとにやけてしまう。私は単純である。

 いろいろあって一時戦線から離れた私たちは、とある通りの街灯の上に退避して様子見中。……お姫さまだっこされたままというのは、ちょっぴり恥ずかしい。

 ちなみに、四方から飛んできてるビームはすべて強襲形態のバリアに阻まれて霧散している。理不尽だ。

 

(ううー……気持ちわるかったぁ~。まだ肌に、にゅるにゅるが残ってるような気がするよぉ……)

 

 ――正直、()()に捕まったときはいろんな意味で身の危険を感じた。

 あの、全身を這う口に出すのもはばかられるおぞましい感触、思い出しただけでも身の毛がよだつ。あんなのに触られてただなんて、一生の不覚だ。

 

「……助けてくれてありがとね。あと、その……ごめんね」

 

 ぎゅっと彼のスーツの胸のところを握りしめる。

 とくん、とくん。規則正しい命の鼓動が恐怖と不快感を洗い流してくれる。

 

「ん、気にするな、俺は気にしない――と言いたいところだが、一人で闇雲に突っ込むのは感心しないな。張り切るにしても、もう少し考えて戦ってくれ」

「はい……、反省してます……」

 

 諭すような響きの声色に、思わず萎縮してしまう。

 ユーヤと一緒だからって、私は知らず知らずのうちに気がゆるんでたのだろうか。だとしたら最悪だ。そんなていたらくで、彼のパートナーが務まるわけないのに。

 

「じゃあ罰として、フェイトはしばらくこのままな。反省してろ」

「ええっ!?」

 

 どこかイジワルな発言にビックリしたフリをする。

 むしろ、ご褒美です。

 

「さて、リブレイドを何発かぶつけてみたがあまり効いてないな。見た目通りの物理耐性だけじゃなく、魔力にも相当に強いらしい」

 

 さっきの交戦でわかったことを冷静に分析するユーヤ。そういえば、私との初戦でも容赦ない頭脳プレーが冴え渡ってた。……フツーに、顔を狙われたことも忘れてないよ?

 

「あるいは戦術(ブレイカー)級の魔法なら通じるかも知れんが――」

「倒しきれる自信、ないよ……」

 

 失態続きでなけなしの自信はもうボロボロで。弱音が出てしまうのもしかたない、と自己弁護してみる。

 うー、諦めちゃダメだ諦めちゃダメだ諦めちゃダメだ諦めちゃダメだっ!

 

「おや? 騎兵隊のお出ましか」

 

 と、大きな爆音がどこからともなく近づいてくる。それは空を切り裂く鋼鉄の鳥――戦闘機だった。

 先頭を行くのは黄色いリボンみたいなマーク――いわゆるメビウスの帯が尾翼に描かれた白い機体。青い魔力光の尾を引き、みごとな編隊を組んで空を飛んでいる。

 

「あれは第118戦術航空隊。戦闘機(スカイマスター)を専門に扱う空戦魔導師とパイロットの集団だな。彼らには、イカの殲滅を任せてある」

 

 ユーヤ、わかりやすい解説ありがとう。いつかの式典で飛んでたヒトたちかな?

 空から視線を外し、大きな山のような冥魔を後目に口を開く。

 

「それで、これからどうするの?」

(うえ)から攻めるのは無理そうだから、視点を変えて(した)から接近してみよう。細かいのを出来るだけ排除しつつ、な。――急がば回れ、古人の言葉は常に正鵠を射ているよ」

 

 芝居がかった振る舞いはいつものように大仰で。

 いちいち持って回った言い回しは、聞く人によっては鬱陶しく感じるかもしれない。私だって、たまーにうんざりすることもある。

 でも、そういう残念なところも寛容な心で受け止めるのも“愛”だと思うので、なにも言わない。まあ、イヤってわけじゃないし?

 

「接近して斬る。関節を狙えば何とかなるはずだ」

「なんだか、シグナムみたいだね」

「シンプルイズベストさ」

 

 くすり、笑いあう。

 こういう何気ないやり取りが、私は大好きだ。

 

「じゃあ行こうか」

「うんっ」

 

 

 

「おおおおッ!」

 

 冥魔の群れと相対し、雄叫びをあげるユーヤ。

 フォトンランサーの連弾を眼くらましに、黒い闇の魔力を帯びた右の拳で手近な冥魔の一体をかち上げる。抉り込むようなアッパーカット。

 そこからさらに繰り出す左手。白い灼熱の光を浮かせた冥魔にお見舞いして、両側のアイン・ソフ・オウルより粒子を撒き散らしてダッシュ。ほかの冥魔を薙ぎ倒して突き進む。

 十メートルほど直進して着地、ユーヤは左手を引き絞り魔力を集束。地面に叩きつけた。

 

「打ち砕くッ!!」

 

 光が、弾けた。

 砕けたアスファルト、解放されたチカラがドーム状に広がる。

 蒼白い爆光に飲み込まれ、あれほどひしめいていた冥魔は跡形もなく粉砕された。

 

「っと、こんなもんか」

 

 ぱちぱち、と手を払う軽い音。

 大軍勢にも超然と立ち向かう彼の姿はとても雄々しくて。

 

(私の援護、必要なのかな……)

 

 っ! 不意に浮かんだ弱気な感情をカット、破棄する。ユーヤにもう()()で戦わせないって誓ったこと、忘れたの?

 以前、純粋な好奇心から「本気の全力」というのを見せてもらったことがある。そのとき、私の胸中に去来した感情は、“悲しみ”……それだけだった。

 こわいとか、すごいとか――、そんなんじゃなくって。()()姿()をしたユーヤを前にしていたら、わけもなく泣けてきて彼を困らせてしまった。

 私は、彼にもうあんな姿をさせたくないから。足手まといになったって、ユーヤを支えることをやめないんだ。

 

「……む」

「っ、増援!?」

 

 左右の路地や道から増援の冥魔がたくさん溢れ、ビームを撃ちかけてくる。一発一発は大したことなくても集中されたらやられてしまう。

 

「囲まれたか」

「けどっ!」

 

 とん、と背を合わせる。直に感じる温もりをどんなものにも負けない力に変えて――

 半身のまま、互い違いになるように怪物の群れを迎え撃つ。私たちに合図なんていらない。

 

「プラズマ!」「聖、光、爆、裂!」

 

 砲撃体勢で突き出した左手に環状の魔法陣が取り巻き、急速に集まる雷光。

 腰だめに構えたユーヤの両手の中では、まばゆいばかりに蒼光が輝く。

 

「スマッシャーッ!!」「リブレイドッ!!」

 

 高めた魔力を解き放つ。

 金色と蒼色。二色二条の奔流がまったく同時に炸裂し、紅い冥魔を跡形もなく吹き飛ばした。

 爆炎と砂煙が残る中、素早く立ち位置をスイッチ。今度は私がオフェンスだ。

 行く手を阻むのは、この集団のリーダーと思わしき全長三メートルを超えるバケモノ。倒すことに、ためらいなんてない。

 

「――裁きの光よ!」

 

 蒼光が弾け、天空から砲撃の豪雨が降り注ぐ。

 ごうごうと轟き渡る爆音と閃光を切り裂く七枚の“羽根”が並列に地面に突き立って、その隙間を蒼い水晶が繋いでいく。

 

「〈剛毅なる進軍〉――行け、フェイト!」

「うんっ!」

 

 目の前に伸びるのは藍色に光る一本の道――、この空間に満ちたAMFの効果を遮断する虹の架け橋。

 その想いに、応える――!!

 鋭く踏み込み、術式を起動。まずは〈ブリッツアクション〉で純白の花道を駆け抜け、特に大きな冥魔に肉薄する。

 カートリッジロード、バルディッシュをアサルトからザンバーフォームに。

 最大戦速、トップギア。AMFの影響はすでなく、魔力のロスは皆無だ。

 

「やああああッ!!」

 

 振り下ろされたハサミをステップで掻い潜り、お返しに片手半剣を袈裟斬りに叩き込む。

 速度を乗せた斬撃が紅の甲殻を深々と斬り裂いた。

 

「まだだっ!」

 

 声を張り上げ、再度のカートリッジロード。回転式のマガジンに込められた魔力の弾丸を炸裂し、バルディッシュが二つに分かれて変形する。

 ライオットザンバー・スティンガー、真ソニックとはシステム的に切り離しているのでバリアジャケットはそのままだ。

 

「はああああぁぁぁぁーーッ!!」

 

 二刀から繰り出す雷速の連撃。右斬り上げ、刺突、斬り払い、袈裟斬り、斬り返し――様々な斬撃を紅い異形に浴びせていく。

 踊るように、舞うように。瞬くよりも速く、鋭く。

 視界の端に、自慢のツーテールが振り乱れて何度もよぎった。

 九撃目、合体させたライオットザンバー・カラミティから渾身の突きを繰り出す。

 

「これで――」

 

 ずぶり、と装甲に突き刺さった刀身の魔力――その全てを、ゼロ距離で解き放つ!

 

「トドメッ!」

『Plasma Buster・Zero shift』

 

 強力無比な砲撃が冥魔を内部から消し飛ばし、着弾した場所では電撃を帯びた大爆発が巻き起こる。

 残心を意識しながら、刀身を失ったバルディッシュをザンバーフォームに戻し、魔力を込めなおした。

 全部で十の斬撃。

 この間わずか十数秒。自慢じゃないけど、速さには自信があるんだ。

 

「どう? 名づけて、雷刃十連撃っ」

 

 前々から考えてたコンビネーションが完璧すぎるくらいに決まって、若干わくわくしつつユーヤに感想を求めてみる。

 彼の戦い方を参考に、いろいろ試行錯誤を重ねた末に編み出したとっておきなのだ。……まあ、まだまだ改良の余地はあるけれど。

 

「2Pカラーのアホの子が好きそうなネーミングだな、雷刃だけに」

 

 むむ、なんかバカにされてる気がするんだけど。

 

「……じゃあユーヤは、たとえばどんな名前つけるの?」

「ん? ああ、俺ってカタカナ派だからさ」

「カタカナ?」

「そそ。インサニティプレリュードとか

、ジェノサイドブレイバーとか、ワールドデストロイヤーとか、ファイナリティデッドエンドとか、ネガティブレインボウとかエーテルストライクとかキャッチ・ザ・サンとか――例を挙げればまぁこんな感じだな」

 

 どこか得意そうに腕を組んだユーヤがふふんと鼻を鳴らした。

 ……どれもこれも物騒で不穏だよ。ていうか長いし。

 そんなこんなで、私たちはやっと親玉の側までたどり着いた。

 山のような巨体をほぼ真下から仰ぎ見る。……近くで見ると、やっぱり大きい。

 

「じゃあ打ち合わせ通りにな」

「うん、わかってる」

 

 カグヤからデモニックブルームを引き抜いたユーヤにうなづく。

 とそのとき。頭上でまばゆい、まばゆすぎる閃光が輝いた。

 

「「ッ!!」」

 

 すぐさま離脱、二手に分かれた私たちの間を間一髪のタイミングで光の柱が切り裂く。

 熱線がアスファルトを焼く臭いに顔をしかめつつ顔を上げれば、グランドケンプファークラブの全身に生えたトゲトゲがミサイルとなって発射された。

 いち、に、さん、よん――ああーっ、もうたくさんだよっ!?

 

「おやおや、熱烈大歓迎ってか?」

 

 喜色の混じったのんきな声。こっちはそんなお気楽してられない。

 

「っ、バルディッシュ!」

『Yes sir .Crescent Saber』

 

 白煙を引いて飛来する多数の生体ミサイルに目掛けて、ザンバーを横一閃に大きく振り切る。三日月状の刃が剣筋から放たれて、紅い弾頭を引き裂いた。

 この〈クレセントセイバー〉は、ユーヤの斬撃光波をまねっこした中距離斬撃魔法だ。〈ハーケンセイバー〉のように誘導性はないけど、変わりに速度とか効果範囲はそこそこイケてると自負している。

 

「行くぞ、賢明の牙ッ!」

 

 一方、ユーヤ。両側の“盾”が風車状に変形して、振りかざす両手の動きに合わせて弧を描いて飛んでいく。

 ギザギザの円刃を形成して空を切り裂く二枚の“牙”はさながらブーメラン。青い筋を引いて、飛翔体を撃墜した。

 その間、攻撃した隙を突くべく、私は一気呵成に突撃。ザンバーを振りかぶり、ビルほどの高さがある前脚の関節を断ち斬る。

 離脱から一拍の間をおいて、ズズズンと崩れ落ちる冥魔。巨体を支えていた脚は失なわれ、ついに機動力を奪うことに成功した。

 

「わっ、ほんとに斬れたっ!?」

「おいコラ。信じてなかったのかよ」

 

 素直に驚いたらユーヤにジト目で見られてしまった。

 

「あ、あはは……ほ、ほら、そうと決まればやっつけちゃお? 被害がこれ以上増える前にね?」

「ったく、調子のいい――」

 

 私の下手なごまかしを呆れ、腕を組むユーヤの頭上にかかる大きな影。

 

「ゆ、ユーヤぁっ!?」

 

 目を見開き、叫ぶ。ほんの目の前で、推定数十トンの物体が彼のいた場所に突き刺さった。

 ユーヤがあれくらいでどうにかなるなんて思ってない。けれど、感情が理解するかどうかは別の問題だ。

 

「――不意打ちとは、なかなか味な真似をしてくれるな」

 

 そうして。私の期待をいつだって裏切らない不遜な声が、蒼い風に乗って聞こえた。

 

「こいつは礼だ、くれてやる」

 

 冥魔の背後で光が結集、形成する見慣れたネイビーブルーの衣。特徴的な長剣を地面と水平に引いている。

 蒼刃が閃き、振り下ろされたままのハサミを撫で斬りにした。ユーヤはやっぱりかっこいい。

 とはいえ、

 

「ちょっ、え、え? ええぇぇーっ!? ふえぇぇぇっ!?」

 

 あまりに常識外れすぎる現象を前に私の頭は処理できなくて。大混乱でほっとする間もない。

 

『身体を微細な魔力量子に変換し、物理的攻撃を無力化したものと推察されます、お嬢様』

 

 バルディッシュ、冷静な解説ありがとう!

『ヴォルケンリッターと同じ魔法生命体であるからこそ――』とかなんとか続けてるけどあんまり頭に入ってこない。

 

「〈節制の解放〉――、さあフェイト、カタを付けるぞ」

「ぁ、う、うん、わかった」

 

 円陣を作り、冥魔を囲んだアイン・ソフ・オウルが赤く輝き、冥魔の魔力を無慈悲に奪い去る。

 暴走したジュエルシードさえも押さえ込んだ“節制”の輝きにさらされ、明らかに力は減じていた。

 鋭い眼光を無力化した紅い巨体に向け、だらりと構えて浮遊するユーヤのすぐそばまで浮かび上がる。

 交わる視線。

 澄み渡るプラネットブルーの瞳に映るたしかな信頼。

 

「こいつでトドメだ!」

「うんっ!」

 

 朗々とよく通る声に、頷き返しバルディッシュをリリース、バッジの形態に戻して両手を空ける。同時に、アイン・ソフ・オウルが戻ってきて連結を開始した。

 次々に繋ぎ合う白い七枚の“羽根”は、決して離れることのない絆の証――

 わずか数秒で、Yの字を逆さにしたカタチが完成する。

 二股に分かれた部分から伸びる蒼い結晶の柄を、私たちはお互いの手を握り合うようにして掴んだ。

 

「フェイト!」

「いつでも行けるよ、ユーヤ!」

 

 今、この手にあるのは白亜の宝剣。全てを貫き、全てを破壊する破壊神の力の象徴。

 ……彼とともに、ヒトの心を司る七色の輝きを担う資格が、私にあるのだろうか。

 ユーヤはこれを、他人に触らせることを極端に嫌っている。当然だ。だってこの“羽根”は、自分の半身で、お母さんとの絆そのものなんだから――

 

「「全てを貫く無限の光!!」」

 

 声を、魔力を、想いを重ね、その切先を巨大なバケモノへと突きつける。

 宝玉の一つが輝き、薄紫色の淡い光刃が伸びていく。想いを貫く“正義”の刃。

 ――みんなの命を、笑顔を脅かすものは、ここで倒すんだ!

 

「「はぁッ!!」」

 

 息を合わせて、魔力の足場を同時に蹴る。

 アイン・ソフ・オウルから吹き出した粒子による推進力――そして私とユーヤ自身の魔力を乗せた、全力全開全身全霊の特攻。必殺を賭け、身体を左右に振って回転を加えた。

 苦し紛れに放たれた無数のミサイルはいつかのように幻影に惑わされ、虚空を穿つ。

 

「「いっけぇぇぇぇぇぇーーーッッ!!!」」

 

 円錐状になった薄紫の光で堅牢な甲殻を破って突き抜け、地面を滑るように着地。勢いを軽減する。

 

「「――光に抱かれて眠れ!!!!」」

 

 おなじみの決め口上に合わせ、大剣が七つに分離。

 同時に、私たちの背後にいる冥魔の巨体からたくさんの光が溢れ出し、ついには大爆発と閃光の中に消滅していった。

 

「やったねっ」

「あぁ。フェイトが力を貸してくれたお陰だ、ありがとう」

「そ、そんなこと……えへへ、うん」

 

 あとは各地に散らばった小型種を片づけるだけだ。

 頷き合い、私たちは残存戦力の掃討のために飛び立った。

 

「時に、フェイト」

「なぁに? ユーヤ」

「帰ったら触手プレイっていうのは――」

「しないよっ!!」

 

 ――――後に“第二次クラナガン会戦”と呼ばれることとなるこの戦いは、こうして幕を閉じたのだった。

 

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