魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#21

 

 

 

 機動六課隊舎内、食堂。

 本日のお仕事もつつがなく終了し、ユーヤとお夕飯をとっていたときのことだ。

 

『今回お伝えするのは、今クラナガンの女性の間で話題沸騰中の人気スイーツ――』

 

 備品のテレビ――なぜかアンティークっぽいデザイン――から流れる夕方のニュース。マイクを片手に若いレポーターの女性が、ちまたでブームのお菓子を調子が外れた語りで紹介していた。

 あんなにめちゃくちゃだった街並みも、わずか一週間ですっかり元通り。道行く人には笑顔があふれてて、みんな幸せそう。

 

「……逞しいよな、人間は」

 

 そんな活気のある映像を眺め、ユーヤはしみじみと感嘆をこぼした。

 

「そうだねぇ」

 

 つられてなんだかほんわかあったかな気持ちなってきて。きっといま私の顔は、満面の笑顔になっているはず。

 つらいことがあっても、めげず挫けず立ち上がって、一生懸命がんばる――そんな諦めない気持ち、私も見習わなくっちゃだ。

 

「私たち、ちゃんと守れたんだよね。……みんなの、笑顔」

 

 すこし、不安になる。きっと取りこぼしたものもあるんだって、わかるから。

 ふと、ユーヤが微笑む。

 それは私の大好きな、とてもやさしい表情だった。

 

「ああ、フェイトは立派に役目を果たしたんだ。これからも、一緒に守っていこう……俺たちの住む“世界”を、さ」

「うんっ」

 

 胸の奥に澄み切った風が吹き込んで、不安が晴れていく。

 ユーヤのコトバは魔法だ。どこまでも私への愛情にあふれ、いつだって私に勇気をくれる。

 それはきっと心の蒼空に吹く、金色に光る風――私の希望そのものなのだと思う。

 

「――んむ、しかしこの海鮮丼は思いの外美味いな。特にカニの身がジューシーだ」

「あんなことがあったのに、よく食べられるよね……」

 

 ……シリアスにモノローグを決めてたのに、しまらないなぁ。

 あの熾烈な防衛戦から一週間と少し――、ミッドチルダは今日も今日とてそれなりに平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯21 「蒼月鏡華 前編」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、そうだ。ユーヤも明日の教導に参加するって、さっきなのはから聞いたんだけど」

 

 スプーンにすくったミルクプリンを差し出しながら問いかける。

 ユーヤはさして躊躇する様子もなくスプーンごとプリンを含んで、ちゅるんと食べた。

 

「ん、なのはにどうしてもって頼まれてね。模擬戦の仮想敵をやることになったんだ」

 

 言いながら、食べかけの生チョコケーキをフォークで取り分けるユーヤ。サクッと刺したひとかけらを、私の鼻先に運ぶ。

 

「あむ……」

 

 私も彼に倣ってぱくりとほおばる。

 もぐもぐ……。――んん~っ、ビターな甘さとコクが口の中に広がって……はぅ、しあわせ……。

 

「そうなんだ。それで、訓練はどんなことするの?」

「ふふ、それは見てのお楽しみと言っておく」

 

 どこか嗜虐的な笑顔で、優雅にティーカップを傾ける佇まいは悪魔的にかっこいい。見慣れたはずなのに、ついつい見入ってしまう。

 と、その肩越しに見える席でエリオたちと食事をしていたキャロが、たちどころに身体を強ばらせてキョロキョロと周りを見回してた。なかなかいい勘してるね、キャロ。

 

「なんか不安だなぁ……、穏便にはできないの?」

「いくらフェイトの頼みでも、無理だな。いちいち手心を加えて甘く接してたらアイツらのためにならないだろ、仮にも軍事訓練なんだからさ」

 

 聞こえのいい正論も、発言者がユーヤでは簡単に頷くことができない。

 

「むーっ」

 

 なので、ぷくーっとふうせんみたいに膨れてみる。口では勝てないんだもん、いろんな意味で。

 するとユーヤは、目元を柔らかにして私の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。

 

「んっ」

 

 思わず、眼を細める。

 

「……ふぁ……」

「そういうフェイトの優しいところ、俺は大好きだけど。……安心して、悪いようにはしないよ」

 

 艶のある声色と心地いい手触りが気持ちよくて、例のごとくふにゃ~っととろけてしまう。

 ――……はっ!? や、やさしくしてごまかそうったって、そうはいかないんだからねっ!

 

「でも、けっきょく厳しくはするんでしょ?」

「当然だ。トラウマになるくらいにな」

 

 一転、つくつと人の悪い笑みでのどを鳴らすユーヤはとても楽しそうで。

 やっぱり、いじわるだ。

 

 

   *  *  *

 

 

「起動シークエンス。空間シミュレータ展開、密度固定でスタンバイ。こっちは準備オッケーです、なのはさん」

 

 翌日、訓練施設にて。

 シャーリーの操作で、まっ平らな空き地からビル群が次々に生えていく。「いつもありがと、シャーリー」と労いの言葉をかけたなのはが、一列に整列したエリオ・キャロ・スバル・ティアの四人に向き直った。

 なお、私の立ち位置はなのはの右隣。人一人分くらいの間をあけて立っている。

 

「みんな、おはよう!」

 

「「「「おはようございます!」」」」

 

「うん。今日も元気にがんばろうね」

 

 うんうん、と何度も頷くなのはの笑顔はとても満ち足りて輝いている。はきはきとしたみんなの挨拶が気持ちのいい、とはなのは談。

 いつも思うけど、指導教官というよりも学校の先生に見えるのは気のせい?

 それはさておき。朝の挨拶からはじまった今日の訓練。普段はここから軽くアップしたり、体力づくりのランニングなんかに入る流れなんだけど、今回はそうじゃない。

 

「えー、突然ですが」

 

 どこか神妙な面もちでなのはが口を開く。

 長いつきあいの私には、ことさら演技してるのがありありとわかるんだけど。

 

「本日は、特別ゲストをお招きしています」

「特別ゲスト、ですか?」

 

 ティアナが代表して疑問の声を上げる。すでに四人のリーダー格が板についてるティアナだ。

 

「うん、そのとおり。攸夜くーん?」

 

 その呼びかけにあわせて、なのはと私の間の空間が歪んでいく。

 よく晴れた青空には違和感のある黒い闇の中から、濃紺のビジネススーツを身に着けた出で立ちで男性――ユーヤが颯爽と姿を現した。

 

「呼んだか?」

「呼んだよー」

 

 わーわー、ぱちぱち。

 神出鬼没なユーヤの登場にあわせて、シャーリーと一緒に拍手して場を盛り上げてみる。……事前に打ち合わせしてただなんて、言えないよね。

 

「なんなんだこのノリは……」

「にゃはは。いいじゃんいいじゃん、攸夜くんもにぎやかなほうが楽しいでしょ?」

 

 曖昧げにごまかすなのは。意外にこういうところあるんだよね、なのはって。

「否定はしないが……」頭を抱えるユーヤを一時放置して、紹介が続けられる。

 

「というわけで、本日の特別訓練で仮想敵(アグレッサー)をしてくれる宝條攸夜さんです。ハイ、みんな拍手っ」

 

 ぱちぱちぱち。戸惑いながらも、なのはの指示に半ば反射的に従った四人が、まばらに拍手する。よく訓練されていることがわかる光景だ。

「まぁよろしく頼む」妙なテンションの紹介に苦笑いし、ユーヤは鷹揚に応じる。

 むぅ、またエリオが睨んでる。もー……どうして仲良くできないのかなぁ。

 

(……あれ、キャロ?)

 

 ふとそのとなり、キャロの方に目を移してみると、彼女は抱き抱えたフリードと顔面蒼白になって、ガタガタ震えていたことに気づく。……あ、フリードは初めから白っぽいか。

 

「し、ししょーがアグレッサー……? じょ、冗談ですよねなのはさん!?」

「喜べ弟子一号、これは現実だ。紛れもなくな」

 

 と言うユーヤの壮絶な笑顔に恐れをなしたのか、キャロはまんまるな目をぐるぐる回して激しく狼狽する。

 あわわわ、ってベタなうめき声まで上げちゃったりして。

 こう言うと不謹慎かもしれないけど、慌てふためくキャロは小動物みたいでかなりかわいい。

 

「さあ、錯乱しているキャロは放っておいて本題に入ろうか」

「い、いいんですか?」

「いいんだよ。キャロは芯の強い子だからな」

 

 シャーリーが心配げな声を上げるけど、問答無用とばかりに切り捨てられた。

 いやいや、そういう問題じゃないでしょ。このとき、みんなの気持ちが一つになったような気がする。

 なにはともあれ。世界最強のまおーさまには、常識的な理屈なんて通じないのでした。

 

「ゴホン」

 

 妙な空気の場を取り繕うように、ユーヤがせき払いをひとつ。

 

「もうお前たちも薄々わかっているとは思うが、今回の訓練内容はシンプルに模擬戦だ。……極めて実戦的な、という条件付きのな」

「じゃあユーヤさんと戦えるんですかっ!?」

「いや、違うから。話は最後まで聞いてくれナカジマ妹。つーか目を好戦的にギラギラさせるんじゃない、暑苦しいぞ」

 

 異常な食いつきで、鼻息荒く詰め寄るスバルにユーヤはちょっと引きぎみ。スバルってば、なにげに戦闘狂?

 

「先日の演習はもちろん、訓練の様子も何度か間近で見せてもらった」

「いつの間に。ぜんぜん気づかなかった……」

「未熟者に気取られるほど、俺の隠行は鈍くはないさ。というかランスター、お前も黙って聞けないのか?」

「す、すみません」

 

 耳ざとくティアナのつぶやきを聞き取り、ピシャリと注意するユーヤ。お前たちはいったいどんな教育してるんだ、と言外に告げる横目を受けてなのはが身をすくめた。

 私もなんだか自分が怒られたみたいに感じて、しゅんとしてしてしまった。ちょっと自由にさせすぎたかな?

 

「ともかく、お前たちの実力は概ね把握している。その上で、はっきりと言わせてもらおう」

 

 言うな否や、すぅーっと大きく息を吸うユーヤ。不可解な行動に「え?」と不審に思う私たち。

 しばしの沈黙が流れ……、

 

「――――全く持ってなっとらん!!!!」

 

 ビクゥッ!!!

 大声量の一喝が響き渡り、その場の全員が身をすくませる。なのはとシャーリーも、だ。

 わ、わわわ私は平常心だったよっ!?

 

「いちいち問題点を指摘してやるのも煩わしい。貴様らの戦いは無様、無様の一言に尽きる!」

 

 貴様きたー!?

 どうやらユーヤはよほどお冠のようで、すらっと凛々しい眉尻をつり上げて憤怒の表情をしていた。

 ぜんぜんらしくないはずなのに、とっても似合って見えるのはどうしてだろう。

 

「世の中には、“スタンドプレーから発生するチームワーク”というものも確かに存在する――、がしかし、それは高次の力を持っているからこそのこと。少なくとも今の貴様らに、そんな芸当が出来るほどの技量は備わっちゃいない。……にも関わらず、貴様らときたら性懲りもなく自分勝手に振る舞うばかり。個々の強さなど、結集した多数の力の前には微々たるものだと知れ」

 

 ビリビリと空気を振るわせる怒声から打って変わり、今度は低く冷たい声色で説き伏せるように淡々と言葉を連ねていく。

 吹き荒れるお説教のブリザードはみんなに少なくない衝撃を与えたようで、一様にうつむいて押し黙ってしまっていた。なのはも私も、あんまり強く叱ったりしないもんね。

 押し黙った四人を睥睨し、ユーヤが口を開く。

 

「……そんなチームプレーもチームワークもない半人前以下のお前らに、お誂え向きの対戦相手を用意した」

 

 ぱちんっ!

 ハンドスナップの小気味いい音が響くと、二列に並んだ私たちのちょうど左側あたりに蒼白い魔力光がたまり始める。

 光は徐々に形を変えて、四つのヒトガタになった。

 

「え……?」

 

 戸惑いと困惑を多分に含んだスバルの声。

 目の前の不可解な現象を目にすれば、彼女がそんな声を上げたのもうなずける。

 

 晴れ晴れとした空色のショートヘアの元気な女の子。

 オレンジの髪を黒いリボンで結った勝ち気な女の子。

 燃え立つように鮮やかな赤い髪の快活な男の子。

 桃色の髪を白い帽子に押し込めたやさしげな女の子。

 見覚えのある、ありすぎる姿をしたヒトガタ――

 

「――わた、し?」

 

 スバルが困惑を吐き出す。

 ほかの三人も……ううん、この現象を引き起こした張本人以外の全員が、言葉を失い呆然とその場に立ち尽くしている。

 そんな一同の反応に酷薄な笑みを描き、蒼い眼の魔王が不敵に言い放った。

 

「さあ、お勉強の時間だ」

 

 

 突然現れた四人の姿形は、みんなにうり二つのそっくりさん。それはさながら鏡か、澄んだ水面に映る虚像のようだ。

 みんな理解の範疇を越えたできごとに、鳩がディバインバスター食らったみたいにぽかんと間の抜けな顔をしてる。私もみんなと同じでびっくりだ。

 

「少々趣向を凝らしてみたんだが……どうやら気に入ってもららえたようだな?」

 

 私たちの反応が期待どおりだったようで、ユーヤが得意げに唇をつり上げる。

 着ている服も本人のバリアジャケットと同じデザインなんだけど、よくよく見ると色が白と黒のモノクロームカラーに変わっていた。

 

「……なんか、」

 

 それを見ていたら、ふと感想がわき上がってきたので素直に口にしてみる。

 

「とっても悪そうな感じだね」

「こういうのは様式美だからな。ニセモノってのは、本物と似ているようで決定的に違わなければならないのさ」

 

 ……よくわからないけど。

 なにやらユーヤなりのこだわりがあるらしい。よくわからないけど。

 

「さて、彼らは俺が魔力で編んだ分身体に変身魔法をかけた幻影だ。まぁ、適当に“シャドウ”とでも呼んでくれ。ちなみに実体もちゃんとあるからな?」

 

 “シャドウ”と呼ばれた四人の幻影――“ティアナ”と“スバル”がお互いのほっぺを引っ張り合い、“キャロ”が“エリオ”のほっぺを一方的に引っ張っている。

 この様子、本人たちの関係性そのままのようだ。

 

「つまり、自分自身と戦え、そういうことですか?」

 

 いち早く混乱から立ち直ったティアナが、ほかの三人より先んじて、持ち前の頭の回転の速さを発揮する。

 

「理解が早いなランスター、その通りだ。(さと)い奴は嫌いじゃないぞ? お前たち自身と言っても、あくまで()が変身したという事実は変わらない。故に基礎的な戦闘能力はともかく、使用武器・攻撃手段・戦型その他諸々についてはそれなりに変化しているがな」

 

 その言葉に従って、四人のコピーたちがそれぞれの武器を取り出した。

 “スバル”の武器は大きな盾とガントレット。

 左の前腕を包むように装着した無骨な武器には見覚えがある。以前、事件で出会った魔法使い――スルガの使っていた“箒”、〈アイゼンブルグ〉だ。

 “ティアナ”の武器は身の丈ほどはある流線型の大砲。

 白と黒に染められた兵器の名前は〈ガンナーズブルーム〉。こちらも前の事件で共闘した灯の“箒”と同じだけど、彼女のものよりも新しい機種らしい。

 “エリオ”の武器は闇色の長大な槍。

 暗い闇の固まりを握り潰して生み出したそれは、ユーヤがたびたび用いる魔法の槍。不吉に捻れた鉾先を天に向け、軽々と肩に担いでいる。

 “キャロ”の武器は鈍く光る一対の短剣。

 本人が使用しているのと同じデザインの、これといった魔法処理の施されていない両刃のダガー。二人は師弟関係にあるから、同じ品を持っててもおかしくない。

 ――彼の言葉どおり、再現可能な範囲で模倣しているということが察せられる。

 

「では、詳しいルールを説明する」

 

 とくにズレてもいないネクタイをいじりつつ――どうもクセになってるみたい――、ユーヤは居住まいを正す。とても真摯な感じだ。

 なのはは、黙ってことの成り行きを見守っている。今日の訓練は、ユーヤにまるまる任せちゃうつもりなのかな?

 

「これから行う模擬戦は四対四の団体戦だ。制限時間無制限の一本勝負、範囲は空間シミュレータ全域。管理局の規定を逸脱しない範囲の方法で相手チームを制圧するか、あるいは敵拠点のフラッグを奪えば勝利だ。……お前たちの陣地にも設置してあることは、言うまでもないな」

 

 言うなり、ユーヤの両手に赤と青のフラッグが現れた。

 遠回しな言葉の意味、つまり、フラッグを取られたら負けということをキチンとくみ取り、四人は神妙な面持ちでうなづく。

 なんだかんだユーヤとギクシャクしてるエリオも、今回ばかりはマジメに話を聞いてるみたい。……いつもこうなら、いいんだけどなぁ。

 

「対戦相手は言うまでもなく四人のシャドウだ。さっきも説明したように、ある程度お前たちと戦力が拮抗するようにしてある。しかしながらまったく同一という訳でもない。例えば“キャロ”は召喚を使えず、“ティアナ”は射撃よりも砲撃を主体としている、などだな」

 

 幻影たちの装備や事情を鑑みればそれも納得の情報だ。

 さすがというかやはりというか、キャロはさっそく敵戦力の分析を始めたようで、自分たちそっくりな四人の方をまじまじと見つめている。眉間にしわまで寄せちゃって、表情は真剣そのものだった。

 防衛対象を守りながら迎撃するか、それとも逆に敵陣へ攻め込むか。一対一に打って出るのもアリだし、各個撃破で全滅を狙うという手もある。

 ざっと考えるだけでもこれだけ選択肢が用意されている上に、対戦相手は自分たちとほぼ同等の強さを持っていて――ううーん……この訓練、一見するとシンプルだけどなにげによくできてる。設定難易度、かなり高いかも?

 

「それから注意というか、ちょっとした補足だが。お前たちの姿を模倣しているこのシャドウ、その衣装の色を変えたりだのして攪乱する気はないから安心してほしい。誰が味方かと疑心暗鬼になる必要はないぞ」

 

 え? デバイス間のデータリンクがあるとはいえ、そんな不利になること教えちゃってもいいの?

 

「いいんですか、私たちに話してしまって。戦術を狭めると思うんですけど」

 

 ティアナも私と同じことを思ったみたいで、すぐに疑問を露わにする。

 

「いや、むしろこちらとしては意図して教えているんだがな、これが」

「どういうことなの、攸夜くん?」

 

 たまらずなのはが声を発する。

 するとユーヤは器用に右の眉尻だけを上げ、旗をカグヤに戻してフリーになった両手をポケットに突っ込んだ。

 飄々とした立ち姿と奥深い表情は、彼の底知れない雰囲気を助長していた。

 

「これは訓練なんだよ、なのは。俺の口振りや、今こうして見せている装備などから得られる情報も踏まえて作戦を立て、実践する――それもまた課題の一つと考えてくれ」

「! そっかぁ、なるほどね。攸夜くんにしてはよく考えてるね」

「お前ね……」

 

 説明を反芻するように噛みしめて、なのはが納得した様子を見せる。一言余計だったけど。

 それにしてもユーヤ、そこまでこの子たちのこと考えててくれたんだ。なんかうれしいな。

 

「でだ。逆に、お前たちの方が同様の手段で惑わそうとしても無駄だぞ。奴らは俺を頂点とする群体だからな」

 

 ……これってつまり、「非常識なくらい息のあった団結力」を持ってるって意味なんだけど、四人とも気づけたかな?

 

「仮に幻術なりに嵌めるなら、小手先じゃなくもっと創意工夫を凝らせろよ。どうせなら俺を欺くぐらいの、な」

 

(……それはちょっとムリなんじゃないかな~)

 

 心の中で反論してみた。

 ユーヤといえば幻術、幻術といえばユーヤ、というイメージが私にはある。

 実際、魔法のバリエーションこそ少ないものの、使い方が巧みで上手だし、なにより勘が鋭すぎ、目がよすぎですぐに見抜かれてしまう。

 ミッド上空での一戦以来、一度として私の幻術が効果を上げた試しがないといえば、その難しさがわかってもらえると思う。まあ私の幻術がへっぽこだって説もあるけど。

 ていうかそもそも実体のある分身とか反則だよっ!

 

「……」

 

 ざわめきが収まるのを目を閉じてじっと待ち、ユーヤが改めて口を開く。

 

「最後に駆け出しのお前らへ、センパイからのささやかなアドバイスだ」

 

 張りのある声を響かせ、一人一人と目を合わせるようにユーヤはゆっくりと四人を見回す。背が高いから自然、四人を見下ろすような形になる。

 ごくり、誰かが息をのんだ。

 そうして、たっぷりと間を取って空気を掌握し、おもむろに――もったいぶって――口を開く。

 

「戦いの勝敗ってのは、いつだって始まる前から決まっているんだ」

 

 いつか耳にした言葉。彼の人生観というか、勝負観みたいなものなのだろう。

 たしか、地球の昔のえらい人がそんなことを言ってたって聞いた覚えがあるし。

 

「勝てる戦いには確実に勝つこと、勝てない戦いには望まないこと、勝てないなら勝てるように策を巡らすこと、勝てなくても負けないように諦めないこと。――これはあらゆる勝負事に通ずる定石、絶対的な真理だと俺は思う。強請るな、勝ち取れ。欲しいモノは自分の手で掴んでこそ意味があるんだ」

 

 少しぶっきらぼうに結尾は切られた。ユーヤらしい、すてきな訓辞だったと思う。

 四人はそれぞれなにか言いたそうだったり、考え込むようだったり、腑に落ちなさそうだったり、頭から煙を出してたりしてた。

 うーん、まだちょっとみんなには難しかったかな?

「むー、私よりもずっと先生してる……」とか、なのはがぼそぼそ不満をもらしてる。

 うん、たしかにそうかも。……あっ、いや、えっと、なのはがだめだめだとか、そういう意味じゃなくてね?

 

「ざっと概要の説明はしたな。開始の前に作戦会議の時間を十分やるから、せいぜい頭を悩ませろよ」

 

 おどけるように、ふとユーヤが笑む。

 不敵で、不遜で、ふてぶてしくて。自信に満ちあふれた男らしい感じの表情だった。

 

「シャリオ、雛鳥共を陣地に誘導してやってくれ。旗の設置もついでに頼むよ」

「はい。じゃあみんなー、ついてきてね」

 

 旗を手渡されたシャーリーの指示に従って、四人は粛々と移動を開始する。私となのはは手を振って見送るのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 現在作戦タイム中。

 私たちは手頃な高さのビルの屋上で待機している。戦闘エリアの全体を見渡すには絶好のポイントだ。

 ふわふわの雲が浮かぶ青青とした空は、とっても清々しい。まるで絵の具の原液を塗りたくったみたい。

 

「はてさて。どうなることやら」

 

 屋上の縁付近におもむろに腰を落ち着けあぐらをかくユーヤ。ひどく楽しそうに、あどけない笑顔をしている。

 そんな彼の隣にそろりと近寄り、すとんと横座りで腰を下ろす。それからもたれかかって腕を絡めちゃったりして。……うん、よかった、嫌がられてない。

 ここからなら、下とか周りがよく見えるもんね。まあ、ユーヤとくっつきたいという気持ちもなきにしもあらずだったり。

 

「ええと、フェイトさん。職務中にそういう行為は、ちょっと……」

 

 シャーリーが恐る恐るって感じで、とがめるようなことを言う。

 そういう行為……? ユーヤの腕に絡めた自分の腕と彼の曖昧な苦笑い、それからひどく困った顔のシャーリーを何度か見比べて、考える。

 ……。

 私なりの答えはわりとすぐに浮かんできた。

 

「だいじょうぶ、私の愛は年中無休だからっ」

 

 元気っぱい、笑顔で発言。

 私、ユーヤ限定の大特価バーゲンセールだよ♪

 

「いや、そうじゃなくてですね……」

「ムダだよ、シャーリー。こうなったフェイトちゃんは処置ナシだから」

 

 どこか憂いた表情のなのはが、やれやれと頭を振る。

 ……処置ナシとか、なんかひどくない?

 

「ホントそういうとこ見境ないよね~、フェイトちゃんて。頭んなか、攸夜くんのことでいつもいっぱいなんでしょ?」

「そんなことないよ」

 

 失敬な。私だって、ちゃんといろいろたくさん考えてるんだから。

 

「ユーヤのことは、だいたい九割八分くらいかな」

「どっちにしろ変わんないよっ!」

 

 なのはの叫びが空に響く。

 と、なにを思ったのか、くすりといたずらっぽく笑ったユーヤが私の肩に手を回して抱き寄せ、耳元にそっと唇を近づけてくる。

 

「俺は四六時中、君のことばかりを考えてるよ」

「ほんと? うれしい……」

 

 甘いささやきに、どきどきしてしまう。

 

「……。えいっ」

 

 ごすっ!

 

「きゃっ」「痛っ」

 

 背後からそんな声が聞こえ、頭上に衝撃が走った。

 いたひ……。

 鈍い痛みを訴える頭を両手で押さえ振り向くと、腰に手を当てたなのはがぷんすか肩を怒らせていた。

 どうやら彼女にチョップされたらしい。

 

「こらっ! お仕事中はマジメにやらなきゃダメでしょ、ふたりとも!」

「「ゴメンナサイ」」

 

 悪ふざけしすぎてお冠ななのはのお叱りに、即断即決で謝る私たち。本格的に怒ったなのはに逆らっちゃダメなことは、仲間内の暗黙の了解なのだ。

 なかなか全力全開のスターライトブレイカーはもういやだなんだよ……。

 

 

「なんていうか。攸夜くんってビックリドッキリメカだよね、なにげに」

 

 操作パネルで訓練の準備――おもにカメラや、安全設備とか――をしていたなのはが突然そんなことを言う。

 藪から棒だよ、なのは……。

 

「……とりあえず。褒めてるのか貶しているのか、どっちだ?」

 

 横目で睨まれて、冷や汗を浮かべるなのは。たとえるなら……大口を開けた蛇に睨まれたウサギ、みたいな?

 

「にゃ、にゃはは……。そ、そうだ、さっきから気になってたんだけど、私のシャドウも作れたりするの?」

「あからさまに話を逸らしたな。……まあ、出来るけど」

 

 ぱちん、と指が鳴れば。

 小さな女の子の二人組が、蒼い光を伴ってすこし離れたところに現れた。

 白に青の杖らしきものを抱えた“なのは”が元気に。

 大きな両刃の実体剣の影に隠れた“フェイト”が控えめに。

 こちらに向かって手を振ってる。

 どうやら、“闇の書”事件当時の私たちをモデルにしているらしい。バリアジャケットのカラーリングは変わっていて、私は黒に青、なのはの方は白に赤だ。……なんかこの色合い、見てると無性にむかむかするんですけど?

 

「うわぁ、すっごーい! ほんとそっくりだね~」

 

 黄色い歓声を上げたなのはが“フェイト”に駆け寄る。

 びくっ、と小動物みたいに身体をすくめたちいさな私は、おずおずと儚げにはにかんだ。……あの頃の私って、客観的にはあんな感じだったのかな?

 

「“なのは”の杖が〈ストライカーワンド〉、“フェイト”の剣が〈ブルームカリバー零〉だ。どちらもそれらしい“箒”を持たせてみた。ちなみにユーノver.もあるぞー」

 

 こだわりやさんなユーヤの説明を背に、私も近寄ってみる。もっと近くでよく見てみたい。

 

「……」

 

 にぱーっと満面の笑みで私を見上げる“なのは”。太陽のようにまぶしく、青空のように晴れ晴れで。

 花にたとえるならひまわり、晴れ渡る空に向かって咲き誇る大輪の笑顔。

 

「か……」

「か?」

 

 うめく。

 こくん、とちいさな女の子が小首を傾げる。不思議そうな顔。

 つぶらな青紫の眼、ぷっくりぷにぷにとしたほっぺ、さらさらふわふわな赤茶色の髪――

 

「かわいいっ!!」

「うにゃ!?」

 

 ガマンできず、抱きしめる。ぎゅーっと。

 ふかふかで、柔らかい。それに子どもらしい高めの体温とか、ミルクみたいな甘い香りとか――再現度ハンパないよっ!

 …………あれ。

 でもこの子の中身はユーヤなわけで。

 じゃあ性別って……?

 

「攸夜くん……この魔法でヘンなコト、してないよね?」

 

 はたと気づいたようになのはが自分の胸のあたりを抱きしめ、まるで隠すように半身になる。言いたいことはわかるけど、あんまりだ。

 

「ばっ……! んなことするか、馬鹿じゃねーの!? つーか馬鹿じゃねーのっ!?」

 

 すぐさま全力で全否定するユーヤ。珍しく動揺しちゃって……ふふ、かわいい。

「どうだか~?」と、混ぜっ返すなのはのジト眼はことさら疑惑的。でも、完全にからかってるよね、あれ。

 おちびさんたち、顔を赤くしちゃってるし。

 

「――みなさん、なに遊んでるんですか……」

 

 シャーリーの呆れたような声で我に返った私たちは、顔を見合わせて恥入るのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 そんなこんなでついにスタートした特別訓練。

 ビルの屋上から見守っているだけの私――座っている場所は言うまでもなくユーヤの隣だ――も、なんだかどきどきして緊張してしまう。

 なのはやシャーリーも黙りこくってデータの収集と全域の監視の作業にいそしむ。

 私たちは、相手チームの詳しい動向をモニターできないようになっている。ユーヤ曰わく「何が起きるかわかったら面白くないだろう?」とのこと。

 

「やっぱいつもどおり、スバルが威力偵察するみたいだね」

「……だな」

 

 大通りをまっすぐ疾走するスバルを眺めながら、なのはとユーヤが会話する。

 そばで聞いていて、どこかユーヤの様子がおかしいことに気づく。眉の間に深いしわを寄せて、苦虫を噛み潰したようなひどい顔をしてるし……。

 

「おそらくはランスターの差し金だな。様子見……、というよりは速攻を仕掛けるつもりなんだろうが――」

「なにか気になることでもあるの?」

 

 急に不安になって、思わず探りを入れてしまう。……私、彼の感情に影響されやすいのかな。

 浮かない顔のまま、ユーヤは声のトーンを下げる。

 

「戦略的にはまぁ間違っちゃいないとはいえ、どうもにな」

 

 氷河のように冷ややか眼が、スバルのやや後方を行くティアナを捉える。

 そして、紡がれた声色も驚くほど冷え冷えとしていて。

 

「アイツ――、ランスターはパートナーを捨て駒にしてやしないか?」

「な……っ!?」

 

 絶句。

 絶句だ。

 私もなのはも、シャーリーも。思ってもみない、想像するわけもない発想に言葉を失って、驚愕で目を見開くばかり。

 

「そ、そんな、そんなはずないよっ! ティアナとスバルはすっごく仲良しで、それで――」

「だがな。アグスタでのミスショットを初めとした行動の傾向を見て、一点の曇りもなく違うと言い切れるのか? 本当に相方を信頼していたのなら、あんな軽はずみな行動は取らないはずだ。ランスターは自分の目標のため、立身のためなら友すらも切り捨てる――、俺にはそう見えるよ」

「う……」

 

 叩きつけられた言葉の羅列を否定する術がなくて、口をパクパクと開閉するだけのなのは。ショックで顔を青ざめさせて。

 

「ま、いいさ」

 

 厳しさを霧散させ、ユーヤは肩をすくめる。今はもう、普段の飄然としたいつもの彼に戻っていた。

 

「これは俺の単なる杞憂だ。アイツがそんな人でなしじゃないことを祈るだけだよ」

 

 皮肉も忘れないあたり、いじわるである。

 

「攸夜くん……」

「んな顔すんなって。ほら、下じゃあ小競り合いが始まってるぞ?」

 

 あ、ほんとだ。戦域では、スバルが“スバル”と交戦を開始していた。

 繰り出すリボルバーナックルをアイゼンブルグが受け流す――それはさながら鏡写しの戦い。マッハキャリバーのない“スバル”だけど、自らの健脚と魔力爆発――ユーヤが陸戦で使う技法だ――で、そのディスアドバンテージを補い互角の力を発揮している。

 幾度も激突する鉄拳の衝撃がここまで届いてしまいそう。

 

『なっ、シューティングアーツ!?』

『いぐざくとりー♪ さっすがに解っちゃうよねぇ、キミには。そんじゃまぁ、ちょっとばかしワタシにつきあってってよ。退屈はさせないから、さぁ!!』

『ぐ――、うあっ!』

 

 魔力爆発による加速からの痛烈な一撃。スバルがたまらず大きく吹き飛んだ。……それにしても女の子の“演技”、上手すぎない?

 

「スバル……ううん、ギンガの動きによく似てる……」

「そうなの?」

「うん。このまえちょっと手合わせしたから」

 

 い、いつのまに……。

 あんまり無茶はしてほしくないんだけどなぁ。腕とか、撃墜されたときの古傷もあるんだし。

 まあ、気を取り直して。

 どうして? と視線でユーヤに聞いてみる。なのはも知りたそうにしていた。

 

「ん? 見てコピった」

 

「「はい?」」

 

 今なんて?

 

「魔力の流れを()()()()()んだよ、シューティングアーツを。まあ、所詮はにわか仕込みの付け焼き刃。ギンガほどの練度はないんだがな」

 

 あっさりと。ごく自然に言いのけた。

 見て覚えたって……そんなばかな。魔力にすごく敏感だからだなんて、そんなばかな。

 苦労して会得した武術をあっさりマネされたんじゃ、ギンガも立つ瀬ないと思うよ?

 ていうか――

 

「それって写輪眼?」

「惜しい! そこは白眼と言って欲しかったな、中の人的に」

「中の人なんていないよっ」

 

 うん、いいテンポの掛け合いだったね。うんうん。

 

「おおー? ギリギリ間に合ったみてーだな」

 

 聞こえた声にふと顔を上げてみれば、紅いドレスの女の子が屋上に降り立つ。

 着地した瞬間に真紅の光が弾け、服装はブラウンの制服に変わっていた。

 

「あれ、ヴィータちゃんだ」

 

 別働隊所属のヴィータだった。予定では、今日も探索任務で出払っていたはず。

 

「外回りから帰ってきてたんだね。シグナムは?」

「ついさっきな。我らが将殿なら、今頃は報告書でも書いてるんじゃねーの?」

 

 投げやりな返答。

 なにかピンときたらしいなのは。「デスクワークから逃げてきたんだ?」

「……まぁな」ヴィータが気まずそうに視線を逸らした。

 ごほん!

 これはヴィータのせき払い。

 

「んで、戦況は? 訓練はどうなってんだ」

「まだまだ、始まったばかりさ。見所はたんと残ってるよ」

 

 ここで初めてヴィータに視線を向けたユーヤがニヒルに言う。

 ――そうこうしているうち、戦況は移り変わっていた。

 ティアナたちが、激闘を繰り広げる二人のインファイターに接近する。どうやら援護して各個撃破するつもりみたいだけど……。

 

「月並みな台詞だが。そうは問屋が卸さないんだな、これがさ」

『狙い撃つわよ!』

 

 それを読んでいたユーヤの呟き。伝え響く、女の子の砲哮。

 ちゅどーん。

 一瞬遅れ、ティアナたちの目の前に粉塵と土砂の柱が吹き上がる。行く手を阻むのは、遠距離からのピンホールスナイプ。

 ――すでにそこは、彼女の射程の真っ直中だったのだ。

 

『狙撃!? どこから――』

『ほらほらぁ! ぼやぼや突っ立ってると挽き肉になるわよ!』

 

 どどーん。

 砲撃を放つのは、とあるビルの屋上の立つ“ティアナ”。おそらく彼女は、開幕直後から光学迷彩で姿を隠し、さらにガンナーズブルームの機動力を生かして狙撃位置を確保していたのだろう……誰の目にも留まらず、秘密裏に、だ。

 こういうクレバーな戦い方は、“彼女”がユーヤの分身であることを如実に感じさせた。

 

『有象無象を飛び越えて、あたしの魔弾は敵を射抜く!』

 

 どかーん。

 雨のように降り注ぐ鉛の嵐が破壊の爪痕を刻んでいく。

 この破壊力、とても模擬弾を使ってるようには思えない。当たりどころが悪くてケガしないだろうか、と見ている方はハラハラだ。

 

「つーか反則だろ、ガンナーズブルーム」

「あの破壊力に機動力がデフォルトだもんねぇ。砲撃魔導師のプライド、ちょっと傷つくかも」

 

 教導隊出身の二人の統一見解に、私も内心で同意。

 とか言いつつ余裕綽々なあたり、なのはも負けず嫌いというかなんというか……。

 

『くっ、やられた……! ちびっ子コンビっ、いったん散開してポイントB6で合流! いいわね!?』

『はい!』『了解です!』

『スバルっ! アンタもはやく撤収――』

『あれぇ、しっぽを巻いて逃げちゃうんだ? でもいいのかなー、そんなんで“なのはさんみたいな魔導師”になれるの?』

『っ!』

 

 焦りを隠せないティアナの指示にかぶせた“スバル”の挑発に、さあっとスバルの顔が紅潮した。ほんと、いじわるだなぁ。

 

『くすくす』

『あっ、待てッ!!』

 

 悪意のある嘲笑。反転したシャドウがものすごい速さで走り去る。

 マッハキャリバーを起動させ、スバルが追いかける。完全に頭に血が上っちゃって、パートナーの制止の声も聞こえていない。

 

『逃げるなー!』

『あばよ~、とっつぁんっ♪』

 

 熾烈かどうかは微妙な追撃戦。逃げる“スバル”に、スバルの手が届くか届かないかの瞬間――

 

『うわわっ!? ――ぐぎゃっ!?』

 

 どてーん!!

 突然、スバルが盛大にすっころげた。

 ずざざーっ、と勢い余って地面を滑ると大の字になって沈黙。あれはかなり痛そうだ。

 でも、どうしてあんなところで……あっ、スバルのこけた場所に重たげなコンクリートの残骸が見えた。そっか、“ティアナ”が瓦礫を幻術で隠蔽していたんだ。

 

『あちゃー、足下にはご注意を』

 

 “スバル”がスバルを嘲笑う。

 なんて単純で、なんて意地の悪いトラップなんだろう。ユーヤらしい費用対効果に優れた一手だと感心してしまった。

 ――もっとも。

 

「うわー、エグいね」

「エグいな」

「エグいです」

 

 なのはたちの感想はそうじゃない、みたいだけれど。

 

 

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