魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#22

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯22 「蒼月鏡華 後編」

 

 

 

 

 

 

 

 

『どう、キャロ。ティアナさんたちと繋がった?』

 

 砲撃の雨から逃れ、なんとか合流ポイントに到着したエリオとキャロ。スバル・ティアナとは完全に分断されてしまっていた。

 念話で連絡を試みていたキャロが首を横に振る。

 

『――ううん、ダメ。何度やっても、応答なしだよ』

『そっか。……まだ交戦中なのかな』

『たぶん……』

 

 らしくなく、弱気な声を上げるキャロ。幻影とはいえ「ししょー」と慕うユーヤが相手だからだろうか、完全に気後れしてしまっているようだ。

《きゅるー……》フリードが意気消沈ぎみの飼い主を心配して、情けない鳴き声をあげていた。

 

『えっと……大丈夫だよ、きっと。ティアナさんもスバルさんも強いんだし。それに、その――』

 

 言葉に詰まり、エリオはどこか言いづらそうに頬をかく。そのほっぺはリンゴみたいに赤く染まっていた。

 

『なにがあっても、僕がキャロを守るから』

 

 不安がるキャロを安心させるように、エリオが若干ぎこちなく笑いかけた。――おお! かっこいいセリフが飛び出したよ。

 やるなぁ、エリオ。あのキャロが、不意打ちにびっくりして目をまんまるにさせちゃってるし。

 

『エリオくん……、ありがとう』

 

 恥ずかしげなはにかみがこぼれる。どうやら、気落ちしたキャロを元気づける試みはうまくいったみたい。エリオもつられて恥入ってしまっているのはご愛嬌かな。

 二人の甘酸っぱいやりとりに、後ろの方できゃーきゃー黄色い歓声を上げてる二人は見なかったことしよう。無視無視。

 普段は冷静沈着、自信満々でなにごとにも動じないようでいて、ふとした弾みで見せる女の子らしいか弱さはひどくアンバランスでギャップを感じさせる。こういうのを、「男殺し」とか「小悪魔系」って言うんだよね、世間では。

 

(うん。でも男の子はそうでなくっちゃね)

 

 まっすぐな眼差しで戦域を望む、世界で一番頼りになる男性の凛々しい横顔をちらちら盗み見る。

 今のエリオもなかなかに頼もしかったけれど、私の理想の男性である“彼”と比べてしまえばまだまだ未熟だ。男らしさのレベルが段違いだもん、仕方ないよ。

 今後の成長に期待大、だね。

 

「……!」

 

 弟分の男の子らしいところを感心していたそのとき、エリオの背後でぎらりと光る鈍い輝きがよぎる。

 瞬間、路地に広がっていた暗がりから一筋の影が跳び出した。

 

『ッ!?』

『エリオくん!』

 

 ――ぎぃんっ!

 飛び散る火花。堅い金属と金属とが衝突した甲高い音が鳴り響く。

 受けたのは青い槍。

 仕掛けたのは黒い槍。

 それらを携えるのは、どちらも赤い髪の利発そうな男の子。鏡合わせの少年騎士――ふと、そんなしょうもないフレーズが頭に浮かんだ。

 黒い槍の持ち主は、奇襲が失敗したと見るや間髪入れずに飛び退く。5メートルほど離れた場所に軽快な足取りで着地すると、構えを解き、ことさら――演技に見えるくらい――驚いたような顔をする。

 

『防がれた? ……あっれー、おっかしいなぁ、今のは完全に取ったと思ったのに。さすが、師匠(シグナム)に稽古付けてもらってるだけのことはあるね』

 

 エリオに襲いかかった男の子――“エリオ”は、黒塗りの槍を気だるげに両肩で担いでいた。

 言葉こそ残念そうだけど、口調そのものは軽薄に聞こえるほどひどく軽妙で。その言動、振る舞いはエリオ本人よりもずっと印象が幼く、子どもっぽい。年相応とも言う。

 ――辛い経験をしなかった「暗い部分をもっていないエリオ」、とでも言えばいいのだろうか。

 

『僕のシャドウ……!』

『待ち伏せされた!? そんな――』

『ははっ、ザンネン! キミたちの相手はぼくだけじゃないんだよね~』

 

 ニシシ、と“エリオ”がイタズラっぽい快活な笑顔を浮かべる。とてもエリオが浮かべるような種類の表情じゃない。

 ふと、かすかな風切り音が耳に届いた。……上?

 

『っ、ケリュケイオン!』

『Circle Protectino』

 

 とっさに反応したキャロが両手を掲げ、桃色の光の壁が二人と一匹を包み込む。

 上空から襲い来る未知の脅威を魔法の障壁がどうにかというタイミングで阻み、防いだ。

 ――ききききんっ!

 響き渡るいくつもの軽い金属音。

 地面に転がっていたのは、鉄製らしき黒くて太い針のような、五寸釘のようなもの。10本、いや、20本はあるだろうか。

 

『もう一人……!?』

 

 “エリオ”の隣に音もなく、そっと降り立つ桃色の髪の女の子。軽装のミニスカートドレスと闇色のマントをふわりとはためかせ、遠慮がちににこっと微笑む。

 この子はどちらかというと物静かで控えめで、おっとりな印象。そんな様子は、私が管理局の施設で出会ってすぐ、“彼”の影響を受けていないころの彼女を彷彿とさせる。芸が妙に細かい。

 

『どうしてこんな先読みされてるの!?』

『……このコたちが教えてくれるんです、あなたたちがどこにいるかってことを』

 

 キャロの疑問に答える“キャロ”の肩に止まった一羽の蒼い小鳥。そして、足元でしゅるしゅるととぐろを巻く蒼い蛇。それら、透明な水晶の身体を持つ美しい生き物たちは、〈サーチャー〉の魔法が作り出した簡易使い魔だ。

 この世界に漂っている意志の弱い精霊とか霊魂などに働きかけ、“意味”を与えて使役する――といった魔法らしいんだけど、いまいちよくわからない。科学を発端に発展してきたミッドチルダの魔導師に、そういうアストラル的な存在はあまりにもなじみがないものだから。

 ――“彼”の見えている光景を共有できないことは、とても残念でさびしい。

 

『情報収集は、戦闘行為の基礎の基礎です』

『あらかじめ()を放っていれば、このとおり』

『どんな策でもお見通し』

『だって、最初からぜんぶ()()()んだからね』

『つまりみなさんは』

『飛んで火にいる夏の虫だった、ってわけ!』

 

 やけに息の合っている二人の言葉を信じるなら、全域にかなりの数の使い魔がばらまいているらしい。

 まずその用意周到さに唖然として。次に焦りと悔しさを露わにして、エリオが叫ぶ。

 

『くっ、そんなの卑怯だ!』

『卑怯ぉ? 失敬だなぁ、戦略的って言ってよ。そんなんだから、本体に坊や呼ばわりされるんじゃない。なっさけなー』

『っっっ!!』

『エリオくん、抑えて。あれがししょーのやり口だって、知ってるでしょ?』

 

 挑発にいきり立つエリオをキャロがなだめる。

 あーあー、エリオ、顔を真っ赤にしちゃって。あれ、完全に頭にキちゃってるよ。……まあ、あんな言い方されたら無理もないけど。

 

『ははっ、ぼくらの本体ならこう言うだろうね。「情報を征したものが戦場を征するんだ」、ってさ』

『ししょーのドヤ顔が目に浮かぶ……』

『……なんだかその言い様、ちょっとむかつきます』

 

 額にちょっと青筋を立てた“キャロ”が、それぞれ三本づつ両手の指の間に黒い針を挟み、腕をクロスさせて構える。まるで扇を開いたよう。

 同時に、キャロはバリアジャケットを闇色のマントをまとったスカート丈の短い軽装形態に変化――彼女はこれを〈アサルトスタイル〉と呼んでいる――させ、さらに両手に両刃の短剣を喚び寄せた。

 それが合図になったのか。

 誰からともなく、ぐぐ、と身体を深く沈みこませる四人。

 ――時間いっぱい。

 爆ぜるようにして、四種の刃が街頭に交錯した。

 

「……飛針?」

 

 飛び交う無数の針を見たなのはのぼそりとしたつぶやき。

 そういえば、実家の武術とかでああいう武器を使うんだったっけ。私はよく知らないけど。

 

「どっちかというと棒手裏剣だな、あれは。投げるのに技術は要るが、牽制に使うなら軌道を見切りにくい分ナイフよりは幾らか上等だ」

「……まさか張り巡らしたワイヤーの上を走り回ったりとかはじめない、よね?」

 

 え。なにその超人。

 魔法使ってでもなきゃできないよ、そんなこと。

 

「さすがにそりゃあ無理ってもんです。――まあ、単分子ワイヤーくらいならもってるけど」

 

 言うなり、虚空からワイヤーの束を取り出すユーヤ。なのはの言葉じゃないけど、ほんとびっくり箱みたいなひとだ。いろんな意味で。

 

「はあ。“箒”をたくさん持ってるのは知ってたけど、そういうのもあるんだね」

「まぁな」

「ほかにはどんなの持ってるの?」

 

 ――きっとこのとき、なのははほんの軽い気持ちで聞いたんだろう。

 当然すぐさま後悔することになるなんて、神さまじゃない私たちにはわかりようのないことなわけで。

 

「ロングソードやレイピア、グレートソードなんかの西洋剣は基本形として――」

 

 しゅんっ、何本何種類もの剣がザクザクと床に突き刺さる。

「え」無造作に現れた剣群に驚く私たち。思考がフリーズする。

 

「ヌンチャク、トンファー、ウォーハンマー。手斧、脇差し、青竜刀に日本刀。短槍、長槍、長刀、ハルバード。ダーツ、手裏剣、ボウガン、弓矢。ハンドガンサブマシンガンショットガンアサルトライフルライトマシンガンアンチマテリアルライフルロケットランチャーグレネードランチャー」

「え、ちょ」

 

 呪文を唱えるような言葉の列挙に従い、なにもない空間にドサッと現れる武器の数々。

 時代錯誤の刀剣類から最新鋭の近代兵器まで、その種類は幅広い。――ていうか豊富すぎるよっ!

 

「それから――」

「まだあるのかよ!?」

 

 やけくそぎみにツッコむヴィータ。その気持ち、よくわかるよ。

 

「カイザーフィストに九節棍、破砕丸と方天戟。桃剣、クリスタルエッジ、メテオライトソード。フェイタルホーク、スカーレットテイル、サイズ、バス停。もちろん暗器各種やハンドグレネードもあるし――」

「ちょ、待って! わかった、もうわかったからぁっ!」

「ん、そうか?」

 

 切羽詰まったなのはの悲鳴をもって、武器兵器の大行進はようやくのうちに終了。

「まだ出してないのが山ほどあるんだがなー」なんて、軽い感じで武器を一瞬で収納し直したユーヤはどこか物足りなさそう。

 

「おまえは歩く武器庫か」

 

 ヴィータがあきれたような言は驚くほど的確な比喩だ。ほんと、その気持ちよくわかるよ。

 以前、聞いたことがある。自分のカグヤにどれだけのものが入っているのか、ユーヤ本人にもわかってないらしいってこと。

 そのくせ、ほしいものは念じれば出てくるのだから始末に負えない。

 

「攸夜さん、どうしてそんなにたくさんの武器を持ち歩いてるんですか?」

「加減がしやすいからな」

「加減?」

 

 シャーリーからの質問の答えは主語を抜かしたもの。続けてなのはが追求する。

 すると、ユーヤはシニカルに苦笑し、左手を何度もにぎにぎ握る。確かめるような仕草がどこか寂しそうに見えるのは、気のせいじゃないはず。

 

「軽く小突くだけで普通の人間をミンチにしちまうんだよな、俺。だから相手の無力化とか得意じゃなくてさ。その点、魔法処理の施されてない刀剣類や近代兵器ならその心配もないだろう?」

「それは……」

 

 冗談にしても、笑えないよ。

「え、えっと……」ブラックジョークまがいのセリフに言葉を失う。なのはも、シャーリーも同様だった。

 私たちの反応に自嘲的な冷笑を深めたユーヤが不意に虚空へ目を向け、ため息をつく。

 

「おやおや。今日は予想外の客が多い日だね、どうも」

 

 意図のわからない不可解なつぶやき。その意味を、私はすぐに目の当たりにすることとなる。

 ヴン、と耳障りな不協和音を立てて空間が歪む。

 これは魔王が現れる前兆。

 ということは――?

 

「俺は招いたつもりはないんだがな。ベル、それにパール」

 

 非幾数学的にねじれた多次元空間が、ゆっくりと本来のカタチに終息していく。

 

「あたしにも、招かれた覚えはないわね」

「やっほー☆ アル、元気ぃ?」

 

 姿を現したのは非常に見目麗しいふたりの美少女。

 深いパープルのセーラー服に、麻色のポンチョを羽織った銀髪の女の子。そして、白と赤のいわゆる巫女服と呼ばれる和装をした金髪の女の子。

 しゃらん――透明な鈴の音が、吹き抜けた風に乗って屋上に響き渡った。

 

「……お前らが揃って出てくるとは、珍しいこともあるもんだ。こりゃあ、槍でも降ってくるかな」

 

 どこか気持ちのこもっていない言葉で、思わぬ訪問者たちを迎えるユーヤ。ほんのわずかに歪めた口元は、皮肉げな雰囲気を漂わせている。

 む、と不快感をにじませる銀髪の少女。一方、金髪の少女は特に気にした様子を見せていない。

 

「……」

 

 ユーヤがいればよほどのことにならないとわかってても、思わず身構えてしまう。これはもう、本能的な反応だ。

 すすすっと、こっそりシャーリーの後ろに隠れるなのはが視界の端に見える。そんなに苦手なんだ、あの銀髪の子のこと。……あれだけ痛めつけられたら無理もない、か。

 

「別に。一緒に仲良くってわけじゃないわよ、当然でしょ」

「ベルが勝手についてきただけだよ」

 

 揃って心外そうな顔をする魔王二人組。私には、息が合ってるようにしか見えないけど。

 

「ったくもぅ、鬱陶しいったらないのよね。ブンブン小バエが目の前を飛び回ってさぁ、やんなっちゃう」

「っ、それはあんたでしょうが。ピーチクパーチクくっちゃべって、目障りなのよっ!」

「はぁ? 目障りなのはこっちのセリフ! だいたいベルってば、スタミナだけが取り柄の体力バカのクセして大きな顔しすぎだっつーのっ!!」

「ぬぐっ! なめたこと抜かしてるんじゃないわよ、くっだらない計画ばっかり立ててる脳味噌スライムの分際で!!」

 

 ひどい罵倒の応酬、罵りの嵐。あまりの口汚さに、観客である私たちは呆然とするばかり。

 事情を知らず、交流の少ないない――というか、私的な会話を交わしたことのない私でもわかるくらいにこの二人の確執は相当根深いらしい。

 

「なにおう!?」

「なによっ!!」

 

 がるるるるーーっ! と歯を剥き出していがみ合う姿はまるで猛獣のよう。ただしこの猛獣、一度暴れ出したら手がつけられないほど凶暴だ。

 止めなくていいの? とユーヤに目で語りかける。彼は困ったように肩をすくめ、どっこいしょと押っ取り刀で重い腰を上げた。

 立ち上がるとき、ユーヤがそっと私の耳元にこんな言葉を言い残した。「ちょっと怖いかもしれないけど、少しの間我慢して」と。

 こわい……? それってどういう――

 

「喧嘩をするのはお前たちの勝手だが――」

 

 悠然と腕を組み、ユーヤが口元に薄い冷笑を浮かべた。

 どこか耽美で、ぞっとするほど綺麗な表情だけど、目が笑ってない。

 唐突に、強烈な悪寒が私の全身を総毛立たせる。血の気が引いていく。

 

「我らが領土たる裏界(ファーサイド)でならいざ知らず、ここが俺の()()だってことを忘れないでもらいたいな」

 

 その声は絶対零度の冷たさで、この場の絶対強者が誰かを告げていた。

 空気が一段と重たくなる。

 心臓を直に掴まれたような、吐き気をもよおすような――今まで味わったこともない濃密な死の気配に、私は縮こまって震えることしかできない。このまま気を失ってしまえば、楽になれる、かな……?

 幸い、離れた場所にいるなのはやヴィータはそれほどの威圧感は感じていな――ああっ、シャーリーが緊張のあまり立ちくらみをっ!?

 

「……わーってるわよ、そんなこと」

「んー、パールちゃんとしてはここで決着つけるのもやぶさかじゃないけどぉ~。ま、アルの顔を立てて、今日のところはおとなしくしててあげるっ☆」

 

 ぷいっ、とそっぽを向くベルと無邪気に笑うパール。どうやら機動六課最大の危機は回避されたみたい。

 

「んむ、わかってくれたならいいんだ」

 

 気圧されたわけではないだろうけれども、とりあえず納得する姿勢を二人が見せるや否や、ユーヤは一転してとてもにこやかに微笑む。それで、険悪極まりない空気が霧散した。

 ふぅ、と私以下、当事者たち以外から安堵の息がこぼれる。

 慣れない修羅場の、それも特上級に危機的な雰囲気に耐えられなかったシャーリーはなのはに助け起こされてた。いい加減、心臓に悪いよ……。

 

 ユーヤ曰わく、自分と彼女たちとのパワーバランスは五分五分。それでも裏界(じもと)だと、まともにぶつかればほとんど勝負にならないで負けちゃうんだとか。

 あの放胆さと自尊心の固まりみたいなユーヤがそんな消極的な発言するなんて、今でも信じられない。ほんと、“魔王”ってどれだけ強いんだろう。途方もなくて想像できないよ。

 

「で。お前らも模擬戦の観戦に来たと?」

「そうよ」

「まー、ヒマだったしねっ。あと、アルの戦いって奇抜でおもしろいし」

「はぁ……さいですか」

 

 邪魔だけはしないでくれよ、と若干おざなりにユーヤは許可を出した。苦労人だね。

 二人におへそを曲げられても困るので、私もなのはも口を噤んで異論を挟まない。あまり関わり合いになりたくない、という部分もあることも否定はしないけど。

 

 さて、ちょっとしたハプニングはあったものの、まだまだ戦闘は続いている。すぐに意識を切り替えて、注意をそちらに向けた。

 年長者として、上司として。みんなの戦いは、片時も見逃すわけにはいかないもんね。

 

『でええぇいやあぁぁっ!!』

 

 喉を張り上げ、拳撃を何度も繰り出すスバル。鼻の頭のあたりが真っ赤になっているのは、さっきの悪辣なトラップのせいだろう。

 現在、彼女はほかの仲間と分断されて一騎打ちの真っ最中。一番近くにいるのはティアナだけど、砲弾の雨を抜けるのに四苦八苦してて、合流には時間がかかる。“ティアナ”が陣を張っているビルのすぐそばまで引き込まれているればなおさらだ。

 まっすぐで、悪く言えば直情径行なスバルらしい鉄拳はしかし、“影”には届かない。当然だ、その本性は戦上手なトリックスターなんだから。

 

『甘いよっ!』

『わっ、うわっ!?』

 

 上半身のひねりだけで拳をかわした“スバル”は素早くスバルの腕を取り、背負い投げの要領で投げ飛ばした。私が昔もらったことのあるパターンだ。

 投げ技、という選択肢が頭になかったのか、うまく受け身がとれずスバルが背中を強打する。そこを見逃す“スバル”ではない。

 

『はぁっ!』

『くっ!』

 

 頭部を踏みつぶすような蹴撃。

 間一髪。ゴロゴロと地面を転がり、スバルはなんとか追撃から逃れることに成功した。

 でも、投げからの関節技をしてこないないだけまだマシだ。私なんて、格闘訓練のときに腕ひしぎ十時固めとか四の字固めとか何度も決められたし。地味に痛いんだよ、アレ。

 時折私は、護身術というか、デバイスが使用できないシチュエーションに出会したときのために、ユーヤに無手での戦闘術を見てもらってる。力任せの喧嘩殺法のようでいて、案外術理がしっかりしているのだ、ユーヤは。さりげなく努力家だしね。

 幸運なことに私の魔力変換資質は“電撃”、格闘との相性は抜群だ。人間を無力化するくらいならそれほど威力はいらないし、デバイスの補助を必ずしも必要とするわけじゃない。……絶縁体とか対策されるとダメダメだってことは言わないでほしい。

 

『そらそらそらそらぁ!!』

『っく!』

 

 連打連打連打。

 息もつかせぬ怒濤のラッシュ。時折、蹴り技も織り交ぜた激しい攻勢にスバルは防戦一方。力は同等ねはずなのにこうも違いが現れる原因はたぶん、戦型の完成度だろう。

 シューティングアーツという格闘技の詳細を知らないので断言は避けるけど、一撃一撃の動作が洗練されているように見える。ユーヤは基本的に理不尽なスペックのごり押しだから、ちょっと物珍しい。

 戦局の天秤がついに“スバル”へと傾いたそのとき――

 

『シュートッ!』

『っち!』

 

 横合いから飛び込んだ誘導弾を腕の盾で弾き、回避し、“スバル”はわずか一足で射程圏内から跳び退いた。

 単純な瞬発力では本人を上回っているようだ。

 

『ティア!』

『ゴメン、突破するのに時間がかかって』

『ううん、助かった。ありがとう』

 

 ティアナがスバルのそばに駆け寄る。“ティアナ”の砲撃圏内からどうにか逃れた、ということなのだろうか。……少し、腑に落ちない。

 

『2対1かぁ。さすがにちょっとヤバイかも』

 

 言葉とは裏腹にのんきな“スバル”。表情も余裕綽々といった感じだ。

 キッ、とビルの屋上あたりを睨みつけたティアナが、なにかを決心したように告げる。

 

『……スバル、ウィングロードでそこのビルの屋上まで道作って』

『ティア?』

『上にいる、アタシのシャドウとやらにギャフンと言わせてやるのよ。こちとら一方的にやられまくって、いい加減仕返ししてやらなきゃ気が済まないわ』

 

 うわー、ティアナかなり怒ってる。弾幕抜けるのに苦労して、相当鬱憤がたまってるみたいだ。

 

『うん、わかった』

『見逃すと思ってんの?』

『思ってないわよっ!』

 

 そうはさせじと飛びかかる青い髪のシャドウに、抜き撃ちで〈ショートバレル〉を放つティアナ。それくらいでフロントアタッカー相当の“スバル”の装甲は揺るがない。けれど妨害としては上出来だった。

 その間に、青い翼の架け橋が地面と屋上とを繋ぐ。

 

『スバル、任せた!』

『任されて!』

 

 やや傾斜がきついの坂道を、ティアナが健脚を生かして駆け上っていく。

 その背後を守るのはスバルだ。一言だけで意志の疎通ができるあたり、さすがは訓練校以来のコンビだと思う。

 

『させるか!』

『ここは通さない! はあああっ!!』

 

 再びの激突。拳と拳がぶつかり合う音を背に、ティアナは屋上に到達した。監視用サーチャーの視点が彼女を追いかける。

 下の争乱が届いていたのだろう、ティアナを認めた“ティアナ”がガンナーズブルームの砲口を突きつけた。

 瞬間、発砲。

 耳をつんざく音のあと、ズズン、と射線上にあったビルが中程から倒壊する。幻術で投影されたティアナの像を突き抜けた砲弾が当たったんだ。

 

「うまいね、ティアナ」

「だね」

 

 私の感想に、なのはが同意する。

 タイミングをずらしてティアナが地を蹴る。陸戦魔導師らしい俊足を生かし、両手のクロスミラージュを乱射しながら“ティアナ”に突撃をかけた。

 

『リロードの間隔なんて、とっくのとうにお見通しよ!』

『チィ!』

 

 弾倉を開き、リロードの準備に入っていた“ティアナ”は舌打ちをして作業を止め、退避行動に出る。

 

『懐に入ればっ!』

 

 そう叫び、果敢に飛び込んでいく。あんなに大柄で取り回しの悪い大砲を抱えて、身軽に動けという方が無理というもの。

 インファイトに持ち込めば、小回りの利く拳銃タイプな点が有利に働く。

 

(これは、決まったかな)

 

 誰もが――少なくとも私が――そう思った瞬間だった。

 

『あああっ!?』

 

 たくさんの爆竹が破裂したような炸裂音に混じる、ティアナの悲鳴。苦痛と、困惑を帯びた声。

 下腹部に()()を押しつけられ、いわゆる接射の状態で機関銃みたいな連続射撃を受けたティアナは、無理やりに後退させられたんだ。あれは痛そうだ。

 

『「この距離ならバリアは張れないな」ってね。懐には入れば? 甘い甘い。あんたはあたし、あたしはあんた。あんたに出来ることがあたしに出来ないわけないじゃない』

『ッ……!』

『本体の言葉とあたしの武器に惑わされたわね。射撃はしない、なんて一言も言ってないのに』

 

 ひざを突いたティアナを、まるで取るに足らないものと見下す“ティアナ”がくるくると手で弄ぶるのは長大なガンナーズブルームではなく、リボルバータイプの大型拳銃。鈍色で、、全長30センチくらいあってゴッツい。

 形状から見て、込められた弾丸は三つ程度だろう。それにしてはマシンガンのように連射できていたから、カートリッジシステムのようなものではないかと推測した。

 

「「ダディか!」」

 

 ――え?

 場の空気が停止する。

 原因は、ヴィータとパールが口走った意味不明なこと。いや、うん、ほんと意味わからないよ?

 彼女たち自身も異常に遅まきながら気がついたのだろう、お互いの顔をお見合いする。

 数瞬の沈黙。

 不意に、ガシッと二人は手を堅く握りあう。熱い握手だ。

 

「ね、ねえ、攸夜くん」

 

 眉間にしわを寄せ、こめかみに指を当てるなのはの言葉を引き継ぐ。

 

「なんかあの二人、意気投合してるみたいなんだよね。どうして?」

 

 私となのは、そしてからの視線を一身に集めたユーヤは一瞬言葉に詰まり、それから「……知るか」と投げやりに言って深いため息をこぼした。

 

 

 ――屋上には白々とした空気が蔓延している。

 ティアナと“ティアナ”の激しい銃撃戦は依然続いていても、イマイチ身が入らない。

 それというのも……、

 

「でさー、超古代都市ルルイエがないかって探してみたのよー、ファー・ジ・アースで」

「ガタノゾーアが出てきたらどーすんだよ。で、あったのか?」

「ぜんぜんっ。だからこっちの地球には期待してるのよねっ☆」

「見つからないことを心から祈ってるよ……」

 

 鼻をつき合わせて雑談をしているヴィータとパールが気になって仕方ないからだ。

 さっき意気投合してからこっち、ずーっとあの調子でおしゃべりを続けている。なかよくなるのはとてもいいことなんだけど、なんか腑に落ちない。

 あと、なんとなーく会話の意味がわかってしまう私は、ユーヤに毒されていると思う。

 

「ふぅん、あれって〈呪文詠唱銃〉? よくもまぁ、あんな骨董品がまだ残ってたもんだわ」

 

 そんなとき、ベルが誰ともなくつぶやく。どうやら、“ティアナ”が使っている武器について心当たりがあるらしい。

 彼女の独り言にユーヤが反応を見せた。

 

「マジカル・ウォーフェア当時、俺が使用していたものだよ。あの頃はアイン・ソフ・オウルを封じられていたからな」

「そういやあんた、ファー・ジ・アースじゃ“魔弾”とも呼ばれてたっけ」

「へぇー……」

 

 格闘のイメージが強いユーヤだけど、それ以上に多用しているのが射撃・砲撃魔法だ。

 破壊力、命中精度ともにバツグンな攻撃方法を多数保有する彼なら、“魔弾”という異名もふさわしく思える。

 なので、「ユーヤの持ち歌と同じだね」とちょっと茶々を入れてみた。……って、あれ? ユーヤ、いやそうな苦い顔してる。どうして?

 

「そんな開始早々退場しそうな二つ名、御免被りたいんだけどな」

「そっかぁ……じゃあ、ちょっと捻って“緋蝶”とか」

「後方不注意はもっとイヤですぅ」

「でもマンガ版じゃ後輩守ってたよ?」

「どっちにしろ退場は免れないがなっ!」

 

 こう、テンポのいい会話って気持ちがいいよね。

 最近、ようやく彼のノリにつき合ってくだらないかけ合いができるようになってきた。達成感もひとしおだ。

 っと、訓練に集中しなきゃ。

 

『いい加減に墜ちなさい!』

『それはこっちのセリフよ!』

 

 同じ声で言い合う二人のガンナー。オレンジとブルーの弾丸がお互いを撃ち抜かんと激しく飛び交う。

 アクロバティックに飛び跳ねる“ティアナ”のスタイルは、さながらサーカスの曲撃ちだ。……あれ? なんか急に親近感が……?

 

『ふん、どこ狙ってんのよ。ノーコン!』

『そう見えるんなら、あんたの目は節穴ね』

『え――?』

 

 “ティアナ”の放った一発の銃弾が逸れていき、屋上の一角で、ぴん、と張り詰めたピアノ線らしきものを断ち切った。

 瞬間――

 

『うっきゃあああーーっ!?』

 

 ちゅどーん!

 あらかじめ仕掛けられていたらしい爆薬が、連鎖的に次々炸裂して屋上を火の海に変える。ご丁寧にもティアナを中心として、だ。

 とりあえず、この威力でビルが倒壊してないのは偶然じゃない、完全完璧に計算されたプロの仕業だった。

 え、ああ、“ティアナ”? 彼女なら“箒”に乗ってさっさと退避しちゃったよ。ちゃっかりしてるなぁ。

 

「ナイトウィザード03重傷判定、戦闘不能。――ティア、負けちゃいましたね」

 

 プスプスこんがり、いい感じにコゲたティアナへ無情な判定を下し、シャーリーが苦笑した。

「あちゃー」と困ったような顔をして額に手を当てるなのは。そのままちょっと頬を膨らませてユーヤを見やる。教え子が負かされたのが悔しいらしい。

 

「最初っからこうするつもりで誘導してたんだね、ティアナたちを」

「まあな。ランスターは頭こそ切れるが、物事を自分の常識に填めて掛かる視野狭窄な傾向がある。だからこうやって、お粗末な罠にも引っかかるわけだ」

「そうかなぁ? ティアナって、けっこう柔軟な考え方のできる子だと思うけど」

 

 なのはが異を唱える。

 

「頭の出来じゃないんだよ、問題は。いや、なまじっか思考力が優れているからこそ自分の考えに固執するんだろうさ。ま、要は思い込みが激しいんだな、誰かさんみたいに」

「……誰かさんて、まさか私のこと?」

「はっはっは、何のことだかわかりませんね、高町さん」

 

 耳ざといなのはの指摘に、慇懃無礼な口調でユーヤが笑う。そのパターン、見えすいてるよ?

 

「ともかく。今回の敗因は、パワーゲームで勝敗を決しようとしたこと。この訓練の攻略法、肝心要なところは別にあるのさ」

 

 むぅ、これは意味深だ。なにか見逃しているファクターがあるのだろうか。

 ……でもまあ、どっちにしろ大勢はもう決まっちゃったかな。4対4の形が崩れてしまったし。

 いくら個人の力が強くたって、戦いにおいて最終的にものを言うのは数である。もちろん、状況次第ではあるけど。

 Sランク魔導師である私やなのはだって、百人単位の人間を一度に制圧するのは困難だし、千人を越えた軍隊を打ち倒すだなんて無理な話だ。リインフォースとユニゾンしたはやてならそれくらい蹂躙できる、という点についてはこの際置いておく。

 ちなみにユーヤは、一万だろうがなんだろうが独りで打倒してしまう。「俺を止めたければ、管理局の全戦力を持って来るんだな」とは本人の言葉。

 クロノが試算したところによると、全ての戦力をフルに使って七日七晩戦って、それでもせいぜい相打ちが限界なんだとか。どんだけー?

 

 ともあれ、視点をもう一方の戦場に移そう。

 こちらは建物の内部で戦っているようだ。オフィスにピッタリな広々としたフロアでは、激闘が続いていた。

 稲妻が奔る。

 青と黒の雷光が何度も煌めき、その度に激しい硬質音が撃ち響く。

 彼らは影を置き去りにする速さで動き回り、残像すら掴ませない。

 縦横無尽――ほとんど同じ姿をした小さな騎士たちが、ほとんど同じ動きで鉾先を交える。しかし、これではいつまでたっても勝敗がつかない。いわゆる千日手、というものだ。

 ……では、その均衡を崩す要因はなにか。

 ――第三者、である。

 

『合わせて、エリオくん!』

『わかった!』

 

 言いながら、ナイフを三本投擲するキャロ。“エリオ”がそれを槍で叩き落とすことで生じたわずかな間隙を縫い、エリオが魔法の発動体制に入る。

 

『ストラーダ!』

 

 軽く飛び上がるこのモーション、私にもなじみ深い魔法だ。

 

『Thunder Rage』

『いっ、けええええっ!!』

 

 床に突き立ったストラーダから生み出された幾条もの青い雷撃がシャドウたちに襲いかかる。バインド効果のある前段階の雷だ。

 大技を放つとき、たいていの場合、相応の隙が発生する。私が見るに、エリオと“エリオ”の戦闘能力はほぼ互角。であれば、普段以上にそういった一瞬の隙が勝敗の決め手と言っても過言じゃないだろう。

 だから、キャロのサポートは的確だった。

 ――けれども、相手もひとりではないということも、忘れてはいけない。

 

『シッ!』

 

 “キャロ”が小柄な身体を存分に使い、振り回すようにして飛び道具を放つ。コンクリートに刺さった鉄製の針に引き寄せられ、雷の筋が散っていく。

 あれを文字どおりの避雷針に見立てて――どうやら特別な加工も施されているらしい――、雷撃の進路を逸らしたようだ。

 

『そんな!?』

『あんな方法で、エリオくんの魔法が防がれるなんて……』

『わたしたちの本体が誰で、誰の恋人なのか思い出してみるといいです』

 

 こういうふうに、簡単に対策をとられちゃうのが雷撃系の弱点なんだよね。

 ていうか、なんかちょっと恥ずかしいこと言われちゃってる。ユーヤが隣で得意顔してるし。

 

『てんきゅ』

『どういたしまして』

 

 ピンチを救われた“エリオ”が“キャロ”にお礼を言う。そこから大きく飛び退いた“エリオ”は、天井の角にピタリと吸いつくように着地した。

 くるん、と槍を逆手に持ち替えての投擲体勢。彼の前に、蒼い、幾数学的な七芒星の魔法陣が描き出され、同時に槍をリング状の光の帯が取り巻いた。

 

『そぉら、お返しだよ!』

 

 かなり無理のある体勢から投擲された黒い槍が魔法陣を通過して数え切れないほど分裂、撃ち下ろすように放たれる。

 エリオとキャロは、圧倒的な破壊力を持った黒い雨にさらされた。

 

『くっ、バリケードぉっ!!』

 

 ギリギリのタイミングで二人の前に立ちふさがった鋼鉄の壁が、猛威を振るう黒い嵐をどうにかこうにか防いでいた。

 今の技は、電撃による範囲攻撃ができないからそのかわり、ということなのだろう。それにしては、威力がありすぎるような気がしなくもない。まあ、深く考えたら負けだ、うん。

 舞い上がった砂煙が室内を包み込み、視界を曇らす。さらに鉄の壁が立ちふさがっていれば、まったく前が見えなくなってしまう、

 そしてこの状況を黙って見ているほど、シャドウたちも甘くない。

 風のように走りながら地面に刺さった槍の一本を抜き、“エリオ”が猛然と技後硬直中のキャロに肉薄する。死角からの襲撃は、完璧に思えた。

 

『ッ! 裏界の公爵、宵闇に馳せる麗しの騎士、疾く来たりて彼の者を阻めっ!!』

 

 とっさに反応したキャロの早口な詠唱。一瞬で魔法が紡がれる。

 “エリオ”の強襲を際どいタイミングで阻む、黒い旋風が吹き荒れた。

 

『――“魔騎士”エリィ=コルドン。盟約の下、馳せ参じた』

 

 バサリ、と闇色に染められたマントをはためく。鮮やかな裏地の紅が目にまぶしい。

 キャロを背にかばうように現れた金髪青眼の人物は、いつかマンガで読んだ――そう、リボンの騎士、まさしくそんな感じの服装をした綺麗な女性だった。

 

「ふぅん。あの子、エリィも喚べたんだ」

「裏界魔王の中では比較的御し易い分類に入るからな、“魔騎士”は。空気は読めないけど」

「まぁ、そうね。空気は読めないけど」

 

 と、ユーヤとベルの会話の話題は召喚された女性のこと。キャロの召喚は侵魔召喚、つまり異界から魔王を呼び寄せ力を借りる技法だ。なので、呼び出された相手のことをこの二人が見知っていても、なんらおかしくはない。

 ……あれ、よく見るとあの人のマント、キャロとお揃いだ。なにやら魔力の織り込められた一品だったし、彼女から譲り受けたりしたのかな。

 

『エリィさん、彼の相手、お願いします』

『任せておきたまえ。弱き者を守るが騎士の務め、我輩の矜持である』

 

 ぴんっ、と目の前に立てていた銀色に輝く豪奢なレイピアを“エリオ”に突きつけ、銃士姿の麗人が古風な言葉づかいで大仰に言い放つ。

 私が今まで目にしてきた魔王たちと同じく、優雅な所作の一つ一つに気品と自信があふれていた。

 芝居がかった言動がさらにその印象を強めていて――まるで、いつかユーヤと観に行ったオペラに出てくる登場人物みたい。

 

『して、敵はシャイマールの分体か――、ふっ、面白い。相手にとって不足無し』

 

 “エリオ”の正体をひと目で看破した麗人は広い帽子のつばに指先を添え、流麗な声を響かせる。さきほどの詠唱から察するに、彼女は“公爵級”――ユーヤと同格だ。かなりの実力者と見て間違いないだろう。

 それを裏づけるかのように、じりじりと後退して間合いを計る赤い髪の男の子。陽気に振る舞っていた彼がここに来て初めて、苦々しい表情を見せた。

 

『裏界最速の騎士、か。キャロも嫌なヒトをピンポイントで喚んでくれるね』

 

 むむ、最速……いったい私とどっちが速いんだろう。……競争、してみたいなぁ――

 

『さっすがはぼくらの本体の一番弟子、やることが悪らつだ』

『……ほめられてるような気がしないんですけど』

『ふむ、我輩にもそうは思えんな』

『うう……、ししょーなんかに師事したばっかりに、まともなヒロインになれないんですぅっ!!』

 

 うなだれたキャロが理不尽を世界に叫ぶ。涙目だ。

 キャロ……、そんなこと言ってるからいつまでも正統派になれないんだよ、はやてみたいに。――はっ!? なんか変な電波受信してた。

 なお、ユーヤは「なんかとはなんだ、なんかとは」としっかりきっちりツッコミを入れてる。

 

『些か邪魔が入ったが。――では改めて、舞踏の時間と参ろうか』

 

 麗しき女騎士が高らかに宣言する。

 返答は、あふれるような魔法の息吹――ソニックムーブやブリッツアクションと同類の高機動補助魔法、〈リフレクトブースタ〉だ。

 

『いざ尋常に――』

『勝負!!』

 

「で、他にはどんなメンツがいるのよ」

「“狼の王”と“狩人”だ」

 

 一方、ユーヤとベルの会話は依然として続いている。

 ほんと、訓練そっちのけだ。

 

「マルコは単純だからわかるけど、レライキアってあたしんとこに付いてるヤツじゃない。人間の言うことなんて聞くかしら?」

「アイツは消極的排除派だろ。人間なんて眼中にないからとりあえず協調してるだけで、お前さんの思想に共鳴してるわけじゃないよ。それに――」

 

 いったん言葉を切り、ユーヤが疲労感を漂わせて肩をすくめた。どこか遠い目に、哀愁が見えるのは私の気のせいじゃないはず。

 

「ブンブン=ヌーやらグラーシャ=ロウロスよかずっとマシだろう、常識的に考えて」

「確かに、ね。だいたいエレガントじゃないもの、あいつら」

 

 ……私、ぜんぜん話についてけないんだけど?

 なんか仲間はずれにされてるようでもやもやする。こう、「地元の話で盛り上がる中に取り残された」みたいな? うん、我ながらいいたとえだ。

 

「……ああ、グラーシャには何度殺されかけたことか。同じくらい壊し返してるけど。あのシリアルキラーめ」

 

 ……。

 ま、まあとりあえず、穏やかな関係じゃないということだけは、よーくわかった気がする。

 

「それはあんたが、あっちこっち見境なくちょっかい出すからじゃないの」

「仕方ないじゃないか、俺の溢れるような協調性が成せる業なんだからさ。友好を結べるか、試してみなきゃ駄目だろう」

「協調性とか友好って、最も魔王らしくない概念だわね」

 

 ふわふわの髪をかき上げてベルが辛辣に言う。表情から、ユーヤのことを見下して軽蔑しているのは間違いない。

 ふと、困ったようにユーヤが微苦笑を見せる。

 

「自分でもそう思うけどさ。昔言われたんだよ、「協調性の無さと我の強さを修正した方がいい」ってな」

 

 自嘲的な笑み。大切な思い出を語るような雰囲気を、愛おしいげな表情や声色に感じた。……今の、“お母さん”のこと、なのかな?

 でも誰とでもなかよくできるひとって尊敬できるし好きだよ? 私、なのはやはやてと違って、人見知りだし……。

 

「ふぅん……。まぁ、案外顔が広いのよね、あんたって」

「姉さんの派閥の連中については言うまでもないと思うが、エリィ以外にはカミーユともよく連んでるぞ。何かと話が合うしな」

「ねーねー、パールちゃんはー?」

「もちろん、パールともよく遊んでるよな。」

「あたしとしては、」

「だってー、アルってば気が利くし、ワガママ聞いてくれるし、。」

 

 。

 

「後はアニーやリオン、ファルファルロウにイコ、シアースとか、大体この辺りか。脳筋共とはどうもに馬が合わん」

「さりげない知性派アピールがムカつくわね」

 

 魔王にも複雑な人間(?)関係とか事情があるんだなー、と横で聞いていて感心してしまった。

 “あちら”の一部のひとたちが、侵略者であるはずの彼女たちに親しみを持ってしまうのもちょっと納得かもしれない。

 

「話を戻すけど。能力のバランスはわりと考えられてるのね」

「言うなれば、アタッカーのマルコ、ディフェンダーのエリィ、フールーがキャスターでレライキアがヒーラーだな。もっとも、今のキャロは一度に二人喚ぶのがやっとなんだが」

 

 ふむふむ、なるほどね。“あちら”では、そういうふうに兵科をわけてるんだね。

 エリオたち四人に当てはめるなら、スバルがディフェンダー、ティアナがキャスター、エリオがアタッカーでキャロがヒーラーってとこかな。

 語感がシンプルだし、役割分担もはっきりしててわかりやすいね。

 

 話も一段落したことだし、訓練の方に戻ろう。この模擬戦ももう終盤、終わりが見えてきた。

 トラップにひっかかり撃墜済みのナイトウィザード03、ティアナ。そして、自分の“影”に拘束されて身動きがとれないナイトウィザード04、スバル。――むしろ一騎打ちを楽しんでるように見えなくもない。

 この両者は現在、物理的に行動不能状態だ。

 つまるところ、残りの二人と一匹が踏みとどまらなければ、またこの前の演習のように残念な結果になってしまう。ここがふんばりどころだよ、がんばって!

 

『これで2対1――、あなたが私と同じだけの力を持っているというなら、これでチェックです』

 

 激烈な剣戟音を背に、キャロが凛々しく言い放つ。両手に両刃のショートソードを握り、だらりと腕を垂らした構え。ユーヤがよくやる無形の型だ。

 追いつめられた“キャロ”は、じりじりと後退りする。いくらなんでも二人を同時に相手するのは無理だろう。

 みんなの隊長としては、ここで一矢報いてもらいたいところだ。さっきからいいようにやられっぱなしだし、せめて一人くらい撃墜してもらわなくっちゃ。

 

『……ねぇ、キャロ。今ふと思ったんだけど、最初からあの人を喚んでいたらもっと有利に戦えたんじゃないかな?』

『うっ』

 

 エリオの鋭い指摘にキャロが言葉に詰まる。

 

『ぇ、エリィさんって、いつも弱い方の味方をするから……』

『つまり、有利なシチュエーションで喚び出すと敵に回る……?』

『う、うん』

 

『……』『……』

 

 ビミョーな空気が二人の間に流れた。

 高速戦闘の激突音だけが、BGMのように室内に響く。なんだかシュールかも。

 

『これで勝ったと思うなよーっ!』

『あっ、待って!』

 

 二人が呆然と見つめ合っていたその隙に、“キャロ”がエリオたちに背を向け、駆け出す。いかにもテンプレートな捨てゼリフだ。

 彼女が逃走した方向は通りに面した一面にガラスの張られた壁。完璧な行き止まり。

 二人があわてて追いかけるけど、一足遅く。“キャロ”はなんの躊躇も見せず、窓ガラスに体当たりするように突き破った。

 

「飛び降りた!?」

「まあ見てろ。直ぐにわかる」

 

 その先は当然、建物の外。重力の手に捕まり、桃色の髪の女の子が落下していく。

 ――白い帽子が宙を舞う。

 勢い余って窓際に身を乗り出したエリオとキャロ。彼らの目の前を、大きな影が猛スピードで上昇していった。

 

『うわっ!?』『きゃっ!』

 

 強風にあおられた二人が悲鳴を上げて、こてん、と仰向けにしりもちをついた。

 影の正体は、純白に輝く一頭の馬。青く光る一対の魔力翼を広げ、黄金のたてがみをなびかせた天翔る美しき幻獣が蹄を鳴らす。

 ほぅ、と思わずため息。

 

「わあぁ……きれい……」

「ほんとだね……」

 

 なのはのうっとりとした声に同意する。青く晴れた空に太陽の光を反射する白のコントラストがとてもすてきだった。

 

「ペガサス、ですね」

 

 これはシャーリーの言葉。

 同様の生物がとある管理世界に生息しているけど、あれはどこか作り物めいた美しさを感じさせる。

 

「ペガサス型“箒”〈ロードアルビオン〉だ。キャロの騎乗に合わせて使わせてみた」

「あれも“箒”?」

「おう。改造や追加パーツにかなりの資金をかけた自慢の一台だよ」

 

 そうなんだ。自慢の一台が多いんだね。

 

「へぇー。ちなみにお値段はおいくら?」

「一般的なサラリーマンの年収約六十年分」

「たかぁっ!?」

 

 気の遠くなるような金額に、大げさなリアクションでのけぞったのは庶民派代表、なのは。いい感じで金銭感覚破綻してるんだよね、ユーヤって。

 

「そういうフェイトちゃんもたいがいだと思うの」

「も、モノローグ読まないでよっ!」

 

『騎獣……!? それならっ、フリードっ!』

『きゅるるーっ!』

 

 待ってましたとばかりにかわいく砲えた銀色の仔竜が、開けた窓から外に飛び出す。

『あ、ちょっ――』置いてけぼりのエリオには目もくれず、キャロは“キャロ”と同じように、命綱なしのダイブを敢行した。

 

『竜魂召喚――!!』

 

 詠唱破棄から一瞬にして広がった桃色の魔法陣ゲートをくぐり抜け、白銀のワイバーンがその本来の姿を太陽の下に現した。

 巨竜の砲哮が大気に轟く。

 

『フリード、行くよっ!』

『受けて立ちます!』

 

 白銀の飛竜と白妙の天馬、それぞれに騎乗した魔法使いの少女たちが、上を取り後ろを取りの高度な空中戦を繰り広げる。

 時折、ナイフや針が飛び交っては落ちていく。

 最高速度はだいたい同等で、旋回能力ではペガサスが、破壊力では圧倒的にワイバーンが勝っている。

 けれど、フリードの火球はロードアルビオンのバリアに弾かれてしまって決定打になってない。逆に、ロードアルビオンからの魔力をまとった強烈な突進や投擲攻撃は散発的で、決して積極的とは思えないいし……時間稼ぎをしてるのだろうか。

 ……でも、なんのために?

 

「これがラストバトルだな」

「ほぇ? まだ決着がついてない組みもあるのに?」

 

 ユーヤの独り言に反論するなのは。たしかに撃墜されたのはティアナだけで、スバル、エリオ、キャロはまだ健在だ。

 私もそう思う、と目線で訴えてみる。

 するとユーヤは、私たちに呆れまじりの視線を送り返してきた。蒼い眼から読み取れる言葉は、「お前たちは何を馬鹿なことを」って感じ。

 

「何も相手を全滅させるだけが勝利の方法じゃないぞ。特になのは、指導教官のお前が失念してどうする。若年性痴呆症か?」

「……なるほど、そういうことね。ていうか、なにげにひどくない? その言い方ってないよっ!」

 

 むすーっ、となのはが頬を膨らませる。

 むむ。どうも、なのはには意味が通じたみたい。私、まだわかってないのに……。

 

「えっと、どういうことなんですか?」

「私もわからないよ。説明して、ユーヤ」

 

 シャーリーと一緒に声を上げる。私たちは断固として説明を要求するよっ!

 

「俺は説明お兄さんじゃないんだがな、まったく……」

 

 とか言いつつ、ユーヤはきっちり解説する体制に入ったようだ。なんだかんだで面倒見いいよね。

 

「最初に言ったはずだ。「相手チームを制圧するか、あるいは敵拠点のフラッグを奪えば勝利だ」、ってさ」

「「あっ」」

 

 なるほど。その言葉を聞いてようやく納得できた。

 ぽん、と手を打つ。

 

「この訓練の正否は実のところ、同等の戦力を持つ敵相手に如何にして浸透突破するかにかかっている。極論を言えば、どれだけ部隊が損傷したっていいんだよ。最後の一人が作戦目的(フラッグ)達成す(奪え)ればな。作戦立案にはリスクマネージメントが何より肝要だ。愚直な力押しなんてナンセンスだね」

 

 どうやら私たちは、ひどい思い込みに囚われてしまっていたらしい。

 正直、力ずくってやり方しか頭になかったよ。それはなのはの領分なのに、反省……。

 

「ちなみに攸夜くん、模範解答は?」

「そうだな。例えばフリードに騎乗したキャロと坊やを囮に、残りの二人が幻術で敵陣に隠密接近、とかどうだろう。割とベターな戦術だと思うぞ。仮にこうだったなら、戦況はもっと泥沼化してただろうになぁ」

 

 残念そうに肩をすくめる。

 

「ま、それも過ぎたことだ。ほら、見てみろ」

 

 そう言ってユーヤが示すのは、赤い旗を片手に掲げて勝ち誇る“ティアナ”の映像。ガンナーズブルームの機動力を生かして、フラッグのあるところまで一気にたどり着いたようだ。

 ティアナたちとのやりとりも、このための布石だったのかな。

 

「相変わらず性悪ねぇ」

「そこがアルのいーとこじゃない?」

「はいはい、どーもね。じゃあシャリオ、終了のアナウンスを」

「あ、はい! シャドウ1がフラッグを奪取、訓練終了。戦闘行為を中止してください」

 

『え? ええっ!?』

『な――、そんな!』

『や、やられた……』

 

 上からスバル、エリオ、キャロ――三者三様のリアクション。共通しているのは、茫然自失しているということ。

 きっと相手の全滅しか頭になかったはずだから、なにがなんだかわからないって感じなんだろう。私だってそうだし。

 

「さて、と」

 

 おもむろに立ち上がり、お尻についたホコリを軽くはたき落とすユーヤ。

 私がつられて腰を上げたら、そっと手を取って立たせてくれた。

 

「この俺の前で、無様な戦いをしたひよっこ共を絞ってやるとしますか」

 

 どこか落胆というか、失望した様子のユーヤを心配しつつ。

 このあと、徹底的にかわいがられるだろう四人の無事を今から祈っておくことにしよう……はぁ……。

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