#25
新暦75年 9月10日
空が高くなり、陽気もどこか秋めいてきた朝の玄関ホール。
お出かけ用にかわいらしくおめかししたエリオとキャロを見送った私は、もどかしい感情を持て余していた。
「だいじょうぶかな、エリオたち……ちゃんとモノレールの切符、買えるかな。降りる駅、間違えちゃったりしないかな……」
「フェイトちゃんてば、心配性だねぇ。あの二人ならだいじょうぶだと思うよ? 歳の割にしっかりしてるし」
「そうならいいけど……。ああぁぁ~っ、心配だよーっ!」
「……私的には、フェイトちゃんのほうが心配だよ……」
機動六課が始動してはや五ヶ月と少し。
そんな今日は、激動の五ヶ月間を乗り越えた新人のみんなに与えられた全面休暇の日だ。
別にごほうびってわけじゃないけど、訓練とか任務とかいっぱいがんばってるしね。
エリオたちは前述のとおりで、ティアナとスバルもヴァイス陸曹から借りたらしい真っ赤なバイクで街に繰り出してたようだ。
……正直うらやましいなぁ、と思う。
今日も私は――もちろんなのはやはやても――お仕事で、ああやって一日中出歩いたりなんてことは職務上できないから。
この前のお休みは、ぜんぜんお休みにならなかったし。それもこれもはやての悪ふざけのせいだ。
「じゃあ、オフィスに戻ろっか?」
「……うん、そうだね」
とりあえずなのはの意見に従って、ここを離れることにした。
――んだけど、
「――あっ」
「どしたの、フェイトちゃん? ……ああ、なるほどね」
私の第六感が訴えるいつもの感覚に従って。愛しい気配のする方に視線を向ければ、いつものとおりに彼がいた。
はだけたサファイアブルーのアロハシャツにクリーム色のハーフパンツ、ビーチサンダルというラフな出で立ち。アロハの下は黒いランニングシャツ、かな? ……ミッドチルダの気候は比較的穏やかで暖かいとは言っても、もう暦の上では秋だ。季節感が致命的に欠けてるよ。
あぁ、あと、釣り竿の入ったケースと中くらいのクーラーボックスを肩にひっかけ、ボサボサ頭にスポーツ選手がつけるみたいなサングラスを乗っけてて。それから、アクセサリーとして首にドッグタグらしきものを下げてた。
――うーん、なんか違和感。なんかこう……チャラい?
「ぬ。フェイト、今なんか失礼なこと考えなかった?」
「えっ!? あ、あはは……や、やだな、私がユーヤを悪く言うわけないじゃない。……ほんとだよ? ほんとだもん!」
我ながら苦しい弁明にユーヤが微苦笑し、なのはが首を傾げている。……以心伝心っていうのも、ときには考えものだよね。
パタパタ、とサンダル特有のちょっとマヌケな足音を響かせてユーヤが近寄ってくる。
おはよう、と朝の挨拶を交わして、なのはが尋ねた。
「そのカッコ……攸夜くん、釣りに行くんだ?」
「ああ、趣味と実益を兼ねてね。今日の晩飯は刺身にでもしようかと思ってさ。ここって人工島だろ? だから結構いいポイントがあるんだよ」
「でも、なにもわざわざ自分で調達しなくたって……」
「魚ってのは鮮度が肝心だからね。素材の生きがよければそれだけで味は二割り増しってわけ」
さすがユーヤだ、言うことがひと味もふた味も違う。食べ物の話題だけに、なんて。
……。……こ、こほん。
なんでも彼は昔、“あちらの地球”の中東とか南米あたりを放浪していた――突拍子もなくて、旅行好きってレベルじゃないと思う――時期があるらしく、サバイバルな知識が自然に身についたんだそうだ。
その一つとして、魚介類はもちろん鳥とか豚とかそういうたぐいの生き物の解体や処理もできるし、フグみたいに特別な免許のいる生き物だってお料理できるんだ。えっへん。
そういう物知りなところ、頼りがいがあるなぁと思う。
……ちなみに私、お魚を捌いたりするのは大の苦手だ。目にするのも遠慮したい。
やり方がわからないというのもあるけれど、ずいぶん前にお母さんの手伝いをしようとしてグロテスクな
遺体とか殺人現場とかはもうぜんぜん平気で、慣れちゃったのになぁ。自分がふしぎだ。
「それに出来る限り美味いものを食べさせてやりたいじゃないか、フェイトにはさ」
「はいはい。どうもごちそうさまです」
ユーヤの何気ない一言を、呆れ顔のなのはにからかわれてしまった。うれしいやら恥ずかしいやら、私の顔がぽっぽと赤くなる。
……こういう恥ずかしいことを臆面もなく言えて、それがまたサマになっているところ、かっこいいなって素直に思うけど。こう何度も不意打ちされる身としては、たまったものじゃない。
すーはー、深呼吸して動揺を抑えるのに努める。
「で、二人はちびっこカップルの見送りか?」
「うん、そうだよ。エリオたちはついさっき出発したところなんだけど……フェイトちゃんが、ね」
「う……だって心配だよ、やっぱり」
忘れかけていた懸念の素が掘り返されて、不安の虫がうずく。
いやな想像を膨らますことを止められない――、いつまでたっても直らない私の悪い癖。余計な暗い感情に囚われて、しなくていい最悪を自分からイメージしてしまう――これ、思いこみが激しいとも言う。……自覚症状、いちおうあるんだ。
そうして自分勝手に沈みこむ私の髪を、微笑むユーヤはいつものようにわしゃわしゃと撫でる。ちょっと、乱暴だ。
「ならさ、駆けつけてやればいいだよ、所謂ピンチって奴の時にね。俺たちにはそれが出来るんだ、そうだろ?」
「……うん」
うなづくと、なのはが安心したように息を吐く。
心配させちゃってたみたいだ。ごめんね、なのは。
……こんなにめんどくさい私を、陰に日向に支えてくれる人たちがいる――そのことを、決して忘れてはいけないと、思った。
♯25 「運命の矢 ―THE ARROW OF DESTINY―」
真っ青に晴れ渡った秋の空、絶好の行楽日和。
私はユーヤと、隊舎本館の裏手にある防波堤にいた。
ざざぁーん。
ざざぁーん。
耳に届く潮騒の音。
カーボンファイバー製の釣り竿の先端から伸びた糸が、波打ち際にゆらゆら揺れている。
じつは今って職務時間中なんだけど「攸夜くんと行ってきたら? 今日はそんなに書類とかないし、私ひとりでも平気だよ」となのはに勧められるがまま、ついてきてしまった。
なのはに気を使わせてしまったのはこれで何度目だろう。それを心苦しく思いつつ、どうしてもユーヤを優先してしまう私はイヤな女なのかな? ……わからない。
ちょっとネガティブになってきた気持ちを切り替えようと、ユーヤに声をかける……餌のケースの中で、ウネウネウゴウゴしてるイキモノはできるだけ視界に入れないようにしよう、うん。
「釣れないね」
「まだ始めたばかりだぞ? 気が早い」
「そっか。うん、そうだね」
とりとめもない会話。でも、彼の声を聞いていくらか落ち着いてきたので、なんとなしに水面の浮きに目を向けてみた。
赤い浮きは、寄せては返す波にぷかぷか揺られて気持ちよさそうだ。
ユーヤとふたり、のんびりひなたぼっこする時間……しあわせ。
ぽかぽかのおひさまもそうだし、ときおり吹いてくる潮風も気持ちいい。
イタズラな風のしわざで、顔にかかった髪をかき上げて耳に流す。
「フェイト、見てるだけだと退屈じゃないか?」
「ううん。ユーヤといっしょだから、楽しいよ♪」
触れ合った肌から、疑うような気配が伝わってくる。
もお、うそじゃないよ。私、あなたとならどこでだって――たとえ世界の終わりだって、楽園に思えるんだから。
「……」
「…………」
ざざーん。
ざざーん。
打ち寄せる波と海鳥の鳴き声はどこか懐かしい。
きっとそう感じるのは、ここが私たちの故郷にどこか雰囲気が似ているからだろう。はやてもそれを考えて、この土地を選んだに違いない。
「……海、きれいだね」
「ああ、そうだな」
波の音、潮の香り。彼の鼓動、彼の匂い。
……海は、好きだ。
ユーヤの瞳の色だから。大好きな蒼い色だから。
どこまでも深くて、どこまでも遠くて、どこまでも広くて――蒼く澄み渡った海原はあらゆるものを許容して、あらゆるものを包容してしまう。
時に苛烈なほど激しく、時にやさしく穏やかな顔を覗かせる様子は、まさしく彼そのものだと思う。
忘れもしない十年前のクリスマス――、あの夢の中の世界で、彼と心と心で直接、じかに触れ合って私は誓った。
その海を、心の海をたくさんの光で満たしてあげたい。
昏い悲しみや絶望から、ずっとずっと護っていきたい。
……私にユメがあるとするならば、きっとこれが私のユメ。“普通じゃない”私にはもったいないほどの、“普通の幸せ”をくれたあなたを――――
「――フェイト?」
呼ぶ声で、はたと我に返る。
「どうした?」飛び込んできたのは気遣わしげなユーヤの顔。
安心する。今日もユーヤはちゃんと私を見ていてくれているな、って。
たまに「束縛されたり干渉されたりしてうっとうしくない?」とか聞かれるけど、私はそうは思わない。
私をずっと見てほしい。
私をもっと知ってほしい。
私を、私を、私を――
……だからきっと、彼を束縛しているのは私の方だ。
――とりあえず、不毛な思考は切り上げて。自分の思う、とびっきりに最高の笑顔で見返した。
「……うん、あのね。ユーヤのこと大好きだな、って」
彼が目を丸くした。普段はしないきょとんって顔がかわいい。
少し赤面した顔で、困ったようにボサボサの髪をかき乱す仕草……照れてるんだね。
「俺も、フェイトが大好きだよ。愛してる」
「うん」
しばし見つめ合って、どちらともなく口づける。
小鳥がついばむような、触れるだけのキス……ちょっとくすぐったい、ふふっ。
「……あまり格好つかないな、このシチュエーションじゃ。釣り竿片手だし」
「そうかな? 私はこういうのもありだと思うけど」
「しかし、なぁ……」
「くすっ、ユーヤは気にしすぎだよ。……あれ? 引いてるよ、糸」
「なにっ? ――ぬ、コイツ、デカいぞ……!?」
もの凄くしなった竿にユーヤが驚く。
海の底でお魚が釣られまいとして暴れているのだろう、糸があちらこちらに強く引っ張られている。これってひょっとしなくても大物、だよね?
「フェイトも手伝って!」
「う、うんっ!」
慌てたユーヤの要請で、援護部隊の急行ですっ!
二人で協力して釣り竿を引っ張る――って、うわ、これ重たっ!?
――――それから30分くらい全力で格闘して釣り上げたのはまさに特大、60センチオーバーのタイっぽいお魚。種類はわからないけど、このあたりのヌシらしい?
ざざぁーん。
ざざぁーん。
地上の大騒ぎなんてお構いなしに、海は今日も穏やかに打ち寄せては帰っていった。
* * *
クラナガン中央区、人々が行き交う繁華街から少し外れた薄暗い路地裏。
ボロ切れを、申し訳程度に身体に巻き付けた幼い少女がフラフラと引きずるように歩いている。その奥には、彼女が這い出たと思わしきずらされたマンホールが見受けられた。
一見すると五、六歳くらいだろうか、浮浪児にしてはとても見えない姿。艶やかすぎる蜂蜜色の金髪と、色合いの違う翠緑と真紅の虹彩――所謂、ヘテロクロミア――がひどく象徴的だった。
彼女は覚束ない、虚ろな足取りで歩みを進める。
まるで生まれたばかりの子鹿のように、さながら何か“怖いもの”から逃げ延びようと。
「……っ!?」
不意に何かに躓いて、少女は盛大に倒れ込み、その拍子に小さな何かが地面へと転がり落ちる。
宝石のように見えるソレは、カラカラカラ……と硬質な音を立ててアスファルトを滑り、ゴミの詰まったコンテナの足に当たってようやく停止した。
「……ぅぅ……」
泣いているのだろうか、少女は俯せの体勢で肩を震わせる。起き上がる気配はない。
――薄暗い路地の一角で菱形の青い宝石が、仄かに、妖しく輝いていた。
* * *
時刻はだいたい11時を半分すぎた頃。
海釣りを切りのいいところで切り上げた私たちは、用意したイスとテーブル――キャンプとかで使う、折りたたみのできるやつだ――で、少し早めのお昼ごはんを食べることになった。
いっぱい運動したし、おなかはもうぺこぺこだ。
目の前のテーブルには、ほかほかのごはんと野菜が入った具だくさんのあら汁。それから新鮮なお刺身に煮付けetc.etc.――ほんの今し方釣ったばかりの海の幸をふんだんに使った、目にも豪華な食事。こんな場所でよく、これだけの料理を用意できたなとあらためて尊敬してしまう。
それから準備についてだけど、お魚の処理を見ると悲惨なことになるので、私は食卓の準備をしたりお味噌汁を作ったり、ごはんのよそったりしていた。
このごはん、お昼に食べるつもりであらかじめ炊いていたものらしい。ほんと抜け目ないなぁ、ユーヤって。
ちなみに釣果は上々。大きめのクーラーボックスに入りきらないくらい、たくさんのお魚を釣ることができた。
それについてユーヤはにこやかに「今日は勝利の女神が傍にいてくれたからね」、なんて冗談めかしてた。――でも彼のことだ、本気で言ってるのかもしれない。
「「いただきます」」
手を合わせて、お箸を手に取る。私は黄色でユーヤは青、どちらもウチから持ってきた私物、マイお箸だ。
……まあ、ついさっきまで元気に飛び跳ねていた様子を思い出しちゃって、葛藤してないってわけじゃないけど。けど残して捨てるほうがよくないし、ちゃんとぜんぶ残さず食べるつもりだ。
まずセオリーに則って、まずは私の作ったあら汁から食べることにした。……いちおう味見はしたけど、まだちょっと不安だったし。
お椀に口をつける。
ずずず……。――うん、おいしい。きちんとかつお節と昆布からとったお出汁が利いている。
彼も満足そうに食べてくれていた。
うーん……、次は煮魚に手をつけてみようかなぁ。
「さて、お姫様のお口に合うかどうか……」
「ふふ、心配してないよ。ユーヤのこと、信頼してるもん」
「そっか」
私が食べはじめると、ユーヤはとてもすごくうれしそうににこにこしてた。
前に、「いっぱい食べる君が好きだ」って真顔で言われたのを思い出して、恥ずかしくなってしまう。
わ、私、そんなに食いしんぼうじゃないもんっ! ……ないよね?
「卵焼き、食べるか? フェイト好みの甘めな味付けだぞ」
「あ、うんっ、食べる!」
「よしきた。あーん」
「あーん……あむ」
もぐもぐ。
おいしい。さすがユーヤ、絶妙な味つけだ。こう、お砂糖の上品な甘味と、卵のナチュラルな甘味がうまく溶け合っている感じ。
……って、あれ? また乗せられた?
むぅ、となんとなく恥ずかしくて睨んでみるけど、ユーヤはやっぱりにこにこしてるだけ。気づいてるんだろうな、私の気持ちに。
こうして彼に笑顔を向けられると、どれだけ不満があってもうれしくなってなにも言えなくなってしまう。惚れた弱みとでも言うのだろうか、ずるいなぁ……。
「……」
「……もぐもぐ」
私も彼も、食事は黙ってする方なのでもくもくとご飯を消費する。
ところで。男の人と女の人が同棲したり、その……け、結婚したりしたとき、味覚の不一致というのはトラブルの種になりやすいことの一つらしい。そういう話は方々でよく伝え聞くし、実際エイミィもクロノの好みに合わせるのは密かに苦労したんだとか。
その点、私たちは二人とも濃いめの味付けが好きなので問題ない――というか、私の味覚の大部分がユーヤと、それからリンディ母さんの味つけが基本になっているので、とくに和食なんかは彼の好みがダイレクトに反映されてたりでトラブルにならないんだ。……こう言ってはなんだけど、お母さんって味覚が大ざっぱだし、ユーヤからかなり影響受けてるような気がする。
「あらためて思ったんだけど、私たちってなんだか相性バツグンだよね」
「唐突だね。否定はしないが」
「うん、食べ物のの好みがいっしょでよかったなぁ、って」
「目玉焼きにかけるもの、なんてくだらないで戦闘に発展したけどな」
「それはっ……その、主義主張の違いだよ」
正直、なんにでもお醤油をかけてしまうところだけは信じられない。
「でも、あんまりケンカとかしないでしょ?」
「しないな。確かに」
私たちは言い争いをしてもたいていの場合、すぐにお互い折れるからケンカまで発展しないのだ。
ほんとに譲れないもの、負けられないことは実践さながらの模擬戦で決着つけるけど、そのあとごめんなさいして仲直りするのだっていつものことだった。
「ま、当然だよな。なんたって俺たちは愛し合ってるんだからさ」
「そうだね……えへへ」
とまあ、おおむねこんな感じで。
いつもどおりなかよくごはんを食べた私たちは、これまたいつもどおり食後のティータイムを楽しむ。
コバルトブルーの高級そうなティーカップを上品な仕草で傾けるユーヤは、内面の高貴さがにじみ出ていてとても絵になっている。まさしく眉目秀麗、かっこよくてすてきだから当たり前だけど。
私は、しあわせな気持ちでそんな彼を眺めている。単純だとかおめでたいとか、なんとでも言えばいいと思う。
「――あ、メールだ。ちょっとごめんね」
「ん」
片方の眉毛だけ上げて応えるユーヤ。器用だ。
制服の内ポケットから、黒と黄色の折りたたみの携帯電話を取り出し、メーラーを開く。
その内容に思わず眉をひそめる。
「本部から緊急召集……? なんだろ」
――不意に、いやな予感が胸によぎった。
* * *
クラナガン中央区、繁華街エリアに設置された管理局のヘリポート。
六課からここまで来るのに使った黒い大型ヘリが、その大きな機体を燦々と照りつける日の光の下にさらしていた。
「――それで、この子が?」
「はい。路地で倒れているところをキャロが見つけて保護したんです」
「スラムでもないのに、小さな女の子があんな姿でいるのはおかしいな、って」
向こうで、エリオとキャロがなのはに事情を説明している。
「なるほどね……シャマル先生、どうですか?」
「見たところ擦り傷以外、目立った外傷はないわ。でも、それ以上は専門の施設じゃないと……」
ストレッチャーの上で横たわり、シャマルの診察を――膝を抱えて丸まった格好で――受けているオッドアイの幼い女の子。
発見されたときは粗末なボロ布を巻いていただけらしいけど、今は簡素な貫頭着を着ている、
私はそんな様子を、ヘリポートの職員の人と会話しながら横目で窺っていた。
――事の始まりは、エリオたちから六課本部へ入った「不審な少女を保護した」との一報だ。
今まで首都をゆっくりと見て回る時間のなかった二人は、私の強い勧めで市街地観光をしていた。私的にはドキドキわくわくなんだけど、出がけのキャロいわく「フリードがいるからデートじゃないです」とかなんとか。その辺の基準がよくわからない。
まあ、それはともかく。
さりげに相性のいい二人と一匹だから、けっこう休日を楽しめていたんだそうだ。ユーヤに、簡単なスケジュールを立ててもらったこともあるかもしれない。
で、大事で大事なふたりのはじめてのデートは成功裏に終わるかと思われたとき、ふと通りかかったなんの変哲もない路地で件の少女を発見。同じく休暇中のティアナとスバルに連絡を取って合流し、本部へ指示を仰いだというのが今回の経緯だ。路地裏で、ちいさな女の子がうつ伏せですすり泣いていたらそりゃあ誰だって気になるよね。
それにしても、妙な人に見つかって連れさらわれたりしなくてよかった。最近のクラナガンの治安は日本程度にはよくなったけど、そういう人がいないとも限らないし。
「フェイトさん!」
「あ、ティアナ。どうしたの?」
ティアナがエルフィを肩に乗せて駆け足で近寄ってくる。スバルはいっしょじゃないらしい。
手にはなにやら頑丈そうな鈍色のアタッシュケースが握られていた。
「ちょっと見てほしいものがあるんです」
「見てほしいもの?」
「ええ、これです」
彼女はうなづいて、ケースを開く。
「あの子の側に転がってたものを回収したんですけど、たぶん結晶型のロストロギアなんじゃないかと思います」
「? エルフィ、コレなんか見たことある気がするです」
その中身を見て、さあっと血の気が引いていく音が聞こえた気がした。
「ちょっと貸して!」
「あっ、フェイトさん!?」
半ば引ったくるようにしてケースを受け取り、なのはたちの側に走り寄る。
「なのは!」
「フェイトちゃん?」
いつもは聞けば落ち着く親友の声も、意味がわからず混乱した今は届かない。
揺れる感情のまま、混乱の“原因”を頼れる親友に見せた。
「なのは、これ……!」
「!? ……ジュエルシード、だね。それもシリアルⅩⅩⅠ、私が一番最初に封印したやつだよ」
黒い緩衝材に収められていた見覚えのある宝石。それは私たちにとって忘れがたい――決して忘れてはいけない青い輝き、歴史の闇に眠ったはずの遺物だった。
――不意に、“母さん”の狂笑が脳裏によぎる。
なぜ? どうして?
そんな思いが、疑問が、塞いだように思えたカサブタから吹き出す。
「でも、本局で厳重に保管されているはずで、こんなところにあるわけ……!」
「フェイトちゃん、落ち着いて。まずは本局に問い合わせてみよ? うまくいけば、この子の素性もわかるかもだし」
もっともな意見に言葉が出ない。
ひどく因縁深いロストロギアが思いも寄らないところから現れたというのに、なのはからは動揺が伝わってこなかった。
けれど、困惑していないわけじゃないはずだ。
私に比べて平静を保てているのはきっと、責任感とかで不安を押し込めているから。……それともただ私が動揺しすぎってだけなのかな?
「そ、そうだね、ごめん」
「うん」
……とりあえず、10年前になのはが施した封印式はまだ有効のようで、ジュエルシードの発動がなかったことだけは幸いだ。
――それにしても、いったい誰が……?
あごに手を当て、思考する。
管理局から流失したルートはどこだろう? 管理局自ら放出したというのはジュエシードの危険性から見て考えづらい。
それ以前にそんな
その目的は? 管理局のかく乱? ジュエルシードの力?
それとも――
なのはが初めて魔法を使った“相手”という点に、なにか作為的な因縁めいたものを感じてしまうのは穿ちすぎだろうか。
……今の段階じゃ手がかりが少なくて憶測の域を出ない。考えただけどつぼにはまりそうだ。
「なのはさん、ジュエルシードって言うのは? ……見たところ、ロストロギアのようですけど」
「ああ、うん。これは私とフェイトちゃん、攸夜くんが友だちになったきっかけなんだ」
私の思考が回転していく横では、なのはがティアナたちに軽く説明中。いかにも問いたげな顔のスバルたちに代表して質問したティアナのリーダーっぷりは、板についている。
ティアナ、完全に吹っ切れたみたいだ。前になのはから相談された指揮官講習の件、準備を進めてもいいかもしれない。
「ジュエシードについては置いとくとして。これからどうしよっか?」
「……なら、なのははその子と病院に行ってあげて。私たちはこれを地上本部に移送するから」
「そうだね、それがいいと思う。じゃあさっそく行動かい――」
なのはが空元気に号令を出しかけたそのとき、
――どぉぉぉぉぉんっ!!
頭の痛くなるくらい大爆音があたりいっぱいに轟いた。
反射的に音のした方に目を向けると、約一キロ先――ここからでも見えるほど大きな爆炎が高層ビルの谷間で燃えさかっていた。
唖然として言葉を失う私たち。なんとなく、なのはの方に見てしまっても仕方がないと思う。
視線が集中したなのはがたらりと額に汗をかいた。
「……えと、わ、私のせいじゃないからね!?」
そんなことはわかってるよ、なのは……。
違う意味で動揺したなのはをなだめる私たちに入ったのは、冥魔の一団が市街地に出現したという一報だった。
「冥魔……! このタイミングで!?」
「フェイトちゃん、どうするの?」
燃える街から視線を外して、なのはが問いかける。
表情は不安そう……じゃない。むしろ頼もしく思える雰囲気をまとっているように見える。――なのははいつだって、なのはなんだってことなのかな。
「それは……」
少し、言い淀む。
これからの方針の決定権は、隊長である私にある。そして、みんなの命を預かっているのも私なんだ。
責任は重大。うかつなことはできない。
いくつもの視線を感じつつ、じゅうぶん黙考してから決定を下した。
「――予定どおりに行動しよう」
「じゃあ、冥魔は放置ってこと?」
「うん。都市の防衛や民間人の避難はほかの部隊に任せるべきだと思う。それに……たぶん、ユーヤが駆逐に行くはずから」
それは確信。
魔王を自称し自任する彼が、自分の
そうなれば、一山いくらの冥魔なんてあっと言う間に薙ぎ払われてしまうだろう。――と、私としてはなかなかの正論だったんだけど……。
「はいはい。またものろけをごちそうさまです」
「そ、そんなんじゃないよっ」
なのはにテンプレートな文句でからかわれてしまった。
ていうか最近、私の扱いが雑じゃない? ……え、昔から?
「もう、なのはってば――」
ゾワッ――
背筋に強烈な寒気が走る。
全身をズタズタに斬り裂かれるイメージが脳裏に浮かんで、肌が壮絶に粟立った。
「みんな、離れて!」
苦し紛れの警告。本能的な感覚に任せてケースから手を離し、抜き撃ちで展開させたバルディッシュを
その瞬間、ケースが床に落ちる硬質な音と同時に来た強い衝撃で、私は大きく後方に吹き飛ばされた。
「フェイトちゃん!?」
なのはの悲鳴が聞こえる。だけど、今それどころじゃ……!
逆さまの視界、宙返りの要領で体勢を立て直す。
床を蹴り、すぐさま追撃してくる襲撃者――フードを目深にかぶった女性らしき人物が振りかぶった巨大なサイズは、紅い半円の軌道を描いて私の首を刈り取ろうとする。
バルディッシュを両手で振り上げて、迎え撃つ!
「ぐっ、くぅっ!」
「ち……」
再度の激突。目の前で咲く火花。
しっかり踏ん張ったので、今度はなんとか吹っ飛ばされずにすんだ。
ここでわずかでも力を緩めれば、私の首と胴は一瞬で離ればなれになるだろう。
フードの奥から、壮絶な害意の――ううん、敵意の浮かぶ
(この人、アグスタでユーヤが戦った……!)
バルディッシュ・アサルトと鮮血色の大鎌が鍔競り合い、耳障りな金属音とオレンジ色の火花を散らせる。
せめてもと、マルチタスクで魔法を準備しておくのが精一杯。バリアジャケットを創る余裕なんて、ない!
「っ――、ティアナ!」
絞るように叫ぶ。
意図をくみ取ってくれたティアナはすぐさま床に落ちていたケースを回収し、スバルたちに指示を飛ばして撤収を始めた。
落としたケースに意識を向けない様子から考えるに、この人の狙いはおそらく私だ。
ならここは、囮になってでも踏ん張るしか!
「ケースの確保はキャロ、アタシとスバルはその護衛、エリオは遊撃。あとは臨機応変に、ってちょっとエリオ、なにぼさっとしてんの!?」
「でも、フェイトさんが!」
けど、エリオがグズグズしていた。
――もうっ、こんなときに!
「私のことはいいから!」
「そんな……!」
「はやく! お願い!」
そう怒鳴ると、エリオはビクッと大げさに肩を揺らしてやっと退いてくれた。あとはティアナに任せておけばだいじょうぶ。
このレベルの相手と戦いながら、あの子たちのフォローなんてとてもじゃないけどできない。女の子とジュエルシードを抱えた状態じゃなおさらだ。
「エルフィはみんなについてって! シャマル先生、行きましょう!」
「はいです!」「わかったわ!」
そう指示するなのはと目が合った。
私の身を案じてくれるような視線、きれいなアメジストの瞳――「気をつけて」「だいじょうぶ、負けないよ」、アイコンタクトで通じ合う。
私たちの視線が絡み合ったのは一瞬で、それからなのはは1ミリの躊躇もなくヘリの方に駆けていく。
思いきりがいいというか、サバけてるというか……でも、がんばれる力と勇気をもらえた気がした。
「へぇ……よそ見するヒマがあるんだ」
「!!」
くぐもった、予想よりずっと幼い、冷酷な声が私を現実に引き戻す。
強いデジャヴ。一抹の違和感をかき消し、鋭い蹴りが腹部に突き刺さった。
「く、は……っ」
一瞬の判断で、重さはないけどスピードの乗った一撃の勢いを殺すように後方に飛び退く。
自分から飛び退いてダメージを軽減したど、痛いものは痛い。激痛で漏れそうになる悲鳴をかみ殺し、限界まで集中して魔力を練り上げる。
その間にも、追い討ちをかけようと接近する敵魔導師に、あらかじめ遅延していた
このチャンスに――!
「バルディッシュっ!」
『Yes sir Barrier Jacket set up』
全身を、まばゆいばかりに輝く金色の魔力光が包み込む。
軍服風の黒いミニスカートのスーツ、ゆったりとした襟つきの白いマント。そして硬質な素材の靴に、左手を鋭利なデザインのガントレット、右手をオープンフィンガーのグローブが覆う。
着慣れた私の
銃倉が回転して、カートリッジの一つが炸裂。込められた魔力が解放され、黒い戦斧の先端が回転したところから金色の刃が生まれる。
「ふーっ」
深呼吸して、私はゆっくりと立ち上がった。
白いマントが強風になびく中、三日月の
戦闘モードのスイッチは入った。準備万端、もう無様なところは見せたりしない。
「……これでやっと、戦えるようになった」
「……」
対峙するのはボロボロのローブを纏う正体不明の魔導師。私と呼応するように、巨大な鎌を肩に担いだ“敵”……。
赤い。
朱い。
紅い大鎌の腹で、いくつものグロテスクな瞳が縦に割れた瞳孔をギョロギョロとうごめかす。構えから察するに、相手の利き手は左だろうか。こうして向かい合ってみると、まるで私と鏡写しだ。
――数合の交錯を交わせばイヤでもわかる、速さと鋭さに特化した自分とよく似た戦闘スタイル。ユーヤから事前に聞いていたけど、こう目の前で突きつけられるとなにか吐き気がする。
……キモチワルイ。
この人の実力は、私には無敵とも思えるユーヤに手こずらせるほど。彼の見立てでも、力の底は測れなかったそうだ。
――そんな相手に、勝てるのか……?
ふとよぎった弱気を振り払う。そんな迷い、私には必要ないから。
時空管理局執務官として、機動六課フォワードチーム隊長「ナイトウィザード1」として、一人の魔導師として。
そして“彼”のそばに寄り添う恋人としても――、絶対に、負けられない。
……私はなのはのようにやさしくないから、いちいち戦う理由をたずねたりなんてことはしない。
事ここに至れば、
「――はああああッ!!」
「……!!」
――問答は無用、だ。
* * *
――ギィンッ!
人気のなくなったヘリポートに、硬質な激突音が響いた。
金色の光が奔る。
深紅の闇が滾る。
稲光にも似た鋭さをもって放たれた斬撃が空を斬り裂き、噴出する鮮血が如き一撃が大地を砕く。
速力は優劣付けがたく、技は金色が勝ち、力は深紅が勝る。
故に、戦いは速度を競い合うかのようなハイスピートを極めていった。
――ギギギンッ!!
数え切れないほどの剣戟の嵐は澄み渡り、協和音を伴って戦いのリズムを刻む。
それはまるで舞踏だ。
円状のヘリポートを舞台に見立てた美しい死の舞――いくつもの足跡だけを残し、鋭刃という舞踏を繰り出していく。
――ガギンッ!!
一際大きい激突の後、弾かれるように両者は距離を取った。
それぞれの大鎌は刃を地面に添えるように腰だめに構えられ、睨み合う。
その間合い、約十メートル。彼女らにとっては、一足一刀の間合いだ。
「……」
「……」
沈黙が風に溶ける。
相手を見据え、両者は微動だにしない。迂闊に動けばまざまざ隙を晒すだけとわかっていたから。
広くスタンスを取った二人の足元に、金色と深紅の稲妻が迸る。それはまるで高まる戦意のように、徐々に輝きを増していく。
発光が最高潮に達した刹那――、両者の姿はほぼ同時のタイミングで雷光と共に欠き消え、再び響きわたる斬撃のセッション。
これまでは様子見だったのだろう、更なる魔力を解き放ちギアを上げる。
その速度は常人の目では影すら捉えられない領域を軽く越えてなお、加速していく。
虚空から突如放たれた金色の月輪がビルの角を刈り取り、朱色の円環が雲を断ち切る。
剣が、槍が、落雷の如く降り注ぐ。
二色の魔力弾が絡み合うようにして飛び交った。
実力伯仲。激突する度に衝撃波が屋上のコンクリートが削り、二色の稲妻が唸りを上げる。
クロスレンジでの超高速戦――お互いに戦闘機も斯くやという速度で、その上絶えず縦横無尽に動き回っていれば相手を視界に収めることも難しい。
そんな中で見事な戦闘機動を行えるのは、ひとえにフェイトの類い希な動体視力と身体能力の結晶。生まれ持った優れた天稟と、幼い時分より磨き続けた努力の結果だろう。
しかし同時に、このローブの魔導師にはフェイトと激戦を繰り広げられるだけの力量が備わっていることを意味する。
大鎌という特異な武装も相まって、両者はひどく相似していた。似過ぎていたと言ってもいい。
「はあッ!!」
「――ッ!!」
互いの脇を斬り抜けるように刃を交え、その勢いのまま間合いを大きく開ける。
急速に膨れ上がる魔力が大気を軋ませ、高層ビルを震わせた。
「撃ち抜け、轟雷!」
振り向きざま、小脇に抱えたバルディッシュが斧頭下部から炸薬を吐き出し、フェイトの突き出された左手に金の雷光が収束する。
「ブチ抜け、爆雷!」
同様に振り向き、ローブの魔導師が大鎌を小脇に抱え、右手を突き出した。眼前の閃光を飲み込まんと紅い冥闇が渦を巻く。
「プラズマァァァ!」
「ブラッディ……!」
突き合わされた腕に環状魔法陣が取り巻き、仮想砲身を形成。ゴールドとスカーレットの魔力光が、輝くミッドチルダ式の魔法陣を織りなす。
起動したプログラムが回路を描き、複雑な回路を魔力が通る。回路を満たした魔力が術式を構成し、世界に魔法を顕現させた。
「「スマッシャーーッ!!」」
ふたたびの鏡合わせから放たれた二条の光線が一直線に走り、中央で衝突する。
魔力変換資質により電撃へと変換された魔力が無秩序にスパークし、空気を焼いて独特のオゾン臭を撒き散らす。
ほぼ同等の威力の魔力砲撃。
拮抗し、膠着した状況に変化をもたらす要因はまた別の“異質な力”だ。
突如、ローブ姿の魔導師の全身から紅黒い瘴気が噴き出した。
「!?」
“闇”――そうとしか表現できない、邪悪なモノに汚染された魔力の奔流を前にして、フェイトが目を大きく見開く。
刻一刻とその濃度を深める瘴気はまるで、命そのものが漏れ出しているかのよう。事実それは術者の生命力を代償に、破壊の力へと変換する最悪の外法だった。
「うっ、くっ!? そ、そんな……!!?」
フェイトが信じられないと叫ぶ。
噛み合い、膠着していたはずの二色の光条は見る見るうちに状況を変化させる。金色のそれは、今まで光景の嘘のように瞬く間に押し返されていく。
目深にかぶったフードから覗く口元が狂喜に歪んだ。
「リバースストライク……!! ――消えろ、出来損ない!!!!」
――紅黒い闇が、爆ぜた。
* * *
本来なら、休日を楽しむ人々でごった返しているはずな人気のない目抜き通りを行く四人の少年少女。ジュエルシードの移送を仰せつかったフォワードチームの面々である。
前衛を最も防御力と突破力のあるスバルが司り、中央を射程距離と判断力に優れたティアナとキャロ、最後尾をチーム最速で鳴らすエリオを配したフォーメーション。なのはの教導で何度も繰り返し訓練した、浸透突破作戦時の基本形だ。
一行はもしものことを考え、避難の完了したエリアを選んで慎重に進んでいる。かなり遠回りな道程となってしまうが、民間人がいる中で冥魔と遭遇して戦闘にでもなれば目も当てられない。
餅は餅屋、市民の避難誘導は担当の部隊に、というわけだ。
機動六課も冥魔退治の専門家と言えば専門家なのだが、今この戦域には選りすぐりのエースたち――中には人型機動“箒”や戦闘機型“箒”のような過剰火力持ちの戦略兵器を駆る――が多数展開している。
彼らに任せておけば、余程のことがない限り大丈夫だろう。
――とにもかくにも今のミッドチルダは次元世界で一番危険で、最も安全な世界なのである。
「前方、敵影ないです!」
上空から進路の警戒を終えたリインフォースⅡが、隊の臨時リーダーを務めるティアナの前に静かに降下した。
「了解です、エルフィ曹長。あ、本部はなにか言ってきました?」
「そのまま可能な限り戦闘を避け、至急ロストロギアを地上本部まで輸送すること、だそうですよ」
彼女は六課本部との情報リンクを担当しており、偵察で得た生の情報や周囲で活動している各部隊から上がってくる報告の分析を行っていた。
こんなナリだが、伊達に空曹長は名乗っていない。
「そっちもりょーかい。……簡単に言ってくれるわね、ったく」
ぼやくティアナ。うっすら汗の浮いた額には前髪がへばりついており、強ばった表情から緊張が否が応でも伝わってくる。
爆発音やらなにやらがそこかしこから聞こる中の行軍は新人には堪える。いつどこから来るかわからない敵襲に神経をすり減らし、ヒリヒリと焼け付くような死と闘争の気配を肌で感じながらでは仕方ない。
ティアナのただならぬ緊張感に気付き、リインフォースⅡは吉報というフォローを入れる。
「あ、でも、マイスターはやてが援軍をよんでくれたんですっ。みなさんも知ってる陸士108部隊ですよ!」
「お父さんの? じゃあ、もしかしてギン姉が!?」
「そのとおりですっ。合流地点はおって連絡するとのことですよ」
「そっかぁ、ギン姉といっしょに戦えるんだ。……ふふっ、なんかうれしいなぁ」
「よかったじゃない、スバル。――そう、ギンガさんたちが……」
前の演習ではいいようにやられたわね、とティアナはにやけ顔の相棒に呆れつつ思い返す。
あの時は悔しさと惨めさで彼女らを妬みもしたが、今なら素の気持ちで向き合える……ような気がする。
向こうの実力は身に染みて知っているので、心強い味方であることは間違いないだろう。
「よしっ、じゃあもうひと頑張りってわけね」
そう、ティアナが独り言ちる。初めて指揮官の真似事をしているにも関わらず、意外と気負っていない自分が不思議だった。
と、臨時リーダーが気合いを入れ直している背後、最後尾のエリオが物憂げにしている。
「エリオ君?」相方のただならぬ様子に気づいたキャロが声をかけた。
「キャロは……、キャロはフェイトさんのことが心配じゃないの?」
心外だとキャロが眉を顰めた。
「心配だよ? 心配に決まってるよ。……あの敵、なんかイヤな感じしたし」
「じゃあ戻って――!」
「戻ってどうするの? フェイトさんの足を引っ張るだけだよ」
「……っ」
言い返すことができず、エリオは悔しそうに唇を噛んだ。
彼だって頭ではわかっているのだ、自分が行ってもフェイトの力になれないのだと。
だが、理解はできても納得するかどうかは全く別の問題。良くも悪くもエリオ・モンディアルはまだまだ子どもだった。
「はぁ……」
キャロが大げさに肩をすくめる。大きな帽子にちょこんと乗った仔竜が真似をした。
「そんなだから、いつまでたってもいまひとつなんです、エリオ君は」
「……どういう意味?」
睨むような、あるいは訝しむような視線を、クスリと曖昧な微笑でいなして。
「煮え切らない男の子、きらいだなぁ……」
「!!」
痛烈な一言にショックを受けた模様の赤毛の少年に、桃毛の少女は少しだけ溜飲を下げた。
キャロだって、出来ることなら今すぐにでも駆けつけたい。フェイトは彼女にとっても、姉とも母とも想い慕う大切な女性だ。そんなひとの身が気がかりでないはずがない。
けれどあの人がいるから。
キャロが世界で最も信頼し、畏怖し、尊敬する“ししょー”ならきっと、彼女が傷つくことを決して許しはしないし、どんなに遠く離れていてもどんな手段でも使って救うだろう。
いつだって、ヒロインのピンチを救うのはヒーローの役目だと相場は決まっているのだ。
だから自分は、自分にできることをやろう。
全力で、精一杯。
「……ティアさん、お客様みたいです」
不意に足を止め、隣の僚友に声をかける。
「らしいわね。あちらさん、おっかない顔してるわ」すでに二挺の短銃を構えて戦闘態勢に入っていたティアナは、行く手を塞ぐ大小二人の人影を厳しい表情で睨んだ。
「キャロ、知った顔?」
「ええ。ホテル・アグスタでちょっと」
「なるほど、ね……」
短く応じ、若干含むところのあるワードから記憶を検索すると、すぐにヒットした。
槍を携えた壮年の男は元管理局員で古代ベルカ式の使い手、ゼスト・グランガイツ。少女の方はルーテシア・アルピーノ、自分も世話になっている上司メガーヌの実の娘だ。
もう一人(?)、リインフォースⅡと似たような背丈の悪魔っぽい格好の小人がいる。いわゆる“融合騎”という奴だろうか。
ヘリポートでフェイトを強襲したローブの魔導師も、ホテル・アグスタのミッションで妨害行為が確認された人物だ。彼らの仲間と考えてまず間違いない。
「……それ、渡して」
儚げな声で、紫の少女が端的に言うと、呆けていたスバルがようやく再起動して構えを取り、殿のエリオが慌て気味に前列に出る。
虚ろな視線はジュエルシードの入ったケースを捉えている。
目的はこれなんだ、とキャロはケースを改めて抱き抱えた。
「お前たちに恨みはない。大人しくそのロストロギアを渡せば、命までは奪わん」
「そうだそうだ! おまえらなんかダンナとルールーにかかればイチコロなんだかんな!」
渋い深みのあるバリトンと勝ち気ないメゾソプラノが口々に要求をする。後半のセリフはややシリアスに欠けていたが。
少女や融合騎はともかく、男の方は明らかに四人よりも格上だ。漂う歴然の戦士的な風格からして次元が違う。四対一でも勝てるイメージが全く沸いてこない。むしろ無惨に殺される自分たちがありありと想像できた。
とはいえ、ロストロギアを渡すという選択肢は最初から存在しない。
対峙したまま、まんじりともせずにスバルは背後のパートナーへ問いかける。
その大きな瞳には不安が覗いていた。
「……どうするの、ティア?」
「そんなの、決まってるじゃない」
「さっすがティア、このピンチを切り抜ける秘策があるんだねっ!」
ぱあっ、と人懐っこい笑顔を咲かせてスバルが振り返る。敵への警戒はいいのだろうか。
そんな無邪気なリアクションに、ニヤリと効果音の聞こえる気持ちのいい笑みで応じて。
「一目散に、逃げるのよっ!」
「えっ、ええ~っ!?」
一転、踵を返して駆け出したティアナにスバルが困惑の声を上げる。
「行くよ、エリオ君! スバルさんも!」
「あ、うん!」
「ああっ、待ってよティアーっ!」
「はわわっ、みなさんエルフィを置いてかないでくださいですぅ~」
ほぼ同時にキャロが続き、一拍出遅れた残りの三名がドタバタと逃走を図る。
予想外の展開、そして鮮やかとは言い難い引き際に不意を突かれ、襲撃者たちは意識の糸を紡ぎ直すのにわずかだが時間を要した。
結果、五人はまんまと逃げおうせる時間を稼ぐことに成功。ある意味見事な遁走だった。
* * *
蒼天に膨れ上がる深紅の闇。
荒れ狂う濁流から、一粒の光が飛び出た。
「――つぅ……」
咄嗟にブリッツアクションを発動し、射線上から辛くも退避したフェイト。軍服風のコートやマントの一部が焦げ付き、ニーソックスが破けているなど損傷が目立つ。
そして何より邪悪な魔力に巻き込まれ、精神の根幹に強烈なダメージを負っていた。あと数秒長く浴びていれば、確実に命を奪われていただろう。
「っ、はぁっ、はぁっ……なんて、力だ……!」
荒い息を吐くフェイトは、自らの受けた“力”をそう表した。
悍ましい魔力だった。
全身に粘り着くような、吐き気を催すような――一言で言い表すなら、不吉極まりない“ヨクナイモノ”……。フェイトは生理的な拒絶反応を感じていた。
(あんな力、この世にあっちゃいけないっ!!)
正体不明の力を強く警戒し、フェイトが一気に勝負を決めるべく魔力を練り上げる。
カートリッジロード。空薬莢を排出したバルディッシュを紫電纏う光の大剣へと変形させ、最大戦速で斬りかかる。
「でぇぇぇぇええいっ!!」
「っ!」
真っ向から繰り出された斬撃を、およそ防御には向かない形状の武具が受け止めた。
だが、無意識のうちに解放された“プラーナ”を乗せた爆発的な一撃は、防御を容易に粉砕。その衝撃で、ローブの魔導師が体勢を崩す。
「――これなら!」
開いた懐を目掛けて、フェイトが猛追をかける。
下段後方に流した金色の刀身が光り輝き、激しくスパークした。
「ザンバーッ!!」
斬撃一閃。
だがしかし、会心の一撃は惜しくもローブを捕らえるだけに留まる。
寸断されたローブの影から現れたのは、見目麗しい妙齢の女性だった。
「――……え?」
年の頃は代後半と言ったところ。白い、血の気の感じられない人骨色の素肌に、人形のようにひどく整った目鼻立ちは絶世の佳人である言える。
その中でも、特に印象的なのが鮮やかな紅い瞳と黒いリボンで二房に結われた灰銀の髪だ。
どこか濁って見える紅の双眸が爛々とした敵意で燃え猛り、色素の抜け落ちたと思わしき髪は手入れが行き届いていないのか艶がなくパサパサ。しかしそれらが、彼女の纏う一種壮絶な雰囲気を際立たせていた。
その装束は黒一色。
起伏の少ない細すぎる肢体を、胸元に十字状の切れ込みのあるぴっちりとしたノースリーブの衣装が包み、ミニスカートからまろび出た左の太ももを黒色のベルトが締め付けいる。
二の腕から手首辺りを覆ったアームカバー風の袖。両腕をフェイトのそれとよく似た鈍色のガントレットが、両脚を膝辺りまであるソラレットがそれぞれ守っていおり、スーツと同じく漆黒に裏地が紅の外套の裾は虫食いのようにボロボロだった。
「……バレちゃったらしかたない、か」
「ぁ……あ、ああ……っ!?」
言葉を失い、棒立ちするフェイトをスカーレットの瞳が捉える。
その声、その顔、その容姿。
どれもがフェイトを打ちのめし、否定したい、けれども否定しがたい“現実”を彼女に突き付る。
毎朝鏡の前で見る見慣れた自分の姿……服装も髪の色も全く違うが、わかる。本能で、躯に刻まれた遺伝子で、魂レベルの深い領域で理解してしまう。
目の前にいる女性が誰なのか。そしてその狂おしいほどの憎しみの正体が。
「そう。わたしはお前の思っているとおりの存在よ」
「ゃ、やだ……、う、うそだ……そんなのうそだ! 信じないっ!」
フェイトは頭を振り、絶叫する。“彼女”の存在を認めたくはないと。
錯乱するフェイトの様子を満足げに眺め、くすくすと嗜虐的に嘲う“彼女”は今日この時、この瞬間のための言葉を発する。
「わたしの名前はアリシア――、アリシア・テスタロッサ。おまえの見捨てた、プレシア・テスタロッサの娘」
――――“運命”の矢が、放たれた。