魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#27

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯27 「過神激突/イミテーション・ゴールド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 音速の数十倍で空を切る黒のヒトガタ――攸夜と、それ以上の速さで追撃する自立機動砲台の群。鋭い尖端から次々に放たれたビームが、獲物を蜂の巣にしようと光の牢獄を創り出す。

 追い立てられる側もただ闇雲に逃げ惑うわけでは決してなく、ダイナミックかつアクロバティックな円運動を魅せ、初速と連射性に優れたスターライトの魔法を撃ち放つ。

 慣性の法則や、運動量保存の法則――様々な物理現象を無視した機動で繰り広げられる空中戦はもはや、人知の及ばぬ領域を越えていた。

 

「――疾ッ!」

 

 スパイクを展開し、突撃してくる飛翔体を身体を捻るようにして躱した攸夜は、両手に取り出した短剣を紅い火炎を纏わせて投擲、追いすがる飛翔体の二つ撃墜する。さらに投げ放った勢いをそのままに、長く柔軟な尾を鞭に見立てて三機を纏めて破壊した。

 

「えぇぇえい!!」

 

 そこに緋色の魔剣を携えて、上空から落下するメイオルティス。大上段に構えたアルティシモ・レプリカが縦一文字で振り下ろされた。

 

「らぁッ!!」

 

 獄炎纏うアッパーカットがねじ込むようにして迎撃する。

 

「「――!!!」」

 

 激突で発生した衝撃波が周囲の石塔を粉砕。一瞬、水面が空気の圧力で擂り鉢状に押し潰され、飽和した圧力に耐えきれず大量の海水が爆発的に吹き上がる。

 攸夜とメイオルティスを広がり包む水のカーテンは、さながら重力に逆らって昇り上がる大瀑布。打ち合った格好のまま海水の雨を被り、両者が停止した。

 

「やっぱデキるね、キミ!」

「まだまだァ!」

「!?」

 

 不意に刃を掴んだ攸夜は、そこから腕を機転にぐんっと軽業師のように横に振り上がり、メイオルティスの体重や腕力を利用した強烈な蹴りを繰り出す。

 

「うにゃあああぁぁぁぁぁーーーっ!?」

 

 冥魔王の首筋が横殴りに刈り取られた。

 ドップラー効果付きの愉快な悲鳴を上げ、音速の壁を越えて地平の彼方へと真っ直ぐ水平にぶっ飛んでいく。

 

「はああああっ!」

 

 さらに攸夜は、両脇のアイン・ソフ・オウルからエネルギーを噴射、高度を上げながら創り出した三つの光輪が、メイオルティスの消えた方向に照準を合わさる。

 左の爪先に、紅黒く鈍い輝きが集まった。

 

「セイヤーーーッッ!!!」

 

 雄叫びと、繰り出されたのは完璧なフォームの跳び蹴り。最大出力限界突破の〈エンシェントストライク〉。

 空間カタパルトと魔力収束装置を兼ねた光のリングを潜り抜けて得た運動エネルギーを、今まさに体勢を立て直していたメイオルティスに容赦なく亜光速で叩き込んだ。

 

「むぎゅっ」

 

 ――この惑星唯一の大陸に、紅く輝く禍津の星が落ちた。

 流星は、第97管理外世界“地球”のユーラシア大陸とほぼ同等という広大な陸棚の中心に落着し、極大規模の魔力爆発を引き起こした。

 巻き上がる大量の土砂。最悪の視界の中で、攸夜は後方に飛び上がり、完璧なフォームの宙返りでメイオルティスが埋まっていると思われる場所から距離を取ると、流れるような動作で腰だめから両腕を突き出す。

 瞬時に描き出される三枚の魔法陣。発動するは、彼が最も得意とする〈天〉の光を司る極大閃光魔法――

 

「ディヴァインコロナッ!!!」

 

 駄目押しとばかりに、紅く光り輝く天壌の劫火を特大サイズで叩き込み、地形諸共辺りを滅却した。

 獄炎が収まりしばらくして、瓦礫――というか小高い岩山――を軽々と押しのけ、メイオルティスが姿を表す。

 

「あいたたたた……。足癖悪いねぇ、キミ」

 

 多少、衣装が汚れているようだが大きな外傷は見当たらない。せいぜい髪の毛がコントのように縮れているくらいである。それはそれで一大事だが。

 

「チッ、やっぱ失敗したか……。例の“絶対障壁”でも張られたか?」

 

 攸夜が悔しげに吐き捨てる。

 文字通り地形を変える一撃を「足癖が悪い」で片づけられるのは少々心外なだったが、彼自身、通用するとも思っていなかったので心理的な動揺はなかった。

 

「モチーフにした技が悪かったな、こりゃ。トラの所為だなうん、トラが悪い」

 

 何気に酷なことを言う。

 

「一人で納得してるとこ悪いけど、次はあたしの番だよ! 風の力を借りて――」

 

 ひどく無邪気な調子でメイオルティスが杖を掲げる。

 

死竜暴風破(デット・ロン・フーン)ッ!!!」

 

 彼女の背後に渦巻く濁った灰色の風が編み合わさり、生まれた荒れ狂う巨大な暴風の蛇が土煙や土砂を巻き込みながら攸夜を飲み込む。

 乱れ舞う真空の竜巻に囚われた攸夜が苛立ちを滲ませて叫ぶ。

 

「チィッ、鬱陶しい! こんなもので俺を止められるとでも!?」

「思ってないよ、所詮はかませ犬の風だもん」

 

 こちらもなかなかに手厳しい。

 

「あたしの本命はこっち!」

 

 バトントワラーのように杖を振り回して円を切ると、メイオルティスは攸夜の背後にすぐさま転移、同様の動作で円をもう一つ描いた。

 その時ようやく攸夜が風の檻を力ずくで粉砕、脱出する。

 しかし、一手遅かった。

 

「1000000000000℃の火球と、-1000000000000℃の冷気だよっ! 受けてみて!」

 

 不敵な宣言と共に前後の魔法陣から発生したのは、赤々と燃え盛るプラズマと青白く輝く極寒の氷塊。相克する二種類のエネルギーが今まさに挟み撃ちにしようと牙を剥いていた。

 まさしく前門の虎、後門の狼。双子の魔法陣が空間を歪めているのだろう、この布陣から抜け出せないことに気がつき、攸夜の顔色が変わる。

 

極大消滅(トゥイン・ロード)ぉぉぉっっ!!!」

 

 キーワードを合図に幾何学模様から放たれた二条の光――魔法的にコーティングされ、封じられていた莫大な熱量と、絶対零度を越えた極寒の冷気が対象(攸夜)を挟んで正面衝突し、対消滅と空間崩壊を引き起こす。

 本来ならば対極である正負の極大エネルギーから、尋常ならざる破壊の奔流が生み出される。

 その名の通り、半径数千キロに渡って大地が“消滅”した。

 

 収まりつつある滅びの閃光を、上空より悠然と見下ろすメイオルティスの付近に、紅く光る球体が浮き上がってくる。

 恐らくは恒星の反対側へ着てしまったのだろう、いつの間にか空が真紅に染まっていた。

 

「…………色々混ざりすぎだろ、オイ」

 

 呆れたように言う攸夜の周りに張り巡らされているのは、紅黒い保護膜。通常のフィールドとは桁違いに濃密で堅牢なそれは、原子レベルまで抹消する〈極大消滅〉の渦中とあっても何ら損なうことなく主を十全に守護した。

 彼の魂に溶けた“母”の意志の残滓が、力を貸してくれていたのかもしれない。

 

「ありゃりゃ。これでも倒しきれなかったか」

「ふん、たかが大陸破壊レベル程度でやられるものかよ」

 

 両者ともに余裕綽々の様子で軽口を交わす。

 実際、攸夜は差してダメージを負っていない。せいぜい貯蔵した魔力の数パーセントを削られた程度。彼に言わせれば、「これくらい必要経費だ」と嘯くだろう。

 もっとも、古代神モードでなければ魂レベルまで消し炭になっていたことも否定できないが。

 

「チマチマやっていても時間の無駄だ、ギアを上げるぜ……」

 

 ゴッ、と魔力が吹き荒れる。

 マグマが噴出する大地は大きく裂け、抉りられたクレーターに流れ込んだ海水が渦を巻き、蒸発していく。

 さながら地獄絵図。世界の終わりとはこういった光景なのだろうか。

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

 獣じみた砲哮を上げ、一瞬で肉薄。

 堅く握りしめた拳を突き出す。

 

「くっ、つぅ! ――あたし、ショートレンジは苦手なんだけど、なっ!」

 

 メイオルティスは怒濤の拳打連撃を上手く捌いている。小回りの利かない得物を一旦格納、両手両足でもって受け流して時折反撃まで繰り出す様は熟達そのもの。これには攸夜も、自分の距離でラッシュをかける目論見を早々に挫かれた格好だ。

 さすが古代神きっての武神、不得手な近接格闘も難なくこなすセンスは戦闘民族も吃驚である。

 千日手を悟った攸夜は刹那に決断、ハンマー状に握った両手で叩き落とした――メイオルティスは腕をクロスさせて防いだ――後、不本意ながら距離を測った。

 だからと言って戦闘行為が停止したわけではない。

 荒れ果てた地面スレスレで停止した黒衣の天使は、妖しい笑みを崩さない。

 ブン、と杖を振り、先ほどのものよりも小さな飛翔体を二つ喚びだして上空に放つ。高々と彼女の頭上に位置した飛翔体が周囲の魔力素を貪欲に貪り始める。

 

「“百倍”……――」

 

 対するは紅蓮の魔王。

 背を地面に向けるほど身体を捻り、腰だめに構えた両手の中に紅黒い光球が集束。鈍い閃光が指の隙間から漏れ出すと、光球が徐々に大きくなる。

 飛翔体から魔力をたらふく孕んだ稲妻が掲げた杖の先に落ちると、メイオルティスはそれを天に輝く満月――攸夜に差し向けた。

 

(――来るか!)

 

 攸夜は、手の中に収まりきれないまでに膨れ上がったエネルギー塊を押し出す。

 

「行くよ! 幻月皇帝(ジェイ・カイザー)!!!」

「リブレイド!!!」

 

 掛け声とともに、二人が同時に魔法を解き放った。

 真正面から激突した破壊光線のパワーは完全に拮抗している。

 険しい顔で魔力を込め続ける攸夜の胸中を、激しい焦燥の炎が焦す。

 

(ごめんフェイト、君を助けに行けそうにない……。――どうか、どうか無事でいてくれ……!)

 

 凶光が、弾けた。

 

 

   *  *  *

 

 

「ぁ……、ぁ、ああ、あぁ……」

 

 力なくへたり込み、フェイトはカタカタと小さく震えていた。

 当惑?

 狼狽?

 拒絶?

 恐怖?

 ――フェイトの心中はぐちゃぐちゃで。

 立つことも、まともな声を上げることもできず、ただ無力な子どものように呆けることしかできない。

 冷徹な血みどろの瞳でその様子を見下す漆黒の魔女――アリシアは、嫌悪感や不快感を隠そうともせずに顔をしかめた。

 

「おまえ、なんなの?」

「ぇ……?」

 

 凍て付く声と視線がフェイトを射抜く。

 

「そうやって泣きわめけば誰かが助けてくれる……いいね、おまえは。甘やかしてくれるおともだちや、守ってくれる男がいるんだもの。――おまえは満たされて、世界に愛されてる……紛い物の、ニセモノのくせにぃッ!!」

 

 嫉妬と。

 憎悪と。

 敵意と。

 純粋な――どこまでも黒い感情にさらされ、フェイトのトラウマが浮き彫りにされる。周囲に庇われ、大切な心を護られてきた彼女に、自分だけに向けられた冥い呪詛に抗う術はない。

 ガタガタと震えて絶句したフェイトの姿がアリシアの神経を殊更に逆撫でる。

 

「わたしは……、わたしはそれが許せない! ママを見捨てたおまえが、それなのに幸せそうな顔をしてのうのうと生きてるおまえがッ!! ――ママのことを忘れて、ニコニコ笑ってられるおまえがァッッ!!!」

 

 それらはすべて、フェイトの心の奥底の、どこか昏いところでずっとわだかまっていたことだから。

 噴出するアリシアの激情を喰らい、スカーレットの大鎌――カースドウェポン〈ジブリール〉が不気味に蠢いて変質する。

 刀身に不気味な瞳が幾つもの浮いた両刃の両手剣。イビツで歪んだカタチは、持ち主の有り様をそのまま映し取っていた。

 

「ちが……、違うっ! 私は、わたし、は……!」

 

 唐突に、フェイトの呼吸が不規則に乱れる。目眩と手足の痺れ、そして過呼吸――典型的な精神性の過換気症候群の症状だ。

 動悸を起こす胸元――黄金の宝石――を押さえ、俯せで倒れ伏す。取り落とし、床に投げ出されたバルディッシュが慌てたようにAIユニットを明滅させる。

 

「……なに、それ……。情けない、情けないっ、情けないっ!! ――それでもおまえ、ママの娘!?」

 

 怒声を上げ、激昂したアリシアは、引きつけを起こす自分の複製品(クローン)を激しく睨み付ける。

 見上げているようで焦点の合わない真紅の瞳からは、すでに意志の光が消えかけている。呼吸困難で、意識が朦朧としているのだろう。

 

「もういい……、目障りだ。――しょせん、おまえはイミテーション……人形にもなれない出来損ないは、消えろ!!」

 

 ありったけの憎悪と殺意をぶつけるように。

 断罪の深紅が振り下ろされた。

 その刹那、深紅の魔剣と金色の乙女の間を裂くように、純白の影が走る。

 

「っっ!! 白い盾……!?」

 

 突如として来襲した七枚の飛翔体に追い立てられ、アリシアはその場から大きく後退した。

「――ゅ、ゃ……?」おぼろげな視界に、慣れ親しんだ真白の光を映して。フェイトが掠れた声で“彼”に助けを求める。

 コツ、コツ――男性にしては軽やかすぎる靴音が辺りに響いた。

 

「――期待を裏切ってすまぬが、我が弟は今手が放せぬ故、我が直々に代わりに参った次第だ」

 

 ピンヒールの音も高らかに――

 豪華絢爛な紅い宮廷ドレスを纏う美しい淑女が、倒れ伏したフェイトの側に優雅に歩み寄る。

 無防備に晒した背中を守る七枚の“羽根”を警戒して、アリシアは動けない。

 

「……ぁ…………」

「もうよい。しばし休め」

 

 語調こそ尊大だが、言葉の端々には確かに労るような暖かさが込められていて。自分と同じ美しい黄金の髪を優しくひと撫ですると、彼女は淑やかな所作で立ち上がる。

 優雅な仕草で開いた扇で口元を隠し、冷徹な銀色の双眸に威厳という名の光を宿す。さきほどの慈愛溢れる慈母じみた様はどこにもない。

 

「――ルー=サイファー、“金色の魔王”……!!」

 

 露骨な警戒感を露わにするアリシアには目もくれない乱入者――ルーは、俯せたフェイトの影を静かに見下ろす。

 

「……抑えよ。憤激するのはわからぬでもないが、そちが出るには些か時分が早い」

 

 切り札とはその時まで秘すものぞ。

 あたかも誰かに語りかけるように言の葉を綴る。

 事実、それに応えたかのように平面であるはずの“影”が、ざらりと一つ揺らめいた。

 

「意味のわからないことをごちゃごちゃと! わたしを無視するな!」

「……ふむ? 其の方、おったのか。余りに矮小で見えなんだわ」

「なっ、馬鹿にしているのか!」

「我は事実を言ったまでだ。――なるほど、どこぞの駄神の手で冥府より舞い戻ったと見える。まったくご苦労な事よな」

 

 今し方、気づいたばかりと言わんばかりに振る舞うルーの挑発にアリシアが激発する。さっそく精神的優位を握られているあたり、明らかに役者が違う。

 と、いつの間にか無言で傍らに控えていた褐色の肌のメイド――“誘惑者”エイミーが、意識を失ったフェイトを恭しく抱き抱えた。

 おそらくも何も、気絶した彼女を逃がそうとする意図は明らか。それを見て取り、逃がしはしないとアリシアが大剣片手に躍り掛かるが、アイン・ソフ・オウルが突撃して機先を制した。

 白と朱が激突する。

 

「そうはいかぬ、と言っておこう」

「くっ、邪魔するな!」

「あまりいきり立つでない、見苦しいぞ。その金切り声はいちいち五月蝿くてかなわぬ」

 

 不愉快そうに柳眉を寄せ、嘆息する。その間にエイミーは綺麗に一礼するとフェイトを連れて転移、無事に戦域からの離脱を果たした。

 後一歩のところで仇敵を取り逃したことに苛立ち、舌打ちするアリシアの血みどろの瞳はギラギラと剣呑な光を帯び、瞳孔が完全に開いていた。

 

「まったく……優雅さの欠片もない(わっぱ)よ。そちはまるで野良犬のようよな、小娘」

「うるさい! 関係ない奴がしゃしゃり出てくるな!」

「関係がないだと? 異なことを申すでないわ。我はあの娘を気に入っておるのだ。そちにどのような主張があるかは知らぬし興味もないが、そのような些末事であれほどの“逸品”をみすみす殺させる訳にはいかぬ」

 

 アリシアの痛ましいほどの憎悪を些末事と切って捨て、ルーはその絢爛なブロンドを優雅に揺らしてみせた。

 ――美の女神に愛されたかのような容姿、司法の番人を務められるだけの知性、品行方正で穏やかな性格、無限の可能性に満ちた才能、有り余る魂の輝き……どこを取っても文句の出しようのない器量は、ルーをして自らの弟にして分身のパートナーとなるに十全と思わせた。

 ルーの類い希なる審美眼に適うヒトの娘など、ありとあらゆる“世界”を見回しても二人といないだろう。

 他の魔王の多くがそうであるように、ルー・サイファーもまた極度のナルシストである。

 裏界の存続と繁栄を願うのも、攸夜を弟として愛でるのも、結局のところナルシシズムから発生した自己愛の延長線上でしかない。故に、だからこそ彼女は、フェイトのことを本当に心から認めているのだ。

 

「あの娘はこの“世界”と同じく我が弟の所有物。その身、その心、その才、その命運の全てはすでにアレのもの。生命を奪う事も、慈しむ事も、傷つける事も、愛おしむ事も――、所有者が自由に弄ぶ権利を持つのは道理であろう? ……そして、それを侵すことは万死に値する。我が直々に裁きをくれてやろう」

 

 自らの言葉を疑いもせず、厳かに振りかざす傲慢な魔王の道理。

 ここ最近めっきり丸くなってきた感のある彼女だが、やはりヒトとは全く違う視点・価値観の中で生きる人外の存在だった。

 

「――ッッ!!」

 

 全身から紅黒い瘴気を滾らせ、犬歯を剥き出しにしたアリシアは、自分の身長を超える長大な剣を片手で軽々と扱って肩に担ぐ。重心を必要以上に下げ、空いた右手を地面に突いた構えは四足獣のよう。

 魔王の傲岸不遜極まりない言動が純粋に不愉快なのか、あるいは自分と同じ姿をしたフェイトを物扱いにする言動が許せないのか。

 濁った瞳からは、世界全てに対する憎しみしか浮かんでこない。

 

「わたしの邪魔をするなら、誰であろうと倒すッ!」

「フ、小娘が大言を吐きよるわ」

 

 取り出した扇の開かれる音を皮切りに、アイン・ソフ・オウルが主の前方に展開。埋め込まれた七つの紅い宝玉が輝き、装甲に刻まれた流動ラインの光が紅の結晶体の中で明滅する。

 

「ならば受けよ! 我が無限光の洗礼を!!」

 

 一斉に尖端をアリシアに合わせた無限光から紅黒い七つの光条が放たれた。

 

 

   *  *  *

 

 

 仄暗く、湿ったトンネルを淡い魔法の光が照らしている。

 微かに聞こえる水音がどこか不気味だ。

 優れた魔導科学技術の結晶、超近代都市であるクラナガンの地下に、蜘蛛の巣のように張り巡らされた上下水道――そのうち、現在は使われていない下水道をティアナたちは進んでいた。

 

「ううー……、ティア~、なんか変な臭いがするよー」

「我慢しなさいっての。下水道なんだからしょうがないでしょう。てか、バリアジャケットでカットしてるじゃない」

 

 呆れたようにティアナが言う。

 時空管理局のバリアジャケットの術式には、毒ガスなどに対抗する空気清浄機能がデフォルトで組み込まれている。自己流であるならまだしも、正式仕様を用いているのだから生活排水の悪臭など柳に風のはずなのだが。

 

「そこはそれ、気分の問題だよー」

 

 スバルの返答に、ズルッとすっ転ふ――実際にはこけていないが――一同。

 

「スバル、アンタって子は……」

「あはは。まあまあティアナさん、スバルさんは場を和ませようとしてくれてるんですよ」

 

 脳天気な物言いに頭を抱えるティアナを、エリオが苦笑気味に宥める。いろいろな意味でフォローに必死だ。

 

「まあでも、できるだけ早く抜けた方がいいですよね。……フリード、本気で辛いみたいだし」

「きゅるるる~」

 

 異臭に耐えられず、飼い主の帽子の中に引っ込んでいたフリードリヒが力なく同意の声を上げる。

 アタッシュケースを抱えたキャロがポンポンと帽子を叩いて慰めていた。

 

 そもそも、ロストロギア「ジュエルシード」輸送任務中の彼女らがこのようなところにいるのには訳がある。

 現在、首都全域には強力なジャミングがかかっており、念話や電波通信が完全に使用できない事態に陥っている。そのため、首都に展開中の各部隊は個々の判断で冥魔と戦っている有様だ。

 そのため、ティアナたちは混沌甚だしい地上を避けて――さらに付け加えるなら追跡者の目を眩ますため――、地下道を進んでいるのである。

 コソコソとドブネズミのように逃げ回るのはいささか情けないが、致し方ない。ユニゾンデバイスつきのSランク魔導師――その一人は手練れのベルカ騎士――二人組との戦闘など、もはや正気の沙汰ではないのだから。

 さらに、何らかの方法でデータベース上よりも遥かに強化されている、という未確認情報まである。

 何か思うところのあるらしいエリオは若干渋っていたものの、キャロが実力行使で黙らせていた。さっそく尻に敷かれているようだ。

 なお、幸いにも先導役を勤めていたリインフォースⅡのデバイス〈蒼天の書〉にクラナガン周辺の地形の最新データがあったため、特に迷うこともなくスムーズに進めている。ティアナは、高性能デバイスにはそういう使い方もあるのか、と大いに感心した。

 ちなみにフェイトは、簡易型のストレージデバイス――いわゆるUSBメモリ型――を所持しており、執務官の用事に使う各種データや普段は使わない変身魔法などの術式データを納めることでバルディッシュの容量を節約している。「デキる魔導師の常識だ」とは彼女の兄のお言葉。

 

「地図によると、もうちょっとで本部近くの河川に出るです。あとすこしですよー、みなさんっ」

「あっ! ティア、出口が見え――」

 

 先頭を行くスバルが不意に立ち止まり、言葉を詰まらせる。

 一同の視線の先、逆光差し込むトンネルの出口に佇む大小の人影。

 

「手間をかけさせる」

「追いかけっこはもう終わりだぜっ」

 

 行く手を阻むように、ゆらり、と闘気をたぎらせる鋼の武人と姦しく騒ぐユニゾンデバイスの小女。少し後ろに陰気な召喚師の少女の姿も見える。また、待ち受ける間に召喚されたのだろう、冥魔の群まで見受けられた。

 咄嗟にストラーダを構え、エリオが女性陣を庇うように前に出た。なかなかに男らしい。

 

「っ! 全員戻るわよ!」

「無理ですティアさん、囲まれてます」

「なんですって!?」

 

 キャロの端的な報告に振り向いたティアナが「うげ」と表情を歪ませる。言ったキャロやスバル、リインフォースⅡも同様で、向こうの女性陣もなにやら苦い顔をしていた。

 退路を塞いでいたのは大小数体のスライム。どこから集まってきたのか、狭い通路一杯に犇めき合ってぬるぬるウネウネと不気味に蠢いている。

 この、見ているだけで正気が削られそうな冥魔と相対するのは正直避けたかった。主に生理的嫌悪な意味で。

 

「……ッ」

 

 背後の冥魔が足止めかと思うと、ティアナの胸中には強い焦りが生まれた。

 

(やられた……! こっちの逃走ルート、完全に読まれてた!)

 

 動揺を押し隠し、嘯く。

 

「せっかく仕掛けた罠がムダになっちゃったわ」

「地下を進むとは悪くない考えだ。しかし、本部へ隠密に辿り着こうとするならば出口はここしかあり得ん」

「……ふん。ご高説、どうもありがとう」

 

 太い声の種明かしに納得を感じ、悔しさを押し隠して精一杯の強がりを返す。

 この男、ゼスト・グランガイツは元管理局地上本部所属の捜査官だという。第一線で活躍していたのなら、クラナガンの地形を詳しく把握していたとしてもおかしくはない。むしろ熟知していて当然だろう。

 考えが甘かった――

 カリ、と神経質そうに親指の爪を噛むティアナ。悠々自適の逃走計画が一転、自ら燃え盛る火に飛び込んだ愚かな羽虫の状態である。不測の事態に弱く、動揺を露呈する彼女の頭を冷やしたのは僚友たちの場違いな会話だった。

 

「……まともに戦うとけっこう手こずるんですよね、あの手の冥魔って」

「そうだよねぇ。スライムってゲームとかだと弱いモンスターの代名詞なのにね」

「んー、でもスバルさん、古~いのだとスライムって強い敵なんですよぉ?」

「へぇ~」

「詳しいですね、リイン曹長」

「じつはぁ、はやてちゃんのウケウリなんですぅ」

 

 なるほどー、と納得の声。

「この子たちは……」ティアナが頭を抱える。

 

「こうなったらやるっきゃない、だね、ティア!」

「はぁ……ったく、機動六課がこんなにハードな職場だったってこと、数ヶ月前の自分に教えてあげたいわ」

 

 やる気満々、拳を固めるスバルに応え、ぼやきながらツインモードのクロスミラージュの銃口を突き付けるティアナ。エリオとキャロもそれぞれ得物を構えて準備万端な様子だ。

 

「いつかの雪辱戦です! 行こっ、エリオ君!」

「……うん!」

 

 四人のヒーロー候補生たちは覚悟を決め、絶体絶命の危機に立ち向かう。

 

「全員散開っ! スバル、頼むわよ!」

「OK、ティアっ!」

 

 いつもの通り、ティアナの号令から動き出す四人。その間にも、最後衛のルーテシアが冥魔を次々と喚んでいた。

 マッハキャリバーが唸りを上げ、チームの切り込み隊長たる青き拳士が突撃していく。

 戦場は地上本部にほど近い川幅二百メートルほどの名もない中型河川。あまり清潔とは言い難い、深さ三十センチの流れ緩やかな川である。

 

「でりゃああああっ!!」

 

 裂帛の気合いが轟く。

 スバルは、マッハキャリバーの速度を乗せた右ストレートを繰り出す。高速回転したタービンが渦を巻き、空気ごと拳をねじ込んだ。

 

「ぬぅん!」

 

 迎え撃つはゼストの剛槍。

 堅く握った拳と鈍く光る刃が真正面から打ち合い、オレンジ色の火花が散る。足下に流れる水が衝撃で四方に弾け飛んだ。

 

「リボルバーナックルにシューティングアーツ……、クイントの娘か」

「!? お母さんを知って……!?」

 

 不意に亡くなった母の名前を出され、スバルが動揺を見せる。

 予想外のことに青い瞳が大いに揺れ動くが、ゼストは何も答えず無言のまま剛槍を振り抜いた。

 

「きゃあっ」

「スバルさん!」

 

 鍛え抜かれた剛腕による一撃に、たまらず女性らしい悲鳴を上げ吹き飛んだスバルを後ろに入ったエリオが受け止める。

 そんなあからさまな隙を見逃しはしないゼストが追撃にかかるが、続々と召喚された冥魔を相手取っていたティアナのクロスミラージュが火を噴き、足元に盛大な水しぶきを上げて阻止。撃つ際に、まるで見もしなかった本人は、対峙した無機質の人型――闇の騎士――に見事な右上段回し蹴りをお見舞いしていた。

 

「いい加減落ちろ、バッテンちび!」「ち、ちびっ……!? エルフィには、はやてちゃんがつけてくれた“リインフォースⅡ”って名前があるです!」「るせぇ! ごちゃごちゃした名前しやがって!」「ムチャクチャなインネンですぅっ!?」

 

 その頭上ではリインフォースⅡとアギトが氷柱と火球を交わし、低レベルな言い争いを繰り広げている。

 そしてキャロは頭上に剣槍斧戟――無数の武具を招来し、周囲の有象無象を串刺しにしていた。

 

「大丈夫ですか?」

「な、なんとか……」

 

 ざぶ、と川をかき分けてスバルは立ち上がり、油断も隙もなく槍を携える敵対者を見据えた。

 

(この人、強い……!)

 

 鋭い眼光に負けないよう真っ直ぐ見返し、小さく歯噛みする。

 僅か数合の交錯で理解させられた実力差、この窮地を突破する活路が見えない。さらに召喚魔法で冥魔が次々に湧いて出るとなればもう、笑うしかないだろう。

 予定外の援軍を期待する、というのはいささか甘い考えだ、とスバルは考える。恐らく無二の親友も同じ考えのはずだ。

 確かにここは本部の目と鼻の先だが、他の部隊はいつものように冥魔に掛かり切り。少なくとも、頼りになる一級線の部隊は皆出払っているだろう。

 そんな中、唯一助力を期待できるのが実の姉であるギンガとナンバーズの面々。通信妨害の影響が続いているとはいえ、地上に出たことでこちらに気づいてくれる可能性は大幅に増えている。

 こうした理由で時間の経過は自分たちに味方するが、いつ来るとも知れない援軍を待たざるを得ない状況は、スバルに焦燥感を募らせるばかりだった。

 ――普段、脳天気さだとか直情径行が目立つスバルだが、こうして状況を見極める冷静さも持ち合わせている。伊達に、訓練校を首席で卒業してはいない。

 さておき、この歴戦の騎士を打倒するのは現状不可能である。勝てる見込みがまるでなく、さりとて逃げることも困難で。

 

「僕が行きます!」

「あ、ちょっと!」

 

 だからだろう。エリオがスバルの制止を振り切り、自分の身長の二倍以上はある大男に立ち向かうのは。

 前回の交戦時とは違ってある程度冷静さを保っている様子だが、やはりどこか気負いや焦り――不安定な危うさがエリオから感じられた。

 

「ストラーダ!」

 

 駆けながらデバイスへ指示。内蔵された魔導機関が産み出す魔力が、鉾先下部に備わった噴射口を通って前進する運動エネルギーへと変換された。

 青白いアフターバーナーを噴かせて青き若雷が突貫する。

 

「やああああッッ!!」

「――!!」

 

 迎撃の薙ぎ払いに弾き飛ばされたエリオは、くるりと体勢を入れ替えると周囲の壁を足場に再度突撃をかけた。

 

「あなたは!」

「……」

「あなたは管理局の、平和を守る騎士だったんでしょう? なのにどうして!」

 

 剛風伴う斬撃を潜り抜けるその速度は雷、放電を繰り返す一筋の稲妻。鋭く、迅く、愚直なまでの突きを繰り出していく。

 鍛錬の賜物だろう、前回と比べれば幾らか抵抗できていた。無論、ゼストが手心を加えていたのは変わりないが――

 

「黙ってないで、答えてください!」

「語る舌を持たん!」

「ぐ――、ううぅっ!?」

 

 斬り返しからの石突をまともに腹に受け、くの字に身体を折り曲げて吹っ飛ぶエリオ。その影から、タイミングを計っていたスバルの拳打が飛び出した。

 咄嗟の防御。拳が持ち手の部分にぶつかって、砲撃じみた打撃音が空気を振るわせる。

 一合した後、スバルは深追いはせず、マッハキャリバーを逆回転させて回避距離を取る。エリオが体勢を立て直す時間を作りたかったのだ。

 背後で立ち上がる気配を感じ、肩口から軽く振り返った。

 

「エリオ! 一人じゃ勝てないよ? 協力しなきゃ!」

「……すみません」

 

 濡れ鼠の少年は、素直に過ちを認める。スバルのわずかに見えた表情に真摯な心配を感じ取ったから。

 一方、

 

「……きて」

「召喚!? これ以上させない!」

 

 召喚魔法に伴う独特の()()()をいち早く感じとったキャロは、ジュエルシードの入ったアタッシュケースを片手に猛然と駆け出した。

 裏界魔王の加護を織り込まれた外套の後押しもあり、少女は流れる川の水面を切り分けて疾風の如く召喚主に迫る。

「邪魔です!」横合いから庇い立てするリビングメイルの鼻面に右手のケースを鈍器代わりで叩き込み、彼女の疾駆は止まらない。

 

「――覚悟!」

 

 桃色の風が紫紺の影の喉笛に喰らいつく、刹那――ずあ、と水中からスライムが壁のように立ちはだかり、キャロは思わず蹈鞴を踏んだ。

 うら若き乙女として、()()()()()の中に突っ込むわけにはいかなかった。

 だが、その躊躇(ためら)いは致命的だった。

 

「しまった……!」

 

 ――その言葉は誰のものだったのだろう。

 天に完成した六芒星の幾何学的な魔法陣ゲートから、空を覆い尽くさんばかりの冥魔が現れる。

 その全長、一千メートルあまり。

 

「うっわ、でっか!?」

「はわわ……危険度レベル7、闇妖虫の成体ですぅ!!」

 

 アギトと交戦していたリインフォースⅡが思わず氷柱を投擲する手を取め、巨大な異様に恐れおののく。

 巨大でグロテスクな蛾――そうとしか形容できない異形の魔蟲。極彩色の鱗粉をまき散らし、羽撃く様は吐き気を催す。

 総じて冥魔は生理的・根本的に嫌悪感を覚える見た目だが、これは極めつけだった。

 

「ここに来て、こんな大物……!?」

「これは、本格的にマズいかも……」

 

 頭上で奇怪な巨体を見上げた一同の表情には一様に絶望が浮かぶ。

 諦めという闇が心を蝕みかけたその時、視界の後方から魔力とはどこか違う質のエネルギーが野太い光線を描いて闇妖虫の頭部を捉えた。

 爆発。

 巨体が揺らぐ。

 次いで、同じ方向より飛来したドリルのように高速で捻れる紫色の激烈な渦が巨体の中心に突き刺さる。

 さらなる爆発。

 巨体が完全に空を仰ぐ。

 貫通こそしなかったが、光の渦をまともに受けた闇妖虫がその圧倒的な運動エネルギーに押し出され、背後にあった橋を崩しつつ墜落した。

 

「「「っ!?」」」

 

 推定一万五千トンの巨体が落ちた影響で、軽い地鳴りと地震が発生する。ざあっ、と墜落の衝撃で下流の方から逆流する川の水。

 と同時に上空から針らしきものが降ってきて、水中に潜ると次々に爆発。豪勢な水柱が次々に立ち上がる。

 

「なに? 今度はなんなのよっ!?」

 

 不測の事態に弱いティアナが涙目で声を上げる。

 

「騎兵隊の参上っス!」

 

 その疑問に応えたのは、上空からの陽気な声だ。

 空中を軽やかに滑るフライボードからグレーのコートを翻す銀髪の少女が、ゼストからスバルたちを庇う位置に降り立った。

 さらに上空を紫色の光の道が走り、二人の人影が次々に降下する。

 

「食らいやがれッ!!」

 

 先に落ちた人影は、正座のような体勢で両足に装着されたタービンを回転させ、冥魔を強襲。落下速度と体重を乗せた重い爆撃が無機質の兵士を圧殺する。

 

「退がってノーヴェ! はああああっ、ガトリングッ!」

 

 声に合わせてその場から跳び下がった影――ノーヴェと入れ違いに、紫の戦装束を纏った藍色の髪の女性――ギンガが、左の〈モノケロスギムレット〉を水面に向けて突き出した。

 高速回転する衝角から発生した特殊な振動数を持つ魔力の波〈ガトリングレイド〉が、有象無象を瞬く間に蹴散らしていく。

 

「スバルっ、ケガはない?」

「はんっ、ずいぶん苦戦してたみたいじゃないか」

「ギン姉! それに、えーっと……」

 

 心から妹を気遣う姉と、その妹を皮肉げにからかう赤毛の拳士。見事なコンビネーションで機先を制してみせた二人は、油断なく前方を見据えている。

 

「九番さん??」

「ノーヴェだっ!」

 

 飛び出した天然ボケに思わずいきり立って振り返り、言い返すノーヴェ。

 

「遅れてごめんなさい、でももう大丈夫よ」

 

 青筋を立てる部下をスルーし、ギンガは妹とその僚友たちに労いの柔らかな笑みを向けた。

 

「チンク、か……」

「ゼスト、どうか投降してほしい……。私は、またあなたの命を奪いたくはない」

 

 形勢の逆転を理解したゼストの呟きに、どこか憂いを帯びた銀髪隻眼の少女――チンクが漏らしたただならぬ発言で場が凍る。

 

「……」

 

 ゼストは返答を返す代わりに、自らの裡に巣くう“モノ”を静かに解き放った。

 ぞろり、と地面から吹き出した紅黒い瘴気が男に纏わりつく。

 

「ゼスト!?」

「ダンナっ、その力は使っちゃダメだ!!」

 

 チンクが瞠目し、アギトが悲鳴を上げる。

「グッ……」押し殺す苦痛を贄にするかのように、槍を携えた右手を結晶状の無機質が覆っていく。

 

「ゼスト、その姿は……!」

「そうだ、俺はもう()()ですらない。唾棄すべき外道の走狗に成り果てた“化け物”――過去に戻ることなど、もはや叶わん」

 

 不気味な無機物が右腕全体を覆い尽くすその姿は〈闇の落とし子〉――そう呼ばれる存在そのものだった。

 

「……ティアさん、これから私、使い物にならなくなると思うのであとはよろしくお願いします」

「は、はいぃ!? ちょ、アンタ、なに勝手に!」

「召喚には召喚です!」

 

 カッ、と見開く円らな双眸。

 お説教覚悟でリミッターを解除しておいたケリュケイオンが、魔導機関(マギリングエンジン)をフルドライブさせて魔力を捻出する。

 足下の川底、閃く七芒星の魔法陣。桃色の光が湖面に映る。

 

「来れ四柱! 以下省略っ!!」

 

 あまりにもあんまりな詠唱に、雷速で練り上げた莫大な魔力を乗せて。様式やら手順やら用法やらを全て蹴っ飛ばし、最速最短の召喚式を高らかにあげる。

 ひときわ魔力光が輝き、異界の神秘が結実した。

 

「……何という適当な祝詞で喚んでくれたのだ、娘よ」

 

 ふわりと羽衣をたゆわせて、呆れ顔で嘆息する天女が背後に。

 

「ははは。我らを一度に喚び寄せるとは恐れ入った。さすが“裏界皇子”の一番弟子であるな」

 

 愛剣をフェンシングスタイルで構え、ご満悦な様子の銃士が左手に。

 

「まぁ、概ね同意だけど。そんな詠唱でのこのこやってきた私たちって、どうかと思うわ」

 

 弓を片手に、自らの存在価値を考えて頭を抱える弓兵が右手に。

 

「そんなのどうでもいいけんっ! 早くアイツと戦うんじゃ!」

 

 好戦的に犬歯を剥き出し、ぴくぴく犬耳を震わせる傭兵が前方にそれぞれ現出する。

 

 侵魔召喚を初めて目の当たりにしたギンガたちに動揺が走った。

 “風雷神”フールー=ムールー、“魔騎士”エリィ=コルトン、“狩人”レライキア=バキア、“狼の王”マルコ――何れも裏界に名だたる魔王の御光臨である。

 

「っぅ……、やっぱり、一斉召喚と四人の維持は、つらいです、ね……」

 

 魔力を根こそぎ搾り取られるような感覚にキャロが弱音を漏らす。しかし膝を突くような軟弱な真似だけはしなかった。

 

「――さあみなさん、やっちゃいましょうっ!」

 

 

   *  *  *

 

 

 溶岩が噴火し、海原が割れ、大地が隆起する。

 舞い上がった大量の灰がカーテンとなって夜空を覆い隠し、摩擦で発生した静電気が青白い稲妻を奔らせる。

 神々の戦争の決着は未だ、見えてこない。

 

「――オオオラァ!!」

 

 何度目の攻防だろうか。

 攸夜の繰り出す拳打――亜光速の連撃六百六十六発目がメイオルティスの防御をするりと乗り越え、彼女の脇腹辺りに深々と突き刺さる。肉と骨とを粉砕する生々しい手応え。

 衣服状の障壁――バリアジャケットと基本的には同じ原理のものだ――を衝撃が貫き、仮初めの肉を抉り取られたメイオルティスはくの字に身体を折り曲げながらも、右手に現出させた魔剣ですくい上げるようなカウンターを放つ。

 咄嗟に半身になるが、避けきれなかった攸夜の右腕が二の腕の辺りから綺麗に斬り飛ばされた。

 が、彼は意に介さず、抜群の身体操作で以て不安定な体勢から前蹴りを打ち出す。強かに蹴り落とされたメイオルティスは急速に地面へと衝突し、何度もバウンドしながら転がる。時折岩山などを粉砕しつつ、ついにはマグマ溜まりに沈没する。

 その付近に音もなく攸夜が地に降り立つと、赤々と燃え滾る溶岩が盛り上がって真紅の翼が姿を現した。

 

「ふぅ。ちょっとびっくりしちゃった♪」

「…………」

 

 再び相対する両者の損傷は、すでに跡形もなくなっていた。

 その現象は治療というよりは修復、再生ではなく否定。有り余る“プラーナ”を解放し、「肉体の損傷」という現実を力付くで塗り潰す神の御業だ。

 所詮、外傷など古代神にとっては飾りでしかない。この次元(ステージ)の戦いでは、魔力を削り、“プラーナ”を削り、そしてその奥に秘められた本|体()の部分を破壊することが戦いの本質となるのだ。

 

「いい加減、しつこいな」

「それはお互い様じゃん? にしてもずいぶんとがんばるね。そんなに()()が大事かな」

「ああ、大事だとも。だから、この世界に俺以外の理不尽は必要ない。ヒトであろうとカミであろうと、な」

 

 悠然と腕を組み、尊大に放言する攸夜には王者の風格すら漂っていた。

 傲慢にして不遜。その傍若無人な在り方は、正しく魔王の血脈と絶大なカリスマを受け継ぐ証であった。

 

「ほえ? もしかしてキミ、“唯一神”にでもなるって言いたいの? あははっ、そんな幻想(ユメ)みたいなことを真顔で言うひと、はじめてみたよっ☆」

 

 心底おかしそうに声を上げるメイオルティスを、攸夜は無感動な様子で「何とでも言え」とすげなくあしらう。

 

「じゃあさ、あたしたちに協力してみない?」

「……なんだと?」

 

 脈絡の欠けた提案が理解に及ばず、顔をしかめて訝しむ攸夜。にたり、と愛らしい顔かんばせを妖艶に歪ませ、メイオルティスが甘い誘惑を囁く。

 

「キミも冥魔王になってさ、ぜんーぶ壊しちゃおうよ。そしたら“唯一無二”にもなれるじゃん? シャイマールであるキミなら、その資格があると思うな」

 

 勧誘、だろうか。

 依然、こぼれる朗らかな笑みの底にあるものは計り知れない。またぞろよからぬことを企んでいるのか、あるいは単なる天然か。

 が、考慮するまでもない。攸夜の答えは最初から一つだ。

 

「断る。テイクは好きだがギブは大嫌いなんでね。それに言ったろう? 俺は、俺以外の理不尽を認めない。だからアンタたちの存在は、不要だ」

「ん~、交渉決裂かなっ☆」

 

 軽やかに杖を一振り。

 足元――不気味に泡立つマグマの海――に魔法陣が輝く。

 

「じゃあやっぱりキミは抹殺だね♪」

「っ!!」

 

 弾ける魔力光。

 一瞬のうちに発生した紅い刃状の弾幕が攸夜に殺到する。

 

「死ぬがいい!!」

 

 次元断裂を引き起こす斬撃による360度――アリの抜け出る隙間もない全周囲絶対包囲攻撃、それが一挙に押し寄せる様は絶望的としか形容の仕方がない。

 音もなく切り裂かれる空間。何重にも裂断し、歪曲した次元の裂け目から名状しがたい色合いを見せる虚数世界が広がっていた。

 

「嘆き、苦しめ! そして自らの無力さを呪え! これぞ鮮血の結末!!」

 

 土煙を巻き上げる斬断の弾幕が織りなす理解不可能なまでに歪んだ空間は、常人の正気を削る。

 その狂気的な光景を見下ろしたかわいい冥魔王は、キャラが崩れるほどの絶好調で相好を染めた。

 

「アハ、アハ、アハハハハハハハハ、アーハハハハハハハハッ!! ――うっとうしい夢幻神の横やりがないとすがすがしいね! やっぱり楽しいよねぇ、こうやって全力全壊で戦えるのって!」

「――間違いもお約束だなァ、オイ!」

 

 気が狂ったような――事実、彼女は殺戮に狂っている――哄笑が響く中、攸夜が土煙と歪曲空間を文字通り切り裂いて姿を現す。踏み込みで足場の地面を爆砕し、瞬く間にメイオルティスに肉薄した。

 大きく振り抜かれた左の爪撃が次元を引き裂く。激突の余波で海水が一瞬にして蒸発し、大地がめくれあがった。

 

「あははっ、そうこなくっちゃね☆」

「オオオオ――ッ!!」

 

 焼け、爆ぜ、弾け、砕けていく惑星の生命――、それを引き起こすのは全身を武器に哮る漆黒の大蛇。地上戦は完全に攸夜の独壇場だった。

 両手の爪甲を振るいながら攸夜は考える。

 メイオルティスが思いの外接近戦にも強かったことにはいささか驚かせられもしたが、適性の差で僅かに押し込めている。魔法戦ならいざ知らず、このまま殴り合いを続ければいずれは押し切れるだろうか。

 

(……っと、我ながら馬鹿げたことを。アレがこの程度のはずがないだろうに)

 

 都合のいい希望的観測を打ち消した。

 天を裂き、地を砕くこの戦いなど前哨戦、児戯に等しい。自分もそうだが、メイオルティスの方とて本気の一割も晒してはいないだろう。

 あくまでも惑星の重力圏内に収まる程度の力を振るうのみ。星々を砕く神々の戦いはまだ始まっていないのだから。

 

(たがどうする? 古代神化してこちらの出力が上がったとしても、絶対的な格の差でヤツの〈神聖魔法〉に勝てないことは明白。かと言って決定打の欠けた殴り合いでは威力が足りず千日手。その上、例の能力もある)

 

 “冥刻王”の代名詞、限定的な時間逆行によるダメージキャンセル能力は見たところ使われた様子がない。

 今までの戦闘で確実に損傷を与えられているはずだが、どうやらギリギリまで取っておくつもりらしい。特殊な魔法具のサポートがなくても、一度や二度くらいなら問題なく発動できるはずだ。

 故に、後一息のところから振り出しに戻される可能性を警戒しておかなければならない。

 

(逃げと防御に徹して、スタミナ勝負に引きずり込めばこちらに分があるが――)

 

 “蠅の女王”ほどではないにしろ攸夜も体力としぶとさには自信がある。特にその強健さは異様だ、異様に堅い。

 対してメイオルティスは完璧無敵とも言える〈絶対防御結界〉を備えるが現し身であり、内封したエネルギーの総量は攸夜とは比べものにならないほど小さい。時間をかければじきに息切れすることとなるだろう。

 かなり消極的な作戦であるが勝算はあると思われた。

 

(……いいや、無理だな)

 

 しかし攸夜は、浮かんだ案を自嘲気味に破棄する。

 

(今はフェイトのことがある……、情けないが冷静を保ち続ける自信がない)

 

 今この時この瞬間も、攸夜はフェイトが心配で心配で堪らないのだ。

 つらい目にあってはいないか。

 怪我はしていないか。

 泣いてはいないか。

 不安ではないか。

 ――分割した思考のほとんどがそれに費やされている。

 現状はプライドやら使命感やらでポテンシャルをキープしているが、いつまで取り繕っていられるかは本人にもわからない。むしろ今すぐにでも全てを投げ出して傍に駆けつけたい、抱きしめたいという気持ちが疼いている。

 だから今回に限っていえば刻一刻と進む時間そのものが彼の敵なのだ。一刻も早く片付けなければ心理的に不利になるばかりである。

 時間を操る“冥刻王”が相手にこの状況、悪い冗談のようだ。

 まったく、自分の悪運にはほとほと嫌気がさす。攸夜はシニカルに口元を歪めた。

 

「ならばやはり、短期決戦しかないか!!」

 

 意を決し、再度距離を取る攸夜。すぐさま月衣からデモニックブルームを抜刀、一気呵成に古代神の魔力を注ぎ込んだ。

 伸びる紅黒の光刃。徹底的なまでに圧縮されて魔力刃を形作る莫大なエネルギーに耐えきれず、刀身が光の中で消滅していく。

 破壊神の破壊神たる所以、永遠不滅たる魂魄をも討滅する“破壊”の概念が織り込まれた必殺必死の魔法剣だ。

 破壊の化身を携えて、魔王が突撃を計る。

 

「わっと、それはさすがにやばいかも♪」

 

 黒の天使はふわふわと地面スレスレを制空しながら、杖の先に展開した魔法陣より剣状の黒い魔力弾〈騎士の剣〉を乱射して寄せ付けない。

 一発一発が島一つを消滅せしめる強烈な密度の弾幕は重機関銃を彷彿とさせた。

 

「チィ、猪口才な!」

「ん~、ちょっと足場を悪くしてみようかな」

 

 余りの量に踏鞴を踏みざるを得ない攸夜を余所に、軽い調子のメイオルティスが杖の石突で地面を突く。

 瞬間、魔法陣が展開するとともに紅黒い蜘蛛の巣のような地割れが四方に走り、彼女の頭上に幾つもの青白い魔力塊が生み出される。人知の想像を易々と絶する運動エネルギーが、残り僅かとなった大地を無慈悲に砕いた。

 

「くッ!?」

 

 地殻変動とそれに伴う地震を嫌い、上空に逃れる攸夜を制すように大地の裂け目から噴き出る衝撃波と、煽られた巨大な岩塊が群を成して撃ち上がる。

 さらに弓なりの軌道で落下してくる無数の魔力ミサイル。頭上に蓋をされた格好の攸夜は回避行動を破棄し、全力防御の体勢に入る。

 殺到する暴力の具現が大地に、そして紅蓮の魔王に着弾した。

 音を置き去りにして、爆発が轟く。

 魔法的に引き起こされた絶大無比な熱量が形ばかりの山脈を焼き払う中、メイオルティスは空間転移で地上から五十キロメートル――この惑星の成層圏まで瞬時に跳躍する。

 

「アハハハハハハッ! あたしのターンはまだまだ続くよ!!」

 

 大きく開いた深紅の翼が同じ色の羽根を舞い散らす。

 紺青の宇宙(そら)をバックに高々と掲げられた槍杖。鉾先に納められた宝石が不気味に輝き、一抱えはある三つの白い光球が生まれて、鉾先を中心として正三角を形成した。

 

「とくと堪能してよっ、あたしのとっておき!」

 

 真っ白な光に照らされた可憐な面立ちを溢れんばかりの狂気に染め上げ、黒の天使がその身に秘めた非常識なまでの魔力を解き放つ。

 爆発する紅い魔力光、世界が軋むような悲鳴を上げた。

 

「この世すべてを滅ぼし、この世すべてを平らげ、我、此処に冥府を創世す!!」

 

 古き神たる自分自身に祝詞を捧げ、地上を冥界へと導かんと杖を振り下ろす。

 ゆっくりと、円を描きながら大地に墜ちていく三つの光球。その一つ一つに込められた天文学的総量のエネルギーはもはや理解不能――特別な概念もなく、特殊な効果もなく、ただただ純粋に破壊だけに特化した暴力的で美しい魔法が、発動する。

 

「消、え、ちゃ、え~~っっ!!!!」

 

 全てを白く焼き尽くす凶光。

 惑星上に広がっていく圧倒的な熱量は、陸を、海を、緑を――ありとあらゆるものをのべつまくなしに飲み込んでゆく。

 その行く末は、虚無のみ。

 遥か成層圏、宇宙空間からでも見える大爆発の規模は想像を絶する。一兆トンという土や岩が大気中に飛び散るその衝撃を科学的な単位に換算すれば、約10の24乗ジュール――核爆弾十億個が爆発したに等しい。

 

「ふふふ……」

 

 破滅の爆光が地表を覆う中、満面の笑みを浮かべるメイオルティスは両手に持った杖を突き出す。

 りん、と鈴の音に似た音が鳴り響き、彼女の眼前で血みどろに鮮やかなスカーレットの幾何学的な逆五芒星が描き出された。

 

「ついでに、もってけっ!」

 

 腰だめに構えた槍杖の先、魔法陣の中心に溢れる眩い光明。集中し、束ねられていく魔力は渦を巻くように膨れ上がり、球体を形作る。

 

「全力全開ッッ、冥光・星砕き(ジェノサイド・スターブレイカー)ーーッッ!!!!」

 

 一際強く輝き、照射された直径数百キロメートルの光柱が爆発の中心を穿ち――――

 

 星が、砕けた。

 

 

 

「にゃはは……これってやっぱやりすぎ?」

 

 極大の砲撃を受けて爆砕した惑星の残骸を少し離れた場所から見やり、メイオルティスが呟く。

 あの自己主張してはばからない焔のような紅き魔力は、どこにも見当たらなかった。

 

「アンリにはくれぐれも殺さないようにって言われてたんだけど……、う~ん、ちょっとはやまったかな?」

 

 得体の知れない協力者の言葉を思い返し、かわいらしく小首を傾げる。

 ついつい興が乗って手加減抜きの全力砲撃を撃ち込んでしまったメイオルティスだったが、ここに来て若干の後悔を感じていないこともなかった。

 もっとも、別に殺したことを悔いているわけではなく、協力者“アンリ”の言うところの「最高に絶望的なフィナーレ」を観てみたかったのだ。

 

「でも、この程度でやられちゃうなんて期待はずれもいいとこだよ。まったくガッカリなの。けっこうデキると思って――っ!?」

 

 突然、背筋に悪寒が走る。

 その直感に従い、振り向いた彼女の瞳に映ったのは紅黒の粒子が蜃気楼のように形作る漆黒のコート。紅い光輝が闇黒の宇宙に映えり、鋭い斜めの軌道で斬り込んで来る長大な紅い光の束。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に球状の絶対防御結界を張り巡らせる冥魔王。鋒が魔力の壁に触れ、激しい火花が散る。刃先が通らない。

 刹那、アイン・ソフ・オウルの白い装甲に収まった紫色の宝玉が眩い光を放つ。

 すると、半透明の膜に遮られ停止していた紅黒い剣光が、ズ、と障壁を紙のように割り裂いて、メイオルティスの肩口から胸元にかけてを深々と切断する。

 鮮血とともに散り乱れる紅い羽。裂傷から四散した血液が瞬時に沸騰、蒸発した。

 致命傷に近い大打撃を瞬時に修復した冥魔王は、思わずその場から後退した。

 

「いっつつ……、いまのって七徳の宝玉かな? まったく厄介だね、その力……!」

「――道理だろう。シャイマールの光は遍く全てを破壊する破滅の光……そこに例外はない」

 

 光の粒から完全にカタチを取り戻した攸夜が静かに告げる。

 あの絶望的な大破壊を逃れた能力の名は〈光子化〉――自らを光量子、つまり光そのものに変換して攻撃を無力化する彼オリジナルの回避術だ。

 ヴォルケンリッターやいわゆる使い魔などのように基礎となる魂と、それを包む魔力だけで自らを固定している非物質的な存在である攸夜。元々“神霊”とは高次元にありながら確固とした姿を持たず、あまねくものに宿り、あまねくものに浸透できる精妙なもの。その特性を生かした反則的な戦法である。

 なお、同種の能力に、蝙蝠や霧などへと姿を変える〈吸血鬼〉の〈霧散化〉が上げられるが、こちらは文字通り光の力を帯びており、反属性である闇に連なる力を受ければダメージを負うことは必然である。

 

「言ってくれるね……」口元に残る血を乱暴に拭い、眉尻を吊り上げたメイオルティスが彼女なりの賞賛の声を上げる。「ならこっちも――」

 

「ギアを上げていくよッ!!」

 

 そして、“冥刻王”たる自らの力を揮うに相応しい相手と改めて認め、その強大なる力を解き放った。

 少女らしい華奢な痩身から瘴気のような魔力が溢れ出す。紅い魔力光はそれそのものが破壊力を帯び、接触した惑星の残骸などの塵芥が跡形もなく消し飛ぶ。

 杖が変化したアルティシモ・レプリカから、不吉な気配が滲み出てていた。

 

「……」

 

 そんな悍ましくも驚くべき力の奔流を目の当たりにしても、燃え上がる紅蓮の業火の勢力は留まることを知らない。

 無限光アイン・ソフ・オウルが分解し、強襲形態(ライザースタイル)から高機動形態(ハイマットスタイル)に姿を変える。

 形態を変えたことにより強く放射される魔力粒子のコロナ。闇黒の世界を燦然と照らし出す輝かしい雄姿は、時に破壊と殺戮とを振り撒く太陽を思わせた。

 両者の漲る戦意が目に見える闘気、オーラとなって揺らめいている。

 

「壊れろ、メイオルティスッ!!」「消えなよ、シャイマール!!」

 

 砲哮に震える次元。

 全てを斬り裂く紅黒の光剣と、悍ましくも美しい真紅の魔剣が叫びと共に激突した。

 

 

   *  *  *

 

 

 底知れない黒一色の世界。

 上も下も。

 右も左も。

 自分の立つべきところも、自分の所在ですら定かではない虚空の世界。

 転々と散らばる光点の光もどこか弱々しくて心許なく、闇雲に不安を煽るばかり。とてもヒトの居ていいような場所ではない。

 二条の光が濃密な漆黒の空間に深紅の尾を引く。

 時折光線を交わし合い、もつれるように激突しては離れるを繰り返すその速度は超光速。人々の知恵と想像力が解明したこの世の物理法則(げんじつ)を嘲笑い、星系から星系へと破壊と災厄を振り撒く。

 生まれたばかりの恒星に突入した二条の光は、それを粉々に粉砕して衝突を続ける。

 アステロイドベルト、小惑星帯。

 恒星や惑星の重力の井戸に捕らわれ、星屑や氷の塊が時間を止めて漂う宙域で二柱の邪神が幾度目かの最接近を果たした。

 

 現代に蘇った黙示録の獣――攸夜が振るう疾風のような袈裟斬りを切り払い、返す刃で横薙ぎに剣を振るう冥刻を告げる堕神――メイオルティス。

 強引に往なされた攸夜は、一転して素早く右手を柄から離して月衣から次の一手を引き抜く。

 二本目のデモニックブルームが斬撃を弾き、逆襲の刺突を繰り出す。メイオルティスは剣尖を間一髪で躱して、距離を取る――ことはなく、さらに身体を無理やりに押し込んで敵を斬殺せんと魔剣を振るった。

 断頭斬胴。幾重にも織り込まれた必殺の意志が火花を散らせ、空間を斬り裂く。

 一時でも気を抜けば命を失う死の舞踏。迅く鋭い技量で剣を繰り出す攸夜と、剛腕でもって力づくで剣を振り回すメイオルティス、その実力は伯仲である。

 メイオルティス、その戦闘スタイルは至って単純――、殴る。

 ただそれだけだ。

 回避、防御、妨害。

 彼女は本来、それらを必要とはしない。相手からの攻撃を食らい、自らの圧倒的な攻撃でもって相手諸共を粉砕するパワーファイター。さらには硬軟巧みな業を使い分ける知的な部分も併せ持つ。

 本来不必要な回避行動を取っているということは、それだけ攸夜の攻撃が致死的であるという証拠だ。

 対して攸夜は、あらゆる手段を用いて勝利を手繰り寄せる謀略家。変幻自在千変万化、卑怯卑劣何でもござれ、目的達成のためなら自らのプライドや慢心すらも損得に入れて利用してしまう。

 “力”に目醒めてから、格上や難敵の相手ばかりをしてきた経験が、そのクレバーな気質を培ったのだろう。それでいてなお、甘いところや青い部分を捨てきれない「魔王らしくない魔王」、それが攸夜である。

 もっとも、そういった狡っ辛い部分が実力の重厚さにも繋がっているのだが。

 閑話休題。

 

「っ、きゃあっ!?」

 

 一瞬の隙を突き、メイオルティスのか細い足首に竜尾を絡めた攸夜は、彼女を振り回して手近な小惑星に叩きつける。

 直径数十キロはあろうかという巨大な岩石の塊が粉砕された。

 

「ッ、しつこいねぇキミも!」

「そう思うなら今すぐにでも自壊しろ!」

「そんなのまっぴらお断り、だよ!」

 

 そう言い返すとメイオルティスは体勢を立て直して急速に加速し、岩礁宙域を巧みにすり抜けていく。周囲に呼び寄せた機動砲台からの砲撃による牽制も忘れない。

 飛来する猛烈な砲撃の嵐。

 牽制とは言っても、一つ一つに込められたエネルギーは惑星上でのそれとは明らかに規模の桁が違う。しかし攸夜は舞うような美しい機動でそれら光条や、時折岩陰からスパイクを展開して突撃してくる機動砲台をやり過ごし、追撃する。

 進路を塞ぐ小惑星を鮮やかな手際で×字に切り刻み、彼は速度を緩めない。しかし、いつまでも追いかけていては埒が明かないと見て、ぴたりと停止した。

 すると七枚の翼――高機動形態――から、二組の楯――強襲形態――にアイン・ソフ・オウルを変形合体。そして、眼前に突き出した二刀の魔剣が凶光を帯びる。アイン・ソフ・オウルに挟まれた間に超々高密度の魔力が集束・圧縮され始め、それが一気に解放された。

 宇宙を灼く眩いばかりの極光。

 加速され、運動量を増大させた魔力が光の断層となって深紅の光の帯を作り出す。

 超光速の数千倍の速度で伸びる閃光の奔流を潜ることで辛くも躱したメイオルティスが、目の前に広がる光景に瞠目した。

 

「っ、砲撃!?」

「斬撃だッ!!」

 

 長大極まる光の束を、攸夜は唖然とする冥魔王に向けて振り下ろした。

 

「――ぅううああああああッッ!!!」

 

 どこまでも膨れ上がる極大の光刃が全てを飲み込み、宇宙規模の規模な次元震を引き起こしながらことごとくを斬り裂いてゆく。

 メイオルティスを巻き込んだ軌道上――、数百万光年に渡り銀河の星雲が一刀の下に両断された。

 儚い光の残滓が刹那の間輝き、四散する。

 

「まだだ!!」

 

 斬撃の体勢から間髪入れず逆手に返した長剣を握ったまま、立てた右手の剣指で七芒星を宙に切る。

 

「テトラクテュス・グラマトン!!」

 

 神聖四文字を現す呪文を紡ぎ、莫大な魔力を解き放つ。

 りん、と透き通る音が広大な宇宙空間に鳴り響いた。

 

「風よ、火よ、水よ、土よ。汝等、此処に召喚す。風よ、火よ、水よ、土よ。我に従え、制裁す」

 

 世界を構成する五大元素、その内の四つに呼びかけ、掌握する。

 無音の世界であるこの宇宙に置いても、その現実は古代神の幻想によって塗り替えられてしまっていた。

 

「天翔る凶兆の証、天覆う災禍の訪れ! さすらいの明星よ、災禍を人界に遍く告げ、彼の者等を討ち滅ぼせッ!!」

 

 足下で強く煌めいた紅黒の魔法陣に合わせ、何処より呼び寄せられた蒼白い星の遙か彼方のメイオルティスを取り囲む。

 360°を隈無く覆い尽くす輝きの星は何光年と離れた位置からでもよく見えた。

 

「万象諸共砕け散れッ!! スターフォールダウン・ジ・カタストロフィィィィイッッ!!!!」

 

 その示すトリガーワードを合図に無数の星々が紅黒に染まり、巨大な質量とエネルギーを持った流星群となって中心に向けて殺到した。

 闇、影などのマイナスのエネルギーを司る〈冥〉属性の最高位に位置する魔法〈スターフォールダウン〉――それに、惑星系間でも有効な射程と速度、そしてどこまででも食らいつく誘導能力を組み込んだ、超々広域殲滅召星魔法〈スターフォールダウン・ジ・カタストロフィ〉。

 その威力・効果範囲ともに絶大過多。惑星の重力圏内ではとても使えたような代物ではないが、この人外魔境天地無用の決戦にはいっそ相応しい。

 

「くっ!?」

 

 弾幕の僅かな切れ目を掻い潜り上昇していくメイオルティスを、火の玉にも似た光弾の群が直角で進路を変える。慣性を無視した縦横無尽の軌道に変化して振り切ろうとするターゲットを、明星の瞬きはさながら自意志を持っているかのように追いかけていく。

 紅翼羽撃く天使と、蒼白く光り輝く彗星群が繰り広げる光速を越えた追撃戦。質量を持つ物体が光速以上で動き回ることで生まれる運動エネルギーは、想像を遙かに絶する。

 事実、この決戦場となった次元宇宙にはすでに相当な負担がかかっている。崩壊するのも時間の問題だろう。

 無論、そのような些末事をいちいち斟酌する古代神たちではない。

 

「ああん、もうっ! うっざい!」

 

 どこまでも追尾してくる誘導弾に苛立って口汚く吐き捨てたメイオルティスは、速度を維持したままくるりと反転して背後を向き、目の前の流星の大群に腰だめに構えた杖を突きつけ、その尖端に魔力を収束させる。

 

「潰れろーっ!!」

 

 魔法陣の中央、一瞬にして膨張した紅い魔力光があまりにも太過ぎる砲撃となって星々を真っ向から飲み込んだ。

 流星が無数の爆発を残して雲散霧消する。

 

「ふぅ。これで――」

「甘い! 第二陣、突撃!」

 

 強い光と魔法陣が瞬き、再び展開する数限りない流星群。

「うにゃあっ!?」メイオルティスの妙な奇声を引き金に、光球の群が牙を剥く。

 爆発。爆発。また爆発。

 とめどなく炸裂する猛烈な勢いの波状攻撃。巨大な魔力の華が暗黒の宇宙に咲き乱れた。

 怒濤の勢いで押し寄せる流星群。

 その巨体に孕んだ莫大なエネルギーを惜しみなく吐き出して、大宇宙に慈悲なき破壊を撒き散らす。

 震える次元。軋む宇宙。

 数多の爆発が絶え間なく炸裂している。

 

「……っ、くっ!」

 

 激烈なる破壊の渦中からメイオルティスが抜け出した。

 結界を用いて防御したのか、一見するとダメージは見られない。攸夜はそこにさらに、駄目押しの一手を試みた。

 

「オオオオオオオオ――ッ!!!!」

 

 雄叫びと共に、全身より迸る紅蓮の魔力光。両肩と両手の装甲跡から紅黒い猛火が噴き出す。

 攸夜の側頭部から突き出た一対の角が不意に捻れて、衝角のように前方へ向き直る。角の間に幾条もの漆黒のスパークが走り、尖端の空間に常闇と虚空を司る冥い魔力が集中――

 その重く、異質な力の総量は天地創造、宇宙を生み出すビッグバンを構成するエネルギーを優に超える。

 鋭い黒光が渦を巻くように圧縮され、極限まで集束――薄ら寒さすら感じるだけの馬鹿げた力が渦を巻いた。

 

「――!!」

 

 迸るタナトスの一撃。

 解き放たれた魔力が、“シャイマール”のブレスを象った黒き光条となってメイオルティスを飲み込んだ。

 空間が、次元が、宇宙が。

 森羅万象のすべてが断末魔の悲鳴を上げて死んでいく。

 “災厄を撒き散らすもの”アジ・ダハーカのそれとは比べようもない――比べるべくもない――破滅の輝き。破壊神の真骨頂たる漆黒の力は星々の瞬きを、その意志を、その未来を、運命さえも押し流して完全な消滅へと導いた。

 

 漆黒の破壊光が終息する。

 その位置には、荒い息を吐くシルバーブロンドの少女の姿があった。

 オリジナルにも届きうる黒き輝きの前に修復する余力もないのか、痛々しく裂けたブーツ一体型のニーソックスなど彼女の衣装には大きな損傷が目立ち、紅い翼の左下の一枚を含めた左半身の大部分を失っている。獣の顎門にでも食い千切られたような痕――どうやらブレスが直撃をしたらしい。

 一言で端的に表すなら虫の息。真っ当な生物であればショック死していてもおかしくないだけの甚大な損害だ。

 だが――、

 

 ――躯を復元していない? 何故だ……?

 

 攸夜の見る限り、メイオルティスは致命傷と思えるだけの重傷を負っている。にも関わらず鬼札の時間逆行を発動していない――いや、肉体の再生こそしてはいるようだが、その勢いは格段に衰えている。本体にまで及ぶ壊滅的ダメージで“プラーナ”は風前の灯火、今更出し惜しみをする必要性はないはずだ。

 しかし浮かび上がった疑念も、高圧の魔力を感知した刹那には過去に過ぎ去る。

 

「よくも……! やったね……!!」

 

 どうにか四肢を再生させたメイオルティスが紫の瞳を怒りで紅く染め、杖を腰だめに構えた体勢から拡散系の砲撃を撃つ。

 狙いは虚空――否、宇宙空間に大きく口を開けた裂け目だ。

 遙か天頂に位置していた攸夜の周囲に開く紅黒いスキマ。仄暗い歪みの底から迫る紅色の光に攸夜が大きく目を見開いた。

 メイオルティスがお返しとばかりに繰り出したのは、65535ヶ所からなる同時多数攻撃。事実上、回避は不可能である。

 ――攸夜、以外には。

 

「当たるものかよッ!」

 

 光の槍に貫かれる瞬間、紅黒い姿が解け、同じ色の粒子が濃霧のようにばら撒かれる。再度の光子化。

 総勢65535騎にもおよぶ軍勢が紙一重で残像を通過――正確には貫通――し、次々に同士討ちをして爆発していく。

 再構成されるのはメイオルティスの死角の中――彼女の背後。両腕を胸の前でクロスして二刀の“箒”を脇に流し、その体勢から×字の剣線を狙う。

 

「取った……!!」

「そんなの、お見通しだよ!」

 

 振り向きざま、メイオルティスは襲いかかる黒い獣に手を翳す。残り僅かとなった自らの裡にある魔力と存在の力を爆発的に高め、外界に解放。世界そのものに干渉する。

 

「――冥刻(メイオ)の世界ッ!!」

 

 メイオルティスの叫びが宇宙に木霊した。

 

 

 

「ガッ、ハ……ッ」

 

 紅い魔力の槍が何本も突き刺さり、紅蓮の魔王を鮮血に染める。数え切れない裂傷を負い、苦悶に表情を歪めた攸夜は濁った血反吐を吐き出す。

 あれだけ煌々と燃え盛っていた紅黒い焔も衰弱し、今は完全に勢力を失っていた。

 既にバリアジャケットも通常のネイビーブルーに戻り、“古代神”としての体裁は崩れている。

 

(――っ、ま、まただ……)

 

 傷だらけの身体を力を込めて槍を砕きながら、攸夜は歯噛みする。渦巻く困惑の感情を処理しきれない。

 ――確実に攻撃を避けたはずなのに、次の瞬間には打ちのめされている。常時展開している防御幕や光子化すらも通用せず、アイン・ソフ・オウルが“楯”を組む暇もない。これでは意味がわからなくとも無理ないだろう。

 片翼の欠けた三枚の紅翼を広げるメイオルティスは、ニヤニヤと意地の悪い嘲笑を浮かべて混乱する様を見下ろしていた。

 

「……その、能力ッ――」

 

 未だ闘志を失わない視線を頭上で嘲る天使へと向ける。

 数度、飽きるくらいにその身で味わい、ようやくこの不可解な現象の正体が掴めた。

 

「時間停止か……!!」

「ご名答~♪」

 

 攸夜の推察をメイオルティスがご機嫌な語調で肯定する。

 ぱちぱちぱち。賞賛のつもりなのか、気の抜ける調子の拍手に攸夜は表情を歪めた。

 時間の流れを塞き止め、その間に攸夜を攻撃していたとするならばつじつまが合う。ごく狭い範囲ながら時を操る彼女なら、そういった芸当ができたとしてもおかしくはない。

 

「ふふん、あたしのチカラのちょっとした応用だよっ☆」

「くっ、世迷い言を……!」

 

 絶望的な戦力差に、攸夜は苦し紛れの負け惜しみを口にすることしかできない。

 オリジナルならいざ知らず、“希望”の宝玉の完全制御もできない彼は、停止した時間の中で活動することは不可能。一切の抵抗は叶わず、一方的に嬲り殺しにされるだけだ。

 けれども、これだけ巨大な現象を作り出す幻想ならば、それ相応の代償が必要であることは間違いない。であるなら、そこを突けば――

 

「まさかキミ、耐え続ければいつかはとか、思っちゃったりしてる~?」

「ッ!」

「あはは。実はさぁ、あたし自身の時間を巻き戻すのよりも、ほんの数秒“世界”を止めることのほうが、ずっと簡単なんだよね~」

 

 考えを当てられ、鼻白む攸夜に打ち明けられる力の秘密。

 

「――ま、あたしレベルの相手なら時間が止まっても動けるヤツなんてザラだし、だいいち代わりに巻き戻すための“能力の容量”を使っちゃって併用できないから、あんま意味ないんだけどねー」

 

 それでも、と。

 意味深に言葉を切り、メイオルティスは笑みを浮かべる。圧倒的上位に立つ者特有の、優越感に満ち満ちた極上の笑みを。

 

「いまこの場の、キミとあたしには関係ないよね♪ ……まだあたし、何百回と時間を止めることができるよ?」

 

 それは絶望的な宣言だった。

 衝撃に瞠目した攸夜の胸中に狂おしいほどの感情が溢れる。

 

 俺が、負ける?

 

 こんなところで?

 こんな、無様に?

 

 何も成せずに。

 何も残せずに。

 護りたいひとも護れず。

 救いたいこころも救えず。

 ――――あの娘に、フェイトに人並みの幸福を……、“家族”をあげることも出来ぬまま、無為に、無惨に、誰にも知られず辺境の世界で孤独に朽ち果てる。

 そんな惨めな最期――

 

「――そんなもの、認められるかァァッ!! ヴォーテックス――」

「まだやる気? ムダムダぁ! 冥刻の世界(メイオ・ザ・ワールド)っ!!」

 

 メイオルティスを中心に、広がっていくチカラが“世界”を塗り替える。

 ――宇宙に、空虚なる静寂が訪れた。

 魔力の光を輝かせ、右手に超重力と闇黒物質の塊を構えた攸夜も。

 公転する星も、赫耀と燃え盛る恒星も。旅する光さえもその動きを停止した静かなる灰色の世界。

 そこに立つのはただ一人、真紅の翼に黒衣を翻す銀髪の美少女。天下無双の戦闘神にして兇悪なる邪神メイオルティスのみ。

 「メイオの世界」――この刻の止まった世界まさしく、メイオルティスの、メイオルティスによる、メイオルティスのためだけの空間だ。

 

「ふふふ……」

 

 幼さの残る顔立ちに妖艶な笑みを貼り付け、携えた槍杖を紅薔薇の魔剣へと造り換える。

 すぅっと音もなく近づき、アルティシモ・レプリカを振りかぶる。瞬く間に紅い剣線を幾つも残し、攸夜の横をすり抜けた。

 

「そして世界は動き出す――、なぁんてねっ♪」

「ゼロ!! ――ぐあっ!?」

 

 時が動き出したのと同時に攸夜の身体中に斬撃が刻まれ、紅い鮮血が噴出する。右腕が肘の辺りから千切れ、明後日の方向に舞う。その手の中で発動した魔法は対象を見失い、斬り飛ばされた腕を巻き込んで暴発する。

 限定的に生み出された銀河系の数万倍の重力集中点――|重力異常域《グレート・アトラクターによって崩壊する次元と次元の境目。ガラスのようにひび割れ、砕けた境界から虚数の世界が通常空間に流出し始めた。

 

「ほぇ~……いまのはちょっとヤバかったかも、ね?」

 

 巻き起こる重力異常を振り返り、のんきな感想をこぼしたメイオルティスは向き直る。

 周囲に瞬いた魔法陣から召喚された数機の機動砲台。それらに全身を串刺しにされ、空間そのものに磔とされた攸夜の左の眼球に変化させた杖の先を無造作に突き立てた。

 

「ッッ、があああああああああアアアアアアアア!!?」

「あは♪ 再生するヒマなんてあげないよ?」

 

 左の眼球を抉った槍杖をことさらかき混ぜるように、グリグリと無遠慮に弄くり回す。

 わざわざ尖端から魔力を流し、無理やりに痛覚を開かせて攸夜に激痛を味合わせる。冥魔王がサディスティックに嘲った。

 

「異物が刺さったままじゃ、肉体の再生なんてできっこないもんね。くすくす……まさかここまで手こずらされちゃうとは予想外だけど、これでようやくチェックメイトなの」

 

 文字通り脳内を好き勝手に掻き回され、攸夜は叫ばずにはいられない。

 格下と侮っていた相手にコケにされたと感じているのだろう、悲鳴を聞くメイオルティスの表情はどこか恍惚としていた。

 まるで子どもの癇癪。自らの油断と高慢を省みない超越者故の悪癖――メイオルティスが初手から時間停止を使わなかった理由が、ここにある。

 仮に初めから用いていたならば、攸夜は手も足も出ないまま惨めに敗北していたのだが……。

 

「――――」

「……うん? なにか言いたいことでもあるのかな?」

 

 不意に囁かれた声を訝しみ、メイオルティスが聞き返す。

 

「ハッ……油断大敵、っつったんだよ、ド阿呆が」

「はぁ? ……な!?」

 

 皮肉げな冷笑と、ふと見上げたモノに余裕の態度が凍り付く。

 二人の頭上、空間潜行を解いた七枚の白い“羽根”が円を組んで姿を現す。その中心で燦然と光り輝くのは黄金の光球、太陽の光冠。

 空間と空間の狭間に隠され、その間に宝玉の力をたっぷりと孕み、膨らんだ劫火絢爛たる聖なる焔の光が宇宙の闇を斬り裂く。

 

「あ、アイン・ソフ・オウル!? いつの間に……!?」

「フフッ……獲物を前に、舌なめずり、は……三流の、証拠だぜ?」

 

 敵を捕らえたことで気が緩み、警戒すべきアイン・ソフ・オウルを失念していたメイオルティスの間隙を突く悪足掻き。

 空間に固定されていた左腕を力ずくで引き剥がす。ブチブチブチッ、と生々しい音を立てて裂ける腕の肉には見向きもせず、攸夜は眼球に突き立ったままの槍杖を掴んだ。

 

「あっ!?」

「戦術的、勝利なら……、幾らでも、くれてやる……。アンタの力を奪えれば、俺の勝ちなんだからな!!」

 

 自らの瑕疵を厭わない壮絶な気迫に、思わず気圧される冥魔王。攸夜渾身の魔力が頭上で輝きを増す。もう次元を破壊するほどの威力はないが、弱体した冥魔を灼き殺すのならば十分だ。

 

「ちょっ、ちょっと本気!? そんな魔法、こんな距離で解放したらキミだって無事じゃあ……!」

「――ディヴァインコロナ・ザ・サンッ!!! ……付き合って貰うぜ“冥刻王”ッ、死出の旅路へ……!!!」

 

 攸夜の決死の台詞ともに。

 ――――炸裂する純白の耀きが、全てを飲み込んだ。

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