魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#29

 

 

 

 機動六課隊舎、玄関ホール。

 高町なのは(19歳)は頭を抱えていた。

 

(……はあ、どうしよ)

 

「ううー……」

 

 おなじみ白を基調とした教導官制服姿の彼女の足下には、涙目でこちらを見上げる金髪の幼女――ヴィヴィオ(推定5歳)。色違いのまん丸な瞳がたいへんかわいらしいが、今のなのはには強大無比な強敵にしか見えなかった。

 

「ヴィヴィオ、私はこれからお仕事にいかなくちゃだめなの。それでね……」

「やー! なのはママといっしょがいいのー!!」

「そんなこと言わないで。いい子だからお願い、ね?」

「やあー!」

 

 努めて優しく言い含めるが、小さな暴君はぎゅうっとスカートにしがみついたまま離れてくれない。おかげで白いウサギのぬいぐるみがぺちゃんこである。

 保護三日目にしてこれだ。

 本日午後からの予定は、来るべき冥魔との激戦に備えて出向・着任した陸士108部隊の面々との初訓練。否が応でも気合いが入り、ばっちり準備したかった。

 

(……はあ、ほんと、どうしよ……)

 

 朝の訓練はまだよかったのだ。

 ヴィヴィオはまだ起きておらず、訓練から戻って朝食を一緒に食べたときも機嫌がよさそうに見えた。書類仕事の時間だって、同じ部屋でだがおとなしくひとり遊びしてくれていた。

 が、問題はそのあと。

 午後の訓練の準備のため、一足先に訓練施設に向かおうとしたなのはだったが、ヴィヴィオを預かってくれそうな人が今日に限っていないことに思い当たる。そして何とかヴィヴィオに留守番を言い含めようと小一時間、嫌だの一点張りで言うことを聞いてくれず、完全にお手上げだった。

 どうやらヴィヴィオ、独りになるの怖いらしい。普段は聞き分けがよく、手の掛からない“良い子”なのだが。

 

 なのは自身、幼少期にいろいろあって寂しい思いをした愛情に飢えた子だったので――無論、その思いは「家族から浮いた孤独な私かわいそう」という赤面モノの自己憐憫だと自覚しているが――、ヴィヴィオの気持ちはよーくわかる。痛いほどわかる。

 その上、出生不明で天涯孤独の身。だから可能な限り寂しくないようにしてあげたいと思う。不本意ながら自分が面倒を見ることになってしまったが、それで冷たく当たれるほどなのはは薄情ではない。

 しかしなのはには年下の、それも幼児をあやすスキルなんてないのだ。

 末っ子だし、周りからわりかしかわいがられて育ったし。同じ末っ子?な幼なじみが、妙に子どもの扱いに慣れていることは横に置いておくにしても。

 

(……誰か、代わりに見ててくれる人がいたらなぁ)

 

 寮母のアイナやシャマル、あるいはメガーヌ辺りが候補に上がるが、あいにく三人とも所用で六課を留守にしている。

 次点のはやては一応部隊長ともあってやはり忙しいだろうし、何より問題はフェイトだ。

 

(……フェイトちゃん、今日も朝から攸夜くんとこ行っちゃったしなー……)

 

 協力する、という舌の根も乾かぬうちに朝っぱらから遠くの病院へ直行した金色わんこの所行に、友人ながら呆れ果てる。

 入院中の恋人が心配なのも理解できし、幼少期のトラウマが軽く再発しているようだから致し方ないが、正直少し自重しろと言いたい。これだからバカップルは。

 今頃、金髪の親友は病院で黒髪の幼なじみとよろしくやっているのだろう、イチャイチャしてるのだろう。……羨ましい。むしろねたましい。

 

 私だって、ユーノくんと会いたいのに。

 

「ぅぅ……」

 

 そんななのはの内心に湧いた黒いものを敏感に感じ取ったのか、ヴィヴィオが再びぐずりはじめた。

 あたふた、あたふた。

 めそめそぐずる幼女の前で右往左往するオトナ未満。

 

「どうかなさいましたか、高町教導官」

「あ、宇佐木さん。それに……」

 

 そんなところに声をかけたのははたして、攸夜直属の部下にして機動六課にかけられた“首輪”、部隊長補佐官・宇佐木月乃であった。

 そして、もう一人。

 茶色のポンチョに紫のセーラー服、ゆるふわの美しい銀髪。百人が百人がかわいいと表現するであろう可憐な面差しに、高飛車な表情を張り付けた文句なしの美少女――

 

「……ふん」

 

 ご存知なのはの天敵、“蠅の女王”ベール=ゼファーである。

 今日は珍しく御付きの姿が見あたらない。

 

「ええっと、珍しい組み合わせですね」

「そこで出会しただけです」

「あえて言うなれば、人間なんかに身を堕したかつての同朋を嘲笑ってる、ってところかしら」

「……私は今の身分に満足していますので」

「あっそ」

 

 当たり障りのない返答に、ベルは興味なさげに吐き捨てる。期待外れだったのだろう、わずかに残念そうだ。

 

「見たところ、その子がだだを言っているようですのね」

「ええと、そうなんです。これから午後の訓練なんですけど、ヴィヴィオがぐずっちゃって……」

「たしかにそれはお困りでしょう。会議の予定がなければ、私がお預かりしたのですが……」

「えっ、月乃さんがですか?」

「ええ。こう見えて、子どもの相手は好きですので」

 

 足下に落とした月乃の目線に、ヴィヴィオのぬいぐるみが留まる。

 このぬいぐるみ、フェイトの私物で元々は攸夜が趣味で制作したものだった。彼女らの部屋にはそういったものが山ほどあり、フェイトはそれらほぼ全てをヴィヴィオに快くプレゼントしている。代わりになのはの部屋はぬいぐるみだらけになってしまったが。

 月乃は膝を屈め、なのはの足にひしと抱きついたヴィヴィオとの目線の高さを合わせる。

 

「あなた、兎が好きなの?」

 

 ヴィヴィオがおずおずと首肯する。人見知りするわけではないのだが、見慣れない人間に警戒しているのだろうか。

「そう」警戒を解きほぐすよう、にこやかに笑いかける。普段の怜悧で冷たい印象を覆す、母性溢れる表情だった。

 

「ならこれをあげましょう」

 

 彼女はそう言うと、何もない虚空――月衣から、赤いちゃんちゃんこを着たウサギのぬいぐるみを取り出す。手には杵だろうか、棒っぽいものを持っている。

 ぱああっ、とヴィヴィオのオッドアイがにわかに輝く。

 

「わあっ、うさぎさん!」

「この子の名前は、スペースラビット」

「すぺーす……?」

「月に住んでるかわいい兎さんよ」

「おつきさまにはうさぎさんがいるの?」

「ええ。夜になると、臼と杵でぺったんぺったんお餅をついているの。仲良くしてあげてね?」

「うんー!」

 

 ウサギのぬいぐるみをもらったヴィヴィオは、「ぺったん♪ぺったん♪」と口ずさんですっかりご機嫌を直したようだった。

 ……なんだかすごく手慣れている。意外な伏兵の登場に、なのはが軽くショックを受けた。

 

「趣味が裁縫なんです、私」

「は、はあ」

「主上や八神部隊長、他有志のみなさんと手芸同好会の活動をしています」

「そ、そうなんですか」

 

 屈んだまま幼女の頭を撫でる怜悧な才女の意外な一面に、なのはは驚くばかりだ。

 と、ここで彼女は問題が何一つ解決していないことをいまさらながらに思い出した。

 

「それにしても、ヴィヴィオのこと、困ったなぁ……」

「なら、そこのベール=ゼファーにやらせればよろしい」

「はあ? なんであたしがそんな面倒なことしなくちゃならないのよ」

 

 脈絡もなく話の矛先を向けられ、ベルが胡乱げな目を元魔王に送る。

 なのはも首を傾げているが、月乃には何やら根拠があるらしかった。

 

「以前、生まれて間もない幼児を物心がつくまで養育したことがおありでしょう? 経験者なら打ってつけではありませんか」

 

 黒き星の皇子参照である。

 

「へぇー」

「んなっ!?」

 

 なのはが心底意外そうな顔をし、ベルが絶句する。

 

「ななななな、なぜそれを!? あんた月に引きこもってたじゃないのよっ!?」

「“秘密侯爵”から聞きました」

「リーオーンーっ!!」

 

 ここにはいない、無口なくせにおしゃべりな部下に自分の黒歴史を漏らされたまおーさまは激怒した。

 その声量はヴィヴィオを怯ませるには十分で。びくぅっと身を竦ませると三度目を潤ませ、瞬く間に決壊した。

 

「あ、あわわ……」

「おや」

「ちょ、ちょっと。ピーピー泣いてんじゃないわよ……」

 

 三者三様。

 反応はそれぞれだが、共通しているのは程度は違えど慌てていることである。

 

「……泣かせよったのう、ベール=ゼファーよ」

「うぐっ……」

 

 ぼそっと地を出しつつ、月乃が糾弾する。さしものベルも泣いている幼子には勝てないのか、言葉を詰まらせた。

 どうしたらいいのか見当もつかず、狼狽えて取り乱すなのは。傍らで腕を組み、我関せずの態度を貫いていたベルだったが次第に苛立ちを感じ始めた。ピキピキ、と額に青筋が立つ。

 

「ああんもうっ、じれったい! ちょっと寄越しなさいっ!」

「あっ!」

 

 とうとう我慢がならなくなったベルは、ぱっ、と強引にヴィヴィオを抱き上げた。

 初めは大いに嫌がっていたヴィヴィオだが、そのうち抵抗を止めて大人しくなっていく。

 抱え方やあやし方が巧いのかどうなのか、ぽんぽん、と背中を叩かれている様子はどこか安心しているようにも見える。

 あまりの早業に、なのはは呆然とするしかない。

 

「……どうやら問題ないようですし、後はお任せください高町教導官。私も、時間を作って様子を見に来ますので」

「そうですね……。なんか、無性に納得できないんですけど」

「割り切ることです。あなたはまだ若く、力不足なこともあるのですから」

「はあ……」

 

 何か敗北感というか、腑に落ちないものを感じる新米ママなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯29 「君の空に」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ということがあったらしくてだな。まあ、フェイトからの又聞きなんだが」

「……」

 

 薄暗く狭苦しい室内に満たされた高温に熱せられた蒸気。いわゆる蒸し風呂、あるいはスチームサウナと呼ばれるものにて。

 

「何のつもりかは知らないが、口では嫌々言う割に何度か相手してこれが結構打ち解けているみたいでさ」

「…………」

「前々から思ってたんだが、面倒見がいいのか悪いのかよくわからんよな、ベルの奴」

「…………」

 

 その奥の方、段々になったベンチに腰掛けている若い男性の二人組。

 ボサボサの黒髪をバンダナ代わりのタオルで纏めた青年と、長い金髪を同じくターバン状に巻いたタオルで包んだ青年。どちらも趣こそ違うものの、かなりの美男子だ。

 二週間の入院から無事退院し、ふらりと親友の顔を見にやってきた攸夜と、無限書庫で引きこもっていたところをお騒がせな親友に半ば無理矢理引っ張り出されたユーノである。

 

 ここは時空管理局本局ステーションの一角、数千万人の職員の福利厚生を目的としたスパ施設。温水プールや本格的なスポーツジムなどを完備した立派なものだ。

 二人はこの施設をよく利用しており、主に運動不足気味のユーノを攸夜が連れ出す形で友好を深めている。

 なお、余談だがこの「男同士の裸のつきあい」、クロノやヴェロッサも時折参加していたりする。

 

「って、ユーノ? さっきから黙りこくってどうしたよ」

「………………僕、なのはがそんな子を預かってるだなんて、ぜんぜん聞いてない」

「ああ……」

 

 少し不機嫌そうなユーノから呟かれた言葉に攸夜は得心した。彼にしてみればかなりショックな事実だったのだろう。

 

「んー、さすがにつき合ってる男に「ママになっちゃいましたっ!」とは言い出しづらいんじゃねえの? うら若き乙女のなのはさんとしてはさ」

「いや、僕らつきあってないし。ただの仲のいい友だちだし」

「まだ言うか、この子は」

 

 時々ふたりだけでデートしてるくせによく言う、と友人の頑なな態度に攸夜は嘆息した。

 照れ隠しの冗談なのだろうか、“強請るな、勝ち取れ”が信条の攸夜にはいささか理解しがたい態度だった。

 

「よし。そうだ、機動六課に行こう」

「そんなCMみたいなこと言って。だいたい、僕には無限書庫の仕事が……」

「堅いこと言うなよ。つか、有給余りまくってんだから少しは使え。上司がワーカーホリック患ってたんじゃ部下が休みづらいだろうが」

「うっ」

「それに会ってみたいだろ? ヴィヴィオに、さ」

「…………うん」

 

 素直な奴だ、と攸夜は玉のような汗を浮かべた顔で完爾と笑うのであった。

 

 

   *  *  *

 

 

 明けて、翌日。

 

「やってきました機動六課」

「勝手知ったるなんとやら、って感じだね」

 

 機動六課の隊舎にやってきた二人。迷いのない足取りでずんずん進む親友の背を追い、ユーノは幼なじみたちの働く職場に初めて足を踏み入れた。

 攸夜の押しの強さに負けた身だが、実はユーノも内心では今回の来訪を心待ちにしていた。

 久々になのはと会える――これ以上に嬉しいことはない。それから、彼女を“ママ”と慕う少女との面会も。

 攸夜の印象では「聞き分けのいい普通の女の子」ということだったが、はたして……。

 

「まあ、実際すぐそこの寮に住んでるしな」

「女子寮なんでしょ? いいのかなぁ」

「いいに決まってんだろ。俺がフェイト以外に不埒な行為をすると思うか?」

「思わないけど。威張って言うことじゃないよね、それ」

 

 明け透けな物言いにユーノは呆れて苦笑するしかない。

 だが確かに、彼はそのようなしないと断言できる。軽薄な言動は単なるポーズで、本当は呆れるほど一途なのだ、この幼なじみは。

 幼いころ、フェイトに手書きの手紙を贈りたい、ミッドチルダ語を教えてくれないか、と頼み込まれたことをユーノはよく覚えている。もともと語学系に長けていた彼は習得にかけた強い熱意と真剣さもあって、ほんの数週間でミッド語の基本的な読み書きをマスターしてしまった。

 今思えばその熱意の原点は、フェイトへの無自覚な恋心だったのかもしれない。

 

「へー、外見はちょっとくたびれてるけど、意外と内装はキレイなんだね」

「キチンとリフォームしたからな。匠の業が冴え渡っているよな」

「つまりこういうことかな。なんということでしょう」

「そうそう、なんということでしょう」

 

 くだらないやりとりに笑みがこぼれた。同じ友人のクロノ――彼は真面目一辺倒だ――とはちょっとできない類の会話だ。

 

 さておき、ユーノの服装はいつものライトグリーンのスーツなのだが、攸夜の服装はかなり奇抜と言わざるを得ない。

 プライベートだからなのか、見慣れた紺の背広ではなく、黒いカッターシャツに右腕の部分だけがブルーになったアッシュカラーのジャケット。立てた襟には二列の白いベルトが縫いつけられあるており、上下のファスナーを適度な長さで開けている。

 そしてインナーとボトムも蒼く、ベルトやブーツ、クロスのネックレスや無骨な鎖のウォレットチェーン、同じく鎖の腕輪のアクセサリーも調和が取れていた。

 たしかにおしゃれだし似合ってもいるが、いささかパンクすぎやしませんか、とユーノは他人事ながら不安になる。とても自分にはできそうもない格好だと生真面目な司書長は結論づけた。

 

「それはそうと、ユウヤ」

「うん?」

「身体の方は本当に大丈夫なの?」

 

 この友人、つい先日退院したばかりである。

 ユーノも仕事の間を縫ってお見舞いにも顔を出したが、目を疑うほど酷い怪我だった。とても二週間やそこらで治るようなものとは思えなかったし、実際再起不能レベルの重態だった。体調を気遣うのはもっともである。

 しかし当の本人は、おどけたようにすっかり元通りの右腕を腕まくりして力こぶのポーズをして見せた。

 

「見ての通りさ。フェイトと退廃的に過ごして、お互い心身ともにリフレッシュさせてもらったよ」

「あはは……相変わらずフリーダムだね、ユウヤは」

「それが俺の魅力だろう?」

 

 攸夜は左目を閉じて、臆面もなくキザな台詞を言い放つ。

 “お互い”と表現するところが憎らしいが、さんざ心配させられた方としてはいささか釈然としないものを感じたユーノである。

 

「……ま、実を言うと、戦力的にはアースラ級を沈められる程度までしか回復してないけどな」

「それって十分なんじゃ?」

「まだまだ。全力の一割未満だよ」

 

 “宝玉”の魔力もほぼ空だしな。一瞬だけぞっとするような表情をして、攸夜は自嘲した。

 

 ここまで回復できたのには訳がある。

 ――フェイトの“プラーナ”を喰ったのだ、文字通りの意味で。

 無論、理由を全て彼女に打ち明けて理解と協力を求めた上で、だ。

 その身は強大な神秘を内包した極めて高度なアストラル体、他者の“プラーナ”を取り込むのは容易い。フェイトとの相性のよさがそれを助けた。

 けれども、本来忌諱すべき手段を取らざるを得ない攸夜にとっては痛恨の極み。故の自嘲だった。

 

「はてさて。お姫様はどこにいらっしゃるのかな、と」

「フェイトに予定とか、聞いてないの?」

「うんにゃ。サプライズにしようと思ってさ、黙っといたんだよ。――っとと、丁度いいところに第一顔見知り発見。あー、ちょっといいかな、そこのお嬢さんたち」

 

 ラウンジのようになった一角でお喋り中の女性三人組に近寄ると、攸夜は人当たりのいいにこやかな表情で声をかける。

 知り合いのようだが、会話のきっかけがまるで安いナンパの手口じみている。この場にフェイトがいたら血の雨が降っていただろう。

 

「あ、おはようございます、ユウヤさん」

「「おはようございまーす」」

「ああ、おはようシャリオ、アルト、ルキノ。歓談中に悪いんだが、ちょっと訊きたいことがあるんだ。構わないかな?」

「はい、いいですよ」

 

 代表して応対する眼鏡の子。ユーノも眼鏡愛好家なので、ちょっと気になる。

 

「あ、でもそちらの方は……?」

「ん? ああ、すまない」

 

 当然の疑問に攸夜はやや強引にユーノの肩を組んだ。

「うわっ、とと」友人のこういう無遠慮な行動には慣れっこだったので、ユーノは衝撃でずれた眼鏡を直すだけに留めた。

 

「コイツは俺たちの幼なじみで親友、ユーノ・スクライアだ」

「よろしくね」

 

 ざわっとする三人。

 

「……あの、ユーノさんてもしかして、無限書庫の司書長の?」

「ああ、そうだよ。あの“伝説の司書長”さ」

「ちょっとユウヤ。やめてよ、それ。言われるこっちは恥ずかしいんだから」

 

 敬意と好奇心がない交ぜになった視線がこそばゆい。しかし、攸夜と行動を共にしているとよくあることなので、ユーノは気にしない。せいぜい司書長としての自分を知っているのだろうとか、雰囲気が派手な友人と地味な自分の組み合わせが物珍しいのだろうとか、その程度の認識だ。

 その三人組――はやて直属の部下らしい――と軽く挨拶と自己紹介を交わし、本題へ。彼女らの話だと、なのはたちはレクリエーションルームで出向組の面々との親睦会をやっており、どうやらお目当ての幼女もそこにいるらしい。お誂え向きとはこのことだ。

 礼を言い、二人はその場を離れた、

 

「……なんか、背景に薔薇の花が咲いてるよねー」

「「ねー」」

「どっちが受けなのかな」「やっぱりユーノさんじゃない?」「かわいい顔してたもんねー」「いやいや、案外逆かもよ」「その発想はなかった」「フェイトさんにはヒミツの禁断の愛!みたいな?」

 

「「「きゃあー!!」」」

 

 姦しい黄色い悲鳴は、幸いにもユーノには届かなかった。

 

 

    *  *  *

 

 

 レクリエーションルーム。

 攸夜が先立ち、電子ドアを開く。

 

「おかえり、ユーヤっ! はやかったね、どうしたの? ――ってあれ、ユーノ?」

 

 ドアの開閉と同時に咲き乱れる満開の笑顔。完全に予想していたかのように待ち構えていたフェイトが恋人を出迎える。

 やっぱりフェイトの攸夜を察知する能力は常軌を逸している、とついで扱いされたユーノは苦笑を禁じ得なかった。

 

「よお、邪魔するぜ」

「や、しばらくぶり、フェイト」

 

 砕けた挨拶は気心の知れた間柄の証。

 ブロンドの幼なじみとの挨拶をもそこそこに、ユーノはきょろきょろと彼女を探す。そしてすぐに見つけた、赤みがかったサイドテールの女の子を。

 

「え、ユーノくんっ!?」

 

 大きく見開かれた青紫の瞳が、若草色の眼差しと交わる。

 ユーノは自分の心臓が、どくんっ、と高鳴った気がした。

 なのははやにわに立ち上がると、小走りでこちらにやってくる。その際、周りの部下たちに一言断る仕草がいかにも彼女らしかった。

 

「あ、いや、その……久しぶり、だね、なのは」

「う、うん……」

 

 会話に漂う妙なよそよそしさにユーノが内心で歯噛みする。想い慕う女の子に気の利いたこと一つ言えないのか、と。

 電子メールでのやりとりは続けていたものの、こうして直接顔を合わせるのは実に数ヶ月ぶり。否が応でも緊張してしまう。

 いろいろな意味で意識してしまうからなおさらで――

 そんな二人の空気を察して、攸夜とフェイトは示し合わせたようにそっとその場から離れる。

 

「でもユーノくん、どうしてここに?」

「うん、なのはが小さい女の子の“ママ”をやってて大変だって、ユウヤから聞いてね。一度、なのはの職場を覗いてみたかったし、いい機会かなと思って」

「え、あっ……ご、ごめんね、ヴィヴィオのこと、ユーノくんに黙ってて。……べつに秘密にしてたとかじゃなくて、えと、タイミングがなかったっていうか、その……」

「いや、責めてるわけじゃないんだ。ちょっとショックだったけど、でも、なのはも言い出しにくかったんだってことは僕にもわかっているから」

 

 らしくなくしどろもどろに弁解するなのは。わずかに違和感を感じながら、ユーノはあえて衝撃を受けたことも隠さず告げて、彼女をなだめた。

 

「あっ……うん、ありがと……」

「えーと、それでその子はどこかな?」

 

 部屋を見渡すと、ユーノの見知った顔もちらほら見受けられた。以前、ホテル・アグスタの一件で見かけたなのはの部下たちだ。

 それ以外にも数名の見知らぬ女性もいたが、こちらはおそらく余所の部隊から出向して来た子たちだろう。

 と、攸夜とフェイトが管理局の施設には似つかわしくない金髪の幼女と対面していた。彼女が件の少女らしい。

 

「元気にしてたかー、ヴィヴィっ子」

「ヴィヴィっこじゃないよっ、ヴィヴィオだよっ! おじさん!」

「おじさんじゃなくてお兄さんだって言ったろう、なあヴィヴィ子?」

「ひゃっ、いひゃいいひゃいっ!」

「はっはっは、元気が有り余ってるみたいだな。重畳重畳、いいことだ」

 

 両方のほっぺを抓られ、暴れていた女の子が攸夜の手から逃れると、傍らでその様子を微笑ましく見守っていたフェイトの足元にまとわりつく。こわいお兄さんから隠れているつもりらしい。

 ピンクの髪の少女が一連のやりとりを、何やら複雑そうな様子で眺めていた。

 

「あはは、ユウヤにはずいぶん懐いているんだね」

「そうなんだよー。攸夜くん、すぐにヴィヴィオとなかよくなっちゃって。フェイトちゃんだってあやすの上手だし……なんか私、自信なくしちゃうなー……」

 

 どこか疲れた表情で、なのははぽつりと弱音を吐露する。違和感の正体はこれか、とユーノは納得した。

 子どもの接し方を熟知している二人と、昨日今日始めたばかりのなのはの間に差があるのは道理。これから経験を積めば十分埋められる差だというのに。

 

 ――そんな気弱な表情、高町なのはには似合わない。

 

 肩ごしにそっと見守った笑顔はまぶしくて、なによりも尊く感じて。優しさと強さの分だけ傷つきやすい、その青空のような心を護りたいと願った。

 ユーノは、衝動的になのはの両手を取る。

 

「そんな顔しないでよ、なのは。僕がついてるから、ふたりで力を合わせて一緒に頑張ろう」

「ぁ……」

 

 ぽっ、と。

 びっくりしてユーノの顔を見上げていたなのはの頬に薄紅が差し、茫然した青紫の瞳がうるうると潤む。

「わっ、ごごご、ごめんっ!」ユーノは自分たちの状態に気づき、慌てて手を離そうとする。

 

「だめっ!」

 

 突然の声にびくりと動きを止めた手を白魚のような指先が絡め取る。それはゆっくりと、控えめで、ためらうようだった。

 

「な、なのは?」

「……手、もう少し……」

「あ……」

「……っ……」

 

 手を繋いだまま、見つめ合うふたり。

 陶然とした表情で、自分たちの世界に浸っている。あとほんの一押しあれば、めでたくゴールイン――そんな甘酸っぱい雰囲気。奥手でじれったいな彼らにしては珍しい。

 

 だからふたりは、すっかり失念していた。

 

「じー」

 

 自分たちを見つめる数々の瞳に。

 特に、何やら不満そうな色違いの小さな瞳に。

 

「「!!?」」

 

 ぱっ、と慌てて離れたユーノとなのはは真っ赤にのぼせて俯くのだった。

 

 

 ユーノの目の前には、密かに想う女性を“ママ”と呼ぶ明るい金髪の幼女がいた。彼女の“ママ”――なのはの見立てだろうか、色合いの違うピンク色で統一されたパーカーとスカートの子供服が愛らしい。

 自分を見上げる純真無垢な大粒のオッドアイを前に、ユーノは努めて優しげな表情を浮かべてファーストコンタクトを試みる。

 

「ええと、はじめましてヴィヴィオ。僕はユーノ、なのはやフェイトの友だちなんだ。よろしくね?」

「……」

 

 やや不自然なユーノの笑顔をじっと見つめていたヴィヴィオは何も答えず、たたたっ、と奥の方に逃げてしまう。そして興味津々な目でこちらを見つめる少女たちの群れの中に姿を隠した。

 たはは……とユーノが頬を掻ながら苦笑いする。やっぱりフェレットモードの方がウケがよかったかな? と胸中で呟いた。

 

「こら、ヴィヴィオ! ……うーん、やっぱり大人の男の人は苦手なのかな?」

「俺の時もそうだったな」

「アメとかお菓子あげたりして、なかよくなったんだよね」

 

 なのは、攸夜、フェイトが口々に言う。

 幼い少女が見慣れぬ大人に恐怖を感じるのは無理からぬことである。ただし、逃げられたユーノとしてはやはりそこはかとなくそれなりにショックであった。

 そんなユーノの心情を見抜いたのか、口元で苦笑をこぼした攸夜は片膝を突く。スタンスをわずかに広げ、ソファの陰から顔を出したお姫様をちょいちょいと招き寄せた。

 

「ほれ、ヴィヴィ子。そんなところに隠れてないで、ちょっとこっち来なさい」

「……ヴィヴィこじゃないもん、ヴィヴィオはヴィヴィオだもん」

 

 呼びかけに不承不承といった感じで人垣から出てきたヴィヴィオは、攸夜のもとに駆け寄ると素直に抱き上げられた。

 何だかんだで大人しく抱かれている辺り、よく懐いている。道理でなのはも自信をなくすわけだ。

 こういうとき、真っ先に構いたがるであろうはずのフェイトは、自分のパーソナルスペースともいうべき定位置――恋人の左隣で微笑んでいる。「気分は若奥様っ!」と言ったところか

 

「ほーら、へそを曲げるな。かわいい顔が台無しだぞ?」

「むぅ~……」

 

 ゆさゆさと腕の中の幼児を揺さぶってあやしつつ、攸夜は口元に微笑を浮かべる。

 その様子を複雑な心持ちで見ていたユーノが「あ、なんか悪いこと考えてるな」と経験則から予測する。そしてそれは、正しかった。

 

「ヴィヴィオ。ユーノはな、お前のママの大切な人なんだぞ? 」

「たいせつな?」

「そうそう。大好きな、でもいいけど」

 

 と、余計なことを付け加えるわるいまおーさま。ユーノは、ヴィヴィオの自分を見る目が少し変わったように感じた。ついでに自分の顔が熱を持ち始めてきたことも。

 一方、攸夜の核心に迫る発言になのはが顔を真っ赤にして飛び上がる。一部の人間にはバレバレなことを、彼女だけは気づいていないのだ。

 

「ちょ、攸夜くん! ヴィヴィオに変なこと教えないで!」

「ん? じゃあ何か、ユーノは大切じゃないのか?」

「違っ、そんなわけないじゃん!」

「じゃあ問題ないよな。大好きでも」

「にゃ!? ももも問題ないってどどどどういう意味なのっ!?」

「なのは、どもりすぎだよ落ち着いて。ユーヤはからかいすぎ」

「知らんなァ。俺はいろいろとアシストしてやってるだけだぜ」

 

 誘導尋問に引っかかり、墓穴を掘ったなのはが取り乱し気味に噛みついても攸夜は柳に風、暖簾に腕押し。心情的には二人の間に入って取りなすフェイトの援護をしたいユーノだったが、それは叶わなかった。

 じー、と。翠緑真紅の瞳に、ものすごく観察されていたからである。器用にも、攸夜に抱き上げられたままで。

 目を背けたら、仲良くなれない――そんな気がしたので、とりあえずユーノはにっこりと微笑みかけてみた。

 

「やあー」

「おっと」

 

 しかしヴィヴィオは攸夜の腕からするり抜け出し、すぐ隣にいたフェイト目掛けて飛びつく。見た目に反してお転婆らしい。

「わっ!? もう、ヴィヴィオったら……」突然跳びつかれたフェイトは、驚きながらも何とか小さな身体を受け止めた。

 

「フェイトママがいいのー」

「あらら。どうやら嫌われたみたいだな、ユーノ。お姫様は美女の同伴が御所望らしいぞ」

「あはは……」

 

 ヴィヴィオにぎゅっと抱きつかれ、「フェイトママ」と呼ばれたフェイトの表情がわずかに煩わしさで陰ったが、それに気付けたのは攸夜だけだった。

 

「あ、あのねヴィヴィオ。何度も言うけど、私はあなたのママじゃなくてね……」

「やあー!」

 

 ぶんぶんぶんぶん。幼女が髪を振り乱し、激しく拒否を示している。

 フェイトの普段通りなのにどこか一歩引いた振る舞いには、心理的な隔意が現れているようだった。

 

「フェイトちゃん、いい加減往生際がわるいよ。受け入れたら、楽になれるよ?」

「受け入れないよっ!」

「え、と、そ、そんなに力一杯嫌がらなくたって……」

「あ、いや、その……」

 

 軽い冗談を全力で否定されたなのはが困惑し、ヴィヴィオが泣き出しそうになる。

 自分の感情的な対応がまずかったことに遅蒔きながら気づいたフェイトが目を泳がせ、おたおたしだす。

 すると横合いから攸夜の手が伸びてきてヴィヴィオをかっさらい、あやしだした。

 

「あー、はいはい。そろそろ幼なじみコントは切り上げて、向こうにいる連中も交ぜてやろうぜ。待ちくたびれてるみたいだしさ」

「「あ……」」

 

 我に返ったなのはとフェイト。部下たちからの興味津々な視線に気がついて、恥ずかしげに首を竦める。

 何やら妙な雰囲気になりかけた場を一声で収めてみせた攸夜の手際に、ユーノは感心するのだった。

 

 

 

 

 

 

 本命のヴィヴィオはともかく、ユーノとスバルたち四人+ギンガとその部下五人の自己紹介はつつがなく進行した。

 交流会の流れを汲んだ攸夜がティーセット――お茶請けは主にマドレーヌ――を用意すれば、お茶会となるのは当然の推移だ。

 普段は戦場を翔る乙女たちも今日ばかりは戦いを忘れ、姦しくお喋りを楽しむ。ナンバーズの四人も社会経験を積んで年頃の少女らしくなっていたようだ。

 その陰で、フェイト・ギンガ間でポジションを争う女の暗闘が勃発していたりしたのだが、わりとどうでもいい。

 

「ヴィヴィオ、おいしい?」

「おいしー」

 

 ママの膝の上で自家製マドレーヌにご機嫌な幼子はさておき、やはり話題の中心を独占するのはユーノのこと。時空管理局の有名人にティアナとスバルは興奮を隠せない。

 

「――へぇー、無限書庫誕生にそんな裏話があったなんて」

「さすが“伝説の司書長”! すごいです、尊敬します!」

「あはは。伝説だなんて、大袈裟に誇張されてるだけだよ。たくさんのスタッフが力を貸してくれたおかげだから、僕だけの功績じゃないしね」

 

 おおー、と謙虚で大人な切り返しに感心の声が上がる。そんな反応もユーノの謙遜を深めるだけだったが。

 しかし、当時情報のカオスであった無限書庫を時空管理局の重要機関にまで育て上げたのは、ユーノの偉大な功績であることは間違いない。

 彼が一部で“伝説の司書長”と褒め称えられるのはこのためである。

 

「いやいや、実際ユーノは有能だし、凄い奴だぞ。何せ若干九歳にして実質的に新しい部署を立ち上げちまったんだからな。脳筋のフェイトやなのはとはおつむの出来が違う」

「ちょっとそれ、どういう意味かな?」

「私も一緒くたなんだ……」

 

 容赦のない言われ様に、ぷんすか問い質すなのはとがっくり肩を落とすフェイト。二人に曖昧な表情を向けて誤魔化そうと試みた攸夜はふと、不自然に黙り込んだ後輩たちに気がついた。

 

「……ん? なんだ、どうしたお前たち。鳩がディバインバスター食らったような間抜け顔して」

「し、ししょーがフェイトさん以外のひとをほめるなんて……。天変地異の前触れですか?」

「監察官殿から他人を賞賛する言葉が出ると、正直……驚きを通り越して少々怖気がします」

「そーそー、似合わないっスよ。いつも私らを鍛えるとき、一日立ち直れないくらいメッタクソにいうくせに」

「あー、やっぱり? 私も「そのヘナチョコな拳は何だ!」って、さんざん怒鳴られて投げ飛ばされたもん。……なのはさんの教導がやさしいって思ったの、初めてだよ」

「だいたい、手加減てものを知らないんですよね、この人」

「……実際、ドSだし」

戦闘機人(アタシら)がちょっと頑丈だからって、高層ビルの上から叩き落とされるのはさすがになー。マジで死ぬところだっつーの」

「いや、普通に死ぬからそれ」

 

「お前らな……」

 

 これ幸いと口々に責められて、攸夜の表情がひくひくと引きつる。無論、日ごろの行いの結果である。

 額の青筋から不穏な感じを悟ったギンガが泡を食って話題の転換を計った。

 

「え、えーと、それにしてもユウヤさんとユーノさんはとっても仲いいですねっ!?」

 

 彼女もしごかれて結構ヒドい目にあっていたから、フォローは難しい。

 

「そうかな? まあいい加減付き合い長いからね、僕らも」

「だな。……出会ってすぐの頃、お前に責任なんてないのに責めたこともあったっけ。今更だが悪かったな、因縁付けてさ」

「はは、ほんと今更だね。でも、巻き込まれて怪我したユウヤの気持ちはもっともだし、お互い子どもだったからね。僕は気にしてないよ」

「ユーノ、お前って奴は……!」

 

 魔王様は、親友の器の大きさに甚く感動のご様子だ。

 ユーノくんてばなんてやさしいんだろう、と二人のやりとりを聞いていたなのはもキュンときていた。当時を知る唯一の人物でもある。

 

 攸夜が優しくも荒々しい海原とするなら、ユーノは全てを受け入れ内包する大地だろうか。

 ともかく、彼の包容力はハンパないのだ。

 

「あはは……。なのはさんやフェイトさんとも幼なじみなんでしたよね」

「うん、そうだね。二人とも、十年来の大切な友だちだよ。……本当に大変なことばかりだったけど、もしかしたらみんなと出会ったあの頃が一番情実していたかもしれないね」

「そうだな……」

「私たち四人が揃ったら、どんなことだってできる――そうだよねっ、フェイトちゃん」

「うん」

 

 笑顔をほころばせ、四人は胸に仕舞った大事な心の情景に思いを馳せる。結ばれた絆は強く、そして深い。

 少し空気がしんみりとしたところで、天然娘スバルが爆弾を放り込む。

 

「でも、それにしたって仲良すぎかも?」

「なんかちょっといやんな感じがするっス」

「ちょっと、失礼よスバル、ウェンディ。…………ユウヤさん、まさかそんなわけない、ですよね……?」

 

 冗談とはいえさすがに言い過ぎだ、と妹たちを窘めるギンガ。しかし、自身がちらちら反応を伺っているようでは説得力がない。耳年増なのか、そういうのに興味があるからなのかは定かではないが。

 まさかー、と一同はひきつり笑いで顔を見合わせた。

 

「ん? 結構イケるぞ、ユーノならな」

 

 何気なく放言された衝撃発言に場の空気が凍る。ザ・ワールドである。

 ギギギギ……、と油の切れたブリキのように首を動かして、なのはは平然と紅茶を飲んでいやがる幼なじみの方を向いた。

 

「じょ、冗談……だよね?」

「安心しろ、割とマジだ」

 

 肯定。その瞬間、フェイトとユーノ以外の全員がざざっと身を引く。例外なくドン引きだ。

 ちなみにヴィヴィオは、離れた場所でお絵かきにご執心だった。

 

「まあ、掘ったり掘られたりはやらんがな。第一、絵面が美しくない」

「じゃあどうするんですか?」

「掘り返すんじゃないわよ、バカスバル!」

 

 盛大に地雷を踏み抜きに行った相方の脳天に、苦労人(いいんちょ)体質故のツッコミが炸裂する。

「どうするって……」よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに微笑む攸夜。親しい者は知っている、この顔は何か悪巧みしている顔だと。

 ドロンッ、という効果音とともに白い噴煙が上がり、彼の姿を完全に覆い隠してしまう。

 

「――こうするに、決まっているではありませぬか?」

 

「「「「!?!?」」」」

 

 白煙が晴れると、そこには和装に身を包んだ癖っ毛蒼瞳の美少女が楚々と微笑んでいた。

 年の頃は15、6。

 優しさと上品さを合わせ持つ凛とした顔立ちに、肌理細かい玉肌は透き通るような白皙。白い花弁に似たふわふわの髪飾りで、ツーサイドアップに結われた長い髪は烏の濡れ羽色。いわゆる振り袖の清楚な和服は、桜を連想させる薄紅色と高貴とされる紫色の二重であり、長くて紅い提灯袴がスカートのようにも見えた。

 それはまさしく日本の“古きよきお姫さま”。小柄で起伏の少ない躯が逆にその印象を助長している。鈴の音のような涼やかな美声も麗しい婉然たる美少女であった。

 どれくらい美しいかというと、攸夜を嫌っているはずのエリオが思わず見惚れるくらい。即座にキャロにしばかれていたが。

 

 これは、いくつか存在する攸夜の工作用擬態のうちの一つ。さすが姉弟というか、深窓の令嬢のイメージをそのまま実体化させたような姿はルー=サイファーを彷彿とさせる。特に声とか。

 

「えっ、ええ? 攸夜、くん? あれ? でも女の子……? ふぇ、ふぇぇえええーーっ!?」

 

 理解不能の事態に混乱し、なのはが叫ぶ。

 

(わらわ)のことは、ゆうや。ひらがな三つでゆ、う、やとお呼びくだされ」

「どこのヴァイオリン好きな天才少女ですかっ」

「良い切り返しですね、ティアナ殿。誉めてつかわします」

「ど、どうも……」

 

 妙なトークに調子を崩され、生返事するしかないティアナ。ちなみにひらがな三文字はリリカル的に伝統である。

 

「て、ていうかなんなのそのしゃべり方?」

「仕様です。きゃらづけとも言いまする。昨今、流行り廃りの激しい時勢に没個性では生き残れませぬ故」

 

 古風な姫言葉が、純和風な容姿や洗練された佇まいと相まって、異様に似合っている。

 もっともその会話の中身は、いつものごとく勿体ぶって小難しい言葉で煙を巻くようなものだったが。

 

「この前の訓練のときから、おかしいなぁとは思ってたけど……」

「魔法はみんなを幸せにするんです!」

「脈絡ないなぁ、もう! なんか無性に反論しなきゃいけない気がするしっ!」

 

 声的な意味で。

 

 さておき。しっちゃかめっちゃかになった空気を余所に、エセお姫さまはさらなる奇行に走る。

 

「さて。この姿であれば、殿方と(ねや)を共にしてもなにも問題ありませぬでしょう……?」

「わ、ちょっ」

 

 見た目美少女にしなだれかかられたユーノは当然動揺する。が、あまり迷惑そうではない。むしろちょっと嬉しそう?

「!!」くわっ、となのはが目を見開いた。まるで般若のようだ。

 

「だめー!!」

「おや」

 

 繰り出されたなのはの体当たりは、するりと流水の如き優雅な動きで躱された。

 そのままユーノの頭を胸に抱き抱えたなのはは、必死な形相で彼を彼女から遠ざけて激しく威嚇する。さりげに大きめな胸を顔に押し当てられて、ユーノはたじたじだった。むしろ役得と喜んでいるかもしれないが。

 

「だめ! ユーノくんにくっついちゃだめっ!」

「はて? 媛は心の友と触れ合っていただけですのに」

「だめなものはだめっ! 男の子同士とかそういうのはだめなの!」

「今はおなごの姿ですが」

「ともかくだめ! だめったらだめ! だめだめだめだめだめだめだめーーーーっっ!!」

「ふふふ。そう思うでしたら、そなたも早よう自分のモノにしたらよいのでは? 媛のように、ね?」

「うぐぐ……っ」

 

 全てを見透かすような妖艶な笑みに、なのはの気勢は瞬く間に切り崩された。ぐうの音もでないとはこのことか。

「この人、小悪魔だー!?」妙な修羅場的展開を傍観していた面々は心の中で異口同音を叫ぶ。なお、現在唯一男子は相方に幼女の方に引きずられて行った。なんか悪い影響を与えそうだから。

 興味津々なスバルが訊く。

 

「魔法でだってことはわかりましたけど、女性になるのに抵抗とかってないんですか?」

「これは異なことを。どちらも媛なのですから、抵抗感など有りませぬ。言うなれば彼方が男性的・父性の象徴であり、此方が女性的・母性の元型でしょうか」

「分析心理学における集合的無意識の話かな?」

「さすがは我が友ユーノ、その見識には感銘いたしまする。――そも、我ら裏界魔王に雄雌の区別など無意味。これは肉体、精神とは別次元の、存在の根底に当たる“方向性”でのこと。……で、我がことながら感心致しまするが、媛はどちらでもいけるのです。どちらか一方、ということはありません」

 

 人それを両刀という。

 

「古来より、英雄、色を好むと申しますし。美少年は良い、美少女はもっと良い。――まぁなんであれ、美しいものは大好物です」

 

 どこぞの赤い暴君(よめおう)が言い出しそうな、いっそ清々しいほど男らしい口上だった。

 再起動したなのはがヤバめ戯言に呆れ顔を向ける。

 

「またそうやって……、フェイトちゃんからもなんか言ってよ」

「んう?」

 

 一人もぐもぐとマドレーヌを平らげていたフェイトが、はたと顔を上げる。ぱちくりとつぶらな目を瞬かせ、隣に座ってはんなり微笑む和風美少女と相対した。

 彼女は特に考えるわけでもなく言う。

 

「姿かたちがどんなでも、ユーヤはユーヤだよ。だから私の気持ちはなんにも変わらないよ?」

「ふふ、媛はそなたのそういうところを大変好いております」

 

 十年変わらぬ恋人の想いを感じ、お姫さまがひしと寄りすがる。

 どこか妖しいこの雰囲気、もはや中の人が男性だとはとても思えなかった。

 

「今宵は此方の姿で夜伽を勤めようかえ?」

「そ、それはちょっと」

「ふふ、冗談です」

「よかった。女の子のユーヤはかわいいけど、やっぱりかっこいい男の子のユーヤの方が私は好きかな」

「!! そなたという人は、なんと……!」

 

 何かイチャイチャしはじめたよコイツら――もうみんなげっそりだ。特にギンガなど幻想がブロークンである。

 

「……はぁ。なんだかまた、のろけられただけみたい」

「あはは。まあ、いつもの二人だよね」

 

 覚めた顔でぽつりともらしたなのはと苦笑するユーノのコメントに、一同は心底疲れ顔をして「ですねー」と賛同した。

 

 

   *  *  *

 

 

 ところ変わって六課玄関前。

 快晴の秋空の下、攸夜とユーノは雑談で時間を潰していた。

 

「はぁ~……ユウヤのおかげでひどい目にあったよ」

「何言ってんの。誰のおかげでなのはのおっぱい堪能できたと思ってんだ」

「まあそうかも。役得だよね」

「ははは、このムッツリさんめ」

 

 男子二人が和気藹々と会話する。いわゆる猥談である。

 

 ――事の始まりは、せっかくの行楽日より、ヴィヴィオを連れて四人でどっか行こうぜ、という攸夜の思いつき。

 当初、難色を示していたなのはとユーノだったが――フェイトは「なのはたちが行かなくても行こうかな」と最初から乗り気だった。隊長のクセに――、攸夜から、「ヴィヴィオに“外”を見せてやりたくないか?」と言われてしまえば黙るしかない。むしろこの提案こそが本命だったのだろう。

 そんなこんなで後事をギンガとティアナ――「これも経験だ」とは攸夜談――に任せ、四人はヴィヴィオを連れて街に繰り出すことと相成ったというわけだ。

 このことを聞きつけたはやてが「なんで私も誘ってくれへんのや!!」と大いに憤慨し、副官二人に呆れさせたのは余談である。

 

「ところでユウヤ、この車ってフェイトのだよね?」

 

 二人の目の前には、ハードトップの屋根を全開にしたメタリックな()()スポーツカーが鎮座している。

 

「そうだぞ。お前もいつかの飲み会ん時に見たろ」

「うん、覚えてる。でもさ、これ黒くなかった? 今は明らかにブルーなんだけど」

「ああ、なんでも塗装が特別らしくてな。うーん、何だっけ……外装表面のナノマシンに電気を流して、光の屈折率を操作して色を変えている――とかなんとか、フェイトから聞いた」

「無駄にハイテクだねー」

「正直よくわからん」

「ていうか理系音痴は直ってないんだ、ユウヤってば」

「ほっとけ」

 

 ぶすっとふてくされ、そっぽを向く仕草は相変わらず子どもっぽい。

 やれば人並み程度にはできるのはずなのになぁ、とユーノは言葉に出さず独り言ちる。実際、使うだけなら超科学の塊である“箒”も問題ないらしい。武器だからだろうか。

 

 そんな感じで益体もない無駄話をダベっていると、支度を終えた女性陣がやってくる。毎度お決まりのパターンだ。

 

「おまたせー!」

「ごめんね、なのはの準備が手間取っちゃって。ユーノと遊びに行くからって張り切っちゃうんだから」

 

 しれっと責任の押し付けを計るフェイト。事実だが、さすがになのはもむっとする。

 

「むむっ。フェイトちゃんこそ、攸夜くんとおでかけだからって気合い入れてるじゃん。おあいこだよ、それ」

「うぅ……」

 

 返す刀の図星な指摘にフェイトが言葉を失った。

 

 久々のダブルデートに張り切るなのはの格好は、白のブラウスにオレンジのベスト、デニム生地のショートパンツ。それから、ボーダー柄のニーソックスにベストと合わせたスニーカー。なのはらしい、活動的で年相応な装いだ。

 ちなみにバックは花柄桜色のトート。こちらもなかなかどうしてかわいらしい。

 

 一方、フェイトの服装は、水色のロングワンピに白い長袖のカーディガンとヒールのサンダル、つば広の真っ白な帽子――青いリボンが巻いてある――がアクセント。両手に持ったキャメルのショルダーバックはなにやら高そうだ。

 テーマは「清楚なお嬢さま」。もともとおしゃれにはあまり興味を示さないフェイトが、恋人の偏った趣味に影響されまくった結果だった。

 

 両者とも、厚くはないがメイクもばっちり。そりゃあ時間もかかるわけである。

 

「そう言ってやるなよ、なのは。俺のために頑張ってくれたんだ、男冥利に尽きるってもんさ。……今日も可愛いぞ、フェイト」

「うん、ありがと」

 

 何気なく放たれたほめ言葉。毎度のことだが、フェイトはうれしそうに頬を染めてはにかむ。

 つくづく気の利く男だが、その理由はつい先ほど判明したばかり。女性の面をもっているのだから、考え方がよくわかるわけである。

 

 あの混乱の中、フェイトは「だからランジェリーショップとかでも恥ずかしくないんだ」とかひとりで納得していた。やはりどこかズレている。

 そんな彼女はさりげに立ち位置を変えて恋人に。要するに、似たもの同士のバカップルだ。

 

「で、ヴィヴィオは……ほう、悪くないな。やっぱなのはが見繕ってやったんだよな?」

「うん、そうだよ。おでかけだから、ちょっとがんばっちゃった。ねー、ヴィヴィオ?」

「えへへー、おでかけー、おめかしー!」

 

 子供らしいデザインの、ピンク色のワンピースを着たヴィヴィオがにぱーっと満面の笑みで元気いっぱいばんざいする。よほど“おでかけ”が楽しみなのだろう、全身がありったけの喜びを表現していた。

 なにこのいきもの、かわいすぎっ! とあまりの愛らしさに撃沈したフェイトとなのはが、口元を押さえて悶絶した。

 

「お前ら、鼻血は拭いとけよー。……さてと、じゃあそろそろ行こうか。運転は任せとけ」

「一応聞いとくけど。免許は持ってるの、ユウヤ?」

「愚問だな。各種自動車に船舶・航空機、次元航行船まで何でもござれだぞ」

「うわ、攸夜くん資格マニアだ」

「失礼な、コンプ厨と言ってくれ」

「それ意味同じでしょ」

「あはは。じゃあ、あとは無事目的地につけるかだね」

「…………ナビ、頼む」

「はいはい。任せてよ、相棒」

 

 助手席側のドアを開き、ユーノは満足そうに破顔した。

 

 

   *  *  *

 

 

 首都クラナガンの繁華街。

 とりあえず昼食を、と言うことで手頃なファミリーレストランを訪れた一行。

 ヴィヴィオの両脇をフェイトとなのはが挟み、その反対側に攸夜とユーノがそれぞれという席順。幼女の意見を汲んで“ママ”たち二人が両脇を挟んでいるわけだが、本人たちはちょっと不満気味だった。

 

「ヴィヴィオ、おいしい?」

「うんー!」

 

 いわゆるお子さまセットのプレートを前に、ヴィヴィオはご満悦の様子。内心の不満をおくびにも出さず、なのははその口元についたケチャップやらなにやらをハンカチで拭ってやった。

 子ども用のフォークを片手に悪戦苦闘するヴィヴィオだったが、なのはの教育方針 (?)で手伝わない。過保護なフェイトは助けたくてうずうずしていたが、大好物であるふわふわのオムライスが来た瞬間、そんな習性もどこかに行ってしまったようだ。

 

「それにしてもフェイトちゃん、オムライス好きだねー」

「うん、大好きっ」

 

 天真爛漫な答えに、なのはは「子どもかっ」というツッコミをなんとかグッと飲み込む。

 フェイトにとって、オムライスは攸夜が初めて自分のために作ってくれた思い出の味。そして、初めて明確に感じた“愛情”の象徴でもある。

 記憶を失っていた間も無意識のうちに好んで食べていたのだから、それがどれだけ彼女の荒んだ心の救いだったのか――余人に計り知れない。

 ちなみにたい焼きは、恋と優しさの象徴だそうだ。

 

「そういえば、」

 

 豚カツ定食をつついていた攸夜が、ふと思い出したように話題を切り出した。

 

「こっちに帰ってきてすぐの頃、夕飯にオムライス作ってやったことがあったんだ」

「ふむふむ、それで?」

「本当に久々だったからさ、俺の持てる技術の粋を込めた最高傑作を振る舞ったんだけど……泣かれたんだよ、フェイトに」

「泣かれた? おいしくなかったの?」

「うんにゃ。美味しくて、懐かしくて、幸せだから、って」

「うわー、フェイトちゃんらしいというかなんというか……」

「フェイトは感動屋だね」

 

 恥ずかしい過去を暴露され、フェイトは俯き、かああっと頬を紅く染める。そんな恥ずかしがり屋な恋人の様子を楽しみ、攸夜は優しく笑いかけた。

 

「俺もう嬉しくってさぁ~、ますますフェイトのことが好きになったって訳さ」

「結局のろけなの!?」

 

 お約束のオチに、なのはがツッコんだ。

 攸夜の話題は八割がカノジョについてのノロケ話である。

 

 

 一通り食べ終わり、食後のデザートの時間。ショートケーキやモンブラン、ザッハトルテなどなど。どれも甘くて美味しそう。

 

「こんなにのんびりしたの、なんだか久しぶりかも」

「僕もだよ。最近はいろいろあって忙しかったからね」

「うん」

「お互い、反省しないとね」

「そだねぇ、反省しなくちゃだねぇ」

 

 なのはとユーノがまったり仲良く話しているのを見て、ヴィヴィオがむっつりむくれる。“ママ”が取られるとでも思ったのだろう。

 

「むー」

「そう邪険にするものじゃないぞ、ヴィヴィオ。このお兄さんは、お前のパパになってくれるかもしれない人なんだからな」

「……パパ? ヴィヴィオの?」

 

「「なっ!」」迂遠にからかわれて、声が上がる。

 が、攸夜は無視して言いたいことを言う。そろそろにぶちんで奥手な二人も覚悟を決めて、お互いの気持ちに真摯に向き合うべきだろう――そんな思いを込めて。

 

「そうだぞ~。お兄さんとしては、お前に二人の仲を取り持ってもらいたいくらいだ。古人曰く、子は鎹って言うしな」

「かすがい?」

「仲良くなるってことさ」

 

 純粋無垢な幼子に碌でもないことを吹き込むわるーいまおーに、なのはは黙っていられない。

 

「ちょっと、攸夜くんっ! いきなりなんの話なの!?」

「うん? なんだなのは、まさかお前、その歳でシングルマザーにでもなるつもりか? お兄さんは感心しないなぁ、片親は確実に子どものためにならないぞ?」

「違っ、そうじゃなくて! ていうかどうしてそういう話になるのかなっ!? そもそもお兄さんておかしいよ、攸夜くん私より年下でしょ! 8ヶ月だけだけど!」

「まあまあなのは、落ちついて。ユーヤはちょっとからかいすぎ」

 

 ぷりぷりエキサイトして支離滅裂な友を宥め、フェイトがじとっと睨むと攸夜は肩をすくめた。

 茶化しているような言葉が本心だとフェイトは見抜いていたし、焚きつけていることも理解していたけれど、心情的には親友に味方したくなる。からかわれて恥ずかしいのがわかるから。

 

「冗談はさておき。真面目な話さ、地球でもそうだが、ヴィヴィオみたいな孤児を養子にするには配偶者が必須条件なんだぞ?」

「え……そ、そうなの? ユーノくん?」

「うん。いわゆる特別養子制度のことだね。ちなみに、養親になるには二十歳以上じゃなきゃ駄目なんだ、地球じゃどうなのかまでは、知らないけどね」

「ま、俺がこっちに来た当初は時空管理法にはそんな条文なくってさ。明らかに片手落ちだから議会工作かけて改正させたんだが」

「工作って……」

「それが俺のお仕事ですから」

 

 得意げに胸を張る攸夜。

 実際、制度の穴を悪用した人身売買じみた犯罪が横行していたのだが、何がしかの利権が絡んでいたらしく――あるいは戦力を求める最高評議会の意向で――、長らく是正できなかったという経緯がある。

 フェイトがハラオウンの養子に入れたのもこの穴のおかげなので、痛し痒しと言ったところだか。

 

「詳しいんだね、ユウヤ」

「フェイトの仕事の手伝いになるかなと思って、民法・刑法・国際法は一通り勉強したんだ」

 

 なお、フェイトはそれなりに優秀なので今のところあまり役に立った試しはない。むしろ、その経験は自身のお仕事の方で重宝してたりする。

 

「う、ううー……で、でもでもっ、べつに親子になる必要はないっていうか、いっしょに住むだけなら――」

「それ、ちょっとむずかしいかも」

「フェイトちゃん?」

 

 意外なところから待ったがかかり、なのはは首を傾げる。

 その発言者――フェイトは食後のデザートであるプリン・ア・ラ・モードを放置して、割と真面目な眼差しをなのはに向けていた。

 

「あのね、なのは。ヴィヴィオみたいなワケありの子を親元から保護したり、一緒に住んで面倒みたりするには児童指導員資格っていうのが必要なんだ。国際資格だよ」

「そうなの?」

「うん。私、執務官の仕事で必要だったからがんばって勉強してとったんだ。エリオのときは持ってなくて、いろいろ手続きとか大変だったんだよ。そのせいで、さびしい思いもさせちゃったし……」

「縁もゆかりもない子どもの里親になる訳だからな。知識だけじゃなく、人格や素行なんかを厳しく考査されるのさ。もちろん、きちんと養育できるだけの社会的地位も大事だけどね。ちなみに俺も持ってるぞ。キャロを俺たちの家に住ませてた時期があったからね」

 

 今でこそ簡単に言う攸夜だが、実は必死に勉強していたことをフェイトは知っている。彼の面子を潰してしまうので言わないが。

「はぅぅ~……」情けない鳴き声を上げて、テーブルに突っ伏すなのは。胡乱な目で自分を“ママ”と慕う幼女を見る。

 

「……“ママ”になるのって、たいへんなんだなぁ~……」

「そうだね。お母さんになるのはすっごく、すーーっごく、たいへんなことなんだよ。たぶん、きっと」

 

 うんうんと頷き、ひとりで納得するフェイトになのはの目は点で。ユーノと顔を見合わせた攸夜はやれやれと首を振り、紅茶を啜った。

 

 

   *  *  *

 

 

 食事のあとは五人で仲良くショッピング。

 子ども用品店や玩具店などを巡って買いあさる。今までのものは伝手を頼って集めたお古だったので、“ママ”たちはここぞばかりに奮発した。――もちろん、お金は男性陣持ちで。

 幸いどれだけ買っても荷物持ちには困らない――攸夜の月衣は容量無限大――、フェイトとなのはは心行くまで買い物を楽しむことができた。

 色々な服でヴィヴィオで着せかえ遊びしたのは、いいストレス解消になっただろう。

 

 平日の繁華街とはいえさすが第一世界ミッドチルダの首都、次元世界各国から訪れる人は絶えることがない。

 車での移動中もそうだったが、ヴィヴィオは目に映るもの全てが珍しく感じるようで、目をいっぱいの好奇心できらきらと輝かせ、「あれはなに?」となのはやフェイトにしきりに尋ねている。

 その都度、二人は嫌な顔一つせずヴィヴィオの疑問にひとつひとつ丁寧に答えていく。教えることが仕事のなのはと子ども好きなフェイトである、ちいさな生徒の相手もお手のものだった。

 

「――じゃあ私たち、そろそろ行くね?」

「うん」

 

 必要なものも買い終わり、二組に分かれて自由行動することになった一行。

 フェイトと攸夜が空気を読んだ結果だが、ふたりっきりになりたかったとか――本音はそんなところだろう。

 

「まぁ、親子水入らずの時間を楽しんでくれや」

「だからっ! ……もういいよ、それで」

 

 訂正しかけて、ガクリと肩を落とすなのは。こう度々からかわれては、さすがに反論する気力をなくしてしまう。

「あはは」と人事のように笑っているユーノをなのははちょっぴり恨めしげにジト目で睨む。その脳内では、「全部ユーノくんのせいなんだよっ!」とかなり飛躍した結論が展開していた。

 今回の外出の主旨はユーノとヴィヴィオが打ち解けることにあるので、当然子守をするのはなのはとユーノの役目。基本的にヴィヴィオはおとなしい子――最近は情緒も落ち着き、夜泣きもしなくなった――だし、新米二人でも何とかなるだろう、というのがフェイトと攸夜の出した結論だった。

 

「……うー……」

 

 ふと所在なさげにしているヴィヴィオに気がついて、フェイトが膝を屈める。不安げな顔が正面に来た。

 くりくりした色違いの瞳を覗き込み、フェイトはやさしく微笑んだ。

 

「ヴィヴィオ、なのはとユーノの言うことをよく聞いて、いい子にしてるんだよ。わかった?」

「あいっ!」

「ふふ、いい子だ」

 

 元気だけれど舌っ足らずな返事に気をよくし、蜂蜜色の髪をサラサラと撫でる。

「んん~……」気持ちよさそうに目を細めるヴィヴィオ。見つめるなのははちょっぴり複雑だ。

 たっぷりと髪の手触りを堪能したフェイトは立ち上がり、傍らのパートナーを見やる。一瞬のアイコンタクト。

 

「フェイト」

「うん」

 

 攸夜の差し出した腕に、フェイトはごく自然に自分の腕を絡める。

 すでに二人は、ふたりだけのバカップル的な空間を形成している。公衆の往来で見つめ合ったりなんかしちゃって、健全な不純異性交遊である。どちらももういい大人だが。

 いいなー、と羨ましげに見ているなのはのことをユーノは無論気がついていたが、彼にはかなり難易度の高い行為に思えた。

 十年間、片思いを――実は両思いなのに――続けるだけで、行動に移さない奥手さは筋金入りだった。

 

「じゃあね、ふたりとも」

「何かあったら連絡してくれ」

「うん、わかったよ」

 

 そう言い残し、彼らはさっさと雑踏の中に消えていった。もちろんラブラブな雰囲気を無差別的にまき散らしながら。

 

「……」

「…………」

 

 後に残されたのは、何ともいえない緊張感を醸したなのはとユーノ、沈黙する二人をきょとんと見上げるヴィヴィオ。

 まったく同時のタイミングで相手のことを窺おうとして不意に眼が合い、二人はなんだか気恥ずかしくて目を逸らした。

 

「あー、いや、その……い、いつも通りアツアツだよね、ユウヤたちは」

「にゃ、にゃははは……そだね。……えっと……」

 

 両者とも、しどろもどろで会話になっていない。

 さんざん茶化されてからかわれて変に意識してしまったにぶちんさんたちは、しばらくその場でお見合いして立ち往生するのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

「……むむ、なんかそこはかとなくラヴ臭が」

 

 思考停止から回復してしばらく、散歩の途中で立ち寄った雑貨店でのこと。レジで会計を終えてきたなのはがいきなりぽつりと呟いた。

「急にどうしたの、なのは?」隣のユーノが問い掛ける。なのはは眉間にしわを刻み、頭痛に頭を抱えるようなジェスチャーをする。「なんか、どっかでフェイトちゃんと攸夜くんが恥ずかしいくらいいちゃいちゃしてるような気がして」

 

 へー、とユーノが感嘆する。

 

「でもそれってさ、普段どおりじゃない? あの二人のことだし」

「あ、それもそっか。あの二人だもんね」

 

 続く指摘に納得したなのはがぽんと手を打つ。自分たちも大差ないという自覚はないらしい。

 

 さておき、ヴィヴィオはといえば。すぐ側で膝を丸めて陳列棚を熱心に見ている。

 どうやら陶器製のブサカワなウサギの置物にご執心らしく、それに気づいたなのはが微笑ましくて眼を細めた。

 一方で、ユーノは密かにそわそわしていた。

 キュートでファンシーな小物類で溢れ、女性客ばかりのこの店内は猛烈な場違い感で居心地が悪い。なお、無限書庫(しょくば)でも彼の周辺の女子率は異様に高いのだが、完全に無自覚である。

 無論、みんなのお目当てはエリートでかわいい司書長。なのはさんのライバルはさりげに多い。

 

「ところでなのは、さっきは何買ってたの?」

 

 一刻も早くここを去りたい気持ちを隠しつつ、ユーノは気になっていたことを尋ねてみる。

 その問いかけに顔を上げ、なのはが小さな紙袋を後ろ手に隠して無邪気に破顔した。

 

「えへへー、ひみつ!」

 

 無邪気な笑顔に、ユーノのハートがずきゅーんと撃ち抜かれた。

 端から見れば余所様のことは言えない二人の様子を、ヴィヴィオがじぃぃっと観察していた。

 

 

   *  *  *

 

 

 ありふれた市民公園、噴水のある広場。店を出た三人は、とあることをするためにここへ場所を移した。

 

「えー、突然ですが、よいこのヴィヴィオちゃんにプレゼントがあります!」

「え、プレゼント!? なのはママ、ほんとー!?」

「そうだよー、でもその前に、そこのベンチに座ってちょっとの間目をつむっててくれるかな?」

「はーいっ!」

 

 元気よく返事したヴィヴィオは指示したとおりうんしょ、とベンチに上がってギュッと目を瞑る。そんな彼女に近寄り、何かの作業をするなのは。ややあって、“それ”は完成した。

 

「はい、もういいよ、ヴィヴィオ」

 

 素直にパチリと瞼が開く。

 最初、ハテナを浮かべていたヴィヴィオは頭の両側に妙な違和感を感じて、触ってみる。

 そこには彼女の髪を一房に束ねた水色のリボンが結ばれていた。小学生時代のなのはを思わせるツインテール、あるいはピッグテールと呼ばれる髪型。

 なのはの取り出した手鏡で改めて見て、ぱあっと笑顔が咲く。

 

「わああっ、これ、リボン?」

「そう、リボンだよ。それもね、私たちとお揃いなんだ」

 

 紙袋から取り出して見せたのはヴィヴィオのと同じ空の色をした二本のリボン。さきほどの雑貨店で買い求めたものだった。

 自分とユーノ、そしてヴィヴィオ――三人がお揃いのものを身につければ、“家族”になれるかもしれないと。

 

「ありがとう、なのはママっ!」

「ふふっ、どういたしまして」

 

 素敵なプレゼントを大いに喜ぶヴィヴィオは、ベンチから飛び降りてその場で回り始めた。

 くるくる、スカートの裾が軽やかに広がる。

 

「ママ、あっちで遊んできていーい?」

「うん、いいよ。あ、でも、あんまり遠くに行っちゃだめだからね?」

「あいっ!」

 

 舌っ足らずな返事をして、ヴィヴィオは、たたたーっ、と元気いっぱい遊具の方へ駆けていった。

 それを見送って、なのはは自分の髪をサイドポニーに結うリボンに手をかけた。

 緑色の布がしゅるしゅると解かれる。

 さらさらの柔らかいブラウンの髪を腰辺りまで降ろして、活発な印象から一転とても大人っぽくなったなのはに、ユーノは内心大いにドキッとした。

 

「じゃあ、ユーノくんも」

「えっ――、ああ、うん」

「……?」

 

 どぎまぎするユーノの反応を不思議に思いつつ、なのはは彼をベンチに座らせて背後に回る。

 やや白みがかった髪質の堅い金髪を、首の辺りで結っていたリボンを解き始めた。

 

「じっとしててね」

「うん」

 

 緑色のそれを解いたら、鞄から取り出した櫛を入れて軽く梳いていく。

 特に必要はなかったが、なのはは無性にユーノの髪をいじってみたくなったのだ。

 奇しくもこのとき、なのはとユーノは同じことを考えていた。なんだか昔に戻ったみたいだなあ、と。

 ――もっとも、当時は飼い主とペットの戯れみたいな状況だったけれども。

 

 なのはは今、過去にユーノをペット扱いしていたことを猛烈に悔いている。子どものころの思慮の足りない振る舞いで、不器用なふたりの心の距離感はどこかおかしくなっていた。

 近づきたいのに、近づけない。どうしたら“トモダチ”の先に進めるのかがわからない。

 いちばん近くて、いちばん遠い存在――四年前の一件がなければ、なのははいつまでも自分の気持ちに気づけなかったろう。

 

 ――ぬるま湯のような関係から脱却する時は、いつの日か。

 

 

   *  *  *

 

 

 闇。

 黒い闇。

 闇よりも遙かに暗く、闇すらも飲み込む深淵の世界。

 コールタールを一面にぶちまけた漆黒の冥闇に、薄紫のブレザー――輝明学園秋葉原校中等部の制服を着た白髪の少年が漂う。昏く濁った血みどろの瞳が無邪気な稚気を帯びていた。

 

「フフ、そろそろテコ入れの段階かな?」

 

 闇黒が震える。

 少年がおもむろに上げた右手に二輪の真っ黒な薔薇が忽然と現れた。

 目を瞑り、美しい八重咲きの花弁を鼻先に近づけ、芳香を嗅ぐような仕草。そして、腕を振る。

 何気ない動作で投擲された黒薔薇が闇に突き立った。

 

「――ザリチュ、タルウィ」

 

 少年の呼び声を引き金に一面の闇が泡立ち、二輪の薔薇に殺到する。

 渦を巻く闇黒が膨れ上がり――絡み、捻れ、縒り合わさった闇がやがてヒトガタを形作った。

 二体のヒトガタが少年の前に跪く。

 

「ザリチュ、参上仕った」

 

 一人は男。筋骨隆々、鋼のような筋肉の鎧を全身に纏う。

 

「タルウィは御前に」

 

 一人は女。端麗妖美、色気を醸す豊満な肢体が曲線を描く。

 

「やあ、よく来てくれたね」

 

 頭を垂れる臣下を見下ろし、主君たる少年は両手をポケットに突っ込んだ体勢で、彼らを和やかに迎える。

 だがその声色の響きはどこか無感情にして無機質。悪意と敵意と傲慢と拒絶と嫉妬と否定と無理解と――世界のありとあらゆる“穢れ”を孕んだかのよう。

 

「キミたちには、“ゆりかごの鍵”を取り戻して来てもらいたいんだ。邪魔立てをするものは抹殺してくれてかまわないよ――例えそれが、“裏界皇子”でもね」

 

 口元を弧月に歪め、まるで子どもにお使いか何かを言いつけるような口調。しかしその調子とは裏腹に、内容は極めて血生臭い。

 

「ご主人様のご命令とあればこのタルウィ、どんな困難でも達成して見せますわ。……この筋肉達磨との共同というのは気に入りませんけれど」

「ふん、アバズレが。主上の御意でなければ、誰が貴様のような雌豚などと組むものか」

 

「「…………ッッ」」

 

 口汚く相手を罵倒し、しまいには殺気を込めて睨み合う部下たちに少年はやれやれと首を振る。

 これでもこの二体は、彼の配下の中でコンビネーションに最も優れた個体。今回の“イベント”にはお誂え向きの配役と言えるだろう。

 

「ま、キミたちなら巧くやってくれるとボクは期待しているよ。――さあ、行くんだ」

 

「「はっ!」」

 

 少年の指令は下り、男女のヒトガタが姿を消した。

 そして辺りに静寂が戻る。

 

 闇。

 黒い闇。

 闇よりも遙かに暗く、闇すらも飲み込む奈落の世界。

 暗黒が笑う、嘲う、嗤う。

 

「……さて、と。残り少ない家族ごっこの時間、精々楽しみなよ」

 

 暗黒の帳は依然、世界を覆ったまま――――

 

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