魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#31

 

 

 

「うぐ、ぁっ」

「ウフフ、散々手こずらせてくれましたけれど、これで終わりですわね」

 

 灼炎燃ゆる市街地。

 見るも無惨なボロボロの姿で地面に伏せたユーノの右手を、壮絶な笑みを浮かべたタルウィのピンヒールが踏み潰している。

 嗜虐心を露わにし、グリグリと骨が折れんばかりに体重を込める。その度に、足元から呻き声が聞こえ、タルウィの憤懣は愉悦に変わっていく。

 結界を力づくで破られ、通常空間に放り出されたユーノは怒り狂った魔神の力に為すすべもなく嬲られ、鮮血に塗れていた。

 両者が帰ってきた時点で、民間人の避難が始まっていたことは唯一の幸いか。

 

「さて――」

 

 ぴ、と立てる紅いマニキュアの塗られた指先に膨大な魔力が集まる。それは瞬く間に膨れ上がって、一つのを形成した。

 火球とはまた違う、純粋な熱の塊。魔法的な防護服で守られているユーノはともかく、アスファルトや周囲の建築物、車両などが圧倒的な温度に曝されてみるみるうちに溶かされていく。

 それはまるで火の点いたロウソク。刻一刻と失われていくユーノの命を暗喩しているかのようで。

 

「果てなさい」

「……っ」

 

 致死量の熱がユーノを焼き尽くさんと解き放たれるその刹那――、眩いばかりに光り輝く奔流が空間を切り裂く。

 

「……ッ!?!?」

 

 タルウィを横合いから飲み込んだ光はビルに突き刺さり、巨大な爆発を引き起こした。

 今まさに多大なる破壊を引き起こすその暖かな色合いの薄紅色に、ユーノは見覚えがあった。

 わからないはずがない。

 傍らでずっと見続けていた魔法の光。憧れて、護りたいと想う光だから。

 

「ッ、お前は――!?」

 

 爆心地、瓦礫を押しのけて立ち上がるタルウィが睨みつけた先に、燃え盛る炎の中を悠然と進むシルエットがある。

 力強くも優雅な印象を与える白青のドレス、熱風に揺らめく白いリボンと二房の髪。その左手に槍状の杖を携え、白い靴から三対の光翼を広げた純白の魔導師――――

 

「高町、なのは……!!」

 

 憎悪を込めて名を呼ばれた彼女――なのはは、魔神にちらとも視線を向けずただ静かに、真剣そのものといった表情で歩を進め、傷ついた青年の傍らに辿り着く。

 

「なの、は……」

 

 ズタボロの身体を無理に起こし、ユーノが見上げる。

 エクシードモードのバリアジャケットを纏う凛々しい姿に、かつての懐かしい面影が重なる。

 

「ユーノくん、すこし休んでて」

「……ごめん、僕が――」

「うん、すぐに終わらせるから」

 

 真剣な雰囲気を崩し、なのはがユーノに語りかける。どこか涙を流すように、微笑んで。

 短く言葉を交わすふたり。自分を見つめる清廉な青紫の瞳に浮かぶ断固たる意志を見て、ユーノは安心して微笑み、自らを癒すための結界を張った。

 なのはは彼にもう一度笑みを贈り、冥魔へと向き直る。

 

「――ふ、ふんっ、たかが小娘が出てきたところで今更! ましてやマトモに戦えないような臆病者など、わたくしの敵ではなくってよ!」

「なんとでも、好きなように言えばいいよ。……私はもう迷ったりしない、そして見失いもしない。ただ、この胸にある確かな想いを、最後まで貫き通すだけ――」

 

 翼が大きく羽撃き、少女の身体がふわりと浮かび上がる。

 桜色の羽が舞い散る様はいっそ幻想的なほどに美しく。その光り輝く姿はまさしく“天使”――か弱き人々の盾となり、邪悪な意志から護り抜く勇気の星。牙無きものの牙、絶望に抗う者たちの前を行き、その光により導く先導者――

 

「――ッ!?」

 

 言い知れぬ気迫と闘気に気圧されて、タルウィは反射的に後退った。

 仮にも悪徳を極めた魔神が、たかだか強い力を持っているだけでしかないヒトの小娘に、である。

 

 ごく静かな表情で、レイジングハート・エクセリオンを腰だめに構える純白の魔導師。その尖端から伸びる紅(くれない)の刃――ストライクフレームは、自分の全てを賭して弱きものを、そして大切な人たちを命に代えても護るという彼女の決意の結晶。

 すぅ、と深呼吸。顔を上げたなのはは、キッ、と凛々しい青紫の瞳を眼前の魔神へと向けた。

 

 ――この手にあるのは、撃ち抜く魔法。

 涙も痛みも、運命も。

 そして、邪悪な意志さえも――

 

「あなたに! 見せてあげるっ!!」

『Blaster Bit Set up!』

 

 背後に展開した魔法陣から、レイジングハートの鉾先を模した機動砲台が四つ召喚された。

 

「“エース・オブ・エース”の力をッッ――――!!!!」

 

 四機のブラスタービットを引き連れ、白き天使が悪しき魔神に向けて突撃した。

 

 

   *  *  *

 

 

 フェイトと攸夜、そして“渇き”のザリチュが繰り広げる死闘は熾烈を極めていた。

 

「ぬぅうううんッ!!」

「ぜぇええやあああッ!!」

 

 原子を砕く拳と万物を破壊する拳とがぶつかり合う。

 その余波たるや凄まじく、発生した衝撃波が建造物や自動車、街路樹などを例外なくなぶり、粉々に粉砕し尽していく。

 瓦礫の山の中心で、破壊を広げる二柱の邪神。全身を凶器に、嵐のごとき肉弾戦を繰り広げる。

 決定的なダメージこそないが、焦燥感の帯びた表情で疲労を僅かに漂わせた攸夜。度重なる激突で服が弾け、筋肉が異常に発達した上半身を露わにしたザリチュ。

 超越者同士の激闘は続く。

 

「砕け散れぇい!!」

「ぐあっ!?」

 

 毎秒十万回以上の振動エネルギーが込められた鉄拳と真正面から打ち合い、攸夜は体格差で弾かれる。

 しかし、後方に吹き飛ばされた彼の影を縫うように迸る金色の雷光が、硬直を曝した魔神の死角から襲い掛かった。

 

「むっ!」

「たああああっ!!」

 

 バリアジャケットの大部分をパージしたレオタード姿――真ソニックフォームを開帳したフェイトが、ライオットスティンガーの刺突を繰り出す。

 狙いは魔神の胸板、心の臓――時に、軍事用レーダーすら置き去りにする速度で喰らいつく。

 だが――

 

「っ、そんなっ!?」

「無駄無駄ァ、我が輩の“鎧”を貫くことなど不可能!!」

 

 パキィッ、響く甲高い音。

 ザリチュの筋肉質な全身を覆う超振動の“鎧”が、刃の侵入を阻んだ。

 ズン、と大地を揺るがす震脚。振動が“空気”を固める。

 

「あぐっ!?」

 

 反動で弾かれ、体勢を崩した格好で空中に張りつけにされたフェイトを襲う拳。螺旋を描くコークスクリューが唸りを上げた。

 

「やらせるか!」

 

 素早く間に割り込み、カバーに入った攸夜と大盾に連結したアイン・ソフ・オウルが鉄拳を受け止めた。

 彼はフェイトから魔神を遠ざけるべく、すぐさま挑みかかる。

 ただでさえ装甲の低下甚だしい現在のフェイトだ。その上、空気を固めて動きを止められて迅さを生かすこともできず、拳を喰らえば新鮮なミンチになるのは目に見えている。両者の相性は最悪だ。

 攸夜としては一撃たりとも彼女に食らわせるわけにはいかず、フォローに回るばかりで戦況は降着していた。

 

「っち、馬鹿力が!」

「そういう貴殿は貧弱だな!」

「抜かせ、三下!」

 

 罵倒を吐き、拳を怒濤の如く繰り出す。

 連打、連打連打連打――――

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラッッ!!」

「ヌゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打――――

 激しいが、決定打に欠けた攻防。本来の攸夜ならば鎧袖一触のところ、“冥刻王”との戦いで受けた傷がそれを不可能にする。

 だが“プリンス・オブ・デーモン”の真骨頂は単純な武力ではない。むしろそのクレバーな知性と戦闘センス、そして変幻自在の戦法にこそが最大の武器なのだ。

 

「シッ!」

 

 不意の前蹴りで虚を作った攸夜は、掌に直径50㎝ほどの高速回転するギザギザの光輪――〈シャイニングカッター〉を創り出し、撃ち放った。

 

「ぬっ!?」

 

 ザンッ、とザリチュの野太い右腕が八つ裂きにされて半ばから切断された。

 綺麗な断面から紅黒い体液が噴出する。未だ空中にあった攸夜は続けて魔力を術式に装填する。

 

「闇に散れ! エクスキューショナーッ!!」

 

 突如地面から噴き出した幾条もの漆黒の火柱が、巨漢の悪魔を襲う。ザリチュの肉体がグズグズに焼け爛れていく。

 〈エクスキューショナー〉。触れた相手をほぼ確実に死に至らしめる闇を術者の指定した範囲に生み出す、〈冥〉の魔法である。

 

「ぬぅ……! 我に闇など無意味!」

「知ってるさ、そんなことは!!」

 

 大したダメージを受けていないザリチュに言い返す攸夜は、すぐさま膨大な魔力を練り上げた。

 人差し指と中指を立てた左の剣指にて幾度も空を切る。

 “シャイマール”の知識――〈古代魔法〉によりアレンジされた術式が発動、世界の法則を塗り替える神秘の力が解き放たれる。

 ザリチュを何重にも取り囲むように発生した帯状魔法陣、その中に莫大な光子が集まった。

 追撃には、必殺の意志を乗せて――

 

「――消え失せろッ!!」

 

 左の掌が開かれたことを合図に、莫大な魔力と光子が爆発する。

 辺り一帯に溢れかえる無垢なる蒼銀の輝きが、影さえも飲み込んで――

 〈トゥルーレイ〉。「真実の光」と名付けられた闇を滅する光で攻撃する〈天〉の魔法が、ビル街の中心で炸裂した。

 蒼白い討滅の烈光が収まり、塵が徐々に晴れていく。

「やったの……?」攸夜の側に来たフェイトがやや不安そうな顔をして彼を見やり、ぽつりと呟いた。

 

「フェイト、それはフラグだ」

「……フラグ?」

 

 スラングの意味がわからず、フェイトがキョトンとした顔でこてんっと小首を傾げる。

 と、彼の言葉通り噴煙を衝撃波で吹き飛ばしたザリチュが健在な姿を現した。

 光輪に斬り飛ばされた腕が元に戻っている。おそらく、〈トゥルーレイ〉に焼かれた肉体と併せて再生したのだろう。

 

「ぐぬ、ここまで手こずるとは! おのれシャイマールッ!!」

「ち、しぶとい。雑魚は雑魚らしく、黙って壊れていればいいものを」

 

 憤怒で鬼の形相をした魔神にも臆せず、攸夜が軽口混じりに吐き捨てる。

 様子から察するに致命的なダメージを与えられたようだが、短時間で完全再生された事実は無視できない。高位の人外同士の戦いでは珍しいことではないが、それでも忌々しいことに変わりはなかった。

 ――火力が足りない。

 不甲斐ない自分に攸夜は歯噛みする。

 魔力も強度も戦力も足りなくて、今の自分では敵を壊しきれない。空気を固めるという厄介極まりない能力を持ったこの冥魔を打倒するには、あと一手、もう一押しする決定的な何かが必要だった。

 そんな苦悩する魔王を救う手は――、蒼天より舞い降りた。

 

「!!」

 

 突如青空をライトマゼンタの輝きが覆い尽くし、頭上遙か高くから同じ色の巨大な光の柱が落ちてきた。

 その場から大きく後退するフェイトと攸夜。野太い魔力の束の向こう側、ザリチュもまた距離をとった模様だ。

 夥しい純粋魔力の奔流が、魔力爆発を引き起こす。地面に突き刺さった光条が徐々に細くなっていく。

 閃光が消えて、すり鉢状に削り取られた爆心地の中心に倒れ伏していた人影。それは――

 

「タルウィ!?」

 

 徹底的に打ちのめされた悪神の片割れ。その相方が驚愕で顔を歪める。

 とても懐かしい魔力の感触に、攸夜は思わず口許を緩めた。

 それは勝利を確信した笑み。これが誰の仕業かなど、彼にはわかりきっていたから。

 このように激しくも清廉な純粋魔力砲撃を放てる魔導師など、次元世界広しと言えどただ一人――呆然と空を見上げていたフェイトはパートナーと同じ結論に達し、期待に胸躍らせ、目を見開いて振り返る。

 

「これって――」

「おうおう、随分とまぁ派手な登場をしてくれるじゃないか。――なぁ、相棒?」

 

 不敵な笑みを浮かべた攸夜の呼びかけに答えるように、二人の前に降り立つ純白の天使。

 コッ、と白い靴が音を立て、桜色の粒子が舞い散る。彼女の肩の上には、クリーム色の毛並みをしたフェレットがちょこんと掴まっていて。

 今までの焦燥感を綺麗に捨て去り、フェイトは花が満開に咲き誇るように相好を崩す。傍らに立つ青年は、彼女の切り替えの早さに苦笑を禁じ得なかった。

 

「なのはっ!」

 

 親愛の込められた歓喜の声に迎えられ、彼女――なのはがにこりと微笑する。

 感極まったフェイトが子犬のように駆け足で、戦闘中であることも忘れて親友へと駆け寄る。熱烈なハグでなのはをびっくりさせていた。

 フェイトの抜けた穴のフォローに、攸夜はアイン・ソフ・オウルを分散展開させ、薄い防御幕を張り巡らせる。一分の隙もなく構え、蒼い眼光が前方を見据えた。

 半透明の光の向こうでは、墜落した女怪と相方の巨漢がこの期に及んでお互いを罵倒し合っている。

 

「――それで、もういいのなのは? その、砲撃とか……」

「うん。だいじょうぶだよ、フェイトちゃん。……心配、かけちゃったよね」

 

 レイジングハートを軽く掲げ、なのはがカラッと言う。そこには散見された陰も、くすぶっていたわだかまりも一切ない。

 フェイトは悟った。“エースオブエース”高町なのはの完全復活を。

 不意になのはの肩から飛び降りたフェレットが、翠緑色の魔力光とともに姿を変える。民族衣装風の意匠が施された若草色のスーツに、フードの付いたブラウンのマント――ユーノだ。

 

「てかユーノ、何で今更フェレットモードなんだ?」

「焼け石に水だけど、体力と魔力の回復をしてたんだ。……なのはがどうしてもって言うしね」

「も、もうっ、黙っててって言ったでしょユーノくんっ!?」

「あはは、ごめんごめん」

 

 自身の子どもじみたワガママを何気なく暴露され、なのはが恥ずかしがって赤くなる。

 約十年ぶりにデバイス起動の呪文から唱え、テンションがおかしくなってはしゃいじゃっていたらしい。

 くすり、とフェイトがかわいらしい親友の小さく笑みをこぼした。

 

「ふふっ……なんだか昔に戻ったみたいだね、私たち」

 

 フェイトと攸夜、ユーノ……そして、なのは。出会った頃を重ねて、思い出してしまうシチュエーション。奇しくも身に纏う装束もかつてを思わせるもの。

 この頃、地球の実家で赤毛犬耳の幼女がくしゃみをしていたのは余談。そして現場に向かうヘリの機内で、ちょっと地味めな某部隊長が「また私みそっかすかいなっ!?」と叫んでいたのはもっと余談。

 

「そっか。10年ぶりになるかな、私たちが揃っていっしょに戦うのって」

「そうだね。僕は前線から退いていたし、ユウヤも長らく行方不明だったからね」

「悪かったな、行方不明で」

 

 痛いところを突かれてそっぽに向く攸夜。それから真面目な表情を取り繕い、しかし陽気な雰囲気でなのはを見やる。

 

「――今日の主役はなのは、お前だ。一発、威勢のいい掛け声を頼むぜ」

「え? えっ? ふぇええ!? わわわ、私ぃっ!?」

「うん、そうだね。私たちを引っ張ってきたのはなのはだもん、それがいいよ。ぜひやってよ」

 

 突然の提案になのはは大いに困惑する。しかし、フェイトの後押しを受け、ユーノの穏やかな笑みを見やってから渋々というか、おずおずといった感じで切り出した。

 

「えっと、じゃあ行くよ。……私たち四人が力を合わせれば――」

 

 なのはが笑顔で言う。いつかのように。

 フェイトが笑顔で応える。いつかのように。

 

「できないことなんてない! ――だよねっ?」

「いや、そこでフェイトが締めちゃ駄目だろ。ま、その通りだけどな」

 

 フェイトの天然さに、攸夜は苦笑した。

 なのはと、フェイトと、ユーノと、攸夜と……四人が揃えば何だってできる。どんな“奇蹟”だってきっと起こせる。――少なくとも、彼らはそう確信していた。

 

「おのれッ、嘗めた真似をッ!」

「この返礼は百倍にしてくれますわっ!」

 

 魔神たちに変化が現れる。男の方は頭部から羊に似た鋭く尖った角をを生やし、筋骨隆々な上半身を爬虫類の鱗が覆い。

 女の方はコウモリのような皮膜の翼を広げ、蠱惑的な肢体を黒いボンテージが包み込む。

 人間の姿を捨て去り、禍々しき瘴気を放つ二柱の悪しき神。

 けれど、恐れる必要はない。

 場にはついに、最強のエースが配されたのだから。

 最高のエースと最凶のジョーカーが息を吹き返し、そこにもう一枚、最良のワイルドカードまで加われば、もはや敗北などあり得ない。

 

「ここからなオレたちのステージだ! いい加減ケリをつけようぜ、冥魔ッ! ――リミットブレイクッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

  ♯31 「ETERNAL BLAZE WーFULL DRIVE mode」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高町なのはァアアッ!! お前は、お前だけはッ、わたくしがこの手でズタズタの八つ裂きにして差し上げますわッ!!」

 

 上空、女同士の戦いは激しさを増していた。

 本性を現し、耳まで裂けた口で吼えるタルウィの行く手を金砂の髪をなびかせた戦姫が阻む。

 

「なのはは私が守るっ!」

「ぐぅ! 邪魔を……!」

 

 爪撃が繰り出だされた瞬間にはすでに彼女はその場におらず、代わりに金色の斬撃が閃いた。

 空間固定現象から逃れたフェイトは、最大の武器――音速を凌駕する速力を遺憾なく発揮する。

 唸る雷鳴。輝く閃光。

 タルウィとて“熱”の能力の応用で驚くべき速力を発揮しているものの、“金色の閃光”には遠く及ばない。

 さらに、固定砲台・空中要塞と化した生粋の砲撃魔導師の砲撃支援が加われば――

 

「どんどん行くよ! ディバイィィィイン、バスターーーッ!!」

 

 レイジングハート本体とブラスタービット、計五機の尖端から桜色の光条が発射された。

 本命のレイジングハートと、周囲に死角を潰す形で展開したビットが念密かつ回避不可能な十字砲火を作り出し、砲撃の豪雨が大空を揺るがす。

 時折、アクセルシューターなどの誘導弾も交え、相手を封殺する基本に忠実な戦術。四年のブランクを何ら感じさせないキレのある砲撃魔法。術式の完成度も、魔力素の集束率も、針の穴を通す技量も錆び付いてはいない。

 魔力爆発が蒼天を灼く。

 エース二人の抜群のコンビネーションに手も足も出ず、タルウィはもはやなされるがままだ。

 

「……今度こそやったかな?」

「油断はできないよ。あの人、かなり頑丈だから。なにせバインドして、ディバインバスター3ダースくらい撃ち込んだのに倒せないんだもん」

「そ、そんなに……?」

 

 たらり、と額に冷や汗を流すフェイト。あるいは、バインドされて全力全開(スターライトブレイカー)を食らった記憶が蘇ったのかもしれない。

 予想通り、墜落したタルウィはよろけながらも未だ健在。なのはが少し落胆する。

 

「うーん……やっぱダメみたい。ブラスターのレベル上げるのも、ブラスターでスターライトブレイカー撃つのもあんましたくないしなー……」

「……じゃあなのは、久しぶりにあ(・)れ(・)、やってみる?」

「あ(・)れ(・)っていうと、もしかしてずっと前にはやてちゃんたちとの模擬戦でやったあれ?」

「うん」

「おー、フェイトちゃん、それナイスアイディアっ!」

 

 きゃいきゃいと楽しげに相談する二人。起き上がったタルウィが、無邪気な様子に怒りを露わにする。

 

「ええい、なにをゴチャゴチャと! 燃え散りなさいッ! 辺獄烈火ッ――!」

 

 再び上昇し、タルウィは頭上に闇色の炎――その正体はやはり莫大な熱量の集合体――を生み出した。

 燃え盛る黒炎。害悪の顕れ。

 その前では、Sランク魔導師のバリアジャケットとて紙切れ同然だろう。

 

「すごい熱量……だけど、ユーヤの光に比べればッ!」

 

 冷静に、ライオットザンバー・スティンガーを合体させたフェイトは、臆することなく荒ぶる闇色の烈火に突っ込んでいく。

 思考はクールに、けれど心はホットに。それが闘いの鉄則。

 

「はあああっ! イマジンッ、ザンバー!」

 

 紫電迸り、真っ直ぐ振り下ろされたライオットザンバー・カラミティが熱量の塊を呆気なく両断する。

 〈イマジンザンバー〉。AMFに酷似した特殊なフィールド、破壊神シャイマールの加護を込めた一太刀により魔素(マナ)の結合そのものを断ち斬る対魔法剣技。〈スプライトザンバー〉の上位互換魔法である。

 

「なっ、馬鹿な!? わたくしの力がこうも簡単に!??」

 

「フェイトちゃん!」

「行こう、なのは!」

 

 霧散した自らの魔法に、タルウィの顔が驚愕に染まる。その致命的な隙を見逃す二人ではない。

 魔力解放、オーバードライヴ。ロードしたカートリッジが大量にばらまかれる。

 

「全力全開!!」「全身全霊!!」

 

 レイジングハート・エクセリオンが展開するバレルフィールド。

 なのはの魔力を集中させたライオット・カラミティを、フェイト自らの魔力を乗せて一閃し、溜め込んだ魔力の全てを一気に放出する。

 

「「ブラストシューートッ!!!!」」

 

 形成されたフィールド内部に、ディバインバスターとプラズマスマッシャーが撃ち込まれた。

 空間中に満たされた膨大な魔力が飽和して、崩壊現象を引き起こす。超絶的な威力を誇る空間攻撃が完成する。

 なのはとフェイトの合体魔法――〈ブラストカラミティ〉がここに炸裂した。

 

 

 地上を舞台に、激突する男たち。

 熾烈な肉弾戦もまた最高潮を迎えていた。

 

「ハッ! お前も嬉しいか、アイン!!」

 

 嗤う。白金の衣を纏う魔王が愉快げに嗤う。白き“羽根”に収められた七つの宝玉が光を灯していく。力を取り戻していく。

 アイン・ソフ・オウル――否、“七徳の宝玉”とはヒトの心の善き形質の結晶である。そして、七徳の反存在たる“七罪の宝玉”もまたヒトの心の悪しき形質の象徴だ。

 善きにしろ悪しきにしろ、罪にしろ徳にしろ。無限に変わりゆく“心の力”こそがその本質。時に激しく、時に静かに揺れ動くヒトの感情の脈動こそがその源。

 ヒトの心は無限。天に架かる虹のように、色とりどりに煌めく力には限りがない。

 ――故に。

 攸夜の、フェイトの、なのはやユーノの心の震えが今、アイン・ソフ・オウルと“七徳の宝玉”に限りない力を与えていた。

 

「光よ!」

「ヌゥ……! この様な事で、“裏界皇子”の力がよもやここまで高まるとは!」

「貧弱と評した男に、一方的になぶられる気分はどうだ?」

「グア!?」

 

 青い軌跡を残して閃く七枚の“羽根”が、斬り開かれた虚空から放たれる聖なる光の奔流が、冥き闇を纏う嵐のような拳打が次々に巨漢の魔神に襲いかかる。

 力を取り戻しつつある攸夜の猛攻に押し込まれるザリチュは、もう一人に的を絞った。

 

「グ……ッ、なれば!」

「それは見切った!」

 

 空間の固定を引き起こす衝撃波がユーノを襲うが、解き放たれた“賢明”の力がそれをキャンセルする。

 神格の差は歴然、しかし強大な力ほど代償は激しい。宝玉の真なる権能が連続で解放できないことを知るザリチュは成功を確信し、最大級の衝撃波を放つ。

 だが、再び“賢明”の青は輝いた。

 

「馬鹿な! 同じ宝玉を連続で解放して……!?」

「俺たちの進化は止まらない! 一秒先の俺は、一秒前の俺を凌駕する!! そして――」

「僕を忘れないでほしいね!」

「ガッ!?」

 

 懐に飛び込んだユーノが言葉を引継ぎ、瞬時に展開された巨大な八角形の障壁がザリチュを強かに突き飛ばす。

 待ちかまえていたように伸びた翠緑の鎖がザリチュの胴体に巻きつき、雁字搦めに拘束。さらにその上から、六本の鋭い円錐状の魔力塊が四方から突き刺さった。

 〈ニードルバインド〉。拘束力と殺傷性を併せ持つ、凶悪極まりないユーノのオリジナルスペルである。

 

「まだくたばるには早いぞ、冥魔ァ! オオオオッ!」

 

 光を纏った手刀と足刀を円環状に振り回し、攸夜が拘束された魔神を滅多斬りにする。その様はまさしくサンドバッグのごとくだ。

 攸夜とユーノは今までの鬱憤を晴らすかのように、持てる限りのポテンシャルを存分に発揮する。“信頼”する心友と共に、在らんばかりの力を合わせて。

 ――苛烈な連撃に耐えきれなくなったバインドが、甲高い音を立てて砕け散った。

 背後に吹っ飛ぶザリチュの巨体に、攸夜とユーノが肉薄する。

 

「行くぜ、相棒!!」

「任せて、ユウヤ!!」

 

 かけ声を交わし合い、二人は拳を握り込む。

 

「だああありゃあッ!!」「たああああっ!!」

 

 裂帛の気合いとともに、棒立ちの魔神へ完全にユニゾンした連撃を加えていく。

 まるで音楽に合わせてステップを踏むように乱舞する鉄拳と蹴撃の嵐。もっともその演目は、アップテンポの激しいラテン系音楽であったが。

 音楽の終わり目、トドメとばかりに。

 

「「貫けぇえええええええッッ!!!」」

 

 攸夜の左とユーノの右がそれぞれの魔力光を纏い、ザリチュの鳩尾に突き刺さる。堅い鱗を、振動の“鎧”を貫き、かち上げた。

 さらに、ザリチュの首筋にユーノの掌から発したチェーンバインド――尖端が鉤爪状になった――が食らいつく。

 ユーノは、その細身の体に似合わない膂力で魔神の巨体を振り回し、空中に放り出した。

 

「ッああああっ、ユウヤ、今だよ!」

「合点!!」

 

 親友の合図にあわせて蒼銀の翼を広げ、上昇。緑の光、“信頼”が輝き、攸夜の像が七つにぶれる。

 残した三つの蒼銀のリングを飛び上がった頂点から跳び蹴りの格好で急下降して潜り抜け、背後に展開したアイン・ソフ・オウルが魔力のアフターバーナーを吹かせ、速度を上げた。

 光の輪を通る度、つま先に集中する蒼白い魔力――必殺の一撃〈エンシェントストライク〉。

 六体の分身を引き連れ、急速に落下する“獣”が吼える。

 

「「「「「「「はああああッッ、せいやああああ――――ッッッ!!!!」」」」」」」

 

 運動エネルギーと落下エネルギー、そして莫大な魔導エネルギーの三乗。

 蒼い七つの彗星が大地に堕ちて。

 

 ――――そして同時に二つ、極大の大爆発が世界に轟いた。

 

 

「……やったかな?」 

「フェイト、さんざん言うがそれはフラグだ。――ほらな」

 

 ポロッと漏らしたフェイトの天然発言に、攸夜がツッコむ。

 すると二体の冥魔は、ボロボロになりながらも未だ立ち上がろうとしている。もはや死に体とはいえ、つくづく恐ろしい生命力と“プラーナ”だ。

 

「ったく、本当にしぶといな」

 

 うんざりしたように感想を漏らす攸夜。ついにシリアス分が切れたのか、ダラッと体勢を崩して両手をボトムのポケットに突っ込んでいる。

「ちょっと攸夜くん、マジメにやらなきゃダメでしょっ!」そんな彼の態度を見て、わりと真面目ななのはがプンプン肩を怒らせ咎める。「だからデバイスを向けんなっつの!」

 いわゆるケンカ友だちな二人の、いつものやりとりにフェイトとユーノは顔を見合わせ、笑みを交わした。

 

 

「みんな、トドメ行くよっ!!」

「うん!」

「やろう!」

「オーケー! いい加減終わりにしようぜ!」

 

 気を取り直したなのはの号令で、フェイトとユーノがパートナーを交代する。――世界で最も信頼し、世界で最も愛する想い人に。

 

「まずは俺たちからだ。準備はいいか、フェイト!」

「いつでも行けるよっ、ユーヤ!」

「よし、パターンを変えるッ!」

「うんっ!」

 

 黄金の双剣が閃き、蒼銀の双刃が輝く。二人の視線が膝を突いた悪神を貫いた。

 あのコンビネーションアタックを受けて未だ原形を保つ存在の強度――“プラーナ”には驚愕すべきことだが、あれほど致命的なまでに損傷しては能力を使う余裕すらないだろう。

 だが、このまま放置しておけば周囲の“プラーナ”を吸収し、再び復活されてしまう。

 例え見た目が人型であろうとも、完全に滅ぼさなければならない。

 

「裂風ッ!!」「刃雷ッ!!」

 

 口上を合わせ、フェイトと攸夜は瞬く間に最高速に到達する。

 風を裂き、雷を刃に変えて。

 未だダメージから立ち直れず、膝を突く“渇き”のザリチュは突如見えない何かに正面から大きく吹き飛ばされた。

 全力でザンバーを振り抜い(ホームランし)たフェイトによるものだ。

 

「ガッ……!?」

 

 仰向けで吹っ飛ぶ冥魔を今度は背後から強い衝撃が襲い、空高く打ち上げられた。

 軌道を予測して背後に回り、タイミングを合わせた攸夜の〈エンシェントストライク〉による上段回し蹴りである。

 

「遅れないでね、ユーヤ!」

「そっちこそな、フェイト!」

 

 声を、視線を交わし合い、二人は解き放った魔力を練り上げる。

 

「宝玉、解放ッ! 打ち砕く!!」

「持ってけッ、私たちのありったけ!!」

 

 アイン・ソフ・オウルが緑色の光を放ち、ミリセコンドの世界で魔神に追いすがるフェイトと攸夜の姿を七つに分裂させる。限界を突破して進化した“信頼の宝玉”の権能が再びその力を示す。

 創られた実体ある幻影を引き連れて、二人は刹那より迅く、音速さえも超えて複雑に折り重なる斬殺領域を形成する。決して見切れぬ超速の剣閃によって計666の太刀筋が悪神に次々と刻まれ、空中にかち上げられていく。

 そして、12人の分身が四方八方から一斉に斬り掛かった。

 

「ガアアッ!?」

 

 効果を終えた分身が魔力光に変わると、巨大な魔法陣が空中に描き出される。

 ザリチュを中心に捕らえた魔法陣を仰ぎ見て、フェイトと攸夜は右手と左手を組み合わせた。

 

「うおおおおおおおッ!!!」

「はあああああああっ!!!」

 

 二人の光は、邪悪の存在を許さない。

 腕を後ろに伸ばし、堅くつなぎ合った右手と左手。そこに〈ラグナロックライト〉の要領でお互いの魔力を込め、混ぜ合わせる。

 本来であれば他人同士の魔力を完全に合一するのは至難。けれど、攸夜の魔力に対して極めて高い親和性を持つフェイトとなら。魂の完全同一とも言えるふたりなら――

 

「行っけェェェエェエエッッ!!!!」

「やあぁああああぁぁぁッッ!!!!」

 

 組んだ手をそのままに、手首を返して前に突き出し、魔法陣に拘束されたザリチュに叩き込む。

 解き放たれた魔力が爆発した。

 雷鳴煌めく閃光と旋風渦巻く天光が混じり合い、清冽な光の柱となって空を穿つ。

 そのまばゆいばかりの輝きに飲み込まれ、渇きを司る悪神は光の先に爆発四散した。

 

「名づけて!」

「ハートブレイカー!!」

 

 颯爽と着地し、膨れ上がる真白な爆炎を背にしたフェイトと攸夜が不敵に嘯いた。

 

 

「ユーノくんっ!」

「OK、なのは!」

 

 なのはの合図で、結界術式を紡ぐユーノ。彼の足下に、翠緑のミッドチルダ式魔法陣が閃いた。

 さらに、その周囲には魔力で構成された薄い板――空間モニターとキーボードが無数に喚起されて広がった。

 

「行くよ、マギ! 領域指定、演算開始! ……結ッ!」

 

 白魚のような指先が鍵盤の上を踊り、即興の交響曲(シンフォニー)を奏でる。

 複雑かつ極めて高度な演算により創られた精密で静謐な結界が、空中に逃れた“熱”のタルウィを取り囲んだ。

 

「こ、こんなもの! ――なにっ!?」

 

 タルウィの放った熱線が結界内部の壁にぶつかると、そっくりそのままの軌道で反射される。冥魔はそれを辛くも避けるが結界に接触して再び跳ね返り、背後から直撃した。

 ――この結界の正体は〈モノフェーズ・リフレクターフィールド〉。内向きに反射面を反転させたモノフェーズ――つまり単位相指向型結界であり、内部からの攻撃を反射、かつ外部からの攻撃を素通しする極めて高難度の結界魔法である。

 本来ならさして強度のない軟弱な結界であるが、ユーノの類い希なる技量が冥魔の王の攻撃すらも跳ね返す強度を与えていた。

 

「レイジングハート!」

『All right! Divine Buster Full Power!』

 

 主の意を受け、展開した四機のブラスタービットが、レイジングハート本体とともに結界内へ次々に砲撃を撃ち込む。

 翠緑の膜を透過した桜色の光束をタルウィは何とか避けるものの、避けた先から内部の壁に反射され、跳ね返っては再び迫る。そして砲撃同士が接触することなく、延々と反射し続ける。

 その結果――

 

「ガアアアアアッ!?」

 

 無数の魔力砲撃が、逃げ場のない閉鎖空間で幾度となく炸裂する。さらに次々に命中して爆発を起こす魔力砲撃は、結界内部に魔力の残滓を蓄積させていく。

 原理としては〈ブラストカラミティ〉と大差ないが、その魔法的難度と破壊力は桁違いだ。

 全ての反射角を完全にコントロールするユーノの演算能力と、彼と息を合わせて一ミリのズレもない完璧な砲撃を放つなのはのセンスの結実――超一流の砲撃魔導師と超一級の結界魔導師による奇跡の競演が、今ここに。

 

「魔力の制御は僕に任せて! “全力全開”だよ、なのは!」

「うん!」

 

 ユーノの頼もしい言葉に、なのはが微笑む。弾ける笑顔は、まるで戦場に咲く一輪の花のよう。

 緑あふれる大地に咲いた薄紅色の花――芽吹いた生命(いのち)が世界に満ちて、邪悪な意志を浄化する。

 

「行っくよーっ! 全、力、全、開っ!! ブライト、シューーートッ!!!!」

 

 魔力集束。なのはのかけ声で、五条のディバインバスターが結界内に突き刺さる。

 それを引き金にして、〈スターライトブレイカーEX〉を遙かに超えるまでに高まった魔力――〈スターブライトストリーム〉が解き放たれ、熱を司る悪神が星光の中に霧散消失した。

 

 

「決まったねっ、ユーヤ!」

「ああ。やったな、フェイト」

 

 無邪気な笑顔を咲かせたフェイトが攸夜と両手のハイタッチ。そこからお互いに指を絡めて、ぶんぶん腕を上下させる。かなりの高等テクニックだ。

 

「…………」

 

 じーーーーっ、となのはが羨ましそうな顔で親友たちのラブラブな様子を見ていた。

 それに気づいたユーノが、やや躊躇いがちに問いかける。

 

「えっと……僕らも、してみる?」

「あ……うんっ!」

 

 ぱあああっと晴れやかに笑顔が咲き誇る。なのはとユーノは控えめにハイタッチし、そっと手を握り合う。

 それだけでひどく赤面してしまう二人。けれど、友だち以上恋人未満な関係からほんの少しだけ、前に進むことができたような気がしていた。

 ――そんな時だ。

 

「「「ッ!?」」」

 

 ザリチュとタルウィが倒された地点から、大量の濁った魔力が噴き出す。

 それは瞬く間に膨れ上がり、爆発した。

 

 ――――怨、

 怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨――――――!!!!

 

 強烈な邪念とともに現れたのは、ドス黒い呪詛の汚泥を纏う全長約200メートルの巨大なバケモノ。そびえ立つビルさえも見下ろす巨体、羊の角に、コウモリの翼――撃破した二柱の冥魔の特徴が辛うじてわかるだけの、グロテスクで醜悪な存在が生まれ落ちた。

 

 斃された悪神の怨念は強烈な呪詛となり、街路樹の木々を腐さらせ、建築物や街灯を風化させていく。バケモノの全身を覆う黒い汚泥が地面に落ちると、じゅうじゅうと不気味な音を立てて腐食させていた。

 文字通り腐っても悪神、滅びてもなお、その強大な悪意が世界に邪悪をはびこらせる。

 すでに自我などないだろうに、強い恨み辛みだけが暴走しているのだ。

 

「ふぅん。いわゆるタタリ神ってヤツか? お約束だな、オイ」

 

 怨念の固まりとも言える巨大な汚泥に半眼を向け、攸夜が軽口を叩く。

 

「お、おっきい……」

「う、うん」

「マズいね、放置してるだけでも被害が酷そうだ」

 

 なのははあまりの巨大さに呆然と仰ぎ見て絶句し、フェイトもあんぐりと口を開けて立ち竦んでいる。

 ユーノは危機感を覚えながらも、努めて冷静に効果の期待できる魔法を選定していた。

 

「ったく、なにビビってんだお前ら」

 

 脅威に怯えた三人に、黒髪の青年が言葉を投げかける。

 態度も言葉も不真面目だけれど、皆を見つめる蒼い瞳に込められた意志は真っ直ぐだった。

 

「あんなもの、恐れるまでもない。――四人揃った俺たちは、向かう所敵無しなんだからさ」

 

 攸夜の言葉に、三人はハッと顔を見合わせる。

 フェイト/なのは(親友)と一緒なら、なのは/フェイトはもっともっと頑張れる。どこまでも行ける。

 ユウヤ/ユーノ(相棒)と肩を並べれば、ユーノ/攸夜はずっとずっと強くなれる。どんな困難にも立ち向かえる。

 ――そして、四人が揃えば叶わない夢も、届かない願いもない。きっと――

 

 皆の胸の内に、一陣の風が吹く。心の炎を燃やす勇気の風が。

 攸夜は満足げに笑みを浮かべ、高らかに宣言する。

 

「さあ、ド派手なフィナーレと行こうか! 巨大化復活が、古典的な敗北フラグだってことを教えてやる!」

「本邦初公開! 受けてみて、これが私たち四人の合体魔法(ユニゾンシフト)っ!」

 

 攸夜のふてぶてしい宣言と、なのはの軽やかな声。それを合図に、四人はフォーメーションを組む。

 最後尾、地に降りたったユーノがまず動いた。

 

「まずは動きを止めるよ!」

 

 翠に光り輝く巨大な魔法陣の上、ユーノが残り少ない魔力の限りを振り絞って、渾身のバインド魔法を創り出す。

 地面を媒体に閃いた翠緑の魔法陣から総勢三十本の野太い鎖が360°、ありとあらゆる方向から生成されて腐食した巨人を拘束する。だがバインドは巨人――正確には黒い汚泥――に触れた途端、グズグズと崩れ始めた。

 

「!! ッ、魔力まで腐る……!? だけどッ、ユウヤ!」

「ああ! 一人で駄目なら二人でだ!」

 

 親友の声に応えて吼える魔王の全身から、莫大な黄金の闘気――“プラーナ”が解き放たれる。

 

「アイン・ソフ・オウル!」

 

 掲げた左手。蒼銀の魔力が煌めいて、晴れ渡る蒼天に魔法陣が描き出された。

 さらに赤い光――“節制”の力を纏った七枚のアイン・ソフ・オウルがどす黒い瘴気を突破して、実体を持った呪詛の中心に突き刺さる。

 解き放たれた宝玉の輝きが邪念を打ち破り、勝利へのルートをこじ開ける。

 天地を穿つ魔法陣と宝玉の力により、怨念の塊はついに拘束され、目に見えて力を減衰させていた。

 

「なのは!」「フェイト!」

 

 続いて、莫大な魔力を秘める二人の乙女がそれぞれのデバイスを構えた。

 

「レイジングハート!」

『All right!』

 

「バルディッシュ!」

『Yes sir!』

 

 白衣の魔導師の足元に発生する澄んだ桜色の円状魔法陣。金色の杖の尖端を、砲身となるリング状の魔法陣が取り巻く。

 黒衣の魔導師が光り輝く大剣を振りかぶって肩に担ぐ。眼前に、雷光迸る黄金色の巨大な魔力スフィアを生成した。

 

「行くよ、フェイトちゃん! バレルフィールド最大展開、イグニッションッ! 魔力――集束っ、全力全開《フルパワー》っ!!」

「うん! ライオットザンバー・カラミティ、フルドライブッ! メイン魔法陣、次元相似化《フラクタル》ッ!!」

 

 砲撃魔導師たるなのはが主軸となる仮想砲身を形成し、精密な魔力制御に優れたフェイトがそれを縦横に斬り裂いて幾重にも拡大する。

 相似化された魔法陣が幾何学的に広がって、蒼空を覆い尽くさんばかりに彩る。二人の魔力がそれぞれの色の魔法陣を創造し、さらなる展開に備えた。

 

「仮想砲身、座標軸策定! 各パラメータから砲撃の軌道予測……オールクリア――射線上に障害はないよ!」

「数価変換、ゲマトリア修正。テトラグラマトン! ここに集え、“七徳”の光よ!」

 

 ユーノは展開した翠緑の空間キーボードを巧みに操り、あらゆる物理的(マテリアル)事象(エリア)を観測・計測。魔術的(アストラル)事象(エリア)の掌握を担当する攸夜の指示により、七枚の“羽根”が帰還する。

 天から光の橋と白い羽毛の幻影が降り注ぐ中、攸夜は“宝條(アル・)攸夜(シャイマール)”の力を最も引き出す力ある聖句を、今この時この瞬間に最も相応しい形へとアレンジを加え、世界に宣言した。

 

「――――想いを貫く無限(キズナ)の光ッッ!!!!」

 

 清爽にして清冽なる心の光が、混沌の闇を照らし出す。

 裏界を象徴する七芒星を中心に、三つのミッドチルダ式魔法陣がそれを囲み、一つの新たな図形を形成した。

 

「行こう、みんな!」

「僕らの魔力を一つに!」

「コイツで決まりだ!」

「これが、私たちの全力全開!!」

 

 出来上がった巨大な魔法陣に、四人はさらなる魔力をつぎ込んだ。

 フェイトの、ユーノの、攸夜の、そしてなのはの――彼らの胸に燦然と輝く絆の光を受けて、七徳の虹が煌めく。

 黄金、翠緑、蒼銀、薄紅――四者四様の色彩は、彼らの心の有様のそのもの。一人一人違うから助け合える、補い合える。

 それはさながらコンチェルト。共鳴し合う想いが新たな境地を見いだす。

 

「■■■■■■■■――――ッッッ!!!!」

 

 身動きの取れない悪神が悍ましい絶叫を上げる。いや、それはもはや叫びなどという生易しいものではない。物理的な影響を与える呪いである。

 本能的に危機を察知した巨人の全身から、黒い汚泥が驟雨のごとく放たれた。

 しかし呪詛は、絆と心の光を受けてかつてないほど強く輝いた無限光の加護に阻まれて、彼らには届かない。

 高まっていく四つの力が一つとなって、全く新しい“魔法”を創造する。

 

「「インフィニティィィィイイッ!!」」

 

 攸夜とユーノがその力を増幅し、

 

「「ブレイカーーーッッッ!!!!」」

 

 なのはとフェイトが解き放つ。

 星光を輝かせる桜色と、閃光を纏わせる金色。大地を思わせる翠緑と、海原の如き蒼銀。四つの力(想い)がひとつとなって、世界を駆け抜ける。

 絆――それは、無数の星を集める引力。

 同じ願いを抱いて、互いが互いを支い合い、苦難に立ち向かっていく。そうして培った強く確かな繋がりは、想像を遥かに凌駕してどこまでも進化する。不可能を超えていく。

 そしていつしか、無限の“奇蹟”を引き起こすのだ。

 

 

 ――――私は、孤独なんかじゃなかった。大切なものがたくさんあった、大切な人がたくさんできた。

 だから。

 この確かな想いをどこまでも貫きたい。

 この奇跡みたいな出逢いを忘れたくない。

 この大切な世界を失したくない。

 そのためにも――――!!

 

「せーのっ!」

 

 万感の思いを込めたなのはのかけ声が木霊し、駆け抜ける魔力光が混ざり合って虹色の極大な奔流となり、腐り果てた巨人を撃ち貫く。

 永遠に消えない絆の光が、邪悪な呪詛を飲み込んだ。

 

「「「「――――絆の光に抱かれて眠れ!!!!」」」」

 

 放たれた極彩色の極光は大気圏を突破して、宇宙の、銀河の遙か彼方へと飛翔する。

 深い闇を解き放ち、自由の扉を開く。

 清らかなる光に包まれた凶悪な怨念は浄化され、無へと還ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深き暗黒の中。

 パリンッ、と甲高い音を立てて漆黒の薔薇が二輪、砕け散る。

 

『やられちゃったね、アンリの手下』

 

 ――そうだね。だけど、なかなか愉快な見せ物だったよ。

 

『いいの? チャンス合ったのに、また“鍵”を取り返せなかったよ?』

 

 ――回収するのはまだまだ時期尚早だよ。ボクのシナリオ通り、今回は前フリさ。“エースオブエース”の再起も含めて、ね。

 

『ふーん……でさ、あの二人やっぱり復活させるのかな?』

 

 ――いや、そのつもりはないよ。

 

『なんで? 一応、使える配下だったんじゃないの?』

 

 ――古今東西、再生怪人は弱いって相場が決まっているからね。ボクは、無意味な労力はかけない主義なんだ。

 

『……再生? よくわかんない』

 

 ――様式美、ってヤツさ。

 ――フフ……、甘露な絶望を創るにはより深く、よりじっくりと熟成させないとね。パンドラの匣に残された最後の災厄……“希望”は最高のスパイスなのさ。

 

 

   *  *  *

 

 

「あちゃあ~、一足遅かったか。ええとこ全部、なのはちゃんたちに取られてしもたなぁ」

 

 手透きの部下を引き連れ、ヘリにて大至急で現場へやってきたはやてが見たものは、いつにも増して酷い有様の崩壊した街並みと濃い魔力の残り香。有り体に言うなれば、激闘の名残だった。

 そんな激しい戦いを繰り広げた今日の主役――なのはといえば、無事合流を果たしたオッドアイの少女を抱き上げてあやしている。ユーノがその傍らで二人を微笑ましく見守っていて、フェイトと攸夜が仲睦まじく肩を寄せ合っていた。

 見ているだけで和んでしまいそうな、それでいて近づきがたい雰囲気を形成する幼なじみたちを見やり、はやては目を細めた。

 

「ひさしぶりにはやてちゃんが活躍できそうなシーンだったのに、とっても残念ですっ」

『やはり主はやてはこういう役回りが似合いますね』

「……なんや腹立つわぁ、この姉妹」

 

 頭上をやいのやいのと飛び回る古本と小人の姉妹に若干の怒りを感じ、頭を抱えるはやてに青色の髪の少女――スバルが声をかける。

 

「八神部隊長は行かなくてもいいんですか?」

「あっこに入れって? ムリムリ、あの四人ん中に入れるんはよっぽど空気読めへんやつか、幼児くらいのもんや」

 

 なのはたち四人の側には、ヴィヴィオ以外誰もいない。完成した絵画のような光景が恐れ多くて近づけないのだ。

 

「……でも、すごいですよね」

 

 ひどく安らいで、朗らかな笑顔をこぼす師と仰ぐ女性を見やり、スバルがぽつりとこぼした。

 

「ん、なんやスバル。藪から棒に」

「だってなのはさんたちが倒した冥魔って、私たちが普段戦ってるのよりずっと強かったんですよね?」

「せやなぁ。実際街の様子見たら、どんだけ手強かったかよぉわかるわ」

「でも、そんな相手をやっつけて、事件を解決しちゃうんですから、やっぱりすごいです。ヘリからあのでっかいのを見たら私、「もうダメだー」って本気で思いましたもん」

「たしかにねぇ……アタシもさすがに今回はダメかと」

 

 ティアナが同意する。

 街に突如出現した“黒い巨人”。それの発する不吉極まる魔力は、遠目からでも心胆寒からしめるほどのものだった。

 キャロが横でうんうんと神妙に頷いている。

 

「たしかに、そやったなぁ」

 

 とのんびり返すはやてとて、彼女らと同じことを思わなくもなかったが――

 

「でもま、つまり私の幼なじみはすごいっちゅうこっちゃな」

 

 えっへん。何故か胸を張る上司に、一同は呆れ顔を向けるのだった。

 ――エリオがひとり、フェイトと攸夜をじっと見つめていたことにも気づかないままで。

 

 

   *  *  *

 

 

 後日、機動六課隊舎本館。

 玄関ホールの片隅で、なのははヴィヴィオの相手をしていた。

 攸夜に教えてもらったあやとりやお手玉などをして二人で遊ぶ。情操教育は大切、とは彼の言葉だ。

 再びデバイスを取ったなのはだったが、彼女の日常には大きな変化はなかった。

 教導官の仕事と副隊長としての仕事、そして馴れない子育てに四苦八苦する毎日。

 ――けれど、気持ちは違う。

 ただ状況に流されているわけじゃない。見失ったものを見つけ直し、自分の意志で考えて、勝ち得た日々は今まで以上に充実していた。

 特筆すべき事柄としては、より頻繁にユーノと連絡を取り合うようになったことが挙げられるだろう。

 ちょっとした相談事や他愛ないお喋り、時には通話越しとはいえヴィヴィオの面倒を見てくれたり。ようやくヴィヴィオも彼に懐いてくれたようで、なのはも一安心。

 さすがに「ユーノパパ」とは呼ばれはしないが、むしろそう呼び始めたら気恥ずかしくて困ってしまうので「今のところはこれでいいかな」と彼女は日和見ている。

 

「あっ、ベルちゃん!」

「えっ?」

 

 不意に、ヴィヴィオが笑顔を浮かべて立ち上がった。

 ハッとして、振り返る。

 

「その呼び方はやめなさいっていつも言ってるでしょ、ヴィヴィオ」

 

 短いシルバーブロンドに、猫のような金色の瞳。トレードマークのポンチョを靡かせ、颯爽と歩いてくる美少女。

 ご存じ、“蠅の女王”ベール=ゼファーである。

 

「ごめんなさーい。……ベルちゃんも、いっしょにあそんでくれるの?」

「あんたね……はぁ、もういいわ、それで」

 

 なんとなく仲のいい二人。

 ベルは気まぐれでヴィヴィオの面倒を見てくれているらしく、なのはは複雑な思いをしている。何気に彼女、意地悪だが面倒見はいいのかもしれない。

 足元にまとわりつくヴィヴィオを適当にあしらいつつ、ベルがなのはに向き直った。

 

「高町なのは」

「え、は、はい。なに、かな?」

 

 途端に挙動不審になるなのは。いつかの戦いのイメージが尾を引いていた。

 

「見てたわよ。魔王級の冥魔を倒したのね」

「あ、うん」

「ふぅん……」

 

 歯切れの悪い言葉に、ベルの目が細められる。

 全てを見透かすような金色の瞳に対して、しかしなのはは視線を逸らすことなく真っ向から見返した。

 視線と視線がぶつかり合う。

 

「……まっ、少しはマシな顔になったんじゃない。もっとも、あたし好みじゃないけどさ」

 

 ぷいっ、とそっぽを向いたベルのあるいは賞賛にも聞こえる言葉に、なのははぽかんとした。

 

「え……?」

「けどね。これで満足してんじゃないわよ――“なのは”」

「あ……」

「言いたいことはそれだけ。……じゃあね」

 

 本当に言いたいことだけ言って、さっさとどこかへ歩き去ってしまう。

 こてんと小首を傾げるヴィヴィオをぎゅーっと抱きしめたなのはが、小さくなる背中を見つめてぽつりとこぼした。

 

「ちょっとは、認めてくれたのかな……」

「なのはママ、うれしそうっ!」

「そうお? ……うん、そうかも、えへへ」

 

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