魔法大戦リリカルなのはWizardS   作:かぜのこ

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#9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♯9 「決戦! 時の庭園」

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町さんが学校を休むようになって、十日ほどたったある日の放課後。

 今夜の献立は何にしようかとつらつら取り留めもなく考えながら歩いていると、突然覚えのある魔力の気配を察知した。

 発信地は向こうの山の方。……距離はずいぶんとあるけど、問題ない。魔法を使えばちょろいもんさ。

 

『ご主人様』

「ああ。行くぞ、アイン」

 

 路地に入ってまずは〈光学迷彩〉で姿を偽装。その上で、アインを機動形態に連結させて飛翔する。

 

 そして降り立ったのは鬱蒼とした山中。

 微弱な魔力の残り香を追い、木々の間を抜ける。少し開けたところに出ると、見知った後ろ姿を見つけた。

 

「こんばんは、バニングスさん――っておおっ! 黒塗りのベンツ!」

 

 ビクッと肩を揺らし、山吹色の少女――バニングスさんが勢いよく振り返る。

 

「あ、あんたね……ひとの名前呼びながら奇声叫ぶんじゃないわよ」

 

 ツリ目がちな瞳をさらにつり上げ、糾弾の声を上げるバニングスさん。よほど驚いたのだろう、ちょっと涙目なのがかわいい。

 ニヤニヤ見てたら執事らしい老紳士に睨まれてしまった。

 

「いやぁ、あんまりベタだったもんだから、つい」

「はぁ……。ていうか攸夜、なんであんたがこんなとこにいんのよ」

「あ、あはは……僕のことは別にいいじゃないか。それより君の方こそここでなにしてるのさ」

「あ、それが……」

 

 彼女の視線の先を追うと、オレンジ色の毛並みを持った大型犬が血を流し倒れ伏していた。

 人間でいうところの額には、赤色の結晶体っぽいのがくっついている。

 

「あー……」

 

 どうみても“金色の娘(きんいろのこ)”の使い魔(駄犬)です、本当にどうも――って、冗談言ってる場合じゃないか。

 さっきの魔力の波動、やっぱりコイツだったか。

 しかし、なぜこんなところにひとりで居る? わんこらしく、主人の側から離れるようなタイプじゃないと思ってたんだけど……。

 

「攸夜、この子のこと知ってるの?」

 

 固まっている僕を怪訝に思ったのか、バニングスさんが小首を傾げて言葉を発する。もちろん本当のことを話すわけにはいかないから、適当にはぐらかす。

 

「ん、いや、ずいぶんでっかい犬だなぁと感心しててさ。……それより、はやいとこ治療した方がいいんじゃない?」

 

 「あっ」と今初めて気づいたようという顔をするバニングスさん。

 ふむ、なんだか邪魔しちゃってたみたいだ。

 

「あんたもこの子連れてくの手伝いなさい。鮫島、行くわよ!」

 

 とバニングスさんの強引さと剣幕に押し切られ、あれよあれよという間に僕もついて行くことになってしまった。それはそれで好都合な流れだったわけだけれど、なんだか腑に落ちない。

 あと、ベンツのシートの座り心地は最高でした。さすがの革張りである。

 

 

   *  *  *

 

 

 白亜の豪邸――そんな形容詞が似合いそうなバニングスさんち。大理石で出来た西洋風の三階建ては、月村さん宅に勝るとも劣らない大豪邸である。

 おおむね予想通りだったが、実際目の当たりにすると気圧されるものを感じたり。

 

「とりあえず傷の治療はしたけど……、いったいどうしてこんな大けがを負ったのかしら?」

「野良犬とケンカしたとかじゃないか」

「こんなに大きな子が? あり得ないわ。もっと別の原因があるはずよ」

 

 至極まっとうな疑問に、ごまかし混じりで適当なことを言ってみたら見事に切り返された。バニングスさん、なかなか鋭いな。

 かなり大きいケージの前で、バニングスさんと二匹のわんこ――かわゆくて思わず撫でたくなったが、なんとか自重した――と一緒に使い魔の様子を眺める。

 傷の手当てを手伝っている時、密かに治療魔法を使っておいたから命に別状はないはずだけど……。

 

「あ、目を覚ました」

 

 ケージの中の使い魔が薄く目を開ける。意識が完全に覚醒していないのか、漫然とした視線が僕とバニングスさんの間をゆらゆらとさまよう。

 徐々に焦点が合い始め、僕と目が合うとその青い目を驚愕の色とともに見開いた。

 

《あ、アンタ、どうして……》

 

 朦朧はとしていても、どうやら念話で喋るくらいの分別は残っていたらしい。

 僕も彼女に習って念話で事情を聞き出してみることにした。

 

《それはこっちのセリフだ。あの娘はどうした? 捨てられでもしたのか?》

《ッ!!》

 

 冷ややかな言葉を向けてやると、使い魔は弱々しくも牙を剥いて唸り声を上げた。

 

「……あんた、ものすごく威嚇されてるわね。悪人顔だから警戒されてるんじゃない?」

「む……」

 

 悪人顔とか超失礼。ご近所の奥様方からは男前だともっぱらの評判なんだぞ。

 バニングスさんとの会話を適当に受け答えしつつ、使い魔との念話を続ける。いわゆるマルチタスクの使いどころだ。

 

《――で、なんでこんなところにいるのさ》

《それは……。アンタの方こそ白いのはどうしたんだい。あの時もだったけど、一緒じゃないのかい?》

《他人なんだし、いつも一緒にいるわけないじゃないか。君の口振りからするとまた小競り合いでもあったのかな。まあ、僕はどうでもいいんだけど》

 

 使い魔が訝しんで首を捻っている。

 彼女は僕と高町さんたちとひとくくりに考えているようだから、無理もないだろうけど。ちょっと心外だ。

 

《君らのことは時空管理局に任せたってことだよ。僕はさっさとドロップアウト。はいさよなら、ってわけさ》

 

 それから《監視が付いてるけど、今はないね。あちらさんもそれどころじゃないのかもな》とも付け足しておく。本当のことだし、あえて警戒を促すのも一興だろう。

 

《なんだって……!?》

 

 驚きの声を上げて目を見開く使い魔に視線で話を促す。彼女は短く逡巡した後、諦めたように事情を語り始めた。

 その話を要約すると、“金色の娘(きんいろのこ)”がジュエルシードを集めていたのは、彼女の母親の望みだったこと。

 その母親――プレシア・テスタロッサは、十分に頑張っていた自らの娘を虐げていたということ。

 無体な所行に我慢の限界を越したこの使い魔――アルフが、プレシアに牙を剥くも返り討ちに合い、彼女らの拠点〈時の庭園〉から命からがら落ち延びたこと。

 

「……ッ……」

 

 ――――それはとても胸くその悪くなる話で。

 僕は、知らず歯を砕くほどに噛みしめていた。

 ふと視線を落とす、握りしめた手が震えている。

 僕が今感じているこの感情。

 これは怒り?

 それとも悲しみ?

 頭の中がグチャグチャだ。

 その葛藤を知る由もなく、使い魔は懇願する。

 

《アタシは……アタシはアンタのこと、気にくわない。けど、アンタの話をしているときのフェイトはいつもすごく楽しそうだった。だから、だから――――!!》

《……だから、僕にあの娘を助けろだって? 断るよ、そんな義理はないね》

 

 言葉の主旨を理解した上で、僕は切なる願いを突き放した。

 聞いた印象では、プレシア・テスタロッサの実力は娘以上だろう。それは経験値だったり単純な技量の差だったり――少なくとも、“金色の娘(きんいろのこ)”以下とは思えない。そんな危険を冒すことが、どうしてできようか。

 ――――僕は、“僕”のためにしか生きられない。戦えない。

 誰かに利用されるのも、誰かに支配されるのも。誰かに導かれるのも、誰かに押しつけられるのも。

 みんな、御免だ。

 たとえ辿り着く結果が同じでも、自分で選び、勝ち取ったモノ以外に価値はないと思うから。

 そして、僕が善行を施しヒトを救うのは、本質的にはすべてがすべて自分のため。どこまでも利己的で、どこまでも自己中心的な唾棄すべき偽善者――それが僕、“宝條攸夜”という存在の精神性だ。

 

《ッ!! ……見た目通り、冷たいヤツだねっ!!》

《なんとでも言え。僕はジュエルシードの件からは手を引いたんだ。……もう関係ないんだよ》

 

 そう、関係ない。

 たとえ高町さんのことが心配だったり、ユーノともっといろいろな話をしたかったり……あの()のことが気がかりだったりしても、僕にはもう――、関係ないんだ。

 

「ちょっと攸夜、じーっと見つめちゃったりしてどうしたのよ」

「ん、いや、なんでもない。……僕はそろそろお暇するよ、あまり遅くなると心配されるから」

「あ、それもそうね。じゃあ鮫島に送らせるわ」

「ああ、ありがとう」

 

 言って、立ち上がる。

 使い魔はまだ何か言い足りなさそうだったけど、それを振り切って足早に離れた。

 その場に居たら、きっと情に絆されてしまいそうだったから。

 

 

   *  *  *

 

 

 高級感のある木目調のダイニングテーブルには、いささか不釣り合いな和風の食器が並んでいる。

 今夜は旬のメバルを使った煮付けに大根のおみおつけ、ほうれん草のお浸し。それからきゅうりとナスの自家製糠漬けという純和風な献立。

 僕は洋食だけじゃなく、和食だって作れるのだ。むしろ和食の方が好きだったりする。

 

「ん~、お出汁が利いてておいしいわ。たまには和食も悪くないわね」

 

 ルー姉さんにも好評のようでなにより。

 完全に洋食派なルー姉さんに合わせて我が家のメニューは洋食が主軸だけど、和食派であるところの僕はご飯を食べたい時だってある。

 

「……ねえ、攸くん。なにか、悩み事でもあるのかな?」

 

 食後にジャスミンティーを味わっていた時、突然ルー姉さんはそんなことを言い出した。

 

「きゅ、急になに言い出すのさ。悩みなんてないよー? あははは……」

「ほんとうに?」

 

 盛大に心当たりがあるせいか、銀色の瞳から送られる視線が痛い。

 僕は目を合わせていられず、視線を逸らした。

 

「前にも言ったけど、相談してくれていいのよ?」

「い、いや、その……」

 

 内容が内容だけに、易々と相談なんて出来ないんですが……。

 目で「勘弁してください」と訴えかけたが「ダメです」と同じく視線で返された。

 

「うぅ……」

 

 観念した僕は、オブラートにオブラートを重ねて、さらに十二単を重ね着させるくらいの気持ちで事情を打ち明けた。

 

「――つまり、ちょっとした知り合いの女の子がご家庭のことで困っていて、その()を手助けしようか迷ってる……と」

「うん、さすがにお節介がすぎるんじゃないかなってさ」

 

 別にそんな一般論で悩んでいるわけではないけど。

 話し終えるとルー姉さんは目を瞑り、右手を顎に当てて考えるような仕草をする。

 沈黙。

 たっぷり一分ほど間を取った後、ルー姉さんはカッと目を見開いてこうのたまってくれました。

 

「――甘ぁい!!」

「は、はいぃ?」

「甘いわ、攸くん! ジャンボチョコレートサンデーに蜂蜜と練乳を一リットルかけたくらい大甘よっ! 男子たるもの、たとえ世界中を敵に回しても、惚れた女の子は命の限り守り通すもの!!!!」

 

 それはたしかに甘ったるくて死にそうだけど、姉さんキャラが激しくぶれてます。ていうか言葉の響きに説得力というかリアリティがあるし。あと別に、僕はあの()に惚れてるわけじゃ……。

 などと勢いに圧倒され現実逃避していた僕に、ルー姉さんは一転優しい眼差しを向けて語りかける。

 

「……というか、攸くんの中にはもう答えがあるんでしょう?」

「!!」

 

 衝撃だった。

 ガツンと後頭部を殴られたような感覚が襲う。

 

「攸くん。あなたは自分で思ってるほど頭よくないんだから、理詰め理詰めで考えず、心の赴くままでいいんじゃないかなって、お姉さんは思うな」

 

 酷い言われようだけど、不思議とその言葉に納得する自分も居て。

 たしかに、“答え”はすでに僕の中にあった。

 ――たぶん、最初に高町さんを助けに入ったあの時から。それとも、あの森で“金色の娘(きんいろのこ)”と対峙した時かもしれない。

 どちらにしろ、僕は――――

 

「あとは、攸くんの気持ち次第ね。じゃ、私お風呂入ってくるから」

 

 僕の様子に満足したのか、そう言い残してルー姉さんは風呂場に行ってしまう。

 姉さんの背中を見送ると、ため息を吐き独り言た。

 

「ほんと救いようのないお人好しだね、僕も」

『それがご主人様のいいところですよっ。きゃー、かっこいー』

「だから、無機物に好かれてもうれしくないって」

 

 アインとお約束のやり取りをしつつ、流し場で食器の後片付け。泡にまみれの中、ぼそっとアインが呟いた。

 

『――――私、なにがあってもご主人様をお守りしますから』

 

 手首でチカチカと、控え目に宝玉を光らせている“相棒”を指で突っつく。

 

「……頼りにしてる」

 

 心からの本心を告げてやるとアインは『はい!』と殊更うれしそうに答え。

 僕はそれを微笑ましく思いながら、粛々と洗い物を続けるのだった。

 

 

   *  *  *

 

 

 翌日、午前8時頃。

 いつもの黒い首詰めの制服を着込んだ僕は、コソコソとバニングス邸内にてスニーキングを試みていた。

 学校はズル休み――もちろん、連絡はしてある――である。

 以前に使用した遠見魔法〈ロケーション〉以外にも、雑霊を使役して偵察させる〈サーチャー〉や文字通り地面や外壁などに穴を開ける〈トンネル〉といった魔法を駆使して警備監視の網を潜り抜け、向かうのは広々とした庭の一角にある大型ケージ。

 

「……なにしに来たんだい、冷血漢」

 

 こちらにお尻を向けて、しっぽまで丸まっているオレンジ色のわんこがむっつりと答える。

 その仕草がちょっとかわいくて、かいぐりかいぐりと撫で回したくなった。自重自重、っと。

 

「時の庭園、だっけ? その場所を君に教えてもらいんだ」

「――なんだって?」

 

 僕の話に興味を持ったのか、使い魔はのそりと顔だけこちらに向けた。

 丸まっていたしっぽが、ぱたぱたと規則正しいリズムを刻んでケージの床を叩く。コイツ短気だから、すでにイライラし出しているのかもしれないな。

 

「そんなもの、聞いてどうするのさ」

 

 訝しげに問い質す使い魔――もうこの際、アルフって呼んでもいいかな?――に向かって、僕は努めて不敵な笑みをしてみせる。

 

「ちょっと行って、君の代わりに鬼婆とやらをぶん殴ってきてやろうと思ってね」

 

 僕の言葉に、オレンジ色の使い魔はキツネにつままれたような間抜け面をさらしていた。

 

 

 放出した蒼白い魔力光が僕の周りに大きな渦をなす。

 りんと涼やかな音を鳴らして足下に創り出されるのは、七角形七芒星を中央に抱いた直径一メートルほどの円状魔法陣。

 そして、それを囲むように正四角形のラインが張り巡らされ、各頂点には同型約二倍の大きさの魔法陣が配置されている。不可思議なルーン文字が無数に書き込まれた幾何学模様のそれらは、まるで青空のような色合いの燐光を放っていた。

 これが僕の“魔法”陣――――以前、〈リブレイド〉を使用した際に創り出した簡易版ではない、全力仕様の完全版だ。

 その由来するところは未だわかっていないけれど、この波動には不思議と安心感を覚える。

 

「アイン、目標は?」

『座標――捉えました。なんとか行けます』

 

 アルフから聞き出した情報を元に、高位次元空間内に存在する時の庭園を捕捉――〈テレポート〉による空間転移を試みる。

 術式理論自体が別物だから上手くできるか少し不安だったけど、なんとかなりそうだ。

 けれど油断はできない。うっかりミスって「かべのなかだった!」とか、嫌だもの。大切なのは、「どこへ、どうしても、どういう意図で」の3Dだ。

 

「本当に行くつもりかい? アンタ一人じゃ――」

「まあ、少なくとも君に勝つくらいには強いから安心してよ」

「なっ! あの時は二人がかりだったじゃないか!」

 

 憤慨して騒ぐアルフをスルーして、僕は精神を集中する。

 イメージするのは巨大な門――――そして、天へと延びる光の階(きざはし)。魔法陣から数え切れない燐光が溢れ出し、視界を覆い始める。

 渦巻く蒼銀が広がって。それはまるで銀河のよう。

 光のカーテンの向こう側、なにやら心配そうな様子でこっちを見てくるアルフに気がついた。

 ははぁん……なるほどね。意図的に装ったにやけ顔――バニングスさんをして「あくどい」と呼ぶ――で、彼女をからかってみる。

 

「心配性だなぁ、もしかして君もお人好しなクチ?」

「う、うるさいねっ! 行くならさっさと行きなっ!!」

 

 ぷいとそっぽを向いたアルフに苦笑した僕の視界を、蒼白い光の奔流が塗り潰した。

 

 

   *  *  *

 

 

 蒼銀の光が消えていく。

 車酔いにも似た浮遊感にやや苛立ちつつ、あたりを見回す。

 僕が十人手を繋いでもまだ足りないくらいの太さを持った柱、漆のような光沢を持つ石造りの床――そこは神話か何かに出てきそうな様式の、まさしく城といった風情の場所だった。

 ここがプレシア・テスタロッサの居城〈時の庭園〉、そのエントランス。

 そこに降り立った今、脳裏に湧いてきた素直な感想を口にしてみた。

 

「うわー、こりゃまた見事にラストダンジョンって感じだな」

『ですねー。私的には“フォートレス”って呼び方の方がしっくりくるんですケド』

「なんでここで()が出てくるのさ?」

『それは禁則事項です☆』

「……もういい」

 

 アインの意味不明な発言に頭痛を感じつつ、馬鹿デカい廊下をしっかりとした足取りで歩く。

 どうせ先方には、僕が進入したことくらいとっくのとうにバレてるだろう。ならば堂々としていた方がいいに決まってる。

 そして、それから一時間半ほど城内を延々と探索――けして迷ったわけじゃないからな! 迷ったんじゃないからなっ!!――した後、紫色の外壁の円柱状のことさら大きな広間へとやって来た。

 天井から翠色のカーテンが垂れ下がり、天鵞絨の絨毯が敷かれた豪奢な造りの広間を一歩一歩、確かめるように進んでいく。

 向かうは部屋の奥、豪奢な椅子にゆったり座りこちらを見やる女性が一人。

 玉座に着く女王のように、気怠げに腰掛ける妙齢の美女の眼前まで辿り着くと、僕は半ば確信しながらも彼女に名を問う。意識して、不躾に。

 

「――――アンタがプレシア・テスタロッサ?」

「ええ、そうよ」

 

 女――プレシア・テスタロッサは肘掛けに体重を預けたまま、問いを肯定した。高圧的な声の響き、妖艶な所作はアルフから聞いたイメージそのままだった。

 彼女が身に纏うのは大胆に胸が開いた紫がベースカラーのドレスと、黒いゆったりとしたマント。ウェーブのかかった床まで届くほどの黒髪と、切れ長な紫色の瞳、見る者に冷徹なイメージを与える端正にして美麗な顔立ちには、“金色の娘(きんいろのこ)”の面影が垣間見える。……親子なんだから当然か。

 肌色が青白すぎるように感じるのは気のせいではない。この退廃的な死の気配――もしや、死病に冒されている?

 しかし死病の兆候があろうとも、その纏う〈オーラ〉は“大魔導師”という言葉を贈るに相応しい威厳と風格に満ち溢れていた。

 

「――――尤も、初対面の坊やに呼び捨てされる覚えはないのだけれど」

 

 そう言って、整った顔に艶美な微笑を浮かべる女魔導師。発せられる静かな殺気に肌が粟立つ。

 値踏みするような冷ややかな視線を浴びせられるが、この女からは目を逸らさない。意地でも逸らしてやるものか。

 

「ふぅん……坊やはジュエルシードの回収を邪魔してくれた魔導師の片割れね。わざわざこんなところまで、何の用かしら?」

 

 僕は内心の恐怖を丹田に力を入れることでコントロールして、プレシアを睨み返す。

 

「よくご存じで。……アンタに一つ、尋ねたいことがあってね。どうして自分の娘を虐げる?」

「娘? ――ああ、アレのこと。アレはお人形……ただの代替物でしかないわ」

 

 何気なく、本当に何気なく吐かれたプレシアの言葉に、僕の目の前は一瞬にして真っ赤になった。

 瞬く間に沸騰した思考は暴風が吹き荒れたかのようにごちゃ混ぜで。混乱する中でただ一つわかるのは、僕が空前絶後にキレてるってことだけ。

 お人形?

 代替物?

 

 

 ――――ふ ざ け る な ! ! ! !

 

 

 僕の内側に潜む“ナニカ”が狂おしいほどの憎悪を覚えて吠え哮る。僕という存在の源、根源的衝動がすべてを壊せと悲鳴を上げる。

 

「っ、人形だと!? ふざけたこと抜かすんじゃねェ!! あの娘はアンタの子どもじゃないのか!?」

 

 口ついて出た叫びと一緒に感情の箍が纏めて弾け飛び、全身から立ち上るようにして蒼白い魔力光が漏れ出した。

 僕と“ナニカ”の感情が共感し合い共鳴し合い、怒り狂う。今なら国ひとつだって更地にできてしまいそうだ。

 

「子供、子ども、こども……?」

 

 しかしプレシアは虚ろに繰り返すと、感情を失った能面のような顔をした。まるで僕の憤怒が紅く燃え上がるのと反比例するかのように。

 そして――――

 

「フフッ……ク、フフフ、アーッハハハハ、アハハハハハハッ!!」

 

 弾けたように、狂ったように嗤い出したプレシアの声が広間に響く。

 その顔つきは妖くも美しいものでは最早なく、醜く歪みきっていた。

 僕は彼女の狂態に、冷や水をかけられた気持ちで言葉を失い。ひとしきり嘲ったプレシアは、乱れた髪を掻き上げる。

 そして艶やかな唇を三日月のようにつり上げ、狂気を孕んだ笑みを僕へと向けた。

 

「坊やの“魔法”には以前から興味があったの」

 

 そう独白し、プレシアがゆっくりと玉座から立ち上がる。右手に紫の宝玉を先に抱いたワンド型のデバイスを現出させた。

 

「ッ!?」

 

 ぞわり――

 溢れ出す膨大なる魔力と濃密な死の気配。

 吐き気をもよおすほどの強烈なプレッシャーを受け、僕は半ば反射的にアインを周囲に展開、戦闘態勢に移行した。生存本能だった。

 プレシアは宙に浮かんだ七枚のアイン・ソフ・オウル――正確には埋め込まれた七つの宝玉を見て、恍惚とした表情を浮かべる。その偏執病(パラノイア)的な形相に怖気を感じて、背筋が走る。

 

「坊やの“魔法”、そしてその“宝玉”とやら――、()()()を救う手助けになるかもしれない」

 

 カツンカツン、とヒールが硬い床を打つ。

 彼女の濁り澱んだ瞳は、もう僕を映していない。映しているのは暗黒のような絶望と深い妄執の情念――?

 

『ご主人様!』

 

 思考の海に落ちていた意識を、アインの必死な声が現実に引き戻した。

 眼前に迫る、数え切れないほどの紫電の束。チリチリとスパークしながら空気を焼いて獲物(ぼく)へと殺到する。

 

「チッ!」

 

 舌打ち一つ。

 即座に魔力を練り上げ、その場を離脱。広間の中央まで退いて大きく距離をとる。

 今まで僕の居た場所を幾百の雷撃が轟音を立てて打ち砕き、白い噴煙を辺りに撒き散らす。

 

「悪いアイン、助かった」

『しっかりしてください! 余裕こいてぼーっとしてたら、あっという間に殺されちゃますよっ!?』

 

 珍しく慌てふためくアインの様子に張り詰めていた緊張の糸が解け、自然体の自分を取り戻す

 この期に及んでようやく、僕は腹を括った。今更ながらに覚悟が足りなかった自分の惰弱さ加減がおかしくて、嗤えてしまう。

 

「ああ……、確かに気を抜いたら即死だな。だけど、僕はこんなところで死ぬつもりはないよ。高町さんとの約束があるしね」

 

 ――――それから“金色の娘(きんいろのこ)”との決着も。

 そちらは声に出さず胸の奥だけに留めておく……口に出すと、なんだか恥ずかしいから。

 下らないことを考えている頭を切り替え、目の前に迫る脅威を打ち貫くことだけに集中すべきだ。

 晴れていく噴煙の先に見える強大な敵(プレシア)は、冷酷に嗤う。右手に携えたデバイスに紫電が迸った。

 緊張で乾いた唇を、舌先で軽く舐める。

 グッ、と腹に力を入れ、未だじわりと染み出す恐怖を飲み込む。恐怖は戦友(トモダチ)……、打ち克つものじゃなく受け入れるもの――――ッ!!

 

「そんなに僕の“チカラ”に興味があるんなら――」

 

 雷速の集中で闇より創り出した黒槍を頭上で振り回し、右手の小脇に抱えるようにする。

 重心を落として両足を肩幅よりやや開き、右半身を引いて半身に。胸の高さに上げた左手は軽く開いて突き出す――所詮、構えは本能に任せた我流だ。

 七枚の白い“羽根”、アイン・ソフ・オウルが僕の戦意に呼応して青い光を充満させた。

 純白の装甲に挟まれた蒼い結晶体に宿った光が煌々(きらきら)と輝く。

 

「この“力”、たっぷり味わえ! アンタはここで倒すッ!!」

 

 少しばかりの強がりと、未だくすぶる怒りを込めた大言壮語を言い放って自らを奮い立たせ、僕はプレシア・テスタロッサへと吶喊した。

 

 

 紫電の大魔導師が(デバイス)を振るう。

 それに併せて電撃を纏った紫の魔弾が十八、彼女の周りに現れて宙を乱れ舞う。

 魔弾が紫色の軌跡を残して射出された。

 飛来する魔弾、僕は広間のスペースを十二分に使ってダッシュとステップの繰り返して回避する。五つは床や壁に激突して消滅したものの、残りの十三によって壁際に追いつめられた。

 が――

 

「はあッ!」

 

 振り向きざま、横薙ぎに槍を一閃。

 槍を媒体に発動した闇の斬撃を飛ばす魔法〈ダークブレイド〉が飛翔、周囲に集る光球を一度に纏めて斬り落とす。

 断ち斬られた光球が安定を失い、爆発四散。

 薙いだ勢いをそのままに、魔力を爆発させて突進。疾風の速さで進む漆黒の槍がプレシアに襲いかかる。

 

「無駄よ」

「チィ!」

 

 槍の穂先が紫色の障壁に阻まれた。ギリギリと刃が火花を散らせるが、プレシアの創り出した防御魔法は強固。穂先は1ミリとて通らない。

 

「だったら!」

『――賢明の刃!』

 

 床を蹴り、後方に飛び退く。

 同時に術式を起動、左手に魔力を収束。そして、僕と入れ替わるようにアインが突撃し、青い魔力の刃が障壁に喰らいついて耳障りな音を撒き散らす。

 しかし、鉄壁の障壁は巨大な城塞の如き堅牢さでもって七枚の白き羽根を拒絶した。

 

「だから無駄だと――」

 

 呆れた顔のプレシアを無視して魔法の発動体勢に。

 腕を這うように、加速器の役目を果たす蒼白い環状魔法陣が展開。自分の左腕を砲身に見立て、眼前に突き出すようにして魔法を発動させた。

 

「いいや、無駄なんかじゃないさ!! ――リブレイドッ!!」

 

 掌の中で臨界に達した魔力の塊を砲撃として解放。蒼白い魔力の奔流が破城槌となって紫色の城壁に突き刺さった。

 爆発。轟音――

 蒼白い魔力爆発が粉塵を巻き起こす。

 リブレイドの大爆発に障壁は耐えきれず、ガラスが砕け散るような軽い音を鳴らせ破れる。

 

「ほう……」

 

 爆発の粉塵の中から悠然と歩み出たプレシアは、僅かに感嘆したような声を漏らした。

 僕は間髪入れず再度突撃、最大速度で彼女を貫かんと一気に距離を詰める。

 

「ハァァァァッ!!」

 

 漆黒の刃がプレシアの胸元に到達するその瞬間、

 

「ふん」

 

 横合い、視野の外から強烈な衝撃を受けて硬い床に打ち付けられた。

 

「づ、あ――!?」

 

 圧迫された肺から空気が無理矢理吐き出される。

 床に這い蹲り激痛に鈍る頭で、デバイスの先から延びた紫色の魔力で構成された光鞭を確認した。これが僕を叩き落としたものらしい。

 

「ッッ、……殴り合いも……できるのかよ……」

「ミッドチルダの魔導師は近接戦闘も嗜むものなのよ、坊や」

 

 光の鞭を高らかに打ち鳴らし、プレシアが涼しく言う。

 その表情は一見優しそうだったが、仮面の裏に隠した吐き気がするほどの狂気を知る僕には逆に薄ら寒いものを感じられた。

 

「それにしても……本当に坊やの魔法はユニークね。今からでも遅くない、私に協力しない? 悪いようにはしないわ」

「誰がッ――!!」

「――なんならあの人形、あなたにあげてもいいのよ」

「ッ!?」

 

 思わぬ発言に動揺する。

 自分でも気づいていない何かが疼いたようで。意識の表層に自己嫌悪が浮かぶ。

 

「ふふふ……、いくら出来損ないのアレでも愛玩人形(ペット)にするならお誂え向きでしょう? ――あぁ、まだ子どもの坊やにはまだ早い話だったかしら、くすくす……」

 

 ひどく愉しげな声。その含まれた下世話な意味がわかるからこそ余計、僕の怒りを煽る。

 

「……っ……女性からのお誘いはうれしいけど、生憎と年増には興味なくてね」

 

 腑が煮えくり返る思いをねじ伏せ、僕はあえて軽口を叩く。激昂を期待し、挑発しているわけじゃない。冷静を保ちたいから。

 歯を食いしばり痛みの残る身体を叱咤して、立ち上がる。

 

「それにな、僕の欲しいモノは僕の力で手に入れるッ! アンタなんかに恵まれるなんて――、ましてや利用されるなんて死んでも御免だ!」

 

 って何言ってんだ、と自分に困惑。

 

「あらそう、残念だわ。なら――」

 

 言葉とは裏腹に、別段残念そうでもないふうでワンドを突き出す。プレシアの全身から強い魔力が発露された。

 

(――デカいの、来るか!!)

 

 左手の槍を破棄。

 金色の娘との戦いに向けて、密かに準備していた“隠し玉”を起動した。

 

「疾く死になさい」

 

 濁流のような魔力砲撃が容赦なく放たれる。

 

「闇よッ!!」

 

 意味ある言霊をトリガーに、直径一メートルほどの黒球がプレシアの放った砲撃魔法の射線を阻むように発生、膨大な魔力の奔流を貪欲に喰らい尽くしていく。

 暗黒空間へと繋がる黒球を創り出す防御魔法〈ダークバリア〉。金色の娘の砲撃魔法対策に用意していた術式が、ここで役に立った。

 しかしプレシアは、自分の魔法を防がれたことに微塵も動揺を見せず、続けて魔法を発動。僕の足元に紫色の円状魔法陣が発生した。

 紫電を放つそれにとびきりの危険を感じ、即座にスウェイバック。範囲を脱する。

 予感的中。両刃の剣の形をした三メートルほどの魔力体が頭上から落下、魔法陣に突き刺さると夥しい雷撃の嵐を巻き起こした。

 目の眩むような閃光の中、僕は右の人差し指と中指を立てた剣指をプレシアに向けて突き出す。

 雷撃が止んだ瞬間、術式の引き金を引いた。

 

「タンブリング、ダウン!」

「くっ!?」

 

 プレシアの周りに濃密な闇が漂い、彼女はぐらりと不自然に膝を突いた。

 対象の意識を限定的に掌握して、意識に巨大な空白を強制的に造り出す付与魔法〈タンブリングダウン〉。これも金色の娘との戦いのために用意した魔法だが、それを娘ではなく母親に向けるとは皮肉な話だ。

 さらに僕は緑色の光を放つアインのサポートを受け、雷速の集中で術式を構築。足元に七芒星を抱く、四角と円を組み合わせた複雑な蒼銀の魔法陣が展開される。

 体勢を崩したプレシアを仕留めんと、身体の中に流れる魔力の流れを限界まで高めた。

 天に捧げた両手の上に、直径二メートル近い巨大な光の球が出現。

 

「降り注げ、裁きの光!」

 

 トリガーワードをキーに光の球がプレシアの頭上へと一瞬にして転移。

 

『ジャッジメントレイッ!!』

 

 光の球が蒼白い閃光を放って、爆発四散。リブレイドを遙かに越える力を秘めた無数の光の奔流が豪雨となって降り注ぎ、プレシアとその周辺に大爆発を起こして飲み込んだ。

 僕が現時点で使える最大最強の上級攻撃魔法〈ジャッジメントレイ〉。その圧倒的な破壊力と爆発の余波で、床は無残に削り取られ壁は崩落した。

 

「はぁ、はぁ……はぁ……」

 

 噴煙が晴れる。

 ジャッジメントレイを放った反動で、息が切れる。フラフラとした足取りで歩き出した。

 床に座り込み、口角から流れる一筋の紅い血液を拭い取り、やや苦悶の表情を見せるプレシア。

 彼女の背後、破壊された扉の先。

 薄暗い部屋の奥、緑色の光を放つ液体の入った巨大なシリンダー。その中身を認識した時、僕は目の前が真っ暗になったかのような感覚に陥った。

 

 プレシアの言葉が脳裏に蘇る。

 

 ――――娘? ――ああ、アレのこと。アレはお人形……ただの代替物でしかないわ――――

 

 その言葉の意味を、その真意を唐突に理解した。理解したくなかった。わかりたくなかった。

 だけど、僕の理性がそれを是と判断する。

 

「そういう……ことかよッ!!」

 

 苦し紛れに吐き捨てた僕を、満足そうに見るプレシアは「やっと理解したのね」と愉快に嘲った。……やはり肯定、か。

 

「賢い子は好きよ、坊や。……でも、お遊びはこれでおしまい」

 

 プレシアの足元に、紫色の光を放つ魔法陣が展開。以前とは比べものにならない量の魔力弾が生成される。

 

「――さようなら」

 

 僕の視界を紫の光が覆い尽くした。

 

 

   *  *  *

 

 

 時の庭園、最奥。

 枯れた木々が散立する物悲しいその場所で、この建造物の主たる大魔導師とちっぽけな魔法使いが、血みどろの舞踏を踊り続けていた。

 無数に乱舞する魔弾の弾雨を掻い潜り、漆黒の刃を突き立てんとする攸夜が叫ぶ。

 

「あの娘がなんであろうと――――、アンタを倒せば、このくだらない争いは終わるッ!! そしたら、彼女たちが“友だち”になれるかもしれないんだ!!!」

 

 弾雨の中を駆け抜ける攸夜の腕を、脚を、背中を魔弾が次々に切り裂く。

 彼を護るように飛翔する七枚の“羽根”が必死に魔弾を迎撃するも、数が多すぎで捌きばききれていない。

 また、ダメージの最大の原因と言えるのは目に見えて精彩を欠く攸夜の動きだった。

 彼は動揺していたのだ、プレシアの()()の一端に触れてしまったことで。

 

「くだらない? くだらない!? くだらない!! 何も知らない子供が言うか! お前に何がわかるッ!? “あの娘”を失った私の悲しみが! 絶望が――――ッ!!!」

「……ッ!?」

 

 プレシアは“大魔導師”の仮面をかなぐり捨て、血を吐くように慟哭する。

 彼女の肉体は、とうに限界を超えていた。しかしその異常とも言える妄執が、魔導の極致たる最盛期のキレを再来させていたのだ。

 

「ッ! グッ、拘束魔法(バインド)!?」

 

 攸夜の両手両足を紫色のリングが拘束、強固なそれに捕らわれ、彼は身動きが取れない。

 醒めた目でそれを見るプレシアは、全身全霊の魔力を以て大魔法を紡ぐ。

 

「天光満る処に我は有り――」

 

 詠われる言の葉に誘われて攸夜の足元に現れた半径五メートルの円状魔法陣の四方から、四本の光の柱が立ち上り天上に広がったもう一つの同型大型の魔法陣へと突き刺さる。

 

「黄泉の門開く処に汝有り――」

 

 紡がれる祝詞によって天上の魔法陣が放つ光が眩いほどに強さを増し、膨大なエネルギーを漏らし始めた。

 攸夜は“宝玉”の青い光によって拘束から無理矢理に抜け出すが、逃げられないと判断。方振りかまわず、ありったけの魔力を(なげう)って自身を守る。

 

『慈愛の盾っ!!』

 

 アイン・ソフ・オウルも主を護るために連結し、盾となって橙色の光を纏った。

 その間にも、プレシアの詠唱は続き――――

 

「出でよ、神の雷――、これで消えなさい!!」

 

 その瞬間、術式が完成した。

 魔法陣の中心から“神の雷”の名に相応しい極大のエネルギーが、雷光の鉄槌となって白亜の盾へと振り下ろされる。

 世界を染め上げる閃光――――

 着弾した魔法は、暴虐にして無慈悲な爆炎と雷撃の大嵐を引き起こす。

 

『きゃ!?』

「ぐあっ!?」

 

 アイン・ソフ・オウルが魔法の威力に耐えきれずに瓦解。攸夜は、〈ジャッジメントレイ〉をも越えるほどの破壊の渦によって全身を引き裂かれ、大きく吹き飛んだ。

 “神の雷”が引き起こした爆発の余波で、時の庭園全体が悲鳴を上げるように鳴動した。

 

 

 見るも無惨な有り様の爆心地。

 紫電を残すそのほぼ中央に、攸夜は仰向けで倒れていた。

 

「ゴフッ、ガフッ……」

 

 攸夜が血の混じった息を吐き出す。

 軽い脳震盪を起こして朦朧とする意識で身体を起こそうとするが、すでに満身創痍。動ける状態ではなかった。

 そして、なにより――――

 

「ぁ――――」

 

 彼の胸には、紫色の魔力光で出来た剣が突き立っていた。

 

「ぅ、ぁ……」

 

 掠れた声で呻き、紅い血液を吐き出し、それよりも大量の鮮血を胸から垂れ流す。その量は十二分にヒトの致死量を超えていて。

 攸夜の蒼い眼が徐々に生気を失う。

 彼は最後の力を振り絞るかのように左手を天に捧げる。それは誰かに助けを求めるようでもあり、何かを手にしようとしているようにも見えた。

 ついに力をなくして左手が落ち――それを最後に、攸夜の心臓は動きを止める。そして、七枚の白い“羽根”が光を失い、次々に地面へと墜ちた。

 それらをつまらなそうに見下ろすプレシアは、踵を返すと自分に言い聞かせるように呟く。

 

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ…………まあ、いいわ……ジュエルシードさえ揃えば、何も問題はない……」

 

 覚束ない足取りでプレシアは歩き出す。来るべき未来を夢想し、その瞳に昏い光を灯して。

 

 ――――そして大魔導師が立ち去った後に残されたのは、真っ紅に血塗れた物言わぬ魔法使いと墓標のように突き立つひび割れた七枚の“羽根”だけだった。

 

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