「ねぇ。お願い、誰か私の頭に水を掛けてちょうだい。不味いの、ヤバいの、本気で頭が可笑しくなりそうなの」
「………ッ!?」
「だってそれぐらいしないとあまりに滑稽で笑い死んじゃいそう!」
黒いジャンヌは、こちらのジャンヌを見てワナワナと震えたあと、腹を抱えて笑いだした。
「ほら見てよジル!あの哀れな小娘を!なにあれ、羽虫?ネズミ?ミミズ?どちらにしろ同じ事ね」
加えてそのあと思いきり罵倒するその光景に、優牙達は唖然としていた。
「同じ顔をこうも罵倒出来るとは…… 逆に関心しちまうぜ…」
「へルマンさん… そんなこと言ってる場合じゃないですよ。もう少し空気を読んで下さい」
ジャンヌは驚きを隠せぬまま黒いジャンヌに問いかける。
「貴女は…… 貴女は何者ですか!?」
その問いに、呆れたように返す黒いジャンヌ。
「はぁ? 決まっているでしょう。魔女として蘇った救国の聖女、ジャンヌ・ダルクですよ。もう一人の“私”」
曰く、自分はもう一人のジャンヌであり、魔女として蘇った存在だと、黒いジャンヌは淡々と告げた。
「貴女が聖女?…… そんな筈はありません、私も貴女も聖女なんかでは……… いえ、過ぎた事です。今私が聞きたいのは何故この街を狙ったのかです」
「何故か、ですって? 鈍いにも程があるんじゃない?属性が反転しているとこうも違うのかしら」
そして黒いジャンヌは、ジャンヌ達にラ・シャリテを襲った理由、引いてはオルレアンを蹂躙する理由を話始めた。
「至極簡単な事、フランスを滅亡させる。その方が楽じゃないですか、政治的とか経済的とか、そんな面倒な事をするより、滅ぼしてしまった方が早い」
そう、彼女がオルレアンを襲った理由などはこんなものである。
楽だから、簡単だから、たったそれだけの理由で、彼女は自らの祖国を滅ぼそうと言うのだ。
「バカな事を……!」
当然彼女は怒る、祖国を守るために戦った彼女はこの行いを決して容認出来ない。
しかしそんなジャンヌの義憤すら、黒いジャンヌは嘲笑い、優牙達を見下す態度を変えない。
「バカな事?愚かなのは私達でしょ、ジャンヌ・ダルク。何故この国を救ったのです?汚らわしい愚民共が唾を吐きかけ、裏切ったこの国を!」
その時、黒いジャンヌの表情が初めて変化する。
全てを憎み、滅ぼさんとする憎悪の顔。
「もう私は騙されない。裏切りを許さない。そもそも、主の声さえもう聴こえない。それは主もこの国に愛想を尽かしたという事。だから私は刈り取るのですよジャンヌ・ダルク、この国の悪意の種をね」
それでもなお、ジャンヌを、優牙達を見下す態度は已然として変わらない。
裏切られたから、騙されたから、そして主さえも見放したのだから、滅ぼしても構わない、むしろ私が滅ぼさねばならないと黒いジャンヌは言う。
この街を襲った炎は、云わばジャンヌの憎悪そのものとも言えるのだろう。
「…… ふざけるな」
「………は?」
しかし優牙はそれを許さない、許せない。
優牙は魔戒騎士だから、それ以前に一人の人間だから。
だからこそ、優牙は黒いジャンヌが許せなかった。
「お前の憎悪、確かに正統性はあるんだろう…」
「優牙さん…!」
「そうでしょう?聞いたかしら?愚かな私」
「だが、自分がその悪意の種を撒いている事に何故気付かない…!」
「…… なんですって」
黒いジャンヌは、表情を無くした。
今までの見放した顔でも、憎悪に満ちた顔でもない、感情が抜け落ちた表情をしていた。
「お前のやってる事は、結局そこら辺の子供がやっている事と何一つ変わらない。いや、ただ憎悪に振り回される人形も同然だ!」
「聞き捨てならないわね。大体、貴方何?ただの人間癖して、サーヴァントの私達に勝てるとでも?」
「勝つさ、冬木だってそうしてきた」
優牙の物言いひとつひとつが気にならない黒いジャンヌは、今度こそ憎悪の混じった表情をして回りのサーヴァントに命じた。
「なら、望み通り無様に死ぬと良いわ!バーサーク・アサシン!バーサーク・ランサー!あの身の程知らずのマスターに引導を渡してやりなさい!」
すると貴族服の男と、拷問具を持った女がこちらにやってくる。
「ふむ、骨のある獲物の様だな。その血は尚の事美味であるのだろう」
「あら、ダメよ王様。私は血と内臓を戴きたいんですもの。特に聖女様は、私をどれだけ美しくしてくれるのかしら?」
「であるか…… 強欲な奴め。ならば余は魂を戴くとしよう」
どちらも喋ってはいるが、会話内容が狂い切っていた。
「悪いけど、そう簡単に血はやれないね!」
「関係ない。余が直々に接収するのだからな」
その瞬間、優牙に目掛けて槍を突き立てるバーサーク・ランサー。
優牙は魔戒剣を魔法衣から素早く取り出して、赤身の鞘で受け止めた。
「(速い…!? 冬木のアーチャーよりも重い突きだ!)マシュ!」
「はい!やああっ!!」
受け止めて動きが止まったバーサーク・ランサーに、マシュが盾を叩きつけに掛かるが、寸前で避けられ後退する。
「あら、こちらも居るのに余所見かしら?」
その直後、バーサーク・アサシンが魔力弾をはなってマシュを狙うが、全てへルマンとジャンヌに叩き落とされた。
「マスター、大丈夫ですか?」
「たくっ、脅かしやがって。お前が死んだら終わりなのを理解してるか?ユーガ」
「すみません、へルマンさん」
ジャンヌからは心配、へルマンからは説教を受けた優牙は、鞘から魔戒剣を抜いて構える。
「マシュとジャンヌはアサシンを、へルマンさんは俺とランサーを」
「分かりました」
「先輩、ご武運を」
「よっしゃ、いっちょやるか!」
優牙は三人に指示を出したあと、ジャンヌとマシュはアサシンの女に、優牙はへルマンと共にランサーの男へと向かっていった。
「私達を分断する気?」
「構わぬ。どのみち余には敵うまい」
「そいつはどうかな!!」
「なにっ!!」
余裕の構えを崩さずにいたランサーとアサシンだったが、へルマンの二刀を受けたランサーは思い切り後ろに引き摺られながら、槍で受け止めていた。
「ランサー!」
「貴女の相手は私達です!」
「先輩達の邪魔は…… させません!」
「小娘二人で、私に勝てるのかしら?」
一方で、アサシンにもジャンヌとマシュが迫っておりランサーを助ける事は出来なくなった。
まぁ、この二人の場合、狂っている事もあって互いを殺し合い始めるかもしれないが……
「ぬぅっ!! よもや、ここまで余を押すとは…… 貴様、何処の英雄だ?」
「さぁてね。生憎俺は英雄なんて肩書きには相応しくない人種の人間なんでね」
ランサーの問いにへルマンは両手の短剣をクルクル回しながら飄々と答える。
「それよりも気を付けた方がいいぜ? なんたってこっちのマスターは、黄金騎士なんだからな」
「ズアッ!!」
「何!? ぐおっ!」
へルマンとの問答に気を取られている隙に、優牙はランサーに突き放ち、ランサーは間一髪槍で受け止めた。
「くっ…… 貴様、人間にしてはやるな」
「俺は騎士だからな…… 英雄相手でも殺られる気はない」
「フッ、決めたぞ。まずは貴様の血から戴くとしよう!」
舌を舐めずり、優牙に怒涛の槍捌きを見舞うランサー。
その怒涛の突きを、叩き落とし、いなし、弾きながら対処していく優牙は、突きの合間を縫い、首目掛けて魔戒剣を振るうが槍で受け止められる。
「くっ! それだけの腕と高潔な魂があるのなら、何故狂気に身を落とした!」
「余は血を求める。血を望む。この魂の渇きを癒す物は血だ。故に、余は貴様の血を戴く」
『駄目だ優牙。話にならん。完全に狂気に呑まれてやがる』
次第に、魔戒剣がランサーの槍に圧されていく。
「さあ、年貢の納め時ぞ」
「くっ……」
「そうも行かないんだよ!」
しかし、へルマンがランサーから優牙を引き離し、二振りの短剣で胴体を斬る。
「ぬぐっ!? またしても貴様か!無銘の英雄!」
「悪いねぇ。そう簡単にマスターをくたばらせる訳にはいかないんでな」
「ええい!ちょこまかと鬱陶しい小娘達!!」
するとそこへ、マシュ達に追いやられてきたアサシンが、やってくる。
「あら、ヴラド公。まだそんな子リスを仕留めていなかったのかしら?」
「黙れカーミラ。貴様こそ、そこの娘を仕留める処か、圧されているではないか」
二人は顔を合わせるなり、互いの真名で呼び合い、互いに嫌味を言い合う。
『ルーマニアの王、ヴラド三世に吸血鬼カーミラだって!?』
「……… 誰?」
「先輩? カルデアに帰ったら一緒に勉強しましょう。英雄の皆さんが不憫です。第二、第三のダ・ヴィンチちゃんを産み出さない為にも!」
ヴラド三世やカーミラは、有名な英雄であるが故、ロマンとマシュは驚いていたが、優牙はそもそも英雄を知らなかったらしく、ダ・ヴィンチと同じ反応をしていた。
「へぇ、こりゃ驚いた。吸血鬼コンビとはな」
「余は、その名を嫌悪する。二度と余をその様な下賎の名で呼ぶな」
へルマンに吸血鬼と呼ばれた途端、ヴラド三世は殺気を高め、その矛先をへルマンへと向ける。
「あ…… これは不味いか!?」
「シャーッ!!」
振り下ろされた槍をへルマンは短剣を交差して受け止めるが、怒りの為か、先程よりも威力を増していた。
「余を愚弄した罪、貴様の血で償ってもらおう」
「言ってる事とやってる事が矛盾してるって気づいてんのか、てめぇ!!!!」
そんなヴラド三世の槍を、へルマンは弾き、胴体を蹴って離れる。
そんなへルマンの背中をカーミラが狙う。
「そこの小娘達の血には劣るかもしれないけど、貴方の血はどんな味がするのかしら?」
「「させません!」」
しかし再び、ジャンヌとマシュがカーミラを阻む。
そんな中、カーミラとヴラド三世を見て、苛立つ者が一人、黒いジャンヌである。
「お前達、いい加減になさい!何時まで懸かって戦っているのだ!」
「御待ちになって、聖女様」
「余達は、まだ本気では無い。本気で戦えばこのような相手、直ぐに――」
「黙れ!貴様らは血を吸う為に意図的に手を抜いているのだろうが、その必要は無い!!」
二人は黒いジャンヌに弁解するが、黒いジャンヌには二人が手を抜いて戦う理由に気づいていた為、その弁解には一切取り合わなかった。
「もういい、他の二人にやらせる。容赦のない二人にね。バーサーク・セイバー、バーサーク・ライダー」
そして黒いジャンヌは、セイバーとライダーを呼び、後ろから、花の騎士と十字架の杖を持った少女がらやって来る。
「あの小娘達を殺せ!」
「……… 了解したわ」
「……… 分かりました、マスター」
2騎のサーヴァント、セイバーとライダーは此方に武器を構える。
それを見た優牙は、魔戒剣を空に掲げて円を描き、円から溢れ出る光が優牙を包み込む。
――――― GAOOOOO!!!!!!
次の瞬間、円から現れた金色が優牙に覆い被さり、優牙は黄金騎士 牙狼に変身した。
黒いジャンヌは、その光輝く姿を見て憎悪の表情をしながら睨み付ける。
「忌々しい…… 何なの?その金ぴか。私への当て付けかしら?だとしたら大成功よ。ホンット、不愉快ね、貴方」
『…… 関係ない。俺は貴様らを斬る』
「本当に憎たらしいわよ……! あんた!」
優牙は牙狼剣を磨ぐように腕の刃に擦り付けて構える。
それと同じく、ジャンヌもマシュもへルマンも、それぞれの武器を構え、激突の時を待つ。
そして、ぶつかり合おうとしたその時。
『!なんだ?…… 硝子の、バラ?』
硝子のバラが優牙目掛けて飛んできたのだ。
「はい。貴方達、優雅じゃありませんわ」
何処からともなくピンクのドレスに身を包んだ、可憐な少女がそこに立っていた。
「あ、貴女様は…!」
すると、セイバーは彼女に見覚えがあるらしく、激しく動揺していた。
「あら?もしかして生前のお知り合いかしら?」
「答えなさいバーサーク・セイバー。あれは何者?」
「……… 狂気と闘争に浮かされたこの身でも忘れはしない。私にドレスを送ってくれた素晴らしき薔薇の彼女を。彼女の真名は女王 マリー・アントワネット」
「はい。はいはいはい! その通りよ!素敵な騎士様!」
セイバーが言った真名、マリー・アントワネット。
フランス革命時において数々の伝説を残した破天荒な女王。
その彼女はセイバーの答えに対して、ハイテンションで答えた。
「女王マリー・アントワネット!? 大物ですよ!先輩!」
『???』
「あんな陽気な人が女王かよ…… アルフォンソの奴が見たら泣くな、ありゃ」
「彼女が、かの有名なアントワネット女王!!」
いきなりの大物の登場に、優牙達は戸惑っていたが、
そんな事は気にもせず、女王様は続けるのであった。
「そこの金ぴかの騎士さん。貴方がマスターね?」
『えっ?あっ、はい!』
「あんな恐ろしい人達にも物怖じしない態度、素敵でしたわ!でも、
『私達?』
女王様の言葉が引っ掛かったが、やはり彼女は気にせず続けるのであった。
「アマデウス!今よ!」
「全くマリーは…… 人使いが荒いんだから…… ま、マリーの為に一肌脱ぎますか。――― 聞け!魔の響きを!『
女王様は、後ろで待機していた長身の男に指示を出すと、男は指揮棒を振るう。
すると辺りに重音が響き渡り、黒いジャンヌ達は苦しみ出した。
「さっ、今の内ですわ、皆さん」
『ダメ押しだ…… ハアッ!!』
さらに優牙が牙狼剣を振るい、衝撃波が黒いジャンヌ達を吹き飛ばした。
「よし、行こう!」
優牙は牙狼の鎧を解いて魔界に還し、女王様と共に、ラ・シャリテから撤退したのだった。
信念、それが稀に不可能を可能にする。
たとえ、植え付けられた狂気に呑み込まれていようとも。
次回 第四節 絶影
月夜に木霊する、銀狼の雄叫び!