従者
「フォウ…… フォー…… キャウ……」
獣の鳴き声が聞こえる。
それと共に優牙の意識も、闇の中から浮上を始める。
「(…… この感覚…… フォウか? また俺の顔を舐めているのか……)」
「…… 先輩。起きてください先輩。…… 駄目ですね、起きません。ここは正式な呼び方で起こしてみましょう」
すぐ近くでマシュの声が響く。
「(良かった。助かったんだ……)」
そう優牙が安堵するも束の間、次の瞬間とんでもない言葉が聞こえてきた。
「――― マスター。起きてくださいマスター。起きないと殺しますよ?」
「分かった!すぐ起きるよ!?」
いくら相手が美少女といえど、殺す等と言われれば、優牙も黙ってはいられない。
優牙は物凄い勢いで跳ね起きた。
「フォウ!」
「はい。先輩が目を覚ましました。フォウさん」
「…… マシュ。俺、どのぐらい気を失ってた?」
「分かりません。ここが何処なのかも分かりませんし……」
「そっか……」
優牙は取り合えず今の状況を整理しようと、マシュに相談の為、顔を上げるが……
「マシュ…… その格好は…?」
優牙が見たマシュの姿は、最後に見た白衣と眼鏡姿ではなく、薄いアーマープレートに巨大な楯という、際どい格好をしていた。
「これですか? これは―――! すみません先輩。その話は後になりそうです」
自分の状況を説明しようとしたマシュは、突然顔を強張らせる。
マシュの視線の先には、明らかに敵意のある亡霊の様なモノがいた。
「あれは!?」
「先輩。いえ、マスター。あれは敵性生物の様です。私に指示を下さい。あれを撃退します」
「撃退って…… マシュ、君は戦えるのか!?」
「説明は後です…… 来ます!!」
状況を上手く呑み込めない優牙に対してやる気に満ちたマシュ。
そして、敵意を持って襲い掛かる亡霊。
優牙に、選択権は無かった。
「分かった!マシュ、先ずは相手の出方を見るんだ!」
「はい!」
楯を構えて、亡霊との間合いをとるマシュ。
亡霊はそんな関係ないとばかりにマシュに掴みかかる。
「楯を前に!! そのまま突撃して潰せ!」
「分かりました!やあぁあぁぁあっ!!!!」
『シャアァァァァッ!!?』
ズドン!!
楯で亡霊を壁に向けて押し潰すマシュ。
その衝撃が強かったのか、亡霊は塵となって消えた。
「戦闘終了。見事な采配です。マスター」
「マシュ…… 強かったんだな……」
「あ、いえこれは―――」
戦闘が終わり、マシュの異常な強さについて聞こうとする優牙を遮るように、第三者の声が響く。
『やっと繋がった!? こちらカルデア管制室。聞こえるかい!?』
「ドクター!?」
その声はロマンの物だった。
彼は、カルデアからこちらに通信してきているらしい。
「こちら、Aチーム。マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにシフト。同伴者は冴島優牙一名。バイタル、マスター適正、共に問題なし。直ぐにでもマスター登録の申請を推奨します」
『やっぱり優牙君も巻き込まれていたか…… というかマシュ!? どうしてそんな格好をしているんだい!? ハレンチだよ!? 僕はそんな風に育てた覚えはありません!』
「…… これは変身したんです。制服では先輩を守れませんでしたから…」
と、少し頬を赤くしながら言うマシュ。
一応羞恥はあったらしく、先程までは緊急事態だったため気づいてなかったらしい。
『(優牙、あのお嬢ちゃん、人間を辞めているぞ)』
「(何? ホラーか!!)」
『(いや、奴等の気配じゃない。もっと霊的なものを感じるぜ)』
「私の状態についてはモニターで見てもらえれば分かると思います」
マシュがロマンにそう言うと、ロマンがマシュのステータスを見て驚いた。
『な、なんだこれ!? 筋力、身体能力、魔力や魔術回路の質!何もかもが上がっているじゃないか!? これじゃまるで……』
「はい。私はデミ・サーヴァントになっています」
「デミ・サーヴァント?」
聞きなれない単語に、優牙が首を傾げる。
『カルデア第六の実験だよ。まさか、今になって成功するなんて……』
「爆発に巻き込まれた時、消え行く筈だったサーヴァントに契約を持ち込まれたんです。そして私はその英霊の能力を全て引き継ぎました」
『なんて無茶をするんだ。そんな事をすれば、人間としての許容を越えて廃人になるぞ』
『そうなんだ、だから実験は凍結…… あれ?今の誰?』
マシュから、異常なパワーアップの真相を聞いた時、その無茶苦茶なやり方に思わず声を出してしまったザルバに、マシュとロマンは困惑する。
「私じゃありませんよ。先輩ですか?」
「そ、そうだよ!? 今のは俺さ!」
「フォウ?」
優牙は慌てて取り繕う事で、なんとか事なきを得た。
「(ザルバ!? いきなり喋ったら駄目じゃないか!?)」
『(スマン。余りにも無茶をしていたからな。つい口が滑った)』
『そうか…… 今のは優牙君か。それじゃあ、これからの行動について話そう』
和やかな雰囲気は、一瞬で緊張に溢れた。
『まず、二人をカルデアに戻す為のレイシフトは故障したままだ。今、全力で復旧作業に―― あ――れ?―――』
しかしその時、突如として通信が途切れ途切れになる。
「ドクター、通信が不安定です。恐らく霊脈が安定していないのかと」
『そ――― か、すまないけど――― この先に―― 巨大な霊脈が――― ある。―― そこで召喚――― サークルを――――――』
しかし、そこまで言って、ロマンとの通信は途絶えてしまった。
「通信、途絶…… 大丈夫でしょうか?先輩……」
不安げな表情になるマシュ。
いくらデミ・サーヴァントになったからと言って、精神面は変わらない様だ。
そんなマシュに優牙は優しく諭す。
「…… 今は、希望を信じるしかないよ。それがほんの僅かな小さいモノでも……」
「そう、ですね…… 頼もしいです先輩。実は物凄く怖かったんです。それでは行きましょう。先ずはドクターとの通信を確立しないと」
そうして二人と一匹は、廃墟と化した町を歩き始めるだったのだ。
「それにしても…… ここは何処だ?」
霊脈に向かって歩ていると、優牙がふとそんな事を言う。
「ここは冬木と言う土地なのですが…… 資料で見た冬木とは明らかに違います……」
「冬木だって? 十二年前に大災害があったあの?」
「はい、その冬木です。もっとも冬木の大災害は魔術師の儀式、聖杯戦争が原因と聞いています」
またも聞きなれない単語に、首を傾げる優牙。
「聖杯戦争とは、万能の願望機、聖杯を降臨させるための魔術儀式です。方法は、七騎のサーヴァントと七人の魔術師が競いあい、最後の一人が聖杯を起動させると言ったものです」
「…… 要は殺し合いか……」
「そう、ですね。ですが、聖杯は既に解体されていると聞くので、聖杯戦争は二度と起こりませんよ」
そうして、聖杯戦争について優牙が知った所で、いよいよ、目的の霊地に近づいていく優牙達。
その時だった。
「キャアァァァァァァァッ!!?」
丁度霊脈の辺りから、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「今のは……っ!?」
「女の人の声です!行ってみましょう!先輩!」
二人は急いで、悲鳴を上げる女性のもとに向かった。
そこに居たのは……
「何で!? 何でなの!? 何で私ばかりこんな目に…… いや、来てよ…… 来てよ、レフ!!? 何時だって来てくれたじゃない!?」
カルデアの所長、オルガマリーだった。
オルガマリーは骸骨の兵士に追われていた。
「所長!?」
「なんだってこんな所に?」
「あ、あなた達!? どうしてここにいるのよ!?」
優牙達を確認した事で、一瞬だけ動きが止まってしまったオルガマリーに骸骨の兵士が迫る。
「あ、いや……」
「っ!? 危ない!!」
兵士が骨で出来た剣をオルガマリーに降り下ろした時、優牙はコートから赤鞘の剣を出し、骸骨の剣を受け止めた。
「所長!! ボサッとしてないで後ろに下がって!! マシュ!! コイツらを倒すぞ!!」
「先輩!? その剣何処から…… いえ、そもそも危険です!先輩!」
「俺なら大丈夫…… だっ!!」
マシュに指示を出しながら、優牙は骸骨の剣を押し返し、骸骨の兵士を一体転倒させる。
「…… ほらな?」
「貴方なんなの!? 私の魔術が効かなかった化け物をそんな剣で押し返すなんて!?」
「今はどうでもいいでしょう? マシュ、基本はさっきと同じ、カウンターを狙ってくれ。俺は左の奴をやる」
「無茶ですよ!? 先輩は普通の人なんですよ!?」
マシュの様にデミ・サーヴァントであるなら問題はないだろうが、優牙は人間。
敵うはずはないと思っていた。
「大丈夫。俺を信じてくれ、マシュ」
けれど不思議と、優牙に言われると信じられるような安心感があった。
「――― 分かりました…… ご無事で、マスター」
そう言って、マシュは右の骸骨に向かっていった。
「…… さて、俺の相手はコイツか……」
マシュの激励を受けた優牙は骸骨を見据える。
そこにはもう、先程までの困惑の色はない。
見るものが見れば、歴戦の戦士と言ってしまうような表情に変わっている。
「所長」
「ひゃい!? な、何かしら!?」
「そこを動かないで下さいね? 守れませんから」
オルガマリーにそう告げると、優牙は静かに剣を抜き、骸骨に向けて構える。
それが開戦の合図になったのか、骸骨は優牙…… ではなくオルガマリーに向かって行った。
それをいち早く察した優牙は、骸骨の足を引っかけて転倒させ、元の場所に蹴り飛ばす。
「お前の相手は俺だろうが」
骸骨は優牙を最優先にしたようで、今度は優牙に向かって、その剣を降り下ろす。
「ハッ!!」
しかし、優牙はそれをいとも簡単に受け止め、骸骨に蹴り入れ、剣を弾き飛ばした。
「ハアッ!!」
そして間髪入れずに、唐竹割りを放ち、骸骨を真っ二つにする。
そのまま骸骨は消えていった。
「ふぅ……」
「先輩!」
赤鞘に剣を納める優牙にマシュが向かってくる。
向こうも骸骨を倒した所の様だった。
「大丈夫でしたか?」
「ああ。マシュもお疲れ」
「いえ。それよりも」
二人の視線がオルガマリーに向かう。
いきなり視線を向けられたオルガマリーは、少しビクッとしていた。
「………… どういうこと?」
動揺から回復したオルガマリーはマシュに問いかけた。
「私の現状でしたら、見てもらえば―――」
「デミ・サーヴァント。カルデア第六の実験でしょ?分かっているわよそんな事。それよりも貴方! 私の演説に遅刻した貴方よ!一体どんな乱暴をしてマシュを従わせたの!!」
どうやらオルガマリーが疑問を抱いていたのは優牙の方らしく、彼女はマシュを無理矢理従わせていると勘違いしているようだ。
「マスターと言うのは一流の魔術師にしか成れない筈なのに!? 一般の貴方が成れるようなものじゃないのよ!」
「所長、むしろ私の方が強引に契約を結んだのです。それしか方法がありませんでしたから」
それに見兼ねたマシュがオルガマリーを制しながら、説明を始めたのであった。
「――――― というのが、現在の現状です。今、レイシフトに成功して、マスター適正がある人員が優牙先輩以外にいないんです」
「事情は分かりました。良いでしょう。緊急事態ですから、貴方とキリエライトの契約を認めます。それじゃあベースキャンプを設置しましょうか」
「有り難いのか、有り難くないのか分かんないな…」
一応、オルガマリーにマシュとの契約を認められた優牙は、ため息を吐きながらベースキャンプの設置の準備を始めた。
「その前に先輩、一つ聞いておきたい事があるのですが…… よろしいでしょうか?」
「なに?」
「先程の先輩の戦闘…… そして私への的確な指示。どう考えても戦い慣れしている様に思えます。ですが、経歴を見る限り先輩は一般人です」
「それは私も知りたいわね。あんな化け物に魔術を使わずに剣一本で勝利した貴方…… 考えてみれば一般ではあり得ないわ。―――― 何者なの?貴方」
優牙に問い詰めるマシュとオルガマリー。
優牙は難しい顔をした後、二人に答えた。
「それは…… ごめん、今は言えない」
「どういうことかしら?私に言えない様な疚しい事があるのかしら」
「それはないよ。ただ、今二人を混乱させるのは得策じゃないと思ったんだ」
「どうしても、ですか?」
「ごめんマシュ。でもこの二つだけは約束する。俺の事はカルデアに帰れたら話す。もう一つは、絶対に二人を裏切らない」
優牙の宣言を聞いた二人は、優牙に背を向けて相談していた。
「どう思います?キリエライト」
「私は信じてもいいと思います。私達を助けてくれたのは事実ですし。それに…」
「フォウ!!」
「フォウさんが懐いているのできっと大丈夫です!」
「はぁ…… 分かったわ」
相談が終わったのか、オルガマリーが優牙に対して告げる。
「一応、貴方を信じます。でも、いい?裏切ったら……」
「絶対に無い」
「そう……」
オルガマリーは、まだ疑惑が残っている様だが、即座に言い切った優牙の宣言を聞き、引き下がった。
「それでは、ベースキャンプの設置を開始します。ドクター曰く、武器を触媒にするそうなのですが、よろしいでしょうか?マスター」
霊脈に盾を設置しながら優牙に確認を取るマシュ。
優牙はそれを許可した。
「うん。お願い、マシュ」
「了解しました。設置、開始します」
盾を触媒とし、霊脈からマナが溢れだし、辺りを霊力で満たす。
「ベースキャンプ、設置完了です」
ベースキャンプは無事に、設置を完了したのだった。
闇に落ち、影を纏った邪悪な英霊達。
いくらお嬢ちゃんでも、コイツらを三体相手にするには厳しすぎるだろう。
おい優牙、その青いフードの男は何者だ?
次回 第二節 黒化
光の御子、見参ッ!!!!