何度目かのため息をつきつつベッドへと転がる。大柄な身体はベットの弾力で押し返されることなく沈む。
相も変わらずの殺風景な壁にベットとトイレしかない簡素な室内を見渡す。扉だけは頑丈そうな特別房での暮らしは暇で仕方なかった。
ジオン公国軍特殊部隊『フェンリル隊』に所属していた頃が一番生き生きしていたように感じる。あの時には共に戦場を戦い抜いた戦友が居た。自分を求める戦場があった。己の手足となるモビルスーツがあった。
それが今やジオンの軍服を引っぺがされ粗悪な囚人服を纏ってこの一室で数ヶ月も食っては話して寝るだけの生活だ。
何でも俺達が参加した『狼の鉄槌』が行なった『シルバー・ランス作戦』の事で連邦軍自身が聴取を取りたいと言う事だけで移送先であったジオン共和国からこの月へと移送された。取調べはジオン残党狩りを行なっているティターンズ。良い噂は聞かない組織だが共和国からの監視の目があるからあからさまな事はまだ行なってないだけでいつ何があるか分からない。とは言っても出来ることなどもはや…
瞼を閉じて寝ようとした時に銃声が響き渡り飛び起きた。
暴動かと思い耳を済ませるがそれにしては銃声が多い。一発や二発ではなく、時々爆発音まで聞こえてくる。これは収容所の暴動なんてレベルではなく戦闘だ。それも銃声が近くなってくる。
扉に取り付けられた小さな小窓が開かれ誰かが中を覗いてきた。
「優先人物確認しました!扉から離れていてください!!」
指示されるがまま扉から離れてベットの脇へと隠れる。小さな爆発音が発せられると扉の一部が壊され、電子ロック式の扉が手動にて開け放たれた。
扉の外には小銃で武装した男が三人に幼いシスターが立っていた。
「ジオン公国軍特殊部隊フェンリル隊のレンチェフ少尉さんですね?」
「ああ…そうだが」
声を聞いて少女ではなく少年という事を理解した。少年は広めの袖よりジオン軍服一式を取り出して差し出してきた。
「僕はカトウ・キョウシロウと言います。もし良ければ僕たちと一緒にジオン独立の為にもう一度戦場を駆けませんか?」
「―っ!!…いいだろう。何度でも駆けてやる」
こいつが何処の誰でも構わなかった。
引っ手繰るように軍服を手に取ると袖を通す。
俺が俺の為に戦う戦場があるのなら!!
少年に導かれ久しぶりの外の空気を吸う。しみったれた収容所の空気では無く、人工的に作られたコロニーならではの空気を肺いっぱいに吸い込む。そして体内に溜まった空気を体外に吐き出す。
レンチェフの視界には片腕のないザクⅡに下半身はジムで上半身がザクⅠがザク・マシンガンを構え、護送車を支援していた。護送車には同じ戦場を駆けたソフィ・フランは勿論、多くの捕まったジオン兵の姿があった。
同時刻月周辺デブリ群内
大小のデブリを牽引しつつ姿を隠しながらムサイ艦がスラスターを停止させて待機していた。
カトウ艦隊所属ムサイ級巡洋艦後期生産型『アルト・ハイデルベルク』。艦長であるエイワン・ベリーニ大尉はブリッジの艦長席にて腕を組んで一報を待っていた。
通信士がヘッドホンに手を当てた。「来たか」と呟き視線を向ける。
「入電《笛吹き男より音楽隊へ。笛は鳴り響いた》繰り返す《笛は鳴り響いた》です!!」
「了解した」
エイワンは気合を入れて立ち上がる。ブリッジの兵士たちが今か今かと発せられるであろう命令を期待の眼差しと共に待つ。
「これより作戦名《演奏会》を行なう。牽引ワイヤーカット!!モビルスーツ隊は切り離したデブリを押し出せ!!僚艦の『パルジファル』と『モルゲンレーテ』打電。作戦通り主砲準備!!」
「主砲エネルギー伝達確認」
「牽引ワイヤーカット!!モビルスーツ隊によりデブリ押し出しまで20秒」
「僚艦が射撃命令を求めています!!」
デブリを切り離しブリッジからの視界がクリアになっていく。連邦軍は当然焦っているだろう。コロニー内部では収容所に連邦軍駐屯所、入港ドック、発電所に奇襲をかけられて部隊の立て直しに時間と部隊がいるのに急に月周辺に三隻だけとは言え艦隊が現れたのだから。
「目標、地球連邦軍月面基地の宇宙ドック!!月面都市とは離れているとは言え絶対に誤射するなよ!!主砲一斉射………てぇー!!」
ムサイに搭載されている三門の主砲から黄色に輝く主砲が月へと向かって伸びて行く。次々と放たれるメガ粒子砲は戦艦用のドックに直撃し、大きな爆発を起こす。
その光景に満足しながら席に腰を降ろす。
「射撃止め!!全艦反転。戦域を離脱する」
戦艦用ドックは潰したがモビルスーツ用のドックは別だ。いずれ体勢を立て直した月面基地は一番に足を奪う為にこちらに向けて発進させるだろう。そうなればモビルスーツ9機だけでは三隻ものムサイを護りきれまい。作戦通りに戦艦用ドック破壊したのだ。後は大佐達の無事を祈るばかりである。
戦域の離脱を開始したムサイを追う力は混乱状態の月面基地には無かった。
しかしそれは月面基地の話であってパトロールに出ていたサラミス級二隻には関係のない事だった。
サラミス級は三隻のムサイを逃がさまいと追う。主砲を向け射程内に入った瞬間に撃てるように準備して。
「させるかぁ!!」
先行していたサラミスの主砲が爆発した。その現場を見ていた者にとってビーム兵器でやられた事は明白だった。続いてモビルスーツ格納庫、エンジン部がビームの直撃を受け、内部にあった弾薬や燃料に引火して戦艦一隻を内部から覆うほどの大爆発が起こった。二隻目のサラミスが爆発を回避しつつ索敵の結果見つけることの出来た青いゲルググに各砲座を向けるがそのゲルググとは別に青いモビルスーツが横を駆け抜けた。気を取られていたとしてもあっさりと抜かれ、通過と同時に撃ち込まれた何発もの実弾によりあっけなく撃沈されてしまった。
通り過ぎたモビルスーツ『ケンプファー』に青い高機動型ゲルググがゆっくりと接近する。
「近衛隊の名も伊達ではないと言う事か」
先程のイリアのケンプファーの戦闘を思い出しながらガトーは回線を開いた。
「カリウス。ムサイの護衛は任せる」
『了解しましたが中佐は?』
「私はブルーメンと共に脱出援護の為に残る」
『御武運を』
「ああ!!」
カリウスのリック・ドムⅡがムサイを護衛しながら戦域を離脱するのを確認して、ザンジバル級機動巡洋艦『ブレーメン』と合流するべくスラスターを噴かす。追従するイリアもスラスターを噴かして移動を開始する。
今作戦の総指揮を執り、艦隊の総司令を勤める加藤 鏡士郎は泣きそうになるのを必死に堪えて移動中の護送車の端で体育座りしていた。
『闇夜のフェンリル隊』や『グラナダ特戦隊』の皆さんに会えて嬉し泣きしている訳でもファビアンさんが大佐という事を皆に言って顔を顰めたり驚きの反応をされた事に対してショックを受けた訳でもない。
服装が原因だ…
救出作戦を行なう際に収容所に潜入するなら変装した方が良いという案が出たのだ。そこで一番最初に言われたのが教会関係者だった。教会関係者なら軽いチェックだけで収容所に入ることが出来るからだ。そこで当日にイリアが用意したのが手に入ったものでサイズが合った物がこれしか無いと言う事でシスターの格好をしているのだ。しかも救出作戦に参加する兵士が集合したら皆が連邦軍の制服に急いで作った偽造身分証明書を持っていた。イリアに嵌められたと分かった時にはイリアはパトロール艦隊を強襲する為にザンジバルに戻っており何も言えずに作戦に参加した。しちゃったのだ…。
「そう落ち込まないで下さいよ大佐。似合ってますぜ」
連邦軍の軍服を着たクルトの嫌味を含んだ軽口に余計に気分が沈んだ。ちなみに運転席に座っているクルトの横に座っているファビアンの方から笑いを堪える声が聞こえる。
じわりと視界が滲むとそっとソフィ・フランに抱き寄せられ、慰めるように頭を撫でられる。体温の温かみに落ち着きを取り戻し涙が引いて行く。
「まるでガキだな」
「いや、どうみてもガキだろう」
ギュスター・パイパーとレンチェフに何か言われている感じがするがそれは気にせず抱きしめられる感覚を味わう。護送車が大きく揺れ目的地に到着したことを理解した。したが動きたくない…
「大佐。時間が無いんだから動いた、動いた」
「おっと、例のお客さん来てるぜ」
「ほんと!?」
ガバっと立ち上がり外へ出ようとした鏡士郎をファビアンが首根っこを掴んで止めた。
「そのままの格好で行くんですか?ってかいつまで着ているんですか?」
そう言われてシスター服のしたには普段着を着込んでいたことを思い出し、気分を沈ませる前にシスター服を急いで脱ぐ。飛び出した先にはアナハイムで模擬戦を行なった少年、フィーリウス・ストリームが無表情でこちらを見つめていた。後ろには巨漢のガイウス・ゼメラに冷静な表情をしているバネッサ・バーミリオンが姿勢を正して待機していた。
「フィーリウス少尉!!来てくれたんですね。良かった。本当に良かった」
ただ見つめ返してくるだけで返答はないが鏡士郎はただただ喜んだ。これで予定していた以上の戦力が集まった。飛び跳ねて喜んでいるのを微笑ましく眺めていた老人に気がついた。
彼はこの目的地である戦争博物館の館長で鏡士郎に協力してくれている人である。
「はっはっはっ。大佐殿は元気が良くていいですな」
「無邪気なだけでしょ…。急ぎますよ」
「は、はい。って待ってよぉ~」
昨日の内に博物館内に隠したケンプファーの元へ急ぐファビアンを追う様に館内に入って行く。中では元ジオン整備兵がここにおいてあるモビルスーツの最終点検を行なっていた。
現在行なっている作戦はすでに最終段階に近付いていた。
第一段階として宇宙ドックから都市へと遊びに来ていた連邦軍士官などを元ジオン兵が経営していた酒場へと案内して泥酔、もしくは催眠薬入りの酒類で眠らせる。第二段階として発電所などの施設を元特殊部隊が爆破。同時に月面都市にある連邦軍施設と収容所、戦艦が入港しているドックをモビルスーツを含んだ部隊で奇襲した。残る第三段階は月面都市内戦力でドックにある戦艦を奪取して逃げるとだけだが一番難しい。時間をかければ連邦軍も立て直し脱出は困難となる。
それにモビルスーツと言っても収容所を襲った隻腕のザクⅡに下半身ジムのザクⅠ、連邦軍駐屯地を襲ったザクバズーカを二つ持った下半身ガンタンク系ドムにショルダー無しのザクⅡに中身ジオン系のジム、ドックへ向かった主力がザクⅠで両腕がジムなのと下半身ザクⅡに上半身ゲルググと原型から変わり果てた機体ばかり。
博物館の目玉になっているモビルスーツを展示している場所には連邦のジムにジム・コマンド、量産型ガンタンクがあり、ジオン系だとザクのⅠとⅡが一機ずつにグフ、ドム、ゲルググの準備が進められていた。他にも数機あるのだがそこまで整備の手が回らなかったのである。
「あぁ…大佐。ちょっといいかな?」
館長に手招きされるがまま通路の奥へと着いて行く。
「連邦軍が性能を図る為に再度作ったジオンのモビルスーツがあっての。測定後は廃棄する予定じゃッたが話を聞いたわしが基地司令に大金を払って譲ってもらった機体があるんじゃ」
「へぇ~、そんな事出来るんですね」
「普通は出来んはずじゃがな。連邦がどれだけ腐っとるかと言うだけの話じゃ」
「ハハハ…。で、何て言う機体なんですか?」
進んだ先には関係者以外立ち入る禁止の壁紙を貼られた大きな扉があり、館長の合図を受けた人がボタンを押してゆっくりと開けた。
現れたのは青をベースとしたザクであった。肩はザクとは違い丸みがあり、尖っていてゲルググの物に近かった。あとザクⅡにはあった腰や太ももから脹脛へ伸びていた動力パイプが無くなっていた。
この機体を目にした鏡士郎より遠目だが機体を認識したリリアのほうが驚いていた。
「アクトザク…」
グラナダ特戦隊のマレット・サンギーヌ隊長が使用したモビルスーツ。関節各部にマグネットコーティングが施され、ザクⅡとは桁違いの高い機動力と性能を誇る。
月でこの機体を扱うと思うと気持ちが引き締まり、なんとしても皆を脱出させて見せると意気込む。
歴戦の勇士達とアクトザクなどのモビルスーツを得た鏡士郎は宇宙ドックへ急ぐ。
次回『月からの脱出:後編』(もしくは中編)