アクシズの執務室でハマーン・カーンはジッとモニターを見つめていた。予定では鏡士郎より報告がある日である。
もしかしたらシャアのように連絡してこないかもしれない…
茨の園にたどり着く前に何かに巻き込まれていないか…
そんな事を抱きつつこの最近はあまり寝れていない。この執務室にはまだ幼いミネバ様とミネバ様の侍女達も待機していた。鏡士郎が居なくなった当日は一日中泣き続けるのではないかと言うほど泣いていたものだ。まだ5歳の幼子なのだからまだ良いがもう少し大きくなったらそこらへんを抑えるように教育しなければ。
モニターにノイズが走り薄っすらと何かが映り始めた。
『お久しぶりです』
笑顔でこちらを向いてるキョウシロウが映ると少しの間を開けて侍女達が噴出した。
レッドカーペットが敷かれた先の椅子に腰掛けていた。後ろにはジオンのマークがあり、横にはギレン・ザビの銅像が置かれている。多分だがそこにはデラーズが座っていたのではないだろうか。大の大人が座っても余裕のありそうな装飾品を施された椅子に子供がちょこんと座っているのだ。しかも堂々としている分、滑稽に見える。
侍女だけでなくハマーンも少し笑ってしまった。その反応を向こうのモニターから見た鏡士郎が顔を真っ赤にしてモミターに駆け寄ってきた。
「わ、笑わないで下さいよ」
「ふふふ、いや、あまりに滑稽だったものでな」
「滑稽!?…酷いよぉ…」
その場でいじけるキョウシロウに突っ込まずに話を戻そうと咳払いをする。
「では、報告を…」
『あ!ミネバ様元気ですか?馬さんやってた鏡士郎ですよ~』
モニターに貼り付いて必死にミネバ様に手を振っている。ミネバ様も嬉しそうなのだが…
「報告を進めて貰おうか?」
『ひえ…は、はい』
殺気の篭った目を向けると肩をぴくりと揺らして姿勢を正す。
『えーと…アナハイムとの話し合いの結果、茨の園を返還してもらいました』
「向こうからの条件は?」
『手土産が役立った他はこちらからとある時に支援を行なうってものでアクシズに迷惑がかからないもので済みましたよ』
「軍事企業だからな。ジオンに支援して儲けると言う考えもあるだろうがあっさりと飲んだな。まぁ、それならそれで良いが茨の園の設備はどうだ?」
『アナハイムが追加で作った施設をそのままくれたので前より良くなっているそうですよ。MS研究の施設に拡大された生産施設、食物生産から加工まで行なう施設まで…さすがにレジャー施設はありませんでしたけど。
システム内にウイルスや仕掛けがないかは一週間かけてチェックしましたし、危険物の有無はもう少し時間がかかるらしいですが』
それなら茨の園を拠点に地球圏に潜むジオン軍にいろいろ出来るなと現状に満足する。
これで第一段階が終了した。だからと言って安心は出来ない。相手はキョウシロウなのだ。何を仕出かすか分からない存在なのだ。
『これでひと段落ですね』
「茨の園に着くまで何もなかっただろうな?」
『・・・・・・』
「おい」
あからさまに目を逸らされてやっぱりかと軽く頭を押さえる。想定していた分頭痛はなかったものの監視としてつけたイリアの気苦労は絶えなかっただろうなと想像できる。
聞きたくないが聞かねばなるまい。
「で、何があった?」
『えーと…そのぉ…月面都市で連邦軍と戦った…ぐらいですかね』
聞くんじゃなかった。本気で頭痛がしてきた。
「被害状況は?」
『アクシズより発進した艦隊には弾薬・燃料が減った以外は何も…むしろ増えたかにゃ~』
「・・・」
『本当にごめんなさい!!そんなに冷たい目で睨まないで』
怒るのも悩むのも馬鹿馬鹿しくなってきた。それに顔の前で両手を合わせて謝ってくる奴を見て怒るどころかほっとしてしまう。らしいと言えば奴らしいか。
『聞いてくださいよ。月に収容されていたジオン兵に燻っていた人達と脱出したんですけどサラミス改二隻に連邦のMSにジオンMSが数機。それにジオン公国軍特殊部隊フェンリル隊にグラナダ特戦隊、親衛隊MS部隊所属の名パイロットも参加してくれたんですよ』
「ふむ」
『あ!今MS製造も動かして一機ですけど作ってますし、アクトザクも手に入っちゃいましたし』
「落ち着け!…はぁ。ところで何を作っている」
『ヅダですけど?』
「はぁ?」
『だって何か落ち着かなくて…』
「…そのうち送ってやる」
『本当ですか!!』
アクシズで管理していたがあの機体からは結局、何のデータも解析する事は出来なかった。解析出来ないだけでなくアレはキョウシロウでしか扱えない機体と言う事がはっきりと分かった。阿頼耶識とか言う背中のシステムはキョウシロウしか持ってない為に性能はフルで使えないし、フルじゃないとしてもあの驚異的加速だけで常人なら死んでしまう。正直持っていても仕方がないと言ったところか。
「今後の予定はどうなっている?」
『今後ですか?そうですねぇ…まずガトー少佐にはソロモン宙域に潜伏している部隊の勧誘してもらってフェンリル隊のレンチェフさん達がロンメル隊と共闘した過去があるので地球へ向かってもらう事になってます。後、親衛隊MS部隊のフィーリウスさん達とグラナダ特戦隊のリリアさん達には資金調達と物資の補給を頼もうかと。と言ってもデブリ回収と傭兵みたいな事になりそうですが…』
「それでお前はどうする」
『僕はイリアさんとサイド1の30バンチコロニーへ向かう予定です』
そこまで報告を聞くとキョウシロウの後ろに並ぶジオン軍人の中にイリアが居ない事に気付いた。
「イリアはどうした?」
『あぁ、イリアさんなら協力してくれたクルトさんのお見送りと言うか護衛に出てますけど…』
茨の園宙域
クルトが乗るランチの周りを3機のモビルスーツが護衛をしていた。
イリアのケンプファーがランチの操縦席で大金が入ったトランクケースを大事そうに持っている下卑た嗤いを浮かべるクルトをメインカメラでとらえる。
ケンプファー以外にはリック・ドムⅡとザクⅡが居るがそれらのパイロットは親衛隊だ。これから事を行なっても漏れる心配は無い。
護衛終了ポイントが近付き無線を使用する。
「もう少しで護衛を終了する」
『おう、後はこっちでなんとかすらぁな』
「なんとかねぇ…」
ケンプファーを加速させてランチの前に割り込ませる。急に目の前に出てきたケンプファーとぶつからない様にクルトは急停止させる。回避と言う手段もあったがここは茨の園周辺のデブリ帯。下手に動けばぶつかって自分がデブリの仲間入りしかねない。
『いきなり何しやがる!!…ておい、どういう事だこりゃあ…』
怒りを露にして怒鳴り散らすと周りの異変に気付いた。三機ともがランチに銃口を向けていた。
「味方を売ろうとした貴方をそのまま逃がす訳ないでしょう」
『ま、待て、約束が違うではないか!!』
「確かに大佐は約束されました」
『だったら…』
「それは一兵士の約束であって私達アクシズには関係無い」
『待て!!』
トリガーを引こうと指をかけた瞬間、レーダーがMSの影を映した。デブリの中を賭けて来たのだろう。ここまで接近を許すとは…
近付く機体はガトー中佐の青いゲルググだった。ランチを庇うように背を向けて停止した。
「中佐!邪魔しないで下さい」
『そちらこそ手を出すな』
『た、助かりましたちゅうs…』
『私が殺る』
見向きもせずにビームナギナタでランチを貫いた。イリアのメインモニターにはナギナタの熱量により蒸発するクルスを確認した。
『…ケリィ…すまなかった。しかし、これで…』
「?中佐…」
『茨の園に戻るぞ』
ガトーが呟いた言葉は聞き取れなかったが何かを感じ取って黙って茨の園へ帰るのであった。
軍事施設が稼動し始めたグリーンノア、通称グリプスのティアターンズ執務室にひとりの仕官が向かっていた。
扉の前に立つとティターンズの制服に乱れがないか確認して鼻の下のみに生やした髭を整え、髪が乱れてないかをチェックする。一通り確認を終えると軽く二回ほどノックする。
「ジャマイカン・ダニンガン少佐です」
「うむ、入れ」
「ハッ!失礼致します」
返事が返ってきた事で扉を開けて中に入る。執務席に腰を降ろしていた上官であるバスク・オム大佐に向けて深く一礼をする。
小さな水温が聞こえて音がしたソファの方へ視線を向けると真昼間から酒ビンを煽っている連邦軍仕官の姿が目に入った。小さく舌打ちをする。それが耳に入ったのか顔を向けて軽く手を挙げる。
「よう、久しぶりだなぁおい」
「馴れ馴れしくするな」
ジャマイカンはこの男が嫌いである。
ソウジロウ・ミヨシ中佐。連邦軍最強のパイロットと呼ばれる男でその腕は他の追従を許さないほどである。しかし、上官の言う事は聞かない。勝手な行動はする。軍機違反は日常茶飯事。味方殺し数回などとっくに死罰されていてもおかしくない存在なのだ。
そんな彼がこうして生きているのは彼が行なってきた功績ととある者達への抑止力になるからである。
「冷てぇ反応だな」
「気安く話しかけるな」
「それが上官に対しての言葉かね?」
「ティターンズは連邦軍より二階級上なのだ。つまり連邦軍で言うと私は大佐なのだよ」
「はっはー♪なら俺は准将だな」
「なんだと!?」
「本日付けでティターンズ配属したッからな」
唖然とするジャマイカンとくっくっくと意地の悪そうな笑みを浮かべるミヨシの会話が終わった事を確認したバスクが咳払いをする。ジャマイカンは背筋を伸ばすがミヨシはだらんとソファでくつろいだままだった。
「貴官らにはこれからある作戦の為にサイド1・30バンチコロニーへ向かってもらう。命令書は現地に到着後開封するように。決して誰にも見られるな」
「ハッ!!」
「へ~い」
「…ミヨシ中佐。貴官はこれをどう見る?」
軍人らしからぬ態度と返事に注意する事無くデスクに置いてあったパソコンを回して見せる。見慣れないザクがティターンズのジムクゥエルと戦闘している映像が映し出されていた。
「つい先日月面都市で行なわれた戦闘だ。私はこれは『イレギュラー』が関わっているのではないかと考えている」
『イレギュラー』
その単語が出た瞬間、ジャマイカンが苦虫を潰したような顔をした。
「このザクのパイロットかが?機体レベルは低そうだが腕は…良いな」
「君達が狩った『イレギュラー』が生き残って居た可能性はあるかね?」
「ねぇな。あんたも知ってんだろ?俺の戦闘記録を見てただろうが。今生きてんのはあんたの目の前に居る俺と月にいる『ナンバー0』と『ナンバー7』だけだ。あいつらはほとんど傍観者に徹してっから危険性は低いけどな」
「では『13番目のイレギュラー』と言う訳か…」
「そいつは分からねぇけどな。そいつが『イレギュラー』でジオン兵だってんなら…」
そこまで言うと立ち上がり尻に敷いてたティターンズの制服を取ってドアに向かう。
「次に何処を狙うか分かっているのか?」
「もち。『イレギュラー』の行動は分かり易いからな」
部屋から出る直前にミヨシは振り返りニヤリと嗤う。
「『イレギュラー』は俺の獲物だ。他に手を出させねぇでくれよ」
告げるだけ告げて彼はMSデッキへ向かう。獲物を狩る為に…
アクシズへの報告を済ませた鏡士郎とイリアは30バンチヘと艦隊を率いていく。敵の罠があるとは知らずに…
次回『死神と呼ばれた黒きガンダム』