俺は頬に激痛を受けながら、殴り飛ばされて壁に背をぶつける。
口の中を切ったのか、血の味がした。
こんなことをしたのは、天龍だ。
「てめぇ!なんで撤退しなかった!」
怒りの声を上げる天龍。それも仕方がないのだろう。先ほど彼女の妹である龍田が沈んだのだ。その原因は俺にあるため俺を殴り倒すのはわかる。
「お、落ち着いて下さい天龍さん」
「赤城は何でかばうんだよ!秘書艦だからか!?」
「ち、違います。私は……」
「帰って来ていきなり殴り込みとは、本来なら上官を殴るなど、処分ものだが今回は特に取り上げんから、執務室から早く出て行け。赤城もだ」
「は、はい」
まだ騒ぐ天龍を抑えながら、赤城は部屋を出る。
俺は殴られた時に吹き飛ばされた書類を床から拾い、まとめ直す。
「……………俺だって、糞な上の命令をはねっ返せるならしてるさ」
誰もいない部屋で俺は愚痴る。
最近噂で、艦娘を完全に道具として扱い、碌な修復もせずに出撃を繰り返させる提督や、一番弱い艦娘を狙うように誘導してその子が攻撃を受けてる時に、他の艦隊のやつが、敵を屠るとかいう作戦を執行する提督がいるらしい。そんな扱いを受けた艦娘はどうなるかは言わずもがな。
そんな提督がここに来ないように俺は優秀で、上にしっぽを振る犬にならなければならない。そうしてここにしがみ付くしかない。たとえ、そんな守った子たちに最低だと思われても。
「わかってくれとは言わない。でも、沈まないで欲しい。これだけは、唯一のわがままだけは許してくれ」
俺は書類をすべて机に置くと、窓辺により外を見る。曇天の空はいまのこの鎮守府を象徴するかのような、暗い空だった。
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数日後。
俺はある場所にいた。鎮守府ではなく、作戦本部がある内地の基地内だ。
赤城も連れてきてる。正直俺はここには来たくない。自分のことだけしか考えてない、私腹の肥えた豚しかいないからだ。
呼び出された部屋の前で、赤城を待たせ、俺だけ入室する。
「来たか。適当にかけたまえ」
俺は部屋の奥の椅子に座っていた老人に言われて、これが執務室のソファかと思う豪華な装飾のある物を一瞥し座る。
「今回はたった一体の艦娘の被害で、新種の深海棲艦のある程度の能力が把握できた。次に現れた時は沈めたまえよ」
この豚は「たったの一体」と抜かしやがる。巫山戯るなよ。たったの一体じゃない。かけがえのない一人だ。少なくとも天龍にとってはそうだ。だが俺はその言葉と、殴りかかりそうな腕を抑える。
「今回の被害を受け、近々新しい艦娘を配属させる。存分に使いたまえ。以上だ」
俺は立ち上がり一礼だけして、部屋を早々にでる。相変わらず聞いてるだけでイライラする。
「あ、提督もうよろしいのですか?」
「構わん。帰るぞ」
俺はそそくさと、この腐った場所から出たくて早足で出口へ向かう。
「お待ちください、提督!」
赤城が追いかけてくるが、俺は放って先に進む。入り口を出る手前で白衣を着た女性が壁に背を預け立っていた。
「…………博士?」
「久しぶりね。元気にしてたかしら?」
「提督、こちらの方は?」
「あら?こちらのお嬢さんが、貴方の秘書艦?可愛らしい人ね」
彼女は近づいてきて、赤城のことを興味深そうに見る。
「何の御用ですか?」
俺は遮るようにして、彼女の目の前に立つ。
「もう。ここが嫌いだからって、そんなにピリピリしていたらモテないわよ?」
「余計なお世話です。用がないなら、これで失礼します」
そのまま彼女の隣を通り過ぎようとした。
「待ちなさい。これ、そろそろいるでしょ?」
彼女は白衣のポケットから、手のひらサイズの、銀ケースを取り出した。
「…………ありがとうございます」
それを受け取りそのまま外に出る。
「あ、提督待ってください」
「待ちなさい、秘書艦さん」
「な、なんですか?」
「ふふ。そんなに警戒しないで?一言だけ、言っておきたいの。彼は不器用だし、滅多に顔に出さない人だけど、本当はすごい弱い心を持ってるから、貴女が支えてあげなさい」
「…………はい。わかっています」
「ならいいわ。彼の味方でいてあげて。一番側にいる貴女がね」
「おい、赤城何を話してる。置いていくぞ」
この時俺は二人の会話を聞いていなかった。内容は後から赤城から聞いたものだ。博士も全くもって、いらん世話をしてくれる。