名前のない幻想郷縁起   作:楠乃

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名前のない幻想郷縁起

 

 

 

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 幼い頃から、よく物事を記憶できた。

 体はそれなりに丈夫で、よく家令を困らせていた。屋根に上ったり、人目が途切れた内に屋敷の外へと無断で遊びに出掛けた事も何度もあった。流石に一人で人里から出たのは数える程しかないけど、そんな冒険を良くしていた。

 歴代の当主は皆病弱で、でも確実に直系である私がすこぶる元気なのを見て、気味悪がる家政婦もその頃には既に居たのを覚えている。皆と共に住んでいた屋敷はとても広く、人里の中でも一際目立つ建物だった。

 今も昔も、稗田家の屋敷と言えば人里で案内できない人はいないだろう。

 

 何でも記憶することが出来た私は、病弱でない代わりに、先代から受け継いだ筈の記憶に、所々穴が空いていた。

 脳内にある数え切れない程の記憶────例えるなら、本。

 幾つかの本は自力で開くことが出来ず、幾つかの本に至っては見付ける事すら出来ない……そんな感じで思い出せず、記憶してすらいなかった事が、幾つかあった。

 

 でも、それは膨大な記憶の中の、ほんの一部で────少なくとも稗田家で、やらなければいけない行事や祭事で出来なかった事は一つもなかった。

 日常で困ったりすることも滅多に無く、長く生きている者と逢う時に喋る内容について、少し困惑してしまうことがたまに起きる程度だった。

 私はとにかく元気で、傷が出来ても気にせず走り回り、病気になっても然程酷くもならず、その内にけろっと治ってまた屋敷を抜け出し、そして従者に怒られては抜けだして遊ぶ……そんな生活をしていた。

 

 

 

 転機が来たのは、私が十一歳を迎えた年の夏の頃。

 私は、屋敷から脱走した。

 

 元気が有り余っていた私は、『自身が屋敷の中で縛られたまま寿命を迎えるのは嫌だ』と、考えるようになっていた。

 少なくともこれだけ元気なら、歴代のご先祖様のような若さで死ぬような事はまずあり得まい。それならば若い内は無理をしてでも楽しみ、先の子達に羨ましがられる事でもしてやろう────と、少しばかり調子に乗っていた。

 人里の平均寿命近く生きれるとして、その伸びた分を遊びに徹し、残りを冊子に集中させれば文句も出にくかろう、と軽視した。

 

 塀を跳び越え、瓦の上を走り通り、屋根を飛び渡って、出来る限り人里の中でも屋敷から遠くへと逃げた。

 逃げ場所に目的地や当てはなかった────と言うと嘘になる。

 

 数ヶ月前に見た、運良く魔法の森から人里へ逃げれる事が出来た外来人に、逢ってみたかった。

 

 初めて逢った時、彼は運良く妖怪の手から逃れることができ、転がり込むように人里の寺子屋へと匿われていた。身なりも服装も、明らかに外の世界から来たのだと分かるような格好で。

 

 既にその時から、彼の瞳は何処か遠くを見ているような感じで、私や先生と話している時が最も、何かに対して後ろめたさを感じつつも活動している、と言うような印象を受けた。

 見えないモノを見ようとして、見えないということを諦めきれず、見えないのを知っているからこそ、何かを見ないようにしているような、不思議な姿勢を隠している態度。

 何か、目の前にいる私たちでない、誰かに謝りつつも、私達にはそれを察せられないよう振る舞っている姿に、私は興味を引かれた。

 

 もっと有り体に言えば────その時から既に、私は彼に惚れていたのだろう。

 

 その彼も、今は人里の中で安定した暮らしを住んでいる。

 そんな噂話を聴いてから、屋敷の外へと逃げ出したかった私は、ついに行動を起こしてしまった。

 

 

 

 人目を盗むように、真っ暗な夜道を走り抜けて、屋敷から数キロの家まで辿り着いた所で、戸口をトントンと叩いた。

 既に私の心臓はバクバクと動き回っていた。運動とは違う意味でも。

 

「はいはい────って、アンタ……稗田の……?」

 

「夜分に、恐れ入ります………………私を、────

 

 

 

 どうか、私を、攫ってはいただけませんか?」

 

 

 

 それから部屋に通されて詳しい話と、契約について話した。

 私はこれでも歴代の──ボンヤリとした所や消えた所もあるとは言え、──過去の記憶を持っている、直系の次期当主だ。

 一般人よりかは長く、永く……人を見て、知って、体験してきた。

 危うい一本道を通っているのは分かっている。私の死後、この事でどんなに辛い責め苦や説教が地獄で待っているか、想像には難くない。女性として、もしかしなくとも人間として生きられないかもしれない、危険な賭に出ているのも、分かっている。

 少なくとも私を匿うという事について、彼の瞳に仄暗い情欲の光が灯ったのには気付いたし、それを拒否もしなかった。

 

 まだまだ子供の好奇心は抑えられなかったし、様々な場所へ自分の足で──稗田の人間として、ではなく──自由に生きてみたかった。歴代の記憶には、どの代も誰にも囚われずに生きたいという想いが少なからずは確実にあった。御阿礼の子の中でも特に健康体であるという自覚はあったけれど、それよりも、もっと、という野心が私の内にはあった。

 

 ……まぁ、彼に負けず劣らず、情欲の炎が私の内にもあったのも、否定しない。

 

 

 

 そしてその日から、私は彼に攫われた事になった。

 危ない道を、とりあえずは、渡りきった。

 

 

 

 目立つ紫の髪は灰を被せて誤魔化し、持って来た私だけの貯金の一部を共有し、比較的高い衣服は押し入れの奥に仕舞い込み、──まぁ、女性物の衣服はないし、夜半だし、男女だし、なあなあで情事へと縺れ込み、──その日から私は彼の妻として振る舞うことに、相成った。

 幸いにも彼は鬼畜の類いではなかった……多少は人里の一般人とは違う嗜好を持っていたけど。

 

 初めの数ヶ月は彼の部屋に隠れて小金を稼ぐ生活が続いた。

 彼が居ない間は家事や内職……夫が帰ればお喋り等に興じた。当主が逃げた稗田家はどうなっているかという確認も取ってきてもらっていた。

 そうして一ヶ月、二ヶ月と過ぎていくとだんだんと噂もほとんど聴かなくなった。妖怪の賢者が探せば、私の居場所はすぐに割れるだろうし、閻魔様もここまで追ってこれるだろうに、探しているという話もとんと聽かなくなった。

 

 そして一年が経ち、髪の長さもガラリと変え、口調や癖も少しだけ変えて、夫の仕事を手伝いに外へ出る事も多くなっていった。

 走り回って遊んでいた時に付いた筋肉は既になくなってしまっていたけど、数ヶ月もすれば肉体労働にも慣れるぐらいにはまだまだ元気だった。

 

 その頃には、稗田が幻想郷縁起の編纂を始めたという話すら流れ始めていた。

 

 少なくとも次期当主が居なくなったと口外して人里中から探し出す、というやり方はしないだろうという予想はあった。

 

 けれども、私ですら自分だと錯覚してしまえる程に似たような人物を連れて来て、当主としての振る舞いをさせるとは、想像だにしない手法だった。

 

 逃亡結婚生活から二年が経ち、夫の子供を身籠っていた私は、従者を連れて往来を堂々と歩く『私』へ、接触をするという、勇気や外聞は、なかった。

 

 

 

 正直に言えば混乱もしていたし、このままで良いのか、という気持ちがなかった訳でもない。

 自由を望んだ、と言えば聞こえは良いが、やっている事はただの逃げだ。三十歳程で亡くなるのが常であった稗田家の次期当主が、人生の三分の一を過ぎた辺りで男の元へと夜逃げした。────それが、私のしたことだ。

 常識的に考えれば、やはり、阿呆なことをしていると言わざるを得ない。

 

 ……私がしたかったのは、こんな事だったのだろうか。

 命を宿し使命を失い、愛する者と寄り添い合うことだけが、今の私にはお似合いなのだろうか。

 

 夜毎に魘される私に、夫はその都度そっと抱きしめてくれていたが、二人で相談しても、結局答えは出なかった。

 まぁ、当たり前だった。問題の相手が居ないのに、何を相談して答えを出すというのだろうか。問題なのはこちらなのに、無謀な回答しか答えられない私たちに、何を導き出すというのだろうか。

 

 

 

 そうして何も行動ができないまま、娘を産んだ。

 

 娘は黒髪で、私に似ている部分といえば目元ぐらいで………………それを見て、短命の運命を、彼女に背負わせずに済んだのかもしれないと、少し安心したのを覚えている。

 

 そんな確証など、何処にもないのに。

 そんな結末を見ることなど、ありえないというのに。

 

 ただ、娘を産んだことで、御阿礼の子についてや稗田家についてのことを、しばらくは忘れることが出来た。

 現実逃避とも言うけど……それでも、忘れてしまえる程度には、幸せだった。

 

 過去例を見ない、御阿礼の子の、子を、御阿礼の子が育てる。

 

 俗な言い方をすれば、それを考えるだけでも……ゾクゾクと、感じて興奮してしまった。

 ただ、やはり現実問題として、運命は無情だった。

 

 

 

 

 

 

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 娘を産んで三年。私の体調が悪化した。

 

 出産直後から夫と共に続けていた家業も、いつものように出来なくなった。

 肉体労働はもとより、動けばすぐに息が切れてしまい、風邪を引けば数週間は寝て起きてを繰り返し、家から出る日もどんどん少なくなっていった。

 夫はその度に必死に金を稼いで薬を竹林の奥から買ってくるが、運命には逆らえないと悟ってしまった私に対して、どんな妙薬も効果がなかった。

 

 皆には、まだまだ話したかったことがあった。

 一緒に触れ合って、生命を感じていたかった。

 ……私が遊びまわって見付けた、秘密の場所に、家族で行きたかった。

 

 死にたく、なかった。

 

 いつも、御阿礼の子が、死の瀬戸際に想うこと。

 

 死にたくない。

 

 

 

 娘が四歳を迎えた頃。とうとう立ち上がれなくなった。

 

 娘は私に似た性格に育ってきた。夫は常にそばへと居てくれるようになった。

 私に似たということは、娘も今は遊びたがりの時期だろうに……私の看護に夫と共に付き合ってくれている。愛する娘はすくすくと、内面も外面も、美しく育ってくれている。

 

 愛する夫は必死になっている内に、数年は働かなくても生活できる量の金銭を得てしまっていたようだ。

 でも、それは多分、私が『薬はもう要らない』と言ってしまった事と、私がただただ憔悴していく姿を見て、やり切れなさをぶつけるように仕事へ向き合った事と、無関係ではないだろう。

 

 それぐらい、長年の付き合いで分かっている。

 

 真面目な所も、少し変な所があるのも。

 何処か、何かを知ってしまっているのも。

 

 分かっている。だって私は彼の妻だから。

 あの人は優しい人。そう……何処までも。

 

 

 

 少しでも身じろぎしたり動いたりすれば、身の内に大きな傷みが走るようになった。

 もう長くはない。来月を家族三人で迎えれるかも怪しい。いや……もう三人で迎えることは出来ないだろう。三人一緒にいることが出来るのは、今月が最期だろう。

 

 そんな確信を得て、日を経るごとに家族と共に話す時間が増えていく中、訪問者が現れた。

 

 稗田の現当主。

 従者も何も、誰も側に付けずに、『私』がやってきた。

 

 初めは家族も驚いていたが、何も語らずに座っている様子を見ると、私と同じく、予想はしていたのだろう。娘はまだまだ若いのに、何も訊かず、ただ『私』を不思議そうにじっと見ている。

 

「初めまして、私」

「……はじめまして、『私』」

 

 顔立ちはほぼ同じ、髪色は私の方が少しくすんでしまっている。服装は、言うに及ばず……最後に押し入れに仕舞ったあの稗田の服を見たのは、果たしていつだったろうか。

 互いに名乗りもせずに、ただ『私たち』は、視線を交わしていただけ。

 それでも『私たち』には、通じ合えるものがあった。

 

 

 

「────あなた、席を外してくださいませんか」

「……分かった。ほら、行くぞ」

「え? でもお母さんが……」

「大丈夫よ。『私』は、大丈夫」

「……うん、わかった」

 

 私の家族が席を外し、話が聴かれなくなった所で『私』が口を開いた。

 

 

 

「稗田家旧当主、貴女はもう長くない。おおよそ歴代で最も長命であった筈の貴女は、その命の光を娘へと渡してしまった。数日の内に、生命の灯火は消え去るだろう」

 

「稗田家新当主……随分と堅苦しい喋り方ですね。ここには『私たち』しか居ないのだから、もっと崩した喋り方でも構わないのよ……?」

 

 

 

 私はいつの間にか『旧当主』という事になったらしい。

 それは、まぁ、仕方ないだろう。つい、ふふふっ、と笑ってしまった。

 

 私が笑うことに苛立ちを覚えたのか、『私』の眼差しがスッとすぼまるのが分かった。

 後で考えてみれば、これは『苛立ち』ではなく────とても弱い、『羨望』の感情だったのかもしれない。

 

「……貴女には、伝えておかなければならないことが、幾つかある」

 

 曰く、『私たち』は転生に不完全に成功した、御阿礼の子だということ。

 

 覚えておくべき事柄の幾つかを思い出せないのはそれが原因で、生命力に関しても当時極端に忙しかった地獄で幾つかのミスがあって、それが原因らしい。そしてその過ちを誰も自覚出来なかったほどに、忙殺されていたらしい。

 

 地獄で何らかの事件に巻き込まれて『私たち』は分裂し、私はその事件を忘れて不完全な記憶のままで、生命力を過剰に持ったまま転生し、『私』は感情が幾つか抜け落ちたまま、全く違う予定の人間へと転生してしまったらしい。

 

 稗田から逃げ出した私の存在を探す過程で、『私』が見付かり、地獄での事柄を覚えていた『私』が、事情をある程度話した結果が、旧当主の私と、新当主の『私』というものになった、らしい。

 

 『私たち』はどちらも、不完全なまま、この世界に生まれ出てしまった。

 

 

 

 私は、そんな事など露知らず、『自由』を、求めてしまった。

 

 

 

「────ねぇ、『私』?」

「なに?」

「……私、貴女に謝らないといけないかしら……?」

「謝らなくて良い。この件に関して、誰にも非はない。地獄でも、この件について『私』が直接話すまでは認識さえ出来ていなかった」

「違う……私は、『私』のことなんか一切覚えてなくて……私はただ、自分のためだけに、生きようとしてしまった……」

「……」

 

 私は、ただ、怖かった。

 命はとても尊い。私は何度も転生して、それを知っているというのに。

 稗田に縛られる……そんな事は絶対にないのに、私はただ全てを捨てて逃げてしまいたかった。

 過去の『私』はいつだって、自分が追い求めてきたものを知りたくて、それを纏めていただけなのに……私はそれを上手く思い出せずに否定してしまった。

 

 こうして気付けたのに、ただ命を散らしていくしかない。

 そんな自分が……惨めで、悔しい。

 

 そして、()()が、ただ、ただ……恐ろしくて仕方がない。

 

 

 

 震えるほどの体力すらない私の手に、『私』の手が伸びる。

 

 

 

「────ねえ、私?」

「何、かしら……?」

「……謝りたいのなら、謝るべきだと、思う……稗田の人たちは、まだ貴女に良くない印象を持っている。けれども……『私』は、貴女を責めたりは、決してしない」

「っ……」

 

「ねえ……聴かせて、欲しい。

 

 

 

 貴女が得た自由はどんなものだった……?

 

 一人の女性として、愛する者と寄り添うことが出来た人生は、────

 

 過去の『私たち』や、これからの『私たち』が羨んで、夢を見れるような────

 

 御阿礼の子には決してできないような、御伽話を────

 

 どうか────『私たち』に、教えて……?」

 

 

 

 

 

 

「………………私は、────

 

 

 

 御阿礼の子じゃなくなった、『私』じゃない、私は……とても幸せだったよ」

 

 

 

 

 

 

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 先日、私が死んだ。

 

 死んだのは肉体と精神だけで、──『私』が取り零してしまった──私が持っていた感情と幾つかの記憶は『私』がキチンと受け継ぐことになった。

 葬式は私の家族が執り行い、近隣の住民で特に親しかった者のみを身内として招き、静かに家族葬を行った。

 稗田家はそもそも私を行方不明扱いにしていたから、『私』は顔を徹底的に隠したままで参列した。地獄の最高裁判長も来ていたという報告を後に聴いたが、本当かどうかは知らない。

 

 私との共有が終わり、残された家族について、『私』が個人で生活費やその他諸々を稗田家から出して援助を致そうかと提案したが、素気無く断られてしまった。私にも、私の夫にも。

 私の夫────彼には、『私』を見るたびに元気な頃の私の影がチラついて、遣る瀬がなくて仕方がないのだろうと思う。『私』が言うのもおかしいが、私から『私』が活力を奪っていく、死神のような、そんな存在に見えて、仕方がなかったのかもしれない。

 

 その日は睨まれるように見送られ、私の家から『私』は帰った。

 それが、『私』が生きている私を見た最期の日で、────既に共有を終えていた私は胸を痛めながら、帰路に就いた。

 

 

 

 葬式が終わった後に、彼と少しばかし話をしたが、その際にはどうやら『私たち』の関係性についても知っていたような雰囲気があった。

 

『もし何かがあった時には、そちらへ頼ります……援助を断っておいてなんですが、もし俺に何かあったり────娘が甘えたがったりしたら、その時はどうか……どうか、よろしくお願いします』

 

 あの日、あの時、『私』は私から記憶と感情を共有した。けれども、その後の葬式までの間に、家族で何が起きたかは知らない。

 『私』が真実を伝えて、私が逝去されるまでの間に残された、たった一週間。

 私と、その夫と、娘が、一体どのような話をしたのか、知る術はもうない。

 

 でも多分、それで良かったのだろう。自由を得た私だけが持つ────『私たち』には話せないような、とても温かく、とても恥ずかしい、家族だけの秘密。

 少し、羨ましい……けど、仕方がないな、と姉のような寛容さを持って、容認した。

 

 

 

 ……私は、「言葉にせずとも、『私たち』には、通じ合えるものがあった」と言ったけれども、それは嘘だ。

 

 少なくとも、私から感情を受け継いだ『私』は、彼に対して好意を持っている。

 好き、という感情を、受け継いで、持ってしまっている。

 

 考えなくても当然の事だった。『私たち』は元より一つの存在。

 生まれ育った環境が完全に違っただけで、転生の元は同じ存在。

 

 そして、私が送った人生のほとんどを、『私』が共有して知ってしまっている。

 

 ……言葉で教えてもらった以上に、彼女は幸せだった。

 とても、筆舌に尽くし難い程に、私は、幸せ者だった。

 

 私の人生を振り返る度に、思い出を見直す度に、────彼との生活を、色鮮やかに蘇らせてしまう。『私たち』の能力が、そうさせてしまう。

 

 幸せ過ぎて……ただ、幸せ過ぎて……羨ましい。

 でも、『私』は決して私にはなれない。

 

 なっては、いけない。

 

 

 

 

 

 

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 私が亡くなり、感情の一部が戻ってきた『私』を、──上手く誤魔化そうと努力はしたが──少し奇妙に思う小間使いも居たが、それも数ヶ月が経てば気にならなくなったらしく、『私』はこの稗田家にやってきた時と同じ、生活は何も変わらなくなった。

 今でも、旧当主の話題を出すのは御法度という、風潮は変わっていない。

 私が死んだと、知っている者は誰も居ないくせに。

 

 新当主として、幻想郷縁起を纏める作業はいつものように非常にゆっくりと進み────寧ろ、稗田家の者に隠れて、私の記憶を一冊の本に纏める作業の方が楽しい有様だ。

 一体『私』は何をやっているのだろうか、とふと思うこともあるが……これこそ『私たち』の為の、それだけの読み物として、残していくべきだろうと、ほくそ笑みながら隠れて書くのが、最近の『私』の趣味になっている。

 これも……いや、これは間違いなく、『私』と私が共有して元に戻ったのが、原因だろう。

 

 そしてそれは、そういうのは別に……嫌いじゃない。

 

 

 

 ただ、やはり『私』の内にある私の記憶や、それに引っ張られる形で出てくる『私』のものでない感想や感情を、ふと思い出すことがある。

 

 それが胸の内に溜まっていく度に、『私』は娘や彼の顔を見に行くことにしている。

 

 

 

 逢いに行くペースは、数ヶ月空いたり、数週間だったりで、その時の気分で変わった。

 

 娘は、逢う度にどんどん目元が私に似ていく。

 彼は彼で、変わらず優しいままだ。

 

「母さま、手を繋いで行きましょう!」

「はいはい、そんなに引っ張らないで」

「稗田の方は大丈夫か?」

「大丈夫よ。私と『私』の友人が手伝ってくれているから」

「そうか……ありがとうな」

「! ……ふふ、こちらこそ、ありがとう」

「ほら、はやく! お母さんが待ってます!」

 

 

 

 私、享年、十七歳。

 

 

 今日は、私の七回忌。

 

 

 

 先月、『私』も、二十三歳となった。あと十年、生きていられるかどうかという所。

 どうか、『私』も、私のように、幸せで次へと進めますように。

 

 そう『私』は、私の家族と共に、私の名だけが刻まれた墓前の前で、手を合わせて、願った。

 

 

 

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 私の活動報告に後書きがあるので、興味がある方はそちらへどうぞ。



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