名前のない幻想郷縁起   作:楠乃

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──追記

 

 

 

▼▼

 

 

 

 彼岸。

 死んでしまった私が、行くべき場所。

 

 あれほど動くのが辛かった身体の何処にも異常はなく、ただ私が野原や人里を駆け巡っていた時ほどに、健康体に見える肉体ではない。

 目の前に突き出した腕が半透明に見えていて、私の身体で地面に影が出来ることは一切無い。

 

 これが、死。

 

 もう、あそこで泣いている娘が、私を見ることはないのだろう。

 夫も、『私』も……生きている者が死んでいる者に気付くことはない。

 

 気付いたとしたら、それは多分、彼らが死に近付いているという事で、────何も、嬉しい事ではない。

 

 

 

 泣いているあの三人に、私が近付いた所で、何かをしてあげられることもない。

 生きている者が生きている者にしてあげられたことが、死んでからの採算に繋がるのだから、もう私は生者に何かしてはいけない。

 

 それでも、泣いているあの三人を見てしまえば、近付きたく思う。思ってしまう。

 抱きしめて、暖かさを感じて、共に涙を流したい。

 また、触れ合っていたい。

 

 

 

 でも、今の私は体温を持たない、死者だ。

 

「……そろそろ行きましょう」

「────」

 

 四季様がそう告げて、私は返事をしながら彼女達から視線を外し、自分の葬式から去った。

 

 

 

 

 

 

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 大きな鎌を持った船頭の手によって、三途の川を渡る。

 船頭を務めている彼女は、噂ではかなりのお喋りだと聞いていたが……実際はそうでもないらしい。赤髪の彼女はとても冷静に職務を遂行していた。

 後ろに居る上司に怯えて、という雰囲気ではないし……何か物思う事でもあるのか、こちらに対して一瞥もくれようとしない。

 

 そして、船に一人だけ乗っている幽霊の私に対して、対面に座っている閻魔様は、船頭とは違ってずっとこちらを見続けている。

 

 私は……まぁ、稗田の役割を全うしなかった、唯一の御阿礼の子だ。

 彼岸に付けば、どんなに辛い責め苦や説教が地獄で待っているか、想像には難くない。

 

 

 

 それでも、後悔はしていない。

 

 私は、『私』が居たから、救われた……客観的に見れば、そういう風にも言えるのも知っている。私は『私』が居なければ、閻魔様や死神を目の前にして、冷製でなど居られなかっただろう。

 幻想郷縁起も手に付けず、屋敷から逃げ出し、あろうことか外の世界の民との子を身籠り、そのまま予定の半分の寿命で人生を終えた。

 もしかしなくとも、現世にしがみつこうとして、その魂を更に変化させてしまい、私は私の家族にすら何か悪影響を及ぼしてしまっていたかもしれない。

 

 

 

 私はそれだけの、罪を犯した。

 御阿礼の子、失格どころではない……もっと、もっと酷い厳罰が必要な程だろう。

 

 それでも、私は後悔しない。

 夫となってくれた、彼が居た。

 その彼との、娘も出来た。

 記憶が無いとはいえ……私には『私』も居た。

 

 私は、この人生を必死で生きていられた。

 だから、この人生に対して後悔は一つもない。

 

 ……娘の成長を見られないのは、残念だけれど……それも、罪に対する罰の一つだろう。

 そもそも、見れる筈がないのだから。御阿礼の子は。

 

 

 

 例えもう転生できなくても良い。消滅したっても良い。

 私から引き継いだ『私』が居るし、彼女なら御阿礼の子も、幻想郷縁起も、──私なんかとは違って──真っ当に完成させてくれる筈だ。

 

 だから、後悔はしない。

 だから、どんな罰も受ける。

 甘んじて受け入れる……は意味が違ってきてしまうが、例えどんな罰が待っていようと、私はそれだけの罪を犯したという事だ。閻魔様が決める罰に、間違いはない。

 

 自身の行動に責任を持った結果なのだから、私は決して抗いはしない。受け入れる。

 

 

 

 そんな覚悟を、もう一度自分の中で固めて、四季様を見詰め返す。

 私はもう終わった者だ。結論はとうに過ぎて、結果も終えて、何も残らない、モノ。

 

 

 

「……覚悟が出来たようですね」

「────」

 

 視線が数秒交差して、そう閻魔様は仰った。

 覚悟はもう、『私』が来て、私が死んだ、それからの一週間に、出来てしまっている。

 

 ただ、肉体を持たない魂は、語る口を持たない。

 音にしようとした所で、音は出てこない。言葉にならない。

 ……それでも、この人ならばもしかしなくとも、伝わるのかもしれないけれど。

 

 

 

 

 

 

▼▼

 

 

 

 

 

 

「そろそろ到着致します」

「ありがとうございます。小町」

「いいえ」

 

 何の景色も見えない濃霧の中の遊覧を続けていると、船頭からの合図が来た。

 目を凝らして向かう先を見てみると、ぼんやりとだが岸が見えた。

 向こうの岸、彼岸。

 

 ハッキリとは思い出せない先代方の記憶の端々に、こうして彼岸へ辿り着いた時の光景がいくつか残っている。

 いつも思う事は同じだ。こちら(此岸)あちら(彼岸)も、あまり変わらない。

 

 

 

 船を降り、船頭と分かれて、ある建物へと通される。

 そこまでの道中、三途の川で見た深い霧は一切なく、ただ暖かい光が降り注ぐ花畑が延々と続いている……文献の通りだ。

 すれ違う人々は、どれもが死神や閻魔様なのだろう。私のような魂だけの存在は見当たらない。しかしそのどの人影も、慌ただしく動き回っているように感じる。

 

 いや、もしかすると肉体がないからこそ、他の肉体のない存在が見えないのかもしれない。どうもこの辺りは記憶に無い。

 

 ……ようやく考えて見れば、彼岸に渡った直後の記憶が、一切ない。

 

 これが恐らく、分裂してしまった、記憶の弊害。

 実感を持って体感してしまった()()に、少し身体が震えた。

 

 

 

 

 

 

 通路を進み、幾つかの扉をくぐり、そして大きな部屋に通された。

 

 天井は非常に高く、赤い柱が何本もそびえ立ち、遠い奥の壁には大掛かりな椅子と机……その手前に小さな椅子があった。

 もしかしなくとも、その小さな椅子が私の座るべき所だろう。

 

「稗田のは、そちらの席に」

「────」

 

 予想通りの指定に従い、音にならない返事をして、席に座る。

 そうして、私は再三、閻魔様と対面した。

 

 私達以外には誰も居らず、物音一つしないガラリとした空間が、四季様が壇上に上がり座るだけで、空気がピリッと締まったような気がする。

 

 体温や実体がない筈の私が、冷や汗をかいているかのような、冷たく重い雰囲気。

 大型の異形に威圧されているかのような、別次元のモノと相対しているかのような、ピンと張り詰めた飲み込めない空気が、辺りに充満している。

 

 十何回と経験している筈の、彼岸での裁判。

 どれほど思い出そうとしても、鍵を閉められてしまったかのように開かない記憶に、少しの歯痒さを感じつつ、────この体験は初めてじゃないと、感覚で分かっている自分も、いる。

 

 

 

「さて、と、────裁判を開廷する」

 

 そして、一切の弁明が許されない、地獄の裁判が始まった。

 

 

 

 

 

 

「稗田の。貴女はこちらの不都合に巻き込まれ、魂が二つに分けられてしまった」

 

「その事については、貴女の片割れである現当主にも説明致しましたが、二人共に謝罪すべきこと……私達の問題で、貴女達の転生に問題を起こしてしまいました」

 

「大変、申し訳ございませんでした」

 

「現当主には感情、魂の色模様、及び転生に関する反映先が狂ってしまい、旧当主の貴女は、元より不完全だった記憶の継承が更に曖昧に、予定以上の生命の過剰供給など、様々な影響が起きてしまいました」

 

「結果、貴女は幻想郷縁起という、本来の仕事を放棄してしまい、外来人と籍を入れてしまった。果たして地獄での私達の不祥事が無かった場合、このような結果になったかどうか、結論は出ませんが、私達も原因の一端を担ってはいるでしょう」

 

「そして貴女は娘をもうけ、その手に入れた生命力を子に分け与えてしまった。本来は手に入らない筈の生命の灯火ではありましたが……それでも自分の命を分け、子へと渡してしまった」

 

 

 

「────」

 

 既に私は、何も言うことはない。何も言えない。『ここ』は、そういう場だからだ。

 それに言えたとしても、私が閻魔様に何か伝えることもない。

 

 全てを受け入れると、決めたから。

 

 

 

 

 

 

「……判決、

 

 稗田の、旧当主。貴女は現当主が幻想郷縁起を完成させるまで、ここ是非曲直庁にて働いてもらいます。自身の転生についても全て手伝うこと。手抜きは一切許しません。

 

 それから──

 

 

 

 ──貴女の娘が成長し終えるまで、貴女はずっと見守ること」

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 思わず、目を見開き、変な声を上げて聞き返してしまった。

 その声や表情は決して、誰かに届いたりはしないというのに。

 

 でも何故か、四季様はそれを見たかのように────優しく、微笑んでくださった。

 

 

 

「情状酌量……という訳ではありませんが、前々から御阿礼の子が人並みの生活を送れないのは問題では無いだろうか、という話もあったのです。本人の意志で転生や縁起の編纂も行っている事とはいえ、それではあまりにも……という話が、ね」

「────」

「渡りに船、と言ってしまうと烏滸がましが過ぎますが……貴女のその欠けた魂は、ようやく人並みの幸せを掴んだ。掴むことが出来たが、その分け与えてしまった生命力では、人の人生分の幸せと釣り合わない。人間らしい生活を送れていても、その期間はあまりにも短すぎる。善行を積もうにもそれを照らす篝火がない」

「────」

「しかし、罪は罪だ。日々行われている罪は勿論のこと、仕事の放棄は言い訳の余地すら許されない大罪。犯した罪にはそれ相応の罰を与えなければならない。その罪は裁き以外では消えないし、消してはならない。命の精算は何処かで必ず行わなければならない……貴女は、今まさにその時なのです」

 

 

 

「貴女はその魂が元の形へと戻るまで、その罪の精算をこの地獄で行い続けなさい」

 

 

 

 

 

 

「そして……貴女が背負った(掴んだ)大罪(幸せ)を、必ずや最後まで(娘の成長を)、見届けなさい」

 

 

 

「────」

 

 何かを答えようとしても、感謝の念を届けようとしても、この気持ちが言葉になることはなく、ただ、気持ちを伝えることが出来ないのが、酷く、もどかしい。

 その言葉を、目の前にいる人物に、伝えることが出来ないのが、どれだけ辛い事なのか。

 

 恐らく、気持ちは伝わっているのだと思う。身体を震わせ、大声をあげて泣いても、決して言葉にならないこの感情を、恐らく閻魔様は見てくださって、だからああも優しい瞳をしているのだろうとは思う。

 それでも、感謝の言葉を伝えたいのに、この想いを口にすることが出来ない。

 

 とても辛く、悲しくて、────それ以上に、私は、嬉しい。

 

 

 

 私は、家族をまだ、見続けていられるのが、とても、嬉しくて、嬉しくて……言葉に出来ない。

 

 

 

「これをもって閉廷とする────お疲れ様でした。稗田の」

 

 

 

「────あああああああっ!!」

 

 そうして、泣き崩れた私を、四季様はずっと傍で寄り添ってくれた。

 判決が決まった私の身体が実体化し、ようやく音として出てきてくれた感情の波が、温かみのある涙が……身体中から想いを溢れだして叫んでいる私を、そうっと抱きしめてくれた。

 

 私は、ただ、ただ、滂沱して感謝の念を伝えるだけだった。

 

 

 

 

 

 

▼▼

 

 

 

 

 

 

 死者は彼岸を渡ってしまえば、転生をするまで此岸には戻って来られない。

 私はまだ死者だ。此岸には決して戻れない。死神や閻魔様ではない、人間だからだ。

 

 けれども、此岸を見ることは出来る。

 

 あの世へと来た当初は、──私の判決が決まり、あの子の様子を見れるよう特例が決まった後は──齧り付くように見ていたこの此岸を映す水晶球も、今では仕事が無く、大きな休みの時にゆっくりと観察するようになった。

 それだけ、私が落ち着いて罪の精算や、転生の準備を出来るようになったという事でもあるし────未阿を、安心して見て居られるようになった、という事でもあると思う。

 

 

 

 あの子は、すくすくと……私との約束を守りつつも、時にはやんちゃをして、夫や『私』に怒られもしつつ……元気に育っている。

 育って、くれている。

 

 

 

 

 

 

「母さま! 手を繋いで行きましょう?」

「はいはい、未阿、そんなに引っ張らなくても大丈夫よ」

 

 ────未阿。私はいつでも見てるから、急がなくても良いのよ?

 

「……稗田の方は大丈夫か?」

「大丈夫よ。私と『私』の友人が手伝ってくれているから」

「そうか……本当に、ありがとうな」

「! ……ふふっ、こちらこそ……ありがとう」

 

 ────あなた、任せっきりでごめんなさい。でも……本当に、ありがとう。

 ────『私』。私はもっと、貴女にも笑って欲しいの。貴女も家族だから。

 

「ほらはやく! お母さんが待ってますよ!!」

「未阿、そんなに急がなくてもお母さんはきちんと待っててくれているさ」

「私がお母さんに早く報告したいの!」

「ふふふ、そうね。でも、慌てて進んではダメよ?」

「分かってます! えへへっ」

 

 ────未阿、約束、ありがとう。

 

 

 

 貴女は本当に……私達の、自慢の娘。

 その笑顔が、本当に微笑ましくて、本当に嬉しくて、本当に、幸せ。

 ……生まれてきてくれて、本当にありがとう。

 

 

 

▼▼

 

 

 

 

 

 

 

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