視える少年と新たに輝く少女たち 作:黒ニャンコ先生
オレが朝は早起きだと言うと、大抵の人間がなぜか驚く。……まあ理由は分かってるけどな。不良に見られがちなオレが早起きって言うのは。
もちろんオレは素行不良を謳歌しているつもりはないし、学校にはきちんと登校し授業だってそれなり真面目に受けている。試験の成績も中のやや下と普通レベルだ。
……いや、なんか因縁つけられてケンカになれば買うけどな。もちろん正当性を主張するためにわざと先にやられてからやり返すし。
オレが不良に勘違いされるのは大抵そんな事があってどこかで噂になり、余計な尾ひれや背びれつけて肥大化したのが大概なんだが。
……だいぶ脱線したな。オレが早起きの理由、それは単純に日課のランニングをするためだ。
このランニングは基本的に月曜~土曜まで毎朝欠かしていない(さすがに天気が荒れていれば控えるが)。現在となってはほぼ独学で鍛錬をしているCQCの技術に不安を抱く以上、少しでも体力をつけて補わなければと言う理由にある。
学校指定のジャージにスポーツタオルなどを入れたウエストポーチを腰につけて家を後にし、そのままいつもの道を走っていく。
「おっ! おーい、りょーくーん!」
「あ? なんだお前か」
途中、背後から声をかけられてすぐに誰かが横を併走してきた。
こいつは『渡辺曜』。チカの奴と同じで俺の幼馴染み。毛先が軽くパーマがかかったグレーの髪が走るたびに揺れている。
「『お前か』、ってちょっと素っ気ないなぁ。せっかく見つけたから声をかけたのに」
「別に示し合わせてるわけでもねーだろ。おまけに何年お前やチカと顔を合わせてきたと思ってんだ」
「まあ確かに、りょーくんがそういう性格だって言うのは知ってるけどね」
ぞんざいな反応に曜の奴はむっと頬を膨らませる。
けど曜に言ったとおり、別にオレたちは約束をしているわけでもない。ただ偶然出くわし、そのまま走っているだけだ。
曜がランニングをする理由は……まあオレと同じく体力作りが目的って言えるか。こいつは高飛び込みの選手をやっていて、おまけに実力はナショナルチームレベルと地元の星みたいな奴だったりする。確か強化指定選手に選ばれたんだっけ?
で、趣味は筋トレと体育会系のスポーツ少女だ。
「あ、そうそう。千歌ちゃんの課題手伝ってあげたんだっけ?」
「まーな。めんどくさかったけど」
つい先日のことを思い出す。
あのバカみかんが朝に急襲して叩き起こしやがって、課題終わらせるのを手伝ってくれとか頼んできた。
範囲は幸いにもオレでも解ける場所だったから俺が教えてあいつが解いていって、どうにか間に合ったんだが。
「つかその話、チカがバラしたんか?」
「うん。『涼ちゃんのおかげで放課後補習地獄に遭わずに済んだんだー』って嬉しそうに話してたよ」
「人の惰眠をぶち壊しておいて暢気なみかんだな、おい」
「まあまあ、叩き起こされたくらいでそんなに機嫌悪くしなくてもいいじゃん」
そう宥める曜だが、お前はあの威力を知らないからそんな事が言えるんだ。眠っていて完全に気が抜けている時にあんな死者の目覚めで叩き起こされてみろ。オレでなくてもキレるだろうが。
「だったら今度、曜の部屋に忍び込んで寝ているお前の耳元でフライパンとお玉叩きまくってやろうか。さぞ素晴らしい目覚めになるだろうさ」
「寝ている女の子の部屋に忍び込むなんて……りょーくんのエッチ」
「今すぐ投げ飛ばしてやろうかおいこら」
「わわっ! じ、冗談だってば! 本気にならないでよ!」
じとっと汚らわしい物を見るような目でオレを見た曜対し、オレは淡々と答えた。
オレはやる時にはやる。いや、寝ている女の子の部屋に忍び込むのはやらないが、女が相手だろうと遠慮なく投げる、絞める、極める、殴る。特にチカは骨身に染みてる……から学習しているはずなのに、なんで同じ事を繰り返すんだろう。
慌てて謝る曜の目には確かな恐怖が浮かんでいた。具体的な例(バカみかん)を間近で見続けてきたし、こいつ自身何度か地獄を見ているからな。
ならいーんだよ、と鼻を鳴らしてこの話題は終了。話し込んでいて遅くなったペースを取り戻すために足を動かす速度を速める。
すると当然のように曜も走るペースを上げて追いつき、また隣を併走していた。
「置いてかないでよー! 行き先はおんなじなんだから一緒でいいでしょ?」
「オレは1人でも構わねーよ」
「……そんなだからりょーくんは友達が少ないんだよ」
さらりと酷いことを言う曜だが、それを否定もできないから苦い顔を浮かべるしかない。
不良に目をつけられ、結果善良な一般生徒からも遠巻きに見られてっから学校に友達と呼べる人間は……ああ、いねーなほぼ。
おまけに――
「あっ! おはようございます松浦のダンナ!」
「おう」
「えっ、あっさり肯定しちゃった……!?」
背中に甲羅を背負い、頭に皿を載せた全身緑のカッパみたいな人間――“みたい”、じゃなくて正真正銘マジモンのカッパなんだが――が水かき状の手を上げて挨拶してきた。
ちょうど曜が言った後に声をかけてきやがったから肯定する形になってしまい、オレは即座に「ちげーよ」と否定する。
曜には今さっきすれ違った“モノ”は視えていない。そもそもこの世界にアレが見える人間がどれほどいるのか。
――オレは小さかった頃、ある事故が原因でヘンなモノが視えるようになった。
それは昔から伝わる妖怪とか幽霊とか、とにかくそう言ったこの世ならざる物と言ったほうが良いだろう。
「へぇーすごい!」って思ったお前、バカだろ? 当事者としては面倒でしかねーんだよ。ただ偶然視えただけで生意気だとか言って襲いかかった妖怪に何度遭遇してきたか。
まあ、あのカッパは悪い奴じゃない――と言うか頭の皿が乾いて倒れていたのを助けて以来恩人だとかで慕っている――し、オレの知り合いの妖怪は基本的に根は良い奴だから。
「友達が少ないは否定しねーが、ハッキリ言うんじゃねーっての。投げ飛ばすぞ」
「ああ、やっぱり気にして――いえなんでもないです!」
ジロリと半眼で睨みつけると、言いかけていた曜は慌てながら否定する。この辺りはチカより物分りが良いと言うか、察してくれる。
「ならいい。さっさと行くぞ」
「おっ、それはもしや競争ってこと? 勝負なら負けないよっ!」
「ちが「全速前進! ヨーソロー!」……人の話は最後まで聞けってんだよ!《前前船長》!」
だが基本的にはチカの同類である事には変わりなく、ひとたびスイッチが入れば手がつけられないのは一緒だ。
勝手に話を進めた曜は敬礼してからグンとスピードを上げる。オレの突っ込みを最後まで聞きもせずに。
ちなみに《前前船長》とは曜が昔「全速前進」と「“前”速前進」と間違えて書いた事に端を発するもので、そこに父親がフェリーの船長と言うのも合わせて出来上がった物だ。
ただ、あながち的を得ているなと我ながら思う。曜も猪突猛進な所があっから。今のように。
いやそれより、あのバカテンションハイになっていつものゴール地点すっ飛ばさねーように早く追いつかねーと!
※
「ゴメンゴメンゴメンゴメン! 謝るから! 悪かったから許してぇ~!」
「それでこっちの気が済むと思ったら大間違いだっつーの」
ランニングのゴール地点であるロープウェイ乗り場(現在は老朽化で止まってる)、その下でオレに関節技をかけられて悲鳴を上げている曜。
あの後なんとか曜に追いついたが、体力ががっつり持ってかれて息も絶え絶えだった。
それでもどうにか、曜への怒りを原動力にして辿り着き、腹いせで曜を締め上げている。
……傍から見れば女の子を息を荒くして襲っている男にしか見えねーなこれ。人がいなくて助かった。居てもここで働いている人が殆どだから「ああ、またか」みたいなノリで生暖かく見守ってくれてっけど。
「別に悪気があったわけじゃなくてっ、ついテンションが上がっただけなんだよっ!」
「悪意があったらなお悪いわ」
こうしてからそれなりに時間が経ったから、もう十分かと判断してようやく曜を解放する。
解放された曜はへなへなとその場にへたり込み、涙目でオレを見上げてきた。
「りょーくんの鬼、悪魔ぁ……」
「もしそうならオレは容赦なくお前を海に投げていたっつーの」
ったく……オレのランニングはスピードの向上じゃなくて体力をつけるためだっつの。
オレだって男だし体力に関しては同年代の男子でもかなりあると自負しているが、曜もねーちゃんもその上を行く体力バカ(そもそも2人揃ってアスリートだから普段の運動量からして違う)だから一緒にランニングするのははっきり言って狂気の沙汰としか言いようがない。
はっきり言おう、2人に付き合ったら死ぬ。
「それでもりょーくんって容赦無いよ。この間も千歌ちゃんのこと気絶させたって聞いたよ?」
「アレはバカみかんも悪い。いきなり飛びついてきたら条件反射で動くから加減できないんだよ」
憮然として曜に答えながらも、心の中では「まあ、半分はオレにも責任あんだけど」と付け加えたんだが。
っつーかチカは……なんつーの? 無自覚っていう奴? 俺らも高校生だってのにベタベタと。犬かお前はと。――いや、犬だなあいつ。きっと柴犬。
「お手とかやったら普通にやりそうだよな……」
「なにが?」
「いや、独り言」
思わず声に出していたらしい感想を聞いた曜が不思議そうに首を傾げて訊ねてきたのをはぐらかして、身体も落ち着いてきたところで自販機でスポーツドリンクを2つ買って戻ってくる。
その内の1つを曜に渡すと、受け取った曜はありがとうとお礼を言ってからボトルを自分の頬に当てて気持ち良さそうに目を細めた。
「はぁー、運動した後のこれって気持ちいいよねぇー」
「あとで金返せよ」
「せっかく涼んでる所に水差さないでよー……」
「おかげで余計冷えただろう?」
むーっとふくれっ面になる曜に、くっと低く笑いながら皮肉を投げる。
さぁて、戻りもあるんだしあんまりだらだら休憩してるわけにもいかねーんだよな。そう考えながらオレはプルタブを空けてぐっと缶を傾けた。
「――ふぃー……。おら、いつまでも座ってねーで立てよ。置いていくぞ」
「えっ!? ま、待って私まだ飲んでない!」
さっさと飲み終えて空き缶をゴミ箱に投げると、そのままさっさと走り出す。
まだのんびりしていた曜は慌てて缶を開けて中身を飲むと、ゴミ箱に入れて大慌てて追いかけてきた。
「待ってよりょーくん! 先に行かないでってばー!」
「因果応報、自業自得だバーカ」
そもそも曜を待ってたら確実に学校に遅れる。内浦には高校が無い……わけでもないが、曜たちが通うのは浦の星女学院。つまり女子校だから男のオレが通えるはずがねーし。
そんなわけでオレは学力と移動距離を考慮(それでもメッチャ遠い)して選んだ、街の方にある高校に原付を飛ばして毎日通ってる。
要するに、曜に構ってる暇なんてねーってことだ。曜だけに……うっわこれチカと同じレベルじゃねーか最悪。
……こんなバカやってねーで早く帰るか。
・渡辺曜
涼、千歌の幼馴染み。
千歌よりはまとも……と思わせておいてスイッチが入るとそれ以上の猪突猛進を見せる。
趣味は筋トレで、涼に体力バカと言われるほどのスタミナの持ち主らしい。
・曜のあだ名
父親が定期船の船長で、口癖の1つが「ヨーソロー」である事からそのまんま「ヨーソロー」と呼ばれる事が多い。
が、昔「全速前進」を「前速前進」と間違えて書いたことから「前前船長」と呼ばれる事がある。
由来は中の人が間違えて書いちゃったことから。
・涼の友人関係
涼は友達が少ない←
・涼の特殊体質
小さいころの事故が原因で幽霊や妖怪が視えるようになってしまっている。ただしこのことは友人や家族にも明かしておらず、唯一例外的な人たちを除いて知らない。
あやかしについては普通に見える上に言葉を聴き、触れることもできる。
・カッパ
全身緑色で頭に皿を載せて背中に甲羅を背負って黄色いくちばしがあって手足に水かきがある、日本で有名な妖怪の1つ。好物はキュウリと魚、あと酒。
悪戯好きだが基本的に悪さはしない種族が多くを占めるらしい。
以前に頭の皿が乾いて倒れていた所を通りがかった涼が気まぐれで助けて、それ以来「ダンナ」と呼び慕っている。