死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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85:分岐点まであと少し

『マスター!!』

 

 呼びかけられ、抱きしめられて夢の中でソラは抵抗をやめる。

 2日前より酷くはないが、それでもやはりまた深淵に落ちることも深淵を受け入れることも拒絶して抵抗していたソラは、自分を抱き留める存在に気付いて抵抗をやめ、大人しく身を任せる。

 

 そして抵抗をやめてしまうと、生命エネルギーをそれこそ生命活動に必要最低限な分だけを残して使い果たしたソラは、今にも夢さえ見れない眠りにつきそうな倦怠感に耐えながら、カルナに抱きかかえられたまま言葉を口にする。

 

「……ごめん、カルナさん。迷惑かけて……」

『謝るな。謝罪など無意味だ』

 

 カルナもソラの消耗に狼狽えて珍しくパニクっているのか、大分マシになったはずの「言葉が足りない」を盛大にやらかして、ソラは苦笑してわざと「謝らせてくれないほど怒ってる?」と、普通ならそう捕えるであろう解釈で尋ねてみた。

 言われて少しは頭が冷えたのか、カルナも少しだけ苦く笑って『すまない。酷い言葉足らずだったな』と言ってから、本当に伝えたいことを告げる。

 

『マスターは何も悪くなどないのだから、謝らないでくれ。

 マスターは最善の出来る限りのことをした。悪いのは燃費が悪いくせに、イルミと無意味に戦ったオレの方だ』

「……いや、反撃のチャンスがあったのならその瞬間に君に代われば良かったのに、魔力を使い果たした私が悪いよ。……ごめん、本当に迷惑をかけて」

『そんなことはない! 自慢にならんがオレが出ても、マスターの負担と面倒事が大きくなるだけだと確信している!』

「…………うん。本当に自慢にならねぇな、それ」

 

 ソラの意思を尊重していただけではなく、魔力消費が激しい自分が出ればすぐにガス欠を起こすどころか、ソラの命を削らなければ生き残れないということもわかっていたので、どんなに危ないとわかっていても人格交代も出来なかった、その原因は自分自身の行いだと責め立てるカルナに、ソラはフォローか本気か、どちらにしてもその罪をカルナに渡そうとはしなかったのだが、カルナが本当に自信満々に言うべきではないことを言い出して引かないので、カルナは悪くないというフォローは遠い目で諦めた。

 

 代わりにソラは、夢の中だというのに重い瞼を何とかこじ開けて笑い、伝える。

 

「……でも、心配はマジでしないで。大丈夫。見ての通り、私は生きてる。ゴンだって、生きてるでしょう?」

 

 このヨークシンに、旅団に関わってまだたったの4日しか経過していないのに、起きるたびに酷く傷つき、消耗して、疲弊して、多くの何かを失っているのに、それでもソラは笑って「大丈夫」と言い切る。

 強がりではなく、歩む足も、求める何かを掴む手も、この体を動かす心臓もあるから大丈夫だと信じて疑わない主に、カルナはわかっていたがその尊さを改めて慈しみ、「……そうだな」とようやく安堵したように微笑んだ。

 

 安堵すべきことを、ソラは何もしていないし言っていないことはわかっている。

 それでもやはりカルナはソラが生きることを諦めないで、どんなに傷ついても生きることが幸福であると言わんばかりに笑って欲しかったから、サーヴァントにあるまじき傲慢な願いであっても、その願いどおりにソラが笑っていてくれていることがカルナにとっては何よりも嬉しかった。

 

 だからカルナはもう一度強く、ソラを絶対にこの腕から離れていかないように、ここからさらに奥底への深淵に落ちてゆかぬように、ソラが自分にくれたような安堵を与えたいと望んで抱きしめ、主人に願う。

 

『……あぁ。大丈夫だ。マスターは生きている。そして、ゴンという子供は逃げ出せなかったようだが無事だ。だから、マスターはしばらく眠って休んでくれ。

 大丈夫だ。マスターが休んでもオレがここで抱き留め続けるから、これ以上は落ちない。そして、お前はもちろんあのゴンという子供に危機が迫れば、望み通りオレが出る。……だから、頼むから休んで少しでも魔力を回復してくれ』

 

 ソラが夢さえも見れぬほど意識を沈めることを恐れていることは知っているが、それでもカルナは願う。

 焼け石に水でしかないことはわかっている。先ほど言った通り、カルナと人格交代して任せてもソラにかかる負担と面倒ばかりが増えるとしか思えていない。

 

 それでも、このままではソラはろくに体も動かすことも出来ないから、生き残れる可能性は著しく低い。ゴンという少年は、カルナが覚えている限りでは子供と思えぬほどの才覚を持つ頼りになる者だが、それでも相手と状況が悪すぎる。

 たとえここでカルナを使うことがソラの寿命を数年縮めるとしても、それを惜しんで数分後に殺されるのであれば、惜しんだ意味はまるでない。

 

 だからカルナは、どうして命を支払うのが自分ではないのか? と心の底からソラに何も与えられない、施しの英雄だなんて言えない無力な自分を悔やみながらも、それでもソラの為に、そしてソラを生かしたい自分の為に、ソラの命を使う覚悟を決めた。

 

 けれど、それでもやはり支払う命の対価は少なくしたいから、カルナはソラに少しでも休んで魔力の回復を促す。

 そしてソラももちろん、そのことに異存はない。

 だから、ソラは自分が確かにここにいる、一人ではない証であるカルナの体温と心音に縋り付くように、カルナの胸の頭を預けるようにもたれかからせ、瞼の重力に逆らうのをやめる。

 

「……うん、わかってる。……ごめん、カルナさん。……あとは、任せる…………』

 

 目を閉ざし、夢の中でさらに深い眠りについて魔力の消費を最低限に抑えて、魔力の精製に全力を注ぐ前に、ソラはカルナに願う。

 

「……カルナさん……みんなをお願い」

『任せろ』

 

 ソラの願いを、即答で応える。

 死にたくないくせに、他人の事ばかり案じるマスターを尊いと思いながらも、少しは自分を大事にしてくれと心の中でする資格が全くない抗議しながら、似たもの主従は眼を閉ざす。

 

「外」に対する警戒、ソラ自身とソラを守るように抱きかかえ続けるゴンに向けられるの殺気にいつでも反応出来るようにしながら、それでもギリギリまで魔力を温存させる為にカルナもほんの少しだけ眠りについた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「きた」

 

 童顔の優男に小柄な黒づくめの男、眉なしジャージヤンキーという統一性がない3人組がホテルに入ってきたことに気付いたシズクが、“絶”を解いてこちらに3人を呼び掛けた。

 

 そして3人に何があったか、何故すぐに追わなかったかなどを説明し、ある程度納得したところでフィンクスは視線を未だ眠って意識が戻らないソラと彼女を抱きかかえて離さないゴンに向け、事もなげに言った。

 

「っていうか、なんでこいつを殺さねーんだ?」

 

 フィンクスは、死体のように、人形のように眠り続けるソラを指さして言い切り、ゴンはあまりに躊躇ない結論に驚愕して、彼女を庇うように自分に巻かれた糸の中でもがきながら、ソラをフィンクスから隠すように身をよじる。

 

 フィンクスの言葉に驚愕したのは、ゴンだけではない。

 ソラの記憶からクラピカの情報を得ている、パクノダ・ノブナガ・コルトピはもちろん、未だ鎖野郎の名前も知らないはずのマチと今さっき来たばかりのシャルナークでさえも『出来るかそんなこと!!』と、フィンクスを怒鳴りつけた。

 

 現在集まっているメンバーの過半数に突っ込まれてフィンクスは戸惑うが、もちろん彼は自分の発言と提案の何が悪かったかをわかっていない。

 

「は? 何言ってんだお前ら? 人質なら一人いりゃいいだろ? こいつがソラ=シキオリっていうんなら、団長の占いにあったナントカの女神がこいつってことだろ?

 なら、今の内にこいつを()っておけば最悪の事態だけは回避できるだろうが」

 

 フィンクスの言い分に、フェイタンも「同感ね」と答える。

 その答えにシズク以外のメンバー、つまりはソラ殺害を反対している者は深い溜息をついた。

 

 フィンクスの考えそのものは正しい。ただそれは、ソラのこともクラピカのことも知らないから出せる結論だ。

 しかし一番それが悪手だと理解しているパクノダ達3人は、鎖野郎の伝言でその根拠が言えず、マチに至っては完全な勘で「それが一番ヤバい」と思っているので、当然説明できない。

 なので、過激派二人の説得はシャルナークに任せた。

 

「おい、お前ら。何だその反応は?」

「呆れもするよ……。フィンクス、フェイタン、よく考えろ。

 こんな伝言を残すってことは、鎖野郎にとってこの二人は人質の価値がある相手。けど、その内の一人であるソラ=シキオリと鎖野郎の関係は、おそらく義理どころか疑似でしかないけど姉弟。鎖野郎の優先順位は、十中八九こっちの子供よりソラ=シキオリの方が上だよ。で、人質として価値が高い方をさっさと殺しておいて、交渉や駆け引きが上手くいくと思う?

 っていうか、鎖野郎が実のじゃなくてもこの女の弟で性格とかが似てるのなら、最悪はこの女を殺して『空の女神』が絶対に目覚めることをなくしても、代わりに鎖野郎の方が『空の女神』と同じ役割をこなすだけなのが目に見えてるんだよ。

 俺はブチキレたこの女も、その弟も絶対に相手したくない。避けられるものなら全力で避けるべきだと思うけど?」

 

 ソラのブチキレモードを目の当たりにしているシャルナークが、この女に余計な手出しは絶対にするべきではないと説明し、パクノダ達は深々と頷いた。

 フィンクスとフェイタンは彼らの言葉と反応で渋々だが納得して、「まずはソラを殺す」という過激すぎる意見を引っ込める。が、完全に諦めた訳ではない。

 

 まだフェイタンは9月1日に応戦し、この女の能力の得体の知れなさをその身で味わって理解している為、「気を失っているからとて舐めてはいけない」と思い、心情はともかく理屈としてはシャルナークの言葉を全面的に納得している。

 しかしソラと完全に正真正面初対面のフィンクスからしたら、彼女はただ単に容姿が異常に整っている以外普通の女にしか見えない相手、しかもガス欠を起こしてぶっ倒れているという殺すには絶好の機会だというのに、なぜ他の連中はこんなにも警戒しているのかがわからなかった。

 

 彼が納得したのはシャルナークの前半の言い分だけであり、今はまだ団長を取り戻せるチャンスがあるので生かす価値はあると思って引いたが、そのチャンスがなくなる、もしくは予言通りあと5人死ぬ事態になりかねないと判断した場合は、真っ先に最悪の未来を回避するために殺そうと勝手に決めていた。

 

 フィンクスが完全には納得していないことを他の連中どころかゴンでさえも感じとって、ゴンは警戒を緩めずソラを抱きしめたままフィンクスを睨み続けるが、旅団員はフィンクスに念押ししても無駄、彼は押さえつけたら余計に反発するタイプであることを良く知っているので、今は大人しくしているのならいいという結論づけて、シャルナークが代理リーダーとなって話を進める。

 

「ここからは8人で行動しよう。負傷したパク達の班をフォローしつつ、これから団長を追う。人質は……、どうも大人しくしておく気はなさそうだし、目を離した方が危険そうだからどっちも連れて行こう。

 もし団長の乗った車を見つけたら……」

 

 シャルナークが頭の中でパクノダ達が語った情報で現状を整理しつつ、自分たちの行動を指示している最中、フィンクスのケータイが鳴る。

 こんな時に誰だ? と思いながらフィンクスがとりあえずポケットに突っこんでいたケータイを取り出すと、面倒くさそうな顔が一変して真顔になり、静かに言った。

 

「団長のケータイからだ」

『!!』

 

 全員にひとまずそのことを伝え、フィンクスは電話に出る。

 当然、団長が自分を攫った連中を殺すか逃げ出すことに成功して掛けてきたという可能性は、少ししか考えない。期待ではなく少しとはいえ普通に有り得ると思っているあたりが、団長も旅団員もA級賞金首にふさわしい規格外ぶりだ。

 

「もしもし」

《これから三つ、指示する》

「……鎖野郎か」

 

 前置きなしにクロロのケータイで電話を掛けてきた鎖野郎……クラピカは、フィンクスの問いを無視して自分の要望をさっさと口にする。

 

《大原則としてこちらの指示は絶対だ。従わなければ、即座にお前らの団長(リーダー)を殺す。

 一つ、追跡はするな。二つ、人質の二人に危害を加えるな。三つ、パクノダという女に代われ》

「その前に一ついいか?」

 

 しかしフィンクスは短気だが神経は図太いので、録音された音声のように話を一方的に進めようとするクラピカの言葉に割り込んで言い出した。

 

「二つ目の指示だが、人質の二人は俺達が来る前にかなり暴れたようでな。二人とも何か所か骨折してるぜ」

「!」

 

 いきなり出鱈目をほざきだしたフィンクスに、ゴンは一瞬だけ言っている意味がわからず戸惑うが、横目で自分たちを見て嗤ったのを見て、この男は何をしようとしているのかを理解する。

 こいつはソラが手首を自傷した以外無傷な二人を、クラピカに告げた通りの姿にする気なのだ。

 そのことに、意味自体は特にない。ただ単に、ゴンやクラピカ達にしてやられたことに対する憂さ晴らしをしようと思っただけだろう。

 

《ならば交渉の余地はない》

 

 しかしその魂胆は即答で一蹴された挙句、何の躊躇もなく通話も切られて強制終了。

 思わず、全員が呆然とフィンクスのケータイに注目する。

 2秒ほど沈黙が続いて、フィンクスは呆然と見下ろしていたケータイでリダイヤルしてみると、幸いながら向こうは電源を切らず、着信拒否もしていなかった。

 

《なんだ?》

「すまん、嘘だ。二人は無傷……ではないが、軽傷だ。手当もしてる。許してくれ」

《次はないぞ。くだらん真似はするな。さっさとパクノダに代われ》

 

 クラピカは怒った様子も不愉快そうな気配もなく、淡々と忠告して話を続けたのがフィンクスからしたらムカつく話だが、クラピカは本心では怒っているが余裕が消えないのは、初めからフィンクスの言葉が嘘であることを見抜いていたからだ。

 というか、キルアやレオリオどころかクロロも気付いていた。気付いていなかったのは、さすがに自分ではなくクラピカが話している通話相手の電話越しでの心音は聞き取ることが出来なかったセンリツだけだが、彼女もソラとゴンという人間を知っていれば心音など聞かなくても気付けた。

 

「本気で暴れるあの二人を制圧したのなら、骨折で済むわけないだろう。骨折くらいであいつらが大人しくなるか」が、ソラとゴンの二人、もしくは片方だけでも知っていれば普通にそう思う。

 クロロに至っては、ソラが本気で暴れたのならこちらが制圧する前にホテルが倒壊していることを実体験で知っているので、「あいつ、アホだ」と遠い目で心底思って呆れながら、鎖の隙間から深いため息をついていた。

 

 なので、フィンクスの魂胆にも気付いていたクラピカの内心は当然、相当怒り狂っていたが、逆に言えば今は無事であるという発言だったので余裕は失わず、強気に出て通話を切ったのが真相。

 つまりは、完全にフィンクスの自爆である。

 

 自業自得なフィンクスは、クラピカの代わりにパクノダとノブナガに頭を殴られ、マチに背中を蹴られた。誰もクラピカの代理を務めるつもりはもちろんないが、同じくらい普通にフィンクスの冗談になっていない余計なお世話に肝を冷やして、ムカついていた。

 

 それでもフィンクスは何が悪かったのか未だわかっていないのか、「親切でやったのによー」と言い出して、ノブナガに「死ねっ!」と言われる。

 そんな二人の割と呑気なやり取りをバックにパクノダが、苛立ちを露わに「もしもし」と乱暴だが通話に応じた。

 

《まず、この会話を聞くのはお前一人だ。離れた場所に移れ》

 

 フィンクスの自爆は相手の不興を買っただけで、クラピカから冷静さは奪えていない。

 フィンクスのケータイにイヤホンをつけて、フェイタンもパクノダとクラピカの会話を聞こうとしていたのはバレていた。ただ単に警戒して言っただけで本当は気付いていない可能性を、パクノダは考えない。

 キルアの記憶を読んで、彼の仲間にはセンリツという心音で相手の心理を読み取る能力者がいることを既に知っているからだ。

 

 なのでパクノダは素直に指示通り、イヤホンを外して一人で人通りの少ない階段の踊り場付近まで移動する。

 移動したことを告げれば、クラピカは既に理解しているパクノダに念押しでセンリツの能力を語り、偽証は不可能であると告げてから彼は、パクノダに望む指示を出す。

 その指示自体は予測していた内容通りなので今の所は大人しく従う気でいるが、電話で淡々と指示を告げるクラピカの様子がパクノダの予測とは違うものなので、少し彼女の中に迷いと不安が生じる。

 

 ソラや子供二人の記憶にあったクラピカという少年は、普段は理性・理知的だが本質は激情家な所為か、肝心な時ほど感情的という欠点を抱えていたはずなのに、向こうも同じとはいえ自分の大切な仲間が人質に取られているこの状況で余裕を失っていないようにパクノダは感じた。

 彼とソラの関係からして、パクノダが思っているほど大切な相手でもないから心配していないは有り得ないし、そしてクロロがいるのなら彼は「自分に人質の価値はない」くらい既に告げているだろう。

 

 自分の命と等価値かそれ以上に大切な人を人質に取られ、その人を取り戻す為に捕えた相手が実はそんな価値などない相手だったと知った上で、こんなにも淡々としていられる相手だとは、記憶を読んだ限りでは思えない。

 もちろん余裕なんかまったくなく、不安で仕方ない精神的に限界ギリギリいっぱいいっぱいなのを胸の内に必死で抑え込んで隠しているだけかもしれない。

 それならこちらの付け入る隙となるので都合がいいくらいだが、楽観視をしていられる状況ではないので、パクノダはクラピカに対しての警戒度を上げつつ、彼の指示に応じると答えた。

 

《一度代われ。さっきの男以外の奴だ》

 

 パクノダが返答すると、クラピカがさらに指示を出してきたのでそれに応じて、ノブナガに電話を渡す。

 余裕があるように見えて、フィンクスへの信用が飛び抜けてマイナスになってるのが良くわかる発言は、パクノダが抱いたクラピカの人物像に合っていたのがまた、先ほどまでの会話、クラピカの印象に合わない妙な落ち着きを際立たせる。

 

「代わったぜ」

《これからパクノダ一人と会う。残りの者は全員アジトに戻れ。

 10人常に同じ場所にいろ。人質もだ。この携帯はパクノダに渡してもう一つ携帯電話を用意しろ。その電話に不定期でこちらから連絡する。

 その際、一人でも欠けていたら人質は殺す。いいな》

 

 電話を受け取ったノブナガは、つい1時間ほど前まで親友の仇だと思い込んで固執していた男の声を聞く。

 直接手は下していないというだけで、彼もウボォーギンの仇であることに変わりはないのだが、その直接手を下した相手を既に知ってしまった、そしてその女がどんな経緯でそれをしたか、親友が無念ではなく満足して死んだことも知ってしまった所為で、ノブナガの鎖野郎は対する興味や執着は酷く薄れてしまった。

 

 この男を殺して、ソラに自分と同じ思いをさせようという陰湿な復讐が頭によぎるが、ノブナガはそれを無視した。

 自分の性に合わないのが第一だが、同時によぎったのは自分の未来が記された詩の一文。

 

「仇を見失ってはいけない」という文章が、ノブナガのぶつけどころ見失った拳を振り降ろす何かを求めて暴走しかけていた思考にストップをかける。

 

 この男を、鎖野郎の方を「仇」と定めて追跡することがきっと、あの占いに記された予言なのだろうと彼は解釈した。

 まだ一度も直接対峙していないこの男が「仇」なら、見失ってなどいない。初めからまだ、見てなどいないのだから見失えるわけがないからこそ、おそらくはソラという真の仇を影と見て、鎖野郎に八つ当たりとして追ってしまうことこそが「迷い、間違えた先」にノブナガを導くのだろうと解釈し、彼は何もしないことを選んだ。

 

「…………ああ」

 

 クラピカの指示に彼も応じ、パクノダに再び電話を渡す。

 パクノダ一人でこのまま向かわせるのは不安だが、撃ち込まれた記憶のクラピカは腹が立つほどに普段は理性的だが、肝心な所でこれまた癪なことにウボォーギンや自分に近い感情的なところがある。

 互いに人質がいるのでそう短絡的なことはしないと思うが、指示に逆らって逆上されたらそれこそクロロもパクノダもやばいと判断し、ノブナガは短い通話を終えたパクノダが何も言わずにホテルから出て行くのを、黙って見送った。

 

 パクノダにどんな指示があってどこに向かうのかを、口で伝えるのはもちろんアイコンタクトすら禁じられたことくらいは言われなくても想像がついたので、コルトピやマチ、シズクはノブナガと同じように黙って見送っていたが、援軍として来た3人はそろってパクノダを追跡しようとしだしたので、ノブナガが慌てて止める。

 

「オイ、待て!

 鎖野郎からの指示だ。俺達はアジトに戻る。パクは一人で行かせるんだ」

 

 ノブナガに止められて、きょんとした顔で振り返った3人に伝えると、フィンクスはまだきょとんとした顔で言った。

 

「そういや、んなこと言ってたな。追跡するなとかなんとか。

 それがどうした?」

 

 その発言に、ノブナガだけではなく他のパクノダを追おうとしなかった連中も一瞬絶句した。

 

「な…………てめぇ、まだわかんねーのか!? 指示に背いてあと追ったら、団長が()られんだよ!!」

 

 フィンクスが言い放ったことを理解したノブナガが彼の胸倉を掴んで怒鳴るが、むしろフィンクスの方が「こいつは何を言っているんだ?」と言いたげに顔を歪め、やはり事もなげに即答する。

 

「バカか、お前。そうなったらその後、鎖野郎を殺して終いだろうが」

 

 * * *

 

 フィンクスの発言に、相変わらずソラを守るように抱きかかえながら黙って様子を窺っていたゴンが全く理解できずに絶句するが、旅団の絶句はゴンとは違うもの。

 ノブナガ達はまるで、痛い所を突かれたような苦い顔をして黙り込んだ。

 

 パクノダを黙って見送っていた者達は黙り込むが、彼女を追おうとしたフェイタンは、「まずはソラを殺す」という提案をした時と同じようにフィンクスの言葉に同意を示す。

 

「団長も同じこと言うよ。最優先されるのは旅団(クモ)

 ノブナガ、お前の考え方、旅団(クモ)への侮辱ね」

 

 フェイタンの言葉でさらに痛みが増したような顔になるノブナガに、フィンクスだけではなく、ソラを殺すのを反対していたシャルナークまでも追い打ちをかけるように言葉を続ける。

 

「さっきの俺の嘘とは明らかに場合が違うぜ。ここでパクノダを追跡するのは必須!! 絶対条件だ!」

「同感だな。パク一人だけ行かせても意味がない。ソラ=シキオリを殺すのは早計だけど、このままズルズル奴の指示に従えば、『空の女神』が目覚めないだけで、俺達が捥がれるっていう占い通りになっちゃうよ」

 

 ソラのことを恐れてはいるが、だからといって媚を売るようにクラピカ側の要求を素直に聞く気はサラサラないシャルナークは、冷静に今度はノブナガを説得しにかかる。

 しかしそこまで言われても、そしてシャルナーク達の言葉が正しいというのを理解していても、パクノダを追わずクラピカの指示に従うつもりなのは、ノブナガだけではなかった。

 

「あたしはノブナガに賛成だ。今はまだ、指示に従った方がいい」

「ぼくも」

「今は? そりゃいつまでだ? 手足が半分なくなるまでか!?」

 

 マチとコルトピの言葉に、フィンクスは声を荒げた。

 彼の主張が正しいことは、わかっている。

 特にノブナガとコルトピは、パクノダからソラが持っていたクラピカの記憶を撃ち込まれて、彼がどういった人間なのかをある程度知っているからこそ、フィンクスの言う通りパクノダを追っても、クラピカが肝心な所で感情的という悪い癖を発揮しない限り、クロロが殺されることはないと思っている。

 

 それでも、マチもノブナガもコルトピも、フィンクス達の意見に賛成することは出来なかった。

 鎖野郎の指示に従うのはこの上なく屈辱的で癇に障るし、こちらがソラを使って強気に出て団長を取り戻すという行動にも出ようと思ったら出れたが、それでも3人は団長を失う可能性が高い道より、団長が無事戻ってくる可能性に賭けた。

 クラピカにとってこの二人が価値ある人質だからこそ、大人しく従って丁重に扱っていれば、団長も同じく丁重に扱われて戻ってくるという可能性に縋り付く。

 

「……呆れたな。話にならねぇ。おい、シズク。お前は?」

 

 そんな3人を見限るように、フィンクスは鼻を鳴らして先ほどから何も言わないシズクにも一応意見を訊いた。

 しかしシズクはマイペースに、「モメたらコインでしょ?」と小首を傾げて言いだす。

 シズクのボケに抜けかけた気を何とか引き止めて、フィンクスはそれは命令の範囲内で意見が分かれた場合のルールであり、ノブナガ達の言っていることは根本的な旅団の掟に違反していると主張する。

 すると、彼女は顎に指をやって少し考えながら答えた。

 

「んーー、私はノブナガ派かな。団長にはまだ死んで欲しくないし。もちろんパクもだけど。

 ……というか、ここで動いたってたぶん鎖野郎から主導権は奪えないから大人しくしておいた方がいいと思うな。下手にそこのソラって子を利用して、強気に出て主導権を奪おうとしたら、『空の女神』は目覚めなくても、『蒼玉の防人達』の怒りは買って、予言を的中させちゃいそうだし」

 

 シズクの前半の意見に、フィンクスは「こいつもか」と呆れと怒りを半々した顔で睨んでいたが、後半で呆気にとられたように目を丸くする。

 フィンクスだけではなく、彼と同じくパクノダを追う派のフェイタンも、そして追わない派のノブナガ達もシズクの意見にポカンとして、シャルナークは何やら考え込むように難しい顔になって、シズクに「どうしてそう思うんだ?」と訊いた。

 

 シズクは何故、こんなにも簡単なことを訊かれるのだろう? と言いたげにまた小首を傾げつつも、素直に答える。

 

「だって予言じゃ、パクやノブナガ、シャルとあともう一人を殺すのは『蒼玉(ソラ)』じゃなくてその『防人達』って出たじゃない。

 シャル達の言い分からして、鎖野郎にとってこのソラって子は相当大事なら、この子が私たちの手の内にいる限りでは鎖野郎の指示に逆らっても団長を殺されないし、強気に出れば主導権が奪えるかもしれないけど、あまり強気に出すぎてこの子に危害を加えたら、それはこの子の『防人達』の怒りを絶対に買うよ。それこそ、予言が的中しちゃうんじゃない?

 ……多分パクはそれを危惧したからこそ、一人で大人しく指示に従って出て行ったんだと思う」

 

 基本的に自己主張しない、何か言い出したと思えば脱力物の天然発言ばかりなのですっかりメンバーも忘れていたことだが、シズクはどこでもマイペースな分、どのような状況でも冷静に物事を見ている所がある。

 そして忘れたものは思い出せないのは発言の中で、ヒソカにも死の予言が出てたことを忘れていることで発揮しているが、覚えていることは細かく覚えているので、彼女は冷静に他の団員たちがすっかり頭から抜けていた予言の内容、団長の優位さえも揺るがすのは「空の女神」だが、旅団(クモ)の手足を半分捥ぎ取るとされているのは、「蒼玉の防人達」であることを指摘する。

 

「『蒼玉』と『防人』が二手に分かれている時点で、私たちは不利なんだよ。『蒼玉』を傷つければ『防人』の怒りを買って、『防人』を傷つければ『空の女神』が目覚めるから、私たちが有利に立ちたいのなら、『蒼玉』と『防人』を同時に殺せるように相手取らないといけなかったんじゃないかな。

 だからここはパクに任せるのが一番だと思う。パクの予言には『硬玉を撃ち砕く』っていう文章があったから、鎖野郎とソラって子を殺せる可能性があるのは多分、パクノダだけだよ」

 

 ついでにパクノダの予言もかなり細かく覚えていたからこそ、シズクはパクノダが一人で出て行った時に止めもせず、追いもしなかったと語る。

 そこまで言われると、フィンクスもノブナガ達の言動で昇っていた頭の血が下がって来たのか、「なるほど」と納得していた。

 

 だが、それでもパクノダを一人に任せることに完全納得するには一手足りない。

 パクノダに死の予言が出ていなければこの時点で納得していたが、パクノダは硬玉である二人を殺せる可能性があると同時に、殺される可能性も極めて高いと告げるのが、あの予言だ。

 

 しかし同時に鎖野郎の指示に逆らって、パクノダを追うことがむしろ予言を的中させてしまうというリスクを知れば、追うことに躊躇が生まれる。

 追うか、指示に従うか、どちらの選択が予言通りの行動なのかを、団員たちは自分たちの占いの内容を思い返して判断しようとするが、その前にシャルナークのケータイが着信を告げる。

 

「団長のケータイだ。はやっ」

 

 パクノダが出て行って5分ほどしかまだ経っていないのに、もう不定期と言っていた確認の電話を掛けてきたことに、「マジでどんだけ人質が大好きなんだよ?」とシャルナークは呆れる。

 そしてその電話はフィンクスが出たのだが、「もしもし」も全部言い切る前にクラピカは「人質の二人を出せ」と要求した。

 クラピカから取引上の信用すらマイナスをぶっちぎっているフィンクスは彼の対応に、「このガキャ……」とキレかかってシャルナークの特注ケータイをマチに投げつけ、抱きかかえるソラごと糸で拘束されているゴンの前にマチがケータイを向い合せる形で通話させる。

 

「ソラ。ゴン。無事か?」とまず二人の安否をクラピカは尋ね、ゴンは申し訳なさそうに答える。

 

「……ごめん。俺は無事なんだけど、無傷なんだけど、ソラが……」

《気にするな。お前が謝る必要はない。聞こえていたから、ソラがしたことに見当はついている。

 ……ソラは今、どんな状態だ?》

 

 あの停電中での騒動、ソラの「クソジジイ」発言が聞こえていた時点でクラピカはソラがゴンを助ける為に何をしたかはもうほぼわかっていたので、クラピカは罪悪感で泣きそうなゴンをフォローしつつ、ソラの容体を尋ねる。

 

「ソラはあれを出すために手首を切ったけど、パクノダが手当てしてくれたよ。それ以外に怪我はないと思うんだけど……、ごめん、俺の糸を切ってくれた後からずっとソラは気を失ってるんだ」

《熱は? 比喩無しで火傷しそうなほどの高熱を出してないか?》

「熱? えっと……大分高いと思うけど、さすがにそこまで酷くはないよ?」

《そうか。なら大丈夫だ。案ずるな。それはただ単にオーラを使い過ぎてガス欠を起こしているだけだ。十分に眠って休めば回復する》

 

 ゴンからしたら十分高熱を出して眠りこんでいるからこそ心配なのだが、クラピカは「比喩無しで火傷しそうなほどの高熱」でないと知れば、本気で安堵したような声になったので、ゴンもやっと少しは安堵して全身に入っていた無駄な力が抜けてゆく。

 

《奴らは全員そろっているか?》

 

 ソラはひとまず無事と確信したクラピカが旅団側の動きについて尋ねてきたので、ゴンは正直に今は全員居るが、ついさっきまでパクノダを追うかどうかでもめていて、まだアジトに帰ろうともしていないことを告げ、旅団側は苦い顔になる。

 人質を連絡係にされては、こちらの虚言は通用しない。わかっていたが、本当に鎖野郎は頭が切れることを痛感させられた挙句に、人質から返ってきた電話でさらにトドメのような忠告をフィンクスが代表してもらう。

 

「もしもし」

《一つ教えておいてやろう。

 こちらにはお前らの嘘を見破る能力者がいる。パクノダがこちらの指示に大人しく従ったのも、そのため。そっちで小細工をいくらしても構わない。団長(リーダー)が死ぬだけだ。

 30分以内にアジトに戻れ。またすぐに連絡する》

 

 クラピカがそれだけ言って通話を切る前に、ゴンは声を上げて電話の向こうのクラピカに先ほどまで団員たちの会話で得た情報をクラピカに伝えた。

 

「クラピカ! パクノダに会っちゃダメだ!

 クラピカとソラをパクノダが殺すって予言がっむぐ!」

 

 とっさにマチがゴンの口を押さえて塞ぐが、肝心な部分は既に言い切ってしまっていた。

 自分たちが有利になる予言部分を伝えられ、団員たちはゴンを睨み付けてどうかクラピカが「予言」を本気にしないことを祈って電話の向こうの反応を待つ。

 

《……なるほど。わかった。頭に入れておこう》

 

 返ってきた答えは、本気にしているのか流しているのかよくわからない返答だった。

 だが、そう言いながら確かにクラピカは一度、クスリと笑ったのをフィンクスは聞いた。

 その余裕たっぷり含んだ笑いが無性に気に入らず、フィンクスは「会う気はあるのか。良い度胸だな、クラピカさんよぉ」と、うっかり盛大にゴンがばらしたクラピカの名前を口にして言ってみるが、それで顔色を悪くしたのは口を滑らせた本人だけで、クラピカの方は全く気にした様子がなかった。

 

 ゴンには少し悪いが、クラピカからしたらパクノダの能力など関係なく、ゴンが口を滑らせて名前ぐらいは暴露してしまうことは想定内かつ、自分の情報が全て流出していても戦う覚悟は完了済みだったので、別にクラピカは焦ってなどいない。

 そしてクラピカは、ゴンの「予言」という言葉はちゃんと本気にしている。クロロが挑発のつもりで口にした発言で、彼が自分の護衛対象から占ってもらったことは知っているので、さすがにその能力が盗まれてデータ不足の団員以外全員を占ったことには気付いていないが、ゴンの発言の信憑性ならクロロが占ってもらったという情報だけで十分だ。

 

 だからこそ、クラピカは笑って答える。

 

《別に度胸がある訳ではない。ただ、それは恐れる理由には成り得ないだけだ。

 ……そこで寝ている奇跡のバカの受け売りだがな、未来とは無形だからこそ無敵だそうだ》

「はぁ?」

 

 笑いながら、クラピカは教えてやる。

 何故自分が、自分と最愛の人を殺せる可能性があると言われた相手が向かってきていることを知っても、余裕を失わない理由を。

 

《形が定まってなどいない、無限の可能性を持つ未来は、神ですら殺し抜く目を持つ女でも殺せないらしい。

 ……だが、『そうなる』と決定づけられた、形を得てしまった未来は別だ。それは、彼女でなくても殺せるものだ》

 

 クラピカに余裕などない。現状でいっぱいいっぱいだ。

 それでも笑えるのは、ただ諦める気がないだけ。

 

 たどり着きたい未来は確定しているが、その未来に至る道も、未来の具体的な形も決まってなどいない。

 ただ彼女の傍で生きて、笑って、幸福になるという未来を、どれほど可能性が低くても諦める気などないから、幸福になりたいから、幸福になるために全てしていることだから、何の迷いもなく、躊躇いもなく、そして悪い癖だった心の重圧(ストレス)に耐えきれず一番肝心な所で理性が吹っ飛び感情が爆発することもなく、前に進める。

 

 したいことをしている訳ではなくとも、それが自分の望む未来に至る為に必要なことならば、本心から笑って何でも出来る。

 

 だからこそ、今、クラピカは笑っている。笑って答える。

 ただでさえ笑えるのに、ゴンから伝えられた情報はクラピカにとっても好都合なものでしかなかったのだから、笑うしかない。

 

《礼を言っておこうか。

 わざわざ無敵だったものを、壊しやすく、殺しやすい『未来』にしてくれてありがとう、と》

 

 皮肉なのか本心なのか、クラピカはそれだけ言い捨てて通話を今度こそ切った。

 

「~~~~~~クソガキがっっ!!」

「ちょっ! 壊す気かバカ!!」

 

 どちらにせよ、フィンクスをブチキレさせるには十分すぎる発言だったことに変わりはない。

 思わずシャルナークのケータイを床に叩き付けようと振りかぶったフィンクスを、持ち主は全力で頭をどついて止めた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「7人とも戻るそうだ」

 

 結局、クラピカ側に嘘を見抜く能力者がいることから、パクノダを追ってもクラピカから主導権は奪えないどころか彼の怒りを無駄に買って、予言的中の可能性が上がると全員が渋々納得して、クラピカの指示通りアジトに戻るという連絡が、アジトに残された3人に入る。

 

 フランクリンとボノレノフは、こちら側に主導権を絶対に渡さないクラピカ側の隙のなさを忌々しさ半分、敬意半分といった具合で語り合い、そこから一人離れたヒソカも思ったより冷静に事態を進めているクラピカの成長に感心しながらも、ちょっとだけ今はいただけなかった。

 

(ここを出て団長と戦うチャンスだが、ボクが()ければ団長が死ぬ♣

 うーん、アチラを勃てればコチラが勃たず♥)

 

 いつものヒソカなら、目をつけていた青い果実が美味しく熟しているのを目の当たりにしたら本心から歪んだ喜びを懐くのだが、思った以上に成長して隙が無さすぎるせいで、自分が危ない橋を渡って予言改竄してまで欲した、「クロロとのタイマン」という機会も失われてしまっているのが不満だった。

 

 なので、ヒソカも助けを求めた。

 

「――と、いうわけなんだ。助けてくれ♠」と、ある程度の事情をつづったメールを送ると、1分足らずで「いいよ」とシンプルな返事が届く。

 返事の内容も送られるまでにかかった時間もおかしなところはないのだが、なんとなくこの返事からものすごく嫌々で渋々で不満たらたらだが、この上なく仕方なく受けんだろうなと感じ取ったのは、ヒソカの気のせいでも被害妄想でもないだろう。

 

 そして嫌々で渋々なのは単純にヒソカからの依頼、しかも本業ではないことを依頼しているからだろうが、不満たらたらなのは、ソラがオーラを使い果たして気絶しているという絶好の機会なのに殺すことも出来ず、すぐ傍でただ見ているしかないという状況に置かれるからだとヒソカは確信しているからこそ、笑ってしまう。

 

 ソラを殺したがっている彼からしたら、本当にソラの現状は空前絶後の好機なので、自分の依頼など無視して殺しにかかりそうという心配をヒソカはまったくしていない。

 ヒソカは常々、彼を見てカルナと同じことを思っていたから、ソラが起きて余計なことを言ったりやったりしたのならともかく、寝っぱなしならそんな心配は杞憂でしかないからしない。

 

 むしろ、「殺さない理由」を提供して傍にいられる機会を作ったことを感謝してほしいな♥ ぐらいに思っているが、これを言えば間違いなくカルナの爆弾発言後の様に全力でヒソカを殺しにかかるだろうから、それは今後のお楽しみにすることにして、ヒソカはその後メールで、必要最低限の打ち合わせだけをしてあとは待つ。

 

 自分に変装して入れ替わってくれる、イルミの到着をただ待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 予測と確定の未来視が描いた、未来の断片(ピース)は出揃った。

 

 少し前倒しになったけど、未来視が絡んだ時点でそれは仕方ないこと。

 分岐点まであと少し。

 

 この世界線は編纂事象へと進むのか、剪定事象へと進むのかという分岐。

 セカイが続くのか、セカイを続けるために切り捨てられるものになるのか。

 

 誰もそんなこと知らないまま、進んでいく。

 

 ……でも、それが一番いいことね。

 

 

 

 

 だって、どちらも結末なんて結局は同じ。

 すぐ近くか、もっと遠くかくらいしか違わない。

 

 終わりという無意味(結末)の為に、生きて(進んで)いくなんて知らない方がいいわ。


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