死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜
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86:事象、確定

 リンゴーン空港前に到着したタイミングで、鎖野郎との連絡用に持たされたフィンクスのケータイが鳴り、まるで監視でもされているようなタイミングにパクノダは舌を打つ。

 

 実際、監視されているようなものだろう。

 思った以上にセンリツの能力は、使い勝手がいい。心音で相手の心理だけではなく、電話越しの雑音で現在地がどのあたりか、周囲はどのような様子かまで把握されていたので、パクノダの意思を無視して仲間が尾行していたとしても気付かれていた可能性は高く、指示通り自分一人で来て良かったと一度安堵するが、よく考えなくても安堵すべき状況ではない。

 

 状況が悪すぎて最悪ではないことに安堵してしまう程であることに気付き、余計にパクノダは苛ついてしまうが、これから対峙するであろう相手、鎖野郎は冷静さを欠いていては太刀打ちできる相手ではないので、何とか心を落ち着かせて電話を取る。

 

《第3航空路に飛行船が停まっている。乗ったら入り口付近で待機しろ》

 

 指示に従いパクノダが小型の飛行船に一人で乗ると、すぐに飛行船は浮上した。

 万が一にも尾行者に自分たちのやり取りが聞かれないようにという徹底ぶりに、やはり状況と相手の悪さを思い知らされて我慢しきれずもう一度、パクノダは舌打ちしてしまう。

 

「確認する。旅団員のパクノダだな」

 

 飛行船はどこかに行くつもりはなく、空港上空をゆっくり旋回しながら高度を上げてゆき、瞬間移動系や自らを飛行させる能力持ちではない限り脱出不可能な高度まで到達して、ようやく姿を現した。

 記憶で読み取った通り、中性的どころか女性的な程に整った顔立ちのまだ青年の域に達していない少年が、鎖で体の動きどころか口も封じられたクロロを連れて、悠然とパクノダの前に現れる。

 

「もちろん」とパクノダが答えれば、クラピカはパクノダの死角に当たり廊下の角にちらりと目をやった。

 おそらくはそのあたりに、センリツがいるのだろう。たぶんパクノダの能力をある程度あの子供達から聞いてはいるが、読み取れる条件が万が一「相手に触れること」でないこと、見るだけでも情報が少しでも得ることができることを警戒して、これ以上の情報流出を防ぐために彼女を隠しているようだ。

 

 どこまでも抜け目がない相手は、センリツから確認を取ると確かに「紅玉(ルビー)」の名にふさわしい緋色の眼をパクノダに向け、彼は落ち着き払って淡々と告げる。

 

「……団長には二つ、そしてお前には一つの条件を出す。それを厳守すれば、お前達の団長(リーダー)は解放する」

 

 言われて、パクノダは少し怪訝な顔をした。

 まだ肝心なその「条件」を聞いていないので何とも言えないが、それでも思ったよりも自分に課せられる「条件」が少ないことが疑問だった。

 なので思わず、「どういうこと?」と言いたげに団長に視線をやると、団長は無表情だが真っ直ぐにパクノダを見ていた。

 

 その眼が、何を言っているのかをパクノダは理解出来た。

 

「殺せ」と言っていた。

 それは鎖野郎の事はもちろんだが、クロロは間違いなく自分も含めて言っていた。

 

(殺せ! パクノダ!! 俺ごとこいつを今の内に、俺達と道連れにしてでも殺せ!!)

 

 クロロ自身も、パクノダも含めて犠牲にしてでも目の前の相手を、鎖野郎を、クラピカを殺せと言っていることは理解できても、クロロが何故そこまでして彼を今ここで殺そうとしているのかが理解できなかった。

 あれほど執着していたのに、自分たちの優位が揺らぐ最悪の事態が「空の女神」の目覚め……、ソラ=シキオリの逆鱗に触れることだと判断したら彼女を諦めることを選んだというのに、彼女の逆鱗であるこの少年には危機が完全に去ったと確定するまで手出しするなとノブナガに命令していたというのに、なぜ今すぐに殺すことを命じているのかが、パクノダには理解できずにいた。

 

 予言の内容と、ソラとクラピカの関係やクラピカの人物像を知っているからこそ、パクノダは迷ってクロロの指示に従えず、判断が遅れてチャンスを逃す。

 

「まずは、お前達のリーダーへの条件。一つ、今後念能力の使用を一切禁じる。そして二つ目は、後旅団員との一切の接触を絶つこと。

 この二つが条件。そしてこれらを守らせる為、“律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)”を団長に刺す。

 それでOKか否か……、お前が決めろ。パクノダ」

 

 パクノダがクロロの反応に戸惑っていることを気付いていないのか、気付いた上で言っているのか、クラピカは淡々とクロロに対する条件を告げてながら、右手の鎖から小指の鎖を左手でつまんで見せつけ、パクノダに選択を迫る。

 

(誇りか……、諦観か……)

 

 頭の中で自分の予言が、選択肢が蘇る。

 あの予言はまだ来週の話なのか、それとも今この時まで前倒しにされているのかはわからない。

 ただ、今この時こそがその選択の時なのだとパクノダは仮定して考え、そして答える。

 

(――ごめんなさい。……団長)

「OKよ」

 

 クロロにとってこの条件は、屈辱この上ないことなどわかっている。

 この条件をのむことが「誇り」ではないことなんて、考えるまでもない。

 

 だが、ここでその条件をのまずに死ぬことだって「誇り」であるわけがない。

 条件をのまなくても、パクノダにも団長にも打つ手などない。

 条件を拒否すれば、元々戦闘要員ではない上に手負いのパクノダなど、おそらくこの飛行船内で隠れている他の仲間たちの手で簡単に捕えられる。

 

 人質を取り戻すことが目的なのだからパクノダを捕えても殺されはしないだろうが、人質を増やしてこの男はもう一度人質交換の交渉をするだけだ。

 団長やパクノダ、旅団全体の屈辱がただ長引くだけという結果が目に見えているというのに、それなのに断ることが誇りであるはずがなく、そしてそれは意地ですらない。ただの愚行であり、未来に対する諦観だ。

 

 だからこそパクノダは、屈辱に耐えながら、団長に心の中で何度も何度も謝罪しながら、クラピカの出した条件をのむ。

 この条件は屈辱的だが、それでも「先」があるのなら、「未来」があるのならば挽回は出来る。

 念能力が封じられたからといって、団長が何も出来なくなるわけがない。そんな念能力という一芸頼りを頭と認めたんじゃない。

 団員との接触を封じられても、団員以外を介せば何とでもなる。何とかしてみせる気しかない。

 

 パクノダが選んだ選択は決して「誇り」なんかではない、無様な「悪あがき」でしかないことを承知の上で、それでも諦めだけは決してしないで選び取った。

 

「……そうか」

 

 その選択を突き付け、選び取った答えを受け取るクラピカは人形のように無表情だった顔を、ほんのわずかだが緩めた。

 嘲笑でもなければ、余裕を見せつける不遜な笑みでもない、この状況で自分に向けられる訳がない種類の笑みをかすかだが確かに浮かべられ、パクノダは一瞬、屈辱も忘れて呆気に取られる。

 そしてその呆気が、理解出来ないものを目の当たりにした寒気に変わる。

 

「前提を間違えていたのはやはり、貴様の方だな」

 

 そう言ってクラピカは、笑みを浮かべたままクロロの心臓に先端に刃のついた鎖を撃ち込んだ。

 その瞬間も、浮かべていた笑みは復讐を遂げた歓喜の笑みでも、圧倒的優位者である余裕を携えた酷薄な笑みでもなく、それはパクノダが読み取った記憶の中にあった、ソラに向ける慈しみの笑みだった。

 慈しみの笑みを浮かべたまま、何の躊躇もなくクロロの心臓に「ルールを破れば死」という凶悪な刃を埋め込んだ。

 

 * * *

 

 まったく表情と合っていない行動を何の躊躇もなく行うその姿で、思い出す。

 何故、彼がソラの逆鱗なのかを。

 この少年は、何者であるかを。

 

 この少年、クラピカは血縁などなく、書類上の関係でもない、ただ「そうでありたい」という思いだけで繋がる家族。

 

 あの狂いに狂い果てた、狂気によって壊され続けながらも狂気によって生かされ続けるソラという女の弟であることを思い出した。

 

「次はお前だ、パクノダ」

 

 穏やかな笑みを浮かべたまま、クロロの心臓に掟の剣の心臓をいつでも握りつぶせるように幾重に巻いた鎖を遺して引き抜き、クラピカは言った。

 自らの眼を脅迫の材料にして、自分の視界がどれほど絶望的なものなのかを笑いながら語っていた姉と似た狂気を感じ、背中に寒気が全力疾走するが、それでもパクノダは引かない。

 引くつもりなど、諦めるつもりなどない。

 

 無様を晒しても、悪あがきであっても団長を取り戻す覚悟を決めてここに来たのだから、パクノダはハイヒールを履いた足に力を入れて、真っ直ぐにクラピカと向き合い、彼が告げる唯一の条件を聞く。

 

「お前に課す条件は、ただ一つ。

 今夜0時までにソラとゴンを小細工なしで無事に解放する事。受け渡しの方法は後で説明する」

「…………え?」

 

 しかし、せっかく入れた気勢が削がれた。

 穏やかにクラピカが告げた「条件」はあまりに最低限過ぎる、言われるまでもないであろうことだったので、警戒していたのとは逆の意味でOKしていいのかどうか不安になってきた。

 

 しかしクラピカは言い間違いでも聞き間違いでもないと言わんばかりに、「何か不満でもあるのか?」と尋ね返す。

 なので思わず素でパクノダは、「……何を企んでいるの?」と訊いてしまった。

 

 企み自体は、聞くまでもなくわかっている。

 5年前に彼の同胞であるクルタ族を皆殺しにした、自分たちへの復讐。自分たちを、幻影旅団を壊滅させることなのは考えるまでもない。

 その具体的な方法など、仇である自分どころか彼の仲間や彼の最愛であるソラが訊いても答える保証などないので、パクノダは「バカなこと訊いた」と思い早々に後悔したのだが、パクノダの予測を大きく裏切ってクラピカは事もなげに答えた。

 

「別に何も企んでなどない。私が求めやまない結末は、あの二人を無事に取り戻すことだけだ。

 二人が無事に帰って来るのなら、私の顔や名前という情報も、能力に関する弱点が知られることも惜しくない」

 

 きっぱりと言い切るが、無論パクノダは信用しない。

 しかし、次に言われたセリフで信じざる負えなくなった。

 

「だから、お前には刃は刺さない」

『はっ!?』

 

 クラピカの言葉にまたしてももう一度、思わず声に出た。

 しかし今度はパクノダだけではなく、クラピカの背後からも聞こえてきた。

 センリツなら心音で何を言う気かなど事前にわかるので、声を出したのは十中八九、ラジオを聞いていた男と唯一助け出されたキルアという子供だろう。

 姿はパクノダを警戒して現さない。パクノダが実力行使に出た場合を備えて控えていたことくらいはこちらも想定内だが、どうやらクラピカの答えは向こうも想定外だったらしい。

 

「あぁ、すまない。説明をしていなかったな」

 

 しかしクラピカの方は本当に悪いと思っているのか怪しい澄まし顔で言い切り、後ろから仲間に「ふざけんな!!」と怒られていた。

 それでもやはり彼は悪びれもしない澄ました顔のままふざけていない証明として、どうしてパクノダには団長のように鎖を刺しはしないのかを説明する。

 

「この女に、『私たちに関する情報を誰にも漏らすな』という条件を課して刃を刺しても意味などない。彼女はおそらく記憶を読み取るだけではなく、口で語るより詳しく正確に読み取った記憶を手短に相手へ伝える能力でも持っているはずだ。そして、間違いなく団長(こいつ)の無事が確定したら、自分の命を捨ててもその能力を使って、旅団の誰かに私たちの情報を託せるだけ託す。

 だから、巻き込んだお前達には悪いが、ある程度の情報が流出するのは覚悟してくれ」

 

 事もなげにクラピカは、10年以上の付き合いのノブナガでさえも知らなかったパクノダの切り札、「メモリーボム」の存在を口にして、パクノダは冷静さを取り繕えず図星であることを証明するように眼を見開いてしまった。

 しかし相手は彼女の精神を揺さぶる為のハッタリで言ったわけではなく、口にする時点でもうとっくの昔に確信していたのか、パクノダの反応を見ても無関心だった。

 代わりに、パクノダの心の声でも聞いたかのように、彼女の「どうして私の奥の手を知っている?」という疑問を、尋ねてもいないのに答える。

 

「旅団の11番、ウボォーギンを殺したのが鎖野郎(わたし)ではなくソラであることを既に、お前だけではなくお前と行動していた二人も知っているのだろう? そのうちの一人は、子供を仲間に引き入れたがるほど奴の面影を求め、復讐心を募らせている奴の親友なのだろう?

 そんな奴が、ソラこそが仇だと知ってあんなにも暗く落ち込んだような反応をする訳がない。仇だと知った時点で、彼女を殺さなかったのが奇跡的な程だろうな。

 

 彼女の性格からして、『ウボォーギンを殺したのはお前か?』と問われたら、『そうだ』と即答するだろうから、奴が知らないというのは有り得ない。なのに何故、奴は仇を前にして迷い悩むように落ち沈んだ様子だったのかを考えたら、お前が口で説明するよりもはるかに正確な情報を奴に与えたからが一番自然だ。

 ……口で言っても、復讐のみの視界に支配された者が納得できるはずがないからな。ウボォーギンが、心の底から楽しんで死んでいったという事実など。

 だから奴は、仇を見失ったかのような無気力に陥ったのだろう? 彼女は間違いなく親友の仇であるが、そもそも親友は復讐を望むような死に方をしていなかったことを知った挙句、……彼女にも見たのだろうな。ゴンに見ていたものと同じものを、より色濃く。

 親友と彼女が似ていると思ってしまったからこそ、最も憎い相手を憎めなくなったからこそ、あのような状態に陥っていたのだろう?」

 

 淡々と、ホテルでのノブナガの様子とゴン達から聞いた彼の性格やウボォーギンとの関係、そして自分が一番よく知るソラの性格などを根拠にしているが、クラピカの語った話は所詮は憶測でしかない。

 なのに、パクノダと同じく記憶や他者の心を読む能力でも持っているのではないかと思う程、彼はどこにも訂正を入れる隙などないくらい事細かく当ててきた。

 

 ウボォーギンの「死」を、直接ではないが共犯どころか彼の方が主犯と言っていい形で関わっている男の口から語られるのが不愉快極まりなかった。

 しかし彼の言う通りソラの記憶から読み取ったウボォーギンは、「楽しんでなどいなかった」と否定したら亡霊が地獄から這い上がってきて殴りかかってきそうなほど、心の底から楽しそうに戦っていたことを知っているから、パクノダは何も言えない。

 代わりに、目の前の少年に関しての情報が誰よりもあったのに、彼がどれほど厄介な相手かを見誤ったことに対して悔しげに、奥歯を噛みしめて睨み付ける。

 

 相手の頭の回転の早さも、目的のためには手段を選ばない冷酷さも知っていたのに、彼の弱さや未熟な部分も良く知る者の記憶を読み取っていたからこそ、無自覚の内に楽観視していたのかもしれない。

 彼の唯一にして最大の欠点、それだけの計画性がありながら肝心なところで感情的な所が出てしまう幼さ、最も憎い旅団(自分たち)を前にしたら頭に血が昇って冷静さが保てなくなるという弱さに、期待しすぎていた自分にパクノダは気付く。

 

 目の前の少年は、何があったのかは知らないがその欠点を、弱点を克服している。

 最も憎い相手を前にしても冷静さを保ったままどころか、いくらパクノダに睨まれても憎悪や罪悪感を懐くどころか、その反応を喜ぶように穏やかに笑う。

 

 彼女の怒りに対して、陰湿に喜んでいるのではない。彼にとって旅団の怒りや憎悪や悲哀という感情そのものは、どうでもいいものでしかない。

 幻影旅団に自分と同じく人間らしい「情」があることを彼はこの上なく、本心から喜んでいた。

 旅団にも自分が抱える弱点と同じもの、付け入る隙であることを彼は冷静に、冷酷に、冷淡に理解して、彼は幻影旅団は決して勝ち目がない相手ではないという事を確信したからこそ、穏やかに笑う。

 

「お前に刃は刺さない。

 刺してもお前の死と引き換えに情報が旅団に流出するのなら、意味などない。

 お前が死んで何の情報もない、より厄介かもしれない新たなメンバーが入るよりは、顔が割れていて能力もある程度把握しているお前がそのまま蜘蛛の足の一本を担っていた方が、こちらも対策が取れて都合がいい。情報が漏れるのは痛手だが、漏れていることにすら気づいていないよりはよほどマシだ。

 そして、団長(こいつ)が能力を封じられて仲間との接触を禁じられても、生きているのなら、時間が掛かっても確実に取り戻せるのであれば、お前たちは頭を切り捨てることは出来ない」

 

 旅団のもっとも重要な「生かすべきは旅団(クモ)」というルールを否定するクラピカの言葉、そのルールを受け入れた団員たちを侮辱する言葉にパクノダは眉根をひそめるが、クラピカはやはり笑みを崩さずに、またしても彼女の心情を読んだかのように答える。

 

「お前たちの、『旅団を存続させる為ならば、頭すら切り捨てる』という掟を知らない訳でも、信じていない訳でもない。

 ただ、その掟は矛盾している。矛盾せずその掟に殉じることが出来るのは、掟を定めたこの男だけだ。

 

 ……お前たちにとって個々の命よりも、『幻影旅団』という存在の方が最優先で生かすべきものであるのは確かだろうが、そのような『人間らしさ』を排した大蜘蛛の一部になると決めたのは、お前ら個々人の『人間』としての意志だ。私には理解出来んが、お前たちはこの男……クロロ=ルシルフルが頭だからこそ、その掟に従って蜘蛛の足の一本になることを誓ったのだろう?」

 

 パクノダの、「何故、団長が見捨てられないと確信している?」という疑問に答えながら、クラピカは鎖を引いてクロロを一歩前に出し、そして笑みを捨てて彼を睨み付ける。

 クロロを睨むクラピカの顔には、パクノダが見た記憶にあった感情的で短絡的で愚かな弱い少年の面影があったが、その眼の緋色は憎しみだけで染まっていない。

 

 たった一つの目的しか見ていないくせに、近視眼的ではない。むしろ、もっともっと遠い所を見ていて、目の前のクロロなど眼中にない。

 

 感情的で幼い、だからこそ迷いなどない。

「負けない」という意志が込められた暁の目でクロロに宣戦布告し、そしてその眼はパクノダにも向けられる。

 旅団を前にしておきながら頭に血が昇らないのは、彼はもう旅団など見ていないからだ。

 彼が見ているのは、どのような手段を使っても、どんな経緯でもあっても、旅団が自分たちの脅威ではなくなった後の事しか見ていない。

 

「『幻影旅団』という非道で人間味のない組織を形にしてお前たちを繋いでいるものは、お前たちの『この男についてゆきたい』と望んだ『人間らしさ』だ。

 お前たちは、頭を切り捨てずに済む方法があるのならそれに縋る。そんな方法に興味を示さないのならば、そもそも旅団になど入っていないだろう? 

 頭を失った挙句に旅団が不利になる可能性と、大人しくしていれば頭が戻ってくる可能性が五分五分ならば、この男の意志を尊重して掟を優先する者もいるだろうが、……大人しく指示に従っていれば確実に戻ってるのならば見殺す真似はしないだろう?

 こいつの定めた掟に殉じることが出来るのは、自分自身の価値を把握していないこいつだけだ」

 

 クロロが何故、自分に「自分たちを道連れにしてでも殺せ!」と目で命じていた理由を、パクノダははっきりと悟る。

 元々10代半ばという年齢を感じさせない程に有能で聡明だというのに、弱点であったその10代らしい感情的な部分を押し殺すでも切り捨てるのでもなく、自分を奮い立たせる為に青臭い部分を使っており、理性の光は決して鈍らせはしない。

 感情を、人間らしい部分を決して捨てないからこそ彼は、旅団の付け入る隙を見逃さない。

 

 人間らしさを捨てていれば、旅団の行動など読めない。

 彼らが旅団存続の為に頭を切り捨てたのに、その頭の仇を地の果てまで追い続けるという合理からは程遠い、矛盾しているように見える行動が理解できず、だからこそ足元をすくわれる。

 

 けど彼は、クラピカは完璧に旅団の動きを読んで、コントロールしている。

 彼は旅団が血も涙もない外道集団ではなく、仲間内だけとはいえ情け深い部分があるという、ノブナガと腕相撲をしていた子供のように、「どうしてその『情』を少しでもクルタ族(私達)に向けてくれなかった!?」と余計に憎悪が募るからこそ、そして旅団を殲滅するには邪魔な罪悪感となるから眼を逸らしていたい事実を受け入れて、そしてそれを利用している。

 

「……だから、これで十分だ。下手にお前を殺して余計に恨みを買って、短絡的な復讐に駆られる者が出るより、遠くても諦めきれない位置にクロロ(こいつ)を置けば、お前達は私達への対策や復讐よりも『団長の除念』を最優先にするから、こちらはお前たちに漏れた情報の対策を練ることが出来る。

 これが、お前に情報規制をしなければ鎖も刺さない、そして団長に与えた条件の理由だ」

 

 彼は、クラピカという少年は、団長が危惧している通り、幻影旅団(クモ)の天敵だ。

 団長を生かすのも、パクノダの心臓に律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)を刺さないのも、旅団に対する恩情はもちろん、自分自身の罪悪感を薄めるためという弱さでもない。

 彼の目的のため、ソラとゴンという人質を無事取り返すためと、旅団に知られた自分の弱点などについての対策を練る為の時間稼ぎのために一番いい方法と条件を模索して、実行しているだけ。

 

 彼の言う通り、ソラを殺そうとしたりおそらく自分を尾行しようとしていた、何に対しても強硬派なフィンクス達であっても、団長を「確実に」取り戻す手段があるのならば、団長を見殺すという手段は絶対に取らない。

 能力を封じられても、自分たちとの接触を禁じられても、団長なら何とかする、殺されることなどないという信頼が仇となり、パクノダ達から「旅団(クモ)を生かすために頭を切り捨てる」という選択肢を奪い、行動に制限を掛ける。

 雪男を見つけるよりも困難とされている「除念師」を探すことは、彼らが対策を練る時間を稼ぐにはもってこいの課題だ。

 

 情報規制されていないからといって、戻って即座に洗いざらいこの条件やクラピカの弱点を話しても、もうすでに団長に念の刃を埋め込まれている今では何の意味もない。

“念”の性質からして、クラピカを殺すことも出来ない。彼を殺せば、確実に旅団への恨みと「ソラには手出しさせない」という遺志による死者の念で、団長に掛けられた“念”がさらに強化してしまい、それを解除できるのはそれこそソラぐらいになるが、最愛を殺された彼女がその“念”を解いてくれるわけがない。

 それならば初めから、「もう絶対にお前たちに手出ししない」とソラに直接交渉した方がよほど了解してくれる可能性は高い。

 

 詰んでいる。

 クラピカが少しでも、旅団員を一人でも多く殺すなり能力を封じて戦闘不能にするという欲目を出して長期戦となれば、彼自身の若さによる経験不足といい、他の仲間との実力差などが付け入る隙となる期待も出来るのだが、彼は人質と時間稼ぎ以外何も求めていない。

 譲らない代わりに、それ以上こちらには何も求めないからこそ、こちらに考える時間を与えてくれないし、手出しできる位置にも来ない。

 主導権はこちらには渡らない。

 

 ここでパクノダが条件をのまず今更になってクロロの命令通りクラピカを、自分とクロロを犠牲にして殺しても、おそらく痛み分けにすらならない。

 あれほど恐れた「空の女神」が目覚めて、それこそ旅団が壊滅するのが目に見えた。

 

 それに、クロロはもう既にそんな命令をしていない。

 パクノダがクロロに課された条件をのみ、クロロの心臓に刃が刺さって鎖が巻きついた時点でクロロはさっさと思考を切りかえていることにも気付いていた。

 

 敵の手の内で踊ってしまったパクノダを責める意図は、その光のない闇色の目には一切ない。

 だからといって、絶望的な状況だと嘆いてもいない。

 クロロは本気で、自分に人質としての価値などないと思っている。正直言って、パクノダがクラピカの指示通り一人で来たことに本気で驚いていたぐらいだろう。

 

 だが、だからといって別に彼は自殺志願者という訳でもない。

 このまま人質交換が成立すれば、旅団の動きは「クロロに掛けられた“念”の除念」に長期間割かれるが、同時にクラピカ側も「旅団に知られた自分たちの不利な情報に関しての対策」に割かれ、旅団(自分たち)に手出しする余裕もない、今現在とそう変わらない五分五分の状況に持ち込まれるだけだ。

 

 旅団側としても決定的に、自分やパクノダ、そのほかの連中を犠牲にしても避けるべき「全滅」に陥らないのなら、未来があるのならば、クロロも自ら死に向かう真似はしない。

 パクノダの選択を責めないのも、クラピカが皮肉で言った「お優しいリーダー」だからではなく、この状況は確かに屈辱的だが、ここで死を選ぶことが誇り高いことだとはクロロだって思っていないから。

 

 車の中でクラピカに言われた「臆病者」をムキになって否定する気はもちろんないが、だからといってこのまままるで肯定しているように、黙って大人しくしているつもりだってない程度に、この男は大人げない。

 

 未来があるのなら、悪あがきを続ける。

 パクノダに向けられたクロロの眼は、既に未来を見ていた。

 早く戻ってこの茶番を終わらせ、そしてクラピカ側が知られた自分たちの弱点への対策や克服を終わらせる前に、除念師を見つけて掛けられた“念”を外すぞと、如実に語りかける。

 

 そんな団長の視線の意味を十分すぎるほど理解しているパクノダは、自分と同じように諦めることを選ばなかった、まだ自分たちの「頭」であることを選んでくれたことに安堵する。

 自ら死を選ぶなんて真似をする訳がないとは思っていたが、幻影旅団はクロロが作った、クロロを頭とする集団だが、だけど決してクロロが望んで「頭」になった訳ではないことだってよく知っているからこそ、心のどこかで不安だった部分、本当は「団長」なんて立場を捨て去りたいのではないか? という疑念が晴れる。

 

 だから、パクノダはようやく答えた。

 

「OKよ」

 

 クラピカが出した条件をのむと返答する。

 降伏ではなく、宣戦布告として。

 お前たちが再び自分たちに牙を剥く前に、団長に掛けられた“念”を解いて、今度こそお前らを殺してみせると告げる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……よくあんな出鱈目、ポンポン口から出てくるな」

「何のことだ?」

 

 パクノダを飛行船から降ろして戻っていくのを見送った後、キルアがクラピカを横目でにらみながら言うが、クラピカはこちらを見もせずにしれっと答える。

 そんなハンター試験時を思い出させる、というか下手したらハンター試験時よりも余裕があって落ち着いているように見えるクラピカに、キルアとレオリオはムカついたように顔をしかめ、センリツは仕方なさそうに苦笑した。

 

 クラピカの隣にはクロロがいるので言わない方がいいのはわかっていたが、言わなくてもクラピカの言動で既に相手もわかっている可能性が高く、知られても今更過ぎる情報なので、キルアは言いたいことを我慢してストレスを溜めるより言いたいことを言って発散することを選んだ。

 

「お前がパクノダに“律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)”を刺さなかったのは、ただ単にお前が相手を殺したくないだけだろ。……ソラの為に、殺さないだけだろうが」

「そうだな。だが、出鱈目とは心外だ。パクノダに語ったことは全て事実だ。彼女を殺さないデメリットが殺すデメリットより大きければ殺すつもりでいたから、私は私の個人的な願望を正当化させる為に言ったわけではない。

 私はただ、彼女に刃を刺さない第一の理由を語らなかっただけだ」

 

 しかしクラピカの方も別にクロロに知られても困ることなどない情報だったので、やはりどこも悪びれも焦りもしなければ、「お前、ソラのことが好きすぎるだろ」と暗に言われてるにも拘らず照れもしなかったので、キルアのストレス発散は不発に終わる。

 

 キルアは不機嫌そうに鼻を鳴らし、レオリオはクラピカの言葉に「爆発しろ」と呟きつつも、どうやら空元気という訳ではなく本当に余裕がある様子に安堵する。

 そしてセンリツは誰よりも、もしかしたら本人以上にクラピカの心理を理解しているので、だからこその実は初めから疑問に思っていたことを訊いてみた。

 

「……クラピカ。あなた、実はあんまりソラちゃんもゴン君も心配してないのは何で?」

 

 センリツの言葉にキルアとレオリオは目を見開いて、問うたセンリツと問われたクラピカを交互に見る。

 センリツは「言いたくなかったり、今は言えないのならいいのよ」と付け加えつつも、彼の心音に耳を傾けて答えを探る。

 

 クラピカが人質である二人の心配を、本当はしていないと言っている訳ではない。彼は本気で、二人の安否を気にして不安を懐いていたことは痛々しいくらいにわかっている。

 だが同時に、彼は不安が最高潮になればイヤリングに手をやって心を落ち着かせていた。

 

 初めは出会った当初のようにソラを思い出して落ち着いているのかと思ったが、よくよく心音を聞けばソラを思っている時の心音とは結構違った。

 というか、確かに落ち着いているのだが何故か同時に軽くムカついているという割と謎な心理状態になっていた。

 

 なので、キルアの皮肉以上にクロロが横にいるこの状況で訊くべきではない、訊いても答えてもらえないであろうことを思わず訊いてしまったのだが、クラピカはこの問いにも答えてくれた。

 やたらと遠い目をしつつ、やはり内心でちょっとムカつきながら。

 

「…………そうだな。実はあの二人に関して、最悪の事態になることはまずないだろうと思っている。私が何かと強気に出れたのは、そのおかげだろうな」

「いや、何でソラは燃料(オーラ)切れでぶっ倒れて、ゴンと一緒に旅団に囲まれているっていう既に最悪に近い状況で、何でそんな楽観的な考えが出来んだよ?」

 

 今度は皮肉ではなく素でキルアは訊く。

 自分と同じく慎重というか最悪の事態をまず想定して動くタイプであるはず彼が、何の根拠もなく「最悪の事態にはまずならない」と思っている訳はないと信頼しているが、いくら思い返してもそんな希望を確信できるような要素はない。

 色々と吹っ切れて、ある意味で躁状態だったから特に根拠などなかったんだとしたら、結果が良い方に回ったとはいえ危なすぎる橋を渡ったことには変わりないから、キルアは遠慮なく殴ろうと思っていた。

 

 しかし、幸いなのかどうかはキルアどころかクラピカにとっても微妙な所だが、根拠はあった。

 クラピカはさらに遠い眼をしてその「根拠」を語り、その時の心音でセンリツは大体自分の疑問を解決させる。

 

「………………ソラには最強のボディガードがついている。

 詳しい話は後にさせてくれ。ただ、彼の性格ならばソラだけではなく確実にゴンも助ける。だから、最悪の事態はまず起こらないと確信していた」

「「は?」」

 

 クラピカの答えに、センリツは「そのボディガートと何かあったからか……」と、クラピカが落ち着きつつもイラッとしていた理由を察し、キルアとレオリオは再び「意味わからん」と言いたげな顔でと全く同じ反応をしていたが、詳しく話せない理由は横のクロロにこれ以上の情報を渡したくないからなのが明白なので、二人ともそれ以上は何も言わなかったし訊かなかった。

 むしろ、「それが事実なら何故言った!?」と少しクロロに情報を与えすぎなことに関して怒っていたが、クラピカの方は言い終えたら遠くにやっていていた眼を戻して、横目でクロロの様子を窺った。

 

 同じようにクラピカの様子を窺っていたクロロと目が合って嫌な思いをしたが、その反応でクロロは「カルナ」に関して存在くらいは知っていると確信する。

 ソラはほとんどやり取りを覚えていないが、ヒソカとイルミ、そしてカルトがカルナと出会ったのならば、クロロにカルナの存在くらいは知らされていると思っていたのは、間違いではなかったようだ。

 

 旅団の暗殺メンバーとしてセメタリービルに集められた暗殺者の中にキルアの父と祖父らしき人物がいたので、ソラから「イルミとカルトがいた」と聞いても、父親たちの仕事の補佐か何かだろうと勝手に思い込んでいたが、補佐でも仕事をするのならやはりあの場で紹介されていたはずなので、クロロ達がまだ生きていると知ればイルミ達はむしろ旅団側に雇われたと考えた方が自然だという考えに、クラピカは行き着いた。

 

 ハンター試験時に見た彼の能力からして、イルミは間違いなく操作系能力者だ。

 彼なら十老頭をただ殺すのではなく、旅団にとって都合のいいように語って動く「人形」を作り上げることが出来るので、終戦宣言など色々な部分が腑に落ちる。

 

 仮初とはいえ部下であるヒソカと、雇ったイルミがカルナと交戦したのなら、どちらかがクロロにカルナの存在を報告しているだろうと思ったから、クラピカは確認のつもりでキルアの問いに答えただけ。

 仮に全く知らなかったとしても、「ソラには最強のボディガードがついている」というだけの情報では、弱みになどならない。まさか、正確に言えば「憑いている」と言うべき状態だとは普通は思わないだろうから、むしろ間違った方向に警戒させることが出来るので都合が良いくらいだ。

 

 知っていたら知っていたで、やはり旅団(彼ら)はソラをそう簡単には手出しできない。

 クラピカはカルナの実力をほとんど把握していないが、ガチキレして本気で殺しにかかってきているイルミ相手に、本人はもちろんイルミにもほとんど傷つけずあしらうことが出来る実力を持つことは確かなので、クロロ達もそのことを知っているのなら、例え数人がかりであっても手出ししなくて済むのならしたくないはず。

 

 ソラがガス欠で倒れているので、魔力(オーラ)を糧とするカルナが出てくることが可能か、出てきたとしてもどこまで戦えるのかという大きな不安のタネは事欠かないが、少なくとも自分以上にカルナに関しての情報を旅団側が持っているのは有り得ないのと、ソラはカルナのことが無くとも得体のしれない異能を数多く持ち合わせているので、やはり彼女に手出しする可能性は限りなく低いと思っていたからこそ、クラピカがなんだかんだで冷静さをここまで失わなかったのだろう。

 

 なのでクラピカは、何か言いたげなクロロを無視して視線を外す。

 クロロに発言を許可していたらこの男、ちょっとした暇潰しと嫌がらせを兼ねて、「そのボディガートというのは、実弟とヒソカの前でイルミがソラ=シキオリに惚れていると暴露したカルナのことか?」と言い出していたので、クラピカの判断は正解である。主にイルミとキルアにとって。

 

 そんなバカげた嫌がらせをされかかっていたことなど当然知らず、クラピカはパクノダが去って行った方向、再び人質を連れて戻ってくるはずの方を見つめながら、呟いた。

 

「……とにかく、後は人質の安否確認の連絡をしながらパクノダを待とう。

 まぁ、後は不測の事態が起こらない限りはもう問題はないだろうがな」

 

 言いつつ、クラピカはその「不測の事態」をいくつも想定し、それを事前に防ぐにはどうすべきか、起こってしまったのならどう動くべきなのかを、いくつもいくつも思考し続ける。

 彼はほぼ全て自分の計算通り上手くいったこの状況でも、慢心せずに思考をやめはしなかった。

「こうなるに決まっている」と未来を確定させず、考え続けた。

 

 ……しかし、それでも「不測の事態」というものは想定できないからこそ「不測」であることを数時間後、思い知らされる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「のめると思ってるのか、そんな条件をよ」

 

 予想はある程度していたが、予想以上にフィンクスがキレたことにパクノダは少し戸惑う。

 念能力も情報の規制もされなかったのでパクノダは、アジトに戻ってまず初めに団員全員にメモリーボムを撃ち込んで、クラピカとのやり取りを見せた。この際、パクノダが鎖野郎に操作されて攻撃してくるという誤解をされかかったが、事前にノブナガとコルトピにメモリーボムを使用していたおかげで、やり取りはスムーズに済んだ。

 

 そして撃ち込まれた記憶にほぼ全員がパクノダと同じく、詰んでいる、鎖野郎の言う通りにするしかないとこの上なく苦い顔をしながらも納得していた。

 パクノダや団長と同じく、団長の除念が先か、クラピカ側が流出した情報への対策を終えるのが先かという早い者勝ちの勝負に乗って、今度こそ勝つという意見で決まりかけていたのに、納得できない例外は肩をぐるぐる回しながら、近づく。

 

 念糸ではマチがいざという時に身動きが取れないから、極太の鎖で巻かれた挙句にこれまたでかいコンクリの塊に鎖を撃ち込まれて繋がれた、未だ眠りっぱなしのソラと同じく未だソラを抱えて離さないゴンの元へ。

 

「!? 何する気だてめぇ!!」

 

 ノブナガが“円”を展開し、居合抜きの構えになってフィンクスに問う。

 ノブナガだけではなく、パクノダもメモリーボムではなく攻撃用として銃を構え、他のメンバーも二人ほどあからさまな迎撃体勢ではないが、どうとでも動けるように体勢を整える。

 ゴンは明らかに穏便穏当な目的でフィンクスが自分たちに近づいてきた訳ではないことはわかっていたが、それでも大げさすぎる反応に困惑する。

 しかしノブナガに止められて振り返ったフィンクスが纏うオーラ……、肩を回していた右腕のオーラが異様に増幅していることに気付いて、団員たちの反応は全く大げさではなかったことを悟った。

 

 ゆるりと振り返ったフィンクスは、いつでも肩を回した分だけ増幅するオーラを込めた拳で、誰であっても殴れるようにしながら事もなげに答えた。

 

「何する気だぁ? ガキを殺してこの女を盾にして、鎖野郎を()りに行くに決まってんだろ」

「バカかお前!? ンなことしても意味ねーどころか、こっちがヤバくなる理由しかねーだろ!! っていうか、団長にもう念の刃を埋め込まれたんなら、鎖野郎を殺した方が取り返しがつかなくなるだろうがっ!!

 お前はパクに撃ち込まれた記憶の何を見たんだよ!! もしかしてお前だけ、全く違うもん見てねーか!?」

 

 痛み分けどころか旅団側の自滅としか言いようがないことをしようとしているフィンクスに、ノブナガが代表して突っ込みを入れるが、フィンクスからしたら違うものが見えてるんじゃないかはこちらのセリフだった。

 

「この女が鎖野郎の弱点なら、この首をへし折るぞとでも言えば団長に掛けた“念”を解除させられるだろうが!

 っていうか、何でどいつもこいつもこっちが殺気をぶつけても起きもしねぇ女に、こんなに警戒してるんだ? 初めからこいつを盾にでもしてもっと強気に出てりゃ、向こうに主導権を握られっぱなし、やられっぱなしにならなかったっていうのによぉ!!」

 

 フィンクスの主張で団員の何人か、ソラとまだ一度も関わっていないか極端に関わりが少ない者は「確かに」と納得し、逆にソラと関わった者達は頭痛に堪えるような渋い顔をした。

 どうやらフィンクスはソラのことをほぼ何も知らないからこそ、彼女に対しての警戒を大げさにしすぎたせいでこんなにも不利な状況に陥ったと思い、憤っているらしい。

 

 確かに、傍から見たらソラに対しての警戒は大げさすぎる。彼女が起きているのならまだしも、オーラをほぼ使い果たして気を失っている状態で、なおかつ鎖野郎にとって最大の弱点ならば利用しないのは愚かにもほどがあるとしか思えないが、ソラを知る者からしたらこの女に「オーラを使い果たしたから無力化している」なんていう常識的なことを求める方が愚かだ。

 あまりにもソラの能力と言動が非常識なので過大評価している節は否めないが、それでも実際にやらかした数々を考えたら警戒しすぎて損はないとパクノダ達は思っている。

 

 だがそれら「何をやらかすかわからない、底知れない何か」というソラに対しての警戒心は、実際に見て体験して感じないとわからないものであることも、その警戒心を懐いている者達は良く知っている。

 あれは完全に理屈ではない。本能が訴えかけるものだ。

 

 だからパクノダは、ウボォーギンとの死闘や、彼女を捕えた時の自分の眼を潰すという脅迫の記憶を撃ち込んで見せようかと思ったが、意味がないと判断してやめる。

 パクノダの読み取る記憶は偽証が許されない原記憶、ただの正確極まりない情報でしかないからこそ、それを撃ち込まれて思うことはその記憶の持ち主の感情ではなく、撃ちこまれた本人が記憶に感情移入して自ら生み出すものだ。

 フィンクスにソラの異常性がわかる記憶を撃ち込んだら、彼女の異常性と危険性は理解できるだろうが、パクノダ達が一番伝えたいものはおそらく何も伝わらない。むしろ、危険性を知ったからこそ弱っている今が最大のチャンスと捉え、今の内に利用できるだけして使い潰して殺すという結論を出すのが目に見えている。

 

 なのでソラに対して特に警戒心を懐くシャルナークと、理屈ではない感覚としても理屈としての情報としてもソラを知るパクノダが、何とか言葉でフィンクスを納得させようと説得を試みる。

 しかしフィンクスの思っている通りソラへの警戒が大げさならば、自分たちは最大のチャンス、鎖野郎の顔も名前も能力やその弱点も今いる場所もわかっていて、そして「旅団以外に攻撃したら死ぬ」という弱点以上に使い勝手のいい、利用しやすい弱点が手の内にいるという最大の好機を逃すことはあまりに愚かだと自分たちでもそう思うので、イマイチ説得力のある言葉が出てこない。

 

 ソラを人質というより盾にしてクラピカの元に向かえば、団長が犠牲になる可能性は高いが、逆に言えば犠牲は彼一人で済む可能性が高い。

 今、鎖野郎を見逃して状況を整える時間を与えると、今度こそ旅団は壊滅させられる危険性を考えたら、ここで鎖野郎もソラも殺すのがベストなのは、誰だって考えるまでもなくわかっている。

 

 だからソラに対しての警戒心が比較的薄いフェイタンがフィンクスに賛成してしまい、ノブナガもソラに対して「迷い」があるからこそ、出来ればいっそ今ここでソラを「殺す」という判断を旅団が下してほしいと望んでいるのか、居合抜きの構えこそは解かないがフィンクスを説得しようともしない。

 

「…………ふざけるな」

 

 他の団員にも迷いが生じ始めた時、静かな怒気を込めた言葉で迷いによるざわめきが一瞬、静まり返る。

 

「……クラピカは、俺達を連れて来たら団長を返すって言ってるのに、パクノダをちゃんと戻したのに、それなのにお前たちはソラを利用して、クラピカを騙して、脅して、二人とも殺そうっていうのか?

 お前たちは、クラピカが憎くてたまらない相手であっても誠実にちゃんと返そうとしてるのに、団長も、団長を絶対に取り戻したい人の気持ちも見殺して、二人を殺す気なのか!?」

 

 ソラを初めからずっと抱きかかえたまま、絶対に旅団の誰にも指一本触れさせない、ぶつけられる殺気も跳ねかえすと言わんばかりの強い意志を込めた目でゴンはフィンクスを睨み付け、叫ぶ。

 

 パクノダは団員にメモリーボムを撃ち込んだが、ゴンには撃ち込んでいない。

 あの抜け目がない鎖野郎は、団長誘拐を成功させた時のように自分の言葉のどこかに何かヒントをちりばめている可能性があったので、ゴンには何もまだ情報を与えていないのだが、団員たちの会話で多少の事情は把握したらしく、クラピカが提示した旅団側にとっても極端に不利ではない条件をのまず、クラピカとソラを確実に殺そうとしていることに対してキレた。

 

 ゴンの唐突な剣幕に一瞬呆気にとられたが、フィンクスは不快そうに鼻を鳴らして「黙ってろ、ガキが! 助かりたくて必死か?」と吐き捨てるように言うと、ゴンは自分たちに巻かれた鎖を引きちぎった。

 オーラで筋力を強化したのではなく素の筋力で破壊して、それでもソラを手離さず、ソラよりも小さな体でソラを守るように庇うように抱きかかえたまま、ゴンはもう一度叫ぶ。

 

「自分の為に言ってるんじゃない! 取り消せ!!」

 

 そんなこと、子供だと舐めてかかり始めから眼中になかった者たち以外、誰にだってわかる。

 ゴンの目には初めから、自分たちが殺されるかもしれない不安や怯えなどない。今、彼の目に灯る光は死への恐怖を押し殺すための強がりなんかではなく、純粋な怒り。

 

「……お前たちは、クラピカにどうして恨まれているかも、クラピカにとってソラがどれだけ大事かも知っているのに……それなのにクラピカがどんな思いで団長を生かしているのかもわからないのか!?

 クラピカは! ソラと俺を助ける為だけど、それでも確実に助ける為にお前たちが俺たちに何かしないように、一番憎い相手を無事返すって言ってるのに! そうすればお前たちが俺達を返すって信じて誠意を見せようとしているのに、お前たちはクラピカの誠意を裏切って踏みにじるどころか、お前らの団長も見殺すのか!? お前は仲間の、『団長を助けたい』って気持ちまでも踏みにじるのか!?

 そんなにも、人質がいなくちゃ、クラピカの弱点がわかってなくちゃ戦えないのか!? 真正面からじゃ、クラピカにもソラにも適わないから、こんなことをするのか!?

 卑怯者!!」

 

 ゴンは怒りと、クラピカがきっと血を吐く思いで選んだであろう誠意が伝わらないことに対する悔しさで、目に涙をためて唇を噛みしめて叫ぶが、ゴンの言葉の大半は的外れだ。

 

 クラピカの「誠意」に関してはゴンの視点からだと真実だろうが、旅団の視点で見ると誠意でも何でもない。自分たちの捨てられない、自らを「幻影旅団」という蜘蛛の一部になると決めた動機である人間性に付け込んでいるようにしか思えない。

 

 団長を見殺すのも、仲間の気持ちも踏みにじるというのも、「幻影旅団」がどのような集団なのかを知らないからこそ言えることだ。

 フィンクスは決して、団長を見捨てたい訳でも殺したい訳でもない。

 パクノダを追うか追わないかという話をしていた時から、ノブナガやマチの気持ちが全く理解できていなかった訳でもない。むしろあれはクラピカを全く信用していないから、一人ずつおびき寄せられて殺されることを警戒していたからこそ、団長が殺されるリスクを承知で尾行しようとしていた。団長も、仲間も大切でない訳がない。

 

 ただ、このままクラピカに主導権を握られたままであれば、団長が解放されたとしてもまだ自分たちは相手の掌の上だ。

 それは自分たちの全滅は時間の問題としか思えないから、それこそ自分が蜘蛛の一部となると決めた、「クロロ(この男)についてゆきたい」という思いが無意味になるからこそ、団長自身の安否よりも団長が定めた掟を優先し続けているだけ。

 

 ゴンの言葉は大半が、言いがかりに近い的外れだ。

 ――――だが、

 

「フィンクス」

 

 フランクリンが静かに呼びかけ、そして言った。

 

「もうやめろ。そのガキの言う通りだ。このまま行かせてやれ」

「な……、オメーまで何言い出すんだよ!!」

 

 フィンクスの意見に賛成はしなかったが、反対もせずに考え込んでいたフランクリンが、少しだけスッキリしたような顔で息をつき言い出したセリフが信じられず、せっかくため込んでいた腕のオーラを解いて問い詰める。

 

「フィンクス。俺達にとって最悪なのは、団長が死ぬことでも予言通り蜘蛛の足が半分になることでも、こいつらに逃げられてせっかく手に入れた情報も対策取られて無意味になることでもない。

 俺達とっての最悪は、俺達が全滅して旅団(クモ)が死ぬことだ」

「……そうだ。だからこそ、今ここで鎖野郎もこの女もちょろちょろと嗅ぎまわて邪魔したガキどもも全部ぶっ殺すって言ってるんだろうが!」

「それを『今』しないと、旅団(クモ)は死ぬのか?」

 

 フィンクスの問いにフランクリンは改めて、幻影旅団としての絶対的な掟は何の為にあるのか、旅団にとっての最悪とは何なのかを語ると、そんなことわかりきっているからこそ強硬手段を取ろうとしているフィンクスは苛立って怒鳴りつける。

 その怒声をまっすぐに受け止めて、フランクリンは逆に尋ね返す。

 

 尋ね返されて、思わずフィンクスは呆ける。フィンクスだけではなく、旅団のほとんどがフランクリンのセリフの意味が良く理解できていないのか、同じように目を丸くしている。

 

「フィンクス。お前の言う通り、鎖野郎もそこの二人もほっとけばいつか必ず俺達を殺す、旅団(クモ)の天敵だ。

 だが、『今』確実に殺しておかないと旅団(クモ)は死ぬほど絶望的な状況か? 違うだろ。例え鎖野郎がパクノダに語った条件が全部嘘で罠だったとしても、パクノダだけが人質を連れていくのなら、犠牲は団長とパクノダだけで済む。

 罠だったら、欠けたメンバーを補充してまた旅団(クモ)としての力を蓄えたらいい。除念師探しをしなくていいだけ、ひょっとしたらこの方が俺達にとっては都合がいいかもしれねぇ。

 

 お前のしようとしていることが一番手っ取り早くて正しいのかもしれない。だが、このままなら納得しきれない奴はお前に協力なんかしねぇ。無理やり協力させたところで、上手く連携なんかとれねぇし、余計にこじれてそれこそ決定的に旅団が崩壊するかもしれねぇ。

 それなら、いっそのこと問題なんか先送りにしてしまえ。罠だったらお前の意見に納得しなかった奴が次からは文句は言わなくなるだろうし、罠じゃなけりゃそれこそ状況は五分五分だ。鎖野郎たちを今度こそ出し抜くチャンスは今に限らずある。

 

 ……何より、フィンクス。俺達の団長は今、リスクを背負って犠牲を覚悟して助け出せないのなら見殺すしかない程に頼りない相手か?

 このガキの言う通り、俺達は人質がいて弱点が確実にわかってる相手じゃないと戦えない臆病者で卑怯者なのか?」

 

 そこまで言われて、フィンクスはようやくフランクリンは何故、ゴンの言葉を肯定したのかを理解して、フィンクスは決まり悪げに舌を打った。

 

 ゴンの言葉のほとんどが見当はずれだが、一つだけ正しかった。

 人質がいなければ、そしてその人質が弱りに弱りきっていなければ、相手の弱点がわかっていなければ戦えない卑怯者なのか? という言葉は正しい。

 今このタイミングで、この状況でクラピカを殺すことを固執するのは、そのゴンの問いに肯定するも同然だ。

 

 別に旅団の誰もが、「正々堂々」なんてものに興味ない。目的のためなら手段を選びやしない。

 だけど、これは手段を選ばざるを得なかった。

 団長を無事解放するという条件を出されているのに、それが罠である可能性は低いというのに、それなのにリスクを背負ってでも、この上なく卑劣な手段でクラピカを殺そうとするのは、団長を生かして開放してもらっても、これ以上に自分たちに有利な状況は、クラピカやソラ達を殺すチャンスは今後ないと言っているも同然だから。

 今を逃すと、クラピカ達を殺す自信はないといっているようなものだから。

 

 それは自分たちどころか、団長も、そして幻影旅団そのものをあまりも軽んじて侮辱している。

 

 頭に血が昇って、自分たちにとって有利な人質(切り札)をドブに捨てるような真似をすることや、とにかく鎖野郎の計算通りに事を進ませるのが耐えられなかったあまりに、パクノダが一人で鎖野郎の元へ向かって行った時に自分たちを止めたノブナガやマチ達以上に旅団を侮辱する提案をして、そしてそれが原因で内輪もめなどという、旅団に対して最大の裏切り行為に近い真似をしていたことにフィンクスはようやく気付いたらしく、彼は決まり悪そうに頭をバリバリと乱暴に掻き、パクノダに「勝手にしろ!!」と言い捨てた。

 

 フランクリンの言葉で、フィンクスの意見に賛成していたフェイタンも不満そうだが納得して引き、他の迷っていた連中も再びクラピカの指示に従うという結論でまとまった。

 

「そう。じゃあ、連れて行くけど……この子はどうしようかしら?」

 

 意見がようやくまとまった事にホッとしつつも、それならそれで一つ問題が発生することに気付き、パクノダはソラを抱きかかえるゴンの前でちょっと眉をひそめた。

 未だ人形のように、死体のようにピクリとも動かずに眠り続けているこの女を、どうやって運ぼうかとパクノダは悩む。

 

「俺が抱えて運ぶよ!」

「そうしてくれるとありがたいけど、この子あなたよりだいぶ背が高いから、“絶”で気配消してても勘のいい人間に見つかったら目立って面倒なのよね。だからといって私は片手をあなたの友達に折られたから、背負うことも出来ないし……」

 

 パクノダが何に思い悩んでいるかを察したゴンが、やはりソラを庇うようにしっかり抱きかかえたまま宣言するが、正論で「無理がある」と一蹴された。

 他の連中も、後はゴンとソラを指定された時間までに連れていけばいいだけ、そして時間に余裕がまだあるのもあって、今まで緊張しっぱなしだった反動からか軽いノリで、「台車ならそこにあるから、それに乗せたら?」「パクとその子で両手足もって運べば?」などといった、ふざけているのか本気なのか不明なことをそれぞれ言い出す。

 

 悪ノリしてないで少しは真面目に考えろとパクノダが呆れながら言いかけるが、その前に彼女は言った。

 

 

 

「問題ないわ」

 

 

 

 凛とした声音が、アジトにやけに響いた。

 その言葉の直後、ピクリとも動かなかった繊手が動き、自分を抱きしめる、抱きかかえるゴンの手に触れて彼女はもう一度、優しく言った。

 

「大丈夫。――もう、()()()()()()()

 

 寝起きにしてはかすれてもいない声だが、意味不明なセリフに「この女、寝ぼけてるのか?」とフィンクス、フェイタンは苛立ち、フランクリンとボノレノフは呆れる。

 

 ノブナガとシズク、コルトピは何かが頭の端で引っかかった。だが、その違和感の正体どころか出所さえもつかめず、ただ首を小さく傾げた。

 

 シャルナークとパクノダ、そしてマチは顔色を変えた。

 背中に走る悪寒の正体は、わからない。ただ、本能が訴えかけてくる。

 理屈ではない、ただただ「それ」が怖かった。

 

 そして……ヒソカに扮したイルミは出かかった声を飲み込む。

 飲み込んだ言葉は消化されない。胸の中で、さらに増幅していく。

 

 そしてゴンは…………重ねられた手を小刻みに震わせて、理解出来ないものを見るような困惑、そして人質として数時間ここで圧倒的強者に囲まれ続けても全く見せなかった恐怖に染まりきった顔で、唇を戦慄かせて彼は自分の腕の中にいる人に訊いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――誰?」

 

 * * *

 

 ゴンの腕の中から身を起こし、離れて「彼女」は微笑んだ。

 

 花のように柔らかく

 

 星のように煌びやかに

 

 月のように優麗で

 

 宝石のように豪奢に

 

 春の桜のように儚げでありながら

 

 夏の青空のように澄み渡り

 

 秋の紅葉のように落ち着いていて

 

 冬の雪のように玲瓏な

 

 この世の美しいもの、特に女性に例えるにふさわしいもの全てによく似た笑みだった。

 

 どのような文化圏でも共通認識として「女性らしい」「女性として好ましい」と思えるような、淑やかで嫋やかな動作で笑っていた。

 

 その笑みは童女のようにあどけなくも見えたし、美しく正しく歳を重ねた老女が何かを懐かしんで慈しむ笑みにも見えた。

 

 そんな笑顔を、ゴンに向ける。

 

 誰よりも何よりも女性らしい、美しい、笑顔で。

 

 花にも、

 星にも、

 月にも、

 宝石にも、

 春の桜にも、

 夏の青空にも、

 秋の紅葉にも、

 冬の雪にも似ていながら

 

 それら全てが穢れて朽ちて壊れて奪われて失って死に果てたのを見てきたかのような、諦観を湛えた絶望をその眼に、蒼天の美色に宿した「彼女」は言う。

 

()()()()()







 蜘蛛の手足の半分が
 蒼玉の防人達に捥がれるだろう
 それでも貴方の優位は揺るがない
 空の女神が目覚めぬ限り




















 (から)の女神が目覚めぬ限り







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