死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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88:今はない未来のお話

 アジトを出て、ふとパクノダはこのままこの二人を連れていけば最大の問題にぶち当たることに気付き、彼女は振り返って言った。

 

「ねぇ、このまま『貴女』を連れていったら、鎖野郎に何か誤解されそうなんだけど?」

「あ……」

 

 パクノダの言葉にゴンも今気付いたのか間抜けな声を上げて、困ったように隣りの手を繋いでいる「空」を気まずげに見上げた。

 彼女の言う通り、パクノダに課された条件は「細工なしにソラとゴンを0時までのリンゴーン空港まで連れてくること」なので、パクノダはちゃんとその条件を守っているのだが、この「空」を連れて行けば間違いなくややこしいことになる。

 なのでパクノダは言外に、「運ぶのは面倒だけど、鎖野郎に難癖つけられるよりはマシだからさっさと寝ろ」と言っているのだが、言われた本人は相変わらずおっとりと上品に、そしていけしゃあしゃあと答える。

 

「大丈夫よ。対面するどころか、飛行船の中から空港にやって来た私を見た時点でクラピカは、私が『ソラ』じゃないことに気付くけど、問題ないわ」

「どこに安心しろと!? というか、鎖野郎はその時点で見分けがつくの!?」

 

 何一つとして安心できる要素のないことを言い放った、性悪なのかただの天然なのかよくわからない女神にパクノダは素で突っ込む。

 確かにソラともほんの数十分ほどの付き合いしかないパクノダでも、彼女達の見分けは簡単だ。

 言葉使いや表情と言ったわかりやすい差異も、そして決定的な違いであるこの眼が見えなくても、あまりに自然体でありながら女性美の象徴のような立ち振る舞いだけで違和感を覚えることは、付き合いが長ければ長いほど簡単だろう。

 

 が、それでも空港に来た人間を飛行船から見ると、窓から見える距離では小人サイズだ。

 ちょっと背格好が似てる人間を見分けるのも難しいほどの距離で、外見そのものに変化がない相手の「中身」が違うと気付けるクラピカに正直言ってパクノダはちょっと引くが、あの飛行船内でのやり取りやソラからの記憶のクラピカを思い返せば、「あいつならできるわ。それぐらいこの子の事が大好きだわ」と納得してしまう。

 

 そんなどうでもいいことを考えていたら、「空」にクスクスと童女めいたあどけない仕草で笑われて、意味もなくからかわれていたことに気付き、パクノダは少し顔を赤らめる。

 ただでさえ「ソラ」の時点で訳の分からない人間なのが、こっちの「空」は本人の言うことを信じれば、何もしたいこともしたくないこともない、何もかもが無意味だと思って絶望しているからこそ行動原理が全て「なんとなく」の気まぐれでしかないので、ソラ以上に何を言い出すかやらかすかが全く予想がつかないことを改めて思い知らされた。

 

「そ、『空』! 何で大丈夫なのかを教えてあげて!」

 

 挙句の果てにゴンに話を本筋に戻されるというフォローをされて、むしろ余計にパクノダはいたたまれなくなるのだが、やはり女神は人間の反応をいちいち気にしたりはせず、即答する。

 穏やかで柔らかい声音でありながら、回答集でも読み上げているような虚ろな言葉で。

 

「彼はカルナのことを知っているから、旅団がソラを“念”で操作してるよりもカルナと似たような状況である可能性を先に考えるわ。

 というか、操作してるのならもう少しばれないように動作とかに気を遣うし、それが面倒なら寝てるソラを連れて来ればいいだけなんだから、あからさまな所作の違いを見たら操作されている可能性は逆に低いと彼は判断するから、団長の心配はしなくていいわよ」

 

 やはり「彼女」は、自分では否定していたがパクノダの認識では「神様」の名にふさわしい。

 癪だが「空」が語った、「大丈夫」の根拠に納得してしまった。

 確かに、もしもシャルにでもソラを操作してもらうのならば、クラピカを確実に殺す為、彼の間合いに操作しているソラを潜り込ませる為に、言動に違和感を覚えさせないよう細心の注意を払って操るよりも、寝てるソラをそのまま送り込んだ方が手っ取り早いし、違和感に気付かれる可能性もかなり低くなる。

 

 それぐらい向こうも思いつかないような男なら、今現在の屈辱はない。

 まず間違いなく「空」の言う通り違和感だらけの「空」を見たクラピカは、パクノダが条件を破って何らかの細工を施した可能性より、カルナのことを知っているのなら「またか、こいつは!」とソラ側に原因があると思うだろう。

 仮に操られていると思っても、その操作を解除できる可能性が残っているのなら、解除させるための交渉に有効な団長を殺しはしない。そこでキレて短絡的に団長を殺す程、バカな子供ではないこともパクノダはあの飛行船内で思い知らされている。

 

 パクノダにとっては自分で歩いてくれるのは楽なのだが、それでもこの女神と一緒なのは色んな意味で気が休まらないので、さっさと眠るなり消えるなりしてほしかったのだが、どうやら本人は消える気なく、意味などないのにソラの頼みごとを行うために「空」のままクラピカの元に行くつもりらしい。

 

 ソラが何を望んでいるのかなんて、「彼女」に何を頼んだのかなんて知りたくないのでパクノダは訊かない。

 ソラは団長など眼中にないと「空」は言っていたし、言われるまでもなくパクノダも知っている。だから、団長に何かするつもりがないのなら訊く気はない。

 

 聞きたくも、知りたくもなかった。

 知ってしまえばきっと、自分はノブナガよりも彼女に対して面影を見てしまうことが予想づいたから。

 

 ウボォーギンの面影を、そして他の仲間の面影もきっと見てしまう。

 仲間の為に、誰かの為に、傍から見たら意味がないものを守るために足掻き抜くその生に感情移入してしまいそうになるから、パクノダは訊かない。

 

 ソラが何を望んでいるのかなんて聞きたくなかった。知りたくなかった。

 けれど、訊いた。

 どうしても気になった事を一つだけ、パクノダは尋ねた。

 

「……どうして、あなた達は逃げないの?」

「無意味だから」

 

 パクノダの問いに「空」はこちらを見もせずに相変わらずの即答をし、そしてその答えにゴンが噛みついた。

 

「無意味じゃないよ! 逃げないのは、俺もソラもクラピカの仲間で、クラピカを大切に思っているからだよ!!

 クラピカに人殺しなんかしてほしくないから、だからクラピカがちゃんと約束を守るように俺たちはパクノダと一緒に行かなくちゃいけないんだ!!」

「別にこのまま私があなただけを連れて帰っても、クラピカはクロロを適当な所に放置するだけで殺しはしないわよ」

 

 しかし、ゴンの答えにも「空」は同じ様に、彼の方を見もせずに即答した。

 見てきたかのように、見飽きたように淡々と女神は告げる。

 

「あなたが望んでいるように、クラピカだって人殺しなんかすることを望んでないわ。特にソラが『私の所為でクラピカが手を汚した』と思わせるような殺人は絶対に犯さない。

 だからここで勝手にクラピカの元まで帰っても、パクノダと一緒に帰っても、あなたとソラが無事戻ってくるのなら、そしてクロロを殺さないと何も解決しないという事態に陥っていない限り、彼はクロロも、誰も殺さない。

 だから無意味。今更どう行動して未来を分岐させても、『クロロ=ルシルフルは無事に解放されました』という結末に収束するだけだから」

「……あ、そういう意味で無意味って言ったんだ」

 

「空」の答えにポカンとしてから、困ったように曖昧にゴンは笑って納得した。

 困惑しつつだからどうしてもやや引き攣った変な笑みになってしまったが、それでも「空」の言葉は嬉しかった。

 だから彼は、「空」の手を少し強めに握って言う。

 

「……でも、やっぱり無意味じゃないよ。

 少なくとも、このまま『空』がパクノダを置いて、クラピカが旅団と交わした取引を……約束を破って帰ったら俺は、あんなに悔しい思いをしてもクラピカとの取引に応じた旅団を一方的に騙して裏切ったって思って、悪いことしたってずっと思ってしまうから、だから『空』も旅団との約束を守ってくれるのは、俺は嬉しいよ! 無意味なんかじゃないよ!!」

「そう。でも、パクノダとしてはいっそ今すぐに逃げ出してほしいってところでしょうね」

「え?」

 

 ゴンがなんとなくでも、気まぐれにすぎなくても、「彼女」にとってそこに意味などなくても、それでも同じ未来に至る別の行動という選択肢の中で、「勝手に帰る」のではなく「取引の条件通りに行動する」を選んでくれたことを本心から喜んでいたが、ソラは相変わらず彼の方を見もせずに言った。

 

 言われて、ゴンは見た。

 

 自分で自分の問に後悔するような、俯いて唇をかみしめるパクノダを見て、彼は自分の言葉の何が悪かったのはわからなくても、自分が彼女を傷つ付けた事だけは即座に理解してそのまま言葉を失う。

「ごめん」という言葉は出てこなかった。それは口にする前から、パクノダが拒絶していた。

 

 謝罪の言葉など聞きたくなかった。

 ゴンが悪くないから聞きたくないのではなく、味方でも仲間でもないのに謝られるのが耐えられなかった。

 自分に良心なんてものがあるとは思っていない。だからこの痛みも苦しみも、自分の未熟さと愚かさの所為だとパクノダは自身に言い聞かせる。

 

 ウボォーギンのように、自分たちの仲間のように、仲間の為に自身の不利益になることさえも躊躇いなく選んで行動なんかしないで欲しかった。

 旅団(仲間)だけいれば十分なのに、団員でもないのに自分の心の延長線に、感情移入してしまう対象にならないで欲しかった。

 

 意味など見出していない、気まぐれにしか過ぎないのなら、「彼女」の言う通り今すぐに逃げ出して、旅団(自分たち)を裏切って欲しかった。

 躊躇いなく憎める対象になって欲しかった。

 

「……フィンクスに逆恨みしてしまいそうね」

 

 ぼそりと呟いて、パクノダはそのまま歩を進める。

 団長はともかく、旅団としては犠牲者が出ないこの「空の女神」が目覚める道筋の未来を歩んだことが結果として最良であったと、今は認めている。

 しかし、パクノダの内心は自分らしくない、いや幻影旅団という大蜘蛛の一部となったことで封じたはずの、パクノダ個人としての意思や感傷で荒れ狂っているのを感じると、「改変の余地があった」と「彼女」が語ったのもあって、「彼女」が目覚めるか「防人」が目覚めるかという分岐点の決定者だったフィンクスに、自分もソラやゴンに危害を加えるのを止めていた中の一人なのに、理不尽だとわかっていながら「どうして諦めた?」という思いが零れ落ちた。

 

「そうね。あなたにとって……、旅団(あなた達)にとってはカルナが目覚めて、そして5本の足が欠けた方が望ましかったでしょうね」

 

 自分で愚痴っておきながら、これも理不尽だと自覚していながら、パクノダが「空」の言葉に反感を覚え、振り返る。

 まるで仲間や自分が死ぬことを望んでいるような発言が、酷く気に障った。パクノダが現状より防人が目覚める未来の方が良かったのかもという希望を抱くのは、それに改変の余地があると「彼女」が言ったから、自分たち旅団がこれ以上誰も欠けることなく、パクノダが胸の内に迷いを抱え込むこともなく、クラピカ達を追いつめることが出来たかもしれないという未来があったと言ったから、それに期待したということを主張するために振り返り、唇を開く。

 

「――パクノダ。答え合わせをしましょうか。

 あなた達はネオン=ノストラードの予言をどう間違えていたか、本来はどのような意味だったのかを教えてあげる」

 

 しかし、その唇に嫋やかな指先が触れて、閉ざす。

 1メートル以上は距離を開けて歩いていたというのに、いつのまにかあまりにも至近距離に「女神」はいた。

 

 そして「彼女」と手を繋いでいるゴンは、パクノダと同じ顔で「彼女」を見上げている。

「いつの間に!?」と言いたげに彼は、眼を見開いていた。

 

 そんな二人の反応を歯牙にもかけず、「空」は子供に何かを教える大人のように、悪戯でも思いついた子供のように笑いながら……、わかりきった結末でも見るような虚ろな眼……諦観の絶望を湛えた眼で告げる。

 

「『今』を悔やんでいるのなら、教えてあげる。

 今はもうない、通り過ぎた未来。世界の滅びを加速させた剪定事象(みらい)の話をしましょうか」

 

 * * *

 

 パクノダの唇から指を離し、彼女の答えなど聞かずに「空」は、ゴンを連れたまま先に勝手に進み、話も勝手に始める。

 

「カルナが目覚めるのは、さっき話した通りフィンクスがあなた達の説得に耳を貸さず、ソラかゴンに危害を加えようとするかどうかよ。

 あなた達が思うほどソラとカルナの人格交代は難しくないけど、オーラをほぼ使い果たしていたから、ギリギリまでカルナはソラの体を使いたがらなくって、本当に危害を加える直前に替わって飛び起きて、オーラ節約で器用に最低限の“纏”で顎に掌底で迎撃をしてくるから、フィンクスも完全に予想外でもろにくらって、そのまま次の日の昼ごろまで目覚めないわ」

 

 まるで見てきたかのように、起こっていないはずの未来を語る「空」に、パクノダは何かを言いかけるが言葉にはならなかった。

「やめて」と言いたかったのか、それとも話を先に促したかったのかわからない。

 

 仲間が死んでいく未来など、今はもうないと確定していても聞きたくなんかないは確かな本音だが、しかしたとえもうない未来でも知りたいことがあるのも本当。

 ……自分が、未来予知による情報など何もなかった状態でその「未来」を歩んでしまった場合、どちらを選んだのかが気になった。

 

 諦観か、誇りか。

 どちらを選んだのかを、知りたかった。

 

「……あの、ごめんちょっといい? 訊きたいことがあるんだけど……」

 

 しかしパクノダが話を止めるか促すか迷っている間に、ゴンが手を軽く上げて話の腰を折る。

 折られたが、迷ったままのパクノダにとっては良い時間稼ぎになるので、そのまま彼の疑問を続けさせた。

 

「……カルナって、もしかして『あの』カルナさんのこと?」

 

 だがその質問はやや予想外な方向性だったので、パクノダの方もそちらが少し気になった。

「カルナ」という名に、アジトで「空」が何者かと騒いでいた時からゴンが反応していたことには気付いていたが、それは「誰それ?」という意味合いでの反応だと思っていたパクノダだが、どうも彼には心当たりがあったらしい。

 けれど彼の明らかに戸惑っている反応からして、ソラと人格交代したカルナと会ったことはないのも明白。

 

 ならどんな繋がりでカルナという人物を知っているのかとパクノダも疑問に思い、「空」の答えに耳を傾けると「彼女」はしらっと即答する。

 

「えぇ。あなたの知っての通り、とりあえず目からビーム出すあのカルナよ」

「「出すの!?」」

 

 そして素で突っ込んだセリフがハモる。

 既にインパクトしかないこの情報の洗礼を受けて言ったはずのゴンでも、話の流れからしてカルナはソラの体を使って、今の「空」のような状態で現れると理解している為、「ソラの体でも目からビームを出す」と微妙な思い込みをして、思わず突っ込んだ。

 

 しかしさすがのソラでも「お前は何を言ってるんだ?」と突っ込まれたら、「私だって言いたかないわ……」と項垂れて返答するほど脱力物な情報を、「空」の方は全く気にした様子もなく普通に肯定する。

 

「出すわよ。というか、威力は段違いでしょうけどあれくらいなら変化と放出を応用すれば、別にカルナじゃなくてソラの人格でも再現できるわよ」

「「しなくていい!!」」

 

 間違いなくソラと同一人物だと確信させる斜め上を発揮する「空」に、今度は二人して止められると「空」はしれっと、「言われなくても、さすがにソラもしないわよ」と言い切る。

「じゃあ何故言った?」とパクノダが苛立ちながら思ったが、それは口に出さない。

 その答えなど、「意味や理由なんかない。ただ何となく」でしかないことくらい、既に分かっているから言わない。

 

 ゴンの方も少し「空」のつかみどころが皆無な会話に疲れた様子を見せつつも、「……どうしてカルナさんがソラと二重人格みたいな状態になってるの?」と尋ねるが、それに関して「空」は答えてくれなかった。

 ニコリと優しげに女神らしい微笑を浮かべるが、その笑みにだって「笑って誤魔化そう」という意図すらない。ただ条件反射のように笑って、「その説明はまだもう少し後で」とはぐらかした。

 

 さすがにここで、旅団(自分)の前で、この女神よりはマシだろうが十分反則であるカルナがソラに憑いている理由を語りはしないかと、ほんのわずかに抱いていた期待をため息にしてパクノダは吐き捨てた。

 そして「空」は、ゴンの質問の答える代わりに話を続けた。

 

 パクノダは止めなかった。

 積極的に話を先に促すほどではないが、止めはしない程度に稼いだ時間で天秤は傾いた。

 仲間がどのような死を迎えたのかという、確かにあった未来を拒絶することより、自分が選んだものを知りたいという願望に秤は傾いた。

 

「フィンクスを気絶させたら、そのまますぐにカルナはゴンを抱えてアジトから逃げ出すわ。でも彼とソラはしてないよりはマシ程度にしか記憶を共有してないから、ゴンを抱えて逃げながら、自己紹介してどういう状況かを訊いて来るわね。

 

 そして、ゴンと一緒に逃げ出したカルナを追いかけるのが、ノブナガとフェイタンよ」

 

 旅団の一人、それも戦闘要員を即行で戦闘不能にしておいて、それが誰で何者であったのかもよくわからず逃げながらカルナが尋ねてくるということを知らされて、ゴンは「どう反応したらいいかわからない」と言いたげな、非常に微妙な表情を浮かべる。

 パクノダの方も初めはゴンと同じような顔をしていたが、仲間の名前を出されて表情は強張る。

 

 何の根拠もない話だから、信じたくなければ信じなければいいだけなのに、納得してしまう。

 その状況で、フィンクスが一撃で戦闘不能になった挙句にその犯人が逃げ出したのなら、真っ先に行動して攻撃を仕掛けるのも追跡するのも、この二人だ。

 

 ウボォーギンが死に、フィンクスも行動不能になれば、自由に動ける戦闘要員はこの二人と、フランクリン、ボノレノフくらいになるが、後者の二人はおそらく「空」が語るような状況になっても、前者二人と同じような行動は取らない。

 フランクリンの能力は仲間が近くにいる状態で使えるものではないし、ボノレノフは戦闘の前準備として、自らの体で音楽を奏でなければならないので即座に攻撃は出来ず、そして追跡もノブナガ達二人だけではなくフランクリン達まで追跡してアジトを離れたら、後方支援特化のメンバーばかりがアジトに残ることになるので、あの二人はその後方支援メンバーの護衛として、その場に残るくらいの冷静さを絶対に失わない。

 

 だからこそ、カルナを追跡する二人の結末が予想出来た。

 

 けれどあの二人は、フィンクス同様に頭に血が上りやすい、短気で止める者がいなければ暴走する二人。

 そして何より、ノブナガには「死の予言」が出ていた。

 フェイタンはデータ不足で占えなかったうちの一人だ。

 

「……あの二人は、カルナを追って返り討ちに遭って死ぬってことね」

 

「空」の口から語られると、それはもう起きないと確定したはずの未来でも、まるですでに起こったしまった末路のように感じる気がしたから、パクノダが先に想像もしたくない「未来」だったものを口にする。

 だけど、この女神はどこまでも残酷だ。

 

 

 

「『霜月の影と仇を追い続けた睦月は

 迷いの果てに焼き尽くされる

 仇を見失ってはいけない

 迷い、間違えた道の先に太陽があるのだから』

 

『防人を追ってはならない

 質問に考えてもいけない

 どちらもせめて孤独であるべきだ

 貴方が睦月を焼き殺す太陽になってしまうから』」

 

 

 

 * * *

 

 パクノダの問いに「空」は同意でも否定でもなく、歌うように口ずさんだ言葉にゴンは意味が分からず、首をかしげる。

 そしてパクノダは、前半はわずかに顔を強張らせる程度で済んだが、後半で「なっ……」と声を上げたきり絶句してしまう。

 絶句するパクノダを振り返って眺めながらクスクスと無邪気そうに、だからこそ誰よりも何よりも残酷な笑みを浮かべて、答える。

 ただわかっていることだけを、淡々と女神は教える。

 

「後半が、もし占えたら出たであろうフェイタンの占いの結果よ。

 カルナを追った彼らが返り討ちに遭うのは事実だけど、カルナは積極的に誰かを殺しなんかしないわ。彼は戦うのは好きだけど殺生は嫌っているし、ソラが望んでいないのならなおさらに、どれほど不利でも殺しなんか絶対にしない。

 

 だから、二人を殺すのは彼ら自身。

 ノブナガは、追うはずだった『仇』を間違えたことに絶望して、フェイタンは自身の存在意義を否定されたことに怒り狂って、だから死ぬの。

 フェイタンが怒りのあまりに自分の能力をコントロールしきれず暴走して、自分も仲間も焼き尽くして二人とも死ぬのよ」

「有り得ない!!」

 

 ソラの答えに絶句していたパクノダが、悲鳴のような声で否定する。

 雨の所為だろうが、ゴンにはその顔が泣いているように見えて、彼は状況がよくわからないままに何とか宥めようと口を開くが、彼が何かを言う前にパクノダが矢継ぎ早に叫ぶ。

 

「有り得ない! 確かにフェイタンの能力は周りを無差別に巻き込むものだけど、そんなのノブナガは知ってるから、巻き込まれる前に離れられるわ!」

「ノブナガは足を負傷して、自力でフェイタンの攻撃有効範囲外まで逃げだすことが出来なかったのよ。そして、カルナがゴンと一緒に逃がそうとしたけど、それを拒絶した。

 フェイタンの死は事故だけど、ノブナガはほぼ自殺ね」

「だからそれが有り得ないって言ってるのよ!!」

 

 パクノダが「空」の語る、分岐して進まなかった未来が有り得ないと叫ぶ根拠を、「空」はやはり即答で否定する。

 だが「空」に否定されて補足された答えもパクノダが即答で否定して、受け入れない。

 

「足を負傷して逃げられなかった」という情報で、フェイタンの能力に巻き添えになってしまうということは、悔しいが納得した。

 ソラの為にオーラを極限まで節約した状態かつ、ゴンを守りながら殺す気満々の相手二人を殺さないように戦うのなら、まず真っ先にどちらか一人の動きを止めるために、足を狙うのは当然。

 そして接近戦のタイマンには強いが、お世辞にも小回りが利くタイプではないノブナガの方が、フェイタンより狙いやすいだろう。

 

 だから、百歩譲ってフェイタンの能力に巻き込まれてノブナガが死ぬというのは認めるが、だけど絶対に認めない。

 ノブナガの死が、自殺同然だったという事だけは認めない。

 

 彼の性格からして、自分も逃がそうとするカルナの行動が本物の善意かそうでないかなど関係なく、この上ない屈辱に感じるのは間違いないが、だからといってそこで意地だけで拒絶して死は選ばない。

 そんなに諦めの良い男なら、「空」に向かって自分がたった1秒の時間を稼ぐ駒になる為の啖呵なんか切らないし、そもそもカルナだってきっと追わない。

 

 拷問されて助けを期待できない、むしろ仲間が助けに来た方がヤバいという状況ならば自ら死を選ぶだろうが、「空」が語るような状況ならばノブナガも、そして旅団の誰もが助けようとしたカルナの差し出す手を掴む。

 その差し出した手を引いてしがみつき、その場にカルナを自分ごと留めてフェイタンに焼き尽くしてもらうか、それとも効果範囲外まで逃げた瞬間、密着しているのをいいことにカルナに攻撃を仕掛けるかは人それぞれだが、とにかくカルナの手をただ拒絶して、その場に一人留まって死ぬのは有り得ない。

 

 死ぬにせよ生きるにせよ、ノブナガは絶望なんかしないで足掻き抜くとパクノダは主張するが、そんな主張はとっくの昔に否定されていた。

「空」だけではなく予測と確定の未来視でもわかるほどに、彼の絶望は決まりきっていた。

 

「そうね。予言がなかったらまだ諦めなかったもしれないけど、予言を知った上で予言通りになってしまったのなら、もう彼は折れるわよ。忠告されていたのに『仇』を間違えてしまったことを、彼は親友が大好きだからこそ自分が許せなくて、足掻く気力を失ってしまうわ」

 

 パクノダの主張の肯定し、だからこそノブナガは絶望するのだと、「空」は歩きながら朗々と彼女の主張を否定する。

 これ以上なく癇に障るその言葉に、自分以上に自分の仲間を、幼馴染を知っているかのような言い草にパクノダの頭に血が上り、「一体いつ、ノブナガが『仇』を間違えたっていうのよ!」と叫べば、「空」は嘲弄するでもなく、憐れむでもなく、無知さえも愛おしげに笑い、無知であることを「仕方がない」と諦めている眼で即答する。

 

「初めからよ。

 彼が『ソラでもカルナでも殺す』や、『カルナだからこそ殺す』というつもりで、カルナを追って殺そうとしたのなら何も間違えていないけど、彼は『ソラではなくなったから殺そう』としてしまった。

 ウボォーギンを殺したのは確かにこの体だけど、カルナは直死なんか持っていない、ウボォーギンを殺してくれとソラに頼んだ訳でもない、ただ一時的にこの体を使っているだけの他人に過ぎないのに、彼はカルナを『仇』と定めてしまった。

 彼は仇本人であるソラは殺したくないから、親友の面影が全くない、赤の他人であるカルナを代わりに殺そうとしてしまった。

 

 そしてそのことをカルナに指摘されたから、ノブナガの全ては折れてしまうの。

 仇はあくまでもソラなのに、ソラだと殺せないのに中身がカルナに変わったら殺せるってことは、彼がしていることは仇討ちでも何でもない、ただの憂さ晴らしでしかない。

 ただでさえウボォーギンは仇討ちを望むような屈辱的な死に方ではなく、満足して潔く死んだというのに、死んだ彼に未練たらたらな挙句に、親友を言い訳に仇本人ではなく、別の相手を憂さ晴らしの八つ当たりで殺そうとして返り討ち。しかも相手が全然本気を出していない、手も足も出せないほどの実力差があったことも思い知らされて、最後は本物の善意で助けようとされたら、もうその善意を利用して心中を試みる気だってなくなるわ。間違いなく、それだって失敗するのが目に見えているんだもの」

 

 頭に昇っていた血があげていた熱を、「空」の言葉が氷水のように急激に冷やす。

 認めたくない、否定したいのに、否定の言葉など出てこない。

 あまりに鮮明に、冷えた頭が描いた。

 

 仇でも何でもない、関係などない人間を殺すことにノブナガはもちろん、旅団はそんなことに罪悪感を懐かない。

 けれど、罪悪感そのものがない訳ではない。自分にとって大切な人に対してなら、確かにそれはある。

 

 ノブナガは自分も一緒に鎖野郎のリベンジしに行かなかったことを後悔し、その所為でウボォーギンが負けて死んだという罪悪感を懐いているからこそ、あの復讐心だ。

 だけど、その復讐の対象に見てしまった。

 未練がましく取り戻したいと願う、親友の面影を色濃く見てしまったノブナガは、迷いを懐いてしまった。

 そして、その迷いが仇を見失わせて、間違えた道の先に導く。

 

 ソラでありながらソラではない、ウボォーギンの面影を持たない者、カルナを仇と定めて殺そうとしてしまった弱さが、彼の死を決定させてしまう。

 

 関係ない者を殺すことに罪悪感はない。

 だけど、ウボォーギンのリベンジという動機で相手を殺そうとしているのに、その相手は仇ではないと知りながらも仇だと言い張って殺すのは、復讐なんかじゃない。

「空」の言う通り、ただの憂さ晴らしの八つ当たりだ。そしてそれを「自分がしたいから」ではなく、「ウボォーギンの為」と言ってしてしまうと、彼の行動が親友の死を、死後の評価を貶めることになる。

 

 ウボォーギンの復讐を望む時点で、満足して潔く死んだ親友が未練たらたらで死んだように見えてしまう。

 だからノブナガの復讐心自体がウボォーギンに対する侮辱だというのに、殺す相手が仇ではなく別人と言える相手ならば、それではまるでウボォーギンが「自分を殺した相手と似た者の存在すら許せない」という、狭量で陰険な男にしか思えない。

 

 絶対にウボォーギンを言い訳にして、親友の復讐としてノブナガはカルナを殺してはいけなかったのに、彼は「仇を討ちたい。けれど、親友に似たこの女は殺したくない」と迷いの果てに、「仇の体でありながら、親友の面影などない別人」という、本来なら有り得ない存在が現れたことで、彼はカルナを仇と定めて殺そうとしてしまった。

 仇を殺す言い訳も、影を殺さない言い訳も同時に手に入れてしまったからそれに縋り付いたけれど、それをカルナに見破られ、指摘されたことで突きつけられた。

 

 親友の死を悼んでいたからこそ供養のつもりの復讐心が、自分の喪失感を埋めるために親友をないがしろにしておきながら、親友を言い訳に使っている、ただの自分本位な憂さ晴らしに過ぎないことが、ノブナガの全てを折る罪悪感だ。

 

「………………っ!」

 

 反論の余地を全て奪われ……いや、初めから反論の余地などなかった。ただパクノダが無知だったから、反論の材料にならないものをなると思い込んで振り回していただけだと思い知らされ、パクノダはその場に立ち止って強く拳を握り、血がにじむほどに唇を噛みしめる。

 

「空」の言う通り、これは下手したら予言の内容を知らない方がまだ、ノブナガは生き残る可能性がある。

 知らなければ、復讐ではなく憂さ晴らしでしかないと指摘されて自分の身勝手さに死にたくなっても、そこまで身勝手なことをして汚した親友の名誉を挽回するために、ノブナガは自分を奮い立たせることが期待できるが、忠告されていたのにそれを見て見ぬふりをして、親友を言い訳に使っていたという事実を突きつけられたら、もう立ち上がれやしない。

 親友の名誉を無自覚ではなく、知っていながら見て見ぬふりをして汚していた自分を、ノブナガは許すことなど出来ない。

 

 だからこそ彼はきっと、死を選んでしまった。

 ウボォーギンの潔くて満足していた死を汚したのは自分だという証明に、あまりに旅団らしくない「諦めて死を選ぶ」という結末を迎えることで、「未練がましいくせに度胸がなくて、陰険で旅団らしくないのは、親友ではなく自分だ」という、自分がウボォーギンに被せてしまった汚名を自分が被り直して死ぬという罪滅ぼしを選んだ結果が、あの予言の内容だ。

 

 考えうる限りノブナガにとって最大の絶望であった未来が、見てきたかのように鮮明にパクノダの脳裏に描かれたから、彼女はその未来を回避したことに安堵することも出来ない。

 俯き、道の真ん中で立ち往生するパクノダにゴンは酷く痛ましげな眼で何も言えず、ただ見ているしかない。

「空」の方は相変わらず花にも星にも月にも宝石にも似た女神の微笑みで、決して憐れんでなどいない、ただ諦めた絶望の眼でパクノダを眺めながら、凛然と問う。

 

「どうする?」、と。

 

 顔を上げたパクノダに、実に愛らしく小首を傾げて慈愛と絶望が反発しわずに溶け合う奇妙な女神は、人間に尋ねる。

 

「まだ知りたい? あなた達の誇りが踏みにじられ、迷って、絶望する、今はもうない未来の話をまだ知りたいの?」

「ええ」

 

 パクノダの即答に、話の続行を望む言葉にゴンは眼を見開く。

 パクノダの様子からして、そしてもう回避した未来の話なんて意味はないと思っていたからか、ゴンは拒絶すると信じて疑っていなかったが、パクノダは諦観を湛えた絶望を刻むセレストブルーを真っ直ぐに見据えて答えた。

 

「話しなさい。私たちに訪れていたであろう未来を。もしかしたら、後回しになっているだけで、いつか訪れるかもしれない未来を。

 

 ……無意味だなんて言わせないわよ」

 

「空」に対して宣戦布告するように、睨み付けて続行を望む。

 

 思った以上に聞いていて気分が最悪になる話だと、ノブナガ一人分で思い知らされてた。

 だけど、だからこそパクノダはもう自分が選んだのは誇りか諦観かなどどうでもいいくらいに、他の連中の死がどのような経緯で訪れるものなのかを知ることを望む。

 

 知っていなくてはならない。

 だって、知らないままでいたらきっとノブナガは、別の機会でカルナと出会った時、同じ絶望を味わっていたかもしれない。

 

「空」が語った団長が盗んできた予知能力は、出揃っている情報から起こりうる一番高い未来を「予測」したものをベースにしている。

 つまりは予言の未来を回避しても、その未来に至ると思われた材料を抱えたままならば、その予言は後回しになっただけで似たような状況が訪れた時、もう一度現れることは有りうる。

 

 だから、知らなくてはいけない。

 たまたま今回は運が良く回避できただけだから。

 その「絶望」の種はまだ全員が、その身に埋め込まれたままだから。

 

 だからこそ、その絶望の種を取り除くためにパクノダは知らなくて良かったはずの、知る由なんてなかったはずの絶望をよこせと「空」に言い放つ。

 

 その答えに、「空」は笑って答えた。

 

「いいわよ」

 

 相変わらず何も期待などしていない絶望の眼で、その眼に反した穏やかで優しげで柔らかく、この世の美しいもの全てに似ていながら人間味が欠け落ちた微笑みで答える。

 だけど、なんとなくその笑みがゴンには今までで一番、楽しげに見えた。

 

 * * *

 

「フェイタンの方は、さっき言ったそのままよ。

 カルナはコミュニケーション能力が皆無に等しいから、本人的にはそんなつもりはないただの疑問だったんだけど、圧倒的な実力差を見せつけられた……と感じながら戦っていたフェイタンからしたら、ただでさえ舐められてると思っていた所にこの発言は、自分や仲間の存在意義を嘲って否定しているようにしか聞こえなかったのでしょうね。

 

 旅団(クモ)の為に頭も切り捨てるという生き方に、何の意味がある? という質問は」

 

「空」はパクノダの言葉に応じ、スタスタと迷いなく歩きながら、今はもうない未来についての話を続けた。

「彼女」にはどこに向かえばいいのかなんて一度も話してないが、「空」は気にせずパクノダより先行して進み、実際に行先は合ってるし何故行先を知っているのかを疑問に思うのもバカらしいとさすがにパクノダは学習しているので、気にせず彼女は「空」の話に集中する。

 

「旅団は後から入って来た者はともかく、結成当時の初期メンバーは皆、『幻影旅団』という組織そのものに惹かれたから入団した訳でも、掟に従う訳でもなく、それを作り上げて掟を定めたクロロが好きだから、『幻影旅団』はクロロそのものだから、大切にしているのでしょう?

 彼を誰よりも何よりも大切にして、敬っているからこそ、『頭さえも切り捨てろ』という掟も絶対遵守しようとする者がいた。

 

 フェイタンもその一人。そのことをカルナはわかっていたからこそ、わからなかったのよ。

 いくらクロロが作りあげた掟を守り抜いても、もうそこにはクロロがいない。頭はクロロじゃない。『幻影旅団』という存在は、確かに変わらず生きていても、頭が違ってしまえば掟を完璧に守ってもそれは、クロロが定めた方向性に進んでいるだけで、その旅団(クモ)は決してクロロが団長(あたま)だった旅団(クモ)とは全く違う活動(生き方)をする。

 同じ体を使って、ソラが望んだとおりに動きながらも、彼女には出来ないこと、予想していなかったこと、望んでいないことをしてしまう、カルナ(自分)のようにね。

 

 だからカルナは訊いたの。何の意味がある? って。

 生きていてもこれだけすれ違って別人に成り果てるのに、同じ体を使っていてもこれだけ変わり果てるというのに、それでもお前たちはいいのか? クロロ以外が頭となった旅団でいいのか? って。

 頭がクロロだからこそ守りたいと望んだ存在の頭が別人にすげ代わることに、守りたかったものを別物に変質させてしまうことに意味はあるのか? って、彼からしたら本気で不思議だったから尋ねただけなのに、フェイタンはキレてほとんど怪我してなかったのに、自分で自分の腹部を切り裂いて最大熱量の『太陽に灼かれて(ライジングサン)』を発動させるわ。

 

 カルナも本当にお馬鹿さんね。

 ある意味では掟を破っても団長を助けようとしてるメンバーより、掟重視派の方が幻影旅団は永遠だって夢見て、別物に変わり果てるなんて考えたことが無かったんだから、そんな人に答えられる訳ないのに」

 

 クスクスと虫を甚振る子供じみた、稚い無邪気だからこその酷薄な笑みを浮かべて語る「空」の話に、フィンクスの意見に賛成して団長が殺されるリスクを負ってでも、ゴンを殺してソラを使って鎖野郎を殺しに行こうとしていたフェイタンを思い出す。

 

 能力からわかるように、彼は複数人と組んで行動は好まない。

 好むのなら、あそこまで無差別型の能力になどしないしならない。意図的に作っても、仲間が攻撃範囲内に入れば、無意識でブレーキがかかって威力が下がるはずだ。

 

 そんな単独行動を好む彼が幻影旅団という集団に属するということは、そんな彼でも「ここにいたい」と思える、好ましいと思える場所だからだ。

 絶対に本人は認めないだろうが、彼だって他のメンバーにも負けぬほど旅団という存在を大切にしていることなど、初めからわかっている。

 

 だからこそ、カルナの問いが許せなかった。

 ただでさえ自分の自信を根こそぎ無くすほどの実力差を見せつけられた挙句に、カルナの存在は「身体は同じでも中身が違う」という、「頭がクロロ以外の誰かとなった旅団」という未来を見せつける存在だ。

 プライドをズタボロに傷つけられた挙句に、守り抜きたかったものが別物に変わり果てる、永遠だと信じていたからこそ、本心では断腸の思いで切り捨てた行為に意味はないと思い知らされて、冷静さを保っていられる者なんかどれほどいるか。

 

 そして痛みと怒りで発動する無差別型広範囲能力なだけあって、フェイタンはブチキレると自分のことも周りのことも見えやしない。

 自殺するつもりも、能力を暴走させるつもりもフェイタンにはなかっただろう。ノブナガと違って、死ぬつもりなどない。道連れに死ぬ気もなかった。

 ただ、何も考えられないくらいにカルナが許せなかった。

 もう一言さえも発言を許したくなくて、存在の残滓すら残すことも許せなかったから、骨どころか灰すらも遺さず蒸発させてやりたかっただけだ。

 

 そうやって彼は、彼なりに守り抜きたかった「幻影旅団」という永遠を守って死ぬのだろう。

 

「……バカな奴。予言の忠告通りじゃない。

 ……そこまでして守り抜きたいものなら、質問の答えなんか考えず、無視して信じ抜きなさいよ」

 

 分岐点の先、違う未来の先で果てたフェイタンに一言だけパクノダは呟いて、悼んだ。

 全く別のやり方で、分かり合えず一時は一触即発どころではなかったが、それでも間違いなく同じものを守りたかった、同じ夢を見ていた大切な仲間の死を悼む。

 

 きっとその未来を歩む自分たちは、どうしてフェイタンが死んだのかすらわからないから。彼を悼む前に、その世界の自分は死んでしまうから。

 だから、フェイタンは望んでなんかいないのはわかりきっているが、それでもパクノダは彼なりに足掻き抜いたことを讃えながら、その死を惜しんで悼み続ける。

 

 それをおそらくは、何の意味もないと思いながらも「空」は何も言わなかった。

 意味がないと指摘することすら、「彼女」にとっては無意味なのだろう。

 無意味な指摘という悪趣味な気まぐれは起こさず、「空」はゴンと手を繋いだまま淡々と話を続ける。

 

 最終搭乗時間は過ぎ、個人のチャーター便しかなくなった空港の扉を開けて、歩きながら「空」は語る。

 なんとなくでしかない話を、何の意味もなく続ける。

 

「それから、次に死ぬのはシャルナークね。というか、正確には彼が一番最初に殺されたようなものだけど」

「「? 一番最初?」」

 

 思わず不思議そうな声を上げたパクノダとゴンの声が、ほぼ無人の空港内にやけに響いた。

 

「空」の話では、カルナは目覚めた直後はフィンクスを瞬殺してるが、実際には殺していない。顎に翌日の昼まで目覚めないクリティカルヒットを決めるらしいが、それだけだ。

 その後はゴンを抱えて逃げ出し、ある程度アジトから離れた人気のない場所で、このまま追われ続けても厄介だと思って応戦した結果が、先ほど話したノブナガとフェイタンの末路ならば、二人の前に誰かを殺す隙間などない。

 

 さらにいうと、シャルナークは性格も能力も後方支援の代表格。

 殺したがらず手加減をするからこそ、神経逆撫でしてフェイタンをブチキレさせるカルナの性格も合わされば、まずシャルナークはカルナに殺される可能性は低いどころか、改めて考えれば何で彼が死ぬのかが不思議な程だ。

 

 まだなんとなくノブナガとフェイタンの死に様は、「空」に語られる前から想像がつき、大雑把な部分はほとんど想像通りだったが、シャルナークの死ぬ経緯が「空」の今まで語った話ではまるで分からず、「どういうことなの?」とパクノダは話を先に促す。

 

「『蜘蛛の手足の半分が、蒼玉の防人達に捥がれるだろう』と、クロロの予言にあったでしょう?

 防人はカルナだけじゃない。直接的にも間接的にも、シャルナークという旅団(クモ)の足を捥ぐのはカルナじゃないわ」

「!? 待ってよ! それじゃ、旅団(私たち)の中に防人がいたってこと!?」

 

 促された「空」は変わらず即答し、その答えの意味を一瞬で飲み込んだパクノダが久しぶりに声を張り上げて叫んだ。

 まだシャルナークが死んだのが、ノブナガやフェイタンの後、3番目ならばカルナ達が逃げ出したことを知られたのか、旅団が自ら知らせたのかはわからないが、どちらにせよクラピカ側が待つのではなくこちらに向かってきたことで人質交換はご破算となった結果、シャルナークがクラピカ側の誰か、蒼玉(ソラ)の防人によって殺されたとなれば、少々アジトに来るのが早すぎないか? という点さえ除けばまだ説明がつく。

 

 しかし、最初に殺されるのがシャルナークなら、いくらなんでもクラピカ側の誰かによって殺されたのは有り得ない。

 瞬間移動系の能力を持つ仲間がいるのなら、こんな周りくどい人質交換などしていないはずなので、言い切っていいはずだ。

 

 ソラによって逃がされた少年ならばアジトの場所を知っているので、初めから彼がこっそり潜んでいることを一瞬考えたが、コルトピの能力上やはり不可能だと判断した結果、シャルナークを最初に殺すとしたらそれは旅団の中に裏切り者がいるとしか考えられない。

 そして、そのパクノダの考えをにこやかに「空」は肯定する。

 

「ええ。話を聞いていたとはいえ、カルナに変わると私と違って眼の色も声も変わることに驚いたでしょうし、ほとんど“絶”状態だっていうのにゴンを守りながらフィンクスやノブナガ、フェイタンの武道派たちはもちろん、近くにいたシズクやマチ、あなたも薙ぎ払って逃げ出したから、旅団は軽くパニックに陥ってしまうの。

 その隙を突かれて、シャルナークは殺される。殺されて、利用されるの。

 

 カルナが逃亡したほぼ直後、シャルナークの携帯に電話がかかってくる。それが不定期の人質の安否確認の電話だと思って彼は、電話主が誰かを確認せずに出てしまう。

 その直後、彼は刺されるわ。武器である携帯を武器以外に使わせている隙にね。

 

 そして、後は彼が副リーダー格であることを利用して使われる。

『彼』にとって都合のいいように指示を出して、情報を捻じ曲げて伝えて、そして利用するだけしたら、後は盾として使い潰されて死ぬ。

 完全に心臓が止まったのはノブナガとフェイタンが死んだ後だけど、刺された時点でもう脳が破壊し尽くされているから、彼が『幻影旅団のシャルナーク』として生きていたのは刺されるまで。刺された時点でもう彼はシャルナークではなく、『彼』の操り人形となったのよ」

 

 ゴンは敵であっても、ノブナガやフェイタンの死に対して痛ましそうな顔をして話を聞いていたが、シャルナークの話は特にひどく痛ましげに、泣き出しそうな顔になっていた。

 彼からしたら、なんだかんだで自分の意志で動いて戦って選んだ結末を迎えた二人より、知らぬうちに一番守りたかったものをぶち壊す役割を負わされたシャルナークが、敵であっても憐れで、彼を利用した「防人」はソラの味方であっても許せない存在なのだろう。

 

 しかしパクノダの方は、話を最後まで聞けば「旅団に裏切り者がいる」と知る前よりも、不思議そうな顔をしていた。

 そのまましばし彼女は「空」からの話を反復して、やはりどう考えてもおかしな部分が解決しないので、そこを指摘する。

 

「……あなた、誰のことを話してるの? 旅団(うち)でそんなことが出来るのは、シャルナーク本人くらいよ?」

 

 パクノダも団員の能力全てを把握している訳ではないが、さすがに系統くらいは教えられてなくても、だいたい全員が全員分を把握している。

 そして意外なことに、幻影旅団で操作系能力者は今のところシャルナーク一人だけ。

 まず間違いなく、正当派操作系能力者のシャルナークの隙を突いて操作できるほどの使い手は、被害者であるシャルナーク本人以外いないと言い切れたので、パクノダは小首を傾げて尋ねるが、「空」は振り返りもせずに空港内から航路に出て、飄々と答えを返す。

 

「防人が旅団にいるとは言ったけど、団員だと言った覚えなんかないわ。

 団員じゃないわよ、()()()()。彼らはソラたちがアジトに連れてこられる前に入れ替わって、一人は自由を確保して、一人は注文通り演じていた。

 

 注文通り顔も声も変えて演じて、注文通り隙を見つけたから()を刺し込んでシャルナークを操作して、カルナ達が向かった方向と全然別の方向に、自分の邪魔となりそうな団員たちが向かうように指示を出して、そうやってお膳立てして望んだ通りの舞台が整って初めて『彼』は、暦から外れるの」

 

 裏切り者が誰かなんて、パクノダは訊くまでもなくわかっていた。

 首を傾げたのは、その「裏切り者」の能力を詳しくは知らないが、変化系であることだけは知っていたから。

 いくら才能豊かな者でも、まず「空」が語った話通りにはいかない、対極の系統であったから首を傾げた。

 

 しかし、補足して語られた通り入れ替わっていたのなら、話は全く変わってくる。

 

「『防人』はね、クラピカやゴン達は含まれていないの。だって彼らは結果として、ソラが今現在の状況に置かれる原因だから、『防人』とは認定してもらえなかった。

 あの状況を打破する『蒼玉の防人』は、あなた達の足を半分捥ぎ取る者は、カルナを抜いてあと二人。

 

『霜月のそれが貴方を防人へと導くから』は、あなたとカルナが出会うという意味だけではなく、()()()()()()()()()という意味でもあったのよ」

 

 その言葉はもう、パクノダに向けられたものではなかった。

 答え合わせの対象は、いつしか変わっていた。

 

 するりと、ゴンの手からソラの手が手品の縄ぬけのように抜けて、「空」は雨降る空路を舞台のように一人で軽やかに一歩、二歩と先に進んで、三歩目でバレエのように優雅にくるりと振り返り、両手を広げて女神の祝福のような笑顔で告げる。

 

 もったいぶるようにじわじわと“絶”状態からオーラを増してゆき、ニヤニヤとチェシャ猫のように笑いながら姿を現した道化師に。

 

「蒼玉の防人。カルナ以外の二人。一人は……イルミ=ゾルディック。

 そしてもう一人は………………偽りの卯月。ヒソカ=モロウ。あなたよ」

 

 * * *

 

「……ヒソカっ!!」

 

 パクノダは忌々しげに、現れたヒソカの名を吐き捨てる。

「空」から「入れ替わっている」と言われた時点で、その入れ替わっている本人が何してるかは予想づいたので、現れたことに驚きはない。

 

 ただ、奴が裏切っていることは初めからわかっていたのに、まんまと奴が自分の意志で裏切ったのではなく、クラピカの能力で裏切られたと信じ込んでいた自分の愚かしさが酷く悔しかった。

 よくよく考えたら、記憶を見た限りのクラピカの実力ではヒソカに「律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)」を刺すのはかなり難しいと気付けなかったことが、また更にパクノダの中で強い後悔となる。

 

 そんなパクノダの視線で殺せそうなほどの殺気を無視して、ヒソカはニヤニヤと笑ったまま演技過剰で癇に障るほど恭しく一礼をして言った。

 

「初めまして、女神様♥」

 

「空」が目覚めるどころかソラがアジトに来る前に入れ替わっていたので、当然ヒソカは目の前の「彼女」が何者かなどわかっていない。

 カルナという前例を前にした張本人なので、動じることもなく「中身がまた違うんだな」と受け入れているだけだ。

 

 アジト内に入ればコルトピの能力でばれてしまうし、入れ替わったイルミは、わざわざヒソカに今どういう状況なのかという連絡は、ばれる可能性が高くなるのでまったくしていなかったから、ヒソカはアジトからパクノダ達が出てきたところからしか知らないし、“絶”をしていてもあまり近づくとバレるので、相当距離を置いて尾行していたから、何の話をしていたかはパクノダが稀に叫んだ言葉くらいしか聞き取れなかったので、当然ほとんど意味などわかっていない。

 

 状況も事情も、ヒソカが理解していることなどほとんどないに等しい。

 それでも、彼でも「彼女」が何者であるかだけはわかった。

 

 忘れていたはずの違和感を、思い出した。

 何故、ソラを表していると思しき単語が「蒼玉」と「空の女神」の二つあったのかという疑問が解決する。

 

「蒼玉」がソラを現し、「空の女神」は「彼女」を表していたと理解する。

 

「彼女」が何者なのか、どうして自分のフルネームや予言、それも偽証した方ではなく本来の予言の内容を知っているのかなどといった疑問は山ほどあるが、それよりもヒソカにとって気になるのは、「彼女」は自分の予言をどのように台無しにするかだ。

 

 ヒソカの本来の予言には、クロロの予言と似たような警告文があった。

「空の女神」が目覚めぬ限り、ヒソカは待ち人と会えて幸福だという文章があったからこそ、ヒソカは予言を改竄して旅団をヨークシンに留めるという、一歩間違えば旅団全員をその場で敵に回してさすがに分が悪すぎる状況に追い込まれるような賭けをしたというのに、ここで台無しにされては興ざめどころではない。

 

 だから、場合によっては今ここで「彼女」を殺すこともヒソカは視野に入れていた。

 女神が目覚めることで予言がヒソカの望む未来へと歩まぬのなら、女神を殺して自分が望む未来に軌道修正する気しか彼にはない。

 例え相手が、カルナ以上に得体のしれない「何か」であっても。

 

……そう思いつつも、ヒソカは奇妙な感覚に捕らわれて、表面上はいつものように余裕たっぷりにニヤニヤと笑っているが、内心では結構戸惑っていた。

 

 戦闘狂のヒソカであっても、「彼女」は戦い甲斐のある相手かどうかわからないどころか、ヒソカでも目の前の相手とは「戦いたい」とは思えなかった。

「戦いたくない」とは思わないが、どうしても積極的に戦いたいという欲求が何故か生まれない。

「彼女」にはソラがいつも自分にぶつけてきた敵意や嫌悪がなく、カルナでさえも持っていた警戒心も向けやしないで、あまりにも隙だらけで無防備にただそこに突っ立ているだけだから、戦い甲斐がないと判断したのかと思ったが、弱ければ弱いなりに甚振りたいと思うサディスティックな欲求さえも、「彼女」を前にしたら風船がしぼむようになくなっていく。

 

 ヒソカが今現在抱く感覚、感情を正確に表現するなら「萎え」としか言いようがないだろう。

 明らかにソラよりも底知れない、カルナよりも得体のしれない相手だというのに、ヒソカの食種が働かないどころか、この相手と戦うのはあまりに無意味だとすら思えた。

 どうして無意味なのか、その理由を説明するにふさわしい表現が出てきそうで出てこない中、ヒソカのケータイが鳴る。

 

 ヒソカは「何で来たのよっ!!」と叫ぶパクノダを無視して、その電話を取る。

 パクノダからしたら、ヒソカが勝手に来たことでクラピカが条件を破ったと判断し、団長を殺さずとも何かしかねないので切羽詰まっているのだろうが、クラピカはヒソカの目的など想像がついているだろうから、下手したらここに来ることくらい予測も出来ていただろうとすら思っている。

 

 なので問題は、クロロの命を握るクラピカの機嫌を損ねずに、どうやってこの「女神」を殺そうかということだなと思いながら彼はケータイを耳に当てると、「やあ♥」という一声すらヒソカがあげる前に、電話を掛けてきた相手はまず言った。

 

《――ヒソカ。

 そこにいるのは、誰だ?》

 

 萎えたヒソカのやる気を一瞬で絶頂近くまで引き上げるほど、冷え切っていながら灼熱の憤怒に滲んだ声音でクラピカは訊いた。






活動報告のコメントで、「タイトルに分岐点とあるが、本編で描かれなかった別ルートは番外編などで書く予定がありますか? 前書きか何かでそのことを明記してほしい」という質問と要望がありましたが、その答えが今回です。
「空」という相当特殊なキャラがいない限り有り得ない、「進まなかった別の未来を本編でがっつり説明する」とはさすがに書けなかったので、コメントが返せなくてごめんなさい。どこで書いてもネタバレになるなーと思ってしまったので……。

ついでに言うとこのカルナルートは、「空」ルートと一緒に考えてカルナルートを没にしたのではなく、初めから「空」ルートを進むつもりしかなかったけど、ネオンの予言の為に絶対に使わないことを前提でプロットを作りました。
このことを話してプロットを友人に見せたら、「バカじゃねぇの?」と言われましたが、褒め言葉ですよね?

一応、カルナルートは次話でだいたい全部説明しますが、旅団関係が本編で片付いたらプロットは活動報告で公開します。

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