死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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93:夢の話をしよう

 旅団との人質交換を終えて、ヨークシンに戻ってきてから約一日後。

 ゴン達はひとまず旅団の襲撃を避けるためにホテルには戻らず、旅団のアジトから逆方向のスラム街で姿を隠す。

 一応、今の所は懸賞金を掛けられて居場所を探られている様子はなく、クラピカの読み通りに行けば襲撃の可能性はかなり低いのだが、向こうもクラピカの読みを知っているからこそ裏をかかれる可能性もあったので用心して、廃ビルに丸一日近く全員が籠城中。

 

 そうやって用心している一番の理由を、ゴンは心配そうに見下ろして尋ねる。

 

「クラピカの熱は?」

 

 クラピカは人質交換を済ませ、「空」が眠ってソラが起きてから、彼女に「おかえり」と言ってすぐに倒れしまった。

 旅団に捕まっていたソラと同じくらいの高熱を出し、そのまま彼は昏々と眠り続けているからこそ、現在の用心だ。

 

「下がってないけど、私と同じガス欠だろうから大丈夫だよ。しっかり眠って休んで、オーラを回復させたらいいだけだから」

 

 ゴンの答えにソラは眠っているクラピカの額の濡れタオルを交換しながら、微笑んで答えた。

 もちろんソラがゴンに言ったことに嘘など何もないのだが、言葉通り「大丈夫」だと一番思っていないのは彼女自身。

 ソラは未だにクラピカの能力をよく知らない、パクノダのように記憶や情報を抜き取る能力者を警戒して、彼の命綱にして弱点になりうることは一切聞かなかったが、それでも能力者歴は彼女の方が長いのだから、自分が人質になった所為でオーラの消耗が激しい能力を長時間使わせたことくらいは察している。

 

 だから今、クラピカが高熱で起きることすら出来ず苦しげに眠り続けているのは全部自分の所為だと内心は相当思いつめているのだが、その内心を表に出すと同じく人質だったゴンも同じくらい気にするのはわかっていたので、自分に言い聞かせるのもかねてソラは、心配などないと証明するように柔らかく微笑んだのだが……。

 

「あ……、そ、それならいいんだ……」

「……ソラ。お前しばらく笑うなとは言わねーけど、心臓に悪いから女言葉使うな。これでもかってくらいの男言葉を使え」

「君達、何で昨日から私に対してそんなに挙動不審なんだ……ぜ? え? こんな感じでいいの……か?」

 

 ソラの微笑みに対して安心するどころかゴンはやや気まずげな笑みを浮かべ、キルアは何故か警戒しながら訳の分からない禁止命令を出すことに、ソラが戸惑いながら軽くキレた。キレつつ、そしてだいぶ困惑しながらもキルアの要望に応えているあたり、この女は律儀である。

 ソラは悪くないが、ゴンやキルア、そして3人のやり取りを苦笑と呆れ顔で見ているセンリツとレオリオも悪くない。

 

 あの飛行船での「彼女」が語った「彼女」としての在り様からして、気軽にホイホイと出てくる存在(じんかく)ではないと全員が思っているが、それでもソラが「彼女」のように女性らしい言動をしたらどうしても一瞬警戒してしまうらしい。

 また、気軽には出てこないだろうが基本的に「彼女」は世界に対して何の意味も価値も見出していないからこそ、出てくるとしたら何の理由も前触れもない気まぐれであることも思い知っているのが、警戒の一因でもある。

 

 しかし、彼女が生かして彼女を生かしたメビウスの母娘でありながら、ソラの最大のトラウマ、狂気の源泉である「彼女」のことをソラはもちろん何も覚えていないし、そんなのが自分の「身体の人格」であることなど知る由もないので、ソラからしたらゴン達の時々挙動不審で気まずげという対応は謎でしかなく、突っ込みを入れるのは当然の反応だ。

 

 だけどゴン達の反応の理由も、当然答えられるはずもない。

 本人が自覚・認識しているだけで十分すぎるほど非常識そのもののような女で、基本的に人の話は疑うより信じて聞く人間だが、それでも「彼女」に関しての話は信じられないだろう。

 いや、信じられない、信じないのならまだいい。むしろ最良と言える。

 問題はソラが信じて、自分自身の体がどんなものかを正確に理解してしまい、そして自分が何を経てここにいるかを思い出してしまったら……。

 

 死にたくないから狂いに狂い果てることで生きている彼女が、自分は一度完全に死んだことを思い出してしまえば、この壊れながらも奇妙なバランスで取り繕っている正気の残滓すら残さずに崩壊するのが目に見えている。

 

 だから、少し不満そうにゴン達を睨んでいるソラに「何でもない、気にすんな」と適当に彼女の不満も疑問を流して、何も教えない。

 知らないまま、彼女が望んだ通り忘れたままでいさせてやる。

 

「……何が何だかわかんねーけど、今日も下がらないようなら、多少危険でも医者に診せた方がいいんじゃね? 病院がヤバいなら、知り合いの医者を呼んでやるよ」

 

 ソラが皆の答えに不満そうに頬を膨らませて拗ね始めたので、ソラ以外で唯一「彼女」に関わらなかった目利き業者のゼパイルが軌道修正して話を元に戻す。

 ソラ自身、自分のことで怒るのは面倒くさいと公言している人間なので、彼の発言であっさりとゴン達から自分の疑問を適当に流された不満は消えて、彼を見上げて「ありがとう」と答える。

 

 そして、実にいい笑顔で言葉を続けた。

 

「でも、オーラ切れのガス欠なら医者に見せてもあんまり意味ないだろうから、どうしても下がらなかったら、私の血を飲ますから大丈夫だよ」

『何で!? やめろ!!』

 

 * * *

 

 いきなり訳のわからないを通り越して結構猟奇的なソラの発言を、当然ゴン達だけではなくセンリツやゼパイルも含めた全員からの正論で叩き落とされた。

 しかしこの程度で怯むようなら、ソラの周囲どころかソラ自身も今ほど苦労はしない。

 

「いや、もちろんそんな大した量を飲ませはしないよ。そもそも人間はコップ一杯分も血は飲めないし」

『そこじゃない!!』

 

 一瞬だけソラは総突っ込みにきょとんとしてから、すぐさま自分の発言はそんなに非常識でも心配を開けるものではないとフォローするが、違う。そうじゃない。

 2度目の総突っ込みでようやくソラは、自分の発想が根本からずれにずれていることに気付き、今度こそちゃんと説明する。

 

「あ、ごめんごめん。説明不足だった。

 ほら、私の体でガチで皆と作りが違うじゃん? 魔術回路(あれ)の所為で私の血に限らず体液そのものが魔力(オーラ)だから、私の血を飲ませたらダイレクトに不足してるオーラを供給できるはずなんだよ。

 

 ……まぁ、私は試しにやったことが無いからこれはほとんど机上の空論なんだよね。供給できなくてもデメリットは基本的にないと思うけど、その確証もないからやらずに済んで越したことはないけど」

 

 ソラの補足した説明で、ようやくゼパイル以外の人間がソラの「魔術回路」について思い出したらしく、全員が「あぁ」と納得の声を上げる。

 もちろんゼパイルは置いてけぼりだが、ソラは特にそれ以上の補足はせずに「深く考えない方がいいよ」とだけ言っておく。

 

 雇い主であるゴン達だけならともかく、直接的な関わりなどないクラピカの為に医者を呼んでやると言えるゼパイルのことをソラは信用しているが、だからといって「異世界から来た」というややこしい話をするのは、むしろゼパイルに悪いと思ったからしないし、そのことには誰も異論はなかった。

 そしてゼパイルの方も、やや裏社会・裏稼業に足を踏み入れている人間なだけあって、首を突っ込んでいい話と突っ込んだらその首を食いちぎられかねない話に関しても目が利いたので、ソラの言葉通り深くは考えないことにした。

 

 ちなみに、センリツには異世界から来たということは昨夜の内に話してある。

 ソラとしてはセンリツもゼパイルと同じか、ウボォーギン戦の後から匿ってくれた恩もあって彼以上に彼女を信頼しているのだが、余裕がない状況は脱したがややこしい話をゆっくりしているほどの余裕は取り戻していないので、少なくとも今はまだ話す気はなかったのだが、何故か自分が話さなくてもゴン達がセンリツに説明しだしたのと、センリツがやけに素直に納得して信じたことを疑問に思っている。

 

 ソラが念能力者にとっても非常識すぎる話を自分がすんなりと信じたことに疑問を抱いていることは、センリツも「彼女」とは全く違う素直に感情に反映された心音を奏でる心臓で理解しているが、彼女はそのことに気付いていないフリを続行する。

 神様の機能を持つ、心などない体の人格である「彼女」を前にしてしまえば、異世界から来ただの、魔法使いの弟子だのといった話ぐらいは可愛らしいものとしか思えず、むしろ色々と理解出来ず疑問だった部分は全部解消されたからだなんて言える訳もないので、その反応は懸命だ。

 

「そっか。でも、クラピカもソラが傷ついてまでして早く回復したいとは思わないだろうから、大丈夫そうならやめておいた方がいいよ」

 

 ソラの説明で納得したゴンが、わかりきっていることを一応忠告しておく。

 この女、ゴンが言わなくてもそんなことは百も承知の上で、それでもクラピカを心配するあまりに宝石剣を出す為よりも豪快なリストカットをしかねないので、ゼパイル以外の全員もゴンの言葉に深々と頷く。

 そして本人もそんな反応をされる心当たりは山ほどあったので、少し誤魔化すように乾いた笑いを上げながら、「たぶんしない」といい訳を口にする。

「たぶん」が頭につく時点で、信頼など全くされないことに気付いていない訳もないのに言ってしまう正直さは、美徳と取るかバカと取るべきかは微妙な所。

 

「あはは、うん、本当に心配かけてごめん。

 でも、血で魔力(オーラ)を供給ってめちゃくちゃ効率悪くて、回復する確証があっても本当に今すぐオーラを供給しなければ死ぬっていうぐらいの緊急時の応急処置にしかならないから、今ぐらいのオーラ不足なら緊急性もないから、こんなデメリットがでかい方の魔力(オーラ)供給なんかしないって」

「……? デメリットのでかい『方』?

 ……血を飲ます以外に効率よくオーラを回復させる手段があるのか?」

 

 ソラの言い訳に「お前のそういう言い訳は信用できねぇよ」と言いたげに睨んでいたキルアが、ソラの発言の一部分に気になる所を見つけて、特に他意なくほとんどただの好奇心で尋ねた。

 そしてその瞬間、水を交換しようと洗面器を持って立ち上がったソラの動きが、一時停止ボタンでも押したかのようにぴたりと止まる。

 

 全員がソラの奇行……は通常運転なのだが、その奇行の中でも珍しいというか初めて見る「硬直」に戸惑う。

 センリツも同じく戸惑っていたが、彼女はソラの心音で相手の心境を理解できる分、余計に謎が増して首を傾げる。

 

 ソラは何故か、体は石化したように硬直しながら心臓は爆発しそうな音を立てていた。

 そのリズムを名づけるならば、「混乱」と「焦り」と「羞恥」であることがセンリツにとって謎極まりない。

 

「…………………………ある」

 

 数十秒間、ソラはキルアやゴン達から呼びかけられても硬直し続けていたが、油の切れたからくり人形のような異様にぎこちない動きで首をゆっくりキルアからそむけて、絞り出すような声で答えた。

 何故かやたらと間が開いたが律儀に答えられたことに、さらに全員が訳がわからず戸惑う。

 ただソラの奇行でその「効率のいい方法」とやらを、詳しく訊かない方がいいということだけは全員が訳がわからないなりに察することが出来たのに、肝心の本人が「訊かない方がいい」と察してくれたことを察することが出来なかった。

 

「……一番、魔力(オーラ)が溶け込んでいるのは、命の源と言っていい血だ。……けど、さっきも言ったように、血を人間はそんなに多く飲めるような体の作りをしていない。一定量飲んだら、絶対に吐き出す。

 ……だから、吸血での魔力供給は本当の緊急時の応急処置としてしか使えない。…………ある程度の時間や、供給したい相手に体力等の余裕があるのなら、絶対にしない。

 ………………他のやり方の方が、効率が良くて、供給する側も怪我や貧血のリスクもなくできるし、与える魔力の調節も楽だから…………、こっちをまず絶対に選んでやる。

 

 ……第一、回復する確証がないのなら……最悪は何らかの副作用があるかもしれない血をダイレクトに飲ますより……このやり方の方が……た、体力は消耗するかもしれないけど……それ以外のデメリットやリスクはほぼないと言っていいはずだから……試しでやるのなら…………こっちの方がいいはず。……こっちで回復するのなら……、血でも回復するって確証も持てるし…………」

 

 途切れ途切れにやたらとぎこちなく説明しながら、ソラは洗面器を持って少しずつ逃げるように移動してゆく。

 

 ……この女、歪みに歪みきった魔術師らしい性に対する認識と、人間らしい倫理観が悪魔合体している所為で、「魔力供給」は「人工呼吸」と同列に思うべき行為だと信じ込んでいた。

 つまりは、「好きな人以外とはしたくない」というわがままは人として許されない、人命救助として割り切るべきだと、一番割り切れない精神性をしているくせに思い込んでいる。

 なのでソラは、さすがに具体的には説明しなかったが、実に正直に「効率のいい方法」の方がデメリットも特にないことをご丁寧に語ってしまった。

 

 具体的な説明がない所為でさらに意味がわからなくなっているが、ソラの言葉が本当に本当に絞り出すような声なので、「その効率のいい方法って具体的にどんなんだよ?」とは、キルアはもちろん、他の誰も訊けずにいた。

 だが、ゴンは聞けば聞くほどに「効率のいい方法」そのものよりも気になった部分が出てきたので、そこだけは我慢できずに浮かんだ疑問をストレートにぶつける。

 

「? じゃあ、何でソラはクラピカにそれをしてあげないの?」

 

 もちろん、ゴンに悪気などない。ソラを責める意図もない。ただただ不思議だったから訊いただけだ。

 クラピカが少しでも早く回復するためならば、自分が彼以上の怪我することも厭わないソラが、どうしてその「例え回復しなくてもリスクやデメリットはほとんどないはずの、効率のいい方法」を取らないかが、理解できなかったから訊いただけ。

 体力は消耗するらしいが、今のクラピカの容体はどう見てもオーラと同じくらい体力も消耗しているが、オーラを供給する前にこの体力を使い切ってしまう程ならばソラは「リスクやデメリットはほとんどない」とは言わないだろうと思ったから、余計に疑問に思ってしまった。

 

 そんなゴンの他意など皆無な質問の直後、ソラは持っていた洗面器を落とした。

 幸いながらソラが一人でドア前まで移動していたので、寝ているクラピカやその近くで様子を見ていた他の連中に水は掛からなかったが、ソラは自分の足元がびしょびしょになっていることにすら気づいた様子もなく、両手で頭を抱えて何かブツブツと呟き続ける。

 

「え? ……ソラ? 俺、変なこと言った?」

「ちょっ……マジでどうしたんだよお前!?」

 

 ゴンはおろおろしながら、自分の質問はそんなに聞いてはいけないものだったのかと焦り、キルアもソラの尋常じゃな様子に狼狽えつつ、駆け寄った。

 そして駆け寄って気付く。ソラが頭を抱えて、何を呟いているかに。

 

「……クラピカと? ……え? クラピカと……しろと? いや確かにクラピカを死なせちゃうぐらいなら、たぶん迷いなく実行すると思うけど……え? ……ど……どうやってしろと?

 あ……暗示を掛ける? これは全部夢で、なおかつ相手は私じゃなくてクラピカの好きな……いやいやいやムリムリムリ!!」

「お前は何を言ってんだよ?」

 

 何故か4次試験時のハンゾーとのハプニング時と同じくらい真っ赤になって、今にも泣きそうな顔で訳の分からないことをぶつぶつ呟いていたので、キルアから心配が一気に抜け落ちて彼は軽くソラの頭を一発引っ叩く。

 するとソラの思考が少しは再起動を果たしたのか、すぐ傍らにキルアにすら気づいた様子を見せなかったソラが泣きそうな顔をキルアに向けて、出した結論を口にする。

 

「…………どうしよう……キルア……。無理…。出来ない……。

 ……たぶんそれやったら、やってすぐに私が死ぬしクラピカも死ぬ」

「「何で!?」」

 

 とてつもなく意味がわからないし意味のない結論を出したソラに、キルアとゴンが同時に突っ込んだ。

 百歩譲ってソラが死ぬのは、自分の生命エネルギーである魔力(オーラ)を相手に渡しているのだから、渡し過ぎたらそりゃ死ぬだろうと納得するが、何故与えられる側であるクラピカも死ぬと言い切っているのが謎極まりない。

 

「……あー、……うん、確かに死ぬかもな。っていうか、死ぬな。クラピカなら間違いなく死ぬ」

「「え!?」」

 

 しかし、ソラのこれまた珍しいタイプの奇行に唖然としていた大人3人の内、レオリオは納得したような声を上げて、ゴンとキルアは混乱させる。

 しかしよく見てみると、3人の中で未だにソラの言動の意味がわかっていないのはゼパイルだけであり、センリツも何故かソラほどではないが赤面して頭を抱えていた。

 

 そして彼女はそのままソラに近づき、「ソラちゃん……。悪いけど確認の為に聞かせてね」と言いながら、赤面で頭を抱えたままのソラを背を押して部屋から出て行った。

 残された男たちは、ずっと眠っているクラピカ以外は黙ってとりあえず床にぶちまけられた水をその辺のぼろ布で拭う。

 

 拭いながら、ゼパイルが「おい、どういうことなんだよ?」とレオリオに尋ねた。

 さすがに念のことも魔術のことも全く知らないゼパイルでも、ソラの方が死ぬ理屈なら理解は出来た。しかしそちらを理解してしまうと、余計にクラピカが死ぬ理屈が理解出来ない。

 実は別にクラピカはもちろん、ソラが死ぬのも魔術や念の知識などいらないので、レオリオは蜂蜜に砂糖を一袋ぶち込んで煮詰めたものを食べたような顔をして、特大の溜息をつく。

 

「……いいか。ソラの言ったことをよく思い出せ。あいつは自分のオーラが一番溶け込んでるのは血だって言ってたけど、体液全般に溶け込んでるとも言ってただろうが。

 で、血を飲ますのが効率が悪いんなら、例え血液ほどオーラが溶け込んでなくても大量に飲ませたり、……相手の体に自分の体液を取り入れさせることが出来るってのは、…………一番ライトでも『これ』だろ」

 

 レオリオが一応ゴンとキルアに配慮して相当遠まわしに説明すると、ゴンは良くわからなかったようだが、ゼパイルとキルアはレオリオが指さした「これ」……、「舌」で理解する。

 理解した瞬間、ゼパイルはレオリオほどではないが砂糖を吐き出したような顔になり、キルアはソラと同じくらい顔を赤く染めて頭を抱えた。

 

 そんな二人の反応がさらにゴンの謎を深めて、ゴンはキルアの方を揺さぶって「ねぇ、どういうこと?」と尋ねるが、キルアは真っ赤になった頭を抱えながら「うるせぇ、黙れ」としか言ってくれない。

 親友からの冷たい対応に凹むゴンへ、レオリオとゼパイルが同時にゴンの肩に手を置いて言ってやる。

 

「……ゴン。いつか絶対に、特に男ならわかるから放っておいてやれ」

「っていうか、ゴン。お前もう二度と同じことを訊くなよ。特に、クラピカの前で。マジであいつが死ぬから」

「だから何で!?」

 

 ゴンはゼパイルとレオリオの「マジでかこいつ」というドン引き驚愕と、「すげぇなこいつ」という感嘆が入り混じったような顔で告げられた答えに、抗議と底なしに深まってゆく疑問をぶつけたが誰も答えてはくれなかった。

 

 ちなみに、その15分後くらいにソラから話を聞き終えたセンリツが帰って来た際、ゴン以外の全員が目で「どうだった?」とセンリツに尋ね、そして彼女も神妙な顔で頷いた後でゴンに向かってレオリオ達と同じことを言い聞かせた。

 

 

 

 さらに言うと、ソラが部屋に戻ってきたのはそれから約30分後のことだった。

 

 * * *

 

「ところで、ゴン達は金策大丈夫なの? グリードアイランドっていうゲームを競り落とすんじゃなかったの?」

 

 1時間近くかけてゴンから他意なくぶちかまされた大ダメージを回復させたソラが、もうその話題を絶対に掘り返さないつもりか、戻ってきてすぐにしれっとゴンに話しかけた。

 ゴンの方は未だに増した謎が気になっているのだが、全員から「わからないのならいいから、これ以上突っ込むな」と厳命されたことといい、ソラから無言の「さっきまでのことはなかったことにしよう。いいね?」という圧力を感じたので、ゴンはさすがに自分の好奇心を抑え込んだ。

 

「あぁ、俺もそれ気になってた。お前、いい加減『秘策』とやらを教えろよ!!」

 

 キルアも先ほどまでの話……、察してしまった「効率のいい魔力(オーラ)供給の方法」とやらを忘れたいのと、すっかり旅団のことで忘れていた、自分たちの本来の目的を思い出してゴンに詰め寄る。

 ゼパイルもその為に雇われたのと、最終日に出品されるものを狙ってもあと数日しか猶予がないのに数十億を稼ぎ出せる『秘策』とやらが気になったのか、身を乗り出して「何を思いついたんだよ?」とゴンに尋ねる。ついでに、関係があまりないはずのレオリオも『秘策』に食いつき、センリツが苦笑していた。

 そんなゼパイルとレオリオの食いつきに、ゴンは困り果てた顔をして答える。

 

「え~と……なんか期待してるゼパイルさんとレオリオには悪いけど……俺が思いついた『秘策』は金策のことじゃないんだ。……っていうか、あんまりにも他力本願過ぎるんだけど……ほら、俺の目的ってG.I(グリード・アイランド)っていうゲームを手に入れることじゃなくて、そのゲームにジンの手がかりがあるかもしれないってことだから……」

「バッテラの募集してるプレイヤーになろうってこと?」

 

 しどろもどろに説明するゴンの結論を、ソラはクラピカの額のタオルを交換しながら答えた。

 

「ソラ! 先に言わないでよ! っていうか、もしかしてソラは初めから金策よりこっちの方が確実だってことわかってた!?」

 

 ソラに先回りの即答で、数秒間ポカンと口を開けていたゴンが少しだけ拗ねて文句をつけるが、ソラはゴンの珍しい拗ねた様子に困りもせず、むしろ微笑ましそうに笑いながら謝った。

 

「あははっ、ごめんごめん。ま、確かに話を聞いて少しそのゲームについて調べて、バッテラのことを知ってから思ってたけどね。

 でも、ハンターたる者、金策は大事だよ。世知辛いけど、お金があるのとないとじゃ出来ることが大きく変わって来るからね。だから、いい勉強になると思って放っておいたんだよ。気付いてないのならどうせプレイヤー募集をかけるのはゲームを競り落とした後だろうから、オークションが終わった後に教えたらいいだけだし。

 

 ……その結果が、旅団に関わっての今現在だから私としては自分の判断が間違っていたのか、正しかったのかは微妙な所」

 

 最後にちょっと遠い目になりつつ、本当に謝る気があるのか? という謝罪だったが、わざわざ金稼ぎしなくても良かったという指摘をしなかった理由を言われて、ゴンはもちろん同じくちょっと怒っていたキルアも黙り込む。

 確かに今回のことで、特に本来の目的であるオークションに関してよりも旅団討伐に関して、金はどれほど使い勝手のいい、目的達成の為に有効な手段かを思い知らされた。

 

 別に賞金首を捕えることに限らず、ハンターとして動くには情報が重要だと今回の件でゴンとキルアは思い知った。

 そしてその情報を得るのに一番必要なのは信頼できる情報網だが、その信頼できる情報網を手っ取り早く手に入れるに一番有効なのは金であることも、嫌になるほど学習した。

 レオリオのように金そのものを必要としていないし興味もない二人だったが、経済社会・文明社会で活動するにはどうしても避けられない力の壁を目の当たりにして、ソラの言葉通り世知辛い気分になる。

 

「まぁ、とりあえずG.Iについての心配はもうほとんどないな。

 ……ところでソラ。お前、オークションが終わった後はなんか予定あるのか?」

 

 世知辛い気分を振り切るように、キルアは話を変える。

 ソラから少し眼を逸らして頬杖でやや赤くなった顔を隠している時点で、ほぼ全員キルアが何を言いたいのかを察して生暖かい目で見ていることにキルアも気付いているが、彼は「後でお前ら全員殴る」という予定で何とか今すぐに「何だその眼はーっっ!!」と暴れたい気持ちを抑え込む。

 ちなみに、殴る予定にはソラも入っている。理由はもちろん、こいつだけキルアが何を言いたいのかに気付いていないからである。

 

「ん? えーと、さっきホームコードを確認したら詳しい内容はまだ見てないけど仕事の依頼が入ってたから、その内容次第かな?」

 

 自分が何を言いたいかを理解していないし、自分が続けたかった言葉を続けても「無理」で終わりそうなことを言い出したソラに、理不尽であることを自覚しつつもキルアの苛立ちがさらに増すが、けれどその「無理」な理由が未だに目を覚まさず、ソラに甲斐甲斐しく看てもらっているクラピカではないことに、少しだけ安堵した。

 

 ……まだ、認めない。認めたくない。

 まだもう少し、もうしばらくキルアは、自分が「夢」を見ていることすら気づかない「夢」を見ていたかった。

 

 いつか現実に儚く破れることなど知らない、これが現実だと思い込んだ淡い「夢」をまだ見ていたかった。

 

 例え勝ち目はあると言われても、キルアはまだ「勝ち目のない敵とは戦うな」という呪縛を解けていない。

 勝ち目は非常に薄いと理解してしまえば、もうこの「夢」は決して見ることが出来なくなってしまうから。

 だからまだ、彼は「夢なんか見ていない」と否定して、「夢」を見る。

 

 なのに、周りは親切心のつもりかなんだか知らないが、キルアの「夢」にさらにその先の「夢」を突き付けてくる。

 甘くて儚いけれど、それでも現実を歪ませるものにすら打ち勝つ強い「永遠」になるかもしれない「夢」を、突き付ける。

 

「ソラ! 出来ればでいいんだけどソラもG.Iのプレイヤーにならない?

 これからオークションでバッテラさんに会ってプレイヤー募集の話を聞くところから始めなきゃいけないけど、ソラなら絶対にどんな条件があってもプレイヤーになれると思うし、一緒にプレイしてくれたら俺達も心強いしさ!」

 

 キルアが「そうかよ」で話を終わらせる前に、ゴンがやたらとキラキラした目でキルアが言いたかったこと、提案したかったことを何の迷いもなく言い出す。

 それに便乗してレオリオも、「そういや、お前は結構ゲームとかが好きだって言ってたな」と、さらにソラがG.Iに興味を持ちそうなことを言い出し、まさかのセンリツも「ゲームの特性を考えたら、しばらく旅団から身を隠すのにも便利かもね」と追い打ちを掛ける。

 

 ゴンはおそらく半分以上、他意など無く素で「ソラと一緒なら絶対に楽しい」くらいにしか思っていない提案だが、レオリオとセンリツは明らかに「空」の言葉を意識してキルアと一緒にいさせてやろうとしていることを察して、キルアは赤い顔で二人を睨み付ける。

 本心では「お前ら、余計なこと言ってんじゃねーよ!!」と怒鳴りたいところだが、それを叫んでしまえば目の前の鈍感女が「余計なこと?」とそれこそ気付かなくていい所に食いつきそうなので、出かかった声を何とか飲み込む。

 

「実は言われるまでもなく、そのゲームにはかなり興味があるんだけど……」

 

 キルアが何とか飛び出しそうな怒声を堪えている間に、ソラが中空を眺めて何やら考えながら呟く。オタクの見本な次兄とそれなりに話が合うだけあって、レオリオが言うまでもなく本人もG.Iというゲームにはゴンの父であるジンの手がかりなど関係なく、興味を持っていたらしい。

 が、興味があるという割には乗り気ではない。仕事の都合上、おそらく参加は無理だと嘆いている訳でもなく、ただただ困っているような様子に気づき、ゴンとキルアは「だけど?」とソラの語尾を復唱して続きを促す。

 

「……そのゲームって、プレイヤーがゲームの世界に直接入り込んでプレイするってゲームなんだよね?」

 

 まだ中空に目をやってまま、ソラは腕組みしながら自分で少し調べたG.Iというゲームの特殊性についてゴン達にも確認を取る。

 

「うん。ハンターサイトの情報と、カタログに載ってた説明書ではそんな風に書いてあったよ」

「ソフトをセットして起動してるハードの前で“発”だっけ?」

 

 ゴンとキルアがソラの言葉に、自分たちも記憶を掘り返して肯定するが、ソラはまださらに考え込むように眉間に少しだけ皺を寄せて言葉を続ける。

 

「……プレイヤーがゲームの世界に入り込むってことは、ゲームのジャンルに寄るけどもしもG.IがRPGだとしたら、出てくるモンスターや敵キャラはそのゲーム製作者の念能力によるものってことだよね? っていうか、その世界そのものが念能力か」

「? ……まぁ、そりゃそうだろ」

「改めて考えると、そのゲームは凄い能力者が作ったのね」

 

 ソラがさらに確認で尋ねる言葉に、ゴンはゲームなど生まれてこの方したことが無いという絶滅危惧種なので答えられず、かといってキルアもG.Iについてはソラと同じぐらいの知識しかないので、曖昧な返答をする。

 その代りか、センリツは何気なく言葉を挟む。

 この中ではソラとセンリツ、そして眠り続けているクラピカ以外は、“念”に関してまだ素人の域を脱していない者ばかりの為、逆にG.Iというゲームがどれほど高度な念の技術によって作られたものなのかを、イマイチ理解し切れていないらしい。

 

 本当にソラたちが確認しあった通りの性能ならば、そのゲームは対象が“念”を掛けられた物品の前で“発”をしただけで、おそらく魂が抜けてゲームの世界に入り込むという、物品操作と生体操作の二重操作という操作系能力差でも相当高度な能力を持ち合わせている。

 

 さらに魂を抜くだけではなく、どこかに作り上げた「ゲームの世界」にその魂を送り込むのなら、操作系だけではなく特質か具現化系の能力も持ち合わせていなければならない。

 発売から10年以上経っているのに未だにソフトにオーラが残留している時点で、放出系が不得手なはずの具現化系能力者一人でこのゲームの機能を維持している訳ではないことくらい想像できる。特質でもだいぶ一人では負担が大きすぎるので、おそらくは多人数でこのゲームを作り上げて維持しているのだろう。

 

 それほど大がかりな念能力そのもののゲームが、ただのゲームではないことくらいセンリツは理解している。

 だからこそソラは慎重になっていると思っていたのだが、よくよく彼女の心音を聞いてみると、慎重というより彼女の鼓動が奏でる感情の名はちょっとした「迷い」程度であることに気付き、彼女もゴンやキルアのようにソラが何を言いたいのかがわからなくなる。

 

 そんな彼らの疑問を、ソラはようやく答える。

 

「……念能力そのものの世界で、私の『直死』を使ったらどうなるんだろう?」

『あ……』

「?」

 

 ソラの素朴な疑問こそが、ソラが何に困って迷っているかの答えだった。

「直死」を知らないゼパイル以外の全員が声を上げ、そして同時に頭を抱えて項垂れた。

 訳がわからないゼパイルが、「どういうことだよ」と尋ねるので、キルアは力なく答える。

 

「……こいつがプレイしてその『直死』ってやつをゲーム内で使ったら、ゲームが強制終了して全員が現実世界に戻ってきたらいい方だってことだよ」

「だよね」

 

 項垂れながら、キルアが言葉通りまだ一番平和な可能性を口にする。

 ソラがゲーム内で敵はもちろん、ゲーム内の植物や建築物、些細な物品でも「直死」を使用して壊した場合、それも「線」ではなく「点」を突いてしまった場合、その敵や物だけが「死んで」しまうだけならいいが、ゲームシステムそのものまで連鎖的に死ぬ可能性が極めて高かった。

 そしてシステムそのものが死ねば、良くてゲームが強制終了されたことでプレイヤー全員が現実世界に帰還だが、あの眼は生み出す結末は基本的に最悪を想定しておいた方がいい。

 現実世界に帰還するためのシステムすら殺されてしまえば、もしくはゲームに入り込んだ時点でプレイヤーもゲームシステムの一部として取り込まれているのなら、まず間違いなくプレイヤーも死ぬ。

 

 そしてこの危険性があまりに高いソラの能力を使うなというのも、また酷だ。

 ゲームのジャンルは未だよくわかっていないが、ハンター専用という時点で戦闘がメインではないとは思えない。

 ソラも使う必要がない雑魚相手ならもちろん使いはしないだろうが、生きた人間相手ならともかくゲームらしいモンスターが現れた場合や、明らかに生きた人間ではなく念によってつくられた敵キャラが結構強かったら、普段なら遠慮がいらない相手な為、とっさの癖で使用してしまう可能性は高い。

 それが生物ではなく無機物、例えば逃げるために壁を破壊しようとかならなおさらに、「ゲーム内だから直死禁止」という自分の為でもゲーム内の全プレイヤーの為でもあるルールを忘れ去るのは目に見えている。

 

 なので強情なゴンも、素直ではないキルアも、この時ばかりは二人とも素直に諦めた。

 

「……ソラ、ごめん」

「むしろお前、参加するな」

 

 さすがにラスボス級相手のキャラのとっさに使ってしまうのならともかく、雑魚相手でも逃げるために壁や何かを破壊してしまったことで、ゲームどころか人生そのものが巻き添えで強制終了は御免なので、ゴンは申し訳なさそうに、キルアは身も蓋もなくソラのG.I参戦を断った。

 

 * * *

 

「それにしても、本当に反則的な『眼』なのね。

 ……そういえば、クラピカが言ってた『幽霊を物理的に蹴り飛ばしてた』っていうのはソラちゃんのことよね?」

 

 ゴンとキルアの掌返しに、「私自身もそう思うけど、二人とも冷たい!」と言ってちょっと凹むソラに苦笑しつつ、センリツがふと思いだし話題を上げた。

 9月の初め、まだ穏やかな時が流れていた頃にあのビルの屋上で聞いた、クラピカ自身も笑い話にしていいのか呆れるべきなのか迷っていた、……それでも楽しげで愛おしそうな鼓動を奏でながら思い出していた話題を上げる。

 

 センリツの発言でゼパイルだけではなくレオリオも「何やってんのお前!?」と、ソラに向かって突っ込む。レオリオは「直死」がどういうものかある程度知っているのもあって、「つーか、蹴飛ばすのに眼は関係ねぇだろ!」と細かい所にも気付いて突っ込んでいた。

 

 ゴンとキルアは突っ込まず、何故か遠い目をしていた。

 二人からしたら、もはやそれは突っ込みを入れるほどの出来事ではないと、天空闘技場のゾンビの件で学習している。

 

 そしてソラ本人はというと…………

 

「? ……え? それどの話のこと言ってんの?」

『どの!?』

 

 センリツの言葉に一度目をまん丸くさせてから、またしても中空を眺めて首を左右に傾げてから改めて尋ね直し、遠い目をしていた二人も含めて全員から突っ込みを入れられた。

 

「ちょっと待って! どの話って、心当たりが多すぎるの!?」

「んー……、幽霊蹴り飛ばすのはぶっちゃけこの眼になる前からに日常茶飯事だからなぁ。一応、クラピカが気にしないように、見つからないようにしてたつもりなんだけど気付いてたのかな?」

「お前は前から何やってんだよ!?」

 

 すっかり忘れて何も覚えていないのならそれもそれで驚愕なのだが、心当たりが多すぎてどの話のことを言っているのかがわからないという発言は想定外すぎてセンリツが問えば、こともなげにソラは即答し、さらにキルアから突っ込まれた。

 

「いやぁ、私の目は直死になる前から幽霊とかそういう『世界の違和感』を見つけやすい一種の魔眼だったから、前々から幽霊見るのは日常。そんで幽霊は見える相手にちょっかい掛けてくるもんだから、それらを追い払うのは茶飯事だったからね。だからマジでどの話なんだか……」

「……蹴り飛ばして、切り殺したと言ってたわね、そういえば。だから少なくともあなたから又聞きした話じゃなくて、その眼になってからの話だと思うけど」

 

 キルアの突っ込みにもやはり堪えた様子もなくソラは答えて、周囲をドン引かせる。

 もう散々、彼女の非常識ぶりを見聞きしてきたのでこれ以上引くことはないと思った端から引かせる、潮干狩り向きの浜辺みたいな女である。

 

 そんなソラに、センリツが一応助け舟のつもりかもう一つ思い出したソラのやらかしたことを付け加えたら、しばしソラは考えてから手を打って思い出したのは良いが、他の者はまたさらに引いていた。

 

「! あぁ、あれか! なつかしいなー。……そっかー。クラピカは覚えていてくれてたんだ」

 

 思い出したソラは、嬉しそうに、楽しそうに笑って眠るクラピカを見下ろし、キルアの機嫌が急降下で悪くなる。

 どう考えてもソラとクラピカが出逢った頃の話である為、キルアからしたらこの上なく気に入らない話なのは明白なのだが、親友には悪いがゴンの好奇心が疼いた。

 

 クラピカと出会った当初なら、ソラはこの世界どころか自分の眼にさえもまだ慣れていなかったはずなので、その頃に遭遇した幽霊とはどんな相手だったのか、どうやって倒したのかが気になって、キルアに心の中で謝りながらゴンは、「ソラ、その時の話、訊いてもいい?」と尋ねる。

 

 ソラは朗らかに笑って、ゴンの頼みを頼みを即座に了承する。

 

「いいよ。クラピカと出会った次の日の話なんだけどさー」

『次の日!?』

 

 昔話をねだったゴンはもちろん、割とソラの話に引いていたセンリツやレオリオ、事情を良くわかっていないゼパイル、そして拗ねていたキルアもいろんなものが吹っ飛んで、純粋に驚愕した。

 そして同時に、クラピカに同情する。

 出逢って速攻で怖がればいいのか、凄いと思って感謝すべきなのか、非常識ぶりに呆れたらいいのかわからないことをやらかしたソラに対して、間違いなく困惑したであろう幼いクラピカに全員が本心から同情した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 夢を見る。

 

 現実の記憶を繋ぎ合わせた夢を見る。

 

 こんな夢を見るのは、すぐ傍らの穏やかな雑談の所為か。

 それとも、ただ自分が見たかったから。

 

 判別がつかないまま、クラピカは夢を見る。

 

 いつから始まったのかわからない、夢を見る。

 

 起きたらきっとすぐに忘れてしまう、記憶の海に溶けてしまう、儚くて脆い淡い夢を見る。

 現実によって消え去る、夢を見た。

 

 

 

 

 

『助けて――――』

 

 少年は、同胞の面影をただその青に見て、縋りついた。

 

『――――いいよ』

 

 女神の搾りかすは、生きてゆく意味をその赤に見出した。

 

 

 

 

 

 現実によっていつか折れる夢だけど、出逢ったのは夢ではなく本当。

 目覚めていたから、目覚めているだけでこの生が、己の人生が幸福であるという真実にたどり着いたからこそ、見続ける夢という矛盾。

 

 真に幸福なのは、現実なのか夢なのかはわからない。

 

 わからないけど……、これだけはわかる。

 

 

 

 

 

『クラピカが幸せになりますように』

 

 

 

 

 この現実(ゆめ)だけは、手離せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――夢の話をしよう。





クラピカがガス欠で寝てるシーンで絶対に魔力供給の話題を出そうと、連載当初から決めていたので満足です(笑)

それと感想返信で少し書いたのですが、期待されていたら申し訳ないのでここで明言しておくと、G.I編にソラは関わりますが、ソラがゲーム参加するのはキルアがハンター試験を終えたあたりからの予定です。

最初から参加しない作中での理由は、本編の通り。この段階だと、G.I.が現実世界だとわかってないので、本編の通り「直死をそこで使ったらヤバい」という判断から。
メタ的な理由では、G.I.前半は修業編なので、そこにソラがいても本当に「いるだけ」で他に書くことがないからです。
もう一つ理由はあるんですが、それはややネタバレになるので活報で書きますのでそちらをご覧ください。

そんな感じで、G.I.編はだいぶ後になりそうですが、ご安心ください。
ピエロ、キャストオフはやります。そこは絶対にやりますので、ご安心ください。
そしてソラさん、いつになるかわからんけど本当に本当にごめんなさい。

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