死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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12:答えは得た

(……変な女)

 もう何度目かわからない感想を、再びキルアは心の中で呟く。

 

「どーした? 寝ないの?」

 

 きょとんと予備のシーツと毛布を床に敷いて、そこに座り込んで訊くソラに何か言おうとして、けど言いたい言葉が思い浮かばなくって、結局キルアは「あぁ」とだけ答えて横になる。

 狭い部屋に一つだけある、ベッドの上で。

 

 * * *

 

 ハンター試験受験会場行きの交通機関は、当たり前だがハンター志望者でごった返す。

 飛行船の部屋が当日になってキャンセルが一つ出て、それをもぎ取れたのは幸運だった。

 例え、シングルの一部屋であっても。

 

 初めはキルアが嫌な顔をしたが、ソラのあまりの気にしてなさにまるで自分を異性として意識してほしがっているような自意識過剰さを感じて、同室であることは開き直って諦めた。

 が、さすがに同じベッドで同衾だけは断固として拒否するつもりだった。短い付き合いだが、この女は自分を「抱き枕」と言ってしがみついて一緒に寝たがりそうだと危惧していた。

 

 しかし予想に反してソラは備え付けの予備シーツや毛布をさっさと床に敷き、完全に自分が床で寝ることを前提としていた。

 キルアとしては、同衾は断固お断りだったがベッドも譲る気はなかった。

 家出して執事や兄の追跡から逃れるため、地元に限らず悪い意味で名が知れた家、家のことを知らなくても一人旅をしているというには無理のある年齢の三重苦で、キルアはほとんど宿泊施設には泊まれず、ここのところ野宿ばかりだったので、たとえ実家のベッドよりはるかに小さくてマットが固くてもゆっくり休める寝具が恋しかったから。

 

 恋しかったが、仕事の関係で野宿にはそれなりに慣れているから特に疲労は溜まっておらず、服や体があまり汚れていたらやはり補導対象になってしまう為、身なりにも気を使っていたのでおそらくソラは、キルアの事情を察してベッドを譲ったわけではない。

 ただ、自分が年上でキルアが年下だから。

 ただそれだけの、「当たり前」だったのだろう。

 

「……なぁ、ソラ」

「ん?」

 

 恩を着せる訳でもなく、キルアを「子供だから」と下に見るでもなく、こちらが言葉を失うほどに自然で当然のように、キルアにベッドを譲って、床に横になるソラを見下ろしながら、キルアは口を開く。

 

「ソラは何で、ハンターを目指してるんだよ?」

 ハンター試験を受けに行くというのに、キルアはハンターになど興味はなかった。志望動機はただの退屈しのぎと、家出中の自分にとってライセンスの特権はあれば便利だからに過ぎない。

 だから他人の志望動機にだって興味などなかったのに、知りたいと思った。

 

 この変な女のことが、知りたかった。

 まだ半日程度の付き合いなのに、自分はソラのことなどほとんど何もわかっていないのに、こちらのことはまるで見透かしたようにからかったり、認めてくれたり、与えてくれるのが悔しくて、なんだかむずかゆくって仕方がなかった。

 

 昔、同い年くらいの女の子が新しい執事としてやってきた時、「友達になってよ」と何度頼んでも「私は使用人で、キルア様は雇い主ですから」と言って、握手もしてくれなかった時に諦めたはずの「何か」を、思い出してしまった。

 今度は手に入るのではないかと、期待してしまった。

 

「別に、ハンターを目指してるわけじゃないよ。ただ、私は身分証明できるものがないからライセンスが欲しいが第一かな」

 何か目指すものがあったのかと思えば、意外と自分と似た理由だったことが何故か笑えた。

 が、続けられた言葉が何だか無性に気に入らなかった。

 

「あとは、弟を探すのに役に立つかもしれないから。っていうか、弟がハンター志望だからもしかしたら、試験会場にいるかなーって期待してる」

 

 目指すものなどなく、夢もない自分と同じだと思っていた所で、彼女にはちゃんと欲するものがあったことを知り、それが何だか無性に気に入らず、キルアはいらいらしながら枕を抱きしめて呟いた。

 

「弟がいたのかよ。お前なんかが姉だから、逃げ出したんじゃねーの?」

「あはは。それならいっそ、いいんだけどね。あ、ちなみに実の弟じゃないんだよ。義理とかでもなくて、正確には弟分でしかないかな?」

 

 キルアの失礼な言い分は、笑ってサラッと流される。

 何故「いっそいい」のかは気になったが、それよりも「実でも義理でもない、正確に言えば弟分でしかない」という言葉が、キルアの苛立ちを現金なことに鎮めていった。

 苛立ちの正体すらわかっていないキルアは、もちろんその言葉の何に安心して、期待したかになど気付けない。

 

 血の繋がりもなく、書類上の関係でもなく、ただ互いの「そうでありたい」という気持ちだけで繋がっているのなら、自分だって同じものになれるかもしれないと思った事など、彼は知らない。

 

「キルアの方は、どうなんだ? 憧れのハンターとかがいるの?」

 

 自分の気持ちを分析する前にソラの方からも同じ質問を投げかけられて、そのままキルアは何で自分がイラついたのか、そのことを疑問に思ったことすら忘却する。

 ただ、野宿ばっかりだったここ最近はもちろん、実家でも味わったことのないこの穏やかな時間に満足しながら、自分も答えた。

 

「俺だって特に理由なんかねーよ。ただ難関だからって聞いたから暇つぶしと、あとはやっぱライセンスはあったら便利じゃん。俺の歳で家出って、金があっても苦労するからさー」

「あ、やっぱり家出だったんだ」

 

 キルアの言葉に、ソラは納得したような声を上げる。

 事情は何も聞いていないが、やはり12歳前後の子供を死亡が普通にあり得る試験に受験など、まともな親なら絶対に止める。むしろ、子供が可愛ければいくつであっても普通は止める。

 だからソラは初めから、キルアを「ハンター試験を受けるために家出してきた」と思っていた。

 しかし、彼の答えでハンター試験を受けようと決めたのは家出をした後らしいことを知る。

 

「キルア」

「? 何だよ?」

 

 いきなり起き上ったソラに、キルアは横になったまま怪訝な顔をする。

 ソラはそのまま、部屋の電気をつけず床に座り込んだまま、キルアのベッドに頬杖をついて彼に尋ねる。

 

 ハンター試験を受ける為の家出なら、何も言うことはなかった。せいぜい、彼の家族の為に本人が嫌がっても出来る限り守ってやろうと思っていたくらい。

 けど、そうじゃないのならソラにはどうしても伝えておきたいことがあった。

 してほしくない「失敗」が、あった。

 

「君は、『家族』のことをどう思ってるんだ?」

 

 ソラの問いに、キルアは嫌そうな顔をして逆方向に寝返りを打つ。

 そのまましばらくたっても答えないキルアの背中に、ソラは一度だけため息をついて語る。

 

「キルア。老婆心で忠告しておく。

 家族が嫌いなら嫌いでいい。憎んでいるのなら、それは仕方ない。好きだけど、どうしても出ていきたかったのなら出ていくべきだ。逃げたいのなら、逃げてもいいんだ。逃げるが勝ちなんてよくあることだから。

 でもな、好きか嫌いか自分が相手をどう思っているのかがわからないまま、向き合わないまま逃げ出したら、たぶん割と後悔するよ」

 

「……何だよ、それ」

 

 背を向けたまま、キルアは訊きかえす。

 てっきり、キルアがどう思っていようが家族はキルアのことを愛してるだの、ありきたりな説教をされると思っていたら、一般論ではなく突き放したセリフを吐き出した。

 この女はもうやめる気でいるとはいえ、暗殺者の自分とタメ張るくらいに倫理観が壊れたドライモンスターであることなど昼間で理解してても良かったのに、すっかり忘れて勝手にふてくされた自分が恥ずかしくて、キルアは背を向けたまま動かない。

 

 だから、ソラがどんな顔をして語ったのかなどわからない。

 

「そうだな。せっかくだから教訓として聞いとけよ。

 好きか嫌いか、『まぁ、どっちでもいいや』って向き合わないでそのままにして、もうどうやっても『本当のこと』はわからなくなった、バカな私の話を」

 

 * * *

 

「私、家族が全滅してて天涯孤独なんだよね。

 父親が劣等感こじらせて私をぶっ殺そうとして、私を庇った姉は父親と共倒れして、自慢の跡継ぎだった姉が死んで期待してない私だけが生き残ったことに母親はショックと怒りで血圧上がりすぎたのか、脳の血管ぷっつり切れてお陀仏しちゃったんだ」

「おい、待て。ヘビーすぎる話をそんな他人事みたいに言うな」

 

 キルアは背を向けたまま至極当然なツッコミを入れる。

 ただでさえ話の内容が、ソラの世界ではもちろん、こちらの世界でもかなり特殊な家庭出身のキルアにドン引かれるレベルで重いのに、ソラのテンションは低くもなければ何かを誤魔化すように高くもない、今日の天気でも語るがごとくの普通さであることにキルアの心はさらに引いた。

 

「っていうか、何でお前の親父がいきなりお前を殺そうとしたんだよ?」

「んー、そこは詳しく話すとややこしいんだけど……」

 

 キルアの問いに、ソラはしばし考える。

 昼間の飛行船での乱闘でガンドと時々直死を使っていた為、キルアはソラを「なんか得体のしれない技を使う」というふうには認識されているが、どうも彼は初めにソラが自称した「魔術師」というのはまだ信じていないらしい。

 特に訊かれもしなければ、信じてもらえていなくても支障はなかったので、ソラの方からも何も言わなかったが、この話はソラの世界の「魔術」と「魔術師」について知っておかないと理解が出来ないだろう。

 

 だが、正確に説明するとまずは自分が異世界出身だという事から話さなくてはならず、そのこと自体は知られても構わないのだが、今説明するとそのあたりの説明の方が長くなり、ソラの言いたいことが言えるかどうか怪しかったので、それはまたの機会という事にして、ソラは適当に大筋さえあってればいいやの精神で説明した。

 

「えっと、私の家はある特殊な技術を代々受け継いできてたんだ。昼間に見せた奴とか、正確に言えばあれは違うんだけど似たようなもんだと思っとけ。

 それは一子相伝で、姉が受け継ぐことが決まってて、私は予備でしかなかったんだよね。

 本当は跡継ぎ問題でややこしくならないように、子供は一人がこういう家では普通なんだけど、私と姉が生まれる前にいた兄が、その技術を受け継ぐ直前に事故でポックリ逝っちゃって、その頃には親も結構高齢で同じことが起こったらお家断絶だからってことで、ギリギリ子供が作れるうちにってことで無理やり二人作ったんだ」

「……聞けば聞くほど、最低な家だなおい」

 

 あまり人の事が言えない家であることは自覚しているが、それでもなんだかんだで子供達を可愛がって、家族を大事にするゾルディック家では、魔術師の「子供は自分の魔術の研究を引き継ぐ後続機」としてしか見ない価値観が信じられず、さらに引く。

 ちなみに話の本筋に関係ないのと、ドン引きを通り越されるのがわかっていたのでソラは言わなかったが、ソラもおそらく彼女の姉も、自分たちが生まれる前に亡くなった兄の顔どころか名前さえ知らない。両親はどちらもほとんど話題にあげず、あげても「あれ」としか言わなかったからだ。

 

「うん、うちの親はどこに出しても恥ずかしい最低なクズだったよ。

 けど、そんな親からでも出来のいい子が生まれるんだよ。トンビが鷹どころかドラゴンを生んだってレベルで姉が優秀で、母親は兄が死んで子供を新しく作って良かったとか言うくらい天才的な人だったんだ。

 だから母親は姉に付きっきりで熱心に教育して、平均よりもやや下ぐらいの素質しかなかった私なんか本当に、最悪の事態に備えた予備でしかなかったから、入り婿で立場が弱くて見下してた旦那に私の教育は任せてたんだ」

 

 キルアの言葉をあっさり肯定して、やはりソラは他人事のように話を続ける。

 

「愛情で結ばれた夫婦じゃないから、父親は自分の嫁にはもちろん娘である姉にもコンプレックスだらけで、表向きは姉にもしものことがあった時に私が後を継げるように最低限の技術を叩きこんで、何もなければ普通に生きていけるようにとか言って本当に最低限の基礎しか教えなかったんだけど、今思えばその『最低限の基礎』がめちゃくちゃな教え方なんだよね。

 たぶん、私を家庭内ヒエラルキー最下位にしておきたかったんだろうな。まぁ、私は家を継ぐのも家の技術にも興味はほとんどなかったから、落ちこぼれだろうが気にしてなかったんだけど。

 

 そんな感じのバカ親を、子供ながらに冷めた目で見ながら過ごしてたらある日、うちの家の技術の開祖的な人が直弟子を取るって話が出たんだ。

 親は『開祖の直弟子』っていう肩書に目がくらんで、天才的とはいえまだたったの14歳だった姉に一子相伝の技術を受け継がせて、『うちの娘をぜひ!!』て売り込んだんだ。

 そしたら、その開祖のジジイが……」

「姉よりお前を弟子に取ったのか」

 

 そこまで話されたら、普通に想像がついたのでキルアが先回りして答えた。

 しかし背後のソラは少しだけ笑ってから、「惜しいね」と否定した。

 

「姉より私の方がマシとは言われたんだけど、本当にあえて選ぶならどっちかって言うとかろうじてでしかなかったんだ。

 ぶっちゃけうちの家は確かにそのジジイから教えてもらった技術を受け継いでるけど、受け継ぐ過程で色々ねじ曲がって本家とは割と別物になってたから、『うちの家の技術を継ぐに相応しい天才』である姉が、ジジイの弟子に良いとは限らなかったって話。なんていうか鳥が魚になりたいって言い出して、鷹や鷲よりアヒルとかカモみたいな水鳥の方がマシってレベルの話だから、当然私だって弟子に取られなかったよ。

 ジジイははっきりそんな感じで言ったから、母親と姉の方は普通に納得して諦めたんだけど、ここでバカ親父が極限までこじらせてたコンプレックスを爆発させたんだよね」

 

 ソラの補足に納得していたところで、忘れかけていた初めの「父親に殺されかけた」という話題に戻って、キルアは嫌な気分になる。

 家を継ぐ気はないが、父親の仕事ぶりに憧れを抱き尊敬しているキルアからしたら、この時点で想像もできないし信じられない話だが、ソラから淡々と語られる話はキルアの想像できない分覚悟していた後味の悪さを上回っていた。

 

「『普通』っていうものを見下してる人だったから、普通じゃない家に生まれたのに普通に生きるであろう私が、親父からしたら天上よりまだ遠い人から家族の中で一番マシって評価をもらったことが、気に入らなくて仕方がなかったみたい。だから、私を殺してなんていうか……自分の持ってる技術というかなんていうか、とにかく私を自分を強化させる材料にしようとしたんだよ」

「……お前ん家、マジで何だよ?」

「クズ」

 

 暗殺一家の跡取り息子に限界まで引かれてしまった。

 魔術回路やら魔術刻印やらの説明をしていない為、かなり猟奇的で異常な説明になってしまった事を自覚しているが、実際に猟奇的で異常だからいいやとソラはそのまま端的に質問の答えを述べてから話を続行する。

 

「そこからは初めに話した通りだよ。父親に殺されそうになったけど姉が気付いて助けてくれて、でも姉もまさか本気で娘である自分たちを父親が殺すわけないって期待してて、実力的には姉の方が父親なんかよりずっと上だったのにその期待が仇になって殺されたよ。父親からしたら、姉だってずっと前から殺してやりたい対象だったんだろうね。

 そんで、父親の攻撃で瀕死だったのに姉は私を守ろうとしてくれて、父親を殺した。

 

 その後、死んだ姉を抱えて母親の元に行ったら、やっぱりクズな母親は私なんか眼中になくて姉の死に怒り狂ってたよ。うちの一子相伝の技術って技術であると同時に物でもあったから、父親の攻撃を受けた際にそれもぶっ壊されて……って言うか、たぶんそれを狙って攻撃したなあのアホは。それで、もう姉はもちろん予備の私すら無意味になった事を知った母親が絶望すると同時に血管がプッツンして、そのままお亡くなり。

 こうして、私以外の誰もいなくなりましたとさ」

 

 引かれる筋合いのない家業の人間に、何度も引かれた話がようやく終わる。

 雑な説明だったので、キルアとしては気になるところや突っ込みどころは大量にあるのだが、その中でも特に気になって部分が自然に口からこぼれ出た。

 

「他人事みたいに話すんだな」

 自分の家の話なのに、ソラは終始他人事のように話し続けた。

 テンションは一定で、淡々と親のクズさも、家族の死も、まるで今日の天気でも語るように、今日の天気と等価値とでも言いたげに。

 そして、キルアの問いに関しても彼女はあっさりと、当然のように即答した。

 

「うん、そりゃほとんど他人事だと思ってるもん。

 昔から親がクズでバカでどうしようもないなーって思って嫌っていたし興味もなかったから、私は親に関して思う事は人でなしな感想だろうけど、死んで良かったとしか思わないな。まぁ、あいつらが人でなしだったんだから、人でなしな感想で十分だよね」

「……姉は?」

 

 その問いは、即答しなかった。

 一瞬黙ったソラに、キルアは相変わらず背中を向けたまま質問を重ねる。

 

「お前を守った姉の事も、他人事なのかよ? ……姉の事も、嫌いなのか?」

「…………キルア。その疑問こそが、教訓だよ。」

 

 * * *

 

 キルアの問いに、少し長い間を置いてからソラは答えた。

 答えた後に少しだけベッドのスプリングが軋んだ。その後のソラの声が先ほどより近くて低い位置から聞こえたので、ベッドにでも突っ伏したのだろうと思いながらキルアは黙って話を聞く。

 

「私はさ、姉のことが好きなのか嫌いなのかもわからなかったんだ。姉が私のことをどう思っていたかもな。

 だって価値観が全然違ってたし、同じ家に住んでるのに顔を合わせる方が珍しい生活を送ってたし、会話をすればどんな他愛のない話題でもいつの間にか姉の言葉はお小言か嫌味ばっかりだったし。私を見下してんのか、家を継ぐ重荷がない私を妬んでるのかよくわからない人だなとか思ってたよ。

 そんな感じで、姉に嫌われる心当たりならあったけど命がけで助けてくれる心当たりなんかなかったから、助けられた時は素で『何で?』って訊いちゃったよ。

 ……そしたらさ、血を吐きながら、父親に殺されるほど妬まれてたってことに絶望して泣いてたのに、笑って姉は言ったんだよ。

『そんなこともわからないの?』って。……それが、姉の最期の言葉だ」

 

 ソラに背中を向けたまま、ただ壁を見つめ続けてキルアは聞いた。

 相変わらず感情らしきものが見えない淡々とした声音で語られ、どんな顔をして話しているのかが気になったが、キルアはどうしても振り返れなかった。

 無表情でも、泣きそうな顔でも、何を言えばいいか、自分がどんな顔をすればいいのかがわからなくなりそうだから、頑なに背を向けたままキルアは言う。

 

「……だから、向き合えって言うのかよ」

「そ。向き合わないで、相手の事を自分がどう思っているのかわからないまま相手に死なれたら、後悔は半端ないぞ。なんせもう向き合う相手がいないから、永久に独り相撲だ。

 相手が死んでなくても相手の事をどう思ってるかわかってないと、相手のすること言うことがずっとモヤモヤするし、いざというときの躊躇いとか迷いにもなる。だから、向き合えるうちに向き合って、悩んで考えて答えを見つけておいた方が良いよ。そういうモヤモヤが溜まりすぎると、どう発散したらいいかわかんなくなって、結果10回中100回殺されたりするからな」

「お前、何やったんだよ!?」

 

 昼間も聞いた盛大に矛盾オーバーキルな発言にしんみりした空気が吹っ飛んで、ようやくキルアが振り返って突っ込む。

 どんな顔をしてるか不安だったソラは、ベッドに顎を乗せてやたらと遠い目をしていたことにちょっとホッとしたが、同時にやたらとムカついた。

 

「八つ当たりで、ある意味元凶のジジイを殴りに行った結果の返り討ち」

「そのジジイは何者なんだよ!?」

「化け物」

 

 キルアの疑問に答えているのに、更なる突っ込みどころでしかない返答をするソラは、へらりと笑う。

 昔の失敗を誤魔化すように。

 

「別にさ、ジジイが悪いわけじゃないのは最初からわかってたんだよ。ジジイは気まぐれだけど頑固で、私以上にその場のノリとかムカついたからってとんでもないことをしでかす人格破綻クソジジイだったけど、他人の不幸を喜ぶバカじゃないし。

 あのジジイは、たぶん初めからわかってた。私の家は遅かれ早かれ、似たり寄ったりな結末になることくらいわかってたから、言っただけだ。

 ……それでもムカついたから、友達の父親が何で探偵やってないの? ってレベルで探し物探し人を見つける達人だったから、その人に頼んでジジイを見つけて殴りに行ったんだけど、見事に返り討ちにあった挙句何故か気に入られて結局、いつの間にか私はそのジジイの弟子になったよ。何でだ?」

「俺が訊きたいわ!!」

 

 キルアに訊いているが、ジジイが自分を弟子にした理由は知っている。

 彼の「魔法」ならソラの行動くらい予知出来ていただろうが、それでも実際に見てみたら想像以上に面白かったからに過ぎない。

 

 ソラが八つ当たりで殴りに来たことはもちろん、その八つ当たりは「家族が全滅するきっかけ」になった事ではなく、「自分には永久にわからない『姉が自分をどう思っていたか』を知ることが出来るから」であった事、そして自分も彼の「魔法」を得ればその「答え」がわかるというのに、その魔法を「いらない」と答えたことを、かの魔導元帥はぼろ雑巾のようになって倒れ伏したソラの上に座り込んで爆笑し続けていた。

 

 違う世界を見ようが、過去に戻ろうが、もうソラが体験したという事実は消えないから、ソラにとって姉の真意と自分の感情は、「わからない」が答えだから。

 それ以外の答えは、別の「ソラ」の為の答えだから「いらない」と言ったソラを、自分の「魔法」を全否定したソラに、少年のような楽し気な笑みを浮かべて彼は言った。

 

『その答えを得ているのなら、お前はいつか必ずさらにその先の答えを得る。最果ての手前くらいの世界でな』

 

 その「予言」を思い出せば殺意混じりのムカつきが湧き上がると同時に、少しばかりの感謝も生まれる。

 魔法使いの言う通り、ソラは「その先の答え」を得た。

「本意はわからないけど、私はこうだったと信じたい」という答えを、最果てから逃げ出して辿りついたこの世界で確かに得た。

 

 遠い目から急に少し嬉しそうに笑ったソラに、キルアは戸惑う。

 そんなキルアの頭にソラは手を伸ばして、自分の白髪よりも柔らかくて艶のある銀髪をかき混ぜるように撫でて言う。

 

「本当の気持ちなんて自分のことでもわからないとか言うけど、それを言い訳にして向き合わない、考えないのは良くないよ。失った後でも考えて答えを見つけないと、足を動かしても迷走するだけで前に進めなくなる」

 

 ソラがもしも、「並行世界」や「時間旅行」に「答え」を求めていたら、きっとどの世界の「姉」と出会っても「答え」に満足は出来なかったと思っている。

 他に答えを求めず、だけどずっと「知りたかった」という傷を手放さなかったからこそ、あの答えを得た。

 

 初対面だったけど、彼が無事であることが、「あの子」を助けることができたことが嬉しくて誇らしかった。

 ソラの未熟で拙い魔術を「すごい」と言って懐いてくれたのが、可愛くて仕方なかった。

 

 順序は逆だが、きっと姉も同じだったとソラは勝手に結論付けた。

 別に命に代えても守りたかったわけではなかっただろうが、見捨てることが出来ないくらいに姉は自分のことが好きで、自分だって未だにもやもや悩んだりするくらいにちゃんと姉が好きだったという「答え」を、確かに得ることが出来たから。

 

「どんな答えでもいいんだ。別にその答えを一生続かせなきゃいけない訳でもないんだから。嫌いになりたいときに嫌いになればいいし、好きになりたかったら好きになればいい。

 ……君は、好きになりたい人を好きになればいいんだ。その為に、ちゃんと向き合いなさい。キルア」

 

 長いソラの昔話と老婆心からの忠告を、キルアは「ふん」と鼻を鳴らして自分の頭を撫でるソラの手を払い、そっぽ向いた。

 その対応に、ソラは「仕方ないなぁ」と言いたげに苦笑したが、キルアは目を閉じて仰向けのまま小さくつぶやくのを聞いて、苦笑が嬉しくて仕方がないという笑みに変わる。

 

「……まぁ、気が向いたら考えてやるよ」

 

 素直さは全くないが、素直じゃない子供には3年前のたったの一月ほどの付き合いで十分に慣れていたから、ソラにとってはその「答え」で十分だった。

 

 * * *

 

 気が向いたらと言っておきながら、目を閉じるとソラの話が、言葉が蘇り、同時に家族の顔が浮かんでは消える。

 

 レールを敷かれた人生が嫌で家出して、ハンターになったら家族を「いい金になるから」と思ってとっ捕まえようかなとぼんやり考えていたが、そんなことが出来る程の実力がまだないことは自覚している。

 家族を捕まえるなんて、空が飛べたらとか魔法が使えたらいいなと同じくらい現実味も他愛もない空想でしかなかった。

 

 だから、きちんと考えたことなどなかった。

 

 家族の事をどう思っているかなど、キルアは考えたことがなかった。

 

 母と次兄を刺した。

 自分を溺愛する過保護過干渉な母親をウザいと思い、ヒステリックで自堕落な次兄を見下してはいたが、嫌いとは言い切れなかった。

 母親に褒められて嬉しかった記憶、次兄とゲームして笑いあった思い出も、確かにあった。

 

 長兄の事は家族で一番苦手だが、自分を大切にしてくれていることはわかってる。

 

 もしもハンターになって、そして祖父や父親、長兄と渡り合えるぐらいの実力を得て、そのうえで家族と敵対した場合、自分は戦えるかどうかが全く分からなかった。

 

(……ハンターになるっていうことは、そういう未来もあるってことなんだよな)

 答えが見つからない苛立ちで睡魔が遠ざかって、さらにイライラしてきたタイミングで声をかけられる。

 

「キルア」

 呼ばれて目を開けて顔を向けると、ソラはまだベッドに顔を突っ伏していた。

 机の上で居眠りをするような体勢のまま、彼女は腕を伸ばしてキルアの手に触れる。

 

「手を繋いでくれないか?」

「……ガキ扱いすんじゃねーよ」

「違う。私が本当に一人で寝たくないんだよ」

 

 自分の迷いや悩みを見透かされたのかと思って、意固地な拒絶の言葉を吐けば、ソラは「自分の為」と言った。

 言い訳かと思ったが、続いたソラの声音があまりに弱々しく、キルアは言葉を失った。

 

「独りの時は我慢できるけど、傍で誰かが寝てるならその人の体温を、生きている証を感じていたいんだ。一人で目を閉じているのは怖いんだ。

『あそこ』にまた落ちて、融けて、消えてしまいそうな気がして嫌なんだ」

 

 何のことかキルアには全くわからないことを言いながら、ソラの指が縋るようにキルアの手に絡む。

 

「………………わかったよ」

 それだけ答えて、キルアは握り返す。

 

 自分より背が高く、自分より10歳近く年上で、そして自分よりガキっぽい時もあればどうやっても追い越せない大人だと何度も思い知らす女の手は、自分とさほど大きさは変わらず、指は自分よりも細かった。

 簡単に握りつぶせてしまいそうな手を握って、キルアは再び目を閉じる。

 

 瞼の裏の暗闇の中、少しだけ安心したような柔らかく「ありがとう」と言ったソラの声が、遠ざかっていた睡魔を呼び戻す。

 

 家族をどう思っているかの答えは、まだ見つからない。

 けれど繋ぐ手の柔らかさと体温が、一つだけキルアに「答え」を教える。

 

 この変な女のことは、決して嫌いじゃない。

 

 今、キルアに得ることが出来た答えはそれだけだった。

 それだけを手放さないように指を絡めて、意識を夢の中へと手放した。




原作通りのクイズをさせると、ソラが「両方」と即答して譲らないので、ソラ自身をクイズ出題者の立場にしてみました。

それにしてもこの女は気づいていないとはいえ、イルミに対して自分の死亡フラグを立たせるのが得意だな。


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