死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

129 / 185
ソラの深刻ではない受難編
112:とりあえず社会的に死ね


《申し訳ないが、私の代理で仕事を頼めるか?》

 

 11月の中ごろ、約1か月ぶりに連絡をしてきた相手がしばし近況報告と雑談を交わしてから、非常に申し訳なさそうに本題を口にした。

 その本題に、ケータイを耳に当てたままソラは小首を傾げて訊き返す。

 

「別にかまわないけど、どんな仕事? また死者の念が絡んでそうなの?」

 

 ソラのごく真っ当な問いに代理を頼んできた相手……、ガスグラムランドの事件の依頼者にして仕事仲間、そして現在「共犯者」のアタランテは、また更に申し訳なさそうに、そして同時に何故か困惑した様子で答えた。

 

《それが……実は私も全くわかっていないのだ》

「どういうことなの?」

 

 * * *

 

 

 アタランテが申し訳なさそうだった理由は、以前の仕事がソラは全く気にしてないがアタランテが一方的にソラに迷惑を掛ける形になっていたのに、それからたったの一月ほどでまた仕事を依頼していることだろうと思っていたが、それだけではなく説明したくても本人もどのような仕事なのかがわからないことのようだ。というか、割合としてはそちらの方が大きい。

 

 さほど長くも深くも付き合っていなくても、アタランテは肝心すぎる情報を聞き逃すほどマヌケでも、語られなかったことを疑問に思わぬほど愚鈍でも、聞きたくても訊き返せないほど臆病でもないことくらいはわかっている。

 だからこそ余計に、「何もわからない」というのが信じられず、ソラは大いに戸惑う。

 

 その戸惑いにアタランテは「気持ちはわかる」と言いたげな溜息を吐いて、自分がなぜ仕事内容を全くわかってないのか、そんな仕事の代理をわざわざソラに打診している理由を語り始める。

 

 アタランテに仕事を依頼してきたのは二人。

 一人はアタランテの師に当たる女性ハンター。

 彼女はアタランテが自分から弟子志願して師事しているミザイストムと違い、ゴンにとってのウイング、つまりは裏ハンター試験で基本の四大行を教えるために派遣されたハンターである為、ハンターとしての活動分野はアタランテには全く興味がない分野だった。

 

 なので、アタランテは彼女から念の基礎を教えてもらい、裏試験に合格した時点でその女性ハンターとの師弟関係は終了しているが、いくら人間嫌いでもそこで人間関係をすっぱり切るほどアタランテは排他的ではない。

 偶然かそれともアタランテの男嫌いを協会側が配慮してくれたのか、その女性ハンターも同じく男嫌いだったのと、同郷だったのもあってか普通に気が合って親しくなり、今も少し歳の離れた友人が一番近い関係の名だ。

 

 そしてもう一人は同期のハンター。

 こちらは男性なので、アタランテとしては仕事の付き合いしかしていないが、アタランテにしては比較的好感が持てる人物らしい。

 

 そんな二人は偶然同じ仕事でチームを組むらしく、そしてその仕事にはあと一人欲しい助っ人しての条件にアタランテが合うので、「助っ人になって欲しい」とアタランテに依頼してきた。

 ちなみに、どちらもアタランテという接点があったとは知らなかったそうで、その為か女性ハンターの方は二週間ほど前に、同期からは一週間ほど前に依頼という時間差があった。

 まぁ、タイムラグなど関係なくアタランテはどちらの依頼も断った。

 

 理由はもちろん、ジャックとアバキのことがあるからだ。

 

 ジャックとアバキは今現在、ジャックの能力を発動させない為の能力開発をしている最中。

 さすがに、ソラが「ジャックとこのまま生きていくの?」と問われて啖呵を切った「『死にたくない』って思う人間を思う前に先に助けてやる」が現実的ではないのは全員が百も承知。

 その方法にこだわって諦めない姿勢は尊いものだろうが、現実味がなく圧倒的に実力不足な手段に縋り続けるのは、それはもはや目標を届かぬほど高く設定することで失敗して当然、恥ずかしくないと自分に言い聞かせ、こんなに立派な目標のために頑張ってるのだから失敗を責めるなと他者に強制しているようなもの。

 

 なので、諦める訳ではないが理想は理想とひとまず横に置き、現実的にジャックの能力が発動せずに済む方法を模索した。

 その結果、アバキが基礎くらいしか出来ておらず彼女固有の能力を何も持っていないので、これから開発する彼女の能力はジャックの能力を封じる、もしくは弱体化させて対処しやすくなる能力にしてもらうように話はまとまった。

 

 そしてその能力は具体的に二つ。

 ジャックの“円”を封じるものと、異空間を作ってそこに誰かを隔離する能力を開発することに決まっている。

 

 前者は、下手にジャックの能力そのものを無効化させる能力にすると、ジャック自身が念能力そのものなので彼女自身の消滅に繋がる恐れがあった為、とにかくあの広範囲すぎる“円”を封じることで、ジャックの能力の効果範囲を「ジャックが見聞きできるくらいの範囲」にまで狭める。

 

 もちろんこれだけだと、範囲がかなり狭くなっているので今までよりだいぶマシだろうが、能力自体は健在なので結局ジャックは人と関わることがほとんど出来ないだろうし、そこまで気を付けていてもやはり事故は起こりうる。

 そこで、後者の異空間への隔離を使う。

 

 ジャックのターゲット条件は「死にたくない」と思っている人間なので治癒系の能力開発も考えたが、おそらくは対象の治癒よりもジャックの能力発動の方が早いし、第一いじめや虐待などで精神的に追い詰められて「死んだら楽になれるのかな? でも死にたくないな」と思っている相手もターゲットとして対象ならば、物理的な治癒能力は意味がない。

 

 だからこそ、異空間への隔離という能力の開発をソラは提案した。

 ジョンの一件からして、ジャックの能力はターゲットを見つけてから能力発動するまで少しばかりの猶予がある。

 だからその猶予を使ってぶっちゃけた話、ジャックを能力範囲外であるアバキが作った異空間に放り込んで一時的に隔離すればいいとソラは言い放った。

 

 方法そのものは雑すぎるが、アバキは放出系なので系統的にその手の能力は相性が良く、ジャック以外にもその空間に出入り可能ならジャックの能力対策以外にも使いどころが多くて便利だ。

 何よりターゲットがいつどこで現れるか、そしてそのターゲットがどんな状況かが全く予測できないのだから、ターゲットをどうにかするよりはその状況で一番の危険であるジャックを隔離してからターゲットを助けるのが、どのような状況でも出来るであろう対応なので、その案は採用された。

 

 もちろん言葉で言うのは簡単だが、念能力者として優秀とは言えないアバキでは、系統でいえばどちらも相性がいいものとはいえ、能力そのものの系統がかなり違うもの二つの開発はかなりの無茶ぶりだ。

 特に後者の能力は、かなり優秀な能力者でもほとんど見ないほど希少な能力なので、アバキの不足分はジャックが補うこととなっている。

 

 前者の“円”を封じる能力は操作系寄りの能力だが、アバキの放出系は操作系と隣り合って相性がいいし、ジャック専用という制約を付けることとジャック自身もそのことを望んでいる為、おそらくは簡単に作れるとソラもアタランテも見ている。

 そして後者の能力も、ジャックのオーラを補助として受け取る相互協力型の能力として作れば、最低でもジャック一人をしばらく隔離出来る空間くらいは作り、維持できるだろう。

 

 そんな風に話が具体的にまとまっているが、アタランテにとっても前者の“円”封印はともかく、異空間の作成と維持、そして空間への出入りなんて能力にどんな修行を付けてやればいいのかわからず、手探り状態だ。

 もちろん、能力以外に関しては普通の子供であるジャックや、念の知識は基本中の基本しかないアバキでは、自力で修業しろと言われても、知識がなさ過ぎて手さぐりさえも出来やしない。

 

 また、ジャックの能力が発動しないように彼女の“円”の範囲内に人里がないほど深い山の中に3人は滞在しているが、全く誰も入ってこないほどの秘境でもないので、ジャックの能力発動がいつ起こるのかはわからない。

 遭難者はもちろん、山に慣れてないアバキが何らかの事故に遭って死にかけたらそれこそ最悪の事態なので、アタランテは二人から離れるわけにはいかないと判断して二人、特に先輩にして師匠にして友人である女性ハンターに悪いと思いつつも、断った。

 

 2週間前に依頼した女性ハンターの方は、まだ時間に余裕があったからなのかあっさりと引き下がってくれたからいいのだが、1週間たってもまだ条件に合う助っ人が見つからないことに焦ってか、同期の方は何度断っても毎日のように泣きついて来て今に至る。

 

《で、どういうわけだか知らぬが、何故かそれ以上は語ってはくれないのだ。どんな仕事かも、なぜ私が助っ人としての条件に合うのか、肝心な所を頑なに口をつぐんで話してはくれぬ》

「何だそりゃ?」

 

 アタランテの話にソラは正直な感想を零す。

 アタランテの方もソラの感想と同じことしか思えないので、また深い溜息を吐いて続きを語る。

 

《わからん。

 最初の依頼は『時間に余裕があればいい』くらいのニュアンスで、こちらが詳しく訊く前に難色を表した時点で引いてくれたから疑問に思わなかったのだが、1週間たっても助っ人が見つからないからかナックル……同期がしつこく泣きついて来るくせに口を割らん。

 あやつは少し……いや救いがたいほどに抜けている所があるが、芯の通った良い奴だ。私と同じく人間より獣に近く思えるが、しかし獣としても甘いくらいに優しすぎるきらいがあり、結局どこでどう生きても不器用な生き方しか出来んところを気に入っているから、そんな奴が持って来た仕事ならば、奴自身が騙されてない限りこちらを騙す意図のあるようなものではないと信頼しているのだが……》

「君にしてはその同期を気に入ってることはわかったけど、全然褒めてないよね?」

 

 アタランテはナチュラルに同期を割とボロクソに言いつつも、確かにその評価なら他者を騙すような意図がある人物には思えない。

 しかし、だからこそ余計にどのような仕事なのか、アタランテが助っ人として最適と判断された条件が何なのかを語らないのは不審すぎる。

 そもそも、未だに助っ人が見つかっていないのなら何故その同期だけがしつこく「助っ人になってくれ」と拝みこんでいるのか、初めに依頼してきた女性ハンターの方から再度の要請がないのかが疑問だ。

 

 だがソラの後者の疑問だけは、既に解決していた。

 

《あぁ、それは単純に私に気を遣ってくれているのだろう。

 ……彼女は私が目指す場所、叶えたい夢を知っているから、私が今、子供の世話を見ていると言えばあっさりと引き下がってくれたのだ。同期が断ったのにしつこく頼み込んでくると伝えたら、やめるように言い聞かすとも言ってくれたから間違いないだろう。

 ただ彼女も、そこまでしなくていいからどうしてここまで私に助っ人を頼むのか、その理由を教えてくれと言っても教えてはくれなかったな》

「う~ん……。守秘義務かなんかがあるにしても、ここまで前情報がなけりゃアタランテじゃなくても怪しくて誰も受けないよね? 何考えてるんだ、その二人は」

 

 ソラの疑問をアタランテは事もなげにアタランテは答えるが、やはり一番肝心な仕事に関しての情報がほぼゼロである。

 ソラの感想にまた「そうだな」と同意してから、アタランテは話を続ける。

 

《で、本当に言い聞かせてくれたようで、昨日はかなり憔悴した様子で今までのことを謝ってくれたのはいいのだが、私が無理なら誰か紹介してくれないかと言い出したのだ。

 しかもやはり仕事の内容は語らず、紹介してほしい助っ人の条件も『私と気が合う女』という抽象的すぎて訳がわからんものだ。

 

 さすがに『いい加減にしろ! 私をおちょくっているのか!?』と怒鳴ってしまったが、すぐに後悔した。……自分の短慮さで汝やジャックたちを傷つけたのはつい先日のことだというのにな》

 

 そう言って、自嘲するような笑みがかすかに聞こえた。

 ソラは「そんなことないよ」などといった、言ってもアタランテは納得しない、自分を絶対に許さないから意味のないフォロー入れず、続きを待つ。

 

《私に怒鳴られて、奴は観念して私に語らなかったことを一つだけ教えてくれた。彼も、私に気を遣ってくれていたのだ。

 どうしても私が助っ人に欲しかったくせに、私が強く責任を感じることがないように、脅すような真似をしたくなくて黙っていてくれたのだ。

 

 ……子供に被害が出ているという事実を、語ってくれた》

 

 アタランテがソラに悪いと思いつつも、代理を頼んだのはこの為。

 見捨てられなかった。見捨てたら、もう彼女は自分の夢へと飛び立てなくなるから、どんなに図々しくともソラに縋った。

 

 女性ハンターはもちろん、同期もアタランテの夢が具体的にどんなものかは知らなくても、彼女が子供を特に慈しんでいることは知っていたのだろう。

 だからこそ、そのことを告げたらアタランテは一なくも二もなく仕事を受けてくれた可能性が高いことくらいわかっていたはずなのに、一度も言わなかった。

 

 それは、被害が出ているとはいえ取り返しのつかない被害はまだ出ていないから大袈裟にしたくなかったのもあるかもしれないが、間違いなく二人は自分に気を遣ってくれていたことをアタランテは理解している。

 そしてアタランテは知っている。

 同期の男はガラが悪くて態度も悪くて、ついでにセンスもだいぶ悪いが、彼は素直ではないがアタランテと同じくらいく子供に対して慈しんでくれる人であることを知っている。だからこそ、アタランテは異性でありながら彼を信頼している。

 

 そんな同期は、アタランテに気を遣いながらも子供の被害をこれ以上大きくしたくなかったから、早急に解決したかったからこそ、何故かろくに情報が語れなくとも条件に合うアタランテにしつこく頼み込み、そして彼女と似た女性なら……と縋る思いで、アタランテに紹介と仲介を頼んだことをようやく理解した。

 

《もう一人の方に連絡をしたら、やはり気を遣われて私は気にしなくていい、自分たちで何とか探すから忘れていいと言われてしまった。どうやら私は向こうに相当気を遣わせていたようだ……。

 だから、私自身がやはり仕事を受けると言ってもまた更に気を遣わせるだろうし、初めに断った理由である子供はどうした? と訊かれたらこちらが痛いから、図々しいのはわかっているのだが汝に頼みたい。

 

 どうか、私の代わりに二人からの仕事を受けてくれないか?》

 

 自分で言っておいてひどく甘えてた言い分に反吐が出る思いだったが、その図々しい頼みをソラは即答した。

 

「いいよ」

 

 そのあまりに軽い返答は、予測していた。

 だからこそ甘えた自分が嫌で嫌でたまらないのに、彼女の返答は本当に気軽で何の負担にもなってないと言わんばかりで、アタランテの背負い込んでいた罪悪感をさっさと奪い取る。

 

 気軽じゃなくても、負担ばかりでもこんな返答をすることはわかっているのに、気遣いでも強がりでもなく本気で「負担になんかならないよ。負担になんかさせないよ」と思っているのも知っているから、アタランテは「ありがとう」という礼と一緒に、もう一つ図々しい頼みをする。

 

《無理はするな。私が言うのもなんだが、私は汝に傷ついて欲しくなどないからな》

 

 アタランテの言葉に、ソラは「わかってるよ」と言って笑った。

 しかし、先ほどのように「いいよ」とは言ってくれなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 アタランテの代理として仕事の依頼を受けて、カキンという国の空港でソラは迎えに来てくれるはずのアタランテの同期を探す。

 その同期は、すぐに見つかった。

 

「うわっ! 本当にアタランテが言ってた通り古代のヤンキーだ!!」

「誰が古代のヤンキーだ!! っていうか、アタランテがそう言ってたのかよ!?」

 

 遠慮もクソもなく、ソラは空港のベンチで大股開きで座っていたリーゼントに長ラン姿、確かにもはや一昔前どころか古代と言っていいヤンキーを前にして、珍獣を見つけたように無邪気な声を上げて初対面で相手をブチキレさせた。

 しかしそんなのソラからしたらいつものことなので、その古代のヤンキールックが似合いすぎる強面に怒気をバンバンぶつけられながら睨まれても、ソラはケラケラ笑って無防備に右手を差し出した。

 

「あはは、ごめんごめん。けどやたらと似合ってるね。

 よろしく、ナックルさん。私がアタランテの代理のソラだよ」

 

 おかしげに笑いながら名乗って握手を求める相手に毒気が抜かれたのか、ナックルの丸くなった目は自分に差し出された右手とソラの顔を何度か往復しつつ、自分の手も差し出そうかどうか悩むように中途半端な位置で上下を繰り返す。

 その挙動にソラは小首を傾げて、「何してんの?」と尋ねた。

 

「……いや、アタランテと気が合う女ってことは……その……俺が握手とかしていいのかって思ってな」

「あぁ、なるほどね。私はアタランテと友達だけど、別に男嫌いじゃないよ。むしろ友達は男の方が多いかなー」

 

 ナックルがやや眼を逸らして言いにくそうに答えた言葉に、ソラは納得して否定する。

 どうやらアタランテがどのような女性かを知っているからこそソラも同類だと思っていたから、友好的に笑って握手を求めてきたことに戸惑い、本当に握手していいのか悩んでいたようだ。

 

 そもそも、彼が何故か求めていた助っ人の条件がアタランテか「アタランテと気が合う女」であることから、「もしかして、助っ人の条件は男嫌いか?」と思うが、それだとやはりアタランテに隠す必要がないので疑問が深まり、ソラは尋ねる。

 すると、ナックルの逸らしていた目がさらに泳いであさっての方向を向く。

 

「…………いや。そんなことはねーよ」

「? じゃあ、『助っ人の条件』って何? 私はアタランテとけっこう仲良いつもりだけど、物事の好き嫌いがばっちり一致してるほどじゃないから、それを教えてもらわないと結局私は無駄足もいいとこなんだけど?」

 

 何故か今になっても助っ人の条件も、仕事の具体的な内容もやはり話さないナックルにソラは真っ当な疑問をぶつけるが、それでもナックルは頑なに目どころか顔も背けて答えない。

 その反応をしばし無言でソラは眺めていたが、数秒後に一度ため息を吐いて質問を変える。

 

「……ナックルさん、これだけは答えて」

 

 一歩近づき、ソラはナックルの背けていた顔を両手でわし掴んで無理やり顔を自分に向ける。

 そして、蒼玉から蒼天へと瞳の色を変幻させて訊いた。

 

「アタランテを騙してない?」

 

 突然、5年前に虐殺されて全滅したとされるクルタ族の「緋の眼」のように、瞳の色が変わる。

 言葉通り目の色を変えられたことに絶句するナックルの反応を歯牙にもかけず、ソラはナックルを真っ直ぐに見たまま言葉を続ける。

 

「もう面倒くさいから、話したくないなら話さなくていい。けど、これだけは答えろ。

 アタランテは知っての通り、男嫌いだ。けど、あなたのことは凄く信頼してた。あなたが何も語らない理由に、あなたが自分を騙してるなんて有り得ないからこそ疑問に思ってた。

 

 ……アタランテは今、どうしてもあなた達の手伝いにいけない理由がある。それさえなければ、彼女はこんな訳の分からない状況に困りながらも、来てくれたはずだ。

 そんな彼女を騙していたのなら、彼女の何かを傷つける為、奪う為だったとしたら私は……絶対に許さない」

 

 最後の言葉はナックルの目の前……からはやや外れて目の下、右の頬骨あたりに触れるかどうかぐらいのギリギリの位置に指を突き付けて言った。

 ただそれだけなのに、どうともない箇所に触れもしなかったのに、ナックルの背筋に悪寒が全力疾走する。

 今まで戦ってきた、対峙してきたどのような相手にも感じたことがないほど「怖い」と思った。

 

 それほど強く、濃い「死」が目の前にあった。

 目の前の(あお)が、「死」そのものだと思った。

 

 アタランテは電話で告げた「代理」は、「白い髪に両性にして無性の美貌、そして蒼天にして虚空の眼を持つ、死神以上の死神だ」という言葉の意味を、理屈ではなく本能に刻み込まれて知る。

 本能が今すぐに自分の顔を既に掴むというより触れている程度の手を振り払って逃げ出したいと叫んでいる。

 

 しかし、ナックルは逃げるために泳ぎかける視界を根性で真っ直ぐ前に固定し、「死」に通じるスカイブルーの眼を睨み返して答えた。

 

「当たり前だ。俺だって絶対に許さねぇ!!」

 

 その宣言に、無表情だったソラの顔が晴れやかな笑顔になる。

 同時に瞳の明度は落ちて蒼玉の眼に戻り、ソラはナックルから手を離す。

 

「そっか。じゃあ、アタランテを泣かす奴がいたら一緒にブッ飛ばそうか」

 

 そう言って、クルリとソラはナックルから背を向ける。

 あっさり引いて、そしてあれほど怖かった「死」の気配も雲散霧消させた相手に背中をナックルがポカンと眺めていたら、3歩ほど歩いたソラが振り返って言う。

 

「何してんだよ? さっさと出ようよ。それとも、仕事の現場が空港(ここ)だって言うの?」

 

 まさかの、本当にナックルの答えでソラは納得し、それ以上を訊きはしなかった。

 助っ人の条件も、仕事の内容も、どうしてナックルが何も語らないのかも本当に訊かず、ただ彼らが望む助っ人の役割を果たすと言ってくれた。

 

 その言葉で先ほどの本能に刻み付ける「死」の気配と恐怖、そして変幻する瞳に対して抱いていた「こいつは何者だ」と言う警戒心は一気に薄れ、代わりに湧き上がったのは…………

 

「……ナックルさん。何で土下座してんの?」

「……いやマジで、騙してないし傷つけたり何かを奪ったりする気は一切合財ないけど、マジでないんだけど、むしろ知らない方が平和だから黙ってるんだけど、ほんとマジですみません!!」

「訊かないつもりだったけど、マジで何させる気だよ!?」

 

 罪悪感のまま衆目で土下座して謝り倒すナックルに、さすがのソラも前言撤回してもう一度だけ尋ねた。

 

 * * *

 

 仕事場と言うべきなのか現場と言うべきなのか、それさえも判断できない情報ゼロのまま向かったのは、空港がある都心部から車で数時間かかる片田舎。

 そこへ到着するまでやはりナックルはほとんど仕事内容などに関しては話さなかったが、彼はアタランテの言う通り根が心配になるほど善良な為、話せる範囲で話してくれた。

 

 それでもわかったことといえば、ナックルはビーストハンターであること、既に人死にが出ている事件であること、しかしその死んだ相手は子供ではなくて自業自得の犯罪者だからひとまず気を病まなくてもいいこと、けれどいつアタランテに語ったように子供が最悪の事態に陥ってもおかしくないことくらい。

 半端な情報は余計に謎を深めるだけで、結局ソラは「寝てていい」というナックルの言葉に甘えて、道中はほとんど寝てた。

 

 そして日が暮れかかかった頃にようやく目的地に到着し、ホテル等の宿泊施設もないので借りている空き家の庭先でソラは目を丸く、ナックルは「……何だこの状況は?」と言いたげに疲れた顔をして見た。

 

「……ごめん、ナックルさん。私、黒ミサとかサバトとか黒魔術系や呪術系は苦手分野なんだ」

「得意分野な方が嫌だっつーの!! っていうか何つー勘違いしてんだお前は!? いや、してもおかしくねぇなこれ!!

 おいコラメディアァァァッ!! お前、空き家とはいえ民家で何、謎の魔女鍋作ってんだ!?」

「うっさいわね! 晩御飯作ってるだけよ!!」

 

 ソラが困ったように苦笑しつつ真面目に自分の得意な魔術分野じゃないと答えるが、ナックルは冗談か皮肉と受け取り、しかし皮肉だとしても言われて仕方ない光景が出来上がっていたので、彼は突っ込みの対象をソラから滞在している空き家の庭で携帯コンロを使って鍋をかき混ぜてた、黒いマントに口元しか見えないくらい深くフードを被った女性を怒鳴りつける。

 

 そして女性もナックルに怒鳴り返してから火を止め、パタパタと小走りで庭の柵のあたりまでやって来て、ソラに挨拶を交わす。

 

「ごめんなさい、気付けなくて。あなたが、アタランテの代わりに来てくれた子ね。

 よろしく、私はメディア=クズキ。ドラックハンターをやってるわ」

 

 言って、絵本に出てくるテンプレートな魔女みたいな恰好の女性は、顔を隠していたフードを脱いで素顔を晒す。

 その素顔は、何故こんなにも怪しげな格好で隠していたのか首を傾げるほどの美女だった。

 しかしその美女は、美女であることよりも目立ってしまう特徴を持っていた。おそらく、これを隠すためのフードだったのだろう。

 

「エルフ耳だ!! 触っていいですか!!」

「えっ!? それは……ちょっと遠慮してほしいわ」

「おめーは初対面でいきなり何を言ってんだ!?」

 

 ソラはメディアの紫がかった光沢を持つ髪からピンッと飛び出る尖った長い耳に目を輝かせて、挨拶や自己紹介も抜きに正直すぎる要望を述べ、メディアを困惑させた挙句にナックルに後頭部を殴られた。

 

「わかりました、ごめんなさい。触っていいって許可がもらえる信頼関係を目指します」

 

 しかしビスケに殴られてもケロッとしてることが多いこの女は、ナックルの一撃を「痛い!」とも言わず、けど素直に引き下る。

 引き下っているがメディアの特徴的な耳を触ることは全く諦めていないらしく、言われた当人をさらに困惑させるが、真顔で言ってることから全部本気であることを察して、思わずメディアは吹き出す。

 

「ふふっ。アタランテの友達にしては、ずいぶんあの子とタイプが違う子ね。でも、あの子は自分から他人と関わろうとはしない子だから、あなたみたいな子が周りにいると助かるわ」

 

 アタランテに対して弟子や友人というより妹として見ているのか、メディアはソラの言動の可笑しさだけではなく、安堵したかのように笑った。

 笑いながらソラの頭に手を伸ばして愛おしげに撫でながら、改めて来てくれたこと、協力してくれることに対しての感謝を口にする。

 

「もちろん、私たちも助かるわ。本当にいきなりでごめんなさい。そして、ありがとう。

 迎えもこんなむさくるしくて、一体いつの時代から時が止まってるのかわかんないヤンキーじゃなくて私が行くべきだったけど、こいつは見た目通り書類での手続きとかそういうのが全然だめで私かもう一人がやるしかなかくて、迎えに行けるのがこいつしかいなかったの。

 でもこれは結局、私たち側の都合よね。本当に嫌だったでしょう? ごめんなさい。せめてものお詫びに晩御飯を作ったから、あったかい内に食べて」

 

 何故かメディアはやけに自分ではなくナックルを迎えによこしたことを申し訳なく思っている様子に、ソラは不思議そうに小首を傾げる。

 そしてナックルも、かなり失礼なことを言われているにも拘らず彼は自分のことに対しては何も反論せず、ただドン引きしながら最後の部分にだけ突っ込んだ。

 

「おい、お前あれが詫びになると思ってんのかよ? どう見ても鍋の中身、毒沼じゃねーか」

「失礼ね! 毒沼じゃなくてクリームシチューよ!!」

「お前、クリームシチュー見たことねぇのかよ!? 紫色のどろどろとした液体はクリームシチューじゃなくて、ジャイアンシチューって言うんだよ!!」

「紫人参っていうのがあったから入れてみたらこうなっちゃっただけよ!!」

 

 ナックルとメディアの言い合いで、実はソラも「あれが晩御飯?」と戦慄していた鍋の中身の正体が判明して、ソラはメディアの発言で浮かんだ疑問を忘れ去って安心した。

 ナックルの言う通り毒沼かジャイアンシチューにしか見えなかった紫色で粘性の液体は、ただ単に紫人参の色素が溶け出して染まっただけのクリームシチューだったらしい。

 

 ちなみに、庭先で晩御飯の調理をしていたのも、空き家なのでかろうじて水道管は生きていたがその他の配管・配線等がネズミや経年劣化でやられて使えないが、しかし一時的な滞在で使っているだけなので本格的な修理までする気にもなれず、キャンプの要領で庭先アウトドア飯をしているだけだった。

 

「……うるさいな。何をしてるんだ? 『囮役』は来たのか?」

 

 ナックルとメディアの言い合いが料理から関係ない所にまで飛び火してヒートアップしてゆき、どう止めたらいいのかなーとソラが思いながら眺めていたら、庭先に面したベランダから呆れたような口調で男が一人が出てきた。

 ヒョロリと背が高くてやせ形、和服に近いデザインだが左右非対称で左腕に関しては袖が長い袋状になって完全に包み隠している奇妙な格好をした男だった。

 

 どうやら彼が、先ほどもメディアが言っていたもう一人のチームメイトらしい。なんとなくアタランテの話しぶりからナックルとメディアの二人だけかと思っていたが、おそらくはアタランテ自身も知らなかったのだろう。

 

 アタランテなら悪気がなくとも、急にもう一人必要となって連絡する暇がなかったとしても、知らない男という時点で不愉快に思うだろうが、もちろんソラは気にしないで「アタランテが来なくて良かった」と呑気に思いながら見ていると、向こうもソラに気が付いて一瞬だけ目が合うが、すぐにその目はふいっと逸らされた。

 

 そちらの都合で呼んでおきながらこの対応はかなり無礼なのだが、これもこれで無礼だが彼はソラに興味がないから無視しているのではなく、ただ単にコミュ症気味のヘタレなだけ。

 どちらにせよ、ソラは全く気にしないままその男をじっと見ていた。

 男はすぐに目を逸らしたから気付かなかった。ナックルとメディアは、男の登場でそちらを向いて「こいつが悪い!!」と互いに子供のように訴えているので、気付かない。

 

 ソラの眼の明度がわずかばかり上がっていたこと。軽くだが“凝”をして、男の隠された左腕をじっと注視していたことに気付かないまま、男も庭先に出て行った。

 

「……いやもうどっちか悪いか悪くないか以前に、助っ人に呼び寄せた相手を放置してまで喧嘩するな」

 

 呆れた溜息まじりに正論をぶっこまれて、ナックルとメディアは黙り込んでからソラの方を向いて謝る。

 その頃には“凝”を解いていつもの蒼玉に戻していたソラは、二人の謝罪を「それは良いけど」と軽く流してから訊いた。

 

「その人、誰?」

「あ、すまん、紹介が遅れたな。あいつはシュート。UMAハンターで俺と同じハンターを師事してる……まぁ同門だな。活動分野は違うけど、能力が今回の件じゃこいつの能力はかなり使えるから、こいつも助っ人として来てもらった」

 

 ソラの問いにナックルが答え、ソラは真顔でやはり唐突に言い放つ。

 

「UMAハンター? 何? 生き別れの仲間でも探してんの?」

「誰がUMAだ!!」

「てめぇ、いきなりまた何を言いやがる!? シュートは多分、UMAじゃねぇよ!!」

「多分!?」

 

 いきなり失礼すぎる第一声はナックルやメディアに対しても同じだが、二人の時以上に失礼なことを言い放ち、シュートだけではなくナックルもキレて言い返すが、何気にこの男、否定し切れていない。

 そのことにシュートが気づいてソラにUMA扱いされた以上に傷ついた様子で突っ込み、そしてメディアはコントのような流れがツボにはまってしまい、その場にうずくまって腹を押さえて笑いだす。

 

「メディアも何笑ってやがる!! てめーら、シュートに謝れ! めちゃくちゃ傷ついてるじゃねーか!!」

「いや、俺が傷ついてるのは女二人の言動よりも、お前の『多分』発言だ」

 

 さらにメディアの爆笑に気付いたナックルが、普段は猪突猛進な自分に対していちいち突っかかる、どちらかと言えば仲が悪い同門なのに根が善良だからか、侮辱されて笑われるのを自分のことのように怒る。

 だがその後ろで庇われている本人に「お前が何気に一番酷いこと言ったから」と指摘され、それがさらにメディアの腹筋を殺しにかかり、メディアは涙が出るほど笑い転げる。

 

 しかし、メディアとは対照にソラは淡々と言った。

 

「だってどう見てもUMAじゃん」

「あぁ!?」

 

 ナックルやメディアに対しても第一声が失礼極まりなかったが、その後すぐに謝るなり引き下るなりしていたソラが、何故かシュートに関しての暴言だけは撤回しないことに、ナックルはまたキレて睨み返す。

 ここにクラピカやビスケレベルとまでは言わない、ハンター試験一日目のゴンやレオリオくらいの付き合いレベルでもソラを知っていたら、彼女の言動の不自然さに気付けただろうが、残念ながらこの場の誰もがまだソラとは、今知り合ったばかりの相手でしかなかった。

 

 ソラは自分にメンチ切っているナックルを無視して、「もういいから二人ともやめろ」と止めているシュートに視線をやって言った。

 

「左手が三つ、しかも独立して浮かんでるのは、“念”を知っててもUMAにしか見えないよ」

『!?』

 

 ソラの言葉で、ナックルの頭に昇っていた血もメディアの笑いも一気に引いて、そしてシュートは自分の左腕……肩から先が欠損している部分を押さえて飛びのき、ソラから距離を置いた。

 

 誰も訊かない。「どうしてわかった?」なんて、ソラの言葉が正しいと白状しているも同然な疑問は口にしない。

 シュートの能力は初見殺しというほど使い勝手が限られたものではないが、それでも手の内を出来る限り誰にも明かさないが念能力者としての鉄則。

 

 だから、肯定せぬまま探る。

 そうして彼女は初対面でいきなり、シュートの左腕の中身を見破ったのかを考える。

 しかし、考えるまでもなくソラは気だるげに言った。

 

「……この眼は物質より生体の『線』や『点』を見ることに元々長けてるし、精度も上がっちゃってるから、壁越しならともかく服程度なら少し気合い入れて見たらその中身の『線』や『点』が見えるんだよ。

 どう見ても、その左腕になんか仕込んでますな格好だから、警戒して見てなんか悪い? まぁ、左手っていうのは大きさからしての勘に過ぎなかったけど」

 

 ソラからしたら正直に全部話しているのだが、当然「直死の魔眼」についての知識がなければ意味不明すぎる言葉に全員の警戒心が増す。

 意味不明で「何言ってんだ?」と思いつつも、適当なことを言って煙に巻いているとは思えなかった。

 それは、シュートの三つの手には気付いても、もう一つ左腕の袖の中に隠された「籠」の存在には触れなかったのが、ソラの意味不明な説明の中の「物体より生体の方が見ることに長けている」という部分に合致していたから。

 

 自分に対して一気に警戒心を引き上げて、いつでも攻撃に移れるようにオーラを湧き上がらせて纏う三人を、ソラは感情が全く読み取れない、人形じみた無表情で眺める。

 しかしソラをよく知る者なら、むしろ逆にソラの感情を読み取れる。

 

 この女、シュートに対しての暴言は悪気のない天然でもふざけた悪ノリでもなく、この場に持っていくための布石かつ、八つ当たりじみた言葉であったことに。

 ソラは言った。

 ナックルに向かって、蒼玉から一気に蒼天に明度を引き上げた眼で。

 

「……ナックル、お前は言ったよな?」

 

 ソラの眼の色が急激に変化したことに今度こそメディアとシュートも気付き、そしてその眼から引きずり出される「死」の気配によって動けなくなる。

 ナックルだけが空港での洗礼を受けていたので、笑いそうになる膝を抑えつけて隠しきれない冷や汗を流しながら「何がだ!?」と言い返した。

 

 ナックルの問いに、敬語は使ってなかったが多少はちゃんと年上を敬う礼儀が見れた敬称やあなたという二人称をかなぐり捨てたソラが、かろうじてまだガチギレでないことを表すスカイブルーの眼のまま答える。

 

「騙して傷つけて奪うような奴なら自分も許さないって。

 …………『囮役』って何のことだ?」

 

 ソラがブチキレているのは、シュートがベランダから出てきた時の何気ない一言。

 彼はソラを、「囮役」と言った。

 

 まだどのような仕事かはいまだにわからない。囮と言っても、安全性を最大限に考慮してくれているのかもしれないから、ソラはかろうじてガチギレではないが、十分本気でブチキレている。

 ブチキレたソラの頭には、「自分が囮役」ということはすっぽり抜け落ち、代わりに占めるのは「何も知らないアタランテを、知らないまま囮にしようとしていた」ということだけ。

 

 アタランテの信頼を裏切り、ソラが「絶対に許さない」と宣言した禁忌をのうのうと破っていた相手にソラは、「死」を引きずり出す眼で見据えて問うとナックルは…………。

 

「あ………………」

「……おい」

「……ちょっと待ってよ、ナックル。何でその子は自分が囮役だってことを知らないの?」

「え?」

 

 * * *

 

 ナックルは今更になってシュートが何を言って出てきたかを思い出し、それが失言だったことに気付いて気まずそうに眼を逸らす。

 その反応は十分、ソラをガチギレさせて天上の美色が顕現してもおかしくないほど無責任な反応に思えたが、ソラがキレる前にシュートとメディアが反応した。

 

 二人の反応にソラの戸惑いが怒りや疑心を上回り、やや毒気が抜けて二人に視線をやる。

 二人はソラの発言でソラが何を知らなくて、ソラが何に対してキレてるのかを理解したことで金縛りが解けたのか、シュートは「……このバカ野郎」と呟いて右手で自分の頭痛がしてきた頭を抱え、メディアは冷ややかな眼でナックルを見て、尋ねる。

 

「……ねぇ、もしかしてあんた未だに、私たちの仕事を、何をハントするつもりなのか何も教えてないの?

 私、言ったわよね? 何度も何度も。上手く失礼にならないように、セクハラにならないように言える自信がないのなら、余計なことしないで私に任せてって言ったわよね?」

「は? セクハラ?」

 

 自分より先にメディアの方がキレた雰囲気になったこと、そしてどうやら二人はソラが普通に仕事内容や助っ人の条件を知っていると思っていたことを理解したが、またさらにわけのわからんことを言われてソラは、眼の明度を落として訊き返す。

 これもこれで「囮役」と方向性は違うが不穏な言葉なのだが、もはや話の主導権は自分ではなくメディアのものとなり、ソラは困惑するしかなかった。

 

 しかし、ソラの困惑、一体何が「セクハラ」になるのかわかっていないことに気付いたメディアが爆発し、彼女はひらりと優雅に柵を乗り越えてナックルの胸倉を掴みあげた。

 

「この、大馬鹿!! 何考えてるのよ!? 何で何も教えてないのよ!? 教えてないのなら、この子は『囮』の条件に合ってないかもしれないでしょうが!! ここまで来てもらって、帰れって言う気!?

 っていうか、言っちゃなんだけどこんなに綺麗だわカッコいいわ可愛いわ着せ替えしたくてたまらない子なら、条件合わない可能性の方が高いでしょうが!!」

「いや、だって男はもちろん女でも結局は気を遣う話題なら、もういっそ何も知らせない方がお互いの為になるって思ったんだよ!!

 アタランテに、『お前と気が合う女』って条件で斡旋してもらったから大丈夫だって!!」

「男嫌いだからって、全員がそうな訳ないでしょうが!! っていうか、男嫌いになる理由がもう『囮』の条件を失ってるってことは珍しくもないわよ!! あんた、ぶっ殺されたいの!? 遠まわしな自殺志願なの!?

 あと、何に対しての囮かわかった時点でその気遣いは意味がない!! 何!? あんたはあの子に寝てる間だけ膝貸してくれって言う気!?」

 

 がくがく揺さぶって怒鳴りつけてナックルを責め立てるメディアに、ナックルは何とか自分の首どころか全身が揺さぶられている合間に、舌を噛まぬよう努力して自分なりの気遣いや言い分を口にするが、見事な逆効果。

 余計にメディアがヒートアップして、さらにナックルを激しく揺さぶって彼女は自分がセクハラを受けたように真っ赤な顔と涙目で喚き散らす。

 

 そのやり取りに、完全に眼がいつもの明度にまで落ちたソラがシュートに「……さっきはごめんね。けど、どういうこと?」と、今更だが素直に自分の暴言を謝ってから尋ねる。

 シュートはソラからの謝罪は「気にしなくていい」と言ってから、後半の疑問に関しては眼を逸らして「俺に訊くな。セクハラで察してくれ」と返す。

 

 確かにセクハラ案件ならシュートに尋ねるのは逆セクハラだと思い、ソラは自分の困惑を少しでも解消させる為に今まで出てきた情報を整理し始める。

 

(えーと、人死にが出てるけどそれは自業自得の犯罪者。でも子供の被害も、取り返しのつかないものはないけど出てるし、これから出るかもしれない。

 で、ナックルがビーストでメディアさんがドラッグハンターって言ってたな。シュートは分野が違うって言ってたけど、この二人の方が違わない? それとも薬効のある獣を狩る気……)

 

 そこまで考えて、「薬効のある獣」というワードである幻獣の名が浮かんだ。

 世間一般のイメージ的には「野獣(ビースト)」という言葉からほど遠いが、「それ」はソラが知っている知識通りなら実はかなり気性が荒く、ある条件下ではない限り狩られる側の獣よりも狩る側が無傷で捕獲は不可能だ。

 

 この世界にはソラのいた世界の一般人としての常識どころか魔術師としての常識にすら捕らわれない、非常に珍妙な動物が普通に闊歩しているが、同時にソラのいた世界とどこでか細く繋がっていると思わせるように、世界の表舞台から姿を消したが確かに存在した幻想種も数多く普通の動物の様に存在している。

 なら、「それ」もこの世界ではいる可能性は普通にあるだろう。

 

 何より、ナックルとメディアの目的が「それ」なら全ての筋が通る。

 

 被害者の犯罪者とは、密猟者。そして子供の被害者は、おそらくはソラと同じく囮目的で誘拐された子なのだろう。

 確かに「それ」目当てならば、囮の子供の身の安全はある程度保証できる。

 

 アタランテが「囮」という助っ人の条件に合い、そして彼女と気の合う女もまた条件に合う可能性が高いと思ったのも納得。

 彼女の男嫌いの由来は男尊女卑な父親に対しての不信というものだからこそ、ド直球でセクハラなことを訊くまでもなく、十中八九条件に合うはず。

 

 そして先ほどは訳がわからず困惑していたから聞き流してしまったが、よくよく思い返せばメディアはもう決定打と言っていいことを言っていた。

「寝ている間に膝を貸せ」は、「それ」の正体やどのような習性を持っているかを知らなければ意味不明にもほどがある発言だが、ナックルにとって不幸なことにソラはしっかり知っている。

 

 なので、ソラが何も知らないということが判明した時のメディアと同じ目になって、未だメディアに揺さぶられ、マシンガントークで責め立てられているナックルを睨み付けてぼそりと呟いた。

 

 

 

「…………ユニコーン」

 

 

 

 

 ぼそりと呟いたソラの心当たり、処女(おとめ)の守護獣である一角獣の名を呟けば、メディアは揺さぶるのをやめて、諦めたようにため息をついてナックルから手を離した。

 メディアに散々揺さぶられたナックルは目が回ってその場に膝をつく。そして、フラフラする頭を何とかあげて、見た。

 

 メディアと入れ替わるように、自分の前に立って自分を見下ろすソラを、先ほどの死を引き出す蒼天の瞳を前にした時以上の冷や汗を滝のように流しながら。

 

「……なるほど。うん、確かに騙す気も傷つける気も奪う気もなかったのは理解した。ユニコーンが相手なら、確かに囮役は条件さえ当てはまっていたら危険はないからね。むしろ想定外の事故かなんかが起こっても、ユニコーンの方が守ってくれるかもね。

 …………うん、理解したし納得したし、何も話さなかったことは気遣いだったことも認める」

 

 ソラはナックルが嘘などついていなかった、アタランテや自分が信じた通りの人間であることを認める。

 彼は彼なりの善意で、こちらを思いやって行動していたことを認める。

 認める、が………………

 

 滝の汗を流しながら地面に膝着くナックルに、メディアといつの間にやって来たのかシュートがそれぞれ彼の両脇に立って腕を掴んで立ち上がらせる。

 その行動に「何すんだ!?」と言う暇もなく、そして言う資格もなく、ソラの“硬”を施した拳がナックルのみぞおちにぶち込まれた。

 

「アタランテと師匠とメンチさんと、あとえーと、とにかく知り合いの女性ハンター全員に泣きついてやるーーっっ!!

 とりあえず社会的に死ね!!」

 

 彼の善意は認めるが、しかし許される訳のないセクハラ案件にブチキレて、赤面涙目涙声でソラはガチで社会的に殺しにかかる報復法を叫ぶが、それより先に全力の腹パンをぶちかまされたナックルはダイレクトに死にかけた。

 殴られた瞬間、同じく腹に“硬”を施したナックルは十分凄いのだが、強化系で溜めがあったソラの“硬”と、放出系で溜めなしとっさでやったナックルの“硬”ではソラが勝ったらしく、メディアとシュートが手を離せば、地べたに転がってしばし彼は痙攣を続けた。というか、それしか出来なかった。

 

 その後、ナックルの痙攣が止んでかろうじて起き上がれるようになるまで30分。

 メディアに泣きついたソラが落ち着くまでさらに1時間かかった。




今回は当初、型月ゲストなしのつもりで話を作ってましたが、この理由で男二人の元にソラが連れてこられたらさすがにかわいそ過ぎるから女性キャラを一人追加しようと思った結果、導入部のアタランテと元ネタの方で縁があったのでメディアさんをゲストにしました。
ちなみに名乗ってる名前の姓でわかると思いますが、このメディアさんはFate/stay nightの悪女感が強いメディアさんではなく、ホロウの日常パート、カニファン、タイコロでおなじみの葛木メディアさんです。

ちなみにメディアさんの過去は、基本的に原作をマイルドにした感じだと思ってください。イアソンとの泥沼はあったでしょうが、弟や実子を殺してはいません。そもそも子供は生んでない設定。
それをやらかしてたら、いくら操られてたと言えどアタランテの地雷を踏み抜いているので今の関係は絶対に築けないし、そもそもマジでこの人の過去は悲惨すぎるからこうなりました。

あと、メディアさんの能力は操作系で竜牙兵です。ルールブレイカーは下手したらソラの直死よりも使い勝手良くてチートすぎる除念能力になるので、念能力はこちらを採用しました。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。