死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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113:特定の男子即死特攻礼装

「気を遣うんじゃなかった! 何で話さないのか、しつこく問い詰めておけば良かった!!」

「うん、本当に気遣いが空回ってる、デリカシーゼロの手綱を握ってやれなくてごめんなさいね」

 

 ガツガツとメディア作の毒沼かジャイアンシチューにしか見えない紫色のシチューをやけ食いしながらソラは叫ぶ。

 食事作法はナチュラルに上品な彼女からしたら珍しい光景であるのだが、そんなこと知らないメディアはソラの発言を全面的に同意して謝りながら、その元凶であるナックルを睨み付ける。

 1時間半ほどメディアに泣きついても、ソラの怒りはまだ治まってなかった。これでも、「最低最低最低!」以外の言葉を発するようになっただけマシになった方だが。

 

 マシにはなったが、ナックルにとって申し訳ないわいたたまれないわで肩身狭く、メディアからの罰で温めてもらえなかったシチューを部屋の片隅で啜る。

 シュートもシュートで男の自分が何を言っても逆効果にしかならず、そもそもナックルに対して同情はしているが自業自得だと思っているので、彼も黙って謎の魔女鍋にしか見えない見た目に反して、肉と玉ねぎが焦げてる割にジャガイモと人参が生っぽい以外は普通のシチューを黙って食べていた。

 ある意味料理下手にとって、この第一印象で料理の期待が最低値になるおかげで、他の失敗をしていても「何だこの程度か」と思ってもらえるジャイアンシチューは良い料理なのかもしれない。

 

「あぁ、もう! っていうかメディアさんがやればいいじゃん! アタランテと友達なくらい男嫌いなんでしょ!!」

 

 そんな褒め所が微妙なシチューをやけ食いしながら、ソラはメディアにも八つ当たりし始める。

 自分のことでは基本的に怒るのを面倒くさがって流すソラだが、本当に性に関する話題だけは免疫がない分、流すことが出来ず沸点が低くなるようだ。

 

「そうね、私が囮になれたらそれが一番いいのだけど……ごめんなさい。私が男嫌いになった理由が、私が囮になれない理由に関わることなのよ」

「! ……八つ当たりしてごめんなさい」

 

 ソラの八つ当たりの発言に、メディアは相変わらず申し訳なさそうにしながら語り、その発言でソラのテンションは一気に落ち、静かにスプーンを置いてメディア以上に申し訳なさそうな顔をして即座に謝った。

 その反応にむしろメディアが慌てて、「ちょっ! 待って気にしないで!!」と今度は別の意味でソラを宥める。

 

「待って待って、アタランテから聞いてない? 私が男嫌い克服して、1年ほど前に結婚したって話聞いてないの?」

「……そういえば言ってたような」

 

 自分の発言に死にそうなほど罪悪感を懐いている顔をしたソラの肩を揺さぶりつつ、メディアは左手を見せて自分が既婚者であることを示せば、ソラもアタランテがちょっと……いや大分疲れた様子で話していたメディアについての情報を思い出し他のか罪悪感は薄れた。

 

「そうよ。だから、本当に気にしないで。私は自分が男嫌いになった元凶に関しては今も、とことん不幸になって禿げたらいいのにって思ってるけど、ある意味この不幸があったからこそ私はソウイチロウ様と出会えたと思ってるから、別にあなたの言ったことは本気で気にしてなんかいないわ。どちらにしろ、私は囮にはなれないのだし」

 

 そのことにホッとしつつ、メディアはソラの発言を気にしていない理由を本当に気にしていないとわかる程にこやかに語ってくれた。

 が、その気にしていない理由からどんどん話は逸れて、メディアの夫の話、ただの惚気になってゆく。

 

 罪悪感は薄れたが、根は壊れるほど真面目な所為で決して罪悪感を手離せないソラは、これが先ほどの失言の償いになるのなら……とでも思っているのか遠い目になりつつ、アタランテが「男嫌いを克服したことを裏切りだとは思わない。結婚は心の底から祝福する。だが、惚気話はせめて1時間くらいで勘弁してほしい」と語っていたメディアの惚気話を大人しく聞いていた。

 

 * * *

 

 幸いながら、メディアの惚気話は1時間どころか10分ほどで終わってくれた。

 終わったというか、ナックルが横から「おい、俺のこと責めるなら仕事の話しろよ。お前の旦那の話は全く関係ねぇだろうが」と指摘してくれたから、メディアは「これからいい所だったのに」と言いたげにナックルを睨みつつも、全く関係のない話だという自覚はあったので素直にやめてくれた。

 

 このナックルの助け舟で、マイナスにまで下がっていたナックルの好感度がやや上がった。

 具体的に言うと、もはや反射的に殴りにかかってしまいそうから、冷ややかな目で見てしまう程度にまで回復する。回復してもまだ好感度はマイナスだった。

 

 とにかくメディアの惚気が終わってくれたのならと思い、ソラは皿に残っていたシチューをいつも通り上品に食し始める。

 その仕草に意外さを感じながらも、ようやく本当にソラが落ち着いたのでメディアは逆に食事をやめて心底申し訳なさそうな顔をして、小声で言った。

 

「……ソラ。本当にあなたには申し訳ないのだけど……、どうかユニコーンをおびき寄せて眠らせる囮になって欲しいの。

 もうわかってると思うけど、ユニコーンの密猟者がやらかす犯罪は密猟だけじゃないから、一刻も早くユニコーンを保護するなり追い払うなりして、『もうここにユニコーンはいない』って周知しないと最悪の被害が出るわ」

 

 メディアの言葉に、ソラも食事をいったん止めて眉間にしわを寄せたまま静止する。

 卑怯な言葉だ。そのことを本人もわかっているのだろう。

 だけどそれは事実だから仕方がないとも、ソラはわかっている。

 

 ユニコーンは、馬の姿をした幻獣の中ではペガサスに並ぶ有名どころ。額に一本の長く鋭い角を持つ白馬である。

 詳しい生態は、もうソラの世界ではとっくの昔に世界の表舞台から消えただけではなく、元々希少だったのもあって魔術師でも詳しい者など皆無に等しい。

 そしてこちらの世界では現実に存在していることは認知されているが、やはりこちらの世界でも希少極まりない生物らしい。

 

 そしてその理由も一緒だった。

 ユニコーンの特徴である、ドリルのように螺旋状の角は万能薬として有名だ。その為、姿を確認されるどころか「ユニコーンが生息している」と噂が立った地には、角目当ての人間がぞろぞろやって来て、根こそぎ狩り尽くすつもりで血眼になって探し求める。

 

 しかしユニコーンはただでさえ騒がしさや自然物以外のものを嫌う習性に加えて知能も高いので、基本的に人間を嫌って自ら姿を現すことがないし、気性が荒いので見つけることが出来ても暴れ回って蹴り飛ばされて踏みつぶされて角で突き殺されるのが関の山。大怪我しても生き残れたら幸運な部類であるほど、凶暴な獣だ。

 

 そんな獣にも、弱点がある。

 ユニコーンは基本的に人間を毛嫌いしており、自分から姿は見せないが見つかったら自ら襲いにかかって排除するほど好戦的な人間嫌いでありながら、たったの一つだけ例外がいる。

 

 それは、完璧な純潔の乙女。ぶっちゃけた話、処女だ。

 

 何故かユニコーンは「完璧な純潔の乙女」だけには心を許し、縄張りに入り込んでも絶対に傷つけない。

 下手すれば縄張り外でも乙女の前になら自分から姿を現すし、森や山の中で乙女が迷っていたら人里まで案内して帰してやるという逸話もあるほど、本当に何故か処女(おとめ)にだけは見た目の荘厳さにふさわしい聖獣ぶりなのだ。

 そしてこれも習性と言うべきか、ユニコーンは処女(おとめ)の膝の上でのみ、無防備に眠りにつくとされている。

 

 人の気配に敏いユニコーンは何故か、処女(おとめ)の膝の上で眠っている時だけは角目的の狩人が近づいても気付かず、自分に膝を貸してくれている処女(おとめ)が傷つけられない限り自分の角を切り取られても眠り続けると言われている。

 

 その習性を知っているのなら、密猟者は当然それを利用する。

 が、何気にこの条件は難しい。

 その国の文化や宗教にもよるかもしれないが、男女ともに独身だからといって清らかとは限らないのが現代の一般的な貞操感だ。

 

 密猟の為に後腐れなく金で利用できる女の自己申告など信用できない。確認する術ならあるが、そもそもユニコーンは何を持って「清らかな乙女」と判断しているのかは解明されていない。

 わざわざ「完璧」という枕詞がつくくらいなので、下手したら本当に純潔かどうか確かめること自体がユニコーンにとって「完璧な純潔の乙女」認定から外れる可能性すらあり、そうだとしたらもはや穏便な方法で囮役を見繕うのは不可能といってもいい。

 

 そこで密猟者が取る方法は、幼い女児を使うこと。

 それも浮浪児ではなく、ごくごく真っ当に育てられている子供を誘拐して、囮に使われる。

 

 リスクはもちろん高いが、ただでさえ信用できない自己申告の中から探し出し、見つけてもユニコーンにとっての「完璧な純潔の乙女」認定から外れているリスクを背負う位なら、ごく平凡な家庭で生まれ育った女児を攫うことの方が手っ取り早くて確実だと思われているのだろう。

 

 最近の子供はませているとはいえ、それでも10歳前後の真っ当に育てられ、真っ当に育っている子供ならば普通は確実に「清らかな乙女」だ。

 密猟者にとっては幸、それ以外全てにとっては不幸なことに、ユニコーンは何をもってして「清らかな乙女」判定をしているのかは不明だが、その「清らかな乙女」の条件に歳は関係なく、妙齢の女性だろうが幼女だろうが老女だろうが、ユニコーンにとっての「清らかな乙女」でさえあればその膝に(こうべ)を垂れることだけはわかっている。

 それこそが、ユニコーン密猟の性質の悪さだ。

 

 ユニコーンの密猟は希少種の全滅という危険性だけではなく、それこそ何の罪もない子供や家族が最悪の被害に遭う可能性が非常に高い。

 攫われて囮にされた子供の前にユニコーンが現れて、眠る前に密猟者に気付いて返り討ちにしてくれたら、後はユニコーンの習性的に問題はないのでハッピーエンドだが、密猟者の目論みが成功してしまう、もしくはそもそもユニコーンの話がデマで現れなければ、攫われて連れてこられた子供は用なしかお荷物だ。

 

 誘拐した子供を親元はもちろん、人のいる所にリスクを冒して返してやる良心など、密猟という犯罪の為にさらに誘拐という犯罪に手を染めた相手に期待など出来る訳がない。

 その場で殺してやる方が、見様によっては優しい方だ。生きたまま、人里離れた森や山中に放置するよりはそちらの方が苦しみは長引かずに済むだろう。

 

「……言われなくてもやめないから安心して。というか、ここで帰ったら私はただ単に恥かきに来ただけになるから、もう何も言わないでお願いします!!」

「それもそうよね。本当にごめんなさい」

 

 言われなくても、ソラは仕事がユニコーンのハントだと察した時点で子供の犠牲とはどんなものかも察していたから、メディアの頼みは今更だと受け入れつつ突き放し、そして懇願した。

 その懇願は当然だとわかっているので、メディアは更に申し訳なさそうになって頭を下げる。

 そんな下げられた頭を八つ当たり気味に睨み付けてソラは小声で、部屋の端で自分たちに飛び火しないように気配も息も殺して食事を続ける男二人に聞こえないようにして呟く。

 

「……っていうか、私はまだ条件に合うかどうかなんて言ってないんですけど」

 

 その呟きに、頭を上げたメディアが申し訳なさを全部消して、代わりに呆れきった顔になって思わず言った。

 

「あなたのあの反応で違ってたら、それこそもうあなたが何をしたいのかわからないわよ」

 

 完全に素で言い放たれたメディアの言葉が、魔術師としての価値観と純粋乙女としての恥じらいを同時に攻撃し、ソラはまた泣き出してしまった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「あのさ、何度も訊くけど本当にユニコーンはこの森の中にいるの!? 角が生えた新種か病気の一種で角っぽい腫瘍が頭に出来た馬を近隣住民が見かけただけじゃないの!?」

 

 カキンの片田舎にやって来てからはや一週間目の朝っぱらから、ソラはキレた。

 

 彼女にしては珍しく自分のことに関してブチキレているが、ソラはかなり我慢した方だ。

 ただでさえ、「ユニコーンの囮役」というだけで公開セクハラだというのに、その成果が一週間たってもまるでないのなら、幼子のように「清らかな乙女」の意味を初めからわかっていないか、宗教や文化の価値観で純潔であることを誇り高いと思ってない限り、ソラほど純情で潔癖な貞操感がなくても普通に羞恥の限界を迎える。

 

 ただ囮としての成果は全くないが、ソラたちの活動に成果や進歩がない訳ではないからこそ、ソラは一週間も我慢できたのだろう。

 この辺りでユニコーンらしき馬が発見されたというのは、公式には発表されていないがアングラ方面ではすでにかなり出回っているようで、この一週間で3人ほどの密猟者を見つけて捕まえて、囮に攫われてきた子供を保護することが出来た。

 

 どうしてセクハラで訴えられかねないのに、一般人ではなくソラやアタランテのような女性ハンターを囮役を求めた理由はこれ。

 密猟者が誘拐という犯罪に手を染めるのは、表だってその囮役を募集することが出来ないからであり、表だって行動できるのであれば別に「処女」という条件はそう難しくなどない。貞操感に厳しく純潔であることが女性として最大かつ唯一の価値と謳う宗教や文化圏の国は、胸糞が悪くなる話だが近代になっても多いのだから。

 

 特に純潔を尊ぶ宗教なら、ユニコーンに選ばれた乙女というのは最大の名誉となるので、自ら志願する者もいるだろう。しかしその場合は、ハンター側がお荷物を独り抱え込むことになる。

 ただでさえ密猟者との乱戦になった場合、密猟者が連れているであろう子供も保護しなくてはいけないのに、自分たちが連れてきた囮役も守るのは、密猟者の実力や人数にもよるがハンター側にとっても負担だ。

 

 さらにその乱闘に、本命の目的であるユニコーンも乱入して来たらまたややこしい。

 ユニコーンからしたら守るべき対象なのは清らかな乙女だけである為、密猟者はもちろん攫われた子供を保護しようと奮闘するハンターもユニコーンからしたら等しく、自分の縄張りを荒らした挙句に乙女を害する敵でしかない。

 下手にハンターが子供を保護しようとして近づけば、それこそユニコーンの蹴りか角の餌食になってしまう可能性が極めて高い。

 

 なので、囮役も一般人ではなくある程度でもいいから自分で戦えるし身も守れる者を求めた。

 最悪、ハンターと密猟者とユニコーンというカオスな三つ巴になっても、囮役が子供を保護すればユニコーンもその二人を敵認定して手出しすることはないので、一番の罪なき被害者の無事は確実に確保できるし、ハンター側も自分の身だけを守れば良くなるので大部分の負担がなくなる。

 

 そのように説明されたし、されてなくてもソラは理解していた。

 だからナックルやシュートだけではなく、密猟者にまで自分が囮役であることを知られるという悶絶級の苦行をこの一週間こなしてきた。

 いきなり訳もわからず攫われてた子供を救う為なら、自分の恥くらい掻き捨ててやろうという思いに嘘はない。

 だが、とっとと終わらせたいというのも、純潔の乙女らしい切実な願いである。

 

 そんな切実すぎる思いと、一週間たってもやはりユニコーンは現れなかったことに対してのストレスを、滞在している空き家に戻ってきて早々にソラは天を仰いでヤケクソで叫び、男二人は無言を貫く。

 自分たちが何を言っても火に油、そもそも今、自分たちに向かって八つ当たりがぶつけられていないだけでも感謝すべきであることをよくわかっているようだ。

 

 なので、ソラの雄叫びに応えたのはメディアだけだった。

 

「うーん、それを言われると私の方も辛いわね。でも、『ユニコーンに見える、人を襲う馬』がいるのは確実よ」

「……少なくともメディアさんが目撃したその馬を見つけない限り、この仕事は続くってことですよね」

 

 メディアの言葉にソラはやさぐれたようにわかりきったことを吐き捨てて、深い溜息を吐いた。

 しかし大声を出して少しはすっきりしたのか、ソラはメディアやナックルたちと向き合ってもう一度根本的なことを確認し合う。

 

「そもそも、メディアさんが目撃したその『ユニコーンっぽい馬』が確実にユニコーンかどうかってわからないもんですかね?」

「ごめんなさい。私が見たのは雨中の夜だったし、私が近づく前に逃げたから、『額に長い角が生えた白馬』ぐらいしかわかってないの」

「つーかユニコーンなんて俺でも剥製でしかお目にかかったことねぇからな。そもそもその剥製が偽物だったら、もう何も参考にならねーよ」

「だが、メディアが目撃したユニコーンが本物だとしたら、おかしな部分が多すぎないか?」

 

 ソラが落ち着いてきたので、メディアだけではなくナックルとシュートも話に加わり、それぞれの考えや知識を口にする。

 ソラもシュートの言葉に「そうだよね」と同意してから、腕を組んで首を傾げた。

 

「そもそも、ユニコーンは人間も騒がしいのも自然物以外のものも嫌うから、秘境とか密林とか言われる僻地の奥地に生息するって言われてるんでしょ?

 ここの森は自然豊かと言えるけど、こうやって人里から行き来が出来る程度で、しかもその人里も田舎だけど電気・ガス・水道というライフラインだけじゃなくて、ネットも出来る程度の田舎。

 前提からして、なんか色々とおかしくない?」

 

 ソラの言う通り、実はこの地にユニコーンがいること自体がユニコーンの生態を少しでも知っているものからしたら違和感の塊だ。

 そのことをソラやシュート以上に自分たちの専門分野上よく理解しているメディアとナックルは頷き合う。

 

「それに、蹄の跡や糞の形跡が全くねぇのも気になるな」

 

 頷きながらナックルは、密猟者を捕まえることと子供の保護でなかなか進まないが、それでも「おかしい」と気付けるぐらいに集まった情報も口にした。

 

「ユニコーンは何が主食かってことすらわかってないが、まぁ体が馬なら普通は草食だろうな。

 大型草食獣がここらを根城ににしてるのなら、木の皮を食った跡やら草刈りした跡みてぇに綺麗に草がねぇ区画があってもおかしくねぇし、俺らの想像より食わねぇとか実は肉食獣だったにしても糞が全くねぇのはさすがにおかしい。そんでそれ以上に、蹄の跡が全く見つからねぇのはもっとおかしい。

 仙人じゃねぇんだから、霞食って宙に浮いて生きてる訳じゃなけりゃそれらの形跡は必ずあるはずだ」

「けどそれってさー、メディアさんが見たのがユニコーンじゃなかったとしても同じことが言えることじゃない?」

 

 さすがに一週間もすれば、元々根に持つタイプでもなければヒソカのようにわざとセクハラしていた訳でもないので普通に接するようになったソラが、ナックルが調査して見つけ出した不可解な点をさらに不可解にさせることを突っ込むと、ソラに言われるまでもなくナックル自身もそのことに気付いていたらしく、「そうなんだよなぁ~」と頭を抱えこんでしまう。

 

 謎が解明せず増えていく袋小路に陥り、さらに根本を整理しようと思ったのかシュートは、「メディア。悪いがもう一度、お前が目撃した『ユニコーン』の話をしてくれ」と言った。

 それに応え、メディアはもう何度目かわからぬほど話した1月ほど前の話のもう一度、そして以前話した時よりもさらに細かい部分まで思い出そうと努力して話してくれた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 この地に「ユニコーンが住みついた」という噂を、密猟者よりも早くメディアが知れたのはただの幸運な偶然。

 

 メディアがこの森にやって来たのは、ユニコーン目的ではなくとあるキノコの調査だったからこそ先回れただけの話。

 癌治療に有効と思われる成分がそのキノコから発見されたが、そのキノコが生える条件は未だに解明されていないため、その条件を解明して人工栽培を可能とするための一環として、メディアはそのキノコがよく生えているとされるこの森までやって来ただけだった。

 

 そしてその森に一番近い村で、「森にユニコーンが住みついた」と話を聞いたが、当初のメディアは信じてなかった。

 その理由はもちろんシュートとソラが言った通り、ユニコーンが生息するにはこの地は人が多くて文明的過ぎるからだ。

 

 しかし、そのユニコーンの話は村に伝わるおとぎ話の類ではなく、つい最近の目撃譚だった。

 メディアが村にやってくる数日前に森へ山菜を取りに行った男が川辺で、角の生えた白馬を見たらしい。

 幸いながらその目撃者は、ユニコーンが清き乙女以外にとっては獰猛な野獣であることを知っていたのと、かなり離れた位置から目撃したので向こうにも気付かれていなかったのか、それともまだ縄張り外ということで見逃してもらえたのか、どちらにせよ無傷で村に帰ることが出来たと話していた。

 

 そんな目撃譚を当事者から直接聞いても、メディアはやはりそれがユニコーンだとは信じてなかった。

 希少すぎて生きたユニコーンを直接見たことはなくとも、乙女以外が目視できるほどの距離まで近づけばこちらが何もしてなくても自ら襲いかかってくるほど人間に対して攻撃的というのが、数少ないユニコーンの確定している情報だ。

 話に矛盾はなく、そんな嘘を吐くメリットもないので目撃譚そのものを嘘だとは思わないが、ソラがブチキレながら叫んだ推測と同じく突然変異で角が生えたか、何らかの病気で角に見える腫瘍が出来た馬だと思っていた。

 

 それでも「ユニコーンっぽい馬が本当にいる」という話が出回ってしまっているのなら、メディアはハンターとして、人として、そして自分も他者の都合で操られて誘拐されて家族や故郷から引き離された者として行動せぬわけにはいかなかった。

 

 目撃者はその「ユニコーンらしき馬を見た」という話を目撃したその日のうちに村中に広げてしまっていた。

 目撃者からしたら「クマが出たから森に近づくな」くらいの意味合いしかなかったのかもしれないが、ユニコーン密猟の被害を知るハンターからしたら頭が痛くなる行為だ。

 おとぎ話の類なら密猟者も信用などしない、少なくとも子供を攫うリスクを犯すより先に下見くらいはするが、目撃譚があるのならば欲に目が眩んで、本当にユニコーンならおかしい部分が見えなくなってしまっている輩も珍しくはないので、そのような噂がユニコーン以上に危険であることを残念ながら目撃者も、話を聞いた村人たちも知らなかったし、想像もつかなかった。

 

 話が村の中だけ納まっていたのなら問題は特になかったが、ここ宿泊施設もない田舎といえど、ライフラインはしっかり通っているし、ネットも繋がる、車で1時間も走れば都会とはまだ言い辛いが十分近代的な町に出れる程度の田舎。

 決して陸の孤島ではない環境なので話はさらに外に広がってゆき、メディアが来た頃には調べてみたら「信憑性の薄い噂」程度でだが既にネット上などでも話が上がるほど広まってしまっていた為、メディアは協会に正式な報告をして、調査対象をキノコから目撃されたユニコーンらしき生物へと変更した。

 

 メディアも報告された協会側も目撃されたのが本物のユニコーンだとは思っていなかった為、当初は戦力が乏しく、既婚者なので当然「清き乙女」ではないメディア一人でも問題ないだろうと思い、その目撃された馬を探索していた。

 その馬さえ見つかれば、その馬がユニコーンでないことさえ証明してしまえば、噂は立ち消えてバカな密猟者は現れないと思っていた。

 

 だからメディアは、自分の念能力で複数の人形、自分の故郷にいたとされる幻獣を模して作った「竜牙兵」を動かして人海戦術で森の中を探索していた。

 メディアの能力である人形「竜牙兵」は、念能力で動かしている割には強度が低くて戦力としては頼りないが、同時に操れる人形の最大数は人間大で100近くという驚異的な数と、“円”ほど正確さはないが人形を通してメディアはその人や獣の気配を感じ取ることができ、そして念能力として弱い方とはいえ普通の人間相手なら1体で十分に制圧できる為、ユニコーンらしき馬を見つけるのも、密猟者を見つけて子供を保護するのにも自分の能力が最適であり、他者の手助けは必要ないと信じていた。

 

 探索二日目の雨の日、最初にして現在唯一の被害者である密猟者と「ユニコーン」を目撃するまでは。

 

「人形を使って私もナックルと同じように、木の皮や草を食べた跡、糞の痕跡、蹄の跡とかを探してたのだけど全く見つからなかったから、実は目撃譚がデマかもしくは本当にユニコーンだけど何らかの事情でたまたま人里近くまでやって来てただけで、もうとっくの昔に人なんか簡単には寄りつけない秘境にでも帰って行ったのかと思っていたわ。

 けど、いないならそれは悪魔の証明になるから面倒だわって思っていたタイミングで、人形が私以外の人間の気配を捕えたから、とりあえずそちらに向かってみたの」

 

 雨の日の夜。

 別にユニコーンが晴天や昼間より雨中や夜に行動するという習性などないが、密猟者が隠れて行動に移すには都合がいい条件だったので、メディアはユニコーン探索より密猟者対策でその日は森を探索していたし、この方針は現在も同じでソラたちは昼夜逆転生活を送っている。

 そしてその用心が功をなし、本当に考えが足りない密猟者が現れて、メディアは急いで自分と他の場所を探索させていた竜牙兵をそちらに向かわせた。

 

 ただ竜牙兵は人や獣の気配や距離、そして大雑把な力量くらいなら感じ取れるが、相手がどのような行動を取ろうとしているのかまではメディアには伝わらない。

 なので、まだ密猟者ではなく噂を聞いて希少な幻獣を見たいという浅はかな考えでやって来ただけの野次馬という可能性もあったので、自分の眼で確認するまで近くの竜牙兵には隠れて待機を命じて、捕らえようとはしなかった。

 

 その判断が正解だったのか間違いだったのかは、メディアにはわからない。

 もしかしたら、人形に捕えさせておいたら密猟者の命は助かったかもしれないが、全く意味がなかった可能性の方が高い。

 

 メディアが気配を感じて走り出してから5分もしないうちに、もう一つの気配を捉えた。

そしてその気配を感じた瞬間、森の中に男の野太い絶叫が響き渡った。それは、メディアや他の人形が向かっている方向、竜牙兵が見つけて自分に伝えてきた密猟者と誘拐された子供、そして人間以外の「何か」の気配がする方向から聞こえてきた。

 

 突如の悲鳴に驚きながらメディアはさらに歩を早めて、そして待機を命じていた竜牙兵にオーラを送り込んで「何か」を捕えるように命じる。

 しかし、メディアが到着するまでに感じ取れたのは竜牙兵たちがなす術もなく、蹂躙されるように破壊されていくことだけだった。

 

 悲鳴からメディアの到着まで2分もかからなかったが、そこでメディアが見たものはバラバラの粉々に破壊された自分の竜牙兵たちと、胸を槍のようなもので一突きされて死んでいる男、腰を抜かしてしゃがみこみ、涙を流しながらも悲鳴を上げる余裕もないほど怯えている5歳ほどの幼女。

 

 そして雨と血でぐっしょりと濡れた、額に鋭く長い角を携えた大きな白馬。

 

 しかしメディアは白馬と男の死体をよく見ることは出来なかった。

 白馬がメディアを目視した瞬間、白馬は足元の死体に自分の角を突き刺してそのまま男の死体を持って走り去って行ったからだ。

 

 自分に向かって襲い掛かってくると思って、竜牙兵を操りながら構えていたメディアはその行動が予想外すぎて呆気に取られてしまい、反応が遅れた。

 数秒の遅れてメディアは子供に駆け寄って保護し、竜牙兵に白馬を追わせたが馬の足に敵う訳もなく川辺の辺りで気配を完全に見失なってしまう。

 

 それから今まで、白馬は見つかっていない。

 白馬とともに姿を消した男の死体は、さらに2日たったあたりで川下から一部だけ見つかった。

 内蔵の一欠片だけが川下に流れ着いて、DNA鑑定と残された所持品からその内蔵の残骸が密猟者のものだと確認された。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……何度聞いても、謎が深まる話だよね」

「そうね。自分で話しててもそう思うわ」

 

 メディアが一通り話し終えたタイミングで、ソラが初めから変わらない感想を口にするとメディアも苦笑しながら同意する。

 そして苦笑すら出来る余裕がないナックルが胡坐をかきながら、頭を乱暴にガリガリと掻き毟って苛立ちを紛らわせるように、こちらもわかりきったことを口にする。

 

「あー、クソッ!

 ユニコーンっぽい馬が全く見つからなけりゃ見つからないで面倒だが、それなら1,2か月もすりゃ『やっぱただの噂だった』ってなって密猟者はいなくなるだろうけどよ、ユニコーンかどうかは横に置いても、人に危害をくわえる獣がいることは確定しちまってるのが厄介だ」

「また、その危害をくわえる条件が謎なのも厄介だな。

 ユニコーンのように清き乙女を守る為に密猟者を殺したのなら、被害者の自業自得と言えるからまだマシだが、それにしてはメディアを前にして早々に退却したこと、そして男の死体をわざわざ持って行ったことが気になる」

「……それと、男の死体が内蔵の欠片しか見つからなかったこともね」

 

 ナックルの言葉にシュートも同意して、彼もユニコーンだとしたら不可解な行動を挙げると、ソラもそれに続いて自分が感じ取った不可解、そして不穏な部分を挙げる。

 そしてソラが挙げた点について、彼らも既に最悪の可能性に気付いていたのだろう。3人全員が眉間にしわを寄せた。

 

「……ユニコーンにしろ新種や変異種にしろ、あれはこのまま放置しておくわけにはいかないわ」

 

 メディアは眉間に深い皺を刻んで、呟く。彼女がその眼で見たからこそ、決意は固い。

 わざわざ死体を持って行った事といい、その死体は人間の原型を留めていないどころか欠片としか言いようがない内蔵のほんの一部しか発見されなかった事といい、そこから考えられる可能性は一つ。

 

 その馬は、人の肉の味を覚えてしまっている。

 

 馬の姿をしているのでユニコーンは草食だと言われているが、肉食動物なのに草ばかり食べる生き物も存在するので、ユニコーンは逆に草食でありながら肉を好むと言われても否定できるほど、彼らの生態は解明されていない。

 ユニコーンに近い特徴を持った変異種なら、それこそ見た目だけではなく内蔵の作りまで変質しているのかもしれないから、元の種が草食でもその白馬も草食だとは限らなくなる。

 

 別に肉食獣であることは、罪ではない。生態系が崩れる心配こそはあるが、森の動物を狩って喰らうのは普通の弱肉強食なので、この場の誰もが思うことは何もない。

 だが、野生動物にとって人間の血肉は美味らしく、一度人間を喰らった獣は本来ならよほど飢えていない限り降りない人里まで降りてきて人間を襲うようになるのはよくある話。

 だから人間を襲った獣、特に人間の味を覚えてしまった獣はどんな希少種でも殺処分がハンターの基本。

 

 特にここ1カ月はメディアだけではなく、協力要請して来てもらったナックルやシュート、そしてソラのおかげで子供はもちろん密猟者も最悪の事態が起こる前に捕えているので、人の味を覚えてしまっている獣は他の獣で腹を満たせても、欲求の方は我慢の限界かもしれない。

 その欲求を自分たちにぶつけるために現れてくれたら幸いだが、自分たちが森を探索している間に村の方に現れたら最悪だ。

 

 しかし広範囲探索に向いているメディア、専門分野なので野生動物の行動パターンに詳しいナックル、捕獲に向いた能力を持つシュートに、本当にユニコーンだった場合のジョーカーであるソラというメンバーなので、人間の味を覚えた白馬が村の方に降りてきた場合を用心して、森に行っている間の留守番として残せる者はいない。

 

「結局、話も今できることも最初の『ユニコーンっぽい馬を見つける』に舞い戻るって訳か」

 

 メディアの言葉にソラは深い溜息を吐いて、肩を落とした。

 ソラの羞恥プレイはまだまだ続きそうだということが確定しているくせに、解決の近道が見つからないことにこの諦めを痛々しいほどに捨てている女でも絶望しているらしく、体育座りで膝に額を押し当てて顔を隠しながら、「っていうか、いっそユニコーンじゃないことだけでも確定してくれよ……」と切実すぎる弱音を零す。

 

 その弱音にメディアは苦笑しか返せず、シュートは気の利いたことが言えないのなら懸命に聞かなかったことにして眼を逸らすが、善良だが悲しくなるくらいに色々と抜けているナックルはほぼ反射で思ったことを口に出してしまった。

 

「っていうか、お前のことそもそも女だと認識してなかったりして。……あ」

「ですよねー!!」

『えっ!?』

 

 さすがに言ってから自分の発言がとんでもなく失礼すぎることにナックルが気が付き、メディアは数日前のソラに何も話してなかったと知った時と同じ怒りのオーラを湧き立てて、シュートの方はもはや同情すらなくただただ呆れた視線を送っていたが、メディアがキレる前に何故かソラが力強く同意して、三人を困惑させた。

 この女は自分が美人であることを真顔で「生まれた時から知ってる」と言い放つが、可愛いタイプではないという自覚もある為、本心からナックルの言葉は気にしていないどころか、本当にそれが原因なら囮役のお役目ごめんになれるかもという期待があったくらいなので、先ほどまでのいじけ具合から打って変わってハイテンションで「そうだよな! 私、そもそも女に見えないからユニコーンも出てこないんじゃない?」と熱弁し出す。

 

 だが当然、魔術師としての価値観によって出来た傷、そしてこの特異すぎる容姿によってひねくれてねじまがった自覚とコンプレックスをナックルが想像や理解出来る訳もなく、彼はソラの言動に大いに戸惑い、パニクりながらしなくていい、というかしない方が良かった弁明をしだした。

 

「え? は? いや、変な言い方だけどお前は女には見えないけど、男にも見えねぇぞ。って、いやこれもさっきのも悪い意味で言ってねーよ!

 だってほらお前はめちゃくちゃ美人だけど、なんか美人過ぎて性別がわかんねーじゃん! だからユニコーンの方もバージンかどうかわかっても、性別自体がわかってねーかもしれな「バージンいうな! セクハラヤンキー!!」

 

 パニクってまたデリカシーのないことを言ってしまったことがさらにナックルをパニックに陥らせ、これまた誠意つもりで言い訳というか本心から思っていたことを補足で加えるが、その補足でソラがキレてガンドをぶっ放す。

 ソラの特異すぎるコンプレックスにとって、地雷は「女に見えない」ではなく「処女」であることなので、ナックルの言い訳は完全な墓穴かつ、藪蛇だった。

 

 そしてナックルが突いて蛇を出した薮は、どうやらソラだけではなかった。

 

「はぁ? ナックル、あんた何を言ってるのよ?」

 

 メディアの怒りと呆れが混ざり合った、侮蔑に近いニュアンスの言葉に思わずナックルにガンドを連射しようとするソラも、そんなソラを羽交い絞めして止めていたシュートも、顔面に当たったガンドの痛みと痒さに悶えていたナックルが戸惑いの視線を向ける。

 

 そんな3対の視線を気にせず、メディアはソラを指さしてナックルに熱弁し出した。

 

「あんたの眼は節穴? この子は確かに今みたいな恰好と髪型だとリボンくらいでしか性別がわからないほど両性にして無性の絶世の美人だけど、この子は髪を下ろしたら確実に女の子だってわかるし可愛い服のこの上なく似合う逸材よ!!」

『お前はどこにキレて何を熱弁してるんだ!?』

 

 男二人どころかフォローされている側のソラも思わず突っ込んだ。

 が、そんな突っ込みでメディアの一度上がった熱は下がらない。むしろ。ナックルとシュートはともかく、ソラからの突っ込みは火に油となった。

 

「何言ってるの! 熱弁するに決まってるじゃない! っていうかソラ! あなたはあんなこと言われて悔しくないの!!

 あなたはモデルも裸足で逃げ出すほどの逸材なのに! こんなにカッコいいだけじゃなくて可愛いのに! 可愛い服がそりゃもういくらでも似合うのに、『女に見えない』なんて言われて悔しくないの!?」

「え? うん、全然」

「そうよね! ムカつくわよね!! 安心しなさい! 今からこの節穴に嵌った目の鱗を根こそぎ引っぺがして落としてやるから!!」

「話聞いて!!」

 

 メディアの熱弁の矛先が自分に向かい、戸惑いながらもしっかり否定したのに何かのタガが外れたメディアの長い耳にはソラの否定も話を聞けという要望も届かなかった。

 3人は気付いていなかった。自分が最初に関わった事と協力要請した手前、仕事を途中で投げ出すことはもちろん、「ちょっとさすがに疲れたから、少し休みを取って家に帰りたい」とも言えない立場のメディアがため込んだストレスに。

 

 結婚して1年は、人によるだろうがまだ新婚、蜜月と言ってもいいだろう。

 そんな一番楽しい時期に、当初は長くて1週間ほどの予定がトラブル続きで1か月近く最愛の夫と離れていることが、メディアにとって相当な苦痛であった。

 連絡こそは毎日電話で取っているが、メディアの夫は基本的に必要なことしか口にしない、その必要だと思っている言葉も傍から見たら足りないほど寡黙すぎる人間なので、毎日の電話も二言三言で終わってしまう。

 

 夫がそんな人間であることは知っているし、そんな所に惚れぬいているので夫の対応自体にメディアは不満など何も懐いてないが、夫に直接会えないという現状にはもちろん不満しかない。

 だが不満をソラはもちろん、ナックルやシュートにぶつけるほどメディアは理不尽な人間ではなかった。

 

 だから、彼女は時間の合間を縫って自分の「趣味」でストレスを細々と発散していたが、当然すべてのストレスを発散し切れる訳もなく積もり積もっていたものがナックルの一言で爆発し、完全に彼女は気遣いや良識を見失って暴走していることを3人は理解できる訳もなく、ただただメディアのハイテンションに押されて困惑する。

 

「そうよ! ユニコーンがバージンかどうかはわかっても男女の区別がつけにくいのなら、一目で女の子ってわかる格好をすればいいのよ!!

 という訳でソラ! 行くわよ!!」

「どこに!? っていうかバージン言うな!! あと、その理屈もめちゃくちゃ!!」

 

 メディアの中では筋道が通っているのかもしれないが、他の者からしたら支離滅裂すぎることを言い出してソラの手を引き、滞在している空き家の奥に駆け出そうとしているメディアに、ソラはその場に踏ん張って色々と突っ込む。

 

「おい、メディア。もう俺が全面的に悪かったから落ち着け」

「本当にお前は一旦深呼吸して落ち着け。本気で嫌がってるし、全力で断ってるだろうが」

 

 もうメディアが何を言いたいのかはサッパリだが、ソラに何をさせようとしているのかは全員想像ついていたので、ソラはその場に踏ん張りつつ本気で助けを求める視線をナックルたちに向け、男二人はメディアを宥める。

 が、暴走メディアを止めるには弱すぎた。

 

「何で!? 女の子は可愛くなることが最大の幸せであり、権利であり、義務よ! このまさに宝石の原石と言えるこの子を研磨せずそのままでいさせろと!?

 否! それは女性としてどころか人としての道を大いに背いているわ!!」

「可愛くなくても背いててもいいから勘弁して! っていうか、メディアさん自分でもう何言ってるかわかってないだろ!?」

 

 可愛い服を着た可愛い女の子が大好きだが、自分が可愛い服を着る趣味がないのを棚に上げてというか、おそらく今のメディアは自分も女であることを忘れてまた意味不明な持論を熱弁し、ソラはもはや半泣きで反論する。

 しかし相手が念能力者といえど武道派ではなく後方支援系の女性であることと、どういう経緯でこうなったかはわかっていないが、なんとなくここまで暴走するほどのストレスを溜め込んでいたことは察しているからか、さすがに力づくで引きはがすのは躊躇い、ソラはオーラを足に集中させてとにかくその場から動かない。

 この躊躇いが仇となった。

 

 最初からといえば最初からだが、ユニコーンの囮という扱いとは違う方面で発言がセクハラ全開になってきたメディアにドン引きつつも、ソラが力づくの排除を躊躇っているのなら自分たちが代わりにやってやるしかないと思ったナックルとシュートがソラからメディアを引き離そうとして手を伸ばす。

 しかしその手がメディアに触れる前に、テンションが高すぎるメディアが言い放つ。

 

「わかってるわよ! むしろソラ! あなたが何を言っているかわかってるの?

 可愛くなくていいですって!? そんな訳ないでしょ!! あなた、『可愛い』って言われたい人はいないの!?」

 

 絶対にわかっていないくせにわかってると言い張って、メディアは逆に訊き返す。

 その問いに、ソラは答えなかった。

 答えず、一瞬頬をさっと朱に染めてメディアから眼を逸らす。

 

 ソラの反応に、思わずナックルとシュートも眼を見開いてポカンとした顔でソラを凝視し、二人の視線に気づいたソラがまた更に顔を赤くして、「何見てんだ!」と叫びながら八つ当たりでガンドをぶっ放す。

 そのガンドを避けてメディアから二人を離してしまったのが、ソラにとっての最大の自業自得であり間違いだった。

 

「! いるのね! 言って欲しい人がいるのね!

 安心なさい! 美的センスや趣味がよっぽど特殊じゃない限り間違いなく『可愛い』って言ってもらえるから! いえもはやただの『可愛い』じゃすまないわね! 『ふざけるな可愛い』くらい余裕で言われるようににしてあげるわ!!」

「は? え? ちょっ!?

 待って待って! っていうかこの状況は何!? 私が何をしたって言うんだーーーっっ!!」

 

 ソラの反応で上がりっぱなしのメディアのテンションがまださらに上がって、キラキラと目を輝かせてそのままソラの腕を強引に掴んで引っ張って部屋の奥に連れ込む。

 いつの間にか能力までも発動させていたらしく、ソラは前からメディアに腕を引かれ、後ろから竜牙兵に背を押されて、完全に訳がわからないまま心から絶叫して、扉は閉められた。

 

 リビングに当たる部屋に残されたナックルとシュートはポカンとした顔を続行のまま、それを見送ることしか出来なかった。

 しばし、部屋の奥からソラの「勘弁して!」「無理無理! 似合わな過ぎて死ぬ!!」という叫びを聞きながら、二人は顔を見合わせ、とりあえず今後のことを話し合う。

 

「……とりあえず、出てきたらどんな格好でも『可愛い』って言ってやるべきなのか?」

「……まぁ、それが紳士的な対応か?」

 

 自分たちがソラにとって「可愛い」と言って欲しい人ではないことくらいわかりきっている。

 けれど、ただの社交辞令やメディアの暴走を止め切れず生贄のような扱いにしてしまった罪悪感だけではなく本心から言ってやりたいのもあって、二人はまた面倒な事が起こることにうんざりした溜息を吐きつつ待った。

 

 それほど、「『可愛い』と言われたい人はいないの?」問われた時、照れたソラを可愛いと思ってしまった。

 メディアの熱弁した「逸材」の意味がわからぬほど、ソラが美人であることを認めつつも「可愛い」という言葉からは程遠いタイプだと思っていたのが一転して、「確かに似合うかもな」と納得してしまう程に。

 

 だから、本気で嫌がっているのだとしたら悪いが、なんだかんだでメディアよりははるかにマシだろうが同じように「いつになったらこの仕事は終わるんだ?」というストレスを溜め込んでいた二人にとっても、少しだけ気分転換になる楽しみだった。

 

 悪いと思いつつ、ナックルもシュートも実はさほど罪悪感はない。

 何故なら本気でソラが嫌がっていたのなら、強化系の彼女を操作系のメディアが能力を使っても力づくで引き込めるわけがないことくらいわかっていたから。

 

 * * *

 

 しかしながら残念なことに、ナックルもシュートも「可愛い」や「似合ってる」とは言ってやれなかった。

 

「お待たせ! さぁ、男ども! 目玉をかっぴらいて拝みなさい!! そして死になさい!!

 この可愛い女の子にだけ装備が許された特定の男子、具体的に言えば女性経験が乏しい男に対して即死特攻効果が付加された礼装を身に纏ったソラを!!」

「殺すな! っていうかこの服の意味は、可愛すぎて死ぬじゃなくて服の構造がわからなくて、脱がせられなくて死ぬって意味だろうが!!」

「「がふっ!!」」

「って、おいマジか!! 本当に死んだ!?」

 

 メディアが「私、とってもいい仕事した!!」と言わんばかりのいい顔で出て来て言い放ち、人形に押されて自分の身を手で必死に隠すソラが突っ込むが、男二人は血を吐くように吹いてその場にダウン。

 

 ナックルとシュートがアレなのかどうかは知らないが、そうであってもなくても予想外に、予想以上にメディアの言葉は正しかったと思い知らせる破壊力を持っていた。

 

 ソラのウエストの細さを強調するコルセット風のハイウエストスカートに、タックがたっぷりとついた上品なブラウスと、その首元を飾るリボンタイ。

 それらに合わせてソラの白い髪はポニーテイルからハーフアップ、髪の大部分を下ろすことで彼女にあった男性的、少年的な部分は極限まで削り落とされ、逆に女性的、少女的な部分が最大限に強調されていた。

 

 それだけでも十分すぎるほどギャップで猛ラッシュの殴り込みを掛けられているというのに、その格好を恥らって赤面涙目はもはや男心を色んな意味でわし掴んで殺しにかかっている。

 

 DTを殺す服を着たソラは、それぐらいDT瞬殺兵器だった。






今話のラストのソラの格好は、青セイバーさんことアルトリアさんの私服のつもり。
初めは髪型もセイバーと同じ髪型にするつもりだったけど、私のイメージではどうもソラにあの髪型は似合わなかったので、諦めてハーフアップにした結果わかりにくくなってしまった。

そして今回のラストでだいたい想像できるでしょうが、次回も無駄にソラは型月キャラコスプレしてます。
せっかくだから、ソラのキャラ的に絶対にしないけど私がどうしてもさせてみたかった恰好をさせてみました。

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