書いてからふと調べてみたら、「DTを殺す服」は「服の構造が複雑で脱がすのが難しいから死ぬ」という解釈は間違いだと知ったけど、この解釈は普通に面白いのでそのまま投稿しました。
あと、前半はほぼ型月キャラの衣装クイズ状態。
一応、どんな服か想像しやすくて、誰の服かわからなくても面白いやり取りになるように書いたつもりだけど、型月を全く知らない方はごめんなさい。趣味に走りました。
「一見は清楚で上品なブラウスとスカートにしか見えないし、女性から見たらどうってことはないけど、実はこの服って男性からしたら意味不明な構造だらけで複雑らしいのよね。
まず首元のリボン。これは服によってネクタイのように本当に巻いて結んであるのか、結んではいるけどリボンそのものは服に縫い付けられているのか、それともリボンの形で既に縫い付けられてほどけないのかという違いがあるわ。
だからこのリボンはどのタイプか見て気付けないと、リボンの形で縫い付けてあるタイプをほどこうとして失笑を買ったりするかもね。
ブラウスもタック……、ここのプリーツのことね。これでボタンを隠しているから、タックをそもそも知らなければボタンがない服、襟のあるTシャツにでも見えるらしいわ。この生地からしてこんな首の詰まった襟がTシャツみたいな被りタイプの服じゃないとわからないのが、私からしたら信じられないけど。
そして、何より難関なのが、スカート。
このスカートはコルセット風のハイウエストで、この通りリボンで編み上げられているからこのリボンをいちいちほどいたり結び直したりして脱ぎ着してると思うらしいけど、たいていの場合このリボンは飾りで、横か背中あたりについているボタンかファスナーで脱ぎ着するものよ。
多少のウエスト調整ぐらいもちろん出来るけど、ほどく必要はないわ。むしろ、サイズがピッタリ合っているのならほどいても脱げないわ。
でも、やっぱりこっちもブランドによっては本当にコルセットに近い構造で、リボンをほどかないと脱げない物もあったりするのよねー。
つまりこの服は、『DTにとって理想的で死ぬぐらい、可愛くて上品な女の子が似合う服』という意味合いだけではなく、ソラが言った通り『女性経験が乏しく、女の服の構造や法則を知らないとどう脱がせたらいいかわからず、せっかく持ち込めたチャンスが台無しになって死ぬ』という意味でも『DTを殺す服』なのよ」
「どうでもいいわ!! っていうかもう脱いでいい!? いいよね!! 脱がせてお願い!!」
メディアの滔々とした服とソラの発言の説明に、突っ込んだソラ自身が再び涙目で突っ込んだ。
そしてそのまま本当に首元のリボンをほどいて、ブラウスのボタンをはずし始めたので慌ててメディアと、予想外と予想以上すぎる破壊力で悶絶していた男二人が慌てて止めに入る。
「待て! 落ち着け! ここに男がいること忘れてないか!?」
「ちょっ! ごめん調子に乗りすぎたわ!! だから脱ぐな! っていうかその格好より裸の方がマシなのあなた!?」
「待て待て落ち着け! 可愛かったから! 似合ってたから、脱ぐ必要ねぇよ!!」
「お世辞はいらない! もう私に少しでも同情してるのなら脱がせろー!!」
3人がかりどころかメディアの竜牙兵と、シュートの能力である三つの拳まで駆使して何とかソラの脱衣を阻止するが、ソラはトラウマとコンプレックスをこじらせた発言をして抵抗する。
そして3人は必死でソラを抑えつけながらも、ソラの叫びに首を傾げた。
3人とも既にソラはナルシストではないが、自分の容姿を褒められたら「生まれた時から知ってる」と言い放つことはこの一週間の付き合いで知っているからこそ、メディアたちの称賛はお世辞としか受け取らず、本気で似合っていないと思っているのが理解出来ずにいた。
理解出来ないが、それでも何だかんだでこの服を着たことからしてソラは「こういう格好自体が本気で嫌」ではなく「似合わないと思い込んでいるから嫌がっている」ことくらいは、シュートどころか散々デリカシーゼロな言動を繰り返したナックルでも理解出来ていたので、余計に3人は戸惑う。
だからこそ、結局男二人はこの後の展開も止めることは出来なかった。
「わかったごめん! 着替えていいから、せめてここで今すぐ脱ぐのはやめなさい! 冷静になった後でまた羞恥で死にそうになるのはあなたよ!!」
ソラを羽交い絞めしていたメディアが着替えの許可を出し、その許可が撤回されない内にソラは「じゃあツナギ返して今すぐ!!」と叫ぶ。
しかし、メディアはソラにしがみついたまま申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。汚れてたから脱がしてすぐに竜牙兵に洗濯させちゃった」
「確信犯だろあんた!! 私この人にジャーマンスープレックスで頭を床にめり込ませても許されるよね!?」
申し訳なさそうなのでたぶん誤用ではなく正しい意味、本気の善意でソラの逃げ場を奪っていたメディアにキレてながら、シュートに自分の庭で干してあるはずの自分の昨日来ていたツナギを持って来てと頼む。
が、シュートもシュートで申し訳なさそうに言った。
「今日、ゲリラ豪雨があったよな」
「そうだった!」
シュートの指摘で自分たちが森でユニコーンと密猟者探ししている間にあったゲリラ豪雨で、ソラたち本人は鬱蒼とした森の木々が屋根代わりとなってびしょ濡れは避けれたが、庭先で干しっぱなしだった洗濯物はその雨によって全滅という残酷な事実を思い出し、ソラはおそらくクラピカやビスケでも見たことがない絶望顔でその場に膝をついて項垂れた。
「もういいよ! 絞って脱水したら着れる着れる!!」
荷物が多くなるのを嫌って着替えのツナギを2着しか持ってこなかったことをOTLのポーズで後悔してから、完全にヤケクソで洗濯し直した、まだ半乾きにすらなっていないはずのツナギを着ようとするソラを、メディアが止める。
「ダメよ、そんなの。もう11月も終わりかけなのに半乾きの服なんて着てたら風邪を引くわ」
「その説教、今のあんたにだけはされたくない!!」
「うん、本当にごめんなさい!!」
正論だがこの事態を引き起こした本人なので、ソラの言う通り説教する資格はメディアにはないし、本人もソラのブチキレで先ほどまでのテンションは落ち着いたのか素直に認めて謝った。
しかし残念ながらこの女、先ほどよりは落ち着いたことには落ち着いたが、まだ良識の類は戻って来ていない。
「でも私の所為だからこそ、風邪をひかれたらそれこそ申し訳ないわ。もう私の趣味を押し付けて無理やりは着せないから、私が作った服で我慢してちょうだい」
『まだあるんかい!!』
メディアの発言にソラだけではなく、男二人の突っ込みも見事にハモった。
そしてその突っ込みユニゾンに、メディアはやはりいい笑顔で答える。
「えぇ。まだあと10着くらいはあるから、一つくらいはソラの好みにも合うと思うの!」
『作りすぎだ!!』
もちろん、その答えは新たな突っ込み所しか生み出していないので、もう一度突っ込みは綺麗にハモった。
そして男二人はハモってから、そもそも今ソラが来ているDT瞬殺兵装はどこから持って来たんだ? と思っていた疑問が晴れると同時に、もう一つの突っ込み所にも気付いて今更だが二人は突っ込む。
「っていうか、この服お前の自作か!!」
「いつ作ったんだよ!?」
「あー、寝る前になんか『趣味』とか言って裁縫してたわ。……まさか私の服だとは思ってなかったけどね! 正直引くくらいにサイズがピッタリなんだけど、一体いつ私のスリーサイズとか把握したの!?」
シュートとナックルの突っ込みに、女同士ということで同室で就寝していたソラが答えるが、彼女もさすがに自分に創作意欲が刺激されて1日1着以上のハイペースで作っていたのは想像しておらず、ドン引きながら改めて突っ込んだ。
しかしまだ暴走が止まっていないメディアは3人からのドン引きを気付きもせず、「この村、小さいけど布屋も手芸屋もあったのは助かったわ~」と言いながら、うきうきした様子でまた部屋の奥に戻って行き、そして持って来た。
その後、しばしソラとナックルとシュートによる、メディア作衣裳の品評会というか突っ込み大会になったのは言うまでもない。
言うまでもないが、結局誰もメディアの暴走を止めはしなかった。
その事実がソラの「本音」を物語っていることに気付いていないのは、本人ばかりというお話。
* * *
「私の一番のおすすめはこれね!」
またテンションが上がってきたメディアが最初に取りだしたのは、白いドレスだった。
さすがに田舎の布屋で買ってきた生地で作ったので夜会に出れるほどの高級感はないが、素朴でありながらデザインは優美この上ないのが古代の女神を思わせる逸品。
真っ白な生地に黒いコサージュとヘッドドレス、いくつもの花弁のようなフリルを重ねつつ、スカートの右側には大胆なスリットが入った、少女らしい甘さと愛くるしさ、そして大人の妖艶さを同時に主張するデザインは素晴らしいの一言に尽きる。
ただ、このドレスには最大の欠点があった。
ソラが着たがらない、嫌がるというのを抜いてもソラには着せられない欠点。それは……
『小せぇよ!!』
どう見てもそれは女児用、せいぜい140㎝ほどが限界のサイズだった。
ソラは細身なので着ようと思えば着れるかもしれないが、その場合このドレスの美点はおそらく全て失う。全くもって意味がない。
当たり前の突っ込みをまたしてもユニゾンで決められて、さすがに冷静さを少しは取り戻したメディアは気まずげに眼を逸らして、「……生地が足りなかったの」と呟いた。
当然、「なら何で作ったし?」とソラにジト目でさらに突っ込まれる。その突っ込みに返せる言葉は、「作りたかったから」しかない。
まぁ、おそらくはソラに似合うだろうと思いつつも本当に着せるつもりなんて毛頭なく、ストレス発散のつもりで作っていただけなのだから、サイズがめちゃくちゃでも文句をつける筋合いは本来ならない。
そもそも、客観的に見れば素晴らしいと思うが自分が着るには今の服の方がマシに思えるデザインなので、むしろソラからしたらサイズが合ってないのは最大の幸運だった。
なので、その白ドレスプッシュはあっさり鎮静化されたことにホッとソラは安堵するが、2着目を取り出したことでメディアのテンションはまたすぐに回復してしまう。
「でも、サイズが合ってないのはこれだけよ!
次はこれなんてどう? アイドル風で可愛いわよ」
だから一体いつ、自分のサイズをここまでピッタリ把握したんだ? と突っ込むのももはやバカらしくてソラは突っ込まなかったが、メディアが取り出した2着目のアイドル風衣裳に関してはしっかり突っ込んでおいた。
「上、ベルトじゃねーか!! これがアイドル衣装だとしたら、PTAから大抗議受けるわ!」
黒いフリフリミニスカートという時点で、ソラからしたらもう眉間にしわが寄るレベルでアウトなのだが、それよりも先にまずは突っ込んだ。
ソラの言う通り、名を売る為ならなりふり構わない地下アイドルでもこのレベルの衣装を着てしまえば、それはアイドルというよりAVだと突っ込まれても反論できぬほど、その衣裳の上半身はきわどい。
幸か不幸かソラのささやかなサイズの胸なら全体を隠せるぐらいの幅のベルトだが、それでもこれは激しく動けばたぶんずれて、謎の湯気かフラッシュか不自然な効果音や吹き出しで隠されて単行本で修正されるものが見える衣裳は、アイドル衣裳と言ってはいけない。
さすがにメディアもここまでのセクハラをするつもりはなく、「下にフィギアスケートで着るようなタイツを着る前提だから大丈夫!」と言い出すが、そこまでしてその服を着るくらいなら今のままの方が当然マシなので即座に却下された。
メディアも今の服を嫌がられたのだから、このアイドル衣裳も初めから断られるのは目に見えていたのだろう。残念そうに仕舞いながら、元々ダメ元で言ってみただけなのかさほど気にした様子もなければ残念ながら懲りた様子もなく、嬉々として3着目を取り出した。
「なら、少し趣向を変えてこれはどう?
ソラは名前からしてソウイチロウ様と同じ、ジャポン出身よね? ジャポンの修道女に当たるのは巫女だったかしら? この格好なら清らかな乙女で当たり前なんから、いっそ恥ずかしくなくなるんじゃないかしら?」
「メディアさん、巫女のこと何にもわかってないだろ!!」
ソラの即座に入れた突っ込みに、ナックルとシュートはドン引きから安堵したような顔になる。そりゃそうだろう。
メディアが取り出した自称巫女服は、ごくごく一般的な巫女服である白い小袖に緋袴ではなく、赤い水干に立烏帽子という、初っ端からして盛大に間違えているがそこはまだ良い。
結婚相手はジャポン人らしいがメディア自身はどう見てもジャポン出身ではないのだから、たぶん巫女と白拍子あたりを混同しているのはいい。実際、白拍子も巫女の一種であることに間違いはない。
が、問題は袴である。というか、これは袴ではない。
一応形状としては袴であるが、太ももが丸見えとなる膝上丈という時点でもうこれは袴と呼んではいけない。ただのミニスカだ。
ナックルとシュートの初めのドン引きは、このやたらとセクシャルな恰好が正確に言えば大分違うが、神に仕え純潔を尊ぶ修道女に当たる聖職者の格好だと言われたら、「どんな宗教だよ?」と思ったからだろう。
その反応は当然だ。メディアはちょっと本当に神道に謝った方がいい。
メディアはソラの突っ込みに少し唇を尖らせ、「だって短い方が可愛いって思ったのだもの」と言いつつも素直に仕舞う。
確かにデザインとしては結構可愛かったが、これを巫女と言い張れば神道が本気で誤解されるのでやめてほしい。
「ならこれは? これは何のひねりもなくシンプルにそのままよ」
次に取り出したのは、確かにシンプルでどこも何もひねっていない、正当派で王道。
紺地に赤いラインの入った襟と袖。そして同じ紺地のスカーフとプリーツスカート。飾り気など一切ない、だからこそ工夫と改造のし甲斐があると創作意欲を刺激させるのに、同時にこれは完成された形だと思わせるその服を見て、ソラはジト目で突っ込む。
「今までの中で確かに一番マシだけど、二十歳過ぎてセーラー服を着ろと?」
「ごめん」
これまたメディアが取り出したセーラー服並にシンプルに言い放たれて、思わずメディアも即座に謝ってしまいなおす。
だがもちろん、まだメディアは懲りていない。マジでか、こいつ。
その後もメディアは本気で一体いつ作ったんだ? と思わせる高クオリティの衣装を出しまくったが、黒いゴスロリ服やら、露出の高いオレンジ色の踊り子の衣装、どちらかというと昔の看護婦に似ている個性的な白いメイド服やら、エキゾチックなデザインの下着という概念をうっかり忘れてミニ丈胸がやたらと開いているワンピースやらを出してきて、片っ端から突っ込みの三重奏を喰らうか、ソラから冷たい眼で冷静に却下された。
ただ、ゆったりとしたチャイナ服っぽい衣裳のみは飾り気もなくシンプルで、スカートではなく長いズボンがついているアオザイに近いデザインだったので、ソラはやっとホッとしたように眉間に刻んでいた皺をほどいて「じゃあこれ着ます」と言った。
ようやくこの意味不明な時間が終わるとナックルとシュートも安堵したのだが、ソラの結論に異議を申し立てたのは当然と言えば当然、メディアである。
「待って! まだ一着、まだ一着あるの! まだこれは完成してないけど、夜には完成するから見るだけでもいいから見て!!」
もちろん、今までが今までだったのでソラはものすごく嫌そうな顔をするし、男二人も呆れ果てている。
しかし今までの服も突っ込まれて却下されたら素直に仕舞い込んで強制はしていなかったし、なんだかんだでメディアの作った服は自分で着るのは全力でお断りだが、何故この女は服飾関係のプロにならなかったのかが疑問な程の技能で作られたクオリティなので、見ている分には楽しかったから、そして何よりまともな服を既に確保したのもあって「……見るだけですよ」とソラは許可を出した。
「本当!? ありがとう!
けど、こっちも気に入ってもらえると思うわ。スカートじゃなくてライダースーツっぽいデザインにしておいたから」
ソラの許可にメディアは顔を子供のように無邪気に輝かせながら立ち上がり、自分で言った通りまだ作りかけだからか寝室代わりの部屋に置いていた最後の一着を持ってくる。
その持って来た最後の一着を見て、ナックルとシュートは困惑する。
女の服になど興味がないので、さすがにメディアが今まで出してきた服の突っ込み所は理解出来ても、その服に関しては何とコメントしたらいいのかが本気でわからなかった。
それは一見は白いツナギ、ただしソラがふだん着ているダボダボしたものではなく、メディアの言う通りライダースーツのように体にフィットするものだ。
しかし腕やら肩やら足やらのいたるところにベルト、そして首には大きな錠前がついているので拘束着にも見える。
だが、それはまだいい。それはまだ、個性的なデザインの範疇だ。
男二人がコメントに困ったのはそのツナギの付属品。
白いレースがスカートのようについている腰のベルトと、同じレースで作られたヴェール。
ツナギに普通なら付属する訳のない付属品、似合う訳がない装飾品だが、それは白い拘束着じみたツナギと不思議なくらい似合っていた。
「……ウェディングドレス?」
なんとコメントしたらいいかわからなくなっている男たちの代わりにか、眼をまん丸くさせていたソラがぽつりと呟くように言った。
その言葉で男たちはちょっと安堵する。自分たちの印象は、間違ってなかったと。
そう、それは花嫁衣裳。
色以外はあまりに無骨なライダースーツ、もしくは拘束着と思えるツナギにレースのヴェールのトレーンのようなベルトが付属させるだけでその印象は鮮やかに様変わりして、華やかで清純なものに見えた。
見ようによってはベルトや南京錠も、貞操を「あなただけの為に守り抜いて閉じ込めたもの」と表しているようにすら思える。
ナックルやシュートにはこのドレスと言い難いが間違いなくウェディングドレスである白いツナギは、センスが良いものなのかどうかはさっぱりわからないが、個人的な感想で言えば好ましいと思えた。
少なくとも、この訳の分からないトラウマとコンプレックスをこじらせて、「可愛い」という言葉を拒絶する女にはこれぐらい訳の分からない物がちょうどいいと思った。
華やかな部分は最低限でありながら華やかさを最大限に引き出すそれは、ユニコーンをおびき寄せる囮にふさわしい貞淑さを持ちながら、その純潔な部分を恥じて否定する彼女にお似合い。
お姫様のようなふわふわのドレスよりこちらの
その個人的が感想を口に出したらどうなるかは予想出来なかったので、どちらも口にしない。
何も言わず、黙って見ている。
丸い眼をしながら、頬をほんのり朱に染めてレースのヴェールを手に取ってじっと見ているソラを、二人は黙って見ていた。
「……気に入った?」
ニコリと柔らかな笑みを浮かべて、メディアは尋ねる。
ソラは何も答えない。答えないまま、まだずっとヴェールを眺め続けている。
メディアも、何も言わない。どうしてこんな服を作ったのか、何を思って作ったのか、余計なことは何も言わないで、ただ笑って言った。
「夜、また森の中に入る頃には完成すると思うわ」
これを持ってくる前と同じことをもう一度言えば、ソラはふいっと眼を逸らして呟いた。
「可愛い」と言われたい人がいないのか? と問われた時と同じように。
「……夜になってもまだ、ツナギがどっちも乾いてなかったら借ります。
……ヴェールと腰のトレーン代わりのベルトがなけりゃ、森の中でも動きやすそうだし」
その言葉に、「素直じゃねーな」と無粋極まりない感想を出しかけたナックルをシュートとメディアは同時に肘鉄を入れて黙らせて、シュートは何でもないことのように素知らぬ顔をして、メディアは優しげに笑う。
そんな彼らからソラは拗ねたように鼻を鳴らせて、チャイナ服を持って部屋の奥に引っ込んでしまった。
赤い頬と、どうしようもなく隠せずに上がった口角のまま。
* * *
「……騙された」
「どうしたいきなり!?」
日暮れの少し前、仮眠を取って協会に調査報告をメールで送るなどの雑務をこなし、今日もまた森へと探索しに行く直前になってソラがやたらとピリピリした空気で言い出し、その空気にビビりながらナックルが訊く。
シュートも同じくいきなりな発言と不機嫌オーラに引いていたが、ソラの格好に気づいて首を傾げてフォローのつもりもあまりなく、正直に自分の感想と意見を口にする。
「……それは、その服のことか? 普通に文句なしに似合っているぞ。強いて言えば、今から森に行くのだから、良く似合っているがヴェールとそのスカートみたいなレースがついたベルトは外すべきだな」
「お世辞でもありがとう。でもごめんね、私もヴェールとトレーンは付ける気なかったんだけど、つけるしかなくなったんだよ」
「「はぁ?」」
ソラの格好は、今日は天気が悪くて分厚い生地のツナギは乾かなかったので自分の宣言通り、白いライダースーツという異色のウェディングドレス姿だった。
この上なく、それこそ昨日のDT瞬殺兵装より似合っているのではないかと思える純白異色の婚礼衣装を身に纏いつつも、その衣裳に一番似合わないふてくされた顔でソラは答え、男二人は余計に困惑する。
昨日のソラの服装で撃沈したナックルとシュートがノーダメなのは、このソラの様子が色とレースなどによる装飾によって清純なイメージを出しつつも、ボディラインが丸わかりで下手に露出が高い服よりもセクシャルな衣装に対する魅力をよく言えば中和、悪く言えば台無しにしているからなのはある意味僥倖だが、こんなにも不機嫌極まりない相手と一緒に仕事がしたい訳もなく、もう一度二人は「どういうことだ?」と尋ねた。
今度はソラだけではなく、彼女の後ろで申し訳なさそうではなるが、それ以上に「私、いい仕事した! 完璧!!」と言わんばかりの上機嫌オーラで自作衣裳を身に纏うソラを見ているメディアに対しての問いでもある。
「えーと……その、ちょっと悪いかしらとは思ったのだけど、ほらやっぱりこれがウェディングドレスだとしたら凛々しいのは良いけど勇ましすぎるかと思ってね、遊び心のつもりでちょっと後ろに『乙女のいじらしさ』を表現してみたんだけど……」
「どこが『乙女のいじらしさ』だーーっ!! こんなの不意打ちの痴女じゃねーか! 下手したらあのベルトアイドル衣裳の方がマシに見えるぞ!!」
「ふ、不意打ちの痴女?」
「どんなんだよ……?」
メディアが苦笑しながら男二人にソラの不機嫌な理由を語ると、その途中でソラがキレてメディアに掴みかかる。
メディアの説明というか「乙女のいじらしさ」とやらも意味不明だが、それ以上に訳の分からない「不意打ちの痴女」というパワーワードをぶち込まれ、さらに二人は困惑混迷の深みにはまっていく。
しかしメディアに掴みかかって涙目でぎゃーぎゃー抗議しているソラは、振り返ってメディアに掴みかかるのではなくわざわざバックステップでメディアと同じ位置まで下がって横から掴みかかったことからして、どうやら昨日はよく見ていなかった、完成していなかった背中部分に何かあるらしい。
初めは付けるつもりがなかったヴェールやトレーンを付けることになったのは、おそらくはその背中を隠したいからだろう。
しかし、そこまで理解したらまたしてもナックルとシュートは首を傾げる。
初めは背中部分に生地が全くないデザインなのかと思ったが、そんなデザインなら横からの位置だろうが透明度がさほど高くないヴェールに隠されていようがさすがにわかる。
ナックルやシュートの見える範囲内では、その拘束着じみたツナギの背面も普通に生地があるので、下心といった他意などなく、ただの好奇心で二人は位置をやや移動してそのソラの背中を見ようとした瞬間、二人の足元にメリッと不可視の硬球らしきものがめり込んだような音と跡が出来上がる。
「私の後ろに立つんじゃねぇよ」
「「すまん! けど、お前はどこのなんとか
メディアに掴みかかったまま、右手だけ背後の二人の足元を指さして放たれたガンドと横目で睨みつけられた明度が高い眼で、殺意とまではいかないがそれ手前の怒気を感じ取って男二人は突っ込みつつも謝った。
本気であの背中には、いったいどんな「乙女のいじらしさ」もしくは「不意打ちの痴女」があるのか余計に気になる結果となるが、いくら危険を冒してこそがハンターでもさすがに自分の墓穴にしかならないものを掘る気はなく、シュートはその謎を忘れることにして、ナックルの方は今更だが思った根本的なことを改めて訊いてみる。
「というか、それ着たくなけりゃ昨日のチャイナ服着とけよ」
「ダメよ。というか、無理よ。
あれ、生地が薄いからパジャマには良いけど、戦闘にならなくても森の中で歩き回っただけでもすぐに破けてボロボロになるし、何より太陽光の下じゃ普通に透けるわ」
ナックルの本当に今更な指摘に対して、ソラは「それが出来るんなら初めからそうしてる」と言わんばかりの顔で睨みつけ、メディアもしれっとあの唯一ソラがマシと思えた服の欠点を語る。
「お前……全部わざとじゃねーの?」
「そんなことしないわよ! ……あぁ、でも本当にいいわ、この子。私の一番好みの小柄で可愛い女の子からは少し外れるけど、綺麗系、カッコいい系、セクシー系とほぼどんなジャンルもコンプリートできる容姿なんて夢みたい……」
「メディアさん、まだ寝てる? ちょっとそろそろ、“凝”で殴って起こした方がいい?」
たぶん本当にソラに自分の趣味全開な服を着せたいがあまりに、わざとツナギを2着とも洗濯してしまったり、一番マシな服にも欠点を付けた訳ではないのだろうが、否定しつつもソラをうっとりと見るメディアに割と温厚な方であるソラがこめかみに青筋を浮かべて訊く。
さすがにキレられても文句は言えないことをさんざんやらかしている自覚があるので、「ごめんなさい、調子に乗りすぎたわ」とメディアは素直に謝ってから提案した。
「ちょっと本当に私が暴走し過ぎね、ごめんなさい。とりあえず、今日はソラは休みということにでもする?
別に一日くらいあなたは森に出なくてもいいのよ。一週間たってもユニコーンが現れないのならやっぱりあれはユニコーンでない可能性が高いし、第一現れたとしても私たちの目的はユニコーンの角やユニコーン自体を狩ることでもないのだから、あなたがいなくても何とかなるから遠慮はしなくてもいいのよ?」
普通にソラを着せ替え人形にした罪悪感もあるだろうが、彼女は自分やナックルと違ってシュートと同じく、そしてシュート以上に無茶を言って来てもらった分野違いの助っ人なので、メディアはソラに対してかなり甘い提案をするが、ソラは鼻を鳴らしてぶっきらぼうに言い返す。
「そりゃ何とかは出来るでしょ。実際、私がいなくても前から密猟者を捕まえて子供を保護してたんだから。
けど、メディアさんの竜牙兵という人海戦術が使えても、広い森の中で子供を連れた密猟者を確実に捕まえるんなら人でも戦力もより多い方がいいに決まってる。
呑気に一人で留守番して昼寝でもできるようなら、初めからここに来てませんよ」
言って、ばさりとヴェールを掻き上げて歩を進める。
森に行くまでの道すがら目立つことこの上ない恰好だというのに、休むどころか自分が着ていたツナギがちゃんと乾くのを待つのももどかしいと言わんばかりに、メディアの提案を蹴って自分からまた終わりの見えない、けれど悲劇を防ぐためにしなければならないことをすると言い出す様は、純白のレースでも隠しきれない研ぎ澄まされた凛々しさ。
「……お前はマジでいい女だな」
子供のように拗ねようが、訳の分からないコンプレックスをこじらせて喚こうが、ハンターとして、人として大事なものを忘れず、第一に優先するその姿勢に心から感心してナックルはソラの肩に手を置こうとする。
が、置く前に振り向きざまに人差し指を突き付けられて、
「うぉうっ!?」
「うわっ、ごめん! でも私の後ろに立つなって言っただろ!!」
「それはマジですまんかったけど、マジでお前はどこの暗殺者だよ!? っていうか今のもしかしてわざとじゃなくて完全な反射か!?」
ぶっ放した本人も驚きつつ謝ってから「後ろに立つな」と念押しし、ナックルも再び謝ってから突っ込みを入れる騒がしいやり取りを眺めながら、シュートは改めて横のメディアに訊いた。
「……お前、本当にあの服に何をしたんだよ?」
「……照れるのが本当にあまりにもかわいかったからこそ、『乙女のいじらしさ』を表現したかったのよ」
シュートから気まずげに眼を逸らして呟いたメディアの答えは、相変わらず意味不明にもほどがあったが、それを深追いして尋ねるきっかけは残念ながら失われた。
「何あれ、すっげー! 都会のウェディングドレスってあんなんなんだ!!」
突如響いた甲高い声に、目を丸くして四人がその声が発生源に顔を向ける。
そこには、10歳前後の女の子が4人いた。
一人は柵によじ登り、他の3人はその一番小柄だがやんちゃな友達を宥めているが、どの子も目をキラキラさせて見ている視線の先はソラだった。
女の子たちの反応にハンターたちは、微笑ましさと少し困った様子をないまぜにして笑う。
「……えーと、村の子かな? どうかした? 私たちになんか用があるのかな? それとも、ハンターに興味を持って見に来ただけ?」
ソラはやや戸惑いつつも、率先して話しかけてみる。
昼夜逆転生活を送っているのであまり多くはないが、今日のように日が暮れる前に森に入ろうとしていたら、ハンターに憧れて興味を持った子供が見に来て話しかけてくることは何度かあったので、初顔だがこの4人もそうなのだろうと判断していた。
他の3人も同じ判断をしつつ、自分たちは子供に怖がれたり警戒されやすい容姿や恰好をしている自覚がある為、子供の相手はまず最初にしてやるのはソラだといつの間にか決まっていたので、今日も同じようにひとまず任せる。
「うん! 親父たちがハンターの邪魔するなって言ってたけど、俺も将来ハンターになりたいから、邪魔せず見に来た!!」
「タツコちゃん……、十分邪魔してるよ……」
ソラに話しかけられ、柵の上から無理やり下ろされた女の子が元気よく答えた。
タツコという子の答えに、一番大人しくて気の弱そうな女の子が呆れたように呟き、その子に同調するように他の二人も深い溜息を吐く。
しかしソラの方はこのタツコという少女と同類のノリを持つ女である為、同じようにあっけらかんと笑って答える。
「そっかー。思い立ったらすぐ行動はハンターとして良い素質だ。友達に迷惑がかからない程度に……っていうのは無理だろうから、とりあえず迷惑かけたらすぐに謝って、同じ迷惑はかけないことを心がけようか」
テキトーなんだか的確なんだかな助言をしながらソラがハンター志望の女の子の頭を撫でてやると、ソラを「話しやすい人」と認識したのか、眼鏡を掛けた女の子もソラに話しかける。
「ねぇ、おねーさん。おねーさんもハンターなら、その格好は何?」
「……何なんだろうね?」
訊かれて当然のことだが、ソラ自身ももはや何故自分がこんな格好をしているのかがわからず、思わず遠い眼で訊き返す。
しかしそのソラからしたら「お願いだからこの服装には触れないで」という副音声は、残念ながら幼い子供たちに伝わることなく、彼女たちはクイズだと思ったのか糸目の女の子が「あ、わかった!」と手を上げて答えだす。
「おねーさん、ユニコーンのお嫁さんになるんでしょ? ユニコーンは綺麗なお嫁さんを探してるって言うもんね!」
「がふっ!!」
『!!??』
糸目の子の答えに、ソラは吐血する勢いでダメージを受けてその場にうずくまり、子供たちを盛大にビビらせた挙句に狼狽させる。そして、ソラと子供たちのやり取りに少し和んでいたメディアたち3人はそれぞれ頭を抱えて、ソラに同情した。
おそらくは、幼い女の子に「純潔の乙女」というのがどういう意味か説明出来なかった大人がしたであろう誤魔化しの説明が、ソラの色んなコンプレックスやら恥ずかしい乙女チックな夢やらをダイレクトにぶっ刺す言葉となり、多少は吹っ切ったはずの羞恥が再び襲いかかってこられたソラは、ヴェールとトレーンでミノムシのように身を包んで隠れてしまう。
フレンドリーに話しかけてくれた綺麗なおねーさんが、いきなりダメージを受けて蹲ったかと思ったらミノムシになった事で、当然子供たちはさらに困惑する。
子供たちは全員困惑していた。だが、一人だけ困惑している理由が違った。
そのことに気付いたのは、ソラの反応に「どうしよう?」と狼狽える子供達と、羞恥のミノムシになったソラをどう宥めようかとハンター3人が少し頭を悩ませていた時、例外の子供がきょとんとした顔で言いだしたから。
「ユニコーン? 何の話だ?
森の中にいんのは川のお化けだろ? 親父や兄貴はそう言ってたぜ?」
柵の上によじ登っていた、一番小柄だが一番やんちゃな少女が心底不思議そうな顔で言った言葉に、メディアたちだけではなくヴェールで自分を包み込んで蹲っていたソラも顔を上げて「川のお化け?」と異口同音でオウム返し。
そして子供たちの方は、「川のお化け」と言い出した子供以外全員が自分たちの失敗に気付き、悔やむような顔した。
「なーなー、ユニコーンってどういうことだよ? それって何なんだ? 綺麗な花嫁探してるって何のことだよ?」
どうやら、このやんちゃな女の子だけ「森の中にユニコーンが住み着いている」という話を知らなかったらしく、すぐ横にいた眼鏡の女の子の腕にしがみつき、しつこく尋ねる。
その隙にソラたちハンターは糸目の子と気弱そうな子に、どういうことか尋ねた。
「あー……あの子、見ての通りやんちゃで頭で考えるより先に体が動くってタイプなんです」
「ユニコーンの話を聞いたら、『危ないから近づくな』って部分は完全にすっぽ抜けて森の中に探しに行っちゃうだろうから、教えないでおこうってことにしてたんだけど……」
その説明で納得し、ソラたちは苦笑する。どうも彼女は本当に見ての通り、良くも悪くも子供らしい子のようだ。
そして、彼女の後先考えない行動に苦労しているのがよくわかる慣れた調子の溜息を吐きつつも、この3人は全員その子がちゃんと好きで友達だと思っているのだろう。
だからこそ、危ない目に遭って欲しくないからこそ、友人を騙す。
正直言ってしつこく質問攻めがウザかったという方が割合としては大きいだろうが、好奇心を刺激させるような本当のことを話さず、危ないことだけを理解させる為に眼鏡の子はヤケクソ気味で叫んで言い聞かす。
「あぁもう、うっさいな!
ユニコーンっていうのは、川のお化けと同じように内臓だけ残して人間を食べちゃうお化けの馬だよ!!」
『!? ちょっと待って! その話詳しく!!』
『!!??』
その適当極まりなかったはずの説明に、ハンター4人が食いついてまた子供たちを今度こそ全員同じ理由で困惑させた。
* * *
日が沈みきって、もうすぐ日付も変わる時刻。
予定よりずいぶん出発が遅れてしまったが、そのことに不満はない。
これからもずっと、根本を勘違いして的外れな探索を続け、いつかまた取り返しのつかない犠牲を出してしまうくらいなら、新たに得た情報の裏どりや、その情報から考えられる対策を練るために費やした時間が惜しいわけなどない。
だから、ソラは白いヴェールとトレーンをなびかせて、軽い足取りで歩く。
あらゆる意味で異色、場にも状況にも合っていないはずの姿なのだが、森の木々で月と星の灯りは大部分が遮断され、暗闇そのもののような森の中だからこそ映える純白の衣装と、翼のようになびくヴェールが合わさって、正体を知らない者はもちろん、“絶”で気配を消してソラの様子を窺っているメディア達でさえ、ただ川辺を歩いているだけのソラが舞い踊る妖精のような幻想や神秘の世界の住人に見えた。
もちろん、ソラはそんな風に思われる為に歩いている訳ではない。相変わらず彼女の役割は、「囮」だ。
囮として森の中を歩いていることに変わりはない。だが、今までとは違ってそのうろつく場所は森の中は森の中でも、ある一点に絞られた。
川沿いにソラは歩く。
川下から川上に向かってゆっくりと、一人で彼女は歩き続ける。
そしてもう一つ、いつもとは違う方法で彼女は相手をおびき寄せようとしていた。
それも、舞い踊る妖精に見えた理由の一つである。
ソラは歩きながら、川に向かって時折何かを振り回す。
振り回しているのはタオルなのだが、それも遠目から見たら新体操のリボンじみて見え、「舞い踊る妖精」と思わせる要因だ。
しかし、実際に彼女が振り回しているタオルに染み込んでいるのが何であるかを知れば、そのイメージは残念ながら完膚なきまでに瓦解する。
ソラが振り回しているタオルに染み込んでいるのは、既に赤黒く変色した鉄臭い液体……ソラ自身の血だ。
自分の血液を染み込ませたタオルを、時折川の水に浸してからその水によって溶けた自分の血をまき散らすようにしてソラはタオルを振り回す。
現実を知ってしまえば、幻想的どころか猟奇的で頭がおかしいとしか言いようがないことをしているソラだが、実際に狂人と言えど彼女の抱える狂気はそこまで意味も理由もないことをやらかすようなものではない。
理由はある。だからこそ、メディアたちも「そこまでしなくてもいい」と止めたが、最後まで反対し切ることが出来なかったからこその現在。
メディアは言った。
『ごめんなさい。私の知識不足のせいだわ』
そう言って、自分自身を責めた。
ユニコーンの目撃譚を初めはこの村に伝わるおとぎ話の類かと思って、少しだけ調べたから気付けても良かったのに、気付くべきだったのに、メディアはその話とユニコーンを結びつけることが出来なかった。
そんな彼女にナックルも悔やみ抜くような顔で、悪いのはメディアではなく自分だと言った。
『お前は分野が違うんだから、わからなくて仕方がねぇよ。むしろ、俺がもっと早くに気付くべきだった。
くそっ! ヒントならあったのに! ユニコーンっぽい馬の気配が消えたのは川辺だってのも、その川下に流れついたのが内臓の一部だけだって時点で俺が気付くべきだったんだ!!』
ビーストハンターである自分が気付けなかった、メディアの話から「ユニコーンか、それとよく似た特徴を持ってしまった変異種」だと思い込んでいた。
そしてシュートがそんな思い込みをしていたナックルを、慰めるように言った。
『仕方がない。「あれ」はとっくの昔に狩り尽くして絶滅させたと思われていたものだ。
今更になって生き残りがいたこと、しかもユニコーンに模して現れるなんて普通なら想像できる訳がない』
そう。
それはナックルやシュート、メディアも生まれる前に狩り尽くされたはずの獣。
狩り尽くされた理由は人間のエゴだが、毛皮や肉目的でも、警戒心が薄くて狩りやすいから遊びで乱獲されたものではない。
明確にそれは、絶滅させることを目的として狩り尽くされたはずのもの。
子供達はハンターたちの突然の食いつきにドン引きつつも、教えてくれた。
ユニコーンに興味を持ったトラブルメイカーな友人が、森の中にこっそり探しに行かないように、憧れないようにテキトーに作った話の元ネタ。
村に伝わる、おとぎ話として認識されている話。
「川のお化け」の話を、教えてくれた。
「川のお化け」に決まった姿はない。
ある時は老人、ある時は美しい女性、そしてある時は手綱を付けた馬の姿で森の中に現れる。
「川のお化け」は人間の気を引く姿に自在に変えられる。そしてその姿で人間を川辺にまでおびき寄せて、川に引きずり落とす時にようやく正体を現すが、その正体を知る者はいない。
川に引きずり落とされた者は、泳ぎが大得意だった者以外全て溺死させられてしまうから。生還できた泳ぎが大得意だった者でさえ、「川のお化け」の正体がどんな姿だったか確かめる余裕もなく死にもの狂いで足掻いて抵抗することでようやく生還できたほどだから。
「川のお化け」の目的は、川に引きずり込んで溺死させた人間を喰らうこと。人間を食う目的で、それはあらゆる姿に化けて人間をおびき寄せて、自分のテリトリーである川に引きずり込む。
これだけならよくある怪物譚。だからこそメディアは、「ユニコーンとは関係ない」と思って詳しく知ろうとはしなかった。
しかしこの「川のお化け」には、「よくある怪物譚」から外れる最大の特徴を持っていた。
その特徴までちゃんと把握していれば、ドラッグハンターという分野から薬効がある幻獣以外は詳しく知らないメディアでも結びつけることが出来たのに、「関係ない」と思い込んで切り捨てたことが彼女の後悔。
何故か、その「川のお化け」は内臓を一部だけ食べない。
「川のお化け」は、獲物の衣服のきれっぱしや所持品以外は骨も残さず食い尽くされるほどの悪食鯨飲であるのだが、何故か内臓のある一部だけは絶対に食わず、それだけが川辺に残されていたり、川下に流れ着くらしい。
子供達のうち3人、あのタツコという一番危なっかしい子以外はその話を「知らない人について行かない、川で遊ばない」という教訓のお話であると認識していた。
実際のところ、「今」はそうでしかないのだろう。
だが、半世紀ほど前までその話はきっと事実だった。
そんな話が言い伝わるほど、この森の地形や川の水質はその「川のお化け」に合っているのかもしれない。
だからこそ、人間の「死にたくない」というエゴによって滅ぼされた「それ」の生き残りが、住処と獲物を求めて、どこからか流れ着いてきたのだろう。
そんな今となってはさほど意味のない推測を考えながら歩いていたソラの首筋に、チリつくような感覚が走る。
“円”がほとんど出来ない彼女にとってそれは勘でしかないものだが、死にたくないから壊れ続け壊し続け焼き切れても走り続ける死の夢想による警戒網に、「それ」は引っかかった。
ソラは、自分の血が染み込んだタオルを振り回すのをやめて、ヴェールとトレーンを優雅になびかせ舞うように振り返る。
振り返った先、川の中に「それ」はいた。
一体いつからいたのか、川の中からほとんど音も立てずに現れ、ゆっくりとソラに近づいてくるのは、ソラの衣装と同じく闇に映える純白の毛並に、長い螺旋状の角を生やした一頭の馬。
伝承通り、絵画に描かれている通りの優美な姿をしたユニコーンにしか見えない「それ」は、ゆっくり、ゆっくりとソラに向かって距離を縮める。
ユニコーンと、婚礼衣装の乙女。
神話やおとぎ話の一幕のような、神秘的で幻想的この上ない光景が生まれる。
しかしこの乙女は間違いなく「完璧な純潔の乙女」であるが、ユニコーンの伝承にふさわしい乙女ではなかった。
「ユニコーン」がある一定の距離まで来た瞬間、ソラは高々とタオルを持った手を上げ、そして勢いよく下ろす。
タオルに染み込んだ水気が飛沫となり、それが思いっきり自分の顔に向かって飛んできたので、もちろんダメージなどないに等しいが一瞬だけ「ユニコーン」は虚を突かれた。
それが、目的。
手を上げたのは合図。振り下ろして一瞬でも隙を作ったアドリブだが、そのことを理解出来ぬバカも、その隙を無駄にするマヌケもこの場にいない。
ソラの合図で完全に閉ざしてした精孔を開いてオーラを纏ったナックルと、メディアから断たれていたオーラを供給してもらって動き出した竜牙兵が、隠れていた森の茂みから一斉に飛び出し、「ユニコーン」に襲い掛かる。
「やっと出てきたな! この馬面野郎!!」
馬に対して当たり前すぎて罵倒になっていない罵声を浴びせながら、オーラを込めた拳でナックルは殴りにかかる。
が、「ユニコーン」はまだ川の中にいるとは思えぬほど、川の流れをものともせずに俊敏に避けてその鋭い角が生えた頭を振り回し、暴れ回る。
メディアの竜牙兵は念能力で動かしているにしては脆いのに加え、こちらは川の流れに足を取られて上手く連携を取れず、ほとんどが「ユニコーン」の角か後ろ足による蹴りの餌食となって粉砕される。
奇襲は失敗……ではない。
むしろ、ここまでが「囮」だ。
ソラとナックルとメディアの竜牙兵で、「ユニコーン」の逃げ場は完全に特定の方向に誘導されていた。
その方向に逃げた際、野生動物の本能さえも超えたソラ並の超反応がなければ回避不可能な死角から、ロケットのような勢いで飛んできたものが、「ユニコーン」の馬面を横からぶん殴った。
それは、シュートの左拳の一つ。
浮遊して自在に動くシュートの拳が「ユニコーン」の右目あたりを殴り飛ばし、そして削り取るように奪って暗い宿の中に閉じ込める。
ダメージとしては大したことはなかったのだろうが、いきなりの攻撃と自分の右の視界が消失していることに気付いたことでパニックを起こし、集中が解けたのだろう。
シュートの攻撃から追い打ちをかけるように殴りかかってきたナックルとソラ、そしてシュートの拳から逃げることに精一杯だった「それ」は、偽りの姿を保つことが出来ず姿を現した。
「……なんか、こいつが生き残ったことが納得の小賢しさだよなー。
そうだよな。変身能力があると言っても、自分の真の姿からかけ離れているより、真の姿に近い方が絶対に負担は少なくて済むよな」
川の水深が深い所に逃げ込まれた所為で近づくことが出来ず、しかし逃がす気はサラサラないソラは足元から適当な木の枝を拾い上げ、蒼天の瞳で感心の皮を被った嘲笑を浮かべて語る。
その言葉にナックルは不愉快そうに鼻を鳴らし、森から出てきたメディアとシュートは大いに同意する。
「同じ『馬の姿をした幻獣』の中でも、ユニコーンをチョイスしたのがまた小賢しいわね。
そうね。ユニコーンだったらわざわざ自分から近寄らなくても、姿をちらっと見せるだけで自分から寄ってくるバカな人間は多いし、なにより無防備な女の子という絶好の獲物をハンター側が用意してくれるのだもの。味をしめるのも、不愉快極まりないけど理解出来るわ」
「……初めの密猟者が殺されたのは子供を守った訳ではなく、ただ単に子供だから小さすぎてあの角では攻撃しにくかっただけだろうな」
何故、「それ」が「ユニコーン」の姿をしていたのか、どうしてメディアが見つけた際は密猟者だけが犠牲になったのか、各々が疑問に思っていた部分をそれぞれ納得しながら睨み付ける。
もう「それ」のどこにも、幻想や神秘は感じられない。
角は溶けるように消えてしまった。白銀のような毛並みも、絵の具が溶け落ちるように色が変質している。
薄汚れているように見える灰色の毛並みとなり、そして木々の隙間からこぼれる月明かりに照らされた部分をよく見てしまったのか、メディアは気持ち悪そうに顔を歪めた。
そこには毛並みの上からでもわかる不気味な緑色の湿疹らしきものが広がっていた。
姿こそはユニコーンと同じく馬をベースにしているが、優美なユニコーンと比べたら粗野極まりないその姿は、数十年前に狩り尽くされて絶滅させられたはずの
蹄や糞の形跡が見つけられなかったのは、当たり前だ。
奴の縄張りは森の中ではなく、川の中。
排泄を水中で行うのなら、流されて形跡はほとんどなくなる。川の中に入って詳しく調査すればさすがにわかったかもしれないが、ターゲットが水棲の幻獣だと確定してない限りわざわざ11月の終わり頃に川に入ってまで調査などする訳がない。
ユニコーンかそれによく似た特徴を持つ馬の新種・変種の類だと思っていれば、普通調査するのは川辺までで、川の中までは詳しく調べはしない。
メディアが見つけた日は雨だったので、それ以前の蹄の形跡は雨で失われたのだろう。
そしてメディアに見つかってからは、彼女とそして増えた念能力者に警戒してテリトリーである川から出てこなかったと考えたらいい。
そこまで警戒するか? とも思うが、おそらくこの水妖は人間とさほど変わらぬほどの知能を持っている。
それぐらいないと、むしろ説明がつかない。ソラの知る伝承通りの能力を持っているとしたら、それぐらいの知能はあるはずだ。
人が警戒心を懐かない姿に化けて、自分のテリトリーの水の中に引きずり込んで喰らう、凶暴な肉食獣。
その特殊能力と、特に人肉を好んで喰らうことから危険度Cと認定され、狩りつくされたはずの幻獣がそこにいた。
自分の最愛と同じく誰かのエゴで同族を滅ぼされて独りきりとなり、そして自分と同じく「死にたくない」の一心で生き延びた、生きてきた獣を前にしてソラは蒼天の眼で告げる。
「……悪いな。お前も『死にたくない』だろうけど、私も『死にたくない』んだ。割と不本意だし一応程度だろうけど、私も結局のところアラヤ側だからな。
だから…………お前を滅ぼすよ。ケルピー」
人を溺死させ、肝臓だけを残して喰らう水妖、ケルピーにソラは宣言した。
自分と同じ本能を持つからこそ、生かしてはおけないというアラヤのエゴで殺すと告げる。
その宣言に、ケルピーは
もはやユニコーンの姿をしていた時は取り繕っていた優雅な幻獣の趣はなく、涎をだらだらと垂れ流し、残された左目をギラギラ輝かせてケルピーは、あまりに美味そうな血の匂いをまき散らし続けた女のみを見ている。
そこに、人間が自分の種族を自分以外滅ぼしたという、緋色の少年と同種の憎悪はない。
あるのはただ、「死にたくない」からこそ生まれる原始的な本能と、知恵があるからこそ本来ならなくていいものも求めるエゴ。
ソラの本能とエゴの宣言と同じく、「美味い肉を喰らいたい」という本能とエゴしかない答えを返して、ケルピーは一度ザプリと水底に沈んだ。
前半の型月衣装クイズの答えを一応、ここに記しておきます。
女児サイズの白ドレス→エウリュアレ、もしくはステンノ
上ベルトのアイドル衣装→エリザベート・バートリー
ミニスカ巫女服→鈴鹿御前
セーラー服→遠野秋葉(浅上女学院の制服)
黒いゴスロリ→セイバーオルタ(私服)
オレンジの踊り子衣装→マタ・ハリ
白いメイド服→セラ、もしくはリズ(アインツベルンのメイド服)
ぱんつ はかせ ないなエキゾチックワンピース→ラニ=Ⅷ
チャイナ服→迦遼 海江
拘束着のウェディングドレス→嫁セイバー
正直、嫁セイバーのコスプレをしたソラがどうしても書きたかった。反省も後悔もない。
ユニコーンの正体であるケルピーは、突っ込みどころが多いでしょうけど大目に見てもらえたらありがたいです。
変身能力の解釈をだいぶ広げてしまった所為で、本来の伝承とは結構別物な幻獣になってしまいました。
そして、このケルピーを書いてて思ったけどケルピーの変身能力を念能力だとすると、同じく人に化けるキリコの変身能力も念能力なんだろうか?
それともあれはキリコという種が持つ固有の特性みたいなもんなのかな?
あと、改めて宣言しておく。
今回はシリアスっぽく終わったけど、この章は終始一貫コメディの予定。
つまりは、ケルピー次回で色々終了のお知らせ。